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第11章 人工島カジノ計画に渦巻く黒き影 5話 【回想】魔眼と銀獣のキャンパスライフ時代

第11章 人工島カジノ計画に渦巻く黒き影 5話 【回想】魔眼と銀獣のキャンパスライフ時代

―10年前-

広い吹き抜け構造の校舎内には、明るい声で闊達に話す学生たちの姿が多く見える。

内部の吹き抜け部分は、白を基調とした近代アートを思わせるディティールでありながらも、外部は威厳と知性を感じさせる重厚な茶色のレンガ造りである。

その建物、宮川系列の私立大学、明成経済流通大学の廊下を加奈子は注意深くあたりを見回しながら駆けていた。

明成経済流通大学の2回生である稲垣加奈子にとって、この建物の構造は勝手知ったるところであった。

見落としが無いように効率よく廊下を駆けまわり、行き交う人にぶつからぬよう縫うようにして走る。

時折、顔見知りの学生たちが、走る加奈子に気づいて声を掛けてくる。

しかし、加奈子はその同輩たちに愛想のいい顔で一言二言言葉を返しても、走る速度は緩めなかった。

容姿端麗ながらも、明るく接しやすい人柄の加奈子は、大学内でも有名人なのだが、今は足を止めている暇はないのだ。

肩まで届く色素の薄い髪をなびかせ、加奈子は裏門へと一直線に続く大きな目抜き通りの入口にあるアーチ状の門の下を潜り抜ける。

照明で明るかった校舎内とは違う、陽光の明るさに少しだけ目がくらむが、その日差しは並木となった大きな楠木の樹冠で覆われている。

さわさわと風に鳴る葉の音を楽しむこともなく、速度を落とさずにキャンパスに飛び出す。

飛び出したすぐ目の前には、本校舎を中心にして南北に伸びた大きな目抜き通りがあった。

このキャンパスは、校舎から北側に抜けると裏門に通じる。

裏門と言っても、正門よりやや間口が狭いだけで立派なことには変わりはないが、こちら側には駅がないため、正門のような人通りはない。

そうは言っても、1,000以上学生のいるこのキャンパス内では、本校舎の北側にもかなりの学生がいる。

メインで使われることがない北目抜き通りだが、流石は大学として150年の歴史を持つ学び舎である。

正門に比べて人通りの少ないが、正門のある南側と同じく、立派な楠木が通りの左右に植えられていて、通りの全体は夏の強烈な日差しからすっぽりと守られている。

目抜きの通りの左右にある歩道は、視線を遮るように灌木が植えられ、石の調度品などがあるうえ、東屋やバーゴラの下にあるデスクでは学生が参考書を広げたり、開けたところでは楽器を持った学生たちが演奏をしていたりもする。

そんな中、少々焦った表情の加奈子は目的の人物を見つけようと、走りながら能力を使って視力を強化させたのだ。

加奈子の目的とするその人物は、その一直線の通りの先、雑踏の向こう側、裏門出口のすぐそばにいた。

後ろ姿しか見えないが、腰まで届くロングストレートの黒髪姿、歩幅や足運びには品がありながらも、何処か他を寄せ付けない尊大な雰囲気が後ろ姿にもにじみ出ている。

「いた!あんなところに・・!佐恵子さーん!」

加奈子のハスキーな大声が目抜き通りの端まで届く。

すぐそばのベンチに座っていたカップルが、加奈子の声に驚いて目を向けるが、加奈子は構わず手を振って先ほどより速い速度で駆けだした。

加奈子は、御影石でできたモニュメントを飛び越え、パルクールの選手のような軽快な身のこなしで学生たちの間を風のように駆け抜ける。

一方の大声で名前を呼ばれた佐恵子は、加奈子の大声に一瞬ギクリと肩をすくめたものの、それも本当に一瞬で、すぐに何事もなかったように肩に下げたハンドバックを手でおさえて加奈子に背を向けて歩きだしていた。

「佐恵子さんってば!」

白のノースリーブにブラウンのガウチョ姿の佐恵子は、やや早足になって加奈子から逃げるように歩いていたが、再度大声で名を呼ばれてピタリと歩みをとめた。

佐恵子は、野生動物同然の加奈子からは逃げきれないとあきらめたようである。

大きく息を吐きだしてから立ち止まり、ゆっくりと振り返ったのだった。

佐恵子は、振り返ったときに肩にかかった長い髪を、手の甲で払うようにかきあげ、顎をツンと持ち上げた尊大な態度で、平坦な胸を反りくって口を開いた。

「なんですの?こんな大勢人がいるところで、大声で呼ばないでくださる?」

加奈子は佐恵子の前まで来ると、膝に手をついて肩で息をしていたが、その息を整えるのももどかしく口を開いた。

「なんですの?じゃありませんよ・・。どこにいくんですか?今日は講義が終わったらすぐに武蔵野の本宅に来るように言われてたじゃないですか。正門に車がずっと待ってます。佐恵子さんがきてくれないと私が叱られちゃうんですよ」

白のカットソーに、淡い青色のデニムのショートパンツという活発な恰好の稲垣加奈子は、困惑顔で身振りを交えながら、尊大な同期生に訴えた。

車が待っていた正門の校門から南目抜き通りを駆け、キャンパス内を縦断し、北目抜き通りから裏門までは、距離にして2km近くもあるのだ。

キャンパスから、高尾山の嶺が見えるほど都内の西に位置する明成経済流通大学はとにかく広い。

そんな広いキャンパス内で、待ち合わせの場所と全く違う場所をうろついている佐恵子のことを探し回る羽目になった加奈子は、恨めしそうな目を佐恵子に向けたのである。

「悪かったですわね」

佐恵子は胸を反らし、顎を上げた尊大な態度を崩さずにそういったものの、その口調には少々悪びれた色が含まれている。

「んもぅ。・・さ、いきますよ?最近講義やお稽古にも身が入ってないみたいですけど、どうせサボった分、倍にしてしごかれちゃうんですから、ちゃんとしたほうがいいですって。こないだ遅刻した時のこと覚えてます?凪姉さんにずいぶん叱られちゃったじゃないですか・・・。あの人ほんとに容赦ないですし、遅刻したのは佐恵子さんなのに、なぜか私にくるとばっちりのほうが激しいんですからね・・!」

加奈子は、依然遅刻した時に最上凪に糸でさかさまに吊るされたことを思い出し、佐恵子を逃がすまいとしっかりと手を握って歩きだした。

明成経済流通大学の理事長の娘である宮川佐恵子とその友人の稲垣加奈子は、大学での講義が終われば、宮川家の優秀な家庭教師たちによって、毎日22時まで講義と体術の稽古が日課になっているのだ。

唯一水曜日だけは大学の講義が終われば自由時間なのだが、今日は水曜日ではない。

佐恵子の手をしっかりと握ったまま正門まで連れて行こうとする加奈子に、佐恵子は素直について行きながらも口を開く。

「ねえ・・加奈子。今日だけ見逃してもらえないかしら?」

加奈子は、近頃佐恵子が日課を嫌がっているのをわかってはいたが、佐恵子の言葉に改めて驚く。

「・・どうしたんです?そんなこというの珍しいじゃないですか?でも行かないと・・」

加奈子は行かなかったり遅刻したらどんな目に合わされるかと、頭に浮かんだ最上凪の顔を振り払うように頭を振って手を引いて歩く。

「今日は・・その・・えっと・・所用がありまして」

「そんなのダメですってば・・。またゲロ吐くまでしごかれちゃいますよ」

「今日だけです。あとで凪姉さまには私から言い訳しますから。・・人を待たせているのです。それでですね・・今日だけはどうしても稽古を休みたいのです」

佐恵子の方を振り返らず、手をつないだまま引っ張って歩きながら佐恵子に返す。

「それ直接凪姉さんに言ってくださいよ。それに人を待たせてるって・・、水曜日に変更してもらうしかないですよ?」

「そうしたいのはやまやまなのですが・・」

加奈子は歯切れの悪い背後の佐恵子の方にようやく向きなおった。

「何か理由があるんですか・・?もっと事前に言っておけばもしかしたらお許しが出たかもしれませんけど、今からどうしても行かなきゃいけないことなんです?すぐ済む用なんですか?」

