第9章 歪と失脚からの脱出 31話 達人VS天才2
「【鬼気梱封】」
猛スピードでの激しい戦いの最中だというのに、静かな声で聞きなれない技名を呟いた奈津紀は相変わらず無表情に近かった。
身のこなしや剣技は、奈津紀の表情とは裏腹に、多彩かつ直情的で非常にバリエーションが豊富で、そして容赦がない。
そしてたった今【鬼気梱封】とやらで、刀に特殊なオーラを込めたのであろう、振り下ろされてくる刀身は視認できるほどオーラが立ち上り迸っている。
(こりゃあかん・・!)
宏は直感的にそう察した。
その剣筋が走った瞬間、ぐわっ!と不気味な音がし、宏の足元の地面が大きく抉れてなくなっていた。
「なっ!?」
(なんちゅう威力や・・・!)
すんでのところで、まさに鬼気迫る威力の一撃を回避し、宏は地を蹴り左に飛び退って一回転して起き上がった。
上段から振り下ろされた奈津紀の一撃は、剣撃による痕とも思えないほど、大きく地面を抉っている。
更に奈津紀は間髪入れず、手首を翻し返す刀で宏の胴を薙ぎ払おうと身体をひねっていた。
(ほんまっ・・!容赦ないやっちゃな!)
「【不落鉄塊】!!くっ!!」
ぐわぎいぃん!
硬質な物どうしが勢いよくぶつかり、火花と共に、けたたましい音が鳴り響く。
飛び退った宏を追いかけるように、横なぎの第二撃目が宏目掛けてオーラを迸らせ唸りをあげたのを、宏が鉄扇【鎧船】で奈津紀の地面すら抉る猛撃を受け止めたのだ。
そして宏は防御と同時に、間髪入れずオーラを纏った右手を、奈津紀の左手首目掛け一閃させていたのだ。
「なっ!?」
「しもたっ!」
今度は奈津紀のほうが狼狽の声をあげ、なぜか同時に宏も焦った声をあげた。
奈津紀はこれまで敵に当たりさえすれば必殺だった攻撃を防がれ、そのうえ反撃までしてきたことに、らしくもなく驚きの声をあげてしまったのだ。
奈津紀は咄嗟の反応で何とか腕を僅かにかすめただけで済んだが、黑のジャケットの肘から袖までの布は破れ散り、左腕の袖は肘から下が荒々しく破れた七部だけになってしまっていた。
「今のを防ぎ反撃までしてくるとは・・それにその技・・」
生身の人間が、鬼気梱封を込めた攻撃を防ぎあまつさえ反撃までしてくるとは予想しておらず、宏の反撃を躱しきれなかったのだ。
それに奈津紀は宏の右手を包んでいる青白いオーラに見覚えがあった。
(・・・栗田と同じ技・・?・・いえ、そんなはずは・・栗田のはもっと指先にオーラを集中させていた・・。・・オーラの波長や色が似ているだけでしょう・・。御屋形様ですら習得に匙を投げられたというのに・・この男が・・それこそまさかです)
しかし、推測とは違い、奈津紀はここにきて初めてポーカーフェイスではなくなると、再び正眼で構え直して半歩だけ後ずさるように距離をとった。
「あぶな・・!よう避けてくれたな・・。無駄に腕斬り飛ばしてしまうところやったわ。つい身体が動いてもた・・」
宏は身体に染みついた癖で、つい反撃をしてしまい、焦った顔のまま続けた。
「しかし、防がれたんがよっぽどこたえたようやな?まあ確かに、あんたほどの腕やったら、大抵のやつはあんたの攻撃を躱すことも防ぐことも出来んと、長いこと立ってられへんかったやろからな」
宏は、奈津紀が半歩下がって急に慎重になったのを訝しがるが、おかげで少し考えるゆとりができた。
