第9章 歪と失脚からの脱出 4話 哀愁を漂わす悲しき天才
中東アジア系と言っても通用するかもしれない濃い顔つきで、頭頂部はやや薄くなりつつあるが、当の本人は自分の容姿など全く気にもしていない。
勤務時間中は着用を義務付けられてるので、仕方なくスーツに身を包んではいるが、ネクタイはだらしなく、シャツの一番上のボタンは外されている。
アフターファイブで退社寸前の疲れ果てたサラリーマンのような風体の男、モゲこと三出光春は、まだ出社前だというのに、すでに無精髭に覆われた口周りを撫でまわし溜息をついた。
溜息の理由はいくつかある。
ひとつ、宮コーの正社員になり月給も高額で安定したというのに借金が減らないこと。
ふたつ、哲司の紹介で宮川佐恵子を紹介してもらい、宮コー傘下の金融機関に、特別に金利の安いプランへの借換に変更してもらったまではよかったが、初回目の返済日から、いきなり未返済をしてしまっただけで、昨日佐恵子から罵られたこと。
みっつ、銀行員の旦那と、正式に離婚したお嬢こと伊芸千尋と付き合うことになって2か月ほど経つが、いまだに深い仲には進展せず、ディナーデート止まりで足踏みしていること。
「はぁ・・。なんでなんやろなぁ・・。俺なりに頑張ってるんやねんけど、なんもうまいことこといかへんわ。・・・給料が増えたのに借金減らへんし・・。なんでなんや・・?借金返してお嬢を諸手で受け入れられるキレイな身体になりたいんや、ってテツに相談したら、あの女に紹介されたとこに、金利の安いええプランやからて、言われるがままに契約してしもたけど、一回返済が遅れたぐらいで、あの女・・!美佳帆さんやスノウの前であんな言い方せんでもええやろが・・。テツの女やから許してやったけど・・あの女は男を立てるちゅうことを知らんのかいな?・・男は恥かかされたらダメな生き物なんやで。はぁ・・くっそ~・・、美佳帆さんやスノウにあんなこと知られてしもたら、お嬢に知られてしまうんも時間の問題や・・。あんなに人がおるところで俺の借金返済が遅れたんを言いおってからに・・。これでますますお嬢との距離に溝ができてまうやないか・・」
根っからのギャンブル好きで、少しまとまったお金が入ってきてしまうとバカラなどの賭博につぎ込んでしまい、借金はむしろ前よりも膨らんできている。
給料も安定して、先月も先々月も、部長の宏にできるだけ割のいい仕事を回してもらい、かなりの手取りを手にしていたモゲだが、入ってくるお金以上に使ってしまったため、借金がまるで減っていないどころか増えてしまった。
逆に宮コーに就職したおかげで、信用がつき、余計に借り入れができるようになってしまったため、モゲ自ら泥沼に嵌っているのである。
再度ため息をついたところで、聞きなれた声を背後から掛けられた。
「おう、モゲ!珍しく今朝は早いやないか。・・っておまえシャツもネクタイもぐにゃぐにゃやぞ?・・あ!もしかしてシャツもスーツも昨日のままか?」
「おー・・テツか。おはようさん。・・相変わらずビシッと決めとるのう。今日は彼女ところからの出勤やないんやな。会社にあてがわれた部屋で泊まっとたんかいな。そうと知っとったら飲みに付きおうてもろたのにな。・・俺の方は昨日一人で晩酌しながら考え事してたら、そのまま寝てしもて、起きたら起きたで寝れんようになってしもてなあ・・」
哲司こと豊島哲司はエレベーターホールでエレベーター待ちをしながら、なにやらブツブツ呟いていたモゲを見かけて声をかけたのだ。
緋村紅音の強引な計らいで、二人とも宮コー関西支社ビル上階にあるホテルのスイートルームを与えられているのだ。
以前、哲司は宮コー関西支社近くの宮川佐恵子が住むマンションに寝泊まりしているときが多かったのだが、モゲが思うに、ここ最近はどうもこちらのスイートルームで泊まることが多くなってきているような気がする。
二人は高校時代からの付き合いで、性格は真逆ながら妙に馬が合い、フリーで探偵業をしていたモゲを菊沢事務所に誘ったのは美佳帆と、もう一人はこの哲司であった。
「どないしたんや考え事って?なんか悩みでもあるんか?」
