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第8章 三つ巴 43話 紅蓮の紅音 

第8章 三つ巴 43話 紅蓮の紅音 

斎藤アリサは肩で息をしながらも、膝をついて斬られた肩口を抑えているスノウを庇うように3人の剣士に向かって構えて振り返らずに後ろに声を飛ばす。

「画伯・・!スノウちゃんを!」

「わ、わかってます!」

アリサと同じく肩で息をしているスノウこと斎藤雪に駆け寄り、画伯こと北王子公麿はスノウの肩口に手をかざして傷を癒す。

その様子を、二人を斬りつけた本人である南川沙織はつまらなさそうに見ていた。

スリットの入った真っ黒のタイトスカートのスーツを着こなし、その服装には不似合いと言える対照的なピンク色のネイルを施した白い指には大きなシルバーリングを幾つも嵌め、両手には日本刀・・、いや、脇差か小太刀程度の長さの刃物が握られている。

童顔の沙織は一見すると可愛らしいという表現が一番ぴったりと合うのかもしれないが、彼女を知るものはそれが見た目だけであることをよく知っていた。

「はんっ!あの銀髪がいないじゃない・・・こりゃ肩透かしもいいとこね!」

沙織は両手に刀を持ち万全の態勢で臨んだのであるが、全力を出すべき相手はおらず、更にこちらの人数が多すぎて、戦闘に歯ごたえがないことが不満であった。

「沙織!油断大敵ですよ・・。ここで汚名をそそいでおかないと、僕たちは大手を振って戻れません。それに稲垣加奈子が乱入してきたらすぐさまここは修羅場になります。それにその女たちの体術もなかなか侮れません。さっさと人数を減らしておくべきです!」

沙織のセリフに対して窘めたのは白いスーツをところどころドロと血で汚した井川栄一であった。

「そうですよ。栄一さんの言う通りです。・・・私をこんな時間にこんな辺鄙ところまで呼び出しておいて・・。何かと思って来てみれば・・、やっぱり助太刀と御屋形様との仲立ちじゃないですか。・・私もほとほと自分のお人好しさ加減を反省しています」

凛とした声で、栄一のセリフに続けたのは腰よりも長い黒髪を片手で押さえた女性の剣士だった。

切れ目で儚げな危うさのある美人で、和服が似合いそうな容姿であるが、沙織と同じくスーツ姿だ。違うのは沙織のようなスカートでなくパンツを着用しており、足の長い長身女剣士のスタイルによく似合っていた。

その女剣士の艶のある黒髪は腰まであり、華奢ともいえる身体つきではあるが身長は170半ばもある。

そして更に目を引くのが女剣士の手にした刀、その長さは女の身長ほどもあった。

「ごめんごめん。そう言わないでよ、かおりん・・感謝してるって・・。御屋形様がまともに意見聞いてくれるのって、なっちゃんさんか、かおりんしかいないからさ。・・私達だけで報告するとまた髪の毛短くされちゃうよ・・」

振り返った沙織が以前に髙嶺弥佳子に髪の毛をトラ刈りにされたのを思い出したのか、その表情を暗く曇らせている。

沙織が(かおりん)と呼んだ長身細身の女剣士にそう言うと、長い髪が風に靡くのを抑え、肩を僅かに竦めながら沙織と栄一に応える。

「ふぅ・・わかりましたから、済ませてしまいましょう」

そう言うと、かおりんと呼ばれた長身剣士は自分の背丈ほどある長刀をスラリと抜き、月光を反射させた刀身でゆっくりと弧を描きオーラを凝縮する。

「・・・【斥力排撃】」

長身女剣士が静かな声でそう言うと、両手で持ち掲げた長刀からキィィン!と澄んだ高い音させオーラが放出する。

「・・ま、またそれなの~!?」

アリサが然も嫌そうに唸った。

アリサが先ほどから沙織に何度も打ち込んだ蹴りを、その能力によってほとんど威力を削がれてしまっていたからだ。

アリサの鍛え抜かれた脚の筋肉をオーラで更に強化したキックボクシング仕込みの蹴りは沙織に触れるかなり手前から、空気を圧縮させたようなものに阻害され軌道を逸らされてしまうのだ。

通常なら、アリサの跳躍からの蹴りは、樹齢100年にもなる大木すら真っ二つにするほどの威力なのだが、その威力を全く無効化されてしまって現状の戦況を招いている。

アリサのげんなりした声を無視して、(かおりん)と呼ばれた女の手にした刃から放たれたオーラが栄一と沙織の周囲に纏わり二人を包む。

「・・ま、念には念をいれてってことでいっか」

【斥力排撃】は展開させた対象に対して放たれた攻撃をはじく能力。沙織自身は詳しく知らないし、原理は知る由もないが、生半可な威力ではまともなダメージを与えられない・・。南川沙織は同僚である前迫香織(まえさこ かおり)、通称(かおりん)の能力を思い出し、小声で呟くと、気を取り直してアリサと呼ばれている女に構える。

「さてっと・・そんじゃま・・いきますかー♪」

いつもの残忍な笑みを張り付けた沙織は構えを更に低くし、その童顔を自身の膝の高さほどまで下げてから地面を蹴る。

「きゃは!♪」

大塚マンションで見せたのと同じ笑顔を張り付けた沙織の表情にアリサは一瞬息を飲む。

が、沙織は意にも解せずアリサ目掛けて愛刀の九字兼定と京極政宗をすでに抜刀した状態でアリサに斬りかかる。

「もうっ!舐めないでよね!!」

大塚マンションで真理と一緒にこの南川沙織と対峙した際、沙織は納刀した状態での突進居合を多用していた。

今はあの時とは比べ物にならないぐらい遅い。

(私のこと甘く見てる!後悔させてやるんだから~!)

