第9章 歪と失脚からの脱出 51話 稲垣加奈子VS南川沙織
支給された服にブーツに手袋。
それらはまったく艶の無い黒で統一されてる。
宮川グループ傘下の宮川重工業の技術を用いて作成された試作品。
耐熱耐寒耐電防刃防弾耐衝撃性・・並べれば仰々しい性能をもつ極地専用の装備。
これ以外に、ステルス機能をもった装備も開発中だって聞いてる。
できればこんなものが出回らないほうが平和なんだろうけど、佐恵子さんを護るためには仕方ない。
新品独特の臭いをはなつ金属繊維の服に身を包み、私は通称Sと呼ばれる日本海の孤島に降り立っていた。
グラサンたちがくそビッチ紅音に嵌められたと知った佐恵子さんの判断はさすがに早い。
パパの宮川会長に連絡して、暫定的な措置で関西支社長の権限行使を許可してもらっちゃってる。
思念による能力がなくても佐恵子さんは佐恵子さん。・・・私のせいで能力がほとんど使えなくなったのに・・本社にいる叔父さんである宮川誠社長や役員たちの批判覚悟で他人の為に動くなんて・・。
地図を広げ、矢継ぎ早に周囲に向かって指示を飛ばす佐恵子さんの横顔を見やる。
私は魔眼が移植された左目を触ってしまいそうになり、手を止めた。
その無意識の行為が佐恵子さんに気を遣わせると思ってだ。
(私にできることをする。応えるのみだわ・・)
「加奈子は海岸の北側から、真理と北王子さんは倉庫の周辺から探索してちょうだい。菊沢部長たちがいるとすれば敵アジトの倉庫のほうが可能性は高いと思うけど、海岸線にいる可能性も捨てられないですわ。そのときは、加奈子と真理で連絡を取りあって治療人員を状況に応じて割り振って。・・おそらく敵はまだ多くの戦力を残しているはずよ。いくら菊沢部長達でもたった3人だけでは張慈円に華僑の倣、高嶺の剣士たち相手では苦戦などという生易しい状況ではなかったはず・・。ですが彼らが潜入してからまだ3時間とたっておりません。彼らなら持ちこたえてくれてる可能性も高いですわ・・」
佐恵子さんは普段から冷静付与を自分に施しているはず・・。
でもその横顔は焦燥が隠しきれてない。
他の人にはわかんないだろうけど。
私にはわかる。付き合い長いんだもん・・。
それだけくそビッチ紅音の罠が狡猾で危険ってこと。
それに彼氏もいるんだもんね。潜入した中にさ。
佐恵子さん、男関係は真面目だから言いにくいんだけど、彼けっこう風俗通いしてたのよね・・知らないのかな・・?彼いい男には間違いないんだけど・・・佐恵子さんと上手くやってくれてるのかしら・・。紳士的だし家柄も文句なし、身なりも顔も体格も良いんだけど、ちょっと女に対する認識が心配なのよね・・。
っと。余計なこと考えちゃいけない・・。って、でも前みたいに私の心中って見透かされないから大丈夫よね。
【感情感知】のパッシブスキルが発動してない佐恵子さんは、威圧感もなくなってるけど、いろいろバレないのが正直有難い。
でも、それも私のせいなのに、それを喜んじゃうなんて・・。また自己嫌悪・・・。
あー。らしくない。こんなこと思っちゃうの佐恵子さんも望んでないってのはわかってるんだけどね。
銀獣なんて呼ばれたりしてるけど、私だって人並みに悩むんです・・。
佐恵子さんの左目はエロ先生こと栗田先生が用意した義眼で、視力は無いみたい。
だからふつうに視界も狭くなってるし、能力の発動器官だった目が一つになっちゃったせいで、能力半減・・・どころか2割ぐらいまで減ってるってエロ先生から聞かされてる。
それなのにこんな危険な場所で私が佐恵子さんの側で護れないなんて・・。
「やっぱり私が支社長の護衛につきます。モブと交代させてください」
作戦説明の邪魔にならないタイミングで、ついそう言ってしまった。
「ダメよ加奈子。今は説明している時間が惜しいの。菊沢部長のお姉さまと栗田先生、美佳帆さまが先行してしまいました。彼女たちとできるだけ早く合流して。いいわね?」
ばっさり即答・・。
だよね。
それに・・・。
佐恵子さんの隣に静かに立っている人物に目を向ける。
「私がいる。大丈夫」
言葉足らずながらも、その短いセリフに心外と思っているのが伝わってくる。
モブはともかく凪ねえさんがいるから大丈夫か。
白い。
一人だけ真っ白い服。
アーマースーツじゃない白のタイトロングワンピースに白のロングジャケット、そのうえに更に白のロングコートを羽織っている。
首には白いマフラー、メーテルが被ってるようなロシアンハットも真っ白、ロングワンピースの裾から覗く靴すらも白い。
その人形みたいに整った顔の肌も白に近い肌色、髪の毛も白っぽい銀色の長髪。
整ってはいるけども、どこか感情の欠落した表情の女性が佐恵子さんの隣に静かに立っている。
彼女は最上凪(もがみ なぎ)、通称凪ねえさん。
実際に血が繋がった姉じゃないみたいだけど、佐恵子さんが「凪ねえさま」と呼んでたから、私たちも自然とそう呼ぶようになっていた。
でも彼女のことを表すもっと有名な呼び名がある。
蜘蛛。
蜘蛛には程遠い容姿、やや冷たそうに見えるけど、透き通るような清楚で物静かな美人。
肌の白さから病弱な深窓のご令嬢といった雰囲気。
でも蜘蛛という二つ名持ちの能力者。
本人もどうやらその呼び名を気に入ってる雰囲気すらある・・・。
