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第10章  賞金を賭けられた美女たち 18話 袁揚仁のアジトにて

第10章  賞金を賭けられた美女たち 18話 袁揚仁のアジトにて


足元に散乱する木片や機材のせいで足場は悪い。

それに加え廃工場になっている倉庫内には灯り一つなく、外の月明りもほとんど届かないでいた。

しかし、グラサンこと菊沢宏と、抜けた炭酸水のような顔と真理に評された女剣士、大石穂香にとっては暗闇は歩みの妨げにはならない。

高嶺弥佳子と神田川真理は正面から、菊沢宏と大石穂香は裏口から倉庫に侵入を試みていたのだ。

倉庫外にある広い土場には報告にあったヘリコプターが、防水性の覆い布で隠されていた。

しかし、覆い布では隠しきれない水平尾翼部分が布から飛び出しており、宏らはその機体が張慈円の乗っていたものと同じことをすでに確認している。

張慈円の乗っていたヘリコプターの着陸場所を正確に捕捉できたのは、蜘蛛こと最上凪がSで放っていた石礫に纏わりつかせていた糸がヘリコプターの機体へ付着させていたからである。

粘着性を持たせた糸を機底に張り付け、そのうえ伸縮性を持たせていたため、張慈円の飛び去った先を突き止めることができたのだ。

オーラをまとった能力者相手に直接付着させるとさすがに気づかれてしまいやすいが、ヘリコプターのような無機物に付着させてしまえば、よほど【視力強化】をしても気づかれにくい。

もし、目に見えたとしてもそれがオーラによる糸だとは十中八九は気づけないだろう。

凪が片言で言った説明によると、ヘリコプターがここに到着したのは今日の早朝とのことであった。

早朝と言っても午前1時ごろなので真夜中と言って差し支えない。

要するに、ヘリコプターがここに到着して、すでに21時間も経過していることになる。

ほぼ暗闇の倉庫内を、トレードマークであるサングラスを外さずにむっつりと押し黙ったまま、宏は足早に進んでいた。

歩む先に確信があるわけではないが、この倉庫内には張慈円がいる可能性が高いという推測から、宏の急いた気がそうさせている。

しかし張慈円の足であるヘリコプターが土場にあったとはいえ、宏は時間が経ちすぎていることが気になっていた。

(クソ慈円の野郎、逃げ切ったと思うて、のんびりしといてくれよ・・。スノウ、千尋、クソ慈円の野郎はこの俺がきっちり始末してやるからな。美佳帆さんにもちょっかい出したい言うてたし、ほんまあの野郎、今度こそすり潰してやらなあかん・・。これ以上あんな悪党に好き勝手させるわけにいかへん。もちろん、麗華を洗脳しよったことをきっちり吐かせてからやが・・)

焦る気持ちを表情に出さず宏は決意を強めていた。

丸太を挽き、材木になったものを運ぶために使われていたのであろう機材が朽ち果て佇み、工場内は完全に錆びれていた。

宏は貨車の上に飛び乗って、【暗視】と【視力強化】した目で、高みから倉庫内を一望する。

宏の焦り逸る気持ちとは裏腹に、倉庫内は相変わらず静まり返っていた。

弥佳子と宏で二手に分かれたのは、張慈円が逃げ込んだであろうこの廃工場の面積が、単純に巨大と言えるほど大きかったからで、二手から探したほうが効率が良いと思ったからである。

正面と裏口に分かれて侵入したが、お互いの気配は全く感じられないほど広い。

宏が飛び乗った高所である貨車からでも、天井はまだまだ高く、小さな窓からほんの微かに差し込む月明かりが、長年稼働していない倉庫内に浮遊する塵を照らすばかりで、人影などは感じられなかった。

スクラップとなって久しそうな製材機械などが、あちこちで草臥れ果てているばかりだ。

しかし、宏は張慈円がここにいるという思いが強まっていた。

なぜならこの倉庫に人の気配はないが、わずかだが最近人の出入りのあった痕跡が見受けられるのだ。

宏はサングラスの奥に逸る気持ちを抑え、冷静に努めようと肺にたまった空気を静かに吐き出した。

「ほんとにここにいるのかな~?」

仲間の仇をようやく討てるかもしれないという緊張感で、緊張した面持ちで押し黙って捜索に専念していた宏の耳に、穂香ののんきな口調が聞こえてきた。

人気のない倉庫内では、穂香のその声はよく響き渡ってしまい、潜入してからずっとマイペースな穂香のことを無視していた宏も、さすがにそのむっつりした表情で貨車のすぐ下を歩く穂香を見下ろし、眉間にしわを寄せた。

