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第8章 三つ巴 29話 魔眼不発!非道髙峰の南川沙織

第8章29話 魔眼不発!非道髙峰の南川沙織

稲垣加奈子vs井川栄一

闇夜を切裂さかんばかりの風切り音と金属が激しくぶつかり合う音を響かせ、拳と刃が、白と黒の影が交錯する。

戦闘を有利に進めながらも稲垣加奈子は焦っていた。対峙する相手に対してではなく想定外の人数で強襲された状況にである。

大塚の部屋から離れ、一人で井川栄一を相手に戦っているのだが、流石に一筋縄ではいかない。井川一人にかれこれ30分は費やされている。

思わぬところで意外な再会を果たしてしまい、井川栄一に対しての生理的嫌悪感や遺伝子的に受け入れ難いと感じる相手に敗北後に行われた屈辱的行為が思い出され、心中かき乱されていたのだが、いざ拳を交えだすと当時は歯が立たなかったあの井川栄一の剣捌きや体術に十分対応できている。

そのため目の前の戦闘には加奈子は今驚くほど頭が冷静に冴えていた。佐恵子の冷静付与のせいかもしれないが、それだけではない。当時はいいように嬲られていた栄一の剣閃に余裕をもって対応している自分を客観的に見ることができていた。

稲垣加奈子は3年前に初めて井川栄一と対決したときよりずいぶん腕が上がっていることを実感していた。

かつて皇居の堀に掛けられた二条橋の上で対決した際には、当時の井川栄一に対して出鱈目な強さを感じたのだが、加奈子の感覚が鈍ってないとすれば白いスーツの剣士こと井川栄一は以前対峙した時より確実に弱い。

よく見れば当時より若干太っているようにみえるが、そのせいだろうか。

(それとも私の油断を誘っている?でも演技のようには感じない・・演技の必要もないはず)

「はぁはぁ・・稲垣加奈子!・・ずいぶんと腕を上げましたねえ・・・」

考察中の加奈子に、栄一は乱れた前髪をかき上げ加奈子に称賛を送る。

余裕のある素振りを見せたいのであろうが、栄一の声には驚きと焦りが混ざり虚勢が透けて見て取れた。

先ほど加奈子が栄一の剣閃を掻い潜り、左わき腹に強烈なフックをお見舞いしたところを左手で押さえ、栄一は僅かによろめき顔を歪めた。

「・・・・あの時のあんたと比べたら今はずいぶん弱く感じる。一度戦ったあんたの能力はもう知ってるし、その速度が限界なら私には当たらない。・・・3年間私は自分自身を鍛えた・・。もうあの時とは違う」

加奈子の言葉に栄一は一瞬驚いた表情をしたが、すぐに怒りに染まった表情となり、唾液と血液が混ざった液体をべっと吐き捨てた。

吐き出した液体は唾液の割合に対して血液がずいぶん多い。

栄一の吐きだしたそれを見た加奈子は先ほどの渾身のボディフックが、相当の深手を与えたことを確信する。

「はぁはぁ・・げほっ・・よくも僕に対してそんな口をきけたもんです。・・調子に乗ってますねえ加奈子の分際で!以前は手も足も出なかったくせに!」

栄一は口元をぬぐいながらそう言うと加奈子を睨む。

折角の白いスーツも何度か転倒させたせいで、あちこち汚れてしまい、今も口を拭ったところが血で赤く汚れていた。

「無様ね・・・急いでるから今逃げ出すなら追わないかもしれない」

加奈子は内心の焦燥を見せないよう栄一に対して極力冷ややかな口調で言う。

井川栄一を圧倒できたのは加奈子が彼の能力を知っていて且つそれに対応する鍛錬を3年間重ねたからであり、決して井川栄一が弱いわけではない。

しかし今は、張慈円や千原奈津紀らと戦っているはずの支社長たちが気になって仕方なかった。栄一一人に時間を割き続けるわけにはいかない。

「いま・・何て言ったんだ?この僕に逃げ出したら・・追わないだと・・・・?!」

顔を伏せ身体を屈辱で小刻みに震わせながら栄一は加奈子を睨み上げてそう言った次の瞬間、耳元で加奈子のハスキーな声がした。

「一応忠告はしたわ」

「くっ!!」

加奈子の常軌を逸する瞬発力と爆発的なオーラ使用で、背後を取られた栄一は焦りの声を上げ、戦慄とともに身体を捻り回避と反撃を試みる。

「遅い」

低く憐れみを含んだ声で栄一に囁く。

栄一が振り返りざまの横薙ぎの一閃を加奈子に放とうとしている握り手はすでに加奈子に掴まれ封じられていた。

加奈子は至近距離から膝の伸身運動で威力を増した掌打で栄一の顎を打ち上げ、栄一の刀を封じていた手を離し、拳をつくると、オーラを込め仰け反って無防備になった栄一の臍付近に得意技の崩拳を、体重を乗せ打ち込む。

「はっ!!」

どしん!!

「ぐふぅ!!!」

鳩尾にまともに拳が入り栄一の苦悶の声と同時に、手放された主人から離れた刀が弧を描き回転しながら上空に投げ出され、月の光を反射させて舞う。

栄一は加奈子に打ち抜かれ、自慢の愛刀三日月宗近すら手放してしまい、真っ暗な夜の闇に吹き飛ぶ。

拳の手応えから加奈子は勝利を確信し、表情を緩めた。

吹き飛び離れていく栄一と目が合う。

崩拳をまともにくらい6階建てのマンションの屋上から外に飛び出そうとする栄一の目は恐怖で濁っていた。

どんな悪党が相手だとしてもさすがに罪悪感が無いわけではない。

(でも・・あいつが私にしたことを思えば同情には値しない)

崩拳を放った残身のままの姿で、加奈子はそう自分に言い聞かすと、恐怖に引きつった顔の栄一に憐憫の表情を向け小さく呟いた。

「さよなら。くそやろう」


神田川真理&斎藤アリサ&宮川佐恵子vs南川沙織&千原奈津紀

「さーて・・んじゃ、いきますよー」

稲垣加奈子に扉ごと一緒に吹き飛ばされたことで、激昂した井川栄一をひとしきり笑って堪能すると、沙織は抜刀の構えを取り極端な前傾姿勢になった。

上目遣いで舌なめずりをし、狂気の笑みを浮かべている。

「真理!そのゴスロリ気を付けて!!千原奈津紀並みのオーラよ!!」

美佳帆を庇いながら佐恵子が真理に叫ぶ。

「そんな!美佳帆さん下がって!この人も刀・・・髙嶺ってことね」

「ごめー・・・とー!!!」

がきん!!

沙織は目を見開き、そう言うや否や極端な前傾姿勢から一気に真理に跳躍し、対刃グローブを付けた真理の両手を凶刃の一閃で襲う。

「真理ちゃん!加勢する!」

真理のほうが旗色悪しと直感で感じたアリサはセリフと同時に、南川沙織にキックボクシング仕込みの蹴りを放ち参戦する。

「あらー!?二人ぽっちで大丈夫かしらあ?!」

沙織はそう言うと、アリサも加わり2対1になったというのに、むしろ嬉しそうに狂気の笑顔を深め応戦する。

「くっ・・アリサさままで・・!・・・麗華さま・・・、美佳帆さまを連れて逃げてください!」

佐恵子は、真理とアリサが沙織を相手に戦っている様子を油断なく注視しながら背後の麗華に振り向かずに言う。

「え?!・・何言ってんの!はじまったばっかじゃん!」

たしかに麗華は沙織の剣技に圧倒はされたが、佐恵子の予想外の発言に言い返す。

「不味いわ・・ここまでとは!後ろに千原もいるのが見えますわ。暗いところにいますが、あんなオーラは隠せません。麗華さまは美佳帆さまを安全なところまでひとまず逃げて、宏さまたちに連絡を!これは命令ですわ!」

佐恵子は真理とアリサが戦っている様子から目を離し振り向くと麗華に有無を言わせぬように言い放つ。

「・・命令しないって言ったじゃん・・!」

「そうよ!支社長!やってみないと分からないわ!」

麗華のセリフももっともであると言えるし、美佳帆も励ますように麗華のセリフに続く。

しかし戦力をオーラで見えてしまっている佐恵子は一瞬だけ表情を苛立たせた風になったが、唇を噛み眉間に皺を寄せ麗華と美佳帆にゆっくりと言う。

「では急いで宏さまや哲司さま達を呼んできて・・あの二人が居ればなんとか・・!これは命令じゃないですわ・・。お願いです」

「そ、そんなに不味い状況ってことね・・」

美佳帆の発言に対して「・・張慈円さまも来ているとすれば絶望的です」と言うと佐恵子は再び真理とアリサが戦っている沙織に向き、目に力を蓄え、沙織の隙を伺うように注視しだした。

「麗華・・!行こう!二人で突破するわよ?!」

「でもアリサが・・」

「支社長!宏たちすぐ連れてくるからそれまで頑張って!」

美佳帆はアリサを気にする麗華の発言には答えず佐恵子の背中に声をかけると、麗華の手を引っぱりベランダから飛び降りた。

「・・・哲司さま・・折角出会えましたのに」

自身に死をもたらす存在などいない。もしいたとしても死すら怖くないとつい先日まで思っていた自分の心境の変化に戸惑いながら、佐恵子はかつてない危機感と喪失感に身を固くし呟いた。

「く、、くうっ!!来る太刀筋は解っているのに・・・!速すぎる!」

小柄な沙織の居合による突進による剣圧に押された真理が辛うじて防ぎつつ呻く。

「はあああ!!」

真理の後ろから気勢を上げると、斎藤アリサは自慢の脚力を生かし、前かがみになっている沙織の顔面目掛けて右脚で蹴り上げる。

沙織は一瞬嬉しそうな笑顔で顔を歪めると、3寸ほど引いてアリサの轟音唸る蹴りを鼻先1cmほどのところで躱し、アリサの軸足のアーマースーツのない部分、アキレス腱を愛刀京極で断つべく一閃する。

ギギィン!

