2ntブログ

■当サイトは既婚女性を中心に描いている連続長編の官能小説サイトです■性的な描写が多く出てくる為18歳歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい■

第10章 賞金を賭けられた美女たち 2話 宮川コーポレーション関西支社のその後

第10章 賞金を賭けられた美女たち 2話 宮川コーポレーション関西支社のその後

宮川コーポレーション関西支社は先日の火災騒動のおかげで業務の大半は停止しており、いまはヘルメットをかぶった多くの工事関係者らしい人で溢れかえっていた。

幸い晴天に恵まれ作業には支障はなさそうである。

支社の敷地内にはいくつも重機や発電機が運び込まれ、作業員が忙しそうに慌ただしく働いているのが、仮設事務所の2階窓から見下ろせる。

関西支社ビルの上部半分は紅蓮の起こした炎によりほとんど消失しており、10F以下の火災の被害を免れた部分の機能も大部分麻痺している。

そのため、支社敷地内の駐車場などはヘルメットを被った作業員が大勢忙しそうに動き回っていた。

大規模な復旧工事が必要になるほど宮コー関西支社の被害は甚大だったのだ。

情報操作をし、多くの事実を世間に隠すことができても実際いまの宮コー関西支社はほとんど稼働できない状態に陥っている。

だが、そのことに頭を抱える暇も許されない3人の美女が、早朝から忙殺気味の過密な諸問題を猛烈に処理しまくっていた。

「ま~ったく・・あのくそビッチ。やりたい放題やってくれちゃって!紅音はあんな大惨事起こしたのに、また本社勤務に戻っただけって・・・。社長も依怙贔屓があからさますぎるでしょ!?」

白い工事用のヘルメットを被り、制服のスーツ姿の上に工事ジャケットを着た稲垣加奈子は、その括れた腰に左手を当て、右手で日差しを遮るようにして半壊した宮コー関西支社の社屋を見上げて不平を鳴らした。

そして、すぐそこの自販機で買ってきたスポーツ飲料のキャップを空けると、白い喉を反らしてゴクゴクと喉を潤しだす。

「本社がそうなのはいまさらでしょ?紅音は社長の愛人だしあの戦力よ?社長は紅音を手放さないわ・・何があっても。それに、会長が佐恵子に蜘蛛を派遣したことに相当焦ってるでしょうからね。・・蜘蛛に唯一まともに対抗できるカードが紅蓮。・・・だから、なおさらよ」

不平をいいペットボトルの半分を飲み干し、口を尖らせている加奈子の隣で、加奈子と同じような服装をした神田川真理は、顔を上げずにそう言うと、手にした資料と、目の前の長机の上に置いた複数のモニタを難しい顔で眺めては、時折素早く手元のメモ書きにペンを走らせている。

「佐恵子。これの確認と承認もお願い」

真理はそう言って、座ったまま後ろを見もせず資料を持った手を後方にバサリと差し出す。

「ええ・・ありがとう」

佐恵子も真理の方を見ず資料を受け取ると、その資料を長机の隣に置き、先に手にしていたバインダーに挟まれた膨大な資料をパラパラとめくり目を通している。

「だからってそんなあからさまな・・まだあれから1日と経ってないのに、本社のくそビッチの処置決定に一般社員の中じゃ不平満々なのよ?」

佐恵子と真理の作業を横目で見ながら、加奈子はまだ納得しない様子で二人の反応を伺うようにこぼした。

「あら、それでいいじゃない。その体制批判は私たちが浴びるべきものじゃないわ。非難の矛先は私たちじゃない。だから好都合でしょ?問題はこの状況下からの私たちの行動による結果・・・。いま宮川誠社長は紅蓮を庇ったおかげで多くの社員の信用を失ってるわ。こないだ佐恵子が関西支社長を解任されて失脚させられたとき、佐恵子や私たちを潜在的に妬む社員たちはほくそ笑んだ・・。少数とは言えそういう輩はいるし、誠社長と佐恵子、どちらを支持しているかっていいとこ8対2って比率だったわ。今はそういう輩たちを含め、日和見している社員や、社長の威光や方針に盲目的に従う社員の心を動かしやすい時なのよ。佐恵子や私たちに対するネガティブなパラダイムを変化させられる貴重な局面だわ。壊滅的な被害を受けた関西支社をどう再建するかだけじゃ足りない・・。そういう輩たちが持っていた不満ですら改善させてしまうことで、多くの一般社員たちの心情の勢力図を塗り替えられるチャンスってわけ」

加奈子の言葉に真理は資料に目を通しながら涼しい顔でそう応える。

そこに普段の真理スマイルはない。

この仮設事務所には佐恵子ら3人しかいないため、普段の牡丹の花が綻ぶような奥ゆかしい笑顔は必要ないのだ。

真理はそう言い終わったあとも忙しく資料を持ち替え、素早く報告書に目を走らせてページをめくっている。

「宮コー十指の良心・・。菩薩の神田川真理と言われてる真理しゃんの真の姿を皆にも知ってもらいたいですよ・・」

「何言ってるのよ。普段も今も真の姿でしょ?それになにか変なこと言ったかしら?加奈子も実はそう思ってるでしょ?そんなことより、ここは私たちに任せて加奈子は私たちの指示どおり現場が進捗してるか確認してきてちょうだい。下した決定事項と現実の乖離が起こるのは、今は特によろしくないわ。・・・あ、佐恵子これもお願い」

話しながらも手を止めず作業を進めている真理の様子に、加奈子は肩をすくめて頷いて了承の意を示す。

「わかりましたわ。それにしても真理、さすがに速いわね・・。眼が満足に使えない状態だと、真理と双輪の対になるにはわたくしでは役者不足ですわ・・」

「十分ですよ佐恵子。それより眼がきつくなったら言って?」

「まだ頑張れそうですわ」

改めて真理の優秀さに感嘆している佐恵子と真理の机の上には、ブラックコーヒーの入っていた紙コップがいくつも並んでいる。

昨日、Sと呼ばれる島から帰ってきたばかりであるが、休む暇などいまの支社の状態ではありえなかったのである。

佐恵子たち3人は早朝から山積している問題の処理に追われているのだ。

Sから帰った日の昨晩だけは佐恵子も真理も慌ただしいながら、短いが恋人と甘い時間をすごすことができた。

しかし今朝は3人とも5時から出社してもう4時間もぶっ続けで働きっぱなしである。

究極のホワイト企業を目指す宮川佐恵子であるが、その規定は自分に適用する気はさらさらなく、側近である真理や加奈子もその範疇に含めてしまっている。

それでも3人に不満はない。

優秀な美女3人は己が能力を十分に発揮できることで、身も心も充実しているのである。

自分の能力を発揮できる職場、それに加奈子以外の二人は自らの美貌に釣り合う彼氏もいる。

昨晩も、佐恵子は哲司と、真理は公麿と、加奈子は自分の指と濃厚な時間をすごせたのであった。

ただ、唯一自身も満足できたのは真理だけであり、佐恵子はモゲの施した呪詛のおかげで一度も満足することができなかったし、加奈子も一応は満足を得ることができたものの、2度目を一人で迎えたところで空しくなりふて寝してしまったのでっあった。

そんな恋人との濃厚な時間を慌ただしく過ごさなくてはいけない理由は、稲垣加奈子が愚痴っていたように紅蓮こと緋村紅音の暴走によって起こった業務の不具合、そして緋村紅音の支社長退任、それによる今後の再建計画の見通し、半壊した支社の再建で、いまや宮コー関西支社は蜂の巣を突いたような忙しさとなってしまっているからであった。

各部署から送られてくる膨大な報告書などを真理と佐恵子が高速で資料に目を通して、処理していく。

そして、宮川コーポレーション関西支社において、もっとも優秀な頭脳たる組織運営能力をもっているのは宮川佐恵子も認めているように、神田川家の令嬢、魔眼佐恵子の腹黒い参謀でありながらも、普段の笑顔は聖なる後光が迸っている宮コー十指の良心、菩薩と呼ばれる神田川真理であった。

ちなみに、真理の真の正体を知るモブからは密かに菩薩モドキと呼ばれている。

菩薩モドキとモブに密かに揶揄されながらも、真理の処理能力は本物で、【未来予知】の能力も相まって、問題の処理速度は常人のそれをはるかに上回っている。

資料を手にした瞬間に【未来予知】が働き、資料を作成した者の思惑や狙いとしている結果の期待値などが頭に流れ込んでくるためだ。

紅蓮こと緋村紅音が3か月とはいえ宮コー関西支社長に就任していた間に、偏向していた運営方針の是正、それによる歪み、そして今回の大惨事による被害及び復旧計画などのことで、真理はその能力と優秀な頭脳をフル稼働させてことに当たっている。

宮コーの各部署は言うに及ばず、下請けや協力業者、宮コーとアライアンス契約をしている企業も今回の騒動でかなり動揺していた。

それらの情報をまとめ上げ、出来得る限り最善と言える方策を導き出さねばならない。

ハインリッヒの法則において1件の重大な事故の裏には29の軽微な事故があり、その裏には300もの異常があると言われているが、真理は最大限の効果を導き出すべく、その一つすら逃さぬよう対処すべきと考えていた。

各部署の報告書の提出者は、さすが宮コーの部長職以上の者達で、細部まで細かく書かれ、その一冊一冊が目を通すのも膨大な時間を要するボリュームであるにも関わらず、真理はそれらの分厚い資料を高速で読み進めていく。

一般人が見れば読んでいないのでは?と思えるような速度でどんどん手にした紙をめくっているのだ。

そしてそれと同時に、愛用の万年筆がはしり素早く要点を纏め、対処案をメモ用紙に書きなぐっている。

書類の山をひっくり返さなければならない、もしくは各部署の部長クラス以上の者たちと熟考しなければならないような案件を、真理は一人で分析、判断、対処案を出していく。

もちろんそのようなことはいくら真理が【未来予知】の能力や真理の地頭だけで処理できるはずもない。

真理の頭の中には、宮コーの社内規定はもちろん法律、コンプライアンス、ビジネススキルのありとあらゆることが詰まっているからできる芸当である。

それらを熟知していなければできないことを真理は常人離れした頭脳を駆使し、もう4時間もぶっ通しで続けているのだった。

そんな真理がまた一つ分厚めの報告書をまとめ上げ、後方に座る上司の佐恵子に資料を回し、次なる報告書を目にしたとき真理の動きが止まった。

「え・・?」

真理のもとに集まってくる報告書類を高速で処理しまくっていた真理があげた声に反応して佐恵子も顔を上げた。

「どうかして真理?・・そろそろ休憩でもいれましょうか?・・わたくしも真理の処理速度に追いつけなくなってきましたわ」

目元を指でマッサージして背筋を伸ばした佐恵子は、自身の首を手で揉みながら真理に声を掛ける。

真理のもとに寄せられている報告は多岐にわたる。

重要な案件もあれば、郵便物などの簡易なモノもあった。

「佐恵子・・これは・・・。こんなことはさすがに想定してなかったわね」

真理はそう言うと、佐恵子の方へと完全に椅子ごと向き直ったのだ。

真剣な顔の真理の様子に佐恵子も真理が手にしている1枚の紙に目を落す。

「え!?」

「・・どうします?佐恵子」

真理が手にしている1枚の紙はエントランスに常駐している受付嬢たちが使うメモ用紙であった。

そこには予期しない人物の名が、達筆な文字で枠からはみ出す大きさで記載されており、来訪目的欄は同様の書体で商談と書かれていた。

宮コーに飛び込み営業をかけてくる営業マンは少なくない。

しかし、本日外部からの来訪者は原則シャットアウトしている。

ということは、この来訪者は門にいる警備守衛の制止を無視し、どうどうと正面から侵入してきたということだ。

そして、その者の来訪は佐恵子にとっても真理にとっても意外過ぎた。

「・・真理。モブと凪姉さまをお呼びして。そのあたりにいるはずですわ。それと・・わたくしたち以外にも今日は誰か能力者は来ていませんの?」

真理の手から用紙をとった佐恵子は、正面の真理にそう言い、社内を先ほどまで巡回していた加奈子に目を向ける。

「あ!えっと、グラサンが5階の自分のデスクのところにいました。あんな大怪我してたのにあの男タフですよね・・」

加奈子は佐恵子の問いに応えて、唯一元菊一事務所のメンバーで本日出社している男を見かけ、挨拶を交わした今朝のことを思いだす。

「そう・・菊沢部長が・・それは心強いですわ・・。では、加奈子は菊沢部長を1Fのエントランス脇にある応接室に連れてきて。大至急ですわ」

「わかりました。ってでも何があったんです?」

「・・敵よ。たぶん敵が来たの。報告が間違いではないのならね・・。だから加奈子も菊沢部長と一緒にくるのよ?」

「わ、わかりました!真理。急いで帰ってくるからここはお願いね!」

加奈子はそう言うと駆け出していき、佐恵子は真理を伴い蜘蛛こと最上凪と元底辺ドキュンのモブがいそうな場所へと足を運ぶ。

最上凪はモブなる得体のしれない無名の男が、妹のようにかわいがっている佐恵子の側近ボディガードに突然なったことに不安を感じたようで、その実力を試したいと言いだし、先ほどモブを連れ出していったのである。