(・・こんなところで時間かけとる場合やあらへんがな・・。どないかして、テツやモゲらに加勢に行ってやらんと・・残りの二人もマジでこの女と同じぐらい強いんやったら、・・モゲのヤツ、最初からいきなり結構なダメージもろとったし死んでまうかもしれん。・・いや・・あいつ敵の同情を買うような無様な命乞いも得意そうや・・・。いやいや・・相手はそういうん通用しそうもないお堅そうなねーちゃんやったな・・。それに、そもそも俺らは張慈円のクソったれをやりに来たんや・・。それがこんなデタラメな強さの奴等とわざわざやり合うことになるとは・・。張慈円より難易度高いんとちゃうか・・?くっそ・・宮コーにここまでの義理ないでホンマ・・。俺ら嵌めたんは宮コーの緋村やろしな・・。帰ったらあの女、女ちゅうてもただじゃすまさへんで・・。しかし、ともかく今はこのデタラメなねーちゃんや・・どないかせんと・・。気は進まんけど、この女は無理やりにでも無力化させなしゃあないな・・一筋縄ではいかんやろけど、殺さずに倒すにはそれしかあらへん・・。かわいそうやが、こっちも命掛かっとるし、このねーちゃんもこういう世界に生きてるんや。戦いで死ぬ覚悟すらあるやろ。それに比べたら優しいもんやで)
宏はそう決心すると右手にオーラを集中しだした。
師匠である栗田直伝の点穴を応用し、オーラを刃状にしたのだ。
「よく避けてくれた・・?私の腕を斬り飛ばしてしまうところだった・・?・・と?」
それを見て奈津紀は、眉間にしわを寄せて表情を険しくさせ、さらに宏のセリフに情けを掛けられたように感じ、整った顔に僅かに怒りを滲ませている。
焦りと怒りが混ざったような表情で、奈津紀の普段を知る者が見れば、さぞかし驚いたであろう。
「どないしたんや・・?さっきまでえらいアグレッシブにかかってきてたやろが?気が進まへんようになったんやったら、もうこのあたりで止めにせえへんか?このまま続けたら、ただや済まへんってことがわかったやろ?」
奈津紀の表情の変化に、宏は停戦を呼び掛けてみるが逆効果だった。
「黙りなさい。よくもそのような・・私を見下したセリフを」
僅かに怒りの混ざった表情から、さらに柳眉を吊り上げた奈津紀が静かな声で返すが、大声を出されるより迫力がある。
「さよか・・。女は傷つけとうないんやけどな・・。とくにあんたみたいな上玉はな」
「痴れ者・・まだ言うのですか。このような状況でべらべらとおべんちゃらを・・」
残念そうにそう言った宏に対し、奈津紀は被せるように冷ややか言うとカチャリと刀を握りなおした。
奈津紀はそう言ったものの、正眼に構えたままなかなか動こうとはせず、ジリジリと宏との間合いを慎重すぎるほどはかっている。
先ほどの宏の反撃の一閃が奈津紀を警戒させたのであろう。
しかし、戦いを続行するにしても、奈津紀がそこまで警戒する理由がわからず、宏は首を傾げた。
(さっきまでめちゃめちゃ積極的に襲い掛かってきよったのに・・まさか今ので怖気づいたんかいな・・?最初から俺の力量がわからんかったわけでもないやろうに・・・。それやったらもう止めにしてほしんやが・・。いや・・あの警戒の仕方・・もしかして俺の技のことを知っとるんか?)
宏の予測通り、奈津紀は柄を握る左手、先ほど宏の攻撃がかすめた部分に、チリチリとした火傷に近い痛みが疼くことが気になっていた。。
(・・この男の今の技は・・もしかして・・)
奈津紀は構えを変えるように見せかけ、一瞬だけ左手を刀の柄から離したとき、一度軽く拳をつくってから再び開き、その時に左手だけでオーラを練ってみた。
(これはっ・・!)
