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第9章 歪と失脚からの脱出 38話 貫かれた権威

第9章 歪と失脚からの脱出 38話 貫かれた権威

「きゃううう!も・・う・・ほんとに!・・ちょ・・っとぉ!とめてっ!やすませてぇ!!」

悔しさの涙と、快感からの涎で濡らした真っ赤な顔をして紅蓮は叫んだ。

「休ませねえよ。辛いのわかっててやってるんだからよ」

「辛くても、嫌でも気持ちよくなって見せたくもないアへ顔を晒しちまうのが、嫌でどうしようもねえのに、それがもっと気持ちよくなるんだよな?」

電気マッサージ器と20㎝バイブでのシンプルな二点責めに、6度目の痴態を無様に披露してしまった紅音は、更に与えようとしてくる男たちの淫具の責めから逃れようと、腰をくねらせる事により小柄だが女性を象徴する部分には男性を楽しませるには十分な上質な肉をつけていて、それが淫らに揺れることにより、無駄な抵抗は余計に紅音を責め立てる男たちを楽しませてしまう。

「だめだめ。イクってちゃんと言ってねえじゃねえか」

そう言って、紅音の右側に陣取り、閉じれないよう右膝を大きく広げるように抑えている男が、髪の毛と同色の陰毛を無造作に鷲掴み、紅音の普段の姿とは正反対にだらしなく幾度もの絶頂により淫らな水浸しになった女性自身をカメラの正面から外れないよう、ぐいっとベストアングルまで引き戻す。

「ぐちゃぐちゃのマンコに、ぐちゃぐちゃの顔、どっちもたまんねえよな。どっちもフレームに納めてやるよ」

同じく左膝を大きく割るように固定している男もそう言うと、紅音の艶のある赤髪を鷲掴みにして、レンズの方に向け固定した。

陰毛を引っ張り上げられ、頭髪も掴まれ顎が胸にくっつくほど押し付けられる。

後ろ手で、両足首も背面で戒められている紅音には、非常につらい恰好だ。

国内屈指の大企業、その中でも実務能力も能力者としても最高位に近い位置に居る緋村紅音がこのような目に合う事などおよそ考えれなのだが事実、今ありえないと思えることが現実に我が身に起こっていることは、紅音自信が1番信じれないだろうし信じたくないであろう。

「ぐぅ・・くるしい・・!やめろっ!やめろっつってんだろ?!やめて・・と・・撮るなぁ・・こんな格好ひどすぎるだろ・・」

目の前にある眩い光を放つ中心の黒いレンズを一瞬だけ目を合わせると、紅音は最後のほうは、現実を受け入れ始めたのか弱弱しい声でそう言い目を逸らした。

電気マッサージ器とバイブで散々虐め倒されたおかげで、顔も股間も紅音の発した液体でぐちゃぐちゃに汚してしまっているのだ。

そこに、レンズを向けられ、顔と股間が同じフレームに入るように押さえつけられたまま、再び淫具が押し付けられる。

「はああっう!・・・はがぁ!・・っく!も、もう!!やめて!」

顎を上げ再び仰け反るが、頭髪ごと掴まれているせいで、顔がフレームからはみ出さないように、強引に定位置に戻される。

よじった腰も、陰毛を鷲掴みにされて強引に引き戻される。

「今度はちゃんとイクって言えよ?」

「逝きまくった、紅蓮のだらしないマンコとお顔でーす」

カメラと振動するマッサージ器を持った男のセリフで、はっとなった紅音は、快楽に歪みそうになる表情をできるだけ引き締めたが、それが男達や、これから視聴するであろう者たちをより一層喜ばせてしまうということまで気がまわらなかった。

「ぐっ!っくぅうう!こんな・・無抵抗にしてなきゃ・・複数人じゃなきゃ・・女一人も抱けないようなカス・どもにっ!きゃあっ!!」

「そのカス共相手に逝きまくってるのは誰だよ?」

左側の男は嘲りながらそう言うと、黒光りする20㎝バイブを喰い締めている膣奥まで押し込んだのだ。

「きゃぁああう!お・・おくぅ!・・だめえ!」

「はははははっ。これだろ?このコリコリしてるところがいいんだろ?・・気持ちいいよなあ?感じまくって膣口下がってきてるぞ?」

「はぐぅ!ほうっ!きゃ!んんっ!」

バイブを動かされる度に、股間からはぐちゅ!ぐちゅ!と粘着質な液体と、空気が混ざったような卑猥音を奏でてしまう。

身体内部に与えられる強烈な快感で奇妙な声を上げさせられ、突き刺されたバイブを陰核側、ヒップ側へ起こしたり倒したりと刺激され、最奥の固くなった部分を潰すように刺激され、腰を跳ね上げさせてしまう。

そのうえ、与えられる快感に震えている顔と股間は、陰毛を鷲掴みにされレンズから逃れることができず、その羞恥心がスパイスとなり7度目の痴態に押し上げられてしまった。

「んっ!!っっ!!くぅ!!んはぁ!!っぐ!!」

がちゃがちゃ!

「おおぉ~」

紅音の激しい逝きっぷりに男達は感嘆のような嘲笑をもらし、紅音を戒めている手錠が鳴る音が重なる。

紅音は激しくガクガク震えているが、絶頂を悟られまいと何とか声は我慢しているのだろうが、我慢できずに嗚咽は真一文字に結んだ口から洩れ、表情や身体の痙攣などからも果ててしまっているのは丸わかりだ。

声を必死に我慢している紅音の真っ赤な表情が男たちを、更に喜ばせる。

「ぜぇぜぇ・・!っく・・うぅうう!も・・もういいでしょ?!もう散々じゃない・・!」

激しい絶頂の余韻を振り払うように、周囲の男たちを睨むが、相変わらず視界は眩い光で真っ白だ。

男達はここでようやく電マとバイブからの責めから紅音を開放してやった。

淫卑な刺激から解放され、一息ついた紅音は、この隙に能力が戻ればと思い、四肢に力を込めてみるが無情にも未だ力は使えないようで、悔しそうに唇をかむ。

しかし、何とかと思い、力の限りを振り絞って身をよじり、手足をばたつかせても、オーラを遣えない非力な女の力では、やはりチタン製の手錠にも男三人の腕力にも敵わなかった。

それどころか、自ら動くことにより胸やヒップや太ももの肉が男たちを誘うかの如く淫靡に揺れ、男たちの性欲を増進させるだけであった。

「お前いいな。いい反応で面白い。普段の振舞い通り、気も強いみたいだな」

「マンコの締め付けも強いし、バイブが押し出されそうだったぜ。紅蓮は名器持ちだな」

「女なんて選び放題のはずの大財閥社長の愛人になるだけあるってことか・・」

口々に好き勝手なことを言う男たちのたわごとを聞き流し、紅音は散々弄ばれながらも、いまだ心は堕ちてはいなかった。

虚ろになりかけている目にはいまだ闘志が宿り、戒めを解こうとオーラが練れないかと淫具に甚振られながらも常に試している。

「じゃあ、そろそろその名器を味見させてもらおうか」

正面の男のセリフに、紅音はぎりっと歯ぎしりを立て鋭い目つきを返すが、あられもなく、幾度もの絶頂する姿を晒した、顔と女性器が丸出しの格好では、普段恐れられているその表情でも、男たちをたじろかせることはできなかった。

「こいつにも俺たちのモノがどれぐらいか見せてやった方がよくね?」

「だな。俺たちも名器なんだぜ?」

「・・しゃあねえ。煩わしいが面被るか」

睨みつけてくる紅音を見下ろしながら男たちはそう言うと、覆面をかぶり始めた。

紅音からは視界が0だったが、光源が落とされ紅音の視界に白以外の色が戻ってくる。

「・・こ・・こんなに!」

視界が完全に戻った紅音は、左右二か所においてある三脚の上に載っているカメラと、男たちの持つハンディカメラ、そして一人はスマホを持って、計4つのカメラで紅音を撮影していたのだ。

「しっかり録画したぜ?有料サイトだけに流すからよ。まあ、すぐには人生壊れねえよ」

「ふ、ふざけんなっ!流すって・・何言ってるのよ!」

男のセリフに、がちゃん!と手錠を鳴らし噛みつくが、ほとんど動けない。

「まあ、有料サイト見たやつが録画してどっかに貼ったらそれで終わりなんだけどな」

「だから、ふっざけんなよっ!肖像権侵害だし名誉棄損だわ!これも傷害致傷だし、私はそんなところへの動画配信は許さないわよ!私の受ける損害額や社会的信用の喪失は何億もするわよ?!わかってるの?!あんた達じゃ払えない額のはずよ?!それに私、損害金を回収しきったら絶対にあなたたちを殺すわ!絶対にやるわ!その覚悟、あなたたちにあるのっ!?」

「すげえなこいつ。この格好で俺たちのこと脅してるぜ」

「何回もイカされて、これだけ言えるのは・・・ますます虐めがいがあるな」

男達はブリーフに黒い仮面すがたで、顔をうかがい知ることはできないが、口元を下卑た笑みで歪め、かえって紅音の発言に、股間の怒張は肥大化している。

紅音のセリフに男たちが怖気づく様子もなく、股間を膨らませている様子に信じられないという表情でそう呟いた。。

「くっ・・あ、あんたたち・・脅しじゃないのよ?」

「紅蓮にはかなりの値がついてるからな。これは高~く買ってくれるんだよ。世界中の男たちのおかずになれるなんて、お前も嬉しいだろ?」

三脚の上に置かれているカメラを指でコンコンと指しながら、男が馬鹿げたことを言う。

「宮コーの女幹部連中の痴態は軒並み高額の賞金首なんだぜ?紅蓮、魔眼、銀獣、菩薩、蜘蛛、幻魔とかの宮コー十指にはいる奴等と、忍猫とかいう若いのと、百聞て四十路前の年増が最近賞金首になったぜ」

「お、おいっ!」

一人の男が饒舌に口を滑らせたのを、もう一人の男が鋭く嗜めたが、それよりも当の紅蓮が苛烈に反応した。

「はぁあ?!・・ざ・・ざっけんな!なんなんだよそれ!誰だよそんな賞金かけてるクズ野郎は?!・・嬉しいわけないだろっ!今すぐそのカメラ床にたたきつけて壊せよ!さもないと・・・」

「さもないと・・なんだよ?」

「さもないと、あんたたちを焼き殺すって何度も言ってんでしょうが!」

「せっかく賞金額3位の大物紅蓮を捕らえたったのに、こんなチャンスみすみす不意にできるかよ。大金も手に入るし、お前のこの感じやすい淫乱な身体・・・この際たっぷり楽しませてもらうぜ」

「霧崎の能力を受けて、どうにもこうにも抵抗できねえだろ?紅蓮・・お前もこの際楽しめよ?」

(3位ってなんだよ!ちっくしょう!バカにして!1位と2位は誰なんだよ!)

こんな状況でも、順位が気になってしまう紅音であったが、男は無防備な紅蓮の股間に手を伸ばし、先ほど責められまくって敏感になっている陰核を摘まみ上げた。

「ひぁ!ちょっ!!・・くぅ・ま、まだやるのかよ・・?!」

「まだやるのかって?ははっ・・まだなにも始まってもいねえよ。これからじゃねえか。1本で2時間半の尺があるんだぜ?4時間ぐらい撮って編集しねえとな」

紅蓮の気弱なセリフに男は、さも当然かのように言うと、男達はブリーフを脱ぎだした。

「ば、ばかかっ!そんな長時間身体がもたないわよ!・・・・っ!!」

紅音が反論し始めたところで、男達はブリーフを脱ぎ、ブルンと現れたそれらに紅音は息をのんだ。

何故なら男達のそれらの大きさは3人とも人並み以上であり、全員長さ20cmはゆうに超え、反りも著しく、先端は大きい、すなわちカリと陰茎の直径の差がかなりあるのだ。

「くっ・・!なんなんだよそれ!なんなんだよお前ら・・そんなのを私に使うつもりなのかよぉ・・」

紅音はそんなものをこの身に使われれば、ひとたまりもなく感じまくる様を見せてしまうことがわかり、すでに屈辱から歯噛みしてしまったのだ。

二人の男に左右から両ひざを抑えられ、1番手の男がゆっくりと正面から近づき、そそり立った弩張を近づけてくる。

テーブルの上で後ろ手、後ろ足で背面に戒められ、脚を閉じられないように広げられた格好で、串刺しにされるのを待つしかできない紅蓮は、悔しさから目尻に涙を溜めて身をよじる。

「やめろ!これ以上は・・やめて!犯すなんて!さっきみたく道具でやるのとまったく違うじゃない!!だめっ!やめてっ!犯されるなんてやだっ!ゴムも付いてないじゃない!!私は宮川誠の愛人なのよ!!?こんなことして、彼も黙っちゃいないわよ?!う・・ううう!!やめっ・・あああああああああっ!」

紅音の悲鳴を香辛料として更にそそり立った弩張りを、ゆっくりとその濡れぼそった名器に突き込んだのだ。

ずっ・・ちゅぅぅぅぅ!

「おぉ・・」

戦闘においては、宮コー十指最強と謳われる紅蓮こと緋村紅音という人外の能力者を、初めて犯した非能力者の一般人である男の第一声はそれだった。

「はぁ・・ん!・・くっ・・くそっくそっ!!こんな奴に・・ぃ!あ・・ぅん!」

ついに犯された紅音は涙目で拒絶のセリフを口にしているが、身体は勝手に反応し膣圧をあげ、名も知らない男の弩張を喰い締め、両乳首は固くそそり立たせている。

両隣で膝を抱えている男たちは、そのそそり立った乳首をそれぞれに指で弾きだした。

「おぉ・・すげえ・・入口がすげえ締めつけて、絞り出そうとしてくるみてえだ」

紅音の身体を味わっている一番手の男がそう言いカメラ片手に、紅音の腰を掴んで自らの腰をゆっくりとグラインドさせだす。

「うっ・・うごくなぁ!んんぅ!」

そうは言ったものの、すっかり電マとバイブで暖機運転というには激しすぎるウォーミングアップをされている紅音のそこは、本人の意思に反して脳に強烈な快感を送り付けてきた。

「はぁ・・う!はぁん!いゃん!あっ!あんっ!あんっ!きゃっ!・・うんっ!んっ!んっ!んっ!」

耐えられず紅音は、男の腰をうちつけてくる動きに合わせて可愛らしい声をリズミカルに発し出してしまう。

その様子を両サイドの男からは、にたにたと眺められ、レンズにとらえられているのが紅音からもよく見える。

しかし、そういった状況に更に興奮してしまい、股間から送り込まれてくる快感は高まるばかりだ。

「こいつはすげえ・・。散々女は犯してきたが・・、こいつのマンコはすげえ」

「きゃん!きゃん!きゃっ!あんっ!う・・ごくなぁ!っくぅ!あんっ!ああっ!いやぁ!だ、だめっ!」

拒絶しながらも、紅音はついに男の言葉にまともに反応できなくなってきてしまっていた。

悲しいことに紅音は、同年代の女性と比べても感度は非常に高い方だと言える。

もともと、女性能力者は通常の人間に比べても感覚が鋭い分、非常に性感も高性能なのである。愛する、本来行為を行うべき相手との性交渉であればそれは能力者の利点ともいえるのだが、今の紅音のように望まない相手に行動不能にされたうえでの蹂躙とも呼べるべき性行為にはもはや能力者として優秀な事は仇としかならない。そのうえ頼みの能力も使えないともなれば、紅音の高度な能力はただ人より物凄く性感が高い女性でしかないのである。

そして紅音はプライドも高く、身体を重ねた男性の数は多くない。プライベートでも親しい仲の男性は丸岳貴司の他にはいない。

その丸岳とも、もう10年近く身体を重ねてはいない。

宮コーに入社して2年で宮川誠の愛人となり、一時期は愛人の宮川誠と毎日のように情事に耽ったものだが、ここ数年はその回数も稀になり、年に一度か二度ほどになっていた。

紅音は立場上、男性を一夜限りの相手としてつまみ食いするわけにもいかず、丸岳とも寄りを戻すわけにもいかない紅音は、はっきりいってSEXに飢えていた。

男性のつまみ食いをするわけにいかなかった紅音は、幾人か女性にも手を出してみたこともあったが、彼女たちは紅蓮に従順になりはしたが、責めてくれることはなかったのだ。

故に久しぶりの刺激に紅音の身体は、本人の意思に反して、全力で快楽を貪ろうと貪欲になっていた。

「こいつすっげえ感じてやがる」

「電マやバイブでもあんなによがってたのに、本物だとより感じるみたいだな」

「うっ!はぁん!だれ・が!もう!きゃん!あんっ!やめっ!って!・・んっ!はっ!」

男の腰の動きに合わせて喘いでいるが、未だに拒絶を口にしている紅音だが、どうやら限界は近いようであった。

「嫌って言いながらもしっかり感じてやがる」

「なんだよこの乳首。カチカチじゃねえか。こんなにそそり立たせて恥はねえのか恥は?」

膝を抑えている両サイドの男も、そそり立った紅音の乳首を人差指で、素早く弾いて楽しみながら紅音を言葉で煽る。

「おぉ!締め付けがすげえ・・!こっちが先にまいっちまう・・おいっ!この女に電マも食らわせろ!」

犯している男がそういうと、紅音の右隣りの男が電気マッサージ器を紅音の下腹部に押し付けた。

「きゃうううううん!だ、だめえ!!だめ!そんなことされたらあ!」

「すげえ反応・・。我慢できねえんだろ?顔も知らねえ初めて会った男のチンポで逝っちまうんだろ?ええ?・・そんなことされたらどうなるんだよ?言ってみろよ」

名も顔も知らない男に犯されながら、撮影され電マで陰核を押しつぶされた紅音は女らしい声を上げ、一点に向かって一気に登り始めた。

男の問いかけに応える余裕などない。

20cmはあろうかという弩張に、女性の急所を蹂躙され、興奮して大きくさせてしまっている陰核には電マが、同じくそそり立たせてしまっている乳首は両隣の男の指で弾かれまくっている。

「はっ・・!っく!だめぇ!やだぁ!やだぁ!!・・ああっ!あああああああああああああっ!」

ひと際大きな声を上げると、紅音は全身をガクガクと痙攣させ、激しい絶頂に身もだえる。

その様子を、その痴態を、身体を閉じたり、身をよじって隠せないよう、左右の男が、膝をがっちり掴み、股間を曝け出させ、顔と髪の毛を掴んでレンズから背けられないように押さえつける。

犯されて絶頂を迎える様を、余すことなく撮られた紅音は呆けた顔で激しく呼吸をしているが、犯している男は腰の動きを止めるどころかもっと早く、深く動かし出したのだ。

「あ!あっ!がっ!ひぃ!また!またなっちゃうから!だ、だめ!ああああああああっ!」

深い絶頂の余韻を味わう暇もなく、紅蓮こと緋村紅音は絶頂が終わり切らないうちに再度強引に絶頂へと押し上げられ、身体を痙攣させたのだった。

男達はその様子を眺め、紅音の顔をアップでレンズに納め、にたにたと笑っていた。

「紅蓮なんて二つ名で恐れられてたっても、しょせん女だな。責めたら股間から愛液吹いて、無様なアへ顔晒すもんだぜ」

「ま、普通の男にゃ、コイツほどの女を好きになんか到底できねえだろうけどよ。下手すりゃ殺されちまうもんな・・」

「だからこそ俺らみたいなのが稼げるんじゃねえか。コイツみたいな能力者の女には高値が付く。社会的地位や知名度が高い程な高い値が付く・・・。稼げるうえ楽しめるってわけだ。まともに戦ったら俺らみたいなチンケな能力者じゃ手も足も出ねえけど、やりようによっちゃこの通りってわけだぜ。はーはっはっはっはっは」

「だな。こいつらは自分らの強さや社会的地位のせいで、まさか自分が襲われるなんて思ってもいねえみてえだからな。力を持つ強い女ほど屈服させたがる男がいるなんて思いもしねえのかねえ?」

2連続の強烈なオルガズムを叩き込まれて全身を痙攣させ、脳まで揺さぶられ続けている紅音には男たちのセリフと笑い声は頭に入ってこなかった。

紅音はのけ反り、ぜえぜえと肩で息をし、女の部分をとじることもできず、汗で全身光らせ疲労困憊であるが、男たちにとって宴はまだまだ始まったばかりであった。

【第9章 歪と失脚からの脱出 38話 貫かれた権威終わり】39話へ続く

第9章 歪と失脚からの脱出 39話 猫柳美琴と前迫香織

第9章 歪と失脚からの脱出 39話 猫柳美琴と前迫香織

背の高い草の茂みの中を、更に身を屈めて駆け抜け、音もなくしなやかに動く黒い影は、耳をそばだて、頭は動かさず眼球だけの動きで周囲を探る。

「はぁ・・。無茶苦茶なのよね。急に県外出張なんて・・。ブラックすぎるじゃないのよ・・。しかもヘリの中で着替えだなんて・・・私だって年頃の女なのよ?」

しなやかで隆線的なボディがよく分かる漆黒のスーツを身に纏った女、猫柳美琴は愚痴をこぼした。

できるだけヘリの貨物室の隅っこで、操縦士などに見られないように宮コーのアーマースーツに着替えていたのだが、能力者であるが故、美琴はお揃いの上下黒の下着姿をチラチラと盗み見されているのがわかっていた。

「せめて上下お揃いのメーカー物で良かった‥。油断してゴムがのびのびのショーツで、上下とも別々の安物のとかじゃなかったのが、まだ救い・・・・ってそんな心配してるのってどうかしてるよね!?この発想って私ブラックな職場に染まりつつあるよね?!」

