第9章 歪と失脚からの脱出 48話
「華鹿様っ!あぁ!」
(ちっ、一発でやり損なった・・・)
麗華が膝を付いて、血塗れになった旗袍姿のマフィアの女ボスの肩を抱きしめている。
(なんや麗華そんなやつの心配なんかして・・そいつがお前を洗脳したんやぞ?)
怒りの形相で迫りくる革ジャン革パンブーツ姿の女、たしかかつては凶震の二つ名を持つ有名な殺し屋だったと記憶している女が肉薄してくる。
久しぶりで全力開放したためか、はたまた怒りで気が昂りすぎてしまったのか隙だらけマフィアの女ボスをやり損なったことと、その女に駆け寄る麗華を見て心中舌打ちしてしまう。
目の前の金髪女、凶震ザビエラのオーラの乗った拳を躱しながら、金髪女の後ろでの麗華たちの様子を伺う。
麗華たちの様子を伺いながらではあるが、ザビエラの攻撃は鋭い。
オーラの攻防移動も完璧で、拳のみならず蹴りにも得意とする振動攻撃を纏わせている。
かつて宏が宮コーの幹部である宮川佐恵子や稲垣加奈子たちのことを中途半端な強さと指摘したことがあったが、この目の前の女は違う。
宮コー幹部は能力者としては洗練されていて強いには強いが、いま目の前で攻撃をしてきている目付きの悪い金髪女は、おそらく物心ついたときから実戦で鍛え続けてきたのであろう。
一発一発の攻撃に相手を殺すことに些かの躊躇もないのが伝わってくる。
(くそがっ!凶震の噂は伊達やないな。こいつとカス慈円か。マフィアのボス猿女はやりそこなったが、ほぼ無力化したはずや・・。敵さんが肝を潰しとる間に一気にカタつけたいんやが、こいつ!マジうざったいわ!一対一で時間があるときやったらどないでも料理してやるんやが・・!)
ザビエラと拳を交え、一筋縄でいかない相手だと瞬時に判断し、心の中で悪態を付く。
「てめえっ!華鹿はまだ話してただろうがっ!」
「はぁ?マフィア風情がなにお行儀ええこと言うとるんや!お前ボディガードなんやろが!?お前がぼさっとしとるからや!マヌケが!」
「おまえ!!よくも言いやがったな!!」
宏はザビエラの繰り出した拳と肘を掌と同じく肘受け止め、顔を寄せ合い怒鳴り合う。
切り揃えた前髪を振り乱し、怒りで顔をゆがめたザビエラは、主を護れなかったことが余程自尊心を傷つけられたのか、自分も能力の範囲に入るというのに拳と肘で押し合いをしつつも能力を発動させだした。
ザビエラに触れているあたりが激しく振動し、宏の身体を一気に蝕みだす。
「ズグズグの肉塊にしてやるぜ赤目野郎!今までこのオレとやり合って生きてる奴はいねえ!人の形を残して死ねた奴なんて一人もいねえんだからな!」
「ほう奇遇やな!俺もや。俺とやり合って生きてる奴もおらへんねん!」
自分の振動の痛みに耐えながら言うザビエラに負けじと宏も赤目を光らせて言い返す。
「てめえなんか聞いたことねえぞ!キクザワ?だっけか?初耳の野郎だ!しかしさっきの動きと言いオレとここまでやり合えるとは・・・何もんだ!?それともキクザワってのは偽名か?!」
宏のセリフにザビエラは不快そうに顔を歪めたが、裏の世界で菊沢宏などという名は聞いたことが無いことに首をかしげる。
「裏の世界で名前が売れすぎてる言うんはな、まだまだ2流やねん!」
2流といいながら、昔に稲垣加奈子が自分のことを2流ホストと呼んだことが何故か思い出した。
(いや・・あいつ3流ホストやいいよったんやったっけな・・?)