僅かだが、オーラの流れがスムーズにいかない。
「き、きさま・・・!」
「なんやねん急に・・・?」
正眼から中段に構え直した奈津紀は当初のポーカーフェイスではなかった。
「どないしたんや急に。ちょっと反撃しただけやないかい。女に手はあげとうないけど、お前が強すぎんねん。つい手が出てしもたんや。・・・攻撃されて手傷負わされたことが無かったんか?・・・そうやとしても沸点低すぎるで?そやからやめとこうや。俺らはあんたらと戦う予定なんてなかってん。やらないかん仕事があるんや」
「だまれ」
奈津紀らしくもなく、つい吐き捨てるように言ってしまったのは、奈津紀が宏から受けた技が何なのかをおおよそ見当がついたからだった。
敬愛する腹違いの姉、髙嶺弥佳子を1年にもわたって苦しめた点穴と同類の技だと気づいたのだ。
(おそらく栗田と同じ系統の技・・・だとすればここで絶対に斬りすてる・・憂いは断つ・・!)
皮膚を僅かにかすめただけだというのに、左手がジリジリと疼く。
直撃ではなかったからか、攻撃を受けた直後よりは、幾分マシになっているのだが、いまだに上手くオーラを練りにくい。
(御屋形様・・こんなものを身体に打ち込まれたというのですか・・!わたしのせいで・・)
才能を持ちながらも、妾の子として影に生きる運命であった奈津紀を、表舞台に引き上げたのは弥佳子であった。
(この男も・・栗田と同様・・・危険・・!)
かつて弥佳子の前に栗田を連れて行ってしまい、点穴を突かせてしまった不覚を恥じ、そして自分自身の浅はかさに怒っていた。
「・・考え事してるとこ悪いんやけど、仲間のことも気になるしさっさと済ませ・・」
最初とうって変わって攻撃してこなくなった奈津紀に焦れた宏は、そう言いかけたが、奈津紀は宏のセリフを遮るようにしてオーラを練り始めた。
「高嶺六刃仙筆頭であるこの私に対しその傲慢。後悔する間もなく散りなさい!【鬼気梱封】【剣気隆盛】・・!散れ!」
言い終わると奈津紀は地を蹴り、オーラを迸らせている刀身を振りかぶり袈裟懸けに躍りかかってきた。
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一方、最初に6人が相対した場所からほとんど移動していない岩壁近くには、豊島哲司と南川沙織が対峙していた。
「んっふっふ~♪お兄さん硬いねえ~♪がっちがちぃ~!」
孤島の北岸の岩壁の中腹で、ほぼ垂直の岩肌に海面にほぼ平行立っている南川沙織は、片膝をつき肩で息をしている筋骨隆々の男を愉快そうに眺めていた。
(くっそ・・こいつマジでしゃれにならん・・。力や防御力は俺のほうが圧倒的に上のはずやが・・。この足場は身軽なあいつに有利やし、如何せん・・身のこなしが速すぎる・・それにっ・・)
先ほどから哲司を悩ませている攻撃が繰り出されようとしていた。
納刀し身を丸く屈めた女が狂気の笑みを浮かべ、抜刀し跳ねたのだ。
「きゃはー!♪」
ガキンッ!ガキン!
(これや!)
20mほどの間合いを常に保ち、刀身に宿らせたオーラを三日月形状にして先ほどから飛ばしてくるのだ。
防ぐのは造作もないのだが、こう何度も立て続けに打ち込まれては距離も詰めにくいし、防いでいるとはいえ、いい加減腕が痺れてきてしまっている。
「んふふ~♪私の刀閃をここまで防ぐヤツは正直アンタが初めて。こんなに打ち込んでも死なないなんて驚きだけどさ。かえって壊れない的って楽しいわ!♪きゃはは♪」
「・・くそっ」
せめて足場の悪い崖の斜面から平地へと移動したいが、目の前の狂気のゴスロリ女は意外にもしたたかで、それをさせないように動きを封じるように巧みに攻撃をして、そちらに行かせないよう先回りしてくるのだ。
哲司の焦燥を肌で感じ取った沙織は、僅かに喉を上げぶるぶると身を震わせて込み上げてくる快感に目を細めている。
「んぅんっんん・・・♪」
