第8章 三つ巴 19話 地獄に和尚
「そいつもそこへ連れて来い!」
張慈円は倉庫の1階から、中二階で倒れたままになっている真理を指さし、モブに指図する。
「はい!わかりました!」
モブは汗と血で汚れた顔ではあったが、元気よく返事すると、倒れた真理のところまで、カンカンと格子床を鳴らして駆け寄っていった。
「手伝ってやるよ・・」
加奈子に蹴られ、腹を痛そうに摩っていた劉も、手を貸そうとモブに続く。
モブに蹴り飛ばされ、麻袋の束に埋もれていた佐恵子は、アレンによって引きずり出され、倉庫のコンクリートの床で、うつ伏せにされ、ワイヤーロープで縛られようとしていた。
張慈円の指示でアレンは、佐恵子の目を封じるように命令されているのである。
アレンは嬉々として頷き了解したのであった。
アレンは意識が朦朧としている佐恵子の長い髪の毛を引っ張り、身体を逸らさせると、乱暴にワイヤーロープで両目を覆い隠すように巻き付けだした。
「や・・やめて・・・!お願いだから・・乱暴にあつかわないでぇ・・」
アレンは、すでに後ろ手で拘束され、あわあわと半裸で嘆願する加奈子を下卑た表情で眺めながら、佐恵子の後頭部をガッと踏み、ワイヤーローブで顔を擦るようにして食い込ませ、ギリギリと音が鳴るほど引っ張り食い込ませた。
「う・ぅ・・!!や・・やめ・・」
ワイヤーロープで目を押しつぶすように塞がれ、ささくれ立った針金が、佐恵子の顔や肌を傷つける。
佐恵子は、顔に巻かれたワイヤーを取除こうと手を伸ばすが、その手には力がなく、食い込んだワイヤーに、指でカリカリと爪立てるだけしかできていない。
力をほとんど使い果たしたうえ、モブによる攻撃で意識が朦朧としている佐恵子は、アレンにされるがままで、僅かに抵抗を口にするのがやっとである。
麻袋を荷締めするために使われていたのであろう、埃だらけで、ささくれ立ったワイヤーロープを、目隠しのように巻き付け、後頭部できつく真結びを施し終わったアレンは加奈子に言い放つ。
「オマエガモット、ショウフノヨウニ、ジョウズニオネガイデキテリャ、カンガエテヤッタンダガナ。フハハハハ!」
そう笑うとアレンは、ワイヤーを取除こうとしていた佐恵子の両手を、黒い大きな手で掴み、佐恵子の背中まで回し、肩甲骨付近まで持ち上げ、まだまだ余長のあったワイヤーロープで両手首を手の甲が当たるように拘束してしまった。
「がっ!・・うくぅ・・!ぐぅ!・・く・・ぅ!はぁ!!・・ぁ・・はぁはぁ!」
佐恵子の手首は、ほぼ首の後ろぐらいまで引き上げられ、ヒジとヒジがくっつきそうなほどだ。
手を戻そうとすると、顔に巻き付いたワイヤーで顔がのけ反らされ、佐恵子が息苦しそうな声を上げている。
「ひ、ひどい・・こんな縛り方・・・緩めてあげてぇ・・」
後ろ手で縛られた加奈子が、こぼれた胸を隠すこともできず、アレンにすがるように嘆願するが、勝ち誇った顔でアレンは加奈子の両乳首を乱暴に摘まむと、乳房が伸びるほど引っ張りながら言い放つ。
「ハハハハ!オマエラ、イイザマダ!・・・イマカラ、フタリトモタップリカワイガッテヤルカラナ!イタイカ?!イナガキ!!・・・オレサマハ、モットイタカッタゾ!!」
「痛っ!!!!・・・っく・・解いて・・あげて!」
「ダメダナ!チョウノダンナノ、キョカガアルマデハ、ガマンシテヤルガ・・・・ソウダ!!コイツモ、オマエト、オナジヨウニ、ペアルックニ、シテヤルカ」
アレンは佐恵子の服のファスナートップを摘まむと、一気にずり下げ、さらに襟をつかみ、肩を露出させるように思い切り開いた。
汗に濡れ、掘りの深い鎖骨を露わにして、佐恵子の膨らみの乏しい双丘が露わになる。
「ハハハハ!コドモナミダナ、オイ!」
床に転がされ、両目をワイヤーロープで塞がれた佐恵子は、露出させられた胸を隠すこともできずに、苦しそうにゼェゼェと呼吸をしている。
「も、もうぅ・・・」
加奈子がアレンを非難するような声を控えめに上げながら、縛られて不自由な身体を、佐恵子に重ねて、佐恵子の胸が隠れるように覆いかぶさる。
