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第10章  賞金を賭けられた美女たち 21話 高峰弥佳子VS張慈円

第10章  賞金を賭けられた美女たち 21話 高峰弥佳子VS張慈円

白いブラウスに、黑いジャケットとお揃いのタイトスカートというスーツ姿。

バックスリットの入った、やや短めのタイトスカートから伸びる脚線美は、1デニールの光沢を放つ極薄ベージュパンストに包まれて艶美さを放っている。

それでいてその女性自身の表情と、洗練された所作仕草の一つ一つには、近寄りがたさを感じさせる厳たる魂が宿っていた。

その脚線美を持つスーツ姿の女の雰囲気は、艶美さと厳粛さという反する二つが混ざり合い、程よい嫋やかさとなって醸されている。

意志の強さを感じさせる口元は自信に満ち、知的で洞察に優れた目は、やや目尻の方が上がり気高をも感じさせた。

やや暴を感じさせる危険な雰囲気を纏いながらも、その女を見る者が十人いれば十人をして佳絶の美女と断ずるだろう。

スタイルにおいても、身長は170cmほどの長身でありながら、Eカップのバストに90は超えるヒップ、そしてその両者を際立たせるくびれた腰回り。

モデルのような細すぎるスタイルではなく、引き締まった肢体は機能美を極限まで追求し、その上女を十分感じさせるラインを描いていた。

その女が着れば、オフィシャルな黒のスーツ姿すらもエロティックに見えてしまう。

しかし、見る者から見れば、その佳絶美女の表情や仕草、それに言動には、努力や才能の裏付けからくる不遜な色が僅かに見て取れるだろう。

月も恥じて隠れ、美しい花も閉じてしまうほどの佳絶の美人でありながら、地位も財力もあり、高い知識と高い戦闘力をも兼ね備えているが、やや不遜な女、それが高嶺弥佳子なのである。

そのような女は、女性軽視でプライドの高い男性の嗜虐心を猛烈に刺激しているのだが、文字通り高嶺の花となっている弥佳子に、ヨコシマな感情を持って近づいて成功した男は今のところ皆無である。

ヨコシマな男は容赦なく弾き飛ばすものの、高嶺弥佳子の性欲は石木には程遠く、健全な精神と肉体を持っていた。

それ故、時折身分を偽り、変装をして、繁華街をソレ目的で練り歩いたりする時もある。

そして、その時は、その優れた洞察眼にオーラを使用してフル活用し、もっともマシな男を物色しているのだ。

運よく弥佳子が、自身の厳しい眼鏡に適った男を見つけた際は、弥佳子の方から声を掛けて息抜きをしているのだが、今のところそのような戯れが誰かにバレている様子はない。

高嶺製薬の現社長でありながら、剣技の名門高嶺の当主という弥佳子の立場を考えれば、火遊びが過ぎるのだが、ストレス過剰の立場に若くして座った弥佳子には必要なことであった。

(暫くご無沙汰してますからね・・)

弥佳子は普段はまったく見せないが、旺盛な性欲の持ち主なのだ。

下腹部に僅かな淀みに似た疼きを感じ、つい心中でそう言い訳してしまう。

立場を忘れ変装し、被った仮面を外して、羽を伸ばそうと目論んでいた予定が、延期になったのが残念だった。

ここ2か月ほど会社は繁忙期であったし、尚且つ暗殺の裏家業も受注が相次ぎ多忙を極めていたのだ。

Sでの取引が終了すれば、一息つけるはずだったのがそうはならず、今回の事態である。

(しかし、いまはそれどころではありません・・。奈津紀さんたちを救い出し、我ら高嶺を甘く見た張慈円に確実な誅を下すのが優先事項です)

