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第9章 歪と失脚からの脱出 2話 香澄と佐恵子とモブ

第9章 歪と失脚からの脱出 2話 香澄と佐恵子とモブ

美佳帆達一行は、大通りに面して建っている9階建ての雑居ビルの前まで来ていた。

オフィスのドアの開け方が乱暴になってしまうが、今はそこに気を使うゆとりはなかった。

美佳帆が勢いよく両開のガラス扉を開けると、オフィスの奥の方にいる半目三白眼の女性がやや意外そうな顔をして声を上げた。

「あら美佳帆さま?予定より随分とお早いですわね。・・それに今日は大勢で・・」

訪問する時間が早いことよりも、美佳帆たちの人数や顔付きのほうに驚いている様子の宮川佐恵子が、椅子に座り脚を組んで座ったまま訪問者たちを確認するように見てくる。

美佳帆はスノウが佐恵子のことを少し意識しているかもしれないと、心配してスノウに目をやるが、スノウは見事なポーカーフェイスでそれらしい素振りは全くなかったし、佐恵子のほうもスノウの姿を認めたが特別な反応もなかったので、内心でホッと胸をなでおろした。

それにしても、佐恵子が視界に入ってくる人を見てしまうのは癖なのだろうが、今はもう以前のような見透かす力は使ってきていないはずだ。

今も私やスノウ、杉君や粉川君のこともじっくり見ている

美佳帆以外の一同は、佐恵子に頭を下げ、佐恵子もそれに応えて薄く笑みを浮かべ頷いている。

しかし、美佳帆は、従業員が忙しそうに働いているデスクを横切り、佐恵子の座っているデスクまで歩いていき、デスクに両手をつき訪問時刻が早まった理由を端的に伝える。

「宮川さん!麗華が見つかったかもしれないの!」

細い目を、佐恵子にしては一瞬驚いたように見開き、そしてすぐに聞き返してくる。

「なにかお手伝いできることはございまして?・・目的地に向かいながらお聞きしましょうか?」

「うん。お願い」

佐恵子が以前の力を大部分失ってから、みんなで、交代で護衛と様子見を兼ねて訪問するようにしているのだ。

今日は元菊一事務所のメンバーも他の仕事で忙しく此方に来れないため、美佳帆が佐恵子の仕事に随行しながら、美佳帆の予定していた調査個所を回る予定になっていたのだが、その約束の時間よりも1時間も早く到着している。

予定より早い訪問者である私たちに合わせる為、佐恵子はオフィスにいる部下たちに矢継ぎ早に指示を出し、スマホでどこかに連絡したりしている。

その様子を見ながら美佳帆は、宏や哲司から聞いた内容を思い出していた。

佐恵子は宮コー社内での影響力はもちろん、実質的なオーラ量も格段に落ちているらしい。

現在の宮川コーポレーション関西支社は緋村紅音政権で、宮川さんが重用していた人材もすべて緋村支社長の部下とされ、宮川さんは本当に周囲を剥がされてしまった状態だ。

側近の真理さんや加奈子さんまで政敵ともいえるライバルに奪われた心境はいかばかりだろう。

それに加えオーラ量が格段に落ちてしまったらしいというのは、哲司の見解で、普段誰よりも佐恵子と過ごす時間が長い彼が言うので間違いはないのだろうが、詳しいことは哲司も言ってくれない。

しかし、佐恵子の力が弱まったのはおそらく稲垣加奈子さんの手術の後からだと美佳帆はあたりを付けている。

あのとき、宏の話ではベッドに寝かされている加奈子を前にして、取り乱している佐恵子に栗田教授が何事か耳打ちしたらしいのだ。

その後、彼女は大人しくなり、栗田教授と一緒に手術室に残って、継続して治療を手伝うと申し出た真理さえも手術室から退出させたのらしい。

栗田と佐恵子だけが手術室に残り、6時間ほどの手術は見事成功し、加奈子は一命を取り留めた。

佐恵子も手術後は頭と顔を覆うように包帯を巻かれていたが、栗田教授は輸血を協力してもらったと言っていたのみである。

たしかに加奈子は特殊な血液型であったようなのだが、輸血をするにも包帯の個所が皆気になっていた。

しかし、栗田教授の説明はそれ以上なく、佐恵子自身もそのとおりだというので、誰もそれ以上は聞けなかったのだ。

意識を取り戻した加奈子は、持ち前の強靭な精神力と回復力であっという間に完治し、今は本人が言うには、以前より元気なぐらいとのことである。

その加奈子は、昨日仕事が終わってから宮川アシストに着て佐恵子の護衛をしていたはずだ。

加奈子がプライベートな時間をつかい護衛している佐恵子は、先月本社から辞令を受け、この宮川アシストという宮川コーポレーションの下請け会社の社長に就任させられていた。

宮川アシストは、宮川コーポレーション関西支社の傘下で、本体で赤字部分を抱えていた不動産事業部をまるまる押し付けられたような会社である。

なんだか以前よりかなり雰囲気が丸くなった気がするなぁ・・。哲司とお付き合いしだしたからかしら?と佐恵子のことを眺めていたが、周囲にテキパキと指示を下し、出かける身支度をしている佐恵子のすぐ近くのデスクで座る若い男の子が目に入った。

たしかこの子が日中は佐恵子さんの護衛よね・・。なるほど・・いい体格はしてるわね・・。と美佳帆は思いながら彼をより観察しようとしだしたとき、佐恵子が彼に声を掛けた。

「モブ。あなたも行くのよ。ぼーっとしてないで準備して?」

「えー!?さっきはこのデータに入力して、それが終わったら出かけるからって言ってたじゃねーっすか!」

忙しそうに動きながら言う佐恵子のセリフに、まだまだスーツに着られている感じが否めない、大柄な若い男の子が悪態をついた。

美佳帆は佐恵子がモブと言って思い出した。

たしか茂部天牙という元不良だ。

哲司からは聞いているが、元不良と聞いていなくても、彼にはいわゆるそう言う雰囲気があり、美佳帆から見てもよくわかる。

成人して今は真面目に生きてますけど、昔やんちゃしてた・・という雰囲気が出てる人とたまに会う時があるが、彼はそのフレッシュバージョンだ。

鋭い目つきに、無意識に周囲を警戒して存在感を放っている。とは言っても美佳帆から見るとかわいいものではあるが、おそらく一般人の不良のなかでは大きな顔ができるレベルなのであろう。

佐恵子さんを護衛って・・彼より護衛対象の佐恵子さんのほうが断然強いんじゃないの・・?でも、哲司がモブって子も使いようによってはとんでもなく使えると言ってたっけ・・?

などと思いもしたが、彼の態度や言葉遣いがおおよそ宮川コーポレーションに相応しくないのは確かだ。

・・美佳帆は今の佐恵子の状況では贅沢は言えないのだろうと解釈することにすると、佐恵子がモブに諭すように話し出した。

「・・忘れたのですか?あなたの一番の仕事は私の警護ですの。さあ、早く支度してちょうだい」

「へいへい・・人使いの荒いこって・・」

以前の宮コー関西支社ではありえない宮川さんと部下とのやり取りに少し驚きながらも笑顔で聞き流し、美佳帆はさっきから声を掛けるタイミングをはかっていた佐恵子の席の前にいる女性に声を掛ける。

「香澄さんお久しぶり、お仕事は慣れてきました?」

美佳帆は茂部と佐恵子の間のデスクで、忙しそうに作業をしている女性に声を掛けた。

平安住宅にいた岩堀香澄である。

香澄は声に反応し顔を上げ、スマホで会話している相手と話をしながら、美佳帆に向かって笑顔でお辞儀した。

「あ、ごめん通話中だったのね」

美佳帆はそう謝りながら片目をつぶって手を合わせる。美佳帆も最近知ったのだが、岩堀香澄は、以前から神田川真理から宮コーの不動産部に来るようにと、熱烈なラブコールを何度も受けていたらしい。

美人なだけでなく、あの抜け目ない真理さんがすでに目を付けてオファーを出し続けてたなんて、香澄さんて仕事でもすごかったのね・・。と改めて感心してしまう。

真理は本来、宮川コーポレーションの不動産部に香澄を部長職として据えるつもりでオファーを出していたらしいのだが、宮コーの不動産部は子会社である宮川アシストに、不動産事業を丸ごと外注するようになっており、すでに宮コー本体の不動産部に実働作業はないため、宮川アシストに就職する運びになったのだ。

「ええ、しばらくぶりですね美佳帆さん。仕事は以前の職場でしていたことと変わりありませんから全く問題ありませんよ」

通話を終わらせた香澄が、美佳帆に笑顔で答える。

岩堀香澄が転職を決心したきっかけがご主人との別居で、今は子供と二人暮らしであるし、収入アップと職場が近いということ、それに、以前の職場では悲しすぎることを思い出しやすいからだということを、美佳帆は香澄から聞いた内容を思い出していた。

「そうよね。なんだか香澄さんもう何年もここで働いてるって雰囲気に見えますよ」

「あはは、そんなことないですって。平安の時とは顧客層が違いますからね。お会いしてないオーナーさん達も多いし、まだまだですよ」

そう言って謙遜する香澄の表情に初めて会った時の暗さが感じられず、美佳帆は安心したところで、佐恵子が香澄に話しかけてきた。

「じゃあ香澄あとはお願い致しますわ。カジノ外周を囲むようにあるテナントは留意事項も多いけど完成までに全店舗埋めるのよ。顧客の要望を早く聞き出しておかないと、工事のほうも進まないわ。・・・香澄・・。午後からの大口のクライアント・・期待していいのですのよね?」

「ええ、任せてください」

佐恵子の少し心配そうな問いかけに対し、意味深にニコリと笑った香澄の表情には自信が漲っていた。

真理曰く、香澄自身も自分自身で自覚はしてなかったが能力を仕事中に多用している人物だということだ。

実は自分でも気づかずに力を使っている人間は、オーラの多寡を言わなければ結構多く、経営者や組織やチームのリーダーなどにはままみられることなのだそうだ。

カリスマ経営者や宗教家は【呪言】など、アスリートやプロスポーツ選手は【限界突破】など、アーティストやミュージシャンは【脳振】など能力様々だが、微量にその力を使っている。

香澄も仕事を遂行する上で、身につけている力があったということ。

真理が言うには【事象拒絶】と宮コーでは名付けられている能力で、主に交渉や話合いで使われる力なのだそうだ。

以前は無意識に使っていた能力を、認知して使うと大抵の場合効果が増すと言われている。

稀に効果が減退する場合もあるようだが、香澄の場合は前者だったと聞いている。

あれこれと思いだしているうちに、佐恵子たちの準備が整ったようだ。

「おまたせしましたわ」

初秋で風が少し涼しくなってきてはいるが、まだまだ日差しが強いため美佳帆は暑くさえ感じるときがある時期である。しかし寒がりの佐恵子は薄めのコートを羽織った姿でそう言った。

「社長、お気をつけて。それと午後の結果報告は本日中に提出しておきますので、お帰りになられたらご確認お願いしますね」

そう言う香澄の手には今日午後から会うクライアント宛ての契約書がすでに作成されてクリアファイルにおさめられており、終わり次第すぐに提出できるという状態であった。

「わかったわ。それにしても香澄・・随分な自信ですわね。でもそういうの嫌いじゃないわ・・。香澄・・期待してますわよ」

「・・・社長。岩堀とお呼びください。普段から癖付けておかないと、いざという時にファーストネームで呼んでしまいかねませんよ?」

直属の上司である佐恵子の賛辞のセリフに対して、香澄はメガネをキラりと光らせて、手厳しい一言をお返しする。

「そうね。わかりましたわ。岩堀部長・・。まったく・・真理より口うるさいんだから・・」

軽くため息をつき肩をすくめてそう言う佐恵子の仕草を見て、美佳帆にはどことなく嬉しくなってしまった。そのやり取りに二人の信頼があるように見えたからだ。

(香澄さんも別居を悩んでた時期のときの表情とは違って生き生きしてるようだし、佐恵子さんも色々あったけど随分落ち着いた様子ね・・)

