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第9章 歪と失脚からの脱出 47話 岩堀香澄、第2の人生は波乱からの幕開け

第9章 歪と失脚からの脱出 47話 岩堀香澄、第2の人生は波乱からの幕開け

黒めの銀色。

素材は見ただけでは何なのか判別できないが、巨漢男が先ほど響かせた音からして、手にしている得物が金属なのは間違いない。

だが、その形状は真剣のそれとは違い、木刀ほどではないが、かなりの厚みがあった。

相手と対峙したときに無意識に行ってしまう癖で、銀黒色の鉄刀を得物として構えた巨漢の力量を、自分の目と、男から発せられている雰囲気だけで推し量る。

(・・強い。・・たぶんとんでもなく・・)

剣道で培った経験則と本能で巨漢男の力量がわかってしまい、背中から両頬にかけてゾクリと悪寒が走る。

私は八相に構えた巨漢男に対し、気が付くと無意識に後ずさりしてしまっていた。

(なんなのこれ・・。この人の雰囲気・・。こんなのどんな剣道の大会で対峙した相手にも感じたことないわ・・)

剣を構えるまえは下品に見えた巨漢男の顔も、剣を構えた姿になると短すぎるネクタイのセンス、垂れた頬、たるんだ二重アゴの顔ですら精悍に見え凄みが漲っている。

「・・岩堀殿。もしかして実戦は初めてですかな?」

私の失礼な分析に割り込むようにして巨漢男が口を開いた。

どうやら私と仕合とやらをする気満々の巨漢男は、構えず戸惑っている私の様子をみて訝しがったようだ。

それならば、と思い私も口を開く。

「あ、あの・・紅露・・さんでよろしかったでしょうか。私と貴方がここで仕合う理由がないと思うのですが・・?」

「ふむ・・・。お嬢様の護衛ではないのか?岩堀殿は何者ですかな?確かに宮川お嬢様の部下に剣士はいなかったはずだ。しかし、さっき俺の部下が宮川お嬢様と一緒に走って竹刀袋を背負った女もいた。と言っていたが?」

私の思惑通り巨漢男は顔から圧力と凄みを、ほんの少しだけ和らげて聞いてくる。

「宮川社長がこんな時間に出かけると言い出したので、同行したまでです・・・。・・・もっとも支社に向かっていたとは私も知りませんでしたが・・。宮川社長も女性ですからね。夜の繁華街なんかに独り歩きに出られたら危ないじゃないですか。ほら、あの人ちょっと危機管理能力が欠落してるというか、どこにでもスタスタ進んでいって、突っ込まなくてもいい首を突っ込むときがありますしね・・」

私は巨漢男の問いかけに、手振りを交えできるだけ正直に話す。

私自身の勘違いで、少し間違っているところもあるかもしれないが、概ねいま言った説明の通りだ。

「危ない?宮川お嬢様の一人歩きがですかな?・・・くっ・・げははははははっ!突っ込まなくてもいい首・・!あのお嬢様のことをそう言うとは・・げははははっ!」

巨漢男が構えを解き、大声で笑いだした。

「な、なにかおかしいこと言いましたか?」

「いや、失敬失敬・・。岩堀殿は宮川お嬢様のことをあまりご存じないようですな・・」

巨漢男は、銀黒色の鉄刀を肩に担いでそう言ってきた。

「は・・はぁ・・?3か月ほど一緒に仕事をさせていただいてます。宮川社長とも最近は随分打ち解けてきたんじゃないかなと思ってますよ?今日も私の部屋に泊まってましたし・・」

「と、泊る・・?あのお嬢様と・・?そんなまさかですな・・。あの目に晒されて平気とは・・。ふぅむ・・しかし岩堀と言う名はどこかで・・・あぁ!思い出した。宮川アシストの岩堀・・・書類で目を通したことがあったな。神田川殿が見つけてきたという不動産部にポストを用意されていた人でしたな・・。本来はこの関西支社勤務になる予定だった・・」

宮川社長と打ち解けていると言ったことに驚いていた巨漢男だったが、急に何かを思い出したようで頷いている。

確かに私は当初、宮川コーポレーション関西支社不動産部の部長としてオファーを受けていたのだが、私が入社する直前に支社長の交代があり、不動産部は宮川コーポレーション関西支社の子会社となったため、そちらへの勤務となったのである。

しかし、そのことをこの男が知っているということは、この巨漢男は宮川コーポレーションの人間で、しかもある程度以上のポストだということだ。

(こんなデb・・いえ、大柄でネクタイもまともに結べずスーツも着こなせていないような人でも、国内屈指の上場企業の役職なんだわ・・・人は見かけによらないわね・・。スラックスのファスナーも半分ぐらい開いちゃってるし、ベルトの上にお腹が乗っかっちゃってるわ・・)

「岩堀殿・・なんだか失礼なこと考えてませんかな?」

紅露という巨漢男をあまりにもジロジロと見まわし過ぎたのか、巨漢男が見透かしたように聞いてくる。

「考えすぎです。紅露部長」

胸ポケットから半分飛び出しているネームプレートから覗く巨漢男の社員証を見て、なんとか平静を装って紅露のことを役職付けで呼ぶことができた。

「俺のことも御存じだったのか?・・・それにしても岩堀殿があまりにも殺気を漲らせて木刀を振るっているところが見えたもんですから、てっきりやる気満々なのかとおもいましたが、そうでもなさそうですな・・」

紅露という巨漢男は完全に鋭気を和らげてそう言った。

私としても、正当防衛以外で木刀や鉄刀などで命を懸けた試合をしたいわけではない。

私には戦う理由がないのだが、この巨漢男のほうは、今の状況ではそこまで気を張り詰めていなければならないということなのだろう。

(この人は緋村支社長派の人なんでしょうね・・。それにしても宮コーの派閥争いってこんなガチな争いなの・・・?)

「さきほど宮川社長とここで別れましたが、緋村支社長を止めなければならないって言ってました。紅露部長は宮川社長を緋村支社長のところに行かせたくないのですか?」

私は巨漢男の立場を確認するために質問を投げかけてみる。

「・・・うむ。そうなるな」

この反応・・、やはりこの巨漢男は緋村支社長の部下の一人ということだ。

「宮川社長を追うんですか?」

「・・・うむ」

巨漢男は少し口ごもってから肯定した。

「岩堀殿は邪魔なさるか?」

今度は逆に問い返される。

「うちの社長と緋村支社長の当人同士で話し合えばいいじゃないですか」

「・・そうなのだが、そうもいかぬ」

「どうしてです?」

二重アゴの顔をしかめて巨漢の紅露は唸ってから答えた。

「あの二人はいがみ合っておる・・というか、紅蓮殿がほとんど一方的に宮川お嬢様を嫌っておるのだ。が・・、紅蓮殿の気持ちもわかる。宮川お嬢様は魔眼の力で恐怖政治に近いことをやっていた。能力開花していない一般社員は魔眼の影響など気づけもしないだろうが、能力者である我々はそうもいかん。・・一般社員と違って見られているのをわかってしまうからな。あの目で感情を読み取られるのは堪らんもんがある・・。不平を言わず、黙っていても感情色で判別され忠誠心を問われるのだ・・。宮川お嬢様の感情感知能力による恐怖政治には、能力者である社員からは反発が多かった。現にそのせいでお嬢様に味方する能力者の側近は少ない。お嬢様を妄信している神田川殿や稲垣殿・・それに警備部門の八尾殿ぐらいか・・・。あとは何人かいるが、まだまだクチバシの黄色い未熟な能力者がほとんどだ。しかし、紅蓮殿が支社を運営するようになって、宮川お嬢様のほうが良かったのかもしれん・・と思い始めておる者もおるし、そう言う俺自身も迷っておる。しかし、今となってはここまでの大事になってしまったからには紅蓮殿に頑張ってもらうしかないと思っておるのだが・・な。・・それにしてもやはり岩堀殿はお嬢様派のようですな・・」

「私、その紅蓮殿と話したこともないですからね。どっちの味方と言われても・・。でも少なくとも宮川社長の敵ではありません。あの方とのお付き合いはそう長くありませんが、悪人じゃありませんよ?・・それにさっきから言ってる能力者ってなんですか?・・宮川社長も仕事の能力としては私が以前在籍していたところでは、比肩する人がいないほど優秀です。でも・・どうやら仕事の能力とは違うことを言っていますよね?・・最近私の身体の調子が凄く良いのと関係してたりします?」

