第9章 歪と失脚からの脱出 特別話 それぞれの思いと思い出
菊沢宏や豊島哲司、三出光春が宮川コーポレーションに所属し、特殊任務を受け猫柳美琴のオペレーションのもと、現地へ向かっている途中、貨物に紛れ身を潜め時間の経過を待っていたとき、菊沢宏は哲司たちに一通りの打ち合わせをした後、少し昔を思い出していた。
【菊沢宏】
親父・・・
菊沢宏は、京都生まれで京都育ち、祖父は開業医ではあるが、父は京都大学医学部に入学しながらも医師の国家資格に合格してすぐに海外の内乱が続く町や、医師の居ない町などへ赴き、傭兵兼軍医も務め、現地の怪我をしたのに治療を受けれない人たちを助けながら、その国その国の左派勢力に立ち向かうという生活をしていて、宏は幼いころから父と会うのはたまに帰国した数週間や長くても一か月であった。
そんな宏の父、正和の活動を正和の父、宏の祖母の康之は苦言を呈したり、自らの病院を継ぐように説得したりもしていたが、正和は、
『そんな金があり、治療を受けれる患者は親父が診てやったらええ。俺は俺しか診れん、俺しか治療に行けん場所で治療を待っている人たちを救う事に尽力するから。まあ病院は宏にでも継がせればええよ。まあ・・・でもあいつも嫌がるかもしれんけどな・・・この間、宏と話したらあいつ何を思ったか検事になりたい言うてたしなぁははははっ!』
と、康之の話に耳を貸すこともせず、自分の意志で自分のやりたいようにするという事を貫き、また正和は息子の宏にも生き方を押し付けることはせずに、宏の意志に任せていた。
宏の母の渚は、そんな正和に一言の文句も言わずに正和のしたい事を精一杯支えていた。
宏は、そんな父親の影響を大きく受けて育ったと言っても良い。
元々素頭が良い家系ではあったが、宏も例外ではなく京都では京都大学へ毎年1番多くの生徒を送る名門私立中学校、高校をろくすっぽ勉強をせずに入学。そして卒業と同時に京都大学法学部へ合格する学力は、父方の素養の遺伝に、自宅に最高の家庭教師ともいえる母、渚にしっかりと幼いころから勉強を見て貰えた事が大きい。
まだ小学校にも通わないうちから、中学受験時に必要な算数の特殊算などを解けるだけの学力が自然についたのは、まさに母の渚の宏に対する教育の賜物であっただろう。
しかし宏は、そんな母につけてもらった学力以上に、たまにしか会えない父に教わった、いわゆる喧嘩の仕方とレディの扱いの方を今ではありがたいと感じている。
会うたびに、母の渚と祖父の康之の目を盗み、近くの体育館の柔道場を借り、父正和が本物の戦場で身につけたグリーンベレーから受け継がれている傭兵術を幼いころから叩き込まれた。
正和は拳法や柔道、空手などおよそ武術という武術は全て黒帯で、そんな正和が戦場に行きさらに生き残るために自然と身につけたのが傭兵術だった。
そのうえ正和には宏をはじめ菊一探偵事務所の面々同様、特殊な能力が備わっていたので、戦場では傭兵として引っ張りだこで、医師である祖父以上の収入も得ていたのだ。
そんな父が、命を落としたのが戦場ではなくこの日本・・・しかも、死んだ理由も意味もわからないが、ただ宏が解っていたのは、
『親父は、誰かに殺された・・・』
それだけであった。
宏がそう思うのが、宏が京都大学法学部の2回生であった頃、父が6か月ぶりに帰国し祇園の正和の行きつけのBAR桔梗で宏と酒を飲みながら、話していたときに、
『宏、俺はしばらくは日本に滞在する事になったが、またちょっと行かなあかんところがあってなぁ・・・まあたわごとくらいに聞いておいてくれたらええけど、もし万が一、今後、俺の身に何かあったら、この人に連絡して今後はこの人を俺と思って頼れ。話はつけてあるから』
正和がそう言い、宏に渡したのが栗田教授の名刺だったのだ・・・。
そしてそれが宏が父と交わした最後の言葉になった。
宏は思っている。
(あの親父を殺れる人間なんか、数限られてる・・・親父は強い、俺が知る誰よりも・・・。
戦車をナイフ1本で刻む人間が、そう簡単に死ぬとは思えん・・・。
警察は事故や言うてたけど、あの親父が車に撥ねられたくらいで死ぬわけない・・・。)
宏は、棺桶にしがみつき泣き崩れる母の渚の姿を見ながら、
(親父・・・俺にずっとレディに手をあげたらあかん、レディは泣かせたらあかんって言うてたやん・・・それをアンタがしたら1番あかんやろっ!)
