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第10章  賞金を賭けられた美女たち 17話 高峰弥佳子ついに潜入

第10章  賞金を賭けられた美女たち 17話 高峰弥佳子ついに潜入

緩やかな弧を描く港の埠頭は、すでに暗闇に包まれていた。

かつては大量の丸太を浮かべていたであろう港の水面には材木もなく、荷役作業を行うヤードにも人影がなくなって久しい様子である。

磯の臭いが漂い、小さな波濤が岸壁に当たる音が響いているほかには、少し離れた上空に掛けられた高架道路から車の走行音がわずかに聞こえてくるだけで、倉庫街は寂れ切っていた。

埠頭沿いは水銀灯が広い間隔で立ち並び周囲を照らすも、淡い灯りだけでは闇を消しきれず、冬の到来を匂わせる海風を更に冷たく感じさせている。

そんな人気のない埠頭沿いを進む者たちがいた。

ところどころヒビの入ったコンクリートの地面から突き出した大きなH鋼を縫うように駆け、二つの影は気配を立ち、月灯りに映される自身の影を見せぬように闇から闇へと身を隠しながら足音もなく進んでいる。

二人が目指している大きな倉庫は入口が開いており、倉庫内部から列車が通るようなレールが見え、倉庫の天井には使われなくなったクレーンのフックが錆び塗れでぶら下がり、倉庫の入口は真っ暗な大きな口を不気味に開けていた。

真っ暗で不気味に見えるが、侵入自体は容易だろう。

なぜなら二つの影の一人、神田川真理には、【未来予知】があり、人の突然の感情などの変化による未来は予測しにくい部分があるが、潜入や危険予測に関しての精度は極めて高いからだ。

その真理が、自分より少し前を先行する弥佳子の背に、制止を呼びかけた。

「これ以上近づけば見つかるわ」

真理の目には、弥佳子の数メートルほど先からが危険を表す色、黄褐色が見えていた。

そして真理の脳裏には、その黄褐色に入ると、倉庫の隣にある鉄塔から投光器が向けられるイメージが流れ込んでくる。

「ふむ・・・」

背後の真理の発言に、弥佳子は感心したような声をあげた。

弥佳子も、ここから見れば小箱のように小さく見える鉄塔の先端部分に人の気配があるのはわかっていた。

しかし、弥佳子は首を少しだけ振り返って真理に問いかけた。

「本当ですか?」

弥佳子は【未来予知】を試してみたくなったのだろう。

弥佳子も真理も、お互い相手の仕事のスタイルなど詳しく知るはずもない。

高嶺弥佳子がそんな軽率ではないとは思いつつも、一応と思い真理は口を開いた。

「・・・この距離で見つかってしまうと、私の力では敵が仲間に侵入を知らせるより早く仕留めることは難しいの。それに、張慈円に逃げられてしまう可能性を上げる行動は慎むべきでは?」

真理は不敵に笑う弥佳子の反応を伺うように慎重に窘めた。

「たしかに・・。私の見立てではこちら側の外にはあの鉄塔のみにしか人はいないようですね?神田川さんの【未来予知】にあそこ以外からの反応はありますか?」

真理の言葉に素直にうなずくと弥佳子は、積み上げられ朽ち果てた材木の影に身を隠し、すぐ後ろの真理に向って聞く。

「私の能力は探知能力ではありません。・・でも、いまのところ映し出されている未来は、あの鉄塔の上の二人の行動。ライフルが一人、もう一人は丸腰だけど、ライフルが応戦している間に仲間に知らせる係でしょうね。だから通信機器を持っていると考えるのが妥当です。ここは軽率に行動せず、裏口に回った菊沢部長たちの陽動を待つか、迂回するべきです。私の能力を使えばすこし時間はかかりますが、警戒網を抜けるルートなら見えてます。見つからずに侵入できますよ?・・それとも、高嶺さんはこの距離を敵に探知されずに突破ができる能力をお持ちなんですか?」

「・・ふふっ」

弥佳子は真理の不躾な返答に面食らい、そして愉快そうに笑った。。

普段従えている六刃仙や十鬼集の面々たちとは、弥佳子に忠実だが目の前の真理のようは口の聞き方はしない。

弥佳子は、普段部下たちからは経験できない、真理の新鮮な反応がつい嬉しくなってしまったのであった。

「なるほどなるほど・・。宮川さんもなかなかいい部下をお持ちですね。でも時間はかけたくありません。迂回して見つからずに侵入するのに要する時間はどのぐらいですか?」

「30分」

「じゃあ却下ですね」

「では何か手があると?」

「神田川さんは万が一私とはぐれても、【未来予知】があれば何とか一人でもどうにでもなりますよね?もちろんそうならないようにはしますが、張慈円がいれば場合によっては私だけで戦いたいのです」

(邪魔ってこと?じゃあなんでボクたちを連れてきたのよ)

真理は心中では速攻で突っ込みを入れる。

「そうですか。ボクのことはお構いなく」

そのため、つい口癖になってしまっている一人称が実際の口からも飛び出してしまった。

真理は以前、弥佳子の部下のゴスロリ二刀こと南川沙織に惨敗したことがあるのだ。

【未来予知】があっても、誰が相手でも身を守れるわけではない。

今の真理は、牡丹の花を咲かせたような表情の演技はしておらず、完全に素であった。

それゆえ真理にしてはつい素で答えしまい、;一人称を「ボク」と言ってしまったことに、少しだけバツが悪そうに眼を逸らした。

将来的に高い確率で敵になる相手に演技をする気にもなれなかったからでもあるが、真理にしては珍しい失態である。

「ボ・・ボク?・・ふふっ・・。ほんとうに・・。経団連のカンファレンスやテレビの取材の時とはずいぶん様子が違いますね神田川さん?・・・でも、私はそっちの貴女のほうが好きかもしれません。その貴女は宮川さんもご存じなのですか?」

