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第8章 三つ巴 9話~強襲悪魔の巣窟2~下っ端のドキュンモブ-茂部天牙(もぶ てんが)

【9話で登場する新しい登場人物】

茂部天牙(もぶ てんが)
188cm 78kg 19歳 8cm
通称モブ。本名なのでしょうがないにも関わらず、本人はモブと呼ばれることを嫌っている。府内の高校を中退し、チームを作ってバイクなどで暴走行為をしていた。親類や先輩のコネで、何度か就職するも長続きせず直ぐ辞めてしまっている。
暴走行為を続けるうちに、ヤクザに目を付けられるが、イザコザのケツ持ちを張慈円のグループに依頼したところから、橋元一味との接触が始まる。
現在は、橋元一味の木島健太のところで預かられているが、体格意外に取り立てて、見るべきところがなく、木島にも使いっ走りとして使われている。
府内屈指の低偏差値高校を中退したにも関わらず、自分は頭が良く、機転が利くと思っている害のある楽天家。
小さいころから長続きしないが、空手やボクシングを多少嗜んでいて、ドキュン仲間には顔が利く。また、センスや器用さがなく集中力も乏しいため、能力はまったく使えないが、無駄に思念量は多いので、根性だけはあり諦めが悪い。
雫や咲奈の見張りをしていたが、オルガノを強襲した佐恵子に、瞬く間に打ちのめされたのを恨みに思っている。佐恵子によって瀕死の重傷を負わされるも、本人は憶えていないが真理の治癒能力で治してもらっている。


第8章 三つ巴 9話~強襲悪魔の巣窟2~下っ端のドキュンモブ-茂部天牙(もぶ てんが)

「ちっ・・」

悪態を口に出して言うわけにはいかないので、誰にも聞こえない大きさで舌打ちを打つ。

このあたりで一番のグループだと進められて木島さんのところにお世話になっているのだが、ろくな仕事もなく、もっぱら木島さんの使い走り扱いだ。買い出しに行ったり、仲間のメシをつくったりと、地味な仕事ばかりしかない。アウトローな組織だからもっと派手なのかと思ったら、案外退屈だよな・・・。

だが、今日はいままでの使いっ走りよりはマシな用事を言いつけられた。今日は急に木島さんから呼び出されて、言われた買い出しを渡すと、数日前から監禁していると噂だった、女の見張りを命じられた。今、目の前にいる椅子に手錠で繋がれた女だ。木島さんはたしか雫ちゃんと呼んでいた。

女を見張りだしてかれこれ1時間ほどたつが、まったく喋らないし動きもほとんどない。

目は虚ろで一言も喋らないが、顔もスタイルもよく、かなりの美形だ。時折、目を閉じ考え事をしているようだが、俺の問いかけにも答えないし、食い物や飲み物を勧めても、水を少し飲んだだけで、まったく喋らねえ・・。

椅子につながれている女の姿は、そこはかとなく哀愁が漂っている。ベストは破られ、よく見るとスーツもところどころ傷んでいる。ブラウスに至ってはボタンがほとんどなくなっていて、黄色のブラジャーにおさまっている豊満な胸の谷間には、僅かだが青痣が見て取れる。

・・木島さんが味見した後か・・・。こんないい女を、使い捨てるように乱暴に犯したんだな・・。

いいよなあ・・。俺にもまわってこねえかなぁ・・。

奥の部屋では、元クルーザー級ボクサーのアレンさんが、もう一人の女を連れ込んでるはずだ。

木島さんはというと、俺に見張りを言いつけてから自室にこもったままだ。シャワーでも浴びて、俺がチェーン店で買ってきた牛丼でも食ってるのだろう・・。

さっき、俺がオルガノに到着したときには、この部屋にはもう一人女がいた。艶のある亜麻色髪が印象に残る多部未華子によく似た女だった。たしか名前を咲奈ちゃんとよばれていた。

その咲奈は、アレンさんに引きずられるように連れて行かれているとき、俺に助けを乞うような目で訴えてきたのだが、もちろん助けるわけがない。むしろ、その縋るような目と表情をたっぷりと脳裏に記憶させてもらって、今日帰ってからは、その表情をおかずにするつもりだ。

あの咲奈という女も、いい女だったな。嗜虐心をくすぐる目で、たまんねえ表情してやがった・・。ああいう女の助けを乞う言葉を無視して、犯しまくってやりたいぜ・・。

しかし、俺にはそういう役得は回ってきそうもない。

目の前にいる、雫という女にもう少し反応があれば楽しめるのだが・・・。

木島さんに何度も犯されたはずの女は、すこし放心気味で、壊れかけているように見えた。

俺は退屈を紛らわそうと、所在なく部屋を歩き回ったりしていたが、アレンさんと咲奈が入っていった部屋の扉に耳を当ててみる。

かっこいい行為ではないが、どうせ見ているのは、木島さんに犯されて放心している女だけだ。

オルガノは遮音設計でかなりの高級仕様である。更にこの部屋は防音対策を施されているのだが、僅かに女が悲鳴を上げている声が聞こえる。防音扉のせいで、音は小さいのだが、それが余計に女の嬌声の激しさを物語っていると言えた。

「・・・くそっ・・」

聞いていると想像が膨らみ、欲求不満になりそうなので扉から耳を離す。すると、ちょうど雫と目があった。

後ろ手で椅子に拘束されながらも、乱れた服装を直すこともできず俺のことを見上げている。その目には、侮蔑と軽蔑があふれていた。雫という女は一言も発していないが、目が語っていた。「このゴミめ!」と・・。