表情少ない凪ねえさんだけど、わかっちゃう。
だって蜘蛛と呼ばれるのを全然否定しないんだもん。
少し冷たく見えるけど、物静かで美しい凪ねえさん。
私の嫌いな虫の蜘蛛と呼ばれてるからと言って、べつに凪ねえさんのことを私は嫌ってるわけじゃない。
むしろ好き。
言葉足らずで、冷たい印象を受けるけど実はかなり優しい。
うん。佐恵子さんや私たちにもよくしてくれるし、かなり好き。
何故佐恵子さんが、ねえさんなんて呼ぶのかというと、凪ねえさんは宮川昭仁会長の専属の秘書で、私たちより年上、私たちより二つ上の紅音の更に二つ上だから・・菊一事務所の人たちと同じぐらいの年齢。
凪ねえさんは、私たちより一足早く宮コーに入社して、ずっと昭仁会長の秘書をしてた。
だから凪ねえさんと佐恵子さんとは幼少のころから公私で付き合いもあった。
私も佐恵子さんちに、しょっちゅういたから凪ねえさんのことは良く知ってる。
急にこの作戦に参加してくれたのは、本当に心強い。
抱きしめたら折れちゃいそうなぐらい細いのにね・・。
それにしても凪ねえさんは、年齢の割に見た目はすごく若い。
凪ねえさんだけじゃなく脳領域の開放してる人ってみんな見た目ってかなり若い。
私はもだけど・・、もちろん菊一事務所の人たちだって見た目若いし、あのエロ先生の栗田先生も言わなきゃ60を超えてるなんてとても見えない。
実際、あのエロ先生のエロに対するアグレッシブさは、中学生かよ?ってぐらいに旺盛だし、見た目だけじゃなく私たちって性欲も旺盛なほうなのかも・・・。
どうも昨日久しぶりのSEXした時に思ったんだけど、やっぱすごく気持ちいいのよね。
美佳帆さんたちとこっそりそういった下ネタ女子トークしたときに、美佳帆さんがはっきり言ってた。
私たち能力者って感じやすいって・・。
SEXのときって確かに無意識に感覚を限界まで強化しちゃってる気がするし、私たちが感じやすいってのはたぶん間違いない。
昨日、私、気が付いたら全力で感じようと能力解放しちゃってた・・。肉体とは別の感覚の方を・・・。
無意識にしてるってどんだけ飢えてるの?ってちょっとショックだけど、まあせっかくするんだし気持ちいい方がいいよね・・。
まあ、その話はその辺にして・・・。
これはエロ先生曰くなんだけど、私たちが若く見えるのは身体の活性化をしてるし、ストレスによる細胞の酸化にも強いかららしい。
脳をたいていの人が使え熟せていない領域まで使えるようになったのは、いろんな意味で人生が変わるほど好転したんだけど、この見た目の若さを維持できるって言うのはかなりでかい。いやマジで。感じやすいっていうのもいいと言えばいいけど、女である私たちにとっては見た目若い時期が長く続くって恩恵マジでかいんです。
私が熟女枠って勝手に言ってるややオープン気味なエロ人妻の美佳帆さんも、言わなきゃまさかアラフォーだなんて、絶対誰もわかんない容姿。
美佳帆さんって、小柄なせいもあるけど20代半ばって紹介されても全然違和感ない。
実際は38だけど・・。
その見た目だからこそ、生足丸出しのホットパンツ姿、脇も見えちゃうカットソーなんかでうろついてても許されるってわけ。
まあ、けっこう肉付きはいいけど20代のルックスに熟女の妖艶さを兼ね備えた美魔女って感じだもんね。
実際は38だけど・・・。
あ、大事だから二回も言っちゃったわね。
え?わたしは29なんだけどね。
まあ、美佳帆さんは喋り出すと、んん??20代の乙女っぽくなくない??めっちゃしっかりしてるし、矛盾点も容赦なく指摘してくるから、何も知らないで美佳帆さんに話しかけたおっさん達は、面食らうみたいだけどね・・、なんだかすごくマニアックなこととかやたら詳しかったりするし・・。
だって探偵なんてアウトロー家業で海千山千の経験してるんだもん。
そこは、なみのアラフォーとは違うわけですよ。
だから能力者である凪ねえさんも、若くみえる。大学卒業したてぐらいかな?って見た目。
この澄ました顔の凪ねえさんも能力者ってことは、例に漏れず感じやすいはず・・って感じで見ちゃうけど、きっとそう。
こういうのって男が知ったら燃えるんじゃない?
この涼しい顔した女、超アへ顔にしてやんぜ!ってノリで・・。
まあ、知られてないなら問題ない。いままで、そんな男いなかったし。
昨日の着流し男は知ってたのかもしれないけど・・。
でも、私の正体を知って近づいてきたわけじゃなさそうだし、やっぱ違うかも・・。
まあ、私たちも若く見えるからそう言う意味では苦労するときあるんだけど・・。
だから普段からメイクも服装もきっちりパリッとしちゃうんだよね。
それに二つ名を持ってるように、凪ねえさんは宮川十指に数えられる一人でその強さも折り紙付き、会長の秘書兼ボディガードでもあるんだから当然よね。
凪ねえさんがまともに敵と戦ってるのを見たことないけど、摸擬戦で戦ってみても私とはとんでもなく相性悪くって、触るどころか近寄らせてももらえないうちから、糸でぐるぐる巻きにされて完封されちゃう。
そう、彼女の武器の一つがオーラ状にした糸。
それがとんでもない量、とんでもない速度、とんでもない粘着力を持って飛んでくる。
あ、モノホンの蜘蛛みたいにお尻からじゃないよ?手からだよ?