「させないわ!」

寸でのところで身を挺し、右腕を突き出した真理に刃が阻まれる。アーマースーツの性能で沙織の愛刀京極を辛うじて防いだのだが、さも愉快そうに沙織の嘲りを含んだ声が響く。

「残念でしたー!!」

「きゃあ!!」

屈んだ真理が見あげると、沙織の左手にはいつの間に抜き放たれたのかもう一振りの凶刃九字兼定が握られており、振り上げたアリサの右脚首のアキレス腱を切裂いていた。

「てぃやぁっ!!」

黙っていれば童顔美少女の沙織なのだが、狂気の笑顔を張り付かせた表情で更にそう叫ぶと、身体を捻り空中で脚を振り回した。

右足の甲で真理の顎を蹴り上げ、そのまま跳躍し身体を捻り左脚の甲でアリサの顎を叩くように蹴り抜く。

真理は顎を上げられ強制的に宙返りをさせられながらも、空中で態勢を立て直してなんとか着地し、アリサも器用に空中で側宙し、ダン!と着地するも右足首の腱を断たれた上、顎を蹴り抜かれたアリサは脳震盪を起こしたのかその場に転倒する。

せめて敵を見失うまいと上げた真理の顔は焦り表情で満ちていた。アリサはと見ると意識が朦朧とした様子で何とか立ち上がろうとしていた。

小柄な狂気の童顔女の太刀筋と体術の強さに真理とアリサは恐懼する。

「どいて!!」

真理とアリサはその声に咄嗟に左右に飛びのき、背後からした佐恵子の声に振り向きもせず反応する。すでに佐恵子の両目は見開かれ光を蓄えている。

「魔眼!!こいつを防ぎさえすれば私らの勝ち!!」

沙織は両刀を逆手に握りなおし構え直すと、素早く両手で印を結びオーラを練る。

【恐慌】!!

「ふっせげええ!【不浄血怨嗟結界】ぃ!!」

佐恵子の目から黒い光が迸り沙織を襲う。対する沙織の両手の印から円状に赤い霧状のオーラが展開し沙織を中心にし包みこむ。

黒い光に包まれ押された沙織は額に玉の汗を吹き出し、額には血管が浮き出るほど力を籠め、全開で思念防御結界である【不浄血怨嗟結界】を展開する。

【不浄血怨嗟結界】の中では放出したオーラは拒絶される。つまりこの結界を展開した沙織には生半可なオーラによる間接攻撃は無効となり、北辰一刀流の免許皆伝者で変則的な小太刀二刀流も使う近接戦闘特化の沙織と、近距離戦で対決しなくてはならなくなる技能である。

刀が吸った血の量に比例して性能を増す【不浄血怨嗟結界】で魔眼の能力を跳ね退けるべく、今日までたっぷりと血を吸った刀を二本とも使い、攻撃に回していたオーラもすべて【不浄血怨嗟結界】にオーラを注ぎ防御に徹する。

治療係としてだけではなく、思念を放出する技能を数多く持つ魔眼の対抗術の使い手として沙織は今回の作戦に抜擢されていたのである。

しかし、沙織は徐々に佐恵子から発せられる黒い光に押され始める。

「う!うぉおお!!う、嘘だろぉ・・!どんだけだよ!・・・お、押され!?・・・・っきゃあああ!!」

沙織はつい悲鳴を上げてしまい、オーラを展開している印を解き両手を顔の前で交差させ、少しでも黒い光を浴びないように目を閉じる。

「う・・うっ!!・・けほっ」

悲鳴を漏らした者の足元にぱたぱたと音を立て血がしたたり落ちる。

膝を着いたのは沙織ではなく佐恵子のほうであった。

「佐恵子!!きゃっ!!うぐっ!きゃあ!」

真理が慌てて佐恵子に駆け寄ろうとするが、佐恵子を攻撃した刃に阻まれ脇腹と内腿に峰打ちを浴び、刀の腹で頬を打たれ、悲鳴を上げさせられ床に倒され転がる。

「魔眼は強烈ですが技の発動中はやはり周りが見えていないようですね。こないだ私があなたの大技を躱したとき、最後まで私が見えてなかったようなのでもしかしたらと思っていたのです。・・こんな稚拙な攻撃を避けられないとは・・予想通りでしたね。」

奈津紀は振り抜いた和泉守兼定に付着した血を持っていた紙で拭うと、刀身を鞘に納めながら自身の考察を述べた。

奈津紀は少しでも出血を抑えようと首筋を抑え跪いた宮川佐恵子にゆっくりと近づいていく。

「ひゅー・・・!ひゅー・・・!・・・ごぼっ!!ごほっ!!・・っっ!ひゅー・ごふ!!」

喉を切裂かれ自身の出血で軌道に血が入り苦しそうな表情の佐恵子は、体温と意識が急激に失われつつあることを感じながらも、近づいて見下ろす千原奈津紀を睨み上げた。

「お疲れ様、沙織。魔眼の技をそこまで防いでくれたら十分よ。この事実は大きな収穫です。視界に入るだけで危険・・と言われる魔眼を数秒も防ぎました。やはり魔眼の能力は完全な戦闘用とは言い難いですね」

血の気が無くなり苦しそうな佐恵子を見下しながらも同僚の沙織を労う言葉を掛ける。

「くっそ・・!二刀とも使って防御に集中したら防げると思ったのに・・」

汗びっしょりになり肩で息をしている沙織が奈津紀に近づきながらも悔しそうに唸った。

「いえ、十分です。あんなの喰らったら私もどうなるか、と思えるほどのものです。それより、できれば生かして連れて帰りたいので・・さあ、神田川真理・・・仕事を差し上げましょう。・・・宮川佐恵子を治療しなさい」

「あ、あなたたちという人は!!」

峰打ちで強打された脇腹を抑えながら立ち上がろうとしながら、そう言うと奈津紀と沙織を睨む。

「問答をしている時間など無いように思いますけど?」

「きゃはは!早くしないと死んじゃうよ~?私も【治療】できるけどあなたのが見たいなぁ~♪できるって聞いてるよ?・・そういう機会ってあんまりないじゃない?」

見下ろしながら冷ややかな口調で促す奈津紀、そして奈津紀とは対照的な態度の沙織は楽しそうに言う。

「くっ!」

悔しそうな声を一瞬発すると、選択の余地などない真理は佐恵子に駆け寄り、能力を全開で発動させる。

「佐恵子・佐恵子!・・・しっかりして!!」

自身のオーラを使い全力で佐恵子の傷口に治療を施す。

(傷が深い・・・!すごい失血量・・・致命傷だわ!ほっとけば死んじゃう!)

真理は背後に立つ千原奈津紀の容赦のない一振りが自分にも振り下ろされないか寒気を感じつつも治療に専念する。

「ま・り・・ヒュー・・もう・・いきなさい・・ヒュー・・・こんな状況じゃ・・どのみち・・ぜんいん・・・ヒュー・・助からない・・わ・・まり・いままで・ありがとう」

力の弱い呼吸をしながら、佐恵子は真理の膝の上で頭を乗せたまま言う。

「何を言ってるの?!・・もう少しです佐恵子!・・命に別状がないところまであと少し・・頑張って!」

真理の治療をしている手を掴み、諭すような目で真理を見つめると、奈津紀に目をやり佐恵子は続ける。

「・・・・、千原・・奈津紀・・私を殺しなさい。目的はわたし・・でしょう?・・・その・・かわり・・ほかのみんなには・・手出し無用・・・これで飲んで・・・この条件で・・飲んで・・・くださる?」

佐恵子の自身の命を懸けた提案を聞き、考えている素振りの奈津紀に隣でいる沙織が全く別のことを奈津紀に問いかける。

「ねえねえ、なっちゃんさん・・・、もう二人いたけどベランダから飛び降りちゃったんだけど?」

「・・・心配ありません。張慈円様も何もしないのでは退屈でしょうから、あえて追いませんでした。それに、菊沢美佳帆を捉えるのは彼の仕事のはずです。我らは魔眼を抑えるのが優先事項ですのでね」

奈津紀の答えに「なるほどーそうだよねー」と沙織は納得の声をあげる。

「き・・聞いていますの・・?千原奈津紀・・!」

治療はされても流れ出た血のせいで顔色の悪い佐恵子が、少し苛ついた声を上げた。

「まだまだ元気じゃん!」

沙織はそう言うと佐恵子の肩口に愛刀の京極政宗を突き刺し肺に達っするのが確認すると柄を垂直に回転させた。

「ぎゃあああああああ!!!」

佐恵子は体験したことのない痛みに身をかわすこともできず、大声で悲鳴を上げた。

「な!!なんてことをするのよーーー!!?」

あまりのことに血相をかえ振り返り真理が抗議すると、振り向いた真理の顔面目掛け、京極政宗を収めていた鞘の底で強打した。

ガッ!!

