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第9章 歪と失脚からの脱出 35話 黒頭巾の男の力

第9章 歪と失脚からの脱出 35話 黒頭巾の男の力

紅音は腹部を貫いた衝撃で目を細めてはしまったが、頭巾から覗く男の目をはっきりと見た。

菊沢宏ではない。

奴は数時間前に日本海に浮かぶ孤島、通称Sという死地の孤島に追いやったばかりだ。

その死地は菊沢宏達にとっては敵だらけで、今は世界的にも名だたる能力者が多く終結し、いかにあのグラサンの腕が立とうとも、こんな短時間に戻ってこれるはずがない。

空中で身体を捻り態勢を整えながらそう確信すると、紅音は攻撃してきた黑頭巾に意識を集中する。

咄嗟に発動させた【即応反射】の反射速度でも回避できなかった黒装束の速度に驚きはしたが、紅音はまだまだ余裕があった。

蹴り飛ばされながらも空中で一回転し、正面を向いた時、再び男と視線が交錯する。

交錯した男の目は静かではあったが怒りを内包しているようにも見えた。

「おまえは・・・何者だ!?」

紅音は突然蹴られたことによる感情に任せ怒声でそう誰何すると、右手を払って瞬時に目の前を覆いつくす炎を発現させ、黒装束の男を炎で薙ぎ払う。

深紅の炎に飲まれた黒装束の男を見て、紅音はニヤリと笑みを浮かべたが、炎を突き破り黑装束は速度を落とさず紅音に迫ってきたのだ。

「なっ!?この熱量を!」

戦慄した紅音は空中でもう一回転して着地すると、慌てて今度は、迫る黑装束に本日最大の威力の火球を放たんと身体を捻って左手を突き出した。

「これならどう!?」

ぼっ!!
真っ赤というより白い熱の塊が出現し黑装束の男を包み込む。

必勝の笑みで奢った表情の紅音は、黒装束の死を確信して言った。

避けることができるような大きさと速度ではない、死の炎球が紅音の目の前にまで迫った黑頭巾を包み込んだ瞬間、爆散する。

『きゃああああああ!』

凄まじい爆炎と業風に、美佳帆と佐恵子の悲鳴が重なり、建物が振動でビリビリと揺れる。

消防設備から噴射されている水など感じさせない勢いで、爆炎の余波の炎が周囲をねぶりつくし巻きあがる。

そんな中、黒装束の男はゴホゴホと咳ばらいをし、周囲に漂う熱気を手ではらいつつ、焼き焦げた頭巾をうっとうしそうにはぎ取り舌打ちすると床に投げ捨て、その素顔を露わにしたのだ。

「ジンくんっ!来てくれたのね!」

壁を背にし、床に腰を下ろして顔を両手で炎から守っていた美佳帆は頭巾を投げ捨てた男に向かい、ススだらけの顔の生気をとり戻して叫んだ。

「何とか間に合ったみたい・って美佳帆さん!火傷だらけやし髪の毛も顔も・・!宏のアホはなにやっとんですか!自分の嫁がこんな目に負うとるっていうのに!・・それにしても美佳帆さん相変わらずのホットパンツ・・まぶしい脚も衰えるどころか、ますます磨きがかかって・・」

美佳帆にジンと呼ばれた黒装束の男は、今は顔を晒し、黒装束をまとった忍者のような出で立ちでそう言いながら、美佳帆に駆け寄った。

「ぐぅ・・ぐふ・・」

一方、大火球を発射し黒装束を火球で迎撃したはずの紅音は、自身の技の勢いのせいもあるが、忍者男の蹴撃でかなり後方まで吹っ飛ばされており、お腹を押さえつつ立ち上がろうとしていた。

