第10章 賞金を賭けられた美女たち 20話 一触即発三つ巴の行方
私たちは裸足でリノリウムの床を音もなく駆ける。
私の少しだけ後ろを、ショートヘアをなびかせた小柄な同僚、南川沙織も私の【見】を頼りに並ぶように駆けてきている。
私たちには、普段獲物として振るっている刀もなく、そのうえ手負いでオーラ量も乏しい。
しかし、張慈円に売られた今、座して待っていても、袁揚仁の虜になるだけだ。
沙織には奈津紀が張慈円に犯されたことを伝えていない。
沙織の性格からして、激昂するのはわかりきっているし、私たちの治癒を条件に奈津紀が張慈円に犯されたなどと言ったら、沙織がどういう行動をとるのか不安だったからだ。
沙織の性格なら、私たちの芳しくない状況を考えず、張慈円に向って突っ走ってしまう虞すらある。
万全の状態ならともかく、今の私たちの状態で張慈円に挑むのは無謀だ。
私たちの今の状態だと、彼の部下である劉幸喜にすら及ばないかもしれない。
そう言えば劉幸喜はSから脱出するヘリには搭乗していなかった。
あのままSで宮コーに捕まってしまったのかもしれないが、私たちには知る由もないし、今はそんなことを気にしている余裕はない。
私のすぐ後ろには、私よりはずいぶん体調がマシそうな沙織が駆けてきている。
しかしその沙織も二刀流で奮う刀は破損しているし、一刀流で使う大刀の瓶割刀は取り上げられてしまっているようであった。
取り上げられていないなら、沙織ならきっと、さっきは蹴りではなく剣撃を繰りだしているはずだからだ。
とにかく体調も万全には程遠く、刀も持たないこの状況では敵に見つかることは避けたいのである。
こんな状況では敵に見つかるのは極力避けなければならない。
その為には前方10mほどだけに【見】を展開し、敵に見つからぬよう慎重に進みながらも、素早く移動する必要がある。
下着すらなく、薄青色の患者衣だけ身につけているのみで心もとないが、私たちが逃げ出したのはすでにここの主である袁揚仁の知るところだ。
奈津紀を助け出し、敵に見つかる前に急いでここから脱出する。
奈津紀を救出したとしても、奈津紀も万全には程遠いはず。
難しいことだとはわかっているが、何としても脱出し京都の本社まで戻らなければならない。
こんなところで高嶺の最高戦力である六刃仙の3人が、敵の手に落ち嬲られるわけにはいかないのだ。
万全の状態で私たちに刀さえあれば、張慈円とサシでやっても遅れを取るとは思えないが、今は何とかして脱出し機会を伺うべきだ。
「まずは刀を取り返さないといけませんね」
駆けながら隣の沙織にそう言うと、沙織も力強く頷いてきた。
「そうだね。刀が無いとさすがに張慈円ぐらいのヤツを相手するのは無理かもしれない。かおりん。【見】でわかる?オーラをまとってるものなら見えるんでしょ?私の瓶割刀みつけられないかな?九字兼定も京極政宗はSで鈍ガメ男にひん曲げられちゃったのよね・・」
沙織はそう言って【爪衣蓑】に収納している自身の二本の愛刀を思い出したようで、腹立たしそうな表情を浮かべている。
「目が覚めたら瓶割刀も無かったんだけど、ここの何処かにあるんじゃないかな?かおりんの【見】でなら斬撃強化の入魂してる瓶割刀は見えると思うし、かおりんの備前長船長光も見えるんじゃない?」
沙織も、どうしても刀を取り戻したいようだ。
それもそのはずで、私たち剣士は剣あってこそ力を発揮できると言っても過言ではない。
それだけに、私も沙織の言うことはよくわかる。
沙織に言われるまでもなく展開している【見】に反応がないか常に注意してはいるが、如何せん今展開している【見】は、索敵範囲は極小範囲に絞っている。
敵に見つからないようにと、それに乏しいオーラを使い果たしてしまわないよう、前方のみ10mほどにしか使っていないからだ。
