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第9章 歪と失脚からの脱出 16話 作戦開始

第9章 歪と失脚からの脱出 16話 作戦開始


家電製品、精密機械、衣料品などが入った段ボールがうず高く積み上げられ、積み荷のない時はあれだけ広く感じられたカーゴ室だったが、今は茶色の段ボールで溢れかえっていた。

人の背丈の二倍ほどまで積み上げられている荷物が、ラッシングベルトとネットで荷崩れしないようしっかりと止付けられている。

宮コー傘下の宮川ロジスティックスが所有しているフレーター便の貨物機は、関空から函館まで飛ぶ予定で、先ほど離陸したばかりだ。

今回の作戦に先だって、紅音はこの機を2週間も前からチャーターしていたのである。

ほとんどの積み荷が、北海道にある大口のクライアントの品物で、明日中には納品できる手はずが整っている。

しかし、貨物の中には3つ、依頼にはない梱包があった。

貨物機が離陸してから水平飛行になったところで、1つの段ボールが内側からもぞもぞと動き、そして勢いよく破られた。

続けてその隣、少し奥にあったものも、丁寧に開けようとしたのを諦めたようで、内側から破裂するよう破られた。

「ふぅ!やれやれ・・ようやく出れたな。みんな大丈夫か?」

「段ボールが小さすぎるねん!・・まったく、いくら傘下企業にも知られんようにって慎重にもほどがあるやろ!」


「検品の時にぐるぐるされたせいで、サイコロの気分が味わえてしもたな・・」

1㎥より少し小さいぐらいの段ボールから、ピチピチのライダースーツのような服に身を包んだ筋骨隆々の男3人が、緩衝材をまき散らしながら、肩や腕を回しコリをほぐしつつでてきたのだ。

それぞれ、性格を表す独り言を吐きながら、たくましい筋骨が露わに強調された四肢を伸ばしている。

「大丈夫そうやな。よっしゃ、みんな集まってくれや。簡単に説明しとくぞ」

うず高く積まれた貨物の間にできた通路に胡坐をかいて腰をおろした宏が、哲司とモゲにも座るように手招きをする。

今回の作戦の概要は、事前に宏だけにしか詳しく伝えられておらず、哲司とモゲにはこのカーゴ室内で説明することになっていたのだ。

男ばかりが集まればいつもバカな話になりがちな菊一メンバーであるが、こういう時ばかりはさすがに表情が引き締まっている。

宮コー関西支社屋上でヘリに乗る前は、猫柳美琴という若い女性社員と浮かれてはしゃいでいたモゲですら、その濃ゆい顔の眉間に皺を寄せて神妙な表情をさせている。

普段はこういう説明をするのは妻であり、所長代行だった美佳帆の仕事なのだが、今回の作戦に美佳帆は参加していないので、仕方なく宏が哲司とモゲに説明をしている。

美佳帆がいればすすんでこういった説明を宏がすることは無いのだが、宏もそう言った説明ができないという訳ではない。

ただ美佳帆がいるとそういう部分は頼ってしまうだけである。

15分ほどかけて、事前に丸岳から聞かされている概要を二人にわかりやすく伝えきったところで宏は作戦の要を確認するように言った。

「今回の仕事の一番の目的は、汚職職員の身柄の確保、ディスクの回収ってことや」

「あの支社長が言うてたな。それだけやったら簡単なことやと思うねんけど、それだけやないんやろ?・・その宮川重工業が接触しようとしてるんはどこの誰やねん?その相手がややこしいヤツなんやないんか?」

宏は聞いてくる哲司に深く頷き、3人の前に広げている地図のある地点を指さした。

「そのとおりや。まあ聞いてくれ。おさらいしとくぞ?・・場所は日本海に浮かぶ通称Sや。着水ポイントはここらへん。1キロほど泳がなあかんけど、ここの海流はこう流れとる。思とるよりしんどないはずや。定期船なんかで近づいたら、すぐバレてまうからな。この島には、自衛隊のレーダーサイトがあるんやが、当然この機体にも気づくやろうけど、国内便のほうなんか警戒はしとれへん。・・で、肝心の相手なんやが・・・香港三合会や」

先ほどあらましの説明をする際には、香港の名前を出せば説明が中断すると思った宏は、あえて最初は取引相手の名前を伏せていたのであった。

「・・・そういうことか。それで俺らなんか」

哲司はそう呟き、モゲは目を閉じたまま首を後ろにカクンと倒すと、腕を組み、上を見上げるような恰好のまま、眉間に皺を寄せて顔をしかめている。

「続けるで?・・今日の明け方、この施設で香港の奴等と宮川重工業の常務取締役で樋口ってやつが密会する情報が入っとる。宮川重工業は、プレアーデスって商標使うて、表向きは車の製造会社やっとんは周知のとおりやねんけど・・まあ、テツやモゲに今更言うんもアレやが、裏では兵器開発と製造もやっとるやろ?日本はお国柄から公けにできへんけど、その技術を買いたい言う国は腐るほどあんねん。樋口が香港を経由してどこと取引してるんかまでは今回俺らには関係あらへん。とにかく樋口が香港の仲介を経てどっかと取引してるちゅう証拠押さえて、樋口の身柄と、流そうとしている情報の入ったディスクも回収するんが今回の仕事や」

「・・香港か・・それ、かなりめんどいなぁ・・。樋口ってやつも能力者なんやろ?そのうえ、そいつ護衛も雇うとるかもしれへんって話やったし、しかも、相手は香港やて?香港って、組織は3つあると思うねんけど、日本に来とるんは張慈円の新義安一派だけや。てことは、確実に張慈円の仕事やんけ。かなりどころか、相当しんどいヤマやで」

宏が話し終わったと同時にモゲが、首を正面に向け神妙な顔を崩し、開口一番溜息も交えて不平言った。

「張慈円か・・。まえにモゲや麗華と大阪湾の倉庫で対決したときは、あいつは手負いやった・・。それに完全にこっちが不意打ちに成功したからな・・。一方的に攻撃できたけど、結局は逃げられてしもたんや。スタジオ野口では、あの加奈子さんですら惜敗した相手や。一筋縄ではいかへん・・。・・気引き締めなあかんな」

そして、モゲに続けて哲司もそう言い、橋元の一件以来、何かと菊一事務所と因縁のある難敵、張慈円の凶悪さと強さを思い出し、腕を組んで苦い顔をしている。

その二人の様子に少し憤懣を滾らせた宏が、感情を抑えた低い声で切り出した。

「・・・あの緋村支社長のことや。難易度の高こうてめんどい仕事を俺らに押し付けたかったんは確かやろけど、張慈円とは俺らは決着つけなあかん。・・ええか、テツにモゲよ。俺はな、張慈円とは今回きっちり決着つけるつもりなんや。・・緋村支社長に依頼されとる仕事はもちろんするつもりやで?そやけどな、張慈円をぶっ殺すついでにやるんや。今回この面子でならやったるって支社長に言うたんや。この3人ならやれるってな。ええか?テツやモゲの言う通り、おそらく張慈円のクソもきとるやろ・・それで好都合やんか。今日で確実に張慈円のこと始末するんや。たぶん、敵さん大勢おるやろ。そやけど調べて分かったけど、香港の新義安だけなら能力者は張慈円と劉幸喜ってやつだけや。一人樋口の回収にかかりきりになっても、1対1でタイマン張れる。できたら俺が張慈円の始末つけたいんや。・・・あいつにはスノウや千尋が何日も散々世話になったんやで・・!?二人とも忘れたわけやないんやろ?自分より強い能力者に悪意持って犯されたら、どんな目にあうか想像つくやろ?!」

だんだんと声が大きくなり二人を、少しばかり叱咤するような口調で言った宏は、再び二人と目を合わせるように顔を動かした。

サングラス越しにでも宏の静かな、しかし強い怒気が二人にも伝わってくる。

「せやな・・!」

「そうや!そうやな・!許されへんな」

哲司とモゲの同調した声が重なり、二人は宏に同時に頷いた。

3人はスノウや千尋が犯された動画は見ていないが、美佳帆から一応聞かされていた。

張慈円のような好色で強力な能力者が、普通に犯すわけはないのだ。

モゲやテツも能力に目覚めていない一般の風俗嬢相手に、その猛威を振るった経験から、容易に想像できた。

特にモゲは、ついさっき行ったSEXを思い出し、あの高慢女に対しては同情する気持ちはそんなに沸いてこなかったが、千尋が張慈円に同じような目にあわされたかもしれないのは許せなかった。

「よっしゃ。二人とも、そのつもりでおってくれよ。そろそろ降下ポイントや、準備できたらインカム付けてあの猫女史から連絡あるまで待機しとってくれ」

哲司とモゲの表情が引き締まるのを確認した宏は、そう言うと胡坐をかいたまま目を瞑り、背を荷物に預けた。そのとたん・・、

「にゃーん!通信機はすぐつけるにゃん!故障かとおもったにゃんか!」

3人が耳に通信機のインカムを付け、電源オンにしたとたんに、3人の耳元で美琴が可愛らしい高い声で叫んだ。

「びっくりした・・!猫柳女史か・・・。すまんすまん!間違いが無いよう念入りに説明してただけや。しっかり聞こえてるで」

「おっ!みこにゃんか。怒った声もかわいいのう」

宏が耳を抑えながらも、美琴に通信を返すと、モゲも続けて美琴に返す。

哲司は無言で耳を抑えながらボリュームの調整をしている。

「なかなか繋がらないから慌てたにゃん!もうあと3分ぐらいで降下予定ポイントにゃんよ!みんな準備はいいかにゃ?」

美琴の声を聞きながら3人はバックパックを背負い、準備を整え終わると3人は互いに目配せし確認し合った。

「ええで。準備万端や」

「それじゃ、ハッチ開くにゃん。気を付けるにゃんよ」

皆を代表して宏がそう言うと美琴がすぐに返事し、カーゴ側面のハッチが電動でスライドしだした。

吹きすさぶ強風がカーゴ室内に荒々しく駆け巡る。

初秋とはいえ日本海上空の風は冷たく、今日はあいにくの曇り空であるのだが、宏はその天候に満足そうだった。

「おあつらえ向きに曇っとる。幸先ええな!テツ、モゲ!準備ええか?いくで!」

曇っている方が地上から発見されにくいことから宏がそう言うと、機外に身を躍らせた。

それに倣い二人も機外に身を投げ出す。

3人が夜間のスカイダイビングに身を投じフレーター便の側ハッチを閉じられると、美琴は一時的に通信を切り、先ほどとは違う低い声で静かに言った。

「・・・グッドラック」

普段いつも語尾に付けている猫語はなかった。

そして、そう言った美琴の表情は、宮コー屋上の塔屋で愛嬌を振りまいていた人物と同じとは思えないほど冷たい目をしていた。

【第9章 歪と失脚からの脱出 16話 作戦開始 終わり】17話へ続く

第9章 歪と失脚からの脱出 特別話 それぞれの思いと思い出

第9章 歪と失脚からの脱出 特別話 それぞれの思いと思い出

菊沢宏や豊島哲司、三出光春が宮川コーポレーションに所属し、特殊任務を受け猫柳美琴のオペレーションのもと、現地へ向かっている途中、貨物に紛れ身を潜め時間の経過を待っていたとき、菊沢宏は哲司たちに一通りの打ち合わせをした後、少し昔を思い出していた。