宏はなんでこんなこと思い出すねん。いったい誰が3流でしかも何でホストやねん。と思い直すと、ザビエラのオーラを振動に変換してくる技能に耐えつつ、宏も肉体強化で防御し同時に直接相手の脳に痛みを認知させる精神汚染攻撃を放ちかえした。
「こ、この赤目野郎!!単なる肉体強化だけが使える筋肉ダルマじゃねえのか!?」
ただ押し合っているだけなのに、突如両腕が激痛に見舞われたため、ザビエラが顔を歪め驚きの声を上げ、宏から距離をとる。
「往生せいやっこのジャイアントおんなっ!」
激痛でザビエラが態勢を崩す前に、体中に電流を纏った張慈円が宏の死角、右わき腹辺りを後方から蹴り抜こうとしたのだが、宏は身体を捻って張慈円の脚を受け流し、カウンターで顔面に裏拳を叩き込んだ。
「ぐっ!」
「待っとったで!やっと近づいてきたなカス慈円!チャンスやと思たんやろがボケが!」
宏はザビエラと攻防を繰り広げながらも、たえず張慈円の動きを視線向けずに、意識し続けていたのだ。
不意打ちをしたつもりが、まさか反撃をもらうとも思ってなかった雷帝張慈円は、まともに裏拳をくらい、顎をのけ反らせた。
雷帝にしては珍しく痛恨のミスをしたと言える。
大きな隙を作ってしまい、仰け反って鼻を抑えてたたらを踏む。
その張慈円を追撃しようと宏が手にオーラを纏わせたとき、黒い旗袍をはためかせ、Fカップはあろうかという胸を揺らした麗華が躍りかかってきた。
「おまえ!!華鹿様を・・よくも!!」
張慈円を必殺の点穴で仕留めようとしたところへ寺野麗華が振動を両手に纏い、殴り掛かってきたのだ。
「れ、麗華・・!やめんかい!」
麗華も十分達人の域に達する手練れだが、雷帝張慈円や凶震ザビエラと比べると幾分劣るとはいえ無視できるような攻撃力でもない。
そんな麗華を無傷で無力化させるには、と無意識に宏が手を緩めてしまったところへ凶振と雷帝が再び、今度は同時に襲い掛かってきた。
「優香!貴様も手を貸せ!お前の主人をあんな目に合わせた者を生かして帰すな!」
「言われなくても分かってます!」
張慈円が優香こと寺野麗華を煽るようにけしかける。
「ほんまっ!お前!とこっとんカス野郎やなカス慈円!!」
張慈円のセリフに対し、宏は心底怒りを込めて罵る。
「3人がかりとは不本意極まりねえが、華鹿をあんな目に合わせたヤツだ!ミンチにしても飽き足らねえ!張雷帝!香港一の名が伊達じゃねえこと見せてやってくれよ!」
「無論だ!こやつはここに来るまでに高嶺の剣士とやり合っておる。その戦いで消耗しておるはずだ。今を置いてこいつを片付けるのは難しいかもしれん。樋口!もう一人の女を生け捕れ!その女人質に使えよう!」
寺野麗華、ザビエラそして張慈円から同時に猛攻を受けている宏は、何とか躱し防ぎながらも一人離れたところでケースを持ったまま突っ立っている猫柳美琴に目を向ける。
「君が来てるってことは紅蓮には知られてしまってるんだね!なおさら生かして帰せないじゃないか!」
すると、そこにはスーツ姿の男がそう言ってちょうど美琴に襲い掛かる瞬間であった。
「何が香港最強やこの卑怯モンが!ミコにゃん!ケースなんか捨ててええから逃げえ!」
3人に攻撃を受けながらも、宏は美琴に向かって張慈円をディスりつつ大声で叫んだ。
「きゃっ!!」
悲鳴をあげながらも、樋口に攻撃される瞬間に美琴の姿が瞬時にしてかき消える。
「ちっ!不可視化か!」
美琴の姿を見失った樋口が忌々し気に舌打ちをして悪態をつくが、すぐに視線を倉庫の入口の方へと向け駆け出した。
「そこだ!」
「きゃっ!!」
美琴は瞬時に不可視化を発動していたとはいえ、【不可視化】能力は足音や気配までもが消せるわけではない。
いまの樋口は視力と聴力を限界まで研ぎ澄まし、美琴の行動に細心の注意を払っている。
