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第8章 三つ巴 48話 緋村紅音

【第8章 三つ巴 48話 緋村紅音】

驚いた表情のまま二の句が継げないでいる佐恵子の様子を、紅音は満足げに眺めると、やや巻いた赤髪を右手で人撫でしてから鼻で笑う。

「納得できないの?・・佐恵子あなた自分がやったこと自覚してる?湾岸計画整備の2か月の遅延、橋元不動産という地元民間企業とのトラブルでの警察沙汰。霧崎美樹っていう公安の女が本社に何度も聞き取り調査にきてるのよ?マスコミもいつも宮コーの味方ってわけじゃないわ。彼らは上がっているものがあれば落とす習性があるのよ?スキャンダルがあればすぐに駆けつけてくるのわ。それに、彼らを黙らせるのだってタダじゃないの。わかってる?いくら何でも看過できないと役員会が判断したから私が来たんじゃない」

いまだ念動力の金縛りで動きを封じられ、病院の床に座り込んだ格好でいる宮川佐恵子にやれやれと肩を竦め、勝ち誇ったような口調で愉快そうに捲し立てた。

「ま、待ちなさい!それだけでそのような決定乱暴すぎますわ!」

栗田教授が念動力を解除すると、身体が自由になった佐恵子はギロリと栗田を一瞥したが栗田には何も言わず、すぐに紅音に視線を移し、紅音に聞き返す。

佐恵子に睨まれた当の栗田は、佐恵子の視線を全く無視して宏に何事か目配せをすると、スタスタと真理の駆けて行った方向に速足に歩き去ってしまった。

師匠の目配せに頷き、肉食系の獰猛な女同士が牙を剥き合いだした様子を横目に、菊沢宏は、無言で飛ばされたサングラスのところまで歩き拾い上げグラサンを掛けると、少し離れたところで壁に背を預け二人を傍観することに決めたようだ。

その宏の側にスノウも続き、壁にもたれてはいないが宏にピタッと寄り添って宏と同じく、獰猛女子同士の様子を伺う。

「待ちなさいですって?相変わらず口の利き方を知らないわね。来月からは私が栄えある宮川コーポレーションの関西支社長なのよ?対外的な目もあるんだから口の利き方に気を付けてもらいたいわね」

「・・くっ・・。まさか本当に本当ですの?」

このような嘘を付くはずがないと分かっていつつも、佐恵子は聞き返さずにはいられなかった。

「残念ながら本当よ。あなたは降格。くすっ・・。・・それとも、そのくそったれな目で真贋を確かめてみる?まぁ・・、出来ればの話だけど!?」

そう言うと紅音は佐恵子に向かって右手を付きだし、手の甲をみせるようにして指を自身のほうに倒して手招きして挑発した。

佐恵子のパッシブスキルですでに【感情感知】は展開中であったが、通常運転では紅音の防御思念を突破できてはいない。

「言いましたわね!・・・吐いた唾は飲めませんわよ?・・丸裸にしてあげますわ!」

降格と伝えられたことにより困惑の表情になっていた佐恵子だが、紅音の尊大な態度での挑発に佐恵子は、迷いなく目に力を蓄え黒い光を纏う。

紅音の感情を読み取ろうと発動していた【感情感知】を更に精度を上げて紅音を凝視する。

「やってみなさいよ!味方同士じゃ能力使うの御法度だけど、感情感知ぐらいなら大目に見てくれるんじゃない?!でも、嬉しいわ!これで優劣が解るわね?!佐恵子ももっと早くこうしたかったんでしょ!?」

佐恵子の思念を跳ね退ける自信があった紅音だったが、魔眼に抵抗できなかった場合のことがどうしても不安を掻きたてられる。

傀儡にされるか、頭の中を隅々まで読まれ情報を全て知られてしまうかもしれない恐怖に震える心を全力で鼓舞し、紅音は素早くさらに強力な防御思念を展開する。

紅音は(はな)や丸岳そして、ほぼ取り込んでいるが松前や紅露にもどちらに着いたほうが得か、目に見える形で見せつける必要があると考えている。

宮川佐恵子を上回らなければ宮川コーポレーション内では、これ以上はのし上がってはいけない。

社内で紅音と佐恵子の不仲は、まだ表向きは噂程度でしか囁かれていないが、社内の能力者たちや幹部連中には確定情報として知られてしまっている。

紅音ほどの逸材だからこそ、佐恵子と反目していても宮川コーポレーションである程度のポジションは確保できた。

しかし、それ以上のポジションを望むには、目の前の七光り女を目に見える形で打ちのめす必要があり、ただでさえ社内で善政を敷いて人気の高い宮川家の一族を押しのけるには、自身の最も頼りとする能力、力で示し味方と賛同者を増やすしかないと思っている。

紅音は自分なりの信念を克己し、覚悟を決めて佐恵子の魔眼による本気の【感情感知】を正面から受けとめる。

佐恵子は目の周りに血管が浮かぶほど力を込めてオーラを込め、紅音が嘘をついていないのは認知できた。しかし、佐恵子は表面感情だけでなく紅音と紅音を支援している背後関係まで看破しようと更に力を強める。

「さ、さすがに・・魔眼ね!・・でもそれがなければあんたなんて・・!」

強まる佐恵子の黒い光に晒された紅音も、負けじとオーラを放出する。

紅音の周囲を紅い炎のような揺らめきのオーラが纏う。実際に熱を孕んでいるかもしれいが、紅く揺らめくオーラの中で紅音は全力で佐恵子の魔眼による干渉を排除しようと力を込める。

はな、丸岳、松前と紅露が二人のオーラの放出に、危険を感じたのかその場から数歩下がり身構える。

「佐恵ちゃん・・・紅音ちゃん・・お互いやりすぎたらあかんで?」

「これはこれは・・、なかなか見れるものではないですな」

紅音の取り巻きの(はな)と丸岳の2人が、紅音と佐恵子のオーラのぶつかり合いを、安全な位置まで距離をとりつつ眺めながら口々に感想を漏らす。

院内のブランドがガチャガチャと揺れ、窓ガラスも割れてしまうのかと思うぐらい震えている中、佐恵子のほうが先にうめき声をあげる。

「く・・!っくぅ・・!・・そ、そんなことが・・!」

佐恵子は額に粒状の汗を浮かせ、顔を真っ赤にして全力で放っている力でも、紅音のオーラが貫通しきれそうにないことに焦り声を上げたのだ。

佐恵子の強烈な思念波による干渉を、全力で抵抗しきった紅音は、息をきらせて、額に汗を浮かべつつも、無理して余裕を感じさせる表情で続ける。

「はぁ!・・はぁ!・・・げほっ!・っふ、ふふん!やった!やったわ!・・はぁ!はぁ!・・げほっげほっ!・・見せて・・あげないわよ・・覗き女め!・はぁ・・!はぁ!・・でもなぜ、一番に自分のところに報告が上がってこなかったのか教えてはあげる!」

佐恵子自身も息を切らせ、肩で息をしているが、力を弾かれ、困惑と不安の色が先ほどよりより濃くなった表情の佐恵子に、紅音自身も肩で息をして額には大粒の汗を浮かべているが、無理して腕を組んだ状態で髪を弄びながら愉快そうに補足した。

「紅露部長、松前常務。来てください」

完全に勝ち誇った態度で紅音が二人を呼ぶようにして声を上げると佐恵子は僅かに全身をびくりと震わせ、全てを悟り表情を強張らせた。

「・・・ばかな・・、わ、わたくしの・・まさか?!」

かすれた声で佐恵子はそう言うと、近づいてくる足音のほう、紅音の後方に目を向ける。紅音の後方で困惑の表情をしている(はな)や不敵な笑みを浮かべている丸岳の更に後ろから、細身と巨漢の影が革靴の音を鳴らせてゆっくりと入ってきた。

「支社長。何時ぞやはお世話になりましたなぁ」

「おいおい紅露君。彼女は来月から支社長じゃなくなるんだよ。総務部長代理・・君の部下になるわけだ」

「げはははは、そうでしたな。これで宮川お嬢様も俺より職位が下ということですなあ」

細身中背で50代半ばを少し過ぎただろうと思わせる松前常務と、190cm以上の身長で、100kgは超えてそうな巨漢の紅露部長が紅音の両脇をかためるようにして佐恵子の前に現れた。

紅音はカツカツとヒール音を響かせて佐恵子に近づき、佐恵子の前でしゃがんで、心底嬉しそうな顔でほほ笑んだ。

「佐恵子、あなた松前さんと紅露さんに目を使ったわね?味方に攻撃をしたでしょう?」

すでに床に座り込んでいる佐恵子からは、しゃがみこんできた紅音のタイトスカートの隙間から覗く真っ赤のショーツが丸見えであるが、もちろんそんなことに気のない佐恵子は無視して紅音に言葉を返す。