「てめえ、なんだその目は!立場わかってんのか?!」

無抵抗で弱者のはずの女にそのような目で見られるのは我慢できなかった。

立場を理解していない生意気な女に向かって、手を振り上げた瞬間、チャイムが鳴った。

ピンポーン。

「ちっ!誰だよ!」

間の悪いタイミングでチャイムを押したヤツに悪態をつく。

今度の舌打ちは、誰かに聞こえてもいいつもりで、つい大きな音を出してしまった。
苛立ちを隠さず、乱暴にボタンを操作しモニターを映す。

「こんにちは。開けてくださらない?木島さまにお渡ししたいものがありますの。どなたかいらして?」

今さっきまで苛ついていた、感情はどこかに吹き飛んで行ってしまった。なぜなら、モニターには初めて見る、今まで見たこともないような美女が映っていた。しかも、なぜかかなりアップで映っている。

モニター越しでもわかる、俺らの仲間内の女連中とは明らかにレベルが違う。どっかのアナウンサーやモデルみてえな顔してやがる。いや、そんな顔とも違う・・・雰囲気がちがう。

いや、それよりも、こんな来客パターンの時は、どうしていいか聞いてねえ。とりあえず木島さんに聞いてみないと・・。

「ねえ、聞こえてらっしゃる?私のこと待たせたら酷いですわよ?」

ふてぶてしく堂々とした口調の女がモニターに越しに喋る。この女の口調、ひょっとして、最近入った下っ端の俺が知らないだけで、うちの組織の偉い奴なのかもしれない。もしかしたら、木島さんや張慈円さんの女かも・・。

それによく見ると美人には違いないが、妖艶で蠱惑的な笑みを浮かべた表情と目、そして口調が何とも逆らいがたい。不思議な目の色が光ったように見え、心臓が鷲掴みにされたような感覚になる・・。

・・・そうだよな、こんな女がカタギのわけがねえ。たぶん俺ら側の人だ。木島さんの名前だしてるぐらいだし、こんな女が、木島さんと釣り合うような気もしないけど、木島さんの女か知り合いに違いねえ。

「ちょ、ちょっと待ってください」

とりあえず、したてにでた口調で答える。

「・・ええ、急いでね」

幸い幹部の女であろう人物の機嫌を損なわずに済んだようだ。

ドタバタと慌てて、廊下に出て玄関に向かう。玄関の扉が見え、再度、扉の向こうにいるはずの女に声をかける。

「いま、開けますんで・・」

がちゃりとサムターン錠を回し、チェーンロックを外す。
ドアノブを掴んで開くと、モニターに映っていた女が目の前にいた。全身鈍い光沢のある黒ずくめのアンダーアーマーのような服を着ている女が二人いた。

「・・本当に開けてくれたのね」

手前にいるモニターに映っていた女が、腕を組んで立っていた。女は俺を上から下まで観察しつつ、口を開く。

女の第一声は、呆れたような口調のそれだった。女の顔に先ほどの妖艶で蠱惑的な笑みは微塵もない。俺に向けられた目は、路傍の石か、視界の端に入ったアリでも見ているような目だ。

それにモニター越しには、伝わってこなかったが、扉を開けた瞬間から、異様な雰囲気があたりに充満している。何かはよくわからないが、言葉では表現できないカンというやつだ。

頭が、動物の本能というべき箇所が、危険警鐘を最大音量で鳴らしている。

な、なんだこいつら・・!

吹きあがる冷や汗に構う暇もなく、本能に従い、急いでドアノブを掴み、ドアを引き閉めようとする。

しかし、目の前の黒い塊が、ドアを閉じる速度より早く、迫ってきた。

「ぶっ!!・・・・がはっ!」

お、俺の声?

胸と背中に激しい衝撃を受け一瞬のうちに廊下の床で、尻もちを搗いている。
どうやら何かの衝撃で、後ろに吹き飛ばされて廊下の壁に激突したようだ。壁が割れ、白いボードの破片が廊下に散乱している。

さっきまで自分が立っていたところには、右脚を踏み込み、右の手の掌をこっちに向けた格好で静止している女が見えた。

「真理、入り口確保しておいて」

「わかりました」


俺に攻撃した女が、攻撃姿勢を解き手首をコキコキと鳴らしながら、後ろにいた女と会話している。

やばい・・。こいつら敵だ。しかも尋常じゃねえ・・。木島さんやアレンさんに知らせねえと・・・。えっ?、、、こ、、声が出ねえ・・。く、、口から血が・・。

「ごほっ・・」

「加奈子。そっちは?」

俺を攻撃したほうの女が、つかつかと廊下をまっすぐ進んできて、俺を見下ろしながら、耳元に手を当てながら通信している。

「ええ・・、ええ・・。本当に?!よかった・・・。ん・・?そっちにも敵がいるのね。大丈夫?・・・そう、わかったわ。こっちには、まだ部屋がいくつか残ってるの。このマンションに、咲奈もいる可能性が高いわね・・・。加奈子は雫をもう絶対に敵にわたさないようにね。で、部屋にいる敵全部始末して、その部屋確保してて。こっちの二部屋調べたらすぐに合流するから」

色素の薄い半開きの目を、一瞬見開き喜びの表情を見せると、すぐに表情は戻り、的確に指示を下しだす。俺が雫という女を見張っていた部屋の隣には、アレンさんの手下のボクサー崩れが5人と、帰ってきていればだが、張慈円さん子飼いの劉さんが待機していたはずだ。

しかし、目の前で通話している女は全く動じた様子もなく、自分の仲間に、ボクサー崩れどもを全員始末しろと指示している。

「真理!雫確保よ」

入口に陣取っている、黒髪の美女に向かってそういうと、黒髪の美女は両手を胸の前で握りしめ、頷き返している。

おそらく、さっきまで俺が見張っていた雫と言う女を仲間が見つけたのだろう。言葉も通じにくく態度もでかいが、あのボクサー崩れどもは強い。しかし、この侵入者の女の強さは尋常ではない。俺は、一撃でのされてこの様だ。アウトロー組織に入って、派手な仕事を望んでいたが、組織に入って早々こんな失態をして、ブタ箱行きなんて御免だ。

それに、このままやられっぱなしで良いとこ無しだと、俺の組織内での立場が無くなっちまう、下手すりゃ木島さんやアレンさんに殺されちまうかもしれない・・・。

「うぅ・・、ごぼっ!」

おい、お前ら!こんなことしてタダで済まねえぞ!

