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第8章 三つ巴 15話 強者と強者の接触 


第8章 三つ巴 強者と強者の接触 


人の背丈ほどある大きな木箱や、白い麻袋が乱雑に積み上げられ、薄暗い灯りを途中で遮断してしまう。

天井につるされた照明の灯りだけでは、この倉庫の広い空間すべてを、満足に照らし出すことは難しいようだ。

報告を聞き終わった張慈円は、もともと目尻の吊り上がった鋭い顔を、更に厳しい表情に変え、大きく息を吐き出した。

沈黙が数秒続き、張慈円以外の皆の表情も自然と硬くなる。

「お前たち、つけられてはないな?」

コツコツと足音を響かせ、先ほど逃げ帰ってきた面々の顔を、横目で観察しながら、張慈円が問う。

「は、はい!俺が運転してたんですけど、つけられてる様子はありませんでした。それに、ここに来る前に、街中を何度も迂回したり、回り道をして攪乱してきました」

直立して背筋を伸ばし、答えたのは茂部天牙(もぶ てんが)であった。張慈円とは何度か面識のある茂部ではあったが、張慈円と言葉を交わすのは初めてである。

「ちっ、マヌケめ。あちこちぶつけたキズだらけの車で、街中をほうぼう走り回ったというのか?その黒スーツの女どもだけに、気を付けていればいい、というものではないのだぞ?」