「さあ、どうでしょう」

真理はそっけなく返す。

そんな真理の様子に、弥佳子はクスリと笑うと、身を隠していた材木から歩を進め月明りに姿を晒した。

「ちょっ!何を?!・・みつかるわ!」

なんの前触れもなく、無警戒に出て行った弥佳子を制止ようと真理が手を伸ばすも間に合わなかった。

真理の目で映る黄褐色になったラインを弥佳子が越えた瞬間、鉄塔からまばゆいライトが向けられ、弥佳子の姿がライトの逆光で影になる。はずだった。

しかし、其処に弥佳子の姿はすでにない。

照らされた先は何もなく、やや濡れたひび割れだらけのコンクリートの地面を楕円形のライトの跡が照らしているのみである。

鉄塔の上部からは、慌てた様子の男の声が聞こえてくるが、男たちの上げた短い悲鳴のあと、聞こえなくなった。

「ふぅ、やはり二人だけでしたね。それに神田川さんの【未来予知】の精度は流石です。穂香に胸を露出させられたときは、どうかと思ったのですが、相手が自分より速く動く相手には対応ができないということかしら?」

「え?」

真理は声のする方へ顔を向ける。

見上げた先は真理のすぐ頭上で、その木材の瓦礫の上ではしゃがんだ格好で、チン!と納刀したところの弥佳子が鉄塔の方を眺めていた。

「片付きましたよ。これで迂回せず堂々と入れますね。行きましょうか神田川さん?」

弥佳子は、そう言って瓦礫の向こう側にぴょんと飛び降りて行ってしまった。

向こう側で足音なく着地して、歩いている弥佳子に真理も追いつく。

鉄塔のすぐ下まで歩いてきたとき、嗅覚を強化しなくても完全に血とわかる臭いが、鼻孔をくすぐる。

鉄塔の上にいた二人の見張りからだろう。

弥佳子が腰に帯びている刀で屠ったのなら、弥佳子の刀からも血の臭いがするはずなのだが、弥佳子からはそういった臭いは一切してこない。

(私の能力を試しただけ?それだけで敵に見つかったっていうの?それにしたってあの鉄塔にいた見張りの二人を・・)

「どうやって・・?」

真理が前を歩く弥佳子の背にそう声をかけたが、弥佳子や少しだけ振り返り、左の腰に帯びている刀の柄の部分を、ポンポンと叩いて笑顔を返してきたのみであった。

(・・あの距離、鉄塔を取り巻く鉄の格子まであったのに、いったいどうやって?佐恵子の髪を斬った時と言い、この力は絶対に剣技だけじゃ無いわ。この女が空間を操るっていうのは有名な話だけど、どういう感じで空間を?・・・実際にどんな能力かちゃんと見極めてあげるわよ。一緒に来たことを後で後悔させてやるんだから・・。それにしても私や菊沢さんを連れてくる意味なんてあったのかしら・・・?高嶺弥佳子自身がここまでの強さで、ゴスロリやムチムチハム子みたいな部下がいるんなら、そいつらを連れてくればいいのに・・。あいつらがSで負傷したとしても六刃仙でしょ?ハム子、ゴスロリ以外にもあと4人もいるはずよ?たしか大石穂香っていうソバージュ女も六刃仙らしいけど、なんでこんな少人数で来たのかしら?なぜ私や菊沢部長を・・?・・三合会の張慈円の警護任務を失敗したことを揉み消したいなら、自分たちですればいいのに・・。いくら任務失敗の証拠隠滅って言ったって、表向き宮川からの依頼というカタチが欲しいにしても・・私たち自身が目撃者になっちゃうじゃない。張慈円は確かに手ごわい相手でしょうけど、この女と六刃仙が何人かでかかれば圧倒できるるんじゃない?張慈円の部下の劉幸喜は私にも敵わない程度の腕なのよ?・・・なにか理由があるのかしら・・?私たちを連れてこなきゃいけない理由が)

真理が背後で思案しているのをなんとなく感じ取った弥佳子は、出来るだけ言葉を交わさず先を急いでいた。

高嶺弥佳子は宮コーに「張慈円の殺害」を依頼されたことになっているが、真の狙いはそれではない。

張慈円を消すつもりではいるが、今回のミッションの本当の目的は、連絡が途絶えている3人の部下の救出である。

弥佳子の中ではそれが最優先事項なのだ。

宮川の人間にそれを知られるのは都合が悪い。

弥佳子は場合によっては張慈円を始末するつもりでいるが、部下の3人の救出を優先させるつもりである。

Sでの【残り香】の情報では、菊沢宏ならおそらく張慈円を圧倒できるということはわかっている。

弥佳子は奈津紀たちを救出している際に、菊沢宏なら張慈円に対抗できると踏んでいるのだ。

そして万一に備え【未来予知】と【治療】を持つ神田川真理。

六刃仙の大石穂香はサイコパスな問題児ながらも、今回張慈円と相見舞えても、命を落とす可能性は低く、腕は文句なしであるし弥佳子の命令であれば言うことを聞く。

穂香は沙織以上に単独行動させるには不安だらけの超問題児だが、剣の腕は一級品である。

そして穂香の強さは、剣技の腕前だけでなくその性格にあった。

太刀筋にいっさいの迷いがないのだ。

考えるよりも先に身体が動くタイプである。

大石穂香は、真理の【未来予知】に反映しにくいサイコパス天然なのである。

沙織と犬猿の仲なのが懸念事項ではあるが、穂香以外に今回の適任者はいない。

現在六刃仙は、千原奈津紀、前迫香織、南川沙織、井川栄一、大石穂香の5人で、一つ席は空いている。

近々、六刃仙の下部組織である十鬼集から抜擢しようと思ってはいるが、弥佳子は迷っていた。

宮コー関西支社に人質として置いてきた静ならば、六刃仙として実力的にも性格的にも問題はないが、高嶺静は、奈津紀と違い、弥佳子の親族として門下生にも広く知れ渡ってしまっている。

