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第8章 三つ巴 47話 波紋と波乱と失脚

【第8章 三つ巴 47話 波紋と波乱と失脚】

府内を東西に分けるように流れる河川の、北側にある宮川傘下の総合病院に、玄関口ギリギリまで社用車で乗附させた佐恵子は、運転してくれた八尾部長に、一言も発する余裕もなく飛び降りるようにして降りると駆け出した。

受付前の長いすが並ぶエントランスに、全身ほんのりと煤にまみれたグラサンこと菊沢宏が立っているのを確認すると佐恵子は短く聞く。

「何号室ですの?!」

「・・・稲垣さんは集中治療室や。部屋やない」

「~~っ!・・容体は?!どういう状況ですの?!」

「・・・鎖骨と肋骨の骨折が5か所、右肩左肩靱帯損傷、両脚の靱帯も傷ついとる。それに右手の指は全部折られてる上に左目も潰されとる・・。指のいくつかは複雑骨折や。あと・・」

「あと、なんですの?!」

宏のジャケットを両手で掴み食い入るようにして聞く。

「・・死を悟ったんやろな・・。自分で舌を噛み切ってしもうとる。そやけどまだ息はあるんや・・死んでない」

さっき宏本人からも全く同じ連絡があったのだが、宏は再度全く同じ説明を佐恵子に丁寧にしてくれた。

「嘘!・・あの加奈子が・・!」

宏のジャケットを左手で掴んだまま、右手で口を押え嗚咽が漏れないようにしている佐恵子の手を、宏はゆっくりと掴んで佐恵子の肩を撫でると、長椅子に座らせた。

「・・・まだ手術中や・・・。・・稲垣さん、まだ頑張っとるんやで?敵がとどめ刺しに来んとも限らん。テツを手術室内に無理言うて待機させてもろうとる・・」

長椅子に座らせた佐恵子は顔を伏せ小刻みに震えていたが、肩を撫でている宏の手を払うと涙顔で宏に食って掛かった。

「あなた!・・・あなたは!!・・うぅ!!ど、どうして」

宏のオーラが見えている佐恵子は、言葉を詰まらせたが続きを言ってしまった。

宏の言葉に嘘や偽善はない。しかし、宏の服や顔はススで汚れてはいるが、体力とオーラにはかなり余裕があるのも見て取れる。

「なぜ加奈子に助太刀をしてくれなかったの?!!加奈子は・・!加奈子は・・自ら死を選ばなきゃいけないほど追い詰められていたのよ?!菊沢部長!・・哲司さまもいらっしゃったのでしょう?!なぜこんなに膨大なオーラを残したまま帰ってこれているの?!どうしてなの!?言いなさい!!」

「・・すまん」

ばきぃ!!

拳で殴打した後にカシャン!という乾いた音が病院のフロアに響き宏のサングラスが壁際まで飛んで行った。

「はぁはぁ!・・許せないわ!」

オーラによる強化は行ってないとはいえ、佐恵子は思い切り宏の左頬を殴ったのだ。

更に宏のジャケットを掴み、佐恵子は宏を見上げるように睨み上げて続ける。

「あなた美佳帆さまのことばっかり気にかけて加奈子を蔑ろにしたんでしょう!?・・・すまんですって?!やはり私も行っていれば・・!」

サングラスを身につけてない宏の胸倉を掴み前後に激しく揺すり、時には胸板を叩きながら佐恵子は宏を罵る。

「・・・すまんかった」

宏は胸倉をつかみ見上げ睨んでくる佐恵子の両肩に手を置き、再度ゆっくりとそう言った。

佐恵子は一瞬驚いた表情になったが、再度目をぎらつかせジャケットを掴んでいる手に力を込めて何かを言いかけた時、病院の入口の自動ドアが開きカツカツとヒール音がかなりの速足で近づいてきた。

