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第10章  賞金を賭けられた美女たち 28話 大石穂香の技と力

第10章  賞金を賭けられた美女たち 28話 大石穂香の技と力

廊下の突き当りには金属製の扉があり、その横には黒いロングコートを羽織った男が、壁にせを預け、スマートフォンをいじっている。

廊下の角で息をひそめ、様子を伺っている香織と穂香に気づいている様子はなさそうだ。

「ここまで接近しても我らに気づけないとは・・そこまでの使い手ではないかもしれません。ですが、油断は禁物です。くっ・・もう一人は室内にいるようです。奈津紀の気配も・・・。できれば一瞬で敵を無力化させたいものです。・・・穂香?準備はいいですか?外にいるあの男は私が射貫くことにしましょうか」

小声でそう言う香織は、室内にいるもう一人の男が奈津紀にしていることがはっきり分かってしまったため、怒りで眉間にしわを寄せ鋭い口調になってしまっていた。

そんな香織を、穂香はにっこりした表情を浮かべると手で制して口を開いた。

「そだね~。かおりんの言うとおり、たいしたことないのかも~。でも、かおりん疲れてるみたいだし、穂香が二人ともやっちゃうよ~」

怒りに任せて備前長船長光をスラリと抜き、弓形状に変形させようとしていた香織を横目に、穂香はのんびりとした口調でそう言いつつ、廊下の角から敵の目の前に無造作に姿を晒したのだ。

「ほのっ・・」

香織は制止しかけたが、もう遅い。

穂香は廊下のど真ん中に行くと、廊下の突き当りにいる男の方へと歩き出したのだ。

170cmほどで、女性にしては長身。

均整の取れた女性らしいスタイルを、フォーマルなタイトスカートスーツで包み、ジャケットから覗く白いブラウスには緑色の細いタイが絞められている。

やや明るい髪はソバージュで肩ほどまであり、一見すると容姿は人懐っこさを感じさせる牧歌的な美人でありながらも、歩き方はモデルのように流麗である。

穂香を知る人は、その人懐っこい笑顔が相手にはまったく為にならないものであることを知っているが、目の前の黑ロングコート男は穂香のことなど知らない。

突然、愛想の良さそうな美女が歩んでくる様子に、やや表情が明るくなってしまっている始末ですらある。

「お?なんだ?どっからはいってきたんだ?」

スマホから顔をあげ、黑ロングコート男は、突如現れた美女に、すこし声のトーンをあげて問いかけた。

ありえないことだが、近所に住む美人OLが帰宅途中にうっかり迷い込んだのか?と一瞬思ったが、スーツ姿の女にはあるまじきモノが、腰に佩かれているのを見て黑ロングコート男の表情に緊張が走る。