「たぶん・・すぐ済みますわ。でも武蔵野に帰るには1時間ぐらい遅刻しそうですわ・・」

佐恵子の答えに加奈子は困ったように髪の毛をくしゃくしゃとかきあげたとき、背後から声を掛けられた。

「稲垣さんじゃん!」

同じ学科の学友たちが、加奈子を見つけてがやがやと近づいてきたのだ。

「ねえねえ。こんなところにいるなんて珍しいね。今日は大丈夫な日なの?」

大学の講義が終われば、加奈子はすぐにお稽古に行ってしまうというのは、加奈子の友達の間では共通の認識であるのだ。

そのため、講義が終わって30分以上たっているにも関わらず、裏門近くに加奈子がいるのは珍しかったのだろう。

いまから大学のほど近くにあるカフェでお茶をしようとしているようで、加奈子のことを頻りに誘ってきたのであった。

「たまにはいいじゃん。俺は加奈子さんとじっくりお話したいなー」

背の高い学友の一人が、加奈子を誘ってくるが、加奈子は今日も宮川家の家庭教師にみっちりしごかれるスケジュールが詰まっている。

「せっかくだけど、今日もダメなのよ。また次の水曜日ならいけるけど・・ね?佐恵子さん」

加奈子は誘ってくれる学友たちに、バツが悪そうにそう言い、しっかりと手をつないだまま後ろにいる佐恵子の方を振り返った。

「え?」

加奈子が佐恵子だと思っていた手は、佐恵子ではなかった。

「稲垣さん。俺の手をこんなにきつく・・・」

逃がすまいと強く握っていた手は、青紫色に変色していた。

加奈子に手を握られている学友の男は、脂汗をたらして顔を真っ赤にしていたのである。

彼の手は、知恵の輪をオーラ無しの素手で解体するパワーの持ち主である加奈子によって破壊される寸前だったのだ。

能力者である佐恵子であれば、この程度の力で手を握ってもどうということはないのだが、大の男といえども生身の人間にとっては強すぎる力であった。

「きゃっ!ご、ごめんなさい!!」

加奈子は慌てて学友の手を放して謝ったものの、佐恵子にはまんまと逃げられてしまったのであった。

「えっ?!ちょっ?!さ、佐恵子さん!ええええええぇっ!・・・そんなぁ!ずるいですよぉ!こんな時に目を使うなんて!」

手を抑えて蹲る男の背を撫でながら、加奈子は嘆きの声を上げたのであった。

【第11章 人工島カジノ計画に渦巻く黒き影 4話 【回想】魔眼と銀獣のキャンパスライフ時代 】終わり6話へ続く

第11章 人工島カジノ計画に渦巻く黒き影 6話 【回想】魔眼と銀獣のキャンパスライフ時代2

第11章 人工島カジノ計画に渦巻く黒き影 6話 【回想】魔眼と銀獣のキャンパスライフ時代2

佐恵子はスリットの入ったガウチョをなびかせて小走りに路地へと駆け込み、ビルの角からそおっと顔を覗かせ、今駆けてきたばかりの大通りを伺う。

伺う際に無意識に視力と聴力を強化してしまったのは、動物同然の鋭敏な感覚を持つ幼馴染の追跡を警戒したためだ。

大学の裏門から加奈子を振り切るために肉体を強化し、1kmほど全力疾走してきたので息はやや荒い。

歩道を歩く人たちに驚きの目で見られるのを気にして優雅に歩いていくわけにはいかない。

そんな悠長なことをしていれば、たちまち加奈子に追いつかれて車にねじ込まれ、武蔵野の稽古道場に連れていかれるのは必至だとわかっている。

佐恵子にとって認めたくないことだが、最近加奈子には組手では敵わなくなってきているのだ。

10歳まで無能力者だった加奈子の成長を佐恵子ももちろん喜んでいるが、毎回組手で負け続け出すと、面白いはずがない。

「痛っ・」

僅かに顔を歪めた佐恵子は片膝をあげ、ガウチョの裾を少し持ち上げた。

そこは、先日の組手で加奈子に蹴られたところが、生々しい青痣になっていたのである。

脳の使用領域開放のできる佐恵子と加奈子だが、佐恵子の方が脳の使用領域は広いことが宮川の検査でわかっている。

だが、個人の適性や特性に合わせて、得手不得手が出やすいことも宮川の研究でもわかっていた。

加奈子の脳領域開放は10歳以降と遅かったが、加奈子の身体を精密検査すると、もともと筋肉の密度が常人の8倍ほどあることがわかったうえ、開放した脳領域の分野も肉体を更に強化する部位がばかりが開放されている様なのである。

「ったく、馬鹿力なんだから・・。まさか今日見られることはないとは思いますが・・」

派手な青痣だが、押さえてみても思ったより痛みが引いていることに安堵したものの、別の心配で顔を赤らめた佐恵子は、脚を降ろして裾を直す。

今の佐恵子の表情が示す通り、今の佐恵子にとっては加奈子に惜敗しつづけていることも、些細なことに思わせるトキめきがあるのだ。

青痣が布で完全に隠れることを確認すると、佐恵子は目と耳に集中しているオーラを霧散させた。

「ふぅ・・大丈夫そうですわね。まったく加奈子の嗅覚ときたら・・人の体臭を個人別に嗅ぎ分けますからね・・」

そう警戒したものの加奈子の気配がないことがわかるとほっと息をつき、路地をそのまま駆け抜け、念のために角を何度か折れてからようやく大通りに戻り、今度こそ足取りも軽やかに歩き出した。

夏季休暇前の汗ばむ季節だが、佐恵子は多少の暑さも気にならず、これからの時間のことを思って無意識に口を綻ばせてしまう。

街路樹から蝉の声が騒がしく聞こえてくるが、今の佐恵子にとっては、そんな騒音にすら不快さを感じることはない。

目的の喫茶店の扉を開け、レトロなドアチャイムを鳴らせて入ると、いつものお気に入りの席まで店員が案内くれた。

アイスカフェオレを注文し、しばし空調の効いた店内から、初夏とはいえ強い日差しが差す通りを眺め、真新しい左手の腕時計を愛おしそうに眺めては撫で、待ち人を待つ。

空いている時間帯なので、すぐにきたアイスカフェオレにガムシロップを3個流し込んでよく混ぜると、加奈子から全力疾走で逃げた喉の渇きを潤すため、顎をあげて白い喉を見せ一気にグラスを傾けた。

3口ほど飲んで慌ててグラスを置いた佐恵子は、行儀が悪かったかしらと反省して赤面すると、バツが悪そうに周囲を伺って、少し腰を浮かせて椅子に座りなおし、お淑やかを装った。