「ぶっ!!!」

打たれた鼻を両手で押さえ、立ち上がりかけていた真理は激しく尻もちをつく。

「こっちも穴あけちゃえ♪」

沙織は気安くそう言うと、もう一つの愛刀九字兼定で真理の左鎖骨の下を突き刺す。

「ぐふ!!・・・うううくぅ!!」

真理は鼻血にまみれた顔を苦痛でゆがめ、刺突された傷を抑え悔しそうにして一瞬だけ沙織を睨むが、すぐに佐恵子に向き直り治療を全力で再開する。

「さ・・さえこ・・死んだら・・だめよ・・・いま治すから」

真理自身も致命傷を負わされ真っ青な顔でそう言うと奈津紀と沙織に背を向け、佐恵子の前に跪いて【治療】を佐恵子に集中する。

いまの不意打ちも【危険予知】を展開していれば防げたのかもしれないが、そんなことに最早メモリを割いている余裕は全くない。

二人のオーラを全部使い切っても佐恵子を治しきれるかどうか際どいところであった。

「・・見事です。自身ではなく迷わず魔眼佐恵子に【治療】を絞るとは・・。神田川真理・・覚えておきましょう」

普段ポーカーフェイスの千原奈津紀が感嘆の表情で真理の背中に声をかける。

「あんた・・・今私のことすごい嫌な目でみたでしょ?・・ねえ?!」

背後で苛立ちを孕んだ沙織の怒声に反応する余裕もなく真理は佐恵子に刺さった刀を徐々に引き抜きながら佐恵子の【治療】のみに集中する。

座り込んだ佐恵子と真理の足元には二人の流した血が溜まり、傷の深さを物語る。

「沙織・・これ以上は神田川の治療が追いつかず二人とも死んでしまいます。魔眼は殺さずに連れ帰りましょう」

「・・・わかったわ。魔眼は殺さずに連れ帰る・・・ね」

沙織は言い終わるが早いか二つの愛刀を交差させ背後から真理の首筋目掛け横に一閃させた。

【第8章29話 魔眼不発!非道髙峰の南川沙織 終わり】30話へ続く

第8章 三つ巴 30話 命を燃やす銀色の獣 稲垣加奈子

第8章30話 命を燃やす銀色の獣 稲垣加奈子

まだ寒さの残る寒風の中、色素の薄い髪が風に靡くのをそのままに、加奈子は息を大きく吐き出し構えを解く。

その時、上空でカシン!という乾いた金属音がし、回転し空気を斬っていた音が不自然に鳴り止んだ。

「この刀もーらった♪」

場違いな明るい声が上空から聞こえ、加奈子はすぐさま見上げ声の正体を確かめる。

(栄一の奴に意識を集中してたとはいえ・・・!気づけなかった)

敵と対峙していても、常に周囲に五感を巡らせている加奈子は声を発する人影に警戒を強める。

見上げた先に白い柄を握った童顔のスーツ姿の女が、嬉しそうな笑顔を月の光に照らされながら、井川栄一の振るっていた刀をキャッチしたところであった。

先ほど、栄一が部屋に切り込んできたとき、この童顔女も背後にいて真理と向かい合っていた。

「なっ!?どうして!」

(・・あいつがきてるってことは・・真理は!?)

上空に舞う刀をキャッチした女に向かって加奈子が叫ぶと、栄一の吹き飛んでいったほうからどさり!という音が聞こえ加奈子は慌ててそちらに視線を戻す。

あのまま栄一はマンションの駐車場まで落ちてしまうはず、そんな音がするのはおかしい。

「っと・・大丈夫かよ。こっちも終わったぜ?それにしても、あんたぼっこぼこじゃねえか。あの脳筋女が来たら任せておけって大きなこと言ってたけど、俺の聞き違いだったのか?・・・以前は楽勝だったから安心して任せろって言ってたから、あんた相当強いヤツなんだと思ってたぜ・・な?俺の言った通りその茶髪女、手強かっただろ?たぶんガチの殴り合いだと宮コーのじゃじゃ馬2人に回復姉ちゃんの中じゃそいつが一番強いんだって」

そう言い井川栄一を背後から受け止めていたのは、張慈円の子飼い劉幸喜である。

「・・・くっ・・・そんなことはない!・・これも作戦のうちだったのさ!余計な邪魔をしやがって・・!離せ!」

栄一はあわや落下する寸前で受け止めてもらい支えてもらっていた劉の腕を振りほどきながら強がったセリフを劉に浴びせる。

「へっ・・そうかよ!じゃあ自分で立てるよな。ちっ、気になって見に来てやったって言うのにご挨拶だな。・・・ん・・はい!アレンが?わかりました。・・じゃあ頑張りなボスが呼んでるし助けもいらんみたいだしな」

貸した手を振り払われた劉は呆れた調子でそう言うと、耳に付けた通信機を抑えながら器用に6階のベランダに降り、雨樋を伝って一階まで滑り降りて行った。

劉に手を離され栄一が膝を付くと、たん!と軽快な音をさせて栄一の刀を空中でキャッチした童顔小柄な剣士がスカートの裾を気にしながら栄一達の隣に降り立った。

「んふふ~、三日月宗近~♪前から狙ってたのよね~でも、もう私のもの!・・愛してるわ!うふふふっ!・・・やーっぱり2尺半ぐらいあるわね・・少―し長いかなぁ・・・もう少し短いほうが私好みだけど・・大丈夫!私好みにしてあげるからね!んふふふっ!」

狂気に近い笑顔で南川沙織は抜き身の刀身に頬擦りをしながらうっとりした声で言う。

「馬鹿言うな沙織!宗近は僕のだ!」

「はぁ?あんたいま死んだじゃん。さっきのイケメンお兄さんがいなかったら刀の持ち主は不在になってたはずだよ~?・・・ということで・・・三日月宗近・・これは私のよ♪!ほら!さっさと鞘も寄越しなさいよ!」

折角の純白のスーツを埃と血で汚し、蹲って肩で荒い息をしている栄一に対して、沙織は満面の笑みで近寄り手を突き出す。

「あらかた終わりですね・・・。劉幸喜さまは案外とお人好しなところがあるようですね。この業界では貴重な人です・・。・・・・しかし、沙織。刀欲しさに飛びついたはいいですが、肝心の魔眼を落としましたよ?」

マンション屋上へと続く鉄製の非常階段を上がり、屋上の様子を眺めながら奈津紀が言う。

奈津紀の右手には長い黒髪を垂らしぐったりとした女性が後ろ手に縛られており、その手首を縛った部分を掴み上げて引きずっている。

「あ!なっちゃんさん~・・井川君がひどいんです。負けた癖に刀を寄越さないんですよー?なんとか言ってやってくださいよ」

沙織は奈津紀の発言をスルーして手にした三日月宗近を両手で大事そうに抱えながら奈津紀に言う。

「・・そんなことよりジャンケンで負けたのですから魔眼をきちんと持っていてください。・・刀の件は一応、御屋形様に私からはお願いしてみます。それまでは栄一さんに三日月宗近は持っていてもらいましょう」

奈津紀は心中では面倒だと思いながらも顔には出さず、沙織に言う。

「はーい♪・・・んじゃ、井川君もう少し預けとくね!」

沙織は右手を軽く上げ敬礼のようなポーズになり笑顔で返事をすると、栄一に向かって三日月宗近を投げ返す。

「くっ!」

井川栄一は稲垣加奈子に重傷を負わされたとはいえ、自信の愛刀の柄を空中で掴むと飛んできた刀をカチン!と音をさせ鞘に見事に収めると

「さ、沙織・・治療を頼みます!」

栄一は沙織に向かって慌てた様子で依頼する。

「まいどあり~♪ってでも後でいいでしょ?・・それに時間だし、もう迎えが来るよ?」

沙織は嬉しそうに言ったのだが

「いましてください!頼みます!加奈子を再教育してやらなきゃいけないんですよ!!」

栄一は沙織になおも言う。

「・・・んー・・。いつもの3割増しでいいなら♪」

栄一の様子を怪訝に思いながらも、面白そうなものを見るように沙織がそう返すと

「それでいい!」

栄一は沙織に大声で即答した。

「・・・し、支社長・・?」

血の気の引いた顔をした加奈子が、奈津紀が掴んでいる人影を見てかすれた声で呼びながら近づく。

「稲垣加奈子。それ以上近づけば宮川佐恵子の身の安全は保障しかねます」

千原奈津紀の冷ややかな声の警告を聞き流し加奈子は視力、嗅覚、聴覚を最大限に研ぎ澄まし、長い黒髪が地面に届き、血まみれでぐったりとして動かない人影が宮川佐恵子だと確認すると、髪の毛をオーラで銀色に光らせ逆立たせた。

「その姿のどこに身の安全があるっていうの!!真理は?!真理ぃ――――!!!さっさと来なさーーーい!!」

研ぎ澄ました五感で佐恵子が生きていることを確認できた加奈子は怒りに任せた大声で治療の出来る真理を呼んだ。

「んふー♪真理ってやつはさっきの部屋で転がってるはずだよー?たしかあいつが真理でしょ?ええっと・・治療ができるやつ」

加奈子の怒声に答えたのは井川栄一の腹部に匕首を突き立てていた沙織であった。

「・・・・・相変わらず君の治療は冷や冷やしますね」

冷や汗を流しながらも、沙織の治療を込めた匕首を刺された井川栄一の顔色はずいぶんよくなっていた。

「・・・沙織、時間まで少しあります。私が宮川を抑えておきますので、その女はもう片付けてしまってください。・・・・栄一さんをそこまで追い詰めた通り、彼女はかなり強いですよ?連戦ですが大丈夫ですよね?」

奈津紀は銀髪を逆立たせた加奈子の正面で対峙しながら、加奈子の後ろにいる沙織に確認をする。

「もちろん・・!なっちゃんさん、私がそういう言い方されると燃えるの知ってて言ってるんでしょ?」

井川栄一の治療を終えた沙織は、込めていた力を使い果たした匕首を投げ捨てると、左の腰と背中の愛刀に手を伸ばす。

沙織は膝を曲げ、腰を落とし半身になり構える。

右手で腰の後ろに釣った京極政宗、左手で背中に釣っている九字兼定の柄を掴む。

正面から見ると変わった独特の構えだが、右逆手の横薙ぎか、左手の打ち下ろしか、はたまた二刀同時の攻撃なのか3択の判断を瞬時に迫る、南川沙織得意の高速居合の構えである。

オーラ全開で千原奈津紀に向いている加奈子を手強しと見た南川沙織は、顔にうっすらと笑みを浮かべながらもその頬を汗が伝っている。

「栄一さんも汚名をこの場で注いでください」

先日、張慈円の隠れ家で対峙したときより稲垣加奈子のオーラが大きく感じている奈津紀は、一度加奈子に栄一も嗾ける。

栄一も稲垣加奈子をこの場で消し負けを帳消しにしておかないと、このままおめおめと帰ったのでは髙嶺六刃仙頭領の髙嶺弥佳子に粛清されると思った奈津紀の配慮からでた言葉である。

「もちろんです!」

奈津紀にそう言うと、全快した栄一は厭らしい目つきで加奈子の後ろ姿を舐めまわすように目で犯す。

栄一は、濡れたように見える刀身を鞘から滑るように抜き、大胆にも八相に構え加奈子を背後から狙う。

「・・支社長を・・・離せ――――!!!」

加奈子は髙嶺の3人のやり取りを聞くでもなく聞いていたが、背後で構える沙織や栄一を無視して正面の千原奈津紀に向かって突進する。

「ちっ!!」

奈津紀は鋭く舌打ちすると、佐恵子から手を離し和泉守兼定を加奈子目掛けて一閃する。

(速い・・!こないだよりも?!)

