第11章 人工島カジノ計画に渦巻く黒き影 3話< 悲しき再会/strong>
「・・・紅音」
佐恵子のかすれた声に菊一メンバーが色めき立つ。
「なっ?!」
1年前、宮川コーポレーション関西支社内で烈火を纏い美佳帆たちを追い詰めた悪鬼が、石黒実花の後ろに佇んでいたのである。
酔いも吹っ飛んだ美佳帆は立ち上がり、腰に差していた鉄扇を抜き払ってスノウたちを庇うように身構えて吼える。
「よくも顔を出せたわね!」
「紅蓮?!」
美佳帆があげた声に、座敷の間の入口にいる緋村紅音を確認した千尋が口元を抑え悲鳴に近い声を上げた。
千尋とアリサはあのときに、圧倒的な紅蓮の火力で致命傷を負わされたのだ。
間一髪で霧崎美紀らの救援が間に合ったとはいえ、喉を焼き切られた痛みを思い出し、千尋は無意識に熱閃で貫かれた喉を手で押さえて身を固くしてしまっている。
「な・・なにしにきたのよう!」
アリサも紅蓮こと緋村紅音に向かってそう言ったものの、彼女が掌から発した火柱に正面から飲み込まれたことを思い出し、両手で自分の肩をだき、身を縮こまらせていた。
すでに、宏と哲司も女性陣を背に隠すようして身構えている。
スノウも宏の背に庇われながらも、美佳帆と同じように鉄扇を構えて込み上げてくる動悸を抑えようと苦労していた。
酔っぱらっていたモゲですら、その顔に冷や汗を浮かべながらも震える千尋を、背に隠すように庇っている。
「おのれは・・、俺らをあんな島に送りこんどいて、ようまあ顔だせたもんやのう?!ええ?緋村紅音さんよう!」
モゲはそう挑発したものの、紅音は悪態に反応せず、無表情でそこに佇んでいる。
その様子に、モゲは恐怖とも怒りとも分らない理由で顔を引きつらせた。
「俺みたいなもんはアウトオブ眼中ってわけか・・?!」
モゲが広くテカった額に血管を浮かべてそういったところで、石黒が口を挟んだ。
「あらあら、予想通り紅音ちゃんは嫌われてるのねえ」
座敷部屋の空気の激変に、石黒実花は本当に少し慌てた様子で紅音を庇うようにして口を開いたのだ。
しかし、目の前にいる面々が、紅音の純粋な強さをわかっているためだろうか、紅音に誰も掛かってこないことを確認すると、落ち着いた所作で優しく続けた。
「紅音ちゃん。・・・ご挨拶しときましょうか?」
石黒は伏し目がちにそう言うと、紅音の背に手をまわし、場にいる面々の前に立たせたのである。
以前と変わらぬ姿、黑を基調とした宮コー指定のスーツに身を包んだ紅蓮こと緋村紅音。
元関西支社長で宮川佐恵子を目の敵にしている最強の政敵のはずだが、姿は以前と同じだが、纏う雰囲気や醸し出す空気感がまるで違う。
見た目に違う点と言えば、以前はきめ細かな色白な肌であったのが、今は日に焼けて、肌は小麦色になり、髪も若干傷んでるように見える。
しかし、大きな違いは見た目ではなく、紅音の纏う雰囲気自体が、依然とは全く違うのだ。
石黒実花の紅音を見る目に憐憫があるように見えたのを佐恵子は見逃さなかったが、それよりも紅音の様子が気になってしまう。
紅音の形の良い指先を彩っていたマニキュアはなく、爪は短く切りそろえられていた。
それに、普段の人を見下した、高慢ちきな雰囲気がまるで無い。
佐恵子はイヤな予感を押し殺す。
「まさか」という思いが勘違いであってほしいと祈りながら、固唾をのんで紅音の言葉を待った。
「佐エ子。久しブり。げんキにしてた?」
紅音のその口調を聞いた途端、佐恵子の淡い期待は彼方へと吹き飛んでしまう。
「紅音・・!」
紅音の第一声を聞いて、佐恵子は一気に涙目になり口を覆ってそう言うのがやっとであった。
「石黒常務!?紅音に・・紅音を!・・貴女という人は!!」
石黒の能力を知る佐恵子は、顔を赤くして石黒に詰め寄る。
石黒の両肩を掴み、佐恵子は右目を黒く灯らせて血相を変えて怒鳴ったのだ。
「・・お嬢様。私も好きで紅音ちゃんをこうしたのではありませんよ。本当に残念です。同期の桜で、紅音ちゃんは否定するでしょうけど、私の親友でもあるんです・・・紅音ちゃんをこんな風にしてしまうのは私も・・お嬢様と同じ思いですわよう」