まだ約束の時間にははやいので、宮川家の息女としてあるまじき姿を見られる心配はないのだが、今のうちにバックからコンパクトを取り出し、鏡でチェックを行う。

鏡に映った内容に満足そうに頷くと、パチンとコンパクトを閉じてバックに戻したところで、カランコロンとドアチャイムが店内に鳴り響いた。

肩には届かないが、男にしては長い髪、白いシャツの前をはだけてインナーを見せた格好ながらも、その青年の持った爽やかな雰囲気がラフさを感じさせない。

青年は入口のトビラの所でキョロキョロしていたが、軽く手を振る佐恵子の姿を見つけると、小走りに近寄ってきた。

「宮川さん。待たせちゃったかな?宮川さんのほうから呼んでくれるなんて珍しいのに遅れちゃってごめん」

慌てた様子で佐恵子の座る席まできた長身の男は、淡い色の髪をかきあげて人懐っこそうな顔を、やや曇らせて佐恵子に詫びた。

「い、いえ、わたくしも今来たところですわ。それにまだ約束の時間になってませんから、錫四郎さまは遅れていませんわ」

佐恵子はそう言っていそいそと席を立ち、錫四郎なる男の為に対面の椅子を引いて座るよう促した。

そんな佐恵子の正面に錫四郎は礼を言って座る。

佐恵子も錫四郎も頬を上気させて微笑んでいるだけで、お互いに暫く見つめ合ったまま何も言わない。

周囲から見れば、付き合いだしたばかりの美男美女が初々しいデートをしているのだとわかるだろう。

「あの、錫四郎さま。何か注文いたしましょうか?」

「あ!そうだね!じゃあ僕はアイスコーヒーで!」

店員を呼び注文をすますと、またもお互い沈黙になる。

決して気まずい沈黙ではないが、おそらくたちまち訪れるであろう『閉幕』に間に合うよう、佐恵子はさっそく本題を切り出した。

「今日お呼びだてしたのは、お祝いを言いたかったからですわ。・・・錫四郎さま。お誕生日おめでとうございます」

佐恵子は笑顔でそう言うと、バッグから小箱を取り出し、テーブルの上に置いたのである。

「あ、ありがとう!宮川さんから祝ってもらえるなんて本当にうれしいよ」

額にかかる淡い髪を手でかきあげ、錫四郎は嬉しそうに小箱を差し出した佐恵子の手を握りしめた。

錫四郎はブラウンの目に線の細い顔、育ちの良さを感じさせるさわやかな好青年である。

錫四郎は、嬉しさのあまり、つい佐恵子の手を握ってしまったことに気づいて、赤面して慌てて手を離しそうになるが、佐恵子の手が逃げずにその場にあることがわかると再び優しく握る。

「あっ・・いえ・・はい。気に入っていただけるといいのですが・・。さ、開けてみてくださいませ」

佐恵子も赤面し、触れられた手を動かしてしまいそうになるが、錫四郎の手に握られるままにして、嬉しそうにはにかんだ佐恵子は、小箱を開けるように促す。

「ありきたりなものですが・・」

佐恵子に促されて錫四郎は箱を梱包している包みを丁寧に解いていく。

そこには曲線のトノーケースが特徴的で、レトロな雰囲気を醸し出すスイス製の腕時計がおさまっていたのである。

「宮川さん・・」

錫四郎は特別ブランドに詳しいわけではなかったが、この腕時計が芸術と技術の融合の極致に近いところにある逸品であることはわかったのである。

誰が見てもそれだとわかる芸術的なデザインで人気のブランド。

独創的な形のケース、芸術品のような文字盤などが有名で、他のメーカーの常識とは違うデザイン性に目が行きがちになるが、そのブランドが内部機構も世界屈指の性能を誇っていることは言うまでもない。

「気に入っていただけましたでしょうか?」

小箱の腕時計を見て、驚いている錫四郎を不安げに伺っている佐恵子の左手首には、小箱に収まった腕時計を小ぶりにしたものがきらめいていた。

「・・・ペア、ですのよ」

佐恵子が恥ずかしそうにそう言って自らの左手に付けたお揃いの腕時計をみせる。

錫四郎は佐恵子の左腕を見て慌てながらも、丁寧に腕時計を取り出すと、ずっしりとした重みのある金属製のベルトを腕に巻き付けた。

「もちろん気に入ったけど・・宮川さん。こんな高価なもの・・。でも、宮川さんとペアなんてすごくうれしいよ。・・・こういうのは男の僕のほうからしないといけないのに」

「うふ・・。お小遣い奮発しちゃいましたわ。でも錫四郎さまに気に入ってもらえたみたいで嬉しいですわ。うふふふ・・・きゃ!?」

俯き、ロングストレートの黒髪で赤面した顔を少し隠した佐恵子だったが、正面のガラス窓の向こうにある光景を見て悲鳴を上げてしまった。

「ど、どうしたの宮川さん?」

「い、いえ・・!今日は来てくださってありがとうございます。今日は本当に楽しかったですわ。また夜電話いたします。それではわたくし、いかなくては・・」

たちまち来ると思っていた『閉幕』は、佐恵子の予想より早く訪れたのだ。

いそいそと会計に立ち寄る佐恵子を訝しがる錫四郎であったが、自分の時計に巻いた佐恵子の気持ちに目を細めると、店の扉を開けこちらを笑顔で振り返って手を振る佐恵子に手を振り返していた。

佐恵子が外に出ると、喫茶店の外には白いワンピースを着た華奢な女性が、同じく白い帽子で強い日差しを遮って立っていたのである。

汗一つかいてない白ワンピースの女性、最上凪。その最上とは対照的な、汗だくの加奈子も疲れた表情で佐恵子を出待ちしていたのだ。

その二人の姿が、先ほどの席から見える窓から見えたので悲鳴を上げてしまったのだ。

いくら加奈子から逃げ切ったといっても、最上凪の糸から逃れるのは困難を極めるのは佐恵子もわかっていたことである。

それにしても今日は恋人の誕生日だというのに、逢瀬の時間は短すぎた。


「あの男、調査と監視が必要。佐恵子、あの男と交際して長い?深い仲?」

「・・いくら凪姉さまでも口出し無用のことですわ」

「そうはいかない」

「無用と申し上げましたわ」

喫茶店を出てすぐに、佐恵子は黒塗りの高級車にねじ込まれたのである。

肘を車のドアについて、佐恵子は隣で座る白いワンピースを着た最上凪の問いかけに対し、そっぽを向いたまま口をとがらせて反論していた。

渋滞気味の道路を走る車の中、しばらく気まずい沈黙が続く。

そんな中、佐恵子の捜索に駆けずり回る羽目になった加奈子が口を開いた。

「佐恵子さん。プレゼント渡すだけならちゃんと言っておけば凪姉さんも私をあんなに責めたりしなかったと思うんですよ・・・」

控えめな口調でそういう加奈子には、散々探し回ったのであろう苦労が見て取れる。

加奈子の健康的だが白い肌は汗でしっとりと湿っているし、着ている白のカットソーにもうっすらと汗がにじんでいた。

「いまの凪姉さまの言葉を聞いたでしょう?錫四郎さまのことを言っても許してくれないのは確実ですわ。だから黙って行くしかありませんでしたの。それに、今日は彼の誕生日でしたわ。・・・プレゼントをお渡ししたらすぐ戻るつもりでした。実際そうしたでしょう?」