と一人ボケ突っ込みをしてしまう。

男からすれば、美しい年ごろの女が見られてもしょうがない場所で着替えているのであるから、覗くなというのが無理かもしれないが、今回はあまりにも命令が強引すぎる。

直属の上司である緋村紅音に緊急出動を要請されたおかげで、下着姿を覗き見されたうえ、任された仕事の難易度もかなり高い。

そのうえ、いつも通りだとすれば、緋村支社長が特別手当を出してくれることもないだろう。

これまでも、かなりハードな命令が積み重なり、さすがに今回の件で宮コーを転職しようかとも一瞬頭をよぎったが、「退職したい」と切り出したら、あの紅蓮がいったいどういう態度をとるのかがわかっているだけに、胃が痛くなった。

「はぁ・・やるしかないよね。ガンバレ私」

そうやって、溜息をつき、一人どことも知れない草むらの中で自分を励ましてみるが、周囲からはリーンリーンと虫の泣き声しかしてこない。

こんな任務でなければ、秋風と虫の声のするいい季節なのだが、今はそんな気分にはとても慣れない。

美琴は、頭を切り替え、冷静に状況を考える。

自分の能力からすれば、今までの経験からしても今回のような高難易度の仕事だとしても、成功確率の方が圧倒的に高い。

とはいえ失敗するとまず命はないだろう、ということもわかっている。

さすがに潜入捜査では場数を踏んでいる美琴は、経験からそう判断を下すと、潜入捜査のいつもの作業に取り掛かる。

「さてと・・」

そう誰にも聞こえない程度の声で呟くと、美琴は頭に叩き込んでおいた地図から自分の位置を割り出し把握しなおしてから、通信機のついた耳に手を当てる。

「ブレイズツー。聞こえてますか?こちらハイドワン。現地到着いたしました。作戦を開始します」

美琴は普段使っている自身のコードネームを告げ、密かに憧れを抱いている上役の丸岳貴司に向けて通信を飛ばした。

「了解だ。ハイドワン」

すると、すぐに聞きなれた低いダンディな声が返ってきた。

美琴はその声を聴くと、一気に安心した気持ちになり少し表情を緩めてしまったが、続けて聞こえてくる内容に、驚きから徐々に目を見開いてしまった。

「こちらからもそちらの姿がよく見える。対象はまだアジトの倉庫にいるのは間違いない。鷹と土竜は西北の海岸付近の岩壁で戦闘中だ。今のうちに作戦を遂行しろ。・・・気を付けろ。最初から能力を出し惜しみなく使っていくのだ。鷹や土竜のほかに、アジトには吹雪の一味も来ている。一瞬たりとも気を抜くな。今回の取引の雷帝の取引相手・・ということだ」

「えっ?・・そ、そんなこと聞いていません!雷帝にくわえて吹雪もいるなんてっ!吹雪がいるということは、当然あのボディーガードもいますよね?そんなヤツ等ががひしめくところに、私なんかじゃとても・・」

「落ち着け。いいか?ハイドワン。何度も言うが奴等と戦う必要はない。ブレイズワンが言っていたことは忘れろ。樋口は始末しなくてもいい。むしろできるだけ接触は避けろ。目的物奪取のことだけを考えるんだ。目的物を手に入れたらそのまま現地からの離脱を最優先しろ。ハイドワンの能力ならよほどのことが無い限り見つからん。ただ、念のためにここから能力を展開していけ。・・・心配するな。こちらからも衛星でその島にいる能力者の動きは手に取るようにわかる。変な動きがあればすぐに教えてやるから、ハイドワンが敵より先に捕捉されることはない」

「・・・は、はい。わかりました」

美琴は想定以上の敵対勢力の多さに息を飲み弱音を吐いたが、通信機から聞こえてくる丸岳が真剣に自分を心配してくれている様子が伝わり幾分冷静になれた。

ブレイズワン、紅蓮こと緋村紅音のことだ。

樋口を殺せと最初命令してきたのだが、そんな敵だらけの中で戦闘をしてしまうと、樋口以外の者達にもすぐに駆け付けられ、あっという間に、自分より強い能力者複数人に囲まれて袋叩きにされるだろう。

ブレイズツー、丸岳貴司から「樋口を始末しなくていい」と改めてそう念を押してもらったことは有難かった。

「俺もお前に死なれたくないのでな」

「はい。ありがとうございます」

「期待しているぞ」

「は、はいっ」

気を遣ってくれているのがわかったうえ、密かに憧れている上役に、期待していると低くダンディな声でそう言われてしまって、無意識に美琴はすっかり気を取り直すと、いい返事を返していた。

通信を切った美琴は、ふぅと小さく息を吐きだし、上役の優しさの余韻に少しだけ浸ってから、すぐに表情を引き締める。

「道なき道は猫の道、抜き足差し足忍び足・・。パーフェクトインヴィジビィリティ(【完全不可視化】)」

美琴は発動前に癖になってしまっている簡単な紡ぎ言葉を発し、能力を発動させた。

オーラにより自身周囲の空間を屈折させ、技名通り自分を完全に周囲から見えなくさせる技能である。

両手を地に付け、長身とも言えるしなやかな身体、伏した身体で強調するようにヒップだけを上げる姿、細いがアーモンド形の美しい緑がかった瞳を持った目、口元からは右側だけから僅かに覗く八重歯、ボーイッシュな短髪黒髪が、美琴の特徴ともいえるそれらは完全に周囲の景色と同化し見えなくなった。

(一気にいこう・・!長時間使える技能だけど、素早く見つからずに・・!周りは化け物ばかり・・見つかったら、私なんてすぐに殺されちゃう)

能力を展開し、暗闇の草むらや森の中を、猫のようにしなやかな動きで駆け抜けながら、美琴は敵対する圧倒的な能力者たちが、数多く徘徊する島へ単独で潜入してきていることへの緊張から、身を震わせ乾いた口の中を湿らせるように舌で唇を濡らす。

任務の難易度からくる緊張で、宮コーのアーマースーツを纏っている肌はしっとりと汗ばんでいた。

猫柳美琴は潜入捜査専門の能力者で、戦いにおいては一般人相手なら難なく圧倒するが、能力者相手にであれば、たいていの場合歯が立たないという程度の力しか持たない。

ただ、周囲からの視覚を完全に阻害するという【完全不可視化】は、その非力さを補って有り余るのである。

しかし、今回はさすがに周囲にいる能力者が、自身のあらゆる能力を使っても手に負えない相手だと美琴は自覚していた。

「本当に慎重にいかなきゃ・・。あの二つ名持ちの人達なら隠密能力と機動力に特化している私よりも移動速度が速いかもしれない・・。見つかったら、純粋な追っかけっこじゃ追いつかれる可能性もある・・。でも、丸岳部長の期待に応えたいし・・、いざとなれば奥の手もつかって絶対に逃げ切るんだから」

美琴は暗闇を音もなく駆けながら、そう言い森を飛び抜け跳躍する。

空中に躍り出ても、美琴の姿は誰の目にも見ることはできない。

明け方に近いとはいえ、曇天模様のおかげで周囲はほぼ暗闇で視界は悪いのだが、【完全不可視化】を展開させながらも、美琴は【暗視】も当然発動させている。

跳躍した美琴の眼下には、もうすでに目的地の錆びに塗れた古い倉庫が現れた。

ところどころにある窓からは、淡い灯の光が漏れている。

菊沢宏達とは真逆の方向から倉庫にたどり着いたのだ。

(あのどこかの部屋に樋口がいる!作戦開始からまだ15分・・!きっといつも通りすぐ済むわ。いかにあいつ等が強くたって見つからなきゃなんてことないはずよ!)

そう自分を叱咤し、美琴は音もなく着地すると、まっすぐに倉庫へと駆け出した。

~~~~~~~

前迫香織はオーラで練り出した光の矢を3本、長弓を模したオーラの弓へ番え狙いを定めた。

「これでお仕舞です。下品な男」

香織が上空でそう呟き指を離す瞬間、展開している【見】に不可解な反応があった。

「え?・・なんですかこれは?こんな気配は初めてです・・!」

索敵能力であり、護衛対象の周囲に展開させていた【見】から今までに感じたことのない違和感が伝わってくる。

ただ普通に【見】で敵を補足しただけなら、ここまで驚かなかった。

敵と思しき者は【見】で気配は感じるものの、姿が全く見えなかったのだ。

香織らしくもなく慌ててしまったせいで、すでに離してしまっていた指の狙いのズレを感じて声を上げてしまう。

「・・し、しまったっ!」

引き絞った弓から放たれた白い矢が、対象としていた派手な色のブーメランパンツだけを身につけた男から僅かに逸れ、しかもこちらの気配が漏れたのか、男は身を捻って躱しながら、ビー玉を弾いて反撃をしてきたのだ。

「きゃっ!!」

「ぅおっと!」

ビューン!

ドカッカッ!

びしっ!

女と男の声、空気を切り裂く矢の音、木の幹に硬質な物が刺さる音、そして、硬質な物が柔らかいモノに当たった音が、静まり返った森の中で響いた。

必殺のはずの矢は3本共逸れ、木の幹に2本、もう一本は遥か森の暗がりに吸い込まれて行ってしまったきりだ。

一方の香織はというと。

「く・・っ。迂闊・・・」

上空に斥力で浮遊したままの格好で、膝を付いて血にまみれた右手を左手で押さえて呻いた。

「どらあああぁ!」

利き手をビー玉によるカウンター狙撃で負傷させられた香澄に、下からほぼ全裸の男が拳を振りかぶって飛びあがってきたのだ。

「くっ!」

香織はブーメランパンツ男の拳を咄嗟に左手に持った刀の柄で防ぐが、男の渾身のパワーに押し切られたうえ、男は地面にたたきつけるように蹴りも放ってきたのだ。

「きゃぁ!」

香織は、拳は防いだものの左頬を蹴り抜かれついに上空から地面にたたきつけられた。

「くっ・・・名もなき能力者に・・このわたくしが・・・!」

顔を蹴られダメージもあるが、隙を作るまいと、弓形状に変形させていた長刀を、刀の形に戻し薙ぎ払いつつ防御の構えをとるが、ブーメランパンツ男はすでに肉薄してきた。

「ようやく見つけたで!もう逃がさへんからな!」

ブーメランパンツ男は全身血まみれながらも、このチャンスを逃すまいとしているのか、不用心ともよべるほど猪突猛進して拳を振るってきた。

「くぅ!」

千原奈津紀と共に、高嶺六刃仙の双璧とも呼ばれている前迫香織であるが、接近戦はやや苦手であった。

得物の長さもさることながら、技能も遠距離に特化したものが多い。

その分距離をとった戦いでは、比肩する者はいないのであるが、この状況では香織の優位性は全て潰されてしまっている。

ブーメランパンツ男、モゲこと三出光春は、ギャンブルで鍛えた嗅覚からここが攻め時だと心得ていた。

もっともそのギャンブルでは散々に負け越しているのだが、ことこの場面においてはその判断は正しかった。

「くっ!・・っ!・・・っう!」

明らかに前迫香織はモゲの強引な殴打攻撃を防ぐのに精いっぱいで、長刀を左手だけで器用に操りながら後ずさりを余儀なくされている。

前迫香織は、【見】に反応した気配で気を逸らしてしまったうえ、遠距離攻撃に備えていた展開していた【斥力排撃】をビー玉に貫かれてしまうほど弱めてしまったのであった。

それにモゲの卑猥なオーラが籠ったビー玉が、香織の想定以上の威力が込められていたこともあるかもしれない。

「もう逃がさへんで!どらどらどらどらぁ!」

モゲの猛攻に追い詰められ、大木を背にぶつかった香織は、顔面に向かって突き出されてくるモゲの必殺の拳を寸でのところでよけ、再び上空に逃れようと跳躍したが、モゲはそれを予測していた。

「逃がさへん言うてるやろが!」

飛びあがった香織のベルトのバックル部分を掴むと、強引に地面に叩きつけたのだ。

ばちんっ!びりびりっ!

という何かが千切れる音と、布が引き裂かれる音と共に、どぅ!と香織の細身が、モゲの膂力によって激しく地面に叩きつけられる。

「くぅ!あなたっ!よくも・・・・このわたくしにこんな事を・・・!」

前迫香織はパンツスーツの前部分をベルトごと引き千切られ、淡いブルーの下着を隠すようにして慌てて立ちあがり、モゲから距離をとる。

「ほっほぉお!可愛いの履いてるやないか。お仲間は赤パン、白パンやったな。お前は青パンか!これでみんな平等やな!」

「だ、だまりなさい!」

左手だけで長刀を構え、意味不明な発言をするモゲを牽制しつつ、血まみれの右手で丸出しになった下着を隠すように手で覆った格好で香織は怒鳴った。

「お前だけ下着見せてくれへんかったからな。ぶちのめす前にどうしても見ときたかったんや」

モゲのセリフを無視して香織は、長刀を持った手で耳の通信機をONにした。

「奈津紀、沙織!アジトの方に何者かが高速で向かっています!この者たちの仲間かもしれません!この者達は陽動だったのかもしれません!速度からして能力者に間違いないはずです!でも【見】でも姿は確認できないの!相当な使い手ってことです!」

想定外の状況と、パンツスーツを引き裂かれ下着を思い切り露出してしまったことから激しく動揺しつつも、香織は仲間に状況を伝える。

「はぁ?俺ら以外に誰か来てんのか?」

「この期に及んで、とぼけたふりを・・・」

モゲは素直に本心からそう呟いたのだが、生真面目な香織はそうはとらなかった。

今すぐこの男を片付けて、アジトの方へ戻りたいのだが、パンツスーツは引き裂かれ、両膝のところへかろうじて引っかかっていた生地も地面に落ち、ついに下半身はショーツのみという格好になってしまっている。

「私がこんな目に・・・」

このままではこの男を撃退しても、この格好でアジトに戻りづらい香織は、奈津紀か沙織の応答を待っているのだが、何故か応答がないのだ。

「奈津紀!沙織!聞こえていないのですか?!」

下半身ショーツだけになった香織は、右手でできるだけ下半身を隠しつつ再度通信機に向かって声を上げてみるが、すぐに反応はなかった。

「はっはっはー。お仲間はもうやられてもたんちゃうか?」

「彼女たちは髙峰屈指の使い手ですよ!そんなはずありません!」

モゲの場違いな余裕のある口調に苛立った香織は、声を荒げた。

「せやかて返事ないんやろ?そういうことやと思うで?なんせ、宏もテツも俺より強いからな。まあ、あいつらのことやから、殺しはしとらんはずやから安心せえや。妙にあいつら女には甘いんや。力量から言うて、俺とやってるあんたが一番ラッキーやったんや。しかし、女やからっていうて、優しいにしてもらえんという点においては、あんたはアンラッキーやけどな」

「あなたが一番弱いのは見ていてわかりました。しかしそれでも奈津紀や沙織があの者達に負けるはずありません。あなたも私に勝っているわけではないのですよ?!」

「せやな。せやけど、いまから下着丸出しの女と戦うんや。やる気・・・湧いてくるなぁ!・・・俺があんたのことアンラッキーや言うたワケ・・・・これからたっぷりわからせてやろう思てるんやけどなぁ!男には女には無い最強の武器がある言う事をなっ!」

「ひぃ!」

香織の名誉のために捕捉するが、決してモゲのオーラに怖気ての悲鳴ではない。

明らかに先ほどよりもブーメランパンツの前を大きくさせた男が、凄みながら拳を構え近づいてきたことに、香織は本能的に小さく悲鳴を漏らしてしまっただけである。

先ほど海岸でこの男の全裸を見た時に、サイズは確認している。

戦闘中にそんなことはあり得ないが、人間離れしたあのサイズに狙われているということに、女として本能的に怯えてしまっただけだ。

そんなことを思っている香織の耳元でザザッと通信が繋がった音が聞こえた。

すぐに耳をそばだてた香織だったが、思いもかけないセリフが同僚の二人から返ってきたのだ。

『香織っ!思いのほか手こずっています!くっ・・・このサングラスの者は予想以上の手練れでっ・・・沙織か香織で向かってください・・ザザッ』

『かおりんっ・・!いま手が離せない!・・・うぅっこの人、見た目通りの脳筋じゃなかったのよっ!きゃっ!・・こんのぉ!離せっ!離・・・ブツ』

「な、なんてことでしょう」

香織は聞こえてきた同僚のセリフに、わなわなと肩を震わせてそう言うと、正面にいる変態が声を掛けてきた。

「お仲間なんて言うてたんや?まだ生きてたんか?宏もテツのやつも、敵の女とっ捕まえて楽しむなんて趣味ないと思とったんやけど。まさか真っ最中やったんか?」

「くっ。不埒で下賤な妄想はおやめなさいっ!」

香織はモゲのネジの外れた発想からくる発言に怒鳴ると、カチャリ!と長刀を左手だけで構え直し、仕方なく雇い主である張慈円にチャンネルを合わせた。

「申し訳ありません張慈円様。そちらに何者かが向かっております。こちらは交戦中ですぐには迎えそうにありません。どうかそちらで対応してください」

『ザザッ…、前迫香織か。どうしたというのだ?六刃仙が3人もいると言うのに手こずっているというのか?…まあ相手があの菊一の小僧どもという事なら・・・しかしだ、こちらはもう直ぐ取引なのだぞ?なんとか貴様らだけで対応しろ。そういう契約のはずだ』

「で、ですが・・・もうしばらく時間がかかるかと、それに近づいている者の気配や速度からすると、相当な手練れのはずです。我らも急ぎ駆けつけるようにしますが、何卒ご警戒を・・くっ!」

張慈円と通信している最中ということもお構いなしどころか、チャンスと見たモゲは隙を見計らって下卑た笑みを貼り付かせた表情で香織に殴り掛かったのだった。

かろうじて躱した香織であったが、地面を這う木の根に足をとられ、不覚にも転倒してしまう。

すぐさま身を翻し起き上がるが、制服でもあるパンツスーツを履いていないのである。

回転し起き上がる姿を、モゲが追撃の手を止め、厭らしい目つきでじっくり堪能していることに気が付き、羞恥からどうしても動きに冴が無くなってしまっているのだ。

「ふ、不埒な・・っ!」

『ん?どうしたのだ?前迫香織。何とかなりそうか?それに千原からはそう言ったことは、何も連絡が来ていないぞ?』

「は・・はっ・・。大丈夫です。こちらで対処し、すぐに向かいます」

『うむ、相手があの忌々しい小僧どもでも、お前たちならなんとかなるだろう・・・そう思いお前たちに大枚をはたいているのだ。それにお前たちで何ともならんような相手をここに来させてもらってはその方が困るぞ。そういう事なので、ではよろしく頼む』

張慈円はそれだけ言うと通信を切ってしまった。

一方ブーメランパンツ男が、通信中も容赦なくちょっかいを出してくるのは、致し方ないのだが、ちょっかいの出し方がどうにも厭らしく、眼つきも表情も厭らしい。

その表情や目が、厭らしく嫌悪感を感じてしまう。

右手も掌から甲にかけて、ビー玉で撃ち抜かれているため刀を握るのは難しい。

そしてなによりも、下半身がショーツのみという格好が、なんとも心許ない。

「なんや形勢逆転やな・・・。俺・・なんか楽しなってきたで!ほほう・・・長身やから細く見えていたけど、足に腰回りなどはさすがに鍛えられた剣士の肉付きやなぁ・・・俺はあのメガネの姉ちゃんの声聞きたかったけど、同じようにお堅く済ました感じのスレンダーなあんたも中々にそそるで~」


ピンクと黒の派手で生地の少ないブーメランパンツの股間を、男性器の形を浮き上がらせて膨らませている変態が、拳を構え香織に迫ってきていた。

「なっなにを戯言をっ!私だけでなく奈津紀にまでそのような目で・・・髙峰を愚弄するのも良い加減にしなさい!こ、この変態!・・・しかし!・・舐めないでいただきましょう・・!この前迫香織・・利き手が使えずともあなた如きに後れを取るものではありません」

香織はそう言うと、切れ長の目を鋭く光らせ、左腕のみで長刀を半身にして構える。

能力者としては、幾分格下のはずの男相手に、こうまで手こずることになってしまった香織だったが、自身の今の格好などを考えないよう集中し、できるだけ男の股間に目を向けないようにして、敵を鋭く射抜く目になったのだった。

【第9章 歪と失脚からの脱出 39話 猫柳美琴と前迫香織終わり】40話へ続く

第9章 歪と失脚からの脱出 40話 天才外科医菊沢美里の不安

「美里先生、ご苦労さま。いつもながら見事だったね」

仕事を終え、患者の血が付着した手袋を脱ぎ棄てたところで病院長が声を掛けてきた。

「いいえ、病院長。おつかれさまでした」

「うん、お疲れ様」

大学付属病院の病院長自らが、オペを終えただけの一医者にねぎらいの言葉を掛ける為に、わざわざ足を運んだというのに、女は明るい笑顔で理知的な声で応えたはしたが、普段とは少し様子が違っていた。

医療用キャップ脱ぎ、肩まで伸ばした黒髪を手櫛で手早く整えると、病院長に笑顔で礼儀正しく頭を下げ、速足にその場を去ってしまう。

「菊沢先生、どうしたんでしょうね。デートでしょうか?」

速足に立ち去る彼女の背を見ながら、病院長の秘書も兼ねている看護師が、普段と些か違う雰囲気の彼女のことを訝しがったのか病院長にむかって呟いた。

「・・うん、少し疲れているのかもしれないね。ここのところ断り切れない急な依頼が多かったせいで、彼女には無理をさせてしまったからね。彼女・・手術前に休暇依頼を出してきたんだ・・。彼女も独り身であの美貌だからね。私がもう30歳若ければ・・ごほん!昨今はこういう冗談も言えない風潮だな。聞き流してくれたまえよ」

「はい、大丈夫ですよ。でも、そうなんですね。菊沢さんはうちのエースですし、お休みできるときはしっかり休んでもらった方がいいですよね。彼氏とのデートをすっぽかさなきゃいけないほど予定詰めちゃうと、他所の病院に移られちゃいますよ。そしたらウチとしては大損ですもん。なんたって彼女は文字通りオペの成功率100%ですもんねえ。ブラックジャックも真っ青です」

病院長の言葉に秘書兼看護師もそう言いながらうんうんと頷いている。

今日の患者は財界大物の親族であった。

大学病院は、公正公平を建前としている公の機関ではあるが、何事にも秘めたることはあるもので、財界や政界、権力を持った者達は当然のようにそれを行使してきている。

一般の患者とは違い、最高の設備に最高の医者を有り余る財力で優先的使用権を得ているのは、どの世においても致し方ないのかもしれない。

しかし、この医療の世界でも腕利きの外科医として名を轟かせている彼女、菊沢美里本人は患者に対し、特にそういう分け隔てはしていない。

どの患者にも全力を尽すのが、彼女の当たり前のことであった。

今日の彼女の様子がいつもと違ったように見えるのは、彼女にしか感じることのできない全く別のことで心中にさざ波が立ってしまっていたからであった。

その様子が、普段の彼女を知る者たちに僅かながらも違和感を与えてしまったのである。

速足のまま駐車場にある赤い愛車のドアを慌ただしく開け、勢いよく身体をシートに沈めた菊沢美里は、キーを回し軽くアクセルを吹かせてから一気に駐車場から公道へと走らせた。

長時間の勤務で疲れていないことはないが、美里の表情に疲れは現れていない。

気になることが頭の片隅にあり、疲れていると脳が感じている余裕すらないといったところである。

手術室に入ったのは深夜を少しまわったぐらいであったのだが、いまはもう朝方と言ってもいい時間帯になっていた。

その為か通行量も少なく、スピードを出しやすい。

美里は手術前には気のせいかもしれないと思っていた感情をかき消すように、肌身離さず身につけているネックレスのトップをきつく握っては、気のせいではなかったことに表情を曇らせる。

手術前に一度試してみていたのだが、その時はコール音すらしなかったのだが、それはどうやら今も同じのようである。

「・・・コールすらしないなんて・・こんなこと今までなかったのに」

美里は車を走らせながら、スマホをきると、ふうと肺に溜まった空気を吐き出す。そして、朝方、深夜とも言える時間ではあるが、思い切ってもう一度スマホを操作し出した。

今度は先ほど掛けた相手とは別の相手だ。

「・・・・お願いです。出てください」

コール音を耳で聞きながら、美里は焦りからつい声に出してしまっていた。

静かだが切実な願いが聞き届けられたのか、コール音が耳元で途切れ、明け方近い時間帯だというのに、耳元でのどかな口調で、いつも通りの調子の声が聞こえた。

「おはよう~美里くん。こんな時間に電話を頂けるなんて、ついに僕の求愛に応えてくれる気になったのかな?人目をはばかるこんな時間というのはさすがに奥ゆかしい君らしいね。君さえ大丈夫なら僕はもちろんいつでも大丈夫だよ。特に今日の朝立ちはいい感じですよ」

「おはようございます先生!こんな時間に起こしてしまって申し訳ありません」

菊沢美里は恩師の穏やかないつもの口説き文句と軽いセクハラ発言には、さすがに対応するゆとりもなく、こんな時間にも関わらず電話が繋がったことによる喜びから、普段より大きな声を出してしまった。

「・・なにかあったのですね?」

聡い元部下のらしからぬ様子に、恩師も気づいたようで穏やかながら声色がやや変わった。

「申し訳ありません。まだ何かあったのかはわかりません・・。でも宏ちゃんのことで」

美里はネックレストップが伝えてくる不安を握りしめてかき消すようにしながら、高速道路にのった愛車を走らせたのであった。