【菊沢宏】

親父・・・

菊沢宏は、京都生まれで京都育ち、祖父は開業医ではあるが、父は京都大学医学部に入学しながらも医師の国家資格に合格してすぐに海外の内乱が続く町や、医師の居ない町などへ赴き、傭兵兼軍医も務め、現地の怪我をしたのに治療を受けれない人たちを助けながら、その国その国の左派勢力に立ち向かうという生活をしていて、宏は幼いころから父と会うのはたまに帰国した数週間や長くても一か月であった。

そんな宏の父、正和の活動を正和の父、宏の祖母の康之は苦言を呈したり、自らの病院を継ぐように説得したりもしていたが、正和は、

『そんな金があり、治療を受けれる患者は親父が診てやったらええ。俺は俺しか診れん、俺しか治療に行けん場所で治療を待っている人たちを救う事に尽力するから。まあ病院は宏にでも継がせればええよ。まあ・・・でもあいつも嫌がるかもしれんけどな・・・この間、宏と話したらあいつ何を思ったか検事になりたい言うてたしなぁははははっ!』

と、康之の話に耳を貸すこともせず、自分の意志で自分のやりたいようにするという事を貫き、また正和は息子の宏にも生き方を押し付けることはせずに、宏の意志に任せていた。

宏の母の渚は、そんな正和に一言の文句も言わずに正和のしたい事を精一杯支えていた。

宏は、そんな父親の影響を大きく受けて育ったと言っても良い。

元々素頭が良い家系ではあったが、宏も例外ではなく京都では京都大学へ毎年1番多くの生徒を送る名門私立中学校、高校をろくすっぽ勉強をせずに入学。そして卒業と同時に京都大学法学部へ合格する学力は、父方の素養の遺伝に、自宅に最高の家庭教師ともいえる母、渚にしっかりと幼いころから勉強を見て貰えた事が大きい。

まだ小学校にも通わないうちから、中学受験時に必要な算数の特殊算などを解けるだけの学力が自然についたのは、まさに母の渚の宏に対する教育の賜物であっただろう。

しかし宏は、そんな母につけてもらった学力以上に、たまにしか会えない父に教わった、いわゆる喧嘩の仕方とレディの扱いの方を今ではありがたいと感じている。

会うたびに、母の渚と祖父の康之の目を盗み、近くの体育館の柔道場を借り、父正和が本物の戦場で身につけたグリーンベレーから受け継がれている傭兵術を幼いころから叩き込まれた。

正和は拳法や柔道、空手などおよそ武術という武術は全て黒帯で、そんな正和が戦場に行きさらに生き残るために自然と身につけたのが傭兵術だった。

そのうえ正和には宏をはじめ菊一探偵事務所の面々同様、特殊な能力が備わっていたので、戦場では傭兵として引っ張りだこで、医師である祖父以上の収入も得ていたのだ。

そんな父が、命を落としたのが戦場ではなくこの日本・・・しかも、死んだ理由も意味もわからないが、ただ宏が解っていたのは、

『親父は、誰かに殺された・・・』

それだけであった。

宏がそう思うのが、宏が京都大学法学部の2回生であった頃、父が6か月ぶりに帰国し祇園の正和の行きつけのBAR桔梗で宏と酒を飲みながら、話していたときに、

『宏、俺はしばらくは日本に滞在する事になったが、またちょっと行かなあかんところがあってなぁ・・・まあたわごとくらいに聞いておいてくれたらええけど、もし万が一、今後、俺の身に何かあったら、この人に連絡して今後はこの人を俺と思って頼れ。話はつけてあるから』

正和がそう言い、宏に渡したのが栗田教授の名刺だったのだ・・・。

そしてそれが宏が父と交わした最後の言葉になった。

宏は思っている。

(あの親父を殺れる人間なんか、数限られてる・・・親父は強い、俺が知る誰よりも・・・。

戦車をナイフ1本で刻む人間が、そう簡単に死ぬとは思えん・・・。

警察は事故や言うてたけど、あの親父が車に撥ねられたくらいで死ぬわけない・・・。)

宏は、棺桶にしがみつき泣き崩れる母の渚の姿を見ながら、

(親父・・・俺にずっとレディに手をあげたらあかん、レディは泣かせたらあかんって言うてたやん・・・それをアンタがしたら1番あかんやろっ!)

そう思いながら、流れ落ちる涙を拭きもせずに、

(親父・・・俺があんたを殺した相手を必ず見つけ出し、この手でそっちへ送ってやるからな。そしてあんたの言いつけはかならず守る。俺もあんたのようにやりたいようにやる。やりたいようにやる力を身につけて自由に生きるよ。しかし、まずは俺はやりたいようにアンタの敵討ちをする!そして親父のような人が、なんで狙われなあかんかったんか・・・それを解明したる!)

そして宏は、父に渡された名刺に連絡を取り、栗田と出会う。

栗田は父、正和の親友で相棒でもあったようだが、やはり父同様変わり者でもあった。

しかし、父も持ち、自分にも備わっていた特殊な力を医学的にも解明している人で、その引き出し方や使い方に精通していて、宏はもともとの傭兵術に加え、ほぼ我流であったオーラを使った様々な能力も栗田とこの後アメリカに渡りスラム街で、【仕事】をさせられた事により飛躍的に上ったのだった。

そして帰国後、父の敵討ちを最終目標として探偵事務所を立ち上げる。

その後、京都大学法学部時代の友人たちと再会し、近所に住み、中高時代からの先輩でもあった相沢美佳帆とも出会うのだった。

そして今・・・、

貨物の中で宏は思っていた。

(親父・・・、俺が今している事が親父の敵討ちに少しでも近づいているんかどうかは正直わからん・・・。
しかし親父に言われていたように、とりあえずはやりたいようにやっているよ。
親父・・・母さんもまあ、京都でまだ元気やけど、アンタが死んでから笑う事が減ってなぁ・・・孫でも見せてあげれたら少しは変わるんかもしれんけど、俺もまずはあんたの敵討ちが先かなと思ってんねん。)

そんな事を考えながら、宏は現場への到着を待つのであった。

【豊島哲司】

(そういや、俺はガキの頃からヤバい事をするときは、絶対この3人あったなぁ・・・宏とモゲ・・・まさかあいつらと中学高校だけやなく大学まで同じで、そのうえ今は職場まで一緒になるとはなぁ・・・まあ、今回の仕事も正直、宏の話では結構難易度高そうやけど、あの港区の倉庫に佐恵子さんたちを救いに行った時ほどヤバい事なんかそうないやろ・・・。
あの時は、張慈円も居たけど、あの黒スーツの千原ちゅう美人剣士はホンマ超ド級のヤバさあったからなぁ・・・あんな奴とやり合うんはもう2度とご免や・・・・)

豊島哲司の実家は京都でも、他府県から中学生や小学生の遠足や修学旅行の観光先になるような有名な寺で、その寺の1人息子であった。

哲司の父は何人も在籍する僧侶の中でも、その寺では最高位に位置する住職で、その息子ともなれば寺を継ぐことを当たり前のように育てられ、元来体格の良かった哲司は小学6年生で既に175cmの身長にまでなり、特筆すべきは幼いころから父に鍛えられたその身体能力は、小学6年生でリンゴを握りつぶし、クルミを指先で割れるほどの握力に指の力を得ていた。

哲司はもともと温厚な性格の為、喧嘩などは子どもの頃からあまりしないのであったが、大人数で1人を虐めている奴を見たり、明らかに年上が年下を虐めているのを見かけたときはその身体能力を活かし助けると言うことなどはしていた。

そして中学校で菊沢宏という気の合う友人が出来た中1の夏休みの事である。

豊島哲司と菊沢宏が通う中学校は成績順にA組からF組まであり、中学1年生の彼らのクラスはいわば入試の時の成績順であったが、当時A組の宏と、哲司は夏休みに繁華街のコインゲームで遊んでいた。

するとそこに1人の同じ中学生だと思われる男女3名がやってきた。

『うん?なんやお前ら?あっ、お前らB組の・・・確か三出君・・そっちは、斎藤さんか?君は確か・・・寺野さん?』

元来話した事のない人間の名前などは一向に覚えない豊島哲司とは違い、コインゲームをしながら、さらっと見ただけで近づいてきた3人が同じ中学校の同級生だと気づく宏の眼はこの時から特殊な力を帯びていた。

『えっ・・・・私をわたしたちを御存知だったのですね・・・菊沢君・・・』

線の細い女の子、白の膝丈でノースリーブのワンピースを着た黒髪を肩くらいでそろえている女の子が透き通るようなか細いしかし抑揚のない声でそう言った。

彼女が当時の斎藤雪。

現在菊沢美佳帆の秘書的存在として、菊一探偵事務所を経て宮川コーポレーションでも活躍するあのスノウであった。

『宏、すごいな~お前、ほかのクラスの子の名前もしっかり覚えてんやな~まあお前は、首席で入学して入学式で新入生代表で挨拶しとるから、彼ら彼女らがお前の事知っていてもなんらおかしくはないんやろうけど・・・』

