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第10章  賞金を賭けられた美女たち 31話 哀れな2流能力者の末路

第10章  賞金を賭けられた美女たち 31話 哀れな2流能力者の末路

真理はよろよろと覚束ない足で立ち上がり、窓の外に目を向ける。

正面にいる男が、抱えた和柄ジャンパーの男を部屋のソファに座らせている様子に注意しながらである。

今夜は月が出ていたはずだが、窓の外には月が見えるどころか外ですらなかった。

窓の向こうには円筒にちかいタマゴ型の部屋が、薄緑色の強い光量でその部屋内を照らしている。

その空間は見下すと円形の床があり、見上げると緩やかなカーブを描いた円錐に近い形の大きな部屋で全体の形はタマゴの形と言っていいだろう。

真理達がいる部屋は、そのタマゴ型の部屋をぐるりと囲んだ部屋の一つである。

タマゴ型の部屋はおそらく闘技場で、真理達がいる部屋は観戦席であろうことが推測できた。

だた、8つある観戦室に観客はおらず、いま階下で戦っている者たちを観戦するものはいない。

真理は、正面の男たちから警戒を切らずに、視線を階下へ落とすと円形状の床のほぼ中央に、男女が絡み合っていた。

真理はその意外な状況に目を見開く。

(な、なにやってるのよ?!さっきは完全に圧倒してたでしょ?!張慈円より高嶺弥佳子のほうがパワーもスピードも勝ってたはずなのになぜ・・?どおりで全然こっちに加勢にきてくれないわけだわ)

真理は高嶺弥佳子が落とし穴に落とされたせいで、一瞬の不覚を取り、張慈円に遅れをとったが、すぐに圧倒しかえすと思っていた。

しかし、弥佳子の形勢は信じられないぐらい悪い。

弥佳子は袖に自身の履いていた刀を二本とも鞘ごと通され、案山子のように両手を広げ垂れて拘束された格好で、仰向けに倒されていた。

そして、張慈円は弥佳子の背後から羽交い絞めにしていたのだ。。

弥佳子が手加減をして遊んでいるわけではないことが、弥佳子の必死の表情から伝わってくる。

(くっ!なにやってるのよ!?)

張慈円は案山子の格好で、張慈円に羽交い絞めにされ、両脚で弥佳子の脚が広がるように絡み付け、そして左手で弥佳子の豊満な胸を鷲掴みにし、揉みしだいている。

さらに張慈円の舌は弥佳子のうなじを這い、張慈円の右手には家電製品である凶悪な道具が握られていた。

本来の使い方をされることがほとんどない家電製品。

電気マッサージ機である。

張慈円はその先端を、弥佳子のめくれ上がったスカートから覗く濃紺のショーツに押し当てているのだ。

自分の武器である銘刀を使われて無様に拘束された弥佳子の表情は、先ほどまで不遜さが漂う雰囲気は感じられない。

うなじに這う張慈円の舌の感触を嫌う表情も演技には見えない。

既にかなり長い時間当て続けられているのであろう濃紺のショーツの中央部はより濃い色に染まっていた。

弥佳子は仰向けで、背後に張り付いている張慈円を何とか引き剥がそうともがいているが、目を吊り上げ不気味に口角をあげる張慈円は、その抵抗すら楽しんでいるようである。

真理は、弥佳子がいかに鍛えこんでいるとはいえ純粋な膂力であれば張慈円に劣るかもしれないとは思う。

しかし、オーラも上乗せした力比べであれば、張慈円すら上回るのではないかと思っていた。

だが弥佳子は、自分の武器である刀を奪われたうえ、それで両手を封じられ、背後から羽交い絞めにされて股間に電マを当てられて、口惜しさと焦りと込み上げてくる快感で顔を歪ませて、張慈円を振り解こうともがいていたのだ。

(なんてこと・・!何かあったんだわ・・!)

パシャ!

再び真理がそう思った時、正面から機械音がした。

(くっ!しまった!)

真理は音がした正面に慌てて顔を戻す。

そこには黑コートの男が階下にスマホを向けてシャッターを押したところであった。

真理がしまった!と思ったのは、弥佳子の女としての痴態を撮られたから、というわけではない。

敵を目の前にしていたというのに、状況の意外さに硬直してしまい、黑コートの行動に反応できない自分の油断に対しての反応であった。

「たいした機材がないが、一応な・・。アイツと高嶺弥佳子のこの画像があれば何とか面目も保てるというもんだぜ」

黑コートはそう言ってもう一枚弥佳子に向けてシャッターを切ると、真理の方へと向きなおった。

「・・クズね。そんなの撮って情けない人だわ」

真理は憔悴した顔ながらも、冷ややかに吐き捨てた。

弥佳子が痴態をとられたことに特別憤慨したというわけではない。

しかし、自分が仕留めた相手ではない女の痴態を盗撮する行為に対して、その男に端的な不快感をあらわにしただけの言葉であった。

「へっ・・」

黑コートは真理の棘のある言葉と、ゴミでも見るかのような視線を浴び、多少バツが悪かったのか、それ以上シャッターを押すのを止め、自嘲気味に笑ってスマホをしまった。

(言われてやめるぐらいならやらなきゃいいのに・・・。チンケな小物ほど、不釣り合いなプライドはあるものよね)

真理の痛烈な罵倒は、心中に収まったが、真理が黑コートを見る目つきはなお悪くなった。

真理には知る由もないが、そのスマホには、先に甚振っていた千原奈津紀の痴態データがたくさん入っている。

その撮影を真理が知っていたら、その目つきはもっと辛辣になっていただろう。

黑コートは、先ほど遭遇した高嶺六刃仙の二人に、千原奈津紀を取り返されはしたものの、奈津紀の痴態は大量に撮ったうえ、今また高嶺の頭領たる高嶺弥佳子が電マを当てられて、ショーツを濡らしている場面をも抑えたのである。

「千原奈津紀の身柄は高嶺に奪われたが、いきなりの六刃仙二人での奇襲だ・・。ボスも許してくれるだろう」

黑コート男は下卑た顔で、小物臭のきついセリフを吐いた。

そして、高額賞金首二人を自分の手柄でもないくせに、痴態を手に入れたことで勘違いを起こしだした。

自分が千原奈津紀と高嶺弥佳子を倒したわけでもないのに、不利な相手をみて増長したのだ。

気が大きくなった黑コートは、正面にいる神田川真理をも獲物と決めつけて、目を血走らせだしている。

5億近い千原奈津紀や、10億近い高嶺弥佳子に比べれば、2億そこそこの賞金首である神田川真理などは、簡単に手籠めにできるとでも思ったのだろう。

だが、千原奈津紀も高嶺弥佳子も、黑コートこと佐倉友蔵が独力で圧倒したわけではない。

今しがたも、六刃仙の一人である大石穂香相手に、和柄ジャンパーことスティッキー・ロウとう中国系アメリカ人の同僚と二人がかりで襲い掛かったにも関わらず、指一本触れることができず、ずたずたにされたのだ。

黑コートこと佐倉友蔵の能力は、和柄ジャンパーことスティッキー・ロウと二人がかりで発動する【転移】だけではない。

自身に与えられたダメージを、決めた対象に分散させて負わす能力【謬冤の呪い】なる呪詛技能を持っており、その対象として千原奈津紀に貼り付けていたのであった。

その技能の特徴としては、佐倉友蔵に与えられた攻撃は、対象者へと還元する。

しかし、純粋な肉体的ダメージとして反映するわけではない。

痛みはあるが、削るのは精神力である。

対象人物の精神力が持つ限り、術者である佐倉友蔵自身も、痛みは伴うものの死ぬことはない。

呪詛を貼られた対象も、痛みで精神力を削り取られはするが、死ぬことはない。

精神力を削り取られ切ると気を失い昏倒してしまうのである。

呪詛を貼り付けられた対象がそうなったところで、術者にようやくダメージが入るようになるのであった。

佐倉友蔵が大石穂香の剣撃で死ななかったのは、千原奈津紀という強靭な精神力を持った人物にその【謬冤の呪い】なる呪詛を貼り付けていたからであった。

しかし、たった今呪詛は外れた。

どうやらついに千原奈津紀が気を失ったようである。

黑コート男、佐倉友蔵にもリンクが切れたのが伝わってきていた。

「ちっ!・・・ずいぶん持ったがここまでか・・」

(しかし、神田川程度なら【謬冤の呪い】無しでもやれるか・・・?)