先日対峙したときの速度がMAXだと思っていた千原奈津紀のほんの些末な油断が、またもや加奈子を拳の間合いまで近づけてしまう。

「おおおらあぁああ!」

気炎万丈の雄叫びならぬ雌叫びを吼えると加奈子は奈津紀に拳と貫手の連打を浴びせる。

「くっ!」

(またもや油断!・・・私としたことが二度も先手を許すとは)

小さく呻き、悔恨を心中で呟くと脇を絞り小さく構え、最小限の動きで加奈子の拳を刀身で防ぎ受け流すが、

「美しい容姿ですのに、まるで獣です!」

四足歩行すらしそうなほどの低い姿勢からの加奈子の猛攻に、奈津紀はつい感想を口走ってしまった。

獰猛で冷静な狼が狙うように、首を正確に狙った加奈子の鋭い貫手に、注意と警戒を余儀なくされ奈津紀のわずかな隙を作ってしまう。

「調子に乗りす・・」

反撃に転じようとした奈津紀の僅かな隙を逃さず加奈子は目を見開き抉るようなボディフックを奈津紀の脇腹目掛け放った。

「おらぁああ!!」

奈津紀はかろうじて左腕と和泉守兼定の刀身の腹で受け止めたものの銀髪女の人外の膂力に圧倒され大きく後ろに後ずさる。

「くっ!」

加奈子の色素の薄い髪はほぼ色が無くなり、オーラのみの輝きを宿すだけになっていた。

「てめぇ!銀髪ぅ!!私のこと無視してんじゃねえ!」

更に奈津紀を追撃しようとしている加奈子に、気を引かせようと背後から声を掛け沙織が加奈子の背に肉薄する。

「ふっ!!」

沙織は呼吸と同時に吐き出した気合の声を発すると、地を這うような低さで迫り、態勢よりなお低く右手の京極政宗を逆手で一閃させる。

加奈子の足首を狙った一閃を飛んで躱し、沙織がその逆手の横薙ぎとほぼ同時に放った上段からの九字兼定が振り下ろされる軌跡に合わせて加奈子は右脚を沙織目掛けて振り下ろす。

九字兼定の刀身の腹を加奈子の右脚の踝で避け、沙織の額目掛けて脚での撃ち落しを放ったのだ。

「ひっ!!」

沙織は必殺の二太刀を見切られ、打ち落としのカウンターで頭上から降ってきている黒い死の塊を見て悲鳴を上げた。

「させませんよ!加奈子!」

栄一は気安く加奈子の名前を呼びながら八相の構えから自身最速の技の蜻蛉を加奈子に打ち下ろす。

「っ!!」

折角小うるさい敵を一人仕留めたと思った加奈子は声にならない声を出し、栄一の刃を躱そうとする。

しかし、空中で踵落としをしている加奈子はさすがに躱すことができず、態勢を崩し栄一の三日月宗近を左手の甲で弾くようにして何とか防いだ。

「こ、こいつ・・・!許さねえ!!」

九死に一生を得た沙織が目を見開き加奈子を睨む。

「僕が手こずるのも納得していただけましたか・・?」

素早く態勢を立て直して二刀を構える沙織をかばうようにして栄一が言う。

凄まじいオーラを放ち、身体能力も不自然に高めている加奈子は滝のような汗を流しながら肩で息をしていた。

この状態が長く続かないのは誰の目にも明白なのだが、当の加奈子は命を捨てる覚悟で向かってきているのも髙嶺の3人にも十分感じ取れていた。

「生命をオーラに変換して戦うタイプですか・・。先ほどの神田川真理といい稲垣加奈子と言い大した忠誠心です。・・・それともこれも噂に聞く魔眼の【魅了】や【傀儡】による強制力でしょうか?・・いずれにせよこの様子だと魔眼を取り戻すまで命を削るのを止めないでしょう・・・。沙織、栄一さん油断なきよう。始末しますよ」

千原奈津紀は和泉守兼定を正眼に油断なく構え、静かに言い放つと刺すようなオーラを纏い周囲に展開する。

「おやおや・・・3対1とは感心しませんな」

物静かで場違いな声が、暗闇の広がるあらぬ方向から対峙する緊張の中心に投げ掛けられた。


【第8章30話 命を燃やす銀色の獣 稲垣加奈子 終わり】31話へ続く

第8章 三つ巴 31話 切れた命綱 

第8章 三つ巴 31話 切れた命綱 

日の光はすでに無い時刻、頼りない共用灯の光に照らされている駐車場のアスファルトに僅かな着地音を立てて二人は飛び降りた。

飛び降りた瞬間、通信機を持った二人組の男と目が合う。

飛び降りた女の一人は飛び降り際に、すでに男たちには目星をつけていた。

女は驚く男の片方、通信機を持っていたほうの男に素早く詰めより鳩尾に鉄扇をめり込ませた。振るった鉄扇と同時に、苦悶で男が悲鳴を上げないように左手で口を押えつけながらである。

「キ、キサマラ・・!」

片言の日本語でしゃべり出したもう一人の男を、やはり中国系と確信した女は大胆に露出させた白い美脚を縦に振り抜き男の顎を跳ね上げる。

「ふぅ・・」

見張りについていた二人の男たちは仰向けとうつ伏せでどさりと倒れ込みピクリとも動かなくなる。

二人の男を一瞬で制した女はデニム短パンに黒いTシャツの豊満な身体つきをした羽田美智子似の女、もう一人は肌に吸い付くようなぴったりとした僅かに光沢のある黒いアーマースーツを着込んだ木村文乃似の美女二人である。

二人が激しく動くと、豊潤についた膝から上の肉が揺れるが、それが単に無駄についていた肉では無いことが、地面に寝ている二人のマフィアが物語っていた。

「美佳帆さん・・・アリサが・・あの刀の女・・!」

飛び降りしゃがみこんだ寺野麗華が上階のベランダに一瞬目をやり、美佳帆に狼狽えた様子で話しかけた。

神田川真理に斬りかかった残忍な笑みを浮かべた小柄な女剣士の立ち振る舞いから、只者ではない気配を感じ取った麗華は残してきたアリサや真理、支社長の身が気になっていた。

「しっ・・麗華落ち着いて」

美佳帆は口に右手の人差指を立て麗華を黙らせると、器用に左手でスマホを操作する。

「ひとまず、これで良し・・っと・・・そこまで距離が離れてないから運が良ければ15分ぐらいで宏達が来てくれるわ」

メッセージを送信し終えた美佳帆は、極力平静を装った笑顔をつくり、麗華を落ち着かせようとなるべく優しい口調で言った。

「でも・・!」

慌てた様子で続けようとする麗華を手で制し美佳帆は続ける。

「麗華よく聞いて・・救援は呼んだわ。後は足手まといの私が敵に見つからないように逃げて安全を確保することが皆の為にもなるの。今の私じゃこんな雑魚は倒せても、あんな達人でしかも能力者の相手に満足な戦力になれない。だから麗華・・頼んだわよ?」

オーラがほとんど使えず自分を戦力外だと言う美佳帆の言葉が麗華を落ち着かせた。

「・・・うん!任せてよ美佳帆さん!」

美佳帆の言葉に麗華も自分を取り戻し、力強く美佳帆に頷き応えた。

「お願いね・・。さあ、この見張りの二人がのびちゃってるのはすぐにバレるわ。急ぎましょう」

倒れた男のそばで通信機がガーガーと鳴っている様子を見て、美佳帆がそう言い麗華が頷くと、のびた見張り二人を飛び越えマンションの裏手にある川の堤防まで身をかがめ二人で駆ける。

府内の中心街ではあるが河川の周りは植林がされており、本来なら手入れされていて然るべき護岸公園なのであろうが、ちょうど季節の変わり目で、除草が行き届いておらず、雑草が腰の高さまで伸びている。

また植えられている木々の枝葉も剪定されておらず、繁華街の雑居ビルや看板から注がれる淡い光をうまい具合に遮断してくれていた。

「ついてるわね・・・。ぐーたらな行政のおかげで命拾いできるかもしれないわ」

二人は背を大きなクスノキの下に預け、生い茂っている周囲の雑草より身を低くし、美佳帆は麗華にだけ聞こえるように呟いた。

「普段なら折角の公園をって文句言うところだけど・・今日に限っては敵の目から隠れられるね・・」

麗華も落ち着いてきたのか少しだけ余裕のある発言を美佳帆に返す。

「でも・・やっぱり、すんなりとはいかないか・・。公園の入口あたりには人影もあるし、日本語じゃない人の声や、衣擦れの音も向こうから聞こえる。・・都合よく中国人観光客・・ってわけでもなさそうね・・。張慈円の手下たちよ・・・私たちを探してる会話だわ。麗華が視力強化で暗視して先行して?私が【百聞】で耳の役をするから。二人で分担して見つからないように奴らから身を隠して躱しながら包囲を抜けるわよ」

美佳帆は木の根元に背を預け地べたに腰を下ろしたまま目を閉じ、【百聞】を限界まで広げ注意深くあたりを警戒する。

美佳帆はマンションに到着した時よりもオーラが少しは回復しているのを感じていた。なぜなら、さっき半径20mほどしか展開できていなかった【百聞】であるが、今は25mほどまで展開できている。

敵警戒網を突破するには、少し心もとない【百聞】の範囲ではあるが、麗華に目で警戒してもらい、気配を消しやり過ごしながら焦らずに行けば何とかなりそうだと、美佳帆の心の中には少し余裕が沸いてきていた。

「うん!じゃあ私が目になるね!このままあの橋のところまで行ければ、対岸に逃げられそう・・」

麗華が指さす方には明るく対岸まで延びた橋があった。

「そうね。注意深く進めば行けそうね・・さ、行きましょう・・・」

二人で役割分担をし、案外と大勢居た張慈円の手下らしき人影を躱し、あらかたの警戒網は抜けたかもしれないと思った時、美佳帆の下腹部にあの感覚が僅かに戻ってきた。

「・・・・!・・あ・・れ?(まさか、こんな時に・・・!?)」

「どうしたの?美佳帆さん」

美佳帆の声に驚き振り返った麗華が心配そうに顔を見つめてくる。

「ううん、大丈夫。何でもないわ・・・。このまま油断なく行きましょう。もう一息ね」

美佳帆がそう言うと麗華は「うん」と答え

「見える範囲じゃ人影は見えないです。このまま目に力集中させて暗視するから、美佳帆さんの【百聞】でなにか感じたら教えてください。途中変更があったらその時言ってくださいね」

そう言うと麗華は美佳帆に背を向け、身をかがめた格好で橋の袂目指しゆっくりと進みだした。

(まさか・・冷静と沈着付与が切れた?宮川さん達に何かあったのかしら・・?!)