と哲司がコインゲームをしていた、椅子から立ち上がり3人に向かった時、

『あんたも有名やよ、豊島君。』

『そうそう豊島君は、成績だけじゃなく運動にそして柔道の授業で先生をぶん投げちゃったりで・・・』

ともう1人のホットパンツに白のTシャツの中学1年生にしてはかなりグラマラスともいえる体系の寺野麗華に、本当に中学生かと思えるようなチンピラが着るようなシャツにベージュのチノパンを履いている三出光春が哲司を知っていると伝える。

すると、今度は宏が、ゲーム機を見たまま3人を見ずに、中学1年生なのにこの時から普段はかけていたサングラス越しにコインを200枚BETまでBETしてボタンを押し。

『何か困った事でもあったんか?斎藤さんは普通に見えるが、内心鼓動が激しそうやし、寺野さんに三出君は、見るからにあせっとるし・・・』

宏がそういうと3人が3人とも顔を見合わせながら少し驚いた表情の中、まず三出光春が口を開き、

『あっ・・・あのなっ、ホンマは警察に言うべきなんやろうけどっ・・・実は、今日俺らもう1人仲間がいて・・・4人で、今からプールに行く予定あったんやけど・・・その行きにな、もう1人いた北王子って奴が、麗華が変なおっさんに絡まれたんを助けようとしたときに、あいつ学校のセカンドバッグに着替えとか入れてもってきていたせいで、俺らが洛南の生徒やってバレてしもてな・・・それで、たぶんやけど親から金ゆするかなんかするためやろが、あいつ連れて行かれてしもて・・・俺や雪や麗華は走って逃げたからつかまらんかったけど・・・』

三出光春が、息を切らせながら一気にそこまでまくしたてるように話した。

宏たちが通う中学校では、素行が悪かったり、成績が芳しくない場合は、学年が変わるときに他の中学校を紹介されたり、元来通う公立中学校に通わなければならなくこともあり、それは学校にいるとき以外の行動も勿論含まれる。

しかし、今回のケースなどは普通に誘拐事件だろ?と哲司は思い、それこそ本当に警察に届けた方が良いのではないかとも思うが、北王子の実家は三出が話すにはあの誰もが知っている全国展開しているメガネチェーン店の社長らしく、三出は、北王子の実家にも気を使い、とりあえず自分たちで引き起こしたことなので、自分たちで解決しようと考えたらしいのだ。

『宏、こんなもん俺らのところに来られてもどうこうできる問題やないやろ・・・?』

と哲司がそうつぶやいたのは間違いではないのだが、宏は、

『三出君は、北王子君、自身が警察に言われたり、親に言われたりすることを本当に困ると思ったから、俺たちの所へ来たんやな?まあ、それはだいたいわかるが・・・』

宏もやっとコインゲームを切り上げて、立ち上がると三出光春にそう言った。

『あっ・・・ああ、そうなんや・・・まあ、あのおっさんらに無礼なこと言うたんは俺も北王子も、麗華も確かに言ったし、麗華はおっさんのスネ蹴り飛ばしてしもてるしな・・・でもなっ悪いんはあのおっさんやでっええ年して、中学生の麗華にスケベな事、言うてきおってからにっ!』

三出は非は自分たちにもあるし、この事が大げさになれば北王子だけでなく、自分や女子2人にも学校からなんらかのペナルティが課せられ、最悪の場合は2年生に上がれない事もあると考えての事だと宏も瞬時に悟った。

『北王子君がどこに連れて行かれたかわかる?』

宏は、三出たち3人より先に歩いていき、哲司もそれについて行った。

『き・・・菊沢君・・・助けてくれるんか?それに豊島君も・・・』

三出がそういうと、寺野に斎藤も、先ほどまで不安そうにしていた表情に若干血の気が戻ったように見えた。

『私が・・・車のナンバーを覚えています。もし、必要であれば所有者は割り出せますが・・・』

白のワンピースを着たお嬢さま、斉藤雪が小声でそう囁くと、さきほどまでは3人の顔を見ずに話していた宏が振り返る。

『・・・君、凄いな・・・ハッカーか?』

『えっ・・えっ・・・・』

斉藤雪が宏に見られると、初めて表情が変わり恥ずかしそうにうつむき、照れているような、申し訳ないと思っているような表情になる。

『いや、俺はハッキングする事をどうこう言うてるんやなく、純粋にわかるとしたらハッキングやろうし、もしそれがかなうのなら凄い思っただけやで。それでもし解るのなら、君たちが持ってきたこの案件は、俺が・・・哲司?手伝うよな?』

宏がそう言い哲司を見上げながら、

『・・・やるしかないやろ・・・』

と哲司が言うと宏が笑顔になり、

『という事やから、俺と哲司がなんとかしてやれると思うで。』

『はい!ありがとうございます。では、すぐそこのネットカフェですぐに調べてきますっ』

そういうと斎藤雪は、ひざ丈のワンピースから覗く細い脚で全力で地面を蹴り、警戒に駆けていった。

(ふぅ・・・あの時からやな~俺らが色々つるんで、ええ事も悪い事もするようになったんわ・・・。あの時はスノウが、調べてくれた車がやくざ所有の物で、あの近くの事務所に所属する者の車って知って、俺、宏と2人で乗り込み公磨を助けたんやよな・・・普通中学1年生でそれするか・・・まあ、あのときか・・・俺は普通の大人よりも自分がかなり強いと知ったんは・・・ほんで宏もな・・・相手18人もおったのに、全くびびってなかったからなぁあいつ・・・相手も相手で、たかだか中学生2人に乗り込まれて全員ボコられた事なんて隠したいから結局あの日の事は、知ってるのは俺ら5人と、思い出話で聞かせてやった千尋やアリサに美佳帆さんだけや・・・しかし、そう考えるとあの出会いが無ければ、モゲやみんなとはどうなっていたんやろうなぁ・・・)

哲司は、モゲや麗華、スノウとの出会いを思い出しながら、現場への到着を待つため無言で身を潜めながら到着を待っていた。

【モゲ】

そして三出光春はというと・・・結構危険な任務の可能性もあるが、昨夜の佐恵子への蛮行で体力とオーラをかなり消費したので、銅像のように眠りにつき英気を養っていた。

モゲはモゲらしく、深い眠りの中、先ほど出会っばかりの猫柳美琴を夢の中で凌辱するという、寝ても蛮行を行いつつもしっかりとオーラは回復されコンディションは整えられていた。

こうして、3名が3名それぞれの思いを抱きながら、紅音に指示された任務へ向かうのであった。

【第9章 歪と失脚からの脱出 特別話 それぞれの思いと思い出終わり】

第9章 歪と失脚からの脱出 17話  髙嶺17代目当主

第9章 歪と失脚からの脱出 17話  髙嶺17代目当主

古めかしく錆び付いた大きな倉庫に続く鉄橋の上を4人のスーツ姿の女性達が、カツンカツンと足音を響かせ颯爽と歩いている。

日本海側にあるこの孤島では、初秋とはいえ寒風が容赦なく吹き荒れ4人の女性は髪を、風に靡かせるのをそのままに、やや緊迫した表情をして歩いていた。

あいにくの曇り空で天気も悪いが、天気とは違い、歩いてくる4人の女性は、それぞれに個性はあるが、一様に美しい。

同じような黒いスーツにタイトスカート、長髪で背の高い一人はパンツスーツだが、4人の共通点は腰に刀を帯びているというところだ。

美女と言っても過言ではない4人であるが、纏う雰囲気は華やかな明るさではなく、妙齢の女性達が放つ雰囲気はない。

むしろその周囲の空気の密度は濃く重くさえ感じられた。

しかし、その重い雰囲気の中でも、特に他の3人を従えるように歩く先頭を女性は、柳の葉のように細く美しい眉に、切れ長の意志の強そうな目、総じて顔立ちや体形は、佳絶を極めたりと言っていい程の容姿である。

その佳絶柳眉の美女も他の3人同様腰に刀を帯びており、鞘は漆黒、柄は黒地に金と紫の刺繍が施され、鍔は黒鉄に鷹を模した意匠が拵えられていた。

4人はそのまま古びて錆の目立つようになった大きな倉庫に入っていくかに思われたが、鉄橋の中ほどに差し掛かった時、先頭の女性がはたと歩みを止めた。

「・・・気に入りませんね」

鷹のように鋭い目だが佳絶の女、髙嶺弥佳子が刀の柄に左手を置き呟くと、不快げにその美しい柳眉を顰めた。

追従する3人は畏怖する主の煩いの原因を探ろうと一瞬の沈黙があったが、3人ともすぐに理由を察知した。

千原奈津紀、前迫香織、南川沙織は鉄板の床をヒールで蹴り、髙嶺弥佳子を防御するよう陣形を組んだのとほぼ同時に2か所から銃声が轟いた。

「ふっ!」

「えいっ!」

3人のうち二人はすでに抜刀し、弥佳子を狙って放たれた銃弾を、奈津紀が抜刀と同時に真っ二つに切裂いて打ち落とし、香織もまた別の方向から放たれた銃弾を、能力を発動して、ぐにゃりと捻じ曲げ明後日の方向に吹き飛ばしたのだ。

「おらぁ!ざっけんじゃねーぞ!死ねや!!」

ショートカットを振り乱した南川沙織はそう吼えると、腰と背中に背負った小太刀二刀を特殊な構えから跳躍して抜刀し、500mは離れているであろう弾丸の発射地点目掛け【刀閃】をぶっ放した。

青白いクレセント型の真空の刃が、猛スピードで唸りを上げ回転しながら鉄塔の監視小屋と、鉄橋の側面にある廃屋の屋上に直撃して、爆音と埃を巻き上げる。

劉幸喜と同じ、否、似て非なる強力な技能だが、沙織は二刀流故それを二方向に同時に飛ばしたのだ。沙織の【刀閃】をみれば、その切味、破壊力、飛距離、正確さに驚嘆し、髙嶺以外のオーラを使う剣士ならばほとんどのものが肝を潰し、自信を失うだろう。