黑コート男、佐倉友蔵の観察眼では見抜けなかったが、それは大いなる勘違いというモノである。

神田川真理は、忍者男こと神宮司三郎になすすべもなく圧倒されはしたが、宮コー十指の一人であり、佐倉友蔵などよりはるかに強い。

しかし、能力の低いものは、己の能力の低さ故に、己の能力の低さに気づくことはできない。

佐倉友蔵は正面で構えるアーマースーツの女、神田川真理の力量を測ろうと真理のボディラインがくっきり浮き出たスーツを舐めるように観察する。

美しいが鋭い目つきで構える女、神田川真理は顔を上気させ、汗は顎までしたたり、荒い息で胸を上下させている。

おそらく、雇った忍者男こと通称ジンと呼ばれていた傭兵にずいぶんと痛めつけらたのだろう。

鋭い目つきといっても疲労で淀み、呼吸は荒い。

そして、ダメージからだろうか?構えたその姿はやや内股気味で、足が小刻みに震えている。

(もうボロボロで、しかも怯えてやがるのか・・・。これなら・・やれる。俺も、あれだけの攻撃のダメージをほとんど千原に覆いかぶせることができたからな・・。服はボロボロだがこいつもひん剥けば大手柄だ。ボスも清水たちのようなならず者に期待することもなくなるだろう)

佐倉はそう意気込むと、疲労困憊に見える真理には勝てそうだと判断して距離を詰める。

同僚のスティッキー・ロウは重症で、早く治療をしてやらなければいけないが、荒い呼吸ではあるものの、自力で傷口を抑えており、まだしばらくは持ちそうである。

「2億か。これで組織内でも俺の立場も上向くってもんだ」

佐倉友蔵のセリフに真理はほとんど反応していない。

鋭い目つきながらも、真理には疲れがにじみ出ているのは事実だった。

しかし佐倉は知らない。

真理が疲労困憊なのは、ダメージを負ったわけでもなく怪我をしているからでもないということを・・・。

ほとんど反応しないのは、他のことに夢中であるからということ・・・。

呼吸が荒いのは、先ほどの快感の余韻に耐える為であり、足が小刻みに震え、膝が内股気味になってしまうのは、股間の喪失感を求めるように、秘肉を少しでも合わせそうになってしまっているからである。

真理は、大小4回のオルガズムを味わった直後なのだ。

特に最後のオルガズムは強烈で、実はとっても淫乱な真理をしても、いままでで最高に深く達した一撃であったのである。

(うるさいわね。静かにしてくれないかしら・・?・・・それより、まだ、ひざに力が入らないわ・・・。脚がプルプルする・・・。股間の喪失感がすごい・・・。私ったら・・・こんな目に合ってなんて・・なんて淫乱なの・・)

真理は、詠春拳らしい小さく構えたまま快感の余韻を味わいつつ、自身の快楽に対する貪欲さに呆れつつも逃れられずに嘆いた。

(まだ感覚が残ってる・・。公麿以外でこんなに感じたのなんて初めて・・。公麿以外の男でこんなによかったことなんてなかったのに・・)

真理の鋭い目つきは、少しでも余韻を長く楽しむために、佐倉を牽制するためにつくった表情にすぎない。

実際の真理は、まだ心ここにあらずの状態で、先ほど味わった快感の余韻を、股間が脳にじくじくと怪しく伝えてくる余韻を堪能している真っ最中なのだ。

本当ならば、柔らかな布団で横になりシーツを被って余韻を堪能したいところであるが、そうもいかない状況だからそうして構えているだけである。

だが、それは真理が敵と対峙していても、そういうことを常に考えているわけではない。

すでに目の前の男に対しては対策ができている。

真理は【未来予知】は再度展開しなおしていた。

二通りの未来が見えていた。

そのどちらも真理にとって悪いものではない。

黑コート男にすれば、真理のほうが攻撃してくれた方が死なずに済むだろう。

だが、真理にとって黑コートの男は何の価値もなかった。

だから真理は余韻も味わえて、黑コートをより確実に処分できる出来事を待つことにしたのだ。

(そのほうが少しでも余韻を長く味わえるわ・・)

「ずいぶん弱ってるようだが、恨むなよ」

佐倉は真理が弱ってそうに見え、後ずさりまでしている様子に、すっかり勝ったつもりになっていた。

下卑た表情で、興奮に鼻孔を膨らまし、得意そうにそう言って距離をじりっと詰めだしのだ。

「はぁはぁ!・・んっ・!・・はぁはぁ!」

真理は息をこれ以上荒くしないようにして、込み上げてくる唾液を飲み込み、腰を捩らないようにするので必死だ。

もう少しで、何の刺激もなく逝けそうなのだ。

プルプルと震える内ももに力が入り、口元が快感で開きそうになる。

しかし真理は思い出した。

(・・・許可がないと逝けない・・のは相手がいなくても・・オナニーでも逝けないというのかしら・・?でも、それはもうすぐわかる・・わ)

「はぅ・・ん!くぅ・・・・・ん!・・ぃく・・」

本当は『逝く』と大声で絶叫したかった。

黑コートの男に聞こえないぐらいの声量、そして呼吸音と勘違いしてもらえそうな言い方で条件を満たしてみた。

(きた!)

「ん!・・ふぅ・・・!ぅん・・・」

真理は、出来る限り声を押し殺し、下唇を噛みしめる。

名前も知らない黑コートの敵の前で、構えたまま頤をあげ、目が反転しかけるのを何とか抑えて、構えたままブルリと身体を振るわせたのだ。

真理のその様子は、黑コート男には何が起こったのかは分からなかったが、嗜虐心を掻き立てるには十分だった。

黑コート男が床を蹴る。

しかしその瞬間、すでに弥佳子によって斬り飛ばされていた扉から、蒼煌の一閃が部屋を真っ二つに斬り分けるように走ったのだ。

閃光の正体は、窓とは反対側の壁あたりで背を向けたまま止まって口を開いた。

「かおりんの【見】って便利だよね~。いるって言った場所にちゃんといてくれるんだもんね~」

真理から見れば、どういう原理で行っているのかわからないが、大石穂香は葵紋越前康継を右手の甲に乗せ、血のりを振り払うようにビュンビュンと回して左手の甲に移してからしっかり柄を掴むと、キンと澄んだ音をさせて蒼い刀身を鞘に納めた。

そして、穂香がニコーと屈託のない表情で黑コートだったモノの方へ振り返った時、どんっ!と絨毯の上に重く鈍い音がした。

「お・ま・た・せ~。って・・え?今度は斬れちゃった~?。また楽しめると思って急いできたのに~」

黑コートの首から下はいまだに立っていたが、すぐに糸が切れた操り人形のように力なく絨毯の上に崩れおれたのだ。

黑コートのその様子に、穂香が不満そうに鳴らして黑コートの死骸まで近づくと、和柄ジャンパーの男がかすれた声をあげた。

「お・・おまっ・・どうしてここが・」

「え?言ったじゃん。かおりんに教えてもらったって~」

そう言うと、穂香は床に転がった黑コートこと佐倉友蔵の頭部を、和柄ジャンパーことスティッキー・ロウの正面に来るように足で転がす。

「きさっ・・」

ざんっ!