~~~~~~~

身を刺すような冷たさの強風にその髪の毛が、いいように靡かされているのを構うゆとりもなく、千原奈津紀は正面で膝を付いた男に刀を向け見下ろしていた。

船舶で運ばれてきた荷物を仕分けする巨大なクレーンの残骸の上部に立ち、同じくその上で蹲り、血にまみれたサングラス男に向かい奈津紀は正眼に構え直す。

サングラスの男、菊沢宏は奈津紀の攻撃を、かいくぐりついに取引の現場である倉庫のすぐ近くの船着き場まで到達していたのだ。

しかし、相手は暗殺者集団、高嶺六刃仙筆頭剣士である千原奈津紀、まさに現代の剣聖とも呼べる達人を相手にしているのだ。

なんとか目的の張慈円のいるところまであと一歩まで突き進んできたのであるが、むろん無傷と言う訳にはいかなかった。

剣聖千原奈津紀の絶技は、多彩なうえ容赦ない猛剣であった。

クールな表情と口調からは想像もできない、苛烈な猛攻猛撃が千原奈津紀なのである。

「見事です」

普段と変わらぬ口調で、剣聖は目の前の男を賞賛した。

無数の刀傷を受け、呼吸も荒く、血まみれのサングラスの男を見下ろしながら、千原奈津紀は正眼に構えた格好のままサングラスの敵に対し、正直にそう言葉を発していた。

「ぜぇぜぇ・・ははっ。あんたもな」

奈津紀の言葉を聞いて、サングラスを人差指と中指でくぃと持ち上げなおした宏は、よっこいしょと言いながら、狭い足場の上に立ち上がりそう言ってかえす。

上半身裸である宏の肉体は、奈津紀によってつけられた刀傷と、自らの血で彩られておりダメージは見た目どおり相当なものであると分かる。

しかし、宏を正面から見下ろし正眼に構えた剣聖、千原奈津紀の姿はもっと悲惨で深刻であった。

身につけていたスーツのジャケットは戦いのさなかに千切れてすでに無く、ブラウスもボタン部分から破れ、片紐だけになった赤いブラジャーがその豊満な胸を何とか、双丘を零さないように包んでいる。

タイトスカートも激しい戦いのせいで破れ、ホットパンツのように短く千切れている上、スリットとはとても呼べないような縦にさかれたほつれになっていた。

風に弄ばれる髪は乱れ、汗と泥などで美しい顔は汚れていた。

奈津紀のトレードマークでもある、フチなしの片方のメガネはヒビが入ってしまっている。

そして、身体の至る所に痛々しい裂傷の後があり、血を滲ませていた。

それが天穴を応用して剣の形を模したオーラで打たれた箇所であった。

その傷は今日だけで付いたキズであり、そしておびただしい数であった。

奈津紀が剣聖と謳われるほどの腕前であるが故に、菊沢宏の攻撃をかろうじて防げてしまい、躱し続けた結果、膝を屈するほどのダメージの蓄積に至るまでに、多くの攻撃を受け過ぎてしまったのだ。

白く美しい豊満な奈津紀の身体は、宏としても不本意だが傷だらけにしてしまったのである。

「くっ!」

普段どおりのポーカーフェイスで正眼に構えていた奈津紀だったが、我慢していたダメージと痛み、そして点穴特有のオーラ発現の阻害効果に耐えきれず、ついに特に裂傷のひどい肩口を抑えその場で膝を付いた。

「ぜぇぜぇ・・もうええやろ?雇い主に対して十分義理立てしたんとちゃうか?」

宏は、拳と剣を交わらせ生死を掛けた戦いをした千原奈津紀という達人に素直に尊敬の念をいだいていた。

戦い始めたお互いの力量が定かではない最初こそ、なんとか無傷で戦いを終わらせようと思っていたのだが、それは本当に最初だけだった。

途中から宏は全力で戦っていたのだ。

とてもそんな余裕を持って制することが可能な相手などではなかった。

現に宏が全力をもってして戦っても、偶然が重なれば勝敗はわからないほど伯仲していた。

しかし今は、すでに両者とも決着はついたと悟ってもいた。

しかし、当の奈津紀の目にはいまだ輝きを失ってはいない。

それどころか、戦い始めた頃よりも目には精気があるように見えた。

「・・ふ・・ふ・・菊沢宏・・相変わらず甘い男ですね。この期に及んでまだそのような・・。それにまだ勝負はついていません」

かすれた声で微かに笑い、軽く首を振りながら奈津紀はそう言ったが、奈津紀の目には宏を敵として認めている様子がうかがえた。

千原奈津紀は、もはや服とは呼べなくなったボロボロの布をまとい、下着も露出させ肉付きの良い身体を惜しげもなく披露してしまっているが、自らの死ですらすでに覚悟している不屈の表情で刀を構えた姿は何故かエロティックさがあり、それでいて高名な芸術家が描いた絵のような神々しさすらあった。

その覚悟と姿に感じ入った宏も、女は不殺と誓っていたのだが、その誓いに迷いが生じた。

(はじめて女を殺ることになるかもしれん・・・。せやけど、ここでこの女の覚悟に応えんのは、それこそこの女に失礼な気がするが・・しかし・・これほどの奴を・・この女も、ああは言うてるが、もう勝負はついとるってわかっとるはずや・・)

「いきますよ。菊沢宏」

高いところで構えた千原奈津紀、クレーンの先端という高いところではあるが、その先はもう無いのだ。

敵を見下ろしてこそいるが、そこは追い詰められた場所であった。

剣技を極めたと言っても過言ではない使い手は、ここにきて更に見目美しく、そして自らの敗北を悟っていてもその覚悟と心意気は気高く美しい。

落ち着き払った澄んだ声で、攻撃を宣言した奈津紀の声に迷いは感じられない。

「ああ。こいや」

宏はこういう時に、よりいっそう口数が少なくなってしまう。

天穴により、ほとんどオーラを練れない奈津紀は、ほぼ生身の剣技のみで戦わなくてはならない。

最後の僅かに発現できたオーラを振り絞った千原奈津紀の殺気が膨らみ、正眼からのほぼ振りかぶらずに打ってくる最速の上段攻撃が宏の眉間に振り下ろされる。

がきぃん!

ようやく明け方になって雲の合間から覗いた月光りに、奈津紀の愛刀和泉守兼定の刀身を煌めかせた。

奈津紀は刀こそ手放さなかったが、宏の青白いオーラ状の剣は奈津紀の白刃を弾き、徒手空拳にオーラを纏った宏の右手の刃は奈津紀の左胸部を貫いていた。

「ぅく!・・・見事・です。生身とはいえ私の剣を見切るとは。・・・しかし・・なぜ・・この期に及んで私を愚弄するのですかっ・・あなたほどの腕ならば・・ぐふっ・・心臓を貫くのは訳もなかったはず」

宏の右手のオーラに胸を貫かれ、力なくその身を宏に預けてきた千原奈津紀は、口から血を伝わせつつ、宏の攻撃が急所を外れていることに困惑した声をもらしたのだ。

「最初にも言うたけど・・やっぱり女は殺されへん・・。とくに別嬪さんはな・・」

宏はそう言うと、もはや力なくうなだれた豊満な奈津紀の身体を受け止め、貫いたオーラ状の剣を引き抜くと、優しく奈津紀をクレーンの金網の平場にゆっくりと下ろした。

「くふ・・この私が・・女ということで情けをかけられるとは」

宏に抱き下ろされた奈津紀であったが、そう言いすぐに上体を起こし立ち上がろうとする。

手にはいまだに愛刀和泉守兼定が握られているが、奈津紀には最早その剣を振るう意思なないように見えた。

「私の負け・・です」

奈津紀を抱き下ろした格好のままの宏は、なんとか立ち上がってそういう奈津紀を見上げていた。

「このキズは点穴・・なのでしょう?生き残っても、まともにオーラが使えなくなった私はもはや生きている価値など有りません。死ぬときは戦いの中でと思っていたというのに、菊沢宏・・・あなたのような甘い男と最後に相対したのが私の運の尽きです。御屋形様・・ご期待にそえず・・申し訳ありません」

「そないに自分を責めんなや。・・・オーラが使えんようになったとしても、死ぬことあらへんがな。あんたならいくらでもどんな道でもやりなおせるんちゃうんか?」

左胸の傷口を抑え満身創痍、フラフラでようやく立っているといった様子の奈津紀はそう言い、宏のセリフを聞き終わると自嘲気味に首を振って笑い、その身を遥か眼下にある海へと翻した。

「あっアホか!」

身を投げ出した千原奈津紀が握った刀の剣先を、とっさに宏のグローブのような分厚い手が鷲掴む。

奈津紀の全体重の乗った和泉守兼定の刀身を、刃によって斬られた宏の掌から噴き出した鮮血が赤く染めた。

「は‥離しなさい」

「ぼけぇ!お前なにやってんねん!捨て鉢になるんやない!」

すでに死を覚悟した奈津紀は、愛刀と共に逝こうとしていたのだが、宏がそれを阻止してしまったのだ。

「・・・どこまでも思い通りにさせないつもりですか・・せめて兼定と逝きたかったのですが・・致し方ありません。・・菊沢宏・・私を破った貴方にならいいでしょう。この刀は・・和泉守兼定という名です。・・あなたに・・差し上げましょう」

必死の形相で自らの血で濡れた刀身を掴み、金網の平場まで奈津紀を引き上げようとしている宏の顔を眺めてそう呟くと、奈津紀は柄を握る手を離した。

「あほおおおぉぉぉぉぉ!」

闇に小さくなっていく奈津紀の表情は、穏やかではあったが、少しだけ心残りの憂いをたたえつつも微笑んでいた。

宏の叫びが、波と風の音にかき消され、奈津紀の姿は遥か眼下で激しく白波を立てる昏い海へと消えていったのだった。

【第9章 歪と失脚からの脱出 40話 天才外科医菊沢美里の不安終わり】41話へ続く

第9章 歪と失脚からの脱出 41話 華僑の総帥とその一味

第9章 歪と失脚からの脱出 41話 華僑の総帥とその一味

電線から電力が供給されているわけでもないらしく、廊下の蛍光灯の明かりは薄暗く不安定だ。

おそらく発電機を用いているのだろう。

青白く淡く発光する蛍光灯から、時折ジジジッと頼りない音がもれては何とか薄暗い光を保っていた。

即席で何とか今回の取引場所として繕っただけの場所なのであろう。

廊下や天井の隅には埃や蜘蛛の巣も多く見受けられる。

「シケた汚ったないところねえ」

切れ長の目に黒髪、透き通った白い肌をした女性は、その容姿とは裏腹に、吐き捨てるような口調で感想を誰にともなく発しては、持った扇子を手のひらに打ち付けた。

おおよそこのような場所に相応しくない、派手な容姿で服装も豪奢な女がそう呟いたのだ。

歩く速度を緩めず、黒地に金と銀の龍の刺繍が施された豪奢な旗袍に、襟首にファーのついた高級そうな黒のロングコートを纏い、同色で足元もそろえた高いヒールを響かせて、汚い廊下を、部下を引き連れ進んでいる。

「だから言っただろ。わざわざお前が来ることはなかったんだ。こんなところにそんな恰好で来て何考えてるんだ・・まったく」

旗袍、いわゆる深いスリットの入ったチャイナドレスを纏った女主人の後ろに付き従うブロンド短髪の女が歯に衣を着せぬ口調で答えた。

「なによ。いつもの格好じゃない。それに、いいじゃないのよ退屈だったんだし。あの張慈円が持ってくるとは思えない大きな商談よ?・・・内容も内容だし興味湧くじゃない。いつも商売そっちのけで鉄火場ばかりに身を投じているあの男が、いったいどうしたのかしらね。いよいよ資金不足になって宗旨替えをしたってことなのかしら?まあ、こういう商談を持ってくる方がこっちも稼げそうだし、今後の動向も見極めるって意味で私自ら足を運んでやったってワケ。それに、張慈円は私を嫌っていたはずよ?それなのに声を掛けてくるなんて、殊勝な心掛けじゃない。張慈円のヤツも商売ってものが何たるものなのか、わかってきたのかもしれないわ」

「雷帝の宗旨替えなどに興味はない。こっちとしては、お前にこんな僻地に出向かれては護衛がしにくいだけだ。新義安と仕事をしなくても、お前のビジネスは順調じゃないか。あいつは根っからのドスケベで戦闘好きだぞ?今回の商談も、情報元の宮コー下部組織を上手くまとめているとは思えん。そこのところお前はちゃんと考えているのか?もし、ここでドンパチが始まってしまうと、またお前・・・髪や服が汚れたとか言いだして機嫌が悪くなるんじゃないのか?ヤツは、オレたちとは根本的に考え方や習慣が違うんだ・・・すでに雷帝の護衛を受け持っていた高嶺の剣士たちは全員出払っているとのことだし、絶対に何かあったに違いない。すでに宮コーには嗅ぎつけられていると考えるのが自然だ。あの高嶺の剣士共が出向かねばならん能力者がすでに来ていると推測するのが正しいだろう。今回出向いたのは少し早計だ。浅慮が過ぎる。もう少し身を大事にしたらどうだ?華僑の総帥という立場を軽く見過ぎなんじゃないのか?そもそも高嶺があの雷帝張慈円の護衛に3人も付くなんていうのは異常だぞ。強襲してくるは必然で、しかも強襲してくる者があらかじめ強いと分かっているか、あいつらが護衛目的ではなくお前を殺める為に集められてるかどちらかの可能性しか考えにくい。・・・最悪の場合、雷帝と高嶺の剣士3人とも相手にしないといけないのか?いくらオレがいても冗談きついぞ?もっと話を煮詰めてから行動するべきだ。命がいくつあっても足りんだろうが、このアホ」

肩をすくめるようにして両手を広げ、軽く左後ろを振り返りながらしゃべっていた女主人は、ブロンド短髪の女の正直すぎる直言に、更に肩を竦めると、短髪黒髪とは逆の右後ろを歩いている、東洋系の美所の方へ振り替えって声を掛けた。

「まあ!聞いた優香?ザビエラにその華僑の総帥様に対する口の利き方教えてやってよ!」

「は、はぁ・・」

先頭を歩く華僑の女主人と同じく旗袍とロングコートを身につけた優香と呼ばれた女は、なんとも言えず口ごもった。

優香と呼ばれた東洋系美人の身につけている服も、生地は黒く、主人と同様の服装に近いが、女主人の着ている旗袍ほど豪奢な刺繍は施されてはいないとはいえ、生地は十分に上物だとよくわかる。

「ほらみろ。優香もオレと同じ意見なんだと思うぜ?」

「ひっど~い。優香までそう思ってたの?」

その二人とは全く服装の違うザビエラと呼ばれたブロンド短髪の白人の女は、ニヤリとして意地悪く女主人に言い返し、同僚である優香にも視線を送った。

それに対し、年齢不詳の妖艶な女主人はわざとらしく天井を見上げるように仰ぎ見て、肩をすくめて口を尖らせ、古びた廊下を部下の不躾を嘆く振りをしながら歩いている。

「そういうわけでは・・。ただどんな所でもボスを御守りするのみですから」

「くっくっく・・。優香、うまく言うじゃないか。しかし、オレの心配が杞憂であれば問題は全くない・・、まあ、何かあっても護ってはやるよ」

何とか弁解しようとしている優香を見て、ザビエラは口元を抑え愉快そうにそう言って笑っていたが、優香がジロリとザビエラを睨み返してきたので、ザビエラは目と手だけで「すまんすまん」と謝る仕草をしてみせた。

「ったく。アンタたちがいるから安心してどこにでも行けるってことよ。ザビエラ、優香。いざって時はアテにしてるわ」

「しょうがねえな」

「はい」

そう言ったそれぞれ個性の違う部下の態度を気にした様子もなく、寛大なのか能天気なのか、そう言った女主人は、罠かもしれない可能性もわかっていながらも、先頭で小気味よさげに笑っていた。

「倣女士。お待ちしておりました。うちのボスはそんな小細工いたしませんのでご安心を」

先ほどから正面から歩いてきているチャイナドレスの女主人の正面で、慇懃に待っていた劉幸喜が深々と頭を下げ挨拶を施す。

「久しぶりね劉。さすがに聞こえちゃってた?はははっ気にしないで?張とは昔馴染みだし、疑ってなんかいないわよ。あいつ策謀とかできないしね。それよりお元気にしてた?ちょっと痩せたんじゃない?張のやつに無茶言われて困ってるならいつでも私のところに来なさいね?・・あんたみたいな良い男ならいつでも歓迎するわよ?ふふふっ」

張慈円を軽くディスりつつ、矢継ぎ早に質問をしてくる他勢力の女ボスのご挨拶に、劉はなんとか笑顔をつくり、頭を下げつつ応える。

「ご冗談が過ぎます倣女士・・・。さ、皆揃ってますが、その前にボディチェックを・・」

劉幸喜は、同門だが他系列組織の女主人にそう言うと、念のために武器を所持していないかボディチェックを促してきたのだ。

すると

「不要だ。ボスはその扇子しかもってない。それ以上近づくのは許さん」

と、劉にザビエラが些かきつい口調で口を挟んだのだ。

「あらん。私としては別に劉に身体中まさぐられたって、嫌な気しないから別にいいのよ?・・・あ!・・ザビエラあなた妬いてるのね?」

「・・あほか!てめえじゃあるまいし」

すでにコートをはだけ、生身の肩と鎖骨を露出し豊満な谷間を覗かせるチャイナドレスを露わにし、すでに「どうぞ触って」と言わんばかりの格好の女主人に、ザビエラは大げさに溜息をついて、呆れた口調で軽く罵ってから再び劉に鋭い視線を飛ばす。

「劉。ボスやオレたちにボディチェックは不要だ。オレたちが武器を持っていないのは間違いない。お前もオレたちの能力は知っているだろ?むしろお前らみたいな能力者に身体を触らせるほうがこっちとしては警戒しちまう。わかるだろ?武器は持っていない・・誓えるぞ?・・うしろのウチの兵隊共はスチェッキンで武装しているが、当然ここに置いていく。それで問題ないはずだろ?」

倣女士、香港3合会の一角、華僑を率いる倣一族の女ボス倣華鹿(ファン・ファールゥ)を差しはさみ、単なるボディガードであるはずのザビエラがこういったことを言うのは、当然筋違いなのだが、ザビエラは引かないし、当の倣一族の女ボス倣華鹿も、劉とザビエラを揶揄う言い方をしたものの、笑みを崩さずザビエラを止める様子もない。