あとはオーラを複数の毒にも変化させられるみたい。
糸でぐるぐるに巻かれて動けないところに毒を注入だなんてエグすぎませんか?
さすがに模擬戦では毒のお注射はされないけど・・。
でもそれが、凪ねえさんが蜘蛛と呼ばれる所以。
彼女が身につけている真っ白に揃えられた服は全て彼女がオーラで作成した糸で作られたもの。
佐恵子さんが普段着によく着ている服は実は凪ねえさんがつくってあげたモノ。
すごく軽くて暖かい上に超頑丈で、手触りもすんごく良い。
羨ましい・・・私もほしいけど、糸で服を作るのは大変らしくて、凪ねえさんも、もっぱら自分の分しか作らないみたい。
そんな凪姉さんが僅かに非難がましい表情を浮かべているので、ちゃんと断っておく。
「そうですね。凪ねえさんがいるのなら安心です」
そう言った私に凪ねえさんは満足したのか僅かに非難がましかった表情を普段どおり無表情にもどして、無言で肯首を返してくれた。
「凪ねえさま。こんなところまで来ていただいてお手間をおかけいたしますわ。配慮も感謝してますと佐恵子が言っていたとお父様にお伝えください。加奈子も凪ねえさまがいるから安心してますわ」
佐恵子さんのセリフにも、少しだけ微笑んで肯首しただけで言葉は発しない。
凪ねえさん、いつも通りマイペースだなぁ・・。
それにしてもヘリから飛び降りて行っちゃった3人。
美佳帆さんはわかるよ。愛する旦那様が罠に嵌められたんだもん。
一刻も早く駆け付けたいよね。
いや、姉弟でもわかるよ?弟の窮地だもん心配だよね。
でも見た目、知的マックス!出来る女のオーラマックス!って感じだったあの女医。
ギャップありすぎだっつーの・・。
いきなりヘリのドア開けて一番槍は貰った!って勢いで「宏ちゃーん!」て叫んで飛び降りて行っちゃうんだもん。
あんな上空でドアを開けるもんだから、ヘリの中が突風で荒れる荒れる・・。
菊沢姉の行動に慌てて続くエロ先生と美佳帆さん。
まあ、一刻を争うのはわかるけど、まだ地上まで100mぐらいあったのに・・。
菊沢姉は今後ブラコン女医と呼ぼう。
佐恵子さんと凪ねえさんが私の顔をじっと見てる。
あ・・、私の返事を待ってるのね。
「ええ、もちろんです。わかりました」
そう了承した私の顔は、少しばかりしかめっ面になってしまっていたかもしれない。
凪ねえさんがいるから、下手な能力者のモブがいても大丈夫だとは思う。
それに、モブに敵の反撃を警戒しながら、捜索をするなんてマネができないわよね。
だからこういう状況でモブを敵陣に突っ込ませるのは無謀だって佐恵子さんも判断したんだわ。
あんなにダメダメだったモブでも、いまはそこそこ成長してるけど、私から見ても不安。
私と真理の愛のムチである「可愛がり」のおかげで、ダメダメモブもそこそこ・・いや、ほんのちょっと使えるようにはなってる。
でも正直なところ、冗談抜きでまだ私や真理にはまったく届かない。
わかってるけど、未熟なモブに佐恵子さんの身辺を任せなきゃいけないなんて・・、真理やメガネ画家は治療がつかえるから来てもらわないきゃいけないってことも分かってる。
なんせモブのせいでたった数か月前、佐恵子さんが死にかけたこと忘れてないんだからね。
「モブ。凪ねえさんの足引っ張らないでよ?支社長になんかあったら・・わかってんでしょうね」
一番モブの被害にあった佐恵子さんが許しているのだから、私も水に流すべきなんだろうけど、モブに対してどうしても時々言い方がとげとげしくなっちゃう。
それはしかたない。だってモブが悪いんだもん。
まあモブに凪ねえさんの脚が引っ張れるわけがないけどね・・・。
でもモブの【複写】能力が凪ねえさんの糸みたいな他の人が真似るのも難しそうな技能でも【複写】できちゃうのかしら・・?
うーん、そのあたりは真理がまたモブのことをモルモッ・・げふん!げふん!実験して検証するって言ってたわね。
「任せてください!社長のことバッチリ守ってみせますから!」
真理の愛のある思惑?と私の気持ちもしらないで、底抜けのバカみたいな顔で言っちゃってる。
「加奈子、わたくしは大丈夫ですから。菊沢部長たちの救助を最優先して。逃げる敵は放っておきなさい。菊沢部長たちの安全確保ができたら樋口勝と盗難ディスクの確保よ。さあ!行動に移ってちょうだい!」
たしかに問答している時間はない。
私が色々思ってたけど、腕時計のデジタル秒針は私たちが到着してから100秒も経ってない。
「わかりました!真理!そっちはお願いね!」
そう言い信頼できる同僚に声を掛ける。
「ええ!加奈子も気を付けてね!じゃあ佐恵子、私たち行くわ。公麿行きましょう!」
「ええ!真理さん!」
いつの間にか名前で呼び合ってるし・・。
さっきまでイチャイチャしてた男と一緒に行動できるなんて、イイね!きっと息もぴったりだったんでしょうね?!