心中でそう呟き、肩まで伸びた艶のある黒髪を、ただ単に手で、かき上げるという何気ない仕草すらも、弥佳子がすると絵になった。

そして、慣れた手つきで腰に履いた二振りの太刀の柄に左手を添え、高嶺弥佳子は背後の神田川真理に確認するように振り返った。

「近くに気配はありません。もちろんこの部屋の中からもです」

弥佳子は、先ほど疼いた下腹部のことなど曖気にも出さず、真理の【未来予知】での反応を真剣な顔で伺っているのだ。

「大丈夫です。私の視界にもこの部屋に危険個所はまったくありません」

弥佳子は、そう返してきた全身ボディスーツに身を包んだ神田川真理にゆるく笑顔で頷くと目の前の扉を開いた。

するとそこは、二人が今まで物色してきた部屋とは、明らかに部屋の作りが違っていた。

簡素な造りではあるが、今までの部屋のように壁や天井が金属むき出しではなく、黒く光沢のある革が張られていたのだ。

室内を数歩歩いた感触でも、床に敷かれている絨毯は、毛足が長く上等なものだとわかる。

しかし、部屋の豪華さや置かれた調度品よりも、目を引いたのは四面ある壁の一面だった。

入口の扉と対になった一面すべてがガラス張りなのだ。

「窓?でもここは地下のはずじゃ・・?」

真理が部屋を見まわし、不審そうに正面の壁一面にあるガラス壁を訝しそうに観察している。

真理の言った通り、この施設は侵入してくる際に確かに地下施設だということはわかっていた。

にもかかわらず、ガラスの外側は部屋の照明より明るいぐらいなのだ。

弥佳子も真理も一瞬外の景色が見えたのかと思ったがそうではないことがすくに分かった。

目が慣れ、窓の外の景色が確認できたからである。

この部屋と同じような部屋が、同じ高さでいくつも並んでいるのだ。

この部屋は、大きな坪庭の中二階あたりの高さにあり、坪庭を見下ろすように配置されているのだ。

「・・なんですかこれは?」

窓に近づき、坪庭のような、といっても上を見上げても空は見えないので、正確には坪庭とは呼べない空間を眺めながら、弥佳子は首を傾げた。

弥佳子の隣で真理も、目元だけが違うよく似た顔を同じように傾けている。

弥佳子達が見下ろしている空間は、形状で言えばタマゴ型であり、その底が直系30mほどはあろうかという不思議な空間であった。

そのタマゴ型の部屋を見下ろすように、タマゴ型の部屋の床から10mほどの高さのところにぐるりと部屋があるのだ。

弥佳子と真理は、その部屋の一つにいるのだ。

「ここはなんでしょうね?」

「・・・何かの実験施設?・・いえ、それならば・・」

弥佳子の問いに真理が答えようとしたが思いなおした。

タマゴ型の空間が実験するスペースであるならば、このような見下ろす部屋は不自然であるし、何より部屋の雰囲気が実験観察をするような仕様ではない。

「闘技場のような娯楽施設・・かしら・・?ここはその観客席なのでは?」

真理はそう言ってから不快そうに眉をひそめた。

弥佳子もふんと鼻で笑い、この部屋の造った下賤を嘲ったものの、心中では囚われている部下たちのことが思い出され、心にさざなみが立った。

「神田川さん。同じような部屋がここを含めて8部屋もあるようですね。ここからその闘技場には降りられないようですが、ここより下の階層に行けば、この悪趣味な施設の中枢に近づけるかもしれません。もしかしたらそこに張慈円がいるかも・・」

弥佳子はタマゴ型の闘技場を見下ろすように壁一面を覆っている硝子を、コンコンと手の甲で小突きながらそう言った。

「その硝子・・。どうやらただの硝子ではないようですね。壁の厚みからしても50cmはありそうです。・・尋常な厚さではありません。その闘技場の中からはもちろん、こちら側からも破壊するのはちょっと無理っぽいですね」

真理も闘技場を部屋から見下ろしながら、硝子に手を当ててそう呟いた。

「・・なるほど、無駄に刃毀れさせることもありませんから、この下に降りられる場所を探しましょう」

そう言った弥佳子が振り返りかけた時、弥佳子は振り返って柳眉を釣り上げた。

正面にある同じような部屋に人影を認めたからである。

「っ!行きますよ!神田川さん!」

「えっ?!な、なに?!」

真理を押しのけるようにして部屋の入口まで駆けた弥佳子に、真理は窓と弥佳子を見比べてから弥佳子を追う。

「間違いありません!いました!張慈円です!」

吐き捨てるように言った弥佳子のセリフを、真理は目で確認することはできなかったが、嘘を言っているはずがないと思い、駆ける弥佳子に続く。

湾曲している廊下を駆け、張慈円が見えたと思われる部屋の前まで一気に走り、弥佳子はドアノブを掴む。

ドアを押し開こうとするも、鍵がかかっているようでびくともしなかったが、弥佳子は躊躇することなく佩いていた太刀の一振り、長曾根虎徹を音もなく抜くと、金属のドアノブの付け根めがけて振り下ろした。

音もなく斬れたドアノブが、廊下の床に落ちるより速く、弥佳子は扉を部屋の内側に蹴り落とすようにして踏みこんだ。

真理も【未来予知】で危機を察知しなかったので、弥佳子の乱暴な行動を止めなかったのだが、扉を足で倒し、部屋に踏み込んだところで弥佳子と真理は部屋に壁にあるモニタに映ったものに目を疑い驚いた。

『っ?!』

オーラで五感を強化し、扉を蹴り飛ばしても即座に攻撃されないとわかっていた弥佳子も、【未来予知】で危険が無いとわかっていた真理も、扉が開くと同時に息を飲んだのだ。

「見てはなりません!」

そう叫び自らのジャケットを脱いだ弥佳子は、脱いだジャケットを部屋の中央奥にある大きなモニタに覆いかぶせた。

(・・ハム女だわ。一足遅かった・・のね)

弥佳子と同時に部屋に入った真理の目に入らないわけがない。

一瞬だけ見えた停止された画像には、涙を流し、歯を食いしばって悔しそうな表情の千原奈津紀が、襲い掛かってくる絶頂に押し上げられている顔が映っていたのだった。

奈津紀は枷を嵌められ、脚も閉じれないように拘束が施されたまま四つん這いの格好で、その背後には痩身ながらも隆起した筋骨が逞しい男が映っていた。

浅黒い肌、目の吊り上がった男、張慈円であった。

「くっ!おのれ!!張慈円っ!!・・遅かったのですね・・!ああぁ!奈津紀さんをこのような目に・・!」

ジャケットを脱いだ弥佳子は、抜いた愛刀の一振り長曾根虎徹を一閃させて、部屋奥にいるであろう張慈円の命を絶たんと続きの間に通じる扉を一気に蹴り破った。

どがっ!

「ぬぅお?!」

弥佳子の怒りに任せた蹴りで、扉を留めていた3つの蝶番がすべて外れ、猛烈な勢いで部屋の壁に扉がぶつかりけたたましい音が鳴り響く。

そして、そこにはさっきシャワーを浴びていたという様子の張慈円が、驚きの声を上げてのけ反ったところであった。

「張慈円!」

「た、高嶺弥佳子か!?どうしてここがわかったのだ?!」

高嶺弥佳子がまさかこんなところまできているとは思いもしていない張慈円は、驚きのあまり、普段細めの吊り上がった目を大きく見開いて叫んだのだ。

「黙れ!私の部下たちはどこです!奈津紀さんをあのような目にっ・・!貴様という男はっ!」

言うや否や、弥佳子は長曾根虎徹を横薙ぎに一閃させる。

神速の一閃が迸り、壁に貼ってある黒い革、ワインナリー、陶器製の調度品が真っ二つに斬れてゆく。

当たれば必殺の一閃だったが、張慈円は膝を曲げ、上半身をのけ反らせて、寸でのところで胴体が二つになることを避けるたのだ。

そして、張慈円は無様に尻もちをついたものの、その勢いで後ろに大きく飛び退る。

「ま、待て!高嶺弥佳子!話せばわかることなのだ!」

ボタンをいまだに留めていないゆったりとした上下黒の功夫服姿の張慈円が、左手で弥佳子を制するようにして叫び、その声に弥佳子の動きが止まった。

「莫迦め!死ねい!【迸雷】!!」

バチッバチッバチッバチッ!

