【第8章 三つ巴 40話 薄幸の佳人に訪れる幸福 】
「ねえ、グラサン」
後部座席の真ん中に陣取り胡坐をかいて座っている稲垣加奈子が、猛スピードで車を走らせている菊沢宏に運転席にもたれるように近づき声を掛けた。
「・・・なんや?」
どこか心ここにあらずといった様子で、話しかけるなと言わんばかりの宏に、加奈子は眉を顰めて、口を尖らせながらも続ける。
「えっーと・・・、名前がわかんない・・。・・あのハリウッド個性派俳優みたいな濃い顔の人と、薄幸そうな線の細い美人さんは・・?」
「なんやねんそれ」
加奈子の問いかけに宏はぶっきらぼうにそう答えた。
それでも、しばらく宏の返答を待っていた加奈子であったが、これ以上の返事はないものだと判断し、右隣に座っている豊島哲司に対して、振り返り気味に顔を向けた。
「三出光春と伊芸千尋な。通称モゲとお嬢や。ちゃんと覚えたってや。・・銀獅子の加奈子さん。力を開放すると髪の毛が発光しよるんやってな?アリサも言うてたで・・。港の倉庫で剣士のねーちゃんと戦ってるときもそうやったし・・その光るんは・・加奈子さんの能力に関係あるんかいな?」
加奈子が後部座席のど真ん中で胡坐をかいて座っている為、腕を組み巨体を隅にへばりけて窮屈そうに座っている哲司が宏の代わりに答えた。
「変な二つ名付けないでよ。・・・それより、その二人はどこ行ったの?あんたが会議室に来た時からいなかったじゃない。てっきり先に車に乗り込んでるかと思ってたんだけど?」
後ろから宏の肩口まで詰め寄っていた加奈子が、哲司の名付けたあだ名に気に入らなかったのか、「ふん」と鼻を鳴らし、どかっ!と勢いよく後部座席に戻って座りなおすと、左隣に哲司より窮屈そうに座っている北王子公麿に聞き返す。
「それはですね。僕もずっと会議室で【自動絵画】をしてたもので、そのあたりの記憶は・・」
加奈子が大きく場所を取っている為、哲司と同じく窮屈そうな恰好になっている画伯こと北王子公麿は、いつもの調子で光るメガネをくぃ!と持ち上げ話し出したのだが、加奈子は公麿が何も知らないと即座に判断したようで、逆に座っている哲司のほうに再びぐるりと顔を向け視線だけで説明を催促する。
「・・さっきは急に飛び出したせいで説明できへんかってんけど・・」
哲司は唾を飲み込み、少し間を置いて、加奈子に切り出し更に続ける。
「麗華も行方不明なんや。モゲとお嬢はさっきの湖岸付近でそのまま麗華の捜索に当たってもろうとる・・・」
哲司がそう言うと、加奈子はその長い睫毛に彩られた大きな目を更に見開き、明らかに顔色を変えた。
「支社長はそのこと知ってるの?」
「いや・・、さっき会議室で言うん忘れとった・・・。やっぱ言わんと不味かったんか?・・どうしても、事務所の時の癖が抜けんわ・・。所長の宏がここに居るし・・報告したつもりになってもうてた・・。いつもは美佳帆さんにさえ報告しとったら・・・それで…済むはなしやさかい・・・」
大きな体で窮屈そうに車の隅に座っている哲司がしどろもどろになりながら、加奈子に説明しようとしていたが、加奈子はすでにスマホを取りだしコールしていた。
支社長こと宮川佐恵子ではなく、もっとも頼りになる同僚の神田川真理にである。
「あんたデカい図体してなに細かいこと気にしてるのよ!ったくもう!私たちが怒られるじゃない・・」
真理が電話に出るまでの間に大きな哲司の肩をバシン!と叩いて悪態をついたところで、真理とつながったようだ。
加奈子は自分が直接報告するより、真理に伝えて支社長に報告してもらうほうがずっと穏便に済むことは3人の長い付き合いのなかで身に染みてわかっていた。
「わたしもーと思ったんだけど、副所長に美佳帆さんが通信できる状態にあったらスノウちゃんの出番だからって、だから私がスノウちゃん守るの!」
突然、更に後ろの後部席に座る二人の斎藤のうちの天然のほうが、普段より幾分だが緊張感のある声色で、隣に座るもう一人の斎藤・・スノウを庇う様にして言った。
