第10章 賞金を賭けられた美女たち 5話 若い燕に懐かれ体質の才媛
香澄は新しく用意されたデスクに座り、誰もいない広々としたオフィスを見回す。
今日からここが新しい職場だ。
といっても、ここでの仕事がまともに稼働するのは少し先になると聞かされている。
一昨日のあの火災事件の翌日、急に香澄が在籍していた宮川アシストの親会社から辞令が下ったのだ。
つい3か月ほど前、平安住宅を退職し、宮川アシストの部長職という待遇でヘッドハントされた岩堀香澄であったが、まさかこんなすぐに転職することになるとは思ってもいなかった。
いま香澄の座っている席は宮川コーポレーション関西支社6Fにある。
緋村紅音が赤字部門である不動産部を、支社から切り離し子会社していたのが解消されたのだ。
法的な手続きはまだまだ時間がかかるとのことではあったが、勤務場所は宮コー関西支社内に変わり、そのまま手続きに要する時間が過ぎれば、自動的に親会社である宮川コーポレーション組織に香澄の業務は組み込まれる予定になっている。
ただ、今日は一般社員のほとんどは休業させられており、ここ6Fにも香澄以外に人影はない。
上階や1Fあたりでは、一昨日の騒動の後始末で、工事関係者が慌ただしくしているが、被害のなかった6Fは静かなものである。
辞令書と共に送られてきた書類には香澄の待遇が事細かに書かれていた。
宮川コーポレーション関西支社不動産部部長、それが今の香澄の肩書だ。
宮川アシストでの待遇も平安住宅より随分良かったが、今の待遇はもっと良い。
「う~ん・・。私生活や身体の不思議な変調はともかく、仕事は・・というか誠のことや今後の生活の展望は明るいっぽいわね・・・。でも身体の不思議な変調もむしろ調子いいわ。落ち着いたらまた神田川さんに聞いてみましょうか。あの人が平安にいた私に声を掛けてくれたし、変なマッサージもしてくれたおかげ?のせいで身体の調子もかわったんだしね」
♪♬~♪♬♪~♪♬♪~
フロア全体が見渡せる自分の席から管理を任されたフロアを眺めながら、独り言を呟き今後のことや、気持ちと考えを、整理をしているとスマホが鳴った。
まただわ。
そう思いながら香澄はスマホの画面を見て眉を僅かに顰める。
画面を見る前から設定している着信音で誰かがわかるのだが、もしかしたら違う人であってほしいと、そんな訳がないにも関わらずそう思って画面を見てしまったのだ。
やっぱりというか、当然予想していた通りの人物からである。
画面には【浩二さん】と表示されていた。
数年前までなら、この着信音が鳴ると嬉しい気分になっていたことが今では信じられない。
電話を取らない。という選択肢が頭をよぎったが、迷ったのは本当に一瞬だった。
「はい」
香澄は画面をスライドし、抑揚のない声を相手に返す。
「香澄。忙しいところごめんな。いま少し大丈夫か?」
聞き慣れた声だが、以前とは明らかに声のトーンが違う。
此方の機嫌を伺うような声色の元夫の声色に、ここ最近電話を寄越してきている内容の続きだと確信した香澄は一気に気が滅入る。
香澄が平安住宅を辞め、上場企業である宮川コーポレーション傘下の子会社に就職したころから、頻繁に着信があるのだ。
香澄の元夫である岩堀浩二は、証券会社に勤めている。
もともと給与水準も高い業界ではあったが昨今のネット証券の台頭により、浩二の勤めている平和証券は数年前から徐々にだが、確実に圧されつつあった。
香澄も、浩二の会社が顧客を目減りさせていたことは、夫婦生活中の会話からよく耳にしていたことである。
その影響がここ最近になり、ついに浩二の勤務時間やノルマに顕著に影響してきだしたらしいのだ。
香澄が元夫との共通の知人伝えに聞いたところでは、浩二は課長から主任へと降格したあげく、大幅な減給の憂き目にあったらしい。
いまの岩堀家では、浩二と浩二の母静江の二人暮らしだ。
浩二と香澄には誠という7歳になる男の子がいるが、当然香澄が親権を持ち、香澄のマンションで暮らしている。
浩二が住む母と二人だけで住むことになった広すぎる二世帯住宅は、大幅に減給した浩二の給料では生活が苦しくなっているのだ。