長年倣一族に仕えたザビエラのボディガードとしての名声は轟いているのだ。

今の倣一族の当主、倣華鹿とも主従を超える信頼関係があるのは、周知の事実である。

前髪をおでこの大半が見えるほどぱっつん切りしているブロンドショートヘア、革製のパンツに革製のジャケットの前を開け、白いシャツを覗かせた格好で言うザビエラの口調もバストサイズも平坦だが、有無を言わせない凄みがあった。

小柄で細く、遠目に見ると少年のような容姿のザビエラが、無言の劉幸喜に答を促すように、ブルーの瞳で劉を見据えたまま、分厚いブーツの音をゴトリと響かせて、ずいっと劉の目の前まで近づいてきたのだ。

それにならって、倣華鹿の後ろで同じく警戒していた優香もザビエラの横に並ぶ。

優香の容姿は、ザビエラとは対照的に出るべきところは出て、引っ込むべきところは引っ込むといった典型的な女性のシルエットである。

「わ、わかったよ・・。当然あんたらの能力は把握してる・・って・・。あんたは新顔だな・・。あんたの能力は知らねえから、あんたは別・・って。あぁ??!あ、あんたは!?」

護衛二人に凄まれ、折れた劉はやれやれといった様子でそう言ったが、ザビエラの隣に並んだ優香に視線を移したとたん、目を逸らしたがすぐにもう一度顔に目を戻して露骨に二度見をして大きな声を出してしまった。

「んだよ劉?デカい声だすな。優香がどうかしたのか?そいつも武器は持ってねえよ。お前みたく武器なんざ使わねえ。てか武器なんて持ち歩かなきゃいけねえの重くてダルすぎるんだよ。ぜってえ持ってねえから安心しろよ」

その劉の声に、ザビエラが自分の片耳を人差指で塞ぎ、うるさそうな仕草で聞き返し、新顔である優香の説明を補足したのだ。

「お、おまえ・・?た、たしか・・・名前が思い出せねえ・・。ほらっ俺だよ!青龍刀の劉幸喜だ。覚えてねえのか?!」

ザビエラの補足に応えることなく、劉は優香に詰め寄った。

劉としては見間違えではないと思うのだが、優香と呼ばれた女の反応の薄さから確信が持てなくなってきていた。

「劉・・こうき?」

そう呟き、目の前で小首を傾げるこの東洋系美女こそ数か月前拳を交えた木村文乃似の女だったはずである。

たしか優香という名ではなかったということははっきりと思い出せるが、本名は思い出せない。

「まあ!劉~。うちの優香が気に入ったの?・・・・優香。あなたはどうなの?劉って見た目はなかなかいい男でしょ?・・・まぁ、これで強ければ言うことないんだけどね。たぶん戦えば優香に軍配が上がっちゃうと思うのよねえ」

青龍刀を抜いて見せて、狼狽する劉幸喜を愉快そうに眺めていた倣華鹿は、部下の優香に劉の容姿を見定めるように促して聞いている。

「た、たしかに・・、いい男だとは思います」

優香と呼ばれている部下の女も、劉の顔をしげしげと眺めて神妙な顔を少し赤くし、肯定の言葉を小さな声で呟いた。

(チッ、吹雪の異名を持つ倣華鹿と比べられちゃ、さすがに俺だって見劣りするさ・・しかし、この優香ってやつのこの反応・・・、俺より強いだって?・・あの時は俺に手も足も出なかったはずだが・・、人違いか・・?あいつはもっと男勝りというか、もっと乱暴な口調だったし、まだまだ能力者としての戦闘経験は浅すぎて相手にもならなかった・・・。吹雪ともあろう者があのザビエラと並べて連れ歩くぐらいだもんな・・。あいつのわけないか・・・。他人の空似というやつ・・だな)

吹雪の二つ名を持つ華僑の女主人こと倣華鹿と、その部下の優香と呼ばれる女のやり取りを、上目遣いでしばし観察していた劉はそう納得してから青龍刀をしまい、頭を下げた。

「いや、すまん。人違いだったようだ」

「いいのよ。でも、こんなところでナンパなんかして、駆け出しだった劉もなかなかやるようになったわねえ」

優香の様子に、人違いかと思い直した劉に、劉より幾分年上なのであろう倣華鹿が愉快そうに茶化す。

しかし、一人口元を手で隠し、劉の様子を伺うようにしていたザビエラは何事か思っていたが、チラと優香を一瞥すると劉に視線を戻して促した。

「もういいだろ。そろそろ案内してくれ」

「わかった。しかし、新顔のあんたは勘弁してくれ。ボスも倣女士とザビエラが来るのは承知しているが、あんたに関しちゃ初顔だ。席を外すか、武器を持ってないかは確認させてくれ」

劉はザビエラの言葉に頷いたが、新顔である優香の同席は難色を示してきた。

「チッ、ちっちぇえなぁ。細かいこと言うなよ。ここは、おまえらの巣なんだぜ?護衛を半分に減らせって言うのか?それとも、優香の身体をまさぐりたくなったってのかよ?えぇ?!このむっつりスケベ!ったく男ってやつはどいつも一緒だな!」

高嶺も雇っている張慈円たちの、最悪の行動までを想定しているザビエラは露骨に舌打ちをしてみせ、腰に手を当てて、劉を下から睨みつけつつ凄みだしたが、今度はザビエラの主人である倣華鹿が劉に助け船を出した。

「ザビエラ」

「ちっ。わかったよ」

倣華鹿に窘められたザビエラは舌打ちし不服そうにしながらも、クルリと振り向き劉に背を向けて抗議するのをやめたのだ。

「劉にも立場というモノがあるでしょうからね。優香どうする?ここで待ってるか・・・、劉のボディチェック・・・受けるぅ?」

「・・ご、ご理解いただき助かります」

明らかに状況を楽しんでいる様子の倣華鹿が、優香と劉を交互に見やって、優香にはウインクすらしているのだが、劉は倣女士に素直に頭を下げ謝辞を述べている。

「・・ここまできてボスを護衛できないのも嫌ですから」

少し迷っていた様子だったが、優香はそう言うと、羽織っていたロングコートを脱ぎ旗袍、いわゆるチャイナドレスだけの姿になって、ロングコートを劉に手渡した。

「ったくよ・・。さっさと済ませろよむっつり!オーラ使うんじゃねえぞ?優香に妙なもん張り付けたら承知しねえ。お前が変な動きをしてねえかはオレが見てるからな!?」

「わかってる。そんなことしねえよ。それにその呼び方は止せ」

ザビエラの吐き捨てるようなセリフに対し、劉は反論したが、正直内心では役得だと思ってしまっていた。

劉は手渡されたロングコートを一通り調べ終わると、隣の部下に渡し、続いて優香の首筋に手を伸ばしてから、髪の毛を項からかき上げた。

「ぅ・・」

ボディチェックとはいえ、優香は無防備に男に触られたことから僅かに上ずった声を上げてしまう。

「脇をあけるように両手を水平に伸ばしてくれ」

正面から優香の頭を掴み、髪の毛の中に暗器などを仕込んでいないかチェックしていた劉は、できるだけ平静を装ってそう言った。

優香はノースリーブに近い旗袍姿で、言われた通り素直に両手を水平に伸ばす。

劉の手が、優香の頭から脇に伸び、衣服の上から掌で撫ぜるように確認し出す。

脇から腰、そして腰から足首へと劉の手が服の上からとはいえ、優香の肌を撫ぜる。

優香の脇は僅かに汗ばんでおり、そこを触られてしまったことに恥ずかしそうに唇をかむ。

「・・・・」

優香は顔を赤らめて耐えているが、劉は足首、ヒールまで調べ終わるとしゃがんだ格好のままで、優香の顔を見上げた。

「よし、後ろを向いてくれ」

「・・ん」

劉のセリフに麗華はそう言って、素直に背を向ける。

劉が立ち上がり今度は背中から胸へと手が伸びた。

豊満な乳房を服の上からとは言え、下から確認するかのように持ち上げてから、谷間にも指を入れて確認する。

「く・・」

「ちっ」

「くすくす」

優香の恥ずかしそうな声にザビエラの舌打ちが重なって、倣華鹿の笑い声が漏れる。

「失礼するぜ?」

劉はそう言うと、チャイナドレスのスリットから手を入れ、優香のショーツ部分を前から手で確認するように弄ったのだ。

「くぅ・・」

ショーツ越しとは言え、張慈円や倣華鹿の部下たちの前だというのに、これほどの恥辱を受けるとは思ってなかった優香は恥ずかしさから呻いてしまう。

倣華鹿の部下たちも、平静を装っているが、美人の幹部である上司が目の前で公認セクハラをされてるのを眺めているのだ。

自らの上司が、他勢力の男に女の部分をボディチェックという名目で点検されているのである。

一方、劉の手下たちは倣華鹿の女幹部が自分たちの上司に身体をまさぐられていることへの優越感を感じつつ、上司の劉に対して羨ましく思って食い入るように見入っている。

ショーツ越しとはいえ前後左右、股間に陰核や膣の入口付近、菊門まできっちり調べてから劉はスリットから手を抜いた。

「もういいぜ。疑ってわるかっ・・」

ばしぃ!

言い終わらないうちに、今までいいようにボディチェックさせていた優香が突然振り返り、劉の頬を平手で打ったのだ。

「ってぇ・・!」

劉は打たれるとは思っていなかったらしく、驚いた顔で頬を抑えてそう言ったが、怒ることもなくそれ以上言い返しもしなかった。

「ま、このぐらいはいいだろ劉?がまんしろよ」

顔を赤らめて平手打ちをした格好のままでいる優香の前にザビエラが割り込んで劉にそう言ったのだ。

「ああ。なんとも思っちゃいないさ。案内する。こっちだ」

打たれた頬を撫でながら、劉はそう返すと、クルリと踵を返して歩き出した。

「優香頑張ったわね。いきましょう」

主人のねぎらいの言葉を受けて優香は赤面した顔をコクリと頷いて、主人に続いた。

ザビエラも優香の肩をポンポンと叩いて、主人の後ろ、優香の隣に並び続く。

倣華鹿たちの前を歩く劉は、優香の股間をまさぐった右手で打たれた頬を撫でていたが、その指先は、優香が発した僅かな湿り気が付着していた。

劉は、優香に女としての屈辱を味合わせてしまった僅かな同情と、男なら誰でも抱いてしまう優越感を感じ口角を上げてしまっていた。

(あんな状況でも触られて濡らしちまいやがって・・・。女ってのは難儀な生き物だよな。もう少し触って音でも出させて辱めてやればよかったぜ)

【第9章 歪と失脚からの脱出 41話 華僑の総帥とその一味終わり】42話へ続く

第9章 歪と失脚からの脱出 42話 寺野麗華?優香?

第9章 歪と失脚からの脱出 42話 寺野麗華?優香?


鉄製の扉が古びた嫌な音を立てて開くと同時に、倣華鹿は年齢不詳の妖艶な美貌に笑みを湛えたまま、大股に歩を進め、スリットから美脚を覗かせて部屋に入ってきた。

そこは部屋と呼ぶには広大すぎる空間であり、その一角にテーブルとソファがこじんまりと置かれ、即席の会合用の場所がつくられていた。

天井は高く、床はコンクリートむき出しで、部屋の隅には木箱や機材の廃材などの残骸が積み上げられているが、広さが十分なおかげで倉庫は窮屈さを感じさせるどころか、だだっ広ささえ感じさせる空間だった。

いわゆる倉庫と呼ぶのがふさわしい部屋である。

張慈円の部下たちが立ち並ぶ前を、華僑の女ボスは優雅に進む。

「張、久しぶりね」

ここに来るまでは散々この建物のことを汚いとか罵っていた倣華鹿だが、そんなことはおくびにも出さず、肩に引っ掛けたロングコートをマントのように靡かせ、カツカツとヒールを響かせて優雅さを感じさせる歩調で歩きそう言うと、張慈円の発言する前に、座面の低い椅子にドサリと深々と腰を下ろして足を組んだ。

「相変わらずだな倣」

張慈円は倣華鹿が旗袍のスリットから美脚を覗かせて歩いている姿と、張慈円が狙って置いた座面位置の低いローソファに座って、美しい脚が交差し組まれるのをしっかりと目で追ってからかつての同僚に声を掛けた。

倉庫には張慈円の他には今回の取引のクライアントである樋口もおり、張慈円の隣のソファで脚を組んで、華僑の女ボスの一挙手一投足を女性蔑視で、下心むき出しの視線を浴びせ見入っていた。

しかし、倣華鹿は張慈円や樋口の視線に気づいているのかいないのか、はたまたそのような視線を向けられることには慣れっこなのか、男達の視線を気にした様子もなく「そうね」と言って肘置きに腕を置き、背もたれに身を沈めると、その手をシャープな顎に添えてほほ笑んでから、軽く後ろを振り返り、人差指をくいくいと倒して部下に合図している。

「親愛なる同士張雷帝に手土産をもってきたわ。こっちじゃ手に入らない上物のはずよ?」

雷帝は張慈円の異名であり、同士内では敬意を込めて張慈円のことをそう呼ぶ風習があったのにならい、倣華鹿は張慈円のことを張雷帝と呼んだのであった。

倣華鹿が、妖艶な笑みで張慈円のほうに再び顔を向けた時、ボディガードのザビエラと優香以外に二人だけこの部屋に入ることを許された倣の部下の男たちが、赤い布で封をされた濃い土色の陶器性の酒瓶を一個ずつ抱えて入ってきたのだ。

「お気に召すと思うんだけど」

倣の部下たちが抱えてきた酒瓶には赤い墨汁で大鵬と銘が書いてあった。

別組織でライバルではあるが、同胞でもある張慈円に対し、倣華鹿はささやかながら、張慈円が喜びそうな手土産を用意していたのだ。

「おぉ。紹興酒か。・・倣よ。さすがに貴様は商売人だな。抜け目がない」

「ふふふっ。別にこんなものに関して打算があるわけじゃないから安心しなさいよ。張が好きなのはこの銘よね?」

「そうだ。このコクと程よい甘さがなんとも言えんのだ」

「うふ。記憶違いじゃなくて良かったわ。これでも一度でも付き合いのある人の好みは大体把握してるつもりなのよね」

張慈円の様子に満足して破顔した倣華鹿は、意味深なセリフを言うと、足を組み、ひじ掛けに手を置いたままにっこりとほほ笑んだ。

倣華鹿としては今回の取引は、事前の話通りであれば、莫大な利益が得られる話であり、張慈円としても、久しぶりに実入りの良い商談なのである。

特に資金難気味な張慈円としては、菊一や宮コーの連中を高嶺が抑えている今のうちであれば、あとはディスクと樋口の身柄を渡し、倣華鹿が張慈円の口座に送金処理をするだけなのだ。

この取引が予定通りにすすめば、暫く資金の心配はしなくてよくなるのである。

高嶺を、大枚をはたいて雇った穴埋めも十分にできる。

当然、張慈円の表情は自然と緩み、そのうえ手土産として愛飲している酒を送られた今は、普段は雷帝と恐れられる男の顔にも、笑みが漏れてしまうのは致し方ないことであった。

カネというモノの魔力は誰にとっても抗いがたい魔力を持つのは古今東西の常であるし、日本では手に入れにくい故郷の名酒が、予期せぬタイミングで手に入ったのだ。

故に、ここ数か月で見れば、張慈円の機嫌は最高によかったのである。

「久しぶりだな。張雷帝。かわりないようで何よりだぜ」

機嫌の良さそうな張慈円の様子に、倣華鹿の隣に立ったザビエラも、頭領に続き、彼女なりの礼を尽くしたつもりの挨拶をする。

「ザビエラか。またピアスが増えたようだが、貴様も変わりないようだな」

三合会の会合で何度か顔合わせをしている二人も、簡単な挨拶を笑顔で交わし、同門同士の取引は極めて明るい雰囲気で始まった。

その場の様子に、いつも中間管理職として胃を痛めている劉幸喜は、内心でほっと胸をなでおろしていた。

しかし、張慈円がザビエラの後ろに続いて部屋に入ってきた人物を見た瞬間に、部屋の雰囲気が急激に変わってしまう。

「・・!?・・・・おい倣。貴様・・謀ったのか?」

「ん?急にどうしたのよ?」

張慈円の目がすぅと細くなり、カマキリのように吊り上がると部屋の空気が一気に重くなった。

張慈円の態度や表情とは対照的に、香港三合会の一角、華僑を束ねる倣華鹿は足を組み、椅子に深く座った格好のままだが、きょとんとした顔になって聞き返した。

オーラを漲らせた雷帝張慈円と倣華鹿との間に、ザビエラと優香が割って入るように素早く動く。

「何をとぼけておる!そいつは宮川コーポレーションの寺野麗華ではないか!劉!貴様何をしていたのだ!気づかなかったのか?!」

優香を指さし、雷鳴のような叱責が、部屋の入口付近に立っている劉に浴びせかけられる。

劉は張慈円の怒声に身を震え上がらせ、その名を思い出したが、咄嗟に弁解をした。

「待ってくださいボス!俺も当然疑いましたが、どうも違うようなんです」

「だまれ!どこが違うというのだ!この馬鹿めが。貴様の目は節穴か?!」

倣華鹿の後ろ、ドアの付近で立っている劉幸喜と、部屋の奥の椅子に座ったままの張慈円がやり取りをしている間、当の当事者である優香が倣華鹿の方へ振り返って顔を見合わせ、?という表情で目を合わせている。

「優香。あなた宮コーだったの?」

「い、いえ。違います。どうしてそんな話になってるんですか?張雷帝はなにをお怒りに・・??」

倣華鹿の問いかけに、優香はまるっきり困惑した様子で倣華鹿に返している。

「おいおい。張雷帝。とりあえず落ち着いて話そうや」

ザビエラは激昂している張慈円に向かってそう言うが、張慈円は警戒を解かずギロリと倣一味の3人を睨んでいる。

ボスである張慈円の様子に、張慈円の部下たちが懐から一斉に拳銃を取り出し、倣一味に向け銃口を向けた。

「と、取引はどうなるんだい・・?」

この取引さえ終われば、大金を得て海外へ亡命する手はずの整っていた樋口は、不安そうにそう呟いたが、その問いには誰も応えることができなかった。

酒瓶を持ってきた倣華鹿の二人の部下は、ボディチェックで武器を取り上げられていた為、周囲から銃口を向けられていることに、なすすべもなく狼狽した様子でオロオロし出している。

「見苦しい。おやめなさい」

総帥である倣華鹿の静かな叱咤で、その部下たちは幾分冷静さを取り戻したが、最初の和やかな雰囲気はすでに吹き飛び、雷帝張慈円は禍々しいオーラを周囲にまき散らし、劉や部下たちも臨戦態勢である。

疑いと怒りの表情に染まった張慈円に対し、倣華鹿が少し困ったような顔になり、身振りを交えて自身の部下である優香のことを弁明しだした。

「ねえ張。とりあえず兵たちに銃を下ろさせなさいよ。張や劉の勘違いじゃないの?優香は私の組織の末端構成員だったのを引き上げてやった子なのよ?宮コーなんかじゃないわ。この子は、お兄さんと二人でうちが運営する工場で働いてたの。それをうちの工場を束ねさせてる男が、私に報告してきたのよ?・・(能力者かもしれない兄妹がいる)ってね。それが本当なら掘り出し物だし気になって調べてみたらさ、優香たちは故郷から日本に移り住んだ私たちの同胞だったのよ。身寄りもなく、日本で頼りにしていた知人にも騙されて見捨てられて、貧しい暮らしを余儀なくされていたわ。でも幸いなことに、私の息のかかった食品工場で働いていたのよ。だから私の耳に触れる機会があったの。優香たちは自分たちに能力があることを知らなかったわ。そこを私が拾ってやったってワケ・・・」

倣華鹿が自分の部下を弁護している様子に、部下の優香は目に感涙を溜めつつも、涙を流すまいと耐えてる様子を、張慈円は演技ではないかと二人を見比べ注視しながら言葉を選んだ。

「・・・倣よ。その情報はその兄妹とやらが作った話かもしれんし、もともとスパイとして貴様のところに来ているだけかもしれんだろうが。それに、兄だと・・・?兄などいないはずだ。寺野麗華のことは調べてある・・・。だが、その容姿・・、見間違うはずがいない。寺野麗華にしか見えん。それに、お前たちがそう言っても何も信用できる根拠はないではないか」

利益を得るために、嘘も方便ということを良しとしている商売人は多いが、商売人とはいえ倣華鹿がこういう嘘をつかないことを張慈円は知っていた。

それゆえ、張慈円は少し冷静さを取り戻しはしたが、優香に掛かった疑いを完全に解いたわけではない。

「って言われたってねえ・・・。私たちが宮コーと組んで、あいつらの商売に一枚あやかりたくっても、宮コーって私たちみたいな大陸系の人種は絶対に受け入れないのよね。・・組めるもんならとっくに組んでるっての。それでもここで今の話の根拠を示せって言うの?無茶言わないでよ」

「おい華鹿・・。そんな言い方だと余計に誤解されちまうぞ・・」

「そうかしら・・そんなこと言っても事実だし・・これで信用されないならそれでいいわ」

正直すぎることを言っている倣華鹿をザビエラが嗜めている様子を見て、張慈円も思い過ごしか?と思い直しかけたようであったが、旗袍を纏い、疑いの渦中になっている不安げな表情の優香を再びまじまじと観察すると、元菊一事務所所属で、宮川コーポレーション調査部の寺野麗華に間違いないと記憶が訴えてくる。

「うむむ・・。髪型と服装が違うが、見れば見るほど寺野麗華だぞ」

今回の取引をどうしても成功させたいし、一時期気まずかった時期もあるが、同門であり、かつての同僚である倣華鹿の言葉を信じたくもある張慈円であったが、どうみても目の前にいる女はかつて菊一事務所に所属していた寺野麗華にしか見えないのだ。

