第9章 歪と失脚からの脱出 32話 紅蓮VS菊一女性チーム
濃い赤の下地に大輪の花を描いた毛足の長い絨毯の上を、迷いのない歩調で進む者がいた。
宮川コーポレーション15階のホテルフロアの廊下を、一人の女性が速度を緩めず歩いている。
黑のタイトスカートスーツにピンク色のブラウス、黑のストッキング、そして艶のある巻き毛の赤髪、宮コー組織では知らぬ者はいないであろう紅蓮こと緋村紅音である。
大島優子似の童顔だが、その美しい顔に、今は愛らしさはなく、やや怒っているようにも見えるが、その不機嫌そうな表情すら美しい。
小柄ながらも普段から周囲を圧倒する存在感を放っているが、いまは身に纏っている雰囲気はそれ以上であった。
洗練された内装や調度品で拵えられたすこし広くなっているホールで、紅音ははたと脚を止めた。
「ふぅん・・いくら何でも気づいてるようね。・・・さあ、こっちは一人よ。出てきなさい」
紅蓮こと緋村紅音は形の良い顎に指をあて、少しだけ感心したように笑うと身を潜めているであろう者たちに声を掛けた。
姿こそ見せないが、紅音は美佳帆等がこちらの気配に気づいているのを察して無人の廊下に声を掛けたのだった。
(だいぶまえから私に気付いていたようね・・。ということは・・・感知系がいる。・・でも、いくら精度や範囲が広くてもその能力だけじゃ私にダメージは与えられないわよ)
紅音は先ほど一つ部屋を訪問している。
すでに菊沢美佳帆と斎藤雪が宿泊している部屋は、もぬけの空であったのだ。
続いて齋藤アリサが宿泊している部屋のドアの前まできた紅音は足を止めると、五感を研ぎ澄まし周囲と室内を探る。
「・・ちっ!」
感覚に手応えが感じられなかった紅音は、鼻に皺をよせ美しい顔に嫌悪感を露わすと、無遠慮な舌打ちをした。
生れついて顔は可愛らしくあり、ふだん口調は丁寧を装ってはいても、とたんにその表情と口調が変わるのが紅音だ。
美人に生まれついているのは運がいいことである。
当の紅音本人はそんな恩恵をありがたがることもないのだが、怒ったり苛ついた顔であっても相手に美しいと認識させてしまうので意識していないぶん性質が悪い。
紅音のオーラによる感覚強化は非常に強力であるが、それをもっても美佳帆達の存在は探知できない。
強力だとは言っても特殊な技能ではなく、ただ精度や範囲が広いだけで相手が全く無音の場合は紅音には探知できないのだ。
(・・めんどくさいわね!どいつもこいつも)
紅音は美しい顔を更にゆがめると身体を翻し、美脚を一閃させる。
どかっ!
アリサが宿泊している部屋のドアを蹴破ると、室内に向かって右手を突き出し炎を放出させた。
ごおおおおおおおおおおお!
威力は低いが室内の温度を一気に上げ、なおかつ室内の酸素を急速に奪うのが目的の炎を舞わせる。
威力は低いといっても常人に耐えられるものではない、少々能力が使える程度の能力者ならば、熱さと呼吸困難で苦悶の悲鳴を上げるであろう。
籠城しようと部屋に立て籠もっているのであれば、ひとたまりもない攻撃であったが、室内からは悲鳴は上がらない。
「・・・ハズレ・・か」
右手をかざした格好のまま紅音はそう言うと、室内を確認することなくドアに背を向け次なる目的地、伊芸千尋が宿泊している部屋へと歩を進めだした。
美佳帆とスノウが宿泊していた部屋も同様にそうしてきたのである。
しかし、紅音がアリサの部屋に背を向けて歩き出した瞬間、黒焦げになった部屋の中から飛び出してくるものがあった。
天然こと斎藤アリサである。
「こんのぉ!」
気合の咆哮とともに紅音の華奢に見える背中目掛け、アリサは巨木すらへし折る飛び蹴りで襲い掛かる。
しかし、この不意打ちを紅音はやや面食らった表情ながらも、振り返って難なく受け流す。
「きゃ・・っと」
(今のでも悲鳴をあげない?耐えたというの?・・・だとすれば、そこそこ以上の能力者ということ・・ね)
紅音は今の火炎放射の熱に耐え、声すら挙げなかったことに素直に驚き奇襲を受けたため悲鳴を上げかけたが何とか悲鳴を堪えてとびかかってきた正体を瞬時に観察する。