大塚マンションでは蹴りを躱され、アキレス腱を斬られたことが脳裏に浮かぶが、良くも悪くもアリサは過去を引きずらない。

(あの速度じゃ見切られるってことなんだよね!)

「でえええええい!」

そう思うと気合の籠った声を発し、最大速度で凶悪な笑みを浮かべた、迫りくる狂気のゴスロリ女に敢えて間合いを詰め膝蹴りを放つ。

「っと!!♪」

アリサが打って出てくるとは思わなかった沙織は嬉しそうな顔をしたまま驚き声を上げた。

ガキッ!と金属同士がぶつかるような音が響き、沙織は交差させた二刀でアリサの全体重を乗せた膝蹴りを防ぐ。

「ってめえ!!・・ぅわ!!」

アリサは右膝での飛び膝蹴りから、沙織の顎目掛け左足を思い切り振り上げたのだ。

蹴りで両方の刀を持った手を弾かれた沙織は、歪んだ笑みを張り付けたまま、怒りをあらわに正面のアリサを睨むが、アリサの追撃は続いていた。

沙織の目の前にはすでに空中で身体を捻り、回転し顔を向けたアリサと沙織の視線が交錯する。

キックボクシング仕込みの強烈なソバットが沙織の顔面を捉えた、はずであった。

完全に捉えたタイミングであったはずであるのに、ぶぅん!と空気を切裂く空振り音が暗く静かな林の中に響く。

「ちょっ~・・っと!!もうこれ何なの~!?」

沙織を蹴ったはずの右脚は、沙織には当たらず、沙織の顔を避けるようにして頭上を通り過ぎたのだ。

香織が沙織に纏わせた【斥力排撃】が発動したのであった。

大技を盛大に空振りしたアリサは空中で訳が分からないと言ったような声を上げ、崩した態勢を立て直そうと大慌てで手をバタつかせるが空中ではどうしようもない。

「あーらら・・隙だらけ♪・・ほいっと!」

沙織は場違いな余裕のある声で可愛らしくそう言うと、高速で二刀をヒュンヒュンヒュン!と音を立てて呻らせる。

カカカカッカキン!バチン!バチン!

「うぁっ!?きゃっ!いたっ!!」

左手に握られた九字兼定で垂直に切り上げ、アーマースーツ下腹部付近のジッパーエンドから鎖骨付近のスライダーまで肌を傷付けないよう器用に斬り飛ばし、刀を返しそのまま振り下ろして、アリサの振り上げた右脚の内腿をしたたかに強打する。

それと同時に右手に構えていた京極政宗でアリサの軸足である左脚の内股部分も同時に強打したのだ。

攻撃を受けたアリサは空中で大きく態勢を崩し仰向けで地面に激突する。慌てて起きようとするが、内腿を強打されたため、脚の反応が鈍い。

(早く立て直さなきゃ!)

と焦るアリサの胸に鈍い衝撃が走った。

「ぐふぅ!」

沙織にジッパーを切裂かれ露わになった胸の上を、ピカピカに磨かれ先端がやや丸まったパンプスでどかっ!と踏み抜かれ、再び地面に背中を打ち付けさせられたのだ。

「ぐっ!・・く・くっそ~!・・なんなのよう!さっきからインチキばっかり!」

周囲の地面にバラバラと音を立てて粉々にはじけ飛んだジッパーの破片が飛び落ちる。

悔しそうな声を上げて自分の身体の上に乗って首筋に刀を突きつけている南川沙織をアリサが罵る。

「インチキ・・ね。・・・かおりんの能力は私もそう思うわよっと!♪」

そう言い終わるが否や、沙織は再び二刀をアリサの両肩目掛け鎬地で強打する。
所謂峰打ちというやつだ。

「きゃあああっ!!・・あうぅう!痛い!ああああ!」

両脚両肩ともに鍛え抜かれた鋼で強打され、四肢身動きできなくなったアリサは悔しさと痛みで悲鳴を上げた。

「んんんん~♪いい声♪どう?同性に裸に剥かれておっぱい踏みつけられる気分はぁ?♪」

アリサの露わになった白い腹部や豊満な胸の膨らみを土足で踏み付けている沙織は、目を閉じアリサの上げる悲鳴を堪能する。

「アリサーー!」

あまりにもな仕打ちを受けているアリサに向かってスノウが叫ぶが、そのスノウの状況も芳しくない。

「こらっ!暴れるな」

スノウは井川栄一に手首を掴まれ、鉄扇を手にしたまま後ろ手に腕を決められ、うつ伏せに地面に組み伏されていた。

鉄扇の要の下に空いている穴に通していたパラコードを逆に利用され、手首ごと後ろ手で縛られているところだ。

「加奈子と比べると・・信じられないほど・・楽です」

スノウこと斎藤雪の細く華奢な腕を後ろ手に縛り上げた井川栄一は、立ち上がってスノウを見下ろしながらそう呟いた。

「くぅ!こ、こんなに強いなんて!」

菊沢事務所の中では華奢で戦闘は画伯の次に不得手だとしても、それは菊沢事務所内の話であり、一般的な身体能力を持っている成人男性だと、スノウの身体に触れることもなく、鉄扇で滅多打ちにされるであろう。