静と実力が拮抗してきている十鬼集も何人かいるなかで、静の抜擢はためらわれたのだ。

(いまは、奈津紀さんたちの救出が最優先だわ。好色な張慈円のことです・・・。女として最悪の事態もありうるかもしれません。急がなくては・・・。対外的な名目としては宮コーに「張慈円の殺害依頼」を出させた。あとは、張慈円と奈津紀さんたちの状況次第・・。神田川真理の【未来予知】がもう少し先まで見通せるかと思いましたが、流石にそこまで先は見通せないようですね・・・。こうなったら回復係として割り切ることにしましょう)

高嶺暗殺集団がアウトローな組織だといえ、このタイミングで理由もなく香港三合会の一角である張慈円を殺害してしまうと、高嶺は張慈円が依頼した仕事を全うできなかったことを揉み消すために張慈円を手に掛けた、と思われるのを避けなければならない。

それに、いまだ未確認事項だが、張慈円がすでに高嶺を裏切り、千原奈津紀、前迫香織、南川沙織の3名をすでに害していた場合、迅速に対処も必要になる。

十鬼集の面々を使って【残り香】で孤島Sをくまなく調べさせた結果、島を離脱するタイミングでは張慈円も奈津紀ら3人も、まだ生きていたことは確認している。

六刃仙の3人が生きているにも関わらず、3人とは連絡が取れず、張慈円とも連絡が取れない。

「急ぎましょう」

弥佳子は後ろの真理にそう言うと、大きな口を開けた暗い倉庫へと駆け出していった。

一方、倉庫の内部では、袁揚仁が二人の部下の報告を聞いていた。

「で、無事逃がせてあげられたんだね?」

「はい。下っ端も含めて清水たちは全員無事です」

「うん、ご苦労様。あの人たちはまだ働いてくれそうだからね」

袁揚仁のそのセリフに、報告をし終わった和柄ジャンパーの男は不満そうに眉をひそませた。

「しかし、あの男たちが今後もそう役に立ちますかね?」

ボスからの命令とはいえ、商売敵でもある者たちの逃走の手助けをさせられたのだ。

「ロウさんは不満なんだね?でも現に彼らは役に立ってるじゃないか?ロウさんたちもいままで5000万クラスの能力者を何人か狩ってくれてるけどさ。当時5億越えだった紅蓮を狩れたかい?」

ワイングラスを片手に燻らせ、背もたれに身を預けたままそう言う袁揚仁に、和柄ジャンバーこと、中国系アメリカ人であるスティッキー・ロウは口を噤まざるを得なかった。

ロウは宮コーの紅蓮とは一度だけ戦ったことがある。

もっとも相手はロウのことなど覚えてもいないだろうが・・。

数年前、アフリカ・コンゴでのことだ。

レアメタルであるコバルトの採掘権を狙っていた日本政府が、現地法人にと派遣してきた組織が宮コーだったのだ。

コンゴの銅やコバルトは中国本国ががっちり抑えた市場であり、コンゴにおける金属は袁揚仁率いる三合会が現地の採掘場や、現地の要人警護に当たっていたのだ。

表向きは香港三合会の名が出ているわけではないが、最初から穏便な話し合いだけでは終わらないと踏んでいた日本政府は宮コー内部でも特に荒事に強いメンバーを送り込んできていた。

日本政府が先遣隊と要人警護を兼ねて派遣してきたのが、宮川コーポレーションの紅蓮こと緋村紅音たちであったのだ。

本国は日本に絶対に採掘権は渡さない。コンゴに入国した日本人は全員事故死したことにせよ。

との命令が本国から三合会を通じてロウたちには下っていた。

もともと採掘利権で得ている莫大な収益を割譲するつもりなどサラサラなかったロウたちも、本国からの命令は大いに納得でき、また、ロウの部下たちも娯楽もない山奥での退屈な仕事にちょうど刺激を求めていたのだった。

そこへ刺激の強い仮想敵国である日本が、物資とお金と女を寄こしてくるというのである。

燃えざるを得ない。

ロウは、綿密に計画を立て、大使館からでて、現地視察に向かった日本政府高官と、現地で採掘業務を行う法人として決定している宮コーの職員に襲撃を掛ける予定であった。。

しかし襲撃を掛けるどころか、逆に襲われてしまった。

順調に獲物を予定通りの場所に誘い込み、手下の数もそろえ、地の利もあったというのにロウは命辛々逃げ帰る羽目になった。

日本人視察団の案内役には息のかかった現地人を送り込み嘘の道へと誘い込んだのだ。

そして部下たちには、紅蓮たちを奇襲させようと待ち伏せさせていたが、奇襲をするどころか、用意していた武器のはるか射程距離外から逆に紅蓮に探知されてしまい、大火球の雨という猛烈な先制攻撃を受け、まともに戦う前からほとんどの部下は死んでしまったのだ。

しかし、その火の雨を掻い潜り、残った数人の能力者の精鋭たちで紅蓮率いる宮コーの能力者たちに戦いを挑んだのだが、結果はロウ一人を残して全滅してしまう。

ロウを含め、ロウの部下たちも能力者としては武闘派で肉体強化に長けており、たいていの能力者なら叩きのめすことが可能だ・・と思っていた。

紅蓮は術者寄りで、肉弾戦に持ち込めばどうにでもなるはずだと思っていた。

日本の能力者は、紅蓮と紅蓮にいつもついているロン毛野郎だけでたったの二人というたしかな情報も持っていた。

ロン毛野郎は叩きのめし、紅蓮は部下や同僚の目の前で犯す。

日本という好きになれない国の大企業のエリートキャリアウーマンであり、有名な能力者でもある紅蓮をアフリカの地で犯し、そして事故死したことにするはずだった。

こういう筋書きだった。

しかし、その筋書きはとんだ見当違いな目論見だったのだ。

ほとんどの部下は、紅蓮が振らせた火の玉の雨で死んだか、逃げ散ってしまった。

それでも、何人かの犠牲を払って火の玉の雨と、周囲を焦がす炎熱を乗り越え、紅蓮の表情がわかるまでなんとか近づけた時、ロウは突っ込んだことを後悔した。

紅蓮の表情には焦りなどみじんもなく、殺戮を楽しんでいる様子すらなかった。

こっちは決死の覚悟で紅蓮と近接戦闘に持ち込もうと熱波のなか散々苦労したというのに、火傷とススだらけになったロウたちを見た紅蓮は、本当にめんどくさそうに、大げさにため息をついてから、隣に控えている長髪ロン毛の男に、手ぶり身振りを交えて抗議をしていたのだ。