直撃こそしなかったものの、背後からの樋口の蹴りを肩に受けた美琴は、ケースを大事そうに抱えたまま悲鳴と共に床に倒れ込んだ。
「ちっ!ミコにゃん!ケースは諦めんかい!身体一つで猛ダッシュで逃げえや!・・ぐっ!」
張慈円とザビエラの攻撃を片手づつで防いだところへ、麗華の渾身のボディブローが宏に突き刺さる。
「で・・でも!手ぶらで帰ったら・・!きゃっ!」
起き上がってそう言いかけた美琴は再び不可視化しようとしたが、またしても樋口の蹴りが美琴の脚を払う。
「消えてちょこまか動かれちゃ困るんでね。足一本ぐらいは折っちゃおうかな」
マフィアのメンバーの中では、樋口が能力者としては一番腕が立たないのだが、あくまでこのメンバーの中だからであり、宏の目にも樋口と呼ばれる男に猫柳美琴が体術で敵わないのは明白に見えた。
「ええから!ミコにゃん。俺がこいつら片づけてケースも回収してやるから・・くっ!!」
今度は麗華ではなく張慈円の電流を纏った拳が宏の鳩尾に決まる。
「ふはは!何を人の心配をしておる!?」
鳩尾を抉った張慈円の拳が間髪入れず電流を送り込んでくる。
「がっ!」
全身を電撃が走り抜けているところへ、振り下ろしてきたザビエラの蹴りが宏の後頭部に直撃するが、宏は倒れ込むことなくザビエラの脚を掴んで逆に張慈円目掛けて投げつけた。
「ぐぉ!」
「いってぇ!すまん張雷帝!」
「ぜぇぜぇ・・!はよ逃げろや!ミコにゃん!ミコにゃんがおったら集中できへんわ!」
この作戦の直前に一度だけ話をしただけの猫柳美琴のことを心配してしまうところが菊沢宏という男の最大の弱点であろう。
今度は、麗華が両手に纏った振動を思い切り宏の胸に両手で叩き込んでくる。
「ぐぁ!!」
麗華の渾身の一撃を受け、つい苦悶の声が漏れ打たれた胸に手を当て後ずさりするが、倒れることなく対峙する三人に油断なく構えると、樋口に追い回されている美琴に怒鳴った。
「ミコにゃんええからとにかくケースこっちに投げえや!!」
美琴は壁の鉄骨の上を駆けながら、樋口から逃げ回っていたが宏の声に一瞬だけ顔を向けて頷くと、ぶぅんとケースを宏の方へ向かって放り投げた。
「あぁ!お、落とさないでくれ!」
美琴を追っていた樋口は、急に投げられたケースの方へ向かって方向転換したが、キャッチには間に合いそうにないのか、情けない声で宏達のほうにそう言って叫んだ。
「・・抜き足差し足忍び足!隠形遁術!【完全不可知化】(パーフェクトアンノウンブル)!」
樋口が叫んだ瞬間、猫柳美琴は短い紡ぎ言葉を手早く紡ぎ終わり、片足を上げ両手を猫の手ような形にしてポーズをとると同時に能力を発動させた。
【不可視化】とは全く別の技能、美琴の切り札である【不可知化】を使ったのだ。
美琴がそう言った瞬間、その場には美琴の姿はもちろん気配や物音、臭いすらない。
もし美琴に触れることができたとしても、相手は触れたことすら認識ができない技能である。
しかし、消えた美琴のことより樋口をはじめ香港マフィアの面々はケースを落すまじと、ケースに視線を集中させていた。
ケースを落すまいと必死で駆ける樋口。
宏に向かっていた3人も振り返りケースを見上げ、キャッチしようと駆けだそうとしていた。
しかしその4人が視線を集めているケースを菊沢宏がいち早く空中でキャッチしたのだ。
「よっしゃ!ナイスやミコにゃん!そのままうまく逃げえよ!」
宏は姿も気配もない美琴にそう言った。
合図を出した宏のほうがその4人よりも行動を起こすのが速かったのである。
そして、ケースを両手でがっちりキャッチした宏はケースを持った両手を空中で振りかぶった。
「き、貴様っ!よ・・止せ!」
そう声を荒げたのは、怒りと焦りの表情で歯ぎしりした張慈円である。
ばきゃ!!
