第8章 三つ巴 18話 髙嶺の凶刃
最大値からすれば、相当消費しているとは言え、佐恵子のオーラ量は膨大だ。
真理は、その膨大なオーラを使わず、最大出力で発動させた【治療】で佐恵子のキズと体力の回復にかかる。
佐恵子は特異体質で、オーラを一定以上使い過ぎた日以降、オーラ量が一定値以上まで回復するまでの間、特徴的な症状に陥ってしまう。
真理は、その症状のことをわかってはいたので、佐恵子のオーラを消費するのをためらい、自身のオーラを使用し【治療】に使う。
【未来予知】を発動しながら、自分のオーラを使って【治療】を行っているので、当然、真理自身のオーラの難しい調整を余儀なくされる。
高度なオーラ使用技術が必要であるが、真理は何とか、その難行をこなす。
真理は、自身のオーラがガリガリと削られていくのを感じる。
できれば大きくメモリ消費する【未来予知】を解除したいが、あの奈津紀のスピードを考えると、【未来予知】を展開させていても対応できるか不安であった。
いつ奈津紀の矛先がこちらに向けられるか、気が気ではない。
それにしても、佐恵子のダメージは思いのほか大きく、あのモブが放った攻撃にしては、威力があり過ぎたのが気になっていた。
しかし、その詮索は後だ。
真理は佐恵子の回復に全力を注ぐことに集中する。難しいオーラのコントロールを強いられるため、額には汗の玉が浮き始めた。
能力全開の加奈子が、千原奈津紀を抑えている間に、佐恵子を回復させなければ、全滅する。それほどに、あの千原奈津紀という髙嶺の女の戦闘力は高い。
「あんなのがいるなんて・・」
真理は、内心の焦りを呻くように、言葉にして吐き出した。
真理自身、先ほど、奈津紀の剣の間合いに晒されたときに、その殺気の圧力に押しつぶされそうであった。【未来予知】で感知したときにはすでに、彼女の間合いの中だった。
はやく佐恵子を戦線復帰させ、敵から魔眼と呼ばれ、恐れられる力を振るわす以外に、あの千原奈津紀を撃退することは無理だろう。
その力を最大限発揮させるためにも、佐恵子のオーラは無駄にはできない。
近距離戦闘ではあの加奈子が苦戦しているほどの手練れである。はっきり言って、近接戦闘では佐恵子に勝ち目はない。
しかし、能力は使い手の、性格や性質、嗜好や相性などが大きく反映する。
佐恵子は加奈子に比べると、肉体活性能力こそ高くはないが、能力は多彩で、微弱ながら念動力も用いることができる。
だが、佐恵子の真骨頂は精神感応や思念同調系の複合技能であり、それらは、対象の精神や脳波まで操作し、至近距離であれば、対象を完全に支配化におけるほど強力な思念波を飛ばすことができる。また、味方には付与を、敵には呪詛ともなりうる反則的な技能を複数持っている。
佐恵子が目を使えるようになるまでは、急いで回復させなければと、真理は焦りを堪えながらも、【治療】に集中していた。
「か・・加奈子が・・・真理・・・面倒をかけ・・ますわ・・ね・・。まさか・・あんな雑魚に・・遅れを・・とるなんて・・」
「今は気にしないで・・もうすこしよ・・佐恵子・・・」
「彼女は・・千原・・奈津紀・・。・・髙嶺の幹部の一人・・髙嶺弥佳子の側近・・。刀を持ち歩く時代錯誤の違法集団・・ですわ。たしか、なんとか無念流とやらの使い手です。・・・こんな時に・・まさか・・髙嶺の登場とは・・・」
随分と顔色が戻った佐恵子が、加奈子相手に、刀を振り回して、応戦している女性を見やりながら、真理のひざ元で呟く。