上半身を臍下まで、露出させられ、ワイヤーのない顔部分は埃で黒く汚れ、鼻血を垂らしたままの佐恵子には、普段社内で権勢を振るっている、姿からは想像もできなかった。
「どうするのです?」
奈津紀は、アレン達からすこし離れたところで、アレンや佐恵子たちのやり取りを眺めながら、張慈円に向きなおって質問する。
「交渉に使う・・。これ以上の材料はないだろう。その前に、たっぷりと楽しませてはもらうがな」
簡潔に、だが、好色な顔で張慈円は答える。
「それは、少々問題です。ですが、いま私が聞いているのは、我ら髙嶺に依頼していた件のほうはどうか・・。と聞いているのです」
奈津紀は、佐恵子たちを眺めながら答える張慈円の好色な表情を、侮蔑しつつも顔には出さず話を進める。
「むろん依頼する。電話で話した通りだ。宮コー本社が本腰をいれてくると、まだまだ能力者を送り込んでくるだろうからな。本国から離れて活動している俺たちだけでは人手不足だ。手伝ってほしい。宮川は能力者も多いし、どいつもこいつも、まともな訓練を受けているせいで侮れんからな・・。金額は先日提示した通りでいいのだな?。・・・・・今回の件で、我らも痛手を被ったが、あの宮川昭仁のガキを捕らえることができたのは、幸先がいい。人質としても最高だ・・・くくく」
奈津紀は、遠目に唯一まともに意識のある加奈子を一応警戒はしつつも、機嫌の良さそうな張慈円に、当然の要求をする。
「さようでございますか、承知いたしました。張慈円様の意向は分かりました。ですが、まだ依頼を受けるかどうかは私としても不明です。此度の会合にて、話し合いの上、党首に報告し決定していただく流れになるかと存じます。加えて、この度の一連の騒動も報告いたします。・・・・つきまして、依頼前でしたが私の独断で魔眼佐恵子は捕らえるべしと判断し、結果的に張慈円様に手を貸しました。・・・彼女を捕獲できたのは私の働きあってのことです。速やかに宮川佐恵子の身柄は当方にお引渡しくださいますように」
「な、なんだと・・!あいつの身柄を抑えなければ、そもそもの目的が達成できん!宮川を湾岸開発から完全に撤退させ・・」
「香港三合会に属する新義安のみで、日本関西の空と海からもたらされる利益を、牛耳る目的が達成できない・・・と言いたいのですか?・・・新義安頭領の張慈円様」
「きさま・・!」
「まだ、宮川を退場させるには早すぎます。裏社会で生きているあなたたちでは、宮川のように堂々と事を進めることは不可能ですからね。特に、魔眼はピースとしては外せません。味方につけるか脅して利用するか・・いずれにしても、打ち出の小槌を完成させるまでは必要です。宮川にも彼女ほどの能力者は、そう多くいません。そう言った意味で今回捕獲しました。いったい誰が魅了や操作を使わずに計画を進められるというのです」
「そんな心配は・・」
「あります。あなた方のやり方では、打ち出の小槌を完成させる前に、宮川に完全に敵対行動をとられ、あなたの組織を徹底的に潰しに掛かかられるでしょう。そんな無駄な時間を費やされるのは、ぜひともご遠慮願いたいものです」
「・・・新義安もずいぶんと、甘く見られたものだな」
張慈円からオーラが立ち上り、殺気が充満する。
しかし、奈津紀は僅かに眉を顰めはしたが、ほぼ無表情なポーカーフェイスで話を切り返す。
「それはそうでしょう。私が手を貸さなければ、負けていた。・・・・そうですよね?確かに、彼女は、宮川の最大戦力の一人です。護衛の二人も、さすがと言える腕でした。・・・・・・しかし、新義安頭領の張慈円様が、魔眼佐恵子が相手とはいえ、負けたという噂が流れるのは不都合がありませんか?・・・それとも、商談はご破談。彼女の身柄を争って、今から、私を相手に戦ってみますか?」
奈津紀は左手の親指を鍔にかけ、僅かに押し上げる。
ポーカーフェイスな表情とは裏腹に、奈津紀から刺すような鋭いオーラが発せられ、奈津紀を中心に5m程度、ひと呼吸一太刀可能な範囲でオーラが広がる。
