第11章 人工島カジノ計画に渦巻く黒き影 17話【回想】紅蓮の脅威…そして運の悪い男たち
銀次郎は覆いかぶさるように紅音に丸太のような剛腕を振り下ろす。
銀次郎の白いジャケットは焼けただれ、露わになっている肌には血と煤で汚れた火傷が痛々しい。
どおん!
紅音を叩き潰さんと振り下ろされた銀次郎の張り手が地面を揺らすが、手ごたえのなさから銀次郎は即座に横なぎに振り回す。
しかし紅音は小柄と柔軟性を生かし、地面にべっちゃり張り付いてそれを躱していたのだ。
「打たれ強いわね!足りないのかしら?!」
地面にへばりつくように身をかがめていた紅音は、ぴょんと跳躍し、愛らしい童顔をゆがませ可愛らしい声でそう銀次郎を言うと、炎を纏った拳で銀次郎を滅多打ちにする。
「ぐおぉおおお!?」
銀次郎が巨体を縮ませ、紅音の猛攻に耐える。
200cmを超える巨体の銀次郎が、140cmあまりの女に圧倒されている様ははたから見れば異様である。
しかし、紅音が拳を振る速度は常人の目では追えず、銀次郎の体に当たった拳からは猛烈な衝撃音が響いていた。
決して、銀次郎が演技をしているわけではない。
紅音の攻撃が本当に重いのだ。
そして、紅音の両の拳は炎を纏っている。
その両手の連打で銀次郎を突き放し、腕の間合いではなくなった絶妙の距離になったところで銀次郎の巨体を蹴り飛ばす。
そして間髪入れず、紅音は右手にオーラを収束させると吹き飛ぶ銀次郎に向かってぶっ放した。
どぉん!どぉおん!
壁に銀次郎が激突したと同時に、追撃の火球が銀次郎に着弾したのである。
小さな幼女とも見れる赤髪の紅音に、見るからにスジ者の大男が吹き飛ばされ炎に包まれたのだ。
(まただわ)
紅音は、もうもうと立ち上る黒煙に向かって激しく舌打ちして、キッと視線を金太郎と呼ばれた長身痩躯の男へと向けた。
圧倒的優勢に戦いを進めているにも関わらず、紅音の表情は芳しくない。
(【火球】が効いてない・・。あいつが何かしてるんだわ。忌々しい)
紅音は、金太郎をにらみながら炎撃を纏わせ銀次郎を滅多打ちにした両手の感覚を確かめるように、指を動かす。
(手に纏わせてる炎には問題ないわ。・・問題は今の【火球】。どうして焼け死なない?・・・銀次郎の肉体とオーラ量だと私の炎に耐えられるはずがない)
紅音は、どうしようもなく短気だが、物事にたいする透徹した洞察力を持ち合わせている。
紅音は、七光りのように眼の能力に頼ってオーラの多寡を視認しなくても、ほぼ正確に相手の力量がわかると自負していた。
そしてそれは事実である。
だからこその普段の紅音の振る舞いであり態度なのだ。
低能な者が、自分の無知蒙昧に気づくことができないゆえに他者に対し傲慢になっているのとはわけが違う。
紅音はわかっているのだ。
自分のほうが格上であるということが。
自分のスタイルで戦えば、銀次郎のような脳筋能力者では到底自分に敵うはずがない。
能力者同士には相性があるとはいえ、銀次郎が肉体強化に特化した能力者であれば、炎を自在に操り、肉体の強化も肉体強化特化の能力者とさほど遜色ない紅音に勝てる見込みはないはずである。
銀次郎は肉体強化特化の能力者としては、おそらく国内トップクラスだろう。
紅音の評価はそれであり、それは正しいが、それでも紅音には届かない。
しかし、【炎撃】で殴られ蹴り飛ばされて壁に激突し、受け身もままならない態勢のまま【火球】を食らったにもかかわらず、銀次郎は【火球】のダメージは浅く、いまだに戦意を失っていない。
紅音にとっては銀次郎の戦闘力は想定内である。
しかし、炎によるダメージが通らないのが腑に落ちないでいた。
一方で、銀次郎にとっては、紅音の強さは想像をはるかに超えていた。
炎を使える能力者だとしても、自身の肉体強化の防御オーラを貫通してくるはずはない。
そう高をくくっていたのだ。
それが大いなる誤算だったということを、今身をもって味わっているのだが、兄が登場してくれたおかげで、何とか死なずに済んでいる。
紅音は前髪を人差し指でくるくるともてあそびながら、銀次郎と金太郎を観察しながら考察していた。
(【炎撃】の手ごたえはあった。・・・でも、いまの【火球】のダメージがほとんどない。それにさっきの【龍炎】や【獄炎】にも・・。ということはあっちの男の能力は遠距離能力の阻害・・というわけね。炎を着火させる最初は特に高い集中力と大きなオーラが必要だけど、実は問題はそれ以降・・。着火によって発生した熱エネルギーを燃焼効果で持続させるために次々と連鎖反応を起こさせる必要がある。つまり・・次々とオーラをそこへ供給してやらなければいけないんだけど、さっきからわずかに違和感があるわ。たぶんあいつがなんらかの能力でそれを邪魔して、対象まで燃焼効果をたどり着かないようにしているってわけね。防いでいるわけじゃない。私の能力の発動を邪魔してるだけ。銀次郎が私の炎を完全に防げてないのがその証拠・・・。オーラの供給を邪魔しているということは、距離の問題があるはず。私から遠ければ必然的に自分たちに近い。だから私より早く阻害できる。ネタがわかってしまえばいくらでも対処できるわ・・。それでも少しばかり褒めてやってもいい程度の能力者ってのは認めてあげるけど、私に歯向かうにはチンケすぎる能力よ。阻害できない距離で私に火を使われたらどうなるのかしらね。近すぎたら私が自分の炎のダメージを恐れて火が使えないと高をくくっているのなら・・試してあげるわ。炎に焼かれるのはどっちかってことをね)
「・・ふふっ・・ふふふっ」
金太郎の能力をそう鑑定した紅音が、二人を視界に収めて残忍に冷笑する。
相手の能力のネタが分かったのだ。
紅音の表情には完全に余裕が戻っている。
「おあいにくさま。少し驚かされたけどもうタネはバレてるのよ?」
紅音の作戦はシンプルであった。
接近戦に持ち込み、ゼロ距離で炎をぶち込む。
紅音の防御オーラが防げるぎりぎりの炎を、至近距離で耐えられる者がいるはずがない。
そして、同じ距離なら能力の発動速度で自分が後れを取るはずがないという自信もある。
(近づけば、炎を使わさなければ・・私に勝てると思ってる類の愚物・・・。思い知らせてあげるわ)
北派、南派と中国拳法のいくつかをマスターしている紅音である。
それに加え、今の紅音の肉体強化は現在においては、のちに銀獣と呼ばれる稲垣加奈子よりも強力であった。
(この私を脅して焦らせたツケを払わせてやるわ・・。死をもってね)
女子大生でしかない緋村紅音だが、すでに殺人は何度が犯している。
もちろん証拠を残したことなどない。
容疑者になったこともない。
すべて灰にしてきたし、紅音の肉体強化をもってすれば、現場から短時間で遠くまで離れることが可能だからだ。
(こいつらも灰にして終わりよ。依頼を出した証拠も灰にしてあげるわ。・・・その前に、せっかくだから楽しませてもらうけどね)
紅音は小柄ゆえのリーチの不利をなくすため、炎で巨大な鎌を模り発現させ両手で持ち、腰を落として構える。
そして残忍な笑みを浮かべて上唇を舌でペロリと嘗め回した。
じくじくと身体の芯から淫卑な炎が灯り、それが全身に広がっていくのが紅音には感じられる。
勝利を確信した残忍な猫科の肉食獣が獲物を嬲る興奮に似ていた。
ぶるりと身体を震わせて紅音は口を開いて嗤う。
「うふっ!うふふふふふふふっ・・。この瞬間の心の躍動。たまらないのよね・・!うふふふっ!」
紅音の異常性癖のスイッチが入ってしまったようである。
愛らしい童顔の顔ゆえに、紅音の妖しい表情には不気味さと鬼気迫るものがある。
これから始める相手を死へと誘う舞踏に心が躍っているのだ。
自身に立ち向かってきた愚かな敵が、勝ち目がないと徐々に悟っていき、無駄な抵抗を楽しませてくれる。
こんなはずじゃないと絶望に歪む表情が、痛みで堪えきれなくなった悲鳴が、哀れな命乞いが、紅音の官能を潤わせる。
敵の抵抗をたやすく蹂躙し、嘲笑いながら圧倒的な火力で徐々に打ちのめす。
それらの妄想が、幅広くゆがんだ性癖を持つ緋村紅音の頬を淫卑な朱に染め、妖しく紅潮させていた。
そして、深紅のドレススカートのせいで見えてはいないが、紅音の下着は自身が分泌させた愛液でしっとりと湿らせはじめてもいる。
性的興奮で脳内から分泌されたエンドルフィンに反応し、子宮が収縮して下腹あたりの筋肉を妖しく脈動させる。
目の光はどろりと濁り、呼吸は艶めかしく熱い吐息で乱れ、欲情から膝をすり合わし、炎の大鎌を構えた格好のまま腰を震わせる。
そんな異常な様子の紅音を見やり、金太郎は銀次郎に向かってひきつりながらも、楽し気に口を開いた。
「・・・銀次郎。てめえいい趣味してるなあ。あいつを自分の女にしてえっていってなかったか?変態な上に、【炎の天稟】持ち能力者か・・。とんでもねえ上玉?だな」
「金兄・・。それも俺が押さえつけられるってのが前提の話だったんだ。ここまで手に余るやつとは・・・」
「いまさらそう言ってしょうがない。後の祭りだ。だがまあ心配するな。俺と二人かがりならなんとでもなるだろうよ。こんな変態で強力な能力者だ。今更仲間になんていうなよ?銀次郎。・・・この変態猛獣を鎖でつないだらどんな声で鳴くのか今から楽しみだよなあ?」
金太郎は銀次郎よりずいぶん余裕のある様子である。
「うふふふふふっ!なんとかなる?!私の鳴き声ぇ!?鎖でつなぐぅ!?・・うふっ!うふふふふふふっ!!本当に馬鹿なの?!・・・私があなたたちに今期待してるのは、せいぜい無駄な抵抗して楽しませてちょうだい!ってことよっ!」
紅音はそういうと、性欲と蹂躙欲に歪んだ笑みを浮かべ、銀次郎と金太郎に炎の鎌を振りかぶり、恐るべき速度で躍りかかったのであった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ぬぉおおおおおおおおおおおお!」
二人は同じような咆哮を上げ、レスラーがやるように、がっぷりとお互いの両手を組み合わせていた。
言葉通りの純粋な力比べである。
肉体の強さと練り上げられるオーラ量の多寡の鬩ぎあい。
肉体の強さは銅三郎に、オーラの練度は哲司に分があった。
お互いの肉体の強さプラスオーラの量と練度の合計がぶつかり合う。
二人のその合計値は互角。
銅三郎にしても、哲司にしても驚きであった。
「てめぇ・・何もんだ?!」
力比べで自分と太刀打ちできるのは、兄の銀次郎ぐらいしかいないと思っていた銅三郎は、正直驚いていた。
哲司は身長182cmで体重は80㎏を超える。
対する銅三郎は、203cmで体重は150kgを超えていた。
哲司の恵まれた体格をもってしても、銅三郎の巨躯の前には小さく見えてしまうほどだ。
それなのに、哲司を力攻めで押し切れない。
ぱんぱんにパンプアップした肉体を汗で光らせ、頬を伝う汗が顎に達したとき、哲司は無理をして余裕のある顔をつくって、ニヤリと笑い銅三郎の問いにこたえた。
「何者やて?・・俺はな・・正義の味方や!」
哲司のセリフに銅三郎が眉を顰め、何かを言おうとしたとき、銅三郎が哲司を押しつぶそうと全体重をかけていた手ごたえが急になくなる。
がっしゃああああん!
銅三郎は急に前のめりになり、哲司の背面にあったインテリア用の水槽にその巨体を投げつけられたのだ。
哲司は巴投げの要領で、背中を地面につけて銅三郎が押してくる力を利用し、腹部を蹴りながら投げ飛ばしたのだ。
あふれ出る水槽の水で店内はガラスの混じった濁流で満ちる。
「痛たたたた・・・!なんちゅう馬鹿力や!・・っと!こんなやつこれ以上相手にしとる場合やない!麗華を追わんと・・」
哲司は床から跳ね起き店のカウンターに飛び乗ると、銅三郎と握り合っていた自分の両手をぶんぶんと振ってはさすり、ふぅふぅと両手に息を掛けていたが、慌ててカウンターから裏口に飛び込んだ。
びしょ濡れになった銅三郎が、ようやく憤怒の形相で哲司を探しながら立ち上がったが、すでに哲司は走り出した後で、哲司の姿はない。
「どこに行った!逃げるんじゃねえ!」
銅三郎は割れたガラスであちこち出血していたが、それにはかまわずすでに姿の見えない哲司に向かって怒鳴ったのであった。
びしゃびしゃになった店内で、銅三郎が哲司を探していたが、すでに哲司は店前に群がる野次馬たちをかき分け、麗華の車のところへと戻ってきていた。
しかし、肝心の麗華はいないし、麗華の車もない。
哲司が慌ててあたりをぐるりと見まわすと、駐車場の入り口にある壊れた開閉器のところに、複雑な顔をした男の姿があった。
そして、見覚えのある色の衣服を抱えている。
麗華がさっきまで来ていたカーキ色のリブトップだ。
「おい!その服どないしたんや!」
とっさにそう怒鳴ってしまった哲司に、声を掛けられた男は驚いて振り向いたものの、すぐに怒鳴られる理由などないことに気づき訝し気な顔になって言い返した。
「あん?!」
怒鳴られたことへの苛立ちで、駐車場係の顔には哲司に不審と怒りが混ざった表情になっていたが、哲司はかまわず男の両肩に手を置き揺さぶる。
「その服!その服着てた女どないしたんやって聞いてるんや!なんでその服あんたが持っとるんや?麗華は?麗華はどこや?!黒タンクトップ着た胸でっかい女や!その服脱いでるんやったら、めっちゃ谷間が目立ってたはずや!・・・あんた運がええな!」
哲司も焦る気持ちを抑えきれず肩を揺さぶり怒鳴ったが、男が怒鳴り返してきた。
「なにが運がええじゃあ!運は最悪じゃああ!!あんたあの女の連れか?!」
「そうや!」
「じゃああんたが弁償してくれるんだろうな!あれ見てみいや!!運がええどころの話ちがうだろうがよおお!」
「は?」
哲司は間の抜けた声を上げ、ここでようやく目をしばたたかせる。
男が怒鳴って指さした方向には、駐車場入り口に設置してあるポールを開閉させるための装置が、根元から無残に破壊されて横たわり、時折電気の火花をバチバチと光らせていたのだ。
「その麗華ってあんたの連れの女があれをぶっ壊していったんだ。弁償代つってこれだけおいてな!」
駐車場管理人の男はそういうと、哲司の顔の前にぐしゃぐしゃになった1万円札を3枚突き出す。
「え?は?・・あー・・・えっと・・。3万?・・・えっと・・そ、そうなんか・・そりゃ気の毒に・・」
哲司は麗華がここでとった行動がなんとなく想像できてしまったせいで、言葉を失ってあいまいにこたえる。
「そうなんかじゃねえよ!これっぽっちでどうしろっていうんだよ!環状線からは遠いていっても、ようやく自分の商売の土地が持てたばっかりなんだぞ!あんたの女がやらかしたことだ!どうしてくれるんだ!」
駐車場管理人は狼狽えだした哲司の胸倉をつかんで、いきり立つ。
「あ~・・そりゃすまんかったな。俺からもよう言うとくわ・・」
哲司がばつが悪そうに頭を掻きながらそういうと、男はポケットからおもむろに携帯を取り出しプッシュし始めた。
「あ、はい。事件です。ええ、場所は・・」
「わかったー!わかったわかった!わかったから落ち着こう!な?!」
哲司は目の前の男が110番通報したのだとわかると、大声を上げ男のスマホを押さえた。
「大丈夫です!なんかの間違いです!ほな、さいなら!」
哲司は、そう一方的に電話口に向かって言うと、電話を切ってしまう。
「何やってんだあんた!・・・そういうことならやっぱりあんたが支払ってくれるんだろうな?」
管理人がそういったところで、管理人のスマホが鳴り出した。
おそらく110番通報された警察が、不審な電話の切り方を怪しんで掛けなおしてきたのだろう。
電話に出ようとする男を哲司は手で制し、口を一文字にきつく結んで神妙に頷く。
「わ、分かった。俺が弁償する」
そういった哲司に対して、男は胡散臭そうな者でも見るように、哲司をつま先から頭のてっぺんまでじろじろと見つめてからスマホを耳に当てた。
「はい。ええ、すいません。手違いでした・・。ええ・・・。はい。申し訳ありません」
男は警察にそういうと、通話を切りスマホをポケットにしまう。
ため息をつき、哲司のほうに向きなおって男は哲司に慎重な口調で言う。
「・・今更嘘でしたはなしだからな?あんたの連れの車のナンバーは監視カメラに写ってるし、知りませんは通用せんからな」
「わかっとる。・・・せやけど勉強したってや」
頭を下げてそういう哲司に向かって、男は再度ため息をつき、壊れた開閉器を見てもう一度深くため息をついたのであった。
「しばらく商売にならねえよ・・」
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