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第9章 歪と失脚からの脱出 30話 達人VS天才

第9章 歪と失脚からの脱出 30話 達人VS天才

岩肌を飛ぶように駆ける3つの黒い影は追われ続けていた。

「くそっ!振り切れんしこっちの攻撃は躱しよるっ!なんて奴等や!」

背後から飛ばされてくる三日月型の剣風や、白い矢状の閃きを、からくも躱しながら、哲司にしては珍しく焦った声をあげた。

相棒の焦燥が伝わってきた宏も、上空の難敵のただならぬ力量に、今までにない焦りを感じていた。

(確かにまずい。こいつらホンマしゃれにならん奴等や。・・おまけに通信も回復せえへん。・・ほぼ間違いなく俺らが侵入するんは、すでに知られとったんや。・・ということは、このまま進んだらさらに待ち伏せの罠があるちゅうことか・・)

「ちっ・・敵さんの思い通りさせるかいな!」

宏は切迫した状況にも関わらず、冷静にそう判断し、一言吼えると断崖の岩場を駆けあがり始めた。

哲司もモゲも、宏の動きの変化を敏感に察知し無言で宏の後を追う。

3人は崖上に立つと、さらに上を見上げた。

「もう諦めたのですか?」

崖の更に上から涼しい気な女の声が響く。

宏達を追ってきた女達3人が上空から見下ろしていたのだ。

そのうちの一人、抜き身の真剣を握った豊満ボディの女性、たしか千原奈津紀という高嶺六刃仙の一刃、髙嶺弥佳子の側近の女の声である。

「あほ言うな。誰が諦めるかい。そもそも逃げてたんやない。あんたらが急に表れて物騒なモン振り回しながら追いかけてきただけやろが。めんどいから相手したることにしたんや。さあ、降りて来いや!」

宏は、上空に構える3人の剣士を見上げ、サングラスをくぃと持ち上げなおし拳を振り上げ大声で返す。

たいていの者が聞けば、肝を潰すような迫力のある低い声で宏は怒鳴ったが、上空の3人の女たちは余裕のある表情で見下ろしながら、笑みさえ浮かべている者もいる。

奈津紀は、宏の挑発に「ふっ」と失笑し口を開いた。

「降りて来い・・ですか?なにも知らず背中から切り伏せられていた方が幸せだったと後悔することになりますよ?」

ポーカーフェイスに戻った奈津紀はそう言うが、その目付きは鋭く、無表情ながらその目は僅かに微笑しており、それでいて口調は冷淡だ。

(やりにくい女や・・)

奈津紀の様子に宏は、口を歪める。

奈津紀の態度は、決して傲慢からではなく、自信と余裕が感じられるからだ。

「テツ、モゲ。ばらけるぞ。このまま目的地に直進したらまず間違いなく挟み撃ちや。このまま森に入ってそれぞれが一人ずつきっちり倒してくるんや」

宏は無駄かもしれないと思いつつも、できるだけ上空に構える奈津紀らに聞こえないよう小声で言い、哲司やモゲに目配せを送る。

しかし、当然それを看過するほど甘い者達ではなかった。

「それも一興。少しは頭も回るようですね。私も手下たちの銃弾があるほうがかえって戦いにくいですし、それでよろしいですよ?」

「きゃは♪いーんじゃない?私は大賛成♪」

哲司やモゲの返答を待たずして、奈津紀の両脇を固めた女剣士達がそれぞれ答えたのだ。

闇を縫う糸のような長い髪、長い睫毛に切れ長の目、身の丈ほどの長刀を携えた前迫香織と、白いファーで口元を隠し、人形のように整った顔のショートヘアーの南川沙織である。

「ちっ!」

(さすがにこんな距離やと内緒話はさせてくれへんか。暗視だけやなく、聴覚強化もしてたんやな。あんだけ剣閃飛ばしてきながらも、戦闘中は常時五感強化するんが当たり前ってか・・こりゃほんまもんのガチ勢やな)

宏は上空の剣士たちの発言に苦々しく舌打ちし、いよいよ油断できる相手ではないと再認識させられる。

「聞かれてしもたけど、相手もお望みのようや。赤パンは俺が。白パン二刀はテツ、モゲは・・不意打ちの借り返したれ。矢みたいなんぎょーさん打ち込んできた長髪の女や」

宏はもはや相手にも聞こえてもいいような声量で、左右にいる哲司とモゲに指示を送り、二人も「まかせとけや」「ねーちゃん後悔させたる」と返事をしている。

対する、香織は目を細め長刀を構えたまま微笑しており、沙織はファーを顎下まで下ろして赤い舌を出しペロリと唇を舐め狂気の笑顔に変わった。

「いいでしょう。逃げ回っている者を斬るのよりも手早く済ませるかもしれません」

奈津紀がそう言い隣の香織に目配せすると、香織も頷いた。

香織の能力【斥力】が解除され上空に構えていた3剣士は、音もなく宏達と同じ崖上の岩場に音もなく降り立った。

そんな6つの影の殺気などお構いなしに、相変わらず日本海から吹くの風は鳴き、先ほどから岸壁には大きな波がぶつかっては砕け、潮の混じった水滴を霧状にして風に乗せてくる。