黒装束の男は、紅音の大火球による攻撃を、オーラによる防御だけで突き破り、先ほど蹴った紅音の腹部を再度蹴り抜き吹き飛ばしたのであった。

立ち上がりながら紅音はひどく狼狽し、怒りで目を濁らせていた。

視界が歪み、平衡感覚が定まらない。

痛みと吐き気が腹部を中心に広がってくる。

「げほっ!・・か・・っ・・はぁはぁ・!ぐ・・」

「紅音!・・大丈夫でして?もうおやめなさい!・・公安ももう支社内まで着てますわ!これ以上無益な強情を通すのは・・・!貴女の立場が悪くなる一方です!」

怒りと痛みで顔を朱に染め黑装束を睨みつけたところに佐恵子が駆け寄り、紅音の背中をさすりながら何事か言っているようだが、紅音の頭にはほとんど頭に入ってこなかった。

「きゃっ!」

次の瞬間、隣に跪いて背中を撫でてくれていた佐恵子が短く悲鳴を上げたと思うと、壁に激突しその長い髪を蜘蛛の巣のように放射状に広げ激突し、壁からズルリと崩れ落ちた。

「ちょっ!ジンくん!!その人は味方なのよっ!!」

佐恵子が先ほどまで立っていたところにはジンと呼ばれている黒装束の男が、膝蹴りの格好のまま片足立ちで立っていたのだ。

そのジンに向かって美佳帆が悲鳴を上げて咎める。

「え・・?!そ・・そうなん?せやけど紅蓮を気遣うようなこと言うてるからてっきり敵やと・・」

黒装束の男は、美佳帆のセリフに慌てたした様子でそう言って弁解している。

美佳帆とジンがやり取りをしている中、紅音は蹴られたおなかを抑えながらも立ち上がり、倒れている佐恵子を見下ろした。

「佐恵子・・なぜ・・?」

紅音は、うつ伏せで倒れたまま動かない佐恵子を確認し視線を黒装束に戻すと、美佳帆に必死に弁明している男を睨みオーラを全開にして怒鳴った。

「くそっ!・・誰なんだよてめえはよ!」

自身に二度も攻撃を与えたジンと呼ばれている黒装束が憎いのか、政敵ともいえる佐恵子を攻撃されたのが何故か心境を不快にさせたせいか、紅音は両手に炎を纏い、紅音は肉体強化を限界まで発動し襲い掛かった。

「ぅおっと!あっぶな!・・」

「ちぃ!速いわね!・・菊沢美佳帆たちとはずいぶん違うってこと?!」

並みの強化系能力者であれば躱せるような攻撃ではない紅音の連撃を、黒装束の男は見事な体裁きで躱し防ぐ。

紅音もただならぬ黒装束の戦闘スキルを肌で感じ、紅音にしては珍しく戦闘で真剣に集中しだした。

いつもは格下相手に、掃討戦をするのが常であった紅音が、本気に成らざるを得ない相手だと身を粟立たせた瞬間であった。

「おまえが美佳帆さんやスノウらをあんなにしやがった紅蓮なんやろが!?確かにあんたの攻撃・・まともに喰らったらタダじゃ済まん炎やろうけどな!俺には通用せえへんで?!」

「ほざけっ!急に出てきてなんだ!私の炎に耐えられるものなら耐えてみろってのよ!このレベルでオーラを展開できる能力者なんて日本じゃ五指いないでしょうよ!邪魔なのよ!さっさと死ね!」

二度も強烈な攻撃を腹部に受け、激昂したとは言え紅蓮である。

北派の中国拳法の二つをマスターしている紅音は、肉体も強化し炎を両手に発現させて、大抵のものであれば必殺の威力がある攻撃を連発し黒装束に浴びせかける。

強いぞ!油断するな!と丸岳が言ったセリフが紅音の脳裏には焼き付いている。

(丸岳くんが言ってたヤツ・・こいつがそれに違いない!)

丸岳は紅音のことをよく知っている。

紅音の身体はもちろんその強さも・・。

その丸岳がそう言ったのである。

彼が言うならば、ほぼ間違いないと紅音は思っていた。

黒装束の男は防戦一方ながらも、紅音とは対照的な冷静で冷め切った目で技をギリギリで見切り、防ぎ躱している。

紅音は初めての経験であった。

能力解放した全力の攻撃がこの黒装束には当たらないのだ。

「くっ!・・・お、おま・・!・・本当に何者なの?!・・この私とこんなに戦えるなんて・・!野良相手にこんな!・・・馬鹿なっ!私は宮コー十指最強の紅蓮なのよ?!」

紅音は何度か聞いた誰何を反芻してしまっていた。

「・・やっぱり・・火が出せるのは手からだけみたいやな」

「っ?!」

「なるほど・・自分の炎の威力以上のオーラで防御を展開させてんのか。オーラ防御で覆った手から炎を発現してるんやな・・・それで自分は炎でダメージ負わんようにしてるんか。器用なやっちゃ。しかし、足には炎が纏えんとみえる。体術も達人級やが・・ふむふむ・・よっぽど自信があるんやろな。動きに慢心があるで?傲慢が動きの至る所ににじみ出とるわ」

