第10章 賞金を賭けられた美女たち 1話 涼しき美女の熱き気持ち
府の西側、ほとんど県境際にある山中の施設にスノウたちは待機していた。
この施設に入るには公共の道路から脇に逸れ、監視員が駐屯しているゲートを2つも抜けなければならなかったことから、かなりの秘匿性の高い施設だと推測できるのだが、いまのスノウにとってそれは特に気にする問題でもない。
山奥の辺鄙な場所にあるにも関わらず、山を切り開いた広大な敷地は草が短く切り揃えられ整備されており、管制塔やレーダーなど最新の設備が整えられ、スノウの左隣りにはズラリと同じ形の大きな倉庫が並んでいる。
その一つの倉庫の庇の下でスノウは滑走路の先の空を眺め続けていた。
スノウは美佳帆たちを乗せたヘリが飛び立った方向の空をじっと眺めているのだ。
日も高く登り、時刻は正午を少しまわっている。
秋空の天気も良く、初秋とはいえさんさんと太陽から降り注ぐ日差しはきつそうだが、庇の影に入っているので日焼けの問題もない。
しかし天候とは違い、スノウはの心中はもやもやしており焦れていた。
宮川佐恵子の話どおりならそろそろ帰ってきてもおかしくない時刻になりつつあるというのに、未だに美佳帆たちを乗せたヘリの姿は確認できない。
早朝にこの施設から日本海側に浮かぶSと呼ばれる孤島に10機のヘリが救援に向かったのである。
出立の際、スノウも美佳帆たちと一緒に行きたいと申し出たのだが、佐恵子に却下されてしまっていた。
スノウは憤懣やるかたなかった。
本気で腹が立った。
朝にその話をした時はまだ紅蓮にやられたキズが完治していなかったとはいえ、それは美佳帆も同じだったはずである。
(私もはやく会いたい・・助けになりたいのに・・!)
アリサや千尋は自分以上に怪我が酷かったので、同行が難しいのはわかるが、スノウのキズは軽微なものだったし、なによりスノウは希少な能力である【治療】がつかえるのだ。
ヘリで移動している間に自分を治療できると言ったが無駄だった。
「スノウさん・・?スノウさんも行くつもりですか?いけませんわ。キズはほとんど癒えたようですが、・・ここでお待ちになるのが賢明です」
更衣室でアーマースーツに身体を押し込んでいるとき、隣で同じくアーマースーツを着ようとしていた下着姿の宮川支社長が、右目に光を灯して凝視しながらそう言ってきたのだ。
スノウは首を横にぶんぶんと振って手振りも交えてアピールした。
所長が危機だというのに私が待機・・?【治療】が使える私の出番ではないの?と・・。
しかし、結局は美佳帆や美里の宥めもあって、結局待機することになったのだ。
(もっと・・もっと私が強ければ・・ついていけたのに・・!・・所長のお姉さんや霧崎捜査官がしてみせてくれたような強力な治癒が使えたら!・・戦力だとアテにされるぐらい強かったら・・っ!)
スノウが胸の前で握った両手に力が入る。
(そもそも・・私がもっと強かったら、緋村さんの・・いえ紅蓮の作戦にも呼ばれていたかもしれない・・。そうすれば今回の作戦に同行できて所長の近くにいられたかもしれないのに・・・)
スノウのその考えは結果的にはかなりズレているし、宮コー内での対立組織紅蓮こと緋村紅音派と宮川佐恵子の本流派においては、今や本流派の主力の一角を担う菊一探偵事務所出身の能力者の壊滅を考え、菊一の戦力を分断して殲滅しようとしていた紅蓮の思惑を考えれば起こりえないことである。
しかし、昨晩【共有】能力を、美佳帆たちを巻き込んで発動した際に、宏への恋慕の念が菊一女性メンバーのなかで共通の秘密として知られてしまったため、スノウが長年表に出さず封印していた想いがあふれ出し、普段クールなスノウも宏のことに関しては些か冷静な判断ができないようになっていた。
(少しは【治療】もできるし・・多少なら脳波でコンピューターを操作だってできるのよ・・。【通信】だって私がいれば機械に頼らず脳波で全員をつなげられる。・・・肉体強化だってそれなりに・・。・・所長や和尚の肉体強化の水準は所長たちが特別なだけって思ってたけど・・強化はそもそも元々の身体能力がありきのものだし…。しかし昨日見た紅蓮・・・彼女は術者寄りの能力者のはずなのにそのうえ体型も私よりも小さく華奢に見えたけど、私たち四人を同時に相手してもゆとりがあった・・悔しいけど私たち四人のオーラをアリサにほとんど集めてもまだ遊ぶゆとりさえ・・ってことは紅蓮も不得手な肉体強化でも下手したら所長たちの強化力ほどに水準に近かったの?・・さすがにそれは・・。でも、術者系の紅蓮があそこまで肉体強化を使いこなせているということは、私もがんばれば紅蓮みたいな水準で肉体強化できるようになるはずよね・・!可能性があるなら・・頑張らなきゃ!)
