第8章27話 作戦開始
新設で配置された応接室に元菊一事務所の面々と宮コー能力者達の3名・・とはいっても菊一事務所のメンバーは全員ではない。
あらかた荷物の運び込みは終わり、何とか業務はできそうには配置されているが、まだ大きな備品などはきちんと配置されていない。
会議ブースぐらいは確保できているのだが、残りの大きな家電製品などの配置は、は改めて明日に作業を再開することになっている。
この会議に参加しているのは部長の菊沢宏、部長代理の菊沢美佳帆、副部長の豊島哲司、三出光春、寺野麗華、斎藤アリサの6名で、残りの3名のうち二人の斎藤雪と伊芸千尋は15階のスイートルームの同じ一室で待機中、北王子公麿も【自動絵画】を使い過ぎて疲労困憊になり別室のスイートルームでダウン中である。
宮コーの参加メンバーは、宮川佐恵子、神田川真理、稲垣加奈子である。
その宮川佐恵子は目を閉じ、眉間に皺を寄せ、脚を組みなおして溜息をついた。
一通り神田川真理が今夜の作戦の説明がなされたのであるが、一人の人物によって意義が申し立てられていた。
「そんなもんアカン!そんな作戦認められへんと言うとるんや!それやと美佳帆さんを囮に使うちゅうことやないかい!」
大塚マンションに監禁してある水島の処置及び、杉、粉川の敵への内通を逆に利用しての作戦説明の途中で、グラサンこと菊一探偵事務所元所長、現在は宮川コーポレーション関西支社調査部部長の菊沢宏が声を荒げた。
「奥様を囮に使われているという事のお気持ちはお察しいたします。ですがどうか落ち着いてください。今回の件は美佳帆さんもご納得いただいたうえですし、これが相対的にみて一番最適な配置です・・」
宏の剣幕に押され、さすがの真理も一瞬たじろいだ表情を見せたものの、毅然と返答する。
「ちょっと宏。落ち着いてよ。私のことを心配してくれてるのは嬉しいけど、これが最適なのよ」
美佳帆も慌てて隣に座る宏の腕を掴み、真理と宏の間に入って宥める。
「いいや・・アカン・・これはホンマ、アカンやろ・・。美佳帆さんを大塚マンションに一人で待機させて囮にするんやで?今の話やと一時的とはいえ、美佳帆さん一人になる時間が何十分かできてしまうやろ?画伯の【自動絵画】やとドットクラブには張慈円はおそらくいてへんことがわかっとる・・。ということは大塚マンションに来る可能性が高いちゅうことや」
美佳帆に掴まれた腕をやさしく振り解き、真理の後ろに座っている佐恵子に向きなおった宏が剣幕治まらぬ様子で言う。
画伯こと北王子公麿の能力を酷使し得た情報では、まだまだ情報不十分であったが、今回の情報漏洩を逆手にとった作戦に、敵は食いついたことが確認されている。
「・・・・ふぅ・・。作戦の草案は真理が考えましたが、承認したのは私です。・・・しかし・・・、面と向かってこんなに反論を受けたのは初めてですわ・・。些か面食らいますわね・・。それに、部長代理である美佳帆さまの護衛には、マンションの外で待機している私達3人で付くとお伝えしているじゃありませんか。張慈円が現れても、加奈子がいますし、わたくしもいますわ・・。わたくしと加奈子で張慈円を迎え撃ちましょう・・ご不満ですか?」
一人だけ肘置き付の席でソファに深く腰掛け脚を組んでいる佐恵子が、少しだけ宏に気を使うような素振りで話しかけていることに、佐恵子の左側に並んで座っている真理と加奈子は内心驚く。
「それや・・・その心持やねん・・敵を見下してるそこが問題やねん。それと、ご不満ですかって?・・満足か不満かで言うと不満や。自分らの能力や才能に奢った中途半端な強さのあんたらに、今の美佳帆さんを任せるんは不安やって言うてるんや。美佳帆さんが一人になる時間があるやないか」
佐恵子の右側、真理や加奈子の正面にどっかりと脚を割って座り、腕を組んだままの宏が憮然と、しかし困ったような表情で答える。
「中途半端・・?」
さすがに中途半端と言われ、佐恵子の細く形の良い眉がピクンと跳ね上がり、細い目を鋭くさせ宏に聞き返す。
「菊沢部長。・・いい加減にしておきなさいよ?・・・うちの会社で支社長にそんな口聞く奴はただの一人もいないわよ?」
耐えかねた加奈子が、正面に座る宏に静かな声ではあるが、怒気を孕んだ口調で咎める。
「ああそうかいな、悪気があったわけやないんやが、すまんな。しかし美佳帆さんを囮にするんなら護衛としては俺が最適や。これは譲られへん。宮川さんらのほうがドットクラブへ強襲かけたら万事うまく行くんとちゃうか?」
加奈子のほうをチラリとみてから軽く断りをいれた宏は佐恵子に向かって提案する。
「・・・大塚マンションかドットクラブ。北王子さまの【自動絵画】の情報では、おそらく大塚マンションのほうに張慈円は現れますわ。そして・・橋元はおそらくドットクラブのほうで・・神谷さまのことを・・。絵では判別できませんが、張慈円は手傷を負ってはいました。ですが、真理や北王子さんのように回復能力者もいるかもしれません。最悪の場合を想定して、全快していると考えるべきです。・・張慈円と戦って感じたのですが、私のオーラ量判別では菊沢さま、豊島さま、そして加奈子か私・・、その4人のうち2人以上で対峙できれば、張慈円といえども完封できるはずです」
「なら俺と和尚、ほんで姫、アスカで大塚マンション。ドットクラブは支社長さん、真理さん、稲垣さん、モゲか・?」
佐恵子の説明に頷いた宏は、腕を組んだままソファに持たれメンバーの配置を提案する。
「・・・岩堀さんや大東さんから受けた依頼を問題なく完了させるには、水島という人物に私が【暗示】をかけたうえで、ある程度【操作】する必要がありますわ。私と加奈子と真理、寺野さま、アリサさまで大塚マンションに行きます。ドットクラブには、男性陣で向かっていただく・・真理がそう説明でしたでしょ?聞いてませんでしたの?」
佐恵子にしては根気よく対話をしているが、だんだんと機嫌が悪くなりつつあり、真理と加奈子は冷や冷やとしながら、そう言う佐恵子の顔を横目で伺っている。
「支社長さんの【操作】や【暗示】使こうてそこまでせんでも水島は俺が始末してしもたらええやないか」
「わが社の社員である限り、能動的な殺人は容認できません。・・・・そんなことを今更おっしゃるのなら、こんな事態になる前にそうしておくべきでしたわね」
宏と佐恵子の声がお互いに声の音量を上げ始めたところで美佳帆が宏の腕を引っ張って言う。
「宏、大丈夫だってば!それに、ドットクラブにいるかもしれない神谷さんを助け出してあげて・・・画伯が描いたあの絵・・同性として見てられないわ・・・。一刻も早く助け出してあげてほしいの」
「それはもちろんそうやけど・・そうは言うても美佳帆さん・・!美佳帆さん・・俺知ってんで?・・美佳帆さん、実はいまちょっと本調子やないやろ?」
普段はポーカーフェイスの美佳帆も一瞬しまったと自分でも思うほど、表情に出てしまった。ボーっとしているようでも、宏には何か伝わってしまっていたらしい。
美佳帆は仕方なく白状する。
「宏・・・私の調子が悪いの気づいてたんだ・・・?でも、大丈夫よ。宮川さん達は3人とも凄腕だって宏も言ってたじゃない。それに、うちの姫やアリサも加奈子さんに負けないぐらい強いはずよ?」
「そのとーり!麗華ちゃんもいるし心強い!」
「所長!あ、いまは部長か・・・美佳帆さんの護衛なら任せてよ!・・・それともなに?・・私たちもいるっていうのに信頼できないっての?」
「え!?そういうことなの?」
名前を出された天然ことアリサが右手を上げ元気に答え、同じく姫こと寺野麗華が胸に手を当て、宏に答えていたが話が変な方向に行きそうになってきたところで、佐恵子が口を開く。
「・・・・たしかに、オーラ量だけで見るとお二方とも加奈子に迫るオーラ量がございますわね・・。戦闘能力も加奈子並みだとすると、わたくしにとっては嬉しい誤算ですが・・」
この佐恵子の発言に、話題に上がった3人とも微妙な表情をするが、あえて誰も発言しない。
加奈子は自分に迫る強さだと思われてるのは心外なようであるし、麗華にとっては、稲垣加奈子は先日助けてやった対象でもある。天然アリサは解っているのかいないのかわからない表情で、それぞれの顔を見比べている。
格闘に自信のある加奈子と麗華の間で、無言の火花が飛び始めたとき、妙に冷静な声で宏が口を開く。
「それはそうなんやけどなぁ・・いや、アリサや姫のことやないで・・?・・あんな、美佳帆さん・・確かに支社長さんら3人は一流の能力者や・・・。それは間違いあらへん。しかも内二人はレア能力者やな。そうやけど、悲しいかな戦いにおいては・・、俺の見立てやとまだまだやねん・・なんて説明したらええんやろな・・いや・・、うちの所員にも言わなあかんし、俺もなんやけど・・ハァ・・こんな時に先生がいてくれたらうまい事説明してくれるんやけどなぁ・・・」
「グラサン・・愚弄するのもそのぐらいまでにしておきなさいよ」
困ったような仕草で美佳帆に説明をしようとしていた宏に、加奈子が最後通告だと言わんばかりの気迫で静かに宏に警告する。
加奈子の様子を手で制した佐恵子は、軽く「ふぅ」と嘆息してから、宏に向って口を開く。
「菊沢さま・・・・あまりこういう事、普段は言わないのですが・・、相性や能力の種類によって強さとは完全にイコールとは言えません。しかし、とは言っても概ね比例しがちなのも事実です・・・私自身、自分ではまだまだ精進するべきとは思ってますが、自分のオーラ量も完全に把握してますし、私にはオーラ量とその人の感情や精神状態までもがほぼ見えてしまいますわ」
「ほう・・・、支社長さんの【感情感知】というやつな?オーラ量も見えるんは便利やな。・・・・それ以外のもんまで見えるんは勘弁やけど・・。で?・・いまその話を切り出したんはなんでや?」
今日は出会った日よりは幾分おとなし目やな、と宏は心中で呟き、佐恵子に目を向けると、佐恵子が少しだけ言いにくそうに切り出した。
「たいへん申し上げにくいのですが、美佳帆さまのオーラ量では戦闘には耐えられないでしょう・・。例えば、いまの菊沢さまのオーラが100とすれば、いま美佳帆さまは8ほどしかありませんわ。初めて2階の応接室でお二人にお会いした日より随分と少ない上に不安定です・・。菊沢さまも奥様の不調に感づかれていたご様子・・。しかし、どうなのでしょうね・・私は本調子の美佳帆さまの状態を一度も見たことがありませんので何ともいえませんが・・・本来奥様はもっとオーラ量が多いのでは・・?」
「は、はち???宏が100で私が8って・・ははは・・確かにいま絶不調だけど・・、とはいえ・・はちって・・・」
美佳帆は呆れたような表情で佐恵子に向かって言う。
「ええ、美佳帆さま、皆の前でごめんなさいね。ほかの方と比べても平均値より50ほど低いですわ・・。それほどの状態です。わたくし達が護衛致しますが、ご自身でも感じているご不調通り、無理はなさらないように・・。・・・まあでも・・重ねて言いますがオーラ量イコール強さではございません。言わずもがな、その人自身の身体能力や経験、あるいは知識、それに気概で大いにかわります」
佐恵子はそう答え、美佳帆と宏を伺いながら更に続ける。
「私の目が節穴でなければ美佳帆さまはおそらく橋元一味の誰かに呪詛を掛けられてますわ・・・。話を聞かせて頂いた限りでは、たぶん橋元が呪詛を美佳帆さまに掛けたのでしょう・・・。それらの理由から、まだ戦闘になっても地の利がある、大塚マンションに美佳帆さまを配置したいのです。それとおそらく橋元が執心している美佳帆さまを囮にさせていただいたほうが、作戦の理に適うと考えています。・・・呪詛の元凶になっているであろう橋元のいる可能性の高いドットクラブに美佳帆さまを行かせたくないですし、詳しく言えませんが美佳帆さまの症状からすると・・・ドットクラブへの強襲は万全を期して男性陣でやってもらいたいのです」