紅蓮という二つ名持ちの能力者、緋村紅音の発火能力を冷静に言い当てた黒装束に、紅音は目を見開き驚いたその瞬間。

「きゃ!?ぐっ!」

紅音が怒りに任せて放った上段回し蹴りを、身を低くして躱され、逆にその隙に軸足の膝を蹴り抜かれたのだ。

完全に足を払われ、空中に投げ出されたところを更に黒装束が振り落してきた踵が紅音の頬に直撃し、紅音は頭から床に激突する音が妙に大きな音で響く。

どんっ!

「きゃぅ!!」

地面に激突してしまった紅音だが、瞬時に両手だけの力でバッタのように後方に飛び退ると、鼻血を拭って両手を広げオーラを収束させだした。

「こっ!・・こ・・こいつっ!!・・殺す!この私の顔を蹴るなんてっ・・!・・もう支社がどうなっても知るもんですか!」

「おっ!怒ったんか?俺は宏のように女に手上げれへんようなフェミニストとちゃうぞ?もっとガンガン蹴ってやるからな?・・しっかしいまモロ入ったってのになかなかタフな奴っちゃなあ」

「減らず口を言えるのも今のうちよ・・!骨まで焼き尽くしてやる!」

赤髪を逆立て全身にオーラを開放し出した紅音が、ますます力を身に宿し目には殺意を抱いて黒装束のくせ者を焼き尽くさんと睨みつけて怒鳴った。

「ちっ!・・範囲攻撃か」

黑装束は紅音に突進しようか、傷ついて動けない美佳帆を助けに行こうか一瞬迷ったが、美佳帆の方に一気に跳躍した。

「はんっ!馬鹿ねっ!迷わず私に接近戦を挑めばまだ勝ち目はあったでしょうに!もう容赦しない!全開で行くわよ!この紅蓮を本気に出させたのを光栄に思いなさい!」

紅音のセリフを背に受けて黒装束は座して動けない美佳帆を庇うように抱き上げる。

紅音は周囲無差別地象の【焼夷】も全力で開放しようとしかけたが、うつ伏せに倒れ動かなくなった佐恵子を一瞬だけ見ると、ふんと鼻をならして【焼夷】の発動を止め、佐恵子より前に踏み出してから黒装束を睨みつけて構えなおした。

そして禍々しくも膨大なオーラを収束させだし、ただでさえ強力な技能を持つ紅音が、さらにその凶悪な炎の威力を高めんと紡ぎだしたのだ。

「揺らげ!自己犠牲の炎よ!我を削り炎の孔雀となれ!二度と同形の炎を成すこと能わずとも、その身焼き尽くす時、刹那無二の命散るまで羽ばたき、旋風をおこして焼き尽くせ!我の敵は汝の敵なり!追え!偏に一重に何処までも・・・!舞え!仮初刹那の孔雀よ!命尽きるまで舞い敵を灰塵となせ!」

紅音は、舞踊のように舞い、謡うように力強く紡ぎ言葉を唱え、その瞳は自分をここまで追い込んだ黒装束の男を、怒気を込めて睨んだままであった。

「ジンくんっ!わたしなんかいいのに!紅蓮に紡ぎ言葉までさせたら・・!ああ、なんてこと!こんな炎・・!紅蓮は私たちには、まるっきり本気じゃなかったんだわ・・!」

バチバチと炎が爆ぜる音をさせ、紅蓮の周囲、上階の建物を焼き尽くしながら炎が燃え広がっている。

「紅蓮・・か。さすが国外でも有名な能力者なだけあるわ・・。そやけど美佳帆さん・・俺があのまま突進しても紅蓮はかまわず撃ったはずや。俺や美佳帆さんを巻き込むようなヤツをな。俺はなんとかなってもあの炎や。こりゃ建物内でも死人が出るかもしれへんで?」