「まあなぁ・・、色々とな」
哲司はモゲの歯切れの悪い言葉を追及するが、モゲが言いにくそうにするので、心当たりを適当に投げかけてみる。
「千尋のことか?・・・それとも借金のことか?借金はこないだ佐恵子さんの顔で金利が安いところに変えてもらってたやないか」
「そうなんやけど・・・。悩みの内容はどっちもってとこやな・・」
「そうか・・・。まあ若い時も今も年とっても悩みちゅうもんは尽きることなく、誰でもあるんかもしれんなぁ・・」
哲司の意味深なセリフを聞いたモゲは違和感を覚え、逆に聞いてみたくなった。
哲司がこういう曖昧なものの言い方をするときは、言いたいことがある時だということを経験で知っているからだ。
「・・テツのほうもなんか悩みありそうやな?俺でよかったら相談乗るで?」
「うー・・ん、そやな・・、始業までだいぶ時間あるし、もともと1階のカフェでモーニング食べるつもりだったんや。モゲも付き合えや?・・電車や車での通勤でないんはこういう時ほんま助かるな」
「お、おう。モーニングか・・ええけど俺文無しやけどええか?」
哲司のセリフにすきっ腹を抑えてモゲが申し訳なさそうに言葉を返す。
「マジか・・!?まだ給料日までだいぶあるで?・・・しゃーないやっちゃな。まあええわ。朝飯ぐらい奢ったるわ・・って言いたいところやねんけど、忘れたんか?モゲよ。・・あんまり堂々と行くんも気が引けるんやけど、俺らはあのカフェタダやぞ?」
「おぉ!そうやった!」
モゲは何故こんな重要なことを忘れてたんだ!というようなリアクションで手を叩いて哲司を指さした。
「でも、俺らが食った分は宮コー本社に請求が行くらしいから、俺は自分の分は払ってるんやけどな。やから今日は俺がモゲの分も払たるわ」
「かたいこと言うなぁ。いただいとったらええんや。・・取り合えず明日から食い物には困れへんな」
今朝は哲司がご馳走することで話がついたところでポーンと音がしてエレベーターの扉が開く。
宮川コーポレーション関西支社の1階にはコンビニ、カフェレストラン、フィットネスクラブがテナントとして軒を連ねている。
二人は、受付のある天井の高いエントランスの大理石を革靴で音を響かせながら、ここ最近哲司はすっかり馴染みになったカフェレストランに入り、常連になりつつある哲司の顔を覚えているウエイトレスが、いつも哲司の座る外の景色が見える席に二人を案内する。
ほどなくして先ほど席を案内した者とは違うが、同じく礼儀正しく愛想の良いウエイトレスがやってきたのでオーダーを通すと、何分も待たないうちに、光沢のある綺麗な陶器の食器に、ピカピカに磨かれたナイフとフォークが並べられたプレートを二つ持ってきた。
タマゴサンドとベーコン、コーンポタージュスープ、そして酸味のあるドレッシングの掛かったレタスと胡瓜の千切りが添えれていたモーニングをあらかた食べ終えた二人は、ホットコーヒーを啜っている。
カフェから見える大通りの歩道には通勤途中の人が速足で歩いているのが見える。
ガラス越しに朝から出社する為に歩いている人混みを見ながらモゲが哲司に切り出した。
「で、テツの悩みってなんやねん。さっきよりなんか神妙な顔になってるで?・・あ、モーニングごっそさん」
モゲの単刀直入な質問とついでのお礼に、哲司はうーん・・と声を上げ「悩みというほどでもないんやけどな」と前置きをすると、モゲと同じくガラス越しに人の流れを見ていた視線をモゲの方に向けて、少し言いにくそうに答える。
「佐恵子さんのことやねん・・」
「ふんふん・・どないしたんや?うまいこといってないんか?」
モゲは哲司の切り出した人物の名前に、出来るだけ過剰な反応を示さないように注意しながらも、内心前のめりになって耳を傾ける。
「俺らもう付き合いだして3か月になるんやけどな・・」
モゲの様子を見ながら、哲司がつづけだしたので、更に話を促そうと、もうそないになるんやな。とモゲが相槌を打ちながらカップのホットコーヒーを啜る。
「・・・俺まだ一回も佐恵子さんとSEXしてないんや」
ぶーーーーーーーーーっ!!