言いにくそうに切り出した佐恵子ではあったが、途中で口調は覚悟を決めたようにはっきりとなり正確に宏に伝えようとしているのが宏にも伝わってきた。
なんで?ドットクラブには男性メンバーだけ?という男性陣の表情と女性陣の表情を見て、今度は真理が続ける。
「美佳帆さんの状態は女性ならではのものではないかと思っております。・・・それと橋元が呪詛使いなら呪詛は術者によって重ね掛けできる可能性が高いです・・・。佐恵子自身が使用できる数ある呪詛技能のすべてを時間さえあれば重ね掛けで強化できます・・おそらく、呪詛使いであろう橋元も同じく重ね掛けができるのではないかと推測してます。そういう意味では呪詛も付与も使える佐恵子の近くにいるのは美佳帆さんの呪詛を和らげたり、緩和できる可能性があります。それに、今回北王子さんと雪さんが作戦に参加できないので、治療ができるのは私のみです。そういう観点からも美佳帆さんは大塚マンションにいていただきたいですね。・・・ちなみに私と佐恵子は必ずセットです。【未来予知】と【治療】を用いて佐恵子の安全を最優先にするようにと、本社から常に最優先事項として命令が出ておりますので・・・」
「神田川さんそれはようわかったで。御旗折られるわけにいかんもんな。了解や。・・それより、その付与ってやつ・・緩和できるんやったら美佳帆さんに今すぐやったってくれや」
「えっと??今の話本当なんです?美佳帆さん、どっか調子悪かったんですか?」
「えー!?じゃあさじゃあさ!なおさら囮になる役なんかしないほうがいいんじゃないの?!」
宏と佐恵子のやり取りを聞いていた姫とアリサも美佳帆と佐恵子を交互に見ながら言った。
みんなの注目を浴びた美佳帆は頭を、カリカリとかくと、苦笑いを浮かべ切り出した。
「あーーー・・ごめんねみんな。私も確信持てなかったら黙ってたんだけど・・ちょっと調子は良くないのよ・・。たぶん橋元に会ってからだとは思うんだけど、支社長にさっき改めて言われてそうなのかなって・・ね。ははははは、まあ、大した症状じゃないんだけど、オーラ使うのはちょっといま上手くできたり、できなかったりかな・・・」
「美佳帆さん、そんなに不調やったんか・・すまん。そこまでとは・・・気づいてやれんかって・・。なあ・・支社長さん・・美佳帆さんはどんな状態なんや・・あんたの能力で識別できるんやろ?なんかわかってることあったら、教えてくれや。頼むわ。それで、緩和するような付与かなんか美佳帆さんに施してやってくれや」
グラサン越しでもわかる驚いた表情で、そこまでは気づけなかったという顔をした宏が美佳帆に謝りながら、佐恵子に頭を下げる。
「ええ、それは・・」
「あーー・!あとでちゃんと説明するから。ね?!」
気まずそうに口を開きかけた佐恵子を美佳帆が目配せしながら制止し、続けて宏に向き続ける。
「宏・・!いまはさっき真理さんが言った作戦通りでお願い。私のことは大丈夫だから・・あとで、支社長に付与してもらうから」
そう言われた宏は美佳帆をグラサン越しにじっと見つめると
「・・わかったで、了解や。神谷さんのほうは任せときや。この面子で乗り込むんや。敵さん気の毒なことになるで」
と宏は不敵な笑顔で答え、いつもの調子に戻った宏の調子に安堵し、美佳帆も笑顔で頷いたのであった。
「問題はなくなりましたわね?では・・・」
美佳帆と宏のやり取りを見ていた佐恵子は一言そう言うとオーラを練り、両目を淡く光らせ、右手を美佳帆にかざした。
すると、僅かに発光する白く淡い光が美佳帆を包んだ。
「・・これが、付与・・・す、すごい・・・」
美佳帆が光で包まれていたのはほんの一瞬であった。
思わず美佳帆は素直に体感を口に出してしまうほどだ。
、
光が身体を包んだ瞬間から、心の奥底や下腹部付近でジクジクと陰鬱な欲情に駆られそうになる衝動が消え去っていく。
「・・・効果を体感できたご様子ですわね。【沈静】と【冷静】を付与致しました」
「え、ええ、これなら・・【百聞】も100m超えできそうだわ!」