「佐恵子!落ちついて!」

そう言い、背後から佐恵子の手を掴み宥めてきたのは神田川真理である。
連絡を受けて真理も病院に急行してきたのだ。

「・・・真理。・・・離しなさい。ここはいいから真理も手術室に向かってちょうだい!」

宏の胸倉をつかんだまま、顔だけ振り返った佐恵子の目は、まるで何かを抑えているように、どす黒い光が淀んでいた。

真理は危険を感じてたじろいだが、躊躇いながらもはっきりと言った。

「離さないわ。加奈子がどういう経緯で大怪我をしたのかは、まだよくわかっていません・・。菊沢部長を責めるのはよくありません」

「・・・・真理。あなた加奈子が死にかけていたときに、あの教授と自分の部屋で何をしていたの?」

顔だけ振り返った佐恵子の目が纏った黒い光が膨らみだす。

「さ、佐恵子・・・!わたしは・・」

先ほどより強い危険を感じた真理は顔を引きつらせて言葉に詰まってしまう。

「ええそう!?・・・言わなくてもいいわ!自分の楽しみ事を優先したくて、わたくし達が強襲に参加するのを止めたんでしょう?!・・とっとと手術室に行って加奈子を治療してきなさい!」

佐恵子の両目は危険な光を真理に向かって放ってしまうかに思われたが、寸でのところで光は縮まり、佐恵子は真理から顔を逸らして宏に向き直った。

その瞬間バチーン!と大きな音が病院のエントランス全体に響き渡った。

長かった髪も南川沙織に斬られたため、変で中途半端なヘアスタイルになっているが、佐恵子は長い髪を振り乱して、自身の頬を打った人物にキッと顔を向けた。

「あなた・・!誰ですの?!」

「・・これが私たちの雇い主なのですか?」

佐恵子の頬を打った人物、スノウこと斉藤雪は打った手が痛かったのか、手をひらひらとさせながら、呆れたと言わんばかりの表情で、頬を抑えたままの佐恵子をしり目に宏に聞いている。

「スノウ・・!下がっとけや。ちょっとやばいぞ・・」

そう言って佐恵子とスノウの間に身体を滑り込ませた宏に、スノウに食って掛かろうとしていた佐恵子は阻まれる。

「このわたくしに・・よくも手を上げましたわね!真理!いつまでそこにいるの?!あなたは手術室に向かいなさい!手遅れになったら許さないわよ!」

宏に阻まれながらスノウに詰め寄ろうとしていた佐恵子は、顔だけ振り返り真理に指示を飛ばす。

「・・は、はい。・・菊沢部長・・・、佐恵子を・・お願い・・」

真理は佐恵子に向かって短く了承の意を伝えると、宏に対してすごく申し訳なさそうな顔向けると勝手知ったる病院なのであろう、真理は一気に手術室向かって駆け出した。

「支社長さん、稲垣さんのことが心配なのはわかるけど、所長も和尚も美佳帆さんだって・・、アリサも私も・・死にかけたのは同じです!あの張慈円や髙嶺・・!あいつらが襲ってきたんですよ!?・・それを、あなただけ喚き散らして!周りに当たり散らして!・・美佳帆さんも酷い目にあって今手術室にいるわ!・・所長も和尚も焼き殺されそうになったの!・・私だって・・!死ぬのを覚悟したわ!」

「スノウ!わかってる!わかってるから、気持ちは解るけどここは押さえてくれや」

「いいえ言うわ!美佳帆さんだってひどい目にあってたのよ?!それなのに所長が貴女みたいに喚き散らして周りに八つ当たりなんてしてないでしょう?!どうしてかわかる?わかんないんでしょ?!貴女、人の感情は見えても人の気持ちなんてわからないんでしょ?!」

「こ!この!!・・言わせておけば!許しませんわ!」

スノウと佐恵子の間に入った宏は二人を宥め、引き離そうとするが、佐恵子の目が再び黒い光を蓄えスノウを視界に捕らえる。

「ひっ・・!」

「マジか!!ええかげんにせんかい!!」

射程に入り照準を合わされたのが本能的に察知できたスノウは小さく悲鳴を上げた。
死が放たれるかもしれないと予感させるほどの圧力を感じ、スノウが身を屈めたとき、宏も声を荒げたのだが、光は止まらない。