そう言った石黒の眼にも涙がこぼれんばかりに溢れていた。
アイラインで真っ黒の目尻に大粒の涙が伝う。
「石黒常務・・・。説明してくださるかしら・・?」
佐恵子は絞り出すような声でようやくそれだけ言って、屈託ない顔をした紅音から堪らず眼を逸らせる。
「はい。社からは正式な社名を帯びてこちらに参りましたが、お嬢様に紅音ちゃんを合わせたくなって、予定より1日早くこちらにきたのですから」
石黒常務は、人工島NANIWAマリンピアの落成式に、役員として出席する予定であることは佐恵子も事前に聞いていた。
だが、洋上プラントの維持運営に多忙を極める彼女がたった1日とはいえ、予定を早めるのは相当スケージュールを無理したのだと佐恵子も理解できる。
佐恵子は「こちらに」と言って、石黒実花を自身の席の隣に誘うと、一同に向かって言った。
「みなさま大丈夫ですわ。ご紹介いたします。こちらは本社常務執行役員の石黒実花さまです。加奈子や真理以外は初めてですわよね?石黒常務はわたくしの叔父である宮川社長の秘書主任も兼ねております。そのうえ、普段は太平洋に敷設された資源採掘プラント「パシフィック・ベース」の責任者という重責を担っておりまして、当社になくてはならない人材のお一人ですわ。そして、わたくしの先輩で・・・こちらの紅音の同期の方でもあります。このメンバーに伏せておいても仕方ありませんから言ってしまいますが、彼女は宮川十指の一人、幻魔の二つ名を持つ能力者ですの。・・・はっきりいって石黒常務の立場は、派閥という観点からみれば、私の協力者というわけではございません。その石黒常務がこの場にあえて来られたのはそれなりの理由があると思います。ですが、それだからこそ今日は危険なことはありません。みなさま・・突然の余興に驚いたとは思いますが、どうか気にせず・・そのままお楽しみください」
佐恵子はそう口早に説明をすると、緋村紅音を伴った石黒実花を自身の席の近くに座らせ、目配せで加奈子と真理に来るように呼んだのである。
「真理も加奈子も久しぶりねえ。仕事は忙しいけど、たまの休暇になっても本土に帰って往復するには大変だし、パシフィック・ベースは釣りや日光浴ぐらいしか娯楽がないからなかなか・・ねえ。休暇の日には真理も加奈子もたまには遊びにきなさいよう」
傍に座った二人の秘書主任に対して、石黒はできるだけ表情をやわらげて声を掛ける。
「お久しぶりですね。石黒常務」
「ええ、ですがパシフィック・ベースには、他部署の者はそう簡単に降りられないと聞いてますが・・?」
真理も加奈子も、来訪の意図がわからない対立派閥の中核人物の真意を読みかねてか、表情を硬くしてそういうのがやっとである。
ましてや、すぐそばには命をかけて戦った紅蓮も座っているのだ。
異様すぎる組み合わせである。
「あなたたちが来るのなら歓迎しなくちゃだからなんとかするわよう。でも来てくれる時は事前に連絡してね?プラントはすっごく広いから私も走り回ってるのよ。一人で目を光らせるのはなかなか大変よう・・。まあ、紅音ちゃんが来てくれていまは大助かりなんだけどね」
石黒も会話がスムーズに進むようにと配慮してのセリフを二人に返す。
佐恵子、真理、加奈子、そして石黒実花と緋村紅音がお互いの顔を突き合わせるようにして、席を囲んでいる。
その輪の外側で、佐恵子の後ろに最上凪も腰を下ろした。
しかし、それ以上世間話をするのは無理だと思った実花は、本題を切り出す。
「・・・紅音ちゃんが、お嬢様に会いたいとしきりに言うので連れてきたのよう。こういう機会はめったにないしね」
「佐エ子。ほンとうにひさしブり。髪きっタのね?いめちぇン?ワたし、佐エ子ハ髪ながイほうがすキだわ」
小柄で愛らしい顔をした緋村紅音そのものであるが、以前のような人を見下すトゲトゲしさと威圧感はまるでない。
短くなった佐恵子の髪を紅音が、両手を伸ばして触ってくる。
「紅音・・」
明らかに依然と違う紅音の様子に、佐恵子は心が絞めつけられる。