髙嶺六刃仙に籍を置く者は皆、生まれながらにして天賦の才を持ち、特殊な選別を潜り抜け、さらに磨き上げた者たちなのだ。

沙織は小柄な可愛らしい容姿で、ゴスロリメイクと派手なラメピンクのマニキュア、ごついシルバーリングを細い指に幾つもゴリゴリと付けている。

黙っているところを一見すれば人形のような可愛らしさがあるのだが、。いざ戦闘となれば悪鬼のような笑みと、乱暴な口調になるのだった。

「沙織?」

「直撃。殺った。・・・当たった手応えからするとたぶん二人とも能力者」

千原奈津紀の問いかけに、着地しすでに納刀した沙織が即答で返したところで、通路の先にある倉庫の入口の方から拍手が聞こえてきた。

「いや、お見事、お見事。皆さん私の予想に反して素晴らしいお手並みでした。私が雇ったくずボディーガードを瞬殺してくれるとは・・、まあ、あの程度の腕前だったので、始末も兼ねてちょうど良かったです。前金だけしか払ってなかったのでね。それにしても、募集して雇ったのが、まさかあんな雑魚だったので、大損だと後悔してましたが、始末もでき、あなた方の腕を確認できて一石二鳥でしたよ」

パチパチパチと拍手しながら、気取った仕草で背の高いスーツ姿の男が、とんでもないことを言いつつ、にこやかな表情で現れたのだ。

男は右目の銀縁片眼鏡を親指で押し上げると、大げさで慇懃な態度で頭を下げた。

「試すような真似をして申し訳ございません。わたくし、樋口と申します。この度、こちらに来られるボディーガードが全員女性と聞いたもので、つい不安になってしまっていたのです。しかし、これは私の思い込みで浅慮の致すところでした。深く、お詫び申し上げます」

品があり慇懃な態度と口調で、気取った紳士が下げていた頭をあげると、目の前には南川沙織が刀の切っ先を突きつけ迫っていた。

「おっさん。遺言はすんだのか?」

沙織の左手に逆手で握られた九字兼定が男の首筋にあてがわれ、右手の京極政宗は同じく男の胸を今にも貫かんと構えられている。

樋口と名乗った男の背後にもすでに前迫香織が回り込んでおり、愛用の長刀を男の首の後ろからあてがい、沙織の九字兼定と交差させている。

「これはこれは、しかし、わたくしはまだおっさんと呼ばれるほどの歳ではありませんよ。今年で45になったばかりですからね」

沙織に剣先を突きつけられた状態だというのに片眼鏡の男は、虚勢とは思えない落ち着き払った口調で、害意が無いことをアピールするように両手を肩まで軽く上げ、鋭い目つきの沙織に笑顔で言い返す。

「45って・・・おっさんじゃねーか

沙織が表情を崩さずそう言い、握っていた柄に力を込めたところで、片眼鏡の男の後ろから声がした。

「まて!待ってくれ!髙嶺の・!」

そう言い慌てて走ってきたのは、褐色の肌に整った顔立ち。三浦春馬を少しだけ軽そうにした見た目の劉幸喜である。

「あ、あんたは・・!うぉ!!」

劉幸喜が樋口に駆け寄ってきたところで前迫香織がビュンと長刀を翻し、その切っ先が劉に向けられたのだ。

劉は香織の殺気に思わず声をあげた。

今の香織は、スタジオ野口にある庭園で出会った人物とは別人のような鋭い顔であり、あの時の温厚で優し気な目付きの印象が強く残っている劉は面食らったのであった。

「くっ・・!ま、待ってくれ!誤解なんだ・・手違いを説明させてくれ!とにかく・・!聞いてくれ!」

香織の殺気と怒りを本気と捉えた劉ではあったが、香織に一言断わると、兎にも角にも髙嶺とこの樋口を揉めさせるわけにはいかなかい劉は樋口に怒鳴った。

「あんた!さっき言ってたの本気だったのかよ?!いくら依頼主と言っても、この人達を試すようなことは絶対にやめてくれって言っただろ?!まったく何考えてんだよ。」

沙織に刀の切っ先を突きつけられている樋口に対して、劉は冗談じゃねえよといった表情と口調で捲し立てる。

「劉君・・。そうは言っても、女が護衛に来ると言われれば誰だって不安になりますよ。女はろくな仕事をしてくれませんからね。あ、ベッドの上では別ですよ?女に相応しい無様な仕事がありますから」

必死な形相の劉とは対照的な表情の樋口は、刀を突きつけながらも肩を竦め、しょうがありません、とうそぶいたような様子である。

「てめえ・・」

樋口のあまりにもなセリフに、沙織が目付きと口元を歪め危険な表情になると

「沙織。先ほど名乗っていただいたように、その方が今回の護衛対象の樋口様のようです」

香織は相変わらず長刀の切っ先を劉に突き付けたまま、当主である髙嶺弥佳子の意思を伺いつつも、ひとまず沙織を制止する。

「そうだ!その通りだ!悪かったアンタら!今回は俺たち香港の護衛も兼ねてるだろ?!どうかここはボスに免じて・・、頼む!ことが始まる前に揉めて空中分解なんて、しゃれにならないんだ!頼む・・!」

香織のセリフを渡り舟とばかりに、劉幸喜が髙嶺弥佳子に深々と頭を下げて必死に頼み込んだ。

劉と髙嶺弥佳子は初対面ではあったが、周りの女の様子や雰囲気から、間違いなくこの女が髙嶺弥佳子だと劉にも確信が持てたからだ。

嘆願する劉を眺めていた弥佳子であったが、目を閉じふっと失笑すると、左手の親指で鍔を押し上げ、そしてカチンと鞘に落した。

「・・不愉快極まりないですが・・・、香港本国からのじきじきの依頼です。張慈円の顔を立てるとして、ついでの護衛対象の無礼にも、これで目を瞑りましょう・・。しかし、二度目はありませんよ」

目を開けそういうと、その切れ長の目で樋口のことをじっと見つめた弥佳子であったが、ちらりと劉に視線を戻し、澄んだ静かで抑揚のない声でそう言った。

そして、カツカツと足音をさせ、劉と刀を突きつけられている樋口の間を通り過ぎていった。

千原奈津紀と前迫香織もそれに続き、

南川沙織も鋭い目つきで樋口を睨んだままであったが、無言で刀を引き少し遅れて3人に続く。

「・・・感謝するぜ!」

通り過ぎた4人の美女剣士たちの背中に再度深々と頭を下げた劉が、重ねて謝辞の言葉を口にした。

恐るべき力を持った4人の剣士たちが、倉庫の中に消えて行ったのを見届けると、劉は肺に溜まった空気を思い切り吐き出し、樋口に向き直った。

「さあ、アンタも外をあんまりうろつかないでくれ。まったく寿命が縮むぜ・・。ったく!・・あんたが連れてきたボディーガードの後始末もしなきゃいけねえじゃねえか」

額の汗を拭きながら、不満を口にし、樋口を打ち合わせ場所である倉庫の中に促す。

「劉くん。気にしすぎだよ。あの気の利かない役立たずなボディーガードの二人は海にでも投げ込めばいい。こんな孤島から人を二人投げ込んだところで気にする奴なんて誰もいないさ」

その投げ込むのが大変なんだよ・・。と、劉が内心悪態をついていると樋口が更に続ける。

「宮コー本社が嗅ぎつけたとしても、俺とまともに戦えるのはジョーカー技能持ちの宮川のガキか、紅蓮の緋村紅音ぐらいのもんさ。でも、宮川は失脚したし、紅蓮もこういう泥臭い仕事は絶対に直接しない。もし、宮川のガキがかぎつけても、周りが反対してお嬢様自らがくるわけないさ。だから二人とも、こんな僻地までこない。安心していいはずだよ。・・・それに、さっきの女剣士たちが意外にも腕利きだというのはわかったのは良かったけど、最後に偉そうなことを言っていた女の実力はよくわからないな。取り巻きの3人に守られてるだけでひょっとしたら無能なのかもしれない。無能な女はいくら美しくてもただの穴だからね。・・・・でもあんなに護衛を補強するなんて香港は臆病なのか人材不足なのか・・いったい何をそんなに怖れているんだい?張慈円が達人だということは承知しているし、俺だって自分自身の身は守れるんだぜ?」

樋口の楽観的且つ人格崩壊したセリフを聞きながら、ほんとにこいつそんなに強いのかよ?と疑問を感じながらも、誤魔化すように頭をかき、一応念を押す。

「本当に、頼むから、そういう事もう言わないでくれ」

揉め事は本当にうんざりだと言った様子で劉が呻いた。

劉達香港はすでに確かなルートから宮川コーポレーションが今回の取引を嗅ぎつけ、3人の能力者を送り込んでくるという情報を得ていたのだが、それを樋口には伝えていない。

今回の取引を嗅ぎつけられているというのを仲介役である香港としてはクライアントに知られたくはなかったからだ。

しかも、奇妙なことに事前に宮コーが妨害をしてくる人員の詳細や日時までもが、あまりにもあからさまにキャッチできたことを、張慈円とともに不信に思っていた。

樋口は扱いにくく変人だが、宮川重工業の重要機密を大量に詰め込んだディスクを持ち出してきており、その認証のパスワードとして樋口の網膜とオーラが必要であった。

劉としてはこの大きな取引をどうしても成功させたかったのだが、宮コーの手先となった菊一、それに対抗するために雇った髙嶺、そして変態クライアントの樋口のことで、いまから胃が悲鳴を上げていた。

「とにかく、顔合わせだ。髙嶺の当主がわざわざこんなところまで出向くなんて珍しいって話だからな。失礼のないようにってボスから言われてたってのに・・まったく・・。なんて日だよ。いまから嫌な予感しかしないぜ」

劉はクライアントに余計なことを言って、信用を落とすよりは、黙っていて今回の潜入してくるであろう菊一の面々を圧倒できそうな髙嶺を雇い、ぶつけるという張慈円の作戦を高くつくところが不満ではあったが確実だと思っていた。

ボスの張慈円ですら、菊沢事務所の豊島哲司には手を焼いたのだ。

ここは髙嶺でもなんでも、とにかく強いカードをぶつけるのが得策というモノだ。

「なにブツブツ悩んでるんだい?君は若そうなのに気苦労が多いね?ハゲるよ?」

劉の心労など気にした様子もなく樋口はそう言うと、倉庫の方に向き直り、片眼鏡を親指で押し上げ歩き出そうとしたその時。

「うっ!」

押し上げた銀縁片眼鏡が縦横十字に切断されており、親指で押したときにずれて鉄橋の上に割れ落ちたのだ。

「こ、これは・・」

そう言って樋口が4つに切り割かれた片眼鏡を拾い上げようとしゃがむと、腰に違和感を覚えた。

スラックスのファスナーがベルトのバックルごと切られており、二つに割れたバックルとバラバラになったファスナーが鉄橋の床の上に散らばったのだ。

「い、何時の間に!・・まさか・・あの二刀女か・・?いや、そんなはずはない・・違う!・・・あいつか・・?しかし・・馬鹿な!」

樋口はスラックスがズリ落ちてしまわないよう掴みつつも、この不可解な現実の原因が、柳眉佳絶の女の仕業だと直感で悟り肌を粟立たせた。

(ただの上等な穴だと思ったが・・俺とあの女の間には、二刀のチビ女がいた・・!メガネはともかく、あの一瞬でこんなところを攻撃できるわけがない・・・!しかし・・!現に・・・どうやって?!)