よっぽどメガネ画家と相性がよかったのか真理の顔があまりにもツヤツヤしてたので、ついと心の中でそう叫んでみる。
当の真理は私の心の中の声を知らず引き締まった顔でそう言い、普段警備部門に属している八尾さんの部下を引き連れて駆け出して行った。
「こっちも行くわよ!」
気を取り直して振り返ると、私は班の人員にはっぱをかける。
私だって、昨日バーで超イケメンに声かけられたんだから。ちょっとファッションセンスはどうかなって思うけど・・・。久しぶりにみだれちゃった。・・・彼、ナンパ師だからもう会えないってことを考えると、私ってちょろくいただかれちゃったってことなのよね・・。・・チッ、やっぱ真理のとは大違いじゃない!
そう悪態を付いてみるも、表情には出さず楠木咲奈と雨宮雫を伴い、警備部門の15人を引き連れ駆け出す。
咲奈や雫の力量からすれば、前線じゃなくて佐恵子さんの側に残った方が良いと思うんだけど、雫も咲奈もオルガノの一件でモブには思うところあるみたいだしね・・。
そりゃあんまり一緒にいたくないか。
佐恵子さんもそれはわかってるみたいで、少しずつ時間をかけてその蟠りが解けていけば、と思ってるみたいだし・・。
「稲垣主任!神田川主任ほどじゃないけど私も治療できますから!」
私の後ろを駆けてる雫が健気にもそう言ってくれる。
「うん!その時はお願いね!」
笑顔で振り返ってそう言ったものの、雫にそれをさせちゃうと雫が疲労困憊になっちゃうのよね。
まあ、そういう状況の時はそうも言ってられないから、無理してもらわなきゃいけないんだけど・・。
とにかく治療できる人が増えたのは助かるわね。
「ん!」
私は前方の丈の長い草が茂っている林の中に人の気配を認めて、駆けながら右手をあげ後ろの咲奈と雫に合図を送る。
「見つけたわ。私が突っ込むから。援護して」
そう言って二人の返事を待たずに速度をさらに上げ、一気に距離を詰める。
ちょっと強引だけどこういう時は一気に奇襲よね。
先手必勝!
感に従う。
こと戦闘においては大抵それで合ってる。
「はっ!」
丈の長い草をかき分け、木々を躱し人影に肉薄する。
道もない孤島の辺鄙なところ、しかもこんな時間に気配を消して人間離れした速度で走っているヤツらがまともなヤツなわけがない。
「チッ!!よりによってこいつかよ!ここまできて・・クソったれが!」
狙いを定めた人影の一人を無力化させようと肉薄した瞬間、狙った人影の前を駆けていた気配が急にUターンして、後ろの人物を庇うためだろう、やや強引な迫り方で、私目がけ罵りながら突進してきた。
得物を持たない素手の状態で、両手を右肩付近まで上げている。
見覚えがあるロリ顔。
でも・・、
なにその構え?そんなのでどうやってこの私に有効打を打つって言うの?
そんなのが私に通用しないなんてこと、一度戦ったことがあるこいつならわかってるはず・・。
いかにこいつが優れた能力者で剣士だろうと、私相手に素手とは舐めすぎてるんじゃない?
小柄な体格、以前二本同時に振るっていた刀も手にはしてないし・・。
舐めるんじゃないわよ!私に届くわけないでしょうが!
走りながらタイミングを計り、丹田に力を集中させると必殺の一撃で仕留める為の踏み込み幅を調整する。
「久しぶりだけどさようならね!!」
「舐めんな!【払捨刀】!」
私の必殺の崩拳をゴスロリ女が素手でいなす。
「くぅううううううう!」
「へぇ!素手でも多少はできるんだ?でもいくらなんでも私相手に剣士のあなたが素手ってのは無謀なんじゃない?」
何かの能力で私の拳を避けたみたいだけど、やっぱりあまり素手は得手としてないみたい。
ゴスロリ女は私の拳をいなしきれず、脇腹を押さえている。
私の拳にも、確実にダメージを与えたという確信をもった手応えが伝わってきてる。
「がはっ!・・はぁはぁ・・!かおりん!私に構わないで行って!こいつをやったらすぐ追いかけるから!」
いまのでかなりのダメージを与えたはずなのに、ゴスロリ女は背中に背負った太刀を抜かず、私を睨んだまま背後の仲間に大声で言ってる。
戦う前からすでに負傷してる・・。左腕と左足首・・・。
「沙織!ですがっ!」
「行ってって!!かおりんがいたら、かおりんもなっちゃんさんも斬っちゃうよ!!」
「しかしその数相手では・・!いかに沙織でも」
「いいから行って!このままだとみんなやられちゃう!私、なっちゃんさんやかおりんがやられるところなんて見たくないんだよ・・!行って!・・ね?」
ゴスロリ女は後ろを振り返らず、私を油断なく見据えたまま、負傷した仲間を背負っている長髪の剣士に訴えてる。
大塚マンションで佐恵子さんや真理に致命傷を負わせたゴスロリ・・。
こいつらなんだか切羽詰まってるようだけど、こいつらの事情なんて知ったことじゃない・・。
背負ってるのはたしか千原奈津紀ってハム女ね・・。
・・グラサンたちにやられたのかしら。
でもあのハム女をあんなにしちゃうなんて・・。
やっぱグラサンしかいないよね・・。
私が、手が付けられないぐらいヤバかったハム女を・・。
あんなボコボコに・・。
でもこのゴスロリも佐恵子さんが言うにはハム女並みのオーラ量だって言ってたわ。
佐恵子さんと真理を黒ひげ危機一髪のゲームよろしく穴だらけにして、真理の首を切断した女・・!