「そ、・・それは、そちらの二人から仕掛けて・・」

【感情感知】というパッシブスキルと言えど全力で放出した疲労から、息も絶え絶えに答える佐恵子の目は敗北感で泳いでいた。

「あらぁ?そんなこと立証できるの?・・出来ないなら、この状況でそんな言い訳を言うのは賢い選択とは言えないんじゃない?」

「く・・」

「あなた気絶かオーラを使い切るかしなかった?・・あなたの力が弱まった時に二人は自力で解除に成功したのよ?その時からあなたは泳がされていたってこと」

「お、叔父様に釈明させてください!・・あれは両名が私に対して監視を理由に狼藉を働こうとしたから、抵抗した結果ですわ!」

「まだ言うの?役員たちを納得させられる証拠でもある?それに、仮にもし狼藉されたから抵抗したんなら、どうして目を使って操ったままなの?なんで二人を操ったままの状態にして(はな)を呼ばせたの?そういう事があったのならすぐに本社に報告すべきじゃない?佐恵子・・あなたが何か後ろ暗いこと考えてたからじゃない?」

「嘘じゃないですわ!叔父様の魔眼でわたくしの記憶を解析すれば証明できますわ!」

「もう遅いって言ってるの。社長の命令があったから私が来てるんだし、さっきの辞令なのよ?社長はあなたにとってもご立腹だわ。ひとまず降格というご判断だけど、佐恵子あなた随分好き勝手やってきたからね。社長も快く思ってないわよ?これからのこと覚悟してたほうがいいと思うわ。松前常務や紅露部長は社長の信任も厚くて、佐恵子のお目付け役として社長が選んだ人たちなのは知ってたでしょ?その二人を傀儡にしておいて報告しないっていうのはさすがに言い訳できないんじゃない?」

紅音は佐恵子から自ら晒したショーツが見えていることを自覚はしていたが、佐恵子の反応で思った通り佐恵子にレズの気がないようだと分かった。

もしその気があるなら、死んだ方がいいと思うような屈辱を味合わせてやろうかと思っていたので少し落胆したが、佐恵子が狼狽し言葉に詰まり、追い詰められていく様を間近でみているうちに、違う性癖の部分が紅音の下腹部をチロチロと淫靡な火が溶かし出し、赤い下着をより濃い赤にしてしまいそうになる。

一方佐恵子はそれどころではなく、紅音の脳裏で渦巻くドロドロの感情を完全に読み切れずにいた。

確かに紅音の言う通り、このような重大なことを佐恵子に何の連絡もなく決定したということは、叔父が相当に怒り心頭だということだと分かりつつも佐恵子は、自分自身の迂闊さに舌打ちをする。

そもそもあの二人の人選の時から紅音は口を出してきた。真理や加奈子を同行することについても反対をしていた。

「・・紅音・・。最初から仕組んでましたわね・・?」

「呆れた。人聞きが悪い。今度は私のせいにするつもりなの?」

「紅音・・なぜわたくしをそんなに嫌いますの?・・最初は門谷さんや加奈子、真理も関西支社に連れてこようとしたときも、色々邪魔したじゃない・・」

知らないふりをする紅音を無視して佐恵子は続ける。

「ふん。何のことかしら・・?・・それより明日8時に支社長室に来なさいね。今後のことを詳しく説明してあげます。すでに予定が入ってるみたいだからそれはこなしてもらいますからね」

「・・・わかりましたわ」

「聞き分けが良くてよかった。では皆さん今日は解散です。・・・それと・・菊沢部長?9時に私のほうから5階でしたかしら?調査部に伺いますからお時間空けておいてくださいね」

紅音は僅かに上気させた表情でそう言うと、項垂れてしおらしく返事を返す様子に紅音は満足そうに頷いて立ち上がり、クルリと踵を返して、取り巻きを引き連れ病院から出て行った。

すでに後手に回り、不利な状況であることが佐恵子はようやく状況がわかってきたようで、紅音たちが去った後も、無言で床に座り項垂れたままである。

「スノウ、美佳帆さんとアリサの様子を見てきてやってくれや」

病院の待合室の床にへたり込んだ佐恵子を見ながら宏はスノウに声を掛けた。

「え?所長は美佳帆さんのところ行かないの?」

スノウは宏の声に驚いたように振り返り聞き返す。

「俺はもう病室には一回行ってきたんや。それに命に別状はないし美佳帆さんをここまで背負って帰ってきてたからそれまでずっと一緒におったからな。スノウはまだ会うてないんやろ?」

「ええ・・・、さっきのあの方達の車で送ってもらいましたから」

「緋村紅音か・・」

「知ってるんですか?」

「・・いや、今日初対面や。・・それより行ったってくれ。後で俺も行くから」

「わかったわ」

宏は佐恵子のほうを見ているわけではないが、項垂れた佐恵子を気にかけているのかもしれないと気を利かせたスノウは短くそう答えると、階段のほうに駆け一度宏に振り返り手を振ると、佐恵子を一瞥したが項垂れた佐恵子とは目が合わなかったのでそのまま階段を駆け上がって行った。

佐恵子に思い切り殴られたせいでフレームが曲がってしまったのか、ややおさまりが悪くなったサングラスを不快気に持ち上げなおしながら、宏は佐恵子の近くまで行き膝を落した。

「・・・肩かしてやるから稲垣さんのとこまで行くで」

宏は普段と変わらぬ口調と表情で佐恵子に言う。

「・・菊沢部長?」

佐恵子は、無表情で記憶している声色の人物の名を口に出し顔を上げる。

「・・・アリサと画伯は軽傷や。まあ、美佳帆さんも怪我という面では軽傷や。・・・・神田川さんが稲垣さんとこ向かったあと師匠も向かってくれたみたいや。師匠の治療はしゃれにならんすごさやからな。俺も師匠の治療のおかげで何回も助けられとる。・・・だから、まだええ加減なことは言えんが、望みはあるんや。今あんたが直接稲垣さんにできることは無いかもしれんけど、稲垣さんはあんたの為に頑張ってたんやと思うで?あんたが行ってやらんとあかんのと違うか?」

虚ろな目をして見上げていた佐恵子の目に、宏の今の言葉で生気が戻ったように見えた。

佐恵子が左右に首を振り、自らの頬をピシャリと両手で叩くと佐恵子は宏に視線を戻した。

急な状況の変化で考えるべきことが増えたが、今はこの男にそう言わなければならないと思い佐恵子は素直にそう言った。

「・・・ありがとう。・・・・殴ってしまってごめんなさい・・・」

後半は声が小さく聞こえなかったのかもしれないが、宏は佐恵子の言葉を聞くと何も言わずに立ち上がり、背を向け歩き出した。

(あ、あら・・?・・・肩は貸してくれるわけではないのですね・・。いえ・・それは少し、わたくしが厚かましいというものですわ・・)

前を歩いていく宏の大きな背中を見ながら、佐恵子は少しだけ普段の自分を取り戻しているのに気が付いた。

【第8章 三つ巴 48話 緋村紅音終わり】第49話に続く

第9章 歪と失脚からの脱出 2話 香澄と佐恵子とモブ

第9章 歪と失脚からの脱出 2話 香澄と佐恵子とモブ

美佳帆達一行は、大通りに面して建っている9階建ての雑居ビルの前まで来ていた。

オフィスのドアの開け方が乱暴になってしまうが、今はそこに気を使うゆとりはなかった。

美佳帆が勢いよく両開のガラス扉を開けると、オフィスの奥の方にいる半目三白眼の女性がやや意外そうな顔をして声を上げた。

「あら美佳帆さま?予定より随分とお早いですわね。・・それに今日は大勢で・・」

訪問する時間が早いことよりも、美佳帆たちの人数や顔付きのほうに驚いている様子の宮川佐恵子が、椅子に座り脚を組んで座ったまま訪問者たちを確認するように見てくる。

美佳帆はスノウが佐恵子のことを少し意識しているかもしれないと、心配してスノウに目をやるが、スノウは見事なポーカーフェイスでそれらしい素振りは全くなかったし、佐恵子のほうもスノウの姿を認めたが特別な反応もなかったので、内心でホッと胸をなでおろした。