美佳帆がしみじみそう思っていると、ようやく準備の出来たモブが話の終わりを見計らって香澄に声を掛ける。

「香澄さん、行ってくるっす」

「・・茂部くん。何度も言わせない!「行ってまいります」よ?」

「あ・・すんません・・。行ってまいります」

香澄は上司である佐恵子にでも意見するのだ、部下の不出来には厳しいようだ。

香澄は目を吊り上げてモブにそう言うと、よほど香澄には頭が上がらないのだろう、モブは大きな体を縮めて香澄に言い直した。

どうやらこの大柄な男の子は、佐恵子より香澄のほうに気を使っているようね・・と美佳帆は観察しながらも笑みが出そうになるのを堪える。

「じゃ、美佳帆さま。行きましょう」

香澄とモブのやり取りはいつものことのようで、佐恵子は気にした様子もなく美佳帆にそう促し、オフィスの玄関に向かって歩き出した。


一行はオフィス街を歩きながら、要点を伝え麗華目撃と周辺情報を端的に佐恵子に話す。

「・・そういう事ですのなら、わたくしの予定はすぐ終わりますので、早速その会社に向かいましょう。・・今日は加奈子もいないのですが、面倒なことにはならなさそうですしね」

歩きながら美佳帆の話を真剣に聞いていた佐恵子は、美佳帆が話し終わるや否やすぐにそう言った。

美佳帆も、佐恵子が、麗華が行方不明になったのには責任を感じているのは解っていた。

佐恵子が支社長を退任してからも、個人的に出費し、警備部門の八尾部長にお願いして手伝ってもらったり、加奈子や真理、門谷さんにも依頼して捜索してもらってたのは美佳帆もよく知っていた。

途中で緋村紅音からの妨害があり、宮コー社員を使うことができなくなってしまったが、それでも佐恵子の行動は美佳帆にとってはその気持ちが嬉しかったし、逆に緋村紅音は、妨害はしてきたが、直接警備部門に紅音が命令を下し、麗華の捜索に宮コーの組織をいくつか使って協力をしてくれてはいる。

しかし、何となく紅音のそういったやり方に、美佳帆は意図を感じてしまうのだ。

「大丈夫っすよ社長。なんかあっても俺がいるじゃねーっすか。ここ3か月ずっとあの鬼軍曹達に死ぬほどしごかれてるっすからね。そのあたりのチンピラなんて瞬殺っすよ」

佐恵子の言葉に、彼女のボディガードとして着いてきているモブが自信たっぷりに佐恵子に言っている様子を見て美佳帆は思わず聞いてしまう。

「鬼軍曹・・達って誰なの?」

「・・・鬼つったらあいつらしかいねーっすよ。Dカップの菩薩モドキの鬼と、Eカップのアグレッシブな暴力鬼っすよ」

「な、なによそれ?」

少しだけ言いにくそうだったのは最初だけで、途中からはっきりとした口調で訳の分からないことを言うモブに、美佳帆は面食らって聞き返す。

「・・モブは加奈子と真理のこと言ってるのですわ。加奈子がモブを鍛えてくれたおかげで、わたくしも少しは安心できるようになりましたし、この子ったら最初はまともに計算もできなかったのですよ。・・ねえモブ?・・でも、真理が手取り足取り教えてくれたのですわ。鬼なんて言ったらいけませんよ。・・少しはまともな人間になれたのですから、泣いて彼女たちに感謝すべきですわ」

美佳帆の問いかけに、モブの代わりに佐恵子が答えた。

「・・・たしかに毎日泣かされてるっすね・・」

「へぇーー・・彼女たちにね。・・それってある意味けっこうラッキーなことなんじゃないの?」

側近を引き剥がされ丸裸になった佐恵子に、その元側近たちがこのモブという元不良少年を毎日鍛え上げて、佐恵子の親衛隊に成長させようとしているのだと分かった美佳帆は、素直に感嘆してそう言ったその直後だった。

「・・・言葉遣い」

「え?」

ボソリとスノウが言ったセリフに一同の視線がスノウに集まる。

「次は言葉遣い・・・ですね」

「ふふ・・スノウさん。これでも随分マシになったのですわ」

スノウのセリフに佐恵子が微笑んで応えた。

(あら・・。大丈夫そうね・・)と美佳帆は思ってスノウのほうを見ると、スノウも一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔になり佐恵子に軽く目礼して、「そうですか。それならいいですね」と小さな声で言った。

「皆さんここです。ここで麗華さんと思われる方が働いています」

一行の先頭を歩く杉と粉川が振り返り、一同に杉が声を掛ける。

「さて、・・現役警官のパワーをちょっとだけ拝借させてもらいましょうか」

美佳帆は杉と粉川に笑顔でウインクしながらそう言うと、二人はニコリと笑って頷いた。

【第9章 歪と失脚からの脱出 2話 香澄と佐恵子とモブ終わり】3話へ続く

第9章 歪と失脚からの脱出 1話 寺野麗華の行方

第9章 歪と失脚からの脱出 1話 寺野麗華の行方

支給された黒地に薄い茶色のストライプが施された制服のスーツに身を包み、全身姿鏡の前で色々ポーズをとり自らのボディラインを確認する。

今年で38を迎えるが、この熟したボディの肌はまだまだ若々しくてハリがあるし、年齢を10歳サバ読みしても通用する・・・はずだ。と自分自身は思っているし、実際それはたぶん事実であろうとひいき目なしに思う。

「うん。悪くない」

菊沢美佳帆は、鏡の前で正面に向き直り、メガネをかけなおしてデキる女の顔でにっこりと笑顔でそう言った。

制服のスカートは膝丈のタイトスカートだが、美佳帆は少しだけ短く丈を詰めている。

菊一探偵事務所で働いていた時は、ほぼ毎日デニムのホットパンツに上は襟付きのカットソーなどを愛用していたが、いまは宮川コーポレーション調査部部長代理という職位に就いている以上、さすがにホットパンツ姿で社内をウロウロするのはまずいのだ。

宮川コーポレーション関西支店内部だけで言うと、部長代理以上の職位の人間は30人もいない。関西支社だけで全社員300人ほどなので、美佳帆は職位だけで言うと上位10%に入社していきなり抜擢されたのである。

もと菊一事務所のメンバーが厚遇されていることは、新支社長の緋村紅音以下幹部の人たちには一応の理解を得られてはいるが、その他一般の大勢いる社員たちには元菊一事務所メンバーの待遇や能力などは、もちろん詳しく、そして正しく認知されていない。

思った通り、古参の社員からの目は冷たい・・と言えるほどまでではないが、その目や対応は冷ややかだった。

もうすでに入社してから3か月になり、いままで外注していた調査や幹部たちの警護などで活躍しているため、少しずつだがいい意味で認知されつつあるように思う。

徐々に美佳帆たちの実力を認める人たちも増え、入れられつつあるのは感じるが、今だにまだまだ様子を探られている、と感じる場面は多少ある。

その為入社してから美佳帆の【百聞】は、自分自身や菊一事務所の仲間たちの処世術に大きく貢献することになったのは事実である。

美佳帆は宮コーに入社すると、そういう気苦労をある程度覚悟していたので、今更気分を害することはない。おどおどすることもないし、それにうちにはそういうタイプの人物はいない・・。

ただ、誠実に実力を示しておけば、周囲は美佳帆たち元菊一事務所のことを認めざるを得ないのだ。

それより美佳帆にとっては、宮コー指定の制服スーツのスカートの丈だ。

デザイン的には可愛いしカッコいい、おまけに機能的でもある。

動きやすさ重視で愛用し出したのがきっかけだが、脚を見せていると男性たちの視線が集まるのが、やや中毒になってしまっているのは事実でもあった。

しかし、今まで毎日着ていなかったスーツ姿だと、どうにも肩が凝ってしまうのと、指定制服のタイトスカートの丈では、自慢の美脚と太腿に視線を注いでくる男性が少ないのが個人的にやや不満なのだ。

それ故の、美佳帆のささやかな抵抗の証である丈を短くして太腿チラ見せファッションなのであるが、社内規則の厳しい宮コーでは時々他部署の女性社員からはけしからんものを見るような視線を浴びる時がある。

最近すっかり親しくなった神田川真理にも、入社当初に「スカートが短すぎる」と、忠告を受けたので、協議の結果「まあ、これぐらいなら・・」と真理の容認の言葉を、得られたので、美佳帆はほかの社員より僅かに丈が短いのだ。

だが、美佳帆にとっては、その僅かな差が大きな違いで、椅子に座ったり、足を組んだ時に大いに効果を発揮することになる。

真理がぎりぎり許容してくれている丈になるようにスカートの位置を調整しながら、美佳帆は菊一事務所のメンバーで現在行方不明になっている人物のことを思う。

湖岸公園で別れたきり、あれ以来消息のつかめない寺野麗華のことだ。

「いろいろ網張ってるんだけど、なかなかヒットが無いわね・・」

美佳帆はカーテンを開け、窓を開け放ち、差し込んでくる朝日を手のひらで遮りそう呟くと、晴天の天候とは真逆の顔つきで人伸び背伸びをしてから、背後で未だ着替えを終えていない同部屋の女性のほうに向きなおる。

「ちょっと美佳帆さん!まだ窓開けないでくださいよ」

少しだけ慌てた声のスノウが、カーテンを思い切り開け放った美佳帆に抗議の声をあげる。

元菊一事務所のメンバーは宮川コーポレーション関西支社ビルの上階にあるホテルの15階の一室を住居代わりに提供されている。

美佳帆と宏用の大きめの部屋も用意されているのでるが、スタジオ野口での一件以来、何となく気まずく宏とは寝所を共にしていない。

スノウの心の傷がまだ癒えていないからフォローする・・。というこじつけ的な理由で、宏との相部屋では寝起きはせず、スノウの部屋に居候状態だ。

スノウは察するところもあったのか、その件については美佳帆になにも追及してこない。ただ時折なにか言いたそうな素振りをみせるが、それについては美佳帆のほうが気付かない振りで今はスルーしている。

でも、スノウも一人になりたい時もあったりするだろうし・・。早めに何とかしないとね・・。と心の中で呟くが、とりあえずは今の抗議に謝罪を口にする。

「あ・・!ごめんごめん。でもバルコニーの壁も高いし、この部屋の階数ならドローンとかで覗かれない限り大丈夫だってば」

「そうかもしれませんけど驚きます・・」


椅子に腰かけ、白いショーツの上に黒いパンストを履いた姿のスノウこと斎藤雪は今まさに制服であるスカートを足に通そうとしているところであった。

抗議しながらも手を止めていないスノウは、淡い水色のブラウスの裾をスカートの中におさめ、ほぼ身支度を整え終えたようだ。

それにしても、宮コーの能力者の収集への力の入れようは相当ね。と美佳帆は改めて感じる。

宮川前支社長の懇請で、菊一事務所は宮コーに吸収される形となったので、新支社長の緋村紅音に変わったら状況が変わるのかと思いきや、紅音も能力者集めに余念がない。

私達をどうにかして取り込みたいようだ。

私たちは宮川さんが題した条件ですでにかなりの好待遇だったのに、緋村支社長は更に追加で待遇のグレードを上げてきたのだ。

このスイートのホテル住まいを半ば強引に受けるように勧められたのと、食堂や休憩室のカフェまで無料になった。

ギャンブル好きで万年金欠のモゲこと三出光春や、メガネの変態楽天家、画伯こと北王子公麿は無邪気に手放しで喜んでいるが、美佳帆としてあまりに露骨な贔屓は気持ち悪いし、何よりほかの社員からの視線が痛い・・と感じている。

(たぶん、宮川さんがあんなに人材収集に熱をあげていたのは、あの緋村さんのような野心家に対抗する為だったのね・・。でも、その緋村さんはすでに宮川さん以上に、周りを能力者でガチガチに固めてた・・。宮川誠氏の愛人・・、社内では暗黙の了解で口にするのはタブーのようだけど、その立場を使いつつとはいえ、あの人たぶんロビー活動なら宮川さんより上手いんだわ・・。能力の高さもあるんでしょうけど、外様でありながら、一族経営の企業でここまで影響を持つなんて・・。だから、ここにきてパワーバランスを崩すかもしれない、降って湧いて出たような勢力の私たちを野放しにできない・・って状況なんでしょうね。・・こちらの能力の種類もほとんど明かしてないし、・・・だからこそ、緋村さんもそれらを調査するために、多様な仕事を割り振ってきて此方の様子や能力を探ってる・・。味方にするにしろ、敵になるにしろ・・ってとこね。・・いまは懐柔路線のようだけど・・あの緋村さんならこっちの対応でいくらでも変わると考えておくのが自然・・。もしかして、露骨な贔屓は、ほかの社員から孤立させることのほうが目的なのかしら・・。でも【百聞】で注意してるけど、そんな情報ないのよね・・・)