びゅんっ! キンッ!

「かおりんものすごく怒っててね~。君たちなっちゃんにおいたし過ぎたでしょ~。でもひどいんだよ?「穂香!あなたにも責任があります!責任をとって始末してきなさい!」だって。おなじ六刃仙なのに命令もできないはずなのにさ~。でも穂香きみとまた遊びたいってのもあったから急いできたんだよ?なのに、一度斬っただけで死んじゃうなんてひどいじゃない~。また楽しめると思ってたのに~。・・・・って、もう聞こえないか。でも、これで~、さみしくないよね~?まりりんもそうおもうでしょ~?」

和柄ジャンパーと黑コートの首を仲良く床に並ぶようにパンプスで調整すると、穂香はのどかな口調で満足そうにそう言い、本当に屈託のない満面の笑みを真理へと向けたのであった。

「はぁはぁ・・・ええ。・・そうね・・はぁ・・ん・・」

真理が展開している【未来予知】のとおり、黑コートも和柄ジャンパーも大石穂香に始末されたが、真理は余韻での絶頂で、背後の背中にもたれ掛かり、まだ余韻に浸っていた。

真理にとっては名も知らない敵の死に様などより、今まででもほとんど経験したことのない極上の絶頂の余韻を噛みしめるほうが、余程、優先度が高かったのだ。

しかし真理は、絶頂の余韻で混濁した意識の中、下唇を噛み両手で肩を抱き、両ひざを合わせて身もだえながらも、階下の弥佳子の苦戦に快楽におぼれた意識を向けようと努力していた。

「まりりん汗だくじゃん。大丈夫~?御屋形様は~?」

余韻での絶頂だというのに、意識を飛ばし、そのまま眠ってしまいたくなるほどの快感から逃れようとしている真理の耳に、大石穂香ののどかな声が微かに聞こえていた。

【第10章  賞金を賭けられた美女たち 31話 哀れな2流能力者の末路 終わり】32話へ続く

第10章  賞金を賭けられた美女たち 32話 至極の剣士人生最大の危機

第10章  賞金を賭けられた美女たち 32話 至極の剣士人生最大の危機

柄に左手を置いたままの、突入前と変わらぬ表情の穂香の問いかけに、真理はうずくまったまま視線をあげる。

真理は、穂香の主人でもある弥佳子の窮地を伝えようと口を開きかけたが、その必要なかった。

ついさっきまでの穂香は、普段と変わらぬにこやかな表情であった。

しかしたった今、穂香は無表情な顔で窓の外を見下し、ただ一点を凝視していたのだ。

次の瞬間、真理が何かを言う前に穂香は腰の得物を抜き放っていた。

ギギギィン!!

部屋中に劈く硬質な音が幾重にも重なり、音より一瞬早く蒼い閃光が幾本も迸って真理の視界を眩く遮る。

真理が先ほど何度も蹴りこんだおかげで、僅かにヒビをいれることに成功した厚さ50cmはあろうかという特殊ガラスに、穂香は刃を振るったのだ。

しかし、穂香の斬撃の連打を浴びても、特殊ガラスにキズ付きはしたものの、切り崩せてはいない。

穂香は僅かに苛立たし気に鼻の頭にしわを寄せたが、それも一瞬で、再び腰を落とした。

「うっとうしー。硬いな~」

ギギギッギイッギィン!

表情はともかくいらだった口調でそう言った穂香は、更に刃を激しく振るう。

真理は、穂香が振るう蒼い剣閃を避けるように、身を屈め固くするが、真理にその刃が当たる心配はなかった。

再びの剣撃連打で、さすがの特殊ガラスも重く耳慣れない音を発すると、最後にピキッと乾いた音を立てた。

そしてその直後、ずずっ!と、重い音が響き、透明の分厚いガラスの一部が自重で傾いて、タマゴ型の部屋の方へと一欠片滑り落ち始めたのだ。

どぉん!どぉん!ど!どぉおん!!