それにしても、佐恵子が視界に入ってくる人を見てしまうのは癖なのだろうが、今はもう以前のような見透かす力は使ってきていないはずだ。

今も私やスノウ、杉君や粉川君のこともじっくり見ている

美佳帆以外の一同は、佐恵子に頭を下げ、佐恵子もそれに応えて薄く笑みを浮かべ頷いている。

しかし、美佳帆は、従業員が忙しそうに働いているデスクを横切り、佐恵子の座っているデスクまで歩いていき、デスクに両手をつき訪問時刻が早まった理由を端的に伝える。

「宮川さん!麗華が見つかったかもしれないの!」

細い目を、佐恵子にしては一瞬驚いたように見開き、そしてすぐに聞き返してくる。

「なにかお手伝いできることはございまして?・・目的地に向かいながらお聞きしましょうか?」

「うん。お願い」

佐恵子が以前の力を大部分失ってから、みんなで、交代で護衛と様子見を兼ねて訪問するようにしているのだ。

今日は元菊一事務所のメンバーも他の仕事で忙しく此方に来れないため、美佳帆が佐恵子の仕事に随行しながら、美佳帆の予定していた調査個所を回る予定になっていたのだが、その約束の時間よりも1時間も早く到着している。

予定より早い訪問者である私たちに合わせる為、佐恵子はオフィスにいる部下たちに矢継ぎ早に指示を出し、スマホでどこかに連絡したりしている。

その様子を見ながら美佳帆は、宏や哲司から聞いた内容を思い出していた。

佐恵子は宮コー社内での影響力はもちろん、実質的なオーラ量も格段に落ちているらしい。

現在の宮川コーポレーション関西支社は緋村紅音政権で、宮川さんが重用していた人材もすべて緋村支社長の部下とされ、宮川さんは本当に周囲を剥がされてしまった状態だ。

側近の真理さんや加奈子さんまで政敵ともいえるライバルに奪われた心境はいかばかりだろう。

それに加えオーラ量が格段に落ちてしまったらしいというのは、哲司の見解で、普段誰よりも佐恵子と過ごす時間が長い彼が言うので間違いはないのだろうが、詳しいことは哲司も言ってくれない。

しかし、佐恵子の力が弱まったのはおそらく稲垣加奈子さんの手術の後からだと美佳帆はあたりを付けている。

あのとき、宏の話ではベッドに寝かされている加奈子を前にして、取り乱している佐恵子に栗田教授が何事か耳打ちしたらしいのだ。

その後、彼女は大人しくなり、栗田教授と一緒に手術室に残って、継続して治療を手伝うと申し出た真理さえも手術室から退出させたのらしい。

栗田と佐恵子だけが手術室に残り、6時間ほどの手術は見事成功し、加奈子は一命を取り留めた。

佐恵子も手術後は頭と顔を覆うように包帯を巻かれていたが、栗田教授は輸血を協力してもらったと言っていたのみである。

たしかに加奈子は特殊な血液型であったようなのだが、輸血をするにも包帯の個所が皆気になっていた。

しかし、栗田教授の説明はそれ以上なく、佐恵子自身もそのとおりだというので、誰もそれ以上は聞けなかったのだ。

意識を取り戻した加奈子は、持ち前の強靭な精神力と回復力であっという間に完治し、今は本人が言うには、以前より元気なぐらいとのことである。

その加奈子は、昨日仕事が終わってから宮川アシストに着て佐恵子の護衛をしていたはずだ。

加奈子がプライベートな時間をつかい護衛している佐恵子は、先月本社から辞令を受け、この宮川アシストという宮川コーポレーションの下請け会社の社長に就任させられていた。

宮川アシストは、宮川コーポレーション関西支社の傘下で、本体で赤字部分を抱えていた不動産事業部をまるまる押し付けられたような会社である。

なんだか以前よりかなり雰囲気が丸くなった気がするなぁ・・。哲司とお付き合いしだしたからかしら?と佐恵子のことを眺めていたが、周囲にテキパキと指示を下し、出かける身支度をしている佐恵子のすぐ近くのデスクで座る若い男の子が目に入った。

たしかこの子が日中は佐恵子さんの護衛よね・・。なるほど・・いい体格はしてるわね・・。と美佳帆は思いながら彼をより観察しようとしだしたとき、佐恵子が彼に声を掛けた。

「モブ。あなたも行くのよ。ぼーっとしてないで準備して?」

「えー!?さっきはこのデータに入力して、それが終わったら出かけるからって言ってたじゃねーっすか!」

忙しそうに動きながら言う佐恵子のセリフに、まだまだスーツに着られている感じが否めない、大柄な若い男の子が悪態をついた。

美佳帆は佐恵子がモブと言って思い出した。

たしか茂部天牙という元不良だ。

哲司からは聞いているが、元不良と聞いていなくても、彼にはいわゆるそう言う雰囲気があり、美佳帆から見てもよくわかる。

成人して今は真面目に生きてますけど、昔やんちゃしてた・・という雰囲気が出てる人とたまに会う時があるが、彼はそのフレッシュバージョンだ。

鋭い目つきに、無意識に周囲を警戒して存在感を放っている。とは言っても美佳帆から見るとかわいいものではあるが、おそらく一般人の不良のなかでは大きな顔ができるレベルなのであろう。

佐恵子さんを護衛って・・彼より護衛対象の佐恵子さんのほうが断然強いんじゃないの・・?でも、哲司がモブって子も使いようによってはとんでもなく使えると言ってたっけ・・?

などと思いもしたが、彼の態度や言葉遣いがおおよそ宮川コーポレーションに相応しくないのは確かだ。

・・美佳帆は今の佐恵子の状況では贅沢は言えないのだろうと解釈することにすると、佐恵子がモブに諭すように話し出した。

「・・忘れたのですか?あなたの一番の仕事は私の警護ですの。さあ、早く支度してちょうだい」

「へいへい・・人使いの荒いこって・・」

以前の宮コー関西支社ではありえない宮川さんと部下とのやり取りに少し驚きながらも笑顔で聞き流し、美佳帆はさっきから声を掛けるタイミングをはかっていた佐恵子の席の前にいる女性に声を掛ける。

「香澄さんお久しぶり、お仕事は慣れてきました?」

美佳帆は茂部と佐恵子の間のデスクで、忙しそうに作業をしている女性に声を掛けた。

平安住宅にいた岩堀香澄である。

香澄は声に反応し顔を上げ、スマホで会話している相手と話をしながら、美佳帆に向かって笑顔でお辞儀した。

「あ、ごめん通話中だったのね」

美佳帆はそう謝りながら片目をつぶって手を合わせる。美佳帆も最近知ったのだが、岩堀香澄は、以前から神田川真理から宮コーの不動産部に来るようにと、熱烈なラブコールを何度も受けていたらしい。

美人なだけでなく、あの抜け目ない真理さんがすでに目を付けてオファーを出し続けてたなんて、香澄さんて仕事でもすごかったのね・・。と改めて感心してしまう。

真理は本来、宮川コーポレーションの不動産部に香澄を部長職として据えるつもりでオファーを出していたらしいのだが、宮コーの不動産部は子会社である宮川アシストに、不動産事業を丸ごと外注するようになっており、すでに宮コー本体の不動産部に実働作業はないため、宮川アシストに就職する運びになったのだ。

「ええ、しばらくぶりですね美佳帆さん。仕事は以前の職場でしていたことと変わりありませんから全く問題ありませんよ」

通話を終わらせた香澄が、美佳帆に笑顔で答える。

岩堀香澄が転職を決心したきっかけがご主人との別居で、今は子供と二人暮らしであるし、収入アップと職場が近いということ、それに、以前の職場では悲しすぎることを思い出しやすいからだということを、美佳帆は香澄から聞いた内容を思い出していた。

「そうよね。なんだか香澄さんもう何年もここで働いてるって雰囲気に見えますよ」

「あはは、そんなことないですって。平安の時とは顧客層が違いますからね。お会いしてないオーナーさん達も多いし、まだまだですよ」

そう言って謙遜する香澄の表情に初めて会った時の暗さが感じられず、美佳帆は安心したところで、佐恵子が香澄に話しかけてきた。

「じゃあ香澄あとはお願い致しますわ。カジノ外周を囲むようにあるテナントは留意事項も多いけど完成までに全店舗埋めるのよ。顧客の要望を早く聞き出しておかないと、工事のほうも進まないわ。・・・香澄・・。午後からの大口のクライアント・・期待していいのですのよね?」

「ええ、任せてください」

佐恵子の少し心配そうな問いかけに対し、意味深にニコリと笑った香澄の表情には自信が漲っていた。

真理曰く、香澄自身も自分自身で自覚はしてなかったが能力を仕事中に多用している人物だということだ。

実は自分でも気づかずに力を使っている人間は、オーラの多寡を言わなければ結構多く、経営者や組織やチームのリーダーなどにはままみられることなのだそうだ。

カリスマ経営者や宗教家は【呪言】など、アスリートやプロスポーツ選手は【限界突破】など、アーティストやミュージシャンは【脳振】など能力様々だが、微量にその力を使っている。