スノウは土で服を汚しながらも、何とか立ち上がろうとするが、何故か四肢が異常に重くてほとんど動かせない。

スノウを【治療】していた画伯はすでに井川栄一の問答無用の峰打ちでのされて、仰向けに倒されている。

「何を言うのです。私が【斥力排撃】を纏わせたから、敵の攻撃を気にせず突っ込めたおかげでしょうに・・。それにこんな小規模な作戦に六刃仙が3人もいるのですよ?・・奈津紀には何と説明してあるんです・・?それに御屋形様に報告することを考えると今から胃が痛いですよ」

キン!と澄んだ音をさせて身の丈ほどある長刀を、舞っているような所作で数回回転させながら前迫香織(かおりん)は、頭上で納刀し静かな声で井川栄一に言った。

「助かったよ香織さん。・・・君には借りをつくってしまったね」

香織は栄一の謝辞に肩をすくめ、軽く手を上げた。

「御屋形様には・・うまく言っておきますよ。」

そう言う香織の顔には仲間を思いやる優しい笑顔があった。

(さて、噂の銀獣とやらを見学に行きましょうか・・。もし張慈円と渡り合えるのなら一見の価値ありです。・・話では強化系特化のガチンコタイプと聞いてますが・・、そういうタイプなら私とは相性最悪のはずですし、・・張慈円が困っていたならば助太刀しましょう)

香織は左手で刀の鞘を持ち軽く肩に置くと、沙織や栄一が話していた銀髪女のことを思い出してこの機会に見ておこうと踵を返す。

「か、香織さんどこ行くんです?」

「ちょっとそこまで~すぐ戻りますよ」

栄一の問いかけに、右手を上げ顔だけ振り返りそう言う香織の顔は笑っていた。

栄一は(沙織の笑顔とはえらい違いです・・)と内心で呟くと足元で呻いているスノウを見下ろした。

後ろ手に縛られたスノウは地面にうつ伏せで悔しそうに呻きながら這いつくばっている。

「うぅ・・まだ何もしてないのに!・・美佳帆さん力になれなくてごめんなさい」

黒のミニフレアスカートは捲りあがり、白い肌のヒップに白いTバックが露わになってしまっている。黒のハイソックスに包まれた長い脚は栄一の能力で重くなっており、捲れあがったスカートを直そうと不自由に動く様は栄一の加虐芯に火をつけた。

栄一は口元を歪めると地面にうつ伏せで這いつくばっているスノウに、両肩と膝裏をもう軽く峰打ちをする。

「はっうう!?ああああ!重いぃ・・!?痛い!・・っな、なにをしたの!?」

後ろ手で縛られ仰向けに倒されていたスノウが身体に起こった異常に狼狽して悲鳴を上げる。

【鈍重】刀にオーラを込めた状態での攻撃が成功すると、対象の部位の重量を重くできる。重くできるのは一回の攻撃につきその部位の2倍までで、ダメージではなく送り込んだオーラ量による。

地味だが、相手に行動阻害を継続で与える呪詛能力で、栄一らしい嫌味な能力だ。

かつて二条橋の上で、あの銀獣すらもこの能力で自由を封じ、動きが鈍くなった銀獣の四肢を更に重くて、首から上だけは自由にさせて凌辱したのだ。

重くさせても、術者の栄一にその重さは影響がない為、動けなくなった無抵抗の銀獣の意識だけを残したまま銀獣の初めてを奪い、泣いて抵抗しながらも、敵相手に何度もアクメを与えられて屈辱に濡れた銀獣の表情を堪能しつつ、何度も精を注ぎ込んだのだ。

足元で無抵抗になり這いつくばっているスノウを見ていると、かつての性交体験が頭の中に甦り、本人では紳士を装ってるつもりの顔が醜く歪んだ。

「ふふふふ!・・聞いているよ。君は張慈円にたっぷりと仕込まれたんだってね?・・加奈子とは随分タイプが違うが、やっぱり女は君みたいに非力な癖にプライドの高い女が最高だね・・。プライドが高くて力も強いなんて女はサイテーさ。その点君は優秀なほうだよ」

栄一は訳の分からない歪んだ持論をしゃべりながら、下半身をショーツ丸出しにされているスノウを見下ろし、自身の中心部が滾ってくるのを感じていた。

愛刀三日月宗近の切っ先をスノウのヒップを包んでいるTバックの小さな布地が集中している個所に当て刃の先端をクルリと回転させ布を巻き付かせた。

元の形に戻ろうとする生地は刃に切断切断され、Tバックはパチン!と音を立て三方に弾け無残にもスノウの白いヒップと薄めの陰毛に覆われた秘部が露わになる。

「・・・っ!!こ、この下種!」

スノウは自由に動く首を持ち上げそう言うと、見下ろしている栄一を睨み上げる。後ろ手にパラコードで縛られて腕はびくともさせられない。脚も何故か根が生えたように重く思うように動かせないスノウは悔しさと情けなさで目尻に涙を溜めながらも栄一を睨み続ける。

「おぉ・・動くこともできないのにその顔。その視線!これは・・、たまりませんね・・」

加虐心を大いに掻き立てられた栄一はスノウの感想を呟くと、睨み上げてくるスノウのすぐそばに座り、髪の毛を掴み更に上を向かせて好色な笑みを浮かべた。

「くっ!」

髪の毛を掴まれ仰け反らされたスノウは白い喉を露わにさせられながら悔しそうに呻いた。

「見るに堪えない。たまらないのはこっちのセリフ」

突如、聞きなれない声が暗がりの林のほうから響き、とっさにそちらに目を向けた瞬間、栄一は目を剥いたように見開いた。

火?

