第10章 賞金を賭けられた美女たち 31話 哀れな2流能力者の末路
真理はよろよろと覚束ない足で立ち上がり、窓の外に目を向ける。
正面にいる男が、抱えた和柄ジャンパーの男を部屋のソファに座らせている様子に注意しながらである。
今夜は月が出ていたはずだが、窓の外には月が見えるどころか外ですらなかった。
窓の向こうには円筒にちかいタマゴ型の部屋が、薄緑色の強い光量でその部屋内を照らしている。
その空間は見下すと円形の床があり、見上げると緩やかなカーブを描いた円錐に近い形の大きな部屋で全体の形はタマゴの形と言っていいだろう。
真理達がいる部屋は、そのタマゴ型の部屋をぐるりと囲んだ部屋の一つである。
タマゴ型の部屋はおそらく闘技場で、真理達がいる部屋は観戦席であろうことが推測できた。
だた、8つある観戦室に観客はおらず、いま階下で戦っている者たちを観戦するものはいない。
真理は、正面の男たちから警戒を切らずに、視線を階下へ落とすと円形状の床のほぼ中央に、男女が絡み合っていた。
真理はその意外な状況に目を見開く。
(な、なにやってるのよ?!さっきは完全に圧倒してたでしょ?!張慈円より高嶺弥佳子のほうがパワーもスピードも勝ってたはずなのになぜ・・?どおりで全然こっちに加勢にきてくれないわけだわ)
真理は高嶺弥佳子が落とし穴に落とされたせいで、一瞬の不覚を取り、張慈円に遅れをとったが、すぐに圧倒しかえすと思っていた。
しかし、弥佳子の形勢は信じられないぐらい悪い。
弥佳子は袖に自身の履いていた刀を二本とも鞘ごと通され、案山子のように両手を広げ垂れて拘束された格好で、仰向けに倒されていた。
そして、張慈円は弥佳子の背後から羽交い絞めにしていたのだ。。
弥佳子が手加減をして遊んでいるわけではないことが、弥佳子の必死の表情から伝わってくる。
(くっ!なにやってるのよ!?)
張慈円は案山子の格好で、張慈円に羽交い絞めにされ、両脚で弥佳子の脚が広がるように絡み付け、そして左手で弥佳子の豊満な胸を鷲掴みにし、揉みしだいている。
さらに張慈円の舌は弥佳子のうなじを這い、張慈円の右手には家電製品である凶悪な道具が握られていた。
本来の使い方をされることがほとんどない家電製品。
電気マッサージ機である。
張慈円はその先端を、弥佳子のめくれ上がったスカートから覗く濃紺のショーツに押し当てているのだ。
自分の武器である銘刀を使われて無様に拘束された弥佳子の表情は、先ほどまで不遜さが漂う雰囲気は感じられない。
うなじに這う張慈円の舌の感触を嫌う表情も演技には見えない。
既にかなり長い時間当て続けられているのであろう濃紺のショーツの中央部はより濃い色に染まっていた。
弥佳子は仰向けで、背後に張り付いている張慈円を何とか引き剥がそうともがいているが、目を吊り上げ不気味に口角をあげる張慈円は、その抵抗すら楽しんでいるようである。
真理は、弥佳子がいかに鍛えこんでいるとはいえ純粋な膂力であれば張慈円に劣るかもしれないとは思う。
しかし、オーラも上乗せした力比べであれば、張慈円すら上回るのではないかと思っていた。
だが弥佳子は、自分の武器である刀を奪われたうえ、それで両手を封じられ、背後から羽交い絞めにされて股間に電マを当てられて、口惜しさと焦りと込み上げてくる快感で顔を歪ませて、張慈円を振り解こうともがいていたのだ。
(なんてこと・・!何かあったんだわ・・!)
パシャ!
再び真理がそう思った時、正面から機械音がした。
(くっ!しまった!)
