第8章30話 命を燃やす銀色の獣 稲垣加奈子
まだ寒さの残る寒風の中、色素の薄い髪が風に靡くのをそのままに、加奈子は息を大きく吐き出し構えを解く。
その時、上空でカシン!という乾いた金属音がし、回転し空気を斬っていた音が不自然に鳴り止んだ。
「この刀もーらった♪」
場違いな明るい声が上空から聞こえ、加奈子はすぐさま見上げ声の正体を確かめる。
(栄一の奴に意識を集中してたとはいえ・・・!気づけなかった)
敵と対峙していても、常に周囲に五感を巡らせている加奈子は声を発する人影に警戒を強める。
見上げた先に白い柄を握った童顔のスーツ姿の女が、嬉しそうな笑顔を月の光に照らされながら、井川栄一の振るっていた刀をキャッチしたところであった。
先ほど、栄一が部屋に切り込んできたとき、この童顔女も背後にいて真理と向かい合っていた。
「なっ!?どうして!」
(・・あいつがきてるってことは・・真理は!?)
上空に舞う刀をキャッチした女に向かって加奈子が叫ぶと、栄一の吹き飛んでいったほうからどさり!という音が聞こえ加奈子は慌ててそちらに視線を戻す。
あのまま栄一はマンションの駐車場まで落ちてしまうはず、そんな音がするのはおかしい。
「っと・・大丈夫かよ。こっちも終わったぜ?それにしても、あんたぼっこぼこじゃねえか。あの脳筋女が来たら任せておけって大きなこと言ってたけど、俺の聞き違いだったのか?・・・以前は楽勝だったから安心して任せろって言ってたから、あんた相当強いヤツなんだと思ってたぜ・・な?俺の言った通りその茶髪女、手強かっただろ?たぶんガチの殴り合いだと宮コーのじゃじゃ馬2人に回復姉ちゃんの中じゃそいつが一番強いんだって」
そう言い井川栄一を背後から受け止めていたのは、張慈円の子飼い劉幸喜である。
「・・・くっ・・・そんなことはない!・・これも作戦のうちだったのさ!余計な邪魔をしやがって・・!離せ!」
栄一はあわや落下する寸前で受け止めてもらい支えてもらっていた劉の腕を振りほどきながら強がったセリフを劉に浴びせる。
「へっ・・そうかよ!じゃあ自分で立てるよな。ちっ、気になって見に来てやったって言うのにご挨拶だな。・・・ん・・はい!アレンが?わかりました。・・じゃあ頑張りなボスが呼んでるし助けもいらんみたいだしな」
貸した手を振り払われた劉は呆れた調子でそう言うと、耳に付けた通信機を抑えながら器用に6階のベランダに降り、雨樋を伝って一階まで滑り降りて行った。
劉に手を離され栄一が膝を付くと、たん!と軽快な音をさせて栄一の刀を空中でキャッチした童顔小柄な剣士がスカートの裾を気にしながら栄一達の隣に降り立った。
「んふふ~、三日月宗近~♪前から狙ってたのよね~でも、もう私のもの!・・愛してるわ!うふふふっ!・・・やーっぱり2尺半ぐらいあるわね・・少―し長いかなぁ・・・もう少し短いほうが私好みだけど・・大丈夫!私好みにしてあげるからね!んふふふっ!」
狂気に近い笑顔で南川沙織は抜き身の刀身に頬擦りをしながらうっとりした声で言う。
「馬鹿言うな沙織!宗近は僕のだ!」
「はぁ?あんたいま死んだじゃん。さっきのイケメンお兄さんがいなかったら刀の持ち主は不在になってたはずだよ~?・・・ということで・・・三日月宗近・・これは私のよ♪!ほら!さっさと鞘も寄越しなさいよ!」
折角の純白のスーツを埃と血で汚し、蹲って肩で荒い息をしている栄一に対して、沙織は満面の笑みで近寄り手を突き出す。
「あらかた終わりですね・・・。劉幸喜さまは案外とお人好しなところがあるようですね。この業界では貴重な人です・・。・・・・しかし、沙織。刀欲しさに飛びついたはいいですが、肝心の魔眼を落としましたよ?」
マンション屋上へと続く鉄製の非常階段を上がり、屋上の様子を眺めながら奈津紀が言う。
奈津紀の右手には長い黒髪を垂らしぐったりとした女性が後ろ手に縛られており、その手首を縛った部分を掴み上げて引きずっている。
「あ!なっちゃんさん~・・井川君がひどいんです。負けた癖に刀を寄越さないんですよー?なんとか言ってやってくださいよ」
沙織は奈津紀の発言をスルーして手にした三日月宗近を両手で大事そうに抱えながら奈津紀に言う。
「・・そんなことよりジャンケンで負けたのですから魔眼をきちんと持っていてください。・・刀の件は一応、御屋形様に私からはお願いしてみます。それまでは栄一さんに三日月宗近は持っていてもらいましょう」
