第9章 歪と失脚からの脱出 47話 岩堀香澄、第2の人生は波乱からの幕開け
黒めの銀色。
素材は見ただけでは何なのか判別できないが、巨漢男が先ほど響かせた音からして、手にしている得物が金属なのは間違いない。
だが、その形状は真剣のそれとは違い、木刀ほどではないが、かなりの厚みがあった。
相手と対峙したときに無意識に行ってしまう癖で、銀黒色の鉄刀を得物として構えた巨漢の力量を、自分の目と、男から発せられている雰囲気だけで推し量る。
(・・強い。・・たぶんとんでもなく・・)
剣道で培った経験則と本能で巨漢男の力量がわかってしまい、背中から両頬にかけてゾクリと悪寒が走る。
私は八相に構えた巨漢男に対し、気が付くと無意識に後ずさりしてしまっていた。
(なんなのこれ・・。この人の雰囲気・・。こんなのどんな剣道の大会で対峙した相手にも感じたことないわ・・)
剣を構えるまえは下品に見えた巨漢男の顔も、剣を構えた姿になると短すぎるネクタイのセンス、垂れた頬、たるんだ二重アゴの顔ですら精悍に見え凄みが漲っている。
「・・岩堀殿。もしかして実戦は初めてですかな?」
私の失礼な分析に割り込むようにして巨漢男が口を開いた。
どうやら私と仕合とやらをする気満々の巨漢男は、構えず戸惑っている私の様子をみて訝しがったようだ。
それならば、と思い私も口を開く。
「あ、あの・・紅露・・さんでよろしかったでしょうか。私と貴方がここで仕合う理由がないと思うのですが・・?」
「ふむ・・・。お嬢様の護衛ではないのか?岩堀殿は何者ですかな?確かに宮川お嬢様の部下に剣士はいなかったはずだ。しかし、さっき俺の部下が宮川お嬢様と一緒に走って竹刀袋を背負った女もいた。と言っていたが?」
私の思惑通り巨漢男は顔から圧力と凄みを、ほんの少しだけ和らげて聞いてくる。
「宮川社長がこんな時間に出かけると言い出したので、同行したまでです・・・。・・・もっとも支社に向かっていたとは私も知りませんでしたが・・。宮川社長も女性ですからね。夜の繁華街なんかに独り歩きに出られたら危ないじゃないですか。ほら、あの人ちょっと危機管理能力が欠落してるというか、どこにでもスタスタ進んでいって、突っ込まなくてもいい首を突っ込むときがありますしね・・」
私は巨漢男の問いかけに、手振りを交えできるだけ正直に話す。
私自身の勘違いで、少し間違っているところもあるかもしれないが、概ねいま言った説明の通りだ。
「危ない?宮川お嬢様の一人歩きがですかな?・・・くっ・・げははははははっ!突っ込まなくてもいい首・・!あのお嬢様のことをそう言うとは・・げははははっ!」
巨漢男が構えを解き、大声で笑いだした。
「な、なにかおかしいこと言いましたか?」
「いや、失敬失敬・・。岩堀殿は宮川お嬢様のことをあまりご存じないようですな・・」
巨漢男は、銀黒色の鉄刀を肩に担いでそう言ってきた。
「は・・はぁ・・?3か月ほど一緒に仕事をさせていただいてます。宮川社長とも最近は随分打ち解けてきたんじゃないかなと思ってますよ?今日も私の部屋に泊まってましたし・・」
「と、泊る・・?あのお嬢様と・・?そんなまさかですな・・。あの目に晒されて平気とは・・。ふぅむ・・しかし岩堀と言う名はどこかで・・・あぁ!思い出した。宮川アシストの岩堀・・・書類で目を通したことがあったな。神田川殿が見つけてきたという不動産部にポストを用意されていた人でしたな・・。本来はこの関西支社勤務になる予定だった・・」
宮川社長と打ち解けていると言ったことに驚いていた巨漢男だったが、急に何かを思い出したようで頷いている。
確かに私は当初、宮川コーポレーション関西支社不動産部の部長としてオファーを受けていたのだが、私が入社する直前に支社長の交代があり、不動産部は宮川コーポレーション関西支社の子会社となったため、そちらへの勤務となったのである。
しかし、そのことをこの男が知っているということは、この巨漢男は宮川コーポレーションの人間で、しかもある程度以上のポストだということだ。
(こんなデb・・いえ、大柄でネクタイもまともに結べずスーツも着こなせていないような人でも、国内屈指の上場企業の役職なんだわ・・・人は見かけによらないわね・・。スラックスのファスナーも半分ぐらい開いちゃってるし、ベルトの上にお腹が乗っかっちゃってるわ・・)
「岩堀殿・・なんだか失礼なこと考えてませんかな?」
