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第9章 歪と失脚からの脱出 33話 心地よい夢からの目覚めと現実そして開花する者

第9章 歪と失脚からの脱出 33話 心地よい夢からの目覚めと現実そして開花する者

グラサンこと菊沢宏は、縦横に淡い茶色のレンガ調の石が敷き詰められたオープンカフェを一人歩いていた。

黒いジャケットに黒のスラックス、シャツは着ず、ジャケットの下には襟の無いTシャツを着ており、そしてトレードマークのサングラスの男は宮川コーポレーションではすでに有名人であった。

宮コー関西支社からほど近いこのオープンカフェには、正午のこの時間帯は宮コー社員も数多くいる。

年頃の女性社員たちは、調査部部長の菊沢宏が歩いているのを発見すると、遠巻きに宏を観察しては、何事かを囁きあっているが、それが好意的な会話であることは、彼女たちの表情をみてもよくわかる。

しかし、宏はそれらの視線など気にした様子もなく店庭の一角、パーゴラの下にあるテーブル席にいる人影を見つけると、そちらに歩み出した。

「スーツ姿やないから気が付かんかったわ」

宏が声を掛けた人物、宮川佐恵子は、大きめのサングラスを掛け、白の帽子にゆったりとした白の上下の衣服を着こなし、脚を組んでテーブルに置いたpcの画面を熱心に見ていたが、声を掛けられると顔をあげて僅かにほほ笑んだ。

「あら菊沢部長?珍しいですわね。こちらにいらしていたとは・・・支社5階の部長室はお気に召さなくて?わたくしは、今日は休日を頂いておりますが、支社のほうは当然勤務時間内ですわよね?」

佐恵子は丸い大きなサングラスを外し、組んでいた足をもどすとテーブルの対面に立ったままの宏を見上げて言った。

「なんやねん。おったらあかんのか?ここのフードコートは宮コーグループの社員ならだれでも使こて問題ない施設なんやろ?あんたこそ、元支社の最高責任者がこんなところでくつろいどったら、他の社員は気ぃつこてリラックスできへんのとちゃうか?」

「そう言う意味で言ったのではないのですが・・・でも菊沢部長の言うのも一理ありますわね。・・確かに、私が座るテーブルにはあちらのほうにいる支社の社員たちも近寄ろうともしませんわ。・・でも私はここでの眺めを気に入っておりますの」

悪意はないのであろうが、ぶっきらぼうな言い方をされることに慣れない佐恵子は、少し面食らったが、最近は菊沢宏という人物が少しはわかってきたので、そこまで気にせず答えることができた。

「そうなんか。まあ確かにええ天気のときはこんなオープンテラスでゆっくり休むんもええかもしれへんな」

「・・ええ・・。菊沢部長もここにはよくいらっしゃいますの?」

そう言った宏に対し、佐恵子はそうこたえながら正面の椅子に座るよう手で促す。

その様子を見ていた宮コーの女性社員たちは、宏を独占しだした佐恵子に対し、明らかに嫉妬の表情になるが、相手が相手だけに顔をしかめたまま黙ってしまっている。

「いや今日初めてやねん。うちの所員はいま全員出はろうとってオフィスに俺ひとりやしな。考え事ついでに散歩してたら、ここのこと思い出して立ち寄っただけや。あんたがおったんは偶然やな」

「そうでしたか。ここは宮コーが運営してますわ。もう秋も近いですが、ここは夜ビアガーデンもしていますので、利用してあげてくださいませ。食事はビュッフェですが冷食などは使っておりませんのよ?」

「そう言えば入口の壁にそんなポスター貼ってあったな。画伯やモゲに言うたら連れていけってうるさそうや。ははっ」

当の二人は、周りの女性社員の視線と感情に、何となく気がついてはいるが、気にした様子もなく話を進めている。

ひとしきり他愛のない会話を交わすと佐恵子は、手をあげてウェイトレスを呼び、宏のオーダーを聞くように命じると再びpcを眺め出したのだが、なにやら宏からの視線を感じ再び顔をあげた。

「どうかしまして?」

「こんな機会や、ちょっと聞かせてもらうで?」

佐恵子はいま感情感知を使ってもいないし、宏はサングラスをしたままであるが、宏がなにか真剣に聞こうとしているのは見て取れる。

「なんですの?いま仰ってた考え事のことですの?」

顔をあげてノートパソコンの画面を閉じると、佐恵子は改めて宏に向き直った。

「ああそうや。あんた俺らのこと宮コーに誘たけど、当のあんたがクビになってしもうたやないか。俺は今あの緋村が直属のボスになってるんやで?これがいつまでつづくんや?あんたもうやる気なくしたんか?宮コーちゅう大組織使うて、日本の停滞した経済直して社員や国民を幸せにする言うてたんは諦めたんか?・・・それやったら・・俺らはとっとと出て行くで?あんたがおらんのやったら、俺の目的である所員と所員の家族の安全の確保もままならんし、むしろあの緋村がおるほうが危険増すからな。所員の家族は警護が付けられとるけど、むしろもはやそれが気持ち悪いねん。逆に人質とられとるみたいや」

佐恵子は菊沢美佳帆とはよく話をするし、随分打ち解けてきたが、旦那の菊沢宏と話をこんなに聞くのは初めてね・・と思いながらも、佐恵子は真剣に聞いていた。

応えるのにやや間を空けてしまったが、佐恵子は口を開く。

「そうですわね。菊沢部長のご心配はごもっともです。紅音は・・優秀ですが、ちょっと困ったところもありますわ。・・実はわたくし、紅音とは随分付き合いは長いのです。2つ上の先輩で、あんな感じですが本当に賢くて、強くて・・。・・しかし・・わたくし、菊沢部長にそんなことまでお話しておりましたか?」

「宮川さんのことは神田川さんから聞いた話がほとんどやが、あんたと稲垣さんのケガが治ってから、あんたが一回俺らを招いて懇親会を開いてくれたことあったやろ?その時に話してたことと、神田川さんが言うてたことををつなぎ合わせたら、あんたの意思や目的がはっきりわかったんや。あんたちょっと酔うてたしな・・みんなの前で演説してけっこう饒舌やったで?店におる他の客も演説聞いてたん覚えとらへんか?これも目の能力かって思えるほど見事やったで?」

質問に対して宏が答えたことに、佐恵子は首を傾げ少し狼狽え気味に聞き返す。

「え・・?・・そう・・そんなことがあったような・・でも本当ですの?わたくしがあの居酒屋で演説・・・?」

佐恵子は宏に言われて、おぼろげな記憶が少しだけ鮮明になってきて、頬を紅潮させだした。

「ああ、そや。なに今更恥ずかしがってんねん。もうすんだことやないか。それにけっこうええ話やったで?客もねーちゃん立候補せえとか言うて、拍手しとったからな。あぁ、神田川さんがその演説撮影しとったから確認できるんちゃうか?」

少し思い出し始めた記憶が今のセリフで一気に鮮明になり、佐恵子がアルコールに弱いのを知りながら真理がやたらお酒を勧めてくる理由が、今になってわかり眉間にしわを寄せ、目を閉じる。

「く・・・・真理・・!」

(・・どうやら真理はわたくしのことで、楽しんでいる節があるようですわね・・)

真理への抗議を口に仕掛けたが、乗せられてしまいすでに済んだことだと割り切ると、諦めて宏に向き直る。

「そう・・でしたか・・。なにやらけっこう喋ったような覚えはあるのですが・・、他のお客さまにまで迷惑をかけていたとは、失態です・・。やたら真理が飲ませてくると思ってましたが・・・お恥ずかしい」

「まあそんなことは、全然どうでもええんやけどな」

「・・・」

佐恵子としては結構恥ずかしいことを思いだしたのだが、佐恵子自身が恥ずかしい思いをしたのなど、宏が本当に気にした様子もないことに、佐恵子は言葉を失ったが、宏はそれすらも、気にした様子もなくつづけた。

「そんなことより、酔うてたとはいえ、あの演説は冗談やと思われへん迫力と説得力があった。付け焼刃の思い付きで言うたんやないんは俺でもわかる。日本は経済大国やが国民の大半はワーキングプアで、幸福度が低いんをどないかする言うてたで?たしかに、日本だけで見たら宮コーは巨大企業やし、ぎょうさんいろんな仕事してるな。固定した産業に固執せんから伸びしろもまだまだある。それに確かにあんたが目指してるように、俺から見ても宮コーの社員は、他の会社に勤めてるもんに比べたら、みんな幸せやとは思うんや。・・まあ、働いてる本人らはその幸せに気づいてるかどうか知らんけどな。そういう世の中つくんのに、邪魔する凶悪な能力者や組織は容赦なく排撃して撃滅するんやろ?他のどの組織でも出来ん。これを実行するのは、わたくしたちでなければならない。わたくしたちにしかできない。力を持つ者が私利私欲に走ったらどうなるというのです?その結果が今の日本なのです!・・ってな」

「も、もうお止めになって!」

途中から自分の口調のモノマネが入ってきたところで、一気に真っ赤になった佐恵子は手のひらを軽く宏にあげて制止した。

「お止めになってて何もしとらへんがな。しかし、良かったで?まるで映画のワンシーンみたいやった。・・宮コーって社員はちゃんと定時に帰らせとるし、ほとんどの社員は有休も全部消化させとるみたいやないか。宮コーの下請会社もかなりええ条件で仕事受けとる・・。こんなことさせてくれる会社なんてほとんどあらへんで?社員や関係組織をそこまで優遇しておきながら、会社としては莫大な利益もあげとる・・。ほんまに、日本全部でこんなことできるやったら、俺らもそれに参加できるんなら手伝ってやろうと思ったんや。探偵の仕事し始めたんも、まあ俺自身の個人的な探し物もあるんやけど、基本的には理不尽な目に合うて、困っとる人助けるためってのが大きいからな。あんたのやろうとしてることは、俺らより欲張りでドでかいけど、本質は一緒やと思たからなんや。・・どうなんや?支社の運営が緋村に変わって売り上げは上がっとるけど、利益率は下がってしかも残業はあるようになってきたし、ちょっと変わってきてるんやで?あんたもう降りたんか?あんたが関西支社長になって3,4年なんやろ?一朝一夕であの状態にしたんんやないってことは俺でもわかる。あんた有言実行してたんや。うまくいってたんやで?それやのにもう降りるんか?能力ほとんど失って自信も失ってしもたんか?」

宏の真剣な口調と顔に、赤面していたことも忘れ佐恵子は視線を落し、言葉を選ぶように熟考してから口を開いた。

「自信ですか・・。たしかに、頼りとしていた目があまり使えなくなったのはショックでしたわ・・。ですが、逆にいろんなことを考えるきっかけとなりましたの。・・それにわたくし、降りてはいませんわ・・・。菊沢部長・・・どうしてほとんどの企業が宮コーのような・・いえ、宮コー関西支社のような社員満足度が高い組織ではないか真剣に考えたことがおありになって?」

「ない。いや、あるけど、あんたほどは無いってことやろな」

佐恵子は話そうとするも、宏に理解してもらえそうかどうかと伺い気味に聞いてみたのだが、宏の応えは簡潔で、はよ話せや。と顔で言っているのがよくわかる。

「・・正直な方ですわね。殿方はそういうとき、むきになる方が多いのですが・・、菊沢部長は違うようですわね」

佐恵子はそう言って宏を観察するが、正面で腕を組んだままの男は相変わらず、「はよ」という感じで、無言で催促している。

「ふふっ、簡単ですわ。権力を持つ者が搾取しすぎている上、いまの状況を維持させたがっている。加えて法律の問題ですわね」

「漠然とし過ぎとるけど、それって具体的に解決ってできるんか?」

その口調と態度から、宏の性格がよく伝わってきたため、佐恵子は口をほころばせてしまうが、宏はあくまでマイペースであり、結論を急ぐような口調である。

「できますわ。時間がかかりますけどね」

「どうするんや?長い説明いらんで?400文字ぐらいにまとめてくれや」

菊沢宏と話をすることで、佐恵子は自分が本当に周囲に気を使わせてきたのだと、実感できてしまい表情を柔らかくしてしまう。

目の前のこの男は、自分のことを財閥令嬢だと扱ってはいないのだ。

「ふふふ・・。不思議な方ですわね、本当に・・。でも、菊沢部長はわたくしがやろうとしていることを冗談とも思ってらっしゃらないご様子・・。ほとんどの方は聞く耳を持ちませんのよ?」