香澄も仕事を遂行する上で、身につけている力があったということ。

真理が言うには【事象拒絶】と宮コーでは名付けられている能力で、主に交渉や話合いで使われる力なのだそうだ。

以前は無意識に使っていた能力を、認知して使うと大抵の場合効果が増すと言われている。

稀に効果が減退する場合もあるようだが、香澄の場合は前者だったと聞いている。

あれこれと思いだしているうちに、佐恵子たちの準備が整ったようだ。

「おまたせしましたわ」

初秋で風が少し涼しくなってきてはいるが、まだまだ日差しが強いため美佳帆は暑くさえ感じるときがある時期である。しかし寒がりの佐恵子は薄めのコートを羽織った姿でそう言った。

「社長、お気をつけて。それと午後の結果報告は本日中に提出しておきますので、お帰りになられたらご確認お願いしますね」

そう言う香澄の手には今日午後から会うクライアント宛ての契約書がすでに作成されてクリアファイルにおさめられており、終わり次第すぐに提出できるという状態であった。

「わかったわ。それにしても香澄・・随分な自信ですわね。でもそういうの嫌いじゃないわ・・。香澄・・期待してますわよ」

「・・・社長。岩堀とお呼びください。普段から癖付けておかないと、いざという時にファーストネームで呼んでしまいかねませんよ?」

直属の上司である佐恵子の賛辞のセリフに対して、香澄はメガネをキラりと光らせて、手厳しい一言をお返しする。

「そうね。わかりましたわ。岩堀部長・・。まったく・・真理より口うるさいんだから・・」

軽くため息をつき肩をすくめてそう言う佐恵子の仕草を見て、美佳帆にはどことなく嬉しくなってしまった。そのやり取りに二人の信頼があるように見えたからだ。

(香澄さんも別居を悩んでた時期のときの表情とは違って生き生きしてるようだし、佐恵子さんも色々あったけど随分落ち着いた様子ね・・)

美佳帆がしみじみそう思っていると、ようやく準備の出来たモブが話の終わりを見計らって香澄に声を掛ける。

「香澄さん、行ってくるっす」

「・・茂部くん。何度も言わせない!「行ってまいります」よ?」

「あ・・すんません・・。行ってまいります」

香澄は上司である佐恵子にでも意見するのだ、部下の不出来には厳しいようだ。

香澄は目を吊り上げてモブにそう言うと、よほど香澄には頭が上がらないのだろう、モブは大きな体を縮めて香澄に言い直した。

どうやらこの大柄な男の子は、佐恵子より香澄のほうに気を使っているようね・・と美佳帆は観察しながらも笑みが出そうになるのを堪える。

「じゃ、美佳帆さま。行きましょう」

香澄とモブのやり取りはいつものことのようで、佐恵子は気にした様子もなく美佳帆にそう促し、オフィスの玄関に向かって歩き出した。


一行はオフィス街を歩きながら、要点を伝え麗華目撃と周辺情報を端的に佐恵子に話す。

「・・そういう事ですのなら、わたくしの予定はすぐ終わりますので、早速その会社に向かいましょう。・・今日は加奈子もいないのですが、面倒なことにはならなさそうですしね」

歩きながら美佳帆の話を真剣に聞いていた佐恵子は、美佳帆が話し終わるや否やすぐにそう言った。

美佳帆も、佐恵子が、麗華が行方不明になったのには責任を感じているのは解っていた。

佐恵子が支社長を退任してからも、個人的に出費し、警備部門の八尾部長にお願いして手伝ってもらったり、加奈子や真理、門谷さんにも依頼して捜索してもらってたのは美佳帆もよく知っていた。

途中で緋村紅音からの妨害があり、宮コー社員を使うことができなくなってしまったが、それでも佐恵子の行動は美佳帆にとってはその気持ちが嬉しかったし、逆に緋村紅音は、妨害はしてきたが、直接警備部門に紅音が命令を下し、麗華の捜索に宮コーの組織をいくつか使って協力をしてくれてはいる。

しかし、何となく紅音のそういったやり方に、美佳帆は意図を感じてしまうのだ。

「大丈夫っすよ社長。なんかあっても俺がいるじゃねーっすか。ここ3か月ずっとあの鬼軍曹達に死ぬほどしごかれてるっすからね。そのあたりのチンピラなんて瞬殺っすよ」

佐恵子の言葉に、彼女のボディガードとして着いてきているモブが自信たっぷりに佐恵子に言っている様子を見て美佳帆は思わず聞いてしまう。

「鬼軍曹・・達って誰なの?」

「・・・鬼つったらあいつらしかいねーっすよ。Dカップの菩薩モドキの鬼と、Eカップのアグレッシブな暴力鬼っすよ」

「な、なによそれ?」

少しだけ言いにくそうだったのは最初だけで、途中からはっきりとした口調で訳の分からないことを言うモブに、美佳帆は面食らって聞き返す。

「・・モブは加奈子と真理のこと言ってるのですわ。加奈子がモブを鍛えてくれたおかげで、わたくしも少しは安心できるようになりましたし、この子ったら最初はまともに計算もできなかったのですよ。・・ねえモブ?・・でも、真理が手取り足取り教えてくれたのですわ。鬼なんて言ったらいけませんよ。・・少しはまともな人間になれたのですから、泣いて彼女たちに感謝すべきですわ」

美佳帆の問いかけに、モブの代わりに佐恵子が答えた。

「・・・たしかに毎日泣かされてるっすね・・」

「へぇーー・・彼女たちにね。・・それってある意味けっこうラッキーなことなんじゃないの?」

側近を引き剥がされ丸裸になった佐恵子に、その元側近たちがこのモブという元不良少年を毎日鍛え上げて、佐恵子の親衛隊に成長させようとしているのだと分かった美佳帆は、素直に感嘆してそう言ったその直後だった。

「・・・言葉遣い」

「え?」

ボソリとスノウが言ったセリフに一同の視線がスノウに集まる。

「次は言葉遣い・・・ですね」

「ふふ・・スノウさん。これでも随分マシになったのですわ」

スノウのセリフに佐恵子が微笑んで応えた。

(あら・・。大丈夫そうね・・)と美佳帆は思ってスノウのほうを見ると、スノウも一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔になり佐恵子に軽く目礼して、「そうですか。それならいいですね」と小さな声で言った。

「皆さんここです。ここで麗華さんと思われる方が働いています」

一行の先頭を歩く杉と粉川が振り返り、一同に杉が声を掛ける。

「さて、・・現役警官のパワーをちょっとだけ拝借させてもらいましょうか」

美佳帆は杉と粉川に笑顔でウインクしながらそう言うと、二人はニコリと笑って頷いた。

【第9章 歪と失脚からの脱出 2話 香澄と佐恵子とモブ終わり】3話へ続く

第9章 歪と失脚からの脱出 1話 寺野麗華の行方

第9章 歪と失脚からの脱出 1話 寺野麗華の行方

支給された黒地に薄い茶色のストライプが施された制服のスーツに身を包み、全身姿鏡の前で色々ポーズをとり自らのボディラインを確認する。

今年で38を迎えるが、この熟したボディの肌はまだまだ若々しくてハリがあるし、年齢を10歳サバ読みしても通用する・・・はずだ。と自分自身は思っているし、実際それはたぶん事実であろうとひいき目なしに思う。

「うん。悪くない」

菊沢美佳帆は、鏡の前で正面に向き直り、メガネをかけなおしてデキる女の顔でにっこりと笑顔でそう言った。

制服のスカートは膝丈のタイトスカートだが、美佳帆は少しだけ短く丈を詰めている。

菊一探偵事務所で働いていた時は、ほぼ毎日デニムのホットパンツに上は襟付きのカットソーなどを愛用していたが、いまは宮川コーポレーション調査部部長代理という職位に就いている以上、さすがにホットパンツ姿で社内をウロウロするのはまずいのだ。

宮川コーポレーション関西支店内部だけで言うと、部長代理以上の職位の人間は30人もいない。関西支社だけで全社員300人ほどなので、美佳帆は職位だけで言うと上位10%に入社していきなり抜擢されたのである。

もと菊一事務所のメンバーが厚遇されていることは、新支社長の緋村紅音以下幹部の人たちには一応の理解を得られてはいるが、その他一般の大勢いる社員たちには元菊一事務所メンバーの待遇や能力などは、もちろん詳しく、そして正しく認知されていない。

思った通り、古参の社員からの目は冷たい・・と言えるほどまでではないが、その目や対応は冷ややかだった。

もうすでに入社してから3か月になり、いままで外注していた調査や幹部たちの警護などで活躍しているため、少しずつだがいい意味で認知されつつあるように思う。

徐々に美佳帆たちの実力を認める人たちも増え、入れられつつあるのは感じるが、今だにまだまだ様子を探られている、と感じる場面は多少ある。

その為入社してから美佳帆の【百聞】は、自分自身や菊一事務所の仲間たちの処世術に大きく貢献することになったのは事実である。

美佳帆は宮コーに入社すると、そういう気苦労をある程度覚悟していたので、今更気分を害することはない。おどおどすることもないし、それにうちにはそういうタイプの人物はいない・・。

