第10章 賞金を賭けられた美女たち 17話 高峰弥佳子ついに潜入
緩やかな弧を描く港の埠頭は、すでに暗闇に包まれていた。
かつては大量の丸太を浮かべていたであろう港の水面には材木もなく、荷役作業を行うヤードにも人影がなくなって久しい様子である。
磯の臭いが漂い、小さな波濤が岸壁に当たる音が響いているほかには、少し離れた上空に掛けられた高架道路から車の走行音がわずかに聞こえてくるだけで、倉庫街は寂れ切っていた。
埠頭沿いは水銀灯が広い間隔で立ち並び周囲を照らすも、淡い灯りだけでは闇を消しきれず、冬の到来を匂わせる海風を更に冷たく感じさせている。
そんな人気のない埠頭沿いを進む者たちがいた。
ところどころヒビの入ったコンクリートの地面から突き出した大きなH鋼を縫うように駆け、二つの影は気配を立ち、月灯りに映される自身の影を見せぬように闇から闇へと身を隠しながら足音もなく進んでいる。
二人が目指している大きな倉庫は入口が開いており、倉庫内部から列車が通るようなレールが見え、倉庫の天井には使われなくなったクレーンのフックが錆び塗れでぶら下がり、倉庫の入口は真っ暗な大きな口を不気味に開けていた。
真っ暗で不気味に見えるが、侵入自体は容易だろう。
なぜなら二つの影の一人、神田川真理には、【未来予知】があり、人の突然の感情などの変化による未来は予測しにくい部分があるが、潜入や危険予測に関しての精度は極めて高いからだ。
その真理が、自分より少し前を先行する弥佳子の背に、制止を呼びかけた。
「これ以上近づけば見つかるわ」
真理の目には、弥佳子の数メートルほど先からが危険を表す色、黄褐色が見えていた。
そして真理の脳裏には、その黄褐色に入ると、倉庫の隣にある鉄塔から投光器が向けられるイメージが流れ込んでくる。
「ふむ・・・」
背後の真理の発言に、弥佳子は感心したような声をあげた。
弥佳子も、ここから見れば小箱のように小さく見える鉄塔の先端部分に人の気配があるのはわかっていた。
しかし、弥佳子は首を少しだけ振り返って真理に問いかけた。
「本当ですか?」
弥佳子は【未来予知】を試してみたくなったのだろう。
弥佳子も真理も、お互い相手の仕事のスタイルなど詳しく知るはずもない。
高嶺弥佳子がそんな軽率ではないとは思いつつも、一応と思い真理は口を開いた。
「・・・この距離で見つかってしまうと、私の力では敵が仲間に侵入を知らせるより早く仕留めることは難しいの。それに、張慈円に逃げられてしまう可能性を上げる行動は慎むべきでは?」
真理は不敵に笑う弥佳子の反応を伺うように慎重に窘めた。
「たしかに・・。私の見立てではこちら側の外にはあの鉄塔のみにしか人はいないようですね?神田川さんの【未来予知】にあそこ以外からの反応はありますか?」
真理の言葉に素直にうなずくと弥佳子は、積み上げられ朽ち果てた材木の影に身を隠し、すぐ後ろの真理に向って聞く。
「私の能力は探知能力ではありません。・・でも、いまのところ映し出されている未来は、あの鉄塔の上の二人の行動。ライフルが一人、もう一人は丸腰だけど、ライフルが応戦している間に仲間に知らせる係でしょうね。だから通信機器を持っていると考えるのが妥当です。ここは軽率に行動せず、裏口に回った菊沢部長たちの陽動を待つか、迂回するべきです。私の能力を使えばすこし時間はかかりますが、警戒網を抜けるルートなら見えてます。見つからずに侵入できますよ?・・それとも、高嶺さんはこの距離を敵に探知されずに突破ができる能力をお持ちなんですか?」