咄嗟に宏はスノウを抱きかかえ佐恵子に向かって防御のオーラを展開し大きな背を佐恵子に向ける。

「やれやれ・・。ここまで情緒不安定とは些か買い被ってましたかな・・」

「・・かっ・・くっ!」

病院の入口には、右手を佐恵子に向け念動力を飛ばしたのであろう栗田教授が、普段の笑顔ではなく険しい表情でそう言い佐恵子の動きを封じていた。

「師匠・・!」

「宏君。女性に手を上げないのは結構なことですが、時と場合によりますよ?特にこのような聞き分けのできない駄々っ子にはね」

そう言った栗田教授の表情はやはりいつもの好々爺ではなく、険しいものであった。

「・・くっ・・!このエロジジイ・・!あなたが真理を唆したせいで!・・おかげで加奈子は・・!」

「真理君ほどの才女があれだけ気を使ってくれているというのに・・。真理君はまだまだ重症だったんですよ。首を切断されていましたからねえ。輸血を終えて体力が回復したので再度治療していただけです。長いお付き合いでしょうに、あの真理君がそんなことするわけないと分からなかったのですか?真理君は貴女をからかっていただけですよ。・・・・それにしても、ほう・・この金縛りでも動くとは・・ですが、いまは暫く大人しくしてもらいましょうか。」

栗田教授がそう言うと佐恵子の身体は後方に吹き飛び、待合室の壁に、どん!と大きな音をさせてぶつかると悲鳴を上げた。

「ぐぎぃ・・!」

妙な発音を発し両手がだらりとさせ、顔を俯いたまま佐恵子は動かなくなった。

「命に別状はありません。少し静かになってもらっただけです。意識もあるでしょう。・・・おや・?・・お客さんのようですよ?」

栗田教授は自分の後方から近づいてくる気配と足音を察知して振り返るとそこには、3人の人影があった。

「あらあら・・少し前から見物させてもらってましたが、酷いものですね」

カツカツとヒールの音を病院の床に響かせながら、ゆっくりと歩き栗田教授の脇を抜け、床に座り込んでいる佐恵子の前まで進んでくる。

「・・・紅音!」

佐恵子は念動力で封じられた不自由な身体で紅音を見上げる。

「「紅音さん」でしょう?相変わらず目上に対する言葉遣いができてないですね」

「・・なるほど・・。菊沢部長達が焼き殺されそうになったっていうのは貴女の仕業ですわね?・・貴女がやりそうなことですわ・・!」

「ふん・・、貴女にそういう事言われるほうが驚きです。・・それに、橋元不動産に関することは全て抹消せよとの命令を受けていたのでそうしたまでです。たまたま居合わせた従業員を攻撃に巻き込んでしまったのは先ほどお詫び申し上げたところです。ねえ?菊沢部長」

「・・・まあ、な。言いたいことはたくさんあんねんけど、いまはええわ。それでなくてもごたごたしそうやしな」

紅音は宏に対してそう言うと、宏も魔眼の脅威が去ったのを確認してスノウを開放すると紅音に向かって言った。

「そういう事ですね。後で聞きましょう。緊密に話し合わなければいけないことも多いようですし・・ね」

紅音は自身の綺麗な赤髪を人差指で弄びながら、笑顔で菊沢宏にそう言った。

そして、佐恵子に向き直り、ベストのポケットから折りたたんでいたA4用紙を取り出し広げて佐恵子に向けると、文字通り見下した笑顔で続ける。

「宮川佐恵子。辞令を申し渡します。今月限りにて関西支社長の任を解き、関西支社総務部部長代理へと降格いたします。神田川真理、稲垣加奈子の両名は引き続き支社長主席秘書を務めよとのことです。・・・すなわち両名はわたくしの部下・・と言うことになります」

「な・・なん・・?ですって・・?」
 
【第8章 三つ巴 47話 波紋と波乱と失脚終わり】第48話へ続く
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筆者紹介

千景

Author:千景
訪問ありがとうございます。
ここでは私千景が書いた小説を紹介させて頂きたいと思います。
ほぼ私と同年代の既婚者が主役のものになるかと思います。登場人物同士が
つながりを持っていて別の物語では最初の物語の主人公が脇役を務める様な
小説全体につながりを持たせ想像を膨らませていけたらと思っております。
どうぞ宜しくお願い致します

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