「ふむ・・。なるほどなるほど・・岩堀殿はいわゆるノラなのですな。何らかの理由で脳領域が一定のレベルに達したのでしょうな・・。ですから最近宮川お嬢様に重用され出した・・。そうでしょう?・・・能力というのは、まあ潜在能力みたいなもんですわ。誰でも持ってるもんではあるのだが、誰でも使えるわけでもない。ちょっとしたセンスときっかけが必要ですな。改めて聞かれると案外説明しずらいものですな・・。努力の延長線上のものではあるが・・、知らんものからすれば超能力のように見えるかもしれん」

「脳領域?ノラ?潜在能力で超能力のように見えるってこと・・?それはつまりどいういうことです・・?」

巨漢男の口からは聞きなれない言葉が飛び出てくるが、巨漢男は質問には正確には答えてくれず一人で納得している。

(さっきの宮川社長の動きといい、私の身体に起こっていることといい・・これも潜在能力だってこと・・?センスや努力で誰でも身につけられるってこと・・?)

能力者ということの定義をもっと聞きたかったのだが巨漢男は更に質問を重ねてきた。

「もしかして、岩堀どのは宮川お嬢様がこんな時間に出かけたから、慌ててついてきた・・という感じですかな?」

「え、ええ・・まあ、そんな感じです」

質問に応えない巨漢男に反論したくもあるが、先ほど剣を構えた時の圧力をまた発せられて仕合仕合と言われても困るし、どうも巨漢男は状況を確認しているだけのようだし、大人しく質問に答えておいた。

「岩堀殿・・・見たところ貴殿も少し能力が使えるようだが、宮コーの派閥争いなんぞには深く関わらんことをお勧めしますぞ。もし、その木刀なんぞ紅蓮殿に切っ先でも向けようもんなら問答無用で火を点けられるでしょうからなあ・・げはははは」

銀黒の鉄刀を肩に担ぎ、そう言って肩を竦める巨漢男は容姿や笑い方はともかく悪人ではないように思えた。

少なくともこの巨漢男は話せば争う必要もないんじゃない?と思った時、巨漢男の背後、非常階段の下に気配が現れた。

「紅露。いらんことをべらべら喋るんじゃない。緋村支社長に聞かれたらことだぞ・・」

非常階段の階下からまた違う声がしてきたのだ。

「おや松前さん。いつから盗み聞きしてたんですかな?相変わらず人が悪い」

巨漢男は私から顔を逸らして後ろを振り返り盗み聞きの男に気楽そうな声で聞き返している。

どうやら二人の様子からして、仲間同士と思われる。

「その女がお前のことをどちら様ですか?って聞いたあたりからだ」

「げはは、それじゃあほとんど最初っから盗み聞きしてますじゃないですか」

げはげはと下品な笑い声をあげて巨漢の紅露が松前に答えた。

「そうなるな」

巨漢男が松前と呼んだ男は、私に注意を払いながらも巨漢男の問いかけに応えている。

(この男もすぐ近くにいたんだわ・・・気づけなかった)

松前という男がずいぶん前から盗み聞きをしていたというのに、気配を感じられなかったことに不気味さを感じるが、私としては宮コー本社社員の人たちに木刀を振るうのは避けたい。

(・・・この人達次第なんだけど・・紅露って人は話し通じそうだけど・・この松前って人はどうなのかしら・・)

「ともかくこのまま放置しておくわけにはいかない。丸岳が呼んでるんだろう?この女も一緒に丸岳のところに連れていくしかあるまい」

もしかしたら争わずに済むかもと思っていたのに、現れた松前のセリフで再び木刀を握る手に汗が噴き出す。

「だな・・。というわけで岩堀殿。俺としてはできれば大人しくついて来てくれると嬉しいんだがな」

どうやら巨漢の紅露も松前と同意見のようだ。

(戦わずに済みそうって思ったのに、相手が二人になっちゃったじゃない!さっきより状況悪いわ・・!)

「お嬢様派の能力者の者を戒めも無しで連れていけんだろう。封環を嵌めてもらおうか」

「はぁ・・まあ松前さんならそう言うと思った。岩堀殿、しばらく能力が使えんようになるだけだ。大人しくこの封環を両手首に嵌めて、その木刀を俺に渡してくれんか?」

巨漢の紅露はそう言うと、スラックスの後ろポケットから金属製の輪っかを二つ取り出して、指に輪っかを引っ掛けカチャリと金属音を鳴らせて見せてきた。

警察が使う手錠とも違う。見た目はもっと無骨でいかにも鉄の腕輪という感じであるし、色も手錠のようにメタリックなシルバーではない。

錆びた鉄そのもののような色である。

「なんですか・・?それは?それを私の手首に?」

「岩堀殿。命までは奪うことにはならん。ここで俺ら二人相手に抵抗することが愚策なのは、さっき俺と対峙してみてよくわかっているのだろう?大人しくこの腕輪を嵌めてくれんか?」

紅露が鉄環を手に持ち近づいてくる。

「・・嫌です。なんでそんな訳の分からない、デザイン性のかけらもないブレスを嵌めなくちゃいけないんですか?それにそれを嵌める理由は何です?」

木刀を構え直し紅露に切っ先を向け、松前の動きも注意しながら後ずさって問いかける。

「紅露。この女・・なかなか使えるんだろう?」

「さっきの動きを見る限り・・うちの警備のモンじゃ足止めもできんだろうなぁ」

「では、二人がかりとは不本意だが時間もないしな」

私の質問に応える素振りもなく紅露と松前は二人で勝手な打ち合わせをしている。

(巨漢の紅露だけでもさっき対峙しただけで悪寒が走ったのに、もう一人増えちゃうなんて・・!・・宮川コーポレーションの中じゃこんな人たちがうじゃうじゃいるの?!宮川社長はこういう人達と派閥争いをしてたんだわ・・・。その派閥の親玉が緋村支社長って訳ね・・。宮川社長はその争いに敗れて関西支社を追われる羽目になったんだわ・・。で、宮川社長と一緒にいる私は自動的に宮川社長派だと思われてるってことね・・!宮川社長・・もうがっつり巻き込んでくれてるじゃないですか!そもそも神田川さんが提示した条件も破格すぎるしあやしいと思ったのよね・・!・・・はっ!神田川さんがやってくれた身体のポカポカする手をつないでやるストレッチ・・・。あれだわ・・!神田川さんだわ・・!あの人がニコニコ顔で私にやってたこと・・、やっぱりあれ何かしてたんだわ・・!あの人虫も殺せなさそうな顔して私に断わりもせず私の潜在能力ってのを引き出してたんだわ・・)

屈託のない菩薩のような笑顔の神田川さんの顔が脳裏に浮かぶと、その神田川さんがニコリと笑って「ごめんね」と言ったような気がした。

「ったく・・!」

どうにも憎めない神田川真理の脳内の仕草に声が漏れてしまったが、目の前にいる紅露と松前は、私が覚悟を決めて抵抗する意思を固めたと解釈したようだ。

「やる気のようだな」

「岩堀殿・・。二対一とは不本意だ。一対一で仕合たかったのだが・・ゆっくりと時間も取れぬ。せめて怪我をさせぬようにするからそれで許してくれ」

二人はそう言うと、細身のスーツ姿の松前は素手で構え、巨漢の紅露は再び鉄刀を構えた。

松前も紅露と同様構えたと同時に、その細身からは想像もできなかった強いプレッシャーが叩きつけられてくる。

紅露もさっきの八相構えではなく正眼に構えているが、発せられる圧力はさっきとほとんど同じだ。

(さ・最悪・・。なんでこんなことになるのよ!)