真理は音がした正面に慌てて顔を戻す。
そこには黑コートの男が階下にスマホを向けてシャッターを押したところであった。
真理がしまった!と思ったのは、弥佳子の女としての痴態を撮られたから、というわけではない。
敵を目の前にしていたというのに、状況の意外さに硬直してしまい、黑コートの行動に反応できない自分の油断に対しての反応であった。
「たいした機材がないが、一応な・・。アイツと高嶺弥佳子のこの画像があれば何とか面目も保てるというもんだぜ」
黑コートはそう言ってもう一枚弥佳子に向けてシャッターを切ると、真理の方へと向きなおった。
「・・クズね。そんなの撮って情けない人だわ」
真理は憔悴した顔ながらも、冷ややかに吐き捨てた。
弥佳子が痴態をとられたことに特別憤慨したというわけではない。
しかし、自分が仕留めた相手ではない女の痴態を盗撮する行為に対して、その男に端的な不快感をあらわにしただけの言葉であった。
「へっ・・」
黑コートは真理の棘のある言葉と、ゴミでも見るかのような視線を浴び、多少バツが悪かったのか、それ以上シャッターを押すのを止め、自嘲気味に笑ってスマホをしまった。
(言われてやめるぐらいならやらなきゃいいのに・・・。チンケな小物ほど、不釣り合いなプライドはあるものよね)
真理の痛烈な罵倒は、心中に収まったが、真理が黑コートを見る目つきはなお悪くなった。
真理には知る由もないが、そのスマホには、先に甚振っていた千原奈津紀の痴態データがたくさん入っている。
その撮影を真理が知っていたら、その目つきはもっと辛辣になっていただろう。
黑コートは、先ほど遭遇した高嶺六刃仙の二人に、千原奈津紀を取り返されはしたものの、奈津紀の痴態は大量に撮ったうえ、今また高嶺の頭領たる高嶺弥佳子が電マを当てられて、ショーツを濡らしている場面をも抑えたのである。
「千原奈津紀の身柄は高嶺に奪われたが、いきなりの六刃仙二人での奇襲だ・・。ボスも許してくれるだろう」
黑コート男は下卑た顔で、小物臭のきついセリフを吐いた。
そして、高額賞金首二人を自分の手柄でもないくせに、痴態を手に入れたことで勘違いを起こしだした。
自分が千原奈津紀と高嶺弥佳子を倒したわけでもないのに、不利な相手をみて増長したのだ。
気が大きくなった黑コートは、正面にいる神田川真理をも獲物と決めつけて、目を血走らせだしている。
5億近い千原奈津紀や、10億近い高嶺弥佳子に比べれば、2億そこそこの賞金首である神田川真理などは、簡単に手籠めにできるとでも思ったのだろう。
だが、千原奈津紀も高嶺弥佳子も、黑コートこと佐倉友蔵が独力で圧倒したわけではない。
今しがたも、六刃仙の一人である大石穂香相手に、和柄ジャンパーことスティッキー・ロウとう中国系アメリカ人の同僚と二人がかりで襲い掛かったにも関わらず、指一本触れることができず、ずたずたにされたのだ。
黑コートこと佐倉友蔵の能力は、和柄ジャンパーことスティッキー・ロウと二人がかりで発動する【転移】だけではない。
自身に与えられたダメージを、決めた対象に分散させて負わす能力【謬冤の呪い】なる呪詛技能を持っており、その対象として千原奈津紀に貼り付けていたのであった。
その技能の特徴としては、佐倉友蔵に与えられた攻撃は、対象者へと還元する。
しかし、純粋な肉体的ダメージとして反映するわけではない。
痛みはあるが、削るのは精神力である。
対象人物の精神力が持つ限り、術者である佐倉友蔵自身も、痛みは伴うものの死ぬことはない。
呪詛を貼られた対象も、痛みで精神力を削り取られはするが、死ぬことはない。
精神力を削り取られ切ると気を失い昏倒してしまうのである。
呪詛を貼り付けられた対象がそうなったところで、術者にようやくダメージが入るようになるのであった。
佐倉友蔵が大石穂香の剣撃で死ななかったのは、千原奈津紀という強靭な精神力を持った人物にその【謬冤の呪い】なる呪詛を貼り付けていたからであった。
しかし、たった今呪詛は外れた。
どうやらついに千原奈津紀が気を失ったようである。
黑コート男、佐倉友蔵にもリンクが切れたのが伝わってきていた。
「ちっ!・・・ずいぶん持ったがここまでか・・」
(しかし、神田川程度なら【謬冤の呪い】無しでもやれるか・・・?)