(・・この女もド変態の類かいや・・。しかし、なんとかせんと・・。間合いを詰めてなんとか接近戦に持ち込むんや・・。刀を得物としてる以上あのゴスロリも近接戦闘が得意なんやろうが、それはこっちも同じや・・。なんか手はないか・・あの速度とあの遠距離攻撃をどないかせんと・・・)
「きゃーはははは♪そぉれそれぇい!♪」
哲司の表情を見て感極まったのか、沙織は再び納刀し抜刀、そして納刀して抜刀を繰り返し刀閃を繰り返す。
「ぐっ!完全にぶっ壊れとる女やな!」
初撃の2連の刀閃を両手で防ぎ、続けて飛んでくる2連の刀閃を崖上側に飛んで躱して、一回転して拾った拳大ほどの岩石を立ち上がりざまゴスロリ女に投げつける。
しかし、哲司の投げた岩石は、女に当たる1mほど手前で赤い霧状のモノに触れて砕け散る。
「なんやねんなそれは!」
「キャーハハハハハッ!無駄なのぉ~私にそんな石ころなんて効かないのよぉ♪でも~あんた良い!・・強くって硬くって鈍くってさぁ!アンタみたいなのダルマって言うのよ。私を捉えられないじゃない♪捕まえてごらんなさいよ♪のろまなカメさん♪」
そう言うと沙織は胸を思い切り逸らせて二刀を二本とも背中に振りかぶり、一回転して振り下ろした。
その瞬間、ギュィイィイン!と2つの三日月型の刀閃が空気を切裂き、いびつに形を歪めながら哲司に襲い掛かる。
寸でのところで哲司は飛び退り身をかわすが、顔をあげるとそこにはゴスロリ女が口を大きく割いた狂気の笑みで、哲司の目の前まで迫ってきていた。
(こいつっ!近づいてきた?!)
このままずっと遠距離攻撃で削り続けられるのかと思っていた哲司は、ゴスロリ女の意外な行動に驚いたのだ。
咄嗟にゴスロリ女の二刀を封じようと、手を伸ばすが一瞬遅かった。
「【二天奪命八連】!!」
「ぐおおおぉぉぉお!」
沙織は狂気の笑みを顔に張り付けたまま、両手の小太刀に赤黒いオーラを纏った刀を右に左に高速で振るい駆け抜ける。
「んっん~ん♪」
「ぐぅうう」
沙織は、二刀を納刀し張り付いた笑みのまま振り返り、片膝をついた哲司を満足そうに見下した。
(遠距離からの攻撃から一瞬で間合いを詰めて・・・くそっ・・今の攻撃なんとか防ぎ切ったが・・・これは・・)
「ごめーとー♪ちゃんと全部避けないとダメよぅ?無理だろうけどぉ~。いまのは体力を奪い取るのよう♪お兄さんのオーラ力強くて濃厚~っ・・もぉ~っと貰いたくなっちゃうなぁ♪お兄さん硬いし、感もよくて直撃なかなかしないからさ。じわじわ行くことにしたの♪どう?私の攻撃を何とか防いでもだんだんと体力とオーラ奪って行くわよ?・・・最後は動けなくなったところでじーっくり甚振ってあげるからね♪・・きゃーははははははは♪」
(・・不味い・・・!しかし、ゴスロリ女の攻撃力やと、あの刀閃だけじゃ俺のことは仕留めきれんと思たんやろな・・。いまのオーラ奪う攻撃は厄介やが、近寄ってきてくれるちゅうんは大歓迎や・・。距離をとられてあの刀閃ばっかりされるほうがこっちとしては辛すぎんねん・・。さっきの八連撃は躱すんは無理でも、あの剣速なら何とか防げる・・・。見切った時・・俺の勝ちや・・!)
額と両腕からダラダラと出血し、ぜえぜえと息をしながらも哲司は何とか勝機を見出そうと、恐るべき狂気のゴスロリ女を睨み上げた。
「んふぅ♪・・そんなに見つめられるとぉ~。ただでさえ今いい気分なのに滾ってきちゃうじゃない~・・・・もっと絶望的な表情になってもらいたいしぃ~・・・遠慮なくもういっちょいくよ~?♪」
沙織は目を細めブルリと身を震わせてそう言うと、顔が地面にくっつきそうなほど前傾姿勢になり、納刀したまま突進居合の構えを取りいつもの狂気の笑みを貼り付けた。
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夜も白みかけてきたとはいえ、木々が生い茂る林の中はまだまだ暗い。
上空から眼下を注意深く観察していた香織は、生い茂る木々の間を駆け抜ける影目掛け、オーラで白く光る弓弦を響かせた。
キィイン!