「す、すいません!」

褒めてもらえると思った浅はかなモブは、絶対強者のボスに冷水のような言葉を浴びせられ、声を裏返して謝った。

「すいません、ボス・・俺が居ながらこの様です。正直逃げるのがやっとでした。モブがいなけりゃ逃げるのも難儀したはずなんです」

「ふむ・・・まあ、仕方ない。そもそも、宮川に手を出したのだからな・・・。奴らは手を引くまいよ。木島め、面倒ごとを残してくれた」

やや草臥れた表情で劉が、モブを庇うように話に入ると、張慈円からどす黒く立ち上る気配が若干緩んだように感じた。

張慈円も、先ほど口の悪い関西弁の男二人を相手にしてきたところであった。
二人がかりではさすがに苦戦し、左腕を負傷してしまった。

その様子を部下たちには見せず、不自然にならないよう負傷した左腕を軽く触る。

僅かに眉を顰め痛みに耐えるが、骨にヒビが入ってしまったようだ。

できれば、今日はこれ以上の戦闘は避けたいところだな。と、張が思っていると、劉が口を開いた。

「・・どうします?」

意味深で曖昧な聞き方をする。

この場にはアレンもモブもいるのだ・・。大別すると張慈円も劉幸喜も、橋元一味という括りでは同じであるが、アレンやモブはもともと木島健太の子飼いの者たちだ。

今後、保身のためにどのように報告されるかわからないし、同じ組織内とはいえ信用はできない。

「橋元社長には俺から報告をしておく。お前らはしばらく待機して回復に努めろ。そっちに食い物と、少しだが薬もある」

張慈円がそういうと、モブは「はい」と返事し、アレンも木箱に座り一人ブツブツ呟いていたが、「ワカリマシタ」とそれぞれ了解し、張慈円が顎でしゃくった方向に歩き出す。

背を向けて歩き出した二人を確認すると、張慈円は劉に向かってこっちに来るよう目配せした。

「劉、あと1時間ほどで私に客がある。その者との用が済んだらここは引き払うぞ。あの二人にも準備させておけ。客がきたら、二人は遠ざけておくのだ」

張慈円は、近づいて耳をそばだてる劉にだけ聞こえるように、小声でそう伝えると、劉幸喜の返事を待たず、背を向けスマホを取りだし、耳に当てる。

劉は、ボスである張慈円にいろいろ聞きたかったが、怪しまれないようすぐに、アレンとモブのところに戻ると、モブの隣に座った。

アレンは、隅の木箱に座って、相変わらずブツブツと独り言を呟いているため、絡みにくそうだったと言うこともある。

加工品のソーセージをガツガツ食べているモブを横目に、劉は不思議に思い聞いてみた。

「おいモブ、怪我はいいのか?」

「あ、平気っす!殴られたときはすげえ痛くて、死ぬかもしれないって思ったっすけど、いまは、全然平気っす。むしろなんか調子いいんすよ!」

空気を読まず、かなり大きめの声で答えるモブに、焦った劉は顔を近づけ窘める。

「おい。もっと小声で話せよ。ボスが電話してるだろ。」

「あ、すんません!」

申し訳なさそうに大声で謝るモブに、肩をすくめ、劉は呆れたようにため息をつくと、

「まあ、命があってよかったな。・・・倒れてるときは顔色も青くて、目も開きっぱなしだし、死んだかと思ったんだが・・」

とだけ言ったところで、張慈円の声が響いた。

「きたぞ!お前ら、つけられてたってことだ!」

次の瞬間、バリン!という音が響き、音のほうを見あげると、倉庫の天窓のガラスが割れ、無数のガラス片と黒い塊が振ってくる。

「ちっ!」

「くそっ!」

「わああああ!」

「シィィッット!」

張は鋭く舌打ちをすると、飛散して降り注ぐガラス片を、手刀と、見事な歩方で回避する。

劉は青龍刀を抜き、高速で剣先を走らせ、自分に降り注ぐガラス片を弾き飛ばす。

モブとアレンは落ちていた麻袋の布で、身を隠しガラス片を防く。

ガラス片と同時に降ってきた黒い塊は、裏口の扉付近に、身を丸くして着地すると顔を上げた。

「お・ま・た・せ・・んふ」

その整った顔には余裕すら感じる笑みがあり、人をくったようにそう言った。

「イナガキ!」

アレンの呼びかけに答えるように、黒いスーツの女が立ち上がり、色素の薄い髪の毛をかき上げる。

「おぼえててくれた?今度は逃げないで、最後までしましょう!」

吠えるアレンに向かって女は言い放つ。

「けっこうな数がいますわね」

アレンにイナガキと呼ばれた女の逆方向からは、また違う女の声がした。

張慈円以下全員が、振り返ると、正面の入口から侵入してきたのであろう、長髪黒髪の女と、黒髪ボブカットの女がいた。

「ふぅん・・・。真理、たしかあの人よね?青龍刀持ってるし・・・。それにしても、ほかの人も、かなりオーラ多いですわよ?・・とくにあの方・・・これは、当たりなんじゃなくて?」

劉を指さし、続けて張慈円を指さして、真理に聞いている佐恵子目掛け、モブが突進する。

「うおおおおおおお!」

「バ、バカ野郎!止せって!おまえ学習能力ないのか?!」

走り出したモブの背中に劉が声を飛ばす。

モブは多くの強敵たちを沈めてきた、自身の必殺技であるワンパターン右ストレートパンチを繰り出そうと、佐恵子目掛けて振りかぶった。

つぎの瞬間、佐恵子の蹴りがモブの顎を捉えていた。

モブの視界がぐにゃりと歪み、全身が脱力する。

「あなたの腕より、私の脚のほうが長いようですわね」

顎を蹴られた衝撃で脳が揺れ、意識が遠のく。モブはのけ反った格好で動きが止まり、ずるりと膝から落ちて前のめりに倒れた。

「い、言わんこっちゃねえ・・・」

劉があきれたように呟く。

劉の後ろで、先ほど天窓を破って降りてきた加奈子が、「にひひっ、あと3人」悪戯っぽい声で笑うのが聞こえた。

「その方はともかく・・・、オーラが多いと言うことは、手強い相手だ、と言うこともお忘れなく・・」

真理が、倒れ込んだモブをチラリと一瞥した後、透き通る落ち着いた声で、補足するように佐恵子をたしなめる。

「わかってますわ。でも、真理の目にも見えないでしょ?脅威なんて。ふふふ、オーラを纏っていても、皆さんすでに、ずいぶんとお疲れのご様子・・。満身創痍・・ケガ人だらけですわね」