訳の分からい理由で封環とよばれる鉄の輪っかを大人しく手首に嵌められるのは癪すぎるが、派閥争いに巻き込まれて二人がかりで襲われるのも馬鹿げている。

「わ、わかったわよ・・。降参するわ・・。でも、その輪っかみたいなのは嵌めないわよ?」

私はそう言うと木刀を地面に置き、紅露たちの方へ軽くつま先で蹴飛ばした。

両手を軽く上げている私を見て、紅露と松前は顔を見合わせて安堵したようにふぅと息を吐いている。

「岩堀殿。よく判断してくれた。紅蓮殿にはきちんと計らうのでな・・。いまは辛抱してくれ」

紅露が済まなさそうな顔でそう言い近づいてきたとき、紅露の形相が変わった。

「何奴!」

紅露はそう言うと振り向きざまに鉄刀を背後に向かって横なぎに一閃させたのだ。

ごぅ!と風が切れる音がしたと同時に、階段室の壁に剣圧による亀裂が走る。

非常階段を駆け上がってきたのであろう黒い影は、紅露の剛腕による一閃をぬるりと紙一重で躱し、同じく松前が放っていた不気味な紫色の光も身を屈めて躱していた。

「貴様!?」

「はん!女一人に二人がかりかいな。けったクソ悪い奴等やな!」

攻撃を躱され吼えた松前に、影の正体は汚い口調ながら低くダンディな声でそう言ったが、その表情はうかがい知れなかった。

何故なら男は足袋を履き、覆面で目以外を覆う所謂忍者の格好をしていたのだ。

男の姿を捉えたのは一瞬だったが、何故かその時代劇から飛び出てきたような姿ははっきりと見え、忍者男の動きが尋常ではないスピードだったにも関わらず、確かに目が合ったのもわかった。

「かぁ!!」

気勢の籠った声と同時に紅露の振り下ろした八相からの蜻蛉が唸りをあげて空を切裂く。

忍者男はまたもやその剛剣の軌道を見切り、紙一重で水流が岩肌を避けるようにぬるりと躱すと、紅露の鳩尾に肘を入れ続けて顎に裏拳を叩き込んでいた。

「示現流の初撃は受けるな・・ってか・・。確かにそう言わしめる威力やけどな。あんた太りすぎやねん。威力は申し分なさそうやがのろすぎるわ」

鳩尾と人中という急所を突かれた紅露は、ずずん!と音を響かせ仰向けに倒れた。

「【パラライズパウダー】!」

同僚が一瞬で倒されたのにも怯まず、松前が忍者男にとって不可避なタイミングで紫色の霧のような光を右手のひらから発したのだが、忍者男の身軽さは松前と私の予想を上回った。

忍者男は手を使わず後方にぐるりと回転し、音もなく着地したときには松前の右手首を掴んでいた。

「【デンジャーパウダー】」

忍者男は左手で松前の顔面をアイアンクローすると同時に目の覚めるような青い光を手のひらから放ったのだ。

「ぐぉ!?」

松前が忍者男の手を振りほどき、いや忍者男は手を離しただけのようだが青い光のような霧を浴びた松前は明後日の方向を向き、忍者男に背を向けてしまっている。

「俺とよう似た技使えるみたいやけど、動きがまるであかんな・・・。こいつで宮コーやとどのぐらいのポジションなんやろな。この程度のやつばっかりなんやったらちょろいんやが・・紅蓮もこいつらと大差ないんか?・・・まあええわ、行ってみたらわかることや。・・ほな、さいなら」

忍者男はそう言って松前の背をどかっ!と蹴ると非常階段の下へ蹴り落したのだ。

「うぉおおおお!?」

松前は悲鳴をあげつつ10階から1階までノンストップで落ちていってしまったようだ。

(え?・・し、死んじゃうんじゃ・・?でも、この人の動き・・・・すごい)

忍者男の躊躇のない行動と身のこなし驚き見とれていると、再び忍者男と目が合った。

(わ・・わたしもやられちゃうの・・?!)

目の前で起きたあまりのことに、次は自分かもと身を固くして床に落ちた木刀に手を伸ばしかけたが、忍者男を攻撃した松前は容赦なく1階まで蹴り落されたことを思い出し手を引っ込める。

そしてふと顔をあげて忍者男を見上げると、忍者男は私の顔をマジマジと覗き込んできており、さっと物色するように私の全身に視線を這わし終わると、すっと背を伸ばして喋り出した。

「・・・紅蓮・・やないな?いやなんでもない。おねえさん。いま悪漢に襲われとったんを助けたんは貸し1や。あんたまた会うたときには、今の貸しかえしてもらうからそのつもりでおってくれ。命を落とすかもしれんかったってほどの貸しやからな?きっちり100は超えるぐらいは楽しませてもらわなあかんな。・・しっかし、さっきも超別嬪さんに出会えてトントン拍子に事が運んだって言うのに、またこんな別嬪さんに貸しを作れるなんて日本に帰ってきてからなんや幸先ええな。おねえさん、今は急いどるからまた今度会うたらぜったいやで?!ええな?約束やで?」

忍者男は一方的にそう言い、私の手を取って無理やり指切りすると、非常階段を飛ぶように駆け上がって行ってしまった。

「・・・・今度会ったらって・・あんな覆面してたんじゃ顔もわかんないじゃない」

いったい何だったの・・。とお尻を床に下ろし肺に溜まった空気を吐き出したところで非常階段の扉が勢いよく開いた。

「きゃっ!?」

緊張が解けたところに、大きな音を響かせて扉が開いたのだ。

つい悲鳴をあげてしまい、扉を開けた正体を確認しようと視線をあげると、そこにはまた初めて見る顔があった。

扉を開けたガタイのいい長髪の甘いマスクの男は、焦った表情で見上げている私、紅露、階段の手すりに駆け寄り階下の松前を覗き見ると、頭を片手で抱えて呻いた。

「くっ・・モニタで写ったのはついさっきだというのに、こんな一瞬で二人ともやられるとは」

長髪の男は再び私を一瞥し、自分の来た方を確認しながら慌ただしくスマホを取り出し耳に当てた。

「・・・・・・紅音!公安の連中の対応に気をとられ過ぎて抜けられた。そっちにとんでもない奴が行ったぞ!紅露や松前もそいつにやられた!強いぞ!油断するな!」

長髪男が髪をかき上げてそう言った時、長髪男がきたほうからスーツを着た女性が大勢の武装した警官たをどやどやと引き連れて現れ長髪男に詰め寄ってきた。

「急に走り出さないでください。丸岳部長」

丸岳と呼ばれた長髪男は現れた女性の声を背中で聞いて、溜息をつき観念した表情になった。

「錦君。ここは任せるわ」

黑のパンツスーツに白のジャケットを着こなした女捜査官は、すぐ後ろにいたスーツ姿の男の人にそう言うと、武装した警官たちに向き直った。

「ここから先には宮コー十指最強と言われる紅蓮がいます。ついに尻尾をだしたわ。あんな強力な能力者を自由に振舞わせておくこの組織に最初のメスを入れるチャンスがやっときたのよ。でも皆さん油断しないでください!相手はあの紅蓮です。彼女は私が全力で押えますが、彼女のデータを見る限り勝負はわかりません・・。それほど紅蓮は危険です。・・各自気を引き締めなさい!油断すると死人がでます!各自武装確認!私からの発砲の指示があれば躊躇わずに引き金を引くこと!いいですか?責任は私がとります!では行きますよ!」

この警官隊を仕切っているバストの大きな女性が、部下にそう指示を下し、はち切れそうな胸を揺らして、部下を引き連れ非常階段を駆け上がって行ってしまったのであった。

来た時は宮川社長と二人だけの踊り場であったのに、今は女捜査官が半分残していった機動隊のような恰好をした警官たちがひしめき合う場所になってしまっている。

短い間に起きたことに頭がついていかない。

「・・・これってまあまあな事件よね」

「まあまあどころか大事件で大チャンスですよ。多くの能力者を集め組織化し、財界や政界にも絶大な影響力を持つ巨大企業、宮川コーポレーションという牙城を突き崩すチャンスです。やっぱり能力者は政府が招集して国の管理下に置かないとダメだと思うんですよね。・・・岩堀さんもそう思いませんか?」

誰ともなしに呟いた私の独り言に、さきほどの女捜査官が錦と呼んだ若そうな男性が何故知っているのか私の名を呼び、私を立ち上がらせようと手を差し出してきたのだった。

【第9章 歪と失脚からの脱出 47話 岩堀香澄、第2の人生は波乱からの幕開け終わり】48話へ続く

第9章 歪と失脚からの脱出 48話 頂上決戦、菊沢宏VS張慈円&ザビエラ

第9章 歪と失脚からの脱出 48話 

「華鹿様っ!あぁ!」

(ちっ、一発でやり損なった・・・)

麗華が膝を付いて、血塗れになった旗袍姿のマフィアの女ボスの肩を抱きしめている。

(なんや麗華そんなやつの心配なんかして・・そいつがお前を洗脳したんやぞ?)