次の瞬間、ごう!と音がして栄一の身体全体が火炎の一閃に包まれる。

「うぎゃあああああああ!」

「きゃっ!」

「井川君?!」

アリサの乳房を土足で踏みつぶし、喉元に切っ先をあてがっていた沙織は栄一の悲鳴のほうに顔を向け叫ぶ。

スノウは動かない身体をできるだけ縮め、顔を伏せて炎をやり過ごす、が音と業風は肌で感じられるのに、不思議と熱による熱さを感じない。

(こ、これは・・オーラによる炎・・!対象だけにダメージを与えるように熱の範囲を調整してる・・。地面に落ちてる木の葉や木々も燃えていない・・・のにこの威力・・!とんでもない高等技術だわ!何者なの?!)

スノウは自分に害が及ばないことを確信すると、炎が飛ばされてきた方向に首を向ける。頭で理屈は解るが簡単ではないことをやってのけた人物を、視力強化と暗視を使い暗闇の中に視線を飛ばす。

スノウのすぐ隣で紅蓮の炎に包まれた栄一は、炎が消え、白いスーツは燃えてほとんどなくなり、ベルトとベルト下の布地が僅かに残っているだけで、ほぼ全裸に焼き尽くされている。髪の毛もチリチリになった井川栄一が足を踏ん張り、手を顔の前で交差させた状態で立っていた。

「お、おのれ~!!何者だぁ!!」

そんな恰好でも生きているのは前迫香織に施してもらった【斥力排撃】のおかげである。

ススで顔を黒く汚した栄一が、炎が飛んできた方向に大声で叫ぶがダメージは大きく、その場に片膝をつく。

「なるほど・・・さすが、髙嶺と言ったところかしら?この私の【火炎】をまともにくらっても事切れないとは・・ね。はな!その全裸の変態からノーパンの女を引きはがして介抱をして!」

両手に炎を宿した小柄なスーツ姿の女が、栄一を、蔑みを込めた目で見ながら同じスーツを着こなした(はな)と呼ばれた女性に指示を出す。

「まかしとき!って紅音ちゃんがもう瀕死にしてもうとるやん・・。私の見せ場なしやないの。・・それにノーパンの女って・・もうちょっと言い方あるやろうに・・きっとあの子が雪ちゃんやで?今後、紅音ちゃんの部下になるんやし、優しいにしいよ?」

はなと呼ばれた体格のいい女性が目の前の小柄な女性の背に向けて微かな不満を口にする。

「丸岳君、そっちの女を始末するわよ。」

紅音と呼ばれた小柄な女性は、はなの不満には答えず、続けて後ろに立っていた長髪のダークスーツを着こなした男性に振り返らずそう指示を出す。

「ククク・・。着任早々お祭り騒ぎですね。まあ退屈しなくてよさそうですが」

たれ目の長髪男は悪党のような笑い方をして髪をかき上げ、小柄な女性の指示に、素直に軽く頭を下げ了承の意を示す。

「な、何者なんだよてめえら!」

沙織がアリサの身体の上から飛び降り、二刀を納刀し柄に手を掛け、腰を落として構え最大警戒した様子で怒鳴る。

「??・・あなた達、自分たちが戦ってる相手を知らないのですか?」

「わーかってるわよ!!宮コーでしょうがよ!!名前聞いてんだよ!!馬鹿がっ!!」

小首を傾げ淡々とした様子で語る赤髪の小柄な女性の態度に苛ついた沙織が、ギラついた目で睨みながら怒鳴る。

「汚い言葉・・・。答える義理も無いですね。・・・いきますよっ・・っはあっ!!」

【紅蓮火柱】

大きく目を見開いた赤髪の小柄な女性はそう言うと両手を高く掲げ振り下ろした。

次の瞬間、スタジオ野口に膨大なオーラが収束し、ぼぅ!!と音を立て大きな火柱が立ち上がった。

暗くひっそりとした林の中が突然発生した炎の光で周囲広範囲を明るく照らす。

火柱の高さは十数メートルにも及び、範囲は建物全体をほぼ包み込んでいる。

バチバチバチバチ!と炎が爆ぜる音を響かせて炎よりなお赤い紅蓮の火柱が立ち上り、建物を焼き尽くしていく。

赤髪の女は、ゼエゼエと大きく息を吐き肩で息をしており、その背を(はな)がやれやれと言った表情で撫でている。

「いきなり大技連発やね、紅音ちゃん。・・そんな飛ばさんでも大丈夫やで、うち等もおるし」

「・・まったくだ。社長から証拠を消せとは言われてるのは解るが、後でもよかっただろう?」

「ぜぇ・・ぜぇ・・やることは・・ぜぇ・・先にやっておかないと・・ぜぇ・・落ち着かないのよ!・・ぜぇ・・あの七光り女の・・ぜぇ・・尻ぬぐいなんでしょ・・。やっとドジ踏んだわね・・ふぅ・・一気に失脚させてやるわ」