「あんたニュース番組とかにも出てたことあるけど、ああいった演説ってテレビや大勢の前でやったことないんやろ?やったら賛同者大勢居ると思うで?・・あの演説が冗談やないのは、あんたという人間をある程度知ってたらわかる。せやから、個性派で無軌道なうちの所員らもあんたに従うとるやんか。俺はな、うちの所員は俺の言うことは聞いても、あんたの言う事って聞かんやろなって思ってたんや。あの懇親会以来、所員のあんたを見る目変わってるのわかるってるか?あ、モゲのやつは別やな。あいつ超自己中マイペース野郎やから・・。せやけど、モゲ以外はあんたに対して認めてるし一目置いてるんやで?」

宏のセリフに佐恵子は細い目を丸くさせて驚くが、すぐに目を細めて苦笑し信頼する側近を思い浮かべた。

(真理は菊沢事務所の方々に、わたくしの口から話させたかったのですね・・)

「・・・わたくしの腹黒い参謀が仕組んだせいですわ」

「まあ、神田川さんの思惑もあるやろうけど、中身が伴うからそうなったんや。さあ、説明頼むで?どうやるつもりなんや?簡潔にな」

さすがに鋭い感覚の持ち主の菊沢宏は、神田川真理のお茶目で、イタズラ好きの性格も見抜いているうえ、当然真理の手腕もよく解ってくれていそうな様子に、佐恵子は宏に対し素直に好感を深めていた。

「400文字は無理ですが・・」

と、佐恵子は前置きすると話し出した。

「・・失われた20年、・・経済分析の世界では見当違いのことが声高に叫ばれて久しいのです。しかし、はっきり言えるのは経済の停滞のせいは産業構造が原因ですわ。残業を減らし、有給休暇を増やして、女性や定年を迎えた高齢者も働きやすい環境をつくる。そうすれば会社の業績も上がり社員のモチベーションも上がる・・・というのが、いわゆる働き方改革という残念な政策ですわ」

一区切りついたところで佐恵子は宏の様子を見るが、続けろと無言で催促されているのがよくわかる。

(わたくしに対して、なんと傲慢でストレートな態度でしょう・・・ですが嫌な気分にさせられないのは不思議です・・)

宏はこういう男なのだと納得し、佐恵子はつづけた。

「ですが、そんなことは結果の話であって、要因を分析せず、何も成したことのない評論家の戯言です。欠けているのは徹底した要因分析。老害達の固定概念や直感では決して解決いたしません。たとえば、保育所さえ足りれば女性が社会で活躍できる・・という極論を聞くことがありますが、わたくしはそうは思いません。当然保育所は必要ですが、そんなことで女性の社会進出が進むわけがありませんわ。せいぜいパートをする子持ちの女性が増えるだけです。それでも経済効果は多少ありますが、本当の意味で、それは誰にとって有益なのでしょうか?得をするのはそのパートができるようになった女性ですか?それとも、低賃金で単純労働力得る機会が増した企業でしょうか?」

「簡単にまとめいや」

今度は、注文を付けられた。

(それでも、不快な感じがしない・・。不思議な力がありますわ・・)

心中でそう呟いてから、佐恵子は続ける。

「・・・大企業の定義は曖昧ですが、日本には大企業と言える企業が少ないせいです。給与に限らず、定時帰社率、有休取得率は企業規模に比例するというのは万国共通の分析結果で、日本も例外ではありません。例えばアメリカ人の労働者の約50%は大企業で働いていますが、日本在住の労働者で大企業に勤務しているのは労働者の10%ほどしかいませんわ。そのうえ全事業者中、中小企業者数は全体企業の99%以上、そのうち従業員20人以下の小規模事業者が85%を超えておりますのよ?嫌味ではなく、それら日本のほとんどの企業は、世界的には大企業とは言い難い、この宮川コーポレーションにすら事業としては競争しうることもできませんでしょう?統制もなく、お互いが協力関係にないアリ達では恐竜に勝てないようなものです。こんなことが続けば、日本企業は取り残されてしまいます。20年前とは違います。かつては日本の企業は世界のトップ20にたくさん名を連ねておりましたわ。しかし今はどうでしょうか。1社もありませんわよ?・・1兆ドルの売り上げを伺える位置にきているグーグルやアマゾン・・フェイスブック、アップル・・それらはいずれもまだ若い会社です。しかし、それより遥かに歴史ある日本企業がそれらに対しまるっきり歯が立たないではありませんか。こんな不甲斐ないこと・・、日本の多くの殿方経営者は許せるのですか?わたくしにとって、それは嫌なことなのです。それに、すでに既得権益を得ている者達は、自己の栄達に満足して、世界の情勢は自分たちの遠いところの話のことのように思っておりますわ」

宏は腕を組みサングラスの下では目を瞑って寝ているのではないか。と佐恵子は一瞬訝るが、そうではないらしい。

きちんと聞いてくれているようだ。

「日本人がよく働くのは、国民性だとか、労働文化などと断ずるのは科学的分析とは言えません。利権を得ている一部の権力者たちの都合のよい卑劣な論理です。現に日本人にもニートは増え続けているではありませんか。その方々は日本人らしくないとでも?そうじゃありませんよわよね?原因はもはや大企業にも就職できず、小さな企業に就職すれば過酷な労働が待っているから働く意欲を削がれているのです。かといって日本には生活保護制度などもありますから、死ななくても良い。そしてそこに血税が投入され国政を圧迫する悪循環。・・・小さな企業がたくさんできてしまうような政策、票集めのための老人優遇の政策、人権派気どりで人気を得たい為の政策でがんじがらめです。・・今や、10%程度の大きな企業が、残りの小さな企業に負担を強いているのです。当然その小さな企業で働いている労働者の方は無理な働き方をせざるを得ません。こう言うと、日本に小さな企業が多いのは伝統で、文化だという人がいらっしゃいますが、それもよく考えた理論ではありませんわ。小さい企業が多い理由は中小企業を守る手厚い優遇政策の法律のせいですわ。優遇措置の微々たるはした金を目当てに、製造業は300人未満、小売業は50人未満の規模に維持しようとする企業が多すぎるのです。リスクをとらず目の前の安全な小銭を拾う方が多いのは仕方ありません。問題は制度です。・・そしてたくさんできてしまった小規模な組織では、いかに優れた技術を持っていても、日本ではおろか世界には競争力という点では全く太刀打ちできないでしょう。技術や知識を持ちながらも、日本では大企業に技術とノウハウ搾取され、世界ではとても戦えない哀れで競争力のない組織が多く生まれてしまったのです。一言で言うと・・票集めに没頭しすぎた政策ミスですわ。ですが、今の日本の大企業の多くが、そして、権力者の多くはそのままで良いと思っています。自らの栄華謳歌のためには、同じ日本人だとしても、貧しい他人がどうなろうと顧みない。・・・残念と言わざるを得ませんが、これこそが日本人の特徴と言えるでしょう。自分の知識やノウハウが時代の変化とともに陳腐化しているにも関わらず、組織に社長や会長として君臨し続け、自分の組織内ですら、組織を飛躍させる優秀な人材がいたとしても、自分を脅かす存在の台頭が許せないほど狭量・・。しかし反面では身内には甘く、出社もしてこないような配偶者にも高額給与を支払い、未成年の子息たちにも会社経費で携帯電話や、パケット代を支払う。あまつさえ愛人には車両費や生活費を経費として払い、自身の子息が無能だとしても組織の世襲を行う・・。世界的に見れば珍しい愚かな民族です。日本人には、たくさん良いところもありますが、悪い特徴もあり、それを政治家や権力者に見抜かれ、与えられているようで、実のところ奪われ、飼殺されているのです。しかし、その飼殺しているつもりの権力者たちも、いずれはヨハネの黙示録の四騎士のような、抗いがたい力を持つ、GAFAのような世界の巨人たちに駆逐されてしまうでしょう。すでに日本企業で世界トップ20に入る企業は無くなってしまったではありませんか。トップ50以内にようやく自動車メーカーが一社あるだけですわ・・・。この産業構造を根本的に変えないかぎり、日本企業の縮小化は止まらないでしょう。日本は世界一の技術を持っていると無邪気に浮かれている方がたくさんいらっしゃるようですが、巨大資本に買いたたかれればどうするのです?販売経路や運送業者に圧力を掛けられたら?パテントが切れたら?パテントなど無視するような国家もありますわよ?武力行使が大好きな国もございますわね。さあ、憲法で自衛すらままならないうえに、小資本でどう立ち向かうのです?言いなりの価格で高品質なものを要求される平和的な植民地にされてしまいますわ」
ここまで言い、佐恵子が軽く息を吐き一区切りつくと、宏が口を開いた。

「簡単に纏めろ言うたやないか・・・。せやけど言うてることはようわかったで。あんたが傘下に多くの多種多様な企業を抱えたコングロマリット形式をとってるのが、なんでかわかった気がする。大企業と言えるような世界に通用する企業を傘下にたくさん作って、そこで働ける人を増やしてたいんやな?」

「そのとおりです。トップ50に10社・・日本企業をつくりたいのです。・・ことを成したとしても、結局いずれまた・・とは思いますが・・。水は流れなければ淀むのは必然だとしても、わたくしはそうしたいのです」

「説明長すぎるねんホンマ」

真理とはこういう話をよくするのだが、あまり話したことのない宏とこんな話をすることになるとは思ってなかった佐恵子は、不思議と清々しさを感じていた。

以前に【感情感知】で宏を見た時は、初対面の状況や、妻の美佳帆が攫われたということもあり、宏が佐恵子に対しあまり好意を持っておらず、疑心、怒り、軽蔑など負の感情を向けていたので、完全に嫌われていたのだが、【感情感知】を使わず、いま話をした限りでは、宏からそういった負の感情を感じない。

「本当に不思議ですわ。こんなこと話したのは久しぶりです。真理や加奈子とはこういう話をよくしますが・・。さすが美佳帆さまが惚れられた方、そして哲司さまの親友ですわね・・。促されるまま話してしまいました」

「だれが不思議やねん。わかりやすいやろが?」

「・・・ええ、そうですわね。わかりやすいですわ・・」

佐恵子は、以前は意識していなくてもあふれ出すオーラのせいで常時展開してしまっていたパッシブスキルの【感情感知】を無意識に展開しだしてしまっていた。

(はっ・・どう思われてるのか気になってしまってつい使ってしまいましたわ。栗田先生にとめられているというのに・・・。また目の痛みが再発してしまいます・・。それに、菊沢部長は私の【感情感知】が展開しているのを気づいてしまうはず・・。また怒らせてしまいますわ・・)

「まあ、ようわかった。あんたはそれを今後もやるつもりなんやな?」

感情感知を察したせいだろうか、宏は一瞬だけ動きを止めたが、気にした様子もなく話を続けている。

「ええ。紅音は確かにとても優秀ですが、たぶん長くは続きませんわ。・・・学生時代もそう・・・紅音はいままで長続きしたことはございませんの・・。きっと勝手に自滅いたしますわ・・。ですから、いましばらくお待ちください。自滅を待つだけではなく、わたくしたちも準備をすすめておりますから・・」

(怒らない・・・。感情を見られても構わないということ?)

