「卓也っどうした元気がないじゃないか?」
高校時代からの同級生で部活も同じインターハイでは
共に全国大会の団体優勝のメンバーであった斎藤幸治が
俺の動揺に気づき声をかける。
今、俺たちは正規の捜査としてではなく大塚さんの
下で独自に橋本一派の捜査を行っているので出勤するのも
大塚さんの隠れ家的なマンションが捜査本部となっている。
今ここには橋本一派の幹部的存在であった水島と言う
男を捉えたまま、逮捕もすることができずに軟禁しているので
俺たち男性捜査官が最低2人はマンションに残り見張りを
する事になっている。
そして今一緒に捜査をしてくれている
菊一探偵事務所の人たちも今日は皆出払っていて
不在であるので今日の見張りは俺と斎藤の2人である。
「いや・・・そうか?
そんな事はないぞ」
俺は斎藤の言葉にそう答えた。
明らかに斎藤が言う通り保奈美の事が心配で元気も無いし
杉の奥さんである桜子や同僚の神谷刑事の今日の行動予定を
張慈円に売った事による動揺もあり、平常心では無いのは
確かである。
そしてもしかしたら、桜子や神谷さんが奴らに捕らえられ
動画で見せられた保奈美のような目に合されるかもしれない
と思うと居てもたってもいられないし、そんな事になれば
杉や大塚さん、荒木さんまで人質を取られた事になり
状況は完全に悪化する。
最悪の事態を招きかねない事を俺はしてしまったのだ。
平常心で居れるはずがない。
「ハハッそうか?
それなら良いんだが・・・
あっそういえば愛子から
聞いたが近藤さん実家に帰ってるんだって?
それでお前まともなものが食べれずに
元気がないのか?」
斎藤が俺の分のコーヒーも入れて来てくれ
俺が座る椅子の前にあるテーブルにカップを
置きながらそう言った。
愛子とは旧姓別所さんで俺たちの同級生で学校は違ったが
部活である柔道で知り合い、今では斎藤の奥さんだ。
そして近藤とは俺の妻の保奈美の旧姓である。
別所さんは桜子づてで聞いたのか?
桜子が俺にうるさく保奈美はどうしたの?
連絡がつかないってしつこく言ってくるので
俺は実家で急用ができて一時だけ帰っていると
言ってあったがそれが桜子から別所さんに
伝わったのだろう。
「あっあぁ・・・
そうなんだよ。
さすがに毎日カップラーメンじゃ
力が出ないなぁ~ははっ」
俺は話を合わせておくために笑いながら
そう言ったが顔は笑っていなかっただろう。
「そうか・・・
じゃあ今日はここが交代に
なればうちに来いよ。
愛子に何か作ってもらうよ。」
「あぁ・・・すまんな斎藤・・・」
「・・・・・・」
斎藤もさすがにのりの悪い俺を不審に
思っていたであろうがさすがに今は芝居でも
のりを良くできるようなメンタルでは
無かった。
そんなやりとりを俺と斎藤がしていると
マンションの電話が鳴る。
リリリリリ・・・
「はい。」
はい斎藤ですっ!
荒木さん!?
どうしましたか?
落ち着いて・・・
はいっ・・・はい・・・
えっ!?
はいそれで・・・
はいっ
いえっこちらには神谷さんからは
まだ何も・・・
えっ?」
電話は斎藤が取ってくれた。
どうやら相手は今日、神谷さんとツーマンセルで
捜査に出ている荒木さんだ。
荒木友恵刑事は大塚さんの婚約者でもあり
今回の橋本一派の捜査に関してはかなり初期から
大塚さんと神谷さんと3人で動いていた人で
クールでキツイ神谷さんとは相反して温厚で柔和な
性格でまだ若いが、この捜査チームの母親的存在でも
ある人だ。
その荒木さんが今電話を受けている斎藤の反応から
見てもかなり焦って話しているようである。
もしかしたら神谷さんに何かあったか?
そうすれば俺のせいだ・・・
俺は今日の神谷さんの捜査ルートを張に漏らしていた。
しかし狙うなら荒木さんだろ?
どうして神谷さんを・・・
あっそういえば、まだ橋本一派が数々の殺人事件に関与しているんじゃ
ないかという疑いがあった初期の頃、俺たちがこの町に配属になる数か月前に
大塚さんが話していたが、橋本を尋問した事があったらしい。
その時にのらりくらり話を交わす橋本が神谷さんに心を見透かした
ような失礼なセクハラ発言(内容までは聞いていないが)をした
時にクールな神谷さんがキレてしまい、橋本のこめかみに銃を
向けたという話を聞いたことを思い出した。
その事から橋本が張を使い神谷さんに復習する為に神谷さんを
捕らえるよう指示したのか?
「荒木さんっ!!
えっ?はいっ・・・
すぐに近くにいる豊崎さんと三出さんに
連絡しま・・・あっ・・
ちくしょう!切れたっ!」
俺が心配そうに斎藤の横に行き
斎藤の電話のやり取りを見ていると
斎藤は電話の受話器をガチャッ!と壊れるかと
思うくらいに強く戻す。
その音に責められているかのような気になり
俺はビクッとしてしまった。
「卓也っ荒木さんと神谷さんが襲撃されたっ!
しかも大人数での不意打ちだっ!
荒木さんが言うには気づいた時には港区の橋本所有の貸倉庫周辺で
囲まれていたらしい。
待ち伏せか?
2人の行き先を知っていたとしか思えん・・・
すぐに豊崎さんに応援要請をかけなければ・・・」
そう言って斎藤はすぐに菊一探偵事務所の豊崎哲司さんに
連絡をする。
俺は斎藤の話を聞き顔から血の気が引いて行く自分に気づき
ふらふらとトイレに向かっていた。
《第7章 慟哭 31話 妻か仲間か 粉川卓也 終わり》
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