やや焼けこげた黒のタンクトップに納まった豊満な胸を揺らし、ピチピチの白いスパッツ姿の女が放つ、轟音を唸らせた蹴りの勢いを逸らしてながし、その背後の次なる二つの影もすでに捉えていた。
「くっ!いまの避けるおぉ~?!」
不意打ちを躱されて狼狽えた声上げるアリサに続き、菊沢美佳帆と斎藤雪が鉄扇を振るい紅音に躍りかかる。
『はああぁ!!』
「っと・・ふふっ」
二人してよく似た黒鉄の鉄扇を振るい、声をハモらせて紅音に斬りかかるも、すでに余裕の表情になった紅音は薄ら笑いを浮かべ、左右から振り下ろされてくる鉄扇を両手で受け止めたのだ。
「なっ!?片手で?」
「うわさ通りのとんでもない使い手のようね!」
肉体を極限まで強化させた鉄扇による一撃を素手で防がれ、スノウと美佳帆はほぼ同時に声をあげた。
美佳帆は鉄扇を奪われまいと咄嗟に手首を捻り、腕を引くが恐るべき小柄な赤髪巻き毛の女、紅蓮こと緋村紅音は薄ら笑いの表情を崩さず、鉄扇を握った手はびくともしない。
「可愛いわね。女性らしい非力さで羨ましいわ」
「くっ・・なんて力なの!」
美佳帆とスノウが振り下ろしたそれぞれの鉄扇、その一振りずつ片手で受け止めた紅音は、呻く美佳帆に目を細め微笑んで言う。
「ふふふっ・・残念ね。肉体強化もそこそこ使えるようだけど私相手じゃこの程度・・お気の毒としか言いようが無いわ・・だから大人しく・・」
紅音が言葉を続けようとしていた時、美佳帆とスノウの間からお嬢こと伊芸千尋が無言で踏み込み、紅音の顔面目掛け思い切り拳を突き出してきたのだ。
「覚悟っ!」
不意打ちの攻撃を繰り出した千尋は、全開で肉体強化を行い紅音の顔面を殴りつける。
しかし、紅音は両手で鉄扇を掴んだまま、顎を逸らし上体をぐぃとのけ反らせて千尋の拳を躱すと、同時に右ひざを突き出していた。
どす・・!
と鈍い音がし、紅音の膝が千尋の鳩尾に突き刺さる。
「ぐぅ!!」
『千尋っ!』
「千尋ちゃん!」
千尋は自身の突進速度の威力で紅音の膝蹴りを腹部に打ち込むようになってしまい、たまらず蹲る。
3人の声が重なり蹲った千尋を紅音から少しでも引き張すようにして、抱えて飛び退った。
美佳帆やスノウは咄嗟に鉄扇を離し、千尋に駆け寄ったのだ。
「声も掛けず不意打ちだなんて、みんななかなか思い切りがいいじゃない?もっと無駄な問答や命乞いをするのかと思ってたわ」
奪った両手の鉄扇をぽいっと後ろに投げ捨て、意外だというような素振りで紅音は美佳帆達を見下ろしながら言う。
「・・・そんなマネ私たちがするわけないじゃない・・。緋村支社長・・やっぱりあの仕事は宏達を嵌める為の罠だったのね・・・。そのうえ私達も・・許せない・・。貴女の思い通りになんてさせないわ!」
蹲って痛みをこらえている千尋の背を撫でながら、美佳帆は見下してくる小柄な赤髪巻き毛の女をキッと睨みながら言い返す。
「はぁ?この私があんなに譲歩してやってたのに生意気言うからよ。敵になるかもしれない能力者に、お給料まで払って生かしておくつもりなんてまるっきり無いわ。こないだの会食のときはっきり言ったでしょ?これが最後の勧告だって。覚えてないのかしらね?!」
紅音は、美香帆に対して肩をすくめて見せながらそう言うとゆっくりと歩き距離を詰めてくる。
「千尋・・大丈夫?」
「え、ええ・・なんとか・・」
美佳帆は、目をきつく閉じ、蹴られた腹部を抑えて痛みをこらえている千尋に声を掛けるが、紅音はそんな美佳帆達の様子を楽しむように眺めながら近づいてくる。
対する四人は、紅音が歩を進めると同じだけ後ずさってしまう。
(ふーん。・・・そこまで攻撃的な能力者はいないみたいね。多少肉体強化ができるみたいだけど、最初に蹴ってきた奴以外の奴等は明らかに純粋な肉体強化系じゃない・・。鉄扇の威力もなかなかだけど・・私の強化能力でも十分防げる。純粋な殴り合いじゃ勝機が無いのは相手もわかったはず・・・さて、肉体強化系じゃないならどんな能力を使うのかしら?)