怒りの形相で迫りくる革ジャン革パンブーツ姿の女、たしかかつては凶震の二つ名を持つ有名な殺し屋だったと記憶している女が肉薄してくる。

久しぶりで全力開放したためか、はたまた怒りで気が昂りすぎてしまったのか隙だらけマフィアの女ボスをやり損なったことと、その女に駆け寄る麗華を見て心中舌打ちしてしまう。

目の前の金髪女、凶震ザビエラのオーラの乗った拳を躱しながら、金髪女の後ろでの麗華たちの様子を伺う。

麗華たちの様子を伺いながらではあるが、ザビエラの攻撃は鋭い。

オーラの攻防移動も完璧で、拳のみならず蹴りにも得意とする振動攻撃を纏わせている。

かつて宏が宮コーの幹部である宮川佐恵子や稲垣加奈子たちのことを中途半端な強さと指摘したことがあったが、この目の前の女は違う。

宮コー幹部は能力者としては洗練されていて強いには強いが、いま目の前で攻撃をしてきている目付きの悪い金髪女は、おそらく物心ついたときから実戦で鍛え続けてきたのであろう。

一発一発の攻撃に相手を殺すことに些かの躊躇もないのが伝わってくる。

(くそがっ!凶震の噂は伊達やないな。こいつとカス慈円か。マフィアのボス猿女はやりそこなったが、ほぼ無力化したはずや・・。敵さんが肝を潰しとる間に一気にカタつけたいんやが、こいつ!マジうざったいわ!一対一で時間があるときやったらどないでも料理してやるんやが・・!)

ザビエラと拳を交え、一筋縄でいかない相手だと瞬時に判断し、心の中で悪態を付く。

「てめえっ!華鹿はまだ話してただろうがっ!」

「はぁ?マフィア風情がなにお行儀ええこと言うとるんや!お前ボディガードなんやろが!?お前がぼさっとしとるからや!マヌケが!」

「おまえ!!よくも言いやがったな!!」

宏はザビエラの繰り出した拳と肘を掌と同じく肘受け止め、顔を寄せ合い怒鳴り合う。

切り揃えた前髪を振り乱し、怒りで顔をゆがめたザビエラは、主を護れなかったことが余程自尊心を傷つけられたのか、自分も能力の範囲に入るというのに拳と肘で押し合いをしつつも能力を発動させだした。

ザビエラに触れているあたりが激しく振動し、宏の身体を一気に蝕みだす。

「ズグズグの肉塊にしてやるぜ赤目野郎!今までこのオレとやり合って生きてる奴はいねえ!人の形を残して死ねた奴なんて一人もいねえんだからな!」

「ほう奇遇やな!俺もや。俺とやり合って生きてる奴もおらへんねん!」

自分の振動の痛みに耐えながら言うザビエラに負けじと宏も赤目を光らせて言い返す。

「てめえなんか聞いたことねえぞ!キクザワ?だっけか?初耳の野郎だ!しかしさっきの動きと言いオレとここまでやり合えるとは・・・何もんだ!?それともキクザワってのは偽名か?!」

宏のセリフにザビエラは不快そうに顔を歪めたが、裏の世界で菊沢宏などという名は聞いたことが無いことに首をかしげる。

「裏の世界で名前が売れすぎてる言うんはな、まだまだ2流やねん!」

2流といいながら、昔に稲垣加奈子が自分のことを2流ホストと呼んだことが何故か思い出した。

(いや・・あいつ3流ホストやいいよったんやったっけな・・?)

宏はなんでこんなこと思い出すねん。いったい誰が3流でしかも何でホストやねん。と思い直すと、ザビエラのオーラを振動に変換してくる技能に耐えつつ、宏も肉体強化で防御し同時に直接相手の脳に痛みを認知させる精神汚染攻撃を放ちかえした。

「こ、この赤目野郎!!単なる肉体強化だけが使える筋肉ダルマじゃねえのか!?」

ただ押し合っているだけなのに、突如両腕が激痛に見舞われたため、ザビエラが顔を歪め驚きの声を上げ、宏から距離をとる。

「往生せいやっこのジャイアントおんなっ!」

激痛でザビエラが態勢を崩す前に、体中に電流を纏った張慈円が宏の死角、右わき腹辺りを後方から蹴り抜こうとしたのだが、宏は身体を捻って張慈円の脚を受け流し、カウンターで顔面に裏拳を叩き込んだ。

「ぐっ!」

「待っとったで!やっと近づいてきたなカス慈円!チャンスやと思たんやろがボケが!」

宏はザビエラと攻防を繰り広げながらも、たえず張慈円の動きを視線向けずに、意識し続けていたのだ。

不意打ちをしたつもりが、まさか反撃をもらうとも思ってなかった雷帝張慈円は、まともに裏拳をくらい、顎をのけ反らせた。

雷帝にしては珍しく痛恨のミスをしたと言える。

大きな隙を作ってしまい、仰け反って鼻を抑えてたたらを踏む。

その張慈円を追撃しようと宏が手にオーラを纏わせたとき、黒い旗袍をはためかせ、Fカップはあろうかという胸を揺らした麗華が躍りかかってきた。

「おまえ!!華鹿様を・・よくも!!」

張慈円を必殺の点穴で仕留めようとしたところへ寺野麗華が振動を両手に纏い、殴り掛かってきたのだ。

「れ、麗華・・!やめんかい!」

麗華も十分達人の域に達する手練れだが、雷帝張慈円や凶震ザビエラと比べると幾分劣るとはいえ無視できるような攻撃力でもない。

そんな麗華を無傷で無力化させるには、と無意識に宏が手を緩めてしまったところへ凶振と雷帝が再び、今度は同時に襲い掛かってきた。

「優香!貴様も手を貸せ!お前の主人をあんな目に合わせた者を生かして帰すな!」

「言われなくても分かってます!」

張慈円が優香こと寺野麗華を煽るようにけしかける。

「ほんまっ!お前!とこっとんカス野郎やなカス慈円!!」

張慈円のセリフに対し、宏は心底怒りを込めて罵る。

「3人がかりとは不本意極まりねえが、華鹿をあんな目に合わせたヤツだ!ミンチにしても飽き足らねえ!張雷帝!香港一の名が伊達じゃねえこと見せてやってくれよ!」

「無論だ!こやつはここに来るまでに高嶺の剣士とやり合っておる。その戦いで消耗しておるはずだ。今を置いてこいつを片付けるのは難しいかもしれん。樋口!もう一人の女を生け捕れ!その女人質に使えよう!」

寺野麗華、ザビエラそして張慈円から同時に猛攻を受けている宏は、何とか躱し防ぎながらも一人離れたところでケースを持ったまま突っ立っている猫柳美琴に目を向ける。

「君が来てるってことは紅蓮には知られてしまってるんだね!なおさら生かして帰せないじゃないか!」

すると、そこにはスーツ姿の男がそう言ってちょうど美琴に襲い掛かる瞬間であった。

「何が香港最強やこの卑怯モンが!ミコにゃん!ケースなんか捨ててええから逃げえ!」

3人に攻撃を受けながらも、宏は美琴に向かって張慈円をディスりつつ大声で叫んだ。

「きゃっ!!」

悲鳴をあげながらも、樋口に攻撃される瞬間に美琴の姿が瞬時にしてかき消える。

「ちっ!不可視化か!」

美琴の姿を見失った樋口が忌々し気に舌打ちをして悪態をつくが、すぐに視線を倉庫の入口の方へと向け駆け出した。

「そこだ!」

「きゃっ!!」

美琴は瞬時に不可視化を発動していたとはいえ、【不可視化】能力は足音や気配までもが消せるわけではない。

いまの樋口は視力と聴力を限界まで研ぎ澄まし、美琴の行動に細心の注意を払っている。

直撃こそしなかったものの、背後からの樋口の蹴りを肩に受けた美琴は、ケースを大事そうに抱えたまま悲鳴と共に床に倒れ込んだ。

「ちっ!ミコにゃん!ケースは諦めんかい!身体一つで猛ダッシュで逃げえや!・・ぐっ!」

張慈円とザビエラの攻撃を片手づつで防いだところへ、麗華の渾身のボディブローが宏に突き刺さる。

「で・・でも!手ぶらで帰ったら・・!きゃっ!」

起き上がってそう言いかけた美琴は再び不可視化しようとしたが、またしても樋口の蹴りが美琴の脚を払う。

「消えてちょこまか動かれちゃ困るんでね。足一本ぐらいは折っちゃおうかな」

マフィアのメンバーの中では、樋口が能力者としては一番腕が立たないのだが、あくまでこのメンバーの中だからであり、宏の目にも樋口と呼ばれる男に猫柳美琴が体術で敵わないのは明白に見えた。