と凄むつもりだったのだが、立ち上がることもできず、口から出たのは言葉にならない、くぐもったうめき声と、血だけだった。

喋ろうとしたせいで、ヒビが入ったのか折れたのかわからないが、女に打たれた胸あたりが悲鳴を上げる。

「うぐ・・!」

うまく動けず喋れないうえ、呼吸するのですら激痛がはしる。

目の前にある床の上に、土足で上がり込んでいる女の靴が見えた。足音がしなかったため、気づくのが遅れ、思いのほか近くまで来られていることに驚いて見上げると、女は少しだけ目を見開き、首を傾げ、少し驚いたような表情で俺を見ていた。

間近でみるとすげえ美人だ。雫って女も美しかったが、好みの問題だろう。こういうスカしてお高く止まった女のほうが俺にとってはそそる。

長い黒髪、シャープな顎、ふっくらとした唇、目だけが半開きのギャップが印象に強く残る。

腰回りのラインは完璧だが、胸は意外にも小さい・・。ぴっちりとした衣装のせいで、身体のラインがよくわかる。

こんな女をめちゃめちゃに犯してやりてぇ・・。胸や背中の痛みを堪えながらも、目の前の女相手に不埒な妄想をしていると、女が口を開いた。

「・・?。こんなに実力差を見せられても萎えないのね。・・速すぎて見えなかっただけかしら?・・それとも単なるバカなの?」

女にこんな表情で見られるのは初めてだ。俺のことを見下しているというか、理解できないものを見ているような目だ。

困惑と激しい怒りが吹き上がるが、体が動かず、呼吸もまともにできなくては、どうしようもできない。しかしこのままだと、後で確実に木島さんたちに制裁されちまう。

それに、この生意気女の見下した綺麗な顔を、泣き顔にして謝らせてやったら、どんなに気持ちいいだろうと想像すると、力が沸いてきた。

ガクガクと信じられないぐらい笑う膝を奮い立たせ、肋骨の痛みに耐えながら立ち上がると、目の前の女目掛けて殴り掛かろうと構える。

「へぇ・・・」

女が意外そうに、感嘆の声を上げる。それにしては全く構えもせず無警戒な様子で不思議そうに俺の動きを見ている。

この組織では入ったばかりで下っ端だが、街の不良連中の中じゃ、俺の腕っぷしに敵うやつなんかいやしねえんだ!さっきこの女の攻撃を貰っちまったのは不意を突かれただけだ。

くらえ!

体重を乗せた渾身の右ストレートが女の顔面を捉えた。そう感じたのは今までの経験だとこのタイミングで避けられた経験がなかったからだとすぐにわかった。

拳に手ごたえがなく、女は半身になって右腕の外側に身体を躱す。女が躱したのを目でとらえたと同時に、右腕の肘と手の甲を掴まれた感触があった。その瞬間、視界がぐるりと縦に回転する。

どしん!

「ぐぇ!」

空中で1回転させられ、今度は壁ではなく、廊下の床で強かに背中と後頭部を打ち付ける。
俺の意思とは裏腹に声にならない声がでてしまう。

「珍しいわね。まだ心が折れてないなんて・・。精神と実力がそこまで乖離していると、かえって惨めね。でも、さすがにもう動けないでしょう?」

女は短くため息をつき、俺を見下ろしながら更に続ける。

「ドア開けてくれてありがとう。おかげでドアを蹴り破らなくてすんだわ。・・念の為に聞くけどあなた木島さんじゃないわよね?・・・・・そう・・でしょうね・・。情報だと丸坊主だと聞いているし・・。・・・あなた、しばらく動けないでしょうから、そのまま寝てなさい。聞くこと聞いたら後で病院ぐらいには連れて行くように手配してあげるから」

勝手に質問して勝手に納得している。お礼なのか、心配しているのかわからないようなセリフを言うと、女は玄関ドアのほうに向きなおり、入り口あたりにいるもう一人の女に向かって、指示をだしている。

「・・真理、この子、最小限で回復させてやって・・・」

「わかりました・・。その吐血量だと、肋骨が肺か何かに刺さっているようですね。死なないようには処置しておきます」

「お願い・・。ごめんね」

「いえ、大丈夫ですよ」

玄関の入口にいた黒髪の女が近づいてきて、仰向けに倒れている俺のとなりに跪いてきた。

俺を投げ飛ばした女はとみると、

「ったく・・受け身も取れないなんて・・・。自分の自重で死にかけるって、弱すぎて手加減難しいじゃない・・。加奈子にああ言ったものの、これじゃあ、しめしがつかないわね・・」

と、小声でブツブツと文句を言いながら、廊下の分岐を木島さんの部屋のほうへツカツカと歩いていってしまった。

「ごぼっ・・・!」

たしかに、半開き目女の言う通りやばい。口から出てるのこれ全部俺の血なのか?俺はこのまま死ぬかもしれない。すげえ痛いし、吐血のせいと、胸の痛みで、まともに呼吸ができない。

かろうじてできる浅い呼吸を、するたびに肋骨の痛みがひどい。打ち付けた背中と後頭部を襲うガンガンとした痛みに耐えながら、半開き目女の後ろ姿を睨み、女の特徴を記憶に刻み込んでいく。