紅音は短気ではあるが、頭の回転は速く、戦いに関しては透徹した洞察力も備えている。
(5点、4点、2点、3点・・ってところね。・・しかし・・)
先ほどの一瞬の攻防でほぼ4人の肉体による個々の戦闘力を見抜いたのだ。
しかし、肉体強化系ではないとすればそれ以外の厄介な能力を所有しているかもしれないと、紅音は警戒を緩めない。
紅音は一対一で自身に敵う者はいないと思っている。
屋外の円形の闘技場のような、隠れる場所や逃げ場のないところで戦うのであれば、紅音は最強に近いかもしれない。
よってその判断はほぼ正解だと言えるだが、紅音の能力は肉体強化にしろ、発火能力にしろどちらも直接的で分かりやすい能力である。
銀獣こと加奈子のように肉体強化特化のみというわかりやすい能力とは違って、能力者には操作系や精神感応系など、七光りこと宮川佐恵子のように、力に頼らず敵を制する能力を持っている者もいるし、複雑な発動条件を組み合わせた強力な技能を作り上げている者もいる。
よって紅音は、能力の種類によっては足元をすくわれかねないということもよくわかっていた。
しかし、それらも紅音の思念防御を突破できなければ紅音に届くことはないのであるが、かつての恋人の丸岳に言われたからか、今日はいつになく油断なくことに当たるつもりであった。
(わずかとはいえ、物理攻撃だと私にダメージを通せるのはスパッツ女と菊沢美佳帆の鉄扇だけね。もう一人の鉄扇使いは明らかに菊沢美佳帆より威力が劣る。・・・こいつらが強化系じゃなく精神感応系だとしても、いま戦った感じじゃ私の思念波を突破できるとは思えない。そもそも七光りの魔眼でさえ私には届かないのよ。・・・でもこいつらの目・・・諦めてない。・・この程度の力で、なぜ宮コーに・・・なぜ私に逆らえるの・・?宮コーは表も裏も絶大な力を持ってるのよ?・・それに、いまので私に勝てないってのがわからないの・・?そこまで愚かな使い手には見えないけど・・まさか勝機があると・・?切り札でも持ってるのかしら?・・それとも逃げの一手かしら?)
「・・ねえ、わかんないんだけど、私に従えば死なずに済むのよ?どうしてこう強情なの?・・あなたたち別に七光りに義理があるわけじゃないでしょう?・・・宮コーや私のような能力者に睨まれて長生きできると思ってるの?・・ここで私から逃げたとしてもきっと寿命じゃ死ねないわよ?」
紅音は本当に理解できなかった。
利のあるほう、強い者に従うのは人の、いや動物の本質だと思っているからだ。
「・・・貴女にはきっとわからない」
紅音に対峙する4人のうちの一人、水色のノースリーブカットソーに白のプリーツスカートを履いたスノウこと斎藤雪が膝を付き、千尋の背中を撫でながら、いつもの口調で、しかししっかりと紅音の目を見て言い返した。
「へえ・・あんた喋れるんだ?私あなたの声聞くの初めてな気がするわ」
(さっき鉄扇で殴ってきた非力なほう・・)
紅音はそう言うと、顎をあげて見下すような姿勢になると、小動物の次の行動を楽しむかのようにスノウの言葉を待った。
「紅蓮、貴女はそう言う生き方をしてきたんだと思う。利のある方へ動き、力や権力を求め、力や権力で人を支配するのを是とし、自分自身も力のある宮コーには従ってる・・・。貴女は、きっと自身の主義心情を曲げてまでその身を翻してきたんだと思う。・・その生き方を私は否定しない。それは貴女の本質で人格の一部だから・・尊重する。きっと捨てたくなくても捨てたもの・・諦めざること得なかったこともあったと思う。・・でも貴女はそれを他人にも強要してる。その押し付けを私たちは否定するの。わたしたちは権力や利益だけに縛られない。だから所長のところに集まったのよ。・・・あなたと同じ、自分の主義心情のため。所長は宮川さんのやり方や目指すことに一定の理解を示したわ。宮コーの組織に属するのは、所長にも多少折れなきゃいけない部分があったけど・・それは全部私たちのため・・。所長の私利じゃないことよ?・・私たちの・・弱い私たちの身を案じてくれたからよ。・・私たちは・・それに応えたいの」