しかし、先に奈津紀がいたと思われる方向に進みながら考えていたのだが、やはり刀が無いといざという時にどうしようもない。
「わかったわ。一瞬だけ全開でいきますね」
少ないオーラが更に枯渇してしまいそうで少し迷った。
しかし、刀が無いとやはり脱出すら難しい。
そう判断して、立ち止まり集中し目を閉じる。
極小範囲で展開していた【見】の範囲を、円状に波紋として展開し広げてゆく。
広範囲の【見】の発動で、弱った身体に一気に疲労感が襲い掛かり気を失いそうになるが、額に流れる汗をそのままに、オーラのある気配を探る。
すると、運よくオーラの反応がある方向で引っ掛かり、頭に位置と映像を伝えてきた。
しかし、もっと【見】の範囲を広げようとしたとき気が遠くなりかけ、直後に能力の酷使からか頭痛が襲ってきた。
残念だが、これ以上は無理だ。
「大丈夫?無理させてごめんだけど、何か分かった?刀はある?なっちゃんさんは?」
頭痛でよろめいた私を心配しながらも、沙織が支えるように寄り添って急かすように聞いてきた。
「奈津紀のところまでは【見】を伸ばせませんでしたが、刀を見つけましたよ」
「ほんと?!」
沙織の可愛らしい童顔に大きな目が見開く。
「近くて助かったわ。でもそれ以外は何も分からなかったのです。【見】を広げるのはまだ無理のようです・・」
「ううん。無理させてゴメン。でもよかった。とりあえず刀があるところまで行こう。かおりんの備前も私の瓶割刀もあるんだよね?」
「ええ、ありました。幸い刀はすぐそこの部屋です」
三差路の突き当りにある扉を指してそう言うと、沙織は目を輝かせた。
「でももう私は本当にオーラが尽きてしまってます。【見】も狭い範囲ですらもう一度使えるかどうかですから、敵に出会ってしまうと沙織に負担をかけてしまいますが・・」
「うん。まかせて」
そう力強く頷いた沙織に先立って刀の反応があった方向へと駆け始めたとき、ただでさえ際どい所まで露出してしまっている患者衣がぐいっ!と引っ張られた。
「きゃっ?」
小さく悲鳴を上げてしまい、患者衣になにが引っかかっているのか顔を向ける。
すると、それは私の患者衣を沙織がむんずと掴み、引っ張っていたのだった。
沙織は童顔に大きな目を見開き、焦った表情で危険を伝えてくる。
沙織の様子を察して、私は急いで廊下の角に身を潜めた。
沙織も廊下の向こう側を伺っている。
そっと角から廊下の突き当りを覗くと、ちょうど人影が現れたところだった。
「サングラス野郎だ・・・。くっそ・・!こんなところまで追って来たのかよ!」
沙織が怨恨の籠った視線を廊下の向こう側に向けて吐き捨てるように唸った。
30mほど先にある三差路の突き当りの部屋の前に、サングラスを掛けた男、菊沢宏が周囲を警戒しながら、歩いていたのだ。
親しい同僚である千原奈津紀をSでクレーンの頂上まで追い詰め、刀を奪った挙句、あの高さから海面に叩き落した男。
これが沙織の菊沢宏について知っているすべてである。
沙織は海から引き揚げた時の奈津紀のことを思い出したのか、気配を消しながらも憎々しげに童顔の眉間にしわを寄せて、菊沢宏に向って飛び掛からん気配で睨んでいる。
「沙織っ!いけませんよ。今の私たちでは・・!」
いまにも飛び出していきそうな沙織の肩を手で留めて窘める。
「わかってるっ!・・せめて刀さえあれば・・」
武器もない今、奈津紀ですらあれほど追い詰めたあの男に見つかれば確実に命はない。
沙織も自分が万全でないことに、腹立たし気に唇をかんで言い捨てた。
Sでは万全の態勢で待ち伏せし、一方的に先制攻撃を加えられたが、今は状況が悪すぎる。
私より小柄な沙織は、私の顔のすぐ下で、廊下の角から菊沢宏の一挙手一投足を油断なく注視し、汗をその白いうなじに伝わせている後ろ姿でもわかるほど、身体を強張らせていた。
「さっさとどっかに行けよ!・・そこに私らの刀があるんだよっ!」