半開きの目、不思議な色素の目・・。厚い唇、長い黒髪・・・。ぜってえ復讐してやる。その面、、泣きっ面にしてやるからな・・・。

飛びそうな意識の中で、名前も知らない半開き目女に復讐を誓っていると、隣で跪いていた美女が、俺の胸の上で手をかざす。

「もう寝てなさいね」

そう言う女の手は、ぼんやりと緑色の光に包まれていた。何をされるのか不安でその手を振り払おうとする。しかし、俺の胸の上で翳された女の手から発せられる光には暖さがあり、不思議と痛みが引いていく。呼吸が楽になり、痛みが引いていく心地よさに目を閉じると、意識はゆっくりと薄れていった。

【第8章 三つ巴 9話~強襲悪魔の巣窟2~下っ端のドキュンモブ-茂部天牙(もぶ てんが)終わり 】第10話へ続く


【第8章 三つ巴 10話~強襲悪魔の巣窟3~ 稲垣加奈子】

第8章 三つ巴 10話~強襲悪魔の巣窟3~ 稲垣加奈子

悪者の住処だとというのに、かなり仕様の良いマンションのようで、ベランダ側の共用部分は駐車場でもないにも関わらず、かなり管理が行き届いている。日よけに白樫やクスノキが植えられ、しかも定期的に剪定業者が入っているようだ。芝も綺麗に刈り込まれており、雑草はほとんど見受けられない。

支社長と真理とは車で別れ、私だけマンションの南側の庭の方に回り込んできたのだ。
マンションの配置図と見取図を小さく折りたたんだメモの紙を、手で握りつぶしポケットに押し込む。

能力で強化した五感で周囲を警戒しつつ、常人離れした脚力で、物陰から物陰へ跳躍する。

105号室は・・・っと、あれね。頭の中に叩き込んだ配置と平面図を思い出しながら、待機場所を探す。

「よっ・・と、悪党のくせに良い所に住んでるわねえ・・」

ほとんど足音をさせず、敷地の隅にある受水槽施設に着地する。再度五感のソナーを働かせ、あたりに気配がないことを確認すると、薄暗くなりかけた夕闇に紛れ、気配を完全に消す。105号室の窓は全室カーテンが掛けられ、中を伺うことはできない。いくら視力強化しても、遮蔽物がある限り無駄なのだ。

「そろそろよね・・・」

ペロリと唇を湿らせ、合図を待つ。合図とはチャイムの音だ。インターホンが壊れている、もしくは消音設定していない限り何かしらの音がするはずなのだ。

それにもし、音がしなかったとしても、チャイムを押したタイミングで真理からショートメールが届く手はずになっている。

咲奈や雫のことが気になるが、沈着付与のおかげで逸る気持ちは抑えられ、これから戦闘になる可能性も高いというのに感情の高ぶりも一定限度で抑えられる。強制的に冷静な状態だ。一定の感情値を超えようとすると沈静化される不思議な状態である。

「これ、なんだか慣れないのよね・・・」

支社長の能力で、怒りや恐怖などの感情異常を無効化する付与がされているのだが、いまだにちょっと慣れない・・。

これって、自分の内なる感情も抑制されちゃうのよね。

そう思いつつも、受水槽施設の影で気配を殺し、聴覚を研ぎ澄ます。

・・・・すっごく長く感じる・・まだかしら。

時間を確認してみるが、ここに身を潜めてまだ2分ほどだ。

・・焦れるわね。

今度はそう思ってから、2秒も経たないうちに合図があった。

ピンポーン。ブブブ・・。

能力で研ぎ澄ませ聞き取ったチャイム音と、胸ポケットに入れているスマホの振動は、ほぼ同時だった。

10・9・8・・・

音と振動の合図と同時に心の中でカウントダウンを始める。

・・・3・2・・・GO

きっちり頭のなかでテンカウントを数えると、音もなく、受水槽から105号室のベランダ目掛けて跳躍する。色素の薄い髪を靡かせ、7mほどの距離を助走もなく、脚力のみで到達する。目立つ行動ではあるが、周囲に人の気配はないし、視線も感じない。それらは、すでに確認済みである。

「やっ!」

着地と同時に、引き絞った右腕を気合とともに突き出す。
パキン!と乾いた音をさせ、ベランダにある履き出し窓の、ペアガラスを貫手で貫通すると、そのままクレセント錠を指で弾く。

クレセント錠ががちゃりと、少し大きな音をたてるが、もはや音を気にしてもしょうがない。そのままガラスを貫通した腕を抜き、アルミ部分に手をかけ部屋の中に入る。

カーテンを外から開くと、見知った顔の女性が、乱れた服装で椅子に拘束されている。いきなり窓ガラスが割れ、外から何者かが侵入してきたのだ。中にいた女は何事かと怯えた表情だったが、私の顔を見た瞬間、一気に顔色が戻った。

「雫!・・・おまたせ!遅くなってごめん・・」

「あ、ああ、先輩!稲垣先輩!」

雫に一言声をかけると、雫の周りにいる男どもを一通り観察する。男たちは一様に大柄で、筋肉質な身体つきだ。全部で5人、全員日本人じゃなさそうだ。
5人は、たったいま奥の部屋から出てきて、玄関のほうに向かおうとしていたところに、私が窓から入ってきたので、驚いて振り向いたような状態だ。