「昨日はどんなお話だったんですか?」

開け放った窓から外を眺めながら考え事をしていると、身支度を整え終えたスノウが、先ほど二人の食べえたルームサービスの食器を片付けながら、美佳帆の背後からそう声を掛けてきた。

「うーん・・見え見えだけど、なかなか強引であの手この手を使ってくるわ。・・・まあ、平たく言うと私達の力を取り込みたいっていうところは宮川さんと同じ・・。でも昨日の話は、いままで違って直球よ。調査部という部署じゃなくて私達全員を幹部職に引き上げたい・・って話だったの・・・」

「・・つまりそれは・?」

振り返ると首を傾げて聞き返してくるスノウと目が合った。

昨晩は宏と哲司、そして私の3人が紅音に呼ばれ、打ち合わせを兼ねた懇親会に誘われていたのだ。

「・・・まあ、緋村さんの直属の部下になれってことなのよね・・・・」

「・・はっきり言ってきたんですね。いままでは緩く懐柔してくるようなことしかしてこなかったのに・・。やっぱりドラマみたいにこういう大きな企業って派閥争いがあるんですね・・・。こういうの面倒くさいです・・」

美佳帆の発言にスノウも眉間に皺を寄せて渋い表情で呟く。

「まあ、当然ながら宏がガンとして聞かないってわけ。もちろん私も反対だけど。・・・なにより、私達を宮コーに誘った宮川さんがこんなに早くあんな形で社を追われるなんて、いくら何でも想定外すぎるわよね・・・」

「・・・わたしあの人のこと思いっきり引っぱたいちゃいました。・・・泣きっ面に蜂・・って状態だった宮川さんに今更ですけど、少し悪いかなって気がしてます」

「泣きっ面に蜂・・ね。たしかにあのお嬢様にとったら今まで経験したことないような転落・・青天の霹靂だったでしょうね。・・・でも、きっと大丈夫よ。彼女あまり長いこと気に病むタイプじゃなさそうだし・・。宮川さんもスノウに引っ張たかれたことに怒ってやり返してこようとしたんでしょ?そういうすぐ反応する人ってあまり物事を長く引きずらないわ。・・・たぶん」


そう濁してスノウに微妙な苦笑いでこたえる。

美佳帆の表情に不安を掻き立てられたのか、スノウも「だといいんですけど・・」と言って微妙な顔で笑った。

「さ、それよりそろそろ行きましょ。今日はあたりを付けてたところに麗華の手がかりを聞きに行く予定よ。会社には寄らずに直接行くから、その時に宮川さんのところにも寄る予定だし、そのつもりでいてね?」


「・・はい。なんだかお腹痛くなってきたような気がします」

「・・スノウも画伯やモゲみたいなセリフ言うようになってきたわねえ・・」


部屋の外に出ようとバッグを肩にかけ、リビングを歩きながら言う美佳帆の突っ込みは応えず、上目遣いで微妙な表情のスノウを見て、美佳帆は、こういうセリフが言えるのは、張慈円に連れ去られていた時のことから気が紛れだしたのかなと思って少しだけホッとした。


「ありがとう杉君、粉川君。現役警官にこんなことに協力してもらっちゃって本当に悪いわね」

杉誠一から繁華街での聞き込み情報の資料を受け取りながら美佳帆は笑顔で答える。

「・・すいません。美佳帆さん!。・・・斎藤さん、本当に申し訳ない!!」

繁華街にあるコーヒーカフェのボックス席の正面に座る杉誠一と粉川卓也は頭を五分刈り丸め、杉がそう言うのと同時に粉川も同時にテーブルに額をくっつけんばかりして、美佳帆とスノウに頭を下げる。

「・・いいのよ。私が無理ばっかり押し付けちゃったせいだしね。もっと早く気づいてあげられなかった私にも責任があるから。・・・あ~もう!頭上げてよ」

美佳帆は結構な大声で謝罪する杉に注目する周囲の目を気にして、杉と粉川を宥める。

「・・・私の見込みが甘かったせい・・。敵が想定より多かったし、私の想定より強かっただけ。何かあっても一人なら逃げ切れると思った・・甘かった。あなた達だけのせいじゃない」


ポーカーフェイスのスノウが片言っぽい言葉で、杉や粉川を気遣うようにスノウなりの気を使った言葉を掛ける。

あまり親しくない人に対しては片言になりがちなスノウにしては流暢に喋ったほうだ。

美佳帆はスノウの言葉を聞きながら、私のほうこそ見込みが甘かったのよ・・。と反省しつつもここでは口に出さず、杉と粉川に頭を上げるように促す。

「で、なにかめぼしい話はあった?・・電話じゃもしかしてって言うのがいくつかあるみたいに言ってたじゃない?」


美佳帆のその言葉に、ようやく頭を上げた二人が、目を輝かす。

「はい!そのことですが・・今朝撮ったばかりの写メです。ちょっと確認してください!」

今まで、散々調査したのに有力情報がなかっただけに、今回もと思ってはいた美佳帆であったが、二人の思った以上の反応に目を見開く。

「見せて!」

スマホを取り出して見せようとしていた杉からスマホを奪い、表示されている画像を食い入るように見る。

「・・・麗華!・・生きてたのね!」

「麗華・・よかった・・」


美佳帆とスノウ二人してスマホに顔を寄せて思わず声を上げてしまった。

「やっぱり・・間違いなさそうですね」

杉と粉川は顔を見合わると、ほっとしたような顔になった。

暗くて画質はあまり良いとは言えないが、見間違えるはずがない。マスクをしているが寺野麗華である。

麗華が着そうにもない作業着のような服を着て自転車に乗っている画像だ。

「これって?!どこで?何か他に調べってついてる?」

杉と粉川に食いつくようにして美佳帆が聞くと二人は早朝から調べていた内容を語り出した。

まず、寺野麗華という名前ではなく湯島優香という名前らしいこと。
惣菜や仕出し、お弁当を早朝から作るアルバイトをしているということ。
河口近くの築40年ぐらいのアパートに兄と一緒に暮らしているということ。
同じアパートの住人からの情報では、少し前から兄妹で暮らしているとのこと。

「・・・?・・麗華じゃない?・・料理のバイト・・?それに麗華に兄弟なんていないはず・・」

話を聞き終えたスノウが独り言のように、麗華が料理なんて・・・絶対に選びそうにない仕事・・、それに何故私たちに連絡をしてこないの・・?などとブツブツ呟いている。

「そうなんです・・。腑に落ちないところだらけなんです!でも、俺らも寺野さんとは何度もあってます!さっきの写真!どうです?美佳帆さん斎藤さん?これって寺野さんじゃないですか?」

スノウの独り言に反応した粉川が身を乗り出し、スマホの画像を指で指しながら言い美佳帆やスノウの反応を注視する。

美佳帆やスノウが麗華を見間違うはずがない、絶対に麗華が着そうにもない服を着ているが麗華である。

再度、美佳帆とスノウと顔を見合わせ、お互いに目で確認し合うと二人して力強く頷いた。

「今すぐ行くわよ!杉君、粉川君!お手柄だわ!」

美佳帆は席から立ち上がりそう言うと、杉と粉川に向かって笑顔でウインクして力強く頷いた。

【第9章 歪と失脚からの脱出 1話 寺野麗華の行方終わり】2話へ続く

第9章 歪と失脚からの脱出 3話 モブとハサミは使いよう

第9章 歪と失脚からの脱出 3話  モブとハサミは使いよう


・・・やっぱり。と確信を持ったのは、先ほどから一定距離でついてきていた足音の持ち主たちの会話が聞こえてきてからだ。

念のために展開しておいた【百聞】の半径に入っている一団、若い男達の声が頭の中に響く。

距離にして52m・・。足音は・・8コ・・・。速度があがったわね・・。徐々に距離を詰めてきてる。

「杉君、粉川君ちょっと待って・・。このまままっすぐ進んで次の角を路地に入って」

美佳帆は右手を上げて耳を指さすような仕草をして前を歩く二人に声を掛ける。

杉と粉川は美佳帆の能力のことを先日聞かされている為、無言で振り返り表情は変えずに、美佳帆に目だけで了解の意を伝えると何事もなかったかのように進み始めた。

美佳帆は流石現役刑事ね、と感心し二人の瞬時の判断に目で感謝を送りつつ、より【百聞】の精度を上げる。

「え?どうかしたんすか?ここじゃないんすか?」

しかし、そんなことは知らないし、機微の働かない無神経なモブは、立ち止まらずに進むよう指示した美佳帆に、のんびりとした口調で声を掛ける。

「・・・モブ。静かになさい」

美佳帆の能力を知る佐恵子も聴力強化したのであろう、振り返らず周囲を警戒しながらモブを窘める。

「え?な、なんなんすか?」

佐恵子の咎めるような鋭いセリフに困惑したモブは、状況を掴めず、今度は佐恵子に向かって話しかける。

すると佐恵子は、はぁ・・と短くため息をつくと、突如モブの腕を掴み、女が男にじゃれつくような仕草に見せかけ、笑顔でモブの胸に顔を押し付け小声で窘める。

「美佳帆さまが能力で索敵中ですわ。だから静かになさい。相手はこっちを見てるはずですから、あなたは自然にしてなさい。いい?よろしくて?」

「い、いろいろ、マジっすか・・」

ここ数か月、鬼たちにしごきまくられたせいで、さらに厚くなった胸板に、頬をくっつけた女上司の笑顔が演技だと解ってても、憧れの女上司の間近に迫った顔に見入ってしまう。

あの鬼達にこんなところを見られでもしたら・・・しかし、これは不可抗力だ。仕方がない。

佐恵子の小さな胸がモブの腕に当たっているのもしょうがないことだ・・。この女上司の態度は大きいが胸はかなり控えめだ。しかし、小さいとは言っても柔らかい・・。柔らかいは正義だ。

もしモブにハーブの知識があれば、微かに鼻孔を擽る香りがローズマリーだと分かったのだが、ハーブのことなどモブには興味がない。だが、良い匂いには違いがない。良い匂いも正義である。ローズマリーと佐恵子の匂いが混ざった甘酸っぱい香りをここぞとばかりに堪能する。

香りを吸い込むときに、女上司の鴉の羽のように黒く艶のある髪の毛を、鼻で吸引してしまわないよう、吸い込む力に気を付けなくてはならない。

髪の毛を鼻で吸い込むなどあってはならない。完全に嫌われてしまうどころか、流石にクビを言い渡されてしまう。

出来る限り嫌悪感を持たれぬ程度に、全力で鼻孔を擽る香りを吸い込み、腕に当たる感触を脳に記憶することに集中し実行する。

しかしそれもつかの間で、憧れの女上司の身体はすぐに離れて行ってしまった。

残念だが引き戻すわけにもいかず言われた通り、自然に振舞おうと襟を正す。

背筋を伸ばし挙動不審な動きと、真っ赤で不自然な表情になったモブをみて、佐恵子は再度ため息をついたが、これ以上注意するのは諦めたようだ。

佐恵子とモブの漫才を苦笑いで眺めていた美佳帆は、尾行してくる集団が今の漫才で不信感を抱いてないことを確認すると、尾行集団の会話に眉を顰め、表情を再度引き引き締めた。

「・・ずっと気になってた足音だけど・・。言いたい放題言ってくれちゃってるわね・・。みんな怒るかもしれないけど、聞いてもらった方が、説明が省けるわね。みんな我慢して聞いてね。・・スノウ、みんなに飛ばしてくれる?」

美佳帆はスノウの肩に手を置きそう言うと、「はい」とスノウが小さな声で短く答え、目を閉じ美佳帆に波長を合わせ集中しだした。

スノウの周囲にオーラが凝縮し、佐恵子とモブ、杉と粉川にそれぞれの波長に合わせたオーラのラインが繋がる。

その瞬間から美佳帆の【百聞】で探知している問題の集団の話し声をノイズカットされた状態で、一同の頭に直接飛び込んできた。

『依頼にない男が3人と・・・惚気てたガリの貧乳女が混ざってっけど・・どうする?』

『殺したり救急車呼ばれるのはダメだ。面倒は起こすなって言われてる』

『適当に脅したら男どもは、ビビッて女置いて逃げるんじゃね?』

『だな。服装はリーマンっぽいし楽勝だろ・・。てかなんであの二人のおっさんはハゲなの?・・つるつるじゃん。僧かなんかか?』

『知らねーよ。男なんてどうでもいいっつうの。それよりあの華奢なねーちゃんは俺がもらうから・・。お前らはメガネの年増な。ついでにぺちゃも譲るわ』

『んだよ!おめーが決めてんじゃねえよ。俺もあのねーちゃんのほうが好みだわ。年増と、ついでのぺちゃと代われ!』

『俺は年増でいい。メガネもそそるしな・・。それにあいつらそんなに年齢かわんねーように見えるけど?・・年増女を誰の種か分かんねえように、輪姦して孕ませるのは最高の娯楽だよな』