「ぐ・・・!」
「・・そういうところは好感が持てます。せいぜい利口に生きることですね。宮川のように欲張らず、一組織のみで独占しようとさえしなければ、我らの党首も鬼ではありませんよ」
奈津紀の指から力が抜け、キン!と澄んだ音をさせて、鍔が鞘に落ちる。
張慈円は発していたオーラを抑え、苦虫を噛み潰したような顔になると、佐恵子たちのほうを見やる。
「・・・しかし、あいつらには俺の組織の人間が少なからず世話になっている。少しばかり、可愛がるぐらいは構わんだろう?」
アレンに半裸にさせられ、胸を弄ばれている佐恵子と加奈子を見ながら、張慈円は問いかける。
「・・・・時間がかかる事は遠慮願いたいですね。本日中には帰りたいので」
流石に、張慈円の好色ぶりに疲れたような声で奈津紀が答えると、聞いたことのない声が倉庫内に響いた。
「心配あらへん!時間はとらせえへんで!!」
気配を消し、限界まで近づいてきていた豊島哲司は乱雑に置かれた木箱の隙間を駆け抜け、張慈円目掛け渾身の右ストレートを放つ。
「おっ!・・・お前は!昼間の!」
不意を突かれた張慈円は、とっさに癖で左手を使い防御してしまう。
しまった・・・。と思った時にはもう遅い、昼間哲司に殴られ、左手の骨にはヒビが入っていたのだ。
「ぐぁ!!」
傷を負っていた左手で、再度哲司の強打を受け止めてしまう。
「うぉぉぉぉぉりゃああ!」
哲司が攻撃する寸前、三出光春は倉庫の入口付近から、長さ4mほどの木の角材を槍投げの投擲のようなフォームで、掛け声と当時に張慈円目掛けぶん投げる。
角材は、うなりを上げて一直線に進み、殴り終えた哲司の十数センチ横をかすめ、張慈円に直撃する。
哲司の攻撃を防御しきれず、後ろに吹っ飛んでいる張慈円に、更に木材の柱が突き刺さったのだ。
「ごっ・・・がっ!!」
木の角材は、張慈円にぶつかった衝撃で砕け散り、衝撃の大きさを物語る。張慈円は後方に吹っ飛び、麻袋の束の中に突っ込んだ。
「次はアンタが寝る番よっ!」
角材の投擲と同時に黄色い掛け声が響き、天窓から降ってきた寺野麗華の延髄蹴りがアレンにさく裂する。
「ゴアアアアアア!」
耳障りな悲鳴を上げながらアレンが、悶絶し倉庫に置かれていた木箱を壊しながら転倒する。
「あ、あなたは・・・あなたたちは?誰でもいい・・解いて!この縄を・・・!」
加奈子はいきなり現れた、自分より年上であろうと思われるが、若い服装をした女性に、縛られた後ろ手を見せながら言った。
「私、菊沢探偵事務所の寺野麗華!あなたが宮川さん?」
「そう!違うけどそう!私は稲垣加奈子!宮川の人間よ」
「聞いてるわ稲垣さんね!」
麗華はそう言うと、加奈子の手の拘束を解く。
「ありがと!向こうの二人も仲間?」
加奈子は佐恵子の拘束を解きながら、麗華と名乗る年上の美女に尋ねる。
「そう!あいつら二人にかかったら、さすがの張慈円も・・と思うんだけど」
「上にも・・!敵がいるわ・・私の仲間もいるの!」
簡単に麗華に説明しながら、佐恵子を拘束していたワイヤーロープを解いたり、引きちぎったりしながら、ようやく佐恵子を戒めから解放する。
「・・・(これほどの手練れがこの人数ですと、さすがに全員を始末するには私も相当消耗しそうですね。。。魔眼佐恵子だけでも何とか持ち帰りたいところですが・・・)」
奈津紀は見慣れぬ、しかもかなりの手練れと思われる3人の侵入者に、成り行き上ではあるが、思わぬ大きな収穫(佐恵子)を得たと思っていたのに、その収穫を持ち帰るのには、かなり骨が折れそうと思い、こんな所で怪我も負いたくないので当初の目的(張慈円との商談)だけ果たして帰る事だけになるかも知れない。佐恵子は持ち帰れそうなら隙を見て持ち帰るかとすぐさま気持ちを切り替えていた。