「ナ、ナンダ?!テキ?!」

「イリグチノホウカラ、オオキナオトガシタゾ!」

「モブボーイ!ドコイッタ!?」

「コッチカラモカ?!テキ?オンナダゾ?!」


英語も混ざっているようだが、たどたどしい日本語で狼狽えているムキムキの外人達を無視して、雫に聞くべきことを聞く。

「雫!咲奈は?咲奈もここにいるの?」

「たぶん、います!こっちの扉が外じゃないなら、この扉の向こうの部屋に・・・!あの黒人の男に・・・ああ・・・でも、先輩!先輩まで捕まっちゃう!逃げてください!」

ここに咲奈もいるのなら、話は早い。雫の話しぶりからも、一刻でも早く助け出したほうがいい状況ともわかる。

「大丈夫!任せて!!私、実は強いのよ!・・ハッ!」

目を合わせ雫に了解の意を伝えると同時に、床を蹴る。身体能力を強化した私を、常人が捉えるのはほぼ無理だ。目で追う事すら難しい。今の私のスピードやパワーは野生の虎以上の性能に強化してある。

雫が座っている椅子の一番近くにいた、大柄な黒人に向かって突進し、膝を男の鳩尾に食い込ませる。突進のスピードとエネルギーを、大柄な黒人の身体に膝蹴りによって、すべて押し付けた。

どすん!!と重く鈍い音と「ウッ!」という男の小さな声が聞こえる。

膝蹴りの衝撃で、突進の速度を完全に殺すと、座っている雫の腰に手を回して、バックステップで、私と一緒に部屋の隅まで椅子に座った雫ごと一気に引っ張る。

「ひぃ!!きゃああああああ!?」

私に椅子ごと引っ張られている雫が悲鳴を上げる。
椅子を少し持ち上げて引っ張ったので、ほとんど雫に衝撃はないはずなのだが、乱暴な行動だったのには違いがない。とりあえず抗議は後で聞くことにして、雫を椅子ごと、部屋の隅に滑らせ、私の背中の後ろに隠した。

「ごめんごめん・・椅子に繋がれてるし、敵のど真ん中にいたから、しょうがなかったの!そこだと安全だから少し待ってて。すぐこいつら片づけるから!」

「は、、はひ」

遠心力で振りみだれた髪の毛を直すこともできず、ハァハァと息を切らし、目を見開いた驚きの顔で、雫が心ここにあらずといった返答を返す。

「カタヅケルダト?!」

「ネーチャン!シヌホドコウカイサセテヤルゼ!」

「ワタシタチ、ボクサーヨ?オマエモ、スコシヤルミタイダケド、ゴニンモタオスノムズカシイ!」

「5人?もう4人だと思うけど?」


口々にいきり立った口調の外人ボクサー達にそう言うと、先ほど膝蹴りを食らわせた大柄な黒人が、どさり!と音を立てて、膝をつき、蹲るように突っ伏した。

「コ、コノアマァ!」

蹲り動かなくなった男の一番近くにいた、一人の外人が私に向かって吠えて、身構えステップを踏みつつ距離を詰めようとしてくる。

そのとき、左耳から通信音がした。

「あ・・ちょっと待って・・・。はい、支社長、私です。いま裏から入って、ちょうど雫を確保したところです。・・・こら!待てって言ったでしょ!」


支社長からの通信に耳を抑え答えていると、一番近くにいた男がステップを踏み、床を鳴らしながら、殴り掛かってきた。

左ジャブの連打を、難なく躱しながら、支社長に答える。

「はい、戦闘中ですけど、こっちには大したのはいなさそうです」

途中もう一人が加わり、二人がかりになるが、何人いようが能力解放した私にとっては遅すぎる。

「はい・・遅いし、弱そうです。問題ありません」

最初に殴り掛かってきた男の、ジャブ連打からの右ストレートを、身を沈めて躱し、逆に男の顎にショートアッパーを打ち込む。打ち込まれた男は、顔じゅうの汗を天井に向かって、まき散らしながら仰け反っている。

「オォー!!シット!ファックビーッチ!」

殴り掛かってきていないうちの一人が、放送禁止用語っぽい言葉を叫ぶが今は無視だ。

「はい、ここにいるっぽいです」

二人目の男が大振りで放った左ストレートも、右足を軸に身体を回転させ、左足の後ろ回し蹴りで、二人目の男の左こめかみを打ち下ろしつつ、繰り出してきていた左ストレートごと地面にたたき落とす。

振り下ろされた左の踵に打ちぬかれ、どがっ!と男は床に叩きつけらた。その直後、初めにショートアッパーを喰らわせた男が、膝から崩れ落ちて動かなくなった。

「はい!了解!」

支社長との通信を切り、残身の構えをとる。

「せ・・・せ・・せんぱい・・。す、すごーーい!!すごい!!かっこいいです!やっちゃってください!!ぼっこぼこに!!」

興奮した雫の声が、後ろから背中に突き刺さる。

正面の二人に注意を払いつつ、後ろを振り返り、雫に向かって笑顔でウインクする。

「もう少し待っててね。あと二人始末したら手錠外してあげるから」

雫にそう言うと、残りの二人に向きなおって言い放つ。

「という訳で、急ぐから二人いっぺんにどうぞ」

構え直し、正面の二人に、にっこりと微笑みかける。構え直した構えを、左右で再度切り替え直し、突き出した左手の指をクイクイと手招きして挑発する。安い挑発だったが、効果覿面だった。