「声がでかいわ。気づかへんか?ここに人気はないけど比較的新しい足跡はけっこうあるやろ?ここは廃工場のはずや。真新しい足跡があるいうことはそういうことやねん」

「ふぅん」

ミッションが始まって初めて交わした二人の会話だった。

穂香は宏の言葉に興味なさそうに両手を頭の後ろで組んで、生返事をしてから、かみ殺すことなく大きな欠伸をした。

その様子に宏はむっとしかけたが、穂香の背後の少し離れた壁の真下に真新しい足跡が集中しているのを発見して、貨車から飛び降り穂香の肩に手をかけ押しのける。

「ちょっとなによう」

肩を掴まれて押しのけられた穂香が声を上げるが、宏は穂香の抗議を無視して、足跡が集まる床にしゃがみこんだ。

「あ。足跡いっぱいあるね。でも・・扉も何にもないよ?」

押しのけられた穂香がしゃがみこんだ宏の前にある壁を見てそういうが、宏の視線の先は違っていた。

「・・・下か」

足跡の集中しているコンクリートの床すぐ隣には、床と同じ色をした1㎡ほどの鉄板が置かれていたのだ。

「入るで?」

「無駄足かと思ったけどやっとこの子を振るえるね~」

穂香は、宏の確認のセリフに応える代わりに、腰に帯びた黒漆で設えた鞘を左手でつかんで、物騒な笑みを浮かべてそう言った。

いかにも即席で溶接しましたよ。と言った武骨な鉄製の取っ手を掴んだ宏は、そう言うや否や床に付いた鉄の扉を引き上げたのであった。

一方の弥佳子と真理の二人は、すでに廃墟倉庫の地下につくられてた施設に侵入を果たしていた。

弥佳子達も倉庫内に侵入したものの、人の気配がしなかったため訝しみ、再び倉庫前にあった鉄塔の見張りの二人のところまで一度戻って手がかりを探したのであった。

すでに物言わぬ屍となっていた二つの死体のうちの一つからカードキーを拝借し、もう一つの死体の懐にあったタブレットから最小限の情報を得ることができたのでだ。

「カードキーやタブレットまで斬れてなくてよかったわね」

真理のセリフに弥佳子も苦笑いで「そうね」と返す。

弥佳子の斬撃を空間転移で飛ばし、一瞬で二人の見張りを絶命させた神業は見事だったが、鍵やタブレットまで斬ってしまっていれば、張慈円のアジトと思われるこの地下施設への侵入はもう少し骨が折れたことであろう。

「それにしても廃屋の地下にこんな施設を造ってるなんて、張慈円らしくない気がしますね」

「ふむ・・。奈津紀さんたちからの報告でも、張慈円にこんなことができる資金力があるとはとても思えないのですよね。張慈円が率いる新義安は貧乏組織として業界では有名ですからね」

弥佳子は真理に振り返り肩をすくめて返した。

「・・・そんな金欠組織の依頼をよく受けましたね」

真理は弥佳子に鋭く言葉を詰めた。

宮川重工業の機密データを他国に売り渡す。という張慈円の護衛を務めたのが高嶺なのだ。

真理としても、嫌味の一言でも言っておきたかったのだ。

「まぁね・・。でも即金だったからかしら。あんなに払えると思えなかったのですが、送金してきた以上断れませんよ」

真理のチクリとした嫌味に気付かない振りをしているのか、それとも本当に気にもしていないのか弥佳子は苦笑を交えて真理に返してきた。

真理もそうだが弥佳子も不思議と本音に近い言葉と感情で話ができていることに、妙な気持が沸きあがってきていたが、それが何なのかはわからなかった。

真理としても、初対面で宮コーと敵対組織である高嶺の統領に対して、なぜか普段の菩薩の鉄面皮ではなく素で話してしまう自分に少し戸惑うも、それがなぜかは分からなかった。

