第8章 三つ巴 23話 神田川のお節介と悪だくみ?
「ここです」
真理は、美佳帆から借りたもう一人の人物に、目的の建物を指しながら振り向く。
「こ、これ全部、宮コーが持ってんのか・・・?」
マンションの手前で見上げながら、和尚こと菊一探偵事務所副所長の豊島哲司は生返事を返した。
「いえ、各部屋の所有権は色々ですわ。管理会社と警備はうちがやってますけどね。それより、けっこうな頻度で来ていただくことになると思いますが、場所は憶えて頂きましたよね?」
「ああ、問題無いで。このあたりで迷うことなんてあらへんからな。それにしても、えらい会社から近いな」
哲司がそう言ったの無理はない、支社のある梅田駅前から南に500m程度歩いた繁華街の中、少し奥まってはいるがそのマンションは聳え立っていたのだ。
外装はレトロな土色のタイルで、植栽も綺麗に手入れされていた。地下は駐車場らしく、その入り口はゲートがあり警備員が2名待機しているのが見える。
真理に気が付いていた警備員が、真理と目が合うと軽く一礼をしてくる。
「このマンションは15階が佐恵子の私物。14階に私と加奈子の部屋があります。宮コーの警備員も13階に3交代勤務で詰めてまして、このマンションの警備を24時間体制でやっております。14階と15階には直接エレベーターで乗り付けることはできません。エレベーターは13階までしかないのです」
真理は、警備員に笑顔で手を軽く上げて応えながら、哲司に説明をする。
「なるほどな・・。それで、俺を連れてきたんはどういった理由からやねん」
いま、14階に稲垣加奈子が待機しているそうだが、真理は加奈子を伴って出かけなければいけない仕事があるらしい。
その留守の間、支社長の警備をお願いしたい、とのことと聞いてはいるが、いくら自社の社員になったからとはいえ、哲司と宮川支社長が顔を合わせたのは3日前である。
「えらい信用してくれてるんやな・・?神田川主任?」
「あら?豊島さんは信用できない方なのですか?」
真理に疑問を投げかけてみたが、目をぱちくりとさせながら首を傾げ、意外そうな顔で聞き返してくる。
「う・・。そんなことあらへん・・!そんな男ではないと自信をもって言えるんやけどな、それは絶対なんやけど、なんせ、あんたらに会(お)うたんは、つい3日前やで?」
それに対し、哲司は手を振りながら少々大げさ目に否定をする。
「大丈夫ですよ。・・・佐恵子は豊島さんに感謝してました。私も寺野さんに抱き起されながら見てましたけど、豊島さんが佐恵子の前に飛び出してきて、刀を白刃取り・・・。もし、刃を取れなくても、ご自分の身体で受ける・・。そういう覚悟が見て取れました。間近で、いた佐恵子もそれを感じたんだと思います。身体を張ってくれているって・・。殿方の登場シーンとしてはとてもにくいです。・・佐恵子にとっては、豊島さんの行動は衝撃だったと思いますよ。それに佐恵子はあの時、豊島さんのオーラを見てました・・」
真理は笑顔でそう言い「行きましょうか」と哲司を促し、マンションのエントランスへと歩いて行ってしまった。
「・・狙ったわけやないんやけどな」
歩いていく真理の後ろ姿を見つつ、先日手渡された二つ折りになった名刺を開きポツリと呟いた。
13階と表示されているパネルが点灯し、エレベーターのドアが開く。
普通のマンションとは違い、13階フロアは広く、そこは受付ようなカウンターがあり、警備員が8人ほどデスクワークをしていた。
「おかえりなさいませ。神田川主任」
「ええ、ただいま。変わりはないですか?」
デスクワークをしていた壮年で屈強な体格をした男が、真理に気が付くと丁寧な挨拶をしながら立ち上がった。
真理も体格のいい男に近づきながら笑顔で挨拶を返す。
「はい、特には異常ございません。稲垣さんから、スイーツの買出し依頼があったぐらいです」
「そうですか。佐恵子も香奈子も甘い物好きですからね」
