第9章 歪と失脚からの脱出 16話 作戦開始
家電製品、精密機械、衣料品などが入った段ボールがうず高く積み上げられ、積み荷のない時はあれだけ広く感じられたカーゴ室だったが、今は茶色の段ボールで溢れかえっていた。
人の背丈の二倍ほどまで積み上げられている荷物が、ラッシングベルトとネットで荷崩れしないようしっかりと止付けられている。
宮コー傘下の宮川ロジスティックスが所有しているフレーター便の貨物機は、関空から函館まで飛ぶ予定で、先ほど離陸したばかりだ。
今回の作戦に先だって、紅音はこの機を2週間も前からチャーターしていたのである。
ほとんどの積み荷が、北海道にある大口のクライアントの品物で、明日中には納品できる手はずが整っている。
しかし、貨物の中には3つ、依頼にはない梱包があった。
貨物機が離陸してから水平飛行になったところで、1つの段ボールが内側からもぞもぞと動き、そして勢いよく破られた。
続けてその隣、少し奥にあったものも、丁寧に開けようとしたのを諦めたようで、内側から破裂するよう破られた。
「ふぅ!やれやれ・・ようやく出れたな。みんな大丈夫か?」
「段ボールが小さすぎるねん!・・まったく、いくら傘下企業にも知られんようにって慎重にもほどがあるやろ!」
「検品の時にぐるぐるされたせいで、サイコロの気分が味わえてしもたな・・」
1㎥より少し小さいぐらいの段ボールから、ピチピチのライダースーツのような服に身を包んだ筋骨隆々の男3人が、緩衝材をまき散らしながら、肩や腕を回しコリをほぐしつつでてきたのだ。
それぞれ、性格を表す独り言を吐きながら、たくましい筋骨が露わに強調された四肢を伸ばしている。
「大丈夫そうやな。よっしゃ、みんな集まってくれや。簡単に説明しとくぞ」
うず高く積まれた貨物の間にできた通路に胡坐をかいて腰をおろした宏が、哲司とモゲにも座るように手招きをする。
今回の作戦の概要は、事前に宏だけにしか詳しく伝えられておらず、哲司とモゲにはこのカーゴ室内で説明することになっていたのだ。
男ばかりが集まればいつもバカな話になりがちな菊一メンバーであるが、こういう時ばかりはさすがに表情が引き締まっている。
宮コー関西支社屋上でヘリに乗る前は、猫柳美琴という若い女性社員と浮かれてはしゃいでいたモゲですら、その濃ゆい顔の眉間に皺を寄せて神妙な表情をさせている。
普段はこういう説明をするのは妻であり、所長代行だった美佳帆の仕事なのだが、今回の作戦に美佳帆は参加していないので、仕方なく宏が哲司とモゲに説明をしている。
美佳帆がいればすすんでこういった説明を宏がすることは無いのだが、宏もそう言った説明ができないという訳ではない。
ただ美佳帆がいるとそういう部分は頼ってしまうだけである。
15分ほどかけて、事前に丸岳から聞かされている概要を二人にわかりやすく伝えきったところで宏は作戦の要を確認するように言った。
「今回の仕事の一番の目的は、汚職職員の身柄の確保、ディスクの回収ってことや」
「あの支社長が言うてたな。それだけやったら簡単なことやと思うねんけど、それだけやないんやろ?・・その宮川重工業が接触しようとしてるんはどこの誰やねん?その相手がややこしいヤツなんやないんか?」
宏は聞いてくる哲司に深く頷き、3人の前に広げている地図のある地点を指さした。
「そのとおりや。まあ聞いてくれ。おさらいしとくぞ?・・場所は日本海に浮かぶ通称Sや。着水ポイントはここらへん。1キロほど泳がなあかんけど、ここの海流はこう流れとる。思とるよりしんどないはずや。定期船なんかで近づいたら、すぐバレてまうからな。この島には、自衛隊のレーダーサイトがあるんやが、当然この機体にも気づくやろうけど、国内便のほうなんか警戒はしとれへん。・・で、肝心の相手なんやが・・・香港三合会や」
先ほどあらましの説明をする際には、香港の名前を出せば説明が中断すると思った宏は、あえて最初は取引相手の名前を伏せていたのであった。
「・・・そういうことか。それで俺らなんか」
哲司はそう呟き、モゲは目を閉じたまま首を後ろにカクンと倒すと、腕を組み、上を見上げるような恰好のまま、眉間に皺を寄せて顔をしかめている。
「続けるで?・・今日の明け方、この施設で香港の奴等と宮川重工業の常務取締役で樋口ってやつが密会する情報が入っとる。宮川重工業は、プレアーデスって商標使うて、表向きは車の製造会社やっとんは周知のとおりやねんけど・・まあ、テツやモゲに今更言うんもアレやが、裏では兵器開発と製造もやっとるやろ?日本はお国柄から公けにできへんけど、その技術を買いたい言う国は腐るほどあんねん。樋口が香港を経由してどこと取引してるんかまでは今回俺らには関係あらへん。とにかく樋口が香港の仲介を経てどっかと取引してるちゅう証拠押さえて、樋口の身柄と、流そうとしている情報の入ったディスクも回収するんが今回の仕事や」