「高嶺か?!」

黑ロングコートの声が、一気に強い焦りと警戒をはらむ。

離れてその様子を見ていた前迫香織には、黑コート男が誰何したその「穂香の形」をしたものに、すでに穂香の気配がないのを感じ取っていた。

だが、黑コート男にはいまだその変化は感じ取れている様子はない。

次の瞬間、黒ロングコート男は、再び目を見開き、後ずさりをして恐懼した。

「っ?!」

突然目の前にもう一人穂香が現れたからだ。

軽やかに宙に舞い、すでに抜かれた蒼く煌めく刃、穂香は普段の笑みを浮かべたまま、葵紋越前康継を両手で握り、振りかぶっていたのだ。

すでに、袈裟掛け斬りを放つべく構えた穂香は、普段の表情で浮かべている笑みと同様である。

牧歌的でのどかな笑顔。

しかし、その笑顔と行動のギャップに黑コートの男は、頭で処理できずにフリーズしてしまっているのだ。

30mほど先にいる女と、同じ姿の女が、目の前で刀を振りかぶっているのである。

遠くにいる女を見て、目の前で振りかぶっている女の目に、視線を戻した時、女がしゃべった。

「一人目~」

牧歌的な笑顔のまま、蒼く煌めく死の一閃を、今まさに振りおろそうとしている女から、のどかな声が聞こえる。

黑ロングコート男は、状況を理解できていない表情で、口を「え?」の形にするのがやっとだった。

「ぐあっ!」

直後悲鳴を上げる。

黑ロングコートは、その悲鳴が自分の口から出たことに、すぐには気づけなかった。

左肩口から、右の骨盤上部までに灼熱を感じさせる痛みが走り抜ける。

「ん~?」

穂香は、腑に落ちないといった表情と口調で、そう口を尖らせたものの、表情を変えず連続で刀を縦横に閃かせて、黒コート男を五回立て続けに斬りつける。

「ぎゃああああ!」

黑コート男はあまりの痛みに絶叫をする。

「なにこれ~?!・・あはははっ!」

穂香は、目の前にいる黑コート男がなぜか絶命しないことを不審に思ったものの、斬撃がある程度ダメージとして通っていることがわかり、愉快そうに声をあげて刀を振るいだした。

黑コート男は、穂香の斬撃を浴びながらも、何とか殴打で応戦してくるが、それらは穂香になんなく躱されてしまう。

「穂香!何らかの能力ですよ!」

「わかってるよ~、かおりん。きっとダメージをどっかに分散させてるんだと思う~。でも、効いてるみたい。何回も斬ってたら死ぬんじゃないかな~?これ面白いね~」

斬られてもすぐには死なない黑コート男は、穂香にむかってがむしゃらに拳や足を振り回すが、当てるどころか、卓越した剣士である穂香の斬撃を鈍らせることすらできない。

穂香の斬撃で絶命しない黑コート男の能力を警戒した香織だったが、穂香は普段の表情をややサディスティックな笑みに変えただけで、振り返らないまま香織に返事を返して、刀を振るい続けている。

「おもしろ~い!たっぷり楽しみたいタイプの人なんだね~?男の人って大抵みんなすぐ果てちゃうからさ~。君、穂香と相性いいかもぉ~」

「ぎゃあああああああ!」

右に左に袈裟懸け唐竹割と、ずたずたに切り刻まれている黑コート男だが、絶叫をあげ、なんとか穂香の太刀筋を避けようとしている。

「・・どういう能力なの?」

嬉々として黑コート男に斬撃を浴びせ続けている穂香と、ずたずたに切り刻まれながらも絶命しない黑コートを見比べ、香織は【見】で注視してオーラの流れを読み取る。

(なるほど・・。受けたダメージのほとんどがどこかに散逸している・・。どこかの身代わりとなる依り代か何かにダメージを軽減させる能力ですか・・。だとすれば、どこに・・・?ですが本人にとっても悲惨ですね。相手が悪すぎます・・よりによって穂香とは・・。穂香ほどの格上相手には、長い時間サンドバックにされる能力でしかありません。しかし・・部屋の中にいるもう一人の者の能力はまだわかりません・・・。それにしても、こちらの様子にようやく気付きましたか・・・やっと奈津紀から離れましたね・・・ケダモノが・・・!)

「もう一人が来ますよ!穂香!」

香織は、楽しそうに刀を振るう穂香と、絶叫をあげつつ斬撃を浴び続けている黑コート男のオーラの流れを【見】で分析し、部屋内にいるもう一人の能力者の動きを察して、穂香に注意を促す。