美佳帆は麗華に悟られないように咄嗟に表情をつくってやり過ごしたが、最初はほんの小さな火種であった疼きが、徐々に下腹部に燃え広がりすぐに猛烈な性的欲求が襲ってきた。

(こ・・これは、完全に効果切れだわ・・!付与が切れるのは・・宮川さんが意識を失った時・・・もしくは・・・・死んだときって聞いてるけど・・まさか・・)

脳裏に浮かぶ不吉な考えを振り払うと、違う感覚が脳を蝕み始めた。

猛烈な黒く甘い疼きが体の芯から湧き上がり出す。やり過ごそうと下唇に歯を立て、気を紛らわそうとするが、やり過ごすにもこの感覚は過ぎ去らないのだ。

宮川佐恵子の能力で抑え込んでいたため忘れていたが、先日まで自分を蝕んでいた耐え難くも甘い疼きに美佳帆はその熟れた身体を耐えきれず捩る。

「うっ・・はぁ・・・アァッ・・・」

草の丈が少し低くなった箇所で膝を着き、臀部を持ち上げるように身をかがめた瞬間に美佳帆の口から甘い声と吐息が漏れた。Tシャツに短パンという軽装姿のままか顎を上げ発情した猫のように仰け反ってしまう。

「どうしたんです?声を出すと見つかっちゃうから・・。それより、このまま進んだらいい?大丈夫そうです?」

麗華は自分の後ろについてきている美佳帆に振り向き声を掛ける。

「・・ええ、あ、あっちに行ってみましょう」

「うん。方向変える時は声を掛けてください。前方に人影はありません」

美佳帆の指示に麗華は頷くと美佳帆の指さしたほうに再び進みだす。

四つん這いの格好で身をかがめ進む美佳帆の股間はついに潤滑油が滲みだしてきていた。

もはや【冷静】と【沈着】は完全に効果が失われたのは確実で、橋元に枷られた【媚薬】が美佳帆の股間を、そして脳を蝕みだす。

媚薬は女性なら誰でも抗う事などできないほどの性感を、解除条件に達するまで与え続けられるのだが、効果は受けた女性の性的経験が豊富なほど、より効果が増すのは、媚薬の能力者の橋元自身も知らないことであったが、菊沢美香帆は、年齢的にもこれまでの経験からみても、橋元の媚薬の効果がこれまで媚薬を受けた女性の中でも最も効果を発する条件を満たしていた。

視力と聴力を強化した者が今の美佳帆を見れば、デニムのホットパンツ姿でヒップを突き上げて這いずり回り、股間からは卑猥な潤滑油の粘着音を奏でている美佳帆はさぞかし淫卑で滑稽に見え、楽しませてしまっただろう。

明るい色のデニムの短パンは股間部分が僅かに濃く変色しつつあった。

(麗華を前に行かせていてよかったわ・・・。こんなところ見られたらさすがに恥ずかしすぎる・・)

美佳帆は股間の摩擦具合から自分が濡れぼそってしまっていることに気付き、内心少しほっとした。

しかし全身に汗をかき、目は虚ろになりかけながらも、何とか正気を保とうと目の前の形の良い麗華のお尻を見失わないよう、そのあとに続く。

どのくらい進んだろうか。麗華に声を掛けられてから何とか100mほど進んだとき、麗華が跨いだ倒木の丸太を、美佳帆も跨ごうとした。

そのとき倒木の折れた枝が美佳帆の胸の中心部をちょうど掠めた。

(うっ!)

声を発することは何とか我慢できたが、胸の突起を弾いた衝撃が脳と子宮に伝わり一瞬身体を逸らし、美佳帆は快感に身を震わせる。

(声を上げてはダメ・・。麗華まで見つかっちゃう)

【媚薬】の効果に蝕まれた美佳帆の【百聞】はもはや半径2mも展開できていない。しかも、その狭い範囲ですら穴だらけであった。

(こんなんじゃ・・【百聞】を使わなくても聞こえるわね・・・無駄に疲れちゃうだけだわ)

美佳帆は自虐気味に言うと【百聞】を解いた。流石に、付与が無くなり【媚薬】に犯された今の自分の状態を麗華に伝えなければと思い、前を行く麗華を見ると、15mほど前に麗華のお尻が見えた。

(え・・?こんなに引き離されちゃったの?!)

宮コーで支給されたアーマースーツでぴったりと形を浮き出させた形の良いヒップを左右に揺らせながら進む麗華に声を掛けるにはすでに遠すぎる距離だ。

美佳帆は慌てて小さく声を出す。麗華が聴力も強化していることを期待して。

「麗華・・!・・ちょっと待って!」

小声で、しかし何とか麗華まで聞こえるかもしれない声の大きさで麗華に向かって声を掛ける。

しかし、麗華の動きは止まることなく進んで行ってしまう。

「麗華・・・!」

この大きさの声はまずいと口を押えた美佳帆であったが、無情にも麗華はそのまま茂みの向こうまで進み、草で視界は覆われ見えなくなってしまった。

(れ、麗華・・・どうしようこのままだと二人とも見つかってしまうかも・・。私ったら・・・ドジ・・!)

美佳帆は胸への刺激で気を散らせてしまったことを一瞬だけ後悔したが、すぐに気を取り直し、なんとか麗華に追いつこうと前進する速度を速める。

「はぁはぁ・・」

股間の疼きと急いだせいで美佳帆の呼吸が荒くなる。

なんとか麗華が見えなくなった茂みまで何とか進むも、麗華の姿はない。方向を変える指示があれば声を掛けるということになっていたので、麗華は忠実に守ってしまっているのだろうか。

「でも・・・ここなら見つからなさそうね・・」

美佳帆がいるところはちょうど雑草と低樹木で茂みの塊になっていて、周囲からは見えないように覆える場所であった。

美佳帆はスマホを取りだすと麗華にラインを送る。

(少し遅れたから、待ってて。すぐに追いつく。心配しないで)

送信すると、美佳帆は息を整えようと一息つき茂みの中に腰を下ろした。


雑草地帯を四つん這いで突き進み、公園のフェンスまで到着した麗華は、緊急事態だからと言い聞かせ、腕力を強化させフェンスを引きちぎり人が通れるほどの大きさの穴をつくると少し安心した口調で

「ここを超えたらもう少しで橋です。ここまで来ればさすがに抜けたんじゃないかな」

後ろにいるであろう美佳帆に言う。

「ねえ美佳帆さん。そろそろもう一度所長や和尚に連絡してみたほうがよくない?」

麗華は何故か返答のない美佳帆に振り返り目を見開いた。

「え・・!?あれ??・・美佳帆さん!?」

振り返った先には自分が這い進んで草がかき分けられた暗い道がぽっかりとあるのみで、そこに菊沢美佳帆の姿はなかった。

「な!・・どうして・・?!」

麗華は思わず続けて声を上げてしまった。美佳帆を逃がすために二人で進んできたというのに肝心の美佳帆の姿が無くなってしまっている。

麗華は破ったフェンスを抜けると河川堤防ののり面を駆け上がり、水門の上まで一気に跳躍する。

目立つ行動には間違いないが、美佳帆を探そうと高いところから視力強化をし暗視を強めるが、生い茂った木々で遮られ美佳帆の姿は見つけられない。

続いて聴力を強化してみるも、喧噪なども聞こえず美佳帆がとらえられたような様子でもない。

「く・・。美佳帆さんは調子が悪いって言ってたのに・・・あーもう!・・私がどんどん進んじゃったから・・・・」

麗華は焦る気持ちを何とか落ち着けようとしたが、無意識に水門の上にある手すりを潰さんばかりに握りしめ潰してしまう。

「ヤッパリ・・・オイオリテコイ!オマエ!マイクノアシヲオッタオンナダナ!コッチニイタゾ!!」

遠くにいるであろう美佳帆を探知しようと集中していたところに、麗華は突如真下に近い位置から大声で声が掛けられた。

張慈円からあまり戦力として信用されていないため、かなり離れたところの見張りを言い渡されてたアレンは、結果的にそれが幸いして麗華を発見することができてしまったのだ。

「ちっ!せっかくここまで地べたをヨチヨチ隠れて進んできたってのに!!このボンコツ外人!今はあんたの相手なんかしてる場合じゃないってーの!!」

麗華はつい大声で悪態をついて少し離れた下の堤防の上に立っている黒人の大男を罵った。

「オリテコーイ!!」

麗華の流暢な罵声が日本語でよく聞き取れないアレンは、麗華の悪態を無視して自分の主張を大声で叫ぶ。

さっさと片付けてしまうことを決心した麗華はふん!と一声発すると握りつぶした手すりを飛び越えアレンの前に飛び降りた。

「さあ!さっさとやりましょ!あんたの両足もマイクって奴と同じようにへし折ってあげるわ!!」

焦りからやや冷静さを失っている麗華はアレンを挑発するとワイドスタンスに構え指先で手招きする。

(・・・・・?・・・・・あれ?・・・こいつ依然と雰囲気違わない・・・?)