「さよか。そやけどいつまでも待たれへんから。帰ってくるなら早よしてくれや?もし必要なら俺が緋村しとめてアンタのかたき討ってやってもええんやけど、あんたもそんなことは望んでないやろしな・・・」

「そっそんなことは・・・現実的に考えても無理ですわ。そんな事をしたら騒ぎが大きくなるだけですわ。しかし・・・ええ・・。わかりましたわ菊沢部長」

片目だけで無理に発動しているため、ズキズキと痛む右目の【感情感知】で得られる宏の感情色の情報に、佐恵子は感激に近い思いを感じてた。

(わたくしのことを信用している・・・。美佳帆さまが攫われたときは、わたくしのこと・・あんなに怒って軽蔑してらっしゃったのに・・いまは怒りがまったくない・・・・、まったく・・、でも・・このわたくしのことを女として魅力もまったく感じていない・・・)

今までの【感情感知】が発動しっぱなしだった経験から佐恵子は、異性はほぼ例外なく、自分に対し女としての魅力を感じているものだと思っていたが、宏が自分に怒りや軽蔑の感情を向けず、信頼や少々の尊敬を向けていることに感激はしたが、同時に女として見ていないということに激しく落胆してしまっていた。

(・・なんですの・・?この感情は・・。わたくしはいまどういう感情に支配されているのです・・?)

【感情感知】を展開したまま鏡を見れば、自分の感情もわかる。

しかし、いまバッグから手鏡を取り出して確認するのも、何故か躊躇われた。しかし、もう目が持ちそうにない。

「よっしゃようわかった。ほな戻るわ。そろそろモゲと画伯が戻ってくる頃やねん。ほなな、まあなんか手伝い必要ならいつでも言うてくれたらええから。俺は今でも緋村やなくあんたに雇われているつもりでいてるから。うちの所員たちもな。」

「・・き、菊沢宏!」

聞きたいことは聞いた。

という態度で席を立った宏は、半分以上残っているアイスコーヒーをそのままにし、軽く手をあげ背を向けて立ち去ろうとしている大きな背中に、佐恵子は思わず声を掛けてしまっていた。

「なんや?」

突然フルネームで呼ばれたのに、気にした様子もなく半身だけ振り返り、佐恵子の言葉を待っている。

佐恵子は、何事か言わなければと、頭をフル回転させるが、気の利いたことは思いつかず、宏をやや戸惑わせてしまうセリフが口から飛び出した。

「・・わたくし・・わたくしとも親友になってくださる?」

「・・そんなもん言うてなるもんとちゃうと思うで?」

「・・そう・・ですわね。・・忘れてください」

一瞬の沈黙があったが、宏は素っ気なく言い、再び背を向けて歩き出した宏の背に向かい、佐恵子は、なんとかそう言い目を伏せた。

「・・ま、そうなんちゃうか?・・・うん、あんたは同志やしな。ははっ」

宏のそのセリフに、佐恵子は顔を勢いよく上げ、振り返らず歩き去り去る背を凝視した。

けっして長身という訳ではないが大きく見える背中は、もう振り返らず行ってしまう。

佐恵子は宏の背から目が離せなかった。

言葉で肯定してくれた。

今の佐恵子にとって無理をして発動させている【感情感知】が、宏の言葉に嘘が無いことを色で伝えてくる。

それは嬉しいのだが、それ以外の感情が沸き上がってくることに佐恵子は戸惑い、頭でいくら考えてもわからぬまま目を離せずに見ていると、宏がカフェの中ほどまできたところで、支社の女性社員たちが宏に群がり、笑顔で宏に話しかけだしたのだ。

今度はまた違う感情が沸き上がる。

なんだかとてもイライラする。

佐恵子は、【感情感知】がオーラ切れになる前にと、急いでバッグに手を突っ込み化粧ポーチから手鏡を取り出すと、コンパクトを開くのももどかしく慌てて鏡を覗き、自身を【感情感知】で視認する。

「くっ!・・」

複雑に入り乱れた自分の感情色を見て、佐恵子は思わず声を漏らしてしまった。

手鏡に映った自分と、背を向けて支社の女性社員と話をしている宏の感情色を2度ほど見比べたところで痛みとガス欠で発動が解除される。

(わたくし・・この男にもっと前から出会っていたら・・・出会ってしまっていたら・・)

久しぶりに能力を使ったせいで目と頭はズキズキと痛み、ぐったりと疲れてしまったが、頬が赤くなってしまったのは疲労のせいだけではなかった。

「・・・オーラも私より多くて戦えば敵いそうにないと畏怖させれるかと思えば・・こんな思いも抱かされるなんて・・本当にやっかいで・・・・不思議な男・・」

佐恵子は、自分自身を女として全く意識していない男に対して抱くには、あまりにも報われない突然の感情に戸惑い、哲司という恋人がいるにもかかわらず、湧き上がってきてしまった自分自身の感情を情けなく思って呻いてしまったのであった。

♪♬♪~♪♬♪~♪♬♪~♪♬♪~♪♬♪~♪♬♪~

支社の女性たちが宏に笑顔で群がっている様子をイライラして見ていた佐恵子は、聞きなれたメロディで目を開けると、そこはほぼ暗闇だった。

(あれ・・?着信・・?・・いまのは夢・・?いえ・・先日カフェでの一件ですわ・・)

なんでこんな夢をと思い、身をよじって音のする方に手を伸ばすが、普段とは勝手が違う様子に暗闇の中、佐恵子はメロディを奏でるスマホの僅かな灯りを頼りに手を伸ばす。

(そうでしたわ・・。ここは香澄のマンションでしたわね)

向いのソファでも着信音に気が付き、身をおこそうとしている女性、岩堀香澄に対して申し訳なく思いながらも、佐恵子はスマホの画面をのぞく。

「美佳帆さま?・・こんな時間に・」

そう呟くと佐恵子はスマホの通話ボタンをプッシュし耳に当てた。

「もしも・・」

話はじめた瞬間、向こうから美佳帆が一方的に喋り出した。

「宮川さん!緋村支社長が・・いえ、紅蓮が私たちを殺しに来るわ!私の能力で聞いたから間違いないの!・・宏達とも連絡がとれない!私たちだけじゃ、あの紅蓮を止められないかもしれない」

切ない思いをさせられたが、気持ちの良い思いの夢の余韻が美佳帆の切羽詰まった声で吹き飛ばされる。

佐恵子は寝起きの頭をむりやり起動させてフル回転させると、スマホの向こうの状況を正確に知ろうと耳を澄ませ、美佳帆に問いかけた。

「そんな・・いくらなんでも紅音が・・!・・美佳帆さま今は支社のホテルですわね?」

「そう!なんとか頑張ってみるけど、救援お願い!」

「わ、わかりましたわ。今からすぐ向かいます。なんとか耐えて!」

「ええ!・・むざむざやられたりなんかしないけど。お願い!じゃ今から緋村支社長をおもてなしする支度をみんなでするから!」

美香帆はそう言ったところで通話が切れた。

佐恵子はベランダの窓を勢いよく開け、視力強化をして2kmほど離れたところにある関西支社を凝視する。

栗田教授に魔眼の使用を控えるように言われているが、いまはそんな事を言っていられる場合ではない。

遠目には何事もないようだが、支社10階部分の支社長室の窓はほとんどが割れており、炎は見えないがいまだに煙が上がっており、なにやら作業をしている人の影が大勢あった。

「紅音・・!はやまらないで・・」

佐恵子はベランダから部屋に入り、一気にバスローブを脱ぎさり上下黒の下着姿になると、持ってきていたバッグから動きやすそうな服に袖を急いで通し、玄関へと走った。

「支社長!一人では行かせませんよ?」

すると玄関まで着た時、パジャマから着替え、すでに靴まで履いている香澄が、手には木刀を持ってそう言ってきた。

「か、香澄・・。起こしてごめんなさいね。大丈夫だから。あなたはここにいてちょう・・」

佐恵子は香澄を安心させようと言いかけたが、有無を言わさず香澄はセリフを被せてきた。

「社長!・・わたしわかってるんです。・・社長、今日ひどい目に合ったんでしょう?言わなくてもわかります。・・私がついて行ってあげますから安心してください!社長を呼び出したクズどもにはもう指一本触れさせませんから!・・私これでも剣道4段の腕前なんです!」

香澄はそう言うと木刀を竹刀袋に入れて背中で背負い、佐恵子の返事を待たず玄関の扉を開けた。

「ちょ!?ちょっと?・・香澄。大丈夫だから加奈子や真理を呼ぶから!って・・行っちゃうし・・鍵はどうするのですか?」

なにやら一方的な誤解をされていると思った佐恵子ではあったが、反論の時間も与えられず、当人が目の前からいなくなってしまったので、慌てて靴を履き玄関の外に出ている香澄を追う。

「香澄・・本当にあぶないのですよ?あなたを危険な目に合わせられないですわ」

「社長大丈夫ですから。安心してください。このさいケリをつけてしまいましょう。私こういう卑劣なことする人達許せないんです」

「な、なにか誤解があるようだけど・・」

佐恵子は、なんとか香澄を宥めようと靴を履きながら、スマホを操作し加奈子へとコールする。

「・・・出ない・・。どうしたのかしら・・」

「社長・・こんな時間にかわいそうじゃないですか・・。私がいれば大丈夫ですよ」

20秒ほどコールしてみたが、加奈子は電話にでない。

さっき加奈子に渡しておいた予備のスマホであるから出ないはずはないし、何より加奈子は着信音が鳴ればぐっすり眠っていても起きるほど聴覚は優れている。

「加奈子・・まさか何かあったんじゃ・・・」

「社長・・寝てるだけですって・・いくら何でもこんな時間にたたき起こしたら、可哀そうすぎますよ」

香澄の言い分は一般的且つ常識なので当然である。

「真理に至っては・・コールすらしないわ・・・急がなきゃならないのに・・・いまのわたくしだけでは・・」

「・・・社長いい加減にしてください。元部下とはいえこんな時間に電話して出てくれるわけないじゃないですか。今何時だと思っているんです?・・社長。私が同行してあげますから安心してください。きっとひどい目になんか合わせませんから」

佐恵子は、スマホを耳から離しそう言ってくる香澄を見上げる。

「香澄・・あなたまで巻き込めな・・」

「社宅とはいえ夜中に私の家に転がり込んできてるじゃないですか。もう十分巻き込まれてますから」

できるだけ優しい声でそう言いかけたのだが、勘違いしているであろう香澄はがんとして聞きそうにもない。

香澄は背中に背負った黒い竹刀袋に入った木刀の握りを確かめるようにして、目には強い意思を輝かせている。

(・・・どうしてもついてきそうね・・。いざとなれば香澄に付与を付けて逃げさせるぐらいはできるかしら・・?でも紅音の他にもたぶん丸岳さんや、美琴・・紅露部長や松前常務・・そしてはなもいるかもしれない・・・。紅音だけでも、いまのわたくしでは到底太刀打ちできないのに・・。やっぱり香澄についてこられたら・・香澄が死ぬわ・・)

目を輝かせ、靴を履いている佐恵子を見下ろしてくる香澄から目を逸らしてそう考えると、佐恵子は履き終えた靴の感触を確かめると、床を蹴り一瞬で香澄の背後に回り込んで首筋に手刀を浴びせ香澄を気絶させた。

つもりだったのだが、佐恵子の手刀は竹刀袋に入ったままの木刀で防がれていたのだ。

「え?なっ!?・・・か、香澄?・・・ええ?・・わ、わたくしの動きが見えたのです??」

手刀の威力はかなり手加減したとはいえ、移動速度は佐恵子の最高速だったのだ。

いまはオーラも減少しているのだが、佐恵子の動きを常人が捉えることは絶対に無理である。

そんな事情など知らない香澄は、背に手を回して柄を握ったまま、ただただ驚いている佐恵子を至近距離からジロリと睨んできた。

「いきなり何するんですか?せっかくの親切心をパワハラで応えるなんて・・」

「か・・香澄。・・でも・・・え?・・あなた、わたくしの動きが本当にみえたのです・?」

「言ったじゃないですか私剣道四段ですよ?こんな専門的なお話社長に言っても仕方ないかもしれませんが、しかも実戦派の天然理心流ですよ。社長もなにか武道されてるのかもしれませんが、剣道三倍段って言うでしょう?社長が12段じゃないと剣を持った私には敵いませんよ?それに真剣も使えるのですが、まあ暴漢相手に真剣じゃ必殺しちゃいますし木刀でも十分すぎますしね。」