「佐恵子も支社長に再任させられたばかり・・、いま支社は紅蓮がまき散らした難題だらけというのに、このうえ・・いったい何なんでしょうね。先日のSでのことが関係しているんでしょうけど・・なぜいまウチに・・?」

そう、宮川佐恵子が神田川真理の上司に返り咲き、宮川コーポレーション関西支社長へと再任したのであった。

紅蓮こと緋村紅音の暴走、そして逮捕という宮コーの大スキャンダルは報道されることはなかったが、宮コー内部は大混乱になり、その混乱をそのまま佐恵子に丸投げした形になっているのだ。

「・・きっと緊急で重要な用で訪れたのですわ・・。ただし、その者にとってですが・・。わたくしたちにとっては碌なものではないでしょう。しかしその報告が本当であれば対処しないわけにはまいりません。まったく・・この忙しいときに・・」

真理の問いに佐恵子は歩く速度を緩めず苦い表情で、自身に降りかかってくる災難には最早諦めている表情で応えた。

【第10章 賞金を賭けられた美女たち 2話 宮川コーポレーション関西支社のその後終わり】3話へ続く

第10章 賞金を賭けられた美女たち 3話 商談前の戯れ

第10章 賞金を賭けられた美女たち 3話 商談前の戯れ

「ったく5階のデスクにいると思ったのに、おかげで探したじゃないのよ!手間取っちゃったわ!はやくはやく!」

加奈子は階段を駆け下りながら、後ろの男を急かす。

二人の男女は宮川コーポレーション関西支社の全壊した10Fから一気に階段を駆け下りてきている真っ最中だ。

トレードマークであるサングラスを掛け、ベージュのチノパンに濃紺のジャケット、インナーには黒いTシャツ姿という、宮コーが指定している男性社員の服装を完全に無視した菊沢宏は、前を駆けるようにして階段を飛び降りるように走り降りる加奈子に促されるまま階段を降っていた。

昨日宮川コーポレーション関西支社長に再任した宮川佐恵子からは、菊一メンバーにおいては、昨日の災難によるハードワークを穴埋めするために、本日はメンバー全員休暇が言い渡している。

しかし、宏は半壊した支社に菊一メンバーの中で唯一出社していたのであった。

孤島Sで華僑の倣一味と行動を共にしていた麗華のことが気になってしかたがなかったからである。

麗華が去った行先はもちろん、麗華の立ち振る舞いも気になっていた。

もともと麗華は口調も荒く、あの美貌であるにもかかわらず男受けがイマイチ芳しくない程お転婆だったのだ。

宏としても菊一事務所を運営していた際において、麗華は誰とペアを組ますか、どんな仕事をさせるか・・ということを考慮しなければいけないタイプのメンバーだった。

けっして悪い人間ではないのだが、麗華は良い言い方をすれば素直だったのだ。

その麗華が、華僑の倣に対しては深い敬意をもって接していた態度が腑に落ちない。

洗脳系の能力だと見当はつけているものの、そう決定してしまうにも、今後麗華の捜索を続けるにも情報が足りないと感じた宏は、自身の部署にある麗華の手がかりになる情報をかき集めていたのだ。

妻の美佳帆や部下のスノウが、大塚刑事の部下である杉刑事や粉川刑事を使って集めてくれていた資料を手に、佐恵子らが詰めている仮設事務所へと伺うつもりであった。

そして佐恵子らの仕事のタイミングをみて、麗華捜索の依頼を掛け合うタイミングをはかっていたのだ。

しかし、休憩もなくぶっ続けで働いている佐恵子ら3人のタイミングがつかめず、宏はそわそわしながらも、所在なく紅蓮が破壊した10Fの様子を見に行っていたというわけだ。

それが稲垣加奈子を走り回らせてしまった理由なのだが、そもそも今日休みのはずの宏が社内にいたこと事態が幸運なのであって、加奈子に文句を言われるようなことではない。

少し前の宏なら、加奈子の態度や、佐恵子ら3人の都合などお構いなしに麗華のことや自分の考えを優先させただろう。

だが宏は自分自身も宮コーという体制の中に身を投じたことで、佐恵子ら3人の常人離れした仕事に対する取組み姿勢に、徐々に感じいり始めていたのだ。

(俺の方が年上やのに、俺ばっかりが我通すわけにいかへんからな・・まったくあのねえちゃんら・・まだまだなところあるやろけど、普通あれだけの力を個人でもっとったら、もっと好き勝手自由気ままになんぼでも生きていけるちゅうのに、あの社会に対する献身性は大したもんや・・見上げた奴等やでホンマ・・)

階段を下りながら思惑に耽る宏は、前を駆け降りる加奈子の背中を見やる。

(この女もそうや。これほどの肉体強化能力があるんやったら、どんな世界でもやっていけるはずやって言うのに、宮コーに・・あの宮川のお嬢様のところにおるんはそれなりの理由があんねんな)

妻の美佳帆と初商談で3人とこの宮コー関西支社で出会った時は、最悪に近い印象で、じゃじゃ馬三人娘と一括りにしていた認識が、今や完全に変わっていることに宏自身も驚いていた。

それだけに宏の加奈子に対する口調も、菊一メンバーに対するような口調になってきている。

「わかっとる。急いどるやないかい。せやけど俺に同席してくれって珍しいな?俺を訪ねてくる奴は大抵直接俺のとこに来るねんけど・・・。宮コーにきた客で俺が会わんといかんヤツなんてそうおらへんやろ?」」

「そうだけど、今回は特別。高嶺が来たらしいのよ」

「なんやて?・・高嶺ってあの高嶺か?高嶺の誰が来たんや?!なんで先にそれを言わんのや?!」

「敵が来たって言ったじゃない!高嶺の誰って、高嶺弥佳子よ。高嶺製薬の社長!会社同士だと表向き、ウチと接点なんて皆無だからね。・・・来た理由って・・きっとSでのことでしょ!」

宏は階段を駆け下りながら、先日Sで立ちはだかった眼鏡の似合う美貌の女剣士、千原奈津紀のことを思い出し、その勝負の顛末が不本意な結末に終わったことに苦い表情を浮かべる。

「・・わかった。急ぐで!」

宏はやや伏せ気味になっていた顔を上げると、加奈子の背中に力強い声でそう言った。

一方、1Fエントランス脇にある応接室ではモブこと茂部天牙が苦しそうに手足を不自由にバタつかせ、空中でもがいてた。

「ひどい」

「ちょっ!?ぐるじい!!・・いでで!・・な、何のつもりっすか?!」

空中でもがくモブを、呆れ顔で眺めていた白づくめの女、最上凪は眉間にしわを寄せてから軽くため息をつくと指を弾いた。

どさっ!

「いてっ!」

全身真っ白のゆったりとしたワンピース姿の凪は、大理石の床で尻を強打したモブに背を向ける。

「なんなんすか!?力を試すって言われたって・・!いきなりこんな仕打ちするなんてあんまりっすよ!」

「もういい。静かにする」

その白い華奢な背中に向かって抗議の声を上げたモブであったが、振り返って静かに言う蜘蛛のセリフに背筋を凍らせた。

けっして大きな声ではない。

言葉も乱暴ではなく、細い透き通った声で静かに言った蜘蛛に怖気づいたのだ。

身長190cm近くもあり、恵まれた体格のモブが、見た目か細い女の発した言葉に言い返すことができないでいるのだ。

「な・・なん・・!?」

街ではどんな不良共やヤクザにもここまでビビったことはない。

しかしそのモブも、凪に真正面から見据えられると、言葉が口からうまく発せられず、身が・・いや心が竦んでしまったのだ。

モブは数か月前オルガノで支社長こと宮川佐恵子と初めて対峙した際も、異様な気配に直感が最大警鐘を鳴らしたことを思いだしていた。

目の前にいる掴めば壊れそうに見える華奢な女が発する言葉には、かつてのアラームを超える凄みがあった。

いや、言葉だけでないその目、雰囲気、オーラ、凪も決して威圧しているわけではないのだが、今のモブにははっきりとわかる。

能力者としての自分との差が、どれだけ開いているかわからないぐらい開いていることを感じてしまったが故の恐怖であった。

疑い、僅かな期待、そして失望からの侮蔑。

それはモブと出会ってからの最上凪の心境の変化である。

最初はモブも最上凪のことをキレイな姉ちゃんだな。ぐらいにしか思ってなかったのだが、上司である宮川佐恵子が姉さまと敬称を付けて呼び、周囲から蜘蛛と畏怖されている人物が只者であるはずがなかったのだ。

しかしいまははっきりとわかる。

モブの目の前にいる華奢な女は自分より上位の能力者だということが・・。

それも圧倒的に上だということが、一瞬のやり取りであったが身に染みてわかったのだ。

しかし、それをそう感じ取れたのはモブが能力者として確実に一定レベル以上に成長した証でもある。

両肘をかるく掴むようにして両腕を組み、首をかしげて尻もちをついたままのモブを見下した格好のまま凪は口をひらく。

「私は望まない」

静かな声でそう言い、見下ろしている冷淡な目には侮蔑は消え、落胆が感じ取れる。

「・・・へ?・・な・・なにをっすか?」

「だまる。必要ない」

言葉足らずでいったい何を言っているのかモブにはイマイチわからないが、目の前にいる蜘蛛こと最上凪はどうやら自分に興味を失ったのだとわかった。

言葉も少ないし、表情にもほとんどあらわれていないが、はっきりとソレが態度や雰囲気で伝わってくる。

しかし、モブはいくら恐怖に心が支配され、凪を失望させてしまったとはいえ、最上凪は味方であるという認識から、かなり怖気ながらも質問する。

「わ・・わかんねえっすよ。なにを望まねえんすか?!なにが必要ないんすか?!俺がここにいるのを望まねえってことっすか?!それとも俺なんて必要ないってことっすか?!俺・・これでも前よりは随分マシになったんすよ・・。オフクロにもようやく安心してもらえて俺・・ここなら・・ここなら今までの俺のクソみてえな人生やり直せそうなんすよ・・!もう一度やらしてくださいっす!お願いします!」

モブは、最上凪に及第点を付けてもらえなかったと感じたのだ。

今まで好き勝手に生きてきたが、ここ最近の自分は出来過ぎている、ツキ過ぎているということもわかっていた。

しかし、それだけに簡単には諦められなかった。

ここで凪に見限られ、宮コーを去らなければならないように仕向けられるかもしれないと思うとモブは是が非でも、何にでも縋りたい思いに駆られていた。

そんな様子のモブを凪は冷ややかに観察している。

神田川真理や稲垣加奈子の職位称は「主任」と呼ばれているが、それは正確ではない。

能力者であり且つ役員のボディガードを兼ねる側近は「秘書主任」という職位が与えられ、部長クラスと同等かそれ以上の権限がある。

そしてモブも佐恵子が支社長に返り咲いたせいで、役員のボディガードとして自動的に「秘書主任」の辞令が下っていた。

モブ本人はまだよくわかっていないが、それは大変な出世である。

府内トップの低偏差値高校を中退したモブでは、本来到底到達できるボジションではない。

雨宮雫や楠木咲奈のように名門大学を主席に近い成績で卒業し、能力開発を受けているエリートたちですらまだその職位ではない。

ついこないだまでヤクザどころか、裏ビデオ作製販売が主な収入源という半グレ組織の下っ端構成員であったモブこと茂部天牙というチンピラなどが成れるものではないのだ。

ゆえにモブの預かり知らぬところで、昨日からモブは、秘書主任を目指しているエリート候補生たちの中では噂の人物であった。

最上凪は現会長宮川昭仁の側近であり当然秘書主任であり、秘書主任としては最古参である。

その凪としても新米の秘書主任には興味があったのだ。

しかも、ポッと出の無名の新人がいきなり秘書主任になったばかりか、可愛い妹分の側近になるとはいかなる人物か・・と疑い、そして少し期待していたのだ。

若いが能力者として優れている、もしくは近くに置いておきたいほど頭脳が明晰か、もしかしたら佐恵子が男として気に入ったのかもしれない・・、それならば応援は吝かではないが・・とすら最上凪はモブのことを見ていたのだ。

しかしである・・。

いま見たが、実力は全力でなかったにしても大したことがないと推測できる。

以前モブが受けたという筆記試験結果も閲覧したがひどすぎる。

恋人という線も「そんなわけありませんわ」と苦笑い気味にはっきり佐恵子本人から完全否定された。

(野良犬や野良猫みたいに能力者なら誰でも拾ってくる癖治ってないわね・・。能力者の力が貴重なのはわかるけど、だからこそ、その品性が大事。この男が裏切らないという保証でもあるというの?魔眼で見たと言っても、人の心は移ろいやすい。ずっと監視が必要な人物が主任秘書だなんて反対だわ。加奈子からはこいつを警戒するようにって忠告されてる。真理にいたっては、こいつのことは実験動物ぐらいにしか思ってない節がある。加奈子や真理がいるときに悪さは出来ないでしょうけど、秘書主任は役員近くに侍り、権限は絶大で機密情報も手に入れやすい・・。弱い心の人間ならすぐに腐敗する。だけど佐恵子は・・・甘やかされ育ったせいで自分には誰もが優しく接してくれると思ってる気質が抜けてない・・私が来たからには私がしっかりしないと)

「・・・」

モブの懇願する必死に近い視線を、美しい無表情の鉄面皮で跳ね返しながら凪は考えを巡らせるも言葉にはしない。

しかしモブの懸命さとしつこさに、凪もモブを諦めさせる引導を渡さんが為、もう一度チャンスを与えることにした。

「・・・・もう一度」

凪はかなり長い沈黙の後、静かな声で言った。

するとモブの目に途端に希望の光が灯った。

「ありがとうございまっす!」

モブは勢いよく立ち上がってそう言いながら、ばっ!と腰を90度折り、頭を下げる。

先ほどモブは凪に実力を測られた。

モブにとって最初、凪は容姿が華奢で頼りない女性に過ぎず、「力を見る」と言われても全力でかかれなかった。

それゆえ、モブの見せた力を「ひどい」と評価されてしまったのだ。

しかし、宮コー十指の蜘蛛、紅蓮とは相性の悪い能力と言われながらも、紅蓮に対抗しうる戦力と言わしめる碧眼の蜘蛛最上凪を見た目通りと侮り手を抜くことは最早ない。

当の最上凪はモブの奮起になど興味はない様子で人差指をちょいちょいと曲げて、かかってこいと合図をする。

(全力でいくぜ!栗田先生直伝の・・・!)