「あ~・・まだこんなにいるじゃない!めんどくさいわねえ。何匹めよ!暑っついし、食事はマズし、シャワーなんて水しか出なかったのよ?!部屋にはでっかいわけわかんない虫がいるしさあ!あ~っ!もうこんなところもう嫌!汗もかいちゃうし、服もドロだらけ!」

「いや・・こいつらとそんなことは関係がないだろう?・・それに熱いのは紅音が腹立ちまぎれに火の玉を乱射したからだぞ?ナパーム弾みたいにそのあたりをこんなに焼いてしまって、山間部とはいえこんなに焼いてしまうと農民や現地の人たちは困るんじゃないのか?」

待ち伏せをし、奇襲をかけ、楽に仕事を済ませるつもりだったとはいえ、こういう鉄火場ともなればロウたちのような裏家業の人間なら命を懸ける覚悟になる。

しかし、紅蓮たちはまるで場違いな痴話ゲンカを火の海となったジャングルで行っていたのだ。

「丸岳君細かいわね!こんなところに潜んでるやつがまともなヤツなわけないでしょ?!」

赤毛を振り乱し、手を払うようにしてから腰に手をあて、ぷくっとほほを膨らませている紅蓮の仕草は、芝居がかっておらず、本当に普段からこういう傲慢な態度を素で取れているのだとわかる雰囲気があった。

「いや、しかしだな・・。この国ではこういうところに住んでいる人たちも・・」

長髪ロン毛男こと丸岳貴司も、そんな紅蓮を宥めるのは毎日のことのようで、妙に慣れた仕草であった。

「森の中に隠れられてたらイチイチ探すのがめんどくさいじゃない!・・あっ!ほら!そこにも火に追われて出てきたでしょ?虫たちがさ!」

「そうだな・・。まあ、とりあえず俺たちに敵対しているのは間違いなさそうだ。片づけるか」

「あ~もう面倒ね。クリーニングしてるスーツはもうこれ一着しかないってのにぃ!」

紅蓮はそう悪態をつくと、周囲に発生させた熱で赤毛を逆立たせ、両手に炎をまとい、童顔を歪ませ、たじろぐロウの精鋭の部下たちを、言葉通り羽虫かなにかを払うかの如く、煩わしそうに片手をぶん!振って発生させた炎の波で吹き飛ばしたのであった。

その時のロウの記憶はそこまでである。

波濤のように迫りくる炎で薙ぎ払われ、近くにあった川に運よく転げ落ちたロウが目を覚ましたのは、現地から数キロ離れた川べりだったのだ。

(とても無理だ。くそっ・・清水たちのような無能力に近い奴らが一体どうやって紅蓮みたいな能力者を打ち破ったんだ・・?)

あの時の光景が脳裏によみがえり、無意識に身体を強張らせてしまう。

「でしょ?あのときは僕も大損させられたからね。僕もだけど、ロウさんも紅蓮があそこまでぶっ飛んだヤツだなんて思わなかったんじゃない?あの採掘権は宮コーに奪われたのは商売的にも痛かったんだけど・・、なにより僕ら三合会のメンツを丸つぶしにしてくれたことのほうがよっぽど痛かったよ・・・。でも清水さんたちは、僕らに辛酸をなめさせた紅蓮を地べたに落として裸に剥いて這いずり回らせてくれたんだからね。その痴態はネットでいまも多くの人たちに視聴され続けてる。これでようやくあの時の溜飲が下がるってもんだよ。だから清水さんたちの働きは収益以上に評価してるし、これからも、まだまだ頑張ってもらいたいのさ。彼らがどんな手を使ったかは調べる必要があるけど、彼らは役に立つ。異存ないよね?」

ロウはこたえられなかったが、その表情には言葉以上に答えが書いてあったのだろう。

袁揚仁は無言のロウが渋々ながらも納得したことがわかったようで、頷いてからテーブルに置いてあるモニタに目をうつした。

モニタに移る映像はロウからは見えないが、袁揚仁はモニタに映る前迫香織の様子に満足そうに笑うと、手にしていたグラスをテーブルに置き、ロウに向かって手を軽く上げた。

ロウは長年の経験から、その袁揚仁の仕草が「用件は終わった退室しろ」という合図だとわかっていた。

ボスとはいえ年下の者に取られる態度としては一言思うところはあるが、以前コンゴでの失態のことをこれ以上深堀されては面白くないと思ったロウは、長居は無用と、軽く頭を下げて踵を返すと部屋を後にしたのだった。

ロウが退室し、足音と気配が遠くまで離れたことを聴力強化で確認した袁揚仁は、モニタの音量をミュート解除した。

「ああぁつ!ああまた逝くっ!ああ!逝ってしまいます!」

途端に女性の嬌声が大音量で漏れ出したのだ。

袁揚仁が座るデスクの上にはタブレット程度の大きさのモニタがあり、その中では前迫香織が粗末なベッドの上で膝をつき、頬で体重を支える格好になっていた。

長い脚が特徴的だが丸みのある魅力的なヒップを突き上げ、両手は両足の間から股間付近のばされており、せわしなく厭らしい粘着音を響かせて指オナニーにいそしんでいる姿が映し出されている。

長い髪はシーツの上を伝い、ベッドから床に流れ出るようにして乱れている。

「普段真面目な子ほど、内面はエロいんだよね」

複数あるカメラを操作し、モニタに映る画面を割り振ると、画面の左半分には突き上げているヒップがよくわかる香織の全体を見下ろす画像と、右半分の画面にはほほを固いベッドに押し付け、自慰の快感で歪んだ香織の顔が長い髪で隠されているが、その口元はだらしなく開けられ、熱い吐息を吐いている様子がアップに映されている。