「・・香港か・・それ、かなりめんどいなぁ・・。樋口ってやつも能力者なんやろ?そのうえ、そいつ護衛も雇うとるかもしれへんって話やったし、しかも、相手は香港やて?香港って、組織は3つあると思うねんけど、日本に来とるんは張慈円の新義安一派だけや。てことは、確実に張慈円の仕事やんけ。かなりどころか、相当しんどいヤマやで」
宏が話し終わったと同時にモゲが、首を正面に向け神妙な顔を崩し、開口一番溜息も交えて不平言った。
「張慈円か・・。まえにモゲや麗華と大阪湾の倉庫で対決したときは、あいつは手負いやった・・。それに完全にこっちが不意打ちに成功したからな・・。一方的に攻撃できたけど、結局は逃げられてしもたんや。スタジオ野口では、あの加奈子さんですら惜敗した相手や。一筋縄ではいかへん・・。・・気引き締めなあかんな」
そして、モゲに続けて哲司もそう言い、橋元の一件以来、何かと菊一事務所と因縁のある難敵、張慈円の凶悪さと強さを思い出し、腕を組んで苦い顔をしている。
その二人の様子に少し憤懣を滾らせた宏が、感情を抑えた低い声で切り出した。
「・・・あの緋村支社長のことや。難易度の高こうてめんどい仕事を俺らに押し付けたかったんは確かやろけど、張慈円とは俺らは決着つけなあかん。・・ええか、テツにモゲよ。俺はな、張慈円とは今回きっちり決着つけるつもりなんや。・・緋村支社長に依頼されとる仕事はもちろんするつもりやで?そやけどな、張慈円をぶっ殺すついでにやるんや。今回この面子でならやったるって支社長に言うたんや。この3人ならやれるってな。ええか?テツやモゲの言う通り、おそらく張慈円のクソもきとるやろ・・それで好都合やんか。今日で確実に張慈円のこと始末するんや。たぶん、敵さん大勢おるやろ。そやけど調べて分かったけど、香港の新義安だけなら能力者は張慈円と劉幸喜ってやつだけや。一人樋口の回収にかかりきりになっても、1対1でタイマン張れる。できたら俺が張慈円の始末つけたいんや。・・・あいつにはスノウや千尋が何日も散々世話になったんやで・・!?二人とも忘れたわけやないんやろ?自分より強い能力者に悪意持って犯されたら、どんな目にあうか想像つくやろ?!」
だんだんと声が大きくなり二人を、少しばかり叱咤するような口調で言った宏は、再び二人と目を合わせるように顔を動かした。
サングラス越しにでも宏の静かな、しかし強い怒気が二人にも伝わってくる。
「せやな・・!」
「そうや!そうやな・!許されへんな」
哲司とモゲの同調した声が重なり、二人は宏に同時に頷いた。
3人はスノウや千尋が犯された動画は見ていないが、美佳帆から一応聞かされていた。
張慈円のような好色で強力な能力者が、普通に犯すわけはないのだ。
モゲやテツも能力に目覚めていない一般の風俗嬢相手に、その猛威を振るった経験から、容易に想像できた。
特にモゲは、ついさっき行ったSEXを思い出し、あの高慢女に対しては同情する気持ちはそんなに沸いてこなかったが、千尋が張慈円に同じような目にあわされたかもしれないのは許せなかった。
「よっしゃ。二人とも、そのつもりでおってくれよ。そろそろ降下ポイントや、準備できたらインカム付けてあの猫女史から連絡あるまで待機しとってくれ」
哲司とモゲの表情が引き締まるのを確認した宏は、そう言うと胡坐をかいたまま目を瞑り、背を荷物に預けた。そのとたん・・、
「にゃーん!通信機はすぐつけるにゃん!故障かとおもったにゃんか!」
3人が耳に通信機のインカムを付け、電源オンにしたとたんに、3人の耳元で美琴が可愛らしい高い声で叫んだ。
「びっくりした・・!猫柳女史か・・・。すまんすまん!間違いが無いよう念入りに説明してただけや。しっかり聞こえてるで」
「おっ!みこにゃんか。怒った声もかわいいのう」
宏が耳を抑えながらも、美琴に通信を返すと、モゲも続けて美琴に返す。
哲司は無言で耳を抑えながらボリュームの調整をしている。
「なかなか繋がらないから慌てたにゃん!もうあと3分ぐらいで降下予定ポイントにゃんよ!みんな準備はいいかにゃ?」
美琴の声を聞きながら3人はバックパックを背負い、準備を整え終わると3人は互いに目配せし確認し合った。
「ええで。準備万端や」
「それじゃ、ハッチ開くにゃん。気を付けるにゃんよ」
皆を代表して宏がそう言うと美琴がすぐに返事し、カーゴ側面のハッチが電動でスライドしだした。
吹きすさぶ強風がカーゴ室内に荒々しく駆け巡る。
初秋とはいえ日本海上空の風は冷たく、今日はあいにくの曇り空であるのだが、宏はその天候に満足そうだった。
「おあつらえ向きに曇っとる。幸先ええな!テツ、モゲ!準備ええか?いくで!」
曇っている方が地上から発見されにくいことから宏がそう言うと、機外に身を躍らせた。
それに倣い二人も機外に身を投げ出す。
3人が夜間のスカイダイビングに身を投じフレーター便の側ハッチを閉じられると、美琴は一時的に通信を切り、先ほどとは違う低い声で静かに言った。
「・・・グッドラック」
普段いつも語尾に付けている猫語はなかった。
そして、そう言った美琴の表情は、宮コー屋上の塔屋で愛嬌を振りまいていた人物と同じとは思えないほど冷たい目をしていた。
【第9章 歪と失脚からの脱出 16話 作戦開始 終わり】17話へ続く