「【念動力】!!!」

モブの両手から放たれたオーラの波動が凪を捉え、後方へと吹き飛ばす。

「・・!」

(念動力?まさか本当に念動力とは・・?こんな燃費の悪い技能を使えるのには驚き。・・でもすぐにガス欠になるんじゃ・・?)

凪はそう分析しつつ念動力によるオーラの波動を逸らし、その影響の範囲から逃れるように脱して応接室の大理石の壁に足だけで張り付く。

「おおおおおっ!【拳気】、【疾風】、【即応反射】!」

念動力を躱されたことに同様するでもなく、凪が回避する一瞬の隙にモブは自身を強化する付与術を発動させていた。

「・・・」

(付与に逆技技能まで・・見た目によらず器用。肉体強化もしつつここまで偏った技能を使うとなれば、さっきのは本気じゃなかったのね。これなら戦力として使えるかも)

「先生直伝っ!!【執刀】!!」

そう言うとモブの右手の人差指と中指から30cmほどの青白いオーラの刀身が現れる。

「おらぁぁぁ!!ああ??!」

発現したオーラの刃を構え、雄叫びを上げ勢いよく地面を蹴ったモブが突如困惑の声をあげる。

「・・っく・・」

呻いたのは凪であった。

モブの首、数センチという所まで白刃が迫っており、その刃は空中でなにかに動きを阻害されたかのようにブルブルと震えている。

「だ・・だれだてめえ?!」

そう叫んだのはモブであり、そのモブの目の前に、いつの間に現れたのか見たこともない佳絶柳眉の美女がスーツ姿で会議室の長大なテーブルの上に片膝を付いて刀を抜き放っていたのだ。

「あ・・あっぶねえ・・!」

モブはここでようやく女が自分の首を切り落とす為に放った一閃の刃を目視し、顔を青く染めて呻った。

「後ろ!飛べ!」

壁に足だけで張り付くように立っている最上凪が、モブとスーツ姿の女剣士にそれぞれ手を向けて踏ん張りながら、今日一番の大声をあげた。

凪によって部屋中に一気に見えないほどの細さの糸が張り巡らされており、その糸の何百本かで女が放った神速の一閃を受け止めているのだ。

見えない糸の張力により、部屋中にギリギリッと不可解な不協和音を奏でている。

「うっす!」

凪のセリフの意味や、部屋中に響く音のすべてを理解したわけではないが、モブは直感を信じ、凪に言われた通りに刀の発現を止めて後方へと地面を蹴る。

「うおっ?!おあああ?!なんで?!!」

モブは確かに後方へと飛んだにも関わらず、あり得ない軌道で空中を滑空し、背面の壁ギリギリを滑るようにして空中を移動して、スーツ姿の女のずいぶん手前にいる最上凪の背中まで引っ張られるようにして飛んでいったのだ。

「な・・なんなんすかいまの?!」

「黙る。忙しい」

背に隠したモブを肩越しにチラリと見やり、凪が呟く。

「付与。私にも」

「・・・ガス欠っす・・面目ないっす」

高燃費の念動力、発動させた執刀も高燃費であり、モブはオーラを使い果たしていたのだ。

「・・・いい」

自身の背で隔した若く多彩な能力者を戦力と期待しかけた凪は、落胆しつつもそう言って気を取り直し、目の前の女に意識を集中する。

「久しぶりですね。・・たしか最上さんでしたか?つい抜いてしまいましたが、すぐに栗田ではないと分かったので斬り飛ばすつもりではなかったのですよ?それより、宮川会長はご壮健ですか?」

「・・どの口が。飛んで火にいるなんとやら」

「ふふっ、虫は蜘蛛と呼ばれる貴女のほうがお似合いなのでは?」

そう軽やかに笑って会議室の中心にあるテーブルの上に立ちあがり、抜き放っていた白刃、備前長船を流麗な動作で鞘に納めた女、高嶺17代目当主高嶺弥佳子がそこにはいた。

「その男・・栗田にしては若すぎますね。ですがその刀身の光・・忘れもしません・・!」

柳眉を吊り上げ、凪の後ろにかくまうようにされている大柄なモブに鋭い目を向ける。

「御屋形様~。穂香にさっき大人しく待ってろって言ったのに御屋形様が始めちゃってるじゃないですか~。ってことで穂香も混ざって良いですよね~?」

「御屋形様。穂香さんも・・散々待たされましたが、ここの主人がようやく表れたようです」

弥佳子の入ってきた扉から、二人の女性が現れた。

一人は緩そうな表情の豊満なロングソバージュの女性、もう一人はいかにもお堅そうな細身のベリーショートの女性である。

「・・・私としたことが・・。そのオーラについ反応してしまいました。そこのデク男。隠れてないで出てきなさい。穂香さんの言ったとおり、女の背に隠れて恥ずかしくはないのですか?しかし、まさかその若さで天穴を使えるとは・・宮コーめ・・。まあ、まずは話し合いでしたね。穂香、静いいわね?」

当主の言葉に二人の部下の女性は軽くだが恭しく頭を下げ了承の意を示す。

「デ、デクって?・・俺のこと?!」

カツカツとヒールの音を響かせて上座の一番上等な席にドサリと座って足を組んだ弥佳子に向かってモブが声をあげた。

「貴方以外に誰がいるのです」

肘置きに頬を付き、モブに微笑を向けて揶揄うように弥佳子は声を掛ける。

「だっさーい。女の背中に隠れちゃって。ママー助けてーって?」

弥佳子のすぐ後ろに追従してきていた、ロングソバージュの豊満な女剣士の方が身振りを交えてモブを更に揶揄う。

「んだとぉ!?」

穂香と呼ばれた女の挑発にモブが激昂し声を荒げると同時に、穂香と呼ばれる豊満な女性もにこやかな表情を崩さず、隙の無い動きで白刃を鞘から引き抜いた。

モブは前に出ようとガッつくが、凪の糸がそれを許さない。

「やっぱやっちゃおっかなぁ~」

そう言い、ソバージュ女の表情の笑みが深まったところで、斬り飛ばされた会議室の扉のほうから声が掛けられた。

「武器はお仕舞になさって。戦いをしに来たわけでもないのでしょう?」

会議室の入口に真理と加奈子に左右を護られた佐恵子が現れ、部屋の上座で座っている弥佳子たちに声を掛けたのであった。

「ずいぶん待ちましたよ。宮川佐恵子さん。ここも私の手の者から聞いていた報告より随分ひどい有様で、ご心労お察しします。」

「心にもないことを・・。凪姉さま、モブも此方へ」

弥佳子のセリフに佐恵子はカツカツと音を響かせ歩きながら横目でそう返すと、真理、加奈子、宏を伴って仕方なく下座の席に座る。

凪もモブも壁から降り、下座へと向かう。

「なんで俺たちがこっちなんすか・・?あいつ等偉い奴等なんすか?俺なんであの女に殺されかけたんすか?!全然知らねえ女っすよ?!」

「疑問。我慢できない?」

不平を漏らしたモブは、凪に呆れた口調で叱責を浴びせかけられ、他の女にそう言われた覚えでもあるのか「うっ」と呻いて黙ってしまった。

そんな調子のモブ以外は、わざわざ出向いてきた高嶺の頭領に、佐恵子たちは緊張の面持ちで身構えており、佐恵子以外は誰も座る事無く、商談とやらが開始されたのであった。

【第10章 賞金を賭けられた美女たち 3話 商談前の戯れ終わり】4話へ続く

第10章 賞金を賭けられた美女たち 4話 髙峰弥佳子の謎めいた力

第10章 賞金を賭けられた美女たち 4話 


「よくわかりませんわ」

しばらくの沈黙の後、ポーカーフェイスの宮川佐恵子はそう口にした。

「そんな難しいことは言ってないでしょう?」

対する高嶺弥佳子は円卓の上座にある椅子に深々と腰を掛け、笑みを浮かべた表情で足を組みなおして言い返す。

「内容がわからないわけではありませんわ。なぜそんな要求をするのかわからないと言っていますの」

弥佳子の尊大な様子に多少イラついたのか、佐恵子は丁寧な口調ながらも目を細めて言い返す。

「静」

弥佳子は佐恵子の問いかけを笑顔で無視すると、その視線を隣にいる、いかにもお堅そうなベリーショートの側近の名を口にした。

名を呼ばれたベリーショートの側近女は、「はっ」と短く返事をし、きびきびした態度で頭を軽く下げつつ佐恵子たちの方に向かって口を開く。

「当方高嶺は宮川コーポレーションより張慈円の殺害依頼を受け、これを受諾することと致します。本来なら国際指名手配されており、裏の世界からも高額の賞金首をかけられている張慈円を殺害するとなれば相当な報酬となるところではありますが、この度は無報酬とさせていただきます。なお、無報酬の条件として、御社のほうから神田川真理さま、菊沢宏さまの2名には張慈円殺害ミッションに参加していただくことになります」

説明をし終わった静という女性の顔は、緊張か、もしくは魔眼と呼ばれる宮川佐恵子に凝視されて緊張したのか、僅かに頬を紅潮させ目を伏せた。

名を呼ばれた真理と宏は何も言わないが、顔に何故?と書いた表情で弥佳子の微笑から何かを読み取ろうしている。

当の弥佳子はそんな視線より、静の様子がいつもと違うことを多少訝ったが、敵地のど真ん中ということで緊張しているのであろうと察し、言い終わった静に顔を向け笑顔で頷いて見せてやる。

静が弥佳子の気遣いに目礼をした時、佐恵子が口を開いた。

「何を勝手なことを・・。お断りいたしますわ。出口はそちら、足元の明るいうちにお帰りになってくださいませ」

そう言い放ち椅子から立ち上がった佐恵子は、ふんと軽く鼻をならし時間を無駄にしたと言わんばかりの表情で弥佳子を睨みつけて踵を帰そうとする。

しかしその時、弥佳子の隣でニコニコと話を聞いていた穂香という女から殺気があふれ出したのだ。

「やっぱやっちゃうことになるじゃ~ん。いいよね御屋形様?」

穂香はズラリと腰に下げた太刀を抜くと、浮かべていた笑みを深めて腰を落とし構える。

その動作に隙は無く、攻撃することに躊躇いもなさそうな笑顔の女剣士の様子に、佐恵子の周囲の面々が途端に色めき立つ。

加奈子を正面にして佐恵子の周囲を真理、凪、宏、ついでのモブがビビりながら警戒する。

「穂香おやめなさい」

「ぶ~」

どこか配線が一つ切れてしまっている様子のソバージュ女も、当主である高嶺弥佳子の命令には従うらしく、子供のような返事をして太刀を鞘にしまう。

「ですが宮川さん。必ず我らに依頼していただきたいのです。なんならこちらからすこしサービスを付け加えてもいいのですよ?」

穂香と呼んでいる女を手で制して、弥佳子は続ける。

その弥佳子に席を立ち、去りかけた佐恵子は半身で振り返り皮肉気にしゃべりだした。

「戯言を。張慈円が目障りで殺したくなったのなら、わたくしたちを巻き込まず高嶺だけでやればよろしいではありませんか。わたくしたちに依頼させたい理由はSでの任務失敗の処理を高嶺自身の手でもみ消すのを良しとせず、宮川から依頼されたからという大義名分がほしいのでしょう?・・お生憎様。さあ、お引き取りを」

佐恵子はあざ笑うような表情を弥佳子に向け、今度こそ去りかけた佐恵子に弥佳子はなおも続けた。

「・・・条件としてあなたの命を一つ買いましょう」

そのセリフに佐恵子の取り巻き達が再び色めき立ち、ことさら加奈子に関しては髪の毛を銀髪に変えて弥佳子に肉薄する。

「きったぁ~!♪」

加奈子の縮地による接近を、瞬時に察知し嬉しそうな声をあげて穂香が抜き放った白刃で受け止める。

「てんめ!邪魔!」

穂香と加奈子が肉薄しつつ刃と拳を交えだす。

「高嶺さん、本当にこれ以上ことを荒立てるおつもりですか?」

「あら?宮川さん、荒立てているのはそちらの方ですよ?」

穂香と加奈子の戦闘を、目を細めて横目で見て、危険な雰囲気になりかけている佐恵子に対し、弥佳子はいまだ座ったまま顎を少し持ち上げて微笑を浮かべたまま返す。

「では、あなたの命を一つ条件として付けましょうか」

笑みを浮かべたまま弥佳子が椅子から立ち上がり、腰にした太刀の柄に手を伸ばす。

流麗な動きでその場で抜刀した刹那、常人の目には見えない速度で剣圧が迫る。

南川沙織の得意とする刀閃に近いが、速度は更に早い。

「【十重二十重】」

しかし弥佳子の抜刀と同時に凪は反応していた。

目は緑色に光り、一言だけそう呟き、両手を交差させ身を血締めるようにして交差させる。

「させへんで!」

宏も弥佳子の動きに当然反応し、佐恵子をその太い腕で庇うようにして刀閃の射線に割り込ませる。

ぎ!ぎ!ぎ!っぎちんっ!!