加奈子の言葉に、やはり視線を合わせず窓の外を眺めたまま、佐恵子は投げやりな口調で返す。

そんな様子の佐恵子に今度は白ワンピースの女性、佐恵子と加奈子の教育係の一人である最上凪が躊躇いがちに口を開いた。

「佐恵子。・・・いま佐恵子に男性交際は認められていない。貞操を護ることも佐恵子の義務の一つ。卒業すればその年に然るべき相手とのお見合いが予定されている。あの男との接触は今日限りにしたほうがいい。これ以上情を育てないほうが、あとあと苦しまなくて済む」

凪なりに言葉を選び、佐恵子をできるだけ刺激しないように気を使った言い回しのつもりだが、佐恵子の細い目はたちまち恨みの呪詛を爛々と燃え上がらせ、勢いよく振り返って凪を睨み、口を開いたのである。

「貞操を護れ?ふんっ!誰のために?!何のためにですの?!凪姉さままで、叔父様と同じようなことおっしゃいますのね!?叔父様はわたくしのことがお嫌いなのですわ。・・・でなければ、あのような者たちと縁談など!常盤や麻生の令息たちのいずれかと結婚なんて考えただけでもおぞましい・・!麻生にいたっては今年42歳ですのよ?わたくしは19。歳が違いすぎます!それに・・わたくしはあの者たちの感情が見えるのです!叔父様にも見えているはずですのに・・!わたくしのことを血筋のある政略道具として見てるだけではなく、すでに数多くいる愛人たちと同じベッドで嬲ろうと思っているような輩に嫁がなければなりませんか?!愛人たちと一緒にですよ・?それまで貞操を護っておけと?!冗談じゃありません!・・・そんな結婚受け入れられるわけがないではありません!・・宮川の人間としての自覚はあるつもりですが、こんな前時代なこと・・!・・どうにかなりませんの?!あんまりですわ・・!」

佐恵子はそこまで一気にそう吐き捨てると、再び車窓のほうを向いてみるともなしに外を睨みつけて黙ってしまった。

そして俯き、長い黒髪で表情を隠した佐恵子は、肩を小刻みに震わせだす。

そんな様子を加奈子は本当に気の毒そうに見ていることしかできないことに耐えかねて、隣で座る最上に助けを求めるように目を向けるが、最上もその無表情な顔に、困窮がにじみている。

最上凪も加奈子も佐恵子のことを大切に思っているが、巨大組織である宮川の避けようのない大きな流れに抗う術など持っていないのだ。

「・・・こんなことでしたら、わたくし・・錫四郎さま・・」

左手の時計を撫で、俯いたままそう呟いた佐恵子に、誰も何も答えることはできなかったのである。

【第11章 人工島カジノ計画に渦巻く黒き影 5話 【回想】魔眼と銀獣のキャンパスライフ時代2終わり】6話へ続く

第11章 人工島カジノ計画に渦巻く黒き影 7話 【回想】豊島哲司と寺野麗華

第11章 人工島カジノ計画に渦巻く黒き影 7話 【回想】豊島哲司と寺野麗華

ずっしりと重みのある最後の段ボールを荷台に乗せた豊島哲司は、額の大汗を手拭いで拭うと、大きく息をついた。

「ふぅ。これでおわりやなっと!」

手に付いたホコリをパンパンと叩いてふるうと、哲司は持参してきていたペットボトルの水を、喉を鳴らして一気に飲み干した。

今年25歳になる豊島哲司は都内の小さな探偵事務所に勤務していた。

哲司は、京都の有名な観光地である寺の住職の息子である。

しかし、いきなり本業を継ぐのを良しとしない方針の父親の勧めもあり、10年は社会勉強をしてこいと言い渡されたのだ。

大学卒業して2年間は定職に就かず、国内外を旅とも言えない放浪生活をしていたのだが、数か月前から『何でも屋!兼☆探偵事務所yeah!八王子店』に厄介になっている。

屋号は八王子店と名乗ってはいるが、この探偵事務所は、八王子店以外他に店舗はない。

哲司は大学卒業後の2年間、日本内外でアルバイトなどをして日銭を稼ぎ、定職に就かなかったのだが、今回が初めての正社員としての働き始めたのだ。

定職に就かなかった哲司がどういう心境の変化で就職しようという気になったのかというのも、親友である菊沢宏から国際電話で伝えてきた内容のせいであった。

親友である菊沢宏は大学卒業と同時に、宏の父親の伝手で渡米してしまったのだが、来春にも日本に帰国するというのだ。

その時に「日本に帰ったら探偵事務所を開業する」からと哲司を創立のメンバーに誘ってきたのである。

哲司は住職の父に言われたとおり見識を広めるということを、なんとなく雲を掴むような感覚でしかとらえられず、どうも日々無駄に過ごしてしまっていると思っていたところであったものであるから、哲司の心の中で親友の誘いに得たりと思ったのである。

父親に言われた見聞を広めるという具体的に目的もない行動の日々に、哲司は何事においてもどうもやりがいを見いだせず日々浪費してしまう感覚に苛まれていたので、宏からの誘いは、自身の心の方針を決める指標となったのである。

宏が日本に帰ってくるのは来年の春3月中旬ということだったので、それまでの間少しでも探偵業がどういう仕事か知るために、哲司は都内で探偵事務所を開業しているところへと片っ端から履歴書を送りまくったのだ。

しかし京都にある日本屈指の難関国立大学、京都大学法学部卒業という輝かしい肩書をもってしても卒業後2年間の放浪生活のせいで、履歴書は甚だ怪しい経歴と自己紹介文で埋まってしまい、哲司の経歴と人格は、多くの採用担当者からとっても怪しく思われてしまったのである。

しかも、勤務希望期間は1年で来春には退職したいという旨を履歴書に堂々と馬鹿正直に記載している為、まともに取り合ってくれる会社が少ないのだ。

せっかく資格蘭に書いた司法試験合格という記載も、甚だ疑わしく見える。

「高学歴で世間知らずな変わり者」

そういう「扱いにくい人間」というレッテルを貼られてしまうのは、哲司の履歴書を見れば致し方ないとも言える。

そんな中、数多く応募した探偵事務所の中から、唯一採用通知を哲司に届けてくれたのは、『何でも屋!兼☆探偵事務所yeah!八王子店』と屋号に☆やら!マークのついた怪しげな探偵事務所一社だけだったのだ。

「しっかし、探偵事務所言うても、実際何でも屋みたいな仕事ばっかりやねんなあ」

首に巻いたタオルで顔の汗をぬぐいながら、哲司は一人ぼやいてみせる。

実際、哲司が入社して3か月の間、与えられた仕事内容は引っ越しの手伝いや、ゴミ屋敷の掃除、建築現場の解体作業などばかりなのだ。

脳領域の開放を物心がつく前に身につけてしまっている哲司にとって、常人なら過酷すぎる肉体労働も、哲司にとっては単なる作業としか感じることができず退屈になりかけているのだ。