この樋口という男は、女性蔑視の人格破綻者だが、口だけではなく本当に優れた能力者で、今は宮コーの下部組織の役員とはいえ、佐恵子や真理も警戒をしている人物であった。

以前から人材集めに躍起になっていた佐恵子も、かつて宮川本体の勤務であった樋口の能力者としての噂を聞きつけ真理と共に面会したのだが、樋口の纏うオーラがあまりにも女性軽視で卑猥且つ邪悪だったので、佐恵子は樋口を一目見た一瞬で嫌いになり、問答無用で下部組織の閑職に左遷したのであった。

しかし、樋口はもともと仕事では優秀だったし、そのうえ能力を駆使して、本社の目が届きにくくなった宮川重工業で、常務取締役にまで出世し、立場を利用して汚職に汚職を重ねて私服を肥やしていたのだ。

そして、さらなる利益を求め香港にわたりをつけてもらい、大陸の組織に宮川重工業の機密を高値で売りさばき、日本からとんずらする予定であったのだ。

「・・。日本を発つ前に、女の然るべきポジションを教えてやる必要があるヤツがまた増えちまった」

自分の気づかぬうちにメガネとバックルを切裂いた弥佳子の絶技に慄きながらも、女性軽視の歪んだ感情が樋口の胸を憎悪の炎が激しく焼いていた。


~~~~~~~~~~~~~

弥佳子は簡素な椅子に腰を下ろしており、奈津紀は弥佳子に向かって立ったままでいた。

張慈円の部下に促され、顔合わせの会合が始まるまでの間、この部屋で待っていてほしいとのことであったからだ。

前迫香織と南川沙織は部屋の扉の外で、一応の警戒をしている。

今は部屋内に二人しかいない。

「どうしたの奈津紀さん?」

奈津紀と二人きりだと、畏怖の対象とされる髙嶺17代目当主の目も些か優しい。

「いえ・・」

そんな弥佳子のセリフに奈津紀は短く返した。

「ははは、はっきり言ったらどう?私があいつの胴を切断してしまうと思ったのでしょ?」

「ええ・・まあ」

部屋の外には聞こえない程度の声で、弥佳子は快い音色で笑い言うと、奈津紀は言いにくそうに同意し頷いた。

この部屋が機械的な機器などで、盗聴盗撮されていないのはすでに確認済みだ。

弥佳子が愉快そうな声で続ける。

「退屈しのぎよ。こういうのも久方ぶりだしね。あの忌まわしいジジイに封印された力がやっと戻ったのだから、楽しみの芽を早々に積んでしまうのは憚れるじゃない?香港に宮コー、あのジジイを血祭にあげるというのも目的の一つだけど、奈津紀さんの話じゃ栗田は宮コーにいるらしいんでしょ?寄り道のようだけど、案外これが最短ルートのように思えてるのよね。となれば道中の楽しみは多い方がいいじゃない?」

弥佳子の様子とは裏腹に、奈津紀は表情を曇らせて頭を下げた。

「あの時は私の失態です。栗田を御屋形様の前まで連れてきてしまいました。栗田の意思をもっと確認すべきでした。我々に匹敵する違った能力者を仲間に引き込めるかもしれないと、舞い上がってしまったのです。そのせいで・・あやうく・・」

さげていた頭をあげた奈津紀の顔はいまだに曇ったままであり、弥佳子も先ほどの愉快そうな表情を引き締め、しかし優し気な口調で奈津紀に返す。

「たしかに・・・、でも奈津紀さん。あなたはいつでもよくやってくれてるわ。私のオーラが封じられている間、あなたが切り盛りしてくれたわね。本当にかわいい妹」

そのセリフに奈津紀ははっとした表情になり周囲を警戒すると、小声で弥佳子に呟いた。

「御屋形様。・・どこに耳があるやもしれませんので・・」

「ふふ・・。大丈夫よ。でもそうね。気を付けるわ」

弥佳子がそう言ったとき、扉の外からノックされ声が掛けられる。

「御屋形様。張慈円様が戻られたそうです」

「わかりました。参りましょう」

扉越しにそう言うと、弥佳子は組んでいた脚を戻すと膝丈のタイトスカートに鋭く入ったスリットから覗く筋肉と贅肉がバランスよくついた太ももの肉を妖艶に揺らしながら立ち上がった

【第9章 歪と失脚からの脱出 17話  髙峰17代目当主終わり】18話へ続く




第9章 歪と失脚からの脱出 18話 香港と髙嶺

第9章 歪と失脚からの脱出 18話 香港と髙嶺

深くスリットの入った膝上5cmほどのタイトスカートの裾を掴み、そして少しずり下げる。

(さむい・・もう少し分厚いのにしたらよかった)

南川沙織は、前かがみになるとゴリゴリと刺繍の入った黒いストッキング越しに必要最低限の肉付きではあるが奈津紀や弥佳子に比べれば細く見える両脚の中核を担う両膝を温めるように、手の平で撫でていた。

そしてピンクのマニキュアが施された左手の親指の爪を摘まみ、ずるりと真っ白いファーを取り出す。

隣でその様子を横目で見ていた前迫香織が感心したように言う。

「沙織の【爪衣嚢】って本当に便利ですよね」

「んふ、まぁね」

二人はいま待機室として弥佳子の為に用意された部屋の前で、見張りを兼ねて待機している。

日本海側のこの孤島では、初秋だというのに大陸から吹き込んでくる、冷えた乾いた寒風のせいで本土より随分寒かったのだ。

沙織はふわふわの真っ白いフォックスネックファーを取り出し、首に巻き顔を肌触りのよいふわふわに埋めると、戦闘の時とは違う本当に可愛らしい笑顔で香織に応えた。

人形のように可愛らしく整った顔を、ファーにうずめ、目を細めて笑っている沙織は童顔好きな男性諸君からは天使に見えるであろう。

既に20代後半で間もなく三十路の声も聞こえる沙織だが、どう見ても20歳前後の大学生だと言っても通用するであろう容姿である。

そんな若い母親と学生の親子のようにも見えるシルエットを醸し出す母親役のシルエットの香織のセリフに気をよくした沙織は、今度は左手の人差指の爪を摘んで引っ張っぱると、今度は飴玉を二つ取りだした。

そして、一つは自分の口に放り込み、「はい」と言って、もう一つを香織に差し出してきた。

「ありがとう」

香織は笑顔でそういったものの、手で遠慮する仕草をしてみせる。

「そう・・?美味しいのに・・。いっぱいあるから欲しかったら言ってよね。かおりん」

そう言ってお母さんに飴玉を優しく拒否されたような感じになっている沙織の小さな口には少し大きめの丸い飴玉を、口の中でコロコロとさせて頬を丸く膨らませると、香織にもらってもらえなかった飴玉を爪の中に戻した。

【爪衣嚢】沙織の両手のすべての爪はモノを収容できることができる技能。それぞれの指によって収納できるサイズや量が違うが、その収納したモノの重さと同当分、重くなるため、あまり重いモノは入れないようにしている。

「そろそろですかね・・。向こうから、5人歩いてきてますね。おそらく準備ができたので、迎えを寄越してきたんでしょう。・・・この気配は劉さまもいらっしゃるようですね」

広範囲、といっても100mほど円形にオーラを展開し、周囲の様子を伺っていた香織のセリフに、沙織は背筋を反射的に伸ばし、沙織らしからぬ返答を返した。

「んぐ、・・じゃあ御屋形様をお呼びしなきゃ」

マイペースで自由奔放な沙織も、当主である髙嶺弥佳子の前では行儀が良い。

「私がお声がけしてくるから、沙織は劉さまたちの相手をしてて」

香織のセリフに沙織は頷き、先ほど口に放り込んだばかりの飴玉を、もったいないがゴクリと飲み込んで、胸を摩って姿勢を正した。

当主の前で、口をもごもごさせるのが良くないと分かっているのだ。

南川沙織は、剣の技量や体術、オーラ量、そして多彩なオーラを使った特殊能力を有しており、戦闘力のポテンシャルにおいては実は髙嶺六刃仙のなかでも1,2の実力がある。

二刀流による近接戦闘が最も得意だが、【刀閃】のように強力な遠距離攻撃、敵の間接攻撃をほぼ無効にする【不浄血怨嗟結界】、媒体が必要だが【治療】も使いこなすし、便利技能の【爪衣嚢】もあるので、隠し持った武器を一瞬で手元に発現することもできる。

しかし、多彩故の選択肢の過ちと、挑発に応じてしまう短気な性格や、見た目同様まだ精神が成熟しきっていない部分が災いして隙をつくってしまいやすく、任務でたまに失敗をしてしまうことがあった。

そのため、沙織の潜在能力を高く評価している当主である髙嶺弥佳子の逆鱗に触れ、実力に見合った成果を挙げれなかった沙織は何度か生命の危機に晒されたことがあり、その都度、奈津紀や香織のとりなしで命を救われていた。

沙織がショートカットなのは弥佳子に、任務失敗の度に、戒めで髪を斬られたからである。

もともとは、銀髪ロングで三つ編み、髪を真珠とシルバーをふんだんに使ったバレッタでアップにまとめ、サイドは緩く三つ編みで垂らし、うなじや襟足はストレートでなびかせていたのだが、いまはシンプルな黒髪ショートカットである。

一人廊下に突っ立って、沙織は廊下の向こうから歩いてくる一団を眺めていたが、5mほどの距離までくると、黒服たちを引き連れた、三浦春馬似の褐色肌の優男が、クールな口調で沙織に声を掛けてきた。

「よう。待たせたな。南川・・さんだよな。ボスも帰ってこられたから案内するぜ。あんたのボスを呼んできてくれ」

「うん・・。ツレが呼びに行ってるからまってて」

ファーのせいで顔の半分が隠れた沙織が、無表情で劉に素っ気なく言い返す。

素っ気ない返事をする童顔の背の低い女は、敵対心こそ露わにしていないが、まったく隙がなく、決して油断はしている風ではない様子に、劉は沙織をまじまじと観察する。

すると、むしろ沙織の方こそ、劉や劉の取り巻きの一挙手一投足を警戒しているがよくわかる。