「ええから!ミコにゃん。俺がこいつら片づけてケースも回収してやるから・・くっ!!」

今度は麗華ではなく張慈円の電流を纏った拳が宏の鳩尾に決まる。

「ふはは!何を人の心配をしておる!?」

鳩尾を抉った張慈円の拳が間髪入れず電流を送り込んでくる。

「がっ!」

全身を電撃が走り抜けているところへ、振り下ろしてきたザビエラの蹴りが宏の後頭部に直撃するが、宏は倒れ込むことなくザビエラの脚を掴んで逆に張慈円目掛けて投げつけた。

「ぐぉ!」

「いってぇ!すまん張雷帝!」

「ぜぇぜぇ・・!はよ逃げろや!ミコにゃん!ミコにゃんがおったら集中できへんわ!」

この作戦の直前に一度だけ話をしただけの猫柳美琴のことを心配してしまうところが菊沢宏という男の最大の弱点であろう。

今度は、麗華が両手に纏った振動を思い切り宏の胸に両手で叩き込んでくる。

「ぐぁ!!」

麗華の渾身の一撃を受け、つい苦悶の声が漏れ打たれた胸に手を当て後ずさりするが、倒れることなく対峙する三人に油断なく構えると、樋口に追い回されている美琴に怒鳴った。

「ミコにゃんええからとにかくケースこっちに投げえや!!」

美琴は壁の鉄骨の上を駆けながら、樋口から逃げ回っていたが宏の声に一瞬だけ顔を向けて頷くと、ぶぅんとケースを宏の方へ向かって放り投げた。

「あぁ!お、落とさないでくれ!」

美琴を追っていた樋口は、急に投げられたケースの方へ向かって方向転換したが、キャッチには間に合いそうにないのか、情けない声で宏達のほうにそう言って叫んだ。

「・・抜き足差し足忍び足!隠形遁術!【完全不可知化】(パーフェクトアンノウンブル)!」

樋口が叫んだ瞬間、猫柳美琴は短い紡ぎ言葉を手早く紡ぎ終わり、片足を上げ両手を猫の手ような形にしてポーズをとると同時に能力を発動させた。

【不可視化】とは全く別の技能、美琴の切り札である【不可知化】を使ったのだ。

美琴がそう言った瞬間、その場には美琴の姿はもちろん気配や物音、臭いすらない。

もし美琴に触れることができたとしても、相手は触れたことすら認識ができない技能である。

しかし、消えた美琴のことより樋口をはじめ香港マフィアの面々はケースを落すまじと、ケースに視線を集中させていた。

ケースを落すまいと必死で駆ける樋口。

宏に向かっていた3人も振り返りケースを見上げ、キャッチしようと駆けだそうとしていた。

しかしその4人が視線を集めているケースを菊沢宏がいち早く空中でキャッチしたのだ。

「よっしゃ!ナイスやミコにゃん!そのままうまく逃げえよ!」

宏は姿も気配もない美琴にそう言った。

合図を出した宏のほうがその4人よりも行動を起こすのが速かったのである。

そして、ケースを両手でがっちりキャッチした宏はケースを持った両手を空中で振りかぶった。

「き、貴様っ!よ・・止せ!」

そう声を荒げたのは、怒りと焦りの表情で歯ぎしりした張慈円である。

ばきゃ!!

宏は両手でキャッチしたケースを着地と同時に、自らの膝に叩きつけて木っ端みじんに粉砕したのである。

ケースの中身にあった複数枚のディスクが粉々に砕け、その破片は安価な蛍光灯の光をキラキラと反射させて綺麗に砕け散り、埃塗れのコンクリートの上に舞い落ちた。

「あああっ!貴様!貴様っ!!ぶっ殺してくれる。ただ殺すだけでは飽き足らん!手足を一本ずつ刻んで生きたまま魚の餌にしてくれるわ!!」

「てめええ!てめえ一人に滅茶苦茶にされて堪るかよ!」

大きな取引が不可能になった瞬間に張慈円とザビエラが吼えて、同時に宏に襲い掛かる。

しかし激昂した二人の達人に同時に攻められながらも宏にはゆとりがあった。

ケースの中身が砕け散ったことで、樋口は仰向けに倒れなにやらブツブツとうめき声をあげて動かなくなっている。

張慈円とザビエラの攻撃に混ざり麗華も宏に攻撃を加えようと参加するが、幾度か拳を突き出してみるが全て躱されたうえ、僅かな隙を付かれ宏の掌底を胸に受けて弾き飛ばされてしまう。

「くっ!」

麗華は吹き飛ばされたことにキッと顔を上げ歯噛みして宏を見返すが、当の菊沢宏は麗華の方には一瞥もくれず、張慈円とザビエラ相手に互角以上にわたり合っている。

猫柳美琴が戦線離脱してくれたおかげで、宏にはもう気を紛らわされることもないのだ。

ケースも回収しろとは言われているが、そもそも罠に嵌めてくれた紅蓮こと緋村紅音から依頼は最早ご破算である。

「く・・くっそっ!この赤目野郎!ここで始末しねえともうおさまらねえ!ゼェゼェ・・」

「ぐはっ!・・・優香!さっさと戻って手伝え!!」

「は・・はい!」

菊沢宏一人に対して、香港の最大戦力の二人がかりでも歯が立たず破られそうである。

優香こと寺野麗華は張慈円にそう言われ戦線に戻ろうとしたときに、背後から静かな声を掛けてくるものがいた。

「優香・・待って。あなたが行っても無駄でしょ?・・ちょっと聞きなさい」

麗華が振り返ると、そこにはヒジの少し上を斬り飛ばされた倣華鹿が血まみれの旗袍姿で立っていたのだ。

左手で押さえた右肘は氷で覆われ止血されており、斬り飛ばされた右腕も氷漬けにして部下の黒服の一人が大事そうに黒服の着ていたジャケットに包んで抱えている。

「華鹿様!!・そんなお身体で無茶です」

「あら?心配してくれてるの?でも大丈夫よ。ものすごく痛いけど止血も出来てるし、そんなこと言ってられる相手じゃなさそうだしね。ディスクがあの通りだから取引はおじゃんだけど、私をここまでコケにしてくれたあの男はぜったいに始末しないといけないわ」

「華鹿様・・」

(でも・・あんな奴をいったいどうやって)

優香こと寺野麗華は、忌々し気に菊沢宏を睨む倣華鹿を見てそう言ったが、雷帝や同僚で自分よりも数段強いザビエラが、二人がかりでもあの目を赤く光らせた男に歯が立たないでいるのである。

それにしても、いつもの女主人の口調や雰囲気がいつもと違う様子なのは、腕を斬られ苛立っているせいだろうかと優香こと寺野麗華は思ったが、続けて喋る倣華鹿の様子でそれが誤解ではないと感じ出した。

「わからないかしら?まあいいわ。私が張やザビエラに協力しても勝てないでしょう・・。さっきからあの男の戦いぶりを見てるからね。雷帝の張やうちのザビエラでさえも、一対一じゃ歯が立たないほどの相手。絶望的よね・・。でも優香、あの赤目の男は何故かあなたには攻撃してないわ。・・・・何故なのかしらね」