「ありがとう、かおり~ん。でも、かおりんの【見】じゃなくても、この距離なら気配でわかるよ~」

穂香がそう言い終わると同時に、突き当りにある金属扉が勢いよく開いた。

香織より扉の近くにいた穂香は、すでに部屋内の男の動きは察知していたのだ。

なぜか死なない黑コート男をずたずたに斬り刻みながらも、穂香は、部屋から現れた背後の男の気配に反応する。

「【スティッキーバインド!】」

和柄ジャンパーを着た男が、穂香の背に向かって叫び両手を突き出した。

穂香の背に、オーラでできた網状のモノを飛ばしてきたのだ。

穂香は振り向いたものの避ける気配を見せず、嬉しそうな表情のまま両手をやや広げ、その網を全身で受けた。

「あは~。ネバネバだぁ~」

「よし!佐倉!今だ!こいつはもう動けない!やっちまえ!」

和柄ジャンパー男は、顔を赤らめ恍惚な笑みを浮かべて技を受けた女を訝しがったものの、両手から発したオーラによる網を引いて、穂香の動きを完全に拘束して黑ロングコートをけしかけるように怒鳴った。

佐倉と呼ばれた黑コートの男も、その声に、ふらつかせていた足に踏ん張りを利かせて、痛みを耐えて穂香の背に向けて殴りかかる。

「バカめ!それにかかったらもうおしまいだ。今度はお前がサンドバックになる番だぜ?!」

黑コート男は下卑た笑みを顔に張り付かせ、唾を飛ばしながら口汚く穂香を罵った。

しかし、穂香がピンチに陥った様子を、少し離れてみていた前迫香織の表情に焦りはない。

何故なら高嶺最高剣士の一人、六刃仙大石穂香の剣技の高さと、能力はある程度知っているからだ。

大石穂香は頭のネジが緩く、ド天然で、一人だと任務もろくにこなせないが天才である。

六刃仙に選ばれた時点で、剣技は絶技の域に達している。

それにくわえ、大石穂香の能力は幻術。

催眠などの類ではなく、自身や剣筋の幻覚を見せるのだ。

刹那の判断が要求される近接戦闘において、すでに絶技の域に達している剣士が、幻覚まで使ってくるのである。

オーラの網で絡めとられ、拘束されて動けない恍惚の表情の穂香の背中に、黑コート男の拳が直撃する。

そう見えるだろう。

しかし前迫香織は、その「穂香」に気配がすでにないことがわかっていた。

(速い。奈津紀や沙織並みだわ。それでいて、この正確な術の発動・・)

香織は、同僚の剣士の技量を素直に感心する。

拳が背中に当たる瞬間、「穂香」の姿がかき消えた。

手ごたえを感じなかった黑コートが驚愕の表情のまま、拳を振り抜きたたらを踏む。

そして空振りの勢いを殺しきれず、黑コート男は和柄ジャンバーが発した【スティッキーバインド】なる網に突っ込み、もつれながら床に突っ伏した。

「くそっ!?なんだ?!ちくしょう!俺がかかっちまったじゃないか!」

黑コート男は味方の能力に絡まってしまったのだ。

能力で絡めとっていた女が急に消えてしまい、訳が分からないという表情だった和柄ジャンバーの左肩に、形のいい顎をのせた穂香が、いたずらっぽい口調で言う。

「誰が動けないの~?その人のことかな~?それとも君のことかな~?」

恐懼し固まった和柄ジャンパーの耳に「ふっ」と息を吹きかけたのと同時だった。

ずぶぅ!

「ぐあっ!?」

痛みで我に返った和柄ジャンパーが、右わき腹に走った痛みで悲鳴を上げ、膝を折りそうになる。

穂香は、刃を平に倒して腎臓の一つを貫いていたのだ。

「男って刺したことはあるだろうけど~。刺されることってあんまりないでしょ~?きもちいい~?」

そう言うと穂香は、痛みで膝から崩れ落ちそうになる和柄ジャンパー男を、刺した刀をぐいと持ち上げてから刀を引き抜き、刃の方向を変えて再び突き刺した。

ぐすぅ!!