そして、当然この場に居たのだ。張慈円の一味とみなされ、攻撃はされる奈津紀ではあったが、哲司が攻撃してくる瞬間に、倉庫の鉄骨の梁の部分まで、跳躍していたのである。階下と中二階を見下ろしながら、階下で暴れる突然の闖入者たちのかなりの手練れと思われる3人の戦闘力を冷静に分析する。
「面倒な・・」
奈津紀は、一言そう言うと、倉庫の窓から更に面倒事が近づいてきているのが目に入り、もう一度同じセリフを口にしてしまう。
赤いライトを光らせながら、数台のパトカーがこの倉庫目掛けて、迫ってくるのが見えたのだ。
「ほんとうに面倒ね・・」
奈津紀が、中二階に目を移すと、すでに加奈子と闖入者の女によって、モブは1階に蹴り落され、ピクリとも動かない。
青龍刀を香奈子によってすでに破壊された劉も、本来の力を発揮できず、闖入女の猛烈なキックラッシュで防戦一方に陥り、蹴りを防御し、たまらず階下に落下する。
張慈円はとみると、瓦礫に突っ込んだようで、もうもうと埃が立ちあがりよく見えない。
「仕方ありません・・しかし、せめて魔眼だけでも・・・」
奈津紀はそういうと、梁から倉庫の天井ギリギリまで飛び、佐恵子に狙いをつけると、空中で一回転し勢いをつけ、刀を閃かす。
とはいっても、殺すつもりはない。身体に刃が届く寸前で刃を返し、打撃ではなく「斬られた」と思い込ませることによって、戦意を断つつもりだ。
完全に気配を消しての落下攻撃であったが、割れた天窓から月の光が差し込んでおり、奈津紀の影が地面に映る。
オーラもほぼ尽き、満身創痍であったが、佐恵子は影に気付いていた。
振り返り、奈津紀を仰ぎ見る魔眼には、最後のオーラを振り絞った光が宿っていた。
「むっ!・・・」
奈津紀はとっさに、思念防御を展開し、魔眼の攻撃にそなえつつも、佐恵子の右肩に狙いを定め落下する。
「こ、これでも・・くらいなさい!」
そう言うと、フラフラの佐恵子は本当に最後の力を振り絞り、能力を発動させる。
【眼光】
佐恵子の目が眩い光を放ち、一瞬だが倉庫全体が真昼より明るくなる。
佐恵子の使える技能で、オーラ量をあまり消費しない目晦ましの技である。大技を使うにはガス欠であったし、今の集中力では発動に時間がかかりすぎる為、消去法で選んだ結果だが、最も効果的な技と言えた。
「くっ!目眩ましですか・・。このような小細工無駄です!」
眩い光を一人だけ一身に浴びた、奈津紀は佐恵子が放った眩い光に、視力を一気に奪われる。
しかし、すでに佐恵子の立ち位置は完全に把握している。
それに、そこからどう動くかも、五感を研ぎ澄まし、ほぼ正確に予測できた。
「はぁ!!」
ほぼ目の見えていない奈津紀は、必中の確信をもって、佐恵子の右肩目掛け刃を振り下ろす。
そして刃が当たる寸前に、峰打ちにすべく、刃を返そうとする。
しかし、その刃を返せなかった。
振り下ろした刀は音もなく、何者かの手によって、受け止められていたのだ。
奈津紀は眩んだ目を、眩しそうに開けると、そこには先ほど張慈円を殴り飛ばした男が、刃を両手で受け止めていた。
「うぉぉぉ・・・・ぅ!・・デキるとは思とったけど、実際にやるんはめっちゃ怖いな」
「莫迦な・・」
奈津紀と佐恵子の間には、先ほど張慈円を殴り飛ばした男が入り込み、奈津紀の振り下ろした和泉守兼定を両の掌でガッチリと挟み込んでた。
佐恵子を殺さないように手加減した一振りとは言え、斬撃を白刃取りされたことに、驚きと屈辱の感情が一瞬だけ胸を焼くが、冷静に、刀を奪われまいと、刀を掴んでいる男の両手、目掛け蹴り抜き、同時に刀を引き抜く。
「痛てっ!」
手首を蹴られた男が、なにか場違いな声を上げているのが、下の方で聞こえたが、奈津紀は倉庫の梁まで跳躍し、続けて天窓に跳躍しそのまま夜の闇に消え見えなくなった。
「なんやったんや・・・大変な太刀筋やったで・・ようまあ受け止めれたもんや・・・あんな鋭いと知っとったら、前に出られんかったかもしれん・・あれも橋元の一味なんやろか・・」
哲司は、刀を振るうムチムチのスーツ姿の美女が、蹴った瞬間と、梁に飛び移った瞬間のパンチラをしっかりと脳裏に記憶しながら、振り返ると、尻もちをついて、細い目を見開きハァハァと荒い呼吸をしている佐恵子に話しかける。