紅露という巨漢男をあまりにもジロジロと見まわし過ぎたのか、巨漢男が見透かしたように聞いてくる。
「考えすぎです。紅露部長」
胸ポケットから半分飛び出しているネームプレートから覗く巨漢男の社員証を見て、なんとか平静を装って紅露のことを役職付けで呼ぶことができた。
「俺のことも御存じだったのか?・・・それにしても岩堀殿があまりにも殺気を漲らせて木刀を振るっているところが見えたもんですから、てっきりやる気満々なのかとおもいましたが、そうでもなさそうですな・・」
紅露という巨漢男は完全に鋭気を和らげてそう言った。
私としても、正当防衛以外で木刀や鉄刀などで命を懸けた試合をしたいわけではない。
私には戦う理由がないのだが、この巨漢男のほうは、今の状況ではそこまで気を張り詰めていなければならないということなのだろう。
(この人は緋村支社長派の人なんでしょうね・・。それにしても宮コーの派閥争いってこんなガチな争いなの・・・?)
「さきほど宮川社長とここで別れましたが、緋村支社長を止めなければならないって言ってました。紅露部長は宮川社長を緋村支社長のところに行かせたくないのですか?」
私は巨漢男の立場を確認するために質問を投げかけてみる。
「・・・うむ。そうなるな」
この反応・・、やはりこの巨漢男は緋村支社長の部下の一人ということだ。
「宮川社長を追うんですか?」
「・・・うむ」
巨漢男は少し口ごもってから肯定した。
「岩堀殿は邪魔なさるか?」
今度は逆に問い返される。
「うちの社長と緋村支社長の当人同士で話し合えばいいじゃないですか」
「・・そうなのだが、そうもいかぬ」
「どうしてです?」
二重アゴの顔をしかめて巨漢の紅露は唸ってから答えた。
「あの二人はいがみ合っておる・・というか、紅蓮殿がほとんど一方的に宮川お嬢様を嫌っておるのだ。が・・、紅蓮殿の気持ちもわかる。宮川お嬢様は魔眼の力で恐怖政治に近いことをやっていた。能力開花していない一般社員は魔眼の影響など気づけもしないだろうが、能力者である我々はそうもいかん。・・一般社員と違って見られているのをわかってしまうからな。あの目で感情を読み取られるのは堪らんもんがある・・。不平を言わず、黙っていても感情色で判別され忠誠心を問われるのだ・・。宮川お嬢様の感情感知能力による恐怖政治には、能力者である社員からは反発が多かった。現にそのせいでお嬢様に味方する能力者の側近は少ない。お嬢様を妄信している神田川殿や稲垣殿・・それに警備部門の八尾殿ぐらいか・・・。あとは何人かいるが、まだまだクチバシの黄色い未熟な能力者がほとんどだ。しかし、紅蓮殿が支社を運営するようになって、宮川お嬢様のほうが良かったのかもしれん・・と思い始めておる者もおるし、そう言う俺自身も迷っておる。しかし、今となってはここまでの大事になってしまったからには紅蓮殿に頑張ってもらうしかないと思っておるのだが・・な。・・それにしてもやはり岩堀殿はお嬢様派のようですな・・」
「私、その紅蓮殿と話したこともないですからね。どっちの味方と言われても・・。でも少なくとも宮川社長の敵ではありません。あの方とのお付き合いはそう長くありませんが、悪人じゃありませんよ?・・それにさっきから言ってる能力者ってなんですか?・・宮川社長も仕事の能力としては私が以前在籍していたところでは、比肩する人がいないほど優秀です。でも・・どうやら仕事の能力とは違うことを言っていますよね?・・最近私の身体の調子が凄く良いのと関係してたりします?」
「ふむ・・。なるほどなるほど・・岩堀殿はいわゆるノラなのですな。何らかの理由で脳領域が一定のレベルに達したのでしょうな・・。ですから最近宮川お嬢様に重用され出した・・。そうでしょう?・・・能力というのは、まあ潜在能力みたいなもんですわ。誰でも持ってるもんではあるのだが、誰でも使えるわけでもない。ちょっとしたセンスときっかけが必要ですな。改めて聞かれると案外説明しずらいものですな・・。努力の延長線上のものではあるが・・、知らんものからすれば超能力のように見えるかもしれん」
「脳領域?ノラ?潜在能力で超能力のように見えるってこと・・?それはつまりどいういうことです・・?」
巨漢男の口からは聞きなれない言葉が飛び出てくるが、巨漢男は質問には正確には答えてくれず一人で納得している。
(さっきの宮川社長の動きといい、私の身体に起こっていることといい・・これも潜在能力だってこと・・?センスや努力で誰でも身につけられるってこと・・?)