「ええ、アリサ。頼りにしてるわ。・・それにしても私が自宅療養している間に、随分と状況が変化してるし、緊迫してて驚いたけど・・。まさか、みんな宮コーの社員になっちゃってるなんて・・。おまけに、聞いた通りの話だと髙嶺剣客集団・・・六刃仙・・。時間もなくて詳しく調べられてはないけど、相当な達人たちで、今のご時世でも裏稼業じゃ忙しくしてるみたい・・・。でも、もっぱら簡単な仕事は六刃仙たちじゃなくてその門下生や部下の仕業みたいだけど・・」
見た目の顔つきはすっかり普段に戻ったスノウこと斎藤雪が、スノウを守ろうと息巻くアリサと後部座席で並んで座っている。
「スノウ。療養中に引っ張り出してすまんな。しっかり護衛もつけるから、アリサと、この怖いお姉ちゃんが守ってくれるはずや。俺と所長で突入する。その前に【通信】してもらうから、頼むで」
哲司が後部座席にいるスノウに顔を向け笑顔で頷く。
「ええ、美佳帆さんが攫われたんですもの・・どこにだって助けに行くわ」
そう力強く言うスノウの両手には、昔美佳帆から譲ってもらった鉄扇が握りしめられていた。
「ふぅ・・・。真理に言っておいたから・・・支社長に報告はしてくれるわ。それにきっと警備の人の護衛の増援も手配してくれると思う」
スマホで通話を終えた加奈子が誰ともなしにそう呟くと、哲司に向き直り食って掛かった。
「あんたねえ!ホウレンソウは基本でしょ?!支社長に報告せずに誰に報告するって言うのよ!ええ!?それに怖いお姉ちゃんって何よ?!キャバクラ嬢じゃあるまいし・・。ちょーっっっと!!」
哲司に食って掛かっていた加奈子が、突然の急ブレーキで哲司とは逆に座っていた公麿のほうに遠心力で押し付けられ、豊満な胸を公麿に押し付けてしまう。
「おおおお!」
公麿は意外なアクシデントに驚きと歓喜が混ざった悲鳴を上げ、どさくさにまぎれて加奈子の腰に手をまわし加奈子の身体を引き寄せ、公麿は鼻の吸引力で加奈子の匂いを吸い込み堪能した。
「ちょっとあんた!離しなさいよ!」
「ぐきゅ!」
双丘に顔を埋め、鼻で匂いを吸い込んでいる公麿の頭頂部目掛け、軽く肘を打ち下ろすと、奇妙な声を上げた公麿を引きはがす。
「まったく・・信じられない。真理のことばっかり見てると思ったのに・・このエロメガネ・・。見境ないのね・・」
加奈子は軽く目をまわした公麿を引きはがし、脚でドアの方まで押しやりながら、呆れ口調で呟いた。
「そんなことより、着いたで・・。こっから先は慎重にな・・」
サイドブレーキを引く音のすぐ後に、宏の殺気すら孕んだ低くドスの効いた声が、車中の面々の耳にはっきりと聞こえ、その声に車中のメンバーの顔が一気に引き締まった。
一方、大塚マンションの近くの護岸では、モゲこと三出光春とお嬢こと伊芸千尋が僅かに海の臭いが漂うコンクリートの歩道の上を、少し離れた感覚で同じ方向に歩いていた。
「やっぱりここ・・このあたりからだわ」
モゲの少し前を歩いていたお嬢こと伊芸千尋が膝を付き右手でコンクリートの歩道を撫でる。
「美佳帆さんは【残り香】ではっきり追跡できたのに・・・、たぶん麗華は目的があって移動したんじゃないと思う・・・。目的地の追跡ができないの・・。どこか希薄で虚ろな感じ・・。写メで送られた画伯の絵だとどこかにいるのは間違いないみたいだけど・・。でも・・そんなに遠くじゃなさそう。・・っ!」
片膝をついたままそこまで言った千尋が、地面を触っていた手で少しばかり汗の滲んだ額を抑えた。
「だ、大丈夫か?能力使い過ぎや!病み上がりやのに無理せんといてくれや」
普段のモゲを知るものからすれば、最高に優しい声で千尋を気遣い近づき肩に手を掛ける。
「・・・大丈夫。モゲ君・・ありがとう。でも美佳帆さんのほうには救援に向かってもらったけど、麗華の手がかりがなくて・・・それに、麗華はもしかしたら川に落ちたんじゃ・・・って」
顔を上げモゲを見上げてくる千尋の目尻には涙が溜まっていた。
「そ、そない思いつめるなや。いつも冷静なお嬢はどないしたんや?・・こういう時は俺が慌ててしもて、お嬢が手綱を引いてくれるっていうのが定番やったやろ?」