「お待ちになって・・、疲労している精神までは回復してないですわ。徐々にその辺は回復していくと思いますので、急に無理はなさらないでください。それに、いま掛けた私の付与術の効果時間は、対象の個人差もありますが概ね1日程度です。覚えておいてくださいね」
「美佳帆さん大丈夫なんか?楽になったんか?」
「ええ!ずいぶんと楽になったわ。これなら鉄扇も思い切り振るえそうよ」
「おおきにな、支社長さん」
「礼には及びません。あくまで一時的なものですわ。もとになる呪詛の強さがどの程度なのかわかりませんが、付与で消せたわけではありません。・・・先ほどの状態があまりにもだったので、すごく回復したように感じている・・というだけだと思います。オーラ量はほとんど増えてませんからね・・・。ただ、オーラの乱れはなくなりました。私の付与が効いている間は徐々にオーラ量も回復に向かうでしょう。効果が切れたら遠慮なくまた私のところにいらしてください。掛けなおしますので」
「ええ、ありがとうございます・・。でも、ということは、支社長が掛けてくださった【沈着】【冷静】が切れたら・・・?」
「前の呪詛の解除条件を満たしていない限り、また再発いたしますわ・・。私が使っている付与はほとんどオーラを消費しません。その代わり効果は一時的ですし時間は限定されています。しかし呪詛に練り込んだオーラ量、術者の嗜好、それに解除の条件付け次第では解除する難易度はずいぶんと変わってきます。時間で切れる呪詛ならよいのですが・・・。その解除条件は術者本人に聞くのが一番手っ取り早いでしょうね・・・」
「・・・よっしゃわかった。橋元がおる可能性の高いドットクラブに向かう理由がもう一つできたで」
「・・・解っているとは思いますが、冷静にご対処くださいね」
「大丈夫や。心配あらへん」
引き締まった表情で言い切る宏の返答に頷くと佐恵子は再び目に力を集中する。
「それでも皆様にも、いきますわよ・・」
と言うと佐恵子の目がもう一度鈍く輝き、みんなには【冷静】のみを付与させる。
『おお』
という歓声が会議室にいる面々から上がる。
「では各自行動に移ってください」
はじめての付与体験にどよめく面々に真理が手を叩き促す。
「了解や!ほな、美佳帆さん行ってくるわ」
「ええ!宏も気を付けて」
菊沢夫妻のやりとりを確認した真理は佐恵子に近づき声を潜める。
「髙嶺は来るでしょうか?」
「わからないわ・・。張慈円を相手しながら・・、こないだの千原とかいうハムみたいな女がくると、厄介ですわね・・。髙嶺といえども、あれほどの使い手がそう何人もいるとは考えられませんが・・」
佐恵子は親指の爪を噛みそうになるのを堪えながら、先日の屈辱を思い出していた。
「加奈子・・。もし髙嶺のこないだの剣士が現れたら、張慈円はあなたに任せるわよ」
「で、でも!」
「わたくしでは勝てないって?」
「・・い、いえ・・、でも支社長も最初から出し惜しみ無しの全力で行くべきです」
「・・・こないだの女が来たら迷わずそうしますわ」
ふっくらとした唇に歯を立て苦々しそうに佐恵子は加奈子にはっきりと答えた。
「髙嶺が湾岸計画に横やりを入れてくるのは予想の範疇でしたが・・、対策らしい対策はあのスーツぐらいしかできませんもんね・・。佐恵子、寺野さんや斎藤さんにもあのスーツを支給しても?」
「ええ、もちろんですわ。サイズは・・・加奈子や真理用に作ったのであれば、なんとかサイズは合うかもしれませんね。男性用のはいまは試作品すらありませんからあきらめてもらいましょう」
「じゃあ、さっそく準備させてきます」
佐恵子の返答に真理は了解の意を示して準備に走る。
「・・さて、髙嶺が介入してくるとなると・・、本当に修羅場ですわ・・」
寺野麗華と斎藤アリサと話す真理の背中を見ながら、佐恵子は苦い表情で呟いた。
【第8章27話 作戦開始 終わり】第28話へ続く
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