「そういうことじゃなくて・・脆弱とはいえ、今わたくしは肉体を強化しているのよ・・?無能力者に今の私の動きに反応することなんてできるはずが・・・」

「は?」

竹刀袋を握ったまま首をかしげる香澄の様子に、佐恵子は困惑するが真理の言っていたことを思いだす。

(もともと彼女は無意識に【事象拒絶】を使ってたようですね。いわゆる無自覚なノラだったんです。ちょっと強引に目覚めさせたのですが、センスがあれば色々自力で使えるようになるかもしれません。・・まあ、訓練無しで使えるようになるのは難しいですから、過度な期待は禁物ですけどね。ただ目を付けていた不動産スキルを持っている人が、たまたまノラだったのはとにかく拾い物ですよね)

真理がいい笑顔でそう言っていたのを思い出し、佐恵子は能力を発動し香澄を凝視する。

「香澄・・あなた・・」

(剣道をしているって確か履歴書に書いてあったわね・・・。でも肉体強化も無意識に使えるようになったってこと?・・・ありえなくないけどこの年齢からの新しい能力の開花なんて聞いたことが無いわ・・)

「どうしたんです?人にいきなりチョップしてきておいて謝らないんですか?」

まだまだ淡さがあるが、佐恵子の右目にはオーラを纏った香澄が映し出されていたのだ。

「ごめんなさいね・・いきなり。香澄・・・すごく身勝手な言い分ですが・・やっぱりついて来てもらってもよいかしら・・?」


佐恵子は思わずそう口に出していた。

【第9章 歪と失脚からの脱出 33話 心地よい夢からの目覚めと現実そして開花する者終わり】34話へ続く

第9章 歪と失脚からの脱出 34話 脅威!紅蓮の炎

第9章 歪と失脚からの脱出 34話 脅威!紅蓮の炎

廊下の幅と高さいっぱいに、炎が駆け抜け、業火となった火柱はホテルの内壁に直撃し、そのまま壁を焼き突き抜けていったのだ。

紅音の技術により、周囲に発する熱量をコントロールされていたとはいえ、それでも十分な殺傷能力を保ったままの炎が、爪痕を残しつつ舐めまわし通り過ぎた後は、触れたものは無事では済まされてはいなかった。

業火業風で巻き上げられた黒煙がもうもうと立ち上がるが、壁面に空けられた大穴に一気に吸い込まれ排気されている。

「・・・意外」

紅音は【紅蓮火柱】を発射した格好のまま、風に赤毛が揺られるのをそのままにそう呟いた。

「ああっ!アリサ!・・ごめんっ!千尋!治療を!急いで!」

「は、はい!」

紅音の放った火柱を3人の真正面で一人一身に受け切ったアリサがガクリと膝を付き、そのまま崩れ落ちかけるが美佳帆は背後から抱きとめ、千尋に悲鳴に近い声で叫ぶ。

アリサ以外の3人も炎にまかれ、それぞれに服や肌をススで汚し、軽い火傷も負っているが、真っ向から火柱を受け止めてくれたアリサのおかげでその程度で済んだのである。

しかし、真正面から炎のほとんどを受け遮ったアリサの状態は深刻だ。

「アリサっ・・!美佳帆さん私も千尋を手伝います!」

「ダメよ!スノウは【共有】を解かないで!いまバラバラになったら今以上にどうしようもなくなるわ!」

アリサに駆け寄ろうとしたスノウを、美佳帆がアリサを抱きかかえて振り返らず、正面にいる紅音を睨んだまま、大声で制止する。

抱きかかえられたアリサのタンクトップはボロボロに焼き焦がされ、髪の毛も熱でずいぶんと焼き千切られている。

素材のせいだろうか、スパッツは熱で収縮して変形し、ところどころ円形に穴があいてしまっていた。

「・・・美佳帆さん・・ごめん。次はもう受け止めれない・・かも・・・」

普段の口調に近いが弱弱しい声でそう言うアリサを抱きかかえた美佳帆は、熱で溶かされた髪の毛をかき分け、アリサの顔が露わにするとハッと息を飲んだ。

(ひ、酷い・・)

真っ向から炎を防いだアリサの両手の甲から肘にかけて、皮膚がめくれて赤黒く変色し血がへばりついた酷い火傷状態であり、天然と呼ばれながらも愛らしかった顔は、火傷で見る影もない。

「・・っ!アリサ!!ごめん4人分のオーラを全開で回したけどっ・・!あああ・!千尋!急いで!アリサだけに治療を集中して!」

「でも・・!それだとこの周囲の熱気が!」

「いいから!」

紅音が周囲に展開している無差別攻撃地象【焼夷】が展開されているのだが、美佳帆は迷うことなく千尋にそういった。

千尋は美佳帆に返事するより早く、【脈動回復】をアリサに集中させるが、その瞬間、美佳帆たちの周囲に張り巡らされている【焼夷】による熱気が一気に3人を襲う。

「くうううううううううっ!」

【焼夷】地象による継続ダメージを上回る治療を展開させていた千尋の【脈動回復】の効果範囲が狭まり、アリサ一人に【脈動回復】が集中する。

そのため、途端に3人は耐え難い熱気に再度晒され、一斉に悲鳴を抑え殺し苦悶の表情となったが、おかげでアリサの傷は目に見えて治癒されてゆく。

「もういいかしら?再開しても?」

紅蓮のたった一発の攻撃で被害甚大となり、美佳帆たちはまともに戦える状態ではないのだが、当の紅蓮は無情にもそう言い、美佳帆たちを見下ろし近づいてくる。

薄く笑みを張り付けた表情の紅音は、赤髪を熱風で靡かせ、軽く広げた両の掌には炎が纏っている。

「くっ!・・紅蓮!・・こんな・・まさか・・こんなに差があるはずが・・・!」

美佳帆は、抱きかかえたアリサを何とか立ち上がらせ、紅蓮の歩にあわせて後ずさりながら睨みながら呻く。

「差が無いと思ってたの?この私相手にぃ?」

紅音が大島優子似の愛くるしい顔を邪悪に歪め、愉快そうに言ったその時、またしてもけたたましく防火ベルの音が鳴り響きだし、天井に設置されてるスプリンクラーが勢いよく一斉に噴射する。

「ちっ!またずぶぬれになっちゃうじゃない。・・あぁ・・その子が使った技の正体・・大体わかったと思うんだけど・・。たぶん4人でオーラを共有してるんでしょ?・・・それで斎藤雪はあなたに操縦任せますって言ったのね?きっと4人ぶんのオーラを今はあなたが操ってるって訳じゃない?・・でも、ご愁傷様4人集まっても私に届かないみたいね。まぁ・・付け焼刃にしては頑張ったんじゃない?もっと普段からそれの練習してたらもう少し寿命が延びてたかもしれないけどね」

激しく噴射される水を浴びながら、忌々し気にスプリンクラーを見上げた紅蓮は、視線を4人に戻し両手に灯した炎の量を増やし美佳帆たちにそう言うと、再度、先ほど放った紅蓮火柱の構えをとった。

「菊沢美佳帆。あなたが4人を動かしてるんでしょう?面白い技能だわ・・。ふふっ、でも次は誰を盾にするのかしら?伊芸千尋?斎藤雪?・・それとも自分?まさか、そのボロボロになってる斎藤アリサをまた盾にするのかしらね?ふふふっ!そいつはもう戦えないでしょう?そいつが動けるうちにもう一回盾に使うのが一番いいって自分でもわかってるんじゃないの?ふふっ・・さあ、見物ね。命惜しさに次は誰を捨て駒に使うのかしら?!」

紅音は斎藤雪が使った技能をそう見当づけて、美佳帆を煽るように手の甲を口に当てて哄笑しながら挑発する。

「こっ!このっ!そんなことするわけないじゃない!・・・千尋急いで!」

「ふぅん?・・なるほどなるほど。そいつがあなたたちの回復係なのね?」

美佳帆に抱えられたアリサに寄り添うようにして治療をしている千尋を見て、紅音は哄笑をやめ、目を細め千尋を見やる。

「くっ!」

紅音の視線に気づいた千尋は小さく悲鳴を上げ、一瞬治療を止めそうになるが、目をきつく閉じ、紅蓮に狙われている恐怖を押し殺して治療を再開し出す。

その千尋の様子を見た紅音は、残忍な笑みをより深くし、頬を紅潮させブルリと身を震わせた。

何を思ったのか紅音は、紅蓮火柱の構えを解き、左手の人差指をピストルのように構えると千尋に照準を合わせるように指を向ける。

「ほらっ!」

紅音がそう言うと、猛烈な速度の深紅の熱線が千尋目掛け発射された。

突然のその熱線はあまりにも速く、アリサの治療に集中している千尋の首筋を貫通したかに見えた。

が、その瞬間バチン!と音が鳴り響き、毛足の長い絨毯の上に黒い鉄扇が勢いよく叩きつけられ、じぅ!と毛足の長い絨毯が黒く焼き焦がした。

スノウが鉄扇を投げ、千尋を貫こうとした深紅の熱線を遮って床に叩き落としたのである。

「紅蓮・・あなたっ!・・人の命をなんだって思っているのですかっ?!」

スノウは美佳帆が脳波で飛ばしてきた指示どおり、美佳帆愛用の鉄扇【舞姫】を投げつけて言うと紅音を睨みつける。

【焼夷】による熱ダメージに耐えている苦悶の表情のまま、治療する千尋、そしてその千尋を守るように、【焼夷】の熱に耐えながらもスノウは愛用の鉄扇【細雪】を構えている。

「ふふふっ!人の命はいのちよ。尊いものよね。ただ、あなたたちは敵。私の部下にならないのなら敵だわ・・。敵は殲滅するのが普通じゃないの?ふふふふふっ」

スノウの問いにそう答えた紅音の頬は紅潮している。

偏った性癖を持った紅音は、性に関する許容範囲が広く、伊芸千尋や斎藤雪の苦悶の表情でも興奮できてしまうのだ。

頬を紅潮させ残忍な笑みを浮かべたまま、千尋とスノウ目掛け、再度指をピストルのように構えて熱線を連射する。

「ほらほらぁ!・・うふっ!・・いいわね・・!うふふっ!・・あはははっははははっ!」

構えているスノウを避けるようにして、わざと背後の千尋を狙った無数の熱線をスノウは右に左へと身体をひねって鉄扇を振るい、アリサの治療をしている千尋を守ってはたき落とす。

白いフレアミニスカートを靡かせ、エメラルドグリーンの下着が露出するのにも構わず、スノウは舞うように鉄扇を振るい、紅音の放つ熱線を必死で叩き落とす。

紅音は指先から連射しつつ、舞のようなスノウのそれを楽しそうに見ていたが、はぁはぁと興奮から息を切らし出し、恍惚の表情のまま非情なことを口にした。

「あなた・・斎藤雪・・喋れないと思ってたし、そんに動けるなんて知らなかったわ。そんな短いスカート履いてクルクル回って・・見えちゃってるわよ?もっと踊ってもらおうかしら?・・両手でいくわよ?・・うふっ!うふふふふふっ!」

「くっ!そんなっ!・・これ以上は・・もっと撃てるっていうの?!」

スノウは、愉快そうに熱線を連射してきている赤髪の変態を睨んでそう言うと、これ以上は防ぎきれない。と歯を食いしばって呻いたとき、紅音は急に表情を素に戻して左側に飛び退った。

「よ・・避けた!?・・そんなっ!」

そう言ったのは美佳帆であった。

美佳帆は、愛用の鉄扇【舞姫】とは別にもう一本腰に差していた【白鶴】を操り、スノウと千尋に集中して油断しきっているであろう紅音のできるだけ死角から、こめかみ目掛け放ったのだがギリギリのところで気付かれ躱されたのだ。

「あぶないあぶない・・。そんな鉄の塊投げつけてくるなんてひどいじゃない?でも、今のはいい線いってたわよ。部下を囮にして戦わせておいて隙をみて攻撃・・・。菊沢美佳帆・・?なかなかのとんだクソ上司ね!」