沙織がすぐ近くにいる私にすら聞こえない程度の声だが、罵るように呟いた。
しかし、こちらの祈りもむなしく、菊沢宏はサングラスを右手の人差し指で押し上げ、やや前かがみの姿勢でこちらに歩きだしてきてしまった。
「くっ!」
二人で慌てて来た道を裸足で駆け戻り、廊下の角へと身を隠すように滑り込む。
「ちくしょう。何でこんなことしなきゃ・・!」
「あの男は?!」
悔しそうに言った沙織の気持ちはわかるが、今はそれどころではない。
私は廊下の角の向こうの気配を再び探る。
もしかしたら、引き返すかもしれないという淡い期待は水泡と消え、菊沢宏は、しっかりとした足取りで確実に近づいてきていた。
(ここにいたら見つかるわ)
背後を見ると、薄暗い照明が10m間隔程度で照らされている長い廊下が見えた。
菊沢宏がここまで来るのと、私たちが背後の廊下を走り切り、廊下の向こう側へと身を隠すのとどちらが早いかは一目瞭然である。
(・・無理だわ。逃げきれない)
そう思い不運を呪いかけたとき、沙織に腕を掴まれた。
「かおりん・・。やろう!逃げ回るのなんてやっぱりヤダ」
沙織は肚を決めた顔で言い切った。
そして、先ほどの部屋で拝借してきた医療用のメスを【爪衣蓑】から2本出すと、私にも渡してくる。
沙織の言う通り、たしかに逃げ切るのは無理そうだ。
菊沢宏は何者かが潜んでいるのをすでに確信した様子で、しっかりと進んできているのが背中越しに気配で伝わってくる。
暗殺を生業にし、剣客としての人生を歩んでいれば、生きる道が突然に窮することがあると覚悟はしていた。
しかし、このような勝機も薄い状態で、万全の奈津紀ですら勝てなかった相手に、玩具のような医療用メス1本で立ち向か分ければいけないのは無念であった。
得意の得物である備前長船長光を使って、超長距離からの射撃をもってしても屠り切れると言い切れないほどの相手に、メス一本だけとは、いかにも心もとない。
ここが私たちの死に場所か・・。そう言う思いが心を暗く埋め尽くす。
もう一度だけ、菊沢宏が来ているのとは逆方向の背後の廊下に顔を向ける。
急死に一生を得ようとして無意識に振り返ってしまったのだ。
私たちが囚われていた部屋がある、逃げて来た方向。
そちらに逃げ切ることができればという思いであったが、其処にはつい先ほどはなかった見たくもない人影があった。
「やあ、まだそんなところにいたのかい?」
袁揚仁は金属で覆われた殺風景な廊下を、瀟洒な姿に白衣を羽織って、微笑みながら歩み寄ってきていたのだ。
袁揚仁の姿を認めた沙織も死期を悟ったのか、可愛らしい童顔を絶望に蒼くして袁揚仁が近づいてくる様に釘付けになっている。
「君はさっき僕のこと蹴ってくれたね。ひどいじゃないか。君は瀕死の重傷で、僕は君を治療してあげてたんだよ?それをいきなり蹴りつけるなんて・・」
笑顔の袁揚仁が沙織にそう言うが、沙織は答えない。
前からは菊沢宏、後ろからは袁揚仁が迫っており、折れてはいるが廊下は一本道だ。
「ぐっ!?」
突如、沙織の身体がくの字になって吹き飛び、悲鳴を残して私の横から消えた。
いや、沙織は袁揚仁に蹴り飛ばされたのだ。
背後の廊下の壁に激突した沙織が、そのまま尻もちをつく。
「沙織!」
「く・・くそったれが・・」
さすが沙織というべきか、吹き飛ばされはしたものの、きっちり両手でガードしきった様子である。
沙織の無事を確認すると、私は身体を翻し、手にしていたメスを逆手にもって袁揚仁の首筋に振り下ろした。
しかし、手首をつかまれ簡単に背中まで捻り上げられたところでメスを持った手を捻りあげられてしまう。
そして奪われたメスが投げ捨てられ、ちんっ!と音を鳴らして床を鳴らすと、私は後ろから髪の毛を引き掴まれ、顎が上がるようにされてしまった。
「くっ!」
(やはりオーラ強化無しで、こんな速度では見切られてしまいます・!)