下半身は宮コーのアーマースーツに身を包んだ2人と、ブーメランパンツだけを履いた下着姿の変態という組み合わせの男3人組。

かたや黑を基調としたタイトなパンツスーツ姿の長身長髪、同じく黒を基調としたタイトスカートの女二人という組み合わせの女3人組。

3対は、風音と波音をバックミュージックに暫し睨み合う。

ひと際大きな波が崖に打ち付け、空気を震わせると宏が火ぶたを切るように叫んだ。

「テツ!モゲ!わかってる思うけどあのねーちゃんら尋常やない強さのはずや。・・気張れ・・死ぬなよ!・・いくで!」

宏はそう言うと、髙嶺六刃仙が一人、髙嶺の最大戦力の一人である千原奈津紀に向かって突進した。

哲司は沙織に、モゲは香織に宏が駆けるのと同時に突貫する。

「宣言通り、私の相手は貴方がなさってくれるのですか」

対する奈津紀はいつも通り無表情なポーカーフェイスでそう言うと、3尺余りある愛刀和泉守兼定を構え直し、宏の突進に瞬時に間合いをはかり、宏を一刀で伏せようと、刀を滑らせ同じく突進してきた。

宏の悪い癖で、女にはどうしても手をあげにくい。

宏は奈津紀を気絶させようと、掌底で腹部を狙ったのだが、当然そのような殺気も威力も乏しい攻撃は、神技剣聖の域にある奈津紀には通用せず、宏の腕を刃の腹で滑るように受け流し、凶悪なカウンターで宏の肩口と鎖骨の間を抜き、一気に肩甲骨まで切断する一刀を食らわせた。

がきんっ!!

「くっ!」

否、あまりに流麗で無駄のない動きのせいでそう見えたが、宏は苦悶の声と同時に、とっさに目前まで迫った奈津紀の刃を、黒い棒状のようなもので防いでいたのだ。

「っ!」

奈津紀は必殺と確信した一撃を止められたことに、珍しく舌打ちし、逆に反撃されまいと、刀を振り抜いて宏を弾き飛ばすようにして距離をとる。

「くっそ・・!美佳帆さんからもらったもんやさかい刀受けるんなんかに使いたないかったけど、そんなこともいうとられへんな・・。おまけにレディ相手に武器までつかう羽目になるとはホンマ気が進まんが・・・しゃ~ない・・」

そう言いつつ宏は左手に握った黒いモノ見て、刀傷がついていないか確認している。

「・・・鉄扇ですか?」

奈津紀の予想の言葉どおり、宏は背中の腰に差してあった鉄扇【鎧船】を抜き、奈津紀の刃をギリギリのところで防いだのであった。

「たんなる鉄扇ならば今の一太刀で切れぬわけがありません・・。・・まさかそれもそのスーツのように宮コーの技術の粋を集めた代物ですか?」

「ちがうわい。そんな味気ないもんちゃうわ。・・これはな・・お守り代わりに持っとるもんや。汚れたりキズが付くん嫌やったから使いとうなかったんやけど・・・あっー!!?」

不満そうな口調で奈津紀のセリフに返しつついた宏だが、鉄扇をグルグル回して確認していた手を止め急に大声をあげたのだ。

「やっぱり今のでキズが入っとる!くっそー・・!」

奈津紀は、急に大声をあげた宏に目を丸くして驚き訝しがるように見ていたが、ふぅと溜息をつき、少し呆れたような口調になり続けた。

「いくら鍛えた鋼と言えども、私がオーラを纏わせたこの兼定の一振りを防いだのですよ?・・・切断ではなくキズで済んだのは解せませんが・・・。まあ、いいでしょう。そのような口、すぐ聞けなくしてあげましょう」

そう言うや否や、奈津紀は再び宏に突進し肉薄する。

(速ええっ!)

ぎぃいいん!

奈津紀の神速の上段からの一撃を、愛妻から貰ったプレゼントで再び防ぐが、奈津紀の剣撃の猛攻は止まらない。

「はぁああああ!」

奈津紀の気合のこもった声が森の中に響く。

宏は、サングラスで焦った表情を読み取らせなかったが、面前で激しい剣撃を加えてくる奈津紀に心底戦慄した。

(まじか!・・強いっちゅうもんちゃうぞ)

鉄扇と白刃が文字通り火花を散らし、暗闇の森の中にところどころ飛び散り光る。

木の根や大きな岩がごろごろと転がっている悪い足場、しかも暗闇の中だというのに、二人は高速で攻防を繰り広げる。

攻防といっても、宏はほとんど攻撃しておらず、いまだに、なんとか無傷で女を無力化できないかとさえ考えながら戦っていた。

宏がほとんど攻撃らしい攻撃をしてこないことに奈津紀が眉を顰める。

「舐めているのですか?」

撃剣を振っていた奈津紀がポーカーフェイスながらも、怒気を孕んだ声で宏に問いかけてきた。

「んなことあるかい!ど必死や!」

がっき!と鍔迫り合いの形になり二人は息も届く位置で睨み合う。

「では、なぜ攻撃してこないのです。あなたが一対一をしたいと言い出したのですよ?」

言葉と同時に奈津紀が刃を押し込んでくる力が増し、刃と鉄扇がぎゃりぎゃり!と嫌な音を立てる。

(女やっちゅうのになんちゅう力や・・肉体の力をオーラ量でカバーしとるってわけか!)