「・・ふふっ」
弥佳子は真理の不躾な返答に面食らい、そして愉快そうに笑った。。
普段従えている六刃仙や十鬼集の面々たちとは、弥佳子に忠実だが目の前の真理のようは口の聞き方はしない。
弥佳子は、普段部下たちからは経験できない、真理の新鮮な反応がつい嬉しくなってしまったのであった。
「なるほどなるほど・・。宮川さんもなかなかいい部下をお持ちですね。でも時間はかけたくありません。迂回して見つからずに侵入するのに要する時間はどのぐらいですか?」
「30分」
「じゃあ却下ですね」
「では何か手があると?」
「神田川さんは万が一私とはぐれても、【未来予知】があれば何とか一人でもどうにでもなりますよね?もちろんそうならないようにはしますが、張慈円がいれば場合によっては私だけで戦いたいのです」
(邪魔ってこと?じゃあなんでボクたちを連れてきたのよ)
真理は心中では速攻で突っ込みを入れる。
「そうですか。ボクのことはお構いなく」
そのため、つい口癖になってしまっている一人称が実際の口からも飛び出してしまった。
真理は以前、弥佳子の部下のゴスロリ二刀こと南川沙織に惨敗したことがあるのだ。
【未来予知】があっても、誰が相手でも身を守れるわけではない。
今の真理は、牡丹の花を咲かせたような表情の演技はしておらず、完全に素であった。
それゆえ真理にしてはつい素で答えしまい、;一人称を「ボク」と言ってしまったことに、少しだけバツが悪そうに眼を逸らした。
将来的に高い確率で敵になる相手に演技をする気にもなれなかったからでもあるが、真理にしては珍しい失態である。
「ボ・・ボク?・・ふふっ・・。ほんとうに・・。経団連のカンファレンスやテレビの取材の時とはずいぶん様子が違いますね神田川さん?・・・でも、私はそっちの貴女のほうが好きかもしれません。その貴女は宮川さんもご存じなのですか?」
「さあ、どうでしょう」
真理はそっけなく返す。
そんな真理の様子に、弥佳子はクスリと笑うと、身を隠していた材木から歩を進め月明りに姿を晒した。
「ちょっ!何を?!・・みつかるわ!」
なんの前触れもなく、無警戒に出て行った弥佳子を制止ようと真理が手を伸ばすも間に合わなかった。
真理の目で映る黄褐色になったラインを弥佳子が越えた瞬間、鉄塔からまばゆいライトが向けられ、弥佳子の姿がライトの逆光で影になる。はずだった。
しかし、其処に弥佳子の姿はすでにない。
照らされた先は何もなく、やや濡れたひび割れだらけのコンクリートの地面を楕円形のライトの跡が照らしているのみである。
鉄塔の上部からは、慌てた様子の男の声が聞こえてくるが、男たちの上げた短い悲鳴のあと、聞こえなくなった。
「ふぅ、やはり二人だけでしたね。それに神田川さんの【未来予知】の精度は流石です。穂香に胸を露出させられたときは、どうかと思ったのですが、相手が自分より速く動く相手には対応ができないということかしら?」
「え?」
真理は声のする方へ顔を向ける。
見上げた先は真理のすぐ頭上で、その木材の瓦礫の上ではしゃがんだ格好で、チン!と納刀したところの弥佳子が鉄塔の方を眺めていた。
「片付きましたよ。これで迂回せず堂々と入れますね。行きましょうか神田川さん?」
弥佳子は、そう言って瓦礫の向こう側にぴょんと飛び降りて行ってしまった。
向こう側で足音なく着地して、歩いている弥佳子に真理も追いつく。
鉄塔のすぐ下まで歩いてきたとき、嗅覚を強化しなくても完全に血とわかる臭いが、鼻孔をくすぐる。
鉄塔の上にいた二人の見張りからだろう。