降りてきた麗華の張り付いた服装をニヤついた顔で舐めまわすように眺め、ボクシングスタイルで構えたアレンは妙に自身が漲っており、怪訝に思った麗華は眉を潜めて観察する。

「フフフ・・・。チョウノダンナノテシタモアツマッテキタヨウダナ。ダガアンシンシナ!サシデアイテシテヤルカラヨ。アッチノホウモナ!!」

そう言うのがコングだったかのようにアレンは麗華目掛けて一気に距離を詰めてきた。

【第8章 三つ巴 31話 切れた命綱 終わり】32話へ続く


第8章 三つ巴 32話 超越者と超越者の過去

第8章 三つ巴 32話 超越者と超越者の過去


私は愛弟子の菊沢宏君に、近々我が宿敵とも呼べる髙嶺と一戦交えるかもという連絡を受けていて、彼が今籍を置いている探偵事務所の近くまで彼に会う為に来てみると、その道中で黒髪の淑女が2人傷つき瀕死の状態で居るのを見つけた。

医師である限り放っておくことが出来るはずもなく、レディは優先的に助けるのが私のポリシーでもあったのでその2人の女性をとりあえず治療することにした私に治療した後、神田川真理と名乗った女性が丁重なお礼を述べた後、

『何処のどなたかも存じ上げないあなた様に、こんな事をお願いするのは非常に心苦しいのですが、ハァハァ・・・その先で、私の同僚が私たちをこんな目に合わせた人たちと交戦中だと思います。あなた様が只者ではないと・・・わかります・・・かなりの腕利きとも・・・なので・・・その・・・私の同僚を・・・あぁ・・ハァハァ…』

そこまで話して、治療直後の美女、神田川真理さんは、意識が遠のいていってしまった。

私は聞こえたか聞こえなかったかはわからないが、

『治療費にあなたの同僚の救助費は神田川さん、あなたの身体で頂きますね~』

と軽く冗談めかして言い終わるが早いか私の足は、神田川さんの指の差した方へ足を向けて動いていた。

神田川さんの指の差した方へ急いで向かってみると、1人の若い女性をよってたかって、リンチしているのが見えたので本気ではないが、とりあえず私は戦う事が嫌いなのでモチベーションを神田川さんを抱くためにという理由付けをして助ける事にした。

しかし、縁は異なもの味なものというが、まさか私の視界に映る女性を囲っている見覚えある黒スーツに日本刀軍団の中に、本当に1人顔を覚えている女性も居た事に、その者たちが髙嶺の者である事を理解する。

確か・・・あの短いスカートから覗く白く美しくも豊満な太もも・・・それに感情の起伏の無さそうな無表情眼鏡美人・・・髙嶺当主の髙嶺弥佳子の懐刀の千原とかいう・・・凄腕の剣士だったような・・・

そうあれは丁度1年と少し前の事、私がまだ米国に渡る前の話・・・私が勤務する東大病院へ髙嶺弥佳子という者の使いと言う事であの千原という美女がやってきた。

そして私は元来女性の誘いは断らぬ事をポリシーとしていたので、快く彼女の招きに応え、たまには京都旅行も良いものかと思い軽い気持ちで用件も気にせずに美女の誘いに乗ったのだが・・・。

そのあと、私は髙嶺弥佳子という女性と千原奈津紀という私に直接会いに来た女性と3人で宴に招かれたがその場で彼女たちは、およそ平成のこの時代に生きている人間とは思えないような事を、何の躊躇もなく口走った。

彼女らが言うには、自分たちは江戸時代から続く暗殺一家で、表向きは大手ゼネコンを経営している実業家だが、裏では日本のみならず各国の要人を大金で消し去る稼業を生業としている。
そして、髙嶺の裏の実働隊の人間は皆、特別な力を持っていて、皆、江戸時代から伝わる剣術の免許皆伝者である。
その実働隊の能力を鍛えるため、またその実働隊の指揮を執る1人として私に力を貸してほしいと言ってきたのだ。

確かに私は速読を始め、超記憶術などを実務に活かせるよう指導しているカルチャースクールを経営しているがその中でもたまに、もともと素養のある者では私の1番弟子の菊沢宏君のような特殊な能力に目覚める才能のある人物もいる。私自身がそうであるように、確かに脳を鍛え、チャクラともオーラとも念とも呼べる人が誰もがもともと持っている力を引き出し自由に使えれば、格闘術と複合すればオーラを使えない人間などいくら達人であっても相手にはならないし、その気になれば人を殺めることなどもたやすい。

しかし、その『力』をこうもはっきりと悪用している事を人前で堂々と公言する彼女たちを私は心底おそれた。

本来なら美女の頼みは断れぬ私で、いつも笑顔は絶やさない私もこの時はさすがに顔が引きつっていくのを自覚できたほどであった。

しかし・・・この髙嶺弥佳子という女性・・・医師である私もあのドラマは見ていたので、あのドラマに出ていた戸田恵梨香ちゃんにそっくりな容姿なのに・・・ドラマの彼女とは正反対のような無感情な・・・しかもどういう育てられ方をすれば、このような人を塵芥のように扱う発言が出来るものなのか・・・。

『栗田教授・・・我が髙嶺に協力できない人間など生きている価値がございません。今すぐここで冥府にお送り致しましょう。』

私は、彼女から発する絶大なチャクラ量、しかも攻撃的な圧倒的な殺気ともいうべきチャクラを受け流しながら背中に久々に冷や汗という柄にもないものをかきながらも笑顔は崩さずに、

『おやおや・・・お若く聡明に見えるのに育った環境で人間は、こうも偏った考え方になるものなのですね。。。その慢心を聊か戒めて差し上げましょうか』

これが私と髙嶺の因縁の始まり・・・開戦宣言とも呼べる私と髙嶺弥佳子との約1年前のやりとりだった。

そしてその時に傍らにいた、髙嶺弥佳子と同等同種のまがまがしいチャクラを放つ千原という女性が今私の目の前で麗しきレディをその手にかけようとしていた。

(この黒スーツに日本刀の方々を見ると、どうもあの方と相まみえた事を思い出します・・・。私の点穴…絶からまさか舞い戻ってくるとは・・・あの髙嶺の六代目当主は、相当厄介な相手のようで・・・・それに今目の前にいる、あの眼鏡が似合うナイスボディのレディも・・・)

・・・宮コー軍団と髙嶺&張慈円一派が激しく凌ぎをけずっているおよそ400日前の事・・・・

『栗田教授!あなたをここへお招きした私の顔を見事に潰して下さいましたね。御屋形様、ここはわたくしが教授を粛清致します。』

京都の右京区の某所にある、時代錯誤の建物もこの町ではさほど目立つことなく景観に溶け込んでいるのは、周囲には国宝や文化遺産が数多く建立する街並みだからであるが、それでも、今、栗田教授の目の前にいる2人の女性は時代錯誤どころか現代と、幕末を混同したような恰好をしていて、普通に道を歩いていたら100%警察に連行されるような出で立ちであった。

2人の女性は豊満なその肢体を黒のリクルートスーツで包み込み、ともに機能重視なのかかなり膝上のタイトスカートの腰元には、鞘を差している。そのうちの1人、千原奈津紀という眼鏡をかけ、肩くらいまでの美しい直毛の黒髪の女性は、私に向かい信じられない常人離れした速度で、本物の日本刀を打ち込んできた。

(こらこら・・・そんな物騒な物を振り回しちゃいけないよ・・・っと・・・これは!)

私は通常の体裁きでは私の合気では交わせないと思い、速読で千原という女性の動きを読み取った。私は思念を使い速読を試みれば、動くものすべてがビデオ再生をスローにしたように見る事が出来るので、これは私の見切り速度が異常に上がるわけで実際に動くものが遅くなるわけではないのだが、それでも千原という女性の動きは、スローどころか瞬く間に切っ先が私の目の前にあった。

私は彼女の抜いた日本刀の切っ先を指で摘まむようにすると、

『覇っ!あなたは少し大人しくしていてくださいね。いや~しかしお美しいのに・・・もったいない・・・髙嶺などに与しなければ、きっと楽しい人生を送ることができましたでしょう・・・今度私と2人でもっと楽しい事を致しましょうね、お嬢さん』

と彼女にささやき、彼女には申し訳ないがいわゆる金縛りにかけさせてもらった。しかし彼女のオーラの強さから推測するに長くて3分、もしかしたら2分ほどしか停止させれないと判断したので、私の目的、髙嶺弥佳子のオーラを封じ込める事を急ぐ必要があった。

『え・・・・う・・動けない・・・』

『普通は喋る事もできないのですが・・・お嬢さん、あなたは恐ろしい女性ですね・・・』

私の、不動縛りにかけられ話せるとは・・・ここまで肝が冷える思いをするのは久方ぶりであった。

『奈津紀さん!・・・さすが、栗田教授、これが噂に聞くあなたのオリジナル・・・不動縛りですか・・・しかし、あなたのお力でも奈津紀さんを何分止めておけるのかしら?』

(う~ん・・・さすが・・・見破られておりますね~彼女を不動縛りにかけながら、髙嶺の当主と戦うのはいささか骨が折れます・・・今すぐ帰りたいのですが、そうもいかないですし・・・仕方ありません。美女と楽しくディナーの後にお楽しみタイム・・・と考え鼻の下を伸ばしていた自分を殺したい気持ちですよ~)

『う~ん・・・困りましたね・・・私を仲間に引き込むことや、あなた方が繰り返し行っている暗殺業をやめるという事をお考えいただけないですか?お美しい六代目当主さん。そうでないと、私はあなたの持つそのお力を封じ込めなくてはいけなくなります。聞いてしまいましたからね、あなた方が行っている行為・・・そんなものとてもこの平成の世ではまかり通るものではありませんよ。』

シュッ!!!!! 

