第8章 三つ巴 10話~強襲悪魔の巣窟3~ 稲垣加奈子
悪者の住処だとというのに、かなり仕様の良いマンションのようで、ベランダ側の共用部分は駐車場でもないにも関わらず、かなり管理が行き届いている。日よけに白樫やクスノキが植えられ、しかも定期的に剪定業者が入っているようだ。芝も綺麗に刈り込まれており、雑草はほとんど見受けられない。
支社長と真理とは車で別れ、私だけマンションの南側の庭の方に回り込んできたのだ。
マンションの配置図と見取図を小さく折りたたんだメモの紙を、手で握りつぶしポケットに押し込む。
能力で強化した五感で周囲を警戒しつつ、常人離れした脚力で、物陰から物陰へ跳躍する。
105号室は・・・っと、あれね。頭の中に叩き込んだ配置と平面図を思い出しながら、待機場所を探す。
「よっ・・と、悪党のくせに良い所に住んでるわねえ・・」
ほとんど足音をさせず、敷地の隅にある受水槽施設に着地する。再度五感のソナーを働かせ、あたりに気配がないことを確認すると、薄暗くなりかけた夕闇に紛れ、気配を完全に消す。105号室の窓は全室カーテンが掛けられ、中を伺うことはできない。いくら視力強化しても、遮蔽物がある限り無駄なのだ。
「そろそろよね・・・」
ペロリと唇を湿らせ、合図を待つ。合図とはチャイムの音だ。インターホンが壊れている、もしくは消音設定していない限り何かしらの音がするはずなのだ。
それにもし、音がしなかったとしても、チャイムを押したタイミングで真理からショートメールが届く手はずになっている。
咲奈や雫のことが気になるが、沈着付与のおかげで逸る気持ちは抑えられ、これから戦闘になる可能性も高いというのに感情の高ぶりも一定限度で抑えられる。強制的に冷静な状態だ。一定の感情値を超えようとすると沈静化される不思議な状態である。
「これ、なんだか慣れないのよね・・・」
支社長の能力で、怒りや恐怖などの感情異常を無効化する付与がされているのだが、いまだにちょっと慣れない・・。
これって、自分の内なる感情も抑制されちゃうのよね。
そう思いつつも、受水槽施設の影で気配を殺し、聴覚を研ぎ澄ます。
・・・・すっごく長く感じる・・まだかしら。
時間を確認してみるが、ここに身を潜めてまだ2分ほどだ。
・・焦れるわね。
今度はそう思ってから、2秒も経たないうちに合図があった。
ピンポーン。ブブブ・・。
能力で研ぎ澄ませ聞き取ったチャイム音と、胸ポケットに入れているスマホの振動は、ほぼ同時だった。
10・9・8・・・
音と振動の合図と同時に心の中でカウントダウンを始める。
・・・3・2・・・GO
きっちり頭のなかでテンカウントを数えると、音もなく、受水槽から105号室のベランダ目掛けて跳躍する。色素の薄い髪を靡かせ、7mほどの距離を助走もなく、脚力のみで到達する。目立つ行動ではあるが、周囲に人の気配はないし、視線も感じない。それらは、すでに確認済みである。
「やっ!」
着地と同時に、引き絞った右腕を気合とともに突き出す。
パキン!と乾いた音をさせ、ベランダにある履き出し窓の、ペアガラスを貫手で貫通すると、そのままクレセント錠を指で弾く。
クレセント錠ががちゃりと、少し大きな音をたてるが、もはや音を気にしてもしょうがない。そのままガラスを貫通した腕を抜き、アルミ部分に手をかけ部屋の中に入る。
カーテンを外から開くと、見知った顔の女性が、乱れた服装で椅子に拘束されている。いきなり窓ガラスが割れ、外から何者かが侵入してきたのだ。中にいた女は何事かと怯えた表情だったが、私の顔を見た瞬間、一気に顔色が戻った。
「雫!・・・おまたせ!遅くなってごめん・・」
「あ、ああ、先輩!稲垣先輩!」
雫に一言声をかけると、雫の周りにいる男どもを一通り観察する。男たちは一様に大柄で、筋肉質な身体つきだ。全部で5人、全員日本人じゃなさそうだ。