弥佳子が腰に帯びている刀で屠ったのなら、弥佳子の刀からも血の臭いがするはずなのだが、弥佳子からはそういった臭いは一切してこない。
(私の能力を試しただけ?それだけで敵に見つかったっていうの?それにしたってあの鉄塔にいた見張りの二人を・・)
「どうやって・・?」
真理が前を歩く弥佳子の背にそう声をかけたが、弥佳子や少しだけ振り返り、左の腰に帯びている刀の柄の部分を、ポンポンと叩いて笑顔を返してきたのみであった。
(・・あの距離、鉄塔を取り巻く鉄の格子まであったのに、いったいどうやって?佐恵子の髪を斬った時と言い、この力は絶対に剣技だけじゃ無いわ。この女が空間を操るっていうのは有名な話だけど、どういう感じで空間を?・・・実際にどんな能力かちゃんと見極めてあげるわよ。一緒に来たことを後で後悔させてやるんだから・・。それにしても私や菊沢さんを連れてくる意味なんてあったのかしら・・・?高嶺弥佳子自身がここまでの強さで、ゴスロリやムチムチハム子みたいな部下がいるんなら、そいつらを連れてくればいいのに・・。あいつらがSで負傷したとしても六刃仙でしょ?ハム子、ゴスロリ以外にもあと4人もいるはずよ?たしか大石穂香っていうソバージュ女も六刃仙らしいけど、なんでこんな少人数で来たのかしら?なぜ私や菊沢部長を・・?・・三合会の張慈円の警護任務を失敗したことを揉み消したいなら、自分たちですればいいのに・・。いくら任務失敗の証拠隠滅って言ったって、表向き宮川からの依頼というカタチが欲しいにしても・・私たち自身が目撃者になっちゃうじゃない。張慈円は確かに手ごわい相手でしょうけど、この女と六刃仙が何人かでかかれば圧倒できるるんじゃない?張慈円の部下の劉幸喜は私にも敵わない程度の腕なのよ?・・・なにか理由があるのかしら・・?私たちを連れてこなきゃいけない理由が)
真理が背後で思案しているのをなんとなく感じ取った弥佳子は、出来るだけ言葉を交わさず先を急いでいた。
高嶺弥佳子は宮コーに「張慈円の殺害」を依頼されたことになっているが、真の狙いはそれではない。
張慈円を消すつもりではいるが、今回のミッションの本当の目的は、連絡が途絶えている3人の部下の救出である。
弥佳子の中ではそれが最優先事項なのだ。
宮川の人間にそれを知られるのは都合が悪い。
弥佳子は場合によっては張慈円を始末するつもりでいるが、部下の3人の救出を優先させるつもりである。
Sでの【残り香】の情報では、菊沢宏ならおそらく張慈円を圧倒できるということはわかっている。
弥佳子は奈津紀たちを救出している際に、菊沢宏なら張慈円に対抗できると踏んでいるのだ。
そして万一に備え【未来予知】と【治療】を持つ神田川真理。
六刃仙の大石穂香はサイコパスな問題児ながらも、今回張慈円と相見舞えても、命を落とす可能性は低く、腕は文句なしであるし弥佳子の命令であれば言うことを聞く。
穂香は沙織以上に単独行動させるには不安だらけの超問題児だが、剣の腕は一級品である。
そして穂香の強さは、剣技の腕前だけでなくその性格にあった。
太刀筋にいっさいの迷いがないのだ。
考えるよりも先に身体が動くタイプである。
大石穂香は、真理の【未来予知】に反映しにくいサイコパス天然なのである。
沙織と犬猿の仲なのが懸念事項ではあるが、穂香以外に今回の適任者はいない。
現在六刃仙は、千原奈津紀、前迫香織、南川沙織、井川栄一、大石穂香の5人で、一つ席は空いている。
近々、六刃仙の下部組織である十鬼集から抜擢しようと思ってはいるが、弥佳子は迷っていた。