グシャッ!!!!!!

私が最後に笑顔で彼女を諭してみるが、言葉を吐き終えた瞬間、私は速読を使う間もなく、私の左目に熱さを感じた・・・なんと彼女のあまりにもの突きの速さに読み切る事もかなわないまま、私の左目には眼鏡越しに彼女の刀が突き刺さっていた。

『栗田教授!あなたのたわ言などに耳を貸すつもりはありません。このまま逝っておしまいなさい。あなたの唯一無二である類まれなる特殊な能力を見込んで助力を申し出たわたくしがバカでした。』

(なんという速度・・・人間のそれとはとても思えません・・・しかも・・・このまま突き刺したままにしておくと、どうやらこの刀から私のチャクラを吸い続けるようですね・・・まさに生気を吸い取る妖刀とでもいうべきか・・・彼女の能力なのか・・・これは絶しかないですねやはり・・・)

私は、白のカッターシャツが私の目から流れ落ちる鮮血で赤く染め上げていくのを、突き刺されていない方の右目で確認しながら、さすがにこうなるといつも笑顔を絶やさない私も笑顔ではおれずに、

『痛いですね~さすがに・・・目はいけませんよ目は・・・私の目は、そこら辺の宝石より価値があるのですよ・・・しかし、片目とあなたの能力の交換なら・・・お釣りがきますね・・・あなたから近づいてきてくれて良かったですよ。』

私の目に食い込む、刀を抜かせないよう、彼女の右手首を掴み、合気で極めると一瞬宙に浮いた髙嶺弥佳子のCカップかDカップくらいであろう左胸の下に2本指を差し込むと、オーラをコントロールする器官で点穴に指を打ち込んだ。

点穴は本来、東洋医学では治療不可能な病を、人間が誰しも持つ自然治癒力を高めるために、オーラを活性させ病を治す為に突く治療なのだが、逆に点穴の動きを止めてしまい、本人の意思でオーラを操れるいわゆる能力者相手でも一切オーラを練れなくする事もできる。

この点穴を切られた人間は男性であれば射精感を女性であればいわゆる潮吹きと同じ噴出感を伴い大きく絶頂してしまった後に、オーラは一切使う事ができなくなる。もちろん自然治癒力も大きく低下するし、オーラを乗せた技や、オーラを活用した能力などの使用もできない。

ただ彼女の場合は、元来持つ卓越した剣術があるので、戦闘力の全てをはぎ取る事ができるわけではないが、私も今この場で彼女を絶命させるだけの余裕はなかった。

それは、今不動縛りで動きを止めている千原奈津紀が動けるようになったときに、髙嶺弥佳子と変わらないのではないかと感じるほどの力を持つ彼女を含めた2人を同時に相手にする事は難しく、髙嶺弥佳子を絶命させる事を目的として戦えば、千原の復活までに決着をつけれる自信も保証もなっかた。

(宏君を連れて来ればよかったなぁ・・・彼と2人で2VS2なら何とかなったかもしれないのに・・・まさか美女2人相手に戦う事などは予想していなかったですしね。次に宏君に会うときには、是非、点穴の突き方・・・絶を伝授しなければ・・・)

私に点穴を突かれた髙嶺弥佳子は、表情を変えず涼しげな眼で私を見据えていたが、一瞬その眼が内部からの抗う事を許さない性感がこみあげてきて、うつろになり大きく下半身を揺らせ震わせたかと思うと、

『くっ・・・栗田・・あなたまさか・・・この私に・・・うっ・・・あぁっ・・・』

『すみませんね~目を失わされたのですから、これくらいは・・・点穴を突かれると、男性は射精、女性は絶頂してしまうのですが、それと同時に、オーラも練れなくなります。これで、悪さは金輪際できませんからね。せめてものお詫びに極上の快感はプレゼントです。』

そんな事を述べながら、私は左目に突き刺さっている刀を抜くと、髙嶺弥佳子はその場に膝をつき、肩で息をして大きな絶頂の後の、余韻に浸りながら再び私に涼しげな視線をぶつけてきた。

私は眼からの出血もひどく追い打ちなどかける余裕もなく、いち早くこの場から立ち去ろうと考えていると、

『御屋形様!!!!』

先ほどの髙嶺弥佳子の突きと同等の速度の突きが私の肩をかすめた。

私は目からの鮮血で染まる白のカッターシャツをさらに肩のかすった千原の刃による傷で染め直してしまうと、すでに髙嶺弥佳子にかなりの量のチャクラを吸い取られていたので、チャクラ量も点穴を突く技、絶を使いのこり僅かとなっていて、とてもこの達人の女性を相手する力は残っていなかった。

『お若いですね~荒い打ち込みです。千原さん、脱力こそ更なる精進への道ですよ。しかし・・・私も年ですな・・・年はとりたくないものですね・・・ここであなたのお相手は出来ません。ベッドの上ならば話は別ですけどね。ハハハッ』

『この期に及んで減らず口を・・・お・・・御屋形様大丈夫ですか!?』

千原奈津紀は私をかすめた刃を納め、膝をつく髙嶺弥佳子に駆け寄った隙に、私はその場からいち早く立ち去りその後、アメリカの知人の病院で眼の治療も含め今日まで身を隠していたのだ。愛弟子の宏君には、髙嶺とかかわるべからずとの手紙を残して。

あの時、千原奈津紀が主人の髙嶺弥佳子の事を気にせずに私との交戦を優先していたら、私も、もしかしたら命を落としていたかもしれない。それほどの相手なのである。

今私の目の前で、麗しきレディをいたぶっているこの千原奈津紀という女性は。

そしてセンスを疑いたくなる白づくめのスーツに日本刀の男性が1人、少女と見間違えるほどの若い容姿なのに黒スーツに日本刀を二本差している女性が1人。この者たちも只者ではないのは容易にわかるし髙嶺という集団の恐ろしさもうかがえる。

『お嬢さん。大丈夫ですか?』

千原奈津紀以外に、達人が2人もいるじゃないですかぁ・・・と一瞬テンションは下がってしまったものの私は、神田川真理さんという、目の前の大ピンチの彼女を助けた暁には一晩を共に出来るかもしれない極上の美女に助けるように言われたはずの対象の女性にいつも通り優しく笑顔で声をかけた。

【第8章 三つ巴 32話 超越者と超越者の過去終わり】33話へ続く

第8章三つ巴 33話 プロフェッサー現る 

張慈円は劉幸喜との通信を切ると手下に声を掛けた。

第8章33話 プロフェッサー現る 

「おい・・もう一度だけ聞くぞ。ここに飛び降りてきたときには確かに二人いたのだな?」

その声は静かではあったが怒気が漲っていた。張慈円に喉を掴まれ宙に持ち上げられている男は足をばたつかせながら血まみれの顔で張慈円に何度も頷く。

「そうか・・絶好の機会にまんまと逃げられおって・・・役立たずが!」

バチバチバチバチッ!

冷血なセリフと同時に張慈円の右手に青白い光が迸る。

張慈円に喉を掴まれていた男は身体を痙攣させ足を更にばたつかせた。喉を握りつぶされながら掴まれている男は声を出すこともできずもがいていたが、だらりと垂れ下がり動かなくなる。

「いいか?言ったはずだ。菊沢美佳帆を捕えろと・・。まんまと逃げられるようなマヌケは俺の部下にはいらん!・・・アレンが片割れのほうを見つけた。半分行け!しくじれば次にこうなるのは貴様らだ!肝に銘じておけ!」

【放電】により動かなくなった男を部下たちの前に投げ捨て恫喝同然のセリフで部下たちを嗾ける。

部下たちは一様に青ざめた顔で張慈円から逃げるようにアレン達が見張っていた水門のほうへと我先へと走っていった。

「そう遠くヘはいけまい・・」

張慈円は大急ぎで逃げ去るように向かう部下の後ろ姿に苛立ちを覚えながらも蛇のような目で冷静に得物を逃さぬよう頭を回転させる。

(ここと通信が途絶えてから2分と経ってはおらん・・。周囲は部下たちが50人以上で包囲しているのだ・・・。しかも橋元の情報が確かなら奴はまともにオーラが使えん。肉体強化を計り強引に進んだとしても警戒網に引っかかる・・。・・奴の能力はなんだ?おそらく完全な武闘派ではないはずだ・・・。もしそうであったならば、小田切響子を拉致したときや以前エレベーターの前で対峙したときにはもっとプレッシャーを感じたはずだ・・。通信系や感知系・・・。とすれば・・)

「・・・劉か」

考え事をしてはいたが、張慈円は足音なく背後に降り立った気配に振り向かずに声を掛ける。

「はい、俺です。髙嶺の奴らの様子を見てきました・・・。稲垣加奈子以外全滅です。しかし3対1だったので流石に脳筋の獣女も時間の問題でしょう」

劉は張慈円に近づきながら報告を告げる。

「その顔だと髙嶺の連中の腕は劉の想像を超えていたようだな・・?まあ、それは後で聞くとしよう」

劉のほうに向きなおった張慈円は冷静を装っている劉の顔をみてそう言うにとどめ続けて指示を出す。

「それより今はアレンの応援に行ってくれ。菊沢美佳帆ではないもう一人の女を発見したようだ。寺野麗華という奴だ。オーラに多少目覚めたとはいえアレンだけでは荷が重かろう。・・・殺さずに捕らえるのだ。菊沢の居場所を吐かさねばならん」

「承知しました」

張慈円の言葉に了解の意を示した劉が闇に走り消えると、張慈円は残った手下を連れ雑草の生い茂った護岸公園に向かい手下たちに大声で怒鳴った。

「周囲をかためろ!この公園に隠れているはずだ!木の上や茂みの中も見落とすな!」

菊沢美佳帆の耳には【百聞】を使わずとも張慈円の張り上げた声が良く聞こえていた。

一方、劉が張に報告していた、取り囲まれ最早万事休すと思われている稲垣加奈子方面では・・・

「おやおや・・・3対1とは感心しませんな」

物静かで場違いな声に稲垣加奈子は耳だけ注意を向け反応する。

背後から聞こえてきた声は、距離からするとそこは空中のはずだ。

(味方のはずがない。更に新手・・・私もここまでね・・いいわ・・!4対1だろうと全員片付けてやるわ!・・支社長死なないで・・)