大柄な女と長髪男が赤毛の女を気遣うように声をかけるが、目に欲望の濁った光をたたえて顔を上げた紅音は、汗で濡れた額を拭いながら言った。

「・・紅音ちゃん・・社長から特権もろうとるちゅうても、支社長さんと仲良うしてや?・・案外と悪い子やないし、噛みついても大人しいなるタマとちがうで?・・真理ちゃんも加奈ちゃんも、生粋の支社長派やしメンドクサイことになるわ・・仲良うやってよ?」

はなが心配そうに背中越しに声を掛けるが、紅音は「相手次第ね」とだけ振り向かずに言いう。

突出した恐るべき能力を持つ紅音の小さな背中を見ながら、大柄なはなと長髪のたれ目の丸岳は顔を見合わせてやれやれと肩をすくめた。


【第8章 三つ巴 43話 紅蓮の紅音 終わり】44話へ続く


第8章 三つ巴 44話 宏と哲司 銀獣VS白雷

【第8章 三つ巴 44話 宏と哲司 銀獣VS白雷】

スタジオ野口の裏口付近にいた見張りらしき男たちを、有無言わさず乱暴に薙ぎ払い、ずかずかと屋敷内に侵入していく宏の背を追いながら哲司は急ぎながらも罠などがないかあたりを注視して続く。

(宏のやつ相当焦っとるな。俺かて佐恵子さんが攫われてたら冷静でおれるかどうかわからへん。・・まして宏は長年連れ添った妻の美佳帆さんが捕まっとるんや、しょうがあらへん。こんな時こそ俺が冷静でおってやらなな・・。まあ、佐恵子さんが捕まって助けを待っとる姿なんて、うまいこと想像できへんけどな・・。)

付き合いの長い相棒の心中を慮りながらも、あり得そうもない想像を頭から振り払う。

「ど、どこや!・・1階にも2階にも居る様子あらへんぞ!」

一通り屋敷内の部屋を走り回り、扉を開けて回った宏は応接室の真ん中で立ち、周囲を伺うようにきょろきょろとあたりを伺い誰ともなしに言う。

しかし焦りはあるが宏の頭は冴えており、オーラは心身に漲り五感が研ぎ澄まされている。

「そこか!」

微かに流れ出る空気の動きと、僅かに漏れ出てくる女の声。

(くっ・・!美佳帆さん!)

宏は応接室においてある主賓用の豪華な椅子を片手で掴むと投げ捨て、その奥においてある木目の美しい光沢のあるサイドボードに向かって拳を突き出す。

がしゃん!!
ぱりーん!!

宏に投げ捨てられた豪華な椅子が内窓にあたり窓ガラスを破壊し、サイドボードのガラス戸と、納められていた高級酒のボトルが派手な音を立てて周囲に散らかる。

「おいおい!宏気づかれてまうぞ?スイッチか何かしらあったんと・・」

「この程度の大きさの屋敷や。気づかれてまうんはどうしようもない・・。それに隠し部屋言うてもそんな広うないはずや!一気にいく!」

「せやな!わかった!」

サイドボードの裏面にあった、ハンドル付で金庫の入口のような見た目をした、重厚な金属性の扉を、足の裏で蹴りつけている宏の背中に哲司が声を掛けるが、哲司もすぐに同意する。

「な、なんだ貴様ら!」

隠し扉の裏にいたスーツを着た髭面の大男が、乱暴すぎる突然の侵入者達に向かって大声で怒鳴る。

「ここで正解みたいやな!」

サングラス越しに大男を確認した宏は、金属製の扉を凹まして蹴り抜きざみ、速度を緩めず無警戒にもそのまま大男に突っ込んで言い放つ。

「ひぃ!」

スーツを着た強面髭面の大男だったが、厚み5cmはあろうかという金属の扉をキックでぶち抜いて侵入してきたグラサン男に完全に肝を冷やされたようで、そのイカツイ顔を覆うようにして床に身を竦めて小さく悲鳴を上げた。

「おいデカブツ!この奥に女監禁してるんか?橋元はおるんやな?!」

グラサンは付けているが鬼の形相の宏が縮こまったデカブツに怒鳴ると、デカブツは体格に似合わぬ、小鹿のように高い声で必死に言い訳を始めた。

「ひぃ!い、います!橋元さん、いえ!橋元はこの奥に!連れてきた女もそこにいます!橋元が呼んだ男たちと一緒にその女を輪姦(まわ)しとるところです!俺はなんもしてません!みてません!だから命だけはたぎゅ・・」