「エロいけど、これじゃ前迫香織さんだってわからないな・・」

そうつぶやくと、袁揚仁は前迫香織が刀を腰に帯び、スーツ姿で凛々しい表情で高嶺製薬本社内を颯爽と歩く姿を画面に追加してやった。

「いいね。このアへ顔だけみたら前迫香織だってわからない人が大勢いるだろうから、こういう一手間を掛けてあげるのはサービス業の基本だよね」

モニタには、すでに患者衣をはだけて全裸になった香織が、ヒップを突き上げ、股間を両手で忙しく慰めている映像と、自慰で何度も果てているアへ顔アップと、スーツ姿で高嶺製薬内での仕事をしている前迫香織が映されている。

画面内の映像が満足のいく配置になったところで袁揚仁は、ロウが入室する前からいる来客に声を掛けた。

「どう?君もこういうハントに参加してくれないかな?君ならずいぶん稼げると思うんだけど?」

誰もいないと思われた入り口側の壁、フェルメールの絵画と観葉植物の間に、やや影になっている部分から僅かに気配が反応した。

「せっかくやけど、俺は遠慮するわ」

無音無気配の雰囲気とは真逆の、陽気な関西弁が闇から飛び出してきた。

「女は好きじゃないのかい?」

袁揚仁は気配を消し影に身を潜ませている男に問いかけた。

「いやいや、俺ほど女を愛してるヤツなんて世界中探したってそうおらへんで?」

「じゃあ何かい?・・君ほどの能力者でも紅蓮のような超がつく能力者には怖気づいたってわけかな?」

袁揚仁の挑発っぽいセリフに対して、男はようやく姿を見せた。

目元以外はすっぽりと頭巾に覆われ、服装もまんま忍者というに相応しい黒装束姿の男が、闇から歩み出てきたのだ。

「それも違うなあ。まあ、なんや。袁の旦那との契約期間は今日の0時で終わりや。2日って短い間やったのに、何事もなさそうでええ仕事やったわ。また頼んます」

気配を絶つ技術や、足音もなく歩く身のこなしからは想像し難い、商売人のような関西弁である。

男の口元は頭巾で見えないため、本当にこの忍者ルック男がしゃべっているのか疑いたくなる光景だ。

「まだ、時間まで3時間ほどあるよ。君ほどの腕なら僕が専属で雇ってあげたいんだけど?」

「おおきにおおきに。ま、俺はフリーが性に合っとるさかい。その話は勘弁したってや」

「ふぅん・・まあいいか。気が変わったら声をかけてきなよ」

忍者ルック男は袁揚仁の勧誘に最後は肩をすくめると、一歩下がって闇に身を隠してから気配と姿を消してしまった。

袁が一人だけ残った部屋には、前迫香織が千原奈津紀と脳をリンクされた状態であるがため、自慰に耽って上げている嬌声がスピーカーから漏れだしていた。

【第10章  賞金を賭けられた美女たち 17話 高峰弥佳子ついに潜入 終わり】18話へ続く


第10章  賞金を賭けられた美女たち 18話 袁揚仁のアジトにて

第10章  賞金を賭けられた美女たち 18話 袁揚仁のアジトにて


足元に散乱する木片や機材のせいで足場は悪い。

それに加え廃工場になっている倉庫内には灯り一つなく、外の月明りもほとんど届かないでいた。

しかし、グラサンこと菊沢宏と、抜けた炭酸水のような顔と真理に評された女剣士、大石穂香にとっては暗闇は歩みの妨げにはならない。

高嶺弥佳子と神田川真理は正面から、菊沢宏と大石穂香は裏口から倉庫に侵入を試みていたのだ。

倉庫外にある広い土場には報告にあったヘリコプターが、防水性の覆い布で隠されていた。

しかし、覆い布では隠しきれない水平尾翼部分が布から飛び出しており、宏らはその機体が張慈円の乗っていたものと同じことをすでに確認している。

張慈円の乗っていたヘリコプターの着陸場所を正確に捕捉できたのは、蜘蛛こと最上凪がSで放っていた石礫に纏わりつかせていた糸がヘリコプターの機体へ付着させていたからである。

粘着性を持たせた糸を機底に張り付け、そのうえ伸縮性を持たせていたため、張慈円の飛び去った先を突き止めることができたのだ。

オーラをまとった能力者相手に直接付着させるとさすがに気づかれてしまいやすいが、ヘリコプターのような無機物に付着させてしまえば、よほど【視力強化】をしても気づかれにくい。

もし、目に見えたとしてもそれがオーラによる糸だとは十中八九は気づけないだろう。

凪が片言で言った説明によると、ヘリコプターがここに到着したのは今日の早朝とのことであった。

早朝と言っても午前1時ごろなので真夜中と言って差し支えない。

要するに、ヘリコプターがここに到着して、すでに21時間も経過していることになる。

ほぼ暗闇の倉庫内を、トレードマークであるサングラスを外さずにむっつりと押し黙ったまま、宏は足早に進んでいた。

歩む先に確信があるわけではないが、この倉庫内には張慈円がいる可能性が高いという推測から、宏の急いた気がそうさせている。

しかし張慈円の足であるヘリコプターが土場にあったとはいえ、宏は時間が経ちすぎていることが気になっていた。

(クソ慈円の野郎、逃げ切ったと思うて、のんびりしといてくれよ・・。スノウ、千尋、クソ慈円の野郎はこの俺がきっちり始末してやるからな。美佳帆さんにもちょっかい出したい言うてたし、ほんまあの野郎、今度こそすり潰してやらなあかん・・。これ以上あんな悪党に好き勝手させるわけにいかへん。もちろん、麗華を洗脳しよったことをきっちり吐かせてからやが・・)

焦る気持ちを表情に出さず宏は決意を強めていた。

丸太を挽き、材木になったものを運ぶために使われていたのであろう機材が朽ち果て佇み、工場内は完全に錆びれていた。

宏は貨車の上に飛び乗って、【暗視】と【視力強化】した目で、高みから倉庫内を一望する。

宏の焦り逸る気持ちとは裏腹に、倉庫内は相変わらず静まり返っていた。

弥佳子と宏で二手に分かれたのは、張慈円が逃げ込んだであろうこの廃工場の面積が、単純に巨大と言えるほど大きかったからで、二手から探したほうが効率が良いと思ったからである。