「沙織・・!先に行ってます!必ず来てください!」
私の殺気が膨らんだの察知されちゃったか・・。
長髪女・・ゴスロリ女を切り離した・・・。
賢明。さすが高嶺ね。隙なんてそうそうみせてくれない。
そのまま、行く行かないのやり取りして隙だらけになってくれてたら良かったのに。
「あっ!逃がすか!」
ぐったりしたハム女を背負った長髪の剣士を追おうと咲奈と雫が色めき立つ。
それはヤバい!
「ダメよ!!追ったら!」
私の制止が予想外だったのか、咲奈も雫も驚いてこっちを見てる。
「いまの私たちに二兎追う力はないわ。そのぐらいこいつらって強いの。咲奈、雫・・追わないで。追ったら確実に死ぬわよ?」
「え?!・・は、はい」
とりあえず納得してくれてよかった・・。あの長髪剣士も負傷していたけど隙が無い動きだった。
さっきの長髪剣士相手でも、咲奈や雫じゃ問題なく返り討ちにされちゃうってのがわかるぐらいには差がある・・。
「銀獣。私だけで我慢しろよ。・・・ただ、私もむざむざとやられたりなんかしないよ。私だって六刃仙の端くれだからね!・・こうなった以上一人でも多く連れていく!」
ここでようやく得物を抜くべく、右手で背中の太刀の柄を掴んでゴスロリが凄む。
やっぱりいつもの脇差二刀じゃない。
太刀も使えるのね。
「言うじゃない。でも私、あんたが佐恵子さんや真理にしたこと忘れてないわよ。この拳でその可愛いロリ顔を、無様に凹ませあげるわ」
「やれるもんならやってみろよ!・・・1日に二回の発動は初めてだけど・・・持つかしら・・。でも・・・敵の手に落ちて屈辱を味わうより、意識ないままやられたほうが幸せかもね・・」
ゴスロリ女が悲壮な顔で何か意味不明なことをぶつぶつ言ってるけど、こっちのやることは決まりきってる。
この凶悪なゴスロリ女をぶちのめすだけ。
「咲奈、雫、手出し無用よ。下がってて」
咲奈も雫も心配そうな顔してこっちを見てきてるけど、今は無視・・。
だってこのゴスロリ、腕と足を負傷してるみたいだけど、咲奈や雫のウデぐらいなら負傷のハンデがあっても瞬殺しちゃうぐらいには強い。
あくまで咲奈と雫は回復係としてって佐恵子さんも言ってるしね。
「ふん・・。一対一が希望ってわけ?情けのつもり?まあ・・私には・・もう関係ないんだけどね・・」
なにやら意味深なことを言うゴスロリもすでに逃げ切れないのは悟ってるってわけね。
だからこそ私も油断しない。
手加減なんてもってのほか。
全力で叩き潰す。
消耗を避けるためにも、150%のオーラ全開で一気にぶっ潰す!
「全開よ!」
どくん!と一気に体中に力が漲り、髪の毛が銀色になって逆立つ。
「もって・・!こいつらを全滅させるまでは・・!【夢想剣】!」
ゴスロリ女の姿が消えた。
いや・・速い!!
抜刀と同時に踏み込んで振り下ろし!
ごがぁ!!
さっきまで私が立っていた地面が抉れる。
最初から150%の全力で能力解放したおかげで何とか回避できたけど・・!
そうじゃなかったら今ので・・!
背骨を氷が伝うような悪寒が走る。
な、なにその威力??!速度もパワーも二刀の時と比べ物にならないじゃない!!
地面が抉れたのは音でわかったけど、目で改めて見ると抉れ方が想像を超えてる。
「あああああああっ!!」
このゴスロリ女の目・・明らかに正気じゃない。
さっきの夢想剣って意識を犠牲にして目の前にいる敵を殲滅する能力?
だとしたら・・!
「咲奈!雫!みんなも下がって!!」
「でも!!」
「さがって!今のこいつの動き見えなかったでしょ?!気が付かないうちにあの世行にされちゃうわ!さがって!」
理解してくれたみたい。
咲奈と雫が警備部門の男たちと一緒に距離をとりだしてくれた。
ちょっと厳しい言い方かもしれないけど、私も今は言葉を選んでいられない。
「ああああああっ!」
ゴスロリ女は太刀を両手で構え容赦なく振り回してくる。
振り回すと言っても、さすが剣士というべき体裁き。
返す刀も攻撃、踏み込みの歩幅すら計算した、洗練された連撃につぐ連撃。
此方の攻撃もかわすか防ぐし、決定打を与えるどころかかすりもしない。
それはゴスロリの攻撃もおなじだけど・・。
どっちの体力が先に無くなるか、どっちがミスをするかにかかってるわね。
上等じゃない!
グラサンたちを探すのが最優先だけど、こんな状態になったゴスロリを放置するのは危険すぎる・・。放置は無理・・!
雫達だけで捜索させるのも不安過ぎる・・。
こうなったらこいつを確実に仕留めちゃったほうがいい。
佐恵子さんもこの状況だときっとこの判断を下すはず。
それにこのゴスロリ女が佐恵子さんや真理にしたことを考えても許せない。
ぜったいに仕留める!
仲間の為に捨て駒になるのは見上げた根性だけど、そんな捨て身の攻撃にやられたりしない!