鬼気迫る宏の様子に手で顔を覆い、怯えながら嘆願している男は最後まで喋ることなく事切れた。

「輪姦すやて・・?」

指先を髭面大男の眉間に突き刺したままの宏は、ぼそりと呟いた。

「お、おい!宏・・」

もしかしたらと危惧はしていたが、宏の有無を言わせぬ怒りに満ちたオーラが背中越しでも十分充満しているのが見て取れる。

本当に皆殺しにするつもりだと分かった哲司はそこまで言って口を噤んだ。

そのとき、哲司の耳にノイズの混じった稲垣加奈子の緊張した声が響く。

「なんやて?!わかった!・・」

髭面の大男の眉間から指を引き抜き、男が来ていたスーツで拭っている宏も、突然の哲司の声に顔を向ける。

「どないしたんや?!」

やや狼狽えた声で宏が哲司に促す。

「稲垣さんからや!外に張慈円が来とる。稲垣さんと交戦中や!・・今度はこっちが待ち伏せされたんや!」

哲司のセリフに宏はグラサンを指で押し上げ眉間をつくるが、一瞬考えたようではあるがはっきりと言い切った。

「そうかもしれへんけど、間違いなくこの奥に美佳帆さんがおる!さっき微かにやが声が聞こえたんや・・聞き違いやあらへん」

哲司の返事を一応待つつもりだったが、その心配はなかった。

「ここまで来て罠の心配してもしょうがあらへん!美佳帆さんも助けて待ち伏せも潰す!でええな!」

「すまんな・・テツ・・いくで!」

哲司は宏の心配を吹き飛ばす返事をすると、宏もそれに応えると同時に力いっぱい扉を蹴破った。




レンガの敷き詰められた歩道を足音なく歩いていた長身長髪の女剣士は、はたと歩みを止め、店庭に植えられている植栽に視線をむけて静かに言った。

「・・何者です?」

長髪長身の女剣士こと、前迫香織は長い髪を抑えながら長刀の鞘を植栽・・否、植栽の影に潜む気配に突き付け姿を隠した気配の反応を待つ。

隠れている気配は香織の問いかけに一瞬動揺したような微妙な空気の流れを発したが、意を決したように声を出した。

「・・俺がいるのを見破ったのかよ・・?」

そう言いながら、ゆらりと外灯の下に身を晒した男は乾いた笑い声を微かに発し、やや疲れた表情に見で香織にそう言った。

「・・当然です」

香織が目を細め、首を僅かに傾げたのは、現れた男が想像していたものよりずっと男前だったからだ。香織は植栽の影から現れた褐色の肌に整った顔立ちの男の正体や戦闘力を、表情と身のこなしで見抜こうと観察する。

「・・へっ」

褐色肌の整った顔立ちの男は、香織のセリフに一瞬目を見開き驚いた表情になるが、すぐに自嘲気味にかたを竦めると溜息をついた。

男の自虐ともとれる反応にさらに目を細め、首を傾げた香織は鞘を付けたままの切っ先を僅かにしゃくり男にそれ以上の説明を促す。

「・・俺は劉だ。香港だよ。あんたは髙嶺なんだろ?・・よろしく頼むぜ」

劉幸喜は名乗ると、草臥れてはいるがその整った顔に笑みを浮かべ長髪長身の女剣士に手を上げ軽く頭を下げて挨拶をした。

劉の言葉に香織の表情は激変した。警戒に満ちていた表情は消え去り、一気に女性的な優しい表情になる。

「これは・・失礼いたしました。劉幸喜さんですね。聞き及んでいます。この度はご依頼頂き光栄です。ご依頼いただいたからには髙嶺の名に恥じぬ働きをお見せする所存です」

香織は突き付けていた刀を腰の後ろに隠すと、劉に向かって丁寧にお辞儀をしてみせる。

香織の頭の中で、仲間から聞いていた情報と一致したためだ。かといって、香織の動きに隙はないのだが、表情は随分和らいでいる。

(へぇ・・)

劉は内心で長髪長身の女剣士の振舞いに感心していると、女は更に続けた。

「申し遅れました。私は髙嶺六刃仙が一人、前迫香織と申します。お見知りおきください」

お辞儀から顔を上げ、切れ長の目でじっと劉を見つめてくる目にはクライアントを敬う敬意が含まれており、香織の烏の濡れ羽色で艶のある黒髪を静かにかきあげる所作が女性らしさを感じさせる。

「ああ、俺は劉幸喜だ。劉でいいぜ。よろしく頼む。そっちは3人と聞いていたんだが、あんたとは初顔だな」

劉はそう言うと、美女を前にすると出てしまう癖でつい右手で差し出してしまい、「しまった断られる」と思ったのだが、意外にも前迫香織は劉の差し出した手を即座にすっと握りそれに応えた。

「どうかされましたので?」

握手したまま動かない劉を不審に思ったのか、劉の手を握ったままほんのわずかに首を傾げた香織が、怪訝そうに聞いてきた。

「い、いや・・。なんでもない」

つい先日出会った他の六刃仙達とは随分違う印象の為、戸惑いがでてしまった劉は慌てて手をパタパタと振り取り繕う。

「クライアントである張慈円さんが戦闘中のはずです。苦戦されているようであれば、助太刀しようと思い向かっておりました。張慈円さんはあちらに?」

香織の表情にやや疑問符が浮かんでいるのは、張慈円の仲間である劉幸喜がボスである人物を差し置いてこんなところに隠れていた為であろう。

「い、いや!・・ボスはこっちはいいから裏手にまわって髙嶺と残りの奴らを始末してこいとのことだ」

「そう・・ですか」

劉の慌てた言いように、表情を顔には出してはいないが、香織は劉の反応を観察する目がやや強まるも、そのまま劉の言葉を待った。

「あー・・ともかく俺は裏手にまわるぜ・・?そういう命令だからな。あんたはもし、うちのボスが無いとは思いたいんだが、苦戦してたら頼む。なにしろ相手はあの稲垣香奈子だ」