「モゲ!・・お!おまっ!きったな・・!・・汚いやないか!・・」
「げほっげほっ!!・・はぁはぁ!・・そんなこ・・!げほっ・!すま・・ん!げほっ・・!!」
モゲと哲司の様子に気が付いたウエイトレスが濡れた布とペーパータオルを両手に持ち、慌てて駆けつけてきて二人の洋服とテーブルを拭きはじめた。
清潔な布でスーツやシャツなどを丁寧に拭いてくれたウエイトレスたちに、哲司とモゲは丁寧にお礼を言いって、ようやく落ち着いたところで、再度モゲが聞きなおす。
「テツ・・おまえもう3か月も付きおうてるんやろ?・・どないしたんや?・・普通やあらへんで?・・俺てっきりテツが風俗通いで磨いた技を、あのお高い佐恵子さんに使いまくっとるんと思とったわ・・。それに、美佳帆さんやアリサが言うには、あのおん・・いや佐恵子さんのほうがテツにべた惚れっぽいて聞いてんぞ?」
「アホ!声が大きい!・・俺らや公麿が風俗によう行ってたんは女性陣には絶対内緒やぞ?!どんな目で見られるかわからへんわ。・・それより、佐恵子さんとは、良いとこまではいくねんけど・・。いざってなると、なんか避けらるちゅうか・・、何となく嫌そうな素振り見せるんや・・。・・なんでかようわからへんけど、それまで良い雰囲気だったのに、急に無口になってもてさっさと一人でシャワーして自分の部屋に戻ってしまうんや・・」
「・・・テツ!それはあの女・・・いやすまん。佐恵子さんなりの照れか、愛情表現や!・・そうでなきゃ、男をその気にさせて肩透かしさせるんが快感な性悪女のどっちかや。・・押すんや!結局女ちゅうもんは抱いてなんぼやぞ?・・どっちみち嫌われてまうかもしれんのなら、抱いて一回モノにしてしもたほうが得やし、それで上手いこといくかもしれへんやないか!?部屋に入れるまでしてるんやぞ?!女のほうにも責任がある!遠慮することあらへん!」
「こ、声がでかい!落ち着けや!モゲ!・・あ、いかん!・・またウエイトレスさんが不安そうにこっち見てるやないか!」
「すまん・つい・・熱うなってもた・・。ってでも、テツにこんな偉そうなこと言う資格は俺にはないんや・・。俺かて千尋とまったく進展せえへんねん・・」
熱くなって語っていたモゲは、急に自分自身の不甲斐なさを嘆きだした。
「・・そうなんか。千尋がモゲと付き合うことにしたって聞いたときは驚いたけど、モゲはずっと千尋のこと想とったんは知っとったから、あの時はほんまによかったなあと思とったんやけど・・。・・そっちも進展なしか?・・どないしたんや?」
哲司と自信とよく似た悩みをモゲも抱えていると知って、心配しながら身を乗り出し理由を尋ねる。
「・・・たぶん、俺のだらしなさもあると思うんやけど、SEXに誘う時ちょっと乱暴やった時があったいうのもあったんと、・・こないだ借金や生活態度のこともはっきり言われたんや・・。もう少ししっかりしてほしいって・・そうじゃないと、決心がつかない・・ってな・・。・・けど、すぐには人間変わられへんし・・、俺もテツみたいにパリッとスーツ着こなして、落ち着いて仕事こなしてたら千尋も見直してくれるんやろうけどな・・」
悩みを聞いてもらうつもりが、モゲからも同じような悩みを聞かされ哲司はカップに目を落す。
「・・・そうか・・なんか似たようなことで悩んでたんやな」
モゲも哲司と同じように目を伏せて、項垂れかけたが、急に閃いたというような顔になりテーブルに両手を勢いよく置く。