奈津紀の表情は無表情に近いが、空気を通して怒りが伝わってくるのが宏にはよくわかった。

「できたら女は殺しとうない。手もあげとうないぐらいやからな、特にべっぴんさんにはなっ!」

鍔迫り合いの至近距離で睨み合いながらも、宏はグラサン越しに大真面目でそう言った。

その刹那。

整ったポーカーフェイスの奈津紀から発せられる怒気が爆発した。

ぎゃりぃ!と嫌な音が響き渡り、鉄扇と刃が火花を飛ばすと、すぐさまピュン!と空気を切裂く音が響いた。

奈津紀が刀を翻し、今までの剣撃よりも尚速い速度で振り抜いたのだった。

ぱたたっと赤い液体が地に落ちている落ち葉を濡らす。

「くっ・・今までのが限界の速さちゃうかったんかい」

宏の首を一刀のもと切り落とそうとした一撃を、仰け反って躱したのだ。

しかし避けきれず、奈津紀の刃は宏の頬の走ったキズが鮮血を滴らせたのだった。

「貴方・・この私を相手に手加減をしているのですか?女だからという理由で?・・・だとすれば、笑止千万。剣技にも拳にも男も女はありません。ただそこに技の優劣があるのみ。二度は言いません。・・本気で来なさい。さもなくば後悔を抱いたまま冷たい骸となり果ててしまいますよ?」

静かに怒気を孕んだ声でそう言うと、奈津紀は、刀を振り剣先に付着した血糊を振るい、宏に対し正眼に構えた。

(手加減出来へん相手がまさか女やとは・・。師匠の教えに背いてまうことになるけど・・、これほどの剣士相手や・・。使わざるを得ん・・か・・)

今の一閃と、正眼で構えた女から立ち上る殺気とオーラを見た宏も、さすがに目の前の女剣士が手加減などできる相手ではないと悟ったのだ。

目の前の女が、全力でかかっても勝敗の読めない相手であると認めると、左手の鉄扇【鎧船】にはオーラを纏わせ、右手の指先には更にオーラを集中し構えた。

宏はごくりと喉を鳴らすと、刺すようなオーラを放っている奈津紀に、気になっていることを聞いてみた。

「・・・ねーちゃん。他の二人もあんたぐらい強いんかいな?」

宏はバラけて戦おうと提案したことを、僅かに後悔しはじめていたのだ。

(・・・ほかの二人もこのムチムチのねーちゃん並みやとしたら・・。やばいかもしれん)

表情を読ませないよう、サングラス越しに奈津紀の返答を待つ。

答えてくれないのかと思いはじめるほど沈黙が続いたが、澄んだ声が返ってきた。

「・・・先ほど追っていた時から貴方たちの動きはつぶさに見ていました。私の見立てでは、3人の中では貴方が一番の使い手ですね。貴方からの指名が無くとも、貴方のお相手は私がするつもりでした。・・・ああ、誤解なきよう。ほかの二人が私より劣るということではありませんよ?適正を考慮しただけです・・。それに、貴方のその心配は徒労というものです。私達の誰が相手だとしても、どうせ貴方たちは全員助からないでしょうからね」

静かな声で、表情を変えずにそう言う奈津紀のセリフは本心が読み取りにくい。

「・・さよか。そら怖い」

宏は頬に汗を伝わせ、何とかそれだけ言うと、ここ数年出したことのない領域でのオーラを開放し構えなおした。

(手はあげとうないけど・・出し惜しみ無しで勝てるような生易しい相手やない・・か)

宏の膨大な量のオーラ、圧倒的な圧力のオーラを真正面から受けた奈津紀は、一瞬目を見開くが、すぐさま表情を戻す。

「いいでしょう。ようやく舐めた態度ではなくなりましたね」

ポーカーフェイスの奈津紀は、そう言い、珍しく口角を上げ美しいが物騒な笑みを浮かべると、宏と比べても遜色のないオーラを纏い、地を蹴りに宏に肉薄し、両断せんと刀を振り下ろしてきた。

【第9章 歪と失脚からの脱出 30話 達人VS天才終わり】31話へ続く
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筆者紹介

千景

Author:千景
訪問ありがとうございます。
ここでは私千景が書いた小説を紹介させて頂きたいと思います。
ほぼ私と同年代の既婚者が主役のものになるかと思います。登場人物同士が
つながりを持っていて別の物語では最初の物語の主人公が脇役を務める様な
小説全体につながりを持たせ想像を膨らませていけたらと思っております。
どうぞ宜しくお願い致します

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