「・・・ずいぶん喋れるじゃない?口が聞けない子かと思ってたわ。殉じるっていうのその考えに?・・・その菊沢宏はそろそろ死んでるころよ?髙嶺の三剣士と張慈円・・あと香港トライアドの一つで、華僑を率いる倣一族も来てるはずだわ。みんな能力者としてはけっこうな有名人よ。いくらあのサングラスの腕が立つといっても無事帰ってくるのはむずかしいでしょうねえ」
意外な人物からの突然の指摘に紅音は驚いた表情から不快気な表情に変わり、低い声でスノウを脅かすような口調で言う。
「そんなところにっ!・・貴女って人は!」
紅音の言葉に美佳帆が激昂して反応する。
「所長たちを・・殺すために・・・。許さないっ!」
美佳帆同様、美佳帆のように声を張り上げないがわなわなと肩を震わせたスノウが静かに言い返す。
「ふん、あなたが許さないって?いったい何ができるのかしらね。何も怖くもないし、本当にそんなくだらない感情を押し通して死ぬの?」
「死なない。・・・何ができるのかって・・?何ができるか見せます。・・いいですよね美佳帆さん?」
「スノウっ!・・私たちはもちろんいいけど・・・!でもスノウや千尋こそ・・いいの?」
先ほどの不意打ちですら紅音にかすりすらしなかったのである。
美佳帆達が紅蓮とまともに戦うには、それしか手が無いと美佳帆もわかっていたがスノウたちの覚悟を確認したのだ。
「うん・・千尋ともちゃんと話してる。それにこのままだとやっぱり敵わない・・・。このまま何もせずにやられるなんてできない。千尋いいよね・・?」
「ええ・・、モゲ君が死んじゃうなんて想像できないけど・・。確かにやばそうなところに行ってるのね・・。所長や副所長・・モゲくんもきっと帰ってくるよ。モゲ君たちが帰ってきたとき私たちがいなきゃ・・。このままだと死んじゃうかもしれないのに、恥ずかしいだなんて言ってられないわ・・」
千尋も紅音に膝蹴りされたお腹を摩りながら頷いた。
スノウは紅音に向けていた顔を美佳帆、そして千尋へと移してから再度美佳帆に頷いて見せたのだ。
「・・なにかあるのね?・・奥の手ってやつかしら・・見せてもらおうじゃないの」
美佳帆達のやり取りを見ていた紅音は、笑みを浮かべながらも警戒を深め、組んだ腕を解き、構えを取った。
「言われなくても」
静かな声で、意思の強い目で紅音を見据えたままスノウは能力を発動した。
スノウの能力は【通信】という能力で、主に会話や思惑、映像などを一定範囲の者に同時に送信するのだが、その能力を応用して昇華している能力がある。
スノウを含めた美佳帆たち4人をスノウの能力【共有】が包む。
4人のオーラ総量が一つになり、4人が一個のモノとなる。
4人の意識が共有されていく。
経験や知識が4人の中で一気に混ざり攪拌され混ざり合う。
【共有】頭は一つで操縦桿は一つであるが文字通り共有である。オーラも思念も共有されるのだ。
四個一となった4人は初めての感覚に戸惑うも、目的ははっきりしている。
目の前の敵、紅蓮を倒すこと。
しかし、初めての感覚、一瞬で頭に膨大な量の情報が流れ込んでくる。
新しく印象の強い記憶ほど、鮮明に映し出される。
スノウや千尋が張慈円から受けた凌辱の記憶をはじめ、4人のプライベートな情報が4人の脳の中で一気に共有されてしまう。
(ああ、辛い・・。・・・私が凌辱されて快楽に負けて、心が折られたことが鮮明にみんなに伝わっちゃう・・。でも、もっと辛いのは美佳帆さんと所長との情事や会話の記憶まで私に流れ込んでくる・・・。あんなに幸せそうなのに・・・)
(スノウ・・宏のこと・・・。いままで気づいてあげられなくてごめん・・でも・・)
(いいんです美佳帆さん・・。所長が選んだのは美佳帆さんなんですから・・所長を見てたらわかります。私の入り込む隙なんて無かったんです・・・チャンスがないかと事務所にずっといたのはその為もあります・・美佳帆さんごめんなさい)
(いいのよスノウ・・。実際なにもしてないじゃない・・。私が言うのもなんだけど、宏はたしかにいい男だしね・・。でも・・スノウ・・あなた全然割り切れてないじゃない・・)
(正直所長のこと・・諦めきれてはないです・・そればかりは・・でも、理性では割り切ってるつもりです・・)
(うわぁ・・!)
(くぅ・・スノウも私以上の凌辱されてたのね・・辛かったでしょう・・。辛いのに・・憎いのに気持ちよくされて訳わかんなくって辛いよね・・)
(千尋も・・ご主人を庇ってあんな目にあったのに・・そのご主人とそれが原因で離婚だなんて・・)
(アリサ・・・あなたってなんにでもカラシかけて食べるのね・・。ってアリサが処女だったなんて・・こんなハードな記憶刺激強すぎたんじゃ・・ごめんね)
(は、はずかしー・・!みんなには内緒だよ?!)
(みんなお互いの言いたいことは後!・・今は紅蓮に集中しましょう!)
(はい!)
(ええ!)
(やっちゃうよー!)
4人の意識が混ざり合い混濁して一つの塊に共有しているが、はた目には大きなオーラを放つ者が急に現れたように見えるだけである。
「こ・・これは・・?!」
佐恵子のようにオーラを視認できるわけではないが、紅音は目の前の4人のオーラが膨れ上がったのを肌で感じ取って声をあげた。
(・・急に威圧感が?!強くなった??!)
「はぁはぁ・・!緋村支社長。貴女に全力で抵抗して見せる!」
黒髪を靡かせ立ち上がり、額には玉の汗を光らせたスノウははっきりとそう言うと更に共有の範囲を広げた。
「くっ?!」
紅音が焦った声を上げ、顔を横に逸らせて側中転して背後から襲い掛かってきた黒いモノを躱したのだ。
「さっきの?鉄扇?!」
スノウの【共有】能力で人だけではなく、あらかじめオーラを通わせておいた物質をも共有することができる。
美佳帆とスノウの持っていた鉄扇は宙を舞い、紅音を背後から攻撃したのち美佳帆たちを守るかのように4人の周りを飛んでいる。
「はぁはぁ・・いまのまで躱すなんて・・流石ですね!‥美佳帆さん・・美佳帆さんなら私より上手く扱えるはずです。・・私達の操縦任せます・・」
「任せといて!!スノウ、千尋・・!あなたたちの覚悟感謝するわ・・!絶対に乗り切りましょう!みんな力を貸してちょうだい!さあ!全力で行くわよ!」
美佳帆がそう言うと同時に、美佳帆が思念を飛ばすとピチピチのタンクトップの胸を揺らせてアリサが紅音に躍りかかった。
アリサのパワーやスピードは恐るべきものだが、本来なら紅音の体術には敵わない。
しかし、いまはアリサだけのオーラではなく4人分のオーラに加え、戦闘スキルはアリサの技術に加えて、俯瞰で戦闘を眺めている美佳帆が操っているのだ。
ばきぃ!
「ぐっ!?」
頬を殴打された紅音は赤髪を大きく振り乱して、吹っ飛ばされるが、なんとか空中で態勢を立て直し、廊下の壁を蹴ってアリサから大きく距離をとる。
「・・・なっ・・?なんで?!速いじゃない?!」
予想以上の速度と威力で殴られた紅音は狼狽した声をあげるが、その問いに応えるものはなく目の前には更に斎藤アリサが迫ってきていた。
紅音の反応速度を上回る攻撃、紅音のオーラによる防御をも貫通してくる猛烈な蹴り技が紅音を襲う。
「ば、ばかな・・!」
無言で襲い掛かってくるアリサの戦い方に解せない思いを募らせた紅音が、戸惑いの声をあげる。
どんなにフェイントを入れても、完全な死角から攻撃を仕掛けても防ぐか躱してくる。
それも道理で、アリサに4人のオーラを集中しているが、戦っている紅音とアリサを周囲3人で見ているのだ。
「ぐっ・・!ぐはぁ!」
3発ほどクリーンヒットを受けた紅音が、たまらず周囲を巻き込む技能を発動させる。
「調子に乗るなぁ!!」
美しい顔を歪め、口からは血を流しつつも紅音の能力発動は恐ろしく正確で速かった。
紅音の半径50mほどの温度が一気に上がる。
【焼夷】炎を発し周囲全体に熱による地象効果をもたらす無差別攻撃である。
当然紅音も熱の影響を受けるが、紅音の思念防御以下の威力で発動させるため、紅音自身は無傷である。
あまり火力を強めると宮コーの関西支社自体を燃やしてしまうため、威力は炎が上がらない程度に抑えてあるが、それでも生身の人間にとっては長い間この空間にいれば確実に死ぬであろう程の威力はある。
「きゃああああああああ!」
美佳帆たち4人は先ほどの火炎放射よりも強力な熱に悲鳴を上げ顔を覆い、避けられえぬ熱気から身を守ろうと手で顔を覆った。
しかし、【焼夷】が発動した瞬間、美佳帆は熱気で喉を焼かれないよう、眼球の水分を奪われないように目を閉じたまま千尋に指示を頭の中で飛ばす。
(千尋!【脈動回復】)
(ええ!)
スノウの能力で、いま4人は会話をしなくても意思疎通ができ、4人分の能力を美佳帆ひとりが操り四人の能力を司っている。
二人は無言でやり取りを済ませ、徐々に体力を回復する【脈動回復】をスノウの【通信】と【共有】で4人全体に効果範囲を広げ、熱気によるダメージを上回る回復技能を展開させたのだ。
「こ・・・こいつら!何故【焼夷】で死なない?!」
【焼夷】範囲に入ってすぐさま戦闘不能に陥るかとタカをくくっていた紅音はうろたえた。
千尋の徐々にキズを治癒するする技能を、スノウの【共有】と【通信】で全体化させて、紅音の発動している【焼夷】による地象ダメージを上回る速度で治癒しているのだが紅音にその術を知る由は無い。
美佳帆は紅音の動揺を見逃さず、先ほどより遥かに力強いオーラを纏せたアリサを突進させ、更に宙を舞う鉄扇でアリサの攻撃の隙を埋めるように紅音を襲いだす。
「ぐぇ!」
さすがの紅蓮も躱しきれず、アリサの低い姿勢からのソバットが紅音を持ち上げるように腹部に突き刺さる。
紅音は目を剥き口から血と涎をまき散らして仰け反るが、アリサは追撃で更に蹴り込んで地面にたたき落とした。
「ぐぅ・・!この私によくもこんな無様な・」
「今のを受けてもまだ動けるって言うの?!」
思い切り床にたたきつけられた紅音が、顔の血を拭い、蹴られた腹部を抑えながら置きあがってくる様に美佳帆は戦慄して声をあげた。
他の3人も同様の気持ちなのが脳で共有から伝わってくる。
アリサに攻撃をさせている際は、4人のオーラのほとんどをアリサに集中させている。
ほぼ4人分のオーラで強化したアリサの攻撃を受けても耐え、あの速度にも何とか対応している紅蓮とよばれる宮コー最大戦力の緋村紅音の実力の底が図り切れないことに戦慄したのだ。
しかし、一方の紅音はかつてない危機だと感じていた。
どういう能力かはわからないが、斎藤雪が能力を発動したとたんに、本気を出さなければ死ぬと肌で感じる相手たちに成り代わったのだ。
(どういう発動条件なのか知らないけど・・、体術で私を上回るなんて・・さっきの速度と威力・・加奈子以上だわ・・あのスパッツ女・・・明らかに最初と違う・・・)
「・・・少々・・燃えても・・いいか。・・仕方ないじゃない。このまま手加減して死んじゃうなんてナンセンスだわ」
立ち上がったが、苦悶の表情で腹部を抑えたままの紅音は、小声で物騒なセリフを呟くと目を見開きオーラを開放する。
紅音は、今まで建物を焼き尽くしてしまわないように抑えていたオーラを遠慮なく発動した。
敵意に満ちた膨大なオーラをその身に纏った紅音は、邪悪な笑みを浮かべると右手を突き出し言い放った。
「もう終わり!予定どおりに死ねっ・・・!【紅蓮火柱】」
本気のオーラを開放し勝利を確信した紅音は、右手にオーラを収束させ放った。
ホテルの通路いっぱいに広がった直径5mほどの深紅の火柱が轟音とともに水平発射され美佳帆達を襲う。
熱量、速度、炎の範囲、いずれも先ほどまでとはけた違いで、到底躱したり防げるような代物ではない。
驚きの表情を貼り付けたままの美佳帆達を紅蓮の炎が覆い、炎はそのまま美佳帆たちを飲み込み、建物の壁面を焼きつくして、壁を貫通した火柱が夜空に紅い直線となり走り抜けた。
【第9章 歪と失脚からの脱出 32話 紅蓮VS菊一女性チーム終わり】33話へ続く
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