能力者ということの定義をもっと聞きたかったのだが巨漢男は更に質問を重ねてきた。
「もしかして、岩堀どのは宮川お嬢様がこんな時間に出かけたから、慌ててついてきた・・という感じですかな?」
「え、ええ・・まあ、そんな感じです」
質問に応えない巨漢男に反論したくもあるが、先ほど剣を構えた時の圧力をまた発せられて仕合仕合と言われても困るし、どうも巨漢男は状況を確認しているだけのようだし、大人しく質問に答えておいた。
「岩堀殿・・・見たところ貴殿も少し能力が使えるようだが、宮コーの派閥争いなんぞには深く関わらんことをお勧めしますぞ。もし、その木刀なんぞ紅蓮殿に切っ先でも向けようもんなら問答無用で火を点けられるでしょうからなあ・・げはははは」
銀黒の鉄刀を肩に担ぎ、そう言って肩を竦める巨漢男は容姿や笑い方はともかく悪人ではないように思えた。
少なくともこの巨漢男は話せば争う必要もないんじゃない?と思った時、巨漢男の背後、非常階段の下に気配が現れた。
「紅露。いらんことをべらべら喋るんじゃない。緋村支社長に聞かれたらことだぞ・・」
非常階段の階下からまた違う声がしてきたのだ。
「おや松前さん。いつから盗み聞きしてたんですかな?相変わらず人が悪い」
巨漢男は私から顔を逸らして後ろを振り返り盗み聞きの男に気楽そうな声で聞き返している。
どうやら二人の様子からして、仲間同士と思われる。
「その女がお前のことをどちら様ですか?って聞いたあたりからだ」
「げはは、それじゃあほとんど最初っから盗み聞きしてますじゃないですか」
げはげはと下品な笑い声をあげて巨漢の紅露が松前に答えた。
「そうなるな」
巨漢男が松前と呼んだ男は、私に注意を払いながらも巨漢男の問いかけに応えている。
(この男もすぐ近くにいたんだわ・・・気づけなかった)
松前という男がずいぶん前から盗み聞きをしていたというのに、気配を感じられなかったことに不気味さを感じるが、私としては宮コー本社社員の人たちに木刀を振るうのは避けたい。
(・・・この人達次第なんだけど・・紅露って人は話し通じそうだけど・・この松前って人はどうなのかしら・・)
「ともかくこのまま放置しておくわけにはいかない。丸岳が呼んでるんだろう?この女も一緒に丸岳のところに連れていくしかあるまい」
もしかしたら争わずに済むかもと思っていたのに、現れた松前のセリフで再び木刀を握る手に汗が噴き出す。
「だな・・。というわけで岩堀殿。俺としてはできれば大人しくついて来てくれると嬉しいんだがな」
どうやら巨漢の紅露も松前と同意見のようだ。
(戦わずに済みそうって思ったのに、相手が二人になっちゃったじゃない!さっきより状況悪いわ・・!)