「なーんか俺が思ってる探偵業と違うんよなぁ・・。宏が思とる探偵事務所とも違う気がするし、このままここで続けてええもんなんか・・どうなんやろか」

川沿いの高速道路の高架橋近くで、不法投棄された粗大ゴミを積み込んだトラックの傍らで哲司はぼやいた。

少し考えこみ始めた哲司はちょうどいい大きさの石に腰をおろし、雲一つない夏の空を眩しそうに見上げて汗をタオルで拭う。

そんなときである。

「いたいた!おしょー!来てあげたわよー!」

哲司の背中に、少し離れた道路の方から哲司の学生時代の愛称を大声で呼ぶ者がいた。

豊島哲司のことをその愛称で呼ぶ者は両手で数えるほどしかいない。

遠目にもわかる女性らしいプロポーション。

出るべきところは出て、引っ込むべきところは引っ込んでいるポニーテールの美女。

黑のぴったりとしたタイトスカートに同じく七分丈のジャケットを着こなし、手を振って哲司のいるところへと、道路のフェンスを華麗に飛び越えてくるところであった。

常人にはとても飛び越えられるような高さではない3mほどのフェンスを、難なく飛び越えてくることから、彼女も脳領域を解放した能力者である。

その彼女はいかにもできるキャリアウーマンという颯爽とした歩き方であり、彼女の背後に停めてある赤いスポーツカーも、並みのサラリーマンの収入で買うには難しい金額の車種である。

実際彼女は哲司とは同じ大学の同窓生であり、卒業後は都内の大手法律事務所にずっと勤めている。

それに、宏や哲司と同じく在学中に現役で司法試験に合格したエリートなのだ。

「お!」

哲司は、聞き覚えのある幼馴染の声に気づいて伸びをしていた身体を戻すと、立ち上がって振り返り笑顔で手を振った。

「麗華か。ほんまに来てくれたんか?!ひっさしぶりやなー!元気そうでよかったわ」

「はぁ!?来いつったのは和尚でしょうが?!・・それに連絡寄こすにしても久しぶりすぎるんじゃないの?!」

気の強そうな声で言い返してきたのは哲司の幼馴染の一人、愛称は「姫」。

黙っていれば誰もが認める美人なのだが、通称、「残念な美人」という女性としては無念すぎるレッテルを貼られている女、寺野麗華、その人であった。

麗華とちょっとでも会話をすればわかることだが、彼女のお転婆ぶり、言葉遣いの荒さ、気の強さに、昨今増殖中の草食気味な男性諸君は、瞬く間に怖気づき麗華と距離を取り出すのである。

しかも、麗華も哲司と同じく京都大学法学部の卒業生なだけあって、頭の回転も非常に速い。

女と侮り、迂闊なことを麗華に対して口走ろうものなら、荒々しい言葉遣いで理詰めに論破され、男のプライドをズタズタに引き裂れて再起不能とされてしまうのである。

いままで麗華に言い寄った多くの男性は、麗華という美しい駿馬を乗りこなすどころか、近づく前に鋭利なスパイク付きの強靭な蹄でボコボコにされてしまうのである。

しかし当の本人は、自分は美人なはずなのに何故にこんなにモテないのかと密かに悩んでいる始末である。

今のところ本人にモテないことに対する改善の兆しが見えない為、美人で頭のいい気の強すぎる麗華は、彼氏無し歴=年齢という記録を絶賛更新中であった。


気の強すぎる美人は誰にも手を出されていないのある。

そんな彼女の周囲にいる男の中で、麗華から「朴念仁」とあだ名されてしまっている豊島哲司だけは、麗華のスパイク口撃に唯一耐えると言っていいタフさを持つ稀有な男となっているのだ。

「いやいや。すまんすまん!怒るなって。麗華仕事が忙しそうやったから、来れたらでええで。ってぐらいの軽い気持ちだったんや。気ぃ悪うにすんなや」

なだめる哲司に向って麗華はずいずいと歩を進めながら、コンビニで買ったばかりの冷えたポカリのペットボトルをかなりの速度で哲司に投げて寄こしながら、口撃を続ける。

「何よそれ!哲司がや~っとまともに就職したって連絡寄こしてきたからこの忙しいのに美人の幼馴染が顔見せに来てあげたのよ?!それなのに『来れたらええってぐらいの軽い気持ちだった』ですって?!信じらんない!それに何よその恰好!・・・司法試験まで合格しといてなんでそんなことしだしたのよ?!馬っ鹿じゃないの?!・・この際だからついでに言っときますけどね私に会いたいって男はたくさんいるんだからね!そんな中わざわざ和尚の為にこんな水や木しかないようなところまで来てあげたのに・・・軽い気持ちで呼んだだなんて言わないでよね・・」

言葉尻は声が小さくなったが、麗華の目は鋭いままだ。

実際、麗華に会いたいという男は多いには違いないが、二回目会いたいという男は今のところ皆無である。

「すまん言うてるやろ!あ!そや!俺今日はこれで仕事あがりなんや!一杯奢るから勘弁してくれや。・・・な?」

「奢るったって・・!和尚あんたねえ・・」

麗華はジャケットにきつそうに納まったFに近い豊満な胸を揺らして、腰に手を当て、哲司の鼻先に人差し指を押し付ける。

麗華が相手を口撃するときのいつものスタイルに入ったのを見計らって、手慣れた哲司は早々に白旗を上げて手を合わせたのだ。

哲司はさっさと謝ってしまうのが吉だということを、麗華との長年の付き合いでよくわかっている。

「ま・・まあ、私も忙しい身だけど今日はもう直帰するだけだし・・。和尚も反省してるみたいだし・・、久しぶりに会った同窓生の誘いを断るのはやぶさかじゃないから・・・いいわよ。でも、・・・私を誘うにしたって和尚、大丈夫なの?・・・そのお金とか・・今の仕事ってお給料大丈夫・・なの?・・・それに、そんな恰好でどこに連れて行ってくれるっていうの?」

麗華は哲司に誘ってもらったことが満更でもない様子だったが、誘った男の懐具合を心配するというタブーを犯したうえ、哲司の格好の難点を見て眉をひそめたのだ。

哲司は盛り上がった筋肉が強調する汗びしょびしょのタンクトップに、ボトムはニッカポッカに足袋という姿である。

たしかに麗華のような美人キャリアウーマンを飲みに誘うにはかなり無理がある恰好である。

麗華としてもこのまま労働者たちが雑多に座るドブ板飲み屋にでも連れていかれるかもしれないという心配をしたのだろう。

しかし今の哲司の身なりはお金があるように見えないが、もともと哲司の実家は現在も観光地でもあるうえ、大昔からある有名な歴史的な古刹である。

各地で転々とアルバイト生活をしてきただけの哲司だったが、無駄遣いをする性格ではない。

たまにこっそりと風俗店に行くぐらいしか無い娯楽ではお金を使わないのだ。

よって今はアルバイトでの稼ぎしかない哲司なのだが、生活には困らないし少しばかりの貯えもあった。

「あー・・・。お金は心配あらへん。でもこの服はたしかに問題やな・・。そやな・・このトラック会社に置いて着替えてからでええか?どうせ会社があるあたりまで戻らへんと店もないしな」

「ったく。じゃあこんなところに呼び出さずに最初からそっちに呼んでほしいわよ。私だってこんな辺鄙なところにいるクライアントなんて一人しかいないんだからね・・。予定合わせるのだってこっちはこっちで大変だったのよ?・・で、どこよ。和尚の会社って」

「八王子や」

「ま、いいわよ。って会社に戻ってからって、それからまた和尚んちに行って着替えるの?」

「そや。それなんやが麗華。会社から俺の下宿先まで麗華の車で送ってくれへんか?・・そのほうが早いし頼むわ。ええやろ?」

哲司は道路に路駐してある麗華の愛車を目ざとく見つけていたのであった。

「え・・うーん・・・ま、まぁ・・いいわよ」

哲司の汗だくドロだらけの姿に、麗華は自分の愛車のシートが汚れることを躊躇する様子を見せたが、麗華の頭の中でなにかと天秤にかけた結果、哲司のお願いはなんとか通ったようである。