無数の金属音のような音が響き渡り、弥佳子が発した刀閃は、凪が無数に張り巡らせた硬質の糸によってボロボロになり佐恵子のずいぶん手前で失速し力を失い霧散する。

完全な敵対行動を取られたことで、凪や真理、すでに戦っている加奈子たちの目に闘志が宿る。

開戦の合図を確認しようと、佐恵子の方を振り返った面々は息を飲んだ。

佐恵子の黒く長い髪の毛が、肩口からすっぱり斬り落とされていたのだ。

「・・・えっ?」

細い目を見開き、当の佐恵子本人が一番当惑した表情を浮かべている。

高嶺弥佳子は【刀閃】を放った。

しかし、それは凪の発した糸によって、止められたはずである。

そして、宏も弥佳子の【刀閃】に反応し凪の糸で止めきれないときはという動きで、対応していた。

にも拘わらず、佐恵子の長い髪の毛は斬り落とされてしまっていたのだ。

「な・・なんやて?!」

宏もバサリと床に落ちた佐恵子の大量の髪の毛を見て狼狽する。

「ふふふっ、せっかくの長い髪でしたが、けっこう傷んでいましたのでカットして差し上げました。最近少しお忙しかったのですか?随分傷んでましたよ?美容室代もサービスしてあげたのですから今回は私共に依頼してくださいますよね?」

目を見開き、自分の首が斬り落とされていないか両手でさすっている佐恵子に向かって、弥佳子は軽やかに笑いながら言う。

「・・な・・なんて奴や。あの速度の刀閃と同時にもう一発なんか放ってたんや・・!こりゃ、あの千原とかいう女以上やで・・」

宏の発言に弥佳子から笑みが消え、びくりとその柳眉を跳ね上げる。

「あなたが菊沢宏さんですね?今回はどうしても私に同行していただきますよ?あなたのことはSで調べさせていただきました。うちにも残り香を使える者は大勢いますからね。奈津紀さんをああまで追い詰めたその腕前、今回は私に貸してもらいます。そしてその奈津紀さんの刀も持ってきてください」

先ほどまで微笑の表情だった柳眉佳絶の女剣士の真面目な表情に、宏も真面目に応える。

不本意ながらも、千原と名乗った女剣士を手にかけてしまったのを宏は悔いており、その上司の高嶺弥佳子の心境を慮ったのだ。

「てことは、俺があの女をやったんは知っとるんやな・・すまんかった。あんなつもりや無かったんやが、思った以上にあの女が強うてどうしても手加減してやれへんかった。あの女はあんたの部下やったんやろ?それでアンタの気が済むなら、俺は力貸してやってもええねんで。張慈円をやるってことやしな。それには俺も賛成や」

「誤解無きよう。奈津紀さんは死んでませんわ。どういった経緯でその刀を、和泉守兼定を持つに至ったのかわかりませんが・・・、奈津紀さんに返してもらえませんか?」

「あ‥あの女生きとるんかいや?!それやったら喜んで返すわ。最後にあの女に刀託すみたいに言われて正直困ってたんや。これで悩みが一つ無うなったわ」

「・・・驚きです。戦利品を返さないと言うと思っていたのですが・・、なるほど、腕が立つだけではなく、奈津紀さんは貴方を敵として認めていたようですね」

敵から奪った武器をハンティングトロフィーのように思っている男ではない。と弥佳子が感心しているも、当の宏は憂いが一つ消え去ったことから「よっしゃ」とガッツポーズをとっていた。

そしてその宏が後ろを振り返り、張慈円討伐の同行の同意を佐恵子に求めるような視線をサングラス越しに求めるも、佐恵子は、自分の髪の毛が散乱した床にへたり込み、自らの首を確認するように両手で摩りながら呆然としている。

「お・・せやった・・放心中やったな・・。大丈夫か宮川さん?」

そして、そのそばでは、すでに真理と凪か駆け寄っている状況だ。

「佐恵子。しっかりして、佐恵子の身体に害があるようなことは私の能力でもなにも感知してないわ」

「佐恵子。髪だけ。当たってない」

その様子に微笑を浮かべなおした弥佳子は、へたり込んだ佐恵子を見下すようにして口を開く。

「ふっ、興味深い人材を集めながらも、リーダーが一番お粗末ですね。・・オーラを糸状にし何万本同時に操る蜘蛛、神田川家の令嬢で未来予知能力者の菩薩、それに奈津紀さんを破った剛の者・・・。ともあれ、あなたの命も一つ私が買いました。私がその気なら、髪だけで済まなかったのは、いくらあなたでもわかったはず。そのうえ美容院代もサービスしてあげたのですから今回の依頼は成立・・ということでいいですね?」

そんな弥佳子の勝ち誇った様子に、穂香と干戈を交えていた銀獣が吼える。

「なに勝手なことほざいてんのよ!」

「私のこと忘れちゃダメ~!」

「くっそ!・・あんた!邪魔ねえ!!」

弥佳子に再び肉薄しようと床を蹴った加奈子に、穂香が弥佳子との間に入り込み拳と剣で押し合う。

「穂香。話はつきました。剣を引きなさい」

弥佳子はそう言うと、静を少し手で前に押すようにすると静のことを紹介し出した。

「宮川さん。この子は私の親族で、高嶺静といいます。【未来予知】を持つ神田川家のご令嬢と、うちの奈津紀さんを打ち負かしたという菊沢宏さんにはとても興味があります。是非今回のミッションに参加して、その能力を発揮していただく代わりに、この子を置いていきます。身内の私が言うのは何なのですが、静は腕も立ちますし、機転も利きますから、きっとお役に立てると思います。・・・それに私の血縁者というほうが人質として価値があるでしょう?」

弥佳子はそう言うと、返事ができずにいる佐恵子を見て溜息をつくと、「返事はすぐに。私たちはあちらで少しだけ待たせてもらいますね」と言い、私も静と一緒に宮コーに残ってみたいと言っている穂香を、「いい加減にしなさい。穂香さんは私と一緒に行くんです」と言って連れて応接室を出て行ってしまった。

高嶺弥佳子ら剣客集団のいきなりの訪問にかき回され、なすすべもなかった宮コー面々の表情は暗い。

佐恵子の動揺が治まるまで、その苦々しい沈黙は続くのであった。

【第10章 賞金を賭けられた美女たち 4話 髙峰弥佳子の謎めいた力終わり】5話へ続く

第10章 賞金を賭けられた美女たち 5話 若い燕に懐かれ体質の才媛

第10章 賞金を賭けられた美女たち 5話 若い燕に懐かれ体質の才媛

香澄は新しく用意されたデスクに座り、誰もいない広々としたオフィスを見回す。

今日からここが新しい職場だ。

といっても、ここでの仕事がまともに稼働するのは少し先になると聞かされている。

一昨日のあの火災事件の翌日、急に香澄が在籍していた宮川アシストの親会社から辞令が下ったのだ。

つい3か月ほど前、平安住宅を退職し、宮川アシストの部長職という待遇でヘッドハントされた岩堀香澄であったが、まさかこんなすぐに転職することになるとは思ってもいなかった。

いま香澄の座っている席は宮川コーポレーション関西支社6Fにある。

緋村紅音が赤字部門である不動産部を、支社から切り離し子会社していたのが解消されたのだ。

法的な手続きはまだまだ時間がかかるとのことではあったが、勤務場所は宮コー関西支社内に変わり、そのまま手続きに要する時間が過ぎれば、自動的に親会社である宮川コーポレーション組織に香澄の業務は組み込まれる予定になっている。

ただ、今日は一般社員のほとんどは休業させられており、ここ6Fにも香澄以外に人影はない。

上階や1Fあたりでは、一昨日の騒動の後始末で、工事関係者が慌ただしくしているが、被害のなかった6Fは静かなものである。

辞令書と共に送られてきた書類には香澄の待遇が事細かに書かれていた。

宮川コーポレーション関西支社不動産部部長、それが今の香澄の肩書だ。

宮川アシストでの待遇も平安住宅より随分良かったが、今の待遇はもっと良い。

「う~ん・・。私生活や身体の不思議な変調はともかく、仕事は・・というか誠のことや今後の生活の展望は明るいっぽいわね・・・。でも身体の不思議な変調もむしろ調子いいわ。落ち着いたらまた神田川さんに聞いてみましょうか。あの人が平安にいた私に声を掛けてくれたし、変なマッサージもしてくれたおかげ?のせいで身体の調子もかわったんだしね」

♪♬~♪♬♪~♪♬♪~

フロア全体が見渡せる自分の席から管理を任されたフロアを眺めながら、独り言を呟き今後のことや、気持ちと考えを、整理をしているとスマホが鳴った。

まただわ。

そう思いながら香澄はスマホの画面を見て眉を僅かに顰める。

画面を見る前から設定している着信音で誰かがわかるのだが、もしかしたら違う人であってほしいと、そんな訳がないにも関わらずそう思って画面を見てしまったのだ。

やっぱりというか、当然予想していた通りの人物からである。

画面には【浩二さん】と表示されていた。

数年前までなら、この着信音が鳴ると嬉しい気分になっていたことが今では信じられない。

電話を取らない。という選択肢が頭をよぎったが、迷ったのは本当に一瞬だった。

「はい」

香澄は画面をスライドし、抑揚のない声を相手に返す。

「香澄。忙しいところごめんな。いま少し大丈夫か?」

聞き慣れた声だが、以前とは明らかに声のトーンが違う。

此方の機嫌を伺うような声色の元夫の声色に、ここ最近電話を寄越してきている内容の続きだと確信した香澄は一気に気が滅入る。

香澄が平安住宅を辞め、上場企業である宮川コーポレーション傘下の子会社に就職したころから、頻繁に着信があるのだ。

香澄の元夫である岩堀浩二は、証券会社に勤めている。

もともと給与水準も高い業界ではあったが昨今のネット証券の台頭により、浩二の勤めている平和証券は数年前から徐々にだが、確実に圧されつつあった。

香澄も、浩二の会社が顧客を目減りさせていたことは、夫婦生活中の会話からよく耳にしていたことである。

その影響がここ最近になり、ついに浩二の勤務時間やノルマに顕著に影響してきだしたらしいのだ。

香澄が元夫との共通の知人伝えに聞いたところでは、浩二は課長から主任へと降格したあげく、大幅な減給の憂き目にあったらしい。

いまの岩堀家では、浩二と浩二の母静江の二人暮らしだ。

浩二と香澄には誠という7歳になる男の子がいるが、当然香澄が親権を持ち、香澄のマンションで暮らしている。

浩二が住む母と二人だけで住むことになった広すぎる二世帯住宅は、大幅に減給した浩二の給料では生活が苦しくなっているのだ。

二世帯で住む為に建てた大きな住宅、家族みんなで乗る為に買ったフォーシルバーリングスエンブレムで有名なドイツ製の高級車のローンが、薄給となった浩二の双肩に重くのしかかってきているのだろう。

「だから何度も言うように誠も父親がいたほうがいいと思うんだ。俺もこの通り何度も謝ってるだろ?香澄も強情を張らず誠の為だと思って折れてくれよ。な?一度ぐらいの過ちは誰にだってあるだろ?結婚して8年じゃないか・・。男はどうしても我慢できない時があるんだ。わかってくれよ」