【治療】を発動しながら、加奈子と奈津紀の超人的な攻防を見ていた真理は、佐恵子を気遣いながらも、自身の周囲を【未来予知】で警戒を怠らない。真理自身もそうだが、今の佐恵子を攻撃されてしまっては、元も子もなくなる。
「きゃう!」
加奈子の悲鳴で、真理は顔を上げ悲鳴の方向を見る。
「スピードが落ちてきましたし、動きが荒くなってきました」
奈津紀の振るう和泉守兼定が加奈子の胸部を走ったのである。奈津紀は刀を握りなおし、上段に構えながら、静かにそう言った。
「はぁはぁ・・まだまだよ!」
白刃が走った胸部分に手をやり、斬れてはなく、ダメージもないことを確認しながら、加奈子が気合を振り絞る。
「行きますわ!真理」
これ以上、加奈子一人に奈津紀を、押し付けておくのは危険だと感じた佐恵子が、飛び起きた。
体力は半分程度の状態だが、痛みはもう感じない。完全回復には程遠いが、これ以上寝ているわけにはいかない。
「ぁ・・」
オーラをほぼ使い果たし、額に汗を浮かべ、力尽きかけた真理の制止する声は小さく、佐恵子には届かなかった。
佐恵子は加奈子の横に並び構えると、目に力を集中し始めた。
「支社長・・よかった・・大丈夫ですか?」
加奈子は、横に並んだ佐恵子に安堵した表情で声をかける。
「魔眼佐恵子・・?瀕死であったはずですが・・・あれほどの深手を、・・素晴らしい回復能力ですね。」
奈津紀は、回復した佐恵子と、後方で、肩で息をして蹲っている真理を見比べ、純粋に称賛を送る。
「加奈子!お願い!もう少し頑張ってもらいますわ!・・・【拳気】・・!!【疾風】・・!!」
佐恵子は、奈津紀の発言を無視し、増幅し練ったオーラを、加奈子に向けて発動させる。筋力と反射速度を外側から活性化させる付与を加奈子に送ったのだ。
「うっ!」
加奈子は、ドクンと身体を震わせせると、オーラが一気に体内に流れ込み、力が漲るのを感じる。
「あなたにはこれですわ!くらいなさい!【恐慌衰弱呪】!!!」
続けて、佐恵子は奈津紀に向き直り、張慈円を苦しめた呪詛より凶悪な技を飛ばす。
佐恵子の両目から発せられた、禍々しくどす黒いオーラの塊が奈津紀目掛け襲い掛かる。
しかし、そこに奈津紀の姿はなく、予想外の方向から抑揚のない涼し気な声が聞こえた。
「何度も回復されては面倒ですので、先に始末させていただきました」
戦慄した二人がほぼ同時に降り返ると、そこには刀を持った奈津紀が立っており、その足元にはうつ伏せで、真理が転がっていた。
技を発動させる一瞬の隙を突かれ、後方の真理のところまで、一気に間合いを詰められたのだ。
オーラを使い果たし、無防備な真理は、千原奈津紀という抗いがたい強敵に対して、もはや対抗するカードを持たず、成す術もなく一刀のもと打ち据えられていた。
「ま、真理・・・?」
佐恵子自身も大技を空撃ちしてしまい、ゼェゼェと呼吸しながら、うつ伏せでピクリとも動かない真理に、佐恵子が震えた声で呼びかける。
「てんめぇぇぇーーー!!」
能力全開に加えて、佐恵子からの付与を掛けられた加奈子が吠えながら、突進する。
「中々の速さっ!」
予測を上回る速度で迫る加奈子に、奈津紀が白刃を光らせ構えるが、一瞬の油断を突かれ、刀の間合いではなく、拳の間合いまで近づかれてしまう。
「加奈子!援護しますわ!」
勝機と見た佐恵子も、ガス欠気味の身体にムチを打ち、2対1で奈津紀を一気に追い込もうと、目に力を集中しつつ、身体活性を限界まで発動させ、突進しようとした瞬間、視界の外から声を掛けられた。