空中で一回転して着地した紅音は、自分の頭部をかすめグルグルと旋回する鉄扇を一瞥すると、美佳帆に視線を戻し罵ってから両手を4人に向けた。

「でも・・今の攻撃はひやっとしたわ・・ムカついたからお礼しちゃう!」

そう言い、ニヤリと顔を歪めると紅音の両手から一度に10本の熱線が同時に発射された。

『キャッ!』

突然紅音の10本の指から発射された熱線に美佳帆とスノウの悲鳴が重なる。

紅音は全ての指先から熱線を同時に発射できるのだが、あえて一発づつ撃ち美佳帆たちを甚振っていたのだ。

スノウと美佳帆は鉄扇を振るいなんとか熱線を6つまで防いだのだが、スノウの右膝、左太ももに直撃し、一つはフレアミニの裾を掠めた、そしてもう一つはスノウをかすめて外れたかと思われたが、スノウのすぐ後で治療に専念している千尋の喉を貫いていた。

「あ・・・ごほっ・・」

くぐもった声にはならない音がしてドサリと床に倒れる音と同時に美佳帆とスノウが音のしたほうを振り返る。

「千尋っ!あああ!」

「千尋!?」

美佳帆とスノウが音のした方を振り勝ったとき、喉から血を流した千尋が絨毯の上に倒れ、深紅の絨毯の上に、赤い液体が更に広がりだしていた。

スノウもフレアミニに炎がまとわりつき、下着を隠しきれなくなった超ミニにされてしまったが、そんなことに構う余裕なく、床に倒れ込んだ駆け寄り膝を付いて即座に治療の淡い緑色を両手に灯すと傷口の喉にかざす。

「ち、千尋ぉ・・!死んだらイヤだよ!」

「おしかったわねえ?全部防がないと。ま・・、そいつが回復役みたいだったから時間差で撃って狙ってみたのよね」

狙いが上手くいったからか、紅音は得意そうにそう言った。

アリサと千尋の治療を一人でしだした、スノウ自身も両足を撃ち抜かれて満足に動けないというのに、重症の仲間二人同時に治療を施している。

千尋が明らかに致命傷を負い、チーム一のアタッカーであるアリサも瀕死状態だ。

こうなった美佳帆の判断は早かった。

得意そうに喋っている紅音を無視し、狼狽えるスノウを叱咤するような大声を張り上げたのだ。

「スノウッ!!千尋とアリサを連れて逃げて!・・宮川さんとジンくんがもう近くまで来てるはず!・・なんとか逃げて!・・私は・・!ここで刺し違えてでも紅蓮を止めるからっ!」

「そんな!美佳帆さん!できません!」

スノウは珍しく美佳帆の言いつけに反論した。

しかし、美佳帆は誰の反論ももはや聞く気は無かった。

「行きなさい!もう治療できるのはスノウ!あなたしかかいないわ!アリサ!辛いでしょうけど、なんとか立って!スノウと一緒に行くのよ!さあ、行きなさい!・・スノウ!行って!宏を・・頼んだわよ!」

そう言うや否や、美佳帆は背後を顧みず両手に愛用の鉄扇【舞姫】と【白鶴】を握り、正面の紅音に向き睨みつけた。

「お涙ちょうだい。でも、あなたたちはここで終わり」

「終わらないっ!」

茶化すように言った紅音に対し、美佳帆は怒鳴りつけた。

4人のオーラの四分の三を自身に集めた美佳帆は、宮コー最強の一角と謡われる紅蓮を突き崩さんと躍りかかる。

軽口をたたき余裕を見せた紅音であったが、4人のオーラのほとんどと、すでに死を覚悟した美佳帆の決死の勢いに、完全に攻撃を防ぎつつも防御に専念させられる。

「くっ!菊沢美佳帆・・!ここにきて、やる・・じゃない!」

炎を発動させる隙を与えてくれない美佳帆の鉄扇を使った決死の猛攻に、紅音も表情を険しくさせる。

まだまだ酷い火傷が痛々しいアリサが、美佳帆の声が聞こえたのか、何とかのろのろと立ち上がり、スノウは撃ち抜かれた両脚を引きずりながらもアリサを支えながら口を開いた。

「スノウちゃん・・ごめん・・まだうまく動けないの・・痛い・・顔と腕が・・・痛くて・・。あっ!スノウちゃん・・脚から血がでてる!」

なんとかそう言ったアリサの衣服は焼けてボロボロで、体の至る所が火傷で赤黒く焼けただれていた。

愛らしかった顔も千尋にある程度回復してもらったとはいえ、体にある他の火傷とそんなに見た目は変わらないほどひどい。

「あぁ・・アリサいいの・・。わかってるわ。ここから離れたら自分のも治せるし、アリサも治してあげるから我慢して・・アリサも辛いでしょうけど千尋を運ばないと・・肩を貸して」

紅蓮の攻撃を真正面から受けたアリサの見た目は、スノウからしても息を飲むほど深刻だった。

それにスノウ自身も右膝と左腿を撃ち抜かれている、しかし、今は喉を貫かれた千尋の方がもっと重症だ。

「うん・・でも美佳帆さんは・・?」

アリサは焼けただれた自分の腕や身体をひとしきり眺めて、スノウや千尋の怪我にも顔を悲しませたが、背後で戦う美佳帆を気遣う。

「大丈夫・・・・あとで来るから先に行っててって」

「・・・・スノウちゃん。・・うん」

アリサもスノウの言っていることが嘘だと分かったが、それだけ言うとスノウの肩に何とかぶら下がってぐったりと動かない血まみれの千尋に肩を貸す。

なんとかまだ脈はあるが、千尋は喉を熱線で貫通させらており、止めどなく血が流れだしている。

スノウが淡い緑色の光を纏った手のひらで、優しく千尋の首を包むようにしてあてがい重症のアリサと両脚を撃ち抜かれたスノウが血まみれで意識のない千尋を抱えるようにして、背後で戦う美佳帆に背を向け、できる限りの全力でといってもヨチヨチと駆けだした。

「ゼェゼェ・・!あの子たちだけでも!」

後輩3人の気配が遠ざかるのを背中で感じた美佳帆は、やや安心し、正面だけに集中しようと息を切らしつつ、右手に握った鉄扇を、手首を捻らせて舞わすと腰を落とし低い構えから、旋風を巻き起こす勢いで紅蓮に迫る。

「近すぎるわよ菊沢美佳帆っ!・・ハエのようにブンブン纏わりついて!」

攻撃を仕掛けてくる美佳帆とは別に二つの鉄扇を宙が宙に舞い、死角から無軌道に紅音を襲う。

「減らず口をっ!あの子たちをあなたなんかにやらせないわ!」

美香帆自身も限界まで肉体の能力を引き出し、紅音に炎を発動させまいとできるだけ接近戦の徒手空拳で攻撃を加え続けているのだ。

紅音に炎を発現させる一瞬の隙すら作らせない猛攻で、美佳帆は連打を浴びせ続けていたのだが、3人が離れすぎたのか徐々に自身に集中させていたオーラが減少し始める。

どす!

動きが遅くなり始めた美佳帆の一瞬の隙をつき、飛び襲い来る鉄扇の合間をかいくぐって、腰を落とした紅蓮は美佳帆の鳩尾に拳をめり込ませた。

「ぐっ!」

がちんっ!

美佳帆は前のめりに身体をくの字に折り曲げて呻いた瞬間、顎を紅音が手のひらで打ち上げた音が妙に響いた音を立てる。

「かっ・・は!」

「頑張ったわねえ・・。逃がした3人・・フロントにははなが待機してるのよ?身を挺して逃がしたあの子たちも今頃死んじゃってるでしょうね」

顎をかちあげられて脳震盪をおこした美佳帆は膝から崩れ落ちかけるが、紅蓮は美佳帆のカットソーの襟首を左手でつかみ、美佳帆を無理やり立たせると顔を寄せてそう言った。

「ぐ、・・紅蓮!・・まだ・・よ!」

「たいした強情よ。菊沢美佳帆・・・。逃げた3人もすぐにあなたを追わせてあげるから、先に逝ってなさい。・・せめて苦しまずに一瞬で塵にしてあげるわ

小柄な紅音に襟首を掴まれて、無理やり立たされている美佳帆は、朦朧とした意識の中、息も絶え絶えにそう言ったが、残忍な笑みを貼り付けた紅音は右手に容赦なく炎が収束させる。

(ここまで・・ね。みんな・・・宏・・。・・先に行くね。・・いつまでも待ってるから、宏は急がなくていいから・・ゆっくり来て・・。スノウ・・逃げ延びれたら・・宏のことお願い・・)

【共有】でスノウの深い感情を今なら知ってしまっている美佳帆は覚悟を決め、目を閉じたとき、聞きなれたが、切羽詰まった悲鳴に近い声色がホテルの廊下に響く。

「紅音!!おやめなさいっ!」

声にピクリと反応し紅蓮が収束させている右手の炎が一瞬止まった。

スプリンクラーの水音のなかでもその声はよく通ったのだ。

死を覚悟し目を閉じていた美佳帆が薄く開けると、そこには普段のスーツ姿ではない、ぴっちりとしたトレーニングウェアのようなものを着た宮川佐恵子がいた。

「・・・宮川さん?」

振り返らずに美佳帆を掴んだままの紅音は声の正体を察し、顔をしかめたが、美佳帆の呟きに、襟首をつかんだまま、半身に振り返り佐恵子に向かって言った。

「・・・佐恵子。来ちゃったのね」

美佳帆の襟首を掴み、肩で手持ち上げたまま紅音は佐恵子に完全に向き直った。

「佐恵子。私になにか用?見ての通り立て込んでてね。いまあなたに割いている時間はないの」

「・・紅音!その手を離すのです!・・遅くなりましたわ美佳帆さま!・・・紅音、短気をおこしてはやまってはダメよ!」


「宮川さん。ちょっとピンチに見えるけど私は大丈夫・・きゃっ!!」

持ち上げていた美佳帆がそう言うのをチラと不快気に一瞥した紅音は、美佳帆を壁に向かって投げつけたのだ。

「ちょっと黙ってなさい。菊沢美佳帆」

背から壁に激突させられ呻いている美佳帆にそう言うと紅音は腰に手を当て、首を振る。

「紅音!もうやめなさい!美佳帆さま達を害しても貴女の思った通りにはなりませんわ!」

「ちっ・・うっさいわね・・。菊沢美佳帆。佐恵子に連絡してたのね・・面倒なことを・・!」

紅音は、そう言う佐恵子に舌打ちをしてから小声で美佳帆を罵倒すると、壁に投げつけた満身創痍の美佳帆を見下ろして本当に忌々しそうにして言った。

「あなたの覚悟に免じて苦しまずに殺してあげようかと思ったけど・・、面倒なヤツ呼んだわね・・。完全に気が変わったわ。ちょっと待ってなさい菊沢美佳帆。佐恵子にはもう帰ってもらうから・・・。それからじっくり甚振ってあげる。・・・同性の年増を甚振るのも趣向としてはいいかもしれないわね?」

紅音は壁を背に床にへたり込んでいる美佳帆に顔を近づけてそう言って脅かすと、再度佐恵子に向き直った。

「み、宮川さん・・こんなことになって・・。もっと紅蓮に対抗・・できると・・思っ・・・たんだけど・・」

床に座り込み壁を背にした美佳帆は、オーラを使い切った脱力感から声をかすれさせていた。

「美佳帆さま。・・・わたくしが不甲斐ないためにこんな目に・・。さっきアリサさまたち3人にそこで会いましたわ。香澄が付き添って・・病院に連れて行ってくれているはずですわ。いまはそれだけしか言えませんが・」