「ぐっ?!ぎゃああああああああああああ!・・・・」

和柄ジャンパーの絶叫が廊下に響き渡る。

「あはっ。きもちよさそう~。・・・・君、さっきまで気持ちいいことしてたでしょ~?穂香、匂いでわかるんだから~。でもね~、あんまりおイタがすぎると~ひどいんだよ~?」

穂香は叫ぶ和柄ジャンパーの表情を肩口から覗き込む。

「な・・なんで?ぐぅ!!」

和柄ジャンパーは、粘着性を持たせたオーラの網で、張慈円に消耗させられた奈津紀の身体を拘束し、黑コート男と交代で奈津紀の身体を追い詰めむさぼっていたのだ。

「穂香も見たかったな~・・・」

そう小声で言うと、穂香は残念そうに微笑んだ。

そして次の瞬間、穂香は刺したままの刀身を回転させる。

ぐぎゅぅ!

「ぐぎゃあああああああ!」」

和柄ジャンパーは、これまで以上に大きな絶叫をあげる。

永遠に続くかと思われた和柄ジャンパーの悲鳴であったが、しだいに絶叫が小さくなっていき、最後は口から血を垂らし、僅かにうめいて静かになってしまった。

「死んだ?ん~でも脈あるね。気を失っちゃったの~?まだ楽しみたかったのに~・・・早漏なんだから~。そっちの彼はもっと頑張ってくれたのにね~」

穂香は、刃から和柄ジャンパーの脈があることを確認して、生きていることがわかると、まだ刃でえぐったり、抜き差ししてみる。

しかし、それでも和柄ジャンパーは、僅かにうめくだけでほとんど動かなくなったことに、つまらなそうにため息をついた。

そして、気を失いぐったりとした和柄ジャンパーの背を踏むようにして、刀を抜きつつ、和柄ジャンパーが着ていた服で、刀身に付着した血をぬぐい取った。

「ふぅん。そのネバネバ・・気を失ったのに能力消えないんだね~。めずらし~・・・そっちの彼、まだネバネバにからまってるし~。」

血だまりに倒れ伏した瀕死の和柄ジャンパーの隣で、白濁したネバネバの網に絡まったまま、怯えの色に濁った眼で見上げてくる黑コート男を見て穂香は呟いた。

「う~ん・・。二人もいたんだからもう少し楽しませててもいいのに~」

致命傷を負い、床に倒れ伏してかろうじて呼吸をしている和柄ジャンパーと、穂香の斬撃を数十太刀受けたダメージで、脂汗をかき和柄ジャンパーの能力のネバネバに絡まって、床に這いつくばっている黑コートを見下ろしながら穂香は不満そうに口をとがらせる。

そして、まだ動けそうな黑コート男に、やや蒼く輝く葵紋越前康継を喉元に突き付けて、笑顔で振り向いた。

「かおり~ん。おわっちゃったよ。もう殺しちゃう~?」

マフィアの能力者二人を一瞬で無力化させた穂香は、普段通りの口調と表情で香織に向って物騒なことをさらっと大声で聞いてきた。

(まったく・・怖い子。でもさすがね)

心中でそう呟いた香織は駆け出す。

香織は、倒れた二人と穂香の間を通り過ぎ、【見】を展開したまま警戒して部屋に急いで入っていく。

千原奈津紀の現状を詳しく知るのは、味方の中では【見】の使える香織だけで、先ほど張慈円に激しく凌辱されたのを知っているのも香織だけである。

奈津紀の今のオーラは乏しく、精神的にもずいぶん摩耗していることが香織には伝わってきていたのだ。

今しがたも、和柄ジャンパーの男と奈津紀の気配はほとんど密着していたのを【見】で認識している。

(味方といえども・・、今の姿はできるだけ人には見られたくないはず・・。奈津紀・・・こんな弱弱しい奈津紀のオーラなんて今まで見たことが無いわ・・・。悔しかったでしょう。でももう終わりよ)