宮コー関西支社に人質として置いてきた静ならば、六刃仙として実力的にも性格的にも問題はないが、高嶺静は、奈津紀と違い、弥佳子の親族として門下生にも広く知れ渡ってしまっている。
静と実力が拮抗してきている十鬼集も何人かいるなかで、静の抜擢はためらわれたのだ。
(いまは、奈津紀さんたちの救出が最優先だわ。好色な張慈円のことです・・・。女として最悪の事態もありうるかもしれません。急がなくては・・・。対外的な名目としては宮コーに「張慈円の殺害依頼」を出させた。あとは、張慈円と奈津紀さんたちの状況次第・・。神田川真理の【未来予知】がもう少し先まで見通せるかと思いましたが、流石にそこまで先は見通せないようですね・・・。こうなったら回復係として割り切ることにしましょう)
高嶺暗殺集団がアウトローな組織だといえ、このタイミングで理由もなく香港三合会の一角である張慈円を殺害してしまうと、高嶺は張慈円が依頼した仕事を全うできなかったことを揉み消すために張慈円を手に掛けた、と思われるのを避けなければならない。
それに、いまだ未確認事項だが、張慈円がすでに高嶺を裏切り、千原奈津紀、前迫香織、南川沙織の3名をすでに害していた場合、迅速に対処も必要になる。
十鬼集の面々を使って【残り香】で孤島Sをくまなく調べさせた結果、島を離脱するタイミングでは張慈円も奈津紀ら3人も、まだ生きていたことは確認している。
六刃仙の3人が生きているにも関わらず、3人とは連絡が取れず、張慈円とも連絡が取れない。
「急ぎましょう」
弥佳子は後ろの真理にそう言うと、大きな口を開けた暗い倉庫へと駆け出していった。
一方、倉庫の内部では、袁揚仁が二人の部下の報告を聞いていた。
「で、無事逃がせてあげられたんだね?」
「はい。下っ端も含めて清水たちは全員無事です」
「うん、ご苦労様。あの人たちはまだ働いてくれそうだからね」
袁揚仁のそのセリフに、報告をし終わった和柄ジャンパーの男は不満そうに眉をひそませた。
「しかし、あの男たちが今後もそう役に立ちますかね?」
ボスからの命令とはいえ、商売敵でもある者たちの逃走の手助けをさせられたのだ。
「ロウさんは不満なんだね?でも現に彼らは役に立ってるじゃないか?ロウさんたちもいままで5000万クラスの能力者を何人か狩ってくれてるけどさ。当時5億越えだった紅蓮を狩れたかい?」
ワイングラスを片手に燻らせ、背もたれに身を預けたままそう言う袁揚仁に、和柄ジャンバーこと、中国系アメリカ人であるスティッキー・ロウは口を噤まざるを得なかった。
ロウは宮コーの紅蓮とは一度だけ戦ったことがある。
もっとも相手はロウのことなど覚えてもいないだろうが・・。
数年前、アフリカ・コンゴでのことだ。
レアメタルであるコバルトの採掘権を狙っていた日本政府が、現地法人にと派遣してきた組織が宮コーだったのだ。
コンゴの銅やコバルトは中国本国ががっちり抑えた市場であり、コンゴにおける金属は袁揚仁率いる三合会が現地の採掘場や、現地の要人警護に当たっていたのだ。
表向きは香港三合会の名が出ているわけではないが、最初から穏便な話し合いだけでは終わらないと踏んでいた日本政府は宮コー内部でも特に荒事に強いメンバーを送り込んできていた。
日本政府が先遣隊と要人警護を兼ねて派遣してきたのが、宮川コーポレーションの紅蓮こと緋村紅音たちであったのだ。
本国は日本に絶対に採掘権は渡さない。コンゴに入国した日本人は全員事故死したことにせよ。
との命令が本国から三合会を通じてロウたちには下っていた。