「・・・アレンの奴も連れて来ればよかったですかね・・。間近で寺野麗華と戦ったのはあいつですし・・。寺野麗華は、アレンのヤツを撃退して河に飛び込んでから消息不明のようですから・・。今回この島みたいな辺鄙なところに、アレンみたいなゴツイ黒人を連れてきちまうと目立ってしょうがないってことで、置いてきちまいましたからね・・。あいつあんな性格ですし、あっちのほうでも騒ぎを起こしてなけりゃ良いんですけど、いまはそんなことよりも・・・連れてくりゃ良かったって思っちまいますね」

優香をジロジロと観察しながら呻く張慈円に対し、劉幸喜が独り言のような口調で呟いた。

そのアレンは、劉幸喜の心配どおりバーで騒ぎを起こしてしまい、着流しの男に叩きのめされてしまっているのであるが、そんなことを張慈円や劉幸喜たちは知る由もなかった。

実は寺野麗華がアレンの足をへし折ったあと、劉も寺野麗華と戦ったのであるが、それは張慈円には報告をしていない。

ここにきて、ボスへ正確に報告しなかった隠し事が表面化しそうなことに、ボスに正確に報告しなかった後ろめたさに劉は冷や汗を流しつつ、無意識に責任を転嫁させてしまおうと心情が働き、アレンの名を出してしまったのであった。

「・・アレンか・・。寺野麗華はアレンのヤツにとどめを刺しきれず、追ってきた劉の姿を見て河に飛び込んだのであったな・・。ふむ・・」

劉の言葉を聞いた張慈円は腕を組み考え込みだした。

「どうするのよ張?こっちは取引する気満々だけど、私への疑いは晴れないの?これでお終いでいいのかしら?」

相変わらず脚を組み座ったままの倣華鹿は、腕を組み長考し出した張慈円の様子を見て、少し残念そうな口調で、そう切り出した。

大陸から東南アジア全域、昨今は日本でもビジネスを展開し出して莫大な利益を得ている倣一族は、今回の取引が無くとも特に金銭的な痛手はほとんど無い。

倣華鹿からすれば、同門でかつての同僚である張慈円との親交を深める為と、宮コー下部組織の宮川重工業の機密情報には計り知れない価値があるとふんでのことではあったが、最悪、信用されず取引が成立しなくても構わないという雰囲気すら漂わせている。

「こ・・ここまできてそれは勘弁してほしいものですね。私は宮川からも完全に狙われる立場になってしまってますし、これ以上この国には居づらいのですが・・・」

倣華鹿のセリフを聞き、一人会話に入れていないでいる樋口は、張慈円の顔を伺いながら、焦った表情で呟く。

「・・・倣。宮コーをここに手引きしたのは貴様ではないのだな?」

樋口には何も答えず、張慈円は倣華鹿を見据え神妙な顔で言う。

「違うわね。・・でも、やっぱり宮コーには嗅ぎつけられてたんだ?だから宮コーの能力者たちに対抗するために高嶺を雇った・・ってことね?・・・でも張、いまはそんなことどうでもいいのよ。はっきり聞くわね?・・私は、この私を信用するのか、しないのかって聞いているのよ」

鋭く吊り上がった眼つきの張慈円の質問をはっきりと否定し、表情から完全に笑みが消え去った倣華鹿が、逆に質問を仕返し二人の視線が火花を散らす。

雷帝と吹雪の異名を持つ二人が、次にどう言い、どう動くのかと幹部たちを含め、周囲の部下たちは固唾を飲み、緊張した時間が流れる。

最悪の事態を各々が想定し、じりじりとお互い対峙している相手の一挙手一投足を警戒しあっている。

「劉・・寺野麗華がアレンと戦っている姿を見たといったな?」

これ以上沈黙が続けば、交渉は決裂してしまうと感じた張慈円は視線を部下に移して質問を投げかけた。

「は、はい!見ました」

「寺野麗華と戦って勝てるか?」

「はい。あの程度の相手にならまず間違いなく勝てます」

この状況で、急に話を振られた劉幸喜は動揺したが、張慈円の質問の内容を聞くと落ち着きを取り戻して、自信を持って答えることができた。

「そうか・・。ではこの女が寺野麗華であれば、傷つけず勝利することも容易い・・。そうだな?」

「はい。アレンと戦っているときにあの女の動きは見ました。戦えばヤツだとすぐわかりますし、捕えることも容易いです」


劉の応えに張慈円は一人で納得したように大きく頷いた。

「よし」

張慈円はそう言うと席を立ち、目の前で自身のボスである倣華鹿を護るように構えている、困惑顔の優香の正面に見据え向き直った。

「優香とやら、うちの劉と余興で試合をしてみせてはくれんか?・・・どうだ?倣」

「・・・・はぁ~・・・。・・・疑われてるみたいで話の流れはかなり気に入らないけど、そういう余興自体は嫌いじゃないわ・・・」

倣華鹿は長い沈黙のあと大きなため息をついた。

張慈円も何としてもこの取引は成立させたいが、タダで折れて謝罪をするわけにもいかず、優香の正体もわかるかもしれない方法で話の決着をつけること落ち着けたかったのだ。

倣華鹿は、そういった張慈円の思惑に気が付いてはいたが、あのプライドの高い張慈円にしては折れていることもよくわかったので、しぶしぶながらも頷いたのだった。

「優香いいわね?やってもらうわ。でも余興ってことだから殺しちゃダメよ?」

やれやれと言った様子の倣華鹿であったが、当の優香の返事は思いがけず明瞭で前のめりだった。

「はい。ボスの命令とあらば是非もありません。私のせいでボスが疑われてしまいましたし、私があのむっつり色男を殺さない程度にブチのめせばいいんですね?」

そういえば先ほど、優香は劉幸喜にボディチェックを名目に恥辱を味あわされていたっけ・・と思いだした倣華鹿は愉快そうに声を上げた。

「そうそう!そうだったわね!優香さっき劉に口実つけられて恥かかされたんだったわね。いいわ。やっちゃいなさい。ただし、殺すのはもちろん大怪我をさせてもダメよ?いいわね?・・・張、こっちはまとまったわ。それでいいわね?」


「うむ。俺から言い出したのだ。むろん構わんに決まっている」

張慈円はソファに腰を下ろし直して泰然と腕を組み、落ち着いた普段の表情に戻って頷いてみせた。

「さっきの礼をしてあげるわ。むっつり色男。・・ボッコボコのボコにしてあげるから来なさい」

お互いの主人が納得し合ったのを確認した優香はロングコートを勢いよく脱ぎ、酒瓶を運んできた手下の一人に投げるように渡すと、首をコキコキと鳴らし、袖を捲って倉庫中央付近の広場の方に歩き出し、劉に向かって振り返り、鋭い視線を飛ばして挑発した。

「ちっ・・なに勝った気になってやがんだ」

見た目通りおとなしい女かもと思っていた優香の思いがけないセリフに、劉は内心驚きつつも言い返すと、同じく上着を部下に預け青龍刀をズラリと抜き、優香のいる倉庫中央に向かう。

「劉。こちらもその女を殺すのはまかりならん。南川沙織が帰ってくれば、治療を受けられるがあくまで試合だ。先ほどの話だと得物を使わずとも勝てるのではないか?武器は使うな。いいな?」

倣華鹿に配慮したのであろう張慈円が、青龍刀まで抜いた劉に念を押した。

「承知しました」

そう言うと、劉は青龍刀を部下に向かって軽く放り、素手になって優香に向き直る。

「得意の武器が無しでいいのかしらね。むっつり色男」

「その呼び方は止せ。・・お前こそいいのかよ。そっちこそ俺に手も足も出ないんじゃないのか?それともさっきみたいにまた恥をかくことになるぜ?」

むっつり色男と呼ばれるのがかなり嫌な劉は、先ほどボディチェックの際に優香の股間をまさぐった右手の指を意味深にみせながら煽って言い返す。

「くっ!貴様・・!後悔させてあげるわ」

顔を一瞬で真っ赤にさせた優香はきつい口調で言い返す。

劉は以前戦ったことのある寺野麗華かもしれないとカマを掛けてみたのだが、目の前の女は、そう言った素振りはまるで見せず、単に羞恥に顔を赤らめただけで、黒髪を勢いよく手で肩から払い、流麗な動きで構え劉を睨んだ。

「華鹿様の側近が伊達じゃないってこと・・・思い知ることになるわ」

優香はそう言うと、更に腰を引くよう半身になおし、前後に足が開いた完全に攻が主体の構えとなった。

スリットから延びた白い脚が覗き、ぴったりと張り付いた旗袍がふくよかな胸と、括れた腰を強調し、優香の容姿も相まって女の色気を振りまいているような恰好にも見える。

しかし、その身目麗しさとは裏腹に、優香の纏う気配が濃厚で分厚いオーラとして発現し出した。

優香と対峙し、劉幸喜ははっきりと以前戦った寺野麗華ではないと確信した。

(こ・・こいつ!あの時の女じゃねえ・・やっぱり寺野麗華じゃないのか・・?)

目の前で構えた倣華鹿の側近の女は、以前、護岸公園の堤防で対峙した寺野麗華とは明らかに異質な雰囲気のオーラを放っているのだ。

「気を付けろよ」

意味深な微笑の表情を浮かべたザビエラが、倉庫中央の二人に向かって声を掛けたが、劉にはそのセリフは自分に言っているものだと分かった。

(ちっ・・青龍刀無しかよ。この女のほうは、素手でも能力解放に支障はなさそうだってのによ・・)

内心そう悪態をついた劉は、ザビエラのセリフに極力表情を動かさないように努めたが、目の前の女が発する圧力にゴクリと喉を鳴らしてしまい、頬を一滴の汗が伝ってしまっていた。

二人のお互いの違った心情はともかく、傍目には、張慈円の幹部である劉幸喜と、倣華鹿の幹部である優香が倉庫の中央で対峙し、お互いに構え、無言で火花を散らしているのだ。

お互いの組織の兵隊たちは、固唾を飲んで倉庫中央で対峙する二人を凝視してしまっている。

「オレが審判するぜ。不正なジャッジはしねえ。オレ以外にこいつらのこと止められるヤツなんてボスたち以外にいねえだろうし、いいよな?張雷帝も?」

緊張しきった兵たちを他所に、ザビエラの普段通りの口調のセリフに、慈円も「構わん」と短く同意する。

張慈円の部下たちも、この場に入ることができた倣華鹿の部下たちも、これから始まるであろう、めったに見られない幹部能力者同士の試合に息を飲み、倉庫内に再び期待も混じった緊張感が漂い出していた。

そのとき、倉庫の電気配線などを通すダクトの中を匍匐前進で進んでいた上半身裸のサングラス男は、ダクト内に差し込む光源を頼りにすすみ、ちょうど張慈円達が集まっているかなり広めの部屋に続いている格子付きのダクト口のところまで這い進んできたところであった。

(事前情報とぜんっぜん違うやんか。この廃屋めっちゃ手下居るやんけ・・・。テツやモゲとも連絡つかへんし、どこに居るんかもわからへんけど、あのパンツスーツのねーちゃんと白パンのねーちゃんを何とかしたんやったら、この倉庫に向かってくるはずや・・。信じとるでみんな・・・。ん・・?この部屋から大勢の気配あるな・・)

千原奈津紀が残した抜き身の刀を捨てず、奈津紀の着ていたジャケットの端キレで器用に結び、背中に背負って狭いダクトを器用に進んできたのである。

(妙なもん貰ろうてもたけど、こういうんはなんか捨てられへんなぁ)

狭いところでは、刀のような長物は邪魔にしかならないし、宏は内心で扱ったことのない抜き身の真剣を邪険に言いながらも、柄と切っ先に丁寧に布を巻きつけて背負っているのだった。

暗いダクト内に光源を差し込ませてきている部屋へと、宏はサングラス越しに室内を覗き見る。

ダクトは天井付近にあり、室内を見下ろして一望できる位置であった。

(・・・居った!張慈円のカスや!偉そうに踏ん反り返って座りやがってからに・・。・・顔は見えへんけど、張慈円の向かいに座っとる女が取引の相手ってことか・・・。張慈円の隣におるんが写真どおりやな・・樋口ってヤツか。ん?・・あの金髪・・あの恰好・・・噂通りならあいつひょっとしてザビエラって奴やないんか?・・そうやとすると、ここにもめんどいやつが居るやないかい・・。これはこの状況で張慈円をやるにはしんどすぎるで・・。こっちも高嶺のねえちゃんに滅茶滅茶無理させられたしなぁ・・。今回は見送ったほうがええかもしれん・・・しかも、あいつがザビエラってことは、あの顔が見えん座っとる女は、倣一族の頭領倣華鹿ってことやろ・・。張慈円の取引相手は華僑の倣一族あったんかいな・・。くそう・・緋村のヤツ・・アイツ分かっとって俺らをこんなところに送り込んだんに違いあらへん。帰ったらホンマタダじゃ済ませへんからな・・・。ん?・・あっ!あれは・・麗華!麗華やないか!・・ちょっと待てや。これはどういう状況やねん?!なんで麗華がこんなところに居るんや??!)

広い倉庫部屋内部の、状況を把握しようと注意深く覗いていた宏は、あまりの驚きに目を見開いた。

張慈円らが大塚マンションへ強襲してきたときから行方不明になっている寺野麗華が、周囲をいかにもアウトローな黒服達に囲まれ、麗華が着そうにもないチャイナドレスなどを纏い、今まさに対峙している男と決闘でもしそうな雰囲気であることに、危うく宏は声を上げそうになったのだったが、麗華と思ったチャイナドレスの女がオーラを発現した瞬間、僅かに声が漏れてしまった。

「っ・・!?」

(麗華?!い、いや・・しかし、嘘やろ。こんなアホな・・麗華やない?!)

学生時代から麗華のことをよく見知った宏ですら、容姿では寺野麗華だと識別したのだが、纏う雰囲気やオーラはまるで違っていることから、思わず息を飲んでしまったのだ。

その宏の漏らした声は、常人であればとても聞き取れるような声量ではないはずだが、前髪のぱっつん切りして揃わせているブロンド短髪の女が、首だけぐるりと振り返って見上げ、宏が覗き見ているダクト口の方へ、その鋭い視線を向けてきたのであった。

【第9章 歪と失脚からの脱出 42話 寺野麗華?優香?終わり】43話へ続く

第9章 歪と失脚からの脱出 43話 寺野麗華のその後・・・水島喜八との出会い

【第9章 歪と失脚からの脱出 43話 寺野麗華のその後・・・水島喜八との出会い】

「どうかしたの?」

ザビエラの視線の先を不審に思って目を向けた倣華鹿が、ザビエラに視線を戻して問いかける。

「いや。なんでもねえ」

倣華鹿の問いかけに、短く答えたザビエラは部屋中央で睨み合い、火花を散らしている二人の間に立った。

「よし、二人とも準備はいいな?ボスたちの希望どおりあくまで余興だ。そのへんわかってやってくれよ?危ないと判断したらオレが止めに入るからそのつもりでいてくれ」

二人の間に立ったザビエラがそう言うと、試合開始の合図である片手を高々と上げる。

「どっちが上か、優男君にはちゃんと教えておかないとね」

「へっ・・、そううまくいくかな?」

ボディチェックで濡れてしまったことをこの場で言われては堪らない、と思ったのか優香は劉幸喜の呼び方を「むっつり色男」から「優男君」に言い換えたようだ。

しかし依然として優香は、先ほどいいように触れたことに怒っており闘志満々の目付きである。

その優香に対して、劉幸喜は普段の軽口口調で、相変わらず飄々と振舞っているが、内心は優香の雰囲気にややのまれている節があるように見えた。

「はじめっ!」

そんな二人の心境を見透かしているがお構いなしに、二人の間に立ったザビエラはさっさと試合を始めてしまおうと、開始の合図を口にし、上げていた手を振り下ろした。

開始の合図と同時に、先に仕掛けたのは優香だった。

「はっ!!」

どごぉおおおおん!

優香が気合の籠った声と同時に右手を突き出すと大きな振動音と爆音が起こり、劉幸喜を中心に床の埃が舞い散って、建物がビリビリと震えて揺れる。

「ぐえっ?!」

「なっ?!なんだ?!」

劉幸喜はつぶれたカエルの鳴き声のような声を出し、張慈円の手下たちも突然の轟音と肌にビリビリと伝わってくる衝撃にどよめきを上げた。

倣華鹿とザビエラだけは、予期していた範疇のことであるので、涼しい顔をしている。

優香は、劉やギャラリーの反応を置いてけぼりにしてすでに床を蹴り、劉との距離を一気に詰めるように飛んでいた。

しかし、劉との距離はすぐには縮まらない。

何故なら優香の掌から放たれた衝撃波は劉を捉え、大きな爆音とともに劉の身体を後方に弾き飛ばしていたのだ。

「ぐぉ・!?なんだってんだ?!」

優香イコール寺野麗華だというイメージが完全に拭えていないのか、寺野麗華が使うはずもない技能をいきなりぶっ放され、劉幸喜は、その衝撃波をまともに喰らってしまったのだ。

空気が振動するというのか、見えない空気の壁で思い切り全身を叩かれたような衝撃が、全身に走ったかと思うと、劉はものすごい勢いで後方へと吹き飛ばされたのだった。

(・・衝撃・・?振動か?!)

技を受けながらも、技の性質を見極めようとした劉幸喜は、吹き飛ばされていた身体を何とか態勢を立て直して衝撃による勢いを止めよう両膝を落し、靴で床を擦らせて勢いを止める。

しかし、眼前にはすでに優香が目の前に迫って右手を振りかぶっていた。

「はあっ!」

「ぐっ!」

一閃、容赦なく衝撃波がこめられた掌底が劉のガードの上から突き抜けてくる。

どしいいいぃん!

優香の攻撃を受けると同時に、再び爆音が倉庫に響き渡り、耐え難い衝撃が劉の身体に叩き込まれた。

チャイナドレスを着た、身目麗しい美女が放った一撃とは思えないほどの、音と振動が倉庫中に響き渡る。

ビリビリと倉庫全体が揺れ、天井からパラパラと埃が舞い落ちてくる。

劉はかつてオルガノマンションで、神田川真理からも似たような技を受けたことがあるが、優香と呼ばれる女の技は性質からして全く違う。

神田川真理の双掌打はあくまで肉体強化をし、相手の攻撃にカウンターとして合わせてきた結果の威力であった。

しかし、優香の技は敵のタイミングやカウンターなどを考慮していない。

優香は肉体をそうとう強化している上、ガードの上からでも容赦なく衝撃をガンガン叩き込んでくるいわゆるゴリ押し系だ。

高レベルの肉体強化能力に加え、オーラを振動に変換させる技能を同時展開しているのだ。

違った種類の能力の同時発動を可能としている能力者は実はあまりいない。

そもそも二つ以上技能を持っている能力者も少ない上に、同時使用となると難易度は跳ね上がる。

劉幸喜は、倣華鹿が優香のことを、ついこの間、末端構成員から引き揚げたと言っていたので、まさか技能の同時発現が可能なほど練達した能力者だとは思っていなかった。

暗器に帯電させ、同時に肉体も強化しつつ暗殺拳を駆使して戦う雷帝張慈円や、宮コー十指に数えられる殺人技能を多数有する紅蓮、精神同調系の複合技能を同時使用可能な魔眼などは例外中の例外なのである。

一般的な能力者、野良と呼ばれる者たちになると、能力2種類持ちなどゼロに近いというのが常識だ。

本来なら能力2種類以上持ちも珍しいし、能力の同時発現の使い手となるともっと珍しい。

能力の同時発動の難しさを例えるなら、右目と左目で別の動きをしなければいけないくらい難しい。

しかもこの速度で近接戦闘を行いながら、肉体強化とおそらくオーラを衝撃や振動に変化させて、戦う対象に叩き込んでくる芸当は一部の天才を除き、一朝一夕で身に付くはずがない。

優香は、もともとじっくり考えるタイプではなく、野性的な天性のセンスを持っている稀有な人物ではあったのだが、もともとここまで練達した能力者ではなかった。

「てやっあっ!!」

どしいいいぃん!