真理に対して、丁寧な対応をしている体格のいい男は、真理の後ろにいる哲司に少し視線を送り、遠慮がちに真理に聞く。
「あの主任。そちらの方は?」
「ええ、紹介しますね。こちら豊島哲司さん。今度、うちにできた調査部門の副部長さんです」
「ど、どうも、初めまして豊島です」
「こちらこそ初めまして。わたくしは関西支社警備部門長の八尾と申します。今後ともお見知りおきください」
突然自己紹介をする羽目になった哲司が、言葉足らずな挨拶しかできないのは無理がないので、真理が補足で八尾に説明をする。
「こちらの豊島さんは、佐恵子の警備もしていただこうと思っています。ですので、豊島さんが通過するのも、承認なさってください」
「え?支社長はご承認されているんですか?」
「ええ、確認取っていただいても大丈夫ですよ」
「わかりました。主任がそうおっしゃられるなら、わざわざ確認の必要なないと思います」
「ありがとう。では、豊島さんこちらです」
13階から上階に行くには2通りである。どちらも階段なのだが、通常の階段と非常階段だ。そのどちらにも警備員がおり、交代勤務で24時間詰めている。
「えらい厳重やな・・」
「13階より上だけですよ。こんなにいっぱい警備員がいるのは」
前を歩く真理が振り返らずに、哲司の独り言に答える。
14階を素通りしそのまま階段で15階まで上がると、大理石でできた広いエントランスに植栽と人工池があった。
床は真っ白の大理石が敷き詰められ、正面には木製のドアがあった。
その奥が佐恵子の部屋なのであろうと、哲司は推測した。
「真理―。お疲れ様―」
「ええ。加奈子もお疲れ様」
広く白いホールを見回しキョロキョロしていた哲司だったが、池の畔に座り込んで、鯉に餌をあげていた加奈子に気付き会釈をする。
「先日はどうも」
哲司も、真理に続いて加奈子に一言だけ挨拶し、軽く頭を下げた。
「あー。やっぱり、このあいだの白刃取りの彼じゃん。あれ凄かったね。おかげで佐恵子が無事ですんだわ。ありがとう」
最初は軽い口調で話しかけてきていた加奈子であったが、あの場面を思い出したのだろう、哲司に対してお礼を言うと深々と頭を下げた。
「改めて私からもお礼申し上げます」
「いやいや、そんな大げさなん、かまへんって・・・。身体が勝手に動いてしもたんと、人生に一度はやってみたいと思ってたんや、石舟斎を真似て無刀取りってな?・・上手くいってホンマによかったわ。あの女の剣筋が思いのほか鋭くて、ちびりそうだったんは内緒やけどな・・・ははは・・。あれ?おもんない?ここ笑うところやで・・?ちょっと待ってや・・・美人2人の前でスベルんはさすがにキツイって・・・」
真理からも頭を下げられ、タイプの違う美女二人に頭を下げられっぱなしの哲司は、なんとか空気を和まそうと冗談を飛ばすが失敗してしまったようだ。
ようやく二人に頭を上げてもらった哲司がほっとしていると、少し奥にある木製の扉の横についている、スピーカーから声がした。
「加奈子?真理がきたんでしょう?交代して休んでいいわよ。それに、それ以上、鯉にご飯あげたら、調子悪くなっちゃうわ・・・。真理もお疲れ様。いっぱい仕事溜まっていたでしょう・・?全部押し付ける形になってしまって悪かったわね。夕方にはだいぶマシになると思うから・・・」
姿は見えないが宮川佐恵子の声だ。
「大丈夫ですよ佐恵子。ゆっくり休んでください。それより、佐恵子に言われていたあのモブの実験をしたいので、加奈子を借りたいのですけどよろしいですか?」
「え?真理しゃん。それだとここがお留守になっちゃうじゃないですか」
佐恵子の代わりに答えたのは、真理の隣にいる加奈子であった。
「ん・・。なるほど・・・真理しゃんらしいといえば、らしいです」
哲司をチラリと見た加奈子は、哲司と真理の性格と思惑に感づき、じっとりと真理を見ながら呟いた。
「どういうことですの?」
誰も能力者の護衛が居なくなってしまうのではと思った佐恵子が、スピーカー越しに聞こえる真理と加奈子の会話に入ってきた。