モブを仕留めた脚をぶぅんと振り回し、床に脚を下ろすと両手を腰にやり橋元一味の面々を見渡す。

「調子に乗るなよ小娘」

目尻を吊り上げ、凄んだ張慈円が続けてけしかける。

「劉!アレン!このガキ共を叩きのめせ!」

「ウオオオオオォォォ!」

「やれやれ!正念場だな!さっきと同じと思わないことだぜ!」

雄たけびを上げたアレンが加奈子に向かい、青龍刀を構えた劉が真理へと向き直る。

「くふふふ・・。それで・・?私のお相手はあなたがしてくださるというの?・・お強そうですわね・・・しかし・・それだけに残念でしょう?」

どがっ!

佐恵子は張慈円にそう言いながら、足元で起き上がろうとしていたモブを、部屋の隅まで蹴り飛ばす。モブは、床をズザザザッと滑り転げながら倉庫の壁に激突する。

「こんなところにいられると邪魔ですのでね・・。そちらで休んでいてください」

「く、くそ・・」

モブは倉庫の壁に背を預け、蹲ったままの態勢でそう呻くのがやっとだった。

「その左腕で、どこまで私と戦えるでしょうか」

「能書きはいいから、さっさとかかってこい」

構えていた佐恵子は、そう言われるや否や、強化した身体能力で瞬時に間合いを詰め、肉薄する。

「お望みどおりに!」

張慈円の挑発に応えると当時に、高速で、首目掛けて貫手を繰り出す。しかし、躱され、続けてもう半歩踏み込み、水月に肘打で迫るが、張慈円の右膝で防がれる。

佐恵子は、張慈円の超速反応に感嘆しつつも、そのまま腕を伸ばし裏拳で牽制し、左足を軸にしながら、身を低くし右脚で後回足払いを放つ。

張慈円は、裏拳を右手で払い、足払いの回し蹴りを後方宙返りで躱し着地する。

「・・・・やりますわね」

「くくく・・大口をたたきたくなる腕であることは認めてやろう」

そう言うと、ゆらりと張慈円の気配がゆがみ、構えをとる。

「今度は、俺から行くぞ」

張慈円の姿が3つ重なるように揺れ、佐恵子に迫る。

張慈円は闇歩法を用いながら、徒手空拳の連打を繰り出す。虚実混ざっての連撃に、佐恵子は後ずさりしながら、かろうじて躱し防ぐが、ついに左わき腹に拳が入る。

「うくっ!」

「くくく、続けていくぞ」

佐恵子も、防ぎながら反撃を打ち返すが、虚実まじえた残像に惑わされ、攻撃が空ぶってしまう。

「ぐ!・・はぁ!」

佐恵子は、先ほど受けた同じ個所を拳で抉られ、たまらず距離をとる為の回し蹴りを放つ。

「ハァ、ハァ、ハァ・・・。厭らしい戦い方しますわね・・・!」

「そうかね?まだまだ、十分正攻法で戦っているんだがね?」

「そうですか・・思った以上にお強いですわね・・仕方ありません・・・少し力を使いますわよ・・」

そう言うと、ぼんやりと、佐恵子の目が光り出す。

ゆらゆらと残像を残しながら構える張慈円に向かって、佐恵子は、正面に構えをとると、目に力を集中する。

【恐慌】

対象に、近ければ近いほど効果が高いのだが、この距離でも十分である。

張慈円目掛け、著しく心身を衰弱させる呪詛感情を飛ばす。

相手の抵抗力にもよるが、対象の精神力をごっそりと霧散させ、恐怖、混乱、不安状態に陥れる宮川佐恵子の能力である。

複雑に複数の感情を同時操作する技で、燃費も激しい為、使用頻度は低めではあった。
しかし、先ほどの戦闘で、張慈円の戦闘力の高さがよくわかり、普段使わない大技を使わざるを得なくなったのだ。