「テツよ!・・怒らんで聞いてくれるか?」
モゲは前のめりになり、テーブルをはさんで正面に座る親友の目をしっかり見ながら問いかける。
「な、なんや・・?急にびっくりするやないか。怒るような話なんか?話によるで?」
「俺の能力・・言うけど内緒にしててくれるか?」
モゲの真剣な顔つきに、やや拍子抜けした哲司は少しだけ安堵した表情で答える。
「ああ・・それはもちろんええねんけど、隠すような能力持っとるんか?モゲの能力って肉体強化やろ?」
哲司の様子にうんうんと頷いてからモゲは、更に前かがみになり哲司に顔を寄せ、「実はな・・」と前置きしてから切り出した。
「・・・それだけやないねん・・。俺もフリーの探偵で何とかやけど、何年もメシ食うてきてたんやで?・・腕力馬鹿だけやったらとっくに飢え死にしとるわ」
前傾姿勢のままモゲが流石に声のトーンを落として言ってくる。
「そうあったんか・・まったく知らんかったわ。俺にも言えんようなことだったんやな?どんな能力なんや・?で、なんで言う気になったんや?」
モゲの真剣な顔と雰囲気に、哲司もつられて小声で聞き返す。
「すまんな・・知られてもうたら使い勝手悪いと思て、なかなか言われへんかった・・。フリーも長かったし、敵さんに知られてもうたらちょっと不味いような能力やねん。それに効果時間を正確に操れ出したんはここ最近なんや」
「・・いまいちまだピンとけえへんけど・・まあ、企業秘密あったわけやな?で、効果時間とか言うからには条件ありそうやな?」
モゲは口の動きを周囲から隠すように片手で被い、周囲をキョロキョロと伺ってから先ほどより小声で言う。
「俺は【認識交換】・・って名付けてるんやけど・・どないしよ・・説明めんどいな・・えーっと・・・そやな・・。・・お!!ええところに・・神田川さんや」
哲司はモゲにつられて会社の入口玄関の方に顔を向けると、たった今出社してきた真理が挨拶の言葉を掛けてくる守衛や社員たちに笑顔で挨拶を返しながらエントランスを歩いてくる姿が見えた。
「テツ!もうちょっとだけ顔こっちに寄せてくれや。はよう!神田川さんが行ってまう!」
「・・・こうか?」
「よっしゃ・・ええか?いくで?」
慌ててそう言うモゲに理由を聞きたかったが、哲司は素直に頭をモゲのように寄せると、モゲも頭を哲司に寄せて、二人の額と額が時間にして3秒ほどだけ重なった。
「な、なんや?・・別段・・特に変化ない気がするけど・・?たしかにオーラが流れたんは感じたけど・・どないなったんや?どんな効果やねん?」
訝しがって額を手のひらで押さえながら呟く哲司に、モゲは手でまあまあとする仕草をしてから不敵に笑う。
「まあ、見とけよテツ・・。おーい!神田川さん!」
哲司の返答を待たずにモゲはエントランスをカツカツと良い姿勢で歩いている真理に声を掛け、ぶんぶんと手を振った。
真理はモゲの姿を認めると、爽やかな笑顔を向けこちらに軽く手を振りながら近づいてきて、哲司とモゲが座っているテーブルまで歩いてきた。
「おはようございます。豊島さん。今朝もここで朝食とってたのですね。今日は三出さんもご一緒なのですか。三出さんも豊島さんと朝一緒に出勤されたら、駆け込んでギリギリ出社しなくてもよさそうですね。・・・豊島さんネクタイ曲がってますよ?」
哲司は目の前で起きていることが不可解すぎて目を白黒させた。
