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第9章 歪と失脚からの脱出 55話 隣室で起こりし事

第9章 歪と失脚からの脱出 55話 隣室で起こりし事

目を覚ますと淡い光を発する蛍光灯が天井にあった。

淡い光と言えども、開いたばかりの目には眩しすぎる。

しかし、幸いにも視界は狭く、普段の半分ほどしか視界が写らない。

(・・・どうして?)

前迫香織は身を起こして、視界を妨げるものを確認するように左手で顔に触れる。

「・・これは?」

(包帯?)

「目が覚めた?」

虚ろな表情で呟いた香織のすぐ脇で、白いワイシャツと黒いスラックス姿に白衣を纏った細身の若い男が計器盤を確認つつ香織のほうを見ずに声を掛けてきた。

「あなたは?・・ここはどこです?」

「さすがになかなかの回復力だね。完治にはまだ程遠いけど、この調子だと今日中には普通に動けるようになりそうかな」

香織の隣で計器盤の数値を確認しおわった若い男は、ようやくベッドに身を起こしている香織に向き直って笑顔を向けてきた。

香織は若いながらも、かなりのイケメン顔の笑顔に気を無意識に気を許しかけたが、男の答えに眉を顰めて膝を立てて立ち上がりかけ、左手であるべきものを探す。

しかし普段なら必ず置いてある場所に然るべきものはなかった。

「・・!刀が?・・あなたは何者です?ぐっ!」

慌てて身体を動かしたせいで、香織の身体のいたるところが悲鳴をあげたのだ。

「落ち着いて。ほら、まだ完治はしてないんだよ」

香織は特に激痛が起こった個所を確認すると、それは左目、左脇腹、右手の甲の3か所であった。

どうやら顔半分は包帯で覆われており、左目は完全に視界が奪われている。

右目で確認すると右手の甲と、左脇腹にも包帯が撒かれているが、うっすらと血が滲んでいるのが確認できた。

(たしか銀獣に矢を放った際、白づくめの女が牽制で放った石礫の雨が私に降り注いだところまでしか記憶がありません・・)

若いイケメン優男が思案顔の香織の背に手を添えて、再び香織をベッドに寝かすように手で促してくる。

「お連れの女の子は意識が戻るまでまだもう少しかかりそうだし、君も今は怪我の回復に努めることだね。ほかにやることもないだろうし、料金はもういただいてるからさ。安心していいよ。といってもボクは治療ってあんまり得意じゃないんだけどね」

香織は若い優男のなれなれしい口調に少しだけムッとしたが、イケメン優男の言葉で一気に記憶が鮮明になり、周囲を見回す。

すると、探していた人物の一人をすぐに見つけることができた。

「沙織!」

香織のすぐ隣のベッドで全身点滴の管だらけで、包帯に滲む血が痛々しい沙織が寝かされている。

しかし、痛々しい姿にも関わらず酸素マスクを付けられている沙織の寝顔は穏やかであった。

「その女の子はかなりの重症だね。まだ目覚めないはずだよ。キズがすごい深かったからね。もう少し遅かったら重大な後遺症が残ったかもしれない。でも安心して。いくらボクが治療は得意じゃないといっても、そのあたりの似非霊媒師やモグリの悪徳医者なんかよりは確かな腕のつもりだからね。ボクの得意な能力と比べて苦手だってだけで、大抵の人より【治療】も上手いはずさ。ただその女の子はほんとに重症だったからね。一気に治すとその子の体力が持たないから、今は点滴で補給中ってわけ。あと2時間ぐらいしたらまた様子見にきてその子の治療再開する予定だよ。ボクは依頼された仕事はきっちりする主義だから安心してよ」

若い優男の言葉を信用できるような状況ではないし、この男だけであそこまで重症だった私たち二人の治療をしたとは考えにくい。

しかし、香織には不思議とイケメン優男が嘘を言っているふうでもなく、また治療能力者として未熟だと自身で吐露しているわりには、優男の口調にはそう思わせない自信が伺えた。

香織が沙織を治療してほしいと、そう思い込みたかっただけかもしれないが、優男の言葉通り、目に見えて重症であった沙織が、いまは穏やかな顔でスゥスゥと眠っている表情を見て一気に安堵したのであった。