分厚いガラスは50cm角ほどの立方体に切り取られており、そのうちの4つをすかさず穂香が階下へと蹴り落とす。

最後のガラスの塊を蹴り落とすと、一瞬の迷いもなく穂香自身もその空いた空間目掛け身を翻し、タマゴ型の部屋へと飛び込んでいったのだ。

「ダメです穂香!!来てはいけません!!」

重量物が落下してきた音でこちらに気が付いた弥佳子が大声で叫ぶ。

その弥佳子は両手を案山子のように広げられ、それを固定するように自身が腰に帯びていた二振りの銘刀で縛り上げられていた。

しかし、主人の命は絶対であるにもかかわらず、穂香は従わなかったと言うか、すでに穂香は床を蹴った後だったのだ。

穂香は弥佳子と視線が交錯したのを確認して笑顔を浮かべ、命令を聞けなかった無礼を目だけで詫びるが、すぐ無表情になった。

そして弥佳子の背中に張り付いた曲者に対し、物騒に目を輝かせてから、普段の笑みのある表情に戻る。

穂香は、伸身したたまま空中で捻りを加え、遠心力を使って無言で蒼い刀身を振るった。

「無礼者め~!その汚い手を御屋形様から離せ!」

穂香は狙いを寸分なく定め、必殺を確信してそう言うと、ぶぅん!とためらいなく閃光を放った。

蒼い【刀閃】が寸分たがわぬ正確さで、弥佳子の背後にしがみつき、顔を半分だけ覗かせた蟷螂の頭を粉砕するはずであった。

しかし、穂香は空中で盛大に空振りをしただけで、その剣先からは何も飛び出さない。

普段から笑顔か無表情の穂香の顔は、【刀閃】が発動しないことに、驚きの表情に染まっていた。

「えっ?!??なんで~?」

薄緑色に発色したタマゴ型の内部では、女である限り一切のオーラを練り上げることができない。

穂香はとっさに頭を切り替え、着地に備えて【肉体強化】をしようとしたが、オーラを練り上げ脚部に集中することができない。

大石穂香はようやく主である弥佳子が来てはいけないと叫んだ理由がわかったがもう遅い。

10mほどの高さからもう一度伸身して身体をひねり、低いとはいえヒールのあるパンプスで着地する。

「きゃっ!」

穂香は生身の運動神経だけで、うまく着地したが、体重を支え切れず前転して前受け身をとって衝撃を和らげ、腰を床に付いたまま刀を敵へと向けて構える。

穂香ほどの剣士であっても、普段自在に使えている能力が使えない身体で、10mもの高さからオーラ無しの生身で着地するには、いささか急過ぎた。

上手く受け身をとって着地したが、態勢を大きく崩してしまったことに変わりはない。

敵はその隙を逃さなかった。

狡猾な蟷螂は、そういう隙をみすみす逃すタイプの男ではないのだ。

弥佳子を電マで甚振っていたのを切り上げ、得物に飛び掛かる蟷螂のごとく、両手を広げ、不気味に口角をあげたまますでに穂香に肉薄している。

「穂香!逃げなさい!この部屋から出なさい!!この部屋にいると何故かオーラが一切使えないのよ!!」

床に仰向けになった弥佳子は、不自由に拘束された身体を懸命に起こし、穂香に向って叫ぶ。

そして、弥佳子の言葉通り張慈円は、オーラの乗っていない穂香の迎撃で振るった剣撃をいとも簡単に受け止めていた。

「ふはははは!飛んで火にいるとはこのことだな?」

「こんの~!」

【見気隆盛】も纏っておらず、【肉体強化】もできていない穂香の生身の剣筋では、オーラも使え万全に近い張慈円のスペックには及ばない。

穂香は鎬を指で摘まんだ得意そうに笑う張慈円の後頭部へ、間髪入れず蹴りを見舞うが、それすらも余裕をもって防がれてしまう。

「遅い遅い!遅いぞ?!それでも高嶺の剣士か?!」

「穂香!逃げなさい!」

笑う張慈円の背中に、思惑通りにはさせじと弥佳子は叫ぶが、なんとか立ち上がった穂香は、張慈円と何とか距離はとったものの、刀は奪われてしまっている。

「よくも~。御屋形様に貰った刀なんだからね。返しなさい~」

剣士にとって刀を奪われるのは恥辱であり、ましてや葵紋越前康継という銘刀は、当主である弥佳子自らの手で六刃仙に就任した祝いとして下賜された逸品である。

ド天然な大石穂香としても、多少どころか、剣をよりどころとしている穂香だからこそ余計に愛着があった。

「今は刀は諦めなさい!命令です穂香!逃げるのです!」

弥佳子の命令に、穂香は弾かれたようにして行動に移った。

弥佳子が大声で命令することは珍しくないが、このように必死な声で命令するときはない。

弥佳子からこのように切羽詰まった声で命令されたことはなかったのが、より状況の深刻さを理解させるには十分であった。

しかし、穂香は弥佳子の命令とは言え、もはや逃げる気は頭にはなかった。

(御屋形様~穂香を逃がしてどうするの~?)

穂香は丸腰のまま、距離を詰めてくる張慈円を避けるように左へと飛ぶ。

オーラが使えないと言っても、五体満足の穂香の身体能力は流石である。

距離を詰めてくる張慈円相手に、なんとか距離を保てている。

もっとも、張慈円はオーラの使えない哀れな女能力者相手には本気を出していないからこそであった。

「くははは!どんどん早くしていくぞ?!」

「調子にのって~・・!」

そういう張慈円に対し、穂香はそう言い返すのがやっとである。

しかし、穂香自身なぜかオーラが使えない状況を何とか分析しようと、張慈円の戯れまがいの攻撃を躱しながらも周囲を観察していた。

(【肉体強化】なしでさすがにあんなところまで飛べないかな~)

穂香は自身が飛び降りてきた窓を見てそんなことを思っていた。

(この男がもっと速く動けるなら穂香がやられちゃうのも時間の問題だし~・・・。なんとか御屋形様の拘束を・・・。御屋形様と二人がかりなら・・・。ううん、上にまりりんもいるから3人がかりだね~。この男相手でオーラが使えなくても3人ならやれるかも~。御屋形様は逃げろって言ってたけど出口はさっき私が来た窓しかなさそうだし・・)

「神田川真理!生きているの?!生きているならこっちに来てはダメよ!貴女もオーラが使えない木偶にされてしまうわ!あなたは菊沢宏と合流なさい!」

弥佳子が上階の切り刻まれた窓の傍にいる真理に向って叫んだ。

階下で何とか立ち上がった弥佳子は、案山子のように両腕を拘束されたまま真理に向って怒鳴る。

「はやく行きなさい!」

「くっ!・・でも!どこにいるかわからないわ!それに今菊沢部長を探している暇なんか・・」

真理がそこまで言った時、タマゴ型の部屋で穂香を遊び半分で追い回していた張慈円が、突如真理の目の前まで跳躍してきたのだ。

「そのとおりだ神田川真理。あやつを探している暇などないぞ?」

「くっ!」

不気味目を吊り上げ、下種な笑みを浮かべた蟷螂はそう言うと、真理の髪の毛を片手で鷲掴みにして、その身を真理ごと空中に躍らせた。

「きゃあああああああああ!」

どしんっ!

「真理!・・っ!」

「まりりん!」

弥佳子の悔しそうな声と、穂香の声が重なる。

真理は張慈円に髪を掴まれ、タマゴ部屋へと叩き落とされたのだ。

「がっ!げほっ!!っ!!・・かはっ!」

見事に着地した張慈円とは違い、真理は満足に受け身も取れず床に叩きつけられたのだ。

真理は、先ほどまで甘くも背徳に満ちた絶頂の余韻とは真逆の、全身に受けた衝撃で満足に呼吸もできない苦しさで目を白黒させて、息を整えるのに必死だ。

張慈円が真理の苦悶に気をとられている間に、穂香が無言で弥佳子に掛け寄ろうとするが、それをさせるほど張慈円は甘くない。

「きゃん!」

張慈円の飛び蹴りをまともにわき腹に受け、穂香は吹っ飛び床を擦りながら壁に激突してしまう。

「穂香っ!・・・おのれ!このゲス蟷螂がっ!」

弥佳子は蹴られた穂香が何とか受け身をとったことに安堵したものの、もともと鋭い目つきを烈火の炎のごとく燃え滾らせて張慈円を睨み付けた。

「同時に3人も相手にせねばならんとは、俺としても体力が持つかどうか心配だぞ?んん~??」

張慈円は穂香を蹴った脚をそのままの姿勢で固定したまま、ニタニタとした顔のまま弥佳子に好色な顔を向ける。

「くっ・・この~!させないんだから~!」

張慈円に蹴り飛ばされ受け身はとったもののうつ伏せに倒れていた穂香だったが、それは一瞬でも張慈円の隙をつくための芝居であったのだ。

しかし、速いとはいえオーラも使えず生身の身体で殴りかかってくるだけの女に、香港最強と謳われる張慈円が遅れをとる筈がない。

がんっ!ごきっ!

「ぐっ!げぼっ!!」

穂香が発したとは思えない苦悶の悲鳴と、吐しゃ物の音が弥佳子と真理の耳にへばりつく。

「あん?少しばかり強く打ち過ぎたか?脆いものだ。生身相手だと手加減がむずかしいわい」

突っ込んできた穂香を半身になって躱し、肘と膝で穂香の胴を挟むように強打したのだ。

「穂香!刀なしでそんな無茶です!」

弥佳子はそう叫びながらも生身の膂力のみで何とか拘束を解こうと、腕に力を込めるが、鋼の刀身を収めた二本の鞘はびくともしない。

弥佳子は悔しそうに身を捩り、身体を震わせるが、鍛えに鍛え抜かれが鋼を更にオーラによる鍛錬入魂で更に強化してあるのだ。

いかに生身の弥佳子がベンチプレス100kgを超える怪力であったとしても、びくともするはずがない。

「はぁはぁ!穂香を離しなさい!」

拘束を解くのを諦め、弥佳子は張慈円に不自由な恰好のまま体当たりを敢行するも、そのような攻撃が当たる筈はなかった。

張慈円はひょい!と弥佳子を躱すと、拾い上げた穂香の愛刀、葵紋越前康継を足でけり上げて手で掴むと、もつれる弥佳子の膝をその鞘で強かに打ちつけた。

「くっ!?」

自身の体当たりの勢いと、膝を強打されたことで弥佳子はうつ伏せに倒れむ。

「良いざまだ高嶺弥佳子。貴様は先ほど一度気をやったというのに、その精神見上げたものだぞ?もっとも貴様のように簡単に落ちん女の方が嬲りがいはあるのだ。あの千原奈津紀もずいぶんと強情な女であったがしょせんは女よ。最後はひぃひぃと鳴いて許しを乞うておったなあ」