もともと採掘利権で得ている莫大な収益を割譲するつもりなどサラサラなかったロウたちも、本国からの命令は大いに納得でき、また、ロウの部下たちも娯楽もない山奥での退屈な仕事にちょうど刺激を求めていたのだった。
そこへ刺激の強い仮想敵国である日本が、物資とお金と女を寄こしてくるというのである。
燃えざるを得ない。
ロウは、綿密に計画を立て、大使館からでて、現地視察に向かった日本政府高官と、現地で採掘業務を行う法人として決定している宮コーの職員に襲撃を掛ける予定であった。。
しかし襲撃を掛けるどころか、逆に襲われてしまった。
順調に獲物を予定通りの場所に誘い込み、手下の数もそろえ、地の利もあったというのにロウは命辛々逃げ帰る羽目になった。
日本人視察団の案内役には息のかかった現地人を送り込み嘘の道へと誘い込んだのだ。
そして部下たちには、紅蓮たちを奇襲させようと待ち伏せさせていたが、奇襲をするどころか、用意していた武器のはるか射程距離外から逆に紅蓮に探知されてしまい、大火球の雨という猛烈な先制攻撃を受け、まともに戦う前からほとんどの部下は死んでしまったのだ。
しかし、その火の雨を掻い潜り、残った数人の能力者の精鋭たちで紅蓮率いる宮コーの能力者たちに戦いを挑んだのだが、結果はロウ一人を残して全滅してしまう。
ロウを含め、ロウの部下たちも能力者としては武闘派で肉体強化に長けており、たいていの能力者なら叩きのめすことが可能だ・・と思っていた。
紅蓮は術者寄りで、肉弾戦に持ち込めばどうにでもなるはずだと思っていた。
日本の能力者は、紅蓮と紅蓮にいつもついているロン毛野郎だけでたったの二人というたしかな情報も持っていた。
ロン毛野郎は叩きのめし、紅蓮は部下や同僚の目の前で犯す。
日本という好きになれない国の大企業のエリートキャリアウーマンであり、有名な能力者でもある紅蓮をアフリカの地で犯し、そして事故死したことにするはずだった。
こういう筋書きだった。
しかし、その筋書きはとんだ見当違いな目論見だったのだ。
ほとんどの部下は、紅蓮が振らせた火の玉の雨で死んだか、逃げ散ってしまった。
それでも、何人かの犠牲を払って火の玉の雨と、周囲を焦がす炎熱を乗り越え、紅蓮の表情がわかるまでなんとか近づけた時、ロウは突っ込んだことを後悔した。
紅蓮の表情には焦りなどみじんもなく、殺戮を楽しんでいる様子すらなかった。
こっちは決死の覚悟で紅蓮と近接戦闘に持ち込もうと熱波のなか散々苦労したというのに、火傷とススだらけになったロウたちを見た紅蓮は、本当にめんどくさそうに、大げさにため息をついてから、隣に控えている長髪ロン毛の男に、手ぶり身振りを交えて抗議をしていたのだ。
「あ~・・まだこんなにいるじゃない!めんどくさいわねえ。何匹めよ!暑っついし、食事はマズし、シャワーなんて水しか出なかったのよ?!部屋にはでっかいわけわかんない虫がいるしさあ!あ~っ!もうこんなところもう嫌!汗もかいちゃうし、服もドロだらけ!」
「いや・・こいつらとそんなことは関係がないだろう?・・それに熱いのは紅音が腹立ちまぎれに火の玉を乱射したからだぞ?ナパーム弾みたいにそのあたりをこんなに焼いてしまって、山間部とはいえこんなに焼いてしまうと農民や現地の人たちは困るんじゃないのか?」
待ち伏せをし、奇襲をかけ、楽に仕事を済ませるつもりだったとはいえ、こういう鉄火場ともなればロウたちのような裏家業の人間なら命を懸ける覚悟になる。