正面と裏口に分かれて侵入したが、お互いの気配は全く感じられないほど広い。

宏が飛び乗った高所である貨車からでも、天井はまだまだ高く、小さな窓からほんの微かに差し込む月明かりが、長年稼働していない倉庫内に浮遊する塵を照らすばかりで、人影などは感じられなかった。

スクラップとなって久しそうな製材機械などが、あちこちで草臥れ果てているばかりだ。

しかし、宏は張慈円がここにいるという思いが強まっていた。

なぜならこの倉庫に人の気配はないが、わずかだが最近人の出入りのあった痕跡が見受けられるのだ。

宏はサングラスの奥に逸る気持ちを抑え、冷静に努めようと肺にたまった空気を静かに吐き出した。

「ほんとにここにいるのかな~?」

仲間の仇をようやく討てるかもしれないという緊張感で、緊張した面持ちで押し黙って捜索に専念していた宏の耳に、穂香ののんきな口調が聞こえてきた。

人気のない倉庫内では、穂香のその声はよく響き渡ってしまい、潜入してからずっとマイペースな穂香のことを無視していた宏も、さすがにそのむっつりした表情で貨車のすぐ下を歩く穂香を見下ろし、眉間にしわを寄せた。

「声がでかいわ。気づかへんか?ここに人気はないけど比較的新しい足跡はけっこうあるやろ?ここは廃工場のはずや。真新しい足跡があるいうことはそういうことやねん」

「ふぅん」

ミッションが始まって初めて交わした二人の会話だった。

穂香は宏の言葉に興味なさそうに両手を頭の後ろで組んで、生返事をしてから、かみ殺すことなく大きな欠伸をした。

その様子に宏はむっとしかけたが、穂香の背後の少し離れた壁の真下に真新しい足跡が集中しているのを発見して、貨車から飛び降り穂香の肩に手をかけ押しのける。

「ちょっとなによう」

肩を掴まれて押しのけられた穂香が声を上げるが、宏は穂香の抗議を無視して、足跡が集まる床にしゃがみこんだ。

「あ。足跡いっぱいあるね。でも・・扉も何にもないよ?」

押しのけられた穂香がしゃがみこんだ宏の前にある壁を見てそういうが、宏の視線の先は違っていた。

「・・・下か」

足跡の集中しているコンクリートの床すぐ隣には、床と同じ色をした1㎡ほどの鉄板が置かれていたのだ。

「入るで?」

「無駄足かと思ったけどやっとこの子を振るえるね~」

穂香は、宏の確認のセリフに応える代わりに、腰に帯びた黒漆で設えた鞘を左手でつかんで、物騒な笑みを浮かべてそう言った。

いかにも即席で溶接しましたよ。と言った武骨な鉄製の取っ手を掴んだ宏は、そう言うや否や床に付いた鉄の扉を引き上げたのであった。

一方の弥佳子と真理の二人は、すでに廃墟倉庫の地下につくられてた施設に侵入を果たしていた。

弥佳子達も倉庫内に侵入したものの、人の気配がしなかったため訝しみ、再び倉庫前にあった鉄塔の見張りの二人のところまで一度戻って手がかりを探したのであった。

すでに物言わぬ屍となっていた二つの死体のうちの一つからカードキーを拝借し、もう一つの死体の懐にあったタブレットから最小限の情報を得ることができたのでだ。

「カードキーやタブレットまで斬れてなくてよかったわね」

真理のセリフに弥佳子も苦笑いで「そうね」と返す。

弥佳子の斬撃を空間転移で飛ばし、一瞬で二人の見張りを絶命させた神業は見事だったが、鍵やタブレットまで斬ってしまっていれば、張慈円のアジトと思われるこの地下施設への侵入はもう少し骨が折れたことであろう。

「それにしても廃屋の地下にこんな施設を造ってるなんて、張慈円らしくない気がしますね」

「ふむ・・。奈津紀さんたちからの報告でも、張慈円にこんなことができる資金力があるとはとても思えないのですよね。張慈円が率いる新義安は貧乏組織として業界では有名ですからね」

弥佳子は真理に振り返り肩をすくめて返した。

「・・・そんな金欠組織の依頼をよく受けましたね」

真理は弥佳子に鋭く言葉を詰めた。

宮川重工業の機密データを他国に売り渡す。という張慈円の護衛を務めたのが高嶺なのだ。

真理としても、嫌味の一言でも言っておきたかったのだ。

「まぁね・・。でも即金だったからかしら。あんなに払えると思えなかったのですが、送金してきた以上断れませんよ」

真理のチクリとした嫌味に気付かない振りをしているのか、それとも本当に気にもしていないのか弥佳子は苦笑を交えて真理に返してきた。

真理もそうだが弥佳子も不思議と本音に近い言葉と感情で話ができていることに、妙な気持が沸きあがってきていたが、それが何なのかはわからなかった。

真理としても、初対面で宮コーと敵対組織である高嶺の統領に対して、なぜか普段の菩薩の鉄面皮ではなく素で話してしまう自分に少し戸惑うも、それがなぜかは分からなかった。

そしてまた弥佳子も、普段六刃仙や十鬼集たちからは鬼のように恐れられている雰囲気ではない。

弥佳子は十七代目統領として部下に厳格に接する必要がないからだと思い、真理との行動に心地よさすら感じ始めていた。

弥佳子と真理は、得も言われる感覚になりながらも、順調に倉庫の地下通路を進む。

弥佳子と真理がカードを差し込み、タブレットから引き出した暗証番号を打ち込むことであっさりと扉は開いたが、その先は、1階部分の廃墟の倉庫とはうって変わった様子だったのだ。