張慈円が「待て」と言って上げた手の袖に仕込んでいた暗器【百雷】を、弥佳子めがけて飛ばし、尚且つ右手で最大出力の【迸雷】による紫電を迸らせたのだ。

「うははははっ!この距離ではひとたまりもある・・なにっ!!?」

弥佳子は、片手で振るった長曾根虎徹で【百雷】をすべて叩き落し、尚且つ腰に佩いている奈津紀の愛刀和泉守兼定を鞘から半分引き抜き、【迸雷】の紫電をほとんど受け切ったのだ。

「児戯に等しいですね!」

弥佳子はその一喝と共に、張慈円の左手首を長曾根虎徹の刃の腹で強かに打ち据えたのだ。

「ぎゃあ!」

弥佳子は、至近距離の袖という死角からの暗器攻撃と、張慈円の技能の中で最大の威力である【迸雷】の最大出力を防ぎ切り完全に見切ったのだ。

そして、尚且つ張慈円という達人の口を割る前に殺してしまわぬよう、手加減した反撃を返す神技。

息を飲むほどの剣技であり、おそらく初見であろう雷撃攻撃を慌てず対処する胆力。

弥佳子と張慈円の戦いを背後から見ている神田川真理も、あの雷帝張慈円を圧倒している弥佳子の絶技にごくりと息を鳴らした。

真理は以前、張慈円が戦っているのを見たことがある。

実際に張慈円と直接戦ったのは、魔眼の力を失っていない頃の、オーラ量だけは馬鹿みたいに多い傲慢状態の宮川佐恵子だったのだが、それでも佐恵子では目を使わずに張慈円と戦っていれば勝てなかっただろう。と真理は見ている。

魔眼による【恐慌】の発動で張慈円を戦闘不能に陥らせることに成功したのも、張慈円がその技能に対し初見だったから通用しただけで、運が良かったのだ。

現に、【恐慌】の発動をその時におそらく見ていた千原奈津紀には、その後完全に見切られてしまっている。

しかし、高嶺弥佳子の剣技はもちろん体術も、佐恵子の体術とはレベルが明らかに違う。

(は、張慈円に勝ち目は無いわ・・・。でもなんてこと!・・この高嶺弥佳子って女、ゴスロリやハム女より少し強いなんてレベルじゃないわ・・・。こんなヤツ、敵になったらどうやって対処すればいいの?!)

弥佳子の圧倒的な戦闘力に安堵しつつも、恐怖しながら真理は心中でそう叫んでいた。

現に張慈円の左手首は刀で強打され、防御思念を突き破り、骨にヒビを入れるぐらいのダメージは与えたようである。

脂汗を額に滴らせ、痛みで片目を瞑り睨みあげてくる張慈円に対し、弥佳子は間合いを詰める。

「張慈円。私の部下はどこです?正直に言えば死という慈悲をあげましょう」

カチリと和泉守兼定を鞘に納め、長曾根虎徹だけを片手中段で構えなおして、張慈円の首元か眉間を狙うようにして距離をさらに詰める。

「ぐっ・・さすがは高嶺の頭領というわけか・・。あの千原をも上回る使い手だということだな・・。しかし死が慈悲とは・・それのどこが慈悲なのだ?」

手首を抑え、痛みに顔をゆがめながら後退る張慈円は、弥佳子の質問に応えず聞き返した。

弥佳子は質問を質問で返されたことに、不快そうに眉をピクリと一瞬はねさせたが、口を開いた。

「四肢を切断し、死なないように生かしておくこともできるのですが、死をくれてやると言っているのです。それが慈悲でなくてなんだというのですか?・・・奈津紀さんを・・あのような目に合わせたのですから、奈津紀さんが望めばそうするかもしれませんね!」

大事な部下を凌辱した張慈円を今すぐ叩き切りたいという衝動に駆られたのか、弥佳子の表情が残酷な笑みになるも、奈津紀に張慈円の処分方法を選ばせてやったほうが良いか迷う表情になった。

「く・・ふふふっ・・。さすがだ。いや、想像以上の強さだな・・。くくくくくっ・・。だからこそ残念であろうなあ・・。くくくくくっ。あははははははっ」

手首の痛みを堪えながらも立ち上がった張慈円が、壁を背にもたれかかり、狂ったように笑い出した。

張慈円の様子に、弥佳子は油断なく剣先を違えず、壁に寄りかかっている張慈円を壁際へと更に追い詰める。

張慈円は風前の灯のはずである。

高嶺弥佳子という圧倒的な戦力の前に、どうすることもできないはずなのだが、真理には張慈円の高笑いは決して狂って発しているようには見えなかったのだ。

真理は、弥佳子の邪魔にならないよう、弥佳子の背から数歩下がったところで二人を注視している。

その時、真理の目には、足元が、否、部屋の床すべてが濃褐色に鈍く光ったのが見えた。

(え・・?床?こ・・これは!)

「下よ!!飛んでっ!!」

「遅いわっ!」

がごんっ!

真理の叫びと同時に、張慈円の嘲笑と部屋の床が二つに割れる音が響く。

弥佳子は、真理の声でで危機を察知して跳躍しようとしたが、場所が悪すぎた。

「くっ!」

部屋のほぼ中央にいた弥佳子の真下で、床が二つに割れたのだ。

ジャンプしようにも足場がなければどんな達人でも跳躍することはできない。

弥佳子は空間を操る能力者とはいえ、空中を歩くことはできないのだ。

一方の張慈円の背には、この部屋の仕掛けを作動させるスイッチがあった。

そして、張慈円は壁際にいたことから、すぐには落下せず、壁を蹴って弥佳子に飛びかかることができた。

空中で態勢を崩した弥佳子に、張慈円が勢いよく組み付き絡みつく。

「くっ!この期に及んでっ!」

(しかしそれでは張慈円も落ちるのでは?!)