神田川真理がモゲのことを哲司と呼び、モゲのぐにゃぐにゃのネクタイを締めなおしているのだ。
モゲはニヤニヤと哲司の驚いた顔を笑っている。
「???・・あ、え・・?」
真理に三出さんと呼ばれた哲司が、まともに言葉を返せずにいると、モゲのネクタイを整え終えた真理が「これでよし」といいモゲの身だしなみを整え終わった。
「豊島さん、ネクタイとシャツが汚れていたのは佐恵子には内緒にしておいてあげますね。じゃ、では私はそろそろ行きます。ちょっと急ぎの案件がありまして・・ん!?」
「な、なにしてるんやモゲェェェッー!!!」
真理が立ち去ろうと踵を返した瞬間に、モゲは真理のヒップを触ろうと手を伸ばしたところで、予知能力のある真理がヒップに伸びたモゲの手を掴んだのだ。
咄嗟のことで混乱しながらも哲司は大声を上げてしまった。
「・・・豊島さん・・・?これは何かの間違いですか?・・ほんの出来心なのですか?・・こんなオフィシャルな場所でこんな冗談・・、私は嫌いです。ましてや豊島さんには佐恵子がいるじゃないですか?・・こんなこと佐恵子が知ったら・・すごく傷ついてしまいますよ?」
モゲの手首をしっかり握ったまま、真理は信じられないといった顔つきでモゲを見ながら言う。
真理は顔には出さないように我慢しているが、怒りを抑えているのは明白だ。
「すまん・・。ちょっと手が滑っただけや」
モゲは笑いながら手を上げて、茶化した口調で真理にそう言うと、真理は、ポーカーフェイスながらも、形の良い眉を僅かに吊り上げて掴んでいるモゲの手首を放るように手放した。
「・・・・豊島さんのこと誤解してたかもしれません。失礼します」
そう言うと真理は踵を返し、ヒールの音を先ほどより強く響かせながら立ち去ってしまった。
「モ、モ、モ、、も、も、モ、モゲよ!シャレにならんことするなや!!あんな顔した真理さん見たん初めてやで?!どないしてくれるんや?!それにモゲのこと豊島って・・真理さんの尻、触ろうとしたん俺と思ってんちゃうんか?!ほんまどない、ほんまどないにしてくれるんや!?・・・俺、真理さんや佐恵子さんに次会うたとき、俺なんて言えばええんや?!モゲよぉ!」
哲司はテーブルに突っ伏して大声で嘆いてモゲを非難する。
「・・す、すまん。調子に乗りすぎてしもた・・。あとで一緒に謝りに行くから許してくれ・・。せやけど、これでどんな能力かわかってくれたかいな?」
流石にやりすぎたと思ったモゲは哲司に手を合わせ深々と頭を下げて謝る。
「たぶん・・わかった・・俺が今モゲなんやな?・・それで【認識交換】ていう訳か・・。せやけど、真理さんの俺に対する印象、無茶苦茶になったやないか」
哲司は突然降りかかってきた災難にげんなりとした表情でそう言うと、モゲのほうを向いて溜息をついた。
「すまんすまん・・けど、どないや?あの神田川真理ですら気づかんかったんやで?・・俺も真理さんに通用するかちょっと不安やったんやけど・・改めてこの能力の精度に自信が持てたわ・・。・・・この【誤認識】については俺の能力の方が神田川真理を上回ったってことや」
調子に乗りすぎたとさすがに少し反省したモゲだが、真理に気付かれなかったことが大いに自信になった様子で、少し鼻息が荒めになっている。
「た、たしかに、それはそやな・・。真理さんをオーラ扱った能力で謀るちゅうのは、すごいことかもしれん・・」