降格や減給のことを一切香澄に伝えず、息子である誠の為に再婚してまた元の鞘に戻って暮らそう、と提案してくる浩二の言葉は香澄には響かなくなっていた。

浮気のことが大きな原因ではない。

浮気ということであれば、香澄も潔白ではないからだ。

こうやって元夫と話していると、それがよく分かる。

お互いすでに冷めていたのだ。

いまこうやって熱心に浩二が話しているのは、浩二自身の生活の為だ。

香澄が宮コーに栄転していなければ、こんなラブコールは決してないだろう。

「ええ、・・ええ・・でもよく話合って決めたことじゃない」

「でも誠も俺に会いたがっているだろ?」

浩二が降格し減給したとこっそり教えてくれた浩二との共通の友達は、香澄が宮川アシストにヘッドハントされて好待遇で就職したことを伝えてしまったことを、香澄に詫びの電話をしてきていた。

その知人が、浩二に香澄が宮川アシストに就職たから安心しなよと親切心で伝えたとたん、浩二は香澄とヨリを何としても戻すと目を血走らせていたらしいのだ。

(もう私たちの関係に愛はないのね)

1時間後、香澄は浩二の長く熱心な説得をようやく切り上げると、スマホをデスクに滑らすように置いて溜息をついた。

あんなに楽しいと思えていた浩二との生活が、遠い昔のことのように感じる。

周囲に誰もいないことをいいことに、はぁと再び声に出して大きな溜息をつき、イスの背もたれに背を預け天井を見上げた時、エレベーターの方からポーンと音がした。

「?誰かしら?」

香澄はそう呟くと背もたれから身を起こして、エレベーターに続く廊下の方へと目を凝らす。

見るとスーツに着られている感のある男の子が、その大柄な体躯を丸めトボトボとこちらに歩いてきている。

香澄もよく知る人物である。

「あら茂部くんじゃない。おはよう。茂部くんは今日から出勤だったわね。どうだった?新しい会社は?っていってもいきなり火災でボロボロよね」

香澄はモブの歩き方でなにやら落ち込んでいそうだと思いつつも、あえて明かる声を掛けてみたのだが、モブの様子は芳しくない。

「俺もボロボロっす」

茂部はそう言うと、うなだれたまま香澄の前を通り過ぎ、無料の自販機の前まで来るとコーヒーを二つ押した。

「・・・どうしたの?」

「俺、情けないっす・・」

香澄のデスクにコーヒーのカップを二つ置いたモブはそう言うと、机の上で両手を握りしめてそう言うと、顔を伏せた。

「何が情けないのよ?しゃきっとしなさい。茂部くんも晴れて天下の宮コーの正社員になったのよ?しかも秘書主任だっけ?特殊な役職みたいだけど私と同じ部長職と同じぐらいの待遇なんでしょ?・・・失礼だけど茂部くんの経歴からすれば大出世じゃない。社長・・いえ、宮川支社長も茂部くんを気にかけてるのかしらね・・。でも理由はどうあれ立派なことよ?胸を張ったらいいわ」

モブのいつになく深く落ち込んでいる様子に、香澄も少し心配になって励ましてみる。

出社初日でこんなに落ち込むとはいったい何があったのだろうと思うも、香澄はあえて追求しない。

男という生き物が、失敗したことやプライドを傷つけられる内容を根掘り葉掘り聞かれるのは嫌いなはずだと思ってのことだ。

「でも俺・・今朝ほんっとーに思い知ったんす。・・他の秘書主任のみんなと比べると全然っす・・。俺クソザコっす・・ゴミカスっす・・。栗田先生や稲垣主任、神田川主任に色々教えてもらって、随分俺変れたと思ってたっすけど・・ぜんぜんでしたっす」

もともと深く考えず、喜怒哀楽の感情を隠すことなどほとんどできないモブキャラであったが故にモブと呼ばれていた茂部天牙である。

しかしいくらモノを深く考えないタイプの人間だと言っても、百聞は一見に如かずというように、目で見、肌で体感し、心に響く経験からくる本当の認知は、思考が得意でなかったとしても心によく刺さるものである。

香澄はモブが演技をしているわけではなく、本気で傷ついているのだわかり、掛ける言葉を慎重に考える。

よく考えれば目の前で肩を震わし、顔を伏せているモブと香澄では一回り以上歳が違うのだ。

(そういえば茂部くんって今年20になったばかりよね。しかも高校中退でヤクザまがいのことをしていたって本人も言ってたわ。そんなこの子が、あの名門神田川家の真理さんや、宮川さんと一緒に英才教育を受けた稲垣さんとじゃ肩を並べる役職が務まるなんて普通じゃとても考えられない。・・・でも茂部くんは彼女たちに及ばないことが悔しいのね。・・・あんな超がつく才媛たちに負けて悔しいって思えるなんて成長したじゃない。それともただ無謀なだけかしら・・?でも実際茂部くんって私と働いてる3か月の間でも物凄く成長したのよね・・)

目の前で顔を伏せ肩を震わせている若い大柄な男の子を見て、香澄は目を細める。

まったくタイプは違うが、以前勤めていた平安住宅でも香澄が気にかけていた大柄な若い男の子がいた。

その子も仕事のことで悩み、香澄自身も厳しく注意することもあったが、成長してほしい一心で愛のある叱責をしたものだった。

今はもういないが、その子はモブより少し背は低く、学生時代ラグビーをしていたと言っていたしその子も大柄であった。

当時様々な事件が重なり、香澄も一度だけその子と関係を持ったことがある。

若くたくましい身体、ラガーマンらしい太い腕、厚い胸板、仕事では頼りないのに、ベッドでは太く熱い塊となってくれた。

彼にテクニックはなかったが、ぶつけてくるまっすぐな感情に昇りつめらされたことを思いだす。

その子と目の前で肩を震わせているモブの姿が重なり、顔を伏せているモブの前でぶんぶんと頭をふって思考を元に戻す。

(いけないいけない・・。でも、わたしって若い子に懐かれちゃう性質なのかしら?それとも私が若い子に世話を焼いちゃうタイプ?)

モブと香澄は3か月ほど宮川アシストで共に仕事をした仲である。

はっきりいってモブの仕事は香澄から見ればまだまだお粗末なレベルではあった。

しかし、モブ本人がこっそり鬼と呼んでいた神田川、稲垣両名からの激しい可愛がりを受け、成長スピードは信じられないぐらい速かったのだ。

香澄の目にも、モブ自身よく耐え、本人なりに努力をしているのはよく伝わってきていた。

「茂部くん」

「・・?」

香澄の声にモブが情けない顔をあげる。

「いくわよ」

「・・へ?どこにっすか?」

情けない顔のままモブが聞き返す。

「飲みに」

「ええ?」

モブが情けない顔から面食らった表情に変わる。

香澄はその表情の変化が面白くて笑顔になって続ける。

「今日私本当は休みなのよ。新しい職場を出勤前に見ておきたくて来ただけだったの。茂部くんも今日午前様でしょ?」

「そ・・そうだったんすか。でも部長が飲みに行こうなんて言うのって珍しいっすね。珍しいというか初っすね。でもこんな昼間っから飲みに行くんすか?」

香澄の突然の提案にモブの表情も明るくなり出した。

「私もさっきちょっと嫌なことあって帰る前に飲みたいと思ってたとこなのよね。家じゃ子供もいるし夜中じゃなきゃ飲めないから、昼間日が高いうちに飲んで、夕方帰るころには少し酔いが醒めてるほうがいいかなってね。茂部くんも今までのこと悔やんでもしょうがないでしょ?これからのこと考えなきゃ。茂部くんと比べると、神田川さんや稲垣さんたち秘書主任がスゴイのは当たり前じゃない。彼女たち茂部くんのずっと先輩だし、彼女たちは小さな時から英才教育受けてるエリートたちなのよ?でもそのエリートたちに目をかけてもらってる茂部くんもすごいじゃない。素質があると思われてる・・のかも?まあ、とにかく、さっきみたいな顔しててもしょうがないでしょ?昼から予定がないなら私に付き合いなさい。それとも昼間っから女の私一人に居酒屋でお酒をあおらせるつもり?」

「是非お付き合いするっす!」

普段仕事モードの香澄らしさのない茶目っ気たっぷりな口調と表情に圧されたモブは、先ほどの落ち込んだ様子が嘘のような表情で元気よく応える。

「よろしい。今日は私の驕りです。そのかわりしっかりエスコートなさい」

香澄もモブの返答に合わせ、腰に手を当てて胸を張り笑顔でモブに頷いたのであった。

茂部天牙(もぶ てんが)
188cm 80kg 20歳 24cm 賞金額:0円
通称モブ。本名なのでしょうがないにも関わらず、本人はモブと呼ばれることを嫌っている。府内屈指の低偏差値高校を中退し、チームを作ってバイクなどで暴走行為をしていた。親類や先輩のコネで何度か就職するも長続きせず直ぐに辞めてしまっている。
暴走行為を続けるうちに、ヤクザに目を付けられるが、イザコザのケツ持ちを張慈円のグループに依頼したことから、橋元一味との関係が始まる。
一時橋元傘下の木島健太のところで世話になるも、木島のアジトであるオルガノを強襲した佐恵子らに叩きのめされ、宮コーに身柄を拘束される。
警察に突き出す前に、当時無能力者だと思われたモブが宮コー十指に数えられる実力者、魔眼佐恵子を2度もKOしたことを調べる為、神田川真理と稲垣加奈子の尋問と実験を受ける。
真理たちの可愛がりと呼ぶ尋問と実験によりモブは能力者として覚醒。
【複写】及び【肉体強化】に開眼し、当時宮川アシストに左遷され人材不足に陥っていた宮川佐恵子の即席ボディガードとして任用される。

栗田教授の肉体改造手術を経て、能力と股間のサイズがパワーアップしている。
モブの持つ【複写】は一度見たり、身に受けた技を70%~100%の精度で復元可能で、一度複写に成功した技能は100技能までストックでき、本人が消去するまで何度でも使用可能な凶悪な技能である。しかしその凶悪な技能もモブでは使いこなせていないのが現状で、【複写】を使いこなせばモブこそが最強になれるかもと栗田教授は密かに期待している。

岩堀香澄(いわほり かすみ)
164cm 54kg 33歳 85D⇒87D、62⇒60⇒64、88⇒87⇒90(香澄はここ数か月の様々な出来事から、ストレスや急激な環境変化によりスタイルに変化がありました。)

賞金額:新規エントリーに付き1000万円からのオークションスタート

大手住宅メーカー平安住宅の賃貸部門に勤務していたが、紆余曲折を経て宮川コーポレーションに席を置くに至る。
夫である浩二とは離婚しており、息子である誠の親権は香澄が持っている。

産後下半身などがふくよかになってきていることを気にしており、プロポーションを維持するトレーニングを日々密かに行っている努力家な一面を持ち合わせているが、当人が気にしているほど太ってはおらず、むしろ均整の取れたプロポーションで20代半ばと言っても十分通用するメガネ美人。

真面目でお堅い性格ながら、諸事情により平安住宅時代に部下である水島喜八と大原良助と肉体的関係を持ってしまっている。
前者はレイプで後者は香澄が誘った形である。

宮川コーポレーションに所属する神田川真理の人体実験を経て能力に開花。【事象拒絶】という交渉術と【肉体強化】、さらには竹刀や木刀、真剣を持った時のみに発動する更なる肉体強化技、剣聖千原奈津紀が刀を振るう際に発動している【剣気隆盛】を香澄も発現できるようになっている。

剣道四段の腕前で、真剣は天然理心流。

宮コーへの転職は、部長職での抜擢をされており仕事への関西支社長である宮川佐恵子の信頼も厚い。また、能力者としての遅すぎる開花にもかかわらず、センスがありそうなことで戦力として期待されてもいるが、そのことが袁揚仁の運営する変態サイトの「プロ変態」たちに目を付けられることになるとは今は知る由もない。


第10章 賞金を賭けられた美女たち 6話 残念なモブの先輩大山田

第10章 賞金を賭けられた美女たち 6話 残念なモブの先輩大山田

「茂部くん、いい店知ってるじゃない」

香澄は目の前のテーブルに並べられた海鮮サラダと旬の魚をメインにしたお造りを見て、モブに意外そうな目を向ける。

「まあ、知り合いの店なんすよ。昼間っからお酒出してくれるしゃれた店ってここぐらいしかしらなくって・・。でも気に入ってもらえたみたいで良かったっす」

先ほどモブと香澄はとりあえずビールで乾杯したところであった。

和食料理店のウエイトレスとは思えないような、フリルのついたスカート姿の小さな女の子が給仕をしてくれている以外は、高級和食店のような雰囲気すらある。

香澄も最初こそ店構えを外から見た時に、雑居ビルの狭い入口に漂う雰囲気を怪しんだものだが、中に入ってしまえば意外にというには失礼なほど店内は高級感があり、座敷の床の間や出窓に飾られた調度品も物凄く品の良いモノが置かれている。