「・・・沙織。よかった・・」

「君ももう少し休むといいよ。用があったらそこのボタンを押して?トイレはそこ。一人でいけるよね?じゃあ、ボクは少し仕事があるから・・」

沙織の寝顔に安堵した香織の背に、優男は優しい口調ながら早口にそう言うと部屋を出て行こうとカツカツと入口の方へ歩きだした。

「お待ちください。えっと・・」

「なんだい?前迫さん?」

優男は香織の呼びかけに足を止めて振り返ると、香織を苗字で呼んだ。

「私をご存じなのですね?」

名前をすでに知られていることに対して香織は警戒心を強めてしまい、反射的に身構え、目を細めて聞き返す。

「まあ・・ね。君をここに連れてきたのは張慈円だから。彼から君らのことは聞いてるよ」

張慈円の名を聞き、香織の表情が僅かに曇る。

香織も普段はクールな表情で感情を読み取られにくいのだが、同僚の奈津紀と比べるとその表情は幾分わかりやすい。

自分と沙織が負傷しベッドで寝かされているということは、今回の任務が失敗で、芳しくない成果だったということを再認識させられてしまったからだ。

死者が出なかったとはいえ、任務が失敗したとなれば、莫大な損害金が発生する。

いまさら考えても仕方ないのだが、静かに激怒するであろう御屋形様を想像すると今から胃がキリキリと痛む。

それに、もう一人の仲間の千原奈津紀の姿が見当たらない。

奈津紀は、沙織が持っていた最後の回復匕首と沙織のほとんどのオーラを使って傷と体力はほぼ完治できていたのだ。

しかし沙織はほとんど体力もオーラも残っていない状況で殿をする羽目になり、追っ手の銀獣こと稲垣香奈子に手痛く痛めつけられてしまったのであるが、沙織のおかげで奈津紀は一命を取り留めたのだ。

「もう一人の君らのお仲間は、いま張慈円と打ち合わせしているはずさ」

優男の言葉に香織は安堵して胸をなでおろしたと同時に、張慈円に任務失敗の弁明のために心を砕いている奈津紀に頭が下がる思いが込み上げてきた。

(無事でしたか・・。殿をしてくれた沙織を救う時に、銀獣ともう一人の白ずくめの女に襲われてから意識がありません・・。よもや、せっかく治療した奈津紀がまた負傷してしまったかと思ったのですが違ったようですね。白ずくめのほうはともかく、銀獣は張慈円様の援護もあったことからかなりの深手を与えたはず。それに機銃の集中砲火もまともに浴びていました・・。運よくあれで宮コーの能力者を一人削れていればいいのですが・・。それにしても本当にギリギリでした・・。我ら六刃仙3人をあそこまで追い詰めるとは・・宮コーを甘く見ていましたね・・。奈津紀には怪我からの復帰早々張慈円に謝罪と損害の打ち合わせでしょうか・・嫌な役回りをさせてしまってるようですし・・)

「そうですか・・奈津紀はもう・・。重傷から回復したばかりの奈津紀に働かせてしまい、苦労を掛けさせてしまいますね」

奈津紀を助け出したものの、こんどは自分たちが負傷してしまい奈津紀に無理をさせていることに顔を伏せてしまった香織に優男が優しい声ながらも、部屋を出て行こうと声を掛けてきた。

「じゃあ、もういいかい?ボクもいきなりのイレギュラーな仕事が入ったおかげで忙しくてね」

「お待ちください。先ほど私の名を呼ばれましたが、私も貴方のお名前をお伺いしてもよろしいですか?あなたも治療を?貴方の先生か上司が治療をしてくださったのですか?上司の方にもお礼が言いたいのですが・・」

香織ははっと顔を上げ、どこの誰に世話になってしまっているのかを確認しようと優男の素性を確認しようと慌てて呼び止め問いかけた。

重症であった沙織と、沙織ほどではないにしてもかなりの深手であった自分を含んだ二人を、この若い優男一人が治療したとは思えなかった。

「上司って・・。ボクだけで治療したんだよ?ボクが袁。香港三合会の袁揚仁。あ、礼なんていいからね?ちゃんと料金はいただいてるし・・。それに、治療できるのはここにはボクだけだから、ボクが君たち二人を治したんだよ?ボクには上司も先生もいないからね。でもボクの上司って、はははっ、そういう人が居たらなかなか面白いかもね」

イケメン優男はあっさりと答えいい笑顔で笑っていたが、答えの中に香織が予想もしていなかったことだらけであった。

「・・あ・・あなたが袁?!香港三合会の夢喰いの袁揚仁?!」

香港三合会頭領の中では最年少とは聞いていたが、香織は目の前にいる袁揚仁と名乗る男のあまりの童顔と爽やかな甘いマスク、マフィアのボスとは思えない物腰柔らかな口調と仕草の優男の正体に驚いてしまったのであった。

(若い・・そんなはずは・・たしか袁揚仁は30歳前後と聞いています・・。それにしてもどう見てもこの男がマフィアなどと・・、しかも張慈円と同格の男とは到底思えません・・)

「わっ、やっぱりそんなに驚く?まあ、その反応には慣れっこだけどね。・・張慈円と話は出来てるから、しばらく休んでいてよ。じゃあ」

香織は袁揚仁のあまりの想像とのギャップに驚いているうちに、その袁揚仁は気にした様子もなくさっさと部屋を出て行ってしまったのであった。

「今の男が・・夢喰いの袁揚仁?・・・用心深く冷酷な男だと聞いていましたが・・。あのようなマフィアとは程遠い容姿の男とは・・」

(しかし、袁揚仁と名乗っただけで、本人とは限らないかもしれません・・。袁一家がこの国に来ているなどという情報は私も聞いていませんし・・・、試してみるとしましょう・・)

ベットですぅすぅと寝ている沙織と香織だけになった病室で、香織は能力を発動させた。

(くっ・・!消耗しているせいで長くは使えませんが、一瞬でも十分です。そう遠くにはまだ行っていないはず。50m程度なら・・)

【見】をソナーのようにして展開し、狭い範囲で一瞬だけ発動させた香織は、引っかかった複数の反応に息を飲む。

先ほど袁揚仁と名乗った優男の姿とオーラ。

容姿とは裏腹に袁揚仁を名乗った優男は三合会の首領を名乗るに値する膨大なオーラを纏っている。

本人が名乗った通りさっきの若い優男が袁揚仁で間違いはなさそうだ。

しかし、香織が息を飲んだのは袁揚仁の気配やオーラではなかった。

20mも離れていないところに張慈円と同僚である千原奈津紀の姿が一瞬だけだが見えたからであった。

「な・・奈津紀!?・・・張慈円も?・・・なぜ!?」

香織は渇いた唇に歯を立てて、いま【見】で見た光景が信じられず長い髪を揺らせて頭を振る。

全裸の千原奈津紀が膝を付き張慈円になにやら言っていた。

香織は身体を襲う極度の倦怠感を振り払い、奈津紀と張慈円を感じられた方向に向き、気力を奮い立たせて再度【見】を発動する。

先ほどより範囲は狭く、奈津紀と張慈円の姿が確認できた部分にいびつな形で【見】を発動させる。

奈津紀らしくもない狼狽えた顔で何事かを訴えているが、ニヤついた張慈円が何事か言葉を返すと、奈津紀は驚いた表情から諦めの表情になって膝を付き、手も地面についた観念したかのような格好になって項垂れた。

その奈津紀のヒップを張慈円が叩き、髪を地面に垂らしている奈津紀の首と手首を一枚の板で拘束してしまったのだ。

「な・・奈津紀!いけません!」

がしゃん!

奈津紀の窮地を救おうとベッドから飛び降りた香織だったが、点滴の管が足に引っかかり計器類が床に落ちて派手な音を立てる。

しかし、それに構うことなく、患者衣の前がはだけて、自身の胸が露出するのも気にとめず、香織は部屋の扉を開けようとするも、扉はびくとも開かない。

「こ、この!外からカギをかけているのですか・・!奈津紀が望んであのようなことをするはずがありません!奈津紀が張慈円などの言うままになっているのは・・・私たちの治療を条件にあのようなことを飲まされたに違いありません!・・ここでのんびりと寝ているわけには・・!」

そう言い行動を起こそうとした香織は、後ろで寝ている沙織も起こそうと振り返りかけた時、入り口の扉が突如左右に開いた。

一瞬だけさっきの優男の笑顔が見えたその瞬間、香織の顔が掴まれ視界が塞がれる。

視界が塞がれた途端に優男が声を掛けてきた。

「珍しい能力を使うね前迫さん?剣士だって聞いてるけどかなり広い範囲に感知系の能力展開できるんだ?だとすると君って高嶺組織の中でもすごく貴重な人員でしょ?・・・でも、いまは少し大人しくしていてもらおうかな」

「あ、あなたは!邪魔をすると言うのであれば」

「いまの前迫さんの怪我じゃ、ボク相手じゃなくてもどうしようもないと思うんだけどね・・。キズもまだふさがってないし、オーラなんて、さっき使った能力もすごく弱弱しかったから、今はもうほとんどオーラ無いんじゃないかな?これ以上暴れるなら、ボクも手荒な真似はしたくないから【治療】以外の能力を使わざるを得なくなるけど・・?」

袁揚仁は、その爽やかで甘いマスクからは想像もできない素早い身のこなしで、香織の顔を掴んだまま、背後に回り込み丸腰の手首を捻り上げながら穏やかな口調のまま警告する。

「は‥離しなさい!くっ!せめて刀さえあれば・・・!」

「刀があっても今の君じゃどうしようも無いって。・・仕方ない、ボクが受けた仕事は君たちの治療だから手加減はするつもりだけどね・・」

袁揚仁がそう言い終えると、袁のオーラが掌を通して香織の頭に侵入してきた。

「離しなさい!・・な・・奈津紀!いま行く・・わ・・。く・?・・ぅ・・・」

香織の視界は暗転し意識を失ってその場に崩れ落ちた。

【第9章 歪と失脚からの脱出 55話 隣室で起こりし事終わり】56話へ続く
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筆者紹介

千景

Author:千景
訪問ありがとうございます。
ここでは私千景が書いた小説を紹介させて頂きたいと思います。
ほぼ私と同年代の既婚者が主役のものになるかと思います。登場人物同士が
つながりを持っていて別の物語では最初の物語の主人公が脇役を務める様な
小説全体につながりを持たせ想像を膨らませていけたらと思っております。
どうぞ宜しくお願い致します

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