【悪魔の巣窟~オルガノ105室~楠木咲奈】
ぼんやりとではあるが意識はあった。おそらく同僚の雨宮雫も私と同じように車に荷物のように載せられたのだろう。私のすぐ近くに、雫のものと思われる呼吸音が聞こえたていたからだ。
私の手足は拘束されているのか、怪我でもして身体がうまく動かないだけなのかわからないが、ほぼ動かせない。身体の痺れと倦怠感が酷い。
それに視界は真っ暗なのは、私の顔にはすっぽりと黒い袋が被せられている為のようだ。おかげで自分の呼吸で、暑苦しいし、息苦しい。
意識は朦朧としていて、記憶はとぎれとぎれだか、暗い視界の中、車で運ばれているのであろうことは推測できた。どのぐらいの距離を車で移動したのかはよくわからない。
時折、片言の日本語と、おそらく中国語と思われる言語での会話が耳に入る。内容はほとんど聞き取れなかったが、男たちは口々に不平らしきものを言っていた。
「マタ、オレタチニハマワッテコナイ」
「シタッパハ、キケンナシゴトバカリ」
かろうじて聞き取れた片言の日本語の内容はその程度だ。何かの事件に巻き込まれてしまったようだが、私達はいったいどうなってしまうのだろう。
人から恨まれるような覚えは全くない。
人違いで襲われたのだろうか。それとも無差別に女性を襲っているだけなのだろうか?後者の理由だとすると、問答無用でお先真っ暗だ。
きっと、雫も一緒に車で運ばれているのだろう。こんな映画やドラマの展開のような出来事が自分に降りかかってくるなどとは馬鹿げている。
しかし、摩耗し混濁した意識のなかでなぜか冷静に、これからの自分がどうなってしまうのかを考えてしまう。これから自分たちに降りかかってくるかもしれない、様々な想像と不安が頭のなかによぎる。
両親にもずいぶん会ってないなぁ・・・。
せっかく上場企業に就職できたのに、就職してからはほとんど会えてない。年末年始やお盆にもっと時間を取って帰ればよかった。
・・・このままお別れになっちゃうの?・・・そこまで考えると涙があふれてきた。
「うっ・うっ・・・・・」
自然と嗚咽が口から洩れてしまう。
「シズカニシテロ!」
片言の日本語で怒鳴られると同時に、記憶に新しいさっき聞いた音がした。
バチン!!
「きゃあああああああああああ!!」
私の顔のすぐそばで大声が聞こえる。
雫の声だ!
悲鳴だけでなく隣で暴れていて、ドタドタと雫の脚や体が車の床や、私の背中や頭に当たる。
「オイ、コエヲダシタノハ、コッチダゾ」
「ソウナノカ?・・・コッチカ」
バチン!!
「きゃああああああっっ!!」
今度は私の声!脇腹に堅い物を押し当てられ、そこから全身に激痛が走る。私の泣き声で間違えて雫が先に折檻されたんだわ・・。
私と間違えられて・・ごめん・・。雫・・。
袋を被せられ、車の荷台に横たえられたまま、痛みで気を失い、意識がブラックアウトする。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・
・・・
・
「そこだ、そこに座らせろ」
すぐそばで、声が聞こえたせいで意識が戻る。
どうやら両脇を抱えられ、椅子に座らせようとされているようだ。
椅子らしきものに腰掛けさせられると、顔に被せられていた袋が乱暴に取り払われる。
自分の呼吸で暑苦しくなっていた顔に涼しい外気が気持ちいい。しかし急に袋を取り払われたため、かなり眩しい。
両手は背中で手錠をされているようで、顔を覆うこともできない。
眩しさで目をくらませていると、パシパシ!と左の頬を軽く打たれる。
「う、、うう・・」
眩しさと、頬を打たれる衝撃に呻いてしまう。
どういった状況なのか・・海外にでも売られてしまったと思ったが、まだ日本っぽい。
ようやく目が慣れてきて、見える範囲の家具や調度品は何となく親しみのある日本で販売されていそうなものに見えたからだ。
「おー、なかなかじゃん。若いって聞いてたけど、上出来、上出来。二人揃って当たりだな」
私の正面には、中肉中背で20代半ば、私達とそう変わらない年齢に見える男が、私の顎を掴み、機嫌よさげな声で、品評するかのような発言をする。
隣を見ると、同じように座らされた雫と目があった。雫も背中の後ろで手錠をされて拘束されている。
「雫!」
「咲奈!」
思わず、お互いに名前を呼び合う。無事な雫の姿が確認できて、少しだけ安堵する。雫も同じ思いだったのだろう。私に目を合わせて、うんうんと頷いている。
「へー、君が咲奈ちゃんで、そっちが雫ちゃんか。いい名前だな」
目の前の男の発言に口を噤む。今更名前ぐらい知られてしまっても、仕方ないのだが、できるだけ個人的な情報は渡さないほうがいいいと咄嗟に考えた結果だ。雫も黙ってしまっている。
「キジマサン、ワタシウレシイネ。コノオンナタチ、ホントウニ、スキニシテモ?」
筋肉質で大柄な黒人の男が、黙った私たちを舐めるように見まわしながら、木島と呼ばれた男に聞いている。
え?・・・好きにする?