ぼろっちく間口の狭い、雑居ビルの入口には「創作和食-良酒蘭」とLEDの看板があり、その看板の隣には「麻雀個室あり」という看板も並んで設置されていたのだ。

店に入る前は香澄も眉を顰めて「ここって雀荘ってところじゃないの?」とモブに問い詰めたほどだったが、モブが「心配ないっす。雀荘なんておまけみたいなもんで普通に和食の店っすよ。雀荘のほうは・・俺の先輩がメインでやってて、和食のお店の方は先輩の相棒がやってるんすよ。心配ないと思うんすけど、昼間だから先輩は店に来てないはずっす。でも、前の俺の稼ぎじゃとてもこられなかったっすから、今回は部長が奢ってくれるって言ってくれてたけど、来れるようになったのは嬉しいっす」と嬉しそうに笑い、暖簾をくぐって行ってしまったので、香澄も仕方なくモブに続いたのであった。

当初行こうとしていた香澄が普段行きつけにしている居酒屋は、昼間からあいておらず、かといって牛丼チェーン店などで、ランチ時にサラリーマンがひしめく店内などでは、お酒を飲むのも嫌だったため、仕方なくモブの先輩なる人物が経営する店へと足を運んだのである。

しかし、モブのエスコートしてくれたお店は意外にも香澄の予想をいい方に裏切ってくれたのだ。

「お料理もおいしいわ。・・モブくんの先輩のお店って言ってたけど、どういう知り合い?」

お酒も箸もすすみ、香澄はビールで一杯目を空け、二杯目からは麦焼酎の水割りに切り替えていた。

「あーっと、俺の直接の先輩は雀荘の方を担当してるんすよ。学校の時の先輩で1コ上っす。でも俺が尊敬してるのはこの和食店のオーナーの徳川さんのほうっす。徳川さんも俺の先輩と同じ21っす。徳川さんの料理はまじ美味いんすよ」

「モブくんと1個違いってことは21?その若さで店をもって、こんなおいしい料理を作れるのってすごいわね」

「徳川さんはマジすごいっす。それに引き換え俺の先輩はちょっと困った人なんで、ここに来るのは迷ったんすけどね。でも、昼間っから雀荘してないっすからたぶん平気っす。まだこの時間ならあの人寝てるっすよ。まあそんなことより、今日は部長と俺の転職祝いと派手に行きましょうよ」

「あんなに落ち込んでたのに切り替え速いわねえ。で、今朝はどうしたのよ?」

「あ・・そっすね。それで誘ってくれたんでしたっす」

先付とお凌ぎと料理が進み、香澄もモブがあれほど落ち込んでいた様子からやや立ち直ったのを見計らって、今朝支社で起こった出来事を聞いてみたのだ。

大げさな身振りで、しかし浮かない表情で話すモブの様子を、香澄は時折相槌を打ちつつ、杯と耳を傾ける。

今朝、突然最上凪なる加奈子や麻里の先輩社員に呼び出しをくらい、腕試しをすると言われ、失格の烙印を貰ったこと。

その直後に現れた刀を携えた非常識な来訪者たちの一人によって、首に刀をあてがわれ死にかけたこと。

その来訪者たちとの穏やかではない話し合いのなかで、自分だけが他の秘書主任のように立ち回れず、足がすくんでしまっていたことなどをモブなりに話してくれたのであった。

「それで、あんなに落ち込んでいたのね・・。でも、ほんとにそんなことが・・。夢みたいね・・・」

「夢じゃないっす、ガチっす。・・・はぁ・・まじ凹んだっすけど、部長に話したおかげでなんだか少し楽になったっすよ。あざっす」

何も現状は変わらないが、話したことで少しは落ち着いた様子に香澄も最近身の回りに起こる不可思議な出来事と、自身の身体に起こっている変調が夢の中の話なのではないかと思いそうな錯覚に陥る。

そして、飲みたくなった原因をつくった元夫との先ほどの会話を頭から振り払い、務めて笑顔でモブ返す。

「ふふっ、いいのよ。私も今日は飲みたかったしね。・・・それに、だいたいあんな人間離れした人たちと比べて落ち込むって言うのが間違ってるわよ。先日の火災だってあの小柄な緋村さんがほとんど一人でやらかしたっていうのよ?信じられる?・・あれだけ支社を半壊させるほどの事件をよ?・・ったく・・、もし本当にそうだとしたら、とっくに人を辞めちゃってるレベルだわ。真理さんや加奈子さんは、あんなことをした人に立ち向かっちゃう人達ってことでしょ?その先輩の最上さんだっけ?・・その人もきっと普通じゃないのは間違いないわ。落ち込むことないわよ」

香澄はそう言うと、ヒラメの切り身を口に運び、十分に味わってから麦焼酎が入った陶器製の杯を傾ける。

香澄はモブにそう言い、喉を潤すアルコールを感じながらも、あの大火災の日に支社に向かう途中に感じた自分の人間離れした速力や、持ってきていた木刀を構えた時、そして宮コーの社員と思われる紅露なる大男と対峙したときに、身体で感じた周囲を目ではなく気配で見渡せた感覚や、木製でしかない木刀での突きで、コンクリート片に風穴があけられたこと思いだす。

(・・・どういうことなのかしら・・・。宮川さんって確かに仕事じゃ異常なぐらい人の心情を読むのが上手かったり、交渉も見てるこっちが冷や冷やするぐらいギリギリのところを攻めても纏めちゃう凄腕だけど、ちょっとおかしなこと言う時もあって・・。でもあれって、あの人にとっては普通のことなの?それが、私の身にも起きはじめてるってことかしら?・・この茂部くんにも・・?宮川さん達にであったせいで変化があったのかも・・?)

香澄が33年間生きてきた中で、ここ3か月の出来事は今までの経験にないモノばかりだった。

一人一人個人が持つ主義や信条や好み、あとは性格などでタイプこそ違いますけれども、人なら誰でも持っている力ですわ。思念の力、脳領域の開放にのみによって目覚めますわ。ほとんどの人は皆10%ほどしか脳を使いこなせておりませんわ。しかし、思念の力は訓練や努力で伸ばすことができる後天的な能力ですのよ。しかし、何事においても天性の素質やセンスを持って生まれてくるものがいるのは、どの分野においても同じこと。わたくしや緋村紅音、そして神田川家始まって以来の天才と言われている真理は生まれながらにして天性の素質を持っていましたわ。宮コーにはその他多数の天性の能力者たちを世界中からかき集めてますけれどもね。しかし、周囲を私の目の能力で見渡してみる限りにおいて、能力を使っている者はだいたい500人に1人の割合でいますわ。その力の多寡や巧拙は様々ですがね・・。ですからこの国においても20万人ぐらいの能力者がいるはずですの。本人が気付いていない場合もおおいようですけどね。・・・そして香澄、あなたもその無自覚な能力者の一人ですわ。言葉はあまり好きじゃありませんけど、宮コーでは、無自覚な能力者や、能力者を有する組織に属していない者達をノラと呼んでいますのよ。

香澄は宮川アシストに入社して1か月ほどした時に、宮川佐恵子に言われたセリフを思い出していた。

あの時は、真面目な顔で中二病じみたことを言う宮川佐恵子のことを、完全にイッちゃってるヤバい人かも?と思ったものだったが、好待遇で雇ってくれている会社の最高責任者に、そういう態度はおくびにも見せるわけにいかず華麗にスルーしたのだが、今はあの言葉が鮮明に思い出され、点と点が繋がって見えるようになってきはじめていた。

(宮川支社長にとったら・・日常的なこと・・?普段から当たり前のことだった・・ってこと?)

「・・モブくん。能力者って知ってる?」

香澄は控えめの声量で問いかけてみたが、モブの反応は早かった。

「もちろんっす。支社長から香澄さんも使えるって聞いてるっすよ?ちなみに俺も使えるようになったっす。あの鬼たちのシゴキはきつかったっすけど・・」

最後はシゴキの苦痛を思い出したのか顔を引きつらせかけたが、話の内容そのものは、あまりにもあっさりと肯定された上、自分自身のことまで言われたので香澄は驚いた。

「神田川さんが熱心に勧めてくれたのって・・いったい・・。・・・私、上場企業に運よく縁ができて栄転できて、今までの働きも評価してくれて仕事もやりがいあったし素直に喜んでたんだけど、これからどうなっちゃうのかしら・・?」