「そんな・・」

自分たちより上のフロアは最早形を成していない。

紅蓮によって宮コー関西支社は今や市内の高いところからなら、どこから見てもわかる大火事状態だ。

「・・・待たせたわね。塵にしてあげるわ。墓なんか必要ないようにね!」

紡ぎ終わり炎の後光を背後に纏った紅音が、妙に落ち着いた表情ながらも勝利を確信した様子で言い放つ。

紅音の背後と頭上はすでに焼き消されており、宮川コーポレーション関西支社は15階より上階は半壊し炎に覆われている。

大変な大惨事だ。

しかしそんなことは意に介していない紅音は、美佳帆たちをしっかりと視界に捉え、操る炎を同調させ巨大な鳥に模させた。

「いい子・・」

紅音はそう言って、頭を垂れてきた巨大な炎鳥の嘴と喉を優しく撫でると紅音は吼えた。

「さあ行け!【葬華紅蓮紅孔雀】!!」

キエエエエエエエエエ!

炎鳥は紅音に従いバサリと一度大きく羽ばたくと、嘴を開き雄叫びと共にまっすぐ黒装束目掛け飛翔しそのまま壁に激突する。

どおおおおおおおおぉん!

「ちっ!避けたのかよ・・!だけどねっ!」

紅音は上空をばっと見上げてそう吐き捨てると、美佳帆を抱えたまま一気に跳躍した黒装束目掛け手を振りかざす。

とたんに巨大な炎は再び鳥の形を成し上空の二人に飛びあがった。

その巨大な炎鳥が咆哮を上げ、その羽を一羽ばたきするだけで、周囲のモノはひとたまりもなく焼け落ち、羽ばたきの風で吹き飛ばされてゆく。

もはや紅音たちが立っているフロア以上の上階、ヘリポートがあった屋上も焼き崩れ塵となり風で吹き飛ばされている。

「な・・な・・なんて・・本当になんてヤツなの・・!・・こんなの相手に私たちは戦いを挑んでたっていうの・・・?!・・ジン君!このままじゃ!」

ジンに抱きかかえられたままの美佳帆は、満身創痍で痛む身体のことも忘れ、眼下で舞飛び、再び迫ってくる火の鳥を見て慄いた。

「大丈夫や美佳帆さん。あんなんもんいつまでももつはずがない。見てみ?紅蓮の奴を。紡いでたとおりやで?命削ってオーラに変換するタイプの技や」

ジンの言った通り、眼下に見える紅音の顔色は白く、眼は疲労でくぼみ、一目で先ほどより随分衰弱しているのが見て取れた。

しかし、その紅音の生気を吸い取って羽ばたく炎鳥はまだまだ力強く在り、雄叫びを上げつつ二人に迫ってきている。

ジンは上下に分かれた嘴を両足で蹴ってうまく躱し、再び地上、いや紅音たちのいるフロアに美佳帆を抱えたまま飛び降りる。

「熱っつ!・・足袋が!」

嘴に触れた足袋が破れ、ジンの足を焼いたのだ。

「大丈夫!?」

キエエエエエエエエ!

抱きかかえられた美佳帆の悲鳴に炎鳥の咆哮がかぶせるように響いてくる。

ふたりを追い、炎鳥は上空で旋回し滑空してきているのだ。

「無駄よ!逃がすわけないでしょ!」

疲労困憊の顔色であるが、紅音は二人に怒鳴る。

その時、階下からぞろぞろと同じ服を着た者達が一斉に駆け上がってきた。

「緋村支社長!能力を解除しなさい!」

「このクソ忙しい時にまた誰かきたのかよ?!・・あっ!」

聞きなれない声に紅音は顔を歪め声の方に向き直って悪態をついたが、すぐに表情を変えた。

「能力を解除しなさい!緋村支社長!政府特別捜査官の霧崎です。貴女の行っている行為は明らかな犯罪行為です!即刻能力解除し両手をあげてその場で膝を付いてください!」

霧崎美樹が「行けっ!」と一声号令すると武装した警官隊が、訓練された動きで紅音の周囲を包囲するように取り囲む。

「ちっ!」

紅音は大きな舌打ちをし、取り囲んでくる警官隊らを目で威嚇し周囲に近寄らせないように威圧している。

(こうなったら・・こいつらも消して口封じするしか・・)