「でもね言っとくけど、私の車の助手席に座った男なんかいないんだから感謝してよね」

麗華の「私は自分の車で男とドライブした経験はありませんよ」という墓穴掘りの刺々しい言い回しも寛大な哲司には通用せず、哲司は「悪いな」と若かりし頃の織田裕二似の顔で爽やかにはにかんで良い笑顔を見せるぐらいの度量を持ち合わせていた。

10年後に、麗華とはタイプの違う尊大な彼女と付き合うのに必要な土台は、すでにこの時には出来上がっていたのである。

「じゃ、じゃあ行くわよ。さっさとトラックに乗りなさいよ。和尚の運転について行くからさ」

やや顔を赤くさせた麗華が、照れた顔を隠すように振り返って愛車へと歩き出したその時、哲司の携帯が、陰りはじめた夕焼け空にけたたましく鳴り響いた。

「もしもし!あ、社長!はい!はい!ばっちりです!はい・・・・終わりました。・・え?・・ええ・・・はい・・・え?・・・はい・・・ええ・・」

どうやら哲司の勤める会社からの電話だと麗華も気づくと、歩みを止めて憤然気味に腰に手を当てる。

「すまん麗華」

電話を切った哲司は開口一番そう言った。

「なによ?!」

「説明する前から怒んなって」

腰に手を当てたまま勢いよくそう言った麗華に、哲司は両手を広げてまあまあという仕草をしながら言い返す。

「いや、ちょっと会社に帰ったら社長が話ある言うてな。話自体はすぐ終わるって言うんやけど、麗華すまんけどその話が終わるまで待ってくれるか?10分ぐらいで済むらしいから」

「なんだ、そんなこと・・」

哲司の説明に麗華はあからさまに安堵した様子でそう言いかけたが、すぐに気を取り直して残念な美人ぶりを炸裂させる。

「私をそんなに待たせるなんて、ほんっとに特別なことなんだからね?」

麗華はくびれたウエストに手を当てて、もう一方の手の人差し指を哲司の鼻の頭に突き付ける、いつものスタイルになって念を押すように言う。

「わかっとるって、まあやっと探偵らしい仕事を俺にも任せてくれそうなんや。あとで飲みながら麗華にも話すわ」

携帯をポケットにおさめた哲司はそう言うと、トラックに乗り込み麗華に向って「ほないくでー?」とエンジンキーをドルン!と回したのであった。

「もう!?ちょっと!急にエンジンかけないでよ!排気ガスもろに浴びちゃったじゃない!」

「す、すまん!」

「ったく。信じらんない!」

浴びた排気ガスを手で払い、麗華はゴホゴホと咳ばらいをしながらブツブツと悪態をつく。

久しぶりの再会した二人は、学生時代となんら変わらぬ微笑ましいやり取りをしながら仲良く車を八王子方面へと走らせたのであった。

【第11章 人工島カジノ計画に渦巻く黒き影 7話 【回想】豊島哲司と寺野麗華終わり】8話へ続く

第11章 人工島カジノ計画に渦巻く黒き影 8話 【回想】豊島哲司と寺野麗華2

第11章 人工島カジノ計画に渦巻く黒き影 8話 【回想】豊島哲司と寺野麗華2


「そのゴミ、まさか今から荷下ろしするっていうんじゃないでしょうね?」

麗華は愛車の真っ赤なスポーツカーからスラリと長い脚を覗かせて降り、両手を腰に当てて荷台の縁に立って作業している哲司を見上げながら問いかける。

「いや、これはあした産廃業者までもっていくんや。夜積みしたままにしてまた明日やなあ」

荷崩れしないようにとラッシングベルトの張り具合を確認していた哲司は、振り返らずに麗華にそう言って荷台から飛び降りる。

「ほな、ちょっと事務所寄ってくるから麗華はこの辺で待っといてくれや」

そう言って哲司は麗華の返事を待たず、事務所のある二階へと駆けていった。

哲司はカンカンと足音をさせて金属製の階段を登り、くたびれたアルミドアを開けて、元気に挨拶しながら事務所へと消えてしまった。

返事をしそびれた麗華は、哲司の姿が見えなくなったところで腰に手を当てたままあたりを見回す。

「ここで待ってろねぇ・・」

周囲を見回すと、そこは店舗裏側の1階で倉庫兼駐車場となっているスペースあった。

かなりの広さはあるようだが、訳の分からない物が乱雑と置かれてるせいで、そんなに広くなくなってしまっている。

麗華は2階の扉の方を見上げて聴力を強化した。

すると、事務所内の話し声が聞こえてくる。

麗華は生まれつき人より脳を使える範囲は広い。

一般的に人は脳の10%程度しか使いこなせていないと言われているが、麗華は12%近く使えるのだ。

数字でたった2%足らずの差でしかないが、その僅かな差がもたらす影響は大きい。

麗華の脳開放領域は身体能力を向上させる箇所が多い。

その中の一つの聴力強化をさせて麗華は耳を澄ます。

「いやー!てっちゃん!今日は助かったよ☆さすがのてっちゃんでもあの量は今日中に無理かと思ってたんだけど、改めて惚れ直したちゃった・・・」

部屋の主が哲司に話し始めたのであろう。

初めて聴くファンキーな女の声が聞こえてきたが、哲司の声は普通のボリュームのようで、ここまで聞こえない。

麗華は、哲司と話している人物が女ということに一瞬で不快な気持ちになるが、ファンキーな口調の相手とは違って、哲司はかなり迷惑している様子が伺える。

「馴れ馴れしくてっちゃんなんて呼んじゃって・・!でも声色から察するに結構な歳よね・・。和尚の朴念仁ぶりならまあ大丈夫かな・・」

哲司の反応に安心したのか、麗華はどうせ後で内容は哲司から聞けるしと思い能力を解除する。

おそらく今哲司と大声で話している人物が、この怪しさ満点な屋号名を付けた探偵事務所の社長なのだろう。

麗華は会話の内容を盗み聞きするために聴力を強化したのではなかったので、すぐに聴力強化を解除すると、今のうちにと思い事務所のほうを目で伺いながら階段下にあるトイレへと歩き出した。

「うわっ!きったないわねえ!」

トイレの扉を開けた麗華が、ついそう罵ってしまうほど汚いトイレ内は汚いし、異臭が漂っていたのだ。

麗華は少し躊躇いを見せたものの、鼻をつまんでトイレの換気扇のスイッチをばん!と乱暴に押し、しぶしぶトイレへと入る。

そして、洗面台の上に壁掛けされている曇った鏡に自分の姿を映した。

写りの悪い鏡に苦戦しながらも、角度を変え顔や髪型のチェックする。

そして、化粧ポーチから片手で器用にビューラーとルージュを取り出し、睫毛を整え、唇に色を塗り足す。

そしてポニーテールを一度解き、手早く入念にブラシをかけてから留めなおした。

仕上げにパフで頬の色むらを調整し終わると、汚いトイレの中、曇った鏡に向かって笑顔をつくり、いろんな角度でチェックしてから満足そうに頷く。

「よし・・!いつも通り完璧・・!」

気の強さを隠しきれない大きな目、自信の溢れる魅力的な口元を吊り上げて笑顔を鏡に映す。

しかし、頷いて満足そうなにしていた顔が思い出したように急にはっとなった。

麗華はおもむろにブラウスのボタンを3個開けて胸元をチェックしてから、スカートを腰までたくし上げがに股気味に中腰になって、パンストを指で前へ開くようにして引き伸ばして、下着をチェックしだした。