そう言った倣華鹿の目は氷のように冷たく、普段明るくて優しい目を向けてくれる倣華鹿のそれとは違った。

「え?・・・ふぁ・・ふぁん・・るー様・・・?でも、え?いま私攻撃されて吹き飛ばされたじゃないですか?」

そのような目を倣華鹿に向けられたことのない優香こと寺野麗華は狼狽えた。

「ふふっ・・とぼけないでよ。あれは攻撃したんじゃないわ。あなたを攻撃するように見せかけて押しただけよ。・・ねえ、そういう話なんでしょ?」

「え・・?な、なにを仰って・・?」

切断されたヒジを掴み、目を閉じて口を歪めて笑った倣華鹿が目をあけたとき、麗華に向けたその倣華鹿の目は、猜疑心に溢れていた。

「優香。あの男をここに呼んだのはあなたなんでしょ?どんな手品で私の契約を破ったの?」

「し、知りません!華鹿様・・本当です!・・そんなことより張雷帝とザビエラが・・ああっ!このままじゃ二人ともやられてしまいます!!早く加勢に!」

「白々しい演技できるじゃない優香!・・いえ、寺野麗華だったかしら?悔しいけど、たしかにあの男は強いわ。・・けど、張もザビもう少し持ちそうよ?だから優香も私の質問に答えなさい?あの男と初めから私たちを嵌めるつもりで、警護の薄くなるこんな辺鄙なところまで私をおびき出したのね?」

「そんなこと仰られても、私は知りません!・・華鹿様!私!裏切ってなんかいません!違います!私本当に!!信じてください!」

「・・・そうかしら?私もそう信じたいわ。・・私もね・・裏切られるなんて本当心が痛むのよ・・。信頼していた部下に裏切られるなんて心と身が引き千切られるよう・・。何かの間違いであってほしいんだけど・・本当にこんなことが・・夢であってほしんだけど、この傷みが夢なはずないわよね?!」

「ふぁ・華鹿さま・・・。お、御許しを!・・あの男が速すぎて御守りできませんでした!その罰は後で受けます・・私は華鹿様の忠実なしもべです・・・!」

膝を付き麗華は倣華鹿の旗袍の生地にすがろうと手を伸ばしたが、倣華鹿は一歩身を引きその手を払って言い放った。

「・・優香は私を信じる?」

「はい!」

麗華にためらいはなかった。

記憶も失い、毎日の糧さえに困っていた私と兄を救ってくれたこの人を信じるのに躊躇いなど一片もなかったのである。

いまは猜疑の目を向けられても、いつもの穏やかで優しい目をまた向けてほしかった。

答えたまま麗華は倣華鹿の目を見つめていた。

倣華鹿はその麗華の目を確かめるように同じく見つめている。

10秒ほど見つめ合ったあろうか、倣華鹿が口を開いた。

「いいわ。信じなさい・・」

倣華鹿がそう言った時、一瞬だけ以前の目に戻った。

頬に涙を伝わせた麗華の顔にも、安堵の笑みが戻りかけた時、倣華鹿は氷のように無表情にもどり両手を麗華にかざした。

「・・・【氷葬災禍】!」

「ひぃ!い、嫌です!!華鹿様!!わ、私は!裏切ってなんかいません!きゃあああ!!」

麗華も何度か見たことがある、倣華鹿の技能が自分に放たれたのだ。

この技能で敵を屠るところを見たことがあった。

それが麗華の自身の身体に放たれ、硬質な氷がビキビキと音を立ててまとわりつき締め付ける。

麗華の手を、脚を、身体を氷が覆い首元までも覆って、首を圧迫するように締め付けている。

「華鹿・・様!・・ああ!おやめくだ・・っ・!」

氷に首を絞めつけられ麗華は声をあげられなくなったが、その表情は苦悶に歪み、喋れないながらもまだ息はある。

「優香・・私を信じなさい・・これしか手が無いのよ」

氷のような冷たい眼差しの中に一瞬だけ一光の感情を滲ませた倣華鹿はそう言うと、マフィアのボスらしく冷徹な表情に戻った。

「なっ!?麗華ぁあああ!ボス猿!お前何やっとんじゃー!!」

死闘の末、ザビエラをうち倒し、張慈円の腹部を研ぎ澄ました貫き手で貫いたところで背後の異変に気付いた菊沢宏が振り返って大声上げた。

「動くな菊沢宏!!・・動けば寺野麗華の命はないわよ?私をこんな目に合わせてくれた裏切り者はどうやって縊り殺してやろうかしらね。寺野麗華の殺し方は貴方の態度次第よ!」

黒い生地の旗袍の金と銀の龍の刺繍を血で濡らし、右腕を肘からしたが切断されたままの姿で香港三合会の一角倣華鹿が菊沢宏に向かい、左手を氷の刃状にして麗華の首筋にあてがう。

「ふっふっふ。あなたが切り落としたせいで利き腕じゃないからうっかり手元が狂いそうよ?」

倣華鹿は普段の温厚な表情ではなく冷血な笑みを貼り付かせて宏に向かってそう言ったのであった。


【第9章 歪と失脚からの脱出 48話 頂上決戦、菊沢宏VS張慈円&ザビエラ終わり】49話へ続く

第9章 歪と失脚からの脱出 49話 髙峰の剣士たちの戦いの行方

第9章 歪と失脚からの脱出 49 話 髙峰の剣士たちの戦いの行方


「風を孕み月影を具せ、黄昏を裂き留まる事無く疾く駆けよ」

前迫香織はむき出しにされたブルーのショーツを隠すこともなく長刀を弓状態に変形させて膝を付き、白く光る矢を番え引き絞った格好のまま【斥力排撃】を全力展開しつつ紡ぐ。

「ぐががが!ごらぁ!そのけったいな能力解除せんかい!」

ブーメランパンツのみを身につけた男を岸壁の岩肌に能力で押しつぶすようにして動きを封じているのだ。

思わぬ反撃を受け右手を負傷し、不覚にもパンツスーツを引き裂かれるという失態を犯してしまった前迫香織であったが、今は平静になり普段の冷静さと余裕を取り戻していた。

(自力で解除してみなさい変態男・・・。あなた程度には無理でしょうけどね)

心中でそう罵った香織は勝利を確信した。

冷静に対処さえすれば、目の前の不埒なブーメランパンツ男程度の能力者に後れを取る前迫香織ではないのだ。

「我が刀身、良弓難張なれど刃を矢摺りとし、己が身を弓弝、我が克気を鏃と成せ・・」

掌を油断からブーメランパンツ男にビー玉で撃ち抜かれたため、矢を引き絞る右手からは血を滴らせてはいるが、前迫香織は狙いを男の心臓に正確にあわせた。

「おまっ!こんなやり方汚いねんぞ!こんなん反則やろが!・・あっ!そやお前さっきからそんなに膝開いて青パン丸見えやぞ!?恥ずかしいところ丸見えや!・・ってこら!待て!マジで待て!こんな近くからそんなもんぶっ放すん反則やねん!動かれへん相手のドタマに向かって金属バットフルスイングするようなもんやないんか?!お前剣士やろ?!潔よう戦われへんのんかい!?・・ちょっ!マジで際どいところまで見えてるで?!ええんか?!・・は・はみ毛見えてんねんぞ?!」

【斥力排撃】で岩肌に押し付けるようにめり込まされ身動きの取れないブーメランパンツの男、モゲこと三出光春はあらゆる手を使ってこの状況を脱しようと口を開くが、前迫香織のほうは準備が整ったようだ。

「どこまでも愚弄を・・・。喜びなさい。私の下着姿を見た殿方はそう多くはいません。・・あなたはこれで死ぬのです。そのぐらいのことは目を瞑りましょう」

「いやいや!まじ見えてんで?!おまえははみ出した恥毛を見られた女としての十字架を背負ってこれから生きていくことになんねんぞ?!これから敵にとどめを刺すちゅうお前の最大の見せ場やっちゅうのに、お前はパンツから毛はみだしてんねんぞ?!しかも両側からや!線の細いお上品な顔してる割に、下の毛見えてんで?!見せる男もおらへんから、手入れも行き届いてないんやろが!?」

モゲこと三出光春は、目の前の女の注意が一瞬でも逸れるように、口八丁でお下劣な罵倒をしていたが、前迫香織はモゲの挑発には乗らなかった。

「・・・聞くに堪えません。私の痴態が本当だとしても、死に逝く者へ私からの死出の手向けです」

モゲと目を逸らさずそう言う香織の声には恥じらいも迷いもなかった。

「ま、待てや・・・!」

香織の目に躊躇がないことが見て取れたモゲは、岩肌に押し付けられながらも再度制止の言葉を投げかけたが香織は引き絞った弦から指を離し能力を発動させた。

「【弓箭激光】」

弓形状の刀身が逆方向に弾むと同時に、無数の白い光の矢が幾百本とモゲに向けて発射される。

ズドドドドドドドドドドッ!