「お嬢様派の能力者の者を戒めも無しで連れていけんだろう。封環を嵌めてもらおうか」
「はぁ・・まあ松前さんならそう言うと思った。岩堀殿、しばらく能力が使えんようになるだけだ。大人しくこの封環を両手首に嵌めて、その木刀を俺に渡してくれんか?」
巨漢の紅露はそう言うと、スラックスの後ろポケットから金属製の輪っかを二つ取り出して、指に輪っかを引っ掛けカチャリと金属音を鳴らせて見せてきた。
警察が使う手錠とも違う。見た目はもっと無骨でいかにも鉄の腕輪という感じであるし、色も手錠のようにメタリックなシルバーではない。
錆びた鉄そのもののような色である。
「なんですか・・?それは?それを私の手首に?」
「岩堀殿。命までは奪うことにはならん。ここで俺ら二人相手に抵抗することが愚策なのは、さっき俺と対峙してみてよくわかっているのだろう?大人しくこの腕輪を嵌めてくれんか?」
紅露が鉄環を手に持ち近づいてくる。
「・・嫌です。なんでそんな訳の分からない、デザイン性のかけらもないブレスを嵌めなくちゃいけないんですか?それにそれを嵌める理由は何です?」
木刀を構え直し紅露に切っ先を向け、松前の動きも注意しながら後ずさって問いかける。
「紅露。この女・・なかなか使えるんだろう?」
「さっきの動きを見る限り・・うちの警備のモンじゃ足止めもできんだろうなぁ」
「では、二人がかりとは不本意だが時間もないしな」
私の質問に応える素振りもなく紅露と松前は二人で勝手な打ち合わせをしている。
(巨漢の紅露だけでもさっき対峙しただけで悪寒が走ったのに、もう一人増えちゃうなんて・・!・・宮川コーポレーションの中じゃこんな人たちがうじゃうじゃいるの?!宮川社長はこういう人達と派閥争いをしてたんだわ・・・。その派閥の親玉が緋村支社長って訳ね・・。宮川社長はその争いに敗れて関西支社を追われる羽目になったんだわ・・。で、宮川社長と一緒にいる私は自動的に宮川社長派だと思われてるってことね・・!宮川社長・・もうがっつり巻き込んでくれてるじゃないですか!そもそも神田川さんが提示した条件も破格すぎるしあやしいと思ったのよね・・!・・・はっ!神田川さんがやってくれた身体のポカポカする手をつないでやるストレッチ・・・。あれだわ・・!神田川さんだわ・・!あの人がニコニコ顔で私にやってたこと・・、やっぱりあれ何かしてたんだわ・・!あの人虫も殺せなさそうな顔して私に断わりもせず私の潜在能力ってのを引き出してたんだわ・・)
屈託のない菩薩のような笑顔の神田川さんの顔が脳裏に浮かぶと、その神田川さんがニコリと笑って「ごめんね」と言ったような気がした。
「ったく・・!」
どうにも憎めない神田川真理の脳内の仕草に声が漏れてしまったが、目の前にいる紅露と松前は、私が覚悟を決めて抵抗する意思を固めたと解釈したようだ。
「やる気のようだな」
「岩堀殿・・。二対一とは不本意だ。一対一で仕合たかったのだが・・ゆっくりと時間も取れぬ。せめて怪我をさせぬようにするからそれで許してくれ」
二人はそう言うと、細身のスーツ姿の松前は素手で構え、巨漢の紅露は再び鉄刀を構えた。
松前も紅露と同様構えたと同時に、その細身からは想像もできなかった強いプレッシャーが叩きつけられてくる。
紅露もさっきの八相構えではなく正眼に構えているが、発せられる圧力はさっきとほとんど同じだ。
(さ・最悪・・。なんでこんなことになるのよ!)