「えっと・・。すでに呼びに行ったってことは、俺たちが向かってきてるのがわかったんだな。それにしてもあんたとは何度か話させてもらったし、前にもう少し打ち解けられてたと思ってたんだが・・」

以前、大塚マンション強襲前に会ったときとは、沙織の様子がずいぶん違うことに戸惑った劉が、間を持たせるために言ったセリフに沙織がギロリと目を鋭くさせて反応してきた。

「そんなのわかって当然。あんた達、さっきいきなり襲ってきたし警戒して当たり前でしょ?・・・変な動きしたら・・・ダメだよ?・・私、かおりんみたく手加減できるような器用な技能も無いし、性格でもないから・・じっと待ってて。わかった?」

警戒しながらも沙織のちょっとした優しさが見えたような気がした劉は、少しだけ安堵したが、沙織の警戒心をこれ以上あげないようできるだけ言葉を選んで答えた。

「お、おう・・すまなかった。まあ・・・あれは俺らの本意では無く・・・いや良い。おいっお前ら変な動きするなよ」

部下を引き連れた劉幸喜も、組織では立場があるのであろうが、沙織の有無を言わさない様子に弁解をしようともしたが、いまさらなので沙織の機嫌を損ねないよう振り返り部下たちにもそう促した。

しかし、いかに沙織が短気だといっても、クライアントのアジトで傍若無人な振舞いをするほど愚かではない。

それに、今日は当主である髙嶺弥佳子も来ているし、そうそう失態をするわけにもいかないのだ。

「わざわざお出迎えご苦労様です。劉幸喜といいましたか」

そうこうしていると、沙織の背後から劉に向かって声を掛ける人物が近づいてきた。

柳眉佳絶の女剣士、高嶺弥佳子である。

皆一様に腰に刀を携えており、見る者が見ればそれが歴史的に名を残している名刀揃いで全てがレプリカではなく実物なのである。

そんな名刀の一振り菊一文字則宗を腰にした弥佳子から一歩後を弥佳子より少しだけ背の高い千原奈津紀と、長身と言える前迫香織を従えるように歩いてきていた。

「はい。お見知りおきを。ボスの張慈円が戻ったのでお迎えにあがりました。お待たせしてすいません」

劉はそう言うと、弥佳子に深々と頭を下げ、「どうぞ」と促し先を行きはじめた。

刀を腰に帯びた4人の美女を、劉が先導し、劉の部下4人が前後に二人ずつ囲むようにしている。

「ねえ、この周囲の者たちは護衛かエスコートのつもりでしょうか?・・内ポケットに拳銃を持っているようですが、そのような身のこなしでは、いざとなれば邪魔にしかならないし、目ざわりですね。・・・それより、奈津紀さん。私は張慈円さんとは今日初対面ですが、どういった人物なのでしょう?」

弥佳子は、周囲を囲むようにして歩く黒服の男達のことを無表情でそう評価してから、構わず奈津紀に話を振る。

「はい・・。雷神と二つ名を持っているとおり、オーラを電気に変換することができ、攻撃の手段として使います。そして功夫・・とくに蟷螂拳の達人でもあります・・。百雷と呼ばれる布状の暗器の扱いが得意としており、その暗器にも電撃を纏わせられるので、侮れない手練れです。香港三合会のトライアドの中では規模は小さいものの張慈円様が最強だと噂されており、一目置かれています。」

「ふぅん・・、組織運営は下手だけど、腕に自信ありというタイプですか。奈津紀さん、張慈円の戦闘を見たことがあるのでしょう?奈津紀さんから見てどうです?」

弥佳子たちの前を歩く劉幸喜は、背後から聞こえてくる無遠慮な会話に、耳を澄ませて聞いていたが、何も言えず極力無表情で前を歩いている。

周囲をかためて歩く黒服たちも、本来ならこの場面で劉が会話を止めに入ったりするのだが、上司である劉がだんまりなので、戸惑いつつも4人の美女の様子を伺いながらも何も言えずにいた。

「・・はい、強いですが、余程のことが無い限り、私が張慈円様に後れを取ることは無いと思います。」

「なるほど…そうですか。余程の事があれば、奈津紀さんでも後れを取るほどの相手ですか。それはかなりの腕前ですね。ふふふ、それはお会いできるのが少し楽しみですね。」

現状の髙嶺の戦力の中では発展途上の沙織はまだ力の波があるので、奈津紀に香織が完成度としては最高峰の戦力であり、2人なら多少腕が立つ程度の能力者では太刀打ちできず、まず余程の事があったところで2人を打ち負かすことなど不可能であると、弥佳子は考えていた。

そんな2人の会話が嫌でも耳に入る周囲を取り囲んで歩く劉をはじめ黒服の男たちの戸惑いなど意に介した様子もなく、弥佳子がカラカラと澄んだ嫌味のない音色で喉をあげて笑う。

「実際に立ち会わないと分からないところもありますが、たぶん間違いありません・・。それに御屋形様であれば張慈円様などに不覚をとることは万に一つもないと確信してますが、私の手に余る相手を御屋形様の前に連れて行くわけにはまいりません・・」

その弥佳子の様子と奈津紀のストレートすぎる発言に、周囲を取り囲む黒服の一人が、小さな声を上げ非難がましく弥佳子を睨むが、その視線を遮るように沙織が割り込み、鋭い視線で睨み返すと、沙織の殺気にたじろいだその黒服は目を逸らし俯いてしまった。

先頭を歩いている劉などは、ボスを愚弄されたという思いから、その顔は普段の優男と同じ顔とは思えないほど怒りで歯を食いしばっていたが、肩が震えるのを抑え黙々と歩いている。

「いつもの事ですが、奈津紀さんは生真面目ですね。ま、今日は顔合わせと今後のビジネスができる相手かどうかってところですからね。私やあなたが張慈円さんや香港の方々相手に刀を抜くような事にはなりませんよ。」

弥佳子と奈津紀が話している間に、目的の部屋についたらしく先頭を歩く劉が扉を開け、振り返って声を掛けてきた。

「・・・さあ、ついたぜ。入ってくれ」

弥佳子は促されるまま、かろうじて怒気を抑えた表情の劉の隣を抜け、部屋に入り3人も弥佳子に続く。

そして取り巻きの黒服は部屋の外に残し、劉だけが入ってきた。

部屋にはすでに二人いた。

「初めましてだな。髙嶺・・弥佳子殿。お待たせして申し訳ない」

まずは部屋の奥の正面に脚を開き、どっかりとソファに座った細身の男、カマキリのように吊り上がった目ではあるが、その表情には歓待の表情を浮かべ座ったまま声を掛けてきた。

「こちらこそ初めまして。張慈円殿」

弥佳子はそう言うと、流麗な動作で用意されていた椅子に腰を掛け、背もたれに背を預けると脚を組んだ。

弥佳子に用意されていた椅子は、こんな僻地の倉庫内にあるにしては小奇麗なものではあるが、やや座面位置が低く、足を組んで座ろうが普通に座っても、張慈円の座る椅子からは沙織よりはかなり短めで奈津紀よりは少し長めの丈の黒のタイトスカートの裾なのでその内部を覗きやすそうな高さであった。

好色な張慈円が、異性相手によく使う手である。

「くっくっく、これはこれは・・」

張慈円の思惑通り、弥佳子が座る際に確かに薄いパンスト越しに黒いショーツが一瞬だけ見えたことが、張慈円の口角をあげさせ、好色な笑みを浮かべさせた。

いまは張慈円からはぎりぎり見えないが、一瞬だけ黒のショーツが見えたのは事実であるし、今もその肉付きの良い、熟れてはいるが引き締まった脚線美と、弥佳子の整った顔立ちを交互に眺めている。

張慈円は弥佳子の整った美しい顔、そして組まれた脚線美を舐るように交互に眺め、そして脳裏では一瞬覗いた下着を脳裏に思い浮かべ、頭の中で3枚の写真をフラッシュバックさせ弥佳子を辱めていた。

この澄ました自信満々の見るからにお高くとまった女に自分の雷砲で女芯を串刺しにしてやればどんな表情になりどのような声を上げて喘ぐのかという卑猥な妄想を堪能している張慈円であったがそんなことを考えていた張慈円に気付いた千原奈津紀が、弥佳子の前に立ち張慈円の視線を遮る。

(ほほう、下半身の熟れ具合は当主も側近も同様に良い肉付きで串刺しにし甲斐がありそうだな・・・)

と視界が弥佳子の下半身から奈津紀の4人の中では1番短いタイトスカートに包まれた膝から上の白く肉付きの良い太ももに変わりそんなことを考えていた張慈円に、視野に入る美脚の持ち主の相手が、

「・・・張慈円さま?戯れが過ぎるのでは?我らの当主に対してこのようなゲスな振舞い・・。断じて許されることではありません」

静かな声ではあるが、張慈円の好色でゲスな思惑で配置された椅子と張慈円の思惑に対して、耐え難い怒気を含んだ千原奈津紀の声色に、弥佳子の背後にいる二人も無言で気色ばみオーラを増幅させて主の指示を待つ。

「おやめなさい」

従える3人の剣士を制止するよう弥佳子の発した声で、3人が発していた気配が水を打ったように静まると

「失礼いたしました」

と言って奈津紀は頭を下げ弥佳子の右隣りに場所を移した。

弥佳子の背後にいる二人も、先ほど発した殺気が嘘のように霧散しており静かにたたずんでいる。

「はっ!こりゃすごい。すごい殺気だ。それに、部下もよく教育できてるねえ!俺が雇ってたボディーガードどもとは全く格が違うよ。女っていうのに大したもんだ」

このやり取りを同じように最初から張慈円の左隣で座って見ていた樋口が、愉快そうな声をあげて手を叩いた。

沙織の視線が鋭く樋口を突き刺すように動くが、言葉も動作もなくそれだけだ。

樋口も沙織の視線に気づき、肩を竦め手のひらを沙織に向け宥めるような仕草をしている。

当主が許している以上、こちらに危害が加えられない限り沙織も動かない。

劉は樋口発言に胃を抑えるような仕草をしながら、この状況に脂汗をかいて苦虫をかみつぶしたような表情になっている。

セクハラまがいの行為を受けた、当の弥佳子がふっと失笑し