弥佳子は張慈円が破れかぶれで、張慈円の命もろとも相打ちに持ち込もうとしているのかもしれないと思い慌てたが、次の張慈円のセリフでもっと張慈円の思惑がわからなくなった。

「くはははははっ!高嶺弥佳子!覚悟するのだな!貴様も千原奈津紀と同じ目に合わせてやるぞ!」

空中で組み付いた張慈円は、高笑いを上げながら弥佳子の体に巻き付くようにして一塊となり、真っ暗に口を開けている階下へと落ちはじめたのだ。

(私に適わないのは今の一瞬のやり取りとはいえよくわかったはず・・!どういうつもりですか?!張慈円!!)

弥佳子は纏わりついた張慈円を振りほどこうとするが、張慈円はここだけはという覚悟で、抜かれた長曾根虎徹の刀身をオーラ防御全開でしっかりと握りこみ、両脚は弥佳子の腰を挟み込むようにがっちりと巻き付けてきた。

床が開いた一瞬に気を取られたせいか、振りほどくのは無理な態勢である。

(おのれ・・!油断しているつもりはなかったのですが・・!)

弥佳子が見上げると、そこには神田川真理が焦燥の表情を隠そうともせず、ドアノブを握って手を伸ばしている姿が見えたが、その手を掴めるはずもなく、真理の姿は見えなくなり弥佳子は暗い闇の中に落ちていった。

【第10章  賞金を賭けられた美女たち 21話 高峰弥佳子VS張慈円 終わり】22話へ続く

第10章  賞金を賭けられた美女たち 22話 高峰弥佳子VS張慈円2

第10章  賞金を賭けられた美女たち 22話 高峰弥佳子VS張慈円2

弥佳子は、張慈円に組み付かれたままよく滑る滑り台のような傾斜を縺れながら落下していた。

「離しなさい!」

「くはははは!」

落とし穴の中は真っ暗だが、即座に暗視を発動した弥佳子の目の前には、張慈円が不気味に目を吊り上げて哄笑しているのがよく見える。

(落とし穴!?まさかこんな仕掛けがあろうとは!・・・しかし張慈円も落下しているではないですか?!)

弥佳子のくびれた腰には張慈円の両足ががっちりと組み付き、腰の後ろで足首を交差して弥佳子を逃すまいと力を込めてくる。

急な傾斜とはいえ、床はなめらかで摩擦によるダメージはない。

落下してきた落とし穴の蓋が、はるか上の方で閉じかけており、四角だった明るい部屋の光が、徐々に細くなり線となって、完全に闇に閉ざされてしまう。

(神田川真理と離されてしまいましたが・・)

急だった傾斜が緩やかになり、膝で態勢を整えられる態勢まで傾斜が落ち着くと、弥佳子は足を踏ん張り、肘で張慈円の顎を強かに打ち上げた。

「ぶっ!」

張慈円は弥佳子の強烈な肘鉄で、大きく上体を反り返らせる。

その隙を逃さず、弥佳子は鞘に収まったままの大切な妹の愛刀でもある和泉守兼定で、張慈円の股間を強打し、腰に巻き付いていた張慈円の足を振りほどいて、引き絞りたたんでいた右足で張慈円の胸板を蹴り飛ばす。

「ぐぉ!」

すっ飛んで行った張慈円をしり目に、すっくと立ち上がった弥佳子は、張慈円が振るわせまいと必死に握っていた自らの愛刀の一振りでもある中曽根虎徹をぶぅん!と振って鞘に納めて腰に佩きなおし、たったいま張慈円の股間を強打した和泉守兼定も腰に佩きなおした。

「ふん・・汚らわしい!(奈津紀さん、ごめんなさいね。あなたの大切な兼定をあんな粗末な汚らわしい物体を打つのに使ってしまい・・・)」

弥佳子は、張慈円に組み付かれていた不快感を隠そうともせず、床に仰向けで倒れたままの張慈円に吐き捨てた。

「落とし穴とはお粗末な。あなたも落ちてしまっては落とし穴の意味がないでしょう?」

弥佳子はそう言い、仰向けのままの張慈円を警戒しながらも、自分がどこに落ちて来たのか注意深く目だけで見まわし、周囲を観察していた。

ここが眩しいのは暗闇だった落とし穴の傾斜のせいだけではない。

神田川真理と一緒にいた個室よりも、このタマゴ型の部屋は光量が強いのだ。

弥佳子は暗視強化していた目を通常に戻すと、落下してきたであろう距離を推測で割り出して、眩しそうに眼を細めて10mほどの高さにある窓に目をやった。

(・・さっき上からみた部屋から、このタマゴ部屋に落ちてきたというわけですか)

目をやった窓には、神田川真理が窓に張り付き、口を動かしている。

『バカ!ドジ!ユダンシテンジャナイワヨ!!』

弥佳子はとっさに読唇で神田川真理が何と言っているのかを読み取ったせいで、思わず吹き出し、がくっとなってしまった。

一方の神田川真理は声が聞かれるわけがないし、読唇までされるとは思ってもいない様子で、調子よく悪態を続けている。

神田川真理に言われた通り、上からの視点で着地姿を見られるとは想定していなかったので、足を踏ん張るときに、後ろ周りしながらやや足を縦に開き過ぎたかもしれないと、思い出し、スカートの裾を引っ張ってずり上がってないか引き下げるような仕草をとってしまっていた。