甲高く澄んだ音を響かせて発射されたそれは、ほの暗い林の中を明るく照らしながら高速で進み、狙いをたがわず着弾した。
ガキィイン!
硬質な物どうしがぶつかり合う音を響かせ、一瞬昼間よりも明るく切裂いた。
「おんどれえ!!どっから打ってきとんじゃい!降りてこんかい!」
白く光る矢が当たる直前で肉体を極限まで硬化させて何とか防いだが、モゲこと三出光春は防戦一方に追いやられていた。
黑とピンクのブーメランパンツだけを履いた筋骨隆々の男は、体中を裂傷で血まみれに染めていた。
「ゼェゼェ・・・。くそっ!なんでこっちの場所がわかるんや?!・・こんな木の葉が生い茂ってるちゅうのにまるでこっちの位置はバレとる・・・。こっちからは見えへんのにあいつ・・透視能力でももっとんかいや・・!?」
モゲは大きな木を背にあずけ、敵が構えているであろう上空を伺うが、長身長髪のパンツスーツの女の姿は見当たらない。
先ほどから一方的に視界外の上空から矢状の閃光一閃の攻撃を続けられている。
飛び道具に対して、遮蔽物の多い林の中に逃げ込めば無力化できると考えたのであるが、まるで見当が違ってしまった。
長刀長髪女は携えていた長刀を弓状に変形させ、オーラの矢を放つ能力。
もし、それを無力化できればあの長刀を振るうしかなく、林のなかでは長物は不利になるとふんでの判断であったのだが、まったく功を奏することなく矢の攻撃を受け続けてしまっている。
「いったいどうやって・・・。なんとか場所さえわかれば・・」
木々の葉の隙間を伺い長刀長髪の女こと前迫香織の姿を捉えようと、大木から上空の覗き見たとき再びあの音が響いた。
キィイイン!
「ぐおっ!?」
大木を背に預けて身を隠していたつもりだったが、白い矢は正面上空から打ち込まれてきたのだ。
あわや胸部を貫くところで、モゲは転がるように身をかわし大木の裏側に回り込み身をひそめる。
「なんてこっちゃ!・・一方的やないか・・!ほんまにこっちが見えとるんや・・!」
モゲが避けた為、オーラによって発生されられた白い矢は大木に直撃し、幹の半分ほどまで刺さって周囲を昼間のように照らしていたが、その具現化した矢が消えたところで周囲は再び静寂と暗闇に包まれる。
「くっ・・かなりの威力や・・・速度も速いし狙いも正確・・。オーラの防御解いてたら急所に当たったら即死って訳かいや・・」
どの程度の距離から射てきているのかは、あの硬質な発射音から推測するにそこまで遠くではない。せいぜい30m程度だとモゲは掴んではいた。
矢が発射される時に距離と方向の大体の予測は立つが、あくまで大体である。
それに引き換えあの長身長髪女の狙いは正確無比である。
モゲはブーメランパンツの股間に手を忍ばせ、ビー玉を手に取った。
親指の爪ほどの大きさのガラス製のビー玉を掴み、練り込んだオーラを確認する。
(・・・5個か・・。高慢お嬢様いたぶるんに使うてきてしもたからなぁ・・。半分の5個も突っ込んで辱めてやったんはおもろかったが、こんな強敵に出くわすとは思いもよらへんかったやんか・・。ビー玉いまだに取れんと疼かせとるころやろな。こんなことやったらお嬢様辱めるに使いすぎんと持っとたらよかった)
モゲは武器にもなりえる特性ビー玉の残数が心許ないことに後悔したが、まさに後悔先に立たずである。
(こうなったらあの音がした瞬間にカウンターでビー玉打ち込んで、長髪女を打ち落とすしかあらへん)
モゲにもこれが圧倒的不利な勝負であることはわかりきっていた。
攻撃が後手になるうえ、どうやら相手はこちらの動きが見えているようなのだ。
(何回も通用せえへんな・・・。こっちがビー玉で反撃してくるんがわかったら、矢を打った瞬間に躱してしまうはずや・・・)