昨夜対峙した紅蓮が、美佳帆とスノウの鉄扇を涼しい顔で受け止めたのを思い出し身震いと同時に強く拳を握りしめる。
自分自身の能力を心中でアピールし、肉体強化能力を伸ばすことを決意する。
それにしても待つのは長い。
かれこれ1時間ぐらいだだっ広い滑走路の隅っこで待ちぼうけをしているのだが、ただ待っているだけなのももったいないと思ったスノウは大好きな所長のことを考え出していた。
最初は普通に宏と話したことを思いだしたりしていたが、どんどんと記憶の掘り出しから作り話へと映像が変化していく。
宏と敵地二人で潜入し、息を合わせてミッションをこなしていく、今の自分ではあり得ない姿を妄想し出していた。
「スノウ。こっちは片付いたで?そっちはどうや?」
「こっちも問題ないです。もう少し・・・OK。ロック解除に成功しました」
「さすがスノウや。あの難しいファイアウォールをこんな短時間で突破できるやなんてな。ウデも立つし、俺にできんような繊細なこともやってのける。おまけにこんな美人や・・。いままでなんで俺はスノウの魅力に気づけんかったんやろか・・」
「そ、そんな所長・・ほめ過ぎです・・でも、ええ・・私に任せてください」
警備兵に厳重に守られ、多重のセキュリティロックが施された扉の前で、宏がスノウを護りながら敵を打ちのめし、スノウ本人も華麗に敵を翻弄しながらも思念でコンピューターにハックし続けドアロックを解除したのだ。
恋慕している上司から褒められ、おまけに美人と言われてしまったスノウは赤くなってしまっている頬を見られないよう顔を逸らす。
「くっ・・あんな手練れがおるなんてな。油断したわ・・」
「所長・・!ああ・・私を庇って・・少し我慢してください。いま治します!」
「無理すんなやスノウ!スノウももうオーラ無いやろ?!それ以上やったらオーラだけやのうて生命も削ってまうぞ?!」
「・・・大丈夫です・・!それに・・それでもいいんです。私・・所長を治せるなら・・
私はどうなっても・」
「ス・・スノウ・・。俺も・・スノウに死んでほしないんやで・・」
なんとか深手を癒したものの、敵地深くで絶体絶命のピンチを迎えた二人は見つめ合い、自然とお互い視線と唇に吸い寄せられるように引き合う。
逃げ込んだ部屋は医療器具が置いてあることから、医務室のようである。
消毒液の臭いがする暗い部屋で、並ぶ簡易なパイプベッドの側で身を寄せ合う。
遠慮がちにお互いの背に手を回し、引き寄せるように探っていた手は、だんだん激しくなってついにはきつく抱擁をし合う。
そして確かめ合う探り合いの唇同士が、お互いを求めあうように激しい口づけへと変わっていく。
敵地内部という状況のなか燃え上がる禁断のラブロマンス・・・。
汗にまみれた裸体を恥ずかしがる間もなく宏に服を脱がされる・・。
「は・・はずかしい」
「・・雪。綺麗やで・・」
両手で胸を隔しているスノウの細い腰に手が回され、宏の大きな体が覆いかぶさるようにして求めてきた。
腰を抱きかかえられ、後ろに数歩さがるとパイプベッドが膝裏にあたり、そのままベッドに押し倒されるが、あるはずのベッドの感触がない。
「えっ!わっ!!?」
ごんっ!!
「きゃっ?!スノウちゃん?!どうしたの?なんで急にずっこけてんの?」
「スノウ大丈夫?!まだ全快してないのにそんな根を詰めて立って待ってるから・・」
ババババババババババババッ!