「なんですって・・?佐恵子がなんでここまでこれたのかと思ってたけど・・。チッ!はなは何をしてるのよ・・・!」

佐恵子と美佳帆の会話を聞いていた紅音はそう短く吐き捨てると、スマホを取り出し丸岳に連絡を取り出す。

「丸岳さんに話をしても無駄ですわよ。先ほどこのような暴挙にこれ以上関わらぬよう言いましたわ」

慌ててスマホを取り出し操作しだした紅音に、佐恵子は静かにそう言ったのだ。

「な・・丸岳くんが佐恵子のいうこと聞いたって言うの・・?!」

そう言い驚いた紅音のスマホの着信音が途切れ、丸岳と通話が繋がる。

「丸岳くん!いったいなにやってるのよ!」

「紅音・・。公安の連中も来た。本社にしょっちゅう来ていたあの霧崎美樹だ。奴らは能力者同士の犯罪捜査の専門でもある。この動きの速さ・・橋元の一件以来こっちの動向にはずっと網を張っていたのかもしれん。ひとまず今は・・」

通話が繋がった瞬間に紅音はスマホに向かって怒鳴りつけるが、丸岳は極力冷静に紅音に説明し出したのだが、話の途中でスマホを耳から離し、紅音は佐恵子に食って掛かった。

「佐恵子!・・公安を呼ぶなんてあんた何考えてるのよ!宮コーが受ける社会的ダメージをわかってのことなの?!」

「・・・人の命にはかえられないわ。私がもっと強ければ、公安など呼ばず、あなたのことも守ってあげられたのですが・・」

「なによそれ!私を守るですって?!私より弱いくせに、佐恵子はいっつも私を見下してくるわね・・!そういうのがいちいち勘に触るのよ!」

「紅音・・。あなたがわたくしを執拗に嫌っているのはわかっています。わたくしは感情が見えるのですよ・・?紅音はわたくしをに嫌ってもいますが、認めてもいる・・。そうでしょう?・・・そうであるなら少しはわたくしの言い分をきいてください。こんなことしても、きっと紅音の思った通りにはなりませんわ。美佳帆さまたちに何の罪があるのです。大義名分の無い粛清なんて紅音にとってもマイナスにしかならないですわ」

「・・・いまここの責任者は私よ。社に害を与えないという解釈は私がするの。こいつらは将来私の害になる。この私がそう判断したの。決定は変わらないわ」

「・・・紅音。どうして・・こんな判断あなたができないはずありませんわ!」

「・・佐恵子・・あんたはいっつもそう。そうやって私を見下してっ!・・私の方が2個も年上で能力もあるのよ?!現に佐恵子は私にずっと負けてたじゃない!こないだだって・・!」

「・・・ええ、紅音。貴女は本当にすごいですわ。・・・貴女があの学校に先輩としていてくれたからわたくしは貴女に勝とうと頑張れた部分がありますわ・・。でもわたくし、努力の甲斐も空しく、わたくしは貴女を点数で超えられることは、数えるほどしかありませんでした・・。そして、おそらく戦いでも、まともに戦えばわたくしに勝ち目は薄いでしょう」

「薄い?無いの間違いじゃない?こいつら菊沢美佳帆たちだって4人がかりでもこのザマなのよ?あなたの頼みとする魔眼も私には通用しなかったでしょ?それに佐恵子、あなたどういうつもりか知らないけど加奈子に魔眼をひとつあげたでしょ?それで力の制御ができなくなってるんじゃないの?そんなんで私に勝てる?!」

「・・あげましたわ。加奈子を失うわけにはいきませんから・・蘇生には近しい者の強力な触媒が必要だったのです。・・片目になったせいか上手く力が使えませんが、後悔はしていませんわ」

「蘇生・・?そんなことできる奴が・・?・・まあ、いいわ・・!それでもやるの?さすがに佐恵子に手を出すと色々上が五月蠅そうだし、丸岳くんも難色示すから我慢してたんだけどね!」

「紅音・・わたくしたちいがみ合わなければいけないのですか?・・わたくしの何が気に入らないのか今の紅音の話を聞いて少しはわかりました。わたくしたちにとって足りなかったのは、お互いの理解・・話し合う時間ですわ。・・・あなたの力・・わたくしよく分かっているつもりですわ。生まれついての魔眼のせいで、わたくしのオーラ量は膨大です。ですが、わたくしのオーラ量に匹敵する数少ない人物の一人が紅音ですの。その力を得るには並の才能やセンス、そして努力ではなかったはずです。少しでも自己研磨したわたくしならそれがわかっているつもりです。・・いつか・・わたくしとわかり合えて、紅音と力を合わせられる日が来るかもしれないと思ってましたのに・・。美佳帆さまたちを手にかけてしまうと、わたくしも貴女に対して引けなくなりますわ。そんなことにはなりたくないのです。・・・紅音に、わたくしの紅音に対する感情を見せてあげたいですわ・・。自分で見たことがありますが、紅音に対してはわたくしも一人の人間ですから、感情を抑えきれず色々に思うところは確かにあります。ですが、紅音に対する負の感情は、わたくしそう多くありませんのよ?」

「・・私に敵わないと分かって口でお上手を言う作戦かしら・・?・・じゃあ佐恵子・・あなたが私に従いなさいよ」

「そうではありません。以前から思っていた本心ですわ。でも・・紅音に従うこと・・それはできませんわ」

「なによ?佐恵子あなた何が言いたいのよ?」

「紅音。わたくしに協力してほしいのです」

「私の方が優れているのにあんたの下に付くなんて絶対イヤ」

「・・・わたくしでは紅音を説得する弁を持たないのかもしれません。しかし、わたくしにはやりたいことがあるのです。紅音に従ってしまうと、目的とは程遠いことをしなくてはならなくなりますわ。もっと時間が取れて、わたくしのことをわかってもらえたら・・・紅音にわかっていただけると、きっととても頼りになりますわ」

「・・・」

支社の壁には穴があき、風が吹き抜け消化設備から噴き出している水しぶきに二人は打たれ続けながらも舌戦をしていたが、紅音は思いもよらない佐恵子のセリフに沈黙してしまった。

そのとき、まだ通話中であった紅音の握ったスマホから、普段冷静な丸岳貴司らしからぬ、焦った大声が聞こえてきた。

「紅音!公安の連中の対応に気を取られ過ぎて抜けられた。そっちにとんでもない奴が行ったぞ!紅露や松前もそいつにやられた!強いぞ!油断するな!」

握ったスマホから声が聞こえた時、フロントの方から廊下を凄まじい速さで滑るように向かってくる黒い影があった。

「丸岳くん?!・・いま何て言ったの?!」

佐恵子の遥か後方に、不審な黒い影を視界の端に認めながらも紅音は、丸岳が伝えてきた内容を確認しようとスマホを耳に当てなおした時、すでに黒い影は紅音の目の前まで跳躍し、空中で足を引き絞り蹴る直前の態勢をとっていた。

紅音は黒い影の思いがけない速度に息を飲むが、反射的に【即応反射】という反応速度を向上させる技能を瞬時に発動させて、迎撃を試みる。

しかし、怪しい黒い影は紅音の超反応の速度すら上回った。

(この速さ・・・オーラの量に強さっ菊沢宏!?まさか・・・いやちが・・)

紅音がそう思った瞬間、男が

「赤い髪!てことは、お前が紅蓮やな?!」

と口走ったときにはもう腹部に激痛が走り、

「なっ?!速っ!?ぐぇっ!!」

黑づくめの脚絆に覆面、そして足袋という見るからに怪しい恰好の男が、登場と同時に紅音は腹部を貫く強烈な飛び蹴りを食らわせていた。

【第9章 歪と失脚からの脱出 34話 脅威!紅蓮の炎終わり】35話へ続く



第9章 歪と失脚からの脱出 35話 黒頭巾の男の力

第9章 歪と失脚からの脱出 35話 黒頭巾の男の力

紅音は腹部を貫いた衝撃で目を細めてはしまったが、頭巾から覗く男の目をはっきりと見た。

菊沢宏ではない。

奴は数時間前に日本海に浮かぶ孤島、通称Sという死地の孤島に追いやったばかりだ。

その死地は菊沢宏達にとっては敵だらけで、今は世界的にも名だたる能力者が多く終結し、いかにあのグラサンの腕が立とうとも、こんな短時間に戻ってこれるはずがない。

空中で身体を捻り態勢を整えながらそう確信すると、紅音は攻撃してきた黑頭巾に意識を集中する。

咄嗟に発動させた【即応反射】の反射速度でも回避できなかった黒装束の速度に驚きはしたが、紅音はまだまだ余裕があった。

蹴り飛ばされながらも空中で一回転し、正面を向いた時、再び男と視線が交錯する。

交錯した男の目は静かではあったが怒りを内包しているようにも見えた。

「おまえは・・・何者だ!?」

紅音は突然蹴られたことによる感情に任せ怒声でそう誰何すると、右手を払って瞬時に目の前を覆いつくす炎を発現させ、黒装束の男を炎で薙ぎ払う。

深紅の炎に飲まれた黒装束の男を見て、紅音はニヤリと笑みを浮かべたが、炎を突き破り黑装束は速度を落とさず紅音に迫ってきたのだ。

「なっ!?この熱量を!」

戦慄した紅音は空中でもう一回転して着地すると、慌てて今度は、迫る黑装束に本日最大の威力の火球を放たんと身体を捻って左手を突き出した。

「これならどう!?」

ぼっ!!
真っ赤というより白い熱の塊が出現し黑装束の男を包み込む。

必勝の笑みで奢った表情の紅音は、黒装束の死を確信して言った。

避けることができるような大きさと速度ではない、死の炎球が紅音の目の前にまで迫った黑頭巾を包み込んだ瞬間、爆散する。

『きゃああああああ!』

凄まじい爆炎と業風に、美佳帆と佐恵子の悲鳴が重なり、建物が振動でビリビリと揺れる。

消防設備から噴射されている水など感じさせない勢いで、爆炎の余波の炎が周囲をねぶりつくし巻きあがる。

そんな中、黒装束の男はゴホゴホと咳ばらいをし、周囲に漂う熱気を手ではらいつつ、焼き焦げた頭巾をうっとうしそうにはぎ取り舌打ちすると床に投げ捨て、その素顔を露わにしたのだ。

「ジンくんっ!来てくれたのね!」

壁を背にし、床に腰を下ろして顔を両手で炎から守っていた美佳帆は頭巾を投げ捨てた男に向かい、ススだらけの顔の生気をとり戻して叫んだ。

「何とか間に合ったみたい・って美佳帆さん!火傷だらけやし髪の毛も顔も・・!宏のアホはなにやっとんですか!自分の嫁がこんな目に負うとるっていうのに!・・それにしても美佳帆さん相変わらずのホットパンツ・・まぶしい脚も衰えるどころか、ますます磨きがかかって・・」

美佳帆にジンと呼ばれた黒装束の男は、今は顔を晒し、黒装束をまとった忍者のような出で立ちでそう言いながら、美佳帆に駆け寄った。

「ぐぅ・・ぐふ・・」

一方、大火球を発射し黒装束を火球で迎撃したはずの紅音は、自身の技の勢いのせいもあるが、忍者男の蹴撃でかなり後方まで吹っ飛ばされており、お腹を押さえつつ立ち上がろうとしていた。