弥佳子は下着を異性に見られるのは特に何も思わないのだが、同姓に見られる方が嫌なのだ。

裾も直し、佩きなおした二振りの名刀の感触を確かめなおすと、弥佳子は気を取り直して、目の前で倒れている男に意識を集中することにした。

先ほど圧倒したとはいえ、目の前にいる男は香港で最強と謳われている雷帝張慈円である。

しかし、油断からたった今不覚を取り、落とし穴で共に落下させられてしまったのも事実。

といっても、落とし穴でタマゴ型の部屋に落ちてきたからといって、形勢が不利になるとは考えにくい。

直径30mほどの円形の部屋、見上げれば上は緩やかに円錐をかたどっており、10mほど上にある部屋からは、この円形の部屋を見下ろすような構造になっている。

(本来なら、ここで何者かどうしを戦わせて観戦し、賭けでも行うのでしょうが・・・、観客もない様子。・・しかし、こんな悪趣味な施設でも、張慈円を何物にも邪魔されず料理できるのであれば問題ありません)

弥佳子はそう心中で呟くと、先ほど見た映像の奈津紀のことを思い出し、中曽根虎徹ではなく、奈津紀の愛刀として下賜していた和泉守兼定の鞘を握って、親指で鍔を持ち上げてから静かに抜いた。

(奈津紀さん・・せめて貴女の愛刀でヤツを切り刻んであげますからね)

もともと高嶺家で所有していた銘刀である和泉守兼定であるが、千原奈津紀に下賜し長らく手元になかったため、弥佳子は長曽祢虎徹とは違う感触を確かめるように両手で柄を握りなおし正眼に構えなおした。

その時である。

「くははははっははっ!はーっはっはっは!」

仰向けに倒れたままだった張慈円が狂ったように笑い出したのだ。

「くくくくく!」

本当に狂ったのかと思い訝しむように様子を伺っていた弥佳子が口を開いた。

「勝ち目がないとわかって本当に狂ったのですか?張慈円。雷帝などと呼ばれていましたが哀れなものですね」

「くくくく・・。勝ち目がない?誰が誰に勝ち目がないのだ?!!」

だんっ!

哄笑をやめた張慈円が、倒れたまま両足を自分の顔付近まで引き付けて、その反動で手を使うことなく起き上がる。

「いくら貴方のような男でも、先ほどの私とのやり取りで力量の差がわからないほど愚かな使い手だとは思えませんが?」

起き上がった張慈円は、先ほど肘鉄された顎をさすって、口内を自身の歯で切った出血を袖で拭いながら、油断しすぎとも思えるような大胆さで弥佳子に向って歩き出した。

「くくくくっ・・わからんのか?その若さであの暗殺剣客の頭領を襲名した高嶺弥佳子ともあろうものが?わからんのか?・・くはははははは!・・ひーっひひひひ!」

目を吊り上げた蟷螂が、不気味な笑みを張り付かせたままそう言って、なおも弥佳子との距離を無造作に詰めてくる。

(・・・気がふったか?・・ですが、どうあれあなたが奈津紀さんにしたことはたっぷり贖ってもらいますよ!楽に死ねるとは思わないことです!)

力量で圧倒され狂ってしまった敵相手に、弥佳子は最早語るまいと、奈津紀の愛刀で奈津紀の無念を少しでも晴らそうと地面を蹴った。

フェイントのため、一歩目は生身での跳躍。

そして二歩目で地面を蹴る瞬間、能力を複数発動させた。

【鷹視】【剣閃】【肉体強化】【縮地】【剣気隆盛】【鬼気梱封】【空間転移】【背鷹剣】。

敵の動きを見切って先の先を取る視力強化を行い、真正面からの剣圧攻撃、そして四肢を強化してからの高速移動。

そして、高速移動中に剣撃の威力を必殺のものにするために、刀に複数のオーラを織り交ぜる。

それによって、手にした刀には切れ味と破壊力強化を施され、敵のオーラによる防御力を無視する強い鎧通しの刃となるのである。

【肉体強化】したまま【縮地】で高速移動しつつ、初手で放った【剣閃】を追い越し、背後に向かって【空間転移】を発動させる。

【空間転移】は自分の放った【剣閃】を敵の左真横に移動させ、トドメとなる一撃と挟撃に使うのである。

【肉体強化】と【縮地】で背後を取り、心臓目掛け【剣気隆盛】と【鬼気梱封】で強化した和泉守兼定で、無音無気配の【背鷹剣】を心臓目掛け突き上げる。

突然移動した【剣閃】に対応しようとする敵は、無音無気配である【背鷹剣】を躱すすべはない。

敵は【剣閃】と【背鷹剣】との挟撃を受け、どうやって死を迎えたのかも分からずにこの世を去る。

弥佳子が幼い時より師である父に叩き込まれた必殺の攻撃手法である。

暗殺を生業とする剣士としての、基本ではあるが、それらを複合した殺傷力の高い攻撃方法。

しかし、弥佳子は初手の一撃で張慈円を即死させる気は無かった。

その為、【背鷹剣】で心臓は狙わず、右腕を根元から切り落とすつもりであった。

弥佳子は狼狽した。

弥佳子の見開いた目が、その狼狽ぶりが相手に伝わるほどに。

【剣閃】は発動せず、踏み出した【縮地】もオーラを纏わない中途半端な速度でしか発現しなかったのだ。

「ぐっ!?」

弥佳子の身体はくの字に折り曲げられ、腹部には紫電を纏った張慈円の拳が深々と突き刺さっていた。

「な・・!?なぜ・・!?」

弥佳子の眼前には、息がかかるほどの目の前に迫った張慈円の顔があり、その表情は残虐さと好色な笑みが不気味に張り付いており、目尻と口角が吊り上がっていた。

「もろに入ったな。くくくっ。息ができまい」

張慈円の愉快そうにそう言った言葉が、弥佳子には不快で耳障りだったが、予想外の腹部への強打で、想定以上のダメージに恐懼したせいで反応が更に遅れる。

張慈円は、前のめりにつんのめった弥佳子の背後にヌルリと回り込み、弥佳子の首をしめつつ羽交い絞めにしてきたのであった。

「さあ高嶺弥佳子。貴様も女であるということを思い知らせてやろうではないか!」

【第10章  賞金を賭けられた美女たち 22話 高峰弥佳子VS張慈円2 終わり】23話へ続く

第10章  賞金を賭けられた美女たち 23話 高峰弥佳子VS張慈円3


第10章  賞金を賭けられた美女たち 23話 高峰弥佳子VS張慈円3


腹部に受けた強打のせいで息が詰まり、反射で滲んだ涙のせいで、視界がぼやけ、薄緑色の床が歪んで見える。

そこに、ダメージによって肺呼吸ができず筋肉が弛緩し、やや開いてしまっていた唇から水滴が零れた。

(涙・?・・よ、涎・・?!私が・・・?!)