「この程度のことで有頂天になったのですか?女性に飢えているわけでもあるまいでしょうに。幼稚な悪戯がすぎると自身の品格や程度が疑われますよ。雷神という二つ名は大仰と言わざるを得ないのですか?張慈円さん」

弥佳子は皮肉たっぷりにそう言うと、再度挑発するように脚を組み変えると、その豊満な膝上の肉が薄めのベージュのパンスト
越しにその存在感を露わにするように揺れ、その豊かな白い肉の揺れが張慈円に(私が欲しければ力づくでどうぞ?まあ叶わぬ夢で終わるでしょうが)と言わんばかりに誘惑とも挑発ともとれるように見える。

「くっく、さすがはあの千原奈津紀の主というだけのことはある。豪胆なうえ部下もよくしつけているようだな…(こいつらまとめてギロチン台にかけて雪や千尋のようにいたぶってやりたいがそれにはこいつらの弱みでも握らなきゃ力ではまず無理か…)」

「ふふふっ、さっさと本題にはいってもらえるかしら?会話に知性を感じられない相手だと話をするのは苦痛しかないわ。その会話が長ければ長い程ね・・・。であれば、最早ビジネスの話に期待するほかありません」

張慈円のセリフを苦笑しバッサリと切り捨てた弥佳子は、美貌の顔で眉ひとつ動かさず言い放つ。

相手を煽っているわけでもなく、本心からのセリフである。

「くっ、貴様・・(女の身でこの俺を見下す者は初めてだぞっ!)」

張慈円が弥佳子のセリフが演技や冗談ではなく本心だと本能的に分かったからこそ腹が立った。

しかし、

「いいねえ!君!髙嶺弥佳子さん?最高だよ。張慈円、まんまと一本とられたね。この女は君の姑息なセクハラなんて意にも解してないんだよ!まったく良い穴・・んん!・・良い女だよ。本当に気に入ったよ!」

一人樋口が満足した声をあげてはしゃいでいる。

「気に入った」というセリフに、弥佳子以外の三剣士の視線が樋口に突き刺さるが、樋口の興奮はそれ以上で、興味深そうに弥佳子をじろじろと舐めるように観察している。

そんな様子の樋口を弥佳子は一瞥したが、まるで吠えている犬の声に一瞬だけ反応したかの如く無視して無言で視線を張慈円に戻し先に勧めるように手の平を差し出し張慈円に話を続けるよう即した。

「ふん、まあいい。・・・劉!説明をしてやれ」

弥佳子らが部屋にはいってきたときは満面に近い笑みであった張慈円も、いまは不愉快そうに顔を歪めて劉にそう言い放った。

「はい!承知しました!」

この場の微妙な雰囲気を吹き飛ばすような大きな声で、劉が返事をし説明を始めたのだった。

劉は今、世の企業の中間管理職が自社の傲慢社長と取引先の傲慢社長同士を引き合わせその板挟みになって胃の痛い思いをしている中間管理職と同様のストレスを感じに感じまくっていた。

【第9章 歪と失脚からの脱出 18話 香港と髙嶺終わり】19話へ続く


第9章 歪と失脚からの脱出 19話  点穴に魔眼の脅威

第9章 歪と失脚からの脱出 19話  点穴に魔眼の脅威


弥佳子の搭乗を待つヘリコプターが、だだっ広いコンクリートの広場の真ん中で海風を切裂き、ひゅんひゅんとローターブレードを響かせている。

二人は吹き付ける海風を受け、髪が靡くのをそのままに、倉庫とヘリの中ほどで立ち止まった。

「奈津紀さん。張慈円は濁していましたが、おそらくこの取引は何者かに嗅ぎつけられています。でなければ、我ら六刃仙を3名も所望しないでしょうからね。・・きな臭いですが、奈津紀さん達なら難なく熟してくれると確信してますよ」


「はい、お任せください。どのような曲者が現れても撃退いたします。・・・・ですが御屋形様。・・御屋形様こそ、あまり予定を詰めすぎずに・・」

奈津紀は弥佳子に御意を示すが、こんな僻地まで足を運んできた弥佳子の体調を心配し、つい出過ぎたことを言ってしまいそうになって、奈津紀らしくもなく言いよどんだ。

奈津紀をよく知る者以外がこの様子を見ても、奈津紀の様子はいつも通りに見えるだろう。

いまは弥佳子と奈津紀だけであり、周囲には誰もいない。

沙織と香織は建物の中で、劉幸喜と打ち合わせをしている。

劉幸喜ら香港の連中は見送るのは礼儀だと言っていたのだが、弥佳子が見送りなど不要と判断したため、見送りは奈津紀のみである。

ヘリの周囲では、高嶺の門弟が慌ただしく作業しており、弥佳子がすぐに乗り込めるようにと準備を整えているのが遠目に見えた。

奈津紀は、言い淀んだのを弥佳子に悟られまいとし、その門弟たちのほうへ視線を移し、普段のポーカーフェイスを装っているが、二人の付き合いは長い。

「・・・私の身体を心配してくれているのですか?たしかに、会社の方の業務も忙しいですが、そちらのほうは退屈ですからね。問題ありませんよ」

「御屋形様にとっては容易いことでしょうが、仕事量に関しては、そのようなことは無いと存じております」

顔を上げた奈津紀は、思ったことを素直に答えただけだが、弥佳子には微妙な表情の変化を見抜かれてしまったようだ。

弥佳子はふっと笑うと

「まったく・・さすが奈津紀さんね。なんとか形になったと思ったんだけど・・・今朝の【無明残月】のことを言っているのでしょう?」

「申し訳ありません」

弥佳子の問いかけに奈津紀は目を閉じ、僅かに眉間に皺を寄せたまま軽く頭をさげそう言った。

今朝方、弥佳子たちの力を試してきた樋口の片眼鏡とファスナーを斬り割いた、弥佳子の剣筋のことを奈津紀は言っているのだ。

空間を越え、離れたところに斬撃を打ち込む絶技で、奈津紀もその技能を習得している。

そのため、奈津紀は弥佳子の剣筋を見て、いまだ本調子ではないことがわかってしまったのだ。

「・・・おそれながら・・、もともと点穴は大陸から伝わった技と聞き及んでおります。・・栗田も何らかの機会を得て、点穴を習得したものだと・・」

ポーカーフェイスを装う奈津紀だが、弥佳子には奈津紀が思い切って口を開いたことが、よくわかった。

だから、弥佳子は奈津紀が続きを言うのを無言で待つ。

「・・・張慈円さまが以前点穴の話をしていることがあり、張慈円さまも点穴をマスターしようと訓練したことがあるそうです・・。結果的に点穴をマスターすることはできたが、オーラの扱いが難しすぎて、実戦には使えない代物だと言っておりました。・・・それと同時に、点穴を突かれた者の症状を解除する方法も同時に習得した・・とも言っておりました」

奈津紀はそこまで言うと、弥佳子の表情を読み取ろうと顔を上げた。

「私が点穴を突かれたことを張慈円に言ったのですか?」

弥佳子は静かに、しかし感情を抑えた声色で奈津紀に問い返す。

一瞬で温度が下がったかのような間が、奈津紀の声を高くさせた。

「いえ!決して」

奈津紀が慌てた口調で事実を伝えると、弥佳子は安心させるような表情に和らぐ。

「・・・・わかりました。奈津紀さんが何を考えているのかいくつか推測できますが、それは却下です」

「・・・ですが!・・・いえ・・承知いたしました。出過ぎたことお許しください」

もしかすれば、張慈円が弥佳子の状態を治せるかもしれないと思った奈津紀であったが、髙嶺グループおよび、髙嶺六刃仙筆頭である17代目当主髙嶺弥佳子が、取り得ない行動であるということを、心配のあまり一時失念してしまったのだ。

自らの発言に恥じ入り、僅かに顔を伏せる奈津紀に弥佳子はつづけた。

「いいえ、わたしのほうこそ、奈津紀さんがそんなこと言うはずないというのに・・。私を心配してくれただけですよね。・・それに奈津紀さん、張慈円の言葉を鵜呑みにしてはいけませんよ?点穴のことは点穴を受けた私自身がもっとも研究したと自負しています。・・解除方法も含めて。・・結局のところ、私では修得できそうにありません。もちろん解除方法も・・。・・それとも奈津紀さんは張慈円が点穴を使うところを見たのですか?」

「いえ、実際に見たわけでは・・・」

弥佳子にそう聞かれ、奈津紀は更に自らの不肖を恥じるような顔つきになる。

とはいっても、その表情の変化は弥佳子ぐらいにしかわからない程度ではある。

その様子を見て弥佳子は、奈津紀を安心させるような口調ではあるが、窘めながらも更に続けた。

「そうでしょうね。奈津紀さんらしくありませんよ。・・あれを使えるものがそう何人もいてはたまりません。・・修得するもなにも・・・私も文献を読みあさり、試行錯誤して修得や解除方法を試しましたが、点穴の習得も、そして点穴を消失、解除するのは無理でした。結局、自身内部でゼロにされたオーラを、長い年月かけて僅かなところから練り上げ、徐々に点穴で突かれた穴を塞ぎ紡ぐ・・そういった原始的で地道な方法しかとれなかったのです。・・奈津紀さんには見破られてしまいましたが、完全に塞ぐにはあと少しかかりますがね」

「御屋形様・・1年以上も、わたしの失態のせいで・・」

「それはもういいのですよ。私自身も油断がありました。それより・・もし、張慈円があの技を使えるのであれば、張慈円の危険度は跳ね上がります」

「不確かな情報で煩わせてしまい申し訳ありません」

弥佳子のこととなると、普段冷静な奈津紀も感情的な部分が出てしまう。

弥佳子は半分だけ血のつながった妹の気持ちを察し、それ以上咎めず続けた。

「私のことは私が何とかします。あと少しで完治させられそうですからね・・。それに、点穴を使う栗田もそうですが、・・宮川のような危険因子を我々が今日まで排除しきれないどころか、私が臥せている間にずいぶんと台頭させてしまっているのは、奴らが即死攻撃技能を有しているからです。我ら六刃仙、それに次ぐ十鬼集や高弟たちであれば、大抵の者はあの呪われた目に対し、抵抗することは可能でしょう・・。しかし、まだ未熟な弟子たちはそうはいきません。・・・抵抗力の弱い若い剣士が、鍛えた剣技を振るう機会も与えられず、運よく生れついたというだけで、魔眼を有する者どもに、むざむざと・・・いったい何人・・。どれほど・・・無念に散っていったか・・・!」