二世帯で住む為に建てた大きな住宅、家族みんなで乗る為に買ったフォーシルバーリングスエンブレムで有名なドイツ製の高級車のローンが、薄給となった浩二の双肩に重くのしかかってきているのだろう。
「だから何度も言うように誠も父親がいたほうがいいと思うんだ。俺もこの通り何度も謝ってるだろ?香澄も強情を張らず誠の為だと思って折れてくれよ。な?一度ぐらいの過ちは誰にだってあるだろ?結婚して8年じゃないか・・。男はどうしても我慢できない時があるんだ。わかってくれよ」
降格や減給のことを一切香澄に伝えず、息子である誠の為に再婚してまた元の鞘に戻って暮らそう、と提案してくる浩二の言葉は香澄には響かなくなっていた。
浮気のことが大きな原因ではない。
浮気ということであれば、香澄も潔白ではないからだ。
こうやって元夫と話していると、それがよく分かる。
お互いすでに冷めていたのだ。
いまこうやって熱心に浩二が話しているのは、浩二自身の生活の為だ。
香澄が宮コーに栄転していなければ、こんなラブコールは決してないだろう。
「ええ、・・ええ・・でもよく話合って決めたことじゃない」
「でも誠も俺に会いたがっているだろ?」
浩二が降格し減給したとこっそり教えてくれた浩二との共通の友達は、香澄が宮川アシストにヘッドハントされて好待遇で就職したことを伝えてしまったことを、香澄に詫びの電話をしてきていた。
その知人が、浩二に香澄が宮川アシストに就職たから安心しなよと親切心で伝えたとたん、浩二は香澄とヨリを何としても戻すと目を血走らせていたらしいのだ。
(もう私たちの関係に愛はないのね)
1時間後、香澄は浩二の長く熱心な説得をようやく切り上げると、スマホをデスクに滑らすように置いて溜息をついた。
あんなに楽しいと思えていた浩二との生活が、遠い昔のことのように感じる。
周囲に誰もいないことをいいことに、はぁと再び声に出して大きな溜息をつき、イスの背もたれに背を預け天井を見上げた時、エレベーターの方からポーンと音がした。
「?誰かしら?」
香澄はそう呟くと背もたれから身を起こして、エレベーターに続く廊下の方へと目を凝らす。
見るとスーツに着られている感のある男の子が、その大柄な体躯を丸めトボトボとこちらに歩いてきている。
香澄もよく知る人物である。
「あら茂部くんじゃない。おはよう。茂部くんは今日から出勤だったわね。どうだった?新しい会社は?っていってもいきなり火災でボロボロよね」
香澄はモブの歩き方でなにやら落ち込んでいそうだと思いつつも、あえて明かる声を掛けてみたのだが、モブの様子は芳しくない。
「俺もボロボロっす」
茂部はそう言うと、うなだれたまま香澄の前を通り過ぎ、無料の自販機の前まで来るとコーヒーを二つ押した。
「・・・どうしたの?」
「俺、情けないっす・・」
香澄のデスクにコーヒーのカップを二つ置いたモブはそう言うと、机の上で両手を握りしめてそう言うと、顔を伏せた。
「何が情けないのよ?しゃきっとしなさい。茂部くんも晴れて天下の宮コーの正社員になったのよ?しかも秘書主任だっけ?特殊な役職みたいだけど私と同じ部長職と同じぐらいの待遇なんでしょ?・・・失礼だけど茂部くんの経歴からすれば大出世じゃない。社長・・いえ、宮川支社長も茂部くんを気にかけてるのかしらね・・。でも理由はどうあれ立派なことよ?胸を張ったらいいわ」
モブのいつになく深く落ち込んでいる様子に、香澄も少し心配になって励ましてみる。
出社初日でこんなに落ち込むとはいったい何があったのだろうと思うも、香澄はあえて追求しない。
男という生き物が、失敗したことやプライドを傷つけられる内容を根掘り葉掘り聞かれるのは嫌いなはずだと思ってのことだ。
「でも俺・・今朝ほんっとーに思い知ったんす。・・他の秘書主任のみんなと比べると全然っす・・。俺クソザコっす・・ゴミカスっす・・。栗田先生や稲垣主任、神田川主任に色々教えてもらって、随分俺変れたと思ってたっすけど・・ぜんぜんでしたっす」