薄緑色の床を濡らした数滴の滴りが、自身の涎だと悟り羞恥で顔を染めた瞬間、視界がぐるりと回る。

「・・っ!」

無理やり上を向かされたのだ。

高嶺弥佳子は天井から照らされるまばゆい光量に目を細めるが、そこへ天井からの光を遮るように、勝ち誇った笑みを張り付けた張慈円の顔が割り込んできた。

腹部を打たれ膝をつき、両手で身体を支えていた弥佳子は、張慈円に髪の毛を掴まれのけ反るような恰好にされてしまったのだ。

痛みと羞恥、それに加え理解しがたい状況に、弥佳子は柳眉切れ長の目を細め、眉間にしわを寄せて顔を悔しませる。

しかし、弥佳子のように気の強い女のその表情は、張慈円の嗜虐心をより大きくさせてしまうだけだ。

「たまらんなその顔!」

息がかかるほどの距離でそう言った張慈円の顔を払いのけようとするも、力なく払った手はむなしく掴まれ、ぐるりと両手首を背中で一束ねに掴まれてしまった。

「どうした?!さっきの動きといいなんだ?んん~?女らしい動きではないか?」

「っ・・か・・ぐ・・」

目を吊り上げ不気味に勝ち誇った表情のままの張慈円は、苦悶の表情で口元に羞恥の雫のあとをぬぐえぬまま、言葉もまともに発せない状態の弥佳子を嘲って言う。

オーラによるガードもなく、カウンターで功夫の達人である張慈円の強烈な崩拳をもろに食らった弥佳子は状況が理解できずにいた。

(ば・・莫迦な・・。呼吸ができない・・。このダメージの大きさ・・直撃したというのですか・・?み、見えなかった・・。張慈円ごときの動きが・・?!しかし、【鷹視】による先の先は発動しませんでした・・。ど・・どういうことです!?)

「解せん・・という表情だな。わからんか?くくくくっ!」

張慈円はそういうと、蟷螂のような顔を再び弥佳子に近づけ、弥佳子の口元の涎のあとを舐めとるように下を這わせ弥佳子の唇を奪った。

「んんっ!!?」

弥佳子の全身に嫌悪感による鳥肌が走るが、受けたダメージが大きすぎて身をよじって躱すこともできない。

「ぷはっ!・・はぁはぁ・・!き・・貴様ごときに・・!!」

唇を奪われた時間は一瞬であったが、弥佳子に動揺を与えるには十分すぎた。

張慈円はそんな弥佳子の表情とセリフを満足気に、自身の唇に舌なめずりをしつつ続ける。

「いい味だ。匂いも極上だな。・・さて、貴様はいまオーラが使えんはずだ。袁に聞かされた時は半信半疑であったが、事実のようだな」

そういうと更に、弥佳子の顎に舌を這わせ頬までなめあげ、のこった雫を堪能し、そのまま弥佳子の髪に顔をうずめ、蟷螂は捕らえた収穫に満足したように笑いながら言う。

張慈円の発言と行為を極力無視し、弥佳子は痛みと酸素不足によるダメージで、朦朧としたまま右手にオーラを練り腰の刀に手を伸ばそうとした。

しかし、張慈円の言葉どおりオーラは発動せず、張慈円に掴まれた右手はびくとも動かなかない。

「くくくくっ!非力よのう!どれ・・」

ごきっ!

「がっ!・・きゃあああああっ!!」

張慈円は一束ねにしていた弥佳子の両手首から手を放すと、右腕だけを掴んで、ぐいっと下に引き、弥佳子の右肩の関節を外したのであった。

「もろいもろい・・。どうした?オーラで防御せんと、生身の膂力にオーラの力を加算した能力者のパワーには対抗できんぞ?・・といっても、この部屋にいる限り女はオーラを使えんのだがな」

「あっ・・・あぁ・・っく!」

(このタマゴ部屋にそんなカラクリがあろうとは・・!そのために私ごと落とし穴に・・!)

弥佳子のだらりとぶら下がった右手は垂らされたまま放置され、左手首だけを厳しく背中で引き上げられる。

「ここは能力者の男と女を戦わせる闘技場なのだ。オーラの使える思いあがった女を無力化させ、能力が使えるままの男とたたかわせるためのなぁ」

そう言いながらも、張慈円の舌が弥佳子の首筋を這いまわり、弥佳子の髪の毛に鼻をうずめるようにして匂いを堪能している。

(ま・・まずい。いくら何でも張慈円とオーラ無しで戦うにはあまりにも・・!せめて離れられれば・・刀も振るえるし、おそらく速度だけなら生身でも対抗できるかもしれないのですが・・っ!)

弥佳子は自身の首を這いまわる張慈円の舌の動きをできるだけ意識しないようにしながら、掴まれている左手に力を込める。

「無駄だ。こうなっては貴様に勝ち目はない。先ほど貴様に打たれた俺の電砲も痛みから回復してきた。ここは、能力者の女を無力化させ敗北させるためだけの場所ではないのだぞ?くくくくく」

張慈円はそういうと、弥佳子を掴んだままタマゴ部屋の壁際の一角にある端末まで近づくと、弥佳子の髪の毛を放し、その手で何やら操作し始めた。

「・・むぅ・・同じ三合会のシステムのはずだが・・。袁の奴め。改良しすぎ・・おっ!よしよし」

張慈円が同胞である袁揚仁の悪態をつき始めたところで、うまく操作ができたようで満足げな顔になって、操作を再開し出す。

ガシャン。ウィー――ン!