黑コート男、佐倉友蔵の観察眼では見抜けなかったが、それは大いなる勘違いというモノである。
神田川真理は、忍者男こと神宮司三郎になすすべもなく圧倒されはしたが、宮コー十指の一人であり、佐倉友蔵などよりはるかに強い。
しかし、能力の低いものは、己の能力の低さ故に、己の能力の低さに気づくことはできない。
佐倉友蔵は正面で構えるアーマースーツの女、神田川真理の力量を測ろうと真理のボディラインがくっきり浮き出たスーツを舐めるように観察する。
美しいが鋭い目つきで構える女、神田川真理は顔を上気させ、汗は顎までしたたり、荒い息で胸を上下させている。
おそらく、雇った忍者男こと通称ジンと呼ばれていた傭兵にずいぶんと痛めつけらたのだろう。
鋭い目つきといっても疲労で淀み、呼吸は荒い。
そして、ダメージからだろうか?構えたその姿はやや内股気味で、足が小刻みに震えている。
(もうボロボロで、しかも怯えてやがるのか・・・。これなら・・やれる。俺も、あれだけの攻撃のダメージをほとんど千原に覆いかぶせることができたからな・・。服はボロボロだがこいつもひん剥けば大手柄だ。ボスも清水たちのようなならず者に期待することもなくなるだろう)
佐倉はそう意気込むと、疲労困憊に見える真理には勝てそうだと判断して距離を詰める。
同僚のスティッキー・ロウは重症で、早く治療をしてやらなければいけないが、荒い呼吸ではあるものの、自力で傷口を抑えており、まだしばらくは持ちそうである。
「2億か。これで組織内でも俺の立場も上向くってもんだ」
佐倉友蔵のセリフに真理はほとんど反応していない。
鋭い目つきながらも、真理には疲れがにじみ出ているのは事実だった。
しかし佐倉は知らない。
真理が疲労困憊なのは、ダメージを負ったわけでもなく怪我をしているからでもないということを・・・。
ほとんど反応しないのは、他のことに夢中であるからということ・・・。
呼吸が荒いのは、先ほどの快感の余韻に耐える為であり、足が小刻みに震え、膝が内股気味になってしまうのは、股間の喪失感を求めるように、秘肉を少しでも合わせそうになってしまっているからである。
真理は、大小4回のオルガズムを味わった直後なのだ。
特に最後のオルガズムは強烈で、実はとっても淫乱な真理をしても、いままでで最高に深く達した一撃であったのである。
(うるさいわね。静かにしてくれないかしら・・?・・・それより、まだ、ひざに力が入らないわ・・・。脚がプルプルする・・・。股間の喪失感がすごい・・・。私ったら・・・こんな目に合ってなんて・・なんて淫乱なの・・)
真理は、詠春拳らしい小さく構えたまま快感の余韻を味わいつつ、自身の快楽に対する貪欲さに呆れつつも逃れられずに嘆いた。
(まだ感覚が残ってる・・。公麿以外でこんなに感じたのなんて初めて・・。公麿以外の男でこんなによかったことなんてなかったのに・・)
真理の鋭い目つきは、少しでも余韻を長く楽しむために、佐倉を牽制するためにつくった表情にすぎない。
実際の真理は、まだ心ここにあらずの状態で、先ほど味わった快感の余韻を、股間が脳にじくじくと怪しく伝えてくる余韻を堪能している真っ最中なのだ。
本当ならば、柔らかな布団で横になりシーツを被って余韻を堪能したいところであるが、そうもいかない状況だからそうして構えているだけである。
だが、それは真理が敵と対峙していても、そういうことを常に考えているわけではない。
すでに目の前の男に対しては対策ができている。
真理は【未来予知】は再度展開しなおしていた。
二通りの未来が見えていた。
そのどちらも真理にとって悪いものではない。
黑コート男にすれば、真理のほうが攻撃してくれた方が死なずに済むだろう。
だが、真理にとって黑コートの男は何の価値もなかった。
だから真理は余韻も味わえて、黑コートをより確実に処分できる出来事を待つことにしたのだ。
(そのほうが少しでも余韻を長く味わえるわ・・)
「ずいぶん弱ってるようだが、恨むなよ」
佐倉は真理が弱ってそうに見え、後ずさりまでしている様子に、すっかり勝ったつもりになっていた。
下卑た表情で、興奮に鼻孔を膨らまし、得意そうにそう言って距離をじりっと詰めだしのだ。
「はぁはぁ!・・んっ・!・・はぁはぁ!」
真理は息をこれ以上荒くしないようにして、込み上げてくる唾液を飲み込み、腰を捩らないようにするので必死だ。
もう少しで、何の刺激もなく逝けそうなのだ。
プルプルと震える内ももに力が入り、口元が快感で開きそうになる。
しかし真理は思い出した。
(・・・許可がないと逝けない・・のは相手がいなくても・・オナニーでも逝けないというのかしら・・?でも、それはもうすぐわかる・・わ)
「はぅ・・ん!くぅ・・・・・ん!・・ぃく・・」
本当は『逝く』と大声で絶叫したかった。
黑コートの男に聞こえないぐらいの声量、そして呼吸音と勘違いしてもらえそうな言い方で条件を満たしてみた。
(きた!)