「おとなしそうな顔してても、流石に高嶺六刃仙だね。こんな体でずいぶん頑張るじゃないか?でも、いい表情だよ。香織さん。でも、まだこんなところにいるなんて、やっぱり全然体調は戻ってないみたいだね」
私が長身と言っても、袁揚仁の方が長身なため、髪を引っ張られ無理やり顎を上げさせられた顔に、息がかかるほど顔を近づけてそう言ってきた。
袁揚仁の端正で品の良い顔だが、その口元はサディスティックな笑みで歪んでいる。
髪の毛を更に引っ張られてのけ反らされ、唇を再び奪おうとしてきた。
捻り上げられた左手首と左肩が悲鳴を上げる。
顔を背け、右手を伸ばして殴ろうとするも、無理な態勢で力が入らない。
奈津紀が張慈円に犯されるのを容認し、その一部始終の出来事を私が疑似体験できるように脳へリンクした卑劣な男に、いいようにされることの屈辱と怒りが込み上げてくる。
必死の抵抗も、オーラも刀も無いこの身では抵抗らしいこともできない。
不自由な身体では逃げきれず、唇を再び塞がれる。
口惜しさと屈辱で眼を逸らすように閉じたとき、何処か聞き覚えのある落ち着いた低い声がした。
「お前、だれやねん。この女、ケガしとるみたいやけど、お前がやったんか?」
薄目を開けて声の方を見ると、蹴られて壁際に蹲っている沙織のそばにしゃがみ込みこんだ菊沢宏が、袁揚仁に向ってそう言っていたのだ。
サングラス越しにも、菊沢宏の声と表情に怒気が含まれているのが伝わってくる。
なぜ怒っているのかわからないが、沙織にトドメをさす絶好の機会だと言うのに、菊沢宏にその気配はない。
沙織も無防備な状態で菊沢宏に近づかれていることに、最初は目を見開いていたが、菊沢宏が、怒気をはらんだ雰囲気であるにもかかわらず、沙織自身に敵意が向けられていないことに気づいて、沙織はその童顔を困惑顔にして袁揚仁と菊沢宏のやり取りを注視している。
「・・・誰って。人の家に勝手に入ってきて誰とはご挨拶だね。君こそ誰なのさ?」
袁がそう言う為に、私の唇を解放したとき、私は、はじめて袁が驚いた顔をしているのを目にした。
ぴっちぴちで鈍い光沢を不気味に反射するボディスーツを着た屈強のサングラス男がいきなり目の前に現れたのだから無理もない。
しかし、袁揚仁が菊沢宏を見て驚くということは、菊沢宏は袁揚仁と少なくとも協力関係にはないことを意味している。
私は、僅かだが希望を見出した。
「なに?・・・張慈円の根城やないんか?あいつの乗ってたヘリがあったんやが・・」
菊沢宏は小首をかしげ、なにやらブツブツ言っているが、壁際に座ってこちらを伺っている沙織も、私と同じことに気が付いたようである。
この二人は味方同士ではない。
もしかしたら潰し合わせられるかもしれないということにも。
私と同じことを思ったであろう、沙織の目つきがギラりと変わった。
そして沙織は蹴られた腹部を抑えたまま、膝立ちの格好のまま大声で叫んだ。
「おい!グラサン!そいつは袁揚仁!香港三合会三幹部の一人で張慈円の仲間だ!私ら高嶺は張慈円に裏切られたんだ!てめえの目当ては張慈円なんだろ?!そのスカした優男は張慈円の仲間だ!そいつは張慈円とグルなんだよ!そいつなら張慈円の居場所もきっと知ってるはずだ!」
菊沢宏は、沙織の声に振り向きはしなかったが、やや俯き加減に床の一点を眺めているような恰好のまま動かなくなった。
宏が動きを止めたのは1秒にも満たない短い時間であった。
僅かに顔を上げ、油気の無い髪の毛を手櫛でかきあげて袁揚仁を観察したのだろう。
沙織の駆け引きじみたセリフと、目の前の袁揚仁と呼ばれた男の力量と人となりを推し量ったのだろう。
菊沢宏がどう動くかというところであったが、彼は袁揚仁に向ってサングラス越しから鋭い視線を向けた。
「わかった。クソ慈円のことは、この兄ちゃんに聞くことにするわ」