佐恵子と紅音はお互いにいがみ合っていた。
紅音のほうがほとんど一方的に佐恵子に絡んでいたと言った方がいいのだが、佐恵子は紅音のことを大いに認めていたのである。
紅音は、佐恵子を「七光り」と呼び、数々の嫌がらせをしたものの、結局佐恵子のことを紅音も認めていたのだ。
皮肉なことに紅音は実花の【鏡面桃源郷】という技能で、ほぼ自我を失ったが故、素直な気持ちが表すことができているのだ。
「佐エ子。なゼ泣いテる?アカねはひさしブりに佐エ子に会エて、うれシ。佐エ子も、ヨロ・・よロこベ・・?・・うん・?・・うれシ・・?うれシめ」
膝にある紅音の手の上に、手を重ね佐恵子は溢れる涙を止められなかった。
佐恵子は、目の前にいる紅蓮に大切な部下を殺されかけたのだから、この場で緋村紅音がこうなってしまったことに対して涙を流すのは、立場上ダメだと重々わかっている。
しかし、わかっていたが我慢できなかった。
義眼である左目からも、涙腺は残っているため涙が溢れている。
実花もあの佐恵子が泣いていることに驚き、少しだけ鼻をすすっていたが、「ふぅ」と短く息を吐くと、たんたんと話すべきことを口にしだしたのであった。
真理と加奈子は石黒実花の話を、一言も聞き逃さぬよう神経を張り詰めていたし、佐恵子も無遠慮に目に光をともして、石黒実花の言葉の真贋を凝視していた。
はっちゃけた雰囲気だった二次会は、静かに杯を傾ける場になり、佐恵子たち以外は誰もが無言で、聞き耳を立てていた。
二次会解散後-
乗り込んだハイヤーの後部座席で脚を組み、窓ガラスに肘をついて佐恵子は物憂げに流れる夜景を眺めていた。
護衛も兼ね、住まいが同じである凪と加奈子と真理も同乗しているが、誰も一言も発しない。
打ち上げ時のはしゃぎぶりが、嘘のようであった。
ハイヤーの静かなエンジン音と、過ぎてゆく景色の光と影が車内を不規則に彩るばかりである。
誰も何も口を開かないまま、マンションの地下の駐車場についてしまう。
運転手も雰囲気を察してか、何も言わず運転席を降り、丁寧な仕草で後部座席の扉を開けた。
その時である。
運転手が小さく狼狽の声を上げたのだ。
「誰だ?!」
その声に、沈痛な面持ちだった面々も僅かに気配がある方へと目を向ける。
「丸岳部長?」
車から降りた佐恵子が、意外な人が突然ありえないところに現れたことに驚いたが、すでに酔いから醒めた顔には、普段の鉄面皮で取り繕っている。
「紅音のことでいらしたのですね?」
そう聞いた佐恵子に対して、オールバックの長髪、大きな身体の丸岳は深々と頭を下げた。
「お嬢様。私はもう部長ではありません。辞職してまいりましたので」
「辞職を?・・なぜです?」
丸岳の開口一番の言葉に、佐恵子は湧き出た怒りを抑え、無表情で聞き返す。
「紅音があんなことになってしまったのなら、紅音にはいままで以上に支えてくれる人が必要ですわ。それには丸岳さんが一番だと思っておりましたのに・・・。紅音がああなってしまったから、手に余る・・紅音には興味を失ったということですか?」
怒りを極力抑えながら聞く佐恵子は、丸岳の感情を読み取ろうと目に力を集中させかけたが、夜も更け、色々とあったためにもうオーラは底をついていた。
「紅音を・・見限るのですか?そんなことをわざわざ言いに来たのですか?」
佐恵子は枯渇したオーラを恨めしく思いながらも、手を握りしめ怒りを抑えて聞き返す。
「このようなことを言えば、笑われることは承知のうえで参りました」
丸岳は佐恵子の問いかけには答えず、再び頭を下げたかと思うと、その場に膝をついて頭を地面に打ち付けたのだ。
「緋村を!・・紅音を!救ってやってほしい!お願いいたします」
油気のない長髪が、駐車場の床に付くのもかまわず、丸岳は土下座をしてそう言ったのだ。
その様子を佐恵子は無言無表情で見下す。
どう救うのか。
あの状況の紅音にとって何が救いになるのかを佐恵子は頭の中で、めまぐるしく熟考反芻するが、やはり答えは出ない。
丸岳の言う救いとは、紅音の為の救いではなく、丸岳自身の救いになるだけの話しではなかろうか?