「おい!降りてこんのかい!なんぼそんな下手な矢打ってももう当たらへんぞ?!」
先ほどから戦闘を繰り広げているせいで、虫や動物たちの声は完全に止んでいる。
モゲの怒声に長身長髪女は応えない。
(くそったれ・・!あくまで勝負に徹する気かいや。面白味のないクソったれ女やんか)
戦闘開始してから最初に姿を見せたきり、全く姿も見せず、声も出さない敵を心中で罵りながら、モゲは握っているビー玉に更にオーラを込め、全神経を集中して迎撃に備えたのだった。
一方モゲから見えない上空では、香織は【斥力】で宙に浮いており、【見】という能力で、モゲの動きを完全に見ていた。
そのうえ【斥力排撃】を自身の周囲に展開し、飛び道具による攻撃をすでに無効化しているのであった。
よってモゲが決死の反撃を試みたとしても徒労に終わるのだが、当のモゲにそれを知る由はない。
それより香織はモゲが取り出したモノの出どころに眉を顰めていた。
(・・・股間から何かを取り出した・・・。ビー玉・・・?けがらわしい・・。あの汚染物質で私を攻撃するというのですかっ!?・・・信じられない下品な男です!)
モゲがブーメランパンツから取り出したビー玉をすでに見ている香織は、美しい顔を歪め不快気に心中でモゲが罵っているのと同じように罵っていた。
【見】は自身を中心として広大な範囲を察知する能力である。概ね円形状に展開させることができるが、近いところ程、察知精度が増す傾向にある。それにくわえ察知したい方向を指定することも出来るので、完全な円形ではなく、いびつな楕円形に展開することも可能であった。
いまは張慈円と樋口の護衛を兼ねているので、モゲと戦闘中ではあるが、護衛対象の二人を【見】の範囲に収めるように広範囲に展開している状況である。
【見】をいびつな形で最大距離まで伸ばすと、なんと2kmほどの範囲になる。
その結果、当然近くの【見】の範囲は少なくなってしまうので、モゲとの距離はきっちり30mほどしか離れていなかったのである。
(奴も飛び道具を使うのでこの距離は少々危険ですが・・・致し方ありません。張慈円様はこちらに我ら髙嶺の総戦力を配置しましたが万が一ということもありますからね・・・。それに、あのパンツ男はそこまで手強い相手ではありません・・。この距離しか取れないとしても十分でしょう・・。反撃を狙っているようですが、奴の動きも鈍っています・・。そろそろ仕留めますか・・)
香織はモゲの位置からは死角になる位置まで移動し、再び長刀を弓状に変化させオーラを集中させる。
【斥力】【斥力排撃】【見】と三つの能力を展開させながら、新たな攻撃技能のオーラを練り蓄えだす。
【三気心射儀】オーラ上の白い矢を三つ番え同時に放つ技である。一発一発の威力は一本で打つ時と何ら変わる事がない。ただオーラを余計に消費し、集中力を要するだけである。
しかし、香織は六刃仙のなかで千原奈津紀と双璧の実力を持っているのだ。
技能を同時に4つも展開させて発動させても十分な威力がある。
(さて・・、これでお仕舞です・・)
上空で膝を付き、弓を引き絞るような恰好になった香織の右手には3本の矢が番えられていた。
【見】で見えているモゲは香織に気付いた様子もなく、全く別の方向を伺っている。
(愚かな・・・こちらを補足することすらできないとは・・。恨むなら己が実力の無さを恨むのですね・・・!)
いま香織に射られれば避けることはできず、死ぬか致命傷を負うのは確実のタイミングであった。
【第9章 歪と失脚からの脱出 31話 達人VS天才2終わり】
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