ついお嬢の肩に手をまわしてしまったのだが、その手が払われる様子がないことにモゲは少し戸惑っていた。
「そうね・・。いろんなことが起こり過ぎてちょっと頭の整理が追いついてないみたい・・」
千尋はモゲに手を貸してもらいながら立ち上がると、いつもは美佳帆にしか言わない弱気な愚痴をモゲに呟いた。
「・・・俺なんかが言うても気休めにしかならんと思うけど、何とかなる。俺は大概いろんなことやらかしてきたけど、なんとかなってきたんや。そんな俺が何でも相談に乗るし、千尋の頼みなら、なんでも聞くから」
千尋は真剣な顔でそういうモゲの顔を見つめていたが、クスリと笑う。
「ありがとう。でも、モゲ君はなんとかなってきたんじゃなくて。なる様になってきたって感じだけどね・・・」
「な、なに言うんや?俺なりに一生懸命やってるんやけど・・」
少しだけ笑顔がでた千尋に安心したモゲではあったが、密かに想っている女性からそう思われていたことに少しだけ心が不安に波だった。
「・・・定職にもつかないでフラフラしてる癖に、愛してるとか付き合ってとか・・そんな人にそう言われると女の子は不安しか感じないんだよ?・・それにモゲ君・・。実はギャンブルの借金もあるでしょ?」
「ちょ・・ちょっとだけな・・って、なんで知ってるんやお嬢?」
千尋がモゲの鼻先に人差指を付けカマを掛けただけだったのだが、モゲはあっさりと引っかかり白状してしまった。
「やっぱり・・。誰から聞いたのかは話せません。でも、滑り込みで菊一事務所に就職しててよかったじゃない?いまや特別枠で宮コーっていう上場企業の社員になれたんだし、これを機に辞めないで頑張ったらいいよ」
モゲは濃い顔付きや、ぶっきらぼうな発言で勘違いされやすいが、頭の回転はとてつもなく速い。しかし、モゲが残念な秀才だということは、彼を知る人の中では常識となっている。
我慢や協調性などとは無縁、感情を優先するあまり組織に嵌らないのだ。
「そや・・それや。俺らって給料どのぐらい入るんかいな?・・美佳帆さんかテツに聞いとけばよかった・・・。月末には入るんかいな?」
「20日締め当月25日払いよ・・。私と同じならとりあえず50ぐらいはあると思うけど、歩合や成功報酬の規定や係数もいっぱいあったから、仕事次第じゃない?でも・・・モゲ君、やっぱり返済に追われてるんじゃない・・」
宮コーに就職できたのが良いきっかけになればと思った千尋ではあったが、あんまりなモゲの質問に、ジト目で答えながら追及する。
「そ、そんなことないんやで。ちょっと気になってただけや!」
両方の手のひらを千尋に向けぶんぶんと振って否定するモゲに千尋は諦めたようにため息をついて、モゲの顔の前に人差指を立てて真面目な顔になった。
「ええ、わかったわ。冗談はこのぐらいにして麗華を探しましょ。もし川に落ちたのなら、このまま河口のほうを捜索ね。モゲ君視力強化全開でお願い」
「ああ、任せとき。お嬢はさっきから能力使いっぱなしやしな」
モゲがそう言い、河口方向に向かって歩きだしたとき、後方つまり上流側のほうからがやがやと複数の足音と照明のライトを携えた一団ががやがやと近づいてきた。
モゲは千尋を背に隠し、近づいてくる一段を警戒しつつも戦闘態勢にならなかったのは、その一団からは殺気などが感じられなかったためである。
モゲたちとの距離が5mほどになたとき、一団の先頭にいる大柄な男性が話しかけてきた。
「三出さんと伊芸さんですね?」
「そうやけど、人に聞く前におっさんらが先に名乗ったらどないや?」
無警戒にも見える態度でのモゲの一言に、大柄な男性が持っていたライトを腰に吊るし、胸の社員証を見せて頭を軽く下げた。
「これは失礼。申し遅れました。私は宮川コーポレーション警備部門の八尾と申します。神田川主任に言われて、此方のほうに向かい、お二人の指示に従えと言われております。捜索などになると聞いておりますので、それなりのものは用意しております。」