「なっ!う、があっ・・・っ!ち・・千尋!・・・っ!・・・!!」

至近距離で香織の奥義を発射されたモゲは言葉もまともに悲鳴をあげることもできず、婚約を交わした女性の名を叫ぶと、砕ける岩の破片と一緒になって昏い海面に光の矢に突き刺さるようにして激突し海底へと沈む。

海に突っ込んだモゲの身体目掛け、まだまだ無数の光の矢が海面に吸い込まれ激しく波立たせている。

海面が香織の技能で白く昼間のように明るかった、矢が全て海面に飲み込まれてしまうと、そこには波音と朝焼け光が僅かに差し出した暗闇が戻ってくる。

光の矢を撃ち尽くした前迫香織は素足になった両ひざを勢いよく地面に付いた。

「はぁ!はぁ!・・・っく。こんなに手こずってしまうとは・・はぁはぁ!・・全力で【斥力】を使いながら撃つのはやはりずいぶん消耗してしまいますね・・」

下半身が下着とパンプスのみという格好になってしまった香織は肩で息をしながら、なんとか敵を海に沈め勝利することができたことに安堵した。

しかし、そうも安心して居られる状況ではないことがわかっている香織は立ち上がり、慌てて【見】を巡らせる。

「・・・先ほどの気配はどこに!・・やはり・・!侵入者!それにもう一人!!これは奈津紀と戦っていた男?!あの男がアジトに来ているということは、まさか奈津紀がやられたというの?!・・沙織もアジトに帰っていないということは沙織も?!・・・奈津紀と沙織はどこっ!?」

アジトでの戦闘は雇い主である張慈円、違和感を感じた侵入者ともう一人は奈津紀と戦っていた男、あとは張慈円が言っていた華僑たちのものだと推測できた。

しかし、香織の同僚である千原奈津紀と南川沙織の姿が【見】をもってしても、アジトには見当たらないのだ。

「ま・・まさかとは思いますが、あの二人がやられることなど・・・!相手の男たちも奈津紀の相手はいるようですが、沙織の相手はアジトには来ていない様子・・」

左手で頭を軽く押さえ、一定以上のオーラを身に纏う人間を見通す【見】能力に集中し、同僚の沙織が戦っていたと思われる個所に意識とオーラを向ける。

「居たっ!沙織!」

言うと同時に香織は駆けていた。

(一人・・?・・沙織動かないわね・・死んでなさそうだけど、ダメージを負っているのかしら?それにしても敵の男はどこに・・・?)

岩肌を駆け、林を突っ切り再び岩肌が続く視界の開けた海岸線が目に飛び込んでくる。

「さ、沙織!」

実物の沙織は抜き身の刀を一本だけ握ったまま岩肌に膝を付いてうなだれていた。

「沙織!無事ですか?相手の男は?」

「・・・かおりん?」

駆け寄った香織に気でも失っていると思われた沙織は顔をあげて応えた。

「無事でしたか?よかった・・」

「無事・・・?無事なんかじゃないよ・・兼定と政宗が・・」

疲れ果て泣きそうな顔でそう言った沙織が握っている抜き身の刀は、普段沙織が振るっている九字兼定と京極政宗ではなかった。

いま沙織が握りしめているのは普通の太刀ほどの長さのある白刃であった。

「瓶割刀ですか・・。それを抜く羽目になるとは・・沙織もずいぶん追い詰められたのですね・・」

香織はそう言い、特に大きな怪我を負っている様子もない沙織の背を撫で労った。

沙織は世間的には行方不明となっている名刀である瓶割刀を握っていたのだ。

九字兼定と京極政宗は戦いのさなか、豊島哲司の異常な硬度と握力により刀身を曲げられ使い物にならなくされてしまったようで、二振りの名刀は硬い岩盤の地面に転がっていた。

普段は多彩な二刀流で戦闘に臨む南川沙織であるが、真の強敵に出くわしたときには大刀による一刀流になるのであった。

傷んだ二刀から手を離し瞬時に瓶割刀に持ち替えて奥義を発動したのである。

「・・・かおりんこそ・・その格好・・マジうけるんだけど・・。・・・それに・・ちょっと出てる・・」

「さ、沙織!」

沙織の一言で自分の下半身が下着一枚だということを思い出した香織は、慌てて手で隠し、先ほど戦った男が言っていたことが本当だったと自覚させられたが今はどうしようもない。

さっきまで戦っていたブーメランパンツ男の言ったとおり、いまは付き合っている男もおらず、普段パンツルックを愛用していることもあって、ムダ毛処理に関しては完全に油断してしまっていたのだった。

「そ、それより敵は?・・沙織に太刀を持たせるとは、あの男も尋常ならざる相手だったのですね?!どこです?やったのですか?!」

気恥ずかしさを隠す為というか、もっと聞くべきことがあると思い香織は質問するが、腰を引き身を屈めてしまうような恰好になってしまう。

「わ・・わかんない。私、一刀流の技能使うと発動中は意識ないからさ・・。気が付いたときには私以外に誰もいなかったの・・」

そう言うと沙織は案外すっと立ち上がり、瓶割刀を背中に背負った鞘にカチンと仕舞い込んだ。

小柄な沙織が太刀を背負うと、物凄く長く見えるが長さは普通の太刀で三尺ほどである。

そして脚を少しだけ引きずりひょこひょこ歩いて、落ちている愛刀の元へ行き大事そうに拾い上げ、【爪衣嚢】に収納していった。

「そう・・ですか。ともかく生きていてくれて何よりです沙織・・。でも、落ち着いて聞いてください。奈津紀の相手だった男がすでにアジトに乗り込んでいます」

その傷んだ二振りの愛刀を回収した沙織の背に香織は声を掛けた。

「え?そんな・・!てことは、なっちゃんさんがやられたの?!痛っ・・!」

香織のセリフに驚いた沙織は、目を見開き香織のほうへ振り替えると傷を負った自分の腕を押えた。

見た目はほぼ無傷のように見える沙織であったが、豊島哲司に握られていた左腕と左足首の筋肉繊維が潰され内出血し、骨にはヒビが入っているのだ。

それが振り返った拍子に激痛が走ったのである。

「くそっ・・あの鈍ガメ男・・・噛みついたら離してくれなくて困ったわ。って・・なっちゃんさんホントにやられちゃったの?!」

「わかりません・・。とにかくアジトに向かいましょう。帰りすがら【見】で奈津紀の気配も探ってみます。その前に・・・」

「治療?もう治療匕首2本しかないんだけど使っちゃう?私もけっこうな深手だと思うんだけど、かおりんも手、穴あいてるね」

「いえ、まだ任務は終わってません。まだまだ戦いになるかもしれませんから貴重な治療匕首は温存しましょう。そ、それより・・沙織・・。なにか・・履くモノもってないかしら?」

そんなことを言っている場合ではないのはわかっているが、香織は恥ずかしそうに沙織にそう言ったのであった。

「あ・・うん。いいよ。私の予備のスカートがあるけどそれでよければ・・でも、かおりんが履くと随分短いと思うけど・・パンツで居るよりはいいよね?・・ちょっと毛でてるし・・」