ただ、誠実に実力を示しておけば、周囲は美佳帆たち元菊一事務所のことを認めざるを得ないのだ。

それより美佳帆にとっては、宮コー指定の制服スーツのスカートの丈だ。

デザイン的には可愛いしカッコいい、おまけに機能的でもある。

動きやすさ重視で愛用し出したのがきっかけだが、脚を見せていると男性たちの視線が集まるのが、やや中毒になってしまっているのは事実でもあった。

しかし、今まで毎日着ていなかったスーツ姿だと、どうにも肩が凝ってしまうのと、指定制服のタイトスカートの丈では、自慢の美脚と太腿に視線を注いでくる男性が少ないのが個人的にやや不満なのだ。

それ故の、美佳帆のささやかな抵抗の証である丈を短くして太腿チラ見せファッションなのであるが、社内規則の厳しい宮コーでは時々他部署の女性社員からはけしからんものを見るような視線を浴びる時がある。

最近すっかり親しくなった神田川真理にも、入社当初に「スカートが短すぎる」と、忠告を受けたので、協議の結果「まあ、これぐらいなら・・」と真理の容認の言葉を、得られたので、美佳帆はほかの社員より僅かに丈が短いのだ。

だが、美佳帆にとっては、その僅かな差が大きな違いで、椅子に座ったり、足を組んだ時に大いに効果を発揮することになる。

真理がぎりぎり許容してくれている丈になるようにスカートの位置を調整しながら、美佳帆は菊一事務所のメンバーで現在行方不明になっている人物のことを思う。

湖岸公園で別れたきり、あれ以来消息のつかめない寺野麗華のことだ。

「いろいろ網張ってるんだけど、なかなかヒットが無いわね・・」

美佳帆はカーテンを開け、窓を開け放ち、差し込んでくる朝日を手のひらで遮りそう呟くと、晴天の天候とは真逆の顔つきで人伸び背伸びをしてから、背後で未だ着替えを終えていない同部屋の女性のほうに向きなおる。

「ちょっと美佳帆さん!まだ窓開けないでくださいよ」

少しだけ慌てた声のスノウが、カーテンを思い切り開け放った美佳帆に抗議の声をあげる。

元菊一事務所のメンバーは宮川コーポレーション関西支社ビルの上階にあるホテルの15階の一室を住居代わりに提供されている。

美佳帆と宏用の大きめの部屋も用意されているのでるが、スタジオ野口での一件以来、何となく気まずく宏とは寝所を共にしていない。

スノウの心の傷がまだ癒えていないからフォローする・・。というこじつけ的な理由で、宏との相部屋では寝起きはせず、スノウの部屋に居候状態だ。

スノウは察するところもあったのか、その件については美佳帆になにも追及してこない。ただ時折なにか言いたそうな素振りをみせるが、それについては美佳帆のほうが気付かない振りで今はスルーしている。

でも、スノウも一人になりたい時もあったりするだろうし・・。早めに何とかしないとね・・。と心の中で呟くが、とりあえずは今の抗議に謝罪を口にする。

「あ・・!ごめんごめん。でもバルコニーの壁も高いし、この部屋の階数ならドローンとかで覗かれない限り大丈夫だってば」

「そうかもしれませんけど驚きます・・」


椅子に腰かけ、白いショーツの上に黒いパンストを履いた姿のスノウこと斎藤雪は今まさに制服であるスカートを足に通そうとしているところであった。

抗議しながらも手を止めていないスノウは、淡い水色のブラウスの裾をスカートの中におさめ、ほぼ身支度を整え終えたようだ。

それにしても、宮コーの能力者の収集への力の入れようは相当ね。と美佳帆は改めて感じる。

宮川前支社長の懇請で、菊一事務所は宮コーに吸収される形となったので、新支社長の緋村紅音に変わったら状況が変わるのかと思いきや、紅音も能力者集めに余念がない。

私達をどうにかして取り込みたいようだ。

私たちは宮川さんが題した条件ですでにかなりの好待遇だったのに、緋村支社長は更に追加で待遇のグレードを上げてきたのだ。

このスイートのホテル住まいを半ば強引に受けるように勧められたのと、食堂や休憩室のカフェまで無料になった。

ギャンブル好きで万年金欠のモゲこと三出光春や、メガネの変態楽天家、画伯こと北王子公麿は無邪気に手放しで喜んでいるが、美佳帆としてあまりに露骨な贔屓は気持ち悪いし、何よりほかの社員からの視線が痛い・・と感じている。

(たぶん、宮川さんがあんなに人材収集に熱をあげていたのは、あの緋村さんのような野心家に対抗する為だったのね・・。でも、その緋村さんはすでに宮川さん以上に、周りを能力者でガチガチに固めてた・・。宮川誠氏の愛人・・、社内では暗黙の了解で口にするのはタブーのようだけど、その立場を使いつつとはいえ、あの人たぶんロビー活動なら宮川さんより上手いんだわ・・。能力の高さもあるんでしょうけど、外様でありながら、一族経営の企業でここまで影響を持つなんて・・。だから、ここにきてパワーバランスを崩すかもしれない、降って湧いて出たような勢力の私たちを野放しにできない・・って状況なんでしょうね。・・こちらの能力の種類もほとんど明かしてないし、・・・だからこそ、緋村さんもそれらを調査するために、多様な仕事を割り振ってきて此方の様子や能力を探ってる・・。味方にするにしろ、敵になるにしろ・・ってとこね。・・いまは懐柔路線のようだけど・・あの緋村さんならこっちの対応でいくらでも変わると考えておくのが自然・・。もしかして、露骨な贔屓は、ほかの社員から孤立させることのほうが目的なのかしら・・。でも【百聞】で注意してるけど、そんな情報ないのよね・・・)

「昨日はどんなお話だったんですか?」

開け放った窓から外を眺めながら考え事をしていると、身支度を整え終えたスノウが、先ほど二人の食べえたルームサービスの食器を片付けながら、美佳帆の背後からそう声を掛けてきた。

「うーん・・見え見えだけど、なかなか強引であの手この手を使ってくるわ。・・・まあ、平たく言うと私達の力を取り込みたいっていうところは宮川さんと同じ・・。でも昨日の話は、いままで違って直球よ。調査部という部署じゃなくて私達全員を幹部職に引き上げたい・・って話だったの・・・」

「・・つまりそれは・?」

振り返ると首を傾げて聞き返してくるスノウと目が合った。

昨晩は宏と哲司、そして私の3人が紅音に呼ばれ、打ち合わせを兼ねた懇親会に誘われていたのだ。

「・・・まあ、緋村さんの直属の部下になれってことなのよね・・・・」

「・・はっきり言ってきたんですね。いままでは緩く懐柔してくるようなことしかしてこなかったのに・・。やっぱりドラマみたいにこういう大きな企業って派閥争いがあるんですね・・・。こういうの面倒くさいです・・」

美佳帆の発言にスノウも眉間に皺を寄せて渋い表情で呟く。

「まあ、当然ながら宏がガンとして聞かないってわけ。もちろん私も反対だけど。・・・なにより、私達を宮コーに誘った宮川さんがこんなに早くあんな形で社を追われるなんて、いくら何でも想定外すぎるわよね・・・」

「・・・わたしあの人のこと思いっきり引っぱたいちゃいました。・・・泣きっ面に蜂・・って状態だった宮川さんに今更ですけど、少し悪いかなって気がしてます」

「泣きっ面に蜂・・ね。たしかにあのお嬢様にとったら今まで経験したことないような転落・・青天の霹靂だったでしょうね。・・・でも、きっと大丈夫よ。彼女あまり長いこと気に病むタイプじゃなさそうだし・・。宮川さんもスノウに引っ張たかれたことに怒ってやり返してこようとしたんでしょ?そういうすぐ反応する人ってあまり物事を長く引きずらないわ。・・・たぶん」


そう濁してスノウに微妙な苦笑いでこたえる。

美佳帆の表情に不安を掻き立てられたのか、スノウも「だといいんですけど・・」と言って微妙な顔で笑った。

「さ、それよりそろそろ行きましょ。今日はあたりを付けてたところに麗華の手がかりを聞きに行く予定よ。会社には寄らずに直接行くから、その時に宮川さんのところにも寄る予定だし、そのつもりでいてね?」


「・・はい。なんだかお腹痛くなってきたような気がします」

「・・スノウも画伯やモゲみたいなセリフ言うようになってきたわねえ・・」


部屋の外に出ようとバッグを肩にかけ、リビングを歩きながら言う美佳帆の突っ込みは応えず、上目遣いで微妙な表情のスノウを見て、美佳帆は、こういうセリフが言えるのは、張慈円に連れ去られていた時のことから気が紛れだしたのかなと思って少しだけホッとした。