宏は両手でキャッチしたケースを着地と同時に、自らの膝に叩きつけて木っ端みじんに粉砕したのである。
ケースの中身にあった複数枚のディスクが粉々に砕け、その破片は安価な蛍光灯の光をキラキラと反射させて綺麗に砕け散り、埃塗れのコンクリートの上に舞い落ちた。
「あああっ!貴様!貴様っ!!ぶっ殺してくれる。ただ殺すだけでは飽き足らん!手足を一本ずつ刻んで生きたまま魚の餌にしてくれるわ!!」
「てめええ!てめえ一人に滅茶苦茶にされて堪るかよ!」
大きな取引が不可能になった瞬間に張慈円とザビエラが吼えて、同時に宏に襲い掛かる。
しかし激昂した二人の達人に同時に攻められながらも宏にはゆとりがあった。
ケースの中身が砕け散ったことで、樋口は仰向けに倒れなにやらブツブツとうめき声をあげて動かなくなっている。
張慈円とザビエラの攻撃に混ざり麗華も宏に攻撃を加えようと参加するが、幾度か拳を突き出してみるが全て躱されたうえ、僅かな隙を付かれ宏の掌底を胸に受けて弾き飛ばされてしまう。
「くっ!」
麗華は吹き飛ばされたことにキッと顔を上げ歯噛みして宏を見返すが、当の菊沢宏は麗華の方には一瞥もくれず、張慈円とザビエラ相手に互角以上にわたり合っている。
猫柳美琴が戦線離脱してくれたおかげで、宏にはもう気を紛らわされることもないのだ。
ケースも回収しろとは言われているが、そもそも罠に嵌めてくれた紅蓮こと緋村紅音から依頼は最早ご破算である。
「く・・くっそっ!この赤目野郎!ここで始末しねえともうおさまらねえ!ゼェゼェ・・」
「ぐはっ!・・・優香!さっさと戻って手伝え!!」
「は・・はい!」
菊沢宏一人に対して、香港の最大戦力の二人がかりでも歯が立たず破られそうである。
優香こと寺野麗華は張慈円にそう言われ戦線に戻ろうとしたときに、背後から静かな声を掛けてくるものがいた。
「優香・・待って。あなたが行っても無駄でしょ?・・ちょっと聞きなさい」
麗華が振り返ると、そこにはヒジの少し上を斬り飛ばされた倣華鹿が血まみれの旗袍姿で立っていたのだ。
左手で押さえた右肘は氷で覆われ止血されており、斬り飛ばされた右腕も氷漬けにして部下の黒服の一人が大事そうに黒服の着ていたジャケットに包んで抱えている。
「華鹿様!!・そんなお身体で無茶です」
「あら?心配してくれてるの?でも大丈夫よ。ものすごく痛いけど止血も出来てるし、そんなこと言ってられる相手じゃなさそうだしね。ディスクがあの通りだから取引はおじゃんだけど、私をここまでコケにしてくれたあの男はぜったいに始末しないといけないわ」
「華鹿様・・」
(でも・・あんな奴をいったいどうやって)
優香こと寺野麗華は、忌々し気に菊沢宏を睨む倣華鹿を見てそう言ったが、雷帝や同僚で自分よりも数段強いザビエラが、二人がかりでもあの目を赤く光らせた男に歯が立たないでいるのである。
それにしても、いつもの女主人の口調や雰囲気がいつもと違う様子なのは、腕を斬られ苛立っているせいだろうかと優香こと寺野麗華は思ったが、続けて喋る倣華鹿の様子でそれが誤解ではないと感じ出した。
「わからないかしら?まあいいわ。私が張やザビエラに協力しても勝てないでしょう・・。さっきからあの男の戦いぶりを見てるからね。雷帝の張やうちのザビエラでさえも、一対一じゃ歯が立たないほどの相手。絶望的よね・・。でも優香、あの赤目の男は何故かあなたには攻撃してないわ。・・・・何故なのかしらね」
そう言った倣華鹿の目は氷のように冷たく、普段明るくて優しい目を向けてくれる倣華鹿のそれとは違った。
「え?・・・ふぁ・・ふぁん・・るー様・・・?でも、え?いま私攻撃されて吹き飛ばされたじゃないですか?」
そのような目を倣華鹿に向けられたことのない優香こと寺野麗華は狼狽えた。
「ふふっ・・とぼけないでよ。あれは攻撃したんじゃないわ。あなたを攻撃するように見せかけて押しただけよ。・・ねえ、そういう話なんでしょ?」
「え・・?な、なにを仰って・・?」
切断されたヒジを掴み、目を閉じて口を歪めて笑った倣華鹿が目をあけたとき、麗華に向けたその倣華鹿の目は、猜疑心に溢れていた。