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一方神田川真理と北王子公麿率いるグループでは、先行していた宏の実姉である菊沢宏、妻の菊沢美佳帆、栗田教授と合流出来ていた。
「もう!宏ちゃんから離れなさいよ!ミカちゃんも何とか言ってやって!」
「にゃぁー!?ちょっ!?・・痛たたたた!マジ痛い!!し、死んじゃう!!」
「さ、さとちゃん!その子も大怪我してるみたいだしとりあえず治療してあげてから」
「あ!教授まで来てくれてたんですね!ね、姉ちゃん・・その子には命救われたところなんや。お礼言うてもそんな脚掴んで引っ張りまわすなんて・・止めてやってくれや」
「あ・・あら!そ、そうなの?!ごめんなさいね!てっきり宏ちゃんを毒牙に掛けようとしている悪い虫だと思っちゃったから・・」
「この状況でどんな虫がくるんや・・。来てくれたんはホンマ助かったけど、姉ちゃんちょっと落ち着いてくれや。」
「きゅぅ~・・ほんとに殺されるかと思った・・」
「お、お、落ち着いてるわよ宏ちゃん。ああ、こんなに怪我をして・・。先生!手伝ってください!」
「ほっほっほ・・。相変わらず美里さんは宏君のこととなるといっつもこうですねえ」
「先生ありがとうございます。ねえちゃんも治療マジでたすかるわ。・・美佳帆さん、無事やったか?紅蓮になんかされたんとちゃうんか?」
「うん・・私は大丈夫。こっちこそ宏・・心配したんだから!・・ジン君も駆けつけてくれたし、宮川さんにも助けてもらっちゃった。紅蓮は霧崎捜査官に逮捕されて連行されてったの。それにスノウたちは病院にいるけど無事だよ。霧崎捜査官に治療してもらったからみんな無事。宏が心配するようなことにはこっちはなってないから安心して?」
「そ、そうかぁ・・みんな無事か。さすが美佳帆さんや。ジンの奴にデカい貸しつくってもたな・・。あいつが要求してくる報酬ってけっこうシビアやからなぁ・・」
「いいじゃないのよ。ジン君が来てくれなきゃ、私絶対に死んでたんだから」
「そ、そんな状況やったんやな・・!今回ばっかりはジンに要求ちゃんと飲んだろか」
「うん。帰ったら美味しいお酒浴びるほど飲みましょ?和尚とモゲも連れて皆でね」
「ああ、あいつ等連絡つかへんねん!探しにいかんと!」
「あらかた治療できましたな。傷は治っても体力やオーラは回復しませんからな。もう少し体力が回復したら再度治療しますが、宏君今回はまたずいぶん無茶な戦い方したようですねぇ・・」
「申し訳ないです・・。なりふり構ってられんで・・・、二人も女に手かけてしもたんです・・・。教授の教えに背くことになってもて、ほんますんません・・」
「いいのですよ・・・。宏君がそこまで追い詰められたのです。私は宏君がそうまでして生きていてくれたほうが嬉しかったですよ。それに、その女性達の覚悟に答えてあげたくなった・・というではないですか?」
「やっぱり教授には敵いませんね・・。そうなんです・・。この刀も、やった女の一人に渡されたもんなんです」
仰向けに倒れていた樋口勝をチタン製の手錠で拘束し終わった真理は、彼らのやり取りを見やりながら、通信を飛ばす。
「佐恵子。菊沢部長は無事よ。あと樋口勝の身柄も確保したわ。でもディスクは見る限りだとアタッシュケースごと破壊されたようですね。こなごなに砕け散ってます」
「宏さま無事でしたのね。良かったですわ・・。樋口も生きていたとは驚きです。取引後にすぐ消されるのではと思ってましたが、取引自体宏さまがつぶしてくれたようですね。樋口がまだ生きているのであれば、あとで聞きたいことがたくさんありますわ。樋口を引き取りに人員をむかわせますから、真理達は引き続き哲司さまたちの捜索を続けて」
「わかりました」
短くそう言い通信を切って公麿のほうに向かって笑顔で頷く。
公麿も栗田教授と菊沢美里さんにダブルで治療を受けた菊沢部長と、笑顔で言葉を交わしていたが、私の視線を感じたみたで笑顔を返してくれる。
カッコいい・・。
なんで初対面の時は「なかなか愉快なやつ」なんてフォルダにぶち込んだのかしら・・。
私の選別眼もまだまだね・・・。
それはともかく、丸岳部長から聞いた潜入ルートだと島の北西側の海岸線から、菊沢部長達は侵入してきたはずよね・・。
豊島さんや三出さん達はどこへ・・・?