黒装束の男は、紅音の大火球による攻撃を、オーラによる防御だけで突き破り、先ほど蹴った紅音の腹部を再度蹴り抜き吹き飛ばしたのであった。

立ち上がりながら紅音はひどく狼狽し、怒りで目を濁らせていた。

視界が歪み、平衡感覚が定まらない。

痛みと吐き気が腹部を中心に広がってくる。

「げほっ!・・か・・っ・・はぁはぁ・!ぐ・・」

「紅音!・・大丈夫でして?もうおやめなさい!・・公安ももう支社内まで着てますわ!これ以上無益な強情を通すのは・・・!貴女の立場が悪くなる一方です!」

怒りと痛みで顔を朱に染め黑装束を睨みつけたところに佐恵子が駆け寄り、紅音の背中をさすりながら何事か言っているようだが、紅音の頭にはほとんど頭に入ってこなかった。

「きゃっ!」

次の瞬間、隣に跪いて背中を撫でてくれていた佐恵子が短く悲鳴を上げたと思うと、壁に激突しその長い髪を蜘蛛の巣のように放射状に広げ激突し、壁からズルリと崩れ落ちた。

「ちょっ!ジンくん!!その人は味方なのよっ!!」

佐恵子が先ほどまで立っていたところにはジンと呼ばれている黒装束の男が、膝蹴りの格好のまま片足立ちで立っていたのだ。

そのジンに向かって美佳帆が悲鳴を上げて咎める。

「え・・?!そ・・そうなん?せやけど紅蓮を気遣うようなこと言うてるからてっきり敵やと・・」

黒装束の男は、美佳帆のセリフに慌てたした様子でそう言って弁解している。

美佳帆とジンがやり取りをしている中、紅音は蹴られたおなかを抑えながらも立ち上がり、倒れている佐恵子を見下ろした。

「佐恵子・・なぜ・・?」

紅音は、うつ伏せで倒れたまま動かない佐恵子を確認し視線を黒装束に戻すと、美佳帆に必死に弁明している男を睨みオーラを全開にして怒鳴った。

「くそっ!・・誰なんだよてめえはよ!」

自身に二度も攻撃を与えたジンと呼ばれている黒装束が憎いのか、政敵ともいえる佐恵子を攻撃されたのが何故か心境を不快にさせたせいか、紅音は両手に炎を纏い、紅音は肉体強化を限界まで発動し襲い掛かった。

「ぅおっと!あっぶな!・・」

「ちぃ!速いわね!・・菊沢美佳帆たちとはずいぶん違うってこと?!」

並みの強化系能力者であれば躱せるような攻撃ではない紅音の連撃を、黒装束の男は見事な体裁きで躱し防ぐ。

紅音もただならぬ黒装束の戦闘スキルを肌で感じ、紅音にしては珍しく戦闘で真剣に集中しだした。

いつもは格下相手に、掃討戦をするのが常であった紅音が、本気に成らざるを得ない相手だと身を粟立たせた瞬間であった。

「おまえが美佳帆さんやスノウらをあんなにしやがった紅蓮なんやろが!?確かにあんたの攻撃・・まともに喰らったらタダじゃ済まん炎やろうけどな!俺には通用せえへんで?!」

「ほざけっ!急に出てきてなんだ!私の炎に耐えられるものなら耐えてみろってのよ!このレベルでオーラを展開できる能力者なんて日本じゃ五指いないでしょうよ!邪魔なのよ!さっさと死ね!」

二度も強烈な攻撃を腹部に受け、激昂したとは言え紅蓮である。

北派の中国拳法の二つをマスターしている紅音は、肉体も強化し炎を両手に発現させて、大抵のものであれば必殺の威力がある攻撃を連発し黒装束に浴びせかける。

強いぞ!油断するな!と丸岳が言ったセリフが紅音の脳裏には焼き付いている。

(丸岳くんが言ってたヤツ・・こいつがそれに違いない!)

丸岳は紅音のことをよく知っている。

紅音の身体はもちろんその強さも・・。

その丸岳がそう言ったのである。

彼が言うならば、ほぼ間違いないと紅音は思っていた。

黒装束の男は防戦一方ながらも、紅音とは対照的な冷静で冷め切った目で技をギリギリで見切り、防ぎ躱している。

紅音は初めての経験であった。

能力解放した全力の攻撃がこの黒装束には当たらないのだ。

「くっ!・・・お、おま・・!・・本当に何者なの?!・・この私とこんなに戦えるなんて・・!野良相手にこんな!・・・馬鹿なっ!私は宮コー十指最強の紅蓮なのよ?!」

紅音は何度か聞いた誰何を反芻してしまっていた。

「・・やっぱり・・火が出せるのは手からだけみたいやな」

「っ?!」

「なるほど・・自分の炎の威力以上のオーラで防御を展開させてんのか。オーラ防御で覆った手から炎を発現してるんやな・・・それで自分は炎でダメージ負わんようにしてるんか。器用なやっちゃ。しかし、足には炎が纏えんとみえる。体術も達人級やが・・ふむふむ・・よっぽど自信があるんやろな。動きに慢心があるで?傲慢が動きの至る所ににじみ出とるわ」

紅蓮という二つ名持ちの能力者、緋村紅音の発火能力を冷静に言い当てた黒装束に、紅音は目を見開き驚いたその瞬間。

「きゃ!?ぐっ!」

紅音が怒りに任せて放った上段回し蹴りを、身を低くして躱され、逆にその隙に軸足の膝を蹴り抜かれたのだ。

完全に足を払われ、空中に投げ出されたところを更に黒装束が振り落してきた踵が紅音の頬に直撃し、紅音は頭から床に激突する音が妙に大きな音で響く。

どんっ!

「きゃぅ!!」

地面に激突してしまった紅音だが、瞬時に両手だけの力でバッタのように後方に飛び退ると、鼻血を拭って両手を広げオーラを収束させだした。

「こっ!・・こ・・こいつっ!!・・殺す!この私の顔を蹴るなんてっ・・!・・もう支社がどうなっても知るもんですか!」

「おっ!怒ったんか?俺は宏のように女に手上げれへんようなフェミニストとちゃうぞ?もっとガンガン蹴ってやるからな?・・しっかしいまモロ入ったってのになかなかタフな奴っちゃなあ」

「減らず口を言えるのも今のうちよ・・!骨まで焼き尽くしてやる!」

赤髪を逆立て全身にオーラを開放し出した紅音が、ますます力を身に宿し目には殺意を抱いて黒装束のくせ者を焼き尽くさんと睨みつけて怒鳴った。

「ちっ!・・範囲攻撃か」

黑装束は紅音に突進しようか、傷ついて動けない美佳帆を助けに行こうか一瞬迷ったが、美佳帆の方に一気に跳躍した。

「はんっ!馬鹿ねっ!迷わず私に接近戦を挑めばまだ勝ち目はあったでしょうに!もう容赦しない!全開で行くわよ!この紅蓮を本気に出させたのを光栄に思いなさい!」

紅音のセリフを背に受けて黒装束は座して動けない美佳帆を庇うように抱き上げる。

紅音は周囲無差別地象の【焼夷】も全力で開放しようとしかけたが、うつ伏せに倒れ動かなくなった佐恵子を一瞬だけ見ると、ふんと鼻をならして【焼夷】の発動を止め、佐恵子より前に踏み出してから黒装束を睨みつけて構えなおした。

そして禍々しくも膨大なオーラを収束させだし、ただでさえ強力な技能を持つ紅音が、さらにその凶悪な炎の威力を高めんと紡ぎだしたのだ。

「揺らげ!自己犠牲の炎よ!我を削り炎の孔雀となれ!二度と同形の炎を成すこと能わずとも、その身焼き尽くす時、刹那無二の命散るまで羽ばたき、旋風をおこして焼き尽くせ!我の敵は汝の敵なり!追え!偏に一重に何処までも・・・!舞え!仮初刹那の孔雀よ!命尽きるまで舞い敵を灰塵となせ!」

紅音は、舞踊のように舞い、謡うように力強く紡ぎ言葉を唱え、その瞳は自分をここまで追い込んだ黒装束の男を、怒気を込めて睨んだままであった。

「ジンくんっ!わたしなんかいいのに!紅蓮に紡ぎ言葉までさせたら・・!ああ、なんてこと!こんな炎・・!紅蓮は私たちには、まるっきり本気じゃなかったんだわ・・!」

バチバチと炎が爆ぜる音をさせ、紅蓮の周囲、上階の建物を焼き尽くしながら炎が燃え広がっている。

「紅蓮・・か。さすが国外でも有名な能力者なだけあるわ・・。そやけど美佳帆さん・・俺があのまま突進しても紅蓮はかまわず撃ったはずや。俺や美佳帆さんを巻き込むようなヤツをな。俺はなんとかなってもあの炎や。こりゃ建物内でも死人が出るかもしれへんで?」

「そんな・・」

自分たちより上のフロアは最早形を成していない。

紅蓮によって宮コー関西支社は今や市内の高いところからなら、どこから見てもわかる大火事状態だ。

「・・・待たせたわね。塵にしてあげるわ。墓なんか必要ないようにね!」

紡ぎ終わり炎の後光を背後に纏った紅音が、妙に落ち着いた表情ながらも勝利を確信した様子で言い放つ。

紅音の背後と頭上はすでに焼き消されており、宮川コーポレーション関西支社は15階より上階は半壊し炎に覆われている。

大変な大惨事だ。

しかしそんなことは意に介していない紅音は、美佳帆たちをしっかりと視界に捉え、操る炎を同調させ巨大な鳥に模させた。

「いい子・・」

紅音はそう言って、頭を垂れてきた巨大な炎鳥の嘴と喉を優しく撫でると紅音は吼えた。

「さあ行け!【葬華紅蓮紅孔雀】!!」

キエエエエエエエエエ!

炎鳥は紅音に従いバサリと一度大きく羽ばたくと、嘴を開き雄叫びと共にまっすぐ黒装束目掛け飛翔しそのまま壁に激突する。

どおおおおおおおおぉん!

「ちっ!避けたのかよ・・!だけどねっ!」

紅音は上空をばっと見上げてそう吐き捨てると、美佳帆を抱えたまま一気に跳躍した黒装束目掛け手を振りかざす。

とたんに巨大な炎は再び鳥の形を成し上空の二人に飛びあがった。

その巨大な炎鳥が咆哮を上げ、その羽を一羽ばたきするだけで、周囲のモノはひとたまりもなく焼け落ち、羽ばたきの風で吹き飛ばされてゆく。

もはや紅音たちが立っているフロア以上の上階、ヘリポートがあった屋上も焼き崩れ塵となり風で吹き飛ばされている。

「な・・な・・なんて・・本当になんてヤツなの・・!・・こんなの相手に私たちは戦いを挑んでたっていうの・・・?!・・ジン君!このままじゃ!」

ジンに抱きかかえられたままの美佳帆は、満身創痍で痛む身体のことも忘れ、眼下で舞飛び、再び迫ってくる火の鳥を見て慄いた。

「大丈夫や美佳帆さん。あんなんもんいつまでももつはずがない。見てみ?紅蓮の奴を。紡いでたとおりやで?命削ってオーラに変換するタイプの技や」

ジンの言った通り、眼下に見える紅音の顔色は白く、眼は疲労でくぼみ、一目で先ほどより随分衰弱しているのが見て取れた。

しかし、その紅音の生気を吸い取って羽ばたく炎鳥はまだまだ力強く在り、雄叫びを上げつつ二人に迫ってきている。

ジンは上下に分かれた嘴を両足で蹴ってうまく躱し、再び地上、いや紅音たちのいるフロアに美佳帆を抱えたまま飛び降りる。

「熱っつ!・・足袋が!」

嘴に触れた足袋が破れ、ジンの足を焼いたのだ。

「大丈夫!?」

キエエエエエエエエ!