温存していて、最後にジリ貧で使用不可になるのを嫌ったためである。それに、こういう対象弱体技能は最初に使うほど、効果が高い。

「ぐ・・ぐおおぉお・・・き、きさまぁ・・何をした!?」

「くふふふ・・気分最低でしょう?それにしても、恐慌を喰らって、そんな悪態がつけるなんて、素晴らしい精神力ですわ。くふふふ・・」

張慈円を嗤う佐恵子も、肩で息をしている。

「はぁ、はぁ・・。さあ、もう勝ち目はございませんわよ?あと数回なら、今の技を撃てますわ・・・。もっと欲しいですか?」

「ま、まだだ!」

張慈円は両手を翻すと、仕込んだ暗器を閃かす。

「くっ!」

佐恵子は横に飛び退り、初撃は寸でのところで回避した。

躱した箇所のコンクリートの表面にヒビが入るほどの威力。しかし、躱したものも含め、複数うねる白い閃きは、再びうねりながら佐恵子を襲う。

それら、すべてを躱しきることはできず、バチン!と大きな音が響き、右脚と左腕に白く閃く攻撃を受ける。

「あぐっ!」

佐恵子は腕と脚を打たれ、大きくバランスを崩し跪く、白い閃きはそのまま打った個所を捉え巻き付いたままだ。

「はぁ、はぁ、、ははは!捉えたぞ!終わりだ!くらえぃ!!」

バリバリバリバリバリバリバリバリ!!

「くぅ!!」

「はぁはぁはぁ・・・・。な・・なに?!」

暗器を通し、必殺の放電をフルパワーで生意気女に流し込んだのだが、佐恵子は白い首をのけ反らせ、僅かに呻いただけで、光るその目にはまだまだ闘志があるのが見て取れた。

「くふ・・電流ですか?」

「馬鹿な!効かんはずがあるまい!」

張慈円がそう言い、再び放電を流し込む。

バリバリバリバリバリバリバリ!!

「くっ!」

佐恵子が僅かに呻くが、今度はのけ反りすらしない。

「な、なんだと!何故だ!」

「残念でしたわね・・危ない所でしたわ・・。こんなギリギリの戦いになるとは思いませんでした。やはり最初から目を使わなければいけないという教訓ですわね・・・。それに、あなた恐慌状態でもこの威力・・素晴らしいですが・・電流とは運がなかったですわね」

「そ、その服か・・!」

「ええ、そうですわ。それに、あなたオーラ残量も、もう少ないようですし、もう無理されないほうが良さそうですわよ・・?くふふふ・・」

佐恵子は、脚と手に巻き付いた、布状の暗器を煩わしそうに取り払うと、張慈円に向かって歩を進めだす。

「むぅ!」

不屈の張慈円が再び、暗器を引き絞り構える。

その時、劉と交戦中の真理が、劉の刀を持った手首をつかんだまま、振り返り、大声で叫んだ。

「佐恵子―!!後ろ!!避けてぇー!!!」

「え?!」

佐恵子は慌てて振り返ると、そこにはオーラがあり得ない大きさで膨らむ茂部天牙の姿が間近まで迫っていた。

 【第8章 三つ巴 15話 強者と強者の接触終わり】第16話へ続く

コメント
佐恵子さんピンチです!
>_<
ハードボイルド&アクション感が増してきましたね!
緊迫の格闘シーンにハラハラ、ドキドキです。
佐恵子さんのピンチが心配ですが、今後の展開も楽しみにしています。
2018/06/25(月) 09:07 | URL | カリスマ店員 #-[ 編集]
カリスマ店員様
いつも一夜へのコメントをありがとうございます^^
感情移入して読んでくださっているのが私にも伝わってきますので嬉しく思っております。
今後とも、千景の一夜を宜しくお願い致します。
2018/06/27(水) 21:43 | URL | 千景 #-[ 編集]
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筆者紹介

千景

Author:千景
訪問ありがとうございます。
ここでは私千景が書いた小説を紹介させて頂きたいと思います。
ほぼ私と同年代の既婚者が主役のものになるかと思います。登場人物同士が
つながりを持っていて別の物語では最初の物語の主人公が脇役を務める様な
小説全体につながりを持たせ想像を膨らませていけたらと思っております。
どうぞ宜しくお願い致します

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