優香の放った凶悪な左鉤突きが、ガードした劉の右腕にぶつかり再び爆音を建物中に響かせたのだ。

「ぐっおおぅ?!」

劉幸喜は呻くと、その衝撃と威力に耐えられず、そのままきりもみ状態で吹き飛び、倉庫壁面近くにある木製の瓦礫の中に突っ込んで、大きな激突音と埃を巻き上げている。

実はついこの前まで、優香は肉体強化のみしか使えない能力者であった。

しかし数か月前、倣華鹿に見いだされた際、倣華鹿の能力により新たな能力を添付され、能力の容量自体を拡張されていたのであった。

ほとんどの者に知られていないが、吹雪の異名を持つ倣華鹿の真に恐ろしい能力はオーラを氷雪に変化させる攻撃技能ではない。

倣華鹿の氷雪系能力は見た目こそ美しいが、そこまで攻撃力の高いものではないのだ。

雷撃や炎などにくらべると、氷雪の殺傷能力はさほど高くない。

雷の温度は瞬間的にとはいえ、最高3万度にもなるし、炎の温度も能力者の力量によっては限界がない。

しかし、低温度の技能は限界で-272度である。

もちろん生身の人間が喰らえばひとたまりもない温度であるが、倣華鹿はそこまで低温度を発現できないし、高温の炎と打ち合うと撃ち負けやすいことも知っていた。

そこで倣華鹿も、能力を低温度目的とした使い方ももちろんするにはするが、もっぱら氷を硬質化させ刃として使う方法を多用していたのだった。

優香の本名などについては倣華鹿も知らなかったし、優香が忠実な部下と化した今となっては興味もないことだが、やはり優香こと湯島優香は、元菊一探偵事務所の姫こと寺野麗華であったのである。

菊沢美佳帆とはぐれ、護岸公園の堤防で劉幸喜と戦って敗れ河に逃げ、飛び込んだまでは良かったが、冷たい河水に体力を奪われ、なんとか対岸の岸までたどり着いたものの、多量の失血をしてしまったうえ、力尽きその岸で何時間も気を失ってしまったのだ。

そこへ、同じく張慈円の手下たちによって河に投げ捨てられた水島喜八に偶然発見され一命を助けられたのであった。

水島は張慈円の電撃で死んだと思われていたが、死んだのではなく心肺停止状態、いわゆる電撃によるショック状態になり、仮死状態に近い状態だったのである。

水島は気を失っていたことが幸いし川の水を飲まず、流れに乗ってほぼ無傷で麗華がなんとかたどり着いた、反対側の岸に流れ着けたのであった。

水島は護岸のコンクリートにへばりつた貝殻が頬を摩擦する痛みで、意識を取り戻すことができ、目覚めと同時に宮川佐恵子に掛けられてた【魅了】も、術者である佐恵子が南川沙織に致命傷を負わされて意識を失っていたことから、解放されて正気に戻ったのである。

そして、すでに紅蓮こと緋村紅音に焼き殺された橋元に掛けられていた呪詛【媚薬】、女を発情状態にする能力だが、男に対しては欲望を増幅させる効果があった呪詛からも解放されたのであった。

しかし、橋元の【媚薬】、佐恵子の【魅了】から解放されたことで水島喜八は、より冷静に自分の状況を把握することができた。

自分の犯してしまった罪の重さや、すでに取り返しがたい社会的損失に絶望した。

勤めていた平安住宅にもすでに籍はないはずであるし、【媚薬】の効果により犯罪にも手を染めてしまっているため、警察にも犯罪者として追われているはずである。

水島喜八は、まともな社会復帰は無理だ。と絶望して川岸の汚泥のなかを歩いていた時に、偶然にも負傷し気を失っている寺野麗華を発見したのであった。

水島喜八はこの僥倖に掛けた。

すでに体温を失い冷たくなって、死にかけている寺野麗華を介抱することで、菊一事務所と宮川コーポレーションに恩を売り、生き延びる可能性に掛けたのである。

水島は、不動産業をしていたときに目を付けておいた、家主が老齢で県外にすんでいるアパートを知っており、そこの合いカギももっていた。

河水に濡れ冷たくなった寺野麗華を闇夜に紛れて背負って運び、なんとかそのボロアパートまでたどり着いたのだった。

水も電気も共用部分から拝借できるし、当面の雨露をしのぐねぐらを手に入れたのだった。

宮川コーポレーションや菊一探偵事務所が必死に捜索しても、寺野麗華の行方がつかめなかったのは、寺野麗華が誰も住んでいるはずのないボロアパートの一室にかくまわれていたからである。

寺野麗華が発見できなかったのは水島喜八のせいでもあり、寺野麗華が一命を取り留めることができたのも水島喜八の必死の看病のおかげであったのだ。

しかし、水島のおかげで傷が癒え、意識の戻った寺野麗華は、水島の苦労の甲斐もなく、記憶を失ってしまっていたのだ。

麗華がぺちゃんこの布団で目を覚ましたとき、見たこともない天井だったことに困惑していたが、すぐそばにいた男は麗華がようやく目を覚ましたことに、無邪気に声を上げて喜んでいた。

6畳ほどの広さの畳の部屋の煎餅布団の上で身を起こした麗華は、見たこともないパジャマと見たこともない下着を着せられていたことに気付くとはしゃぐ男を睨む。

しかも、麗華は失血のせいか、なんらかのショックで、記憶をまるっきり失っていたのだ。

麗華は、手を握ってきて無邪気にはしゃいでいる男が、自分を半裸にしてイタズラをしたに違いないと決めつけると、とりあえず拳と足の裏の連打で対応したが、ボコボコになった男の話をよくよく聞いてみると、この男のおかげで命が助かったということがわかったのだ。

兄と名乗った血まみれの男に麗華は平謝りし、麗華もいきなりボコボコにしてしまった良心の呵責から、何も思い出せないのだが、男の言葉をとりあえず信じることにしたのだった。

一か月後、兄の養生で、傷も完全に癒え、体調も戻った麗華だったが、記憶を失っているためか、麗華はかつての知り合いがいるかもしれない場所に行くことを拒んだ。

水島がいくら勧めても、麗華はもう少し何かを思い出すまでは待ってほしいと言って、すぐには行きたがらなかったのだ。

記憶を失えば、そこに都合の良い記憶を植え付けてくる人がいるかもしれない。という麗華の言葉に水島喜八は心を痛めた。

橋元と付き合いのあるときは【媚薬】に侵されていたのか、水島はそういった良心の呵責が無かったことに驚きつつも、自分が起こしてしまった凶行の罪に苛まれた。

もともと多少ズレがあったとはいえ、いまは些か常人に戻った水島の心はズタズタになっていた。

しかし、はやく寺野麗華を無事に菊一事務所か宮川コーポレーションに連れて行かないと、どちらにしても生きていく方法はないと思い、最低そこまでは頑張るつもりで水島は麗華の兄として振舞い、麗華の記憶回復を待つことにした。

だが、大の大人二人が生活していくには結構なお金がかかる。

盗水をしても、水道水では味が無いし、そもそも水だけでは腹も減る。

盗電をしても、家電製品がなければ寒さも凌げないし、飯も炊けない。

水島には悪事をして貯めた多少の貯金があったのだが、今となってはお金を口座から出すこともできないし、それに手持ちのお金やカードは、大塚マンションに監禁されているときに、菊沢美佳帆に財布ごと没収されてしまっている。

即席の兄妹の生活はたちまち困窮した。

しかし住所不定、経歴不明の二人の身の上ではまともな勤め先は望めない。

そこで水島は、昨今政府の反社勢力排除強化のせいでヤクザの力が弱まっている代わりに、中華系マフィアが台頭してきていることに目を付け、飲食店などにケツ持ちやみかじめ料としてオシボリなどを降ろしている食品工場に麗華と二人で訪れたのであった。

そういうところであれば、とりあえず雇ってもらえると思い切って麗華と二人で訪れたのだが、水島の思惑通り、とにかく人手が足りない言った工場長の鶴の一声で、思った以上に簡単に採用された。

そして、その食品工場こそが、菊沢美佳帆が刑事の杉誠一と粉川卓也を同行して寺野麗華の存在を確認しようとした場所であり、倣一族が運営する工場でもあったのである。

その工場で水島もよく働いたが、能力者である寺野麗華の働きは常人離れしていた。

それも当然で、もともと生粋の肉体強化系の能力者である麗華は、記憶喪失になっているため、周囲の目も気にする配慮もなくなっており、容赦なく肉体を強化してメキメキ働いてしまっていたのである。

素手で油圧式の機械の動きを止めて同僚が機械に巻き込まれそうになったのを助けたり、フォークリフトを使わずに200kgぐらいの米袋を運んでいたので、その美貌を隠す為にできるだけ地味な服装をしていたにもかかわらず、麗華は職場ではすぐに超目立ってしまっていた。

その働きを見た工場長に、あれは明らかに能力者だと気づかれてしまい倣華鹿の知るところとなったのである。

その倣華鹿は氷雪系能力のほかに、【契約】と【容量増加相乗】という技能を有していたことが、麗華の現在の能力者としての力量に関係していた。

【容量増加相乗】、対象者は術者の要求する条件を飲めば、対象者の能力の数、能力の容量を飛躍的に向上させ、術者の指定した相手の能力を対象者に相乗りで使用させることができる。すなわち新たな能力をもう1つか2つ使用できるようになり、使える技能を術者が選べるのだ。

【契約】、術者とのオーラによる契約をすることにより、対象者のオーラ量は飛躍的向上するかわりに、対象者は術者の忠実な僕となり、術者も対象者の要求する条件を契約により縛られる。

倣華鹿に麗華が契約の条件にしたのは、記憶が戻るまで身の安全と生活を保障し、同じく兄にも同じくそれを保証することだけであった。

倣華鹿は麗華のその条件を聞いた瞬間に、笑顔で快諾して麗華を抱きしめ、即座に発動条件である口づけをしてその場で契約を完了させたのであった。

華僑を率いる大金持ちの倣華鹿にとってその程度の条件はまったく苦にならなかったのだ。

しかし、麗華の方はいきなり舌まで突っ込んでくる濃厚なキスをされたことに驚きはしたものの、記憶も失い、毎日将来や過去の不安に苛まされ、食べるものにすら困っていた麗華にとっては感謝しかなかったのである。

【容量増加相乗】の条件である、術者の出した条件はかなりプライベートな用件であった。

しかし、記憶喪失な上、生活にも困窮していた麗華は失うモノも少なく、その困窮した状況から救ってくれた大恩ある倣華鹿が出す複数の条件を麗華は飲んでしまったのだ。

倣華鹿は見た目だけで言えば美人で、オフィシャルな場ではしようと思えば理知的な話し方もできるが、性に関しては快楽主義で相手が男であろうが女であろうが、気に入った相手であれば見境のないところがあった。

倣華鹿の出した条件は、麗華に対しそういう要求をするときがあるということだった。

とにかく【契約】により倣華鹿の忠実な僕となって湯島優香という名になった麗華は、以前の肉体強化能力が増強されており、【容量増加相乗】でメモリ増加を施された今は、ザビエラの使う振動能力を相乗りで使用できるようになっている。

よって雷帝張慈円の側近である劉幸喜ですらまったく寄せ付けないほど強くなっており、いまや超一流の能力者となり倣華鹿の忠実な僕であった。

その優香は、殴り飛ばした劉が起きてきそうにもないことで構えを解いた。

衝撃波の乗った攻撃は、すべての攻撃に含まれているわけではない、優香の攻撃はただの肉体強化による殴打の時もあるし、衝撃波を内包した攻撃の時があるのだ。

攻撃を受ける側にとっては、防御しにくいことこの上ないやっかいなものであった。

普段青龍刀という獲物を使って戦うスタイルが主の劉幸喜には、そもそも徒手空拳で優香と戦うのは不利すぎたのである。

「・・・まだやる?」

旗袍、チャイナドレスに僅かについた埃を手で払いながら、もうもうと埃を巻き上げている瓦礫に向かって優香が声を掛けたが、瓦礫のほうから返事は帰ってこなかった。

【第9章 歪と失脚からの脱出 43話 寺野麗華のその後・・・水島喜八との出会い終わり】44話へ続く

第9章 歪と失脚からの脱出 44話 無くなったアタッシュケースと侵入者2人

第9章 歪と失脚からの脱出 44話 無くなったアタッシュケースと侵入者2人


劉幸喜が派手にノックダウンし、埃と瓦礫に埋もれ姿を現さないことと、旗袍姿の美女による一方的な蹂躙がおわった倉庫内は静まり、沈黙に包まれていた。

パチパチパチ。

沈黙を破る拍手を送ったのは優香の主人である倣華鹿であった。

「もういいんじゃない優香。今のは劉のオーラ防御がほとんど間にあってなかったわ。手応えあったでしょ?やったわね優香。これで優香的にもすっきりしたわよね?・・・ねえ張?あなたが疑っている寺野麗華ってヤツはこんなに強くなかったんでしょ?疑いは晴れた・・ってことでいいわよね?」

そして、そう口を開いて部下を労った倣華鹿は張慈円にも問いかけた。

倣華鹿も、優香が寺野麗華という名を名乗っていた時がある可能性は当然わかっていたが、すでにそんなことには興味もないし、さっさとこの茶番を丸く収める為に張慈円へ促したのであった。

ジャッジを名乗り出ていたザビエラも一応ポーズとして優香がこれ以上劉幸喜に追撃を加えないように手で制するような恰好をし、倣華鹿の発言に対し、張慈円が何と言うか様子を伺っている。

ザビエラもまた優香の過去の正体が、ほぼ寺野麗華だと分かっているが敢えてこんな場で言う必要もないし、証明もできないということもわかっていたので知らないふりを決め込むことにしたのだ。

ザビエラにとって優香はすでに可愛い後輩であり、付き合いは短いがすでに相棒としても信頼している。

ザビエラ自身も過去を詮索されるのは嫌いだし、それゆえ優香の過去についても深く詮索するつもりもなかっのだ。

それに、すでに優香は倣華鹿の【契約】で裏切る心配もない。

そこさえはっきりしていれば、ザビエラにとっても優香の過去など本当にどうでもよかった。

倣華鹿のボディガードの想像以上の力量に、内心焦りを感じていた張慈円がようやく口を開いた。

「・・・そのようだな。・・劉も本来素手で戦うスタイルではないからこの結果だが、そやつが寺野麗華ではないことは明らかなようだ。倣・・気を悪くさせたな」

部下である劉の不出来を庇いつつも、雷帝張慈円はあっさりと折れ、張慈円としては最高の謝罪を述べた。

そもそも、張慈円としても自分が勘違いかもしれないことで激昂したことを、単に丸く収める口実が欲しかっただけなので、この試合をそうそうに切り上げたかったのである。

張慈円からみても、優香の力は予想以上であったのが誤算ではあったが目的は達成できたので、さっさと余興をたたんでしまうことにしたのだ。

悲惨なのは、万年中間管理職で無駄にイケメンの劉幸喜である。

優香をボディチェックする際に、普段他の者に行っているより多めにショーツの上から陰核の上を指で往復し、優香を濡らさせて恥をかかせてしまった代償は高くついた。

得意の獲物を使えない不利な状況で、かつて戦った寺野麗華よりもはるか格上の多重能力者と、上司の言い訳の口実と、面子だけで戦わされてしまったのであった。

「おい。劉を運んでやれ・・・南川が戻ったならばすぐに劉を診るように伝えろ」

張慈円としても些か悪い気がしたのか、背後にいる手下にそう言って、瓦礫に埋もれているであろう劉を別室へと運ぶように指示している。

「さてと、劉には悪いことしたけどこれで問題はなくなったわね?・・それじゃあさっそく取引といきましょうか?」

瓦礫から担ぎ出され、運ばれていく劉に姿を見た倣華鹿は、劉が死んでいないことも確認できたことでもあるし、気を取り直して張慈円に明るい口調で話しかけた。

「そうだな」

張慈円も同意し、樋口に頷き目で促した。

「こっちはもう私がボタン押すだけで送金可能よ。見て見て?この口座で間違いないわね?合ってる?」

部下も圧勝をおさめ、張慈円の疑いも解けたことで、機嫌の良くなった倣華鹿は、さっきは取引がお流れになっても良いという態度をとったものの、実は内容には興味津々で、かなり前のめりの格好になっては手に持っている端末を、張慈円と樋口に見えるように見せてきた。

あとは送信というボタンを押せば、送金が完了するという画面であった。

その文字通り前のめりの格好が、チャイナドレスの胸元から覗くEはあろうかという胸の谷間が揺れる。

「ああ、その口座番号で間違いない」

張慈円も、樋口もその端末の口座や金額の確認はもちろんしたが、倣華鹿の胸の揺れの確認もきっちりし、当の本人も張慈円や樋口の視線に気づいたが、もともとそういった視線を気にしない倣華鹿は、嫌な顔を見せるどころかにっこりと笑顔を返して見せた。

「うふふっ、あなた達、別に女に困ってるわけじゃないんでしょ?」

倣華鹿はそう言って笑うと、胸元を覆っている旗袍の生地を、上に少し持ち上げて谷間を隠すようにしてから続けた。

「さあ、商売の話を続けましょ?・・とりあえず、こっちのはちゃんと確認できたわね?そっちのも見せてちょうだい。宮コーは私たちをハブってるから、逆に私たちって、宮コーの情報って欲しくなっちゃうのよねえ・・。宮川重工業・・表向きは自動車会社だけど、世界屈指の武器製造会社なのよねえ。ホントわくわくするわぁ・・。こういう情報、定期的にないかしらねえ・・」

予め、ディスクの中身の内容を聞いている倣華鹿であったが、その機密情報が華僑で扱えることになるという興奮を隠しきれないでいる。

表社会では華僑の総帥だが、裏の顔は香港三合会一角、倣一族のボスという権威もありアウトローな立場だが、倣華鹿の元来の性格は、基本的に明るく単純である。

喜怒哀楽の怒の感情を露わにすることは多くないが、怒以外の喜、哀、楽の感情はダダ洩れなのが彼女であった。

倣華鹿は目をキラキラと輝かせ、はやくはやくと言った様子で、樋口に催促の視線を送っている。

「樋口。みせてやってくれ」

「もちろんだよ!みんな驚くと思うよ・・・。こんなのが日本以外で実用化しようものなら・・ってモノが盛沢山さ。欧米や中露も喉から手が出るほど欲しい技術のはずだよ。このデータさえあれば、素材を集められさえすれば製造することは可能だからね」

両手を合わせ待ちきれないとう様子の倣華鹿に、張慈円もはやく見せてやりたくなり、樋口を促す。

樋口も取引達成はもう目前というところまで来ているので、嬉々とした笑顔でそう言うと、テーブルに置いてあるパソコンを起動させてから、足元に置いてあるアタッシュケースに手を伸ばした。

すかっ・・。

しかし、樋口がアタッシュケースの柄を掴もうと手を伸ばしたが、そこには何もなかった。

「あ・・あれ??!」

樋口は再び手を伸ばすが、空しく空気を掴む。

先ほどまであったはずの、ソファと自分の足の間に置いてあったはずのアタッシュケースが無いのだ。

「ど・・どこに?!」

ソファから跳び上がるような勢いで上がり、ソファの周りをぐるっと一周して樋口が狼狽した声を上げた。

「どうしたのだ?樋口」

そんな樋口の様子に、張慈円はイライラした様子で聞いている。

「な・・ない?!なんでだ?!どこにいった!?」

樋口は床に手をついた恰好になって、ソファの下を覗き見るようになって慌てふためいている。

ついには上等なスーツが床の埃に汚れてしまうのも構わず、樋口は顔じゅうに脂汗を浮かべて床を這いまわり、さっきまで確かにあったアタッシュケースを探している。

「・・なに這いまわってるの?なにが無いのかしら?」

先ほどまで、誕生日プレゼントを渡される直前の10代の女の子のような表情だった倣華鹿が、顔の色なく平坦な口調で、床で這いまわる樋口に向かってボソリと問いかけた。

「樋口・・!部屋に忘れてきたのではないのか?!」

「いや!そんなはずはない!確かに持ってきていた。あんな大事なモノを離すわけないじゃないか!」

取引相手の倣華鹿の問いかけに応える心のゆとりは二人にはなく、張慈円と樋口は焦った表情と口調で言い合いだした。

「ええい!ではなぜないのだ!!」

張慈円もさすがにクライアントとは言え、ついに樋口に対して大声を上げてしまう有様である。

そんな二人の様子をしばらく眺めていた倣華鹿は、我慢しきれなくなりその妖艶な唇から歯並びの良い白い歯を覗かせてギリッと噛みしめると、持っていた扇子を握って掌にパシン!と打ち付けてから、ソファに深々と座ったまま眉間にしわを寄せて目を閉じたまま天井を仰いだ。

そして、ゆっくりと立ち上がり、隣で立っていた黒服の部下に、ロングコートを肩に羽織らせている。

「ま、まて。もう少し待て。倣。無くなるはずがないのだ」

立ち去ろうとしている倣華鹿に対し、張慈円らしくもなく慌てた様子で引き留めだす。

今回の取引が成立しなければ、高嶺に高額な費用を払っただけになってしまい、香港三合会の一角を担う新義安の手持ちの現金資産はほとんどゼロになってしまう。

この取引が成立しなければ、事実上新義安は資金不足で組織運営はままならなくなってしまうのだ。

香港三合会最強と歌われる雷帝張慈円ではあるが、組織としての規模、資金力の差は倣の率いる華僑グループとは天と地ほどの差があるのである。

「待て?いつまで待てばいいのよ?ブツを持ってない相手と取引できないでしょ?商談が成立すれば即実行。同時交換が原則でしょ?・・ディスクはいつ私の手に入るの?今手に入らないんでしょ?今日中?今月中?いつなのかはっきり言える?」

カッとヒールの音を響かせて出口に一歩進んだ倣華鹿が、氷のような冷たい目になって顔だけ振り返り張慈円に問いかけた。

「私がいないとディスクは起動しない!・・あれだけ持っていても役には立つモノじゃないんだよ。倣女士!もう少しだけ待ってくれないか?」

「じゃあ、ディスクが無い限り、今のところあなたには何の価値もないということね」

必死で引き留める樋口に対しても、倣華鹿は同様の氷の視線を突き刺すと、冷淡に突き放した。

普段から女性を見下している樋口にとって、倣華鹿の氷のような冷たい目は耐え難いものがあるが、いまの樋口はとてもそれどころではなく、狼狽えきっていた。

そこまで言うと、怒りに身を焼かれそうになった倣華鹿は自省し、怒りを収める為に小さくため息をついてから、慎重に言葉を選びながら同胞の張慈円に向き直った。

「すこし気分を害したけど・・・まあ・・無駄足というほどの酷さではないわね・・暫く疎遠だった張ともこうやって久しぶりに口も聞けたことだし・・ね。張・・今回の件に懲りず、良い儲け話があればまた私にまわしてちょうだい。次はもう少しスマートにね・・じゃ、今回はこれで失礼するわ」

正直、今回の張慈円の仕事ぶりに不満をタラタラ言いたいところであったが、そんなことを言っても仕方ないと判断した倣華鹿は今後の繋ぎだけのセリフを残し、出口に向かって歩き出した。

「華鹿。ちょっと待て」

取引の場から立ち去りだした倣華鹿に、部下であるザビエラが待ったを掛けたのだ。

張慈円と樋口が、意外な助け舟を出したザビエラに対し「おぉ!」と期待の目を向けてくる。

思いがけない部下からの制止の言葉に、カッ!とヒールの音を響かせて倣華鹿は振り返らず歩みを止めた。

「・・・ザビエラ?・・私の決定に口出しするの?私がこういうの我慢できない性質だってことザビエラなら知ってるでしょ?なにか理由があるのかしら?」

普段ザビエラの言動を大抵許している倣華鹿だが、ドアの方を向いているのでその表情こそ見えないが、さすがに今回は不快感を滲ませた声でそう言った。

「しっ!」

自分のボスに対して、かなり失礼ではあるが、ザビエラは人差指を立てて口に当てて、ボスにしゃべらないように促したのだ。

ザビエラとの付き合いの長い倣華鹿は、その妖艶な美貌の表情に不愉快さを滲ませていたが、ザビエラの様子に何かを感じることがあったのか不満顔ながらも口を尖らせたまま口を噤んだ。

「オレもさっきまでその男の傍らにアタッシュケースがあったのは憶えている・・・。それにさっきから気に入らねえ違和感があるんだよなぁ・・。いいか・・?華鹿?張雷帝も?・・兵隊共にもちょっとばかし耐えてもらわなきゃいけねえが・・」

そう言うと、ザビエラは倉庫の壁の上の方にある排気用の小さな小窓付近を見上げている。

「どういうことだザビエラ?」

ザビエラの含みを持った意味深な口調と眼つきに、振り返った倣華鹿は目だけで「任せる」と頷いて見せたが、張慈円は普通に首をかしげている。

「オレの記憶違いじゃなきゃ、最初あの小窓は閉まってたと思うんだよなぁ・・・。だが、優香と劉のヤツが試合する直前、なんか空気の流れが変わったと思って見回したとき何故かあの窓は開いてたんだ・・。最初は勝手に開いたか?と思ったが・・やっぱ戦う前にあいてたよなぁ・・気のせいかと思ったんだが・・。オレもそのケースがそこにあったのは記憶している。それは絶対間違いねえ。・・・ってことは・・あの窓が開いてるのも、オレの勘違いや気のせいじゃねえんじゃねえかって思ってな・・ん?・・やはり少しおかしいぜ・・」

ザビエラは一同の視線を集めながら感想とも説明とも言えないことをしゃべっていたが、説明はめんどくさいと思ったのと、注視していた倉庫2階の窓付近にある違和感を確信し表情を変えて続けた。

「・・・まあ試してみるぜ。・・結構広範囲にいくからな?・・文句は後で聞く!・・・【ショックウェーブオーソレーション】!」

これ以上説明している時間はない。ケースを奪った曲者に逃げられてしまうかもしれない。

そう感じたザビエラは張慈円に軽く断り、片膝を付いてから両手を振りかぶり、手のひらをコンクリートの床にバチンと叩きつけ能力を発動した。

こめかみに血管を浮かべたザビエラの髪の毛が逆立ったその瞬間、建物全体・・否、ザビエラを中心とした広範囲にわたっての空気が、空間自体が振動し出したのだ。

ビリビリビリビリッ!