「ファック!!」

「サンオブアビッィィィッチ!!」


二人はそう叫びながら、私に向かって一気に間合いを詰めてくる。武器も持たずにファイティングポーズをとっている。やはりこの二人もボクシングスタイルのようだ。

でも・・・、遅いのよね。ぽつりとそう呟くと、丹田に気合を込め放つ。

「はっ!!」

僅かに左の男が、突出していたので、其方の男に向かって跳躍する。そのまま正面から攻撃してしまうと、男の突進の勢いに、私の勢いが加算され、殺してしまいかねない。

面倒よね・・。

男の突進速度より、遥かに上回る速度での跳躍中に呟くと、男の背後に回り、首に手刀を一閃させる。もう一人の男は、情けないことに私の姿を見失ったようだ。

「ホワッット!・・・ドコダ!」

「ここよ」


最後の男の問いかけに答えてやると、男は振り向いたが、振り向いた男の鳩尾には私の肘が突き刺さっている。

後ろで手刀を食らわせた男が倒れる音がし、目の前で鳩尾を抑え、蹈鞴を踏んでいる男が、仰向けに倒れ泡を吹き動かなくなった。

「制圧完了!」

ふぅと息を吐き出し、残身のポーズをとりつつ、部屋にあった鏡で自分の姿をチラ見しながら、表情も作って余韻に浸っていると、雫からすごいコールが浴びせられてきた。

「先輩すごいです!すごい強いんですね!すごい、すごい、すごいです!」

もちろん忘れていた訳ではないが、見られていた気恥ずかしさに、僅かに赤面してしまう。

「ごめんごめん!いま解いてあげるからね」

とりあえず、支社長の言ったとおり雫と部屋は確保できたわね。でも、私が結構暴れちゃったから、さすがに侵入はここの敵全員に知れ渡っちゃったでしょうけど・・・。

それにしても、あとどのぐらい敵はいるんだろ・・・。

心配してもしょうがないんだけど、いまぐらいのばっかりなら100単位でいても平気よね・・。
そう思いつつ、左耳に手を当て通信をオンにする。

「支社長。雫と部屋確保完了です」

手短に報告すると、「了解」と短く返答があった。
しばらく待機だけど、雫を解放して手当しないと・・。
支社長も真理も大丈夫だと思うけど、早く来てね。

【第8章 三つ巴 10話~強襲悪魔の巣窟3~ 稲垣加奈子 おわり】11話へ続く

第8章 三つ巴 11話~強襲悪魔の巣窟4~神田川真理vs劉幸喜 

第8章 三つ巴 11話~強襲悪魔の巣窟4~神田川真理vs劉幸喜 

佐恵子が瀕死にしてしまった、若いチンピラの治療はほぼ終わりかけていた。

終わりかけと言っても、実は治療する余地も余力もまだまだある。しかし、必要以上に回復させてやる気はない。
肋骨も折れていたが、完全には治療しない。このままだと動いたり、呼吸すればまだまだ痛むはずだ。

私の能力をもってすれば、この程度の怪我を完治させることは容易である。しかし、それをすると私が疲れてしまうし、この子に、完治され動き回られても面倒なことにしかならない。それに、こんなどこの馬の骨ともわからない者に、そこまでしてやる義理もない。

傷や体調を回復させるには、私の思念を使って治すのでも可能だが、対象者の思念でも代用が利く。

佐恵子に、文字通り叩きのめされた若いチンピラは、思いのほか思念量が多かった為、チンピラの思念だけを使い治療した。治療は死なない程度までにし、適当に切り上げる。

適切とは言い難い治療で、若いチンピラの思念量を湯水のごとく、雑に使い切り、不完全な治療と同時にこの若いチンピラの思念量を、意図的に枯渇させ気絶させたのだ。

「・・・ふぅ、これでしばらく起きない。死ななければいいということだったし」

そう言うと、さっきまで随分と騒がしかった奥の部屋を伺う。ここからでは、全く奥の部屋の様子はわからないが、今は先ほどのように怒鳴り声や大きな物音は聞こえない。

「・・・静かになったわね」

佐恵子が向かった部屋とは違う、奥の部屋から聞こえていた喧噪は、加奈子が暴れていたのに違いない。完全に戦闘寄りの能力者である加奈子が、まさか不覚はとらないとは思うが、左耳に手を当て、通信をオンにする。

「加奈子。大丈夫?」

「あ、真理。もちろん大丈夫!ザコばっかりよ!・・そっちは?」

姿は見えないが、直ぐに何事もなかったかのような口調で、加奈子の声が返ってきた。いつも通りの声にひとまず安心する。

「こっちも大丈夫。佐恵子も加奈子とは違うほうの奥の部屋にいってるけど、物音があまりしなくなったから、もう戻ってくると思う。雫は見つけたのね?・・・咲奈は?咲奈も助け出せたの?」

「ううん・・。雫はここにいるけど、咲奈はまだ・・。雫はこっちの奥の部屋に連れて行かれたって言ってるから・・。そっちの部屋に行きたいんだけど、ここで待機って言われてるから・・。あ!後でまたこっちから連絡するね!」

通信途中だったが、一方的に切られてしまった。

・・新手ということ?通信を切らないといけないほどの相手ってことかな・・?
と、言ってもここを離れるわけにはいけないわね。本来ならこの部屋への出入りはここしかないしね。

それにしても、こんな廊下のど真ん中で寝られたら邪魔ね・・・。通信しながらも荒い呼吸音をまき散らすチンピラのことが、うるさくて気になっていた。

ゼェゼェとようやく呼吸ができている程度の、若いチンピラを足蹴にし、ズリズリと廊下の端に押しやり移動させていると、治療とは別の、展開させていた能力に反応があった。

私が危機察知と名付けた能力だ。危険に関する物事を察知する予知能力で、周囲10m程度と範囲は狭いが、その範囲内において今後5秒以内に発生する危機全般を感知することができる。非常に珍しい能力らしく、能力を佐恵子らに知られてしまった際は、とても珍しがられた。

この二つの能力のせいで、宮コー本社からは特別な業務を命令されている。今回のように、有事の際には佐恵子の治療係兼ボディガードとして周囲を警戒する仕事だ。もっとも、そのような命令がなくとも、佐恵子に頼まれれば少々の無理であっても、聞いてあげるつもりではある。