「優香。あの男をここに呼んだのはあなたなんでしょ?どんな手品で私の契約を破ったの?」
「し、知りません!華鹿様・・本当です!・・そんなことより張雷帝とザビエラが・・ああっ!このままじゃ二人ともやられてしまいます!!早く加勢に!」
「白々しい演技できるじゃない優香!・・いえ、寺野麗華だったかしら?悔しいけど、たしかにあの男は強いわ。・・けど、張もザビもう少し持ちそうよ?だから優香も私の質問に答えなさい?あの男と初めから私たちを嵌めるつもりで、警護の薄くなるこんな辺鄙なところまで私をおびき出したのね?」
「そんなこと仰られても、私は知りません!・・華鹿様!私!裏切ってなんかいません!違います!私本当に!!信じてください!」
「・・・そうかしら?私もそう信じたいわ。・・私もね・・裏切られるなんて本当心が痛むのよ・・。信頼していた部下に裏切られるなんて心と身が引き千切られるよう・・。何かの間違いであってほしいんだけど・・本当にこんなことが・・夢であってほしんだけど、この傷みが夢なはずないわよね?!」
「ふぁ・華鹿さま・・・。お、御許しを!・・あの男が速すぎて御守りできませんでした!その罰は後で受けます・・私は華鹿様の忠実なしもべです・・・!」
膝を付き麗華は倣華鹿の旗袍の生地にすがろうと手を伸ばしたが、倣華鹿は一歩身を引きその手を払って言い放った。
「・・優香は私を信じる?」
「はい!」
麗華にためらいはなかった。
記憶も失い、毎日の糧さえに困っていた私と兄を救ってくれたこの人を信じるのに躊躇いなど一片もなかったのである。
いまは猜疑の目を向けられても、いつもの穏やかで優しい目をまた向けてほしかった。
答えたまま麗華は倣華鹿の目を見つめていた。
倣華鹿はその麗華の目を確かめるように同じく見つめている。
10秒ほど見つめ合ったあろうか、倣華鹿が口を開いた。
「いいわ。信じなさい・・」
倣華鹿がそう言った時、一瞬だけ以前の目に戻った。
頬に涙を伝わせた麗華の顔にも、安堵の笑みが戻りかけた時、倣華鹿は氷のように無表情にもどり両手を麗華にかざした。
「・・・【氷葬災禍】!」
「ひぃ!い、嫌です!!華鹿様!!わ、私は!裏切ってなんかいません!きゃあああ!!」
麗華も何度か見たことがある、倣華鹿の技能が自分に放たれたのだ。
この技能で敵を屠るところを見たことがあった。
それが麗華の自身の身体に放たれ、硬質な氷がビキビキと音を立ててまとわりつき締め付ける。
麗華の手を、脚を、身体を氷が覆い首元までも覆って、首を圧迫するように締め付けている。
「華鹿・・様!・・ああ!おやめくだ・・っ・!」
氷に首を絞めつけられ麗華は声をあげられなくなったが、その表情は苦悶に歪み、喋れないながらもまだ息はある。
「優香・・私を信じなさい・・これしか手が無いのよ」
氷のような冷たい眼差しの中に一瞬だけ一光の感情を滲ませた倣華鹿はそう言うと、マフィアのボスらしく冷徹な表情に戻った。
「なっ!?麗華ぁあああ!ボス猿!お前何やっとんじゃー!!」
死闘の末、ザビエラをうち倒し、張慈円の腹部を研ぎ澄ました貫き手で貫いたところで背後の異変に気付いた菊沢宏が振り返って大声上げた。
「動くな菊沢宏!!・・動けば寺野麗華の命はないわよ?私をこんな目に合わせてくれた裏切り者はどうやって縊り殺してやろうかしらね。寺野麗華の殺し方は貴方の態度次第よ!」
黒い生地の旗袍の金と銀の龍の刺繍を血で濡らし、右腕を肘からしたが切断されたままの姿で香港三合会の一角倣華鹿が菊沢宏に向かい、左手を氷の刃状にして麗華の首筋にあてがう。
「ふっふっふ。あなたが切り落としたせいで利き腕じゃないからうっかり手元が狂いそうよ?」
倣華鹿は普段の温厚な表情ではなく冷血な笑みを貼り付かせて宏に向かってそう言ったのであった。
【第9章 歪と失脚からの脱出 48話 頂上決戦、菊沢宏VS張慈円&ザビエラ終わり】49話へ続く
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