「てめえの相手は俺だぁ!」
驚いた佐恵子は、声の方向に顔を向けると、そこには再び彼がいた。
茂部天牙である。顔や頭からは出血しており、顔は埃と汗と血に汚れているが、目には闘志が宿っている。
「ハァハァ・・あ、あなた・・。あなたなどに構っている暇はありませんわ!取り込み中です!失せなさい!」
加奈子から、あれほどの攻撃を受けたというのにモブのオーラは多すぎることが、多少気にはなったが、佐恵子は面倒そうにモブに言い放った。
「知るか!行くぜ!」
そう言うが早いか、モブは疾風怒濤の勢いで佐恵子に肉薄する。
佐恵子は声が出せなかった。口の形が「え」を発音する形をとっただけである。
「っっぐぅ??!!!っっっっっっ!!!」
モブは金属の格子状の床を踏み抜く勢いの踏み込みで、背中と肩を同時にぶつける体当たりを佐恵子に食らわせ、左足を軸に後回蹴りで佐恵子を蹴り飛ばす。
モブに蹴られた衝撃で、佐恵子は、口から血をまき散らし、長い髪を激しくなびかせながら、きりもみ状態で飛んで行き、壁に激突した。
「おお・・」
感嘆の声を上げたのは、佐恵子に【恐慌】をかけられてた張慈円であった。
つい今しがたまで、ひどい二日酔いのような症状と、全身の倦怠感と悪寒に襲われていたのが、嘘のようになくなっていた。
宮川佐恵子はモブの攻撃を受け、完全に気を失ったのである。結果、張慈円に掛けていた能力も霧散したのでった。
「し、支社長―!!」
佐恵子が飛んで行った方に向かって加奈子が叫ぶ。
加奈子は、佐恵子のところまで一気に飛ぼうと力を籠め、跳躍しようとするも、付与されていた【拳気】と【疾風】もすでに霧散していたため、自分自身の急な動きの減退に狼狽する。
「っ!・・しまった」
佐恵子によって付与されていた、筋力と反射速度が失われ、肉体と感覚のバランスに大きく誤差が生じた加奈子は、大きく態勢を崩してしまう。
奈津紀ほどの達人にとっては、それは、大きすぎる隙であった。
「人の心配をしている場合ではありませんよ」
口元に薄く笑みを浮かべ、加奈子の隙を見逃さずに、そう言うと、奈津紀は愛刀和泉守兼定を加奈子目掛けてヒュン!と空気を切裂き唸らせる。
加奈子の対刃スーツのファスナートップが弾け飛び、ファスナーの下限である臍下まで、一気に切裂かれる。
斬られ弾け飛んだ、ファスナートップが金属の格子床に落ちチン!と澄んだ音を立てた。
澄んだ音と同時に、窮屈そうに納まっていた加奈子の豊満な双丘が、勢いよくこぼれ、真っ黒なスーツの中から、真っ白な肌とピンク色の突起が露わになった。
驚くべきことに奈津紀の剣先は、肌をキズ一つ付けず、耐刃性能の薄いファスナー部分のみを、見事に切裂いたのであった。
ファスナー部分を失ったスーツは左右に開ききり、服の様相をなしてはいない。
激しく動き回っていた加奈子の白い肌は、激しく呼吸している為、胸や腹部は女性らしいラインを一層際立たせている。
呼吸で、動くたびに汗で濡れた肌は、倉庫の薄暗い照明を跳ね返し、その場とのギャップがエロティックさを助長させる。
加奈子がはだけた服を掴み、自らの胸を隠さないのは、奈津紀によって、首筋ぎりぎりに突き付けられた刀のせいであった。
「くっ・・・ぅ」
「チェックメイト・・・中々頑張りましたが、ここまでです。」
顎をのけ反らせ、首から臍までを露出させられた加奈子が、悔しさと無念さで僅かに呻き、奈津紀は、無表情で抑揚のない声で勝利を告げた。
【第8章 三つ巴 18話 髙嶺の凶刃終わり】19話へ続く