そう思いながら、流れ落ちる涙を拭きもせずに、
(親父・・・俺があんたを殺した相手を必ず見つけ出し、この手でそっちへ送ってやるからな。そしてあんたの言いつけはかならず守る。俺もあんたのようにやりたいようにやる。やりたいようにやる力を身につけて自由に生きるよ。しかし、まずは俺はやりたいようにアンタの敵討ちをする!そして親父のような人が、なんで狙われなあかんかったんか・・・それを解明したる!)
そして宏は、父に渡された名刺に連絡を取り、栗田と出会う。
栗田は父、正和の親友で相棒でもあったようだが、やはり父同様変わり者でもあった。
しかし、父も持ち、自分にも備わっていた特殊な力を医学的にも解明している人で、その引き出し方や使い方に精通していて、宏はもともとの傭兵術に加え、ほぼ我流であったオーラを使った様々な能力も栗田とこの後アメリカに渡りスラム街で、【仕事】をさせられた事により飛躍的に上ったのだった。
そして帰国後、父の敵討ちを最終目標として探偵事務所を立ち上げる。
その後、京都大学法学部時代の友人たちと再会し、近所に住み、中高時代からの先輩でもあった相沢美佳帆とも出会うのだった。
そして今・・・、
貨物の中で宏は思っていた。
(親父・・・、俺が今している事が親父の敵討ちに少しでも近づいているんかどうかは正直わからん・・・。
しかし親父に言われていたように、とりあえずはやりたいようにやっているよ。
親父・・・母さんもまあ、京都でまだ元気やけど、アンタが死んでから笑う事が減ってなぁ・・・孫でも見せてあげれたら少しは変わるんかもしれんけど、俺もまずはあんたの敵討ちが先かなと思ってんねん。)
そんな事を考えながら、宏は現場への到着を待つのであった。
【豊島哲司】
(そういや、俺はガキの頃からヤバい事をするときは、絶対この3人あったなぁ・・・宏とモゲ・・・まさかあいつらと中学高校だけやなく大学まで同じで、そのうえ今は職場まで一緒になるとはなぁ・・・まあ、今回の仕事も正直、宏の話では結構難易度高そうやけど、あの港区の倉庫に佐恵子さんたちを救いに行った時ほどヤバい事なんかそうないやろ・・・。
あの時は、張慈円も居たけど、あの黒スーツの千原ちゅう美人剣士はホンマ超ド級のヤバさあったからなぁ・・・あんな奴とやり合うんはもう2度とご免や・・・・)
豊島哲司の実家は京都でも、他府県から中学生や小学生の遠足や修学旅行の観光先になるような有名な寺で、その寺の1人息子であった。
哲司の父は何人も在籍する僧侶の中でも、その寺では最高位に位置する住職で、その息子ともなれば寺を継ぐことを当たり前のように育てられ、元来体格の良かった哲司は小学6年生で既に175cmの身長にまでなり、特筆すべきは幼いころから父に鍛えられたその身体能力は、小学6年生でリンゴを握りつぶし、クルミを指先で割れるほどの握力に指の力を得ていた。
哲司はもともと温厚な性格の為、喧嘩などは子どもの頃からあまりしないのであったが、大人数で1人を虐めている奴を見たり、明らかに年上が年下を虐めているのを見かけたときはその身体能力を活かし助けると言うことなどはしていた。
そして中学校で菊沢宏という気の合う友人が出来た中1の夏休みの事である。
豊島哲司と菊沢宏が通う中学校は成績順にA組からF組まであり、中学1年生の彼らのクラスはいわば入試の時の成績順であったが、当時A組の宏と、哲司は夏休みに繁華街のコインゲームで遊んでいた。
するとそこに1人の同じ中学生だと思われる男女3名がやってきた。
『うん?なんやお前ら?あっ、お前らB組の・・・確か三出君・・そっちは、斎藤さんか?君は確か・・・寺野さん?』