「何者なんだ?・・張慈円と旧知みたいだけど。彼をそう呼ぶってことは仲良くはないみたいだね。まあ、もっとも彼を好いてるヤツより嫌ってるやつの方が多いのは当然か」
捻り上げていた私の手首を放し、袁揚仁は菊沢宏に向かって口を開く。
私を片手で拘束したまま、敵意を向け出した菊沢宏と相対するのは危険だと判断したのだろう。
さすがに袁揚仁も相当な使い手らしく、菊沢宏の実力を侮りがたいとわかったようだ。
私たちは、隙をみてこの場を離れ、刀を回収する・・。
沙織にそうアイコンタクトを送りあったところで、菊沢宏が口を開いた。
「あんたらは早いとこ、お仲間と合流してくれや。さっきまで一緒におったんやが、人影見つけたら追いかけて行ってもたんや。あんたらであのマイペースなねえちゃん探してくれや。垂れ目のソバージュ女や。・・・それと・・俺とやり合った女も生きとるって聞いてるんやが、一緒やないんか?」
その言葉の意味が一瞬わからずに、沙織と目を合わせてから、再び菊沢宏の言葉を咀嚼しようと目を向ける。
今のセリフを言葉通りに解釈すると、ここに私たちの味方が救援に来てるということ、そしてその特徴から同僚の大石穂香に間違いない。
それに、ついこの間、S島で散々やり合ったこの男が、今は味方ということになる。
しかも、奈津紀のことを言っているのだろうが、奈津紀のことを気遣っているような様子が伺える。
「どうなんや?」
菊沢宏がやや答えを急くような様子で重ねて聞いてくるが、それには沙織が口を開いた。
「なんでてめえがなっちゃんさんのこと心配してんだよ。てめえがやったんだろうがよ・・?!ああ?!」
「・・・せやな」
菊沢宏は言葉少なく、そう言った。
菊沢宏の心境は彼の表情からは読み取れないが、とにかく私たちは九死に一生を得たのかもしれない。
我ら六刃仙の一人、大石穂香と一緒にここまで行動してこれたということは、菊沢宏が味方なのはほぼ間違いない。
なぜなら、大石穂香は相手が敵ならば悠長に肩を並べて歩くようなタイプではないからだ。
それに、単独行動をさせると問題を起こしまくる大石穂香が来ているということは、彼女の手綱を引ける人物も来ているということ。
そんなことができる人物には奈津紀を除いては御屋形様しかいない。
「菊沢宏!ここは頼みます。夢喰いの袁揚仁と呼ばれるその男は侮れる強さではありません。香港では、雷帝張慈円が最強とは言われていますが、袁揚仁も相当な強さのはずです・・・!ですが・・、ここは本当に任せていいのですよね?!」
サングラスを掛け、袁揚仁と向かい合ったままむっつりと黙りこくっている菊沢宏に、私は確認を取るように問いかけた。
沙織は、菊沢宏が奈津紀にしたことが腹に据えかねている様子だが、奈津紀と脳をリンクされた私は奈津紀が菊沢宏に対して抱く感情を知ってしまっている。
奈津紀は張慈円に犯されながらも、相手が張慈円でなくこの男ならば・・と思っていた。
あの奈津紀が菊沢宏のことを、そういう風に思っているのであれば、S島で菊沢宏と奈津紀との間に戦い以外の何か特別なことがあったのかもしれない。
あの奈津紀がそこまで心を開いている男を信用してもよさそうだが、一応念を押すように聞いたのだ。
「・・ああ、任せとけや。納得出来たらもう行ってくれ。この兄ちゃんに聞くこと聞きたいからな」
菊沢宏は、言葉こそぶっきらぼうにそう答えたが、私はこの男のことが少しわかった気がした。
(つい昨日お互いに命の奪い合いをしたというのに、この男は・・)
しかしその思いは言葉にせず、私は沙織と目配せし合い、タイミングをはかると、菊沢宏と袁揚仁の二人を残して駆け去ったのだった。
【第10章 賞金を賭けられた美女たち 20話 一触即発三つ巴の行方終わり】21話へ続く
« 第10章 賞金を賭けられた美女たち 19話 六刃仙2人の脱出作戦 l ホーム l 第10章 賞金を賭けられた美女たち 21話 高峰弥佳子VS張慈円 »