玄関のほうから、私を狙う気配に気づかないふりをしつつ、ほくそ笑む。

ノコノコとやって来なさいな・・。脳筋の加奈子や佐恵子ほどじゃないけど、私も肉体強化できるのよ・・さあ、不用意に近づいてらっしゃい・・・きついの叩き込んであげるわ。

・・
・・・
・・・・
真理が茂部天牙を足蹴にし、廊下の隅に追いやっているときより2分ほど前。

あの汗臭い筋肉質なボクサーどもと同じ部屋でメシを食う気になれずにいたので、ファミレスでメシを済ませ、途中にあるコンビニでタバコを補充し、オルガノに向かう。

ボスの命令とはいえ、今回の仕事は不満だ。木島やアレンのお守りとは、ボスも気を使い過ぎている。木島やアレンがどうなろうと放っておけばいいのだ。奴らの行動の責任は、奴らがとればいいだけである。

しかし、ボスを何となく毛嫌いしている木島やアレンと言えども、そのボスが護衛してやれというのならば、俺にとっては否応もない。

それにしても、橋元さんは、湾岸地域開発を推進している宮川の事業に食い込んで、荷役や賃料の利権を得たいみたいだが、あの宮川グループを本気で敵に回すには、木島やアレン程度では、些か駒がカスすぎる。

橋元さんは、相手の戦力を知らないのではないだろうか?宮コー本社ほどでないにしても、こちらにも何人かは能力者が配置されているはず・・。

宮川コーポレーションは、表向きにはCM戦略や、起用する芸能人の印象も相まってクリーンなイメージの上場企業だが、荒事となるとめっぽう強い。それは、あいつらが常人じゃない能力者集団だからだ・・。ボスを通じて報告しておいた方がいいかもしれないな・・・。

たしか、宮川の一人娘が支社長として赴任していることは知っているが、あれ以外にも能力者が移動してきているのは間違いないだろう。

俺が数年前に、首都圏にいたときのような面子がこちらに来ているのならば、相当厄介だ。ただ、先日首都圏の以前の仕事仲間と連絡を取り合った時は、ほとんどの能力者はまだ向こうにいると言っていた。

しかし、あの宮川の娘だけでも相当面倒な相手のはずだ。しかも、宮川昭仁の一人娘が護衛もなしに一人で、赴任してくるとは考えにくい。少なくとも、5人はいるだろう。

それにせっかく、うまく人質をとれたというのに、木島とアレンが交渉材料の価値をなくしてしまっている気がする。

情報ではそれなりに、あの一人娘の支社長とは近しい人物との情報もあった人質だというのに、彼女らを傷つけてしまうと、かえって状況は悪くなるのではないだろうか。

ふむ・・、最悪の場合、ボスに手を引くよう提案をした方がいいかもしれいな。

これだから、大人数いる組織は面倒に感じてしまう。もう少し、まともに頭を働かせる奴はいないのだろうか。

ちっ、面倒くさいな。・・こういう事を考えるのは苦手だ・・。

そう思ったところで、ちょうどオルガノが見えてきた。木島やアレン、ボクサー達と、またしばらくここでカンヅメになるのかと思うと更に憂鬱な気分になる。

マンションに入り廊下を歩きだすと、少し遠目に105号室の扉が開きっぱなしになっているのが見えた。

ん?おかしい。誰か出てくるのか・・・?違うな・・これは、襲撃か!?

気配を消し、足音も完全に消すと105号室の扉の隣まで移動する。ちらりと部屋の中を伺うと、倒れたモブと、黒いぴっちりとした衣装に身を包んだ、見たこともない黒髪の女が確認できた。横顔が一瞬ちらりと見えただけだが、女の割には長身と言える容姿に、魅惑的な体のライン、そして肩まで届く黒髪にはこの距離からでも艶が見て取れ、艶めかしさすら感じさせられる美人だ。

・・・しかし、完全に侵入者だな・・。一人ではないだろう。幸いまだ俺には気づいていない様子だ。

女は美しい顔におよそ似つかわしいくない所作で、まるで、モブのやつを汚物でも押しやるかの如く、足蹴にして廊下の壁に押し付け終わると、奥の部屋の様子を気にしている。

・・・なかなか、シュールな絵面だな・・。・・モブ・・・、生きてるよな?生きていたら後で回収してやるよ・・。暫く辛抱してろよ・・。

それにしても、こんな美人でも、他人の目がなかったらこういう事ができるってことだ。虫も殺せなさそうな顔してるくせにな。これだから女は怖い・・。

それはともかく、女が向いている正面には反射物はないし、廊下の照明の位置を考慮しても、俺の姿を察知できる要素はない。・・・一気に行くか。

そう判断すると、足音無く、一瞬で間合いを詰め、女の背後から肉薄する。

不意打ちだが悪く思うなよ!その代わり、殺しはしない!聞きたいことが山ほどあるからな!

無言で、そう断わると、女の首目掛けて左手で手刀を振り下ろす。

その瞬間、女の身体が視界から消えた。

いや、消えたのではなく身を低くしての足払いだ。

やられた!不意を突かれたのは、俺のほうだ!この女気づかないふりをしていただけだ!