抱きかかえられた美佳帆の悲鳴に炎鳥の咆哮がかぶせるように響いてくる。

ふたりを追い、炎鳥は上空で旋回し滑空してきているのだ。

「無駄よ!逃がすわけないでしょ!」

疲労困憊の顔色であるが、紅音は二人に怒鳴る。

その時、階下からぞろぞろと同じ服を着た者達が一斉に駆け上がってきた。

「緋村支社長!能力を解除しなさい!」

「このクソ忙しい時にまた誰かきたのかよ?!・・あっ!」

聞きなれない声に紅音は顔を歪め声の方に向き直って悪態をついたが、すぐに表情を変えた。

「能力を解除しなさい!緋村支社長!政府特別捜査官の霧崎です。貴女の行っている行為は明らかな犯罪行為です!即刻能力解除し両手をあげてその場で膝を付いてください!」

霧崎美樹が「行けっ!」と一声号令すると武装した警官隊が、訓練された動きで紅音の周囲を包囲するように取り囲む。

「ちっ!」

紅音は大きな舌打ちをし、取り囲んでくる警官隊らを目で威嚇し周囲に近寄らせないように威圧している。

(こうなったら・・こいつらも消して口封じするしか・・)

発動させた紅孔雀を操りながらも、紅音は物騒な判断をした。

美佳帆を抱えたままの黒装束が着地したのを横目に、足を負傷した黒装束がすぐには動かないと判断し、霧崎達に紅孔雀を向けたのだ。

「正気なの緋村支社長!?・・仕方ないわ!発砲を許可します!!各自適時対応優先!狙えっ!」

紅蓮の意識が明らかに害意を持って自分たちに向き、上空を舞っていた炎鳥がこちらを狙って滑空してきていることに霧崎美樹は驚いたが、瞬時に決断して部下たちに指示し叫んだ。

霧崎の指示で、長めのトンファー型の警棒を携えていた武装警官たちは、いっせいに腰の銃に手を伸ばし紅蓮を照準に合わせ構えた。

「・・・ハエども!能力ももたないゴミ共がこの私に銃を向けたところで!」

紅音の目に殺意がみなぎる。

「撃てっ!」

危うしと判断した霧崎美樹は、周囲を取り囲む警官たちを一瞥した紅蓮を的とし、指示を飛ばした。

その瞬間パンッパンッ!と乾いた可愛い音が一斉にするが、可愛い音とは裏腹に普通の人相手であれば、当たり所によれば必殺の威力のある9mm弾が一斉に発射される。

「くっ・・っふ!ぅうっとおしいのよぉ!!」

紅音は炎鳥を操りながらも、周囲に熱風を巻き上げ、銃弾をほとんど弾き飛ばすが、すべてを跳ね退けることができず、腹部と肩にに1発ずつ受けてしまい、身体を捻って倒れ膝を付いた。

「ぐっ・・!・・霧崎ぃ」

銃弾を受けながらもすぐに立ち上がった紅音は霧崎を睨み上げる。

「緋村紅音!これ以上無駄な抵抗は止しなさい!」

武装警官に囲まれた紅音が周囲を威嚇し、歩みくる霧崎美樹が投降を呼びかけている。

「・・・美佳帆さんもう大丈夫や。紅蓮が生み出した鳥も当の本人があんな状態や。指示がのうなって動かへん。操られもせんとただ浮かんどるだけで、だんだん小さなりはじめたで?」

「そ・・そうね・・たしかに・・」

「あの捜査官・・霧崎美樹って名乗ってたな?」

「ジン君知ってるの?あの捜査官」

「噂だけな。話したことはない。・・融通効かへん堅物で、突出した能力と突出したおっぱいを持った警視庁の名物捜査官やって話や・・。しかし手負いとは言え、紅蓮を抑えられるほどの腕なんかどうかまでは知らん・・」

霧崎美樹は黒のパンツスーツに白のジャケットに身を包んでいるが、ジンの言う通り、その胸を包むジャケットのボタンははちきれそうなほどバストサイズは大きい。

「緋村紅音!無駄な抵抗は止めて能力を解除し両手を上げなさい!」

「はぁはぁ・・こんな邪魔が・・!」

発動した紅孔雀を解除してしまうと、折角費やした膨大なオーラを消失しただけになってしまう。

そうなると、残ったオーラであの黒装束と戦えるだけの力は残っていない。

目の前の武装警官共も容赦なく発砲してくるうえ、射撃の腕も正確だ。

そのうえ、目の前で油断なく睨みつけてくる霧崎美樹。

(たしか、こいつは宮コーもしつこくスカウトした能力者だったはず・・・)

紅音は霧崎を睨みながらやっかいな相手が増えたと歯噛みをした。

宮コーがスカウトをしたが、結局霧崎本人の強い意思で、政府組織に所属して悪を撲滅することを希望し、能力者による犯罪処理や警察内部の汚職捜査などを、通常の人間では手を出せない悪を殲滅する部隊の急先鋒となることを良しとしたのだ。

その正義感の塊である霧崎が紅蓮に対峙し真っ向から堂々と言い放った。

「緋村紅音!これ以上抵抗するなら・・。私が容赦しません!」

「容赦しないってどうなるの?・・この私相手にどうにかできると思ってるの?!」

「【霧散無消】!」

紅音のセリフが言い終わると同時に、霧崎美樹はもはや問答無用とばかりに、両手を上空の炎鳥に向けて何かを放った。

「くっ?!てめえ!」

炎鳥を操っている紅音は、炎鳥に練り込んだオーラが途端にごっそりと減少しだしたのが、手に取るように身体で感じ取れた。

紅音は焦った声を上げ、上空の炎鳥と霧崎を見比べ、霧崎に突進する。

「公務執行妨害も加わりますよ!」

「五月蠅いっ!」

衰弱したとはいえ、紅蓮の速度は神速を極めていたが、霧崎美樹は上空にかざしていた両手を卸し構えなおすと、がっきと紅音のパンチと膝蹴りを両手と右膝を使って受け切った。

「侵入者はあいつの方だ!てめえ警察だろ!?あれをとっ捕まえろよ!」

紅音と美樹の顔は10cmと離れていないその距離で、紅音は美樹に怒鳴り散らす。

「能力を使っての人身傷害行為は明らかに緋村紅音。あなたの犯罪です。あのものは不法侵入しただけに過ぎないのでは?それに、貴女は現行犯です。この被害も貴女の能力に起因するのは明らか。大人しくしなさい!」

紅音は急に現れた生意気な爆乳捜査官をそのまま蹴り飛ばそうと力を込めるが、オーラは枯渇気味なうえ、力を込めると銃弾を受けた腹部と左肩から目に見えて出血が酷くなった。

「くぅ・・うく・・こんな・・この私が・・」

思うように力の入らないうえ、思いのほか霧崎美樹の能力が強かったのにも驚いた紅音は、力なく呻いた。

紅音は蹴り飛ばすのは諦め自らが後方に飛び右手を突き出して火球を発射した。

周囲の警官隊は上官の警視正霧崎美樹に銃弾が当たることを怖れ、射撃できずにいる。

どおおおぉん!

火球が霧崎美樹に直撃し、紅音がぜぇぜぇと息を切らしている中、風で炎が切れたところに衣服が焼き焦げスス塗れになった霧崎が立っている。

「ちっ!やっぱりかよ・・(こいつも強い・・)」

「致し方ありません。実力でねじ伏せます」

鋭く舌打ちした紅音に対し、ススだらけとは言えほぼ無傷らしい霧崎美樹は紅音に向かって突進する。

宮川コーポレーション最大戦力の一人と謳われる紅蓮も連戦に次ぐ連戦で、今度も相手が悪すぎた。

昨晩から銀獣の稲垣加奈子、宮コー十指の良心である神田川真理、インテリクソメガネの北王子公麿。

先ほどは、菊沢美佳帆、斎藤アリサ、斎藤雪、伊芸千尋の四人組。

そのあとは得体のしれない忍者ルックの黒装束男。

そして、政府特別捜査官の霧崎美樹と戦いっぱなしである。

全員日本においては能力者としてはトップランカー揃いのメンバー相手に、紅蓮は一人でよく戦ったと言うべきなのだが、紅蓮はまだ勝負を捨ててはいない。

紅音が忍者ルックの黒装束男を始末するために紡ぎ言葉まで使って作った紅孔雀は、霧崎美樹の【霧散無消】という能力で、大半オーラを霧散させられており、術者からの指示もオーラの供給も途絶えたことからすでに消え失せていた。

切り札であった大技を無為に失ってしまった紅音は、オーラ的にジリ貧で霧崎美樹のような充実した能力者にはすでに対抗できるような状態ではなくなっていた。

「がぁ・・」

霧崎美樹のボディブローを受け紅音は膝を付くも、すぐに立ち上がるが膝が笑い、まっすぐに立てないでいるようだ。

そのうえ、警官隊の包囲の輪も縮まってきており、追い詰められた虎がだんだんと逃げ道を防がれるような様相となってきている。

「もう諦めなさい。これ以上は怪我が増えるだけですよ?」

手負いとはいえ今の紅蓮を体術で圧倒するほど、霧崎美樹は強かったのだ。

息も絶え絶えに、焼け焦げた床から視線を上げることも出来ないでいる紅音は、ガクリと再び膝を付く。

その様子を見て霧崎美樹は「捕えろ」とだけ武装警官たちにそう言い、紅音が警官たちに絡め取られ、手錠をかけられている様子を確認すると、警官の幾人かを伴い床にへたり込んだ美佳帆のところまで駆けてきた。

「怪我は大丈夫ですか?菊沢さん・・ですよね?もう安心してください」

「ど・・どうして私のことを・・?」

美佳帆はススにまみれた顔を向け、膝を付き怪我の様子を聞いてくるはち切れそうな胸の捜査官にそう聞きかえすと

「先ほどあなたの同僚たちにお会いしました。その時にあなたの救出を乞われたのです。聞いた服装と同じでしたからすぐわかりましたよ」

美佳帆は自分の服装がカットソーとデニムのホットパンツというわかりやすい服装を見て、苦笑し先輩思いの可愛い後輩たちに心中で感謝した。

「そ・・そうだわ!あの子たちは無事なんですか?」

美佳帆は彼女たちも大怪我をしていることを思い出し、爆乳捜査官に聞く。

すると美樹はすっと手をあげて美佳帆を制した。

美佳帆が美樹の様子に訝しがっていると、その美樹の手が緑色、眩いばかりの緑色の光を発し出したのだ。

「その光はっ・・」

美佳帆はその色に見覚えがあった。

千尋やスノウ、真理も使っている治癒の光であった。

しかし、霧崎美樹の光はそれまで見たものとは別なモノかと思われるほど鮮明で明るかったのである。

「あっ・・」

そんなことを思っているうちに、美佳帆が露出させているカットソーから覗く腕、ホットパンツから延びる脚にかざされ、ヒリヒリと痛んでいた火傷が嘘のように静まってゆく。

「まだ痛みますか?」

霧崎は相変わらず真面目くさった顔で美佳帆の顔を覗き込むようにして聞いてきたが、美佳帆はあまりにも簡単に引いた痛みが信じられない様子でフルフルと首を振った。

「それは良かったです。あの3人の方にも私が応急の治療を施してあります。念のために病院に搬送させていただきましたが、おそらく大丈夫でしょう」

「ほんとに?!ああっ!!3人とも?ああっ!ありがとうっ!あなた最高よっ!」

美佳帆のセリフに霧崎はいちいち力強く頷いていたが、不意に美佳帆が霧崎の首に手を回して感謝を身体で思い切り表現してきたことに慌てた声を上げた。

「わっ・・!落ち着いてください。それより先ほどまでいた黒装束の男はどこへ?お知り合いですか?」

「へっ?・・あら・・いない・・・?」

美佳帆は霧崎に質問されて初めてジンが消えていることに気が付いた。

「何者だったのですか?お知り合いでしょうか?なにかあの者について知っていることがあれば・・」

と霧崎が美佳帆に聞き始めた時、紅音を捕縛していた警官たちのほうで騒ぎ出した。

「離せっ!離しなさい!離せって言ってんでしょ雑魚どもがっ!」

紅音の怒号で美佳帆と霧崎がそちらに顔を向けた時、両手をチタン製の手錠で戒められた紅音がすでに武装警官たちを蹴り上げたところであった。

空中で武装した警官が3人宙に浮いて飛ばされている。

「くっ!しまった!」

霧崎がそう言ったとき、すでに紅音は霧崎と美佳帆に向かって手錠された両手を突き出し、残りのオーラを振り絞った大火球を放っていた。

【第9章 歪と失脚からの脱出 35話 黒頭巾の男の力終わり】36話へ続く
筆者紹介

千景

Author:千景
訪問ありがとうございます。
ここでは私千景が書いた小説を紹介させて頂きたいと思います。
ほぼ私と同年代の既婚者が主役のものになるかと思います。登場人物同士が
つながりを持っていて別の物語では最初の物語の主人公が脇役を務める様な
小説全体につながりを持たせ想像を膨らませていけたらと思っております。
どうぞ宜しくお願い致します

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