扉の向こうには見張りの敵がいるかもしれないと思ったが、地下に作られた無機質な空間には、廊下が延々と奥へと延びていた。

壁や床は一体となって金属製で、廊下の幅は通路同士が交差している広くなったところでも2mも幅がない。

「Sには華僑の倣華鹿もいたようだから、張慈円は倣を頼ってここに逃げ込んだのかもしれませんね」

真理の言葉に弥佳子は眉を曇らせた。

「ふむ・・・。宮コーでも華僑倣のアジトは特定できていないのですか?」

まっすぐに見据えてそう言聞いてくる弥佳子に真理は「残念ながら」と頷いて肯定する。

「倣などを敵に回すつもりはありませんでしたが・・」

(しかし奈津紀さんたちの拉致に加担したのであれば、許すことはできません)

言葉の後半は呑み込み、弥佳子は口元を隠して決意を固める。

「行きましょう。逃げ去っていなければ、このどこかに張慈円がいるはずです」

「菊沢部長にも連絡を取りたいのですが、地下だからでしょうか。通信できませんね・・」

勇んで先に進もうとする弥佳子に、真理が慎重にそう言ったが、弥佳子はカツカツとヒールを響かせ進んでいく。

(なんでそんなに急いでるのよ・・。侵入したときといい・・、焦ってるの?)

真理は、今は頼もしいが、いずれ敵になるであろう高嶺弥佳子の背に、妙な既視感を見るも、弥佳子が敵地であるにも関わらず速足で急いているのを訝しがっていた。

弥佳子と真理の歩く通路から3mさらに地下では、白衣を着た童顔の優男が足取り軽く目的地に向けて歩いていた。

香港三合会3幹部の一人、袁揚仁である。

袁揚仁は、廃製材工場地下2階にある医務室の扉の前に立ち、カードリーダーで管理された扉を操作していた。

袁揚仁はいまだこのアジトに侵入者がいることに気が付いていない。

もともとこのアジトには今回長居をする予定ではなかったため、部下も幹部を含め4人しか連れてきていなかったのだ。

だが、すでに見張りに置いていた部下の二人は高嶺弥佳子の刀の錆にされてしまっているが、報告をすることすらできなくなった部下のせいで、袁揚仁は知る由もない。

そして、二人の幹部のうち一人は今回来日した目的である、清水探偵事務所へ繋ぎの用件で差し向けているところだ。

変態サイトの動画にかかわる人材を世界各地で幅広く探している袁揚仁だが、1000万以上の値が付く賞金首を安定して狩れる人材はいまだ少ない。

10万~数百万円クラスの女性能力者は、戦闘力を持たない者たちも多く、粗野で乱暴な無能力者たちでも狩れてしまうのだ。

狩られる女性にとっては災難としか言いようがないが、粗野で乱暴な無能力者たちにとっては、憂さも晴らせ性欲も満たせるうえに、割のいいアルバイト先にされてしまっているのだ。

しかし、賞金首1000万円を境に、賞金首を狩る難易度は金額以上に跳ね上がる。

サイト内では1000万が狩りの難易度を隔てる境界線として、暗黙のルールが出来上がってしまっていた。

袁揚仁の部下たちにも狩りに参加させてはいるが、せいぜい5000万円クラスの能力者を10名ほど狩れている程度でしかない。

サイト内では千万円クラスどころか、億以上の賞金首も多数いるなかで、袁揚仁はサイトに群がる顧客たちの満足度を上げる為にも、商売の為にも優秀なハンターを増やすのが急務になっている。

清水探偵事務所が、当時5億5千万という大物賞金首である、紅蓮こと緋村紅音を狩ったことに、袁揚仁は清水達の予想外すぎる働きぶりに驚いたが、見方を改め、今後の清水達の働きに大いに期待することになったのだった。

今回の来日で清水達と会って、話し合いによっては、他の野良ハンターどもとは違う優遇と、賞金首たちの正確な情報を与えてやる代わりに、専属契約を結ぶ予定なのだ。

普段は日本に滞在させている部下に管理を任せているこのアジトを、今回の来日では使うつもりはなかった。

しかし、思いがけず張慈円という意外な同胞から救援要請があり、このアジトに匿ったのであった。

「本来なら、高級ホテルでゆっくりできてるはずだったんだけどなあ」

袁揚仁はそう呟きはしたものの、「まあいいか」と打ち消した。

開いた扉の先には、「まあいいか」と言わしめた対象の人物が、質素なパイプベッドの上で点滴を受けている仲間の容態を気遣うようにして椅子に座っていた。

「やあ。前迫さん。楽しめた?」

患者衣姿に裸足という格好の前迫香織が恨めしそうに振り返る。

袁揚仁の穏やかな表情とは裏腹に、前迫香織の表情は厳しい。

しかし香織が、袁揚仁をきっ!と睨み付けたのは一瞬で、すぐにベッドの上ですぅすぅと寝息を立てている南川沙織の方へ向き直り、その顔を心配そうに撫でた。

「うん。まだ目を覚まさないかな。でもずいぶん傷は癒えてるね。流石高嶺の剣士だよ。よく鍛えてる。この子は死んでもおかしくない怪我だったからね。でも深めに催眠を促したからまだまだ目が覚めないはずだよ」

「・・・奈津紀は?無事?」

計器を確認し、点滴溶剤にまだ余裕のあることを確認した袁揚仁は、沙織の容態を診ながら言ったセリフを聞き終えた香織が、ここにはいないもう一人の仲間のことを問いかけた。

「ふふっ。それを聞くのかい?知ってるだろう?」

袁揚仁が香織に向きなおり、じっと香織の目を見て微笑みかける。

香織は袁揚仁のセリフと視線に顔を赤く染め、羞恥で目を逸らした。

先ほどまで香織の脳には、袁揚仁の能力で千原奈津紀が見ている景色をリンクされていたのだ。

香織は、つい数十分前まで行っていた自分の行為を思い出し赤面したのであった。

「あなたはという人は・・!」

生真面目な香織はそう言うのが精いっぱいで、それ以上言えず、長い髪で表情のほとんどを隠すようにして俯く。

真一文字に結んだ香織の唇が悔しそうに震え、長い黒髪で隠されているため目元は見えないが、頬には涙が伝っていた。

「可愛かったよ。・・僕にあの能力を使われたら誰だって抵抗できないさ。現実と夢と区別がつかなくなるからね。本当に犯されてると夢が覚めるまで疑いもできなかったでしょ?君が気に病むことはないよ」