奈津紀は心中では面倒だと思いながらも顔には出さず、沙織に言う。
「はーい♪・・・んじゃ、井川君もう少し預けとくね!」
沙織は右手を軽く上げ敬礼のようなポーズになり笑顔で返事をすると、栄一に向かって三日月宗近を投げ返す。
「くっ!」
井川栄一は稲垣加奈子に重傷を負わされたとはいえ、自信の愛刀の柄を空中で掴むと飛んできた刀をカチン!と音をさせ鞘に見事に収めると
「さ、沙織・・治療を頼みます!」
栄一は沙織に向かって慌てた様子で依頼する。
「まいどあり~♪ってでも後でいいでしょ?・・それに時間だし、もう迎えが来るよ?」
沙織は嬉しそうに言ったのだが
「いましてください!頼みます!加奈子を再教育してやらなきゃいけないんですよ!!」
栄一は沙織になおも言う。
「・・・んー・・。いつもの3割増しでいいなら♪」
栄一の様子を怪訝に思いながらも、面白そうなものを見るように沙織がそう返すと
「それでいい!」
栄一は沙織に大声で即答した。
「・・・し、支社長・・?」
血の気の引いた顔をした加奈子が、奈津紀が掴んでいる人影を見てかすれた声で呼びながら近づく。
「稲垣加奈子。それ以上近づけば宮川佐恵子の身の安全は保障しかねます」
千原奈津紀の冷ややかな声の警告を聞き流し加奈子は視力、嗅覚、聴覚を最大限に研ぎ澄まし、長い黒髪が地面に届き、血まみれでぐったりとして動かない人影が宮川佐恵子だと確認すると、髪の毛をオーラで銀色に光らせ逆立たせた。
「その姿のどこに身の安全があるっていうの!!真理は?!真理ぃ――――!!!さっさと来なさーーーい!!」
研ぎ澄ました五感で佐恵子が生きていることを確認できた加奈子は怒りに任せた大声で治療の出来る真理を呼んだ。
「んふー♪真理ってやつはさっきの部屋で転がってるはずだよー?たしかあいつが真理でしょ?ええっと・・治療ができるやつ」
加奈子の怒声に答えたのは井川栄一の腹部に匕首を突き立てていた沙織であった。
「・・・・・相変わらず君の治療は冷や冷やしますね」
冷や汗を流しながらも、沙織の治療を込めた匕首を刺された井川栄一の顔色はずいぶんよくなっていた。
「・・・沙織、時間まで少しあります。私が宮川を抑えておきますので、その女はもう片付けてしまってください。・・・・栄一さんをそこまで追い詰めた通り、彼女はかなり強いですよ?連戦ですが大丈夫ですよね?」
奈津紀は銀髪を逆立たせた加奈子の正面で対峙しながら、加奈子の後ろにいる沙織に確認をする。
「もちろん・・!なっちゃんさん、私がそういう言い方されると燃えるの知ってて言ってるんでしょ?」
井川栄一の治療を終えた沙織は、込めていた力を使い果たした匕首を投げ捨てると、左の腰と背中の愛刀に手を伸ばす。
沙織は膝を曲げ、腰を落とし半身になり構える。
右手で腰の後ろに釣った京極政宗、左手で背中に釣っている九字兼定の柄を掴む。
正面から見ると変わった独特の構えだが、右逆手の横薙ぎか、左手の打ち下ろしか、はたまた二刀同時の攻撃なのか3択の判断を瞬時に迫る、南川沙織得意の高速居合の構えである。
オーラ全開で千原奈津紀に向いている加奈子を手強しと見た南川沙織は、顔にうっすらと笑みを浮かべながらもその頬を汗が伝っている。
「栄一さんも汚名をこの場で注いでください」
先日、張慈円の隠れ家で対峙したときより稲垣加奈子のオーラが大きく感じている奈津紀は、一度加奈子に栄一も嗾ける。
栄一も稲垣加奈子をこの場で消し負けを帳消しにしておかないと、このままおめおめと帰ったのでは髙嶺六刃仙頭領の髙嶺弥佳子に粛清されると思った奈津紀の配慮からでた言葉である。
「もちろんです!」
奈津紀にそう言うと、全快した栄一は厭らしい目つきで加奈子の後ろ姿を舐めまわすように目で犯す。
栄一は、濡れたように見える刀身を鞘から滑るように抜き、大胆にも八相に構え加奈子を背後から狙う。
「・・支社長を・・・離せ――――!!!」
加奈子は髙嶺の3人のやり取りを聞くでもなく聞いていたが、背後で構える沙織や栄一を無視して正面の千原奈津紀に向かって突進する。
「ちっ!!」
奈津紀は鋭く舌打ちすると、佐恵子から手を離し和泉守兼定を加奈子目掛けて一閃する。
(速い・・!こないだよりも?!)