もともと深く考えず、喜怒哀楽の感情を隠すことなどほとんどできないモブキャラであったが故にモブと呼ばれていた茂部天牙である。
しかしいくらモノを深く考えないタイプの人間だと言っても、百聞は一見に如かずというように、目で見、肌で体感し、心に響く経験からくる本当の認知は、思考が得意でなかったとしても心によく刺さるものである。
香澄はモブが演技をしているわけではなく、本気で傷ついているのだわかり、掛ける言葉を慎重に考える。
よく考えれば目の前で肩を震わし、顔を伏せているモブと香澄では一回り以上歳が違うのだ。
(そういえば茂部くんって今年20になったばかりよね。しかも高校中退でヤクザまがいのことをしていたって本人も言ってたわ。そんなこの子が、あの名門神田川家の真理さんや、宮川さんと一緒に英才教育を受けた稲垣さんとじゃ肩を並べる役職が務まるなんて普通じゃとても考えられない。・・・でも茂部くんは彼女たちに及ばないことが悔しいのね。・・・あんな超がつく才媛たちに負けて悔しいって思えるなんて成長したじゃない。それともただ無謀なだけかしら・・?でも実際茂部くんって私と働いてる3か月の間でも物凄く成長したのよね・・)
目の前で顔を伏せ肩を震わせている若い大柄な男の子を見て、香澄は目を細める。
まったくタイプは違うが、以前勤めていた平安住宅でも香澄が気にかけていた大柄な若い男の子がいた。
その子も仕事のことで悩み、香澄自身も厳しく注意することもあったが、成長してほしい一心で愛のある叱責をしたものだった。
今はもういないが、その子はモブより少し背は低く、学生時代ラグビーをしていたと言っていたしその子も大柄であった。
当時様々な事件が重なり、香澄も一度だけその子と関係を持ったことがある。
若くたくましい身体、ラガーマンらしい太い腕、厚い胸板、仕事では頼りないのに、ベッドでは太く熱い塊となってくれた。
彼にテクニックはなかったが、ぶつけてくるまっすぐな感情に昇りつめらされたことを思いだす。
その子と目の前で肩を震わせているモブの姿が重なり、顔を伏せているモブの前でぶんぶんと頭をふって思考を元に戻す。
(いけないいけない・・。でも、わたしって若い子に懐かれちゃう性質なのかしら?それとも私が若い子に世話を焼いちゃうタイプ?)
モブと香澄は3か月ほど宮川アシストで共に仕事をした仲である。
はっきりいってモブの仕事は香澄から見ればまだまだお粗末なレベルではあった。
しかし、モブ本人がこっそり鬼と呼んでいた神田川、稲垣両名からの激しい可愛がりを受け、成長スピードは信じられないぐらい速かったのだ。
香澄の目にも、モブ自身よく耐え、本人なりに努力をしているのはよく伝わってきていた。
「茂部くん」
「・・?」
香澄の声にモブが情けない顔をあげる。
「いくわよ」
「・・へ?どこにっすか?」
情けない顔のままモブが聞き返す。
「飲みに」
「ええ?」
モブが情けない顔から面食らった表情に変わる。
香澄はその表情の変化が面白くて笑顔になって続ける。
「今日私本当は休みなのよ。新しい職場を出勤前に見ておきたくて来ただけだったの。茂部くんも今日午前様でしょ?」
「そ・・そうだったんすか。でも部長が飲みに行こうなんて言うのって珍しいっすね。珍しいというか初っすね。でもこんな昼間っから飲みに行くんすか?」
香澄の突然の提案にモブの表情も明るくなり出した。
「私もさっきちょっと嫌なことあって帰る前に飲みたいと思ってたとこなのよね。家じゃ子供もいるし夜中じゃなきゃ飲めないから、昼間日が高いうちに飲んで、夕方帰るころには少し酔いが醒めてるほうがいいかなってね。茂部くんも今までのこと悔やんでもしょうがないでしょ?これからのこと考えなきゃ。茂部くんと比べると、神田川さんや稲垣さんたち秘書主任がスゴイのは当たり前じゃない。彼女たち茂部くんのずっと先輩だし、彼女たちは小さな時から英才教育受けてるエリートたちなのよ?でもそのエリートたちに目をかけてもらってる茂部くんもすごいじゃない。素質があると思われてる・・のかも?まあ、とにかく、さっきみたいな顔しててもしょうがないでしょ?昼から予定がないなら私に付き合いなさい。それとも昼間っから女の私一人に居酒屋でお酒をあおらせるつもり?」
「是非お付き合いするっす!」
普段仕事モードの香澄らしさのない茶目っ気たっぷりな口調と表情に圧されたモブは、先ほどの落ち込んだ様子が嘘のような表情で元気よく応える。
「よろしい。今日は私の驕りです。そのかわりしっかりエスコートなさい」
香澄もモブの返答に合わせ、腰に手を当てて胸を張り笑顔でモブに頷いたのであった。
茂部天牙(もぶ てんが)
188cm 80kg 20歳 24cm 賞金額:0円
通称モブ。本名なのでしょうがないにも関わらず、本人はモブと呼ばれることを嫌っている。府内屈指の低偏差値高校を中退し、チームを作ってバイクなどで暴走行為をしていた。親類や先輩のコネで何度か就職するも長続きせず直ぐに辞めてしまっている。
暴走行為を続けるうちに、ヤクザに目を付けられるが、イザコザのケツ持ちを張慈円のグループに依頼したことから、橋元一味との関係が始まる。
一時橋元傘下の木島健太のところで世話になるも、木島のアジトであるオルガノを強襲した佐恵子らに叩きのめされ、宮コーに身柄を拘束される。
警察に突き出す前に、当時無能力者だと思われたモブが宮コー十指に数えられる実力者、魔眼佐恵子を2度もKOしたことを調べる為、神田川真理と稲垣加奈子の尋問と実験を受ける。
真理たちの可愛がりと呼ぶ尋問と実験によりモブは能力者として覚醒。
【複写】及び【肉体強化】に開眼し、当時宮川アシストに左遷され人材不足に陥っていた宮川佐恵子の即席ボディガードとして任用される。
栗田教授の肉体改造手術を経て、能力と股間のサイズがパワーアップしている。
モブの持つ【複写】は一度見たり、身に受けた技を70%~100%の精度で復元可能で、一度複写に成功した技能は100技能までストックでき、本人が消去するまで何度でも使用可能な凶悪な技能である。しかしその凶悪な技能もモブでは使いこなせていないのが現状で、【複写】を使いこなせばモブこそが最強になれるかもと栗田教授は密かに期待している。
岩堀香澄(いわほり かすみ)
164cm 54kg 33歳 85D⇒87D、62⇒60⇒64、88⇒87⇒90(香澄はここ数か月の様々な出来事から、ストレスや急激な環境変化によりスタイルに変化がありました。)
賞金額:新規エントリーに付き1000万円からのオークションスタート
大手住宅メーカー平安住宅の賃貸部門に勤務していたが、紆余曲折を経て宮川コーポレーションに席を置くに至る。
夫である浩二とは離婚しており、息子である誠の親権は香澄が持っている。
産後下半身などがふくよかになってきていることを気にしており、プロポーションを維持するトレーニングを日々密かに行っている努力家な一面を持ち合わせているが、当人が気にしているほど太ってはおらず、むしろ均整の取れたプロポーションで20代半ばと言っても十分通用するメガネ美人。
真面目でお堅い性格ながら、諸事情により平安住宅時代に部下である水島喜八と大原良助と肉体的関係を持ってしまっている。
前者はレイプで後者は香澄が誘った形である。
宮川コーポレーションに所属する神田川真理の人体実験を経て能力に開花。【事象拒絶】という交渉術と【肉体強化】、さらには竹刀や木刀、真剣を持った時のみに発動する更なる肉体強化技、剣聖千原奈津紀が刀を振るう際に発動している【剣気隆盛】を香澄も発現できるようになっている。
剣道四段の腕前で、真剣は天然理心流。
宮コーへの転職は、部長職での抜擢をされており仕事への関西支社長である宮川佐恵子の信頼も厚い。また、能力者としての遅すぎる開花にもかかわらず、センスがありそうなことで戦力として期待されてもいるが、そのことが袁揚仁の運営する変態サイトの「プロ変態」たちに目を付けられることになるとは今は知る由もない。
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