元来話した事のない人間の名前などは一向に覚えない豊島哲司とは違い、コインゲームをしながら、さらっと見ただけで近づいてきた3人が同じ中学校の同級生だと気づく宏の眼はこの時から特殊な力を帯びていた。
『えっ・・・・私をわたしたちを御存知だったのですね・・・菊沢君・・・』
線の細い女の子、白の膝丈でノースリーブのワンピースを着た黒髪を肩くらいでそろえている女の子が透き通るようなか細いしかし抑揚のない声でそう言った。
彼女が当時の斎藤雪。
現在菊沢美佳帆の秘書的存在として、菊一探偵事務所を経て宮川コーポレーションでも活躍するあのスノウであった。
『宏、すごいな~お前、ほかのクラスの子の名前もしっかり覚えてんやな~まあお前は、首席で入学して入学式で新入生代表で挨拶しとるから、彼ら彼女らがお前の事知っていてもなんらおかしくはないんやろうけど・・・』
と哲司がコインゲームをしていた、椅子から立ち上がり3人に向かった時、
『あんたも有名やよ、豊島君。』
『そうそう豊島君は、成績だけじゃなく運動にそして柔道の授業で先生をぶん投げちゃったりで・・・』
ともう1人のホットパンツに白のTシャツの中学1年生にしてはかなりグラマラスともいえる体系の寺野麗華に、本当に中学生かと思えるようなチンピラが着るようなシャツにベージュのチノパンを履いている三出光春が哲司を知っていると伝える。
すると、今度は宏が、ゲーム機を見たまま3人を見ずに、中学1年生なのにこの時から普段はかけていたサングラス越しにコインを200枚BETまでBETしてボタンを押し。
『何か困った事でもあったんか?斎藤さんは普通に見えるが、内心鼓動が激しそうやし、寺野さんに三出君は、見るからにあせっとるし・・・』
宏がそういうと3人が3人とも顔を見合わせながら少し驚いた表情の中、まず三出光春が口を開き、
『あっ・・・あのなっ、ホンマは警察に言うべきなんやろうけどっ・・・実は、今日俺らもう1人仲間がいて・・・4人で、今からプールに行く予定あったんやけど・・・その行きにな、もう1人いた北王子って奴が、麗華が変なおっさんに絡まれたんを助けようとしたときに、あいつ学校のセカンドバッグに着替えとか入れてもってきていたせいで、俺らが洛南の生徒やってバレてしもてな・・・それで、たぶんやけど親から金ゆするかなんかするためやろが、あいつ連れて行かれてしもて・・・俺や雪や麗華は走って逃げたからつかまらんかったけど・・・』
三出光春が、息を切らせながら一気にそこまでまくしたてるように話した。
宏たちが通う中学校では、素行が悪かったり、成績が芳しくない場合は、学年が変わるときに他の中学校を紹介されたり、元来通う公立中学校に通わなければならなくこともあり、それは学校にいるとき以外の行動も勿論含まれる。
しかし、今回のケースなどは普通に誘拐事件だろ?と哲司は思い、それこそ本当に警察に届けた方が良いのではないかとも思うが、北王子の実家は三出が話すにはあの誰もが知っている全国展開しているメガネチェーン店の社長らしく、三出は、北王子の実家にも気を使い、とりあえず自分たちで引き起こしたことなので、自分たちで解決しようと考えたらしいのだ。
『宏、こんなもん俺らのところに来られてもどうこうできる問題やないやろ・・・?』
と哲司がそうつぶやいたのは間違いではないのだが、宏は、
『三出君は、北王子君、自身が警察に言われたり、親に言われたりすることを本当に困ると思ったから、俺たちの所へ来たんやな?まあ、それはだいたいわかるが・・・』
宏もやっとコインゲームを切り上げて、立ち上がると三出光春にそう言った。