誰かに見られたら顔から火が噴き出すような恥ずかしい恰好で入念にチェックした結果、今日の為に下ろした薄いピンク色の上下お揃いの下着は汚れても無いし、毛が下着から「こんにちは」していることもないことが確認できた。

本当はこのトイレがウォッシュレットトイレであってほしかったところだが、個室を覗いてみた限りこの汚いトイレは和式でそんなものはない。

しかし、哲司に会う前に公共機関のトイレでキレイにしてきたし、それ以降は用をたしていない。

とりあえず嗅覚強化して自分の口臭もチェックしたし、歯も綺麗だ。

もちろん腋の匂いや汗のチェックもぬかりない。

「よし・・・!完璧・・!」

麗華は曇った鏡に頷くと、汚いトイレを出て事務所を見上げれる場所まで移動して何事もなかったようにいつもの気の強い表情に戻って腰に手を当てる。

見た目は素晴らしいプロポーションだし、木村文乃似の文句のつけようのない美貌の麗華だが、対男性戦績は毎回不戦負になってしまう理由に、本人はまるっきし心当たりがない。

麗華本人は知らないが、麗華の勤める会社では麗華は「残念な美人」で通ってしまっているのだ。

一般的に見ても、どう卑下してみても、麗華は自分の美貌が平均より下だとは思ってないし、むしろかなりイケてると思っている。

それなのになぜか男性とはうまくいかないのだ。

それだけに、麗華は久しぶりに連絡のあった幼馴染で、ずっと本命だと思っている哲司に対し、今日こそはと思っているのだ。

モヤモヤと思いを巡らせている間に、今までの戦績の経験からまたもや嫌な予感に駆られだしたところで、上階のドアがガチャガチャと鳴り始めた

哲司の言ったとおりそこまで時間がかかることもなかったようで、すぐにドアが開き、哲司が挨拶をして降りてきたのである。

「遅いじゃない!どれだけ待たせるのよ」

「いやーすまんすまん!」

見上げて腰に手を当て、憤然と言った麗華に対し、哲司が謝りながら急ぎ早に階段を駆け下りてくる。

自分の何が男性を遠ざけているのか全く分からない麗華は、いつも通りの口調で哲司に悪態をつく。

学生時代から仲間内には麗華の態度は許してもらえているが、その中でも哲司は特に寛容なのである。

「ほないこか。麗華運転たのむな。さっき通った道ちょっと戻ってくれや」

「・・ったく。じゃあ行くわよ。和尚の部屋ってここから遠いわけ?」

「いや、すぐや」

麗華より早く車に乗り込む哲司に、麗華はあきれたような口調で言いながらも、シートに腰をおろしドアを閉めてハンドルを握ってアクセルを吹かす。

哲司の下宿は言った通り、本当に会社のすぐそばであった。

「よっしゃここや。ここで停まってくれ。駐車場なんて借りてないから、麗華ここで路駐して待っとってくれな。そっこーでシャワー浴びて着替えてくるから」

「わ・・・・ょ」

住む古びた2階建ての長屋の前で、哲司はシートベルトを外しながらそう言いかけると、麗華が口を開いた。

「ん?麗華なんちゅうたんや?」

「私も行くわよ!って言ったの!」

「い・いや、俺の部屋汚いし、それに路駐しとく訳にもいかんやろ?」

哲司は部屋に来られるのは本当に困る。と焦った顔でそういうが、麗華はガォン!とアクセルを吹かし、無言ですぐ隣にあるコインパーキングへと車を乗り入れる。

急発進したせいで哲司は態勢を大きく崩すが、バックで駐車しようとしている麗華に食いつくようにして言った。

「麗華マジで俺の部屋汚いんやって!」

「汚いのは知ってるわよ。男の一人暮らしなんてどうせ散らかしてるんでしょ?ありがたく思いなさい。私が片づけるの手伝ってあげるって言うんだから」

「いやいや!なに言うとんのや!ありがたないわ!マジで汚いんやって!」

「せっかく手伝ってあげるって言ってるのになに?!あ!それとも私に見せたくないものでもあるわけ?!」

「いやそりゃあるやろ!近くにええ居酒屋があるからそこに行こうや?!」

「見せたくない物があるのね?!一人暮らしだとか言って女の子でもいるんじゃないの?」

「おらんわい!なんでそうなるんや!」

「あやしい!じゃあ別に和尚の部屋で飲んでもいいじゃない?!」

車の中でワイワイと騒ぎ始めたが、結局いつもどおり哲司が折れた。

「わかった・・!ほなけどマジで汚いし、俺の部屋やと今酒も足らんし、ツマミもなんもないから、麗華コンビニで買うてきてくれや。その間に俺が座れるスペースぐらいは作っとくから」

「・・・ふぅ~ん。まあ、それでもいいわ」

麗華は、ようやく車から降りれた哲司にそう言うと、ガコン!とギアを入れると勢いよく車を発進させたのであった。

「ふぅ・・。相変わらず『姫』やのう・・」

哲司はそう言って、勢いよく走り去る赤いスポーツカーを眺めながらため息をつく。

「そや!その姫が帰ってくる前に掃除せんと・・!何言われるかわからへん・・」

飽きれ気味に車を見送った哲司だったが、あの散らかった部屋を麗華が帰ってくるまでに片づけなければと、慌てて部屋に戻っていったのである。

ほどなくして、哲司があらかた部屋を片付け終わった時に、隣のコインパーキングに勢いよく車が入ってくる音が聞こえた。

麗華は、哲司の部屋の扉を開けるなり悪態をついた。

「きれいにしてるじゃない。これじゃ私が掃除しなくても全然平気ね。でもどうして散らかってるって嘘ついたよの?!」


「急いで掃除したからきれいになったんやって。それより麗華、ドア開けっぱなしにされたら虫が入ってくるからはよ入ってくれ」

「そ、そうなの?ごめん」

麗華は珍しく素直にそう言って慌てて扉を閉めると、両手に持ったビニル袋を玄関の床に下ろし、高いヒールを脱いで神妙な足取りで部屋へと入ってきた。

「おじゃましまーす」

急にしおらしい声色になっておずおずと部屋に入ってきた麗華の様子に、朴念仁の哲司は特に何も感じることなく「こっちにすわってくれや」と言って座布団を敷いた席を笑顔で指さしている。

「き、きれいにしてるじゃない?最初からそんなに散らかってなかったんじゃない?」

キョロキョロと哲司の部屋を見回しながら麗華は落ち着かない様子で畳の上に敷かれた座布団の上にキチンと正座してそう言った。

「まあ、あんまり部屋におらんからな。そやけど、洗濯せなあかん服脱ぎ散らかしてたから、洗濯機に入れて掃除機かけたんやで」

哲司が言った通り、脱衣所のほうからは洗濯機がウォンウォンと頑張っている音が聞こえてきていた。

「ほな、飲もか。麗華ともマジで久しぶりやもんな。こうやって飲むんも1年以上ぶりかー」

そう言って席を立ち、グラスとつまみ用の皿をカチャカチャと用意し出した哲司の背を確認して、麗華は無意識に部屋に他の女の気配がないか鋭敏な感覚でチェックして安心できたおかげで、少し調子を取り戻し、口を開いた。