アリサと千尋が心配そうに声を上げ背後から駆けつけてくると同時に、空気を切り裂く音が遠くの空から聞こえてくる。
黒い点のような小ささだが、まだ彼方とはいえヘリはローター音を響かせこちらに向かってきており、それが能力者の3人にははっきりと見えたのだ。
妄想の中に完全にトリップしていたスノウは、頭部への激しい衝撃と痛み、同僚の声とヘリの音で現実に引き戻されたのであった。
ずっこける寸前、スノウは空気を両手で掴むような仕草をしながら、コンクリートの滑走路に一人でバックドロップを喰らったかの様子で勢いよく倒れ込んだのである。
「だ・・大丈夫?随分派手にいったわね・・。けっこうすごい音がしたわよ?」
千尋が膝を付きスノウの後頭部と背中をさするようにして気遣ってくれる。
アリサも心配そうな表情で身を起こしたスノウを引き起こそうと手を差し伸べてきてくれている。
「いたた・・。だ・・大丈夫。すこし躓いただけ・・」
千尋とアリサはスノウのセリフを訝しがるようにお互い顔を見合わせている。
「歩いてもないのに躓くなんて・・」
「そ、それにしても時間通りね!」
スノウは慌てて立ち上がり、千尋のセリフを遮って背中やお尻についた埃を慌ただしく払ってそう言った。
「え、ええ・・。そうね。連絡だとみんな無事だって聞いてるけどやっぱり早く会いたいよね。モゲくんも今回はけっこう活躍したって言ってたの。正直所長や和尚の足引っ張るんじゃないかな?って心配してたんだけど、高嶺の有名な剣士を退けたってモゲ君言ってたのよ?すごくない?ふふふっ、まあ、生きて帰ってきてくれるだけでも嬉しいんだけど、あのモゲ君がこんなに頑張ってくれるようになるなんて・・」
近づいてくるヘリを見ながら千尋が嬉しそうに言っている。
アリサも千尋のセリフに合わせて「へぇー、モゲくんすごいんだね」としきりに感心したりしているが、スノウは先ほどの妄想を思い出し赤らめてしまった顔を見られないよう、二人より前に歩を進めてヘリに手を振った。
(私って知的でクール・・冷めてる・・なんて周りから思われてるかもしれないけど、あんな妄想して相当イタくないかしら・・・?・・・・でも、美佳帆さんたちにも私の気持ち知られちゃったし、所長に知られるのも時間の問題だわ・・。いまから心臓が破裂しそう。顔から火が出そうだわ・・。美佳帆さんに口止めお願いして置いたらよかったけどバタバタしててそんな時間なかったし・・帰ってきたら真っ先に美佳帆さんにお願いいしなきゃ・・。・・・ってヘリの中で美佳帆さんが所長に話してたらどうしよう!!・・そ・・そんなことになってたら私どんな顔で所長を出迎えたらいいの?・・・隠れたいけど、出迎えたい!ど・・どうしよう!・・はっ!まずは・・・!)
「ね、ねえ!二人とも」
「どうしたの?」
「昨夜のこと・・みんなには内緒にしててね?」
「・・・ええ、お互い様じゃない」
「うんうん・・!しーっ!だよ?」
「うん・・お願いね!約束」
スノウ、千尋、アリサは3人とも少し顔を赤らめて破顔し、右手を重ね合って誓いあうのも一瞬で、千尋の表情が少し曇る。
「ここに麗華もいれば・・菊一メンバー全員揃うのにね」
千尋は悲しそうな顔で言ったセリフに、スノウもアリサも頷く。
「バタバタしてて捜査できてなかったけど、杉刑事たちが手掛かりもってきてくれてたから、みんなが帰ったら引き続き麗華を探しましょ」
そうこうしているうちに、頭上には10台のヘリがゆっくりと着陸を開始してはじめており、3人とも日差しを眩しそうに手で遮って、帰還した仲間たちに手を振る。
麗華の情報をもった宏たちが降りてくるとは知らず、とりあえず無事帰還した宏達を迎える為に3人は笑顔で手を振り続けたのであった。
【第10章 賞金を賭けられた美女たち 1話 涼しき美女の熱き気持ち】