訳の分からい理由で封環とよばれる鉄の輪っかを大人しく手首に嵌められるのは癪すぎるが、派閥争いに巻き込まれて二人がかりで襲われるのも馬鹿げている。
「わ、わかったわよ・・。降参するわ・・。でも、その輪っかみたいなのは嵌めないわよ?」
私はそう言うと木刀を地面に置き、紅露たちの方へ軽くつま先で蹴飛ばした。
両手を軽く上げている私を見て、紅露と松前は顔を見合わせて安堵したようにふぅと息を吐いている。
「岩堀殿。よく判断してくれた。紅蓮殿にはきちんと計らうのでな・・。いまは辛抱してくれ」
紅露が済まなさそうな顔でそう言い近づいてきたとき、紅露の形相が変わった。
「何奴!」
紅露はそう言うと振り向きざまに鉄刀を背後に向かって横なぎに一閃させたのだ。
ごぅ!と風が切れる音がしたと同時に、階段室の壁に剣圧による亀裂が走る。
非常階段を駆け上がってきたのであろう黒い影は、紅露の剛腕による一閃をぬるりと紙一重で躱し、同じく松前が放っていた不気味な紫色の光も身を屈めて躱していた。
「貴様!?」
「はん!女一人に二人がかりかいな。けったクソ悪い奴等やな!」
攻撃を躱され吼えた松前に、影の正体は汚い口調ながら低くダンディな声でそう言ったが、その表情はうかがい知れなかった。
何故なら男は足袋を履き、覆面で目以外を覆う所謂忍者の格好をしていたのだ。
男の姿を捉えたのは一瞬だったが、何故かその時代劇から飛び出てきたような姿ははっきりと見え、忍者男の動きが尋常ではないスピードだったにも関わらず、確かに目が合ったのもわかった。
「かぁ!!」
気勢の籠った声と同時に紅露の振り下ろした八相からの蜻蛉が唸りをあげて空を切裂く。
忍者男はまたもやその剛剣の軌道を見切り、紙一重で水流が岩肌を避けるようにぬるりと躱すと、紅露の鳩尾に肘を入れ続けて顎に裏拳を叩き込んでいた。
「示現流の初撃は受けるな・・ってか・・。確かにそう言わしめる威力やけどな。あんた太りすぎやねん。威力は申し分なさそうやがのろすぎるわ」
鳩尾と人中という急所を突かれた紅露は、ずずん!と音を響かせ仰向けに倒れた。
「【パラライズパウダー】!」
同僚が一瞬で倒されたのにも怯まず、松前が忍者男にとって不可避なタイミングで紫色の霧のような光を右手のひらから発したのだが、忍者男の身軽さは松前と私の予想を上回った。
忍者男は手を使わず後方にぐるりと回転し、音もなく着地したときには松前の右手首を掴んでいた。
「【デンジャーパウダー】」
忍者男は左手で松前の顔面をアイアンクローすると同時に目の覚めるような青い光を手のひらから放ったのだ。
「ぐぉ!?」
松前が忍者男の手を振りほどき、いや忍者男は手を離しただけのようだが青い光のような霧を浴びた松前は明後日の方向を向き、忍者男に背を向けてしまっている。
「俺とよう似た技使えるみたいやけど、動きがまるであかんな・・・。こいつで宮コーやとどのぐらいのポジションなんやろな。この程度のやつばっかりなんやったらちょろいんやが・・紅蓮もこいつらと大差ないんか?・・・まあええわ、行ってみたらわかることや。・・ほな、さいなら」
忍者男はそう言って松前の背をどかっ!と蹴ると非常階段の下へ蹴り落したのだ。
「うぉおおおお!?」
松前は悲鳴をあげつつ10階から1階までノンストップで落ちていってしまったようだ。
(え?・・し、死んじゃうんじゃ・・?でも、この人の動き・・・・すごい)
忍者男の躊躇のない行動と身のこなし驚き見とれていると、再び忍者男と目が合った。
(わ・・わたしもやられちゃうの・・?!)