「あほか!孕ましたら売れにくいだろ」

「ああ?!あほはお前だ!孕んでるのがわかるまえに売るんだよ!そんなこと言うなら、お前はゴム付けてやれよ?!」

「いい加減にしろって!始まる前から内輪もめしてどうする。どうせいつも攫った女は、最低一巡はするだろうが。仲間も呼んで3回ぐらいずつぐらい味見してから薬漬けにして、マチ金で借金させてから売っちまおうぜ。孕んでたら堕胎するぶん差し引かれるだけじゃん。どうってことねえよ』

『ん~・・まだぺちゃが一番若そうにみえるな、・・胸はないけどツラやスタイルは俺的にはかなりアリだ・・やっぱ逃がさずぺちゃも攫わね?女は多いほうが金になるじゃん』

『まあ、たしかに女は多いほうがいいな。じゃあぺちゃも確保で。・・しっかしあのメガネ年増のケツたまんねーな・・。絶対男に見られてるの意識してるんだぜ・・。さあ、とっとと攫っちまって楽しもうぜ』

『あの華奢な女の澄ましたツラ・・泣き顔になった時を想像すると今からたまんねえよ』

『つぎの路地にでも都合よく入ってくれねえかな・・』

『だな・・。あっちはビルの裏口ばっかでこの時間はほとんど人の出入りがねえ・・。5分もありゃ終わる』

『決まりだな。・・もし路地に行ったら挟み撃ちにするぞ。車回しとけよ。・・5分ぐらいならだれも通らんでしょ』

聞いたことのない声色で頭の中に直接話し声が飛び込んでくる事態に、佐恵子とモブは最初、きょとんとした表情になっていたが、話の内容が飲み込めはじめると、明らかに表情が変わった。

「社長を輪姦すだと・・・!?どこの馬の骨かしらねーが、身の程知らずにもほどがあるぜ!・・俺が何十回挑戦しても全く無理だっつうのに・・。おまえらみたいなチンピラじゃ触れることも出来ねえぞ・・!」

前を向いて歩きながらもモブが拳を握り、額に血管を浮き出させ目をぎらつかせて呟く。

「・・・あなた・・いつもそういうつもりで私と組手してたの?」

心底呆れたと言った表情で佐恵子が呟くと、「あ、い、いや・・そんな訳ねえっすよ・・。誤解っすよ誤解・・。そんな恐れ多い・・そんなこと思ってるわけないじゃないっすか・・ほんとに・・ははは」と顔を汗だらけにして言うモブに佐恵子が「・・そう?そう言う意味じゃなかったのね。それならいいわ。私が勘違いしてしまったようね。謝るわ」と真顔で答えている。

そんなわけないでしょ・・・!鈍すぎる・・!と内心ずっこけた美佳帆は、冷静に頭を働かせる。

・・やっぱり宮川さんはパッシブスキルだった【感情感知】を本当に展開できてないのね

明らかにモブ君は宮川さんを性的な目で見てる節があるのに、モブくんの感情はまるで見えてない様子・・。能力に頼ってたぶん、そのあたりの感情のセンシティブが働かなくて、経験がなさ過ぎて鈍いんだわ。

以前のように刺すような鋭さの雰囲気がないのはこのせいね・・。これじゃ、人を見透かすどころか・・、いまじゃ単なるド天然のお嬢様になってるのかもしれないわね・・。

宏や哲司も、宮川さんには宮コーに返り咲いてもらいたいと思って動いてるみたいだけど・・、魔眼の力が弱まってるとすると、宮川さんはそれを望んでいるのかしら・・?

美佳帆は冷静に、佐恵子がどこまでの能力が使えなくなってるのか、今後の佐恵子の方針などを一度詳しく聞いておく必要があるな・・と思考を巡らせていると、その佐恵子が振り返らずにこちらに向けて口を開いた。

「それにしても・・【感情感知】で嫌でも見えてしまってた感情色にも毎日ウンザリさせられてましたけど、ああいう会話が聞こえてしまうのもかなりイラッときますわね。・・・それより【百聞】と【通信】・・?でしたわね。こういう使い方便利ですわ。もしかしたら私の【千里眼】なんかもスノウさんの能力で飛ばせるのかしら?」

佐恵子が狼狽えるモブの相手を切り上げ、振り返らずに後ろを歩くスノウに問いかけると、スノウはコクリと頷き「たぶん」とだけ答える。

佐恵子がそのまま振り返らずに「今度試させて?」と言うと、スノウも「わかりました」と笑顔で答えている。

・・と言うことは、使える能力もあるのね・・。まったく力を失ってるわけじゃなくて安心したけど・・と、美佳帆は少しだけ安堵する。

そうこう思考を巡らせているうちに、尾行集団は徐々にこちらに近づいてきており、30mほどの距離まで詰めてきている。

まだ、彼らが私たちの会話を聞き取れていない距離にいるのは、彼らの会話を聞いても明確だ。

美佳帆達は目的の場所を通り過ぎて、最初の路地に入り込み、しばらく進んで、もう一度角を曲がった。

しばらく曲がり角のない一本道の路地を、中ほどまで歩くと美佳帆は手を上げ一同に立ち止まるように合図する。

「きたわね・・」と美佳帆が言うと、向こう側の路地の角から、頭もガラの悪そうな若者が4人現れた。

年の頃はどう見ても20前後・・もしかしたらもっと若いかもしれない。

そりゃこの子たちから見たら私なんて年増でしょうね・・と美佳帆は少しだけ自虐的に笑う。

振り返ると美佳帆達が通ってきた方向からも、同じような風体の若い男たちが現れ、下品な笑みを浮かべている。

後方の男たちもまだまだ若いというのに、こんなことに手を染めて・・と憤りを感じつつも美佳帆は正面の男たちに一歩詰め寄り話しかける。

「さてと・・・。聞きたいことが山ほどあるんだけど、大人しくお姉さんの言う事聞いてくれるかな~?」

予定通り現れた男たちに美佳帆がそう声を掛けると、男達の中には美佳帆のセリフに怪訝な表情を浮かべた者が1人だけいたが、残りは頭が悪いのと、圧倒的有利を確信しているのであろう、下卑た笑みを顔に張り付かせ、こちら側を品定めするように無遠慮な視線をこちらの顔や胸、腰回りや脚にと這いまわらせてきている。

「気持ち悪い・・。けがれる」

スノウがポツリとその無遠慮な視線に対して、嫌悪感を口にするのを聞いて、美佳帆は橋元の恐るべき【媚薬】能力を思い出し身震いした。

(あの子たちにそんな能力ないでしょうけど・・、見ただけで感度上げられる呪詛能力ってのは・・私たちに女にとったら時間のかかる詰みよね・・。女にとったら・・・ん~・・、もしかして、男にとっても何か効果ってあったのかもしれないわね・・・。・・水島もずっと異常だったし、もともとあんなにぶっ飛んでるんだったら、社会生活に支障が出るわ・・。大塚君のお父様も以前は随分様子が違ってたけど、最近また落ち着いてきたような気がするって大塚君も言ってたし・・何か影響ってあったのかもしれないわね)

数か月前まで、美佳帆の身体を蝕みまくった【媚薬】の威力について考え込んでしまいそうになり、頭を振って思考をリセットする。

いまは目の前のことに集中するべきだし、あまり考えていると、あの時の感度は、下腹部に一時的だが戻ってくるのだ・・。

でも、今のところそれは誰にも内緒にしている。

「おい!おっさんら!痛い目にあいたくなきゃ女置いて失せろや!」

美佳帆の考え事を断ち切るように、正面にいるニット帽をかぶった男が、路地に置いてあったプラスティック製のごみ箱を大きな音を立てて蹴飛ばすと、大声で男性陣に威嚇してきた。

「それとも彼女たちの前でいい恰好みせてみるか?」

「ひひひっ、こんな女、ハゲのおっさんたちにはもったいないぜ。お前らの代わりに可愛がってやるからよ。とっとと行けや」

ニット帽の周りにいる他の男たちもニタニタ笑いながら、両手で丸い物を掴むような仕草をして、そこを目掛け腰を前後に振るマネをしてみせ、勝手なことを口にしている。

「すごいセリフ・・。きっと物語の脇役・・。名前も与えられず、物語に出てきた瞬間退場する人たち・・」

あからさまな雑魚キャラっぽいセリフに対して、感想を述べたスノウの辛辣な言葉に杉は口元を抑え苦笑していたが、粉川のほうはその雑魚キャラのセリフに憤慨したようだ。

「おまえら・・!」

我慢の限界とばかりに粉川が声を荒げようとしたとき、もう一人の大柄な男は粉川より短気なのを示すかのように、すでに飛び出していた。

「おらぁっ!!社長には指一本触れさせねえぞ!」

モブである。まっすぐに突っ込んでいき、すでにニット帽の男の顔面に拳を炸裂させていた。

「ちょっ・・!モブ君!・・・やりすぎちゃだめよ?!杉君!粉川君!フォローしてあげて!」

「「はい!」」

後方から現れた4人もモブ目掛けて駆け出したため、一気に乱戦になる。

「てめえ!やりやがったな!」

「こっちは何人いると思ってんだ!」

美佳帆は乱戦を躱して、ビルの隅に寄ると、挟み撃ちした意味全くないじゃない・・と突っ込みを入れながら、か弱いふりをし、スノウと佐恵子の手を引き、路地の隅に連れて行き、3人で固まって様子を見ることにした。

顔面にモブの右ストレートをまともに受けたニット帽の男は吹っ飛んで、ゴミと埃だらけのアスファルトの路地の上に仰向けで倒れている。

「お前らどこの奴等だ!俺のこと知らねえのか!ああん?」

正面の4人のうちすでに3人を殴り倒したモブが気炎を上げる。

「・・モブ。静かに倒しなさい。人が来てしまうわ」

「了解っす!!」

と大声で答えたモブに「わかってないから言ってるのよ・・」と額を抑えながら佐恵子が呟く。

「へえええ・・、彼・・モブ君。粗削りだけど、そのあたりのチンピラが何人来ても勝てないぐらい強くない?」

「ふふ、随分マシになりましたの」

額を抑えた佐恵子に、美佳帆がモブの想像以上の体術レベルを正直に褒めると、佐恵子は顔を上げ嬉しそうに答えた。

「・・截拳道と・・詠春拳?・・顔や雰囲気に似合わない体術を使ってる。大きな動きが少ない繊細な拳法・・。上手い・・」

モブに対する評価を随分上方修正したっぽいスノウが、乱闘をほぼ一人で制しつつあるモブのことを眺めながら「言葉遣いが残念じゃなければ・・残念」と小声で言うのが聞こえ美佳帆は笑いながら「紳士たるにはそこも大事よね」とスノウに返し、美佳帆もモブの動きを観察する。

「へえ・・なるほど・・真理さんや加奈子さんがあの体術を使うのね。短期間でよくあそこまで上達しましたね。素質ありますよモブ君。・・・で、彼もやっぱり能力者なんです?」

「ええ、加奈子や真理はいろいろな武術が混ざってますけど、概ねそうですね。ですが、モブは加奈子と比べることなど・・、それにオーラの使い方も拙いですわ。・・まだまだ私の護衛を務めるには役者不足ですわね」

腕を組みモブの動きを採点するように眺めている佐恵子は、いつも通りの上から目線で彼を辛口評価しているが、答えているその表情と口調は、部下を褒められるのは満更でもなさそうで嬉しそうにしている。