「ありがとう杉君、粉川君。現役警官にこんなことに協力してもらっちゃって本当に悪いわね」

杉誠一から繁華街での聞き込み情報の資料を受け取りながら美佳帆は笑顔で答える。

「・・すいません。美佳帆さん!。・・・斎藤さん、本当に申し訳ない!!」

繁華街にあるコーヒーカフェのボックス席の正面に座る杉誠一と粉川卓也は頭を五分刈り丸め、杉がそう言うのと同時に粉川も同時にテーブルに額をくっつけんばかりして、美佳帆とスノウに頭を下げる。

「・・いいのよ。私が無理ばっかり押し付けちゃったせいだしね。もっと早く気づいてあげられなかった私にも責任があるから。・・・あ~もう!頭上げてよ」

美佳帆は結構な大声で謝罪する杉に注目する周囲の目を気にして、杉と粉川を宥める。

「・・・私の見込みが甘かったせい・・。敵が想定より多かったし、私の想定より強かっただけ。何かあっても一人なら逃げ切れると思った・・甘かった。あなた達だけのせいじゃない」


ポーカーフェイスのスノウが片言っぽい言葉で、杉や粉川を気遣うようにスノウなりの気を使った言葉を掛ける。

あまり親しくない人に対しては片言になりがちなスノウにしては流暢に喋ったほうだ。

美佳帆はスノウの言葉を聞きながら、私のほうこそ見込みが甘かったのよ・・。と反省しつつもここでは口に出さず、杉と粉川に頭を上げるように促す。

「で、なにかめぼしい話はあった?・・電話じゃもしかしてって言うのがいくつかあるみたいに言ってたじゃない?」


美佳帆のその言葉に、ようやく頭を上げた二人が、目を輝かす。

「はい!そのことですが・・今朝撮ったばかりの写メです。ちょっと確認してください!」

今まで、散々調査したのに有力情報がなかっただけに、今回もと思ってはいた美佳帆であったが、二人の思った以上の反応に目を見開く。

「見せて!」

スマホを取り出して見せようとしていた杉からスマホを奪い、表示されている画像を食い入るように見る。

「・・・麗華!・・生きてたのね!」

「麗華・・よかった・・」


美佳帆とスノウ二人してスマホに顔を寄せて思わず声を上げてしまった。

「やっぱり・・間違いなさそうですね」

杉と粉川は顔を見合わると、ほっとしたような顔になった。

暗くて画質はあまり良いとは言えないが、見間違えるはずがない。マスクをしているが寺野麗華である。

麗華が着そうにもない作業着のような服を着て自転車に乗っている画像だ。

「これって?!どこで?何か他に調べってついてる?」

杉と粉川に食いつくようにして美佳帆が聞くと二人は早朝から調べていた内容を語り出した。

まず、寺野麗華という名前ではなく湯島優香という名前らしいこと。
惣菜や仕出し、お弁当を早朝から作るアルバイトをしているということ。
河口近くの築40年ぐらいのアパートに兄と一緒に暮らしているということ。
同じアパートの住人からの情報では、少し前から兄妹で暮らしているとのこと。

「・・・?・・麗華じゃない?・・料理のバイト・・?それに麗華に兄弟なんていないはず・・」

話を聞き終えたスノウが独り言のように、麗華が料理なんて・・・絶対に選びそうにない仕事・・、それに何故私たちに連絡をしてこないの・・?などとブツブツ呟いている。

「そうなんです・・。腑に落ちないところだらけなんです!でも、俺らも寺野さんとは何度もあってます!さっきの写真!どうです?美佳帆さん斎藤さん?これって寺野さんじゃないですか?」

スノウの独り言に反応した粉川が身を乗り出し、スマホの画像を指で指しながら言い美佳帆やスノウの反応を注視する。

美佳帆やスノウが麗華を見間違うはずがない、絶対に麗華が着そうにもない服を着ているが麗華である。

再度、美佳帆とスノウと顔を見合わせ、お互いに目で確認し合うと二人して力強く頷いた。

「今すぐ行くわよ!杉君、粉川君!お手柄だわ!」

美佳帆は席から立ち上がりそう言うと、杉と粉川に向かって笑顔でウインクして力強く頷いた。

【第9章 歪と失脚からの脱出 1話 寺野麗華の行方終わり】2話へ続く

第9章 歪と失脚からの脱出 3話 モブとハサミは使いよう

第9章 歪と失脚からの脱出 3話  モブとハサミは使いよう


・・・やっぱり。と確信を持ったのは、先ほどから一定距離でついてきていた足音の持ち主たちの会話が聞こえてきてからだ。

念のために展開しておいた【百聞】の半径に入っている一団、若い男達の声が頭の中に響く。

距離にして52m・・。足音は・・8コ・・・。速度があがったわね・・。徐々に距離を詰めてきてる。

「杉君、粉川君ちょっと待って・・。このまままっすぐ進んで次の角を路地に入って」

美佳帆は右手を上げて耳を指さすような仕草をして前を歩く二人に声を掛ける。

杉と粉川は美佳帆の能力のことを先日聞かされている為、無言で振り返り表情は変えずに、美佳帆に目だけで了解の意を伝えると何事もなかったかのように進み始めた。

美佳帆は流石現役刑事ね、と感心し二人の瞬時の判断に目で感謝を送りつつ、より【百聞】の精度を上げる。

「え?どうかしたんすか?ここじゃないんすか?」

しかし、そんなことは知らないし、機微の働かない無神経なモブは、立ち止まらずに進むよう指示した美佳帆に、のんびりとした口調で声を掛ける。

「・・・モブ。静かになさい」

美佳帆の能力を知る佐恵子も聴力強化したのであろう、振り返らず周囲を警戒しながらモブを窘める。

「え?な、なんなんすか?」

佐恵子の咎めるような鋭いセリフに困惑したモブは、状況を掴めず、今度は佐恵子に向かって話しかける。

すると佐恵子は、はぁ・・と短くため息をつくと、突如モブの腕を掴み、女が男にじゃれつくような仕草に見せかけ、笑顔でモブの胸に顔を押し付け小声で窘める。

「美佳帆さまが能力で索敵中ですわ。だから静かになさい。相手はこっちを見てるはずですから、あなたは自然にしてなさい。いい?よろしくて?」

「い、いろいろ、マジっすか・・」

ここ数か月、鬼たちにしごきまくられたせいで、さらに厚くなった胸板に、頬をくっつけた女上司の笑顔が演技だと解ってても、憧れの女上司の間近に迫った顔に見入ってしまう。

あの鬼達にこんなところを見られでもしたら・・・しかし、これは不可抗力だ。仕方がない。

佐恵子の小さな胸がモブの腕に当たっているのもしょうがないことだ・・。この女上司の態度は大きいが胸はかなり控えめだ。しかし、小さいとは言っても柔らかい・・。柔らかいは正義だ。

もしモブにハーブの知識があれば、微かに鼻孔を擽る香りがローズマリーだと分かったのだが、ハーブのことなどモブには興味がない。だが、良い匂いには違いがない。良い匂いも正義である。ローズマリーと佐恵子の匂いが混ざった甘酸っぱい香りをここぞとばかりに堪能する。

香りを吸い込むときに、女上司の鴉の羽のように黒く艶のある髪の毛を、鼻で吸引してしまわないよう、吸い込む力に気を付けなくてはならない。

髪の毛を鼻で吸い込むなどあってはならない。完全に嫌われてしまうどころか、流石にクビを言い渡されてしまう。

出来る限り嫌悪感を持たれぬ程度に、全力で鼻孔を擽る香りを吸い込み、腕に当たる感触を脳に記憶することに集中し実行する。

しかしそれもつかの間で、憧れの女上司の身体はすぐに離れて行ってしまった。

残念だが引き戻すわけにもいかず言われた通り、自然に振舞おうと襟を正す。

背筋を伸ばし挙動不審な動きと、真っ赤で不自然な表情になったモブをみて、佐恵子は再度ため息をついたが、これ以上注意するのは諦めたようだ。

佐恵子とモブの漫才を苦笑いで眺めていた美佳帆は、尾行してくる集団が今の漫才で不信感を抱いてないことを確認すると、尾行集団の会話に眉を顰め、表情を再度引き引き締めた。

「・・ずっと気になってた足音だけど・・。言いたい放題言ってくれちゃってるわね・・。みんな怒るかもしれないけど、聞いてもらった方が、説明が省けるわね。みんな我慢して聞いてね。・・スノウ、みんなに飛ばしてくれる?」