「菊沢部長。ご無事でなによりです」
ここは菊沢部長に聞くのが一番と思い声を掛けてみる。
彼らがすでにやられちゃってるってことはないと思いたいんだけど・・。
その可能性も捨てきれないわよね・・。
衛星での画像じゃ三出さんは海に・・、豊島さんは途中から急に映像で確認できなくなっちゃったのよね。
「神田川さんか。あんたも来てくれておおきにな」
床に座ったままこっちに顔を向けた菊沢部長。
「いえ、お礼なんて、駆けつけるのが遅くなってお詫びしなくてはいけないぐらいです。で、さっそくですけど豊島さんと三出さんは・・・?」
最悪の事態を想定してはいるが、そうであってほしくはない。
「わからへん。途中からぜんぜんこの通信機役立たずになってもて繋がらへんねん」
「そうですか。ではさっそく私たちは北西側の海岸線をしらみつぶしに捜索してきます」
最悪の答じゃないけど、いわゆる行方不明って訳ね。
「真理さん!急ぎましょう!」
公麿もそう感じたみたい。
「真理さん。私も同行しましょう」
「栗田先生・・!助かります」
正直ありがたい。戦力としても治療人員としても先生を上回る人は今回の救援部隊にはいないと思う。
会長が蜘蛛を派遣してくれたけど、蜘蛛でも栗田先生には敵わないと思う。
そんな最高戦力の先生がついて来てくれることに素直に喜んじゃうわね。
先生も素敵な笑顔で頷いてくれてるし、こんなに歳が離れてても男性を意識させられるのってすごいことよね。
公麿もとってもいいんだけど、先生も常に私を女として見てくれてる節がある・・。
貞操観念って本当に面倒・・。
「真理さん!行きましょう!哲司君やモゲ君も負傷しているはずですよね!」
公麿の言い分ももっともね。
「ええ、急ぎ行きましょう!」
そう言って、公麿と栗田先生が私について来てくれるのを背に感じ倉庫のドアに手をかける。
菊沢部長も行きたがってるみたいだけど、オーラも枯渇してるみたいだし、なにより命に別状はなくなったといっても、まだまだ重症の菊沢部長をお姉さんが治療を続けたがってる。
「教授!公麿!真理さん!頼んだで!俺ももうちょっと姉ちゃんに回復してもろたら行くから!」
うしろから菊沢部長の声に反応して笑顔で頷いておく。
ぶっきらぼうを装ってても本当に仲間思いなのよねあの人・・。
でも、・・・サングラス外した菊沢部長の顔って初めてみたけど・・・かっこいいわね・・。
佐恵子が意識しちゃうのもわかるわ・・。
ウブな佐恵子には豊島さんをくっつけちゃったけど、これはこれで面白い展開よね・・。
菊沢部長を殴ってサングラスを壊しちゃったって喚いてた佐恵子に、あのヴィンテージサングラスを用意してあげたんだけど、菊沢部長は佐恵子に何も感じなかったのかしら?
脈なし・・・?
佐恵子も美人だけど、好き嫌いはっきりされそうな顔と体形と性格してるものね・・。
うーん・・。
でも、かなり想いの籠ったプレゼントだって、伝わらなかったのかしら・・・?
菊沢部長って、あんなに頭の回転早いのに鈍いのかしら・・?
それとも単純に佐恵子には興味ないだけ?
となると思いのほか手強いわね・・。
まあ、佐恵子も少しずつ私好みに変わってきてくれてるし、じっくり楽しませてもらおうかしら。
宮コーを発展させるのはもちろん手伝ってあげるけど、お堅い佐恵子をだんだん溶かしていくのも面白いのよね。
佐恵子って、たぶんああいう立場じゃなかったら相当男に貢いで尽くしちゃう女でしょうからね・・。
それに冷静付与がないと堪え性のないむっつりなエロっ子だし・・。
出会った頃は自慰すらしてないみたいだったけど、最近はよくしてくれるようになったわ。
公麿の【自動絵画】で時々探ってたけど、けっこうコレクション溜まったのよね。
あのウブな佐恵子があんなに自慰するようになるなんて、ぜったい豊島さんと付き合いだしたのが原因だわ。
でも先日の拷問じみたSEXには驚かされちゃったわ。
さすがに破局しちゃうかと思ったけど、まだ大丈夫そうね・・。
豊島さんあのあとすぐこの作戦に加わっちゃったし、帰ったらちゃんと佐恵子のことフォローして機嫌とっておいてよね。
そうじゃないとさすがに佐恵子のほうが逃げちゃうわ・・。
風俗で磨いたテクニックに期待してたんだけど、あんな拷問じゃなくてじっくり開発してあげてくれないかしら・・・。
でも私が公麿とは良い仲になっちゃったから、今後はもっと色々試せるわね・・本当に楽しみ。
目の移植手術のせいでオーラがすぐ枯渇しちゃうから、佐恵子1日全部冷静付与でカバーできないから、だいたい22時以降はむっつりモードなのよね。
だから今がいろいろできるチャンス・・。
表向きは財閥直系一族で、強権をもったクソ真面目女が、プライベートは爛れてるっていうのなんだか燃えちゃうわ。
まあ、私も似たような立場なんだけど・・、私だけじゃ不公平じゃない?
佐恵子も快楽覚えて堕ちてきなさいよ・・。
もっとも、オモチャは壊しちゃったら元も子もないから、私好みなエッチな淑女にしてあげますね、佐恵子。
「真理さん!どうしたんですか?笑ったりして?」
びっくりするじゃない公麿・・!
「ううん!何でもないわ!そろそろ豊島さんの映像が途切れたところに着くわ!豊島さんがいないか注意してて!」
「わかりました!」
・・・顔に出ちゃってたのね。
あぶないあぶない。
せっかく楽しいボジションまできたんだから、じっくり楽しまなきゃ。
「真理さん!いましたあれが哲司君では?!」
「どちらです?!」
生きてそうね!
そうでなくちゃ困るわ。
「豊島さん!もう少しの辛抱です!今治療してあげますからね!」
ロダンの考える人みたいな恰好で蹲ってる豊島さんに向かって、全力で【治療】の光を振りかける。
「哲司君!もう大丈夫です!真理さんと栗田先生には及びませんが、私も治療します!」
公麿も私に続き、栗田先生もそれに続いてくれた。
これで、一命を取り留めるのは間違いない。
3人がかりだと、すごい楽・・。
豊島さんの刀傷がみるみる塞がっていくのが、見ていて気持ち悪い・・。
なんて言ったらちょっと悪いかしら・・?