「宮コーにいる限り、命の危険が危ない場面がきっとくるっす」

香澄は、お造りの皿の上に盛られている大根のつまを箸でつつきながら、誰ともなしに声に出してしまっていたのだが、モブは自分に聞かれたと思い、勢いよく間違った日本語ではっきりと言い切ったのであった。

~~~~~~~

一方、良酒蘭の店奥にある雀荘ブースを管理する事務室では、モブの先輩なる人物が机に脚を上げ、椅子に座ったまま眠っていた。

その時、事務室の扉が勢いよく開き眠っている男に向かって、整った顔立ちに短く切りそろえた髪型が印象的な細身長身の男が声を掛ける。

「お?大山田。居てたんか?また帰らずに寝てたんかいな?しゃーないやっちゃな・・」

割烹着を着た男の声で大山田と呼ばれた男は「ああ・・?」と首をひねって扉のほうに眠そうな顔を向ける。

「おまえの雀荘のほう、どうせ昼間っから客来んやろうから。個室として使わせてもろうてるで?ええやろ?」

「お・・おう。ええで徳川。せやけど誰も来んってはっきり言われるんはけっこうショックやなぁ・・」

「あほ言え!お前が来る客来る客の卓に入って、あれだけ暴言吐いとったらほら誰も来んようになるわ!そもそもこの店の経費折版って約束やったやろが?お前が雀荘の客追い返してばっかりやから、最近家賃俺が全部持ちやないかい!」

「すまん・・。いまに巻き返すさかい。大目にみたってや。温かい目でみたってや?」

大山田は、徳川と呼ばれた男の言い分に慌てて立ち上がり、背もたれのある椅子を回転させて、その椅子の上に勢いよく正座で座りなおして椅子の上で頭を下げて土下座する。

「まあええわ。腐れ縁ちゅうやっちゃ。しかし、いまお前の雀卓の個室で女連れ込んで酒のんでるんって誰やと思う?」

「え?誰やねん?俺らの知り合いか?」

椅子の上で土下座していた大山田は顔を上げて徳川に聞き返す。

「モブや。あのモブやで?高そうなスーツ着いて、えらいベッピンの真面目そうなメガネちゃん連れて来てるわ」

「なんやて?!あのモブが?!良酒蘭みたいなクソ高い店来れるわけないやろ?!しかもベッピンの女連れやて?・・・あいつに近づく女ってヤンキー女ばっかりやったやないか。シンナーの吸い過ぎで前歯の欠けた女か、金髪でチェーンバッグに忍ばせてるような女ばっかりやったやないか」

イスに正座したままの大山田は驚いた顔で徳川に言い返す。

「他人の女事情なんぞ知るか!それよりクソ高いって何やねん。俺の店は新鮮な材料使うて、関西一やと俺自身が自負しとる腕を振るって、適正な価格設定してるんや。せやから常連さんも増えてきてるやろが。お前の感情的な行き当たりばったりの雀荘とは違うんじゃ。こないだもせっかく麻雀打ちに来てくれたお客さんに舐めた態度とってたやないか。おまえ商売舐めとったらあかんぞ?」

「うぐっ・・」

同年齢で、賃貸テナントの家賃を折半し合う対等な立場で始まった、大山田と徳川のコンビであったが、開業して1年で二人の立場は完全に一方に傾いていた。

それでも徳川は大山田を追い出すことなく付き合っていることから、モブが尊敬しているように徳川は少しお人好しで人格者なのだ。

「まあ、あとで挨拶ぐらいは行ってやれよ。あいつどんな手品使うたかしらんけど、あの宮コーに就職きまったらしいからな。一緒に来てるベッピンさんも宮コーの人らしいわ。あいつみたいなチンピラでもああやって更生してるんみると、感慨深いもんや・・・。大山田。先輩としてあとで挨拶したれよ?」

そこまで言うと、厨房のほうから徳川を呼ぶスタッフの声が聞こえ、慌てて徳川は厨房へとかえって行く。

「・・・あのモブが・・?女連れで徳川がやってるクソ高い店にくる日がくるやなんて・・。俺のこと笑いに来たんか・・・?」

徳川が去り、誰もいなくなった散らかった事務所の椅子に座りなおした大山田は腕を組んで爪を噛む。

「まあええ・・徳川は雀卓がある個室に居るいうてたな」

大山田はそう言うと、下卑た笑いを寝起きの目ヤニだらけの顔に浮かべると、パソコンを起動させ、キーボードとマウスを操作し出す。

「しばらく使うてなかったけど・・よっしゃ!個室に居るとは好都合や・・ひひひっ」

大山田はそう言って指を鳴らしてモニタを食い入るようにして身を乗り出す。

大山田の経営する雀荘では、違法とされている金銭を掛ける麻雀を日常的に行っていた。

かなりのレートでの勝負であり、それなりの金額が動くため、イカサマをするものが後を絶たなかったのである。

その為、イカサマ防止のために、その雀卓のある個室では複数の隠しカメラが設置されていたのであった。

もっと、ここ数か月はオーナーである大山田自身の接客態度の悪さから、監視カメラを使用することがなかったのであるが、今回モブが来ているということモブが連れている女を盗撮する為に稼働させたのである。

「おっ!モブのやつ・・マジで女連れや・・生意気な。こっからやと後ろ姿でツラは見ええんが・・モブのくせに生意気すぎるで・・。しかも高そうなコース頼んでからに生意気な・・まあええ。ひひひっ・・とりあえず録画や」

低能な者によくみられるボキャプラリーの少なさから、同じ単語を連発しながら、大山田は下卑た笑い声を漏らすと、卓の天板下に付けているカメラの一つを操作する。

すると複数あるモニタの一つが、旋回し景色を映し出し始めた。

そこにはタイトスカートからはみ出した、むっちりと言えるが、艶めかしい足がスラリと伸びている映像が映し出される。

「おおっ・・。ベージュのパンストか。これなら下着も映せるかもしれへんな。さてっと・・、徳川の話やとベッピンらしいからな・・こっちのモニタも・・おおぉぅ!モブのくせに!」

モブの正面に座っている女の顔が映し出され、大山田は思わずマヌケな感嘆の声をあげてしまう。

大山田が操作しているのは、個室に複数設置されている隠し監視カメラである。

その一つのモニタには香澄の膝小僧とパンストに包まれた脚、タイトスカートの間から覗く今はまだ暗い逆三角形の部分。

もう一つのモニタには、メガネを香澄の顔が正面に捉えられていたのだ。

「モブのくせに生意気な・・めっちゃベッピンやんけ。くっそ~。なんでこんな上玉がモブみたいな半ちく野郎なんかと昼間っから酒飲んでるんや!」

着衣しているとはいえ、香澄の両足の間の影になっているデルタ地帯のアップと、モブと談笑している笑顔のメガネ美人である香澄の顔のアップを二つのモニタを並べ見比べる。

「まあええ、まあええ・・。この女には何の罪もないが、こんなべっぴんがモブと酒飲みにくるってこと事態が、俺の自尊心がキズつくねん。その罰や。くらえ」

大山田はめちゃくちゃな理論を吐くと、ボタンを操作し香澄の暗く映っていたデルタ地帯向けてカメラに備え付けてあるライトを照らしたのである。

「ひひひっ!ざまあみろ。クールなメガネ美人のおパンツ丸見えや。ひひひっ。モブお前の彼女パンツ撮られてんで?ざまあみろっての。ひひひっ」

香澄の顔のアップと、下着の映った股間のアップの両方の画面の右上にRECと表示されているのを見て大山田は下卑た表情に下卑た笑い声をあげて手を叩いた。

画面には香澄の整ったクールな顔と、もう一つの画面にはクールなメガネ美女の下半身とは思えないむっちりとした艶めかしい脚が映り、その中心にはベージュのパンスト越しに鮮やかなブルーの下地に白のレースが施された上品な下着が、ライトに照らされはっきりと映されている。

大山田は更にカメラを操作して拡大し、香澄が足を組み替える一瞬の隙に確かに下着のクロッチ部分も録画したことに自らの股間も大きくしだした。

「ひひひっ、一瞬やったけど、あとでスロー再生や一時停止ボタンおしてじっくり辱めてやるからな」

そういうと大山田は香澄の顔と下半身のアップを交互に見ながら、自らのズボンとパンツを下ろして、すでにいきり立ったいち物を握って上下にしごきだしたのであった。

【第10章 賞金を賭けられた美女たち 6話 残念なモブの先輩大山田終わり】7話に続く

第10章 賞金を賭けられた美女たち 7話 再会

第10章 賞金を賭けられた美女たち 7話 再会

【登場人物紹介】

大山田 種多加(おおやまだ たねたか)
身長165cm 60kg 22cm

モブの1つ先輩でモブと同じ学校出身。

モブと同じく高校は中退している。

先輩風をビュービュー吹かすくせに、大した実力のない典型的なダメ先輩。

自尊心は強いが、強いモノには弱く、弱いモノには強くでることで自分では合理主義者だと勘違いしているところがある。

容姿は千鳥の大吾似であり、素の格闘術では宮コーに入社して加奈子や真理にシゴかれる前のモブより劣り、体格的にも優れていない。

高校を中退後、期間労働や短期のアルバイトや口八丁で一時的に仲良くなった女性のヒモなどを転々としながらも、幼馴染の徳川将(とくがわまさる)にくっつき、なんとか雀荘をオープンするまで漕ぎつける。

しかし持ち前の自分勝手さをあらゆる場面で炸裂させるうえ、女性客が男性客と一緒に来店していようが見境なく口説きだすため、雀荘の評判と経営状態は良くない。

そのため、雀荘は現在では閑古鳥が鳴いており、同じテナントを賃料折半で借りている相棒の徳川将(とくがわまさる)にここ数か月は家賃を全額払ってもらっている負い目から、悪名高い清水探偵事務所の危険な副業に手を染めだしている。

先天的に僅かながら能力者としての下卑た力を持っていたのだが、つい最近まで自分自身でもその能力には気づいてはいなかった。

【強奪】:相手の意思による同意を得ずに性行為をした場合、相手が能力者であった場合は、相手の能力の1%~99%の範囲で奪うことができる。

【強奪】の条件が満たされた時の強奪率は、自分より能力が低い相手ほど力を奪いやすい。

大山田は生まれ持ってその能力を持っていたせいか、目を付けた女性への執着は強く、同時に何人もの女性をモノにするまで追い回す執念深さがある。

つい最近まで犯した女性の中に能力者がいなかった為、大山田は自身の能力に気付くことなくいたが、清水探偵事務所が香港マフィアから請け負った仕事のオコボレで、奇跡的にも国内屈指の能力者を犯すことに成功している。

そのため、非常にレアな能力であるオーラを炎に変換させる発火能力を【強奪】することに成功しており、絶賛増長中である。

徳川 将(とくがわ まさる)
180cm 75kg 23cm

大山田種多加(おおやまだ たねたか)の幼馴染で、容姿は鈴木亮平に似ており、現在は大山田と共同経営で創作和食料理店と雀荘を経営している。

徳川自身も高校中退をしておりながらも、料理の世界に飛び込み、努力と根性で料理の才能を開花させた。

文化人であり美食家としても名高い喜多大路魯山人の弟子となり、あの気難し屋で知られる喜多大路から料理の造詣と腕前を評価されている。

喜多大路は画家、陶芸家、書道家、料理家として様々な文化的な顔を持っている文化人で、会員制食堂美食倶楽部を経営しており、徳川はそこで15歳のころより腕を磨いていた。

5年間の厳しい修行を経て、自分の店を持とうと美食倶楽部を辞める時に喜多大路は大いに徳川を引き留めたが、徳川は夢を叶えるために慰留を断っている。

そのときの一件で喜多大路からは破門を言い渡されており、そのため料理人の世界では浮いた存在となるも、料理の腕前が評判を呼び経営の方は順調である。

大山田と同じテナントに借りることになったのは、徳川が開業する店を探しているときに、どこからともなく大山田が駆けつけ、頼みもしないのに店舗探しを手伝ってもらったのがきっかけで、いつのまにか大山田と折半で賃料を払う羽目になっていたというお人好し且つアニキ肌の男前である。

徳川自身も無自覚な能力者であり、生粋の【肉体強化】能力者である。

能力を有しているが故、学生時代からケンカはめっぽう強かったのだが、いまはヤンチャをすることはなく、また仕事柄戦闘を好んですることはない。

能力は食材の鮮度の見極めや、複数の料理を同時に調理するのに必要な高い集中力と、精密で素早い包丁さばきや、正確な時間管理に活かしており、能力を用いて犯罪などに手を染めることなく、正しく能力を世の中の為に使っている数少ない善良なノラである。



【本編】

「おう!モブ」

個室のドアが乱暴に開き、趣味のいいとは言えない、明るいグリーンのジャージ姿の男が、横柄な口調でそう言って部屋に入り個室内にいる二人の男女を舐めるように見回した。

個室に乱入した男、大山田種多可は、最初にモブ、そしてモブの正面に座る香澄に視線を走らせ、黄色い歯をむき出して下卑た笑顔を浮かべた。

香澄は大山田のその表情に、気づかれないようにブルリと背筋を震わせる。

(な・・なに?この人?気持ち悪い)

先ほど事務所で香澄の下着を盗撮し、その映像で、2度も白濁液を放出したてきた大山田であったが、年中発情し、繁殖欲旺盛な大山田は、映像とは違う生の香澄を値踏みするような、無遠慮で好色な目を向けてきたのだ。

「あ・・山さん。いたんすか?」

そんな大山田の不躾すぎる態度にむっとしたモブは、香澄に向けられている下卑た視線を逸らせようと、わざと大山田が反応しそうな口調で切り出した。

厳しい時もあるが優しい人生の先輩であるメガネ美人こと岩堀部長との楽しい時間を邪魔されたせいもあり、モブはあからさまに嫌そうな顔を大山田に向けて言ってみたのだ。

香澄をさりげなくフォローしたことにかんしては、モブのファインプレーと言える。

モブは短慮浅学ながらも、学生時代からその立派な体格と、それなりに整った容姿をもち、そのうえ女性にはさりげない気遣いができるところもあったので、ヤンチャさと時折みせる優しさのギャップから、ヤンキー女の中ではなかなか人気のある男ではあったのだ。

そんな自分よりモテる後輩を、心の狭い大山田先輩が快く思う訳がなかった。

学生のころから、些細なイチャモンをモブに付け、よく絡んでは腕力で自分に勝るモブに、軽くあしらわれていたのだ。

しかし、いまの大山田は経営する店の経営状態がどん底にも関わらず、最近奇跡的な出来事が身に起こり、絶賛増長中であった。

「おおぅ!?いたんすかとはなんや!?いたんすかとは?!ええモブ!ここは俺の店やぞ?居るん当たり前やろが?!それにおまえ、先輩に対して口のききかた。・・ちょっと会わん間に図体だけやのうて、さらに態度でかなったようやのう!?」

モブたちが知らないことをいいことに、大山田は家賃をここ数か月払ってない分際で、オーナー風を猛烈に吹かせて、顎を突き出すような角度で顔を傾けモブに迫ってきた。