加奈子は自分のオーラをすべて使い切ろうと覚悟を決めた時、目の前の千原奈津紀が背後に現れた声の主に向かって忌々しげに呻いた。

「栗田教授・・・!」

普段は抑揚のない無感情ともいえる口調の千原奈津紀らしからぬ声に驚いた南川沙織と井川栄一は銀髪を逆立たせた加奈子を警戒しつつも、栗田と呼ばれた男に目だけ向けた。

「このじいさん・・?栗田ってまさか・・」

「・・浮いてる・・!念動力ってこと?・・・おじーちゃん燃費悪い能力もってんじゃん!」

栄一と沙織はいきなり現れたグレーのスーツを着こなし空中に浮いている初老の紳士に警戒を強める。

「日本に帰っていたのですね・・・」

千原奈津紀が眉を顰め、視界に稲垣加奈子と初老の紳士を捕えた顔には僅かに迷いがあるように見える。

「なっちゃんさん!このおじーちゃん知ってるの?!・・どうすんのよ?!」

初老の紳士の得体の知れなさと、奈津紀の焦燥を敏感に感じ取った南川沙織が二刀を初老紳士と稲垣加奈子に一刀ずつ向け奈津紀に問いかける。

「油断禁物ですよ。その者は御屋形様の力を封じた男です」

「このじじいが・・!」

「な・なるほど・・・!好々爺然とした顔なのにこの圧力・・!合点がいきました」

奈津紀の答えに沙織と栄一は初老の紳士に対しての警戒をさらに強める。

「これはこれは・・やはり髙嶺さんの美人付き人さんではないですか?あなたも髙嶺さんと同じくブスリといかがですか?あなたのような危険思想の方には美人といえどもきつーい注射が必要ですからね~」

加奈子の背後に浮いている初老の紳士は、加奈子以外の注目を浴びながら物腰の柔らかそうな仕草と声色で奈津紀に笑顔でそう言った。

「戯言を。目的のものは手に入れましたが、ここであなたも始末すれば御屋形様の恨みも晴らせますね・・」

「やっ!!!」

千原奈津紀の隙とも呼べない僅かな気の逸れを感じた加奈子は、迷うことなく千原奈津紀を間合いに捉え踏み込んでた。

「あなたは・・!執拗も度が過ぎます」

千原奈津紀はさすがに何度も間合いに入られまいと愛刀和泉守兼定を加奈子に突き出し牽制すると、同時に加奈子目掛け美しくも筋肉と脂肪が丁度良い割合でついている肉付きの脚で蹴りを放つ。

刺撃と蹴りを何とか防いだ加奈子は苛立ちを隠さず吼え、先ほどよりも速い速度で奈津紀に迫る。

「邪魔だあああ!支社長から離れろ!」

オーラで極限まで硬度を高めた手刀と貫手で奈津紀を襲うも、奈津紀の剣術と体捌きで防御に徹せられてはいかに加奈子といえども攻め切れない。

「てめっ!調子に乗り過ぎ!!」

奈津紀を猛撃で追い詰める加奈子の背後から二刀を背に振りかぶり沙織が一気に間合いを詰め襲う。

「沙織!後ろ!」

奈津紀は加奈子の猛攻を愛刀で防ぎつつ、沙織に注意を飛ばす。

「いけませんなぁ」

のんびりとした声の主は、いつの間にか屋上に降り立ち沙織に向けて右手を向け念動力で九字兼定と京極政宗を念動力で捕らえ掴んでいた。

「う・・うおぉ?か・・刀が振り抜けない!・・・井川君!!」

刀を振り抜こうと身体を捩じり切った格好で止まったままの沙織は焦った声で、背後にいるはずの栄一に援護を求める。

「こっちも・・!動けないんですよ!!」

栄一も三日月宗近を抜刀する構えから動けず柄を掴んだまま老紳士の左手が向けられた先で固まっていた。

「私の刀を・・離せぇ!」

「くそ!・・・二方向同時にこんな強力な思念を飛ばせるとは・・・!」

沙織と栄一は封じられた動きのまま呻くと老紳士は笑顔で静かに笑った。

「はっはっはっ・・、お若いですな。強力なオーラと剣術の腕にかまけた驕りがあるから、そのような油断をするのですよ・・・・どれ、これはどうですかな・・・破っ!!!」

老紳士は笑顔のままそう言うとオーラを練り上げ髙嶺の三人に衝撃を放つ。

「きゃ!!」

「ぬぅお!」

「くっ!」

屋上の埃を巻き上げ同時に3人がそれぞれ後方に大きく吹き飛ばされる。

髙嶺の3人は吹き飛ばされながらも刀を離さず、空中で身を捻り着地し老紳士に向かって刀を構える。

老紳士の放った衝撃波により倒れ伏せていた佐恵子の髪の毛か大きく靡いたとき、奈津紀の隙を見逃さず加奈子が佐恵子のところまで駆け抱きあげていた。

「支社長・・支社長・・!」

(い・意識がない・・・。真理がいないんじゃ・・・間に合わないわ!)

目を閉じぐったりと仰向けで顎を上げた佐恵子の身体は少し冷たく感じられた。涙が出そうになるのを堪え加奈子は佐恵子を敵に渡すまいと両手でしっかりと抱え奈津紀を睨む。

「一度ならず二度までも・・・魔眼を奪い返されるとは・・」

睨まれた奈津紀は、視線は加奈子と佐恵子を捕えてはいたが、老紳士のほうに正眼に構えて目標を切り替えようとすり足で老紳士との間合いを詰める。

「しかし、栗田教授・・あなたは魔眼以上に仕留めておきたい相手です・・。沙織、栄一さん。栗田教授を仕留めますよ」

奈津紀は加奈子にも注意を割きつつ老紳士に向き構え二人にそう指示をするが、沙織がすかさず反論してきた。

「なっちゃんさん!・・ジジイ仕留めるったって・・銀髪はどうするのよ?・・そいつ無視してジジイと戦うなんて無理くさくない?!」

「大丈夫です。こんなオーラの放出長くは続きませんよ。・・・そうでしょう?稲垣加奈子」

視線は加奈子に合わせたまま沙織に答えている奈津紀の口元が僅かに上がる。

「・・はぁはぁ・・絶対に・・・護る・・!」

銀髪を逆立たせた女豹と化した加奈子は滝のような汗をかきながら肩で息をしつつもはっきりと奈津紀に言い放つ。

「まあまあ、お嬢さん無茶はいけませんなぁ・・。レディにそんな無理をさせるのは私の主義に反しますので、ここは私の頑張りを見ていてください。お礼はけっこうですよ・・・?あなたと同じような服を着た神田川真理さんに身体で払ってもらうという約束をしていただきましたから」

決死の加奈子の口調とは対照的に、老紳士は場違いな温和な声で加奈子に声を掛ける。

「ま、真理が生きてるの?!」

佐恵子を抱えたまま加奈子が老紳士に問うと、にっこりとした笑顔ですぐに答えは返ってきた。

「はい、さきほどのことです。治療させていただきましたよ。それにもうすぐしたら私の一番弟子も仲間たちと一緒に到着するようですから、安心してください」

「真理が生きてる・・治療してくれた・・ってことは・・お爺さん!支社長も治してください!」

「はい。お代は神田川さんからということになってますからな」

相変わらず敵も健在であるが、笑顔の老紳士の返答を聞き加奈子は最悪の事態は免れたと安堵すると、悲観的な気持ちを切り替え奈津紀に向き直る。

「沙織!栄一さん!撤退します!張慈円さまは目的を達成したとのこと。各自散開!長居は無用です」

「ちっ」

「承知したよ!」

舌打ちと了解のセリフと同時に二人は隣のビルに向かって飛ぶ。

「ま、まちなさい!!」

佐恵子を抱えたままで追うことはできず、飛び去る背中に向かって加奈子は呼び止めるが、オーラの使い過ぎで膝に力が入りきらずよろめいてしまう。

「お嬢さん。無理なオーラの使い方をしてるからですな・・。今はもう無理はせんほうがいいでしょう。幸い引いてくれましたしな・・。私も年ですからこれ以上長引いたら困ると思っていたところなんですよ。それより貴女が抱えているレディも治療致しましょう。」

老紳士は汗びっしょりの加奈子に好々爺然とした笑みを浮かべ、ゆっくりと加奈子に近づきそう言った。

「あ!・・支社長をお願いします!真理も治してくれたんですね?・・支社長治りそうですか?あと、下には真理以外にも3人いるはずなんです!みんな無事ですか?みんな治療してくれたんですか?」

加奈子は抱えた佐恵子を老紳士に見せるようして近づき矢継ぎ早に質問を浴びせる。

「まあまあ落ち着きなさいお嬢さん。色々一度に聞かれても私もいま来たばかりでよく状況は解ってないのですよ。とりあえずその長髪の美人さんを診ましょう」

老紳士は慌てる加奈子を宥めると、抱えられている佐恵子を覗き込みながら言った。

「そ、それもそうだわ・・!お願いします!」

加奈子は佐恵子を床にそっと横たえ「どうですか?」と佐恵子に向かって跪いて見ている老紳士に声を掛ける。

「これはいけません・・」

老紳士の眉間には皺が寄り難しそうな顔でそう言うと加奈子を見上げた。

 【第8章33話 プロフェッサー現る 終わり】34章に続く

筆者紹介

千景

Author:千景
訪問ありがとうございます。
ここでは私千景が書いた小説を紹介させて頂きたいと思います。
ほぼ私と同年代の既婚者が主役のものになるかと思います。登場人物同士が
つながりを持っていて別の物語では最初の物語の主人公が脇役を務める様な
小説全体につながりを持たせ想像を膨らませていけたらと思っております。
どうぞ宜しくお願い致します

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