「1年ぶりどころじゃないわよ。卒業して2年になるからね」

「もうそないなるんやなぁ。早いもんや」

ちゃぶ台にグラスと皿を置いて座った哲司が、ビニル袋からビールを取り出しぷしゅ!といい音を立てて開け、麗華のグラスに注ぎながら言う。

一杯奢ると言いながらも、哲司の部屋で飲むことになったので、買ってきた酒やツマミは全て麗華が支払ったのであるが、麗華もそんなことを気にした様子もない。

「ほんとにね。学生時代が懐かしいわ」

哲司と麗華は、懐かしさもあってしばらく学生時代の昔話や、お互いの近況を冗談交え話し合ったのである。

お互いに飲める体質の哲司と麗華は、どんどんと酒も進み、畳には空き缶と空き瓶が増えていく。

小一時間してすっかりいい気分になった麗華は、タイトスカート姿だというのに膝を崩し哲司の目のやり場を少し困らせてしまっていた。

「って感じでスノウばっかりモテちゃってさ。どうしてうちの男どもはこんなに見る目がないのかっていうか、わからんちんばっかりっていうか・・・。私って言うグラマラスな美女がすぐ近くにいるってのに全然わかってないのよ!・・たまたまなんだけどなんでスノウも私と同じ会社に就職しちゃったかなー。でもあの子ってばどうも私に対抗心燃やしてるところがあるのよね。スノウもスノウで言い寄ってくる男をその気にさせといて、告白してきたところで『好きな人がいます』だもんね。あれじゃ男の方もたまらないわよ。・・・悪い子じゃないんだけど、男ってああいう無口でも大人しい子が好きなもんなのかしらねぇ?」


「ははは・・・そりゃそうやろ」

哲司がスノウと麗華のやり取りを想像して油断してしまい、乾いた笑いを発して本音を呟いた瞬間に、容赦のない麗華の速射砲が飛んできた。

「ちょっと!?そりゃそうやろ。ってどういう意味?!もしかして和尚もスノウのこと好きなの?!」

頬を酒で赤くさせ、上機嫌で話していた麗華だったが、哲司がしてしまった当たり前の反応に猛抗議しだし濡れ衣をかぶせてきたのだ。

これはマズいとおもった哲司は、社長のせいで今日の本題なった話に慌てて切り替える。

「ちがうって!誤解や!俺はどっちかって言うと麗華みたいに明るい女の子のほうが好きやで?!・・・そ、そや!麗華。今日さっき社長に言われた仕事なんやけどな、ついに探偵っぽい仕事依頼されたんや!それでちょっと麗華に頼みたいことができてな」

矛先を逸らそうと、かなり大げさな手ぶりで言う哲司に、麗華も美しい顔に疑問を浮かべて振り上げかけた拳と、上げかけた腰をおろして座りなおした。

「そ・・そうなんだ?・・どんな話だったの?」

麗華も哲司の「スノウより私みたいな明るい女の方が好き」発言に完全に気勢を逸らされて、一気に大人しくなる。

それに、麗華も探偵という仕事に縁が深いわけでもないので、探偵っぽい仕事という話に興味津々なのだ。

「人さらいの調査やな」

織田裕二似の爽やかな笑顔で得意げにあっさりと言い切った哲司に対し、麗華は驚きながらも、当然の反応を見せたのである。

「いや、それ警察の仕事でしょ?!」

麗華の冷ややか気味な反応に、哲司は目を瞑ってちっちっちっ!と人差し指を立てた仕草を見せて、麗華を少しばかり苛つかせてから得意そうに言い返す。

「最近女子大生が攫われてんのニュースでしってるやろ?どうもアレ絡みやねん」

「だから!警察に任せときなって話でしょ?!」

「最後まで聞かんかい。この人さらい事件はな、都内のけっこうええ大学の生徒ばっかりさらわれてるみたいなんや。捜索依頼が出されてるだけでも20件越えてるねん。警察も最初は動いてたけど、誘拐事件が始まりだしてまだ半年もたたんちゅうのに、捜査はほとんど打ち切られてるんや。捜査本部は置かれてるが名目ばっかりで、肝心の捜査はほとんどやってない。警察もまともに動かれへんようなキナ臭い事件ってことで俺らみたいな探偵の出番ってわけなんや」


苛立ち気味の麗華の反論に対し、哲司はやや興奮気味である。

「でもそれって・・・危なすぎるんじゃない?」

苛立ち顔からすっかり心配顔になった麗華が、哲司にそう言うも哲司はちゃぶ台に数枚の顔写真をと置くと、麗華の両肩をガッチリつかんで続けた。

「きゃっ!?」

「そこでや、このグリンピア興業の奴らがあやしいらしいんや。俺はこいつらの尾行を依頼されたんやけど麗華。おまえの法律事務所ってここの顧問弁護士引き受けとるやろ?俺がこいつら尾行して尻尾つかむさかい、その裏取りで情報まわしてくれへんか?」

「ええええっ!?無理よそんなの!」

麗華は肩を掴まれ、間近に迫る哲司の顔にドギマギしながらも、事が事だけにきっぱりと言い切ったのだが・・。

「頼むわ。危ないことさせるわけやないから!」

熱心な哲司の懇願に、麗華はしぶしぶ頷くことになったのである。

「でもさ、私もまったくのタダってわけにはいかないんじゃない?」

ちゃぶ台に置かれた数枚の顔写真を手に持って目を通しながら、麗華は上目遣いで麗華からの承諾を得て満足顔の哲司の顔を盗み見る。

「ああ、俺にできることやったらなんなりと言うてや?」

哲司は明日からの初めての探偵らしい仕事の妄想に胸を躍らせて、機嫌よく言う。

「じゃあさ、今日はもう遅いし・・・、あの・・シャワーとか・・貸してもらっても・・・・いい?」

数枚の顔写真で真っ赤な顔を隠しながら、麗華は思い切ってそう言ってみたが、哲司からはあっさりとこたえが帰ってきた。

「ああ。来客用ってわけやないんやが、予備の布団もあるしな。なんもせえへんから安心して酔いつぶれてええで」


哲司の答えに目を輝かせかけた麗華であったが、あまりにも下心も屈託も感じさせない哲司の笑顔に気が付くと、目を吊り上げてワナワナ肩を震わせ出し、持っていた顔写真がぐしゃ!となるほど握りしめてからばん!とちゃぶ台に置いた。

「ありがと!それじゃあね!」

「どないしたんや?もう帰るんか?」

「そうよ!ばか!」

起ち上ってドタドタと玄関に向かう麗華は、酔いもあってか空き瓶を踏んでしまい倒れそうになる。

「きゃっ!?」

そんな倒れかけた麗華を哲司がしっかりと抱きとめたのである。

「アホいうなや。電車ももうないし、飲酒運転するわけにいかへんやろ?今日は泊っていけや」

若かりし頃の織田裕二似の哲司に間近で心配そうな顔で言われれば、お転婆な麗華も、酔いにも助けられて赤面した顔を逸らせ頷くしかなかった。

「うん・・今日は泊っていく」

小さな声でそう言った麗華は、照れを隠すように哲司の大きな背中へと両手を回し、思い切って哲司と唇を一気に重ねたのであった。

【第11章 人工島カジノ計画に渦巻く黒き影 8話 【回想】豊島哲司と寺野麗華2 終わり】9話へ続く
筆者紹介

千景

Author:千景
訪問ありがとうございます。
ここでは私千景が書いた小説を紹介させて頂きたいと思います。
ほぼ私と同年代の既婚者が主役のものになるかと思います。登場人物同士が
つながりを持っていて別の物語では最初の物語の主人公が脇役を務める様な
小説全体につながりを持たせ想像を膨らませていけたらと思っております。
どうぞ宜しくお願い致します

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