建物が震え、窓ガラスが振動でガタガタと揺れて、割れて落下してくるものすらある。

「これか。・・凶振ザビエラと呼ばれる所以の範囲攻撃は・・。さっきの優香という女といい、倣の側近は二人とも同系統の能力というわけか・・」

倣華鹿の【容量増加相乗】のことを知る由もない張慈円は、間近で能力を発動したザビエラの振動攻撃をオーラで防御しつつ、噂で聞くが初めて見るザビエラの能力に、素直に脅威と感嘆の言葉を漏らす。

先ほど自身の側近劉幸喜と試合をした優香もザビエラと同系統の能力者であることも張慈円は見抜いていた。

張慈円や倣華鹿や優香は、手加減している様子とはいえ、ザビエラの起こす超振動から身を護るように、オーラを展開し身を守っている。

『ぎゃあああああああ!』

しかし、幹部たちとは違いザビエラの起こした無差別広範囲の技能に耐え切れず、張慈円や倣華鹿たちの黒服の兵隊たちが悲鳴を上げ、頭を抑えたり、自分の身を抱えるようにして身悶え倒れて床でのた打ち回っている。

「悪ぃな・・もうちっとだけ耐えろ!死なねえ程度に加減するのが難しいぜ・・・!ん?!・・見つけたっ!そこだっ!」

能力を発動しながらも部下を心配し、油断もなく周囲を監視していたザビエラは手下たちの声とは違う、明らかに高い声の悲鳴が、あり得ない方向と高さから聞こえてきたのを聞き逃さなかったのだ。

右手を開いて倉庫二階にある排気用の窓に向かって突き出し、ギリギリと握りしめるようにして拳を作り上げる。

ザビエラの手の動きに合わせ空間が歪み、建物の外壁や鉄骨、ダクトやアルミサッシなどが引き千切られてゆく。

「おらっ!出て来やがれ!」

バキバキッ!ギギギギィ!

ザビエラの手の動きに引っ張られるようにして、金属や建材がけたたましい音を立て引き裂かれると同時に、何もないところに人影が悲鳴と共に現れた。

「きゃあああああああああ!」

ザビエラの起こした超振動の塊が球形となって、中心に収束したと同時に、何もないところから突然女が悲鳴と共に現れたのだ。

その女は全身にぴったりとしたスーツを着込んでいる。

そして女の手には、樋口が先ほどまで足元に置いてあったアタッシュケースが握られていた。

「不可視化能力か!オレの目を欺くとはなかなかの隠蔽力だが、その能力を持ちながら先手で仕掛けてこなかったってこたぁ、てめえがその能力以外は、たいしたことないって自分で言ってるようなもんだぜ!見つけちまえばこっちのもんだ!・・おい!てめえら!ボサッとしてねえで行け!ケースを落すな!」

能力を解除したザビエラが黒服の手下たちに指示を飛ばすと同時に、樋口もアタッシュケースがあったことに、なにやら大声で安堵の声を上げている。

姿を現した曲者の女と一緒にアタッシュケースも落下してきている。

その真下付近に、張慈円の部下たちがケースを落すまいと必死に駆けつけだしていた。

アタッシュケースが見つかり、それを手下たちが受け止めそうであることに張慈円も倣華鹿もほっとした表情になっている。

しかし、ザビエラの起こした超振動が、排気用窓のすぐ下にあった配線ダクトを巻き込んで、引き裂いたとき、潜伏していたもう一人の予期せぬ人物が飛び出したのだった。

第9章 歪と失脚からの脱出 45話 菊沢宏と猫柳美琴

第9章 歪と失脚からの脱出 45話 菊沢宏と猫柳美琴

「うぉおお!?な、なんやぁ!?」

「もう一匹いやがったのか!?そのドロボウ猫の仲間か!」

予想外に現れた上半身裸でサングラスを掛けたムキムキというよりは所謂細マッチョの男のことを、ザビエラが二人を仲間同士だと思ったのも無理はない。

着ている服装も類似しているし、なによりこのタイミングで別組織の者が居合わせるとも考えにくいからだ。

ザビエラが、優香と劉が試合を開始する前に感じた気配は、宏ではなく、宏が身を隠していた配線ダクトのすぐ上にある排気用の窓にいた猫柳美琴の気配であったのだ。

服装からして、二人とも同じ組織の人間と判断したザビエラはまとめて捕縛する方向で良いと判断を下す。

「きっ貴様はっ・・・き、菊沢宏!!その刀は、和泉守兼定!・・ということは貴様!あの千原奈津紀を敗ったのか・・?!」

上半身裸にサングラス、肌の見えているところは刀傷で朱に染まっている部分も多いが、抜き身の刀を背負った筋骨隆々の宏に張慈円が驚きの声を上げた。

「ちっ!なんや妙な気配する思たらミコにゃんあったんか。まあ・・バレてしもたんならしゃーない!千原・・・思い出したくもないが、そうや!お前みたいなカスに雇われても、あの女は律儀に仕事を全うしようとしてたで!ほんま胸糞悪いったらないわ!お前みたいなクソカスに義理立てして命まで失うことになるなんて、浮かばれへん女やで。あんな後味悪い気分にさせられたことあらへん。張慈円お前もうホンマそろそろ死ねや!」

宏はそう言って張慈円を罵ったものの、ザビエラの攻撃で気を失って落下し出したアーマースーツの女、猫柳美琴を空中でキャッチし、ついでに手を伸ばしてアタッシュケースも器用に掴んで、排気用窓の枠に手を掛けた。

ダクト内から様子をうかがっていた時は、この状況で戦うのは得策ではないと冷静に判断していたのだが、潜んでいるのがバレてしまった今、そして、張慈円と言葉を交わしたことでボルテージの上がった宏は、戦うと覚悟を決めたのだった。

しかし、宏の女性を護るというフェミニスト魂で勝手に身体が動いてしまい、これから起こる戦いに不利になるとわかっていて猫柳美琴をキャッチしてしまったのである。

「ああ!ケースが!」

宏にケースを奪われた樋口が悲痛な悲鳴をあげる。

「ち・・千原が、あの千原奈津紀を本当に打ち負かしたというのか・・・!信じられん・・!あ奴を屠るなどあり得んぞ・・・!」

張慈円はいまだに宏が千原奈津紀を敗ったのが信じられない様子でいた。

張慈円はボディガードを依頼していた千原奈津紀とは3か月ほど行動を共にしていたのだ。

その間、行動を共にしていると見ようと思わずとも、奈津紀の脚や胸元は男性ならだれでも性欲をそそられる肉付き、ましてや好色家で有名な趙慈円が千奈津紀の美貌と体に興味を持たないはずもなくその結果、何度も襲い掛かって千原奈津紀の貞操を頂こうかと思って機会を伺っていたのだった。

だが本日まで千原奈津紀にはまるっきり隙がなく、力づくで襲い掛かる想定で千原を観察していても手に負える相手ではないと感じていたのである。

(認めたくはないが・・まともに戦えば千原は俺より強かったはずだ・・それを、あの菊沢の小僧が敗っただと・・?!あの小僧はそれほどの奴だったというのか・・・?いや・・単に相性・・いや、千原をはじめ高嶺の奴らは剣を使った正攻法が基本だ・・。単純な戦闘であれば、相性の良し悪しという隙は出来にくい・・。やはりそれほどの者だということか・・!・・しかし、しかしだ・・。いまこの状況でなら奴と戦うのはかえって好都合かもしれん)

表情はともかく張慈円の内心の動揺は大きい、そしてチラと倣華鹿とその部下たちを算段にいれて口角をあげ掛けたものの、同門の女ボスの目はハート形になっていた。

「・・まあ?」

張慈円は倣華鹿たちの戦力をアテにしていたのだが、倣華鹿は突然登場した上半身裸で筋骨隆々のサングラス男に心を奪われた顔をし、染めた頬に両手を当てているの姿を見てガクリと脱力する。

「華鹿!なにこじらせてやがんだ!オレらに察知されずにこの距離まで近づいた二人組だぞ!油断するんじゃねえ!」

ザビエラの声にハッとした倣華鹿は、ゴホンと咳ばらいをして表情を引き締めた。

倣華鹿がオーラを収束させると倉庫内の温度が一気に下がる。

「浮遊氷槍陣!・・ザビエラ、優香行きなさい!何としてもケースを奪い返すのよ」

先ほどとは違い、ザビエラの叱咤で正気に戻った倣華鹿の行動は速かった。

張慈円とは違い、千原奈津紀の力量などを感知する機会などなかった故に、千原奈津紀を破った菊沢宏の力量を知らないから動けたということもある。

倣華鹿の能力で倉庫内の温度が一気に下がったことで、息の白くなった二人の部下が応える。

「ぃよし!・・華鹿は自分の防御に専念してろ!優香行くぞ!」

「ええっ!」

倣華鹿は自身の周囲に64本の氷の槍を発現させると、周囲に展開させて曲者に備える氷の槍でできた防護陣を張り巡らせる。

ザビエラや優香が自分から離れても心置きなく戦えるように自身の安全を確保したのだ。

そのうえで、二人の部下に対しては、けしかけるような指示を下したのだった。

その二人の部下は、主人の指示に応えると機敏な動きで上階へと飛ぶ。

「張!手を貸してあげるわ。本来はあなたが奪い返さなきゃいけないモノのはずよ?」

倣華鹿は、となりで未だ動かずにいる張慈円に対し、自身の知る張慈円らしからぬ様子に訝しながらも声をかける。

「貴様ら!奴らを捕えろ!殺しても構わん!だがケースをキズつけるな!」

張慈円も正気に戻ったのか、部下にそう怒鳴ると、張の手下たちは手にした銃を構え一斉に構えた。

「ちっ。改造トカレフにアクテクばっかかよ。ろくなもん持っちゃいねえな・・。そんなボロで撃つな!ケースに当たる!オレたちがやるからてめえらは逃がさねえように囲め!」

優香より先行していたザビエラが、張慈円の部下が手にしている銃の粗悪さにケチをつつも、越権行為だとは思ったが張の部下にも指示を出して怒鳴り声をあげた。

その指示に張慈円の部下たちもケースを撃ち抜いてしまうことを怖れ、ザビエラの指示に従うように動きだす。

一方、ザビエラと同時に飛びあがっていた優香は、指示しているために立ち止まったザビエラを追いこし、階下から一気に肉薄してきた優香が宏に向かって拳を繰り出した。

ぶぅん!

肉体強化をしたうえ、振動も纏った拳が物騒な唸りをあげて宏を掠めた。

「麗華!おまえなんでこんなところに居るんや?!俺のこと忘れたんか?」

宏に初撃を躱されたことで、驚き表情を引き締めなおした優香に向かって宏は訴えた。

「ちっ!今のを避けるなんてね・・!・・衝撃入魂!死ね!」

しかし、優香は宏の問いかけを無視して吼えると、再び凶悪な振動のオーラを纏った左手の拳で宏にボディブローを打ち込んだ。

どしぃいいいいん!

猫柳美琴を抱え、アタッシュケースを掴んだまま窓枠を掴んでいた宏の腹部に、優香の渾身の拳が突き刺さる。

倉庫中をビリビリと震わせる強打が、かつての上司の腹部に容赦なく叩き込まれ、宏は身体をくの字に折り曲げて呻く。

「・・くぅ・・」

「えっ?!」

しかし、攻撃をまともに喰らわせたほうの優香のほうが驚きの声をあげた。

(そんな・・まともに入ったはず!?さっきの試合の時と違って全力でぶち込んだのに・・・!こいつ・・・何者なの?!!)

攻撃が成功したことで相手の実力の片鱗がわかり、優香は激しく戦慄したが宏も驚いていた。

(麗華がこんな技使えたなんて聞いたことあらへん・・・!)

優香としては一撃で必殺するはずのつもりで放った一撃であったが、宏にとっては想像以上の威力ではあったものの、ノックアウトさせられるほどではない。

「ザビエラ!!」

渾身の一撃で相手を戦闘不能にできなかった焦った優香は、すでにすぐ近くまで追ってきているであろう同僚の名を呼ぶ。

「十分だ優香!おらよぉっ!」

どごおぉおおおん!

追いついてきたザビエラが優香の背後から飛び出し、オーバーヘッドキックで宏を階下まで一気に蹴り落す。

(っくっそ!・・麗華より数段威力がありやがる!・・この二人相手にしながら張慈円か・・・いけるか・・?テツやモゲが来てくれたらええんやが、あの二人も高嶺のねーちゃんら抑えとるはずや・・。あの千原いう女並みの剣士がもう二人も現れたら、それこそ収拾がつかへん・・。今がチャンス・・か)

ザビエラの蹴りにもオーラによる衝撃が宿っており、宏は何とか肘でガードしたものの、肘から脳天にかけて鋭い痛みが駆け抜ける。

(能力者は・・この二人に張慈円と樋口で4人・・いや、華僑の女ボスも能力者のはずや5人か!いくら何でも無茶苦茶やがな・・・。ミコにゃんもほっとかれへんし・・。しかし、あんな状態になった麗華をどうする?!そっちが1番ほっとかれへん案件やないか・・!)

どしんっ!

蹴り下ろされながら敵戦力を冷静に分析しつつも、なんとか空中で一回転し両足で着地する。

しかし、宏の窮地は変わらない。

「死ね菊沢宏!」

バチバチと、張慈円の放った青白い光が着地した直後の宏と無防備な美琴の体中を駆け抜ける。

「ぐっ!カス慈円の野郎が!狡いタイミング狙いやがってからに!」

バチバチと迸る青白い電撃を耐えて張慈円に吼えた時、宏の抱えている美琴が苦しそうに呻いた。

「く・・っは・・っ!?」

ほとんど宏が防御したとはいえ、今の張慈円の電撃攻撃のダメージで美琴は目が覚めたのである。

「え・・っ!?菊沢宏!?・・えっ!・・痛つつつ!で・・電流!?雷帝!!?」

「起きたんかミコにゃん!自分で立てるな?」

「わ、私見つかって・・・、ってこの状況は・・・!ああああ!ど、どうしよう!うわあああ!」

電撃の激痛で目を覚ましたものの、なぜか菊沢宏に抱えられた状況で、周りは美琴から見れば、香港マフィアのそうそうたる顔ぶれの悪党が戦闘態勢で囲んでいたのだ。

「ひぃ!ひあああ!わ、私は頼まれただけで・・!」

宏に抱えられたままの美琴はじたばたと手足を動かし逃げようとしたが、いま下手に動き回られても敵に殺されるか捕まってしまうと判断した宏が、美琴の細腰をぎゅっと抱えて太い落ち着いた声で、美琴に話しかけた。

「ミコにゃん落ち着けや。とりあえずケース持って自分で立つんや。ってミコにゃん。って言うか・・ミコにゃん普通に喋れるんやな・・・」

「そ・・そんなこと今どうだっていいでしょう?!」

宏にそう言われ、地上に足を下ろされたが、美琴はこんな状況でどうしていいかわからないほど混乱して宏に怒鳴り返した。

「お取込み中ごめんねナイスガイさん。・・六華垂氷刃」

「うぉ!くそがっ!」

「ひゃぁあ!」

宏と美琴のやり取りを少し眺めていた倣華鹿が、用意し練り込んでいた大技を不可避な広範囲に広げて放ってきたのだ。

躱せば美琴がズタズタにされる。

宏はオーラ防御を展開し、迫りくる氷の刃と、上空から迫ってきているはずのザビエラと麗華に備えた。

澄んだ音を響かせて6枚の氷結晶の形をした刃が、宏に襲い掛かりズタズタに切り刻むはずであったが、氷の刃はギリギリのところ止まったのだ。

「ちっ!どういうつもりや」

宏が鋭く舌打ちしたのは、術者が意図をもって氷の刃を止めたのがわかったからである。

6枚の花の形をした氷の結晶の他にも、64本の氷の槍が周囲に浮かび、宏に照準を付けているかのようにその尖った先端を向けている。

「大人しくケースをわたしなさい。・・やっぱり間近で見るといい身体・・・ウデも立つし殺すのは惜しいわね・・(ポッ)」

着地したザビエラと優香が、頬を染めた倣華鹿の左右に立ち宏を警戒するように構えた。

「また悪い癖がでたのかよ華鹿!・・不用意に近づくな!抱えられてる女はともかく、こいつぁ強ええぞ」

ザビエラがまたかよ。といった様子で倣華鹿を窘めるが、本人は宏を氷の刃と氷の槍で囲んだまま、興味深そうに喋り出した。

「だからよ。いい男じゃない。優香やザビエラの衝撃波にも耐えるタフさ・・。それに見て。戦意を失った味方を庇うように立っている男気にも感じいっちゃうわ・・顔が見たいわねえ。・・・ねえ、ナイスガイさん。サングラス取ってみせてよ。ここにはどんな用で来たの?・・私の名前は倣華鹿、香港三合会の三幹部の一人、華僑の倣華鹿って言えば知ってるかしら?・・あなたの名前を教えてくれないかしら?そんなに警戒しないで?私あなたのこと気に入っただけよ?・・でも話の前にそのケースを手放してもらえないかしら?この状況じゃあ悪い話じゃないはずよ?ねえ、どうかしら?」

「おい倣!とっとと殺した方がよい相手だぞ!」

体中に帯電して髪の毛を逆立たせて構えている張慈円が、同門の元同僚が菊沢宏に興味を持ち懐柔しようとし出したのを鋭くたしなめるが、宏に興味を持った当の倣華鹿は諦める様子はなさそうだ。

「こんな状況じゃ、いくら腕が立ってもどうもできないわよ。ねえ、ナイスガイさん?少しお話しましょうよ?」

倣華鹿の様子に電気を纏った張慈円が不快そうに鋭く舌打ちをしたが、取引相手でもある倣華鹿に強く言うこともできず、不服ながら言葉を噤んだ。

そんな香港三合会の幹部同士の会話をサングラス越しに眺めていた宏は、ゆっくりと口を開く。

「いっぱい質問してきよって・・あんたのその質問の前に、まずはその女のこと教えてもらおか?」

猫柳美琴を自力で立たせたことで空いた手で、宏は麗華を指さしてそう問いかけた。

「え?私より優香の方が好みだっていうの?!・・・そりゃ優香のほうが私より若いかもしれないけどさ・・私だってなかなかのもんじゃない?」

「・・あほか・・もう少ししっかりしてくれ。敵にアホだと思われるだろうが」

倣華鹿とザビエラがいつものやり取りをしだす。

「ちゃうわ!・・そいつの名前は優香やないっ寺野麗華!それで俺の中高大学の同級生で、今現在も俺の同僚や!なんでウチの麗華がマフィアの女なんかと居るんや?おい!麗華!みんな心配してるんやで?どこほっつき歩いとったんや!」

倣華鹿とザビエラのやり取りを遮るように大声をあげた宏であったが、優香こと寺野麗華は戸惑いの表情を浮かべながらも油断なく宏を睨み言い返してきた。

「・・・誰だ?お前なんか知らない。その名で呼ぶな・・私は優香。湯島優香だ。華鹿さまを御守りする盾。だが・・・貴様も華鹿さまの情けを受けるのならば私たちの同胞だ。華鹿さまの恩情の言葉にさっさと答えろ」

「麗華・・お前・・ふざけてんちゃうんかい?・・・ふぅぅ・・・ほんまに俺のことがわからへんのか・・?」

倣華鹿の前で、隙なく構えた格好のままでいる優香に、宏は呟くような小さな声で呪詛を掛けられてしまっているであろう麗華の様子に落胆したが、麗華の後ろに涼し気な笑顔で立ち、扇子を手でもてあそんでいる倣華鹿を怒りの形相で睨みつけた。