うちのボスが負ける姿を見たこともないし、想像もできないが、あの脳筋の獣女ならもしかすると、という不安が頭によぎった劉は目の前にいる前迫香織にそう言ってしまってから、赤面した。

自分がとても太刀打ちできない相手を、高嶺六刃仙とはいえ儚げで華奢な女性に依頼している自分が情けなく感じてしまった為だ。

香織の背は170cmと高いが、握手で握っている手は繊細で、厚みも薄くとても華奢だ。

(く・・、俺はなんて情けないんだ・・)

「・・・あ、あの・・?」

やや頬を紅潮させた前迫香織が控えめな声をあげたので、劉は、はっとなりどうしたのかと顔を上げ訝しがる。

「そろそろ手を・・」

「おっ・・!すまん!つい考え事をしてしまって!別に他意はないんだ」

慌ててそう言い、手を離したものの、劉はつい今さっきまで香織の女性的な手の滑らかさや、華奢さを確かめるように親指で香織の手の甲を撫でるように触ってしまっていたのだ。

「そう・・ですか・・。では私は向かいますので失礼します」

香織はそう言うと一礼し、さっき劉が通ってきた通路のほうに歩き去っていった。

劉は隠れていたのが難なく見破られてしまったのと、考え事をしてしまっていたせいで初対面の女性に誤解されたかもしれないと思い、自分自身に飽きれ、香織の背を見ながら呻いた。

「なんてこった・・。どうかしてるぜ」




両の手から【白雷】を閃かし、褐色のレンガの上に着地した張慈円は対象の獣を視界から見失うまいと即座に顔を上げる。

「ええい!煩わしい!」

張慈円はそう吼えると、熟練された技術を駆使し、両手で暗器【白雷】を操って、銀色の女豹に迸らせる。

オーラの乗った【白雷】が地面や木々を打ち払うたびに、木々やレンガの破片が飛び散り、バチバチと電撃が弾ける。

張慈円の攻撃は確実に何度か銀獣こと稲垣香奈子にヒットしているのだが、いつまで経っても銀獣の動きが鈍くなる様子はない。

むしろ、ますます速くなっている。

「ちっ!」

張慈円はするどく舌打ちをする。

(ちょこまかと!・・最初の崩拳と合わせて3度のクリーンヒットをものともしないタフさ・・そしてこの速度・・!)

8本の【白雷】を掻い潜り、香奈子の低い姿勢からの猛烈な左フックを張慈円は闇歩法で躱し、後方に宙返りして躱す。

加奈子の拳が、うなりをあげた黒い暴風となって張慈円の背後にあった石の街頭柱を粉砕する。

(・・そしてこの破壊力・・!)

【白雷】を両手で構えるなど今まで数えるほどしかなかったのだが、8本の暗器を銀獣は信じられない速度で右に左に上にと躱し距離を詰めようとしてくる。

張慈円はとっととケリをつけるつもりで焦っていたのだが、稲垣加奈子との戦闘に妙な高揚感を覚え始めていた。

「くくくく」

自然と笑い声をあげてしまった自分に張慈円は自分自身で驚くが、素直に受け入れることにした。

稲垣加奈子という難敵との戦闘を楽しんでしまっているのだ。

お互いに動きが止まり、10mほどの距離を置き対峙する。

「何笑ってんのよ」

加奈子は顎に滴る汗を左手の甲で拭い、鋭い目で張慈円を睨みながら言う。

「いや・・気分を悪くさせたか?くくく・・。気にするな」

不気味に笑う張慈円の意図がわからず、苛立った声をあげた加奈子は内心では張慈円以上に焦っていた。

(この電気蟷螂野郎!想像以上だわ!・・舐めてたかも・・。最初にいいのをもらちゃったのが痛かったわね・・・。力を入れると痛む・・。ほかにも攻撃を貰ったところが悲鳴を上げてる・・。パワーもスピードも私のほうが上なのに・・!むかつくけど・・こいつ純粋に戦いが上手なんだわ。うまく間合いを取らせてもらえない。あの武器さえ躱したらどうにでもなると思ったけど・・・)

「来んのか?・・では少し話すか。・・・稲垣・・前言を撤回するぞ。貴様は詰まらなくはない。なかなかのものだ」

加奈子の苛立ちや焦燥を他所に、張慈円がしゃべり出した。

「はん・・。やっと加奈子ちゃんの美貌に気が付けたのね。感心感心・・」

さらに意図がわからないことをいう張慈円の発言に加奈子は軽口で返しつつ、少しでもダメージを回復させようと呼吸を整える。

「くくく・・。そういう事だ。貴様のような女の楽しみ方を思いついたのだ。貴様は強い。いままで出会った女の中では文句なしの一番だ。・・・強い女を力でねじ伏せ犯すのも悪くはないと思うようになってきたぞ?」