美佳帆はスノウの肩に手を置きそう言うと、「はい」とスノウが小さな声で短く答え、目を閉じ美佳帆に波長を合わせ集中しだした。

スノウの周囲にオーラが凝縮し、佐恵子とモブ、杉と粉川にそれぞれの波長に合わせたオーラのラインが繋がる。

その瞬間から美佳帆の【百聞】で探知している問題の集団の話し声をノイズカットされた状態で、一同の頭に直接飛び込んできた。

『依頼にない男が3人と・・・惚気てたガリの貧乳女が混ざってっけど・・どうする?』

『殺したり救急車呼ばれるのはダメだ。面倒は起こすなって言われてる』

『適当に脅したら男どもは、ビビッて女置いて逃げるんじゃね?』

『だな。服装はリーマンっぽいし楽勝だろ・・。てかなんであの二人のおっさんはハゲなの?・・つるつるじゃん。僧かなんかか?』

『知らねーよ。男なんてどうでもいいっつうの。それよりあの華奢なねーちゃんは俺がもらうから・・。お前らはメガネの年増な。ついでにぺちゃも譲るわ』

『んだよ!おめーが決めてんじゃねえよ。俺もあのねーちゃんのほうが好みだわ。年増と、ついでのぺちゃと代われ!』

『俺は年増でいい。メガネもそそるしな・・。それにあいつらそんなに年齢かわんねーように見えるけど?・・年増女を誰の種か分かんねえように、輪姦して孕ませるのは最高の娯楽だよな』

「あほか!孕ましたら売れにくいだろ」

「ああ?!あほはお前だ!孕んでるのがわかるまえに売るんだよ!そんなこと言うなら、お前はゴム付けてやれよ?!」

「いい加減にしろって!始まる前から内輪もめしてどうする。どうせいつも攫った女は、最低一巡はするだろうが。仲間も呼んで3回ぐらいずつぐらい味見してから薬漬けにして、マチ金で借金させてから売っちまおうぜ。孕んでたら堕胎するぶん差し引かれるだけじゃん。どうってことねえよ』

『ん~・・まだぺちゃが一番若そうにみえるな、・・胸はないけどツラやスタイルは俺的にはかなりアリだ・・やっぱ逃がさずぺちゃも攫わね?女は多いほうが金になるじゃん』

『まあ、たしかに女は多いほうがいいな。じゃあぺちゃも確保で。・・しっかしあのメガネ年増のケツたまんねーな・・。絶対男に見られてるの意識してるんだぜ・・。さあ、とっとと攫っちまって楽しもうぜ』

『あの華奢な女の澄ましたツラ・・泣き顔になった時を想像すると今からたまんねえよ』

『つぎの路地にでも都合よく入ってくれねえかな・・』

『だな・・。あっちはビルの裏口ばっかでこの時間はほとんど人の出入りがねえ・・。5分もありゃ終わる』

『決まりだな。・・もし路地に行ったら挟み撃ちにするぞ。車回しとけよ。・・5分ぐらいならだれも通らんでしょ』

聞いたことのない声色で頭の中に直接話し声が飛び込んでくる事態に、佐恵子とモブは最初、きょとんとした表情になっていたが、話の内容が飲み込めはじめると、明らかに表情が変わった。

「社長を輪姦すだと・・・!?どこの馬の骨かしらねーが、身の程知らずにもほどがあるぜ!・・俺が何十回挑戦しても全く無理だっつうのに・・。おまえらみたいなチンピラじゃ触れることも出来ねえぞ・・!」

前を向いて歩きながらもモブが拳を握り、額に血管を浮き出させ目をぎらつかせて呟く。

「・・・あなた・・いつもそういうつもりで私と組手してたの?」

心底呆れたと言った表情で佐恵子が呟くと、「あ、い、いや・・そんな訳ねえっすよ・・。誤解っすよ誤解・・。そんな恐れ多い・・そんなこと思ってるわけないじゃないっすか・・ほんとに・・ははは」と顔を汗だらけにして言うモブに佐恵子が「・・そう?そう言う意味じゃなかったのね。それならいいわ。私が勘違いしてしまったようね。謝るわ」と真顔で答えている。

そんなわけないでしょ・・・!鈍すぎる・・!と内心ずっこけた美佳帆は、冷静に頭を働かせる。

・・やっぱり宮川さんはパッシブスキルだった【感情感知】を本当に展開できてないのね

明らかにモブ君は宮川さんを性的な目で見てる節があるのに、モブくんの感情はまるで見えてない様子・・。能力に頼ってたぶん、そのあたりの感情のセンシティブが働かなくて、経験がなさ過ぎて鈍いんだわ。

以前のように刺すような鋭さの雰囲気がないのはこのせいね・・。これじゃ、人を見透かすどころか・・、いまじゃ単なるド天然のお嬢様になってるのかもしれないわね・・。

宏や哲司も、宮川さんには宮コーに返り咲いてもらいたいと思って動いてるみたいだけど・・、魔眼の力が弱まってるとすると、宮川さんはそれを望んでいるのかしら・・?

美佳帆は冷静に、佐恵子がどこまでの能力が使えなくなってるのか、今後の佐恵子の方針などを一度詳しく聞いておく必要があるな・・と思考を巡らせていると、その佐恵子が振り返らずにこちらに向けて口を開いた。

「それにしても・・【感情感知】で嫌でも見えてしまってた感情色にも毎日ウンザリさせられてましたけど、ああいう会話が聞こえてしまうのもかなりイラッときますわね。・・・それより【百聞】と【通信】・・?でしたわね。こういう使い方便利ですわ。もしかしたら私の【千里眼】なんかもスノウさんの能力で飛ばせるのかしら?」

佐恵子が狼狽えるモブの相手を切り上げ、振り返らずに後ろを歩くスノウに問いかけると、スノウはコクリと頷き「たぶん」とだけ答える。

佐恵子がそのまま振り返らずに「今度試させて?」と言うと、スノウも「わかりました」と笑顔で答えている。

・・と言うことは、使える能力もあるのね・・。まったく力を失ってるわけじゃなくて安心したけど・・と、美佳帆は少しだけ安堵する。

そうこう思考を巡らせているうちに、尾行集団は徐々にこちらに近づいてきており、30mほどの距離まで詰めてきている。

まだ、彼らが私たちの会話を聞き取れていない距離にいるのは、彼らの会話を聞いても明確だ。

美佳帆達は目的の場所を通り過ぎて、最初の路地に入り込み、しばらく進んで、もう一度角を曲がった。

しばらく曲がり角のない一本道の路地を、中ほどまで歩くと美佳帆は手を上げ一同に立ち止まるように合図する。

「きたわね・・」と美佳帆が言うと、向こう側の路地の角から、頭もガラの悪そうな若者が4人現れた。

年の頃はどう見ても20前後・・もしかしたらもっと若いかもしれない。

そりゃこの子たちから見たら私なんて年増でしょうね・・と美佳帆は少しだけ自虐的に笑う。

振り返ると美佳帆達が通ってきた方向からも、同じような風体の若い男たちが現れ、下品な笑みを浮かべている。

後方の男たちもまだまだ若いというのに、こんなことに手を染めて・・と憤りを感じつつも美佳帆は正面の男たちに一歩詰め寄り話しかける。

「さてと・・・。聞きたいことが山ほどあるんだけど、大人しくお姉さんの言う事聞いてくれるかな~?」

予定通り現れた男たちに美佳帆がそう声を掛けると、男達の中には美佳帆のセリフに怪訝な表情を浮かべた者が1人だけいたが、残りは頭が悪いのと、圧倒的有利を確信しているのであろう、下卑た笑みを顔に張り付かせ、こちら側を品定めするように無遠慮な視線をこちらの顔や胸、腰回りや脚にと這いまわらせてきている。

「気持ち悪い・・。けがれる」

スノウがポツリとその無遠慮な視線に対して、嫌悪感を口にするのを聞いて、美佳帆は橋元の恐るべき【媚薬】能力を思い出し身震いした。

(あの子たちにそんな能力ないでしょうけど・・、見ただけで感度上げられる呪詛能力ってのは・・私たちに女にとったら時間のかかる詰みよね・・。女にとったら・・・ん~・・、もしかして、男にとっても何か効果ってあったのかもしれないわね・・・。・・水島もずっと異常だったし、もともとあんなにぶっ飛んでるんだったら、社会生活に支障が出るわ・・。大塚君のお父様も以前は随分様子が違ってたけど、最近また落ち着いてきたような気がするって大塚君も言ってたし・・何か影響ってあったのかもしれないわね)