張慈円は愉快そうにそう言うと、穂香を投げ捨ててそう言った。

「穂香をっ!おのれえええ!・・下種が!奈津紀さんを!わたしのかわいい妹たちをよくも!!」

倒れこんだものの弥佳子は、腹筋と足の反動だけで立ち上がり、先ほどの電マ攻撃でこっそりわからないように気をやったつもりであったが、それを張慈円にバレてしまっていたことで赤面しながらも痛烈に罵倒する。

しかし、案山子のように拘束されたその姿は滑稽であった。

味方と言える穂香も真理も虫の息に近い。

そして弥佳子自身もオーラも使えない。

そのうえで敵である張慈円はほとんど無傷で、オーラが使えるのだ。

絶望的な状況である。

「さて・・念のために高嶺弥佳子。貴様の能力は完全に封じておくとしよう。神田川真理と・・たしか大石穂香だったな。そやつらも念のために封環で能力を更に封じておくとするか」

張慈円はそういうと、壁面に備え付けられている道具箱からゴトゴトと金属音を鳴らして何やら物色しだすと、クサリの付いた枷を幾つも取り出してきたのだ。

「やめなさい!」

弥佳子は後退った。

封環の効果は、少しでもある程度の組織に属している能力者であればだれでも知っている。

首や手首、足首に嵌められてしまえば身体をめぐるオーラの流動が上手くいかず、ほとんど能力が使えなくなってしまう。

そして大抵の場合、封環は施錠ができるのだ。

千原奈津紀も、張慈円に凌辱されるときに首に一つ、両手首と足首にと計5つも施されていたのだ。

弥佳子は今までこれほど追い詰められたことはなかった。

オーラを用いなくても大抵の能力者なら剣技だけでも圧倒できる自信があったし、それは事実でもあった。

しかし、オーラを使えないこのタマゴ型の部屋と、目の前にいる男は人格的にはクズだが香港三合会で最強であるのは事実なのだ。

「あきらめろ。高嶺弥佳子。貴様はこの俺がおいしく食してやる。宮コーの銀獣が冷えたクラゲの前菜だとすれば、貴様は極上の主菜、さしずめ俺の好物である鮑や海老と言ったところだ!少しばかり強めにスパイスが効いているところがまたそそるというものだ!」

必勝のつもりで意気揚々と自信満々で乗り込んだ弥佳子にこんなシナリオは露ほども考えていなかった。

「・・おのれ・・・!」

弥佳子は、私に勝ったつもりですか?と言いたかったが、それを言葉にできない自分が歯がゆい。

そして弥佳子がもう一歩後ずさり壁に背が当たった時、穂香が再び立ち上がった。

「げほっ・・。御屋形様~・・。御屋形様に対し図々しい申し出ですが、穂香がいまお助けいたします~」

穂香に外傷は見当たらないが、口元は血と吐しゃ物で汚れており、先ほどみぞおちと背中を強打されたダメージが深刻なのは、その覚束ない足取りで明らかであった。

言い終わると穂香は、ようやく膝立ちで立ち上がった真理に一瞬だけ視線を送ると、張慈円に飛び掛かった。

穂香は能力を発動し、幻覚を見せてから張慈円を襲ったつもりだったが、やり能力は発動しない。

生身の身体で手負いにしては素早い動きであったが、張慈円にとってはやはり遅すぎる。

「ゲロまみれの女に組み付かれてはかなわんからな。貴様はあとで相手にしてやるから大人しくしておるのだ。貴様にも3億ほどの値がついておる。・・・くははは、こんなボロい商売があったとは俺にも運が向いてきたというモノだ。袁の奴めには今回ばかりは感謝せんといかんな」

そう軽口を言いながらも、殴りかかってくる穂香をあしらって笑っていたが、不意に穂香の速度が上がった。

手負いで生身の身体とは言え、穂香がここまで遅いわけがなかったのだ。

「むっ!?」

張慈円の慢心の隙をとらえ、穂香が張慈円に胴にガッチリと組み付く。

「まりりんー!走って!長く持たない!御屋形様の拘束を解いて!!で、できたら逃げて!!穂香がこいつを抑えておくから~!!」

大声を出すとと全身に痛みが走るが、それには構わず、穂香は組み付いたまま叫んだ。

「貴様!汚い!離せバカ者めが!!」

「ぐっ!!」

張慈円の肘の打降ろしを、無防備な背中に受けるも穂香は自身の両手首を強く握りしめ、決して張慈円を逃さぬ構えである。

落下から今まで沈黙を守って息を回復していた真理も、穂香の行動と同時に動いていた。

「弥佳子!動かないで!」

真理はすぐさま弥佳子の傍に駆け寄り、腕を拘束していた大刀を結んでいる、腰帯を引き千切りながら、手早く解いてしまう。

「離せ!このゲロまみれが!」

張慈円の怒号と共に、ごきりっ!と不気味な音がする。

張慈円の腹に組み付いた穂香の口からはくぐもった声が僅かに洩れただけだったが、穂香と張慈円の足元には穂香の口から出た血がびしゃびしゃと大量にまき散らされている。

折れた骨が臓器を傷つけ、器官を登ってきたのだろう。

それでも穂香は手を離さない。

もはやまともにしゃべることはできないことも穂香自身わかっていた。

だが、命が尽きようとも張慈円は逃がすまじと穂香は決して手を離さない。

「穂香-!!!」

弥佳子の声が響き渡る。

真理の手で、袖から大刀の二つが抜き取られた瞬間に、弥佳子はその一本、中曽根虎徹の柄を掴んで鞘を投げ捨てると、八相に構えて一気に距離を詰め袈裟懸けに切り裂いた。

ぶぅん!!

と、当たれば確実に死をもたらす一撃は無情にも空を切る。

「やれやれ・・。なかなか肝を冷やしたぞ」

弥佳子の横、真理の背後から聞きなれた聞きたくもない気持ち悪い声が響く。

胴に巻き付いたままの穂香ごと張慈円は移動していたのだ。

張慈円の足は紫電を纏っている。

能力を使い爆発的な脚力を持って死地から脱したのだ。

張慈円の腰に巻き付けた腕は離れていないが、穂香は膝を引きずるようにしてうなだれていた。

そして、張慈円はその穂香を面倒そうに振り解くいて床に投げ捨てると、弥佳子と真理に向って、残忍な笑みを浮かべたのであった。

【第10章  賞金を賭けられた美女たち 32話 至極の剣士人生最大の危機 終わり】33話へ続く

第10章  賞金を賭けられた美女たち 33話 剣聖復活!雷帝の最後

第10章  賞金を賭けられた美女たち 33話 剣聖復活!雷帝の最後

張慈円は倒れた女に近づき、髪の毛を掴んで引き上げる。

「ぅ・・」

穂香は口元を血に汚した顔を苦し気にゆがめて、小さな声で呻いた。

穂香の印象深い笑顔はもはやない。

穂香のその表情を見て満足気に頷くと、張慈円は掴んでいた髪の毛を離した。

ゴトリと鈍い音が響き、穂香は顔を血だまりに浅く沈めたまま、微かに震えながら身じろぎしている。

そして微かに胸を上下させているだけで、それも、だんだんとその動きも小さくなりつつあるように見えた。

「くくく、六刃仙もオーラが使えんとなるとまるっきり話にならん程度でしかないのだな。それもそうか、いくら鍛えていようが、オーラが使えんと女である貴様らは肉体的には男にはずいぶん劣るからな」