『あっ・・・ああ、そうなんや・・・まあ、あのおっさんらに無礼なこと言うたんは俺も北王子も、麗華も確かに言ったし、麗華はおっさんのスネ蹴り飛ばしてしもてるしな・・・でもなっ悪いんはあのおっさんやでっええ年して、中学生の麗華にスケベな事、言うてきおってからにっ!』
三出は非は自分たちにもあるし、この事が大げさになれば北王子だけでなく、自分や女子2人にも学校からなんらかのペナルティが課せられ、最悪の場合は2年生に上がれない事もあると考えての事だと宏も瞬時に悟った。
『北王子君がどこに連れて行かれたかわかる?』
宏は、三出たち3人より先に歩いていき、哲司もそれについて行った。
『き・・・菊沢君・・・助けてくれるんか?それに豊島君も・・・』
三出がそういうと、寺野に斎藤も、先ほどまで不安そうにしていた表情に若干血の気が戻ったように見えた。
『私が・・・車のナンバーを覚えています。もし、必要であれば所有者は割り出せますが・・・』
白のワンピースを着たお嬢さま、斉藤雪が小声でそう囁くと、さきほどまでは3人の顔を見ずに話していた宏が振り返る。
『・・・君、凄いな・・・ハッカーか?』
『えっ・・えっ・・・・』
斉藤雪が宏に見られると、初めて表情が変わり恥ずかしそうにうつむき、照れているような、申し訳ないと思っているような表情になる。
『いや、俺はハッキングする事をどうこう言うてるんやなく、純粋にわかるとしたらハッキングやろうし、もしそれがかなうのなら凄い思っただけやで。それでもし解るのなら、君たちが持ってきたこの案件は、俺が・・・哲司?手伝うよな?』
宏がそう言い哲司を見上げながら、
『・・・やるしかないやろ・・・』
と哲司が言うと宏が笑顔になり、
『という事やから、俺と哲司がなんとかしてやれると思うで。』
『はい!ありがとうございます。では、すぐそこのネットカフェですぐに調べてきますっ』
そういうと斎藤雪は、ひざ丈のワンピースから覗く細い脚で全力で地面を蹴り、警戒に駆けていった。
(ふぅ・・・あの時からやな~俺らが色々つるんで、ええ事も悪い事もするようになったんわ・・・。あの時はスノウが、調べてくれた車がやくざ所有の物で、あの近くの事務所に所属する者の車って知って、俺、宏と2人で乗り込み公磨を助けたんやよな・・・普通中学1年生でそれするか・・・まあ、あのときか・・・俺は普通の大人よりも自分がかなり強いと知ったんは・・・ほんで宏もな・・・相手18人もおったのに、全くびびってなかったからなぁあいつ・・・相手も相手で、たかだか中学生2人に乗り込まれて全員ボコられた事なんて隠したいから結局あの日の事は、知ってるのは俺ら5人と、思い出話で聞かせてやった千尋やアリサに美佳帆さんだけや・・・しかし、そう考えるとあの出会いが無ければ、モゲやみんなとはどうなっていたんやろうなぁ・・・)
哲司は、モゲや麗華、スノウとの出会いを思い出しながら、現場への到着を待つため無言で身を潜めながら到着を待っていた。
【モゲ】
そして三出光春はというと・・・結構危険な任務の可能性もあるが、昨夜の佐恵子への蛮行で体力とオーラをかなり消費したので、銅像のように眠りにつき英気を養っていた。
モゲはモゲらしく、深い眠りの中、先ほど出会っばかりの猫柳美琴を夢の中で凌辱するという、寝ても蛮行を行いつつもしっかりとオーラは回復されコンディションは整えられていた。
こうして、3名が3名それぞれの思いを抱きながら、紅音に指示された任務へ向かうのであった。
【第9章 歪と失脚からの脱出 特別話 それぞれの思いと思い出終わり】
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