弥佳子は声量こそ大きくはないが、柳眉を吊り上げ、その美しい顔を怒りに歪めており、柄に置いた手には無意識に力が入っていた。

脈々と受け継いできた剣技、独特のオーラ技能を継承してきた髙嶺といえども、自らに対抗しうる勢力の力は一定の脅威がある。

佐恵子や、佐恵子の父の昭仁、叔父の誠ほどの能力でないにしても、宮川家一族には魔眼覚醒者は大勢いるのだ。

「点穴使いの栗田は現在宮川のところに身を潜めている・・そう言ってましたよね。奈津紀さん?」

「はい。宮川佐恵子を捕らえ連れ去ろうとしたとき、あの栗田が現れました。宮川と組んでいなければ、あのタイミングで私たちの前に現れるのは不自然だと愚考します」

「いいでしょう・・。栗田を探す手間が省けました。栗田が宮川と組んでいるのであれば、危険ですが、これ以上にない好都合とも言えます。まとめて叩き潰すとしましょう」

弥佳子はそう言い、柄を握った手に力を込め決意を漲らせてはいるが、点穴の脅威と恥辱を、身をもって味わっているうえ、以前皇居で仕事をした際に、魔眼の威力も目の当たりにしているため、弥佳子の手に無意識に力が入ってしまったのは致し方ないことだと言える。

3年ほど前、皇居近くの舞台で請け負った仕事の際、標的となる人物と同席していた宮川家の連中と予期せず戦闘となったのだ。

弥佳子は、当然宮川のことも、魔眼のことも知識としては知っていたし、その会食に宮川家の人間が複数出席していることも事前情報で知っていた。

しかし弥佳子は宮川を、魔眼を見くびっていた。

魔眼の様々な噂話は聞いていたが、どれも信ぴょう性に欠け、裏の取れない情報ばかりであったため、魔眼の力については誇張が大いに含まれていると判断していたのだ。

標的を始末するときに、もしも宮川が邪魔をするのなら、駆逐してしまおうと安易に考えていた。

皇居は広く、標的も何人もいたため、髙嶺側も若い剣士らも多数動員し、強襲したのである。

結果的にすべての標的は見事始末したのだが、標的の盟友であった宮川は、標的を守ろうと髙嶺に対して応戦してきたのだ。

宮川が応戦してくるかもしれないことは、弥佳子の予想の範疇ではあった。

しかし、弥佳子の誤算は単なる老人達だと思われた連中の能力が、弥佳子の想像を大きく超えていたことだった。

老人達一人一人の力は、弥佳子や六刃仙、高弟たちにすら全く及ばないであろう。

しかし、まだ能力に目覚めて間もない若い剣士、若い弟子たちにとっては大変な化け物たちであった。

十数人はいる着飾った男女が、一斉に目を光らせると、弥佳子が手塩にかけて育てた若い剣士はバタバタと倒れ、棒きれで野花でも薙ぐように簡単に命を奪われていったのだ。

異様な光景だった。

キン!という高い音が響いたと同時に、奴らの目が黒く不気味に瞬く。

すると一人、また一人と、黒い閃光が迸る度に若い弟子は倒れていくのだ。

剣を構え、斬りかかろうとするも、薄ら笑いすら浮かべた老人達が、目をどす黒く光らせるだけで、弟子たちの命は散っていった。

自身が死ぬことも気づかぬまま、隣の仲間がなぜ死んでいくのかわからないまま倒れていったのだ。

老人たちに混ざり、青いドレスを着た宮川の娘もいた。

明らかに周りの老人達とは別格の力で、老人達の魔眼を耐えて肉薄した高弟たちを阻み、応戦していた。

着飾った護衛の女二人に守られながらも、周囲に指示を飛ばして機敏にたちまわり、髙嶺の高弟たちを体術で打ちのめしては、その呪われた目には光を纏い猛威を振るっていた。

作戦の指揮を執っていた弥佳子は、激昂したが若い弟子たちをこれ以上犬死させないため、奴等の始末より、苦渋の決断で撤退を優先させたのだ。

標的を全て抹殺したからという理由が大きいが、弥佳子はこれ以上弟子を死なせたくなかった。

弥佳子が斬り込めば、宮川の娘を含め老人達を全て屠れたかもしれない。

しかし、あちこちでの乱戦であったため、髙嶺の被害はもっと甚大になったであろう。

弥佳子は断腸の思いで、撤退を決断したのであった。

その決断の結果、あの時の弟子たちの中の生き残りの一人が南川沙織である。

当時はまだまだ未熟であったが、選別の儀を経て見事生き残った沙織は、めきめきと頭角を現し六刃仙の一人に数えられるほど成長したのだ。

沙織ほどの能力者は高嶺といえども、そうそう輩出できない。

あのときの弟子たちの被害を最小限に抑えるため、苦渋の撤退を選んだ結果のたまものだと弥佳子は納得してはいる。

あとは、深追いしてきた宮川の護衛の一人を、当時六刃仙に抜擢されたばかりの、井川栄一が見事撃退し、追撃を断ったことが、僅かに弥佳子の溜飲を下げさせた。

あのまま追撃をうければ、若い剣士たちの被害は更に増えたのは明白なので、危険を顧みず殿を申し出た栄一の働きは、多くの若い弟子の命を救ったのだった。

魔眼一族宮川との一件を思い出した弥佳子は、美しい顔を怒りとも哀しみともとれる表情に一瞬だけ染めたが、かぶりを2度振って、肺に溜まった空気を吐き出した。

「栗田はもちろんのこと、宮川も不倶戴天の敵・・。奈津紀さんの言う通り、まずは私自身を万全にすることも急務の一つですね」

弥佳子のセリフに奈津紀には珍しい笑顔で、「恐れ入ります」と返したのみであった。

しばらく二人の間に沈黙があったが、弥佳子が不意に声色を変え「そうそう」、思い出したかのように話題を変えた。

「今回の商談、最初はどんな戯言を聞かされるのかと心配しましたが、さすが奈津紀さんが持ってきた話ですね。ビジネスとしてはよい稼ぎとなりそうで安心しました。わざわざ来たかいがありましたよ。宮コーと宮川重工業の機密となれば、かなりの価値がありますし、まさか張慈円があのような金額を提示するとは思いませんでしたからね。それほどの取引という事でもありますが・・。・・・奈津紀さん、色々思うところはあるでしょうが、あの樋口という男は重要です。専属で護衛を付けておきなさい。あの男のオーラ識別と網膜認証がないと、その機密情報が詰まったディスクを取り出せず、商談も御破算ですからね」

「はい、もちろん重要性は承知しております。香織と沙織に遠近二重で護衛をしてもらうつもりです」

普段の口調と表情にもどった弥佳子に、内心安堵した奈津紀は、相変わらず真面目に返答をする。

「そうですね・・、沙織に香織さんもいるのなら安心ですね。沙織も短気を起こすほど今はもう子供ではないでしょうし、大丈夫でしょう」

弥佳子はそう言うとようやくヘリの方に向かって歩を進めだした。

奈津紀もそれに続く。

すると前を歩く弥佳子が、奈津紀の方に振り向いて少しからかうような口調で言った。

「それにしても・・・・奈津紀さんは張慈円に気に入られているようですね」

「そうでしょうか・・?」

「そうですよ」

「・・そう、なのでしょうか・・。クライアントから嫌われるよりはいいのですが、張慈円さまのことを、ここ3か月ほどずっと護衛も兼ねて、商談を重ねてきましたので、香織や沙織よりは話をする機会は多いからでしょうか。・・・たしかに最近よく意見を求められたりはしますが・・、張慈円さまがわたしに無遠慮な視線を送りつけてくるのには、いい加減慣れてきましたが、まさか御屋形様にまであのような真似をするとは・・」

相変わらず真面目に答える奈津紀だが、先ほどの張慈円の態度に憤慨しだした様子にに弥佳子は不意におかしくなり、口元を緩めてしまった。

「ふふっ、まあ、私達のような女が目を引くのは仕方ないでしょう。興味を持たない殿方がおかしいですよ。そんな殿方がいるとすれば、おそらく不能か男色好みの者でしょう」

自身らの美貌を正確に把握しているとはいえ、自信たっぷりなセリフを言い終えた弥佳子はカラカラと愉快そうに笑った。

しかし、ヘリコプターの側までくると、直立不動の態勢で待っていた高弟の一人が、極度の緊張で固くなり、真面目くさった口調で話し掛けてきたため、弥佳子は一気に現実に戻される。

「お待ちしておりました!本社での予定がおしております!どうかお急ぎを!」

弟子のそのセリフに弥佳子は笑うのを中断させられ

「やれやれ・・間の悪いこと・・。そんな憂鬱なことを大声で言わなくても・・。もう少し笑わせておいてくれないものでしょうか・・・。さておき、久方ぶりの遠出もここまでね」

と小声の独り言を言い同時にため息をつくと、奈津紀に向き直った。

「では奈津紀さん、朗報を待ってますよ」

「はい、お任せください」

奈津紀はそう言ってヘリに乗り込む弥佳子の背中に向かって頭を下げたのだった。

【第9章 歪と失脚からの脱出 19話  点穴に魔眼の脅威終わり】20話へ続く

筆者紹介

千景

Author:千景
訪問ありがとうございます。
ここでは私千景が書いた小説を紹介させて頂きたいと思います。
ほぼ私と同年代の既婚者が主役のものになるかと思います。登場人物同士が
つながりを持っていて別の物語では最初の物語の主人公が脇役を務める様な
小説全体につながりを持たせ想像を膨らませていけたらと思っております。
どうぞ宜しくお願い致します

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