奈津紀と張慈円のプレイを、袁揚仁に疑似体験させられていた香織には、奈津紀の憔悴がよくわかった。

自分は幻覚だったとわかったからこそ、まだ自分を維持できている。

しかし奈津紀は、張慈円に騙され凌辱されたうえ、今もハイエナとハゲタカに不自由な恰好のまま啄まれていたのだ。

香織は、それが【見】を通してわかったとき、和柄ジャンパーと黑コート男の二人は、情報を聞き出し次第殺すと決めていた。

「穂香はその人たちから、御屋形様や張慈円の居場所を聞き出してくれないかしら?穂香、尋問するの得意でしょう?・・聞き出したら私たちが出てくるのを待たなくていいから殺してしまってください」

香織は口早にそう言うと、香織にとっては短かすぎる薄青い患者衣を片手で押さえ、急いで部屋へと入っていく。

「は~い。いってらっしゃ~い」

穂香は笑顔で返事を返すと、香織の背から、床に倒れた二人に視線を落とした。

和柄ジャンパーは気を失っているので、香織のセリフは聞けなかったが、黑コート男のほうは、恐怖で顔を引きつらせている。

「聞いたとおり~。正直に言わないと苦しんで死ぬことになるよ~?御屋形様と張慈円はどこ~?」

「し、知らない!本当に知らないんだ!」

ずぶぅ!

そう答えた黑コート男の眉間に、葵紋越前康継の切っ先が刺さり後頭部から貫通する。

「うがっ!あがががっ!やめてくれ!本当に知らないんだ!」

「ふぅん~。知らなかったら死ぬしかないよね~」

穂香はそう言うと、突き刺した刃の剣先が黑コート男の顎に達するまで一気に引き下げる。

「ぐわあああああああ!」

黑コート男の悲鳴がこだまするが、黑コート男は自身で展開している能力で簡単には死ねないようである。

刀身が走って斬り裂いた箇所も、一瞬で傷がふさがっていく。

ただ、痛みを完全に除去はできない能力であった。

「君、すごいね~」

穂香は普段の笑顔のままそう言うと、本心からそう呟く。

「でも、言ってくれないなら~、とりあえずお友達には死んでもらおっかな~。こっちの彼は、どうもダメージ普通にはいるみたいだから~、すぐ死んじゃうだろうしね~」

穂香はそう言うと、意識のない和柄ジャンパーの方へと視線を向けた。

そして、黑コートの男からは見えないようすると、ふっと表情を寂しげなモノに変えた。

香織は、奈津紀が受けた屈辱を、できるだけ誰にも悟られないようにしていたのだが、穂香には感づいていたのだ。

穂香は間近で、この二人と戦った為、僅かに男性のソレの臭いに気が付いていたのだった。

奥の部屋には奈津紀がいると香織は言っていた。

そして、香織は穂香を残し、一人で奥の部屋に入っていたため、穂香は自分の推測を確信したのであった。

「・・・かおりん、きっと今は、なっちゃんとナイショ話だよね~。なっちゃんも、こんな三下にやられちゃうなんて、六刃仙筆頭剣士としては汚点でしかないもんね~」

穂香はそう小声でつぶやくと、黑コート男の方に向き直ってしゃがみ込み、再び刃を喉に突き刺した。

「ごはっ!・・がはっ!?」

和柄ジャンパーの方を攻撃すると思っていた黑コート男は、再び突き刺され驚いた。

「君たちみたいな三下が~。穂香より先になっちゃんの泣き顔を見ただなんて許せないな~。あっちの彼は、あれ以上したら死んじゃいそうだし~、もう少し君に聞こうかな~」

自分の能力で簡単に死ねない黑コート男は、和柄ジャンパーのネバネバの能力でまともに動けないまま、穂香に甚振られ出す。

ド天然で、任務の内容すら忘れてしまうマイペースな穂香であったが、男女分け隔てなくサディスティックな性癖をもっているのだ。

ただ御屋形様だけは例外で、畏怖と尊敬の対象としてみているが、穂香にとって、六刃仙に名を連ねる同僚は、性癖の範疇であり例外ではない。

もちろん穂香にも、高嶺に属する者として六刃仙は味方という認識はあり、力づくという手段で行為に及ぼうとすれば、敬愛する御屋形様の逆鱗に触れることもなんとなくわかっているから行動に移せずにいるのだ。