片言の日本語なので私の聞き間違えかもしれないが、いま確かに、(この女たち、本当に好きにしても?)と言ったように聞こえる?
「おお、アレン、もちろん構わないぜ。部下には寛大なのが俺の流儀だ。喜びは部下にも分け与えねえとな」
「アリガトウゴザイマス。サスガ、キジマサン、ハナシガワカル」
大柄な黒人の男はアレンという名前らしい。大柄な体を小さくして、木島に向かって頭を下げている。
なに勝手なこと言ってるのよこいつら・・・と思っていると、
「勝手なこと言わないでよ!」
木島とアレンに向かって、声にだして雫が叫んだ。
木島は雫をつま先から頭のてっぺんまで、まじまじと眺めると
「ん わかった。じゃあ、最初はお前からな」
木島はそう言うと、雫を立たせようと肩を掴む。
「い、いや!なんで・・こんな!さ、咲奈・・!助けて!」
黒人の大男のアレンと木島に挟まれ、奥の部屋に連れて行かれそうになる。
止めようと、立ち上がりかけると、手錠は椅子に固定されていたようで、ガチャン!と金属音がしただけで、椅子から離れられない。
このままじゃ雫が連れて行かれちゃう!何とか木島とアレンを止めようと再度椅子から立ち上がろうと無駄な努力をして、手錠が手首に食い込み痛みで顔をしかめる。
「だ、、だめ!」
痛みに構わず、木島とアレンに叫ぶ。
「やめておいたほうがいい」
部屋の入口のほうから、低いが、よく通る男の声がした。
声に釣られて、部屋の入口を見ると、細身で長身の男が、入り口のドアの隣の壁に背を預けている。身長は180cm近くあるだろうか。紺のカッターシャツを第二ボタンまで開け、黒のゆったりとしたスラックスを履いている。
両手はスラックスのポケットに入れられているが、その佇まいにどことなく隙がない。見た目は俳優の三浦春馬君に似ているが、肌の色は褐色だ。もっとも、俳優ですと紹介されても通用しそうなぐらいのイケメンであることにかわりはない。
顔に被せられていた袋を取られたときには、たしかそこには人はいなかったと思うんだけど・・・。
こんな場面で、正義の味方が現れたのかしら?などと、都合のいいほうに頭が解釈しようとする。
「・・・おい、劉。そりゃどういうことだ?今のは俺に言ったのか?ああ!?」
木島が劉と呼んだ男に向かって凄む。
「そうだ、お前に言った。ボスからの指示では、この女達は後日交渉に使うと言っていた・・・。あまり勝手なことはしないほうがいい。交渉材料の価値は損なわないほうがいいだろう」
凄む木島に慌てる様子もなく、劉と呼ばれたイケメンは静かに答えた。
「・・・んだとぉ!?ボスってのは兄貴のことか?!それとも張慈円のことか?!ええ?!」
木島が顔を赤くし、劉に向かって更に凄む。
「どっちもだ。ともかく忠告はした」
慌てた様子もなくそう言い、壁から離れると、木島とアレンに背を向け、部屋のドアに向かい部屋から出て行ってしまった。
「劉!俺にそんな態度とりやがって!後で後悔するぞ!」
木島はこれ以上にないというぐらい顔を赤くして、劉の後ろ姿に怒鳴ったが、もう劉と呼ばれた男の姿は、すでに見えなくなっていた。
・・・・正義の味方だと思った自分が馬鹿だった。悪党の内輪揉めだ。私たちの状況は変わらない。イケメン=正義の味方という公式は成り立たなかった。
絶望感に打ちひしがれたのは雫も同じようで、がっくりと項垂れている。雫も期待したのだろう・・。
雫は、顔を真っ赤にしたままの木島とアレンによって奥の部屋に連れて行かれてしまった。
私はそれをただ見ているしかできなかった。
「雫・・・・」
手錠で椅子に拘束され、座ったまま項垂れた格好で呟く。
主任・・・稲垣先輩・・・支社長・・・。支社でも強烈な個性を発する人たちの顔が浮かぶ。
こんな悪党集団の暴力に対抗できるはずもないはずだが、あの人たちなら何とかしてくれそうな気がしてしまう。
お願い・・・誰か助けて・・。
私が心の中で今身近で最も頼りがいのある人たちの顔を思い浮かべ助けを請う気持ちを念じていると絞められたドアの向こうから、雫の反抗を示す声とも悲鳴とも聞こえる声が聞こえて来て私は固く目を閉じたのは、本来は塞ぎたい耳を塞ぐ術が無かったからである。
【第8章 三つ巴 5話 悪魔の巣窟~オルガノ105室~楠木咲奈】おわり第8章6話へ続く
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