張慈円は、怒りで肩を震わせている高嶺弥佳子と、伏した大石穂香を交互に見比べて、愉快そうに笑ってそう言っている。

高嶺弥佳子は大石穂香であれば、張慈円に遅れをとることはないと確信していた。

事実その見込みは完全に正しい。

大石穂香がオーラも使え、万全の状態であれば無傷とはいかずとも張慈円を圧倒しきったはずなのだ。

だが、現実にはイレギュラーがつきものである。

「まだかすかに息はあるが、こやつは時間の問題だな。俺の好みではないがなかなかの上玉と言えるであろう。それになにより3億超えの賞金首だからな。無駄に死ぬのは俺も望むところではない。貴様が大人しく俺の言いなりになると言うのであれば助けてやれるのだが・・どうだ?高嶺弥佳子。膝を折って負けを認め、俺に頭を垂れるがよいぞ?」

張慈円は穂香の頭を踏み付けながら、弥佳子に向って挑発するように嘯く。

圧倒的優位を確信し、人質まで得た張慈円はニタニタと笑い、弥佳子が自分好みの反応をするのを期待しているのだ。

弥佳子の隣で張慈円を睨んでいた真理は、怒りで我を失い弥佳子が短気を起こさないかという懸念で、チラリと弥佳子の方へと顔を向ける。

真理は安堵した。

さすがに高嶺の頭領は、仲間が死に瀕していたとしても冷静であったのだ。

先ほどまで、激高し張慈円を罵っていた表情は消え失せていた。

そこには愛刀を正眼に構え、一部の隙も無い恐ろしく無表情な顔の弥佳子がいたのだ。

真理は、高嶺弥佳子という人物に、寒気を覚える。

(・・・うちの佐恵子なら取り乱して喚き散らすところね。まあ、佐恵子の場合はそこが可愛いんだけど・・)

真理は高嶺弥佳子の胆力を素直に感嘆した。

死に瀕した部下を目の前にして、取り乱さない上司を冷酷であると思ったが、取り乱せば得になることは何一つない。

そして真理は、頭を足蹴にされ血だまりの中でほとんど動かなくなっている穂香の方にも目を向ける。

(・・・能天気そうな女だと思っていたのに・・・。高嶺弥佳子はそこまでできる主人ということなのね?そして貴女も命をかけてそれができる。)

真理は、虫の息になっている「気の抜けた炭酸水のような女」と評した大石穂香の捨て身の行動には本当に驚いていた。

真理に、主人の縛めを解かせるため、今日出会ったばかりの真理に主人を託して、自らは捨て石となったのだ。

(宮コー内部じゃ高嶺なんて血も涙もないアウトロー集団だという認識でしかないのに・・・。この人たちのこと私たちは実のところ何も知らなかったんだわ・・・。とはいっても宮川と高嶺は何代も前からずっといがみ合ってるのも事実・・・)

真理の思議を差抉るように、張慈円の嬉し気で不快な声が遮る。

「ほう。やはりそうか。そうこなくてはな。そうでなくては嬲りがいがない。もっとも・・貴様が無様に許しを乞うたとしても、きつい灸をすえるつもりではいたがなあ」

構えた弥佳子に対して、張慈円は満足げに何度もうなずいてから、穂香の頭から足を退ける。

弥佳子や真理にとっては幸運と言えるだろう。

張慈円は大石穂香を盾にして、屈服を迫ってくる様子ではない。

あくまで、弥佳子と真理の二人を力づくでねじ伏せたいのだ。

弥佳子は、張慈円のその慢心にぎりっと歯をかみ合わせるが、同時に安堵もしていた。

部下を人質に取られては、流石に戦えない。

「真理。貴女もその刀を使いなさい。剣の心得がなくとも貴女なら丸腰よりもマシでしょう」

弥佳子は張慈円の挑発を無表情の鉄面皮で受け流し、隣にいる真理に和泉守兼定を拾うように促す。

「ええ」

真理はその指示に素直に従い、拾った刀を鞘から抜き柄を逆手にもって構えた。

慣れない真剣の重さと、冷え冷えと輝く美しい刀身が剣が、刀を使ったことのない真理にも不思議と頼もしく感じる。

(それほど追い詰められてるってわけね・・)

「くくく、二人まとめて相手をしてやろう」

構えた二人に対し、張慈円は構えすら取らない。

すでに勝った気でいるのである。

「真理。真理も能力は・・やはり使えないわね?」

「ええ。【肉体強化】は全然できないし、【治療】もまるで発動しない・・・。【未来予知】もダメよ」

弥佳子の問いかけに、真理は張慈円に聞こえないよう、弥佳子と頬がくっつくほど接近して、耳元でそう囁いた。

真理の顔の位置からは、弥佳子の表情は見えなかったが、触れている弥佳子の肌からはいささかも動揺している様子はない。

声に出して騒がないところは流石である。

「そうですか。そうだとしても・・・わずかですが勝機はあります」

たっぷりと、ふた呼吸ほどの間を空けて、弥佳子は目に闘志をたぎらせてそう言って真理と目を合わせ力強く頷く。

「真理。手を貸してもらうわよ?」

「もちろんよ」

弥佳子は再び正眼に構え呼吸を整える。

弥佳子の表情は冷静そのもので思考も鮮明であるが、あふれ出す闘気で心拍数は上がっている。

そして隣の真理も、大刀を右手で逆手に持ちって防御の構えながらも、張慈円に対する憤りは弥佳子に負けるものではない。

同僚である銀獣こと稲垣弥佳子の指の骨をほとんどへし折り、左目を奪って一度は死に追いやったのは張慈円なのだ。

結果的に偶然にも居合わせた栗田教授に蘇生を施され加奈子は息を吹き返しが、その代償は大きかった。

加奈子蘇生の触媒として、近しい者のオーラの籠った肉体が必要だったのである。

そのため宮川佐恵子は左の魔眼を失い、力は大幅に失った。

そのせいで対抗派閥の先兵であり、佐恵子の先輩でもあった緋村紅音に対抗することが難しくなり、敵対派閥の台頭を許して支社長の座を追われたのである。

(この男のせいでめちゃくちゃだわ・・・。橋元不動産にいた単なる用心棒ごときと侮っていたのがそもそもの私のミスね・・)

真理の思議を今度は弥佳子が遮る。

「わたしが攻撃します。オーラが使える張慈円相手に挟撃は速度的に無理です。決して挟み撃ちなどをしようと思わぬこと。お互いの背後に回られぬように立ち回るのです。いいですね?」