発動させた紅孔雀を操りながらも、紅音は物騒な判断をした。

美佳帆を抱えたままの黒装束が着地したのを横目に、足を負傷した黒装束がすぐには動かないと判断し、霧崎達に紅孔雀を向けたのだ。

「正気なの緋村支社長!?・・仕方ないわ!発砲を許可します!!各自適時対応優先!狙えっ!」

紅蓮の意識が明らかに害意を持って自分たちに向き、上空を舞っていた炎鳥がこちらを狙って滑空してきていることに霧崎美樹は驚いたが、瞬時に決断して部下たちに指示し叫んだ。

霧崎の指示で、長めのトンファー型の警棒を携えていた武装警官たちは、いっせいに腰の銃に手を伸ばし紅蓮を照準に合わせ構えた。

「・・・ハエども!能力ももたないゴミ共がこの私に銃を向けたところで!」

紅音の目に殺意がみなぎる。

「撃てっ!」

危うしと判断した霧崎美樹は、周囲を取り囲む警官たちを一瞥した紅蓮を的とし、指示を飛ばした。

その瞬間パンッパンッ!と乾いた可愛い音が一斉にするが、可愛い音とは裏腹に普通の人相手であれば、当たり所によれば必殺の威力のある9mm弾が一斉に発射される。

「くっ・・っふ!ぅうっとおしいのよぉ!!」

紅音は炎鳥を操りながらも、周囲に熱風を巻き上げ、銃弾をほとんど弾き飛ばすが、すべてを跳ね退けることができず、腹部と肩にに1発ずつ受けてしまい、身体を捻って倒れ膝を付いた。

「ぐっ・・!・・霧崎ぃ」

銃弾を受けながらもすぐに立ち上がった紅音は霧崎を睨み上げる。

「緋村紅音!これ以上無駄な抵抗は止しなさい!」

武装警官に囲まれた紅音が周囲を威嚇し、歩みくる霧崎美樹が投降を呼びかけている。

「・・・美佳帆さんもう大丈夫や。紅蓮が生み出した鳥も当の本人があんな状態や。指示がのうなって動かへん。操られもせんとただ浮かんどるだけで、だんだん小さなりはじめたで?」

「そ・・そうね・・たしかに・・」

「あの捜査官・・霧崎美樹って名乗ってたな?」

「ジン君知ってるの?あの捜査官」

「噂だけな。話したことはない。・・融通効かへん堅物で、突出した能力と突出したおっぱいを持った警視庁の名物捜査官やって話や・・。しかし手負いとは言え、紅蓮を抑えられるほどの腕なんかどうかまでは知らん・・」

霧崎美樹は黒のパンツスーツに白のジャケットに身を包んでいるが、ジンの言う通り、その胸を包むジャケットのボタンははちきれそうなほどバストサイズは大きい。

「緋村紅音!無駄な抵抗は止めて能力を解除し両手を上げなさい!」

「はぁはぁ・・こんな邪魔が・・!」

発動した紅孔雀を解除してしまうと、折角費やした膨大なオーラを消失しただけになってしまう。

そうなると、残ったオーラであの黒装束と戦えるだけの力は残っていない。

目の前の武装警官共も容赦なく発砲してくるうえ、射撃の腕も正確だ。

そのうえ、目の前で油断なく睨みつけてくる霧崎美樹。

(たしか、こいつは宮コーもしつこくスカウトした能力者だったはず・・・)

紅音は霧崎を睨みながらやっかいな相手が増えたと歯噛みをした。

宮コーがスカウトをしたが、結局霧崎本人の強い意思で、政府組織に所属して悪を撲滅することを希望し、能力者による犯罪処理や警察内部の汚職捜査などを、通常の人間では手を出せない悪を殲滅する部隊の急先鋒となることを良しとしたのだ。