「む~。許せない・・。こんな三下が~・・・。」

穂香が黑コート男の喉を、何度目かにそう言って刺した時、黑コート男が口を開いた。

「ごぼっ!・・言う!ごぼっ!・・言うから!とりあえず・・・!ぬ、抜いてくれ。がはっ!・・こんなに・・・喉を刺されてたらまともにしゃべれない!げほっげほっ!・・言ってから能力解除するから、頼む!」

黑コート男の懇願に、穂香は素直に刀を抜いてやる。

「ほら、どこ~?言っちゃって~。でも穂香言われてもどこかわかんないから、ちゃんとわかるように言ってよ~?」

穂香がしゃがみこんだままそう言うと、黑コート男は、僅かに意識が戻った和柄ジャンパー男と目を合わせた。

「ん。こっちの人も気が付いたみたいだね。言えば楽に殺してあげるよ~?」

穂香がそう言った時、黑コート男が息も絶え絶えながら、懇願した。

「能力を解除するから、待ってくれ・・。そうしたら楽に死ねる。この技能は、そいつと二人で発動させてるんだ。そいつの手をつかませてくれ。そいつが死んでしまうと、解除できなくなるのかもしれない」

黑コート男は、穂香の機嫌を伺うような表情で怯えて頼みこんでくる。

「いいよ~」

穂香は、その言葉に普段の笑顔を浮かべた表情のまま応えた。

「恩に着る・・」

そう言うと黑コート男は、和柄ジャンパーがのばしてきている手を掴んだ。

穂香は、その時の黑コート男の雰囲気が微妙に変わったのを見逃さなかった。

穂香は直感に従い、考えるよりも早く刀を振るっていた。

神速の一閃となった葵紋越前康継が、黑コート男の脳天へと突きたたる。

「ぐああああああああ!」

黑コート男絶叫がこだました。

しかし、絶叫を迸らせながらも黑コート男は勝ち誇ったかのように口角を上げた。

笑ったのだ。

「【ゲート】!」

和柄ジャンパーの手を握ったまま、黑コート男はそう言ったのだ。

その瞬間、二人の男の姿は一瞬にしてかき消える。

一瞬だった。

今さっきまで、倒れていた二人の男の姿はそこにはもうない。

穂香が刀身に感じていた頭蓋の感触すらも、なくなっていた。

「あ~!うそ!うそ!そんな~!」

穂香は慌てた。

両手で頭を抱えてわたわたと周囲を見回す。

先ほどまで黑コート男たちが倒れていた場所には、白濁したネバネバのオーラ上のモノと、和柄ジャンパーが残した血だまりしかない。

穂香は、今日初めてうろたえた表情になり、うろうろと動き回って、ぐるぐると身体を回転させた。

そして刀を周囲にぶんぶんと振ってから口を真一文字にして泣きそうな表情になってから、大声で叫ぶ。

「あ~!やられちゃった~!にげられちゃったよぉ~~~!!!」

薄暗い廊下の照明の下、穂香は天を仰いで、大声をあげて嘆いたのであった。

【第10章  賞金を賭けられた美女たち 28話 大石穂香の技と力 終わり】29話へ続く
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筆者紹介

千景

Author:千景
訪問ありがとうございます。
ここでは私千景が書いた小説を紹介させて頂きたいと思います。
ほぼ私と同年代の既婚者が主役のものになるかと思います。登場人物同士が
つながりを持っていて別の物語では最初の物語の主人公が脇役を務める様な
小説全体につながりを持たせ想像を膨らませていけたらと思っております。
どうぞ宜しくお願い致します

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