「佐恵子、加奈子の代わりに豊島さんに護衛をお願いします。腕は確かですし、人間性も問題ないのは佐恵子もご存じのはず・・・よろしいですよね?私も今日佐恵子が出勤できなかったので、仕事が立て込んでて、どうしても加奈子にも手伝ってもらいたいんです」
問いかける佐恵子に真理が笑顔でさらりと答える。
「え?・・・とよしまさんって・・豊島哲司さま?」
「はい、豊島哲司さんです」
「ちょ!・・ちょっと真理!先に連絡しなさいよ!え・・?私、全然人に会えるような恰好じゃないのよ?・・・。もう・・真理!いつ来るのよ?哲司さまは!」
「もうここにいます」
「あ、ども。豊島です」
真理に手で促され、マイクに向かって哲司は短く挨拶する。
「真理・・。あなた本当にそういうところあるわよね・・・。・・・豊島さま・・、お見苦しいところお聞かせしましたわ・・。身支度するので、しばらくお待ちください・・。」
プッと小さな電子音がした。どうやら一方的に通話は終了されてしまったようだ。
笑顔の真理、やれやれという顔の加奈子、なにがなんだかという顔の哲司がホールに佇んでいたが、真理が口を開く。
「じゃあ、加奈子、参りましょうか?」
「え?支社長の支度が終わるの待たないの?」
「支度ったって、佐恵子は出かけるわけじゃないから待たなくてもいいわよ。それより、私は、夕方にはまた支社に戻りたいから、もう行かないと遅くなっちゃうわ」
「うーん・・。あとで真理しゃんが支社長に怒られてくださいよ?」
「怒られることなんてないってば、さあもう行きましょ。哲司さん、しばらくここで待機しててください。夕方にはまた連絡いれますから。あとこれ」
真理は加奈子に大丈夫と念押しおし、哲司には簡単に説明すると、カードを2枚手渡した。
「ここで待機してたらええんかな?宮川さんの部屋の護衛ってことやな。了解やで。で、これは?」
「14階に哲司さまのお部屋もご用意してあります。もし泊りになるほど、遅くなってしまった場合はそのカードで部屋にお入りになって、自由に使ってくださって大丈夫です。もう一枚は、この扉の予備のカードです。・・・使う機会はないかもしれませんが、万が一と言うこともありますので、一応お渡ししておきますね」
「そんな遅くなるかもしれんのかいな・・。しゃーないな・・」
真理に説明された哲司が、少し唸ると
「部屋には食べ物もありますし、13階の先ほどお話した、八尾さんにお願いしたら、出前も取ってくれますよ。肌着の着替えも部屋にはありますし、頼めばクリーニングも出しておいてくれます。少し退屈かもしれませんが、ここの警護は重要なお仕事です。お願いしますね、豊島さん」
「ああ、了解や。神田川さんも稲垣さんも忙しんやろし、ここは任せとき。鯉でも眺めながらうろついてるさかい」
白い歯を見せいい笑顔で言う哲司に
「お願いしますね。じゃあ、加奈子いきましょう」
真理はそう言うと、加奈子と階段に向かう。
「お願いしますねー豊島さん」
加奈子も階段を下りながら手を振り、哲司に挨拶をする。
「さて・・、ここで何してろっていうんや・・」
真理と加奈子の姿が階段から見えなくなってから、誰にも聞こえない大きさの声で小さく呟いた。
(しかし・・・あの時は、宮川さんを守れたが、あの髙嶺いう所の、眼鏡の美人剣士が、次に来たら、果たして宮川さんを守れるかどうか・・・あんな若そうな女やのに、恐ろしい腕に、能力あったよな・・・次やりあう事があったら、命がけやわなぁ・・・やっぱり、美人に2度と会いたくない思うんわ初めてやわ・・・)
そんな事を、考えながら哲司が、佐恵子の警備の任に就いていると、背後からガチャリと金属音がして木製のドアが、意外に音もたてずに、少しだけ開いた。
【第8章 三つ巴 23話 神田川のお節介と悪だくみ?終わり】24話へ続く
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