そういう思いが交錯し、佐恵子は即答できずにいたのだ。
「ちょっと調子よすぎるんじゃないの?丸岳さん?私たちにずいぶんなことしてたのにさ」
そのとき、丸岳を警戒していた加奈子が、ずいっと歩み出て冷ややかに言ったのだ。
「緋村さんの状況は聞きました。しかし、救うといってもどうするのです?何か手があるのですか?」
真理も加奈子に同調するように切り出す。
先ほどの話しで、緋村紅音の症状を石黒実花から聞いてしまっているのだ。
紅音は政府組織に属する霧崎捜査官の能力によってオーラを一時的に封じられた挙句、低位の能力者4人に6時間以上かけてレイプされたのだ。
さらに、その様子を撮影され、香港三合会が運営している非合法サイトでその痴態を販売されている。
現在、宮コーの全精力を上げて、そのサイトへとサイバー攻撃し、ダウンロードはもちろん、閲覧ができないように妨害しているが、すでに相当の者が紅音の痴態を見てしまっている。
既に購入してしまったものが、ネットに拡散するような行為をした場合は、宮コーの全力を挙げて、そのモノを探し出し、手を下すという非情ぶりだ。
これは紅音の為という意味合いではなく、宮コー本体の威信が揺らぐことを宮コーの役員連中が恐れたからであるが、紅音にとって少しは救いである。
しかし、紅音のようなプライドの高い女にとって、この一連の事件は紅音の心を壊すには十分すぎたのだ。
紅音は拒食症に陥り、躁鬱を繰り返して、命が危ういところまで衰弱してしまったのである。
どんな治療を施しても、紅音の心の病は癒えず、ついに極秘裏に処方が行われたのだ。
暗部に転属。
【鏡面桃源郷】は事実の記憶を消し去り、都合のいい嘘で埋める技能。
厳しく辛い現実よりも、甘く優しい嘘で傷口を負おう幻覚術である。
ただし、副作用も大きい。
暗部の面々たちがそうなったように、紅音も自我を失ってしまっているのだ。
本社の宮川誠以下の組織で話し合いが行われ、紅音にとって最良の救いという行為自体が、【鏡面桃源郷】という結果なのだと石黒も言っていた。
紅音に能力を使うのは、石黒も断腸の思いだったことも、佐恵子はこの目で確認している。
真理も加奈子も、紅音にとってそれが最適だろうと、複雑な心境ながらも納得していたのだ。
この状況で、緋村紅音をどう救うと言うのか。
「丸岳さんはどうしたいのです?」
佐恵子は、答えを推測しながらも丸岳に促す。
「紅音を石黒から、いや・・宮コーから逃がす・・。それしか紅音を救ってやる方法はない・・・!石黒は悪魔だ!洋上プラントでの作業は過酷を極める。なぜなら本土から遠く離れた治外法権の場所。それに、あのプラントで働く石黒の部下はほとんど【鏡面桃源郷】の支配下にある。そうでなければ、あの過酷な環境で精神を病む者が続出するからだ!」
丸岳が話す内容に、佐恵子は首をかしげる。
佐恵子の予測とは違うのだ。
「石黒常務が話していた内容とはずいぶん異なりますわ」
「あの女の言うことは信用できない!」
普段沈着冷静な丸岳らしからぬ強い口調で吐き捨てる。
「わたくしは目を使ってみてましたのよ?断じて石黒常務は嘘を言ってませんでしたわ」
佐恵子は冷静な口調で返す。
「そうか・・・。なるほど・・。石黒にはもはや人としての最低限の人格もないということだな!」
「どういうことです?」
佐恵子は、眉間にしわを寄せて丸岳の様子を伺う。
「人を人と扱わずとも、良心の呵責がないのだ。だからこそ、平然とあのようなことをやらせられる。魔眼で見られても心が揺れないのだ・・。感情に両親の呵責がない?それほどあの女が人を家畜のように思っているのだろう。・・・洋上プラントで働いている人間がどんな様子なのか宮川支社長はご存じないのか?」