しかし、紅蓮たちはまるで場違いな痴話ゲンカを火の海となったジャングルで行っていたのだ。
「丸岳君細かいわね!こんなところに潜んでるやつがまともなヤツなわけないでしょ?!」
赤毛を振り乱し、手を払うようにしてから腰に手をあて、ぷくっとほほを膨らませている紅蓮の仕草は、芝居がかっておらず、本当に普段からこういう傲慢な態度を素で取れているのだとわかる雰囲気があった。
「いや、しかしだな・・。この国ではこういうところに住んでいる人たちも・・」
長髪ロン毛男こと丸岳貴司も、そんな紅蓮を宥めるのは毎日のことのようで、妙に慣れた仕草であった。
「森の中に隠れられてたらイチイチ探すのがめんどくさいじゃない!・・あっ!ほら!そこにも火に追われて出てきたでしょ?虫たちがさ!」
「そうだな・・。まあ、とりあえず俺たちに敵対しているのは間違いなさそうだ。片づけるか」
「あ~もう面倒ね。クリーニングしてるスーツはもうこれ一着しかないってのにぃ!」
紅蓮はそう悪態をつくと、周囲に発生させた熱で赤毛を逆立たせ、両手に炎をまとい、童顔を歪ませ、たじろぐロウの精鋭の部下たちを、言葉通り羽虫かなにかを払うかの如く、煩わしそうに片手をぶん!振って発生させた炎の波で吹き飛ばしたのであった。
その時のロウの記憶はそこまでである。
波濤のように迫りくる炎で薙ぎ払われ、近くにあった川に運よく転げ落ちたロウが目を覚ましたのは、現地から数キロ離れた川べりだったのだ。
(とても無理だ。くそっ・・清水たちのような無能力に近い奴らが一体どうやって紅蓮みたいな能力者を打ち破ったんだ・・?)
あの時の光景が脳裏によみがえり、無意識に身体を強張らせてしまう。
「でしょ?あのときは僕も大損させられたからね。僕もだけど、ロウさんも紅蓮があそこまでぶっ飛んだヤツだなんて思わなかったんじゃない?あの採掘権は宮コーに奪われたのは商売的にも痛かったんだけど・・、なにより僕ら三合会のメンツを丸つぶしにしてくれたことのほうがよっぽど痛かったよ・・・。でも清水さんたちは、僕らに辛酸をなめさせた紅蓮を地べたに落として裸に剥いて這いずり回らせてくれたんだからね。その痴態はネットでいまも多くの人たちに視聴され続けてる。これでようやくあの時の溜飲が下がるってもんだよ。だから清水さんたちの働きは収益以上に評価してるし、これからも、まだまだ頑張ってもらいたいのさ。彼らがどんな手を使ったかは調べる必要があるけど、彼らは役に立つ。異存ないよね?」
ロウはこたえられなかったが、その表情には言葉以上に答えが書いてあったのだろう。
袁揚仁は無言のロウが渋々ながらも納得したことがわかったようで、頷いてからテーブルに置いてあるモニタに目をうつした。
モニタに移る映像はロウからは見えないが、袁揚仁はモニタに映る前迫香織の様子に満足そうに笑うと、手にしていたグラスをテーブルに置き、ロウに向かって手を軽く上げた。
ロウは長年の経験から、その袁揚仁の仕草が「用件は終わった退室しろ」という合図だとわかっていた。
ボスとはいえ年下の者に取られる態度としては一言思うところはあるが、以前コンゴでの失態のことをこれ以上深堀されては面白くないと思ったロウは、長居は無用と、軽く頭を下げて踵を返すと部屋を後にしたのだった。
ロウが退室し、足音と気配が遠くまで離れたことを聴力強化で確認した袁揚仁は、モニタの音量をミュート解除した。
「ああぁつ!ああまた逝くっ!ああ!逝ってしまいます!」
途端に女性の嬌声が大音量で漏れ出したのだ。