5人は、たったいま奥の部屋から出てきて、玄関のほうに向かおうとしていたところに、私が窓から入ってきたので、驚いて振り向いたような状態だ。
「ナ、ナンダ?!テキ?!」
「イリグチノホウカラ、オオキナオトガシタゾ!」
「モブボーイ!ドコイッタ!?」
「コッチカラモカ?!テキ?オンナダゾ?!」
英語も混ざっているようだが、たどたどしい日本語で狼狽えているムキムキの外人達を無視して、雫に聞くべきことを聞く。
「雫!咲奈は?咲奈もここにいるの?」
「たぶん、います!こっちの扉が外じゃないなら、この扉の向こうの部屋に・・・!あの黒人の男に・・・ああ・・・でも、先輩!先輩まで捕まっちゃう!逃げてください!」
ここに咲奈もいるのなら、話は早い。雫の話しぶりからも、一刻でも早く助け出したほうがいい状況ともわかる。
「大丈夫!任せて!!私、実は強いのよ!・・ハッ!」
目を合わせ雫に了解の意を伝えると同時に、床を蹴る。身体能力を強化した私を、常人が捉えるのはほぼ無理だ。目で追う事すら難しい。今の私のスピードやパワーは野生の虎以上の性能に強化してある。
雫が座っている椅子の一番近くにいた、大柄な黒人に向かって突進し、膝を男の鳩尾に食い込ませる。突進のスピードとエネルギーを、大柄な黒人の身体に膝蹴りによって、すべて押し付けた。
どすん!!と重く鈍い音と「ウッ!」という男の小さな声が聞こえる。
膝蹴りの衝撃で、突進の速度を完全に殺すと、座っている雫の腰に手を回して、バックステップで、私と一緒に部屋の隅まで椅子に座った雫ごと一気に引っ張る。
「ひぃ!!きゃああああああ!?」
私に椅子ごと引っ張られている雫が悲鳴を上げる。
椅子を少し持ち上げて引っ張ったので、ほとんど雫に衝撃はないはずなのだが、乱暴な行動だったのには違いがない。とりあえず抗議は後で聞くことにして、雫を椅子ごと、部屋の隅に滑らせ、私の背中の後ろに隠した。
「ごめんごめん・・椅子に繋がれてるし、敵のど真ん中にいたから、しょうがなかったの!そこだと安全だから少し待ってて。すぐこいつら片づけるから!」
「は、、はひ」
遠心力で振りみだれた髪の毛を直すこともできず、ハァハァと息を切らし、目を見開いた驚きの顔で、雫が心ここにあらずといった返答を返す。
「カタヅケルダト?!」
「ネーチャン!シヌホドコウカイサセテヤルゼ!」
「ワタシタチ、ボクサーヨ?オマエモ、スコシヤルミタイダケド、ゴニンモタオスノムズカシイ!」
「5人?もう4人だと思うけど?」
口々にいきり立った口調の外人ボクサー達にそう言うと、先ほど膝蹴りを食らわせた大柄な黒人が、どさり!と音を立てて、膝をつき、蹲るように突っ伏した。
「コ、コノアマァ!」
蹲り動かなくなった男の一番近くにいた、一人の外人が私に向かって吠えて、身構えステップを踏みつつ距離を詰めようとしてくる。
そのとき、左耳から通信音がした。
「あ・・ちょっと待って・・・。はい、支社長、私です。いま裏から入って、ちょうど雫を確保したところです。・・・こら!待てって言ったでしょ!」
支社長からの通信に耳を抑え答えていると、一番近くにいた男がステップを踏み、床を鳴らしながら、殴り掛かってきた。
左ジャブの連打を、難なく躱しながら、支社長に答える。
「はい、戦闘中ですけど、こっちには大したのはいなさそうです」
途中もう一人が加わり、二人がかりになるが、何人いようが能力解放した私にとっては遅すぎる。
「はい・・遅いし、弱そうです。問題ありません」
最初に殴り掛かってきた男の、ジャブ連打からの右ストレートを、身を沈めて躱し、逆に男の顎にショートアッパーを打ち込む。打ち込まれた男は、顔じゅうの汗を天井に向かって、まき散らしながら仰け反っている。
「オォー!!シット!ファックビーッチ!」