そう言い沙織は左手の薬指からズルリと黒いスカートを取り出して香織に差し出した。

「沙織・・!このことは誰にも言わないでくださいね!でもありがとう。ほんっとに助かったわ」

そういい素早くスカートに足を通すとファスナーを締めスカートを正面に回転させる。

「なんだか普段真面目なかおりんのそういう油断したところみちゃうと、ちょっと安心するね・・」

「二人だけの内緒ですよ?!」

「うん言わないよ。そのかわりってわけじゃないけど、帰ったらかおりんのところの鍛冶に兼定と政宗を直してほしんだけどいい?」

そう一方的に約束してもらうと、普段スカートを履くことのない香織は、沙織のスカートなので仕方ないのだが、あまりの短さに驚いたものの丈の文句話言わないことにし、沙織の依頼には快く頷いたのだった。

「じゃあ行こうかおりん!【見】で見てよ。私戦ってる最中なっちゃんさん達がアジトの方向に向かってるの見たんだ。戦いぶりからしてあのサングラスの男を圧しまくってたように見えたし、あの剣聖なっちゃんさんがやられるなんて信じられないよ。きっとまだ生きてる。なっちゃんさん探しに行こう!?」

スカートを履き終えた香織に顔を向け、沙織は奈津紀を見かけた方角に指をさして香織を促した。

沙織の気持ちは物凄く理解できるが、今は任務中だ。

同僚である千原奈津紀の捜索よりも、強襲されているアジトに戻ることを優先するべきではないか。という思いが香織を迷わせる。

南川沙織は全く迷いのない様子で香織に向かって「はやくはやく」という表情を向けている。

「・・待って」

「・・え?どうして?急ごうよ。なっちゃんさんきっと生きてるよ。深手を負っちゃってて動けないだけかもしれないし、急げば助けられるかもしれないじゃん。・・私なっちゃんさんがいないなんて嫌だよ・・」

一度は任務を優先しようと沙織を制止したものの、沙織の正直な表情と言葉に香織も心を決めた。

「・・・わかったわ。行きましょう!全力で駆けながらでは【見】の精度低いから私の走るペースに合わしてね」

「うん!」

そう言うと香織は沙織が指していた方向に駆け出し、沙織もすぐに香織に続いた。

香織の【見】能力は最大で約半径2kmにも及ぶ。

しかしそれは香織が万全の状態の索敵範囲である。

今の香織はその半分ほどしか【見】を展開できておらず、しかもその精度も普段より落ちている。

ノイズが混ざり、人間以外のモノにも【見】が反応してしまう。

「くっ・・ど・・どこにいるのです奈津紀・・」

つい焦った声をあげた香織であったが、すぐ後ろを駆けてくる沙織が「あっ!」と言って立ち止まったようだ。

「どうしたのです沙織?!」

「これ!こっちだと思う!」

沙織はそう言うとアジトである倉庫のすぐそばにある船着き場の方へと走り出してしまった。

香織も引き返し沙織の駆けていったほうを見ると、そこには奈津紀がつけたと思われる剣撃のあとがそこかしこに残っていた。

「【見】ばっかりに集中していたからこんなものが見えなかったのね・・!」

香織はそう言うと沙織の背を追う。

カツンと足音をならし、沙織が巨大な錆びたクレーンを駆け上がり始めた。

「血が・・!かおりん!なっちゃんさんここで戦ったんだよ!」

沙織はそう言うと、刀を背負った小さな背を弾ませ、カンカンと音をさせてクレーンの鉄骨を駆けあがってゆく。

香織も沙織の後を追い、クレーンのてっぺんまで登ってきたが、そこで沙織が残念そうにぼそりと呟いた。

「・・・いない・・」

「・・・ここから・・?落とされたのですか・・・?」

推測を口にした香織に沙織が勢いよく向き直った。

「かおりん!【見】!」

「ええ!」

前迫香織は50mはあろうかという眼下の昏い海に向け、最大精度で【見】を発動させる。

香織はこの距離からでも激しい白波をあげている海面に向かって【見】を発動させるも、ここまで登ってくる途中に見たおびただしい血痕が全て奈津紀の血だとすると、相当な深手を負わされていたと推測する。

「・・・なっちゃんさん!」

沙織もその推測をしたのであろう。

眼下の昏い海を見下ろしながら心配そうに奈津紀の愛称を呼んで、両手を胸の前で合わせている。

ダメかも・・と香織が思った時、【見】に反応があった。

「いたわ!」

「どこ?!」

「あの岩肌!」

香織と沙織は二人でそう確認するや否や駆け出していた。

猛スピードでクレーンを駆け下り奈津紀の姿を確認した岩肌へと急ぐ。

「奈津紀!」

「なっちゃんさん!」

二人は海水にほとんど浸かりながらも岩肌に半身だけ打ち上げられ動かなくなっている血まみれの奈津紀を地上へと担ぎ上げた。

「なっちゃんさん!」

片方レンズの無くなったメガネは残っていたものの、顔面蒼白で血色のない千原奈津紀にむかって沙織が叫ぶが反応はない。

担ぎ上げる時にすでに分かっていたことなのだが、奈津紀はぐったりして全く動かず、体温もすでに人の温度ではなかった。

「奈津紀!・・・こ・・こんな姿に・・!刀もない・・・!海に・・?それとも奪われたというの・・・?!・・くっ・・よくも奈津紀を!」

冷たくなった奈津紀は、ほとんど服は斬り飛ばされており、下着こそつけているがジャケットは無く、ブラウスも袖を通してはいるがボタンははだけ、スカートも申し訳程度に腰に巻き付いているだけで、ほぼ下着だけというあられもない姿にされていた。

そのうえ身体の至る所に生々しい傷跡があり、肩口、そして胸に付けられた大きな傷痕が奈津紀を仕留めた決定打だと思われた。

奈津紀の白い肌は海水で冷やされ更に色を失っており、つけられたキズがより一層際立って見える。

「奈津紀のこのキズの負いかた・・・あの男に甚振られるようにして服を切り飛ばされ、逃げ場のないあそこに追い詰められ徐々に傷つけられていったんだわ・・・!」

そして香織は決定打となったであろう僅かに急所をずらした個所の胸の傷を撫でる。

「そしてわざと急所を外されて・・・身動きをとれなくされてから、あの高さで海に落とされたんだわ・・。奈津紀・・!悔しかったでしょう!まともに泳げないほどの傷を負わされて海に落とされて・・苦しかったでしょう・・!なんて残忍なことを・・・うぅ・・!・・すでに勝負はついていたでしょうに苦しませて殺すなんてっ・・・!・・通信が繋がった時、私が奈津紀の窮地に気付いてあげられていたらっ!」

体温を失った奈津紀の身体を抱き起こし、香織は涙で濡れた頬を奈津紀の頬に押し付け手を握って慟哭した。

「うわああああああああん!」

その様子に沙織も背後で大声をあげて泣き出してしまった。

しかしその時、もはや死んでいるかに思われた握っている奈津紀の手が少し動いた気がした。

「奈津紀!?生きているの?いま手を動かしましたね?!」

香織は声を上げて呼びかけたが、確かに奈津紀の指が僅かに動いたと思ったのだが、奈津紀の身体は冷たいままで、力なく首を擡げてしまう。

「かおりん!こっち!ここになっちゃんさん寝かせて!やろう!あれ!」

さっきまで大声で泣いていた沙織が、顔じゅう涙だらけにして言葉を使うのももどかしく、平たくなった岩場を指さし身振り手振りで伝えてくる。

「まだ生きているなら・・!沙織の匕首で治せるわ・・!ええ!やりましょう!」

やるといっても人工呼吸と心臓マッサージに加えて、二人のオーラをできるだけ奈津紀に送り込んでみるという原始的なことでしかない。

しかし、二人の剣士は最早任務のことなど忘れ、同僚でありリーダーでもあり、姉のような存在であった千原奈津紀をなんとか蘇生させたいということしか頭になかった。

【第9章 歪と失脚からの脱出 49 話 髙峰の剣士たちの戦いの行方終わり】50話へ続く

筆者紹介

千景

Author:千景
訪問ありがとうございます。
ここでは私千景が書いた小説を紹介させて頂きたいと思います。
ほぼ私と同年代の既婚者が主役のものになるかと思います。登場人物同士が
つながりを持っていて別の物語では最初の物語の主人公が脇役を務める様な
小説全体につながりを持たせ想像を膨らませていけたらと思っております。
どうぞ宜しくお願い致します

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