「こ、こんなの聞いてねえぞ・・・おい!」

「痛ってえ!くそが!てめえ覚えてやがれよ」

粉川に背負い投げでアスファルトに叩きつけられた男が声を荒げが、ダメージが大きいのだろう立ち上がれず地面で悶絶している。

「おいおい、手加減してやってるんだぜ?受け身もとれねー奴なんか、本気で投げたら死んじまうからよ」

童顔で真面目そうな顔の割に物騒なセリフをいいながら粉川が不敵に笑う。

「おい!卓也熱くなりすぎるなよ」

熱くなりがちな同僚に、美佳帆達の前で敵が近づかないように構えている杉が一応注意を飛ばす。

まともに動けるものがいなくなってきたとき、最初にノックダウンしたニット帽のリーダー格らしい男がモブのことを睨んでいたが、突如驚きの表情になり声を上げた。

「て、天牙さん?!もしかして天牙さんっすか?」

ニット帽の男は殴られた顔を抑えながらよろよろとようやく起き上がり、暴れまわるモブを見てそう声を掛けた。

「あん?俺のことを知ってる奴がいたのか。こりゃ話がはええ」

胸倉をつかみ持ち上げていた男から手を離し、モブがニット帽の男に向き直る。

「そんなスーツ姿だったからわかりませんっした。申し訳ありませんでした!天牙さん!」

「マジか!あの最悪の27年世代で負け無しの天牙さんだなんて知らなかったんです!」

「すいません!許してください!マジ強いっす!俺らが敵う訳なかったっす!」

ニット帽の男のセリフに他の若者たちも、肩や顔を抑えながらめいめいに立ち上がり、モブの周りに集まり土下座して謝り出した。

「俺のこと知ってんだな?気づかなかったとはいえ俺に歯向かったんだ。覚悟できてんな?」

ジャケットについた埃を叩くような素振りをしてから、ネクタイを締めなおし身体を逸らした格好で、モブがボロボロになったチンピラたちに凄んで言う。

「・・・モブくんて・・、不良の中じゃすごい有名なのね」

「・・・モブに対してあんな態度を取らざるを得ないなんて・・・あの子たち、どうしようもないクズなのね」

モブたちの様子を、やや微妙な表情ながらも賞賛の言葉を口にした美佳帆は、隣で興味なさそうな顔で、辛辣なことをいう佐恵子を見て、美佳帆はモブと見比べる。

モブは明らかに佐恵子のほうにドヤ顔を向けてアピールしている。

(いまの宮川さんのセリフを聞いたら、モブくん傷つくと思うんだけど・・・。それに、彼は宮川さんには哲司っていう彼氏がいることは知らないのかしら・・・?モブ君にとったらイバラの道すぎるけど・・まあ、青春の一環よね・・)

美佳帆はやれやれと思いながらも、モブに近づき背中を軽く叩いてモブの健闘を労うと、土下座しているチンピラたちを笑顔で見回し、ベストの内側から鉄扇をスラリと貫き、パシンと掌で叩いてから声を掛けた。

「さてと・・。あなた達の話じゃ私とスノウが目当てだったみたいだけど、いったい誰に言われてノコノコやってきたのかしら?・・・年増だとか、デカいケツだとか、脚出し過ぎだとか、男の視線を意識してる自意識過剰だとか言ってたわねぇ?」


「・・・おめーら、俺に聞かれてる以上に真剣に答えろよ?おめーらが狙ってたこの姐さんは俺なんかよりずっと強えんだからな。いいか?聞かれたら答え始めるのは2秒以内だ。・・じゃなかったら俺がぶん殴る。あと嘘をついて俺に恥かかせんなよ?どうせ嘘はすぐバレちまうからな?」

両手で握った鉄扇が軋んでやや曲がり、ギリギリと音を出せている美佳帆は笑顔の後ろに黒い後光がでていた。さらに、その美佳帆の後ろでは腕を組み、土下座しているチンピラたちを見下ろしているモブが目を光らせ、美佳帆の質問に答えるよう威圧している。

完全に心を折られた若いチンピラたちは、お互いに顔を見合わせ、意を決したような表情になると経緯を洗いざらい話し出した。


【第9章 歪と失脚からの脱出 3話  モブとハサミは使いよう終わり】4話へ続く


第9章 歪と失脚からの脱出 4話 哀愁を漂わす悲しき天才

第9章 歪と失脚からの脱出 4話 哀愁を漂わす悲しき天才


中東アジア系と言っても通用するかもしれない濃い顔つきで、頭頂部はやや薄くなりつつあるが、当の本人は自分の容姿など全く気にもしていない。

勤務時間中は着用を義務付けられてるので、仕方なくスーツに身を包んではいるが、ネクタイはだらしなく、シャツの一番上のボタンは外されている。

アフターファイブで退社寸前の疲れ果てたサラリーマンのような風体の男、モゲこと三出光春は、まだ出社前だというのに、すでに無精髭に覆われた口周りを撫でまわし溜息をついた。

溜息の理由はいくつかある。

ひとつ、宮コーの正社員になり月給も高額で安定したというのに借金が減らないこと。

ふたつ、哲司の紹介で宮川佐恵子を紹介してもらい、宮コー傘下の金融機関に、特別に金利の安いプランへの借換に変更してもらったまではよかったが、初回目の返済日から、いきなり未返済をしてしまっただけで、昨日佐恵子から罵られたこと。

みっつ、銀行員の旦那と、正式に離婚したお嬢こと伊芸千尋と付き合うことになって2か月ほど経つが、いまだに深い仲には進展せず、ディナーデート止まりで足踏みしていること。

「はぁ・・。なんでなんやろなぁ・・。俺なりに頑張ってるんやねんけど、なんもうまいことこといかへんわ。・・・給料が増えたのに借金減らへんし・・。なんでなんや・・?借金返してお嬢を諸手で受け入れられるキレイな身体になりたいんや、ってテツに相談したら、あの女に紹介されたとこに、金利の安いええプランやからて、言われるがままに契約してしもたけど、一回返済が遅れたぐらいで、あの女・・!美佳帆さんやスノウの前であんな言い方せんでもええやろが・・。テツの女やから許してやったけど・・あの女は男を立てるちゅうことを知らんのかいな?・・男は恥かかされたらダメな生き物なんやで。はぁ・・くっそ~・・、美佳帆さんやスノウにあんなこと知られてしもたら、お嬢に知られてしまうんも時間の問題や・・。あんなに人がおるところで俺の借金返済が遅れたんを言いおってからに・・。これでますますお嬢との距離に溝ができてまうやないか・・」

根っからのギャンブル好きで、少しまとまったお金が入ってきてしまうとバカラなどの賭博につぎ込んでしまい、借金はむしろ前よりも膨らんできている。

給料も安定して、先月も先々月も、部長の宏にできるだけ割のいい仕事を回してもらい、かなりの手取りを手にしていたモゲだが、入ってくるお金以上に使ってしまったため、借金がまるで減っていないどころか増えてしまった。

逆に宮コーに就職したおかげで、信用がつき、余計に借り入れができるようになってしまったため、モゲ自ら泥沼に嵌っているのである。

再度ため息をついたところで、聞きなれた声を背後から掛けられた。

「おう、モゲ!珍しく今朝は早いやないか。・・っておまえシャツもネクタイもぐにゃぐにゃやぞ?・・あ!もしかしてシャツもスーツも昨日のままか?」

「おー・・テツか。おはようさん。・・相変わらずビシッと決めとるのう。今日は彼女ところからの出勤やないんやな。会社にあてがわれた部屋で泊まっとたんかいな。そうと知っとったら飲みに付きおうてもろたのにな。・・俺の方は昨日一人で晩酌しながら考え事してたら、そのまま寝てしもて、起きたら起きたで寝れんようになってしもてなあ・・」


哲司こと豊島哲司はエレベーターホールでエレベーター待ちをしながら、なにやらブツブツ呟いていたモゲを見かけて声をかけたのだ。

緋村紅音の強引な計らいで、二人とも宮コー関西支社ビル上階にあるホテルのスイートルームを与えられているのだ。

以前、哲司は宮コー関西支社近くの宮川佐恵子が住むマンションに寝泊まりしているときが多かったのだが、モゲが思うに、ここ最近はどうもこちらのスイートルームで泊まることが多くなってきているような気がする。

二人は高校時代からの付き合いで、性格は真逆ながら妙に馬が合い、フリーで探偵業をしていたモゲを菊沢事務所に誘ったのは美佳帆と、もう一人はこの哲司であった。

「どないしたんや考え事って?なんか悩みでもあるんか?」

「まあなぁ・・、色々とな」

哲司はモゲの歯切れの悪い言葉を追及するが、モゲが言いにくそうにするので、心当たりを適当に投げかけてみる。

「千尋のことか?・・・それとも借金のことか?借金はこないだ佐恵子さんの顔で金利が安いところに変えてもらってたやないか」

「そうなんやけど・・・。悩みの内容はどっちもってとこやな・・」

「そうか・・・。まあ若い時も今も年とっても悩みちゅうもんは尽きることなく、誰でもあるんかもしれんなぁ・・」

哲司の意味深なセリフを聞いたモゲは違和感を覚え、逆に聞いてみたくなった。

哲司がこういう曖昧なものの言い方をするときは、言いたいことがある時だということを経験で知っているからだ。

「・・テツのほうもなんか悩みありそうやな?俺でよかったら相談乗るで?」

「うー・・ん、そやな・・、始業までだいぶ時間あるし、もともと1階のカフェでモーニング食べるつもりだったんや。モゲも付き合えや?・・電車や車での通勤でないんはこういう時ほんま助かるな」

「お、おう。モーニングか・・ええけど俺文無しやけどええか?」

哲司のセリフにすきっ腹を抑えてモゲが申し訳なさそうに言葉を返す。

「マジか・・!?まだ給料日までだいぶあるで?・・・しゃーないやっちゃな。まあええわ。朝飯ぐらい奢ったるわ・・って言いたいところやねんけど、忘れたんか?モゲよ。・・あんまり堂々と行くんも気が引けるんやけど、俺らはあのカフェタダやぞ?」

「おぉ!そうやった!」

モゲは何故こんな重要なことを忘れてたんだ!というようなリアクションで手を叩いて哲司を指さした。

「でも、俺らが食った分は宮コー本社に請求が行くらしいから、俺は自分の分は払ってるんやけどな。やから今日は俺がモゲの分も払たるわ」

「かたいこと言うなぁ。いただいとったらええんや。・・取り合えず明日から食い物には困れへんな」

今朝は哲司がご馳走することで話がついたところでポーンと音がしてエレベーターの扉が開く。

宮川コーポレーション関西支社の1階にはコンビニ、カフェレストラン、フィットネスクラブがテナントとして軒を連ねている。

二人は、受付のある天井の高いエントランスの大理石を革靴で音を響かせながら、ここ最近哲司はすっかり馴染みになったカフェレストランに入り、常連になりつつある哲司の顔を覚えているウエイトレスが、いつも哲司の座る外の景色が見える席に二人を案内する。

ほどなくして先ほど席を案内した者とは違うが、同じく礼儀正しく愛想の良いウエイトレスがやってきたのでオーダーを通すと、何分も待たないうちに、光沢のある綺麗な陶器の食器に、ピカピカに磨かれたナイフとフォークが並べられたプレートを二つ持ってきた。

タマゴサンドとベーコン、コーンポタージュスープ、そして酸味のあるドレッシングの掛かったレタスと胡瓜の千切りが添えれていたモーニングをあらかた食べ終えた二人は、ホットコーヒーを啜っている。

カフェから見える大通りの歩道には通勤途中の人が速足で歩いているのが見える。

ガラス越しに朝から出社する為に歩いている人混みを見ながらモゲが哲司に切り出した。

「で、テツの悩みってなんやねん。さっきよりなんか神妙な顔になってるで?・・あ、モーニングごっそさん」

モゲの単刀直入な質問とついでのお礼に、哲司はうーん・・と声を上げ「悩みというほどでもないんやけどな」と前置きをすると、モゲと同じくガラス越しに人の流れを見ていた視線をモゲの方に向けて、少し言いにくそうに答える。

「佐恵子さんのことやねん・・」

「ふんふん・・どないしたんや?うまいこといってないんか?」

モゲは哲司の切り出した人物の名前に、出来るだけ過剰な反応を示さないように注意しながらも、内心前のめりになって耳を傾ける。

「俺らもう付き合いだして3か月になるんやけどな・・」

モゲの様子を見ながら、哲司がつづけだしたので、更に話を促そうと、もうそないになるんやな。とモゲが相槌を打ちながらカップのホットコーヒーを啜る。

「・・・俺まだ一回も佐恵子さんとSEXしてないんや」

ぶーーーーーーーーーっ!!