弥佳子がそう言い終わった瞬間、張慈円が一瞬で間合いを詰め、弥佳子の手首目掛け踵を振りおろしてきたのだ。

「くっ!」

弥佳子は刀を持ち上げ、刀を霞にして辛うじて受け流し、流した勢いを利用して突き返す。

流麗で見事な一閃。

だが、蟷螂は愉快そうに笑った。

「ほほう!このぐらいの速度には対応してくるか?」

張慈円は、反撃の刃を難なく躱すと楽しそうな口調で言い返してきたのだ。

「くっ・・。視力や肉体が強化できないと、あの程度の速度にも対応できないとは・・それに・・」

愉快そうな張慈円に対し、弥佳子は冷静な表情の裏で、激しく苛立っていた。

達人の域にある張慈円とは言え、万全の高嶺弥佳子からすれば欠伸のでる速度である。

しかし、身体がついてこないのだ。

それに攻撃を受けきれたとはいえ、パワーの差は激しすぎる。

両手の霞で受けたにも関わらず、両手は肘まで痺れてしまほどの強撃であったのだ。

それゆえ、必殺の喉元への突き返しも満足な速度が出なかった。

弥佳子は気を取り直して刀を握り直し、息を整える。

「・・・真理。そう何度も受けられません。カウンターの一撃で決めます・・。霞で受けては反撃が遅れてしまいます。・・・私が望む形で張慈円が攻撃する瞬間が見切れればよいのですが・・」

弥佳子は相変わらず冷静を装ってはいるが、内心ではそうもいかない。

今の攻防でわかってしまったのだ。

速度だけであれば何とか対応はできるが、パワーの差は如何ともしがたいということに。

くわえて張慈円には電撃がある。

徒手空拳のついでに電撃を放たれたりすれば、今受けたダメージの比ではないだろう。

今の弥佳子に、張慈円の膂力と電撃の同時攻撃を捌き切ることはできない。

救いなのは張慈円がすでに勝った気でおり、全力で戦っていないというところである。

蟷螂は、羽を毟った2匹の蝶をたっぷりと甚振るつもりなのだ。

「くくくっ・・。思ったより随分楽しめそうだ。こういう遊び方はな、稲垣加奈子と戦った時に思いついたのだぞ?・・SEXで甚振るのも戦いで甚振るのも、本質は同じのようであるな。簡単には終わらんぞ?覚悟するのだな・・。くくくくっ」

ニタニタと笑った蟷螂が、羽をもぎ取られた蝶たちを嬲らんとゆっくりと距離を詰めてきたのだ。

15分後―

弥佳子は受け身をとって起き上がり、ぜぇぜぇと肩を上下させて額から滴る血が目に入らないよう、電撃で焼き焦げた袖で血を拭う。

しかし一緒に戦っていた仲間は躱しきれなかったようである。

「真理・・!」

張慈円が広範囲に放った電撃を躱しきれず、真理は電撃で身体をのけぞらせて倒れこんだのだ。

戦いの最中であるというのに、弥佳子は倒れた真理に駆け寄り膝をつく。

その弥佳子の行動を、敵である張慈円は邪魔することなく咎めもしない。

ただニタニタと笑い楽しんでいる風ですらある。

「だめ・・はぁはぁ!・・見えても今の私じゃ躱しきれないわ・・。先が見えてない弥佳子がこんなに躱せるなんて・・悔しいけどさすがね・・」

「真理。あなたはよく頑張った。六刃仙にはしてあげられないけど、十鬼集にはなんとか任命してあげられるほどには強いわ。・・あとは私がやるからもう休んでなさい」

「はぁはぁ・・くっ・・。なによそれ・・。褒めてる?貶めてるの?・・・それに弥佳子もボロボロじゃない・・・」

真理はそう言いながらも、隣で膝をついて険しい表情ではあるが、優しい口調で奮闘をねぎらってくる弥佳子の様子をまじまじと眺めた。

どうやら張慈円は、本当に弥佳子や真理を簡単には仕留める気はないらしい。

刀をまともに振れなくなるようにと、張慈円は弥佳子の両腕を執拗に狙ったのだ。

服の袖は破け、弥佳子の左腕は肘が明らかに折れており、力なくダラリと垂れ下がり、左手がもう役に立たないのは一目瞭然である。

刀を持っている右手も、肩から下の服は千切れて、打撲と裂傷がひどい。

特に刀を落とさせようと狙われた指はどれも青紫色に痛ましいほど腫れあがっていた。

くわえて、その他の部位、胴や足もおびただしい攻撃を受け1デニールのパンストは、チリヂリに敗れ、蹴撃によって腫れた痣を隠しきれていない。

「弥佳子こそ・・もうボロボロじゃない。なんでそんな冷静な顔してられるのよ・・まったく・・。痛くないの?」

「痛がっても痛みは引かないわ」

「そりゃそうだけど・・。ねえ、弥佳子・・・言いにくいけど生き残る為なら・・」

真理がそこまで言った時、弥佳子は真理に背を向けて立ち上がり片手で構えて張慈円に向きなおった。

「屈しないわ。何があっても」

見上げた背中越しにそう言われ、真理も覚悟を決める。

(・・・日本で唯一宮コーに従わない組織の長ですものね・・。ほんとうに流石ね)

ただ、このままでは敗北はほぼ確実なのは濃厚である。

真理は、戦いの最中もなんとか有利にならないかと思考を巡らせていたが、良い解決策は今の瞬間まで思いつかなかったせいでこの有様なのだ。

「神田川もここでリタイアか?・・そろそろ俺の電砲も我慢が効かなくなってきたからな。いい加減に終わりにするか・・・。どうしても貴様の口から命乞いを聞きたかったのだが、それは嬲るときにでも聞かせてもらうとするか」

張慈円は勝ち誇ってそういうと、もはやまともに刀を振ることもできなくなった弥佳子に狙いを定め、トドメを刺さんと腰を落とした。

その時である。

タマゴ部屋の照明がチカチカと点灯したのだ。

眩いと言えるほどの光量だった部屋の灯りが、ほんの1秒足らずの瞬きだったとはいえ、光量が多いからこそ、その異変はわかりやすかった。

「む?」

張慈円も天井を仰ぎ見るようにして足を止める。

そしてもう一度チカチカと点灯すると、部屋に降り注いでいた緑色の光が完全になくなったのだ。

タマゴ型を囲む中二階にある部屋から差し込む灯りだけしかなくなってしまう。

「うぉっ!?」

我に返った張慈円が突如襲ってきた横凪の一閃を後方宙返りで躱したのだ。

「ようやく・・・力が振るえるようになりましたね。覚悟しなさい!!」

額から流した血で左目を瞑ったままの弥佳子が、オーラを練り上げ刀を振るったのである。

「くっ・・。なんだ?故障か?電力が切れたのか?!」

張慈円はあたりを見回し狼狽してそう言ったが、高嶺弥佳子が一閃を振るっただけで追撃してこないことに、動きを止める。

「ん?どうした?オーラは戻ってももう身体はボロボロか?・・・そうだな。散々いためつけてやったからな?いまさらオーラが戻ってもしょうがあるまい?その左手、その指で刀などまともに触れるわけがなかろうな?くははははははっ!」

一瞬焦った表情を見せたももの、張慈円は再び勝ち誇った顔になって哄笑しだした。

「そうなると・・・」

ニヤついた表情のまま張慈円は顎に手を当て、床を蹴った。

がっ!

弥佳子の横を通り過ぎ、倒れていた神田川真理を引きずり起こしたのだ。

「離しなさい!」

「黙れ!回復されてはたまらんからな!貴様も2億ほどの首だ。殺しはせんが気を失っておれ!」

叫び藻掻いた真理であったが、背後から組み付かれ、背後から首を絞められてはどうしようもなかった。

手と足を1,2度バタつかせただけで、あっけなく動かなくなる。

ダラリとなった真理を張慈円は床に落とした。

「張慈円・・勘違いしているようですね。回復などしなくても、貴方程度は今の私でも十分です」

そうは言ったものの、実は弥佳子はそれだけ口にするのがやっとであった。

張慈円の動きは見えていたが、真理を助けようとしても、もはや身体が動かなかったのだ。

(無念すぎます・・・。このようなところでこの程度の男に・・・!)