先日対峙したときの速度がMAXだと思っていた千原奈津紀のほんの些末な油断が、またもや加奈子を拳の間合いまで近づけてしまう。
「おおおらあぁああ!」
気炎万丈の雄叫びならぬ雌叫びを吼えると加奈子は奈津紀に拳と貫手の連打を浴びせる。
「くっ!」
(またもや油断!・・・私としたことが二度も先手を許すとは)
小さく呻き、悔恨を心中で呟くと脇を絞り小さく構え、最小限の動きで加奈子の拳を刀身で防ぎ受け流すが、
「美しい容姿ですのに、まるで獣です!」
四足歩行すらしそうなほどの低い姿勢からの加奈子の猛攻に、奈津紀はつい感想を口走ってしまった。
獰猛で冷静な狼が狙うように、首を正確に狙った加奈子の鋭い貫手に、注意と警戒を余儀なくされ奈津紀のわずかな隙を作ってしまう。
「調子に乗りす・・」
反撃に転じようとした奈津紀の僅かな隙を逃さず加奈子は目を見開き抉るようなボディフックを奈津紀の脇腹目掛け放った。
「おらぁああ!!」
奈津紀はかろうじて左腕と和泉守兼定の刀身の腹で受け止めたものの銀髪女の人外の膂力に圧倒され大きく後ろに後ずさる。
「くっ!」
加奈子の色素の薄い髪はほぼ色が無くなり、オーラのみの輝きを宿すだけになっていた。
「てめぇ!銀髪ぅ!!私のこと無視してんじゃねえ!」
更に奈津紀を追撃しようとしている加奈子に、気を引かせようと背後から声を掛け沙織が加奈子の背に肉薄する。
「ふっ!!」
沙織は呼吸と同時に吐き出した気合の声を発すると、地を這うような低さで迫り、態勢よりなお低く右手の京極政宗を逆手で一閃させる。
加奈子の足首を狙った一閃を飛んで躱し、沙織がその逆手の横薙ぎとほぼ同時に放った上段からの九字兼定が振り下ろされる軌跡に合わせて加奈子は右脚を沙織目掛けて振り下ろす。
九字兼定の刀身の腹を加奈子の右脚の踝で避け、沙織の額目掛けて脚での撃ち落しを放ったのだ。
「ひっ!!」
沙織は必殺の二太刀を見切られ、打ち落としのカウンターで頭上から降ってきている黒い死の塊を見て悲鳴を上げた。
「させませんよ!加奈子!」
栄一は気安く加奈子の名前を呼びながら八相の構えから自身最速の技の蜻蛉を加奈子に打ち下ろす。
「っ!!」
折角小うるさい敵を一人仕留めたと思った加奈子は声にならない声を出し、栄一の刃を躱そうとする。
しかし、空中で踵落としをしている加奈子はさすがに躱すことができず、態勢を崩し栄一の三日月宗近を左手の甲で弾くようにして何とか防いだ。
「こ、こいつ・・・!許さねえ!!」
九死に一生を得た沙織が目を見開き加奈子を睨む。
「僕が手こずるのも納得していただけましたか・・?」
素早く態勢を立て直して二刀を構える沙織をかばうようにして栄一が言う。
凄まじいオーラを放ち、身体能力も不自然に高めている加奈子は滝のような汗を流しながら肩で息をしていた。
この状態が長く続かないのは誰の目にも明白なのだが、当の加奈子は命を捨てる覚悟で向かってきているのも髙嶺の3人にも十分感じ取れていた。
「生命をオーラに変換して戦うタイプですか・・。先ほどの神田川真理といい稲垣加奈子と言い大した忠誠心です。・・・それともこれも噂に聞く魔眼の【魅了】や【傀儡】による強制力でしょうか?・・いずれにせよこの様子だと魔眼を取り戻すまで命を削るのを止めないでしょう・・・。沙織、栄一さん油断なきよう。始末しますよ」
千原奈津紀は和泉守兼定を正眼に油断なく構え、静かに言い放つと刺すようなオーラを纏い周囲に展開する。
「おやおや・・・3対1とは感心しませんな」
物静かで場違いな声が、暗闇の広がるあらぬ方向から対峙する緊張の中心に投げ掛けられた。
【第8章30話 命を燃やす銀色の獣 稲垣加奈子 終わり】31話へ続く
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駄目だ…涙が止まりません。。。
頑張れと言えない…
助けて~
早く皆を助けてください。。。
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