袁揚仁がそう言って香織の肩を抱こうとしたが、香織はその手を勢いよく払いのける。

「どの口がっ!・・あなたは最低です。奈津紀があんな目にあったというのに私に・・・!ああっ!なんということを・・。なんということをさせるのですかっ!」

払われた手を撫でながら、袁揚仁は普段の微笑を浮かべた表情を崩さない。

そして、頬を濡らし長い髪で表情を隠すようにしながらも、悔しそうに肩を震わせている香織に見入った。

袁揚仁の性癖は強く気高く美しい女性が、羞恥に濡れる姿である。

いまの前迫香織がそれなのだ。

そして袁揚仁の好みに前迫香織という剣士はびったりと嵌っていた。

クールさを感じさせる切れ長の目、暗闇を縫い合わせる為のような黒く長い髪、憂いのある薄幸そうな表情、知的さを演出するような控えめなバスト、それでいて女性らしい腰から下半身にかけての隆線的かつ魅惑的なライン。

袁揚仁は久しぶりに高鳴る胸と股間の猛りは発散しようと、手を伸ばす。

香織はふざけるなとばかりに袁揚仁の手を再び払おうとするが、いまだオーラの回復していない香織には無理なことであった。

袁揚仁の頬を打とうとした手は掴まれ、そのまま袁揚仁に抱きすくめられるようにして、いっきに唇までも奪われる。

「んんっ!・・くっ!やめなさい!こんなこと、こんな恥を受けるくらいなら・・!んんっ!」

抱きすくめられ身動きの取れない前迫香織の無防備な唇に、袁揚仁の唇が重なる。

「さっきまであんなに派手にオナってたじゃないか」

耳元でそう囁かれると当時に、耳に息を吹きかけられた。

掴まれた手の指先を袁揚仁の指が絡みつく。

先ほどまで、弄っていた粘着質な液体が香織の指には残っており、それを知られる羞恥で頭が真っ白になりかける。

「くうっ!」

耽っていた行為をやはり覗かれていたのかという思いと、耳を擽る吐息、自慰に耽っていた指先の湿り気を悟られ香織は狼狽する。

その一瞬の隙に、袁揚仁は患者衣の裾から、香織の股間へと手を忍ばせたのだ。

袁揚仁の指先に、香織の指先の湿り気とは比べ物にならない生々しい、ぬらりとした湿り気が感じられる。

「ふふふっ」

袁揚仁はそう笑っただけだったが、香織は普段はクールな切れ長の目を、見開き涙を浮かべ、顔は飲めぬ者が酒を煽ったかのように真っ赤にさせて、屈辱に震えている。

「ご、後生・・。こんな恥をかくぐらいなら。治療などせずいっそ殺してくれれば・・!」

恥辱と屈辱で、唇を震わせ、羞恥で歯をカチカチと鳴らしている香織の反応を楽しむように、袁揚仁は香織の身体を弄り、甚振り始めた。

「ああっ!」

香織の必死の抵抗で振り抜いた膝蹴りも、むなしく空を切り、逆に膝を抱えられてしまって、女性の部分をより触られやすくされてしまう。

「くやしいでしょ?たまらないなあその表情・・。でも安心しなよ・・。君は特別だよ。君はすごく僕のタイプなんだ。今すぐには無理かもしないけど、悪いようにはしないよ?・・君がうんと言ってくれるまで、僕は手元から君を手放さないって決めたんだ。・・・時間はたっぷりあるからさ」

袁揚仁は整った童顔を再び香織の顔へと近づけ、口付しようと顔を傾けたとき、わき腹に激痛が走った。

「ぐっ!?」

涙に濡れた香織の唇を奪おうと目を閉じかけた袁揚仁が突如苦悶の声を上げたのだ。

「きっしょく悪ぃんだよ!!この優男!!かおりん!さっさと行くよ!」

聞きなれた声と口調に香織が零れた涙を拭い見ると、点滴の管をうざったそうに剥いだ童顔の同僚、南川沙織が薄青色の患者衣の前を合わせてベッドから飛び降りたところだった。

沙織は、ぺたっと裸足の音をさせて、リノリウムの床に着地し、床にわき腹を抑えて蹲る袁揚仁を一瞥して、表情を歪めて舌打ちをした。

「気っ色いんだよお前はよ!ウチのかおりんを気色悪ぃ口説き方してんじゃねえよ!」

そう言って袁揚仁が抑えているわき腹を、再び思いきり蹴ったのだ。

どかっ!!

と派手な音がして、袁揚仁が吹っ飛び壁に激突する。

「沙織!けがはもう大丈夫なのね?それに今の威力・・オーラも?」

「うん。そうみたい。絶好調。・・・ってでも、刀はないからガチのやつらと戦うとなったらヤバいよね。かおりん。あいつが悶絶してるうちに行こう!」

「え・・ええ。助かったわ沙織。でも奈津紀も掴まってるの」

「なっちゃんさんが?!うん、わかった」

悶絶からやや回復し立ち上がろうとしている袁揚仁を視線の端でとらえた沙織は、手短にそう香織に返した。

そして、沙織はテーブルに置かれた銀トレイにある医療用のメスを数本鷲掴みにすると、開いている入口から香織の手を引いて逃げ出したのだった。

【第10章  賞金を賭けられた美女たち 18話 袁揚仁のアジトにて終わり】19話に続く
筆者紹介

千景

Author:千景
訪問ありがとうございます。
ここでは私千景が書いた小説を紹介させて頂きたいと思います。
ほぼ私と同年代の既婚者が主役のものになるかと思います。登場人物同士が
つながりを持っていて別の物語では最初の物語の主人公が脇役を務める様な
小説全体につながりを持たせ想像を膨らませていけたらと思っております。
どうぞ宜しくお願い致します

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