その正義感の塊である霧崎が紅蓮に対峙し真っ向から堂々と言い放った。

「緋村紅音!これ以上抵抗するなら・・。私が容赦しません!」

「容赦しないってどうなるの?・・この私相手にどうにかできると思ってるの?!」

「【霧散無消】!」

紅音のセリフが言い終わると同時に、霧崎美樹はもはや問答無用とばかりに、両手を上空の炎鳥に向けて何かを放った。

「くっ?!てめえ!」

炎鳥を操っている紅音は、炎鳥に練り込んだオーラが途端にごっそりと減少しだしたのが、手に取るように身体で感じ取れた。

紅音は焦った声を上げ、上空の炎鳥と霧崎を見比べ、霧崎に突進する。

「公務執行妨害も加わりますよ!」

「五月蠅いっ!」

衰弱したとはいえ、紅蓮の速度は神速を極めていたが、霧崎美樹は上空にかざしていた両手を卸し構えなおすと、がっきと紅音のパンチと膝蹴りを両手と右膝を使って受け切った。

「侵入者はあいつの方だ!てめえ警察だろ!?あれをとっ捕まえろよ!」

紅音と美樹の顔は10cmと離れていないその距離で、紅音は美樹に怒鳴り散らす。

「能力を使っての人身傷害行為は明らかに緋村紅音。あなたの犯罪です。あのものは不法侵入しただけに過ぎないのでは?それに、貴女は現行犯です。この被害も貴女の能力に起因するのは明らか。大人しくしなさい!」

紅音は急に現れた生意気な爆乳捜査官をそのまま蹴り飛ばそうと力を込めるが、オーラは枯渇気味なうえ、力を込めると銃弾を受けた腹部と左肩から目に見えて出血が酷くなった。

「くぅ・・うく・・こんな・・この私が・・」

思うように力の入らないうえ、思いのほか霧崎美樹の能力が強かったのにも驚いた紅音は、力なく呻いた。

紅音は蹴り飛ばすのは諦め自らが後方に飛び右手を突き出して火球を発射した。

周囲の警官隊は上官の警視正霧崎美樹に銃弾が当たることを怖れ、射撃できずにいる。

どおおおぉん!

火球が霧崎美樹に直撃し、紅音がぜぇぜぇと息を切らしている中、風で炎が切れたところに衣服が焼き焦げスス塗れになった霧崎が立っている。

「ちっ!やっぱりかよ・・(こいつも強い・・)」

「致し方ありません。実力でねじ伏せます」

鋭く舌打ちした紅音に対し、ススだらけとは言えほぼ無傷らしい霧崎美樹は紅音に向かって突進する。

宮川コーポレーション最大戦力の一人と謳われる紅蓮も連戦に次ぐ連戦で、今度も相手が悪すぎた。

昨晩から銀獣の稲垣加奈子、宮コー十指の良心である神田川真理、インテリクソメガネの北王子公麿。

先ほどは、菊沢美佳帆、斎藤アリサ、斎藤雪、伊芸千尋の四人組。

そのあとは得体のしれない忍者ルックの黒装束男。

そして、政府特別捜査官の霧崎美樹と戦いっぱなしである。

全員日本においては能力者としてはトップランカー揃いのメンバー相手に、紅蓮は一人でよく戦ったと言うべきなのだが、紅蓮はまだ勝負を捨ててはいない。

紅音が忍者ルックの黒装束男を始末するために紡ぎ言葉まで使って作った紅孔雀は、霧崎美樹の【霧散無消】という能力で、大半オーラを霧散させられており、術者からの指示もオーラの供給も途絶えたことからすでに消え失せていた。

切り札であった大技を無為に失ってしまった紅音は、オーラ的にジリ貧で霧崎美樹のような充実した能力者にはすでに対抗できるような状態ではなくなっていた。

「がぁ・・」

霧崎美樹のボディブローを受け紅音は膝を付くも、すぐに立ち上がるが膝が笑い、まっすぐに立てないでいるようだ。

そのうえ、警官隊の包囲の輪も縮まってきており、追い詰められた虎がだんだんと逃げ道を防がれるような様相となってきている。

「もう諦めなさい。これ以上は怪我が増えるだけですよ?」

手負いとはいえ今の紅蓮を体術で圧倒するほど、霧崎美樹は強かったのだ。

息も絶え絶えに、焼け焦げた床から視線を上げることも出来ないでいる紅音は、ガクリと再び膝を付く。

その様子を見て霧崎美樹は「捕えろ」とだけ武装警官たちにそう言い、紅音が警官たちに絡め取られ、手錠をかけられている様子を確認すると、警官の幾人かを伴い床にへたり込んだ美佳帆のところまで駆けてきた。