八尾はそう言うと、腰に吊るしていたライトを再び手に取ると、河口に向かって大きくゆっくりと振った。
すると、真っ暗だった河口、河のど真ん中当たりから同じくライトで応えるように変じたあった。
「船・・か」
モゲが強化した視力で、船影を認めそう呟いた。
「麗華・・」
千尋も普段は少し煩わしく感じる時もあった麗華の発言や態度を思い出した。
だが、麗華にもしかしたらもう会えないのかと思うと涙が出そうになり、ぐっとこらえる。
その時、千尋は自分の肩に回されていたモゲの手を無意識に握りしめてしまっていた。
モゲが千尋に手を握られて、顔を赤くしていた時、宮川コーポレーション5階の会議室でも顔を赤くしている人物がいた。
「ふむ・・・。聞こえなかったとは思えませんが・・?治療のお代代わりにここにいる真理君のお時間を少々拝借することになっているのです」
(くっ!・・このエロジジイ!まさかそんな約束をしているなんて!私が瀕死になってしまったせいで真理がこのエロジジイの無茶な要求を飲んだんだわ!)
「ご助力いただいたのには感謝しております!・・・しかし!・・それはあまりにも・・!そ、そうだわ・・!お金!お金でお支払い致しますわ!」
栗田教授が出されていた湯飲みで手を温めながら、顔を赤くして立ち上がり代替案を提案しようとしている宮川佐恵子を座ったまま眺めていた。
「いやぁ・・お金には魅力を感じませんなぁ・・。別段お金には困っておりませんし、私は素敵な女性に目が無くて特に、真理君のように清楚でそれでいて芯の強いしなやかな女性が大好きな・・」
「ちょっと!お待ちになって・・・!女性ね!ご用意いたしますわ!ダースで!・・・そういうのどこに注文を出せばいいの・・?真理っ!あなたのことなんだから、あなたも黙ってないで何とか言いなさい!」
佐恵子のお金という提案に興味なさそうに反応した栗田教授が言い終わる前に、更に佐恵子が次の代替案を考え、今回の景品となっている真理に声を上げる。
「・・大丈夫ですよ。佐恵子。助けて頂いたのは事実ですし、栗田教授が来なければ佐恵子も私もきっと死んでました。すごく幸運な偶然で私たちはここに座っていられるのです・・・。それに・・・、私としてもキライなタイプではありませんよ・・?」
栗田教授の隣に座った真理が、上目遣いで立ち上がった佐恵子を見上げながら恥ずかしそうにそう呟く姿を、佐恵子は細い目を最大に見開き真理を凝視する。
真理の纏っているオーラに乱れはなく、感情は正直に好意を示している。
佐恵子はあんぐりと口を開けたまま、数秒間固まり何も言えないでそのまま真理と栗田教授を交互に見比べ、何か言わなければと口をパクパクと動かしているが何も言い出せずにいた。
「真理君の同意も頂けたようですし、問題ないようですな?」
そう言う老紳士が纏うオーラも今のセリフも、全く冗談が含まれていないのを確認した佐恵子は二人を見比べ、椅子にドサリと倒れるように座った。
「真理・・。ちょっとでも嫌なことがあったら呼んで頂戴・・」
「佐恵子・・。そんなに気にしないで・・。こんなの安いものです」
真理はがっくりと項垂れている佐恵子を見やりながら、自分が誰にも内緒にしているもう一つの能力を使うつもりでいた。
それを栗田教授もいるこの場で、佐恵子に言う訳にもいかなかったが、真理から見てもこの老紳士は結構好みのタイプでもある。
(それに、ベッドでこの私を好き勝手できるほどの男なんてそうそういないのですよ?)
真理は内心でそう呟きながら栗田教授に顔を向け笑顔で「では、参りましょうか?」と言い栗田教授を促す。
「ええ、ええ。治療も兼ねてゆっくりと休めるところに行きましょう」
口にしているセリフはエロジジイのそれそのものであるが、栗田が言うと紳士的に聞こえてしまうのであった。
【第8章 三つ巴 40話 薄幸の佳人に訪れる幸福 終わり】41話へ続く
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