「・・お前か?」

「え?」

「麗華に何しやがったんや!?張慈円!お前麗華さらってなにさらしとんじゃ!スノウやお嬢・・美佳帆さんみたいに凌辱するだけじゃ飽き足らず、洗脳までしよったんか!?」

こめかみに極太の血管を立たせた宏が、サングラス越しでもわかる怒りを燃やしながら倣華鹿と張慈円に怒鳴った。

「ふんっ!俺の知ったことではない!しかし、そうだとしたらどうだというのだ!?」

「ちょっとちょっとなに怒ってるのよ。洗脳なんてしてないわよ。そんな能力持ち合わせちゃいないわよ」

挑発する張慈円とは違い、倣華鹿はサングラス男の突然の怒りが理解できなかった。

おそらくサングラス男は、優香の以前の知り合いではあったのだろうが、倣華鹿の【契約】も【容量増加相乗】も当人同士の同意が無ければ成立しない能力である。

優香の知人であるかもしれない一人の男に、ここまでの怒りを向けられるほどの言われはない。

「お前が術者やな・・?」

怒りの形相の宏の目が倣華鹿に向けられ、サングラス越しに赤く光って見えた。

「な・・なに?!」

宏に対して友好的な笑顔で話しかけていた倣華鹿の表情から笑みが消え、ヒールを鳴らして後ずさりした。

もともとガチの戦闘を好まない倣華鹿は、宏のあまりの迫力と圧力に気圧されたのだった。

宏が床を蹴り動いた。

青白いオーラの筋が縦に一閃する。

鮮血が天井に迸った。

「やっ!野郎ぉお!!」

突然ザビエラが焦った声で吠え、咄嗟に倣華鹿を突き飛ばして宏の顔面に拳を叩き込むと同時に鮮血が天井に迸る。

派手に宏が床に倒れ、そのまま殴られた衝撃で壁の方まで吹き飛んだ。

宏が壁に激突してからすぐに、倉庫の床にどさり・・!と何かが落ちた音がしたあと、ぱたたた・・と先ほど天井に向かって巻き上がった赤い液体が滴り落ちる音が響く。

「え・・?・・え?・・・ぁあ!」

突き飛ばされ床に膝と尻をついた倣華鹿は、いきなりのことで放心し、狼狽しつつ、なぜ右手に持っていた扇子を掴んでいられないのかが分かず、右腕を確かめるように左手で空を掴んでいた。

「華鹿さま!」

「く・・クッソ野郎がぁ!」

座り込んだ倣華鹿に駆け寄る優香、殴った格好のまま顔を歪め、宏を睨みつけているザビエラ、腕を肩口から斬り落とされ瞳孔の開いた目で信じられないといった表情で、傷口を眺めて放心しているへたり込んでいる倣華鹿。

扇子を握ったままの女の腕が血まみれで床に転がっている。

「そ・・そんな・・わ・・わたしの・・・・?」

腕を斬り飛ばされはしたが、ザビエラが突き飛ばさなければ、倣華鹿の上半身は心臓から脳天にかけて裂かれていたはずであったのだ。

豪奢な旗袍とロングコートを血と埃塗れにして蹲っている華僑の女ボスは、信じられないという表情で放心している。

倣華鹿の様子など気にした様子もなく、ザビエラの渾身の一撃を受けながらも立ち上がった男はサングラスを外した。

その瞳はその男の怒りを表すように赤く、深く紅に染まっていた。

女は不殺と誓っていた菊沢宏は、千原奈津紀の覚悟に応えようと自分のルールを曲げようとしたが思いとどまった。

それは、千原奈津紀の覚悟以上に、殺すには惜しい女だと感じたからだった。

結果は宏の思い通りにはいかなかったが、宏は千原奈津紀にとどめを刺す気は無かった。

しかし、寺野麗華に添付された呪詛を解除させる条件の一つが術者の殺害の可能性が高いと判断した宏に迷いはなかった。

中学生時代からの幼馴染であり、今も部下であり仕事仲間であるはずの寺野麗華の洗脳を解くためであれば、師匠から教えられた女は不殺という誓いを破るのは些かの躊躇も感じなかったのだ。

「カス慈円・・・マフィアのボス猿女・・・そのお付きのデカい女・・・ついでに樋口っおのれもや・・・おのれら全員八つ裂きにして魚の餌にしたるさかい覚悟はええか・・・」

静かだがその場にいる全員に確かに聞こえるくらいの声量で、宏の怒りのこもった言葉が倉庫内に響くと、宏の真紅に変色した目はさらに赤みを帯び、宏の身体から発散されているオーラの絶対量がけた違いに増え続けていっていた。

【第9章 歪と失脚からの脱出 45話 菊沢宏と猫柳美琴終わり】46話へ続く

第9章 歪と失脚からの脱出 46話 覚醒したバツイチキャリアウーマン

第9章 歪と失脚からの脱出 46話 覚醒したバツイチキャリアウーマン

制服を着た守衛たちが、私の前を走る人物の顔を確認できる距離まで来た時、驚きの表情で立ち止まり敬礼し、私にまで直立して敬礼をしてくる。

私は、火事の炎で舞い上がる黒煙を赤々と照らされている夜空を見上げつつ、宮川コーポレーション敷地内を駆けていた。

前を走る長髪細身の上司、宮川佐恵子の駆ける速度はこれが人間の速度なの?と疑うほど速いのだが、何故かその速度についていけている自分の脚力が信じられない。

いや、私自身も足は遅い方ではないが、久しぶりの全力疾走にしては、周りの景色の過ぎ方が早すぎるのだ。

(こんなことって・・!)

自分の足の動きに目をやると、歩道路面を彩るタイルが過ぎ去っていく速度と自分の足の動きの速さが、今の速度が気のせいではないことを実感させられる。

自分の身に何が起こったのか頭が整理し終わらないうちに、前を駆けていた長髪細身の上司、宮川佐恵子が社屋入口の自動ドアの前で立ち止まった。

夜中であるためドアの電源が落ちていると判断したのであろう。

宮川社長は、なんと手動でその自動ドアを開けだしたのだ。

ギギギギギ・・。

「しゃ・・社長・・」

宮川コーポレーション関西支社の入口の自動ドアは巨大で、高さが3m以上あり、ドア幅も片側だけで2m以上はある。

それにガラスドアの厚みは、2cmはあろうかというほど分厚かった。

おそらくそのガラスドアが、目の前でそれを開けようとしている宮川社長自身の体重より重いのは間違いない。

(お、おかしいわ。社長こんなに細いのにこの腕力。・・非現実的すぎる)

宮川社長が、細い肩に細い腕でガラスドアを押し開けていく背中を見て、こんな力が一体この細身のどこにあるのか不思議だった。

「開きましたわ。すぐ閉まりだしてしまうはずですから急いで」

ガラスドアを滑らせて少し隙間をつくって振り返った宮川社長が、少し焦った口調なものの平時とそう変わらぬ様子で言ってくる。

そして、その身を滑り込ませ社内に社内に入って、私にも入ってくるように頷いている。

その重みからか、はたまた力が加わらなくなると自動的に閉まってしまう構造なのかはわからないが、その重く分厚いガラスドアはゆっくりと徐々に閉じ始めている。

私は慌てて社長のように、身を横にして、少し隙間の出来た自動ドアから身を滑り込ます。

しかし、思惑通りに行かず、85㎝ほどあるDカップの胸と自分でも少し気にしてる88㎝のヒップが、ガッと透明なガラスの自動ドアにぶつかってしまった。

「ちょ!・・そ、そんなのって・・あんまりじゃない・・」

(私も産後少し太っちゃったけど、まだまだ若い子にもナンパされちゃうくらいなのよ。それに、このプロポーションを維持することにだって努力もしているのに・・しゃ、社長が細すぎるだけだわ・・!)

しかし、その努力の甲斐も空しく、上司の佐恵子が難なく通り抜けた隙間にそのプロポーションゆえ引っかかってしまったのであった。

とりあえず自分が太いのではないと言いきかせ、心中で言い訳すると、背負っている木刀が入った竹刀袋を手に持ち替え、社長より少し女性的であると位置づけをした、自慢の胸とヒップを、閉じかけた自動ドアの隙間に無理やりねじ込んで通り抜ける。

実際に、男性受けするプロポーションで比べれば香澄に軍配が上がるところであるが、とかく女と言う生き物はそういうところが気になってしまうところがある。

「香澄!エレベーターも止まっているわ!階段で行きますわよ?」

あわやガラスドアに挟まって潰されてしまうかもしれなかった可能性に身をゾッとさせる暇もなく、エレベーターのボタンを連打していた宮川佐恵子が、パネルボタンの電源が落ちていることに「やっぱり!」と言い、悔しそうに地面を踏み付けてから、私にに向き直ってそう言ってきた。

「は、はい。ってでも社長。ここって本社じゃないですか?ここなんですか?社長を呼び出したの人がいるのは?それにこの騒ぎは・・やっぱり火事ですよね?どうして消防車が一台も着てないんです?」

「ええ。そうここにいますわ・・。消防車は呼んでないでしょうし、呼んでも無駄ですわ。放水の水なんかであの炎が消えるはずがありません」

香澄の問いかけに佐恵子はエレベーターの隣にある非常階段に通じる大きな金属製の扉をあけながら振り返らずにそう言っている。

(どういうことかしら・・?)

普段、ランニング時に来ているトレーニングウェア姿にシューズという格好で、非常階段を駆け上がりながら、少し前を駆けている上司の背中を見ながら困惑顔でそう呟く。

どのぐらい階段を上ったのだろうか。

こんな速度で階段を駆け上がってもほとんど疲労を感じない自分の体力に驚きながら登っていた時、階段室の壁に10と大きく書かれた扉の前で長髪を靡かせて走っていた社長が立ち止まって振り返った。

「香澄・・。先に謝っておきますわね」

宮川コーポレーション関西支社に宮川社長が向かった時から、社長が悪漢に呼び出されたとの推測は勘違いだったのかもと感じていた。

そして、真剣な面持ちで先に謝ると言っている宮川社長をみて、もっと別の理由、そして悪漢とは違う人物に呼ばれてたのだと確信する。

「・・・社長。・・私勘違いしてたんですね。でも、どうして木刀まで持ち出した私について来てと言ったのです?」

宮川社長がレイプでもされて、それをネタに脅されているのかも・・と早とちりをしてしまっていたのを気恥ずかしく思ったが、目の前で膝に手を付き、はぁはぁと息を切らせている宮川社長に対し、新たに沸いてきた疑問をぶつけてみる。

「わたくしを呼んだのは、わたくしの元部下ですわ。その部下がいま窮地にいるはずなのです」

息を整えた宮川社長が言った内容は理解できるが、なぜ急にそんなことになったのかはわからないし、いったい誰のことことなのかはさっぱりわからない。

「部下の方・・ということなら、いったい誰がその部下の方を窮地に陥れているというんですか?ここは宮コー関西支社・・社長の古巣じゃないですか。社長にとっては嫌な思いをしたところかもしれませんが、そんな窮地に陥るような危険なんてあるんです?」

息を切らしている宮川社長に急かすように問いただしたくはないが、聞かないことにはわからない。

「わたくしの予想が甘く・・あってしまったのです。わたくしの元部下を襲っているのは紅音・・緋村紅音ですわ。紅蓮とも呼ばれています」

「ぐ、紅蓮・・??社長の代わりに関西支社長に就任したあの赤髪の方ですよね・・?」

息を整えようとしながら、答える宮川社長が出した意外な名前に驚いて聞き返した。

「ええそう。彼女は能力者で恐るべき力を持ってますの。力量で言えばわたくしを上回るでしょう。まともに戦えば勝ち目は無いのですが・・わたくしは紅音を止めねばなりません」

いまの宮川社長の表情や、私の部屋からここに向かってくるまでの様子では社長が嘘を言っているようには見えない。

「ちょっとまってください・・!どういうことです?能力者で恐るべき力って・・緋村支社長は短気なところもあるけど、優秀な方だというお話は聞き及んでます。でも今の社長のお話を聞く限りですと・・私の思っている緋村社長とは違う方なのですか?」

いまだに能力者という単語や、緋村支社長が紅蓮という二つ名を持っていることに、一瞬馬鹿げた話だと、疑いを禁じ得ないところがあるが、目の前の宮川社長の表情は真剣そのものであるし、実際宮川コーポレーション関西支社は先ほど外から見る限り大火事であるし、社内で僅かに残っている社員も大騒ぎで、侵入してきた私たちに構うゆとりもなさそうである。

「いえ・・その緋村社長ですわ。通称紅蓮。宮川十指と呼ばれる能力者の中の一人。オーラ容量ならわたくしと同等程度の力を持った能力者ですが、その能力はわたくしよりもずっと攻撃的なのです」

「な、なにをおっしゃってるのです?攻撃的って・・」

更に質問を続けたかったのであるが、宮川社長は手で質問を遮ってきた。

「・・香澄。ありがとう。ここまで来ればもう大丈夫ですわ。社の入口に支社の部長クラス以上の能力者が見張っていれば、わたくし一人では社内に入り込めないと思って香澄に同行していただきましたが、もう大丈夫ですわ。・・ここまで来ればわたくし一人で紅音のところまでいけます。香澄はここの踊り場で待っていてください。10階の踊り場は広くて用具置き場も兼ねていますから、誰かがここを通っても十分身を隠せます。隠れていればおいそれと見つかりませんわ」

「どうも話がよくわかりませんが・・、要約すると社長の元部下の方が、緋村支社長に襲われている・・ということですか?」

「・・そうですけれども、香澄はここにいてください。誰かきても決して声を掛けたりせず、隠れていてください」

「何を言ってるんですか。そんな危険があるなら、なおさら社長の近くに私がいたほうがいいですよ。あの緋村支社長がそんな武闘派とは知りませんでしたが・・、社長には手を出させませんよ。社長は私と比べると、痩せてますし、腕なんてそんなに華奢なんですから・・」

「・・わ、わたくしが華奢・・?見た目だけで判断してはいけませんわ・・って・・今はそんなこと言っている時間はありません。いいですか?香澄がいかにその木刀の扱いに長けているとしても、支社にいる幹部クラスの能力者にはおそらく一人では歯が立ちませんわ。宮コーの社員の人間には見つからないようにしてください。公安にも連絡してありますから、公安が来るまで隠れていてください。わかりましたね香澄?」

社長の言葉に納得できず、言葉を返す。

「私も行きますから」

「・・・聞き分けてくれないつもりなのですか?私とペアなら紅音以外なら乗り切れると思いますが、これより先は紅音がいます。・・・紅音相手だと香澄を連れて行くわけにはいきませんの。ここまで連れてきてなんなのですが、ここで隠れていてください」

きっぱり言い切った私の様子に、むっとした表情になった支社長が言い返してくる。

そのとき、階段室の上階のほうで何かが倒壊するような大きな音が響き渡ると同時に、階段室の上階から真っ赤な炎が見え、その直後に暴風が吹きつけてきた。

「きゃっ!」

「あ‥紅音!・・美佳帆さま・・!香澄はここで隠れていて!」

上階が倒壊し出したため、振ってくる瓦礫の破片に身を屈め、火の粉を手で払ったとき、宮川社長は上階をキッと睨んでそう言うと、一気に11階まで跳躍してさらに階段を駆け上がっていってしまった。

「えっ!!?ちょっ・・!ど、どんな運動神経してるの・・!?」

みえなくなった社長の姿に向かってそう言って見るが、もちろん返事はない。

最近、自分自身の体調や、身体能力も若返ったのかしらと思うほど調子がよかったのだが、今日宮川社長と一緒に街中を走り抜けた時といい、いまの宮川社長の動きといい明らかに人間離れしている。

「・・・ひょっとして私の身体にも何か変化が・・・?」

何日にもわたって、神田川真理と両手を繋ぎ、何時間もストレッチとヨガをさせられ続けたが、その時から身体の調子がすこぶる良い。

無意識に竹刀袋から木刀を取り出し、竹刀袋をポケットにしまってから構える。

胴着や防具も付けておらず、ランニング時の格好で傍目には変に見えるかも・・と思ったが、構えた瞬間に周囲が良く見渡せた。

「え・・?」

視野がほぼ300度にまで、見えているかの如く感覚が研ぎ澄まされている。

握った木刀が身体の一部であるかのような錯覚すら起こり、鋭気がみなぎってきた。

「こんなことって・・竹刀はともかく木刀なんて何年も握ってなかったのに・・」

今までにない鋭い感覚に、戸惑いを感じつつも久しぶりに握る木刀の鋭敏すぎる自身との一体感に深呼吸をし心を落ち着かせてみるが、その感覚はいささかも喪失する様子すらない。

「・・・」

学生時代に仲間内で試合形式ではなく仕合、いわゆる命のやり取りを模した荒稽古をしていたときの得意の構えを無意識にとっていた。

先ほど天井に空いた大穴から、時々パラパラとコンクリートの破片が落ちてきているが、前面、上方、左右は300度程度が視認もしていないのに、何があるのか手に取るようにわかる。

全身を鳥肌が覆う。

自分自身が身に宿している力が偽りでなく、真に力のある感覚だと脳が理解している。

「・・・信じられないわ」

パラパラと時折堕ちてきている小さな破片に混ざって、人の頭ほどのある瓦礫が3個ほど落下してきているのが、見てもないのに視える。

腰を落として切っ先を横に倒し、左手で握った木刀の峰に軽く右手を添え落下してきている一番大きな瓦礫に向かって床を蹴り、かつて得意としていた左片手平刺突を放つ。

木刀が一番大きな瓦礫のど真ん中に風穴をあけて粉砕すると、香澄は続けて左手のみの返す刀で残りのもう一つも難なく切り上げ、両手に握りかえてから最後の一つを真っ二つに切り落とす。

「み・・みえる・・。私の身体・・・どうしちゃったのかしら・・。・・・夢・・なの?」

自分の動きや感覚が、鋭敏すぎるのが信じられない。

しかし、感覚が鋭敏になっているのは気のせいではない。

「だ・・だれ!?」

先ほど駆け上がってきた非常階段の階下から確かに気配を感じるからだ。

「げはは。剣を使うのがいるとは聞いたことが無い。見たところ初めて見る顔だが、お嬢様にもお前のような剣士の部下がいたとは初耳だな。しかも構えからして天然理心流か。俺としては因縁を感じるが・・」

身長190㎝はあろうかというスーツ姿の巨漢の男が、のしのしと階段を上がってきていたのだ。

「・・どちらさまですか?」

(誰とも合わないように隠れてろっていわれたけど・・、自分の感覚に夢中になっちゃったわね・・。でも、見つかっちゃったらしょうがないわ。でも、この人・・宮コーの人っぽくない?なんだか下品であり得ない笑い方してるけど・・)

「どちらさまですか?ってご挨拶だなおい。勝手に侵入してきてるのはそっちの方じゃないか。ええ?・・お嬢さん?お嬢さんのほうから名乗ったらどうかね?」

「・・・失礼しました。宮川アシストの岩堀です。宮川社長と同行してまいりましたが、先ほど社長は用があるとのことで、先に行かれたところです」

巨漢男の外見と歩き方と笑い方は品もなかったのだが、確かに礼を失しているのは自分のほうなので、素直に名乗ってしまった。

「ふんふん・・、律儀にどうも。侵入者がまさかまともに名乗るとは・・。俺も名乗るとしよう岩堀殿。俺は紅露。紅露孝也だ。宮川コーポレーションでの剣客といえばまずは一番に俺の名が上がるだろう。剣を使うモンは宮川では少なくてなあ。今の平手刺突はなかなか見事だった。久しぶりにいいものを見た。剣技もさることながら、岩堀殿の姿は目の保養になった。げははははははは。・・・失敬失敬」

巨漢男は外見や声色ほど下品な男でない風でだと思ったが、最後の一言で一気に下品な顔に見え、ジロジロとこちらの様子を伺っている目付も厭らしく見えてきた。

「やはりこうであるべきだな。名乗り合って仕合う。こうであるべきだと俺は思うんだよ。礼節は重んじるが、実戦ということで挨拶はせん!というのはあまりにも味気ないではないと思わんか?さて岩堀殿。仕合おうとしよう」

巨漢男はそういうと、腰の後ろから短い金属製の棒を取り出すと、右手でぶぅんと一振りする。

カシャン!

と乾いた金属音が響くと、それは1mほどの反りのある刀形状へと姿を変えていた。

「お互い宮仕えは辛いと思うが、岩堀殿も先ほどの腕だ。剣に生きる者の定らしく、仕える主人の為に剣を振い合うとしよう。げははははははは」

下卑た表情の巨漢が剣士らしい神妙なセリフを吐くと、下品な笑い声を階段室にひびかせて、上段に構えたにもかかわらず左足を前にした。

「示現流?!」

「さすがにご存じですな。だから天然理心流の岩堀殿とは因縁を感じるって言ったワケですわ。お互い初撃決殺。一の太刀がめっぽう強いモン同士ってことで勝負は一瞬ですわ。げはははは」

巨漢の男は、冗談なのかはたまた勝負に自信があるのか、下品な笑い声を響かせたが、急に眼光鋭く表情も引き締めると、改めて八相の上段に構え、ずりりっと一歩にじり寄ってきた。

【第9章 歪と失脚からの脱出 46話 覚醒したバツイチキャリアウーマン終わり】47話へ続く
筆者紹介

千景

Author:千景
訪問ありがとうございます。
ここでは私千景が書いた小説を紹介させて頂きたいと思います。
ほぼ私と同年代の既婚者が主役のものになるかと思います。登場人物同士が
つながりを持っていて別の物語では最初の物語の主人公が脇役を務める様な
小説全体につながりを持たせ想像を膨らませていけたらと思っております。
どうぞ宜しくお願い致します

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