「怪我は大丈夫ですか?菊沢さん・・ですよね?もう安心してください」

「ど・・どうして私のことを・・?」

美佳帆はススにまみれた顔を向け、膝を付き怪我の様子を聞いてくるはち切れそうな胸の捜査官にそう聞きかえすと

「先ほどあなたの同僚たちにお会いしました。その時にあなたの救出を乞われたのです。聞いた服装と同じでしたからすぐわかりましたよ」

美佳帆は自分の服装がカットソーとデニムのホットパンツというわかりやすい服装を見て、苦笑し先輩思いの可愛い後輩たちに心中で感謝した。

「そ・・そうだわ!あの子たちは無事なんですか?」

美佳帆は彼女たちも大怪我をしていることを思い出し、爆乳捜査官に聞く。

すると美樹はすっと手をあげて美佳帆を制した。

美佳帆が美樹の様子に訝しがっていると、その美樹の手が緑色、眩いばかりの緑色の光を発し出したのだ。

「その光はっ・・」

美佳帆はその色に見覚えがあった。

千尋やスノウ、真理も使っている治癒の光であった。

しかし、霧崎美樹の光はそれまで見たものとは別なモノかと思われるほど鮮明で明るかったのである。

「あっ・・」

そんなことを思っているうちに、美佳帆が露出させているカットソーから覗く腕、ホットパンツから延びる脚にかざされ、ヒリヒリと痛んでいた火傷が嘘のように静まってゆく。

「まだ痛みますか?」

霧崎は相変わらず真面目くさった顔で美佳帆の顔を覗き込むようにして聞いてきたが、美佳帆はあまりにも簡単に引いた痛みが信じられない様子でフルフルと首を振った。

「それは良かったです。あの3人の方にも私が応急の治療を施してあります。念のために病院に搬送させていただきましたが、おそらく大丈夫でしょう」

「ほんとに?!ああっ!!3人とも?ああっ!ありがとうっ!あなた最高よっ!」

美佳帆のセリフに霧崎はいちいち力強く頷いていたが、不意に美佳帆が霧崎の首に手を回して感謝を身体で思い切り表現してきたことに慌てた声を上げた。

「わっ・・!落ち着いてください。それより先ほどまでいた黒装束の男はどこへ?お知り合いですか?」

「へっ?・・あら・・いない・・・?」

美佳帆は霧崎に質問されて初めてジンが消えていることに気が付いた。

「何者だったのですか?お知り合いでしょうか?なにかあの者について知っていることがあれば・・」

と霧崎が美佳帆に聞き始めた時、紅音を捕縛していた警官たちのほうで騒ぎ出した。

「離せっ!離しなさい!離せって言ってんでしょ雑魚どもがっ!」

紅音の怒号で美佳帆と霧崎がそちらに顔を向けた時、両手をチタン製の手錠で戒められた紅音がすでに武装警官たちを蹴り上げたところであった。

空中で武装した警官が3人宙に浮いて飛ばされている。

「くっ!しまった!」

霧崎がそう言ったとき、すでに紅音は霧崎と美佳帆に向かって手錠された両手を突き出し、残りのオーラを振り絞った大火球を放っていた。

【第9章 歪と失脚からの脱出 35話 黒頭巾の男の力終わり】36話へ続く
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筆者紹介

千景

Author:千景
訪問ありがとうございます。
ここでは私千景が書いた小説を紹介させて頂きたいと思います。
ほぼ私と同年代の既婚者が主役のものになるかと思います。登場人物同士が
つながりを持っていて別の物語では最初の物語の主人公が脇役を務める様な
小説全体につながりを持たせ想像を膨らませていけたらと思っております。
どうぞ宜しくお願い致します

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