袁揚仁が座るデスクの上にはタブレット程度の大きさのモニタがあり、その中では前迫香織が粗末なベッドの上で膝をつき、頬で体重を支える格好になっていた。
長い脚が特徴的だが丸みのある魅力的なヒップを突き上げ、両手は両足の間から股間付近のばされており、せわしなく厭らしい粘着音を響かせて指オナニーにいそしんでいる姿が映し出されている。
長い髪はシーツの上を伝い、ベッドから床に流れ出るようにして乱れている。
「普段真面目な子ほど、内面はエロいんだよね」
複数あるカメラを操作し、モニタに映る画面を割り振ると、画面の左半分には突き上げているヒップがよくわかる香織の全体を見下ろす画像と、右半分の画面にはほほを固いベッドに押し付け、自慰の快感で歪んだ香織の顔が長い髪で隠されているが、その口元はだらしなく開けられ、熱い吐息を吐いている様子がアップに映されている。
「エロいけど、これじゃ前迫香織さんだってわからないな・・」
そうつぶやくと、袁揚仁は前迫香織が刀を腰に帯び、スーツ姿で凛々しい表情で高嶺製薬本社内を颯爽と歩く姿を画面に追加してやった。
「いいね。このアへ顔だけみたら前迫香織だってわからない人が大勢いるだろうから、こういう一手間を掛けてあげるのはサービス業の基本だよね」
モニタには、すでに患者衣をはだけて全裸になった香織が、ヒップを突き上げ、股間を両手で忙しく慰めている映像と、自慰で何度も果てているアへ顔アップと、スーツ姿で高嶺製薬内での仕事をしている前迫香織が映されている。
画面内の映像が満足のいく配置になったところで袁揚仁は、ロウが入室する前からいる来客に声を掛けた。
「どう?君もこういうハントに参加してくれないかな?君ならずいぶん稼げると思うんだけど?」
誰もいないと思われた入り口側の壁、フェルメールの絵画と観葉植物の間に、やや影になっている部分から僅かに気配が反応した。
「せっかくやけど、俺は遠慮するわ」
無音無気配の雰囲気とは真逆の、陽気な関西弁が闇から飛び出してきた。
「女は好きじゃないのかい?」
袁揚仁は気配を消し影に身を潜ませている男に問いかけた。
「いやいや、俺ほど女を愛してるヤツなんて世界中探したってそうおらへんで?」
「じゃあ何かい?・・君ほどの能力者でも紅蓮のような超がつく能力者には怖気づいたってわけかな?」
袁揚仁の挑発っぽいセリフに対して、男はようやく姿を見せた。
目元以外はすっぽりと頭巾に覆われ、服装もまんま忍者というに相応しい黒装束姿の男が、闇から歩み出てきたのだ。
「それも違うなあ。まあ、なんや。袁の旦那との契約期間は今日の0時で終わりや。2日って短い間やったのに、何事もなさそうでええ仕事やったわ。また頼んます」
気配を絶つ技術や、足音もなく歩く身のこなしからは想像し難い、商売人のような関西弁である。
男の口元は頭巾で見えないため、本当にこの忍者ルック男がしゃべっているのか疑いたくなる光景だ。
「まだ、時間まで3時間ほどあるよ。君ほどの腕なら僕が専属で雇ってあげたいんだけど?」
「おおきにおおきに。ま、俺はフリーが性に合っとるさかい。その話は勘弁したってや」
「ふぅん・・まあいいか。気が変わったら声をかけてきなよ」
忍者ルック男は袁揚仁の勧誘に最後は肩をすくめると、一歩下がって闇に身を隠してから気配と姿を消してしまった。
袁が一人だけ残った部屋には、前迫香織が千原奈津紀と脳をリンクされた状態であるがため、自慰に耽って上げている嬌声がスピーカーから漏れだしていた。
【第10章 賞金を賭けられた美女たち 17話 高峰弥佳子ついに潜入 終わり】18話へ続く