「モゲ!・・お!おまっ!きったな・・!・・汚いやないか!・・」

「げほっげほっ!!・・はぁはぁ!・・そんなこ・・!げほっ・!すま・・ん!げほっ・・!!」

モゲと哲司の様子に気が付いたウエイトレスが濡れた布とペーパータオルを両手に持ち、慌てて駆けつけてきて二人の洋服とテーブルを拭きはじめた。

清潔な布でスーツやシャツなどを丁寧に拭いてくれたウエイトレスたちに、哲司とモゲは丁寧にお礼を言いって、ようやく落ち着いたところで、再度モゲが聞きなおす。

「テツ・・おまえもう3か月も付きおうてるんやろ?・・どないしたんや?・・普通やあらへんで?・・俺てっきりテツが風俗通いで磨いた技を、あのお高い佐恵子さんに使いまくっとるんと思とったわ・・。それに、美佳帆さんやアリサが言うには、あのおん・・いや佐恵子さんのほうがテツにべた惚れっぽいて聞いてんぞ?」

「アホ!声が大きい!・・俺らや公麿が風俗によう行ってたんは女性陣には絶対内緒やぞ?!どんな目で見られるかわからへんわ。・・それより、佐恵子さんとは、良いとこまではいくねんけど・・。いざってなると、なんか避けらるちゅうか・・、何となく嫌そうな素振り見せるんや・・。・・なんでかようわからへんけど、それまで良い雰囲気だったのに、急に無口になってもてさっさと一人でシャワーして自分の部屋に戻ってしまうんや・・」

「・・・テツ!それはあの女・・・いやすまん。佐恵子さんなりの照れか、愛情表現や!・・そうでなきゃ、男をその気にさせて肩透かしさせるんが快感な性悪女のどっちかや。・・押すんや!結局女ちゅうもんは抱いてなんぼやぞ?・・どっちみち嫌われてまうかもしれんのなら、抱いて一回モノにしてしもたほうが得やし、それで上手いこといくかもしれへんやないか!?部屋に入れるまでしてるんやぞ?!女のほうにも責任がある!遠慮することあらへん!」

「こ、声がでかい!落ち着けや!モゲ!・・あ、いかん!・・またウエイトレスさんが不安そうにこっち見てるやないか!」

「すまん・つい・・熱うなってもた・・。ってでも、テツにこんな偉そうなこと言う資格は俺にはないんや・・。俺かて千尋とまったく進展せえへんねん・・」

熱くなって語っていたモゲは、急に自分自身の不甲斐なさを嘆きだした。

「・・そうなんか。千尋がモゲと付き合うことにしたって聞いたときは驚いたけど、モゲはずっと千尋のこと想とったんは知っとったから、あの時はほんまによかったなあと思とったんやけど・・。・・そっちも進展なしか?・・どないしたんや?」

哲司と自信とよく似た悩みをモゲも抱えていると知って、心配しながら身を乗り出し理由を尋ねる。

「・・・たぶん、俺のだらしなさもあると思うんやけど、SEXに誘う時ちょっと乱暴やった時があったいうのもあったんと、・・こないだ借金や生活態度のこともはっきり言われたんや・・。もう少ししっかりしてほしいって・・そうじゃないと、決心がつかない・・ってな・・。・・けど、すぐには人間変わられへんし・・、俺もテツみたいにパリッとスーツ着こなして、落ち着いて仕事こなしてたら千尋も見直してくれるんやろうけどな・・」

悩みを聞いてもらうつもりが、モゲからも同じような悩みを聞かされ哲司はカップに目を落す。

「・・・そうか・・なんか似たようなことで悩んでたんやな」

モゲも哲司と同じように目を伏せて、項垂れかけたが、急に閃いたというような顔になりテーブルに両手を勢いよく置く。

「テツよ!・・怒らんで聞いてくれるか?」

モゲは前のめりになり、テーブルをはさんで正面に座る親友の目をしっかり見ながら問いかける。

「な、なんや・・?急にびっくりするやないか。怒るような話なんか?話によるで?」

「俺の能力・・言うけど内緒にしててくれるか?」

モゲの真剣な顔つきに、やや拍子抜けした哲司は少しだけ安堵した表情で答える。

「ああ・・それはもちろんええねんけど、隠すような能力持っとるんか?モゲの能力って肉体強化やろ?」

哲司の様子にうんうんと頷いてからモゲは、更に前かがみになり哲司に顔を寄せ、「実はな・・」と前置きしてから切り出した。

「・・・それだけやないねん・・。俺もフリーの探偵で何とかやけど、何年もメシ食うてきてたんやで?・・腕力馬鹿だけやったらとっくに飢え死にしとるわ」

前傾姿勢のままモゲが流石に声のトーンを落として言ってくる。

「そうあったんか・・まったく知らんかったわ。俺にも言えんようなことだったんやな?どんな能力なんや・?で、なんで言う気になったんや?」

モゲの真剣な顔と雰囲気に、哲司もつられて小声で聞き返す。

「すまんな・・知られてもうたら使い勝手悪いと思て、なかなか言われへんかった・・。フリーも長かったし、敵さんに知られてもうたらちょっと不味いような能力やねん。それに効果時間を正確に操れ出したんはここ最近なんや」

「・・いまいちまだピンとけえへんけど・・まあ、企業秘密あったわけやな?で、効果時間とか言うからには条件ありそうやな?」

モゲは口の動きを周囲から隠すように片手で被い、周囲をキョロキョロと伺ってから先ほどより小声で言う。

「俺は【認識交換】・・って名付けてるんやけど・・どないしよ・・説明めんどいな・・えーっと・・・そやな・・。・・お!!ええところに・・神田川さんや」

哲司はモゲにつられて会社の入口玄関の方に顔を向けると、たった今出社してきた真理が挨拶の言葉を掛けてくる守衛や社員たちに笑顔で挨拶を返しながらエントランスを歩いてくる姿が見えた。

「テツ!もうちょっとだけ顔こっちに寄せてくれや。はよう!神田川さんが行ってまう!」

「・・・こうか?」

「よっしゃ・・ええか?いくで?」

慌ててそう言うモゲに理由を聞きたかったが、哲司は素直に頭をモゲのように寄せると、モゲも頭を哲司に寄せて、二人の額と額が時間にして3秒ほどだけ重なった。

「な、なんや?・・別段・・特に変化ない気がするけど・・?たしかにオーラが流れたんは感じたけど・・どないなったんや?どんな効果やねん?」

訝しがって額を手のひらで押さえながら呟く哲司に、モゲは手でまあまあとする仕草をしてから不敵に笑う。

「まあ、見とけよテツ・・。おーい!神田川さん!」

哲司の返答を待たずにモゲはエントランスをカツカツと良い姿勢で歩いている真理に声を掛け、ぶんぶんと手を振った。

真理はモゲの姿を認めると、爽やかな笑顔を向けこちらに軽く手を振りながら近づいてきて、哲司とモゲが座っているテーブルまで歩いてきた。

「おはようございます。豊島さん。今朝もここで朝食とってたのですね。今日は三出さんもご一緒なのですか。三出さんも豊島さんと朝一緒に出勤されたら、駆け込んでギリギリ出社しなくてもよさそうですね。・・・豊島さんネクタイ曲がってますよ?」

哲司は目の前で起きていることが不可解すぎて目を白黒させた。

神田川真理がモゲのことを哲司と呼び、モゲのぐにゃぐにゃのネクタイを締めなおしているのだ。

モゲはニヤニヤと哲司の驚いた顔を笑っている。

「???・・あ、え・・?」

真理に三出さんと呼ばれた哲司が、まともに言葉を返せずにいると、モゲのネクタイを整え終えた真理が「これでよし」といいモゲの身だしなみを整え終わった。

「豊島さん、ネクタイとシャツが汚れていたのは佐恵子には内緒にしておいてあげますね。じゃ、では私はそろそろ行きます。ちょっと急ぎの案件がありまして・・ん!?」

「な、なにしてるんやモゲェェェッー!!!」

真理が立ち去ろうと踵を返した瞬間に、モゲは真理のヒップを触ろうと手を伸ばしたところで、予知能力のある真理がヒップに伸びたモゲの手を掴んだのだ。

咄嗟のことで混乱しながらも哲司は大声を上げてしまった。

「・・・豊島さん・・・?これは何かの間違いですか?・・ほんの出来心なのですか?・・こんなオフィシャルな場所でこんな冗談・・、私は嫌いです。ましてや豊島さんには佐恵子がいるじゃないですか?・・こんなこと佐恵子が知ったら・・すごく傷ついてしまいますよ?」

モゲの手首をしっかり握ったまま、真理は信じられないといった顔つきでモゲを見ながら言う。

真理は顔には出さないように我慢しているが、怒りを抑えているのは明白だ。

「すまん・・。ちょっと手が滑っただけや」

モゲは笑いながら手を上げて、茶化した口調で真理にそう言うと、真理は、ポーカーフェイスながらも、形の良い眉を僅かに吊り上げて掴んでいるモゲの手首を放るように手放した。

「・・・・豊島さんのこと誤解してたかもしれません。失礼します」

そう言うと真理は踵を返し、ヒールの音を先ほどより強く響かせながら立ち去ってしまった。

「モ、モ、モ、、も、も、モ、モゲよ!シャレにならんことするなや!!あんな顔した真理さん見たん初めてやで?!どないしてくれるんや?!それにモゲのこと豊島って・・真理さんの尻、触ろうとしたん俺と思ってんちゃうんか?!ほんまどない、ほんまどないにしてくれるんや!?・・・俺、真理さんや佐恵子さんに次会うたとき、俺なんて言えばええんや?!モゲよぉ!」

哲司はテーブルに突っ伏して大声で嘆いてモゲを非難する。

「・・す、すまん。調子に乗りすぎてしもた・・。あとで一緒に謝りに行くから許してくれ・・。せやけど、これでどんな能力かわかってくれたかいな?」

流石にやりすぎたと思ったモゲは哲司に手を合わせ深々と頭を下げて謝る。

「たぶん・・わかった・・俺が今モゲなんやな?・・それで【認識交換】ていう訳か・・。せやけど、真理さんの俺に対する印象、無茶苦茶になったやないか」

哲司は突然降りかかってきた災難にげんなりとした表情でそう言うと、モゲのほうを向いて溜息をついた。

「すまんすまん・・けど、どないや?あの神田川真理ですら気づかんかったんやで?・・俺も真理さんに通用するかちょっと不安やったんやけど・・改めてこの能力の精度に自信が持てたわ・・。・・・この【誤認識】については俺の能力の方が神田川真理を上回ったってことや」

調子に乗りすぎたとさすがに少し反省したモゲだが、真理に気付かれなかったことが大いに自信になった様子で、少し鼻息が荒めになっている。

「た、たしかに、それはそやな・・。真理さんをオーラ扱った能力で謀るちゅうのは、すごいことかもしれん・・」

「この能力は潜入捜査とかで使うし、バレたら敵のド真ん中で正体晒すことになるからな・・。精度に関しては特に気を付けとる・・・。あと時間も同じぐらい重要や・・。どのぐらいの時間、効果が継続するかっていうのを正確にしとかんと、これもまた命とりやからな・・。きっちり3時間って訳や」

哲司の感想に気をよくしたモゲは、【認識交換】の詳しい説明を補足する。

「・・・なるほど・・たいした能力や・・潜入捜査にはうってつけなんは間違いないな。まさかモゲにこんな切り札があるとは思いもよらんかったな。正直にほんま驚いたわ」

哲司がモゲの隠し玉に正直に感心していると、モゲがまたもや身を乗り出して小声で話しかけてくる。

「で、どないや・・。テツさえよかったらさっきの悩みのことなんやけど・・」

「どないやって・・どないするんや?」

モゲの言いたいことがわからずにいたが、哲司もモゲにつられて小声で聞き返す。

「相変わらず鈍いのう。まあそれでこそテツなんやが・・」

「もったいぶらんと言えや。悩みと何の関係があるんや」

「テツは千尋に優しい上にパリッとしたええところを見せて、俺のことを見直させる。で、俺は佐恵子さんに、多少嫌な時があっても最大限男の意思を尊重せんといかんことを教える・・・。どないや?」

相変わらずの前傾姿勢のまま小声で続けるモゲに、哲司は怪訝な表情で眉を顰めて聞き返す。

「な、なんやそれ。ちょっと危なないか?・・そんな話をするってことは、お互いの彼女と二人っきりになるいう事やぞ?モゲお前は平気なんか?・・俺と千尋が二人っきりになんねんぞ?」

はっきりと否定の言葉を口にしない哲司の答えに、モゲはあと一押しやな・・と確信を持って話を続ける。

「大丈夫やって。時間内ならバレへん。佐恵子さんも何でか知らんけど、あの能力使えれんようになってるんやろ?絶対バレへんで?・・テツが聞きにくいようなことでも俺ならズバッときけると思うで?なんで俺のこと避けてるんや?なんで俺とSEXする避けてるんや?もしかして浮気してるんか?ってな」