殴り掛かってきていないうちの一人が、放送禁止用語っぽい言葉を叫ぶが今は無視だ。
「はい、ここにいるっぽいです」
二人目の男が大振りで放った左ストレートも、右足を軸に身体を回転させ、左足の後ろ回し蹴りで、二人目の男の左こめかみを打ち下ろしつつ、繰り出してきていた左ストレートごと地面にたたき落とす。
振り下ろされた左の踵に打ちぬかれ、どがっ!と男は床に叩きつけらた。その直後、初めにショートアッパーを喰らわせた男が、膝から崩れ落ちて動かなくなった。
「はい!了解!」
支社長との通信を切り、残身の構えをとる。
「せ・・・せ・・せんぱい・・。す、すごーーい!!すごい!!かっこいいです!やっちゃってください!!ぼっこぼこに!!」
興奮した雫の声が、後ろから背中に突き刺さる。
正面の二人に注意を払いつつ、後ろを振り返り、雫に向かって笑顔でウインクする。
「もう少し待っててね。あと二人始末したら手錠外してあげるから」
雫にそう言うと、残りの二人に向きなおって言い放つ。
「という訳で、急ぐから二人いっぺんにどうぞ」
構え直し、正面の二人に、にっこりと微笑みかける。構え直した構えを、左右で再度切り替え直し、突き出した左手の指をクイクイと手招きして挑発する。安い挑発だったが、効果覿面だった。
「ファック!!」
「サンオブアビッィィィッチ!!」
二人はそう叫びながら、私に向かって一気に間合いを詰めてくる。武器も持たずにファイティングポーズをとっている。やはりこの二人もボクシングスタイルのようだ。
でも・・・、遅いのよね。ぽつりとそう呟くと、丹田に気合を込め放つ。
「はっ!!」
僅かに左の男が、突出していたので、其方の男に向かって跳躍する。そのまま正面から攻撃してしまうと、男の突進の勢いに、私の勢いが加算され、殺してしまいかねない。
面倒よね・・。
男の突進速度より、遥かに上回る速度での跳躍中に呟くと、男の背後に回り、首に手刀を一閃させる。もう一人の男は、情けないことに私の姿を見失ったようだ。
「ホワッット!・・・ドコダ!」
「ここよ」
最後の男の問いかけに答えてやると、男は振り向いたが、振り向いた男の鳩尾には私の肘が突き刺さっている。
後ろで手刀を食らわせた男が倒れる音がし、目の前で鳩尾を抑え、蹈鞴を踏んでいる男が、仰向けに倒れ泡を吹き動かなくなった。
「制圧完了!」
ふぅと息を吐き出し、残身のポーズをとりつつ、部屋にあった鏡で自分の姿をチラ見しながら、表情も作って余韻に浸っていると、雫からすごいコールが浴びせられてきた。
「先輩すごいです!すごい強いんですね!すごい、すごい、すごいです!」
もちろん忘れていた訳ではないが、見られていた気恥ずかしさに、僅かに赤面してしまう。
「ごめんごめん!いま解いてあげるからね」
とりあえず、支社長の言ったとおり雫と部屋は確保できたわね。でも、私が結構暴れちゃったから、さすがに侵入はここの敵全員に知れ渡っちゃったでしょうけど・・・。
それにしても、あとどのぐらい敵はいるんだろ・・・。
心配してもしょうがないんだけど、いまぐらいのばっかりなら100単位でいても平気よね・・。
そう思いつつ、左耳に手を当て通信をオンにする。
「支社長。雫と部屋確保完了です」
手短に報告すると、「了解」と短く返答があった。
しばらく待機だけど、雫を解放して手当しないと・・。
支社長も真理も大丈夫だと思うけど、早く来てね。
【第8章 三つ巴 10話~強襲悪魔の巣窟3~ 稲垣加奈子 おわり】11話へ続く
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のほほんとした性格を含めて、各塔に移る切替はドキドキする感情が芽生えます。
静では無い動の加奈子ちゃんの虜ですw
色々な視点の描写、本当に楽しいです。
いつもお読み頂きありがとうございます。