そう気が付いたときには、すでに踏み込んだ左足が払われ、不安定にグラついた俺の身体目掛け、女は、自身が立ち上がる力を利用して両手を後ろに引き、技を放とうとしている。

「えぇい!」

澄んだ可愛らしい掛け声とは裏腹に、猛烈な風切り音を孕んだ、双掌打が無防備な態勢でよろける俺の左胸目掛け放たれる。

冗談じゃない!こんなもの喰らったら、即戦闘不能だ!
空中で必死に態勢を直し、かろうじてオーラを込めた腕でのガードが間に合うが、勢いは殺しきれず、後ろに吹っ飛ばされ、部屋の外の廊下の壁に激突する。

「あら・・やるわね」

「き、きさま・・!相当性格悪いな。俺に気づいていたというのに狸の真似とは・・・」

足で衝撃を殺したとはいえ、打ち付けた背中に鈍痛が残る。それに、女の双掌打を防いだ左腕がビリビリと痺れている。

・・なんて威力だ・・。微量とはいえオーラも間に合ったってのに・・。これじゃ、まともに動くようになるには、しばらくかかりそうだな・・。利き腕じゃなかったのは、不幸中の幸いか・・・。

背中をさすりながら目の前の女にそう言うと、攻撃を防がれ、意外そうにしている女が反論してきた。

「私が狸に見える?何方かと言うと狐じゃない?女狸は言わないけど、女狐って言うわよね。それに、性格が悪いのはお互い様です。女の背後から足音を消して、近づくなんて善からぬ者以外の何物でもないですからね」

女は軽口をたたくと、肩まで届く黒い髪を手で後ろに払い、半身に構え微笑を浮かべつつ、俺を睨んでくる。

「・・・。何か隠し持ってるわね。さっさと出しなさいな」

更に女の続ける唐突なセリフにぎくっとする。

何故分かったんだ?確かにかなり小型ではあるが、腰には青龍刀を下げている。一見してバレないように、服のサイズは大きめにしているのだが・・。

「出さないつもりですか?・・・そんな、ゆったりした服着て・・、なにか隠してますよ。って言ってるようなものです」

女の挑発ともとれる洞察に、感嘆しつつも、隠していた獲物で、しかしこういう使い方ができるとは想像もできないだろうと、右手を後ろに回し、使い慣れた青龍刀の柄を掴む。

やはり殺してしまうわけにはいかないな・・。狙うべきは・・。

柄を掴み、女の動きを止めるべく、技を放とうと右手に精神を集中させる。

すると今度は、女が綺麗な整った顔に驚きの表情を見せ、慌てて構えを半身から、両手の掌を上下に広げ、身体の中心にし、腰を落とした構えに変化させる。

んん?こいつ・・?その構えの変化・・。まさか、俺がこの距離から脚を狙っていることに気づいたとでもいうのか・・・?さっきの掌打の威力と言い・・この女の能力者か・・?

女の行動を不審がっていると、俺の一瞬の気の緩みを見逃さず、女は左手を耳にあて通信し始めた。

「佐恵子、加奈子、玄関に侵入者です。・・・・・いえ、・・ええ・・・そうみたいです。・・・・・・・
さあ、そこでボーとしてても、私には勝てないわ。それに、聞いたでしょ?仲間に知らせたの。長引けば、あなたが不利ですよ?」


通信を切り、再度半身に構え直しつつ、挑発してくる。

構えた雰囲気からして、この女も相当な腕前だと感じるが、このままにはしておけない。それに今の通信だと、敵はこいつを含めても、少なくとも3人以上いると言うことだ。

なにが、侵入者だ、、侵入者はお前らのほうだぜ・・・。くそっ・・アレンやボクサー共は何やってんだ!?こういう時に役立たないで、あいつらがほかに役に立つ時ってないだろうが・・!

・・ん!奥の部屋から暴れているような音が聞こえる。あっちはアレンやボクサー達のたまり場の部屋のほうだ・・。

畜生!あっちはあっちで取り込み中か・・。これだけ、時間がたってもあいつらが出てこないということは、この女が言う仲間とやらに、手こずっているということか。態度がでかいばっかりの、とんだ大飯ぐらいの役立たずどもだ。

・・まあ、俺も女一人に足止めされているから、大きな口も叩けんな・・。

くそっ・・部屋を離れるんじゃなかったぜ・・・。この女も、完全に時間稼ぎ目的で防御の構えをしてやがる。

どうする・・・。敵に集まられたら更に厄介だ。逃げることもできなくなる・・。

それに、入口で見張ってた女が、この強さだ・・。中にいるこいつの仲間共はもっと、戦闘得手の奴らなのか・・?しかも、襲撃者全員が能力者なら木島やアレンの部下たちではどうしようもねえ・・・。目の前の女が、放った双掌打の威力を思い出しぞっとする。

女と対峙しながら、いろいろ考えを巡らせていると、防御姿勢で焦れたのか、余裕を感じているのか女が口を開いた。

「どうしたの?トイレでも我慢してるの?色々考えてらっしゃるようですけど、随分と浮かない顔ですね。そんな顔していると、せっかくのいい男が台無しですよ?」

「ちっ!・・ふざけやがって」

口を手で隠しクスクスと笑う仕草に、焦燥感を掻き立てられるが、清楚そうに見える美女がそういう仕草をすると、逆に案外と似合ってしまうのが余計に歯がゆい。

しかし、撤退するにしても、一人ぐらいは・・。それに手強そうだといって、何もせずに逃げの選択は俺にはできない・・。さっきガードした左腕の痺れも少しはマシになってきた。

敵が能力者なら、なおさら一人ぐらいは能力を見極めておく必要がある。武器を使えば、俺の能力は隠しつつ、相手を見定めることができるはずだ。

覚悟を決め、黒髪黒ずくめの女に向き直り、腰に下げた青龍刀を鞘からズラリと抜き構える

【第9章 三つ巴 11話~強襲悪魔の巣窟4~神田川真理 終わり】第12話へ続く


筆者紹介

千景

Author:千景
訪問ありがとうございます。
ここでは私千景が書いた小説を紹介させて頂きたいと思います。
ほぼ私と同年代の既婚者が主役のものになるかと思います。登場人物同士が
つながりを持っていて別の物語では最初の物語の主人公が脇役を務める様な
小説全体につながりを持たせ想像を膨らませていけたらと思っております。
どうぞ宜しくお願い致します

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