「ま、まあ・・そやな。そやけど騙すみたいで悪いと思ってまうんやねんけど・・」

彼女のいない時期に風俗には通っていたが、女性関係に関してはかなり誠実に向き合ってきた哲司である。

それだけに佐恵子が哲司とのSEXを避けている真意を知りたくもある。

しかし、モゲの持ちかける提案に含まれる、千尋のプライベートな部分を見れるというあやしい期待というものに、少しだけ哲司の心が揺れ始めていた。

ただ、それは彼女である佐恵子の無防備なプライベートな部分を、親友とは言えモゲに差し出すことを意味している。

「なに言うてんのや。実際に騙すんやって。けど、千尋にも佐恵子さんにも絶対バレへんのやで?・・誰もキズつかんやろ?・・・それに、おれも最愛の千尋をテツと二人っきりにするってことなんやぞ?テツもリスクを冒すべきやで?フィフティーフィフティーや。うまく行けばお互い彼女が心開いてくれる。万事解決や。どや?ちょっとやってみんか?」

モゲの勢いに哲司は少しだけ躊躇いながらもコクリと頷いて見せた。

「よっしゃ!・・決まりやな」

モゲはそう言うと右手を哲司に差し出した。

哲司は一瞬躊躇する素振りを見せたが、ガッチリとモゲの手を掴み、顔をお互いに見合わせ頷きあった。

【第9章 歪と失脚からの脱出 4話 哀愁を漂わす悲しき天才終わり】5話に続く


第9章 歪と失脚からの脱出 5話 進展の無い二組のカップル

第9章 歪と失脚からの脱出 5話 進展の無い二組のカップル

哲司と佐恵子は、宮コー関西支社の近くにある、ホテルの高級レストランの個室にいた。

今日昼過ぎに、突然哲司からの誘いがあり、ディナーをすることになったのだ。

突然のことだったが、平日ということもあり哲司からリクエストのあったこのレストランの予約が取れたのである。

佐恵子は哲司の誘いに喜んだが、哲司はモゲこと三出光春と、お嬢と呼ばれている伊芸千尋も一緒にという提案をしてきたのだ。

佐恵子はできれば哲司と二人っきりでディナーを楽しみたかったが、お付合いするということは相手の友人関係も理解すべき、と思い快諾したのであった。

佐恵子にとって人生初のダブルデートと言うイベントであるが、どのような振舞いをしてよいかはわからない。

一応彼氏である哲司に恥をかかさぬよう、佐恵子はスーツから着替え、七分丈のネイビードレスに、同じくネイビー色のヒールで服装の統一感を持たせ、髪の毛はメッシーバン気味のシニヨンで緩くアップにして身だしなみを整えている。

佐恵子なりにフォーマルすぎないように気を付けたのだが、ダブルデートとなると相手側にも配慮しなくてはならないと思い、かなり服装には迷ってしまったであった。

しかし、モゲとお嬢は来ておらず、二人の席にはナプキンが置かれているのみである。

二人が来るまでの間、佐恵子は今日あった出来事を哲司に話していた。

「本当に残念でした・・。おそらく直前に巻き込まれた揉め事のせいと思うのですが、麗華さまかもしれない人物に勘づかれてしまったようで、姿を晦まされてしまったのです・・」

「そうか。残念やったな・・。佐恵子さんも折角同行してくれたって言うのに・・。せやけど姿晦ますってこと事態が、自分で怪しいって言うてるようなもんやな。アパートの方も、もぬけの空やったんやろ?・・・てことは今回のが麗華やないにしても、なんか事件性はありそうやな・・。それにその襲ってきたチンピラ共もタイミング的にも気になるし、どこの依頼なんやろな・・・」

残念そうに語る佐恵子に、哲司は頷き同意する。

佐恵子も麗華の行方にはかなり責任を感じ、佐恵子が私財を投じ捜索させていたのは哲司もよく知るところである。

「はい、美佳帆さまも哲司さまと同じことおっしゃってましたわ。明日あの食品会社とアパートに行くそうです。美佳帆さまが、食品会社の社長とアパートの管理会社には話をすでに付けてきたようですので・・。明日は、スノウさん以外にも、伊芸さまと北王子さまも同行して本格的に追跡すると息巻いておられました」

「そうやな。それなら盤石の態勢やな。そこまで情報が揃とって、その3人に追われたら時間の問題やで。いつもの必勝パターンや。うちは府内・・いや、たぶん探偵業やったら日本一のはずやからな。実際、県外依頼も3割ぐらいあったんや。手が回らへんから、どうしても後回しになりがちになってたんやけどな・・。明日は俺も一緒に行きたいところなんやけど、宏もモゲも俺も明日は支社長・・あ、すまん」

哲司は、紅音のことを佐恵子の前で、支社長と呼ぶのは悪いと思ったのだが、杞憂だったようで、佐恵子は哲司に優しい笑みを向け促す。

「気になさらないで?続けてください」

哲司は、咳払いをし、軽く頭を下げてから続ける。

「・・緋村さんからの直接の依頼で、明日から3人とも別々のところに潜入捜査なんや。そやから明日はアリサが皆の護衛として行く手はずになっとる」

哲司のセリフに佐恵子は、僅かに表情を曇らせる。

「・・そうですか。では暫く寂しくなりますわね。いつ頃こちらにお帰りに?」

佐恵子の、寂しくなる・・という発言に、少しだけ疑問とまではいかないが、哲司は心に僅かに引っかかりを感じたのだが、表情に出さず続ける。

「佐恵子さんにそう言うてもらえるのは、男として光栄の極みやな・・。せやけど日程はちょっと不明なんや。1週間もかからへんと思うんやけど、一応予定は内密なことらしくてまだ明かされてないんや」

「・・・そうですか・・。帰ったらまたご連絡くださいませ。・・・それにしても、明日は護衛対象が多いですわね。アリサさまお一人では何かあった時大変そうです。真理か加奈子に依頼できればいいのですが・・」

哲司の帰ってくる日程が不明なのが残念なようで、佐恵子は声のトーンが少し下がってしまう。

そのうえ、今の立場では、親会社の従業員である、かつて側近の部下だった二人を動かせない自らの不甲斐なさを嘆いているようにも見えた。

「ありがとうな佐恵子さん。気を使うてもうて。でも大丈夫や。アリサも美佳帆さんがおったら的確に指示には従うし、なにより公麿以外はみんなかなり強いからな。心配あらへんと思うよ。あれ以来香港の奴等も全然噂聞かへんしな。張慈円クラスの達人なんかそうそうおらへんよ。それ以外やったら相手の方が気の毒なことになるから。実際今日そうやったんやろ?」

哲司はなるべく佐恵子に気を使わせないよう、冗談を交え優しく言いふくめる。

「・・・モブをそちらにお貸しいたしましょうか?」

哲司の言葉に、モブを貸せ、と言われてると勘違いしてしまったのか、佐恵子は自身の身辺が手薄になるのを、少し心配している表情ながらも哲司に提案してくる。

「いやいや、それはダメや。ただでさえ佐恵子さんの護衛はあいつだけになってしもうとるのに・・・。これは俺の言い方悪かったな勘違いさせてしもて・・。それにしてもまったく・・、一族直系のご令嬢に対して護衛の一人も寄こさんと宮川家はいったいどういうつもりなんや・・」

佐恵子のモブ貸出提案をきっぱりと断り、余計なことかもしれなかったが、哲司は少しだけ不満を吐露した。

「・・・仕方ありませんわ。お父様と叔父様はここ10年ほどずっと不仲ですもの・・。叔父様からすれば、病床のお父様はともかく、最近魔眼の力を増しつつあった、わたくしの影響を今のうちに削いでおきたかったのでしょう・・。それに宮川家始まって以来、女が当主になった歴史はございませんわ・・。わたくしが一族の当主となるには、もともと反対も多いのです・・。本社から聞こえてくる話では、私の魔眼の力が弱まったのを喜んでいる声もある・・、と聞き及んでいますわ」

哲司は余計な一言を言ってしまったと思ったが、少しだけ気弱になっているのか佐恵子は、普段は全く話さない宮川家のことをこぼした。

「・・・なんて話や。可愛い姪っ子が奮闘して、会社大きいにしとるちゅうのに・・!」

哲司のセリフに佐恵子は驚いた顔してすぐに、口を片手で押さえ、くすっと笑うと「叔父様が、わたくしのことを可愛いなどと思っているはずございませんわ」と言って続ける。

「そう、そうですわね。哲司さまの感覚が普通なのかもしれませんね。・・・でも哲司さま・・よいのです。わたくしの眼力瞳術は、ついこの間までは叔父様の力をも上回っていました。・・そのせいでここ数年様々な嫌がらせや妨害を受けましたわ。叔父様には、本当にわたくしのことが驚異だったはずなのです。ここだけの話・・、わたくしも叔父様にできれば引いて頂きたいと本気で考えていましたしね。でも、今の状態は紅音から聞いているはずですし、真理が言うには、こっそり叔父様本人も、こちらに確認に来ていたようです。・・わたくしのオーラ量を叔父様は魔眼でご覧になったはず・・さぞ安心しているでしょう。・・叔父様は息子の・・わたくしからすれば従弟ですね。従弟の史希(しき)が一人前になるまでは、宮コーを切り盛りして頑張るおつもりでしょう・・・・。それに、わたくしの力が弱いほうが、一族から色々な謀略を受けませんわ。・・・つまり安全ということになります。能力の力は乏しいわたくしが、宮川の為の仕事だけはこなす・・。このほうが身内からは狙われにくいのです。皮肉なものですがね・・」

そう言うと佐恵子は静かにふぅと息を吐き、食前酒としてオーダーしていた、フルーツブランデーのグラスをくゆらせて、揺れる琥珀色の液体を視線を落した。

「佐恵子さんはそれでええんか?」

哲司は、二人っきりの時に佐恵子が時折見せる儚げな目を見て、優しくそして力強く聞いた。

「・・・宮川の為になるのであれば・・と思って、今はできることをやってはおりますが・・、どうでしょう・・・。IR法で解禁になったカジノ計画が一区切りつけば・・、少し考えなければならないのかもしれません。宮川アシストの株は持っておりませんが、今のところ宮川アシストの人事権は全てわたくしにございます。・・・落ち着けば香澄に任せようと思ってますわ。あの方、本当に優秀ですから・・。少し強引でしたけど、真理が香澄の能力を強引にこじ開けてしまいましたわ。香澄といいモブと言い、本来ならやってはいけないこと・・オーラを直接流し込むという。・・真理や加奈子にはわたくしの為に、ともすれば相手を壊してしまうかもしれないことをさせてしまったのです。・・・哲司さま、今のはなし・・誰にも言わないでくださいね?」

佐恵子は、今後の未定で不明確なことと、真理や加奈子の強引な手法を容認してしまったことを哲司以外には誰にも言わないつもりなのだろう。

モブには加奈子が、香澄には暴漢にみせかけて真理が、オーラを直接相手の体内に流し込むという強制開花を促したのだ。結果的に二人とも後遺症もなく無事能力を扱えるようになったが、それはただ運がよかっただけで、失敗すれば重大な後遺症を残す可能性があるのだ。

哲司もオーラを扱う以上その手法は理屈ではわかっていた。

そのため、佐恵子は念のために誰にも言わないよう哲司にくぎを刺したのであった。

「ああ、言わへんから安心してな」

哲司のことを信頼して秘密を語ってくれている佐恵子に対し、哲司はこれからしようとしている企みを思い出して、痛みが胸にはしった。

「ありがとうございます哲司さま。お願いいたしますわ。でも、こんな手法をしてしまうわたくしのこと嫌ってしまいませんか・・・?」

罪悪感から哲司の顔が僅かに強張ったが、もはや【感情感知】すら使えない佐恵子は哲司をすでに信頼しきっている。

佐恵子はアンバーアイの不思議な目の色で哲司を見つめてお礼を言い、そして不安をにじませ嫌われるのを怖れた、悲し気な表情で訴えかけてくる。

「大丈夫やから・・っお・・。ようやく来たようや」

哲司は佐恵子の顔を直視しにくくなってきたちょうどその時、個室の扉が開かれ、千尋を伴ったモゲが騒がしく入ってきた。

「すっごい部屋やな!おお?!府内の夜景が一望できるやんか!・・あれが今開発工事やってるところやな~?上からみると随分広いんがようわかるやないか!なあ千尋!?あれうちの会社がやってんのやで?すごいやろ~!」