機械的な音と共に、壁の一部が開き、部屋の中央部分には床の一部が円形にせり上がって1mほどの高さのところで止まったのだ。

弥佳子も音のしたほうに顔だけ向けると、すぐに表情を強張らせた。

「・・お、おのれ!張慈円!・・貴様の思うようになど断じてさせません・・!」

開いた壁には、女を甚振る為だけの道具らしきものが、ずらりと並んでおり、タマゴ部屋の中央にせり出した円形状のベッドは、厚みが10cmほどあるが、アクリルのように透明で、円の外周部分には手足の動きを封じる枷がいくつも取り付けられていたのだ。

「よしよし!いいぞ。くくくっ!喜べ高嶺弥佳子。ここは能力者女を無能力化させて叩きのめし、そして凌辱している様を上階の部屋から観賞すると同時に、袁の運営するサイトに配信する施設なのだ。・・あいにく今客は・・おらんようだが・・。いや・・観客には神田川真理もおったな・・。くくくっ。あとでヤツもゲームに参加してもらうとするか・・。もっとも生きていれば・・だがな・・くくくっ」


「・・ど、どういう意味です?!」

掴まれた髪の毛を下に引っ張られているため、顎を上に突き出した格好のまま、真理が死ぬかもしれないという張慈円のセリフに語気を強める。

「くくくっ、言った通りの意味だ。見てみろ。さっきの部屋には俺以外にももう一人いたのだぞ・・?気づかなかったのか?・・ふざけた格好のよくわからん奴だが、おそらく実力は俺と変わらんかもしれんな・・。いや・・底知れんやつだ・・・」

「な・・なんですって?!」

弥佳子は張慈円が発したセリフが、嘘やはったりではないことを、張慈円のやや不快そうな表情から読み取ったのだ。

張慈円は弥佳子の疑問を無視し、タマゴ部屋を見下ろすようにぐるりと並んでいる一室の一つに顔を向ける。

そして、観客席がある部屋の一つ、先ほど弥佳子や張慈円がいた部屋に目をうつしたのだ。

そこには神田川真理が、張慈円を睨むようにして窓を叩き、そしてガラスを割ろうと後ろ回し蹴りを窓に向かって放ったところだった。

純粋な肉体強化系の能力者ではないにしても、神田川真理の蹴りは凄まじい威力である。

しかし、タマゴ部屋の方にはその蹴りによる衝撃や音もほとんどタマゴ部屋の方に聞こえてこない。

それでも神田川真理は部屋を隔てる分厚いガラスを蹴り破ろうと、何度もガラスを蹴っているが、とよほど頑丈な造りでできているようでガラスにはヒビすら入っていない。

「くっ・!・・真理!神田川真理!!こちらに来てはいけません!!!貴女も能力が使えなくなるわ!!穂香と一緒にいる菊沢宏を呼んできなさい!あの者ならこの部屋の影響をうけません!!それにっ・・張慈円を目の前にして集中してしまっていたとはいえ、私に気配を察知させないほどの者がその部屋にはいるかもしれないのですよっ!?」

しかし真理には弥佳子の振り絞った声が聞こえていない。

神田川真理は助走をつけるため、弥佳子の視界からいったん見えなくなると、助走をつけてそのままの勢いで飛びあがり腰をひねって、渾身の後ろ廻し蹴りをガラスに食らわせた。

ドォン…。

さすがに能力者である神田川真理の渾身の蹴りに、施設の強化ガラスといえども手応えがあったようだ。

「ヨシッ!ナントカイケソウ!」

弥佳子の目には真理の唇がそう動いたのが見え、真理の焦燥の表情の中にも希望の笑みが浮かんだの見えたが、張慈円の呟いたセリフのせいで嫌な予感しかしない。

「真理!いいから逃げなさい!!」

しかし真理は、再び強化ガラスを蹴らんと助走を付ける為に視界から消え、ふたたび神田川真理が走ってきた。

先ほどより速い速度で・・。

走って来たのではなかった。

ドォン…。

神田川真理の身体がくの字になって背中から強化ガラスに激突したのだ。

「ま・・真理!!?」

弥佳子は悲鳴に近い声を上げて目を見開き、神田川真理がいる室内に目を凝らす。

そこには真理を吹き飛ばしたであろう黒い頭巾を被った男がゆらりと現れ、弥佳子と張慈円を一瞥してきた。

しかし、弥佳子や張慈円を一瞥したのみで、黒頭巾・・、目だけを残して忍者のような黒装束に身を包んだ男は、目の前の壁に背をあずけてへたり込んでいる真理に目を向けた。

「真理!に・・逃げなさい!その男は!!くっ・・!あんなものまでいたのですかっ!」

普段からスーツ姿に太刀を佩いた高嶺弥佳子が言えたものではないが、その黒装束の忍者ルック男のことは弥佳子の知っている男だった。

知っていると言っても親しい仲ではない。

分かっているのは、そのふざけた姿の男が、おそらく凄腕の同業者であろうということだけ。

「そのものはおそらく高嶺でも標的に掛けて倒しきれなかった者の一人ですっ!!真理独りでとても勝てる相手ではありませんっ!!逃げっ・・・っ!!」

弥佳子の言葉は腹部への殴打により中断されてしまう。

「がっ・・!ぐふぅ!」

先程打たれた箇所を重ねて打たれたのだ。

弥佳子の意識と呼吸は再び途切れそうになる。

「高嶺弥佳子。自分の心配をしたらどうだ?貴様はオーラも使えん状態で、いまからこの雷帝の相手をせねばならんのだぞ?戦いにおいてもSEXにおいてもな・・。もう戦いは終わっておるか・・くははははっ」