「いまの全然態度でかくねっすよ。ここは先輩の店なのかもしれないっすけど、俺ら今日は客としてきてるし、先輩こそ客に対してその態度はないんじゃないっすか?」

「なっ!?てめ!?モブのくせにおまっ!?」

大山田は勢いよくスゴんでみたももの、後輩であるモブに、呆れ口調で至極正論を言われては無様に口ごもる。

(茂部くんの言ってた先輩?)

モブの反論で無様に狼狽える大山田を横目に、目と表情でモブにそう聞いた香澄に対して、モブはコクリと無言で肯首する。

「なんや今の!?なんやなんや!?二人で相槌打ちおうて人の前で内緒話してるみたいで態度悪いなぁ?!それに宮コーの社員さんがこんな昼間っからお酒飲んで、勤務中と違うんですかぁ?!通報しましょか?!」

モブと香澄の言葉のない一瞬のやり取りを、目ざとく気付いた大山田は、自分のことを蔑まれたのだと勘違いし、今度は香澄にもむかって絡みだす。

「ちょっと先輩。通報って・・どこにですか・・?通報したいのは俺たちの方っすよ・・。そんなこと言ってるとまた・・」

モブは席から立ち、香澄と大山田の間に割って入ってそこまで言うと、言いにくそうに口ごもる。

「お?!またってなんや?おまえ・・モブよ。俺があの時のままやと思うなよ?あれで俺に勝ったつもりでおるんちゃうやろな?!」

モブのセリフに、大山田は香澄からモブへと標的を変え、体当たりするようにモブに身体ごと押し付け、いきり立って聞き返してきた。

「勝った気になんてなってねえっすよ勝った気になんて・・・。完全に俺の勝ちだと思ってるっすよ。先輩俺に勝ったことなんて一度もないじゃねえっすか・・。俺もガッコの先輩を何度も殴るのなんて後味悪いっすよ。後輩らの目もあるし・・もうお互い社会人なのに勘弁してくださいっすよ・・」

いかに先輩と言えども学生時代に頻繁に絡まれていたモブは、大山田を仕方なく何度か腕力でねじ伏せたことがあるのだが、懲りずに絡んでくるこの人の精神と根性がイマイチ理解できずにいた。

(俺なんでこの人にこんなに嫌われてんのかなぁ?・・俺もバカだけど、自分より強い奴にイチャモンつけ続けるのってどういう神経なのかぜんっぜんわかんねえ。動物だって自分より強いもんにかかっていかねえって言うのに・・)

「ああん!てめえモブ!ちょっといい会社に就職できたからって完全に調子に乗ってんな?!・・・いいだろう・・てめえなんぞにゃもったいねえが、そんな社会のチンケなステータスなんか超越した俺の力を見せてやる!」

突っかかられて困惑顔のモブに、大山田はツバを飛ばしながらそう言うと、右手の人差指を立てて、なにやら力み始めた。

「ぬぉぉおおおお!」

モブはテーブルに置かれていたオシボリで、服や顔に飛び散った大山田のツバを拭いながら、力んで五月蠅くなった先輩から香澄を庇うようにして立ち迷惑そうに眺めている。

香澄もモブから困った先輩とは聞かされていたが、予想以上の益荒男ぶりに唖然とした表情で大山田を観察していた。

「なんなんすかもう。ウルサイっすね・・トイレでも我慢してるんすか?・・自分の店だからトイレの場所ぐらい知ってるっすよね?」

モブが心底ウンザリした様子でそう言うと、大山田がプルプル震わせている人差指に炎が灯った。

「どおだ!見たか!これが俺の力だ。選ばれし者だけがつかえる思念の力。いわゆるオーラってやつだ。ビビったかモブ?!あぁん?!てめえなんかじゃ逆立ちしてもできねえ芸当だろ?!」

「えっ!?」

大山田が粋がった会心のどや顔でそう言って、指先から発して炎を見て、香澄は驚いて声をあげた。

「心配すんなってねーちゃん。大人しくしてりゃ危害はくわえねえよ。だが先輩に舐めた口をきいちゃってる、この冴ねえ男のモブはちょっと教育してやる必要があるがなぁ!」

香澄の驚いた声に気をよくしたのか、大山田は黄色い歯を見せてどやぁ!という顔で香澄にそう言うと、モブに向き直って再びスゴむ。

「こうっすか?」

モブがそう言って人差指に灯した炎をみて、大山田の表情は激変した。

「なっ!!!なんでだてめえ!」

モブが立てた人差指には、大山田が口からツバと騒音をまき散らしてようやく灯したライターの火と同じぐらいの大きさの炎が灯っていたのだ。

「めっちゃオーラ食わねえっす。省エネ技能っすね。栗田先生の念動力の10億分の1ぐらいっす。戦闘じゃまったく使えなさそうっすけど。タバコとかキャンプで火つけるのとかは便利そうっす。まあ俺タバコ吸わねえっすけど・・・。でもこれ、とにかく火が小さくて制御しやすいし、とりあえずストックにいれとくっすよ」

「なっ!?まさかお前も火を使えるのか?いや・・、違うな。ガスボンベでも腕に仕込んでんだろ?そうだろうが?!ええ?!図星だろ?!」

モブの指先からでている炎をみて仰天した大山田が身体をのけ反らせて驚いたのは一瞬で、すぐに、ははーんといった表情になって名推理をした探偵のような仕草でモブを指さして言い放つ。

「・・・ガスボンベを腕に仕込むなんて、いったい何の役に立つんすか?腕に銃を仕込むとか漫画じゃありそうっすけど、ガスボンベって・・・無いっしょ。んなバカみたいこと言うのはやめていい加減にしてくださいっす。今日は会社の先輩と飯食いに来ただけだってのに何でこんなに絡まれなきゃいけねえんすか・・」

「炎を使えんのはこのオレ以外だと宮コーの紅蓮だけだって聞いてんぞ?!紅蓮の緋村紅音と双璧の、この爆炎使い大山田種多可様だけだ!」

後輩であるモブにあからさまにディスられていることに、大山田は気づくこともできず、自分の力を今度は言葉で誇示し出した。

少し実力を見せれば静かになると思ってのモブの行動は逆効果であった。

いまの大山田のセリフも、かの紅蓮こと緋村紅音に聞かれれば、鼻で笑われた挙句即座に灰にされそうなセリフを吐いて、更にうるさくなってしまった。

呆れてゲンナリしているモブとは違い、少し大山田の奇行に慣れて考えるゆとりのでてきた香澄は、モブと大山田のやり取りを冷静に観察できていた。

(この人・・なぜ緋村さんの二つ名の紅蓮という名を知っているの?私だってつい最近までそんなこと知らなかったし、宮コーの幹部社員たちが不思議な力を持ってるなんて全然知らなかったのよ・・・?部長の辞令書には秘書主任及び部長職以上の幹部職員は、各職員のパーソナルデータおよび、能力、技能について口外を禁ずる。という文面があったわ。読んだときはイマイチどういう意味か解らなかったけど、たぶん能力のことじゃないかしら?・・ってことは、宮川支社長はあまり気にしてないみたいだけど、宮コーという組織自体は能力者の存在を世間には秘匿しているってこと。それなのに、茂部くんの先輩の大山田さんだっけ・・いち雀荘の店主さんでしかないこの人が紅蓮イコール緋村紅音ということを知っているのはおかしいわ。これはどういうことなの・・・?)

香澄が頭を働かせている間に、ついに我慢の出来なくなった大山田はモブの胸倉をつかみ、拳を振り上げた。

「おんどりゃあ!ウチの客に何しとんじゃ!」

騒ぎを駆けつけた徳川が厨房から駆けてきたのだ。

「いだだだだだっ!すまん!徳川!いだだっ!」

徳川の登場に驚いた大山田は一瞬で腕を捻りあげ情けない声をあげだした。

「モブすまんな。今ならべてる料理も作り直すさかい、ゆっくりしていってくれや。そっちのおねえさんもえらいすんまへん。このとおりです堪忍してください」

大山田の腕を捻りあげたまま、徳川はモブと香澄に対して深々と頭を下げる。

「いや!徳川さんやめてくださいっすよ!徳川さんが頭を下げることじゃねえっす」

「こいつはウチの人間や。こいつが迷惑かけたってことは俺のせいでもある。モブほんますまんな。せっかく就職祝いでウチを選んでくれたってのにホンマすまん。今日は代金サービスするから、堪忍してくれや。こいつはきっちりヤキいれとくけん・・」

ようやく頭を上げた徳川は、心底申し訳なさそうな顔でモブにそう言うと、大山田の腕を肩甲骨当たりの高さまで捻りあげたまま裏に消えて行ってしまった。

「なかなか・・凄まじい人だったわね」

「部長・・面目ねえっす・・。先輩、前より磨きがかかってるっす。あそこまでブッ飛んだ人じゃなかったんすけど・・」

香澄のセリフに、モブが香澄の方へ振り返り申し訳なさそうに頭を下げた。

「ええ・・いいのよ。それこそ茂部くんが謝ることじゃないわ・・。それよりあの人、気になること言ってたわ。それにあの力・・・指から火を出して・・緋村さんのことも・・」

まさかの店側のスタッフからのクレームを受け、個室には訳の分からない嵐が吹き荒れていたが、嵐の去ったあと香澄は冷静に考え込んでしまう。

「紅蓮っすか。支社長の天敵っすね。俺は紅蓮にあったことねえっすけど、能力もってる幹部たちの間じゃ二人の不仲は有名らしいっすよ」

「そうみたいね・・。先日の支社での火災のとき・・私も直接見たわけじゃないけど、あの火・・全部緋村さんがやってたんだとすればとんでもない炎よ?・・あの緋村さんと茂部くんの先輩が双璧って言ってたから対等ってこと?あの人も緋村さんと同じような力を使えるの?・・なんで二つ名までしってるのかしら・・モブくん?あの大山田さんって何者なの?」

フリルのついたスカートを履いた小柄なウエイトレスが、サイドテールの髪を揺らし忙しそうにテーブルの食器を下げ終わって個室から出て行くのを見計らい、香澄はさっきの大山田のセリフを思い出しながらモブに問いかけてみるも、モブもそう詳しく知るわけではない。

「俺の先輩っすけど・・。たぶんそういうこと聞いてるんじゃねえっすよね?・・わかんねえっす・・。山さんがあんなことできるなんて今日初めて知ったっす。でも、俺の【複写】でコピーできたってことは、間違いなく山さんは能力者っす。・・・稲垣主任が言ってたんすけど、あのくそビッチ・・あ、すんません、紅蓮のことっす。稲垣主任、紅蓮のことそう呼ぶんでつい・・、紅蓮はマジでヤバいってしょっちゅう言ってたんす。あの鬼強い稲垣主任がそう言うんだから紅蓮はきっとガチでヤバいやつっす。・・昔の山さんのこと考えると、あり得ない気もするんすけど、もし山さんが紅蓮並みだったんなら、俺またもや命拾いしたってことっすかね・・・?」

モブが今朝に続き、今も命拾いをしたのかと苦い顔になって言うが、香澄は首を振る。

「違うと思うわ。私から見てもさっきの大山田さんの立ち振る舞い・・私の剣道で学んだ観察眼レベルの話にはなるんだけど…それでも何度も一本を取れたと思うの。それに宮川支社長のボディガードの稲垣さんがそう評価する紅蓮とその大山田さんが同列だなんてとても思えないのよ。茂部くんから見ても大山田さんに対してそんな感じしなかったんじゃない?」

「まあ・・そうっす。隙だらけの顔面に、マジで手が出そうになるの我慢するのが辛かったっすもん」

モブのセリフに香澄は笑いをこらえるようにして口を押えた。

「でも、なんだか引っかかるのよね。茂部くん大山田さんのこと少し教えてよ?・・宮コーが世間に公表してないような情報をあの人知ってたのよ?気にならない?しかも緋村さんって、こっちにいたのって3か月ぐらいなのよ?今じゃ都心の本社に帰ってるし、この3か月で大山田さんと緋村さんとで接触があったってことじゃないのかしら?緋村さんの仲間・・って感じじゃなさそうだけどね・・」

そして、香澄はすぐ神妙な顔になってそう言った。

「なかなか鋭いねえちゃんじゃねえか。ツラも極上で身体も熟れごろか…?これで能力者なら言う事ねえんだがな。」

モニタ越しに香澄を見ていた男は、感心と苛立ちの感情が混ざった表情でため息交じりに呟いた。

徳川に5発ほど小突かれ、顔を腫らした大山田が事務所に戻った時、大山田の椅子にはオールバックで細身のスーツ姿の男が椅子に座り、監視カメラが映し出している香澄とモブを眺めていたのだ。

「それに引き換え・・てめえはマジで使えねえな。ええ?大山田」

きぃ!と椅子を鳴らして事務室の入口に立っている大山田に男は椅子ごと身体を向ける。

「か、金山さん・・!来てたんすか・・!」

小突かれて腫らした顔を手で押さえていた大山田は意外な来訪者に狼狽えてそう言うのがやっとであった。

金山という男は、監視カメラ越しに大山田とモブのやり取りをずっと見ていたのだ。

ばきっ!

「ぐあっ!」

その金山が椅子から立ち上がりざまに一閃させた蹴りが、大山田のアゴにクリーンヒットしたのだ。

大山田は吹っ飛ばされ、机に置かれていた灰皿と吸い殻ともども派手な音を立てて床に転がる。

「てめえにゃ、良い思いさせてやっただろうが?おまけに自分の薄汚ねぇ能力にも気づけたんだろうがよ?!【強奪】だっけか?あの紅蓮の能力をほんの一部とはいえモノにしたんだろ!?紅蓮みたいな上玉をてめえ如きチンピラにオコボレで味見させてやるんじゃなかったぜ。おまけに紅蓮の能力までかすめ取りやがって・・。タナボタだな、おい?!そこまで面倒みてやったのに、てめえは何ペラペラと三味線奏でてんだ。おお!?」

どかっ!

金山は蹲っている大山田にそう言って、追撃の蹴りを食らわせるとペッと床に唾を吐いた。

「おい!大山田!今度はなんやねん!!?」

事務所での騒ぎに再び駆けつけた徳川を目にした金山は、苛立たしそうに舌打ちをして、大山田に「いくぞ?」とだけ言うと、肩で徳川を突き飛ばすように外へ出て行ってしまう。

「おい!どういうことや大山田?」

肩をぶつけられたものの、徳川は金山に蹴り飛ばされ鼻血の出た顔を抑えている大山田に駆けよって助け起こしながらも問い詰める。

「・・すまん徳川。なんでもないんや」

しかし、大山田はそう言って徳川の手を払うと、ポタポタと鼻血のあとを床に残しながら、よたよたと金山の後を追うようにして事務所から出て行ってしまったのであった。

【第10章 賞金を賭けられた美女たち 7話 再会 終わり】8話へ続く
筆者紹介

千景

Author:千景
訪問ありがとうございます。
ここでは私千景が書いた小説を紹介させて頂きたいと思います。
ほぼ私と同年代の既婚者が主役のものになるかと思います。登場人物同士が
つながりを持っていて別の物語では最初の物語の主人公が脇役を務める様な
小説全体につながりを持たせ想像を膨らませていけたらと思っております。
どうぞ宜しくお願い致します

最新記事
最新コメント
リンク
カテゴリ
ランキング
にほんブログ村 小説ブログ 長編小説へ
にほんブログ村
アダルトブログランキングへ
  • SEOブログパーツ
ご拝読ありがとうございます
ご拝読中
現在の閲覧者数:
問い合わせフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
官能小説 人妻 

ランキング