時間から10分ほど遅れてきたモゲが挨拶もなく、一面がガラス張りになっているところまで行って、ガラスに手を付いて大声で夜景に感動している。

「ちょっと!モゲ君ってば!やめてよ恥ずかしい!モゲ君の会社じゃないでしょ!ごめんなさいね宮川さん、和尚・・。モゲ君!いい加減に窓から離れて!」

高すぎない黒のヒールで足元を飾り、シックな黒のワンピースドレスに黒のストールを羽織った千尋は、ワンピースに深めに入ったバックスリットが大人の色気を醸し出しているが、千尋自体の雰囲気は、いかにも清楚なお嬢様としての品の良さを十分に感じさせる。

しかしその千尋が、窓ガラスに張り付くモゲの腕を掴み、やや足を開いて引き剥がそうとする姿がなんとなく、そのせっかくの品の良さと美しさをコミカルに感じさせてしまう。

「お、おう!すまんすまんついな!」

穴があれば隠れてしまいたいほど恥ずかしそうにしている千尋とは対照的に、モゲは高いテンションを維持したまま、全く悪びれた様子もない謝罪を口にしてようやく窓ガラスから手を離した。

「モゲよ。遅かったやないか。19時って言うとったやろが」

モゲの相変わらずの様子に、しょうがないやつやな、と言いながら哲司が声を掛けるが、テンションの上がったままのモゲはモゲ節を続ける。

「すまん。まあほんの少し遅れただけやないか。誤差の範疇やろ?!」

「あのなモゲよ。それは俺らが言うんなら成り立つセリフであって、お前が言うたらあかんセリフやねんぞ?」

苦笑交じりに親友を窘める哲司だったが、今までの経験上モゲにはあまり効果がないことは解っているようで、哲司も本気で言っている様子ではない。

「ほんとごめんね」

そんなモゲの隣で千尋は、佐恵子と哲司に申し訳なさそうに頭をかなり深めに下げて謝っている。

「ええからええから。これから美味しいもん食うのにそんなに謝っててもしゃーないやろ。楽しいにやろや?な、千尋ももう座れや。ほらこっちの席や」

雰囲気を悪くさせないように哲司が千尋に優しく席を勧める。

それでもまだ申し訳なさそうに畏まる千尋に、佐恵子も笑顔を送り、軽く会釈するが、まともな謝罪の言葉もなく左隣の席にどかっ!と座ったモゲを一瞥する佐恵子の目は冷ややかだ。

千尋も哲司の隣にようやく座ったところでレストランの支配人が挨拶に現れた。

「皆様本日はありがとうござす。コースを承っておりますが、お好み等があれば仰ってください。まずはいらっしゃったお二方のお飲み物からお伺いさせていただきます」

~~~~~~~~~~

牛ヒレ肉のクリスピーステーキのメインディッシュをガツガツと平らげ、続けて出されたフルーツの盛り合わせを食べ終えたモゲが言う。

「ん~・・!んまかったな!しこたま食うたで~。それにしてもテツよ。おまえあのお嬢様にいつもこんなメシご馳走してもらってん・・」

「んなわけないやろが!コース以外のもんまでがんがん注文しよってからに・・ここは俺とお前が出すんやぞ?!」

ジャケットのボタンをはずし、お腹をさすりながら言うモゲのネジの緩んだセリフに、哲司がかぶせ気味に反応して言う。

「ええぇ~?嘘言えやぁ・・。テツの彼女大金持ちやん?あのお嬢様に出してもろうたらええやないか」

「・・あのなあモゲ。男が誘ったら男が出す。当たり前やろが?」

びっくりしたような顔で言うモゲのセリフに、哲司があきれ顔で諭すように言う。

佐恵子と千尋はさきほど化粧直しに席を立ったところで、いまテーブルには哲司とモゲしかいない。

女性たちがいなくなった二人の口調は、とたんにざっくりしたものとなる。

「そうかもしれへんけど、一番金持っとんは確実にあのお嬢様やで?」

「はぁ・・。そういやおまえ文無し言うとったな・・。しっかしその感覚は重症やぞ?千尋にええところ見せるんちゃうんか?・・佐恵子さんがもってるんはそらそうやろうけど、こういうのは男が出すもんやろが」

「そうか・・ええとこな・・。そうやったな。・・そらそうや。そらそうやな。わかった!俺らで払おう!そらそうや!千尋にええところ見せんとな!・・・けどテツ・・ここはおまえが立て替えとってくれ」

「まあそうなるよな!おまえ文無しやもんな?!文無しなくせになんでこんな高いとこ行きたいっていうたんや?!」

千尋に良い所を見せなければ・・と言うことを思いだしたモゲは払おうと決心したが、払うものがなかったので、いつもどおり哲司に頼るが、哲司は呆れを通りすぎかけた口調でモゲに言う。

「怒るなって。俺てっきりお嬢様払いと思とったから・・」


「んなわけないやろ・・。こっちからデートに誘っといて4人分の食事代を、人の女に全部払わすつもりやったっちゅう神経がまったく理解できんわ・・・。畑に花ばっかり植えとったらあかんぞ?」

そう言うと哲司ははぁ~と大きなため息をついた。

「はっはっは、相変わらずテツは冗談が上手いな。・・まあ・・テツよ。そんな冗談言うとる場合ちゃうぞ?・・今のうちや。二人が便所行っとる間に入れ替わるぞ?準備ええか?」

「・・化粧直しって言うたれや・・。し、しかし・・ほ、ほんまにやるんやな?」

こいつほんまなにいうてんねん・・とテツはモゲのセリフにいろいろ突っ込みたい気持ちを抑え、このデート本来の目的を思い出しゴクリと喉を鳴らす。

「あったりまえやがな。せっかくこんな高いレストラン奢ってんねんで?・・それに、俺から見ても悔しいけど千尋はお前のこと尊敬しとる。・・なんやお前のほうにばっかり気を使っとるやんか。・・ほなけどその感じでこれから3時間千尋に接してやってくれや。それできっと俺の印象も上がるはずや。さっきお互い部屋で飲みなおすことになったやろ?きっちり頼むで?」

奢ったんは俺だけな。おまえは全く奢ってないからな・・?いやむしろお前の分すら俺が払ってるからな?立て替えるったってお前いままで一度も返したことないやろ?・・と哲司は再び突っ込みそうになるが、もう一度ぐっとこらえ自分の心の準備をする。

「まじか・・・。わかったわ・・。ほな、おまえこそ佐恵子さんにちゃんと聞いてくれや?」

「もちろんや。任せとけ。なんで彼氏である俺とのSEXを避けとるんや?って聞くだけや。簡単なこっちゃ。しっかし佐恵子さんも間近で見るとフェロモンむんむんやのう・・。一つ一つの仕草がたまらんわ。これでオアズケくらわされ続けたら流石にテツも我慢の限界やったやろ?」

不安いっぱいの哲司とは違い、モゲは根拠のない自信たっぷりの顔で胸をどんと叩いて頷いた。

「おまえ・・もし佐恵子さんとそう言う雰囲気になったらどうするつもりや・・?」

モゲのセリフに不安を抱いた哲司が不安そうに聞くと、モゲは哲司の心配そうな顔を見てニヤッと笑って言う。

「まあ心配するな。いくら俺のことをテツと認識しとっても、俺みたいな態度や口調の男に絶対その気にならへんと思うで?・・さっきからずっと俺に対してあの女から一言も話しかけてこうへんし、目すら合わせてけえへんで?・・それよりテツよ。おまえこそ千尋に変な真似するなよ?・・まあ、いままでの感じからして、いくら何でも千尋が急に俺に身体許すなんてありえへんと思うわ・・残念やけど・・な」

モゲはほとんど可能性がないとは思っているが、そう言いながらも成り行きで佐恵子が身体を開きそうであれば、頂くつもりでいた。

どうせ本人にバレることは無いし、モゲにすれば佐恵子には罵られ、今日は一言も会話もなく目すら合わせてこない女である。

借金の借換には手を貸してもらったが、モゲの借金がなくなったわけではない。

実はモゲは3年ほど前フリーの探偵時代に、宮コーがらみの件で宮川佐恵子を調査したことがあったのだ。

その時も今回使う【認識交換】が効果を発揮し、かなりの情報を持ち帰ることができ大儲けに繋がった。その仕事のついでで得た情報の中に、宮川佐恵子個人の資産だけでも相当な額だったということは憶えている。

なぜなら通帳に印字されているカンマの位置が、見たこともない桁にあったからだ。

自分を見下して人前で罵り、自分がなくて困っている金を、使い切ることができないほど持っている女がマヌケにも自分を哲司と勘違いして身体を開いたのならば、遠慮なくハンティングトロフィーの証を佐恵子に刻んでやるつもりでいた。

哲司はいまだ佐恵子と肌は重ねていないと言っていた。そうだとするとまだ佐恵子の裸体すらまともに見たことがないはずなのだ。

それはモゲも同じことなのだが、他人の女というものはどうしてこうも掻き立てるものがあるのだろう。それに持ち主すらまだその身体を味わっていないのだ。

そこに持ち主よりも早く土足で侵入し、最初の足跡を残す優越感はどのぐらいの快感を与えてくれるのだろうと、モゲもそして哲司も密かに考えを巡らし下腹部に血が行き過ぎそうになっていた。

風俗の女とは違い、人妻やキャリアウーマンをいただいてしまうのは何とも言えない恍惚とした感覚がある。ましてや佐恵子も千尋もタイプは違うが間違いなく美女と断言してもいい水準の女たちである。

このレストランの個室まで着飾った彼女を連れてくる際、モゲも哲司もすれ違う男やカップルに優越感を抱くことができる女たちなのは間違いなかった。

しかし、あと一歩というところで身体を許してくれない自分たちの彼女のことを、哲司とモゲは少しだけ怨めしく思い、もしかしたら今日、自分に身体と心を許すかもしれない身近な人の女に意識を向けてしまうのは無理もないことなのかもしれなかった。

「まあ、大丈夫やって。心配するな」

「お、おう。しっかり聞いてきてくれや?俺の方もきっちり決めてくるさかい」

モゲにそう言われても哲司は、正直不安は多かったが、さっきの食事中に隣に座る千尋の普段とは違うドレス姿を間近で見られるという好奇心が哲司の心を確実に揺さぶっていた。

それに佐恵子は普段は優しく接してくれるが、いざベッドに行こうとすると、突然突き放し避けてくる態度は、正直男としては内心かなり自尊心が傷つけられているのも確かだ。

おそらく女にはこの感情はあまり理解できないのであろう。SEXを避けている真意を確かめたい、何か理由があるのかもしれないとは思うが、3か月も断り続けられると、さすがに怒りに近いものが心の奥底で燻ってくることがあったのも確かだ。

その佐恵子の態度を今回の作戦を決心した理由にこじつけ、高校からの幼馴染である学校中から正統派美人として人気のあった千尋と二人っきりで過ごせるチャンスを見逃すのは惜しい、とも思う。

哲司は佐恵子と付き合い始めた頃にはこういう事は思いもしなかっただろうなと、心境の変化に驚きつつ、こういう心境になったのはやはり愛を確かめるという行為を拒絶され続けたにほかならない。

千尋にはよくモゲのことで相談されていた。そのときに信頼し接してきてくれる千尋は無防備で美しかったが、親友の彼女であるため、いい人でいなければならなかったのは正直辛いものがあった。

その千尋に、哲司本人だとバレることなく近づき肌に触れられるかもしれない。もしかしかしたらそれ以上のことになるかもしれないという、暗い期待がむくむくと湧いてくる。

しかし、それでもモゲの毒牙にまんまと佐恵子を晒してしまうのは・・と決心が鈍りかけた哲司の表情を読み取ったモゲが手を叩き大きめの声で言った。

「よっしゃ!ほな帰ってくる前にやるで?」

そう言うとモゲは、かき上げる必要もないぐらい短く薄い前髪を大げさに片手で上げ、哲司に催促する。

哲司もモゲのその額を出したポーズをみて覚悟を決めた表情になり、額を重ねた。

【第9章 歪と失脚からの脱出 5話 進展の無い二組のカップル終わり】6話へ続く


筆者紹介

千景

Author:千景
訪問ありがとうございます。
ここでは私千景が書いた小説を紹介させて頂きたいと思います。
ほぼ私と同年代の既婚者が主役のものになるかと思います。登場人物同士が
つながりを持っていて別の物語では最初の物語の主人公が脇役を務める様な
小説全体につながりを持たせ想像を膨らませていけたらと思っております。
どうぞ宜しくお願い致します

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