そういう張慈円の顔には邪悪で好色な笑みが浮かんでいる。

「・・お生憎様。あんた全然私の好みじゃないから願い下げ。ねじ伏せられないし他を当たりなさい」

加奈子は両手で身震いするような仕草をし、手のひらを拒絶の意味を込めてひらひらと振ってこたえる。

しかし、頭の片隅でもしそうなったことを考えると、怖気と同時に陰鬱な想像もしてしまいそうになりぶんぶんと頭を振って妄想を追い払う。

「稲垣・・。なかなかに惜しいものだ。お前ほどの使い手を殺してしまうのは忍びない」

「あんたが手を引けばいいじゃない。あんたはイケメンでもないし、あんたのしてきた悪事は許せないけど、敵じゃないなら私も戦闘狂なわけじゃないから、数発殴るぐらいで許してあげるわよ?」

張慈円は加奈子の発言に、笑いながら首を横に振り続けた。

「くくく、貴様は面白いことを言うな。しかしそうもいくまい。・・・なぜ一企業の宮川があれほどの大プロジェクトを一社で独占できているのかを考えたことはあるのか?・・宮川はたしかに大企業だがもっと大きな企業はいくらでもある。日本政府が宮川一社に委託するには不自然であるし異常だ。IR推進法が採決され可決されるまえからの出来レースであったのであろう?おそらくは一族ぐるみで魔眼を使い、政府要人を軒並み操作したな?・・その作戦には宮川佐恵子も参加したと聞いている。貴様も当然知っているな?」

張慈円は感による憶測も含むが、自らの推察を宮川一族直系の側近である稲垣加奈子にぶつけてみた。

「さあね」

張慈円の問いかけに、加奈子は無表情を繕い真顔で短く答えた。

稲垣加奈子を詳しく知る者がみれば、加奈子が返事を返した表情は不自然に映ったことであろう。

「・・ふん。思った通り嘘は上手くないな。・・宮川は少しばかり・・いや・・、かなり欲張りすぎている。表社会も支配し裏では我々のような勢力までも排除したいのか?・・魔眼の力は強力だ。強力すぎる。貴様の飼い主である宮川佐恵子も相当傲慢で排他的な性格の持ち主のようであるしな・・。我々としては、どうしても除いておかねば、いずれ徐々に勢力を削られ香港や華僑等は奴等の前に膝を屈するか、さもなくば太平洋の荒波に追い込まれ海の藻屑と消えるであろう。・・・稲垣、貴様もすでに魔眼の傀儡ではないのか?裏社会にも曲がりなりにも秩序や法・・仁義はあるのだぞ?・・宮川のやり方は他を一切許さぬ傲慢そのものではないか!」

張慈円はそう言い切ってしまってから、薄く笑い頭を振る。

「どうかしているな。すでに貴様は宮川の傀儡・・。何を言っても無駄であったな」

自嘲し肩を竦めた張慈円が、乾いた笑い声を微かに滲ませつつも諦めたような口調で言いながら加奈子を見やる。

「・・支社長は私たちに絶対に目は使わないわ。・・そんなこと今まで一度もない。出会った時からずっとよ。・・・・もし、張慈円。もしあなたが・・・大人しく支社長に降るなら、きっと慈悲をくださるわ。・・支社長は能力者を集めてる・・。あなたが悪人で殺人犯だとしても・・・あなたが大人しく言う事を聞くと支社長が確信したら・・たぶんあなたを殺さないはずよ」

加奈子は佐恵子や真理から、香港三合会がベトナムやフィリピンでも勢力を削られ、組織としてはすでにガタガタだということ聞かされていた。

そして今、ここ日本でも他国で失った勢力を拡充するため張慈円自ら乗り込んできたという訳だ。

しかし、橋元を足掛かりに数年かけた湾岸計画も宮川によって橋元不動産は無力化され、結果、張慈円の苦労は徒労となり、計画はほぼ行き詰まり頓挫させられたのだ。

その上、宮川の能力者にも対抗しなくてはならなくなり、苦し紛れに髙嶺に依頼をしたはがいいが、あの髙嶺弥佳子率いる筋金入りのアウトロー集団が湾岸計画をむざむざと香港だけに渡すことはないだろう。

それらの推測がつくため加奈子はついそのようなことを口走ってしまったのであるが、加奈子の感情とは逆に目の前の電気蟷螂からはどす黒いオーラを立ち上らせ激昂した。

「この俺に・・降れだと?!慈悲をくれてやるだと?!!・・ガキどもめらが!増長しおって!!」

そう怒鳴ると、どちらかと言えば今まで受け気味であったが、初めて張慈円のほうから距離を詰め両手の暗器【白雷】を振るう。

(いまさら分かり合えるわけないか・・・)

今まで以上の速度を見せ、先ほどとは違う気迫と形相で迫る張慈円の迫力に気圧されそうになりながらも、ズキリと痛むお腹を気づかれないようにして、加奈子は迎撃態勢をとった。


【第8章 三つ巴 44話 宏と哲司 銀獣VS白雷終わり】45話へ続く

筆者紹介

千景

Author:千景
訪問ありがとうございます。
ここでは私千景が書いた小説を紹介させて頂きたいと思います。
ほぼ私と同年代の既婚者が主役のものになるかと思います。登場人物同士が
つながりを持っていて別の物語では最初の物語の主人公が脇役を務める様な
小説全体につながりを持たせ想像を膨らませていけたらと思っております。
どうぞ宜しくお願い致します

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