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第11章 人工島カジノ計画に渦巻く黒き影 1話 蜘蛛最上凪の苦悩 

第11章 人工島カジノ計画に渦巻く黒き影 1話 蜘蛛最上凪の苦悩 


「その件につきましては、弊社のほうで管理いたしております。ご安心ください」

大阪湾を淡路島側に一望できる部屋で、若い男はさわやかにそう言って微笑む。

その若い男はスーツ姿で、短く刈り揃えた短髪であり、その所作は若いながらも洗練されている。

いま数人の男女が商談に用いているこの一室は、人工島である浪花マリンピアに建造された高級ホテルの一つ、ワールドリゾート・宮川ロイヤルホテルの最上階レストラウンジの一室である。

浪花マリンピアはIR法施工に伴い、発足した国内最大のアミューズメント複合施設なのだ。

人工島浪速マリンピアに複合アミューズメント施設、リゾート・ワールド・NANIWA・カジノが落成すれば、アジア最大の国際カジノとなる。

浪速国際空港とも海路で直接アクセスできるようにもなっており、海上路ということもあり空港から高速船で15分の距離で利便性も高い。

その運営を一社で一手に引き受けているのが宮川コーポレーションなのだ。

その政府公認合法カジノ施設の落成式を2か月先に迎え、運営の全権を握る宮川コーポレーションでは、最後の調整に幹部職員から末端のアルバイトに至るまで大忙しである。

「では、資材の受け取りに関して、我々の荷であるというのに、我々は関与できんということかね?」

若い男の返事に、顎に髭を生やした青い目をした壮年の男は、少しばかりの不満を表情に滲ませ、隣で座る部下と目を合わせると、切り返してきたのだった。

青い目をした壮年の男は、働き盛りのいかにもやり手のビジネスマンという風貌である。

青い目のビジネスマンの心中は、若い男の返答次第では、商談はご破算にする意思があった。

だが若い男は落ち着いていた。

相手の不快に大いに理解できるという表情を浮かべながらも笑顔を崩さず、そして大きくうなずいてから、口を開く。

「誤解させてしまったのであれば私のミスです。ミスター・ブランチャード。もちろん、御社のほうで、視察や管理体制と言った態勢をとることも可能です。ですが、弊社は24時間体制で荷役業務に従事し、この中央分配デポより各協力企業様へと、割り振りさせていただく予定です。そうすれば、ミスター・ブランチャード。
御社としても余計な人件費をかけなくてもよいというメリットが生まれますし、早朝や深夜、そして急な荷受けに煩わされることはございません。
いかがでしょう。
それに決して御社が受け取りに関与できないということではありません。各社それぞれ専用のIDカードが発行させていただくことになります。ですので、カードを持った御社の職員であれば、いつでも中央分配デポの中に入っていただくことができます。逆にカードを持たないものはアクセスできませんが、それは警備という点では安心なのでは?弊社は御社の代わりにスムーズに24時間体制で資材を搬入し、厳重な管理のもと保管しておく。この資材搬入の件に関してはそれのみを目的としております」


若い男はテーブルに広げられた、浪速マリンピアの配置図を指さしながら、流暢に説明し終わると、再び笑顔を浮かべ一礼したのだ。

ブランチャードと呼ばれた壮年の実業家は、組んでいた腕を顎に当て、若い男を観察する。

ブランチャードは外食産業界では知られた実業家である。

その他の方面でもビジネスを展開しているが、やはり本業は飲食が中心なのだ。

食べ物の質は、食材の質がそのまま直結する。

そのため当然、食材やアルコール類の材料の管理、賞味期限、温度管理などにはかなり敏感なのだ。

ブランチャードは、ここにきて厳しい顔を見せてはいるが、ずいぶん前から概ねの方針は決まっている。

アジアに大きな足掛かりをつくるチャンスと、宮川コーポレーションという日本屈指の優良企業が運営するとなればこその決断である。

リスクとリターン、野心と安全を秤にかけて賽を振るのがビジネスの常識であるし醍醐味でもある。

当然ビジネスの世界において絶対はない。

しかし、それでもブランチャードという実業家の中で、ルールは決まっていた。

それは、どんなビジネスをするか、それと同じぐらい誰とビジネスをするかということは重要視しているのだ。

ブランチャードの目の前に座る男は、いささか若さに過ぎたが、ここ3か月ほどの付き合いで、なかなか有能な青年であることはわかっていた。

青い目の実業家、世間では男尊女卑の精神がある気難し屋と揶揄されている大物ビジネスマンであるブランチャードは頷いた。

「ふむ・・いいだろう。だが、食材は料理の基礎だ。その管理に他社が一枚噛む。宮川コーポレーションが優秀な企業というのは知ってはいるが、それでも言葉だけでは納得できなくてね。だが、君ならばトラブルがあったとしても、対処してくれるだろう。・・そのデポとやらに案内してもらいたいのだがよろしいかな?」

ブランチャードの言葉を予想していた若い男は、笑顔のまま目を閉じて一礼してから立ち上がる。

「ありがとうございます。ミスター・ブランチャード。もちろんです。本日その予定でおりました」

「うむ」と言ってブランチャードも立ち上がり、その部下も彼に倣って無言で立ち上がる。

「主任。ご案内して」

若い男は、傍らで控えていた快活そうな美女にそう言うと、その美女もブランチャードに笑顔で恭しく頭を下げた。

「ご案内いたしますわ」

明るい髪の色に、女としてメリハリのついたボディラインは、シックな色を基調としたビジネススーツでも隠し切れない。

銀獣こと稲垣加奈子その人であった。

二重瞼の大きな目には、可愛らしさと知性があり、その笑顔にも立ち振る舞いにも相手を安心させるいい意味で自信が溢れている。

商談相手の相性に合わせ、メインを男性にはらせて加奈子はサポートに徹していたのだ。

加奈子の心中はともかく案内役を仰せつかったことに対する不満など表情には微塵も感じさせていない。

加奈子のことを男勝りでガサツだと思うのは大いに間違いである。

その男勝りな面は、加奈子のほんの一面であるし主にビジネス面ではそういった部分は影を潜める。

明るく気さくな雰囲気から軽く見られがちだが、稲垣加奈子は思慮深く聡い。

そうでなければ、業務の成果を優先するためとはいえ、加奈子ほどの才媛のエリート社員が、自分より未熟な若い男のサポートなどできるはずがない。

「君は来ないのかね?」

やり手のビジネスマンとはいえ男尊女卑の精神に偏っているブランチャードは、その美女だけでは不満に思ったのか、若い男に向かって眉をひそめた。

「いえ、私もすぐに合流いたします。ご安心ください」

ブランチャードは杞憂だったことに安心してうなずくと、美女に促され部屋を出て行った。

若い男はブランチャードの背に向かって頭を下げ見送ったが、扉が閉まってたっぷり10秒がたったところで、ようやく肺に溜まった空気を軽く吐き出す。

「ふぅ」

安堵からやや表情をやわらげた若い男は、その大きな身体で伸びをしてから、片手を肩にやり、首をコキコキと鳴らす。

そのとき再び扉が開き、若い男のよく知る人物が二人入ってきた。

一人は小柄で細身、三白眼のショートカットの女性、宮川コーポレーション関西支社長執行役員の宮川佐恵子である。

佐恵子たちは、別室で商談の一部始終を見ていたのだ。

若い男は佐恵子の姿を見て砕顔すると、先ほどとは別人のように口調を変えた。

「支社長!どうでしたか?!」

鼻息を荒くして、若い男は佐恵子にそう詰め寄ったが、佐恵子の後ろに控えているもう一人の白ずくめの女性がそれを視線と言葉だけで遮ったのだ。

「近い。離れる」

若い男は白ずくめの女のセリフに、「うぐっ」と小さく呻いて動きを止めるが、ロングワンピースで白ずくめの女の目と声色に抑揚はない。

仕方なく、若い男は白ずくめ女の目付きが柔らかくなるまで後退する。

結局3歩ほど下がったのだ。

「凪姉さま、モブがわたくしに危害を加えることはないし、そんなことができないのはわたくしにも見えていますわ」

佐恵子の右目は、見る者が見ればわかる程度だが淡く灯っていた。

この1年で佐恵子の眼は、栗田教授の治療の甲斐もあってかなり良くなったのだ。

相変わらず左目は義眼で視力すらないが、一日中ということでなければ、右目だけで【感情感知】を発動しても痛まない程には回復している。

軽くため息をついた佐恵子は、ゆるく腕を組んだままの白ずくめの女に顔だけ向けて言うが、白ずくめこと最上凪は、無表情のまま佐恵子に向って静かに肯首したのみである。

モブこと茂部天牙は、最上凪に対してトラウマがあり、かなり苦手意識を持っていた。

最上凪は、見た目だけなら楚々と可憐な風貌だが、その中身の濃厚さは多くの者の想像も絶するだろう。

モブは1年半ほど前、蜘蛛こと最上凪に「腕試し」をされて、辛口評価を下されてしまった苦い経験が尾を引いているのだ。

モブはその後、何度も凪と腕試しと評し挑んでみたが、ことごとくあしらわれ続けているのである。

モブの能力は【複写】。

凪の能力の【糸】全般に関する技能を数多く【複写】して戦ってみたが、それでも凪に一度も勝てずにいたのである。

モブは、銀獣こと稲垣加奈子と組手をしても、凪同様いまだに一度も勝てずにいるが、同じ一勝もできない相手とはいえ、蜘蛛の強さは銀獣とは異質すぎると感じていた。

稲垣加奈子にも勝てたことがないが、頑張れば何時か勝てる日がくるかもしれないと思えるのだ。

しかし、蜘蛛と畏怖をこめて呼ばれる最上凪に対してはそんなことを到底感じたことがない。

(最上主任ってほんとに人間か?ってときどき思っちまう・・。神田川主任も怖えけど、最上主任の怖さって本当に命取られるような怖さがあるんだよなあ。いろいろわかってくると稲垣主任ってなんだかんだ言っても、秘書主任の中じゃ一番優しいんだよな)

先ほども自分を立ててくれて、秘書役に徹してくれた稲垣加奈子に心中で手を合わせて感謝の念を送る。

(稲垣主任。ありがとうございます!おかげで上手くいきそうっす!恵比寿ビール20ダース送るっす!)

モブは加奈子に感謝しつつも、無表情で見つめてくる凪の様子を伺っていたが、しゃべっても大丈夫だと判断すると口を開いた。

「支社長。いま稲垣主任がデポの方に案内してくれてるっすけど、たぶん本決まりっす。支社長の眼で見て、どうでしたか?いけそうっすよね?」

ガッツポーズをしてそういうモブに対し、佐恵子は細い目を更に細めて微笑を浮かべると、軽く頷いてやる。

男尊女卑の大物ビジネスマンが相手であったため、迷ったが佐恵子もあえてモブを商談相手に抜擢していたのだ。

そして、佐恵子は念のために別室から眼でブランチャードの感情を見ていたのである。

もしなにかあれば、不本意ながら魔眼の力を使うつもりであったが、今回はモブの活躍に素直に喜べる結果となりそうであった。

「ふふっ、お手柄ですわ。ここ3か月は神経をすり減らしたようですね。よく頑張りましたわモブ。眼で見てましたが決まりでしょう。これで店舗はすべて埋まりましたわね」

「いよっしゃあ!」

そう言って今度は盛大にガッツポーズをとるモブを、やや寂し気な微笑で眺めていた佐恵子は口を開いた。

「ほぼ勝ち確定ですが喜ぶのは早いですわ。優勢と勝利は似て非なるものです。行ってきなさいモブ。わたくしの能力で見た限り、彼の決意は固まっていました。待たせてはいけません。勝ちをきめてきなさい」

佐恵子はそう労って、モブこと茂部天牙の背を押すように促す。

「行ってくるっす支社長!・・約束忘れてないっすよね?!」

そのモブのセリフで部屋に入ってきてから初めて凪の表情が僅かに変わる。

形の良い眉の片方をピクンと跳ね上げたのだ。

モブも佐恵子も凪の様子に気が付いたが、モブは凪に追い払われないかと表情を硬くしながらも佐恵子の返答を待っている。

「忘れてませんわ」

微笑を浮かべた佐恵子のその言葉を聞いたモブは、満面の笑みを浮かべ白い歯を見せる。

「行ってくるっす」

そう言うと、モブは佐恵子と凪の横をすり抜けて、廊下を駆けて行った。

「・・・男ってずっと馬鹿なままな者も多いですが、成長する男というのは驚くような速さですわね」

モブの背を見送りながら、佐恵子は少し寂しそうな顔で呟く。

「・・・佐恵子。本気?」

凪はモブには、というか佐恵子以外の誰にでも手厳しいのだが不満をにじませて静かに言った。

「食事に付き合うぐらい良いではありませんか。そんなことぐらいお安い御用です」

「二人だけで行く。それは問題」

凪が護衛としてモブが頼りないと思っているのだと感じた佐恵子は、モブのフォローを兼ねて口を開いた。

「ここ最近は平和ですし大丈夫だとは思いますわ。香港も張慈円がいなくなってからは静かですし、高嶺とは・・真理のおかげで共同歩調と言えなくとも、邪魔はしてきませんしね。それにモブも少しは強くなりましたわ。そのモブが護衛を兼ねております。眼を使わなければ、今のわたくしよりモブの方がもう強いかもしれません。凪姉さまも当然それは感じてらっしゃいますでしょう?モブにずいぶん目をかけてしごいている様子ですものね?」

凪は無表情だが、佐恵子は長年の付き合いで凪のその表情が不満顔だということがよくわかる。

凪はモブのことを護衛としても非常に頼りないと思っているが、その件は言わずに、もう一つの懸念を佐恵子にぶつけてみる。

「・・・佐恵子がモブと二人で歩いたり食事をしているところを誰かに見られたら面倒。佐恵子。豊島哲司と付き合ってた。これは社内の多くの社員も知るところ。そして、いまは付き合っていないのも社内の人間は知っているものも多い」

しかし、凪のこの切り口はマズかった。

「・・・豊島さんは、今回のこととは関係ありませんわ」

佐恵子が眉間にしわを寄せ、表情をぞっとするほど冷たくさせてそう吐き捨てたのだ。

じつは1か月ほど前、凪の【糸】が豊島哲司、三出光春、北王子公麿が風俗に行っているところをキャッチしてしまったのである。

それを止せばいいものを、空気の読めないコミュ障の最上凪は、馬鹿正直に佐恵子に報告してしまったのだ。

彼氏が風俗に行くのを容認できるほど、佐恵子は女として割り切れないし、忙しさにかまけて彼氏にSEXを年に3回しかさせていないことが、男にとってどれほどのことかを理解してあげるほど人間はできていなかった。

風俗イコール浮気だとブチ切れた佐恵子は、自身の私室に置いてあった哲司の私物をすべて廊下に投げ捨てたのだ。

そしてそこへ、何も知らずツヤツヤした顔をして風俗から帰ってきた豊島哲司を佐恵子は小一時間ほど滅多打ちにしたのである。

佐恵子にボコスカ殴られながらも、とっても頑丈な豊島哲司はキズ一つつかなかった。

しかし、それがかえって佐恵子をヒートアップさせ、警備の八尾部長達も手が付けられぬ騒ぎになったのである。

痴話げんかとしては壮絶であったが、ケガ人が出なかったこと不幸中の幸いであった。

凪は知っている限りの男の生態に関しての正論を言ってみるが、それが佐恵子のような嫉妬心と独占欲の強い女には逆効果であることなど、コミュ障の最上凪にはわからない。

「わたくしがいながら、他の女との行為に及ぶ方のことなど・・!」

「性交ではない。口だけ。そもそも佐恵子が豊島哲司との時間をとらなさすぎ。私の記憶違いでないなら、1年で3回しかプライベートで会ってない。しかも佐恵子が部屋で豊島哲司と最後に会ったのは8か月も前・・。それだとオスは他の女に目移りしても仕方ない」

凪が火にドボドボとガソリンを注ぐ。

「よく覚えてますわね?!・・・わたくしだって好きで会わなかったわけではありませんわ!仕事で忙しかったのですから仕方ないではないですか!しかし予定が合わないからと言ってどこの馬の骨とも知れぬ女と・・。汚らわしいことこの上ない!」


このフロアに誰もいないことがわかっていた佐恵子は怒鳴ると、踵を返してカツカツとヒールを鳴らして歩き出す。

佐恵子の様子に、凪は無表情ながら困憊していた。

(真理。帰ってくる。どうすればいいのかわからない・・・)

戦闘においては比類なき強さを誇る最上凪であるが、言葉が拙く、自身がシンプルな考えをするがゆえに、他者の感情を汲み取るのが苦手なのだ。

そしてビジネスにおいては卓越したバランス感覚を持つ宮川佐恵子であるが、恋愛経験が少ないうえに、仕事にはストイックすぎるのである。

恋人との時間を省みず、健全で逞しい男を1年で3回しかベッドで相手にしなかったことが問題だとは気づけないのだ。

その行為の少なさが、豊島哲司を風俗に再び通わせてしまった原因であることなど、恋愛レベルポンコツな佐恵子にはわかる筈もなかったのである。

そのうえ最後に肌を重ねたのは、8か月以上も前である。

付き合い始めて間もないカップルがそんなありようでは、たいていうまくいかないだろう。

好みがわかれるところとはいえ、佐恵子は十分美人と言えるし、女としてのフェロモンも濃い部類だ。

そんな彼女が、男の性欲には鈍感なのである。

健全な男にとってはたまらないはずなのだ。

神田川真理が宮川佐恵子の傍にいたならば、このような事態は防げたはずなのだが、その真理はここ1年程高嶺製薬に出向している。

3か月に1度は宮コーに顔を見せるのだが、その頻度ではさすがに神田川真理でも制御不能だったのだろう。

いや、モブに菩薩モドキと陰で揶揄される真理が、わかっていて放置していたのかもしれない。

だが、真相はわからないし、とにかく真理は不在なのだ。

1年前、張慈円を狩る目的で襲撃した際から、真理の提案で高嶺製薬ともアライアンス提携をしたのである。

具体的な共同事業の内容は決まっていないが、長年の確執を取り除き、現状ビジネスにおいて発生している二社間のマイナスの除去が当面の目的となっている。

真理がその指揮を高嶺側で執り、高嶺静という高嶺家血縁の者が、宮川側で指揮を執っているのだ。

いままでの確執もあり、お互いに交換させられた幹部社員は数人の部下と共に、ギスギスとした雰囲気の中で業務を進めている。

しかし、神田川真理も高嶺静も、そのようなストレスやプレッシャーで胃を痛めるタイプではない。

アライアンス提携をして最初の半年間は、二社間の確執は全く緩和されなかったが、1年も経った今では、少しずつであるが成果は出てきている。

それ故に、成果が出始めたばかりであるのに、神田川真理が宮コーに帰ってくるわけにはいかない。

ビジネスに関しては無頓着に近い凪でも、真理の帰還がまだまだ先だと予想がたつ。

その考えに至ったため、げんなりした思いから凪らしくもない嘆息をしてしまうが、凪にとって懸念は消えず、佐恵子は小柄な体で肩をいからせてエレベーターにすでに乗り込み、凪が乗り込んでくるのを待っている。

凪もそれに続くが、今日は、これ以上この件で口を開くことはなかった。

凪はそんなスキルは持ち合わせていないので、あきらめることにしたのだ。

(豊島哲司・・・自分で何とかする。私に真理の真似ごとはできない)

凪はそう割り切ると、いつもの表情に戻って佐恵子の背後の定位置にピタリと付いたのであった。

並みの能力者程度なら、視力強化をしても見えない細さの糸が、凪を中心に張り巡らされいる。

そしてその何万本にも及ぶ糸が、凪の意思一つで硬質で鋭利な刃物や、粘着性のモノに変化させることができるのだ。

宮川昭仁会長の側近であった蜘蛛こと最上凪さえいれば、佐恵子の護衛は完璧といえた。

(私にできるのはこういうこと。それ以外のことは私以外の人間がやるはず・・・)

柄にもなく、不得手なことに首を突っ込んだ凪は、自分をそう戒めると、最初から何の変化も無いように見える表情に、人知れず平静を取り戻していた。

【第11章 人工島カジノ計画に渦巻く黒き影 1話 蜘蛛最上凪の苦悩 終わり】2話へ続く
コメント
No title
①『二重瞼の大きな目には、可愛らしさと知性があり、その笑顔にも立ち振る舞いにも相手を安心させるいい意味で自信が溢れている。』
②『加奈子のことを男勝りでガサツだと思うのは大いに間違いである。』
③『その男勝りな面は、加奈子のほんの一面であるし主にビジネス面ではそういった部分は影を潜める。』
④『明るく気さくな雰囲気から軽く見られがちだが、稲垣加奈子は思慮深く聡い。』

愛しの可奈子嬢を物の見事に描写される様、感服致します。
年があけて投稿が続いており、楽しみに拝読させて頂いてます。
益々、エクサイティング&官能的な物語をお願い致します。
2021/01/19(火) 00:16 | URL | 独り身の良妻 #-[ 編集]
独り身の良妻様
いつも一夜をお読みいただき、コメントも下さりありがとうございます。
加奈子好きなのが凄く伝わってきます。
11章も宮コー中心のお話になりそうですので、加奈子には大いに活躍してもらえるかと存じます。

加奈子評をお気に入りいただけて良かったです。
今後とも一夜限りの思い出話をどうぞよろしくお願い致します。
2021/01/19(火) 01:19 | URL | 千景 #-[ 編集]
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筆者紹介

千景

Author:千景
訪問ありがとうございます。
ここでは私千景が書いた小説を紹介させて頂きたいと思います。
ほぼ私と同年代の既婚者が主役のものになるかと思います。登場人物同士が
つながりを持っていて別の物語では最初の物語の主人公が脇役を務める様な
小説全体につながりを持たせ想像を膨らませていけたらと思っております。
どうぞ宜しくお願い致します

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