数か月前まで、美佳帆の身体を蝕みまくった【媚薬】の威力について考え込んでしまいそうになり、頭を振って思考をリセットする。

いまは目の前のことに集中するべきだし、あまり考えていると、あの時の感度は、下腹部に一時的だが戻ってくるのだ・・。

でも、今のところそれは誰にも内緒にしている。

「おい!おっさんら!痛い目にあいたくなきゃ女置いて失せろや!」

美佳帆の考え事を断ち切るように、正面にいるニット帽をかぶった男が、路地に置いてあったプラスティック製のごみ箱を大きな音を立てて蹴飛ばすと、大声で男性陣に威嚇してきた。

「それとも彼女たちの前でいい恰好みせてみるか?」

「ひひひっ、こんな女、ハゲのおっさんたちにはもったいないぜ。お前らの代わりに可愛がってやるからよ。とっとと行けや」

ニット帽の周りにいる他の男たちもニタニタ笑いながら、両手で丸い物を掴むような仕草をして、そこを目掛け腰を前後に振るマネをしてみせ、勝手なことを口にしている。

「すごいセリフ・・。きっと物語の脇役・・。名前も与えられず、物語に出てきた瞬間退場する人たち・・」

あからさまな雑魚キャラっぽいセリフに対して、感想を述べたスノウの辛辣な言葉に杉は口元を抑え苦笑していたが、粉川のほうはその雑魚キャラのセリフに憤慨したようだ。

「おまえら・・!」

我慢の限界とばかりに粉川が声を荒げようとしたとき、もう一人の大柄な男は粉川より短気なのを示すかのように、すでに飛び出していた。

「おらぁっ!!社長には指一本触れさせねえぞ!」

モブである。まっすぐに突っ込んでいき、すでにニット帽の男の顔面に拳を炸裂させていた。

「ちょっ・・!モブ君!・・・やりすぎちゃだめよ?!杉君!粉川君!フォローしてあげて!」

「「はい!」」

後方から現れた4人もモブ目掛けて駆け出したため、一気に乱戦になる。

「てめえ!やりやがったな!」

「こっちは何人いると思ってんだ!」

美佳帆は乱戦を躱して、ビルの隅に寄ると、挟み撃ちした意味全くないじゃない・・と突っ込みを入れながら、か弱いふりをし、スノウと佐恵子の手を引き、路地の隅に連れて行き、3人で固まって様子を見ることにした。

顔面にモブの右ストレートをまともに受けたニット帽の男は吹っ飛んで、ゴミと埃だらけのアスファルトの路地の上に仰向けで倒れている。

「お前らどこの奴等だ!俺のこと知らねえのか!ああん?」

正面の4人のうちすでに3人を殴り倒したモブが気炎を上げる。

「・・モブ。静かに倒しなさい。人が来てしまうわ」

「了解っす!!」

と大声で答えたモブに「わかってないから言ってるのよ・・」と額を抑えながら佐恵子が呟く。

「へえええ・・、彼・・モブ君。粗削りだけど、そのあたりのチンピラが何人来ても勝てないぐらい強くない?」

「ふふ、随分マシになりましたの」

額を抑えた佐恵子に、美佳帆がモブの想像以上の体術レベルを正直に褒めると、佐恵子は顔を上げ嬉しそうに答えた。

「・・截拳道と・・詠春拳?・・顔や雰囲気に似合わない体術を使ってる。大きな動きが少ない繊細な拳法・・。上手い・・」

モブに対する評価を随分上方修正したっぽいスノウが、乱闘をほぼ一人で制しつつあるモブのことを眺めながら「言葉遣いが残念じゃなければ・・残念」と小声で言うのが聞こえ美佳帆は笑いながら「紳士たるにはそこも大事よね」とスノウに返し、美佳帆もモブの動きを観察する。

「へえ・・なるほど・・真理さんや加奈子さんがあの体術を使うのね。短期間でよくあそこまで上達しましたね。素質ありますよモブ君。・・・で、彼もやっぱり能力者なんです?」

「ええ、加奈子や真理はいろいろな武術が混ざってますけど、概ねそうですね。ですが、モブは加奈子と比べることなど・・、それにオーラの使い方も拙いですわ。・・まだまだ私の護衛を務めるには役者不足ですわね」

腕を組みモブの動きを採点するように眺めている佐恵子は、いつも通りの上から目線で彼を辛口評価しているが、答えているその表情と口調は、部下を褒められるのは満更でもなさそうで嬉しそうにしている。

「こ、こんなの聞いてねえぞ・・・おい!」

「痛ってえ!くそが!てめえ覚えてやがれよ」

粉川に背負い投げでアスファルトに叩きつけられた男が声を荒げが、ダメージが大きいのだろう立ち上がれず地面で悶絶している。

「おいおい、手加減してやってるんだぜ?受け身もとれねー奴なんか、本気で投げたら死んじまうからよ」

童顔で真面目そうな顔の割に物騒なセリフをいいながら粉川が不敵に笑う。

「おい!卓也熱くなりすぎるなよ」

熱くなりがちな同僚に、美佳帆達の前で敵が近づかないように構えている杉が一応注意を飛ばす。

まともに動けるものがいなくなってきたとき、最初にノックダウンしたニット帽のリーダー格らしい男がモブのことを睨んでいたが、突如驚きの表情になり声を上げた。

「て、天牙さん?!もしかして天牙さんっすか?」

ニット帽の男は殴られた顔を抑えながらよろよろとようやく起き上がり、暴れまわるモブを見てそう声を掛けた。

「あん?俺のことを知ってる奴がいたのか。こりゃ話がはええ」

胸倉をつかみ持ち上げていた男から手を離し、モブがニット帽の男に向き直る。

「そんなスーツ姿だったからわかりませんっした。申し訳ありませんでした!天牙さん!」

「マジか!あの最悪の27年世代で負け無しの天牙さんだなんて知らなかったんです!」

「すいません!許してください!マジ強いっす!俺らが敵う訳なかったっす!」

ニット帽の男のセリフに他の若者たちも、肩や顔を抑えながらめいめいに立ち上がり、モブの周りに集まり土下座して謝り出した。

「俺のこと知ってんだな?気づかなかったとはいえ俺に歯向かったんだ。覚悟できてんな?」

ジャケットについた埃を叩くような素振りをしてから、ネクタイを締めなおし身体を逸らした格好で、モブがボロボロになったチンピラたちに凄んで言う。

「・・・モブくんて・・、不良の中じゃすごい有名なのね」

「・・・モブに対してあんな態度を取らざるを得ないなんて・・・あの子たち、どうしようもないクズなのね」

モブたちの様子を、やや微妙な表情ながらも賞賛の言葉を口にした美佳帆は、隣で興味なさそうな顔で、辛辣なことをいう佐恵子を見て、美佳帆はモブと見比べる。

モブは明らかに佐恵子のほうにドヤ顔を向けてアピールしている。

(いまの宮川さんのセリフを聞いたら、モブくん傷つくと思うんだけど・・・。それに、彼は宮川さんには哲司っていう彼氏がいることは知らないのかしら・・・?モブ君にとったらイバラの道すぎるけど・・まあ、青春の一環よね・・)

美佳帆はやれやれと思いながらも、モブに近づき背中を軽く叩いてモブの健闘を労うと、土下座しているチンピラたちを笑顔で見回し、ベストの内側から鉄扇をスラリと貫き、パシンと掌で叩いてから声を掛けた。

「さてと・・。あなた達の話じゃ私とスノウが目当てだったみたいだけど、いったい誰に言われてノコノコやってきたのかしら?・・・年増だとか、デカいケツだとか、脚出し過ぎだとか、男の視線を意識してる自意識過剰だとか言ってたわねぇ?」


「・・・おめーら、俺に聞かれてる以上に真剣に答えろよ?おめーらが狙ってたこの姐さんは俺なんかよりずっと強えんだからな。いいか?聞かれたら答え始めるのは2秒以内だ。・・じゃなかったら俺がぶん殴る。あと嘘をついて俺に恥かかせんなよ?どうせ嘘はすぐバレちまうからな?」

両手で握った鉄扇が軋んでやや曲がり、ギリギリと音を出せている美佳帆は笑顔の後ろに黒い後光がでていた。さらに、その美佳帆の後ろでは腕を組み、土下座しているチンピラたちを見下ろしているモブが目を光らせ、美佳帆の質問に答えるよう威圧している。

完全に心を折られた若いチンピラたちは、お互いに顔を見合わせ、意を決したような表情になると経緯を洗いざらい話し出した。


【第9章 歪と失脚からの脱出 3話  モブとハサミは使いよう終わり】4話へ続く


筆者紹介

千景

Author:千景
訪問ありがとうございます。
ここでは私千景が書いた小説を紹介させて頂きたいと思います。
ほぼ私と同年代の既婚者が主役のものになるかと思います。登場人物同士が
つながりを持っていて別の物語では最初の物語の主人公が脇役を務める様な
小説全体につながりを持たせ想像を膨らませていけたらと思っております。
どうぞ宜しくお願い致します

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