張慈円は蟷螂顔の目を不気味に吊り上げて哄笑すると、弥佳子が腰に佩いていた二振りの銘刀を乱暴に取り外した。

「こんなもので俺を切ろうとしたのだな・・」

刀の造詣にそこまで詳しくない張慈円でも、この二振りの拵えが一流品であることぐらいはわかる。

一つは先ほど凌辱した千原奈津紀が佩いていた和泉守兼定。

もう一つは弥佳子の愛刀であろう中曾根虎徹である。

張慈円は抵抗する弥佳子を無理やり立たせ、ジャケットの袖に二つの銘刀を両方から通しだしたのだ。

「な・・なにを!」

右の袖から入れられた和泉守兼定の鞘は、左の肩口まで、左の袖から入った中曾根虎徹の鞘は右の肩口まで通されてしまった。

「や・・やめ・・!何を!!」

弥佳子は張慈円のしようとしていることがわかり、狼狽したが膂力のみでの抵抗は全く歯が立たない。

「くくくっ!こんな扱いなどされたことがあるまい?!」

弥佳子が太刀を佩くためにタイトスカートに帯びていた特殊なベルトを、張慈円は抜き取ると、和泉守兼定と中曽根虎徹の鍔同士をつないで縛り上げたのだ。

「ああっ・!!お・・おのれ!おのれっ!」

高嶺剣客十七代目統領であり高嶺製薬代表取締役である高嶺弥佳子が、いまだかつて受けたことのない屈辱である。

両腕は自身の得物である二つの太刀によって案山子のように固定され、それらをベルトで固定されてしまった。

張慈円の手から離された身体をよじって、弥佳子は身をよじるが、オーラの無い非力な状態では二つの銘刀を縛っているベルトすら千切ることができない。

案山子姿になった弥佳子の無防備な胸を張慈円が軽く突き飛ばす。

どさっ。

受け身も取れず無様に尻もちをつかされた弥佳子は、きっ!と張慈円を睨みあげるが、両手は案山子のように左右に伸ばしたまま固定され、スカートは尻もちをついたときにめくれあがってしまっている。

濃紺の下着を光沢のある1デニールのパンスト越しに大いに露出させてしまった状態では、弥佳子の鷹のように鋭い眼力も滑稽なだけである。

「さて・・覚悟はいいか?高嶺弥佳子?」

「・・っく・・・!」

逆光になって近づいてくる張慈円に、言葉にならない呻きしかあげられずにいた。

高嶺弥佳子は、生れてはじめて敗北するかもしれないという恐怖が心に広がり、それが純白の絹に墨汁を落とされていくような落ちない染みのように広がりだしていた。

【 第10章  賞金を賭けられた美女たち 23話 高峰弥佳子VS張慈円3 終わり】24話へ続く

第10章  賞金を賭けられた美女たち 24話 神田川真理VS謎の忍者男

第10章  賞金を賭けられた美女たち 24話 神田川真理VS謎の忍者男

「ぐ・っ・・!・・かっ・・!」

息が詰まり視界がぼやける。

真理は、打ち付けた背中に致命傷を負っていないかと、とっさに背中に意識を向けるが、骨や神経に深刻なダメージが無さそうだと判断する。

【未来予知】で感知しとっさに身を躱したのが幸いしたようだ。

しかし、真理の目から見える状況は最悪に近い。

真理の身体速度で動ける範囲のある一定の距離以上になると、濃い死の色で満たされているからだ。

その死の色の中心には、より濃厚な死の色を発する人影が、周囲の暗がりと同化するように静かにたたずんでいる。

その人影の格好は、その死の気配とは裏腹に真理をして、訝しがらせた。

おおよそ現実的な恰好ではなく、見間違いか能力による幻覚的なモノでも見せられているのかと疑ってしまったのだ。

何故なら、その者の肌が露出しているのは、鋭い眼光が覗く頭巾の隙間のみであり、それ以外は黒い衣服で覆われていて、現実味がない。

肘から手首、膝から踝の衣服は肌に密着しているが、それら以外の場所はゆったりとした黒装束。

首元にはやや長めの布が靡いており、所謂忍者の格好そのものであるのだ。

まるで、時代劇の中からそのまま出てきたような姿形の長身の男。

「ほう。いまのんで死なへんとはさすが高嶺といったところかいな。アンタもさっき落ちていったベッピンさんみたいに、さっさと抜いたほうがええで?」

視認できるほどの濃いオーラを立ち上らせた忍者姿の者が本当に発したのか、と思えるほどの軽い口調に、真理は身を起こしながらも、追撃を受けないように調子合せるため返事を返すことにする。

「ふん・・。武器なんて使わないわよ」

忍者男は真理のわざと余裕ぶった挑発も含んだ口調に、ピクと動きを止めたが、真意は頭巾に表情が隠されている為にわからない。

真理にとっては、忍者男が真理のことも高峰の一味だと誤解し、真理も剣士の一人だと思っているようなので、適当に合わせて返事をしただけである。

忍者男が動きを止めた一瞬の隙に、真理は背後の階下で張慈円に組み伏せられかけている高嶺弥佳子に目を向けるが、正直言って自分の方がもっとピンチであると確信していた。

(・・・【未来予知】が1秒先すら見通せないわ・・。これは、すなわち私とこの忍者男との力量の差が大きいということ・・。私の能力を大きく上回っているからだわ・・。でも、ここまで短い先までしか見通せないなんてこと・・、あの紅蓮と対峙してもここまで見えないなんてことはなかったのに!)

神田川真理が、菩薩と呼ばれる所以である真理の表情。

誰の前でも菩薩の笑みを絶やさずにいられるのは、真理には先が見え、嫌悪や危険に関する相手の行動や発言に先だって手が打てるからである。

それがこのふざけた忍者ルックの男には全く通用しない。

真理は、自然と込み上げてきた生唾をゴクリと飲み込むが、カラカラに乾いてしまった喉では妙に痛みを感じてしまう。

全身から鳥肌が立ち、真理の裸体を包むアーマースーツの内側はじっとりと汗で冷えていた。

「あなたは何者?三合会に貴方みたいな人がいるなