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第10章 賞金を賭けられた美女たち 8話 宮川コーポレーション代表そして暗部登場


第10章 賞金を賭けられた美女たち 8話 宮川コーポレーション代表そして暗部登場

都心環状線駅近くの高級ホテルにあるラウンジのボックス席に陣取り、テーブルにはコーヒーの入ったカップと、ノートパソコンと資料を並べている大柄な長髪オールバックの男が、気難しく眉間に皺を寄せてキーボードをたたいていた。

宮川コーポレーション本社勤務で、執行役員である緋村紅音のボディガード兼執行役員付き部長である丸岳貴司である。

紅音が宮川コーポレーション関西支社長の任を解かれ、本社勤務になったのはつい2日前のことである。

緋村紅音のボディガードを兼ねている丸岳も、紅音の移動に伴い当然のように本社勤務へと移動になっていた。

しかし丸岳も紅音も、関西支社から帰ってきて本社にはまだ一度も出社してない。

いや、していないのではなく、実は出勤を禁じられている状況であった。

紅音のやらかしたことを考えれば、自宅謹慎という処置は甘すぎるが、紅音だけでなく連座で丸岳も謹慎処分を受けていた。

しかし、丸岳や紅音の謹慎理由は先の失態だけがすべてではない。

本社に出勤するよりも重要な仕事が今日ここであるため、その準備に丸岳は関西支社から帰ってきてからというもの、時期が来るまでホテルで待機するように命令されていたのである。

紅音は本社に帰ってからは、なにも仕事は与えられておらず、逮捕後の事件でのショックが大きいため、一人スイートルームで療養中であり、限られた人としか会えないほど精神が参ってしまっているのだ。

いっぽうの丸岳は、待機とは名ばかりで事件の後始末に一人忙殺され、普段なら健康的にみえる日焼けした顔がやや窶れ気味に見えるのは気のせいではない。

「コーヒーお持ちしました」

にゃん。

しなやかな身体つき、細身ながらも隆線的なボディラインのスーツ姿、アーモンド形のはっきりした目をした女性は、癖で出そうになった語尾をなんとか堪え、軽く膝を折ってテーブルにコーヒーの入ったカップをソーサーの上に重ねる。

緋村紅音の無茶ぶりで、孤島Sへの潜入及びディスク回収作戦に抜き打ちで投入されたミコにゃんこと猫柳美琴である。

本来ならホテルラウンジのウェイトレスが運んでくるべきものなのだが、尊敬する上司に自分で持っていきたい美琴が途中でウェイトレスからトレーごともらい受けたのだ。

「・・助かる。それにしても美琴には今回のことでは苦労を掛けた。戻ってきたばかりで働かせてしまってるが、体調は大丈夫なのか?」

丸岳は美琴の気遣いを労うと、笑顔を返し持ってきてくれた熱いカップに口をつける。

「私は大丈夫です。・・お嬢様派の治癒能力者に治療してもらってしまいましたが、あれが無ければ私の命はなかったと思います・・」

美琴を治療してくれたのは菊沢美里という四十路前の女性だ。

一部の界隈では有名な人物であり、その菊沢美里が宮川佐恵子の派閥に協力していたことはすでに丸岳には報告してある。

「まさか宮川お嬢様があんなコネクションを持っていたとは意外だったが・・。とにかくそれで美琴が助かったのだ。ひとまずは良しとしよう」

そのことで社長はかなり渋い顔をしていたがな・・。と丸岳は思うも、美琴のことを気遣い口にはしない。

医師として数多くの論文を発表し、医療雑誌などでも露出の多い天才外科医菊沢美里がSでの作戦になぜか混ざっていた理由はわかっていない。

衛星で送られてきている映像が解析され、菊沢美里本人に間違いがないとわかると、社長派の幹部たちが騒然となったのは昨日のことである。

菊沢美里は外科医として業界では普通に有名人だが、能力を隠さず公然と使い手術をする為、能力者の間でもとても有名人であり、美里が在籍する病院長も美里が移籍してしまわないかと心配しているほど、美里への勧誘は医療機関に限らず、民間はもちろん海外の政府筋からもあるほどなのだ。

多くの好待遇オファーを袖にし続け、府のいち総合病院に美里が籍を置いているのは、まったく謎であり周囲では様々な憶測が飛び交っている。

しかし理由はすこぶる明白であった。

菊沢美里の異常偏愛が一方的に注がれた弟の勤務地に一番近い総合病院がそこなだけである。

もし菊沢宏が無政府国家のソマリアや内戦が頻発するシリアに移住するならば、菊沢美里は、かつて追い返されたこともある国境なき医師団ならぬ、国境無視の医師としてそれらの国に躊躇なく引っ越すであろう。

周囲が噂している美里の移籍拒否の真相など実は大層なものではなく、優先順位一位の弟に近くにいられることが美里にとって最重要であり、その謎の真相を囁く周囲の憶測など本当にどうでもいいことであった。

その美里の神医と謳われる腕前は文字通り神がかっており、世界中からその噂を聞きつけた要人や財界人などの予約が殺到している。

しかし、美里は権力で迫られようが札束を積み上げられようが、2日以上先の予約は受け付けず、順番も先着順と非常に真っ当に医師としての勤めに励んでいるのだ。

そんな顔も名前も知らない要人たちとやらの腹や頭を切裂き、患部を取り除いて縫合するなどという面白みのない予定を詰めすぎてしまうと、可愛い弟に合う時間がなくなってしまうではないか。と美里は本気で思っている。

権力や経済力を持ちたいと願っている同業者からは、美里に対する嫉妬から、奇怪な変わり者と揶揄するものもいるが、当の美里はどこ吹く風といった様子である。

世界的に有名な外科医の望みは本当にささやかで、週に一度、いや贅沢を言えば2度、はばからず本音を言えば実は毎日、弟夫婦とディナーの時間を取ることと、そして欠かさず弟夫婦たちとお互いの誕生日を祝いあい、宏のあらゆる記念日には美里の手作りの料理や、手作りの装飾品などの贈り物をし、毎朝、毎晩の「おはよう」と「おやすみ」の通話が日課として守られ、一日に10通程度のラインのやり取りを弟とできれば美里はそれだけで人生を喜び、信じてもいない神とやらに感謝することもできるのであった。

本当にささやかだと美里本人だけが思っている環境が美里のすべてで、そのために美里は今日も出し惜しみなく能力を使い、できるだけ仕事を早く切り上げて、大学病院の勤務医だという時間不定期になりがちなブラック職業にも関わらず、驚異の定時帰社5時チンダッシュの為に毎日仕事に励んでいるのだ。

美里は、仕事が終われば今日も弟に会えるかもしれないし、会えれば会えたで少しでも仕事を早く切り上げたほうが、弟と過ごせる時間が長くなると思っている。

どこにでもいる至って普通の仲の良い姉弟なのだ。と美里だけが思っているが、最近は宮川コーポレーションなる大企業に可愛い弟が目を付けられ、弟の経営する探偵事務所が購入されたというではないか。

可愛い弟が優秀でタフで優しく頼りがいがあるのに、シャイな部分があって愛されまくりなのは、隠しようもないことなので他の者に弟が気に入られてしまうのは仕方がないが、そのために弟が忙しくなり、私と会える時間が減るなどということが有ってはならないのだ。

と普通の兄妹なら誰でもそう思う。私だって当然そう思ってる。と美里は思っており、宮コーに所属したことを懸念していた矢先の先日の事件だったので、美里は周囲が想像している範疇を越えて、宏の今後の身の振り方を考えているが、それがわかるのはもう少し先のことである。

その美里の能力だが、能力を使って手術するといっても、常人に美里のオーラを視認することはできず、一般人は美里の手術を見ても、神がかった神技にただただ舌を巻くだけしかできない。

その医師として高名で、かつ能力者の間では神医として名高い能力者菊沢美里がお嬢様派としてSという僻地まできていたことは、とにかく社長派としては仰天すべき事態であったのだ。

菊沢宏との関係に周囲が気付くのは時間の問題だが、天才外科医の名をほしいままにしている才色兼備の女医が、極度のブラコンを末期症状までこじらせ、本能の赴くままに行動した結果であることは、まだほんの一部の者しか知らない。

ラウンジのソファに座って足を組み、カップを口に運んで、医師且つ能力者という有能な人材が敵派閥に流れてしまったことよりも、自分の無事を喜んでくれて笑顔を向けてくれている丸岳に、美琴は感謝の意を表すように顔を赤らめ頭を下げてから尊敬する上司の体調こそを気に掛ける。

「それより丸岳部長こそもう二日も徹夜されてます・・。少しお休みになられては?」

いかがですにゃん?

と語尾は心中に留めおき、心底心配して提案してみたが、返ってくる返答は美琴の予想どおりだった。

「大丈夫だ。それより紅音の様子はどうだった?・・・今朝もまだずいぶん参っている様子で食事もとってないみたいだったが・・」

「いまは薬が効いてねむってます。お食事はやはりとられてなかったので、いま点滴しているところです」

にゃん。

美琴はやっぱりと思いながらも、出てしまいそうになる語尾を控えた。

今回の騒動で丸岳も酷い目にあったというのに、騒動の元であるお天気屋の上司、緋村紅音のことを心配している。

態度や口には表れていないが、丸岳貴司が緋村紅音のことを単なる上司と部下の関係ではないことを美琴はうすうす感づいていた。

一見強面にみえるが、毅然としているのに優しい丸岳部長は社員からの人望も厚く、女性社員には独身男性ということもあり非常に人気がある。

それだけの優良物件で女性を選びたい放題のはずなのに、丸岳は特定の女性がいる様子はなく、我儘を言いたい放題の緋村紅音を影のようにサポートし、つねにフォローしているのである。

二人の関係をあやしんだ美琴は、以前こっそり【完全不可知化】を駆使し、紅音と丸岳の関係を探ったことがあるのだが、美琴の予想は外れたのであった。

だが、それにしても丸岳の緋村に対する献身ぶりは、恋人のそれに近い気がしていた。

(・・・丸岳部長の趣味って、緋村さんみたいな感じなのかにゃ・・?二人の仲は悪くなさそうにゃんけど、付き合ってはないみたいにゃん・・。てことは、ミコにも脈はあるにゃん。こないだSでグラサン男に心を奪われそうになったにゃんけど、やっぱり丸岳部長のほうがかっこええにゃんなぁ・・。いきなり抱きしめるなんて不意打ちをされたせいでグラサンに浮ついちゃってただけにゃん。・・でも、わたしって・・惚れっぽいのかにゃ・・。・・・にゃ!そんなはずないにゃん。お付き合いした男性だって24にもなるっていうのに一人もいないにゃん。この会社というかこのポジションがブラックすぎてそんな暇ないのもあるにゃんけど・・断じて違うにゃん。ミコは純潔にゃ乙女にゃよ!)

丸岳が「そうか」と短く応えた一瞬の間に、美琴は場違いなことで思考を巡らせていたが、それを表情には出さず「はい」と返事をしたのであった。

「しかし、やっかいなことになった・・・。すでに出まわってしまっているが・・あの紅音がああも成す術がなかったとは・・くそ・・霧崎のやつめ。しょせん公安だと思って油断しすぎたか・・。真面目そうな顔して喰えんことする・・!それに香港の奴らだ・・香港の奴等も政府や公安ともつながっているのか?・・」

美琴が心中を悟られず密かにホッとしていると、丸岳が丸岳らしからぬセリフを独白したことに驚いて、次の言葉を待つが丸岳はそれ以上語らなかった。

丸岳はしまったという表情を押し殺してそれ以上口を開かず、手にはログイン用のUSBプラグを持って、それを忌々し気に見つめながら指で転がしているだけである。

「それは・・?」

美琴はなんとなく聞きにくかったが、ついに声に出して聞いたところで、丸岳が慌ててプラグをポケットにしまう。

「いや、なんでもない。それよりもうすぐ社長がいらっしゃる。公安の連中とは今回のことをはっきりさせる必要があるからな。それと紅音を一時とは言え逮捕したときに、紅音が負った怪我などのことを言及する予定だ。思いのほか紅音は重症だからな・・。警察庁の管理は国家公安委員会・・。すなわち政府は能力者を多数有する宮コーをもともと快く思っていないものが少なからずいるということだ。大臣や議員の多くは宮川の眼でほとんど骨抜きにしてあるが、全員ではない・・。それに、多くの省庁のなかで、ずば抜けて能力者比率が高いのが警察庁だからな・・。うちの力も警察だけには及びにくい。警察はうちとは敵対に近い関係だが、剣道などで指南役を務めている高嶺は警察とは仲が良いときている。・・・宮コー十指で組織内外にも有名な紅音を陥れ傷つけたのは警察・・もしくは警察と高嶺の両方だと社長も見当づけている。だがそれももうすぐはっきりする。社長の魔眼で即座に吟味できるからな。当事者だった霧崎美樹も今日このホテルに来るようにと伝えてある。奴が紅音を陥れていたのだとすれば全面戦争だ。そうなると面倒なことになるのは確実だが、こちらも十指の一人を的に掛けられたのだ・・こうなった以上断じて引くわけにいかん。・・・美琴。警察も能力者をSPに忍ばせてきているはずだ。今日は社長も石黒を連れてくると言っていたが、俺も万全を期したい。美琴も姿を消して二重に警戒にあたってくれ。妙な動きをしているものがいたら俺に知らせてほしいが、頼めるか?」

「承知しました。お任せください」

にゃーん?!

(警察とコトを構えるなんて、いかに宮コーでも大丈夫にゃんなのか?緋村さんが重症・・?外傷なんて全然なさそうにゃんよ・・?ちょっと手首や足首に擦り傷があっただけで、もうそれは治ってるにゃん。それだけでこんな大事にするなんて正直ミコにはわかんないにゃんけど・・)

「頼むぞ」

口では即答したものの美琴の心情を知らず、疲れた顔ながらも決意を漲らせいい笑顔でそう言う丸岳に対して美琴は

「はい」

と再度応えていた。

(ミコ・・流されやすいにゃん・・)

流されやすく、損な役回りばかりをしている美琴が内心でこのままでいいのかと思いなおす暇もなく、ロビーの方から恰幅のいいスーツ姿の男性を先頭にして、多くの部下らしきスーツ姿の男女を引き連れた集団がこちらに向かってきていた。

丸岳がソファから立ち上がり、姿勢をただしてその集団の先頭にいる恰幅の良い男性に頭を下げる。

「社長。お待ちしておりました」

頭を上げた丸岳が、先頭を歩いてきた男に慇懃な口調で挨拶をする。

背こそそこまで高くないが、威圧感十分なその風体でタダモノではないことが一目でわかる。

ダブルのスーツを着こなした男、宮川コーポレーション代表取締役である宮沢誠が警察幹部との会合にて魔眼を振るうべく部下を引き連れて現れたのであった。

タダモノだと感じさせない異様な威圧感の正体はその男の両目の色にもある。

宮川佐恵子と同じ目の色と球形ではない六角形にちかい瞳、目の色が特殊というだけでもかなり目立つというのに、純然たる経営者としても立ち振る舞いに雰囲気を纏っており、その仕草の一つ一つが王者の貫禄があった。

佐恵子の叔父である宮川誠は、宮川佐恵子に酷評されているが、表裏の多くを牛耳る巨大企業の最高責任者が、単なるお飾りで無能であるわけがない。

それは能力者としても経営者としてもである。

「ああ。丸岳君ごくろうだったな。徹夜が続いているのは知っている。だが敢えて言うがもうひと働きしてくれ」

「心得ております。緋村さんを陥れた者どもがくるというのに休んではいられません。その緋村さんですが、いまは睡眠薬を飲んでもらってねむっております。お会いになりますか?」

かつての恋人が目の前の男の愛人になっているのに、このような態度を取らなければならない自分自身の身を不甲斐なく思う丸岳だが、今はどうしようもないことだと割り切っている。

それになにより、これは紅音自身が選んだ道なのだ。

「いやあとにしよう。それより、あの件はかなり知れ渡ってしまっている。くれぐれも緋村君の耳にはいれんようにな」

宮川誠はもともと厳めしい顔を更に渋く歪め苦々しい表情にして言った。

その直後、宮川社長のすぐ後ろに立っている細身で化粧の濃い、既定の制服を着ているが、その雰囲気はいかにも一般社員とは違う女性社員が口を開いた。

「そうしても知られちゃうのは時間の問題だと思いますけどねえ。紅音ちゃんあれ見たら卒倒しちゃうんじゃないかしら?・・でも・・侮れませんわね社長?・・紅音ちゃん・・いえ、紅蓮ほどの能力者を一時的とはいえ、無力化する能力者がいるなんて・・わたくしも少しばかり公安を侮っていましたわ。飼われた犬などたかが知れたモノと思っておりましたのに・・」

そう言った女性は、一見してなよっとしているように見えるが、スーツに包まれたその肢体は見た目に柔らかそうな弾力が想像させられるも、その立ち振る舞いに隙らしいものは全く無い。

ややふっくらした唇に引かれたルージュは赤く、長く黒い髪をアップにまとめ、ぱっちりとした目は濃いアイメイク、肌は化粧のせいだけではない地肌のきめ細かい色白だとわかる。

くっきりとした顔立ちで、まばたきをするたびに、その長い睫毛がバサバサと動くのが印象的な、魅惑的な女性である。

一見化粧が濃いかもと思わせるタイプの女性だが、派手な顔立ちであるだけで化粧が濃いわけではない、そして出るところは出て引っ込むべきところは引っ込んでいるプロポーション。

艶めかしい、下品な言い方をすればエロいという表現がぴったりの妖艶な美女である。

「アレはああ見えて繊細だからな・・」

その美女に振り返ることなく紅音のことをそう評価する宮川誠の顔は渋かった。

そして、その表情をやや違うものに変えると更に続ける。

「公安は形骸化していたが、あの霧崎という捜査官が来てからだ・・。ヤツはうちを蹴って捜査官になった者であったな。気に入らんやつだ。・・やつのことを洗えと言ってあったな石黒くん?」

「はい社長。霧崎は都内のマンションに旦那と二人暮らし。旦那も公務員ですわね。でも結婚5年で夫婦間はすでに冷え切ってますわ。お互い仕事ですれ違いのようです。・・そのためか残念ながら子供はいません」

「そうか。あのサイトでも霧崎にも賞金が掛けられていたということは、香港の連中とは霧崎は繋がっていないと考えるべきか・・。それともそれ自体がそう思わせるミスリードなのかは、すぐにはっきりする。いずれにしても霧崎は始末するが、まずは洗いざらい情報を吐かせてからだな。夫に情はなくとも、子供がいれば子供を使えると思ったのだが残念だ」

厳めしい表情のとおり、宮川誠の嗜好には優しさはない。

目的のために有効と思われる手段は容赦なく使い、最短と思われるルートを迷いなく選択する。

佐恵子や佐恵子の父である昭仁とは決定的に違うのだ。

しかし、だからこそそれらを是とする者たちからの求心力は高く、従うものも多くいるのであった。

お嬢様派と呼ばれる佐恵子の派閥の勢力が20とすると、宮川誠の社長派と呼ばれる勢力は80である。

お嬢様派と目される宮コー十指に名を連ねるものは、いままでは神田川真理、稲垣加奈子、そして派閥の旗でもある宮川佐恵子の3人しかおらず、残りの宮コー十指はほぼ現社長である宮川誠氏の傘下であった。

そして宮コー十指の一人でも変わった立場の蜘蛛こと最上凪だけはどちらにも属さず、ほぼ現役を引退した宮川コーポレーション会長宮川昭仁のみに仕える側近だったのだが、会長から指示があったのか会長の一人娘である佐恵子の元へと派遣されている。

そのため十指の構成比率でいえばお嬢様派閥は4割をしめてはいるものの、組織全体の構成比率では2割程度なのであった。

十指最強と謡われる紅蓮を愛人として右腕として使い、いままた付き従えている妖艶な美女こそも、十指の一人として数えられる幻魔の二つ名を持つ石黒実花であった。

その幻魔こと石黒実花が宮川誠の思惑を理解したと伝える笑みを浮かべて頷いた。

「そのためにわたくしを連れてきたのでしょう社長?・・・でも、霧崎もうちに敵対するなんて相当自信があるのか、とんだおバカさんのどちらかですね。生真面目で成績優秀な優等生・・。優秀なのに、追うばかりで追われることは想定もしてないのかしらね。正義感に燃えて、悪と信じたモノを追うのはさぞ自尊心を満足させられるかもしれないけど、相手に与えた苦痛が大きければ大きい程、その代償は高くつくと相場は決まってますわ。・・・紅音ちゃんにされたこと、他人事だと思えるほどわたくしも冷めていませんからね。社長わたくしに何なりとご命じくださいな」

幻魔はそう言って目を細め、口元を黒い手袋を付けた手で覆って妖しい笑顔になった顔を隠して言う。

宮川誠は、睫毛の女性のセリフに「うむ」と力強く頷いたが、その表情はやや暗い。

「石黒。・・まさか紅音にも【鏡面桃源郷】を使うつもりなのか?」

社長の表情を読み取って深読みしたのか、丸岳が石黒に向かって問いかける。

「わたくしもそんなことしたくないのよ・・?でもそうするのが紅音ちゃんの為になるって思ったら間違いなくやるわ。・・・残念だけどね。その時は丸岳君も覚悟して。厳しい現実よりも優しい嘘のほうがいい時もあるのよ」

「・・だが・・」

(そうなれば、それは紅音ではない・・。紅音の形をした何かだ・・)

丸岳はそう反論しかけるも、石黒の背後に控えるスーツ姿の男女をみるとその言葉を口にはできず飲み込み、幻魔こと石黒実花にそれ以上返すことはできなかった。

十指の一人に数えられ、幻魔と恐れられる石黒実花も、同僚である紅蓮こと緋村紅音が無残に強姦されそれを撮影されて拡散されているということをすでに知っている。

自然の力である炎を操り、攻守バランスの取れた能力者の紅蓮ですらそうなってしまったことから、幻魔こと石黒実花自身も他人事ではないと思っているのだ。

それにあのお天気屋の緋村紅音と対等に話せ、そして比較的気の合っていた石黒実花だからこそ、紅音に対して同情の想いは強い。

その美しく派手な顔には、憂いを帯び長い睫毛の奥にある目は哀しみと怒りが混在しているのが見えたからでもある。

石黒の能力のエグさは、幻魔と呼ばれる石黒本人が一番理解している。

丸岳も紅音と石黒の仲が悪くないのは当然知っている。

石黒もまた同列の同僚である紅音に、負となる思い出や出来事を記憶から消し去ってしまう【鏡面桃源郷】を使うのは躊躇いがあるのは当然であった。

【鏡面桃源郷】は厳しい事実を脳裏から消し去り、そこを都合の良い優しい嘘で埋めてしまう幻覚術である。

消し去った負となる思い出や出来事が本人に与えている影響が強い程、術後対象に与える人格変化の影響が大きいのだ。

丸岳が懸念しているように、術後の紅音の変化次第では、紅音ではなくなってしまうと心配するのも当然であった。

現に、石黒の背後に控えている数人の既定の制服に身を包んだスーツ姿の男女は、一様にして同じような目の輝きをしている。

その者達は任務で敵に捕まり拷問を受けたり、性的な凌辱、家族や恋人と無残な生き別れ方をしたため、精神的に参ってしまい医学での治療が困難になってしまったものの末路である。

石黒自身の直属の部下たちはいわゆるそう言った者達ばかりで構成されているのだ。

明らかに以前の人格とは違ってしまっているが、当の本人たちにその自覚はない。

「実花さま。配置かんリョウ致しておりマス。以降のごシじを」

その時石黒の背後にタイトスカートを履いた宮コーの女性社員が近づき、片膝をついて石黒に頭を下げ報告してきた。

指示を仰いでいた女性社員はまばたきをせず目を見開き石黒を見つめている。

かつて優秀な能力者であったその女性は、敵に捕まり2か月にわってり軟禁されたことがある者だ。

その後助け出されたのだが、その2か月間に受けた拷問が彼女を完全に壊してしまっていた。

宮川の運営する病院でも彼女の精神は治療できなかったため、石黒実花をトップにして組織されている暗部へと配属されているのである。

彼女もまた幻魔こと石黒実花の施した【鏡面桃源郷】の中にいる一人である。

その女性はタイトスカートで片膝を付いたままの為、ピンクの下着がかなり大胆に見えてしまっているが、その女性は気にする様子もない。

辛いこと、嫌な思い出は忘却の彼方になった引き換えに、本来の自我や性格にも影響がでてしまっている。

よく見ればその整った顔付きの女性社員は化粧すらしておらず、パンストも履いていない。

ピンクの下着は身につけているが、どこか身だしなみや髪形にもチグハグな感じが見て取れる。

しかし、石黒の能力で彼女の心に不安や憂いはなく、心は平和で満ちているのだ。

周囲からは少し変わった子と思われるぐらいで、社会生活にもほぼ支障はない。

だが、こうなる以前の彼女をよく知る者からすれば、今の彼女がかつての彼女とは違うことに心を傷めるだろう。

「よくできたわ。次の指示があるまで持ち場で待機してなさい」

「はイ!」

石黒が優しい声でそう言うと、彼女は立ち上がって返事をすると、嬉しそうな表情を浮かべて持ち場へと帰って行った。

(・・・く・・。紅音もああなってしまうというのか?)

そのやり取りを見ていた丸岳は、強く拳を握りしめ奥歯を噛みしめてしまっていた。

丸岳は表情に出さないようにしているが、その隣では猫柳美琴がその様子を見て心配そうな視線を尊敬する上司に向けてるのだが、普段の丸岳は普段なら気づくその視線にすら気づけない程心はかき乱されていた。

「ふぅ・・。でもとにかく今は目の前のことに集中しましょ?」

このタイミングで丸岳にこういった場面を見せるのは、実花も疲れたようで話を逸らそうと丸岳に向き合ってそう言ってから、社長の宮川誠に向き直る。

「・・もっともだな。緋村くんのことは後だ。そういう選択肢も考えねばならん。・・・それに先方も到着したようだ」

宮川誠はそう言うと、ラウンジに歩いてきている男女数人の一団に向けて向き直ったのだった。

【第10章 賞金を賭けられた美女たち 8話 宮川コーポレーション代表そして暗部登場 終わり】9話へ続く
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        
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筆者紹介

千景

Author:千景
訪問ありがとうございます。
ここでは私千景が書いた小説を紹介させて頂きたいと思います。
ほぼ私と同年代の既婚者が主役のものになるかと思います。登場人物同士が
つながりを持っていて別の物語では最初の物語の主人公が脇役を務める様な
小説全体につながりを持たせ想像を膨らませていけたらと思っております。
どうぞ宜しくお願い致します

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