「・・・昨年も、これまでもずっと無事故と報告が上がっておりますし、当初は僅かであった資源採掘も昨年から他国も無視できない採掘量になってまいりましたわね」
佐恵子は、丸岳の言わんとせんことを読み取ろうと、もしかすれば紅音にとって最適なことは他にあるのではという期待から、辛抱強く耳を傾けることにする。
「俺が言っているのは、そんな紙の上の報告のことではない!現場に従事する者たちが、どんなことをしているのか知っているのか?と聞いているのだ!紅音がどんなことをさせられているのか知っているのか?!」
「口が過ぎますよ丸岳部長!・・いえ、もう部長ではないのでしたね。それでも、口の聞き方には気を付けてください」
加奈子が丸岳を窘めるが、丸岳は加奈子に一瞥くれると、もどかしそうにジャケットの懐に手を入れた。
その動きに加奈子が反応して、丸岳の手を素早く抑えたが、丸岳は手を掴まれたまま薄く笑って口を開いた。
「稲垣。武器などださんよ。魔眼に銀獣に菩薩、それに蜘蛛までいるのだぞ?・・俺一人ではどうにもならんのは痛いほど俺がわかってる。それに、そんな気は微塵もない。・・カードだ。ゆっくり出す。安心しろ」
丸岳はそう言って、加奈子に手を掴まれるにまかせて、掴んでいるSDカードを佐恵子に見えるように、見せてきた。
「これを見てくれ。そうすればわかる」
丸岳はそう言ってカードを差し出してつづけた。
「紅音を・・助けてやってくれ。紅音を俺だけで連れ出し助けてやりたかったが、あの洋上プラントには容易に近づくことも難しい。ましてや、あの幻魔石黒実花を相手にとなれば俺一人では手に余る。・・・石黒が紅音を連れてここに来た今がチャンスなのだ。この人工島が完成すれば、石黒は落成式に参加せざるを得ない。当初は落成式に向かう石黒不在のその隙を突いて、プラントに侵入し、紅音を逃がす1年かけた計画だったが、石黒は紅音を連れ出した。立てていた計画はパアになったが、これはこれで好都合でもある・・・。知っているんだ!アンタも紅音のことを心底嫌っているわけじゃないことはわかってるんだ!頼む・・!頼む・・・!あんな仕打ちをあの紅音が受け続けているなんて、我慢できない!頼む・・・」
駐車場の床に頭を付け、丸岳は肩を震わせて嗚咽を上げた。
真理と加奈子が佐恵子の判断を伺うように顔を向ける。
「そのカードに丸岳さんの見せたいものがあるのですね?」
「そうだ!見てほしくないが・・・見てもらえれば・・貴女も憤慨するのは間違いない」
「・・・丸岳さんの思った結果にはならないかもしれませんよ?」
「・・それでもいい!貴女に見切りを付けられる!」
「ふん、囀りますわね・・。いいでしょう。とりあえず、見せていただきましょう。私も見てみたくなりましたわ」
静かにそう言った佐恵子は、蹲った丸岳に歩み寄ると、膝を折りその肩を撫でてやったのである。
「しかし、丸岳さん・・紅音のことを本当に想ってらっしゃるのですね」
叔父の宮川誠と紅音の関係を間近で知っていたはずの丸岳の心中を察した佐恵子は、丸岳を慮ったのだ。
しかし真理と加奈子は、丸岳が佐恵子に何かしないかと警戒していたが、その心配は杞憂であった。
【第11章 人工島カジノ計画に渦巻く黒き影 3話< 悲しき再会 終わり】4話に続く
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