「・・っと。大丈夫か?あんたが宮川さんやな?・・立てるか・・?」
哲司は佐恵子に向かって手を差し伸べ、佐恵子も哲司の手を取ろうと手を伸ばす。
「支社長~!!」
哲司は佐恵子に抱き着いてきた加奈子に押しのけられ「うぉ!」と声を上げた。
「なんやねんな・・」
「菊沢事務所の豊島さんですね?この度は本当にありがとうございます」
「あ、ああ・・あんたが姐さんの言ってた神田川さんやな?あんたも無理せんでええで?ふらふらやないか」
麗華に支えられた真理が脇腹を抑えながらも、丁寧な口調で深々と頭を下げながら哲司にお礼を言う。
「哲司~・・あかんわ!張慈円のカス見当たらへん。相当なダメージのはずなんやが、手下ともどもも、逃げてもたわ。外は真っ暗やし、バラバラで追いかけるんは無理や・・それに、ここにはお嬢は・・・おらんようや・・・神谷さんも・・・くそっ!」
「そこに一人倒れてるじゃない。あとで美佳帆さんに拷問してもらうし、とりあえず縛っとく?」
張慈円が突っ込んだ瓦礫の中をかき分け、見当たらなかったことをモゲこと三出がぼやくと、麗華が大の字で床に転がっているモブを親指で指しながら言った。
「ああ、たのむわ。しっかし、また張に逃げられてもたなぁ・・ここにはモゲが調べた限り、お嬢も神谷さんもおらんようやし・・・姐さんに報告しにくいわ」
頭をガリガリとかきながらスマホを取りだし、画面を操作していると、操作している腕を佐恵子にちょいちょいとつつかれた。
「こ・・この度は・・あなたがいらっしゃらないと・・わたくしの命はありませんでしたわ・・。あの・・本当にありがとうございました・・」
「お、おぅ・・なんやそんなん気にせんでええで?」
振り返り見下ろすと、顔じゅう傷だらけだが、哲司にとっては、なかなか好みの顔をした佐恵子が、哲司を30cmと離れていない距離から見上げながらお礼を言ってくる。
哲司は内心ドギマギしながらも、できる限り平常心で答えるが、すぐ隣で見ていた麗華が「ヒューヒュー♪」とわざとらしく合いの手を入れる。
「あほ姫!何言うんや」
「でもさあ・・和尚。あんな登場されたらさ、女の子なら誰だって、そうなっちゃうって。私だってそう言うの憧れちゃうもん。それがたとえ和尚だとしてもさ?白馬の王子様と勘違いしちゃうのはしょうがないよ」
「おまえはいちいちトゲトゲしいな!たとえ和尚だとしてもってなんやねん!黙っとけ!」
哲司と麗華の漫才のような掛け合いを見ていた佐恵子は、ポケットから小さな紙を取り出すと、そっと哲司の手を取り握らせ、哲司だけにわかるように目配せすると、すっと哲司から離れた。
「おーい。団体さんのお着きやで。面倒な事情聴取が始まりそうやけど、とんずらするわけにはいかんのやろ?」
倉庫の入口のほうでモゲこの三出光春が集まりつつあるパトカーを指さしながら、みんなに問いかける。
「そやな・・警察ならあとで大塚さんに連絡してもろて、なんとかなるやろし、このまま待機やな」
哲司はこのまま自分たちだけが去り、ボロボロの宮川の連中を置いていくのはかわいそうに感じたからでもあった。
「全員動くな!両手を頭の上にあげてその場に跪いて!錦君!武器を持ってないかチェックして!」
「了解!」
拳銃を構えた女の号令で、警官隊が周囲を囲む。全員油断のない動きで、哲司たちの周りを包囲しだし、中心にいる女が、きびきびと部下に指示を出している。
「おいおい、こいつらいきなり拳銃構えてるで?」
モゲが両手を上げながら、制服を着た警官たちをみてそう呟く。
「政府直属特別捜査官の霧崎美樹です。私の権限で発砲できます。おとなしく指示に従ってください!」
警官隊が照らす照明の逆光でよく見えないが、女は仁王立ちで手帳をかざし名乗りを上げた。
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