「ん!・・ふぅ・・・!ぅん・・・」
真理は、出来る限り声を押し殺し、下唇を噛みしめる。
名前も知らない黑コートの敵の前で、構えたまま頤をあげ、目が反転しかけるのを何とか抑えて、構えたままブルリと身体を振るわせたのだ。
真理のその様子は、黑コート男には何が起こったのかは分からなかったが、嗜虐心を掻き立てるには十分だった。
黑コート男が床を蹴る。
しかしその瞬間、すでに弥佳子によって斬り飛ばされていた扉から、蒼煌の一閃が部屋を真っ二つに斬り分けるように走ったのだ。
閃光の正体は、窓とは反対側の壁あたりで背を向けたまま止まって口を開いた。
「かおりんの【見】って便利だよね~。いるって言った場所にちゃんといてくれるんだもんね~」
真理から見れば、どういう原理で行っているのかわからないが、大石穂香は葵紋越前康継を右手の甲に乗せ、血のりを振り払うようにビュンビュンと回して左手の甲に移してからしっかり柄を掴むと、キンと澄んだ音をさせて蒼い刀身を鞘に納めた。
そして、穂香がニコーと屈託のない表情で黑コートだったモノの方へ振り返った時、どんっ!と絨毯の上に重く鈍い音がした。
「お・ま・た・せ~。って・・え?今度は斬れちゃった~?。また楽しめると思って急いできたのに~」
黑コートの首から下はいまだに立っていたが、すぐに糸が切れた操り人形のように力なく絨毯の上に崩れおれたのだ。
黑コートのその様子に、穂香が不満そうに鳴らして黑コートの死骸まで近づくと、和柄ジャンパーの男がかすれた声をあげた。
「お・・おまっ・・どうしてここが・」
「え?言ったじゃん。かおりんに教えてもらったって~」
そう言うと、穂香は床に転がった黑コートこと佐倉友蔵の頭部を、和柄ジャンパーことスティッキー・ロウの正面に来るように足で転がす。
「きさっ・・」
ざんっ!
びゅんっ! キンッ!
「かおりんものすごく怒っててね~。君たちなっちゃんにおいたし過ぎたでしょ~。でもひどいんだよ?「穂香!あなたにも責任があります!責任をとって始末してきなさい!」だって。おなじ六刃仙なのに命令もできないはずなのにさ~。でも穂香きみとまた遊びたいってのもあったから急いできたんだよ?なのに、一度斬っただけで死んじゃうなんてひどいじゃない~。また楽しめると思ってたのに~。・・・・って、もう聞こえないか。でも、これで~、さみしくないよね~?まりりんもそうおもうでしょ~?」
和柄ジャンパーと黑コートの首を仲良く床に並ぶようにパンプスで調整すると、穂香はのどかな口調で満足そうにそう言い、本当に屈託のない満面の笑みを真理へと向けたのであった。
「はぁはぁ・・・ええ。・・そうね・・はぁ・・ん・・」
真理が展開している【未来予知】のとおり、黑コートも和柄ジャンパーも大石穂香に始末されたが、真理は余韻での絶頂で、背後の背中にもたれ掛かり、まだ余韻に浸っていた。
真理にとっては名も知らない敵の死に様などより、今まででもほとんど経験したことのない極上の絶頂の余韻を噛みしめるほうが、余程、優先度が高かったのだ。
しかし真理は、絶頂の余韻で混濁した意識の中、下唇を噛み両手で肩を抱き、両ひざを合わせて身もだえながらも、階下の弥佳子の苦戦に快楽におぼれた意識を向けようと努力していた。
「まりりん汗だくじゃん。大丈夫~?御屋形様は~?」
余韻での絶頂だというのに、意識を飛ばし、そのまま眠ってしまいたくなるほどの快感から逃れようとしている真理の耳に、大石穂香ののどかな声が微かに聞こえていた。
【第10章 賞金を賭けられた美女たち 31話 哀れな2流能力者の末路 終わり】32話へ続く