弥佳子の冷静な鉄面皮が崩れかける。

「そうだ・・貴様のその表情が見たかったのだぞ?どれ・・もう少しよく見せてみろ!」

「黙りなさい!」

怒号と同時に弥佳子が残った力を振り絞り【剣気隆盛】を刃に乗せて、右手だけで刀を振るう。

しかし、足の踏ん張りも効かず、片手だけで振った剣撃は流石に隙が多い。

張慈円は、半身になって刃をやり過ごすと、そのまま身体を弥佳子の方へと滑らせてわき腹に拳を叩きこんだ。

「ぐっ!!」

弥佳子が薄暗くなったタマゴ部屋の壁に叩きつけられた。

しかし、それにしては衝撃音がない。

もはや勝ちを確信した張慈円は、部屋が多少暗くなったとしても暗視を使ってはいなかったが、違和感を感じ目にオーラを集中させる。

張慈円が目にオーラを集中させた瞬間、弥佳子を受け止めた背後にいた影が飛び掛かってきた。

ほとんど無傷の張慈円でも、油断をしていれば反応できないほどの速度。

「ぐあっ!?」

頬に衝撃が走り、張慈円は口から血吐きながら横転した。

動転した張慈円が、横転から素早く起き上がった時、聞きなれた声が張慈円の耳に飛び込んできたのだ。

「人は、斬られるのより殴られる方が屈辱を感じるそうですね。どうでしたか?」

凛とした声。

すらりと立った女性が張慈円に言い放ったのだ。

「奈津紀さん!」

壁を背にした弥佳子がその名を呼ぶ。

「御屋形様。私のせいでこのような大惨事を引き起こしてしまい、申し開きのしようもありません。あとで甘んじて責めはお受けいたします。・・・しかし、罰を受ける前に今はこの男を斬ることをお許しください」

タマゴ部屋のほぼ中央で張慈円が下手に動けないように牽制しながら、奈津紀は静かに、それでいて当主に対し恥じるようにして言ったのだ。

弥佳子はそんな奈津紀に対して、笑みを浮かべて言ってやる。

「許可します。本来は私がやりたいところですが、奈津紀さんが適任でしょう」

「・・畏れ入ります」

奈津紀はその言葉に対し、隙をつくり過ぎないように軽く、しかし深い感謝と謝罪の念を込めて頭を下げた。

「貴様!どうやって出てこれたのだ?!袁の見張りがいたであろう?封環はどうしたのだ?!だれが千原の拘束を解いたのだ?!」

取り乱して喚く張慈円を横目に、奈津紀は羽織った患者衣をはためかせて、真理のところまでくると、片膝をついた。

「神田川真理。助力感謝します。貴女は御屋形様と穂香をお願いします」

「・・まかせていいわよ」

笑顔で頷く真理に、奈津紀は頷くと、真理が握っていた和泉守兼定をそっと受け取ると立ち上がった。

真理に背を向け、張慈円に向きなおる。

「この部屋の動力室はさきほど私が破壊しました。これでフェアに戦えますね。張慈円様?」

かちゃり!と抜き身の刃を構えた奈津紀の表情は、怒りでも悲しみでもない表情でそう言ったのだ。

しかし、白衣を羽織っただけでまともな服こそ着ていない千原奈津紀だが、傷は完治しており、オーラも十分で気力が溢れているのが肌で感じられる。

張慈円は、奈津紀の脅威を嫌というほど知っていたはずだったが、敵として本気で相対した場合との違いに瞠目していた。

慌ててオーラを全開で開放し、体中に紫電を纏って構えなおす。

バチバチと全身に紫電を纏いながらも、張慈円の汗は止まらない。

奈津紀も張慈円に呼応するようにオーラを開放させた。

張慈円のように激しく波打っていないが、刺すような冷たいオーラであり、そして奈津紀を中心に濃厚な死の気配が広がる。

「・・・すごいわね・・」

穂香に膝枕をして【治療】をしていた真理が、思わず声に出してしまったのだ。

かつて張慈円のアジトである港倉庫では、千原奈津紀の今展開しているオーラの中に真理はすっぽり入ったことがあるのだ。

(あの気配を向けられたら生きた心地はしないわよね・・。張慈円でもあの取り乱しようだもの)

「ごほっ!・・まりりん・・。穂香より先に御屋形様を診てよ~」

真理が全身に鳥肌を感じていると、膝元からのどかな声が聞こえた。

「その御屋形様が貴女を先に治せっていってるの。肋骨が折れてて肺に刺さってるし、貴女ちょっとにおうわね・・。それに口から吹いてる血が私にかかったわ・・」

「・・まりりん面白いね。穂香まりりんのこと気に入ったかも~」

穂香が張慈円に突貫するとき、一瞬の目配せだけで穂香の意図を真理が組んでくれたのが嬉しかったのだ。

「まりりん。なっちゃんどう?」

今だに首すら回せない穂香は、視線を二人に向けることができなかったのだが、すでに静かになった部屋の様子を知りたがったのだ。

真理の目には見えていた。回復も少しは進んだことだし穂香の脇を持ち上げ、見やすいように身体を引き上げてやる。

顔を引きつらせ紫電を纏った張慈円が吼えたところだった。

「千原!!俺が貴様をたっぷり可愛が・・・」

張慈円の反応速度を超えた奈津紀の和泉守兼定が、張慈円の首を一閃で断ち切ったのだ。

首は薄暗くなったタマゴ部屋の宙に舞い、恐懼の表情を張り付かせた張慈円がセリフの続きを言おうと口を何度か開かせていたが、言葉にはならず奇怪な呼吸音しか発せていない。

卑劣な手で女を凌辱した自慢話などを、この場にいる誰もが聞きたくなかった。

千原奈津紀自身がもっとも忘れたくて忘れられない恥辱を刻み込んだ張慈円は、首と胴が離されたのだ。

そしてその首は、ぶんぶんと回転して首から、汚らわしい血をまき散らしながら、最後はぐしゃり!と床に落ちたきり目を開いたまま動かなくなった。

「御屋形様!」

首が床に落ちたと同時に刀を鞘に納めた奈津紀が、弥佳子に駆け寄り膝をつく。

「・・・反省会は後ですよ奈津紀さん。真理。私もお願いします」

「ええ」

穂香をあらかた治療し終えた真理はそう言うと弥佳子に駆け寄ったのであった。

弥佳子、奈津紀、穂香、真理の4人が集まり、いまだ敵陣の中だと言うのに笑顔である中、部屋の中央には張慈円の胴体と、半分つぶれた顔が目を見開いたまま転がっていた。

香港三合会最強と謳われた雷帝張慈円であったが、最後の最後は趙慈円の数多い女性遍歴の中でも最高級の美味をむさぼった相手に首を切り落とされての最後であった。

【第10章  賞金を賭けられた美女たち 33話 剣聖復活!雷帝の最後終わり】第11章へ続く
筆者紹介

千景

Author:千景
訪問ありがとうございます。
ここでは私千景が書いた小説を紹介させて頂きたいと思います。
ほぼ私と同年代の既婚者が主役のものになるかと思います。登場人物同士が
つながりを持っていて別の物語では最初の物語の主人公が脇役を務める様な
小説全体につながりを持たせ想像を膨らませていけたらと思っております。
どうぞ宜しくお願い致します

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