「おぉ・・公麿まできてたんか?神田川さん、栗田先生たすかります。あの二刀女は?二刀を握りつぶしたら、急に一刀流になって・・そしたら、二刀のときとは比べもんにならんぐらい無茶苦茶強うなって、手におえへんようになってしもたんや。・・・咄嗟に【鉄塊】で防御してもうたんやけど、こっちも動かれへんようになるし、二刀女は動かへん俺を敵と認識できんみたいでどっか行ってしもたんや・・。あんな勢いで暴れまわられたらちょっと堪らへん。あんな奴ほっといたら被害がひろがりまくってまう。どこいったんや・・?まだあいつあの勢いで暴れてんのか?」
一気に意識がもどった豊島さんが、たぶん私の胸に穴をあけ、首を切断してくれたゴスロリ女のことを言っているのだと推測できる。
あの女、なにか奥の手っぽい技を持っていたのね・・。
でもあの私と佐恵子2人がかりでも殺されかけた凶悪なゴスロリ女を1人でまともに戦い生きているなんて、さすが豊島さんね。
でも、倉庫のアジトも、さっきからひっきりなしに入ってくる通信の情報だと慌てて逃げ去ったあとがあるって言ってたから、高嶺の剣士たちも引き上げたんじゃないかしら?
敵の逃走ルートとすれば、北側の港からぐらいしかないと思うんだけど・・。
そっちは加奈子たちが行ってる。
佐恵子は深追い無用って言ってたけど、加奈子とあのゴスロリ女が鉢合わせたら、加奈子の性格じゃたぶん立ち向かうでしょうね・・。
通信して様子聞いてみますか・・。
「加奈子!豊島さんも見つけたわ。そっちはどう?!」
「ザザッ・・、交戦中!手が離せない!」
やっぱり・・!
「高嶺のゴスロリ?」
「ええ!もうすぐ終わるから後で連絡する!ブツッ!」
「待って!・・」
もう!切っちゃった!
「稲垣さん戦闘中か?!ゴスロリと?!不味いんちゃうか?なんぼ稲垣さんでもあいつに勝てるなんて思われへん!」
豊島さんがそう言うなんて、ゴスロリの奥の手は…そんなになんだ・・。
佐恵子も豊島さんのオーラはほとんど菊沢部長と遜色ないって言ってた。
ひいき目に見ても、豊島さんのほうが加奈子より強いはず・・。
豊島さんが防御に徹して勝負を捨てちゃうほどの相手に、加奈子で勝てるのかしら・・・?!
勝てないわ・・。
「加奈子の援護に向かいます・・」
「わたしはどっちに行ったほうがいいですかな?」
こんな状況でもとり乱さない・・。さすが栗田教授。
柔和な顔で、的確なことを聞いてくれる。
女性ならこの落ち着いた頼りになる雰囲気に飲まれちゃう人おおいでしょうね・・。
「佐恵子は潜入した3人の救助が一番の優先事項だと言ってました。栗田教授は豊島さまと一緒に三出さまを捜索しいていただいて宜しいですか?」
「ええ、わかりましたよ」
「お願いします。公麿!行きましょう!」
「はい!哲司君、栗田先生、モゲ君をよろしくお願いします。映像だともう少し行った海岸から海に落とされたところまで確認してます。・・・すごい攻撃を直撃させられてたんですけど、モゲ君なら・・きっとまだ・・・お願いします!」
「豊島さんはまだまだ体力が回復してませんから、三出さんの捜索を」
でも、豊島さんはどうやら私たちと来たいみたいね・・。
「せやけど、あの女むちゃくちゃ強かったんや。俺も行ったほうが・・」
やっぱり・・でもね。
「いえ、加奈子のほうはこちらが引いて撤退するか距離をとれば解決しそうなきがしますから、私たちだけで大丈夫です」
目の前で防御系の技能をつかって動かなくなった豊島さんならわかるはず。
きっとゴスロリは意識を飛ばしちゃうような技能で、能力を強化してるってことに。
たぶん佐恵子の奥の手【自己操作】と同じ系統の技だと思うわ。
まあ、佐恵子は魔眼のせいでオーラが膨大でオーラが自動回復してるから、敵にとったら大変な技能なんだけど、今の佐恵子のオーラじゃ死に技能もいいとこよね。
意識を犠牲にして強化してるんなら、オーラが枯渇するまで放っておけばいいのよ。
「三出さんは高嶺の主力と思われる剣士の攻撃をもろに喰らったところで、衛星映像では姿が見えなくなったのです。たぶん海に流されてるか・・沈んでるか・・・念動力と強力な治療が使える栗田先生と、泳ぎの得意な豊島さんのほうが捜索には適任です。それに、豊島さんが無事だってこと、はやく佐恵子に・・、豊島さんの口から伝えてあげてください。佐恵子は立場上顔には出さないようにしてるけど、豊島さんのことすごく心配してましたよ」
ちょっとワザとらしかったかしら・・?
「わ、わかった」
わかってくれた。
ものすごく効果抜群・・。
あとは加奈子ね・・。
こっちも無事に回収しないとまた佐恵子が落ち込んで、めんどくさくなるわ。
「じゃあ行きましょう!公麿!」
「ええ!どんな相手でも僕が真理さんを護りますから」
恥ずかしげもなくそんなこと言ってくれたら、ゾクゾクするじゃない・・。
「なんや公麿、頼もしいこと言うようになったやないか・・」
そう言う豊島さんが彼を鍛えてくれたからですよ。
ふふっ・・。最初会った時は変な人って思ったのに・・。
公麿。この島から帰ったら、また続きをしましょ?
公麿に目でそう合図を送ってみる。
・・どうやら表情から察するに公麿にも伝わったみたい。
その為にも、この島からの脱出は大団円じゃないと、心置きなく淫らになれないわ・・。
加奈子。踏ん張りなさいよ?
【第9章 歪と失脚からの脱出 51話 稲垣加奈子と神田川真理終わり】52話へ続く