そしてまた弥佳子も、普段六刃仙や十鬼集たちからは鬼のように恐れられている雰囲気ではない。

弥佳子は十七代目統領として部下に厳格に接する必要がないからだと思い、真理との行動に心地よさすら感じ始めていた。

弥佳子と真理は、得も言われる感覚になりながらも、順調に倉庫の地下通路を進む。

弥佳子と真理がカードを差し込み、タブレットから引き出した暗証番号を打ち込むことであっさりと扉は開いたが、その先は、1階部分の廃墟の倉庫とはうって変わった様子だったのだ。

扉の向こうには見張りの敵がいるかもしれないと思ったが、地下に作られた無機質な空間には、廊下が延々と奥へと延びていた。

壁や床は一体となって金属製で、廊下の幅は通路同士が交差している広くなったところでも2mも幅がない。

「Sには華僑の倣華鹿もいたようだから、張慈円は倣を頼ってここに逃げ込んだのかもしれませんね」

真理の言葉に弥佳子は眉を曇らせた。

「ふむ・・・。宮コーでも華僑倣のアジトは特定できていないのですか?」

まっすぐに見据えてそう言聞いてくる弥佳子に真理は「残念ながら」と頷いて肯定する。

「倣などを敵に回すつもりはありませんでしたが・・」

(しかし奈津紀さんたちの拉致に加担したのであれば、許すことはできません)

言葉の後半は呑み込み、弥佳子は口元を隠して決意を固める。

「行きましょう。逃げ去っていなければ、このどこかに張慈円がいるはずです」

「菊沢部長にも連絡を取りたいのですが、地下だからでしょうか。通信できませんね・・」

勇んで先に進もうとする弥佳子に、真理が慎重にそう言ったが、弥佳子はカツカツとヒールを響かせ進んでいく。

(なんでそんなに急いでるのよ・・。侵入したときといい・・、焦ってるの?)

真理は、今は頼もしいが、いずれ敵になるであろう高嶺弥佳子の背に、妙な既視感を見るも、弥佳子が敵地であるにも関わらず速足で急いているのを訝しがっていた。

弥佳子と真理の歩く通路から3mさらに地下では、白衣を着た童顔の優男が足取り軽く目的地に向けて歩いていた。

香港三合会3幹部の一人、袁揚仁である。

袁揚仁は、廃製材工場地下2階にある医務室の扉の前に立ち、カードリーダーで管理された扉を操作していた。

袁揚仁はいまだこのアジトに侵入者がいることに気が付いていない。

もともとこのアジトには今回長居をする予定ではなかったため、部下も幹部を含め4人しか連れてきていなかったのだ。

だが、すでに見張りに置いていた部下の二人は高嶺弥佳子の刀の錆にされてしまっているが、報告をすることすらできなくなった部下のせいで、袁揚仁は知る由もない。

そして、二人の幹部のうち一人は今回来日した目的である、清水探偵事務所へ繋ぎの用件で差し向けているところだ。

変態サイトの動画にかかわる人材を世界各地で幅広く探している袁揚仁だが、1000万以上の値が付く賞金首を安定して狩れる人材はいまだ少ない。

10万~数百万円クラスの女性能力者は、戦闘力を持たない者たちも多く、粗野で乱暴な無能力者たちでも狩れてしまうのだ。

狩られる女性にとっては災難としか言いようがないが、粗野で乱暴な無能力者たちにとっては、憂さも晴らせ性欲も満たせるうえに、割のいいアルバイト先にされてしまっているのだ。

しかし、賞金首1000万円を境に、賞金首を狩る難易度は金額以上に跳ね上がる。

サイト内では1000万が狩りの難易度を隔てる境界線として、暗黙のルールが出来上がってしまっていた。

袁揚仁の部下たちにも狩りに参加させてはいるが、せいぜい5000万円クラスの能力者を10名ほど狩れている程度でしかない。

サイト内では千万円クラスどころか、億以上の賞金首も多数いるなかで、袁揚仁はサイトに群がる顧客たちの満足度を上げる為にも、商売の為にも優秀なハンターを増やすのが急務になっている。

清水探偵事務所が、当時5億5千万という大物賞金首である、紅蓮こと緋村紅音を狩ったことに、袁揚仁は清水達の予想外すぎる働きぶりに驚いたが、見方を改め、今後の清水達の働きに大いに期待することになったのだった。

今回の来日で清水達と会って、話し合いによっては、他の野良ハンターどもとは違う優遇と、賞金首たちの正確な情報を与えてやる代わりに、専属契約を結ぶ予定なのだ。

普段は日本に滞在させている部下に管理を任せているこのアジトを、今回の来日では使うつもりはなかった。

しかし、思いがけず張慈円という意外な同胞から救援要請があり、このアジトに匿ったのであった。

「本来なら、高級ホテルでゆっくりできてるはずだったんだけどなあ」

袁揚仁はそう呟きはしたものの、「まあいいか」と打ち消した。

開いた扉の先には、「まあいいか」と言わしめた対象の人物が、質素なパイプベッドの上で点滴を受けている仲間の容態を気遣うようにして椅子に座っていた。

「やあ。前迫さん。楽しめた?」

患者衣姿に裸足という格好の前迫香織が恨めしそうに振り返る。

袁揚仁の穏やかな表情とは裏腹に、前迫香織の表情は厳しい。

しかし香織が、袁揚仁をきっ!と睨み付けたのは一瞬で、すぐにベッドの上ですぅすぅと寝息を立てている南川沙織の方へ向き直り、その顔を心配そうに撫でた。

「うん。まだ目を覚まさないかな。でもずいぶん傷は癒えてるね。流石高嶺の剣士だよ。よく鍛えてる。この子は死んでもおかしくない怪我だったからね。でも深めに催眠を促したからまだまだ目が覚めないはずだよ」

「・・・奈津紀は?無事?」

計器を確認し、点滴溶剤にまだ余裕のあることを確認した袁揚仁は、沙織の容態を診ながら言ったセリフを聞き終えた香織が、ここにはいないもう一人の仲間のことを問いかけた。

「ふふっ。それを聞くのかい?知ってるだろう?」

袁揚仁が香織に向きなおり、じっと香織の目を見て微笑みかける。

香織は袁揚仁のセリフと視線に顔を赤く染め、羞恥で目を逸らした。

先ほどまで香織の脳には、袁揚仁の能力で千原奈津紀が見ている景色をリンクされていたのだ。

香織は、つい数十分前まで行っていた自分の行為を思い出し赤面したのであった。

「あなたはという人は・・!」

生真面目な香織はそう言うのが精いっぱいで、それ以上言えず、長い髪で表情のほとんどを隠すようにして俯く。

真一文字に結んだ香織の唇が悔しそうに震え、長い黒髪で隠されているため目元は見えないが、頬には涙が伝っていた。

「可愛かったよ。・・僕にあの能力を使われたら誰だって抵抗できないさ。現実と夢と区別がつかなくなるからね。本当に犯されてると夢が覚めるまで疑いもできなかったでしょ?君が気に病むことはないよ」

袁揚仁がそう言って香織の肩を抱こうとしたが、香織はその手を勢いよく払いのける。

「どの口がっ!・・あなたは最低です。奈津紀があんな目にあったというのに私に・・・!ああっ!なんということを・・。なんということをさせるのですかっ!」

払われた手を撫でながら、袁揚仁は普段の微笑を浮かべた表情を崩さない。

そして、頬を濡らし長い髪で表情を隠すようにしながらも、悔しそうに肩を震わせている香織に見入った。

袁揚仁の性癖は強く気高く美しい女性が、羞恥に濡れる姿である。

いまの前迫香織がそれなのだ。

そして袁揚仁の好みに前迫香織という剣士はびったりと嵌っていた。

クールさを感じさせる切れ長の目、暗闇を縫い合わせる為のような黒く長い髪、憂いのある薄幸そうな表情、知的さを演出するような控えめなバスト、それでいて女性らしい腰から下半身にかけての隆線的かつ魅惑的なライン。

袁揚仁は久しぶりに高鳴る胸と股間の猛りは発散しようと、手を伸ばす。

香織はふざけるなとばかりに袁揚仁の手を再び払おうとするが、いまだオーラの回復していない香織には無理なことであった。

袁揚仁の頬を打とうとした手は掴まれ、そのまま袁揚仁に抱きすくめられるようにして、いっきに唇までも奪われる。

「んんっ!・・くっ!やめなさい!こんなこと、こんな恥を受けるくらいなら・・!んんっ!」

抱きすくめられ身動きの取れない前迫香織の無防備な唇に、袁揚仁の唇が重なる。

「さっきまであんなに派手にオナってたじゃないか」

耳元でそう囁かれると当時に、耳に息を吹きかけられた。

掴まれた手の指先を袁揚仁の指が絡みつく。

先ほどまで、弄っていた粘着質な液体が香織の指には残っており、それを知られる羞恥で頭が真っ白になりかける。

「くうっ!」

耽っていた行為をやはり覗かれていたのかという思いと、耳を擽る吐息、自慰に耽っていた指先の湿り気を悟られ香織は狼狽する。

その一瞬の隙に、袁揚仁は患者衣の裾から、香織の股間へと手を忍ばせたのだ。

袁揚仁の指先に、香織の指先の湿り気とは比べ物にならない生々しい、ぬらりとした湿り気が感じられる。

「ふふふっ」

袁揚仁はそう笑っただけだったが、香織は普段はクールな切れ長の目を、見開き涙を浮かべ、顔は飲めぬ者が酒を煽ったかのように真っ赤にさせて、屈辱に震えている。

「ご、後生・・。こんな恥をかくぐらいなら。治療などせずいっそ殺してくれれば・・!」

恥辱と屈辱で、唇を震わせ、羞恥で歯をカチカチと鳴らしている香織の反応を楽しむように、袁揚仁は香織の身体を弄り、甚振り始めた。

「ああっ!」

香織の必死の抵抗で振り抜いた膝蹴りも、むなしく空を切り、逆に膝を抱えられてしまって、女性の部分をより触られやすくされてしまう。

「くやしいでしょ?たまらないなあその表情・・。でも安心しなよ・・。君は特別だよ。君はすごく僕のタイプなんだ。今すぐには無理かもしないけど、悪いようにはしないよ?・・君がうんと言ってくれるまで、僕は手元から君を手放さないって決めたんだ。・・・時間はたっぷりあるからさ」

袁揚仁は整った童顔を再び香織の顔へと近づけ、口付しようと顔を傾けたとき、わき腹に激痛が走った。

「ぐっ!?」

涙に濡れた香織の唇を奪おうと目を閉じかけた袁揚仁が突如苦悶の声を上げたのだ。

「きっしょく悪ぃんだよ!!この優男!!かおりん!さっさと行くよ!」

聞きなれた声と口調に香織が零れた涙を拭い見ると、点滴の管をうざったそうに剥いだ童顔の同僚、南川沙織が薄青色の患者衣の前を合わせてベッドから飛び降りたところだった。

沙織は、ぺたっと裸足の音をさせて、リノリウムの床に着地し、床にわき腹を抑えて蹲る袁揚仁を一瞥して、表情を歪めて舌打ちをした。

「気っ色いんだよお前はよ!ウチのかおりんを気色悪ぃ口説き方してんじゃねえよ!」

そう言って袁揚仁が抑えているわき腹を、再び思いきり蹴ったのだ。

どかっ!!

と派手な音がして、袁揚仁が吹っ飛び壁に激突する。

「沙織!けがはもう大丈夫なのね?それに今の威力・・オーラも?」

「うん。そうみたい。絶好調。・・・ってでも、刀はないからガチのやつらと戦うとなったらヤバいよね。かおりん。あいつが悶絶してるうちに行こう!」

「え・・ええ。助かったわ沙織。でも奈津紀も掴まってるの」

「なっちゃんさんが?!うん、わかった」

悶絶からやや回復し立ち上がろうとしている袁揚仁を視線の端でとらえた沙織は、手短にそう香織に返した。

そして、沙織はテーブルに置かれた銀トレイにある医療用のメスを数本鷲掴みにすると、開いている入口から香織の手を引いて逃げ出したのだった。

【第10章  賞金を賭けられた美女たち 18話 袁揚仁のアジトにて終わり】19話に続く
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筆者紹介

千景

Author:千景
訪問ありがとうございます。
ここでは私千景が書いた小説を紹介させて頂きたいと思います。
ほぼ私と同年代の既婚者が主役のものになるかと思います。登場人物同士が
つながりを持っていて別の物語では最初の物語の主人公が脇役を務める様な
小説全体につながりを持たせ想像を膨らませていけたらと思っております。
どうぞ宜しくお願い致します

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