「この能力は潜入捜査とかで使うし、バレたら敵のド真ん中で正体晒すことになるからな・・。精度に関しては特に気を付けとる・・・。あと時間も同じぐらい重要や・・。どのぐらいの時間、効果が継続するかっていうのを正確にしとかんと、これもまた命とりやからな・・。きっちり3時間って訳や」
哲司の感想に気をよくしたモゲは、【認識交換】の詳しい説明を補足する。
「・・・なるほど・・たいした能力や・・潜入捜査にはうってつけなんは間違いないな。まさかモゲにこんな切り札があるとは思いもよらんかったな。正直にほんま驚いたわ」
哲司がモゲの隠し玉に正直に感心していると、モゲがまたもや身を乗り出して小声で話しかけてくる。
「で、どないや・・。テツさえよかったらさっきの悩みのことなんやけど・・」
「どないやって・・どないするんや?」
モゲの言いたいことがわからずにいたが、哲司もモゲにつられて小声で聞き返す。
「相変わらず鈍いのう。まあそれでこそテツなんやが・・」
「もったいぶらんと言えや。悩みと何の関係があるんや」
「テツは千尋に優しい上にパリッとしたええところを見せて、俺のことを見直させる。で、俺は佐恵子さんに、多少嫌な時があっても最大限男の意思を尊重せんといかんことを教える・・・。どないや?」
相変わらずの前傾姿勢のまま小声で続けるモゲに、哲司は怪訝な表情で眉を顰めて聞き返す。
「な、なんやそれ。ちょっと危なないか?・・そんな話をするってことは、お互いの彼女と二人っきりになるいう事やぞ?モゲお前は平気なんか?・・俺と千尋が二人っきりになんねんぞ?」
はっきりと否定の言葉を口にしない哲司の答えに、モゲはあと一押しやな・・と確信を持って話を続ける。
「大丈夫やって。時間内ならバレへん。佐恵子さんも何でか知らんけど、あの能力使えれんようになってるんやろ?絶対バレへんで?・・テツが聞きにくいようなことでも俺ならズバッときけると思うで?なんで俺のこと避けてるんや?なんで俺とSEXする避けてるんや?もしかして浮気してるんか?ってな」
「ま、まあ・・そやな。そやけど騙すみたいで悪いと思ってまうんやねんけど・・」
彼女のいない時期に風俗には通っていたが、女性関係に関してはかなり誠実に向き合ってきた哲司である。
それだけに佐恵子が哲司とのSEXを避けている真意を知りたくもある。
しかし、モゲの持ちかける提案に含まれる、千尋のプライベートな部分を見れるというあやしい期待というものに、少しだけ哲司の心が揺れ始めていた。
ただ、それは彼女である佐恵子の無防備なプライベートな部分を、親友とは言えモゲに差し出すことを意味している。
「なに言うてんのや。実際に騙すんやって。けど、千尋にも佐恵子さんにも絶対バレへんのやで?・・誰もキズつかんやろ?・・・それに、おれも最愛の千尋をテツと二人っきりにするってことなんやぞ?テツもリスクを冒すべきやで?フィフティーフィフティーや。うまく行けばお互い彼女が心開いてくれる。万事解決や。どや?ちょっとやってみんか?」
モゲの勢いに哲司は少しだけ躊躇いながらもコクリと頷いて見せた。
「よっしゃ!・・決まりやな」
モゲはそう言うと右手を哲司に差し出した。
哲司は一瞬躊躇する素振りを見せたが、ガッチリとモゲの手を掴み、顔をお互いに見合わせ頷きあった。
【第9章 歪と失脚からの脱出 4話 哀愁を漂わす悲しき天才終わり】5話に続く