目の前で起きたあまりのことに、次は自分かもと身を固くして床に落ちた木刀に手を伸ばしかけたが、忍者男を攻撃した松前は容赦なく1階まで蹴り落されたことを思い出し手を引っ込める。
そしてふと顔をあげて忍者男を見上げると、忍者男は私の顔をマジマジと覗き込んできており、さっと物色するように私の全身に視線を這わし終わると、すっと背を伸ばして喋り出した。
「・・・紅蓮・・やないな?いやなんでもない。おねえさん。いま悪漢に襲われとったんを助けたんは貸し1や。あんたまた会うたときには、今の貸しかえしてもらうからそのつもりでおってくれ。命を落とすかもしれんかったってほどの貸しやからな?きっちり100は超えるぐらいは楽しませてもらわなあかんな。・・しっかし、さっきも超別嬪さんに出会えてトントン拍子に事が運んだって言うのに、またこんな別嬪さんに貸しを作れるなんて日本に帰ってきてからなんや幸先ええな。おねえさん、今は急いどるからまた今度会うたらぜったいやで?!ええな?約束やで?」
忍者男は一方的にそう言い、私の手を取って無理やり指切りすると、非常階段を飛ぶように駆け上がって行ってしまった。
「・・・・今度会ったらって・・あんな覆面してたんじゃ顔もわかんないじゃない」
いったい何だったの・・。とお尻を床に下ろし肺に溜まった空気を吐き出したところで非常階段の扉が勢いよく開いた。
「きゃっ!?」
緊張が解けたところに、大きな音を響かせて扉が開いたのだ。
つい悲鳴をあげてしまい、扉を開けた正体を確認しようと視線をあげると、そこにはまた初めて見る顔があった。
扉を開けたガタイのいい長髪の甘いマスクの男は、焦った表情で見上げている私、紅露、階段の手すりに駆け寄り階下の松前を覗き見ると、頭を片手で抱えて呻いた。
「くっ・・モニタで写ったのはついさっきだというのに、こんな一瞬で二人ともやられるとは」
長髪の男は再び私を一瞥し、自分の来た方を確認しながら慌ただしくスマホを取り出し耳に当てた。
「・・・・・・紅音!公安の連中の対応に気をとられ過ぎて抜けられた。そっちにとんでもない奴が行ったぞ!紅露や松前もそいつにやられた!強いぞ!油断するな!」
長髪男が髪をかき上げてそう言った時、長髪男がきたほうからスーツを着た女性が大勢の武装した警官たをどやどやと引き連れて現れ長髪男に詰め寄ってきた。
「急に走り出さないでください。丸岳部長」
丸岳と呼ばれた長髪男は現れた女性の声を背中で聞いて、溜息をつき観念した表情になった。
「錦君。ここは任せるわ」
黑のパンツスーツに白のジャケットを着こなした女捜査官は、すぐ後ろにいたスーツ姿の男の人にそう言うと、武装した警官たちに向き直った。
「ここから先には宮コー十指最強と言われる紅蓮がいます。ついに尻尾をだしたわ。あんな強力な能力者を自由に振舞わせておくこの組織に最初のメスを入れるチャンスがやっときたのよ。でも皆さん油断しないでください!相手はあの紅蓮です。彼女は私が全力で押えますが、彼女のデータを見る限り勝負はわかりません・・。それほど紅蓮は危険です。・・各自気を引き締めなさい!油断すると死人がでます!各自武装確認!私からの発砲の指示があれば躊躇わずに引き金を引くこと!いいですか?責任は私がとります!では行きますよ!」
この警官隊を仕切っているバストの大きな女性が、部下にそう指示を下し、はち切れそうな胸を揺らして、部下を引き連れ非常階段を駆け上がって行ってしまったのであった。
来た時は宮川社長と二人だけの踊り場であったのに、今は女捜査官が半分残していった機動隊のような恰好をした警官たちがひしめき合う場所になってしまっている。
短い間に起きたことに頭がついていかない。
「・・・これってまあまあな事件よね」
「まあまあどころか大事件で大チャンスですよ。多くの能力者を集め組織化し、財界や政界にも絶大な影響力を持つ巨大企業、宮川コーポレーションという牙城を突き崩すチャンスです。やっぱり能力者は政府が招集して国の管理下に置かないとダメだと思うんですよね。・・・岩堀さんもそう思いませんか?」
誰ともなしに呟いた私の独り言に、さきほどの女捜査官が錦と呼んだ若そうな男性が何故知っているのか私の名を呼び、私を立ち上がらせようと手を差し出してきたのだった。
【第9章 歪と失脚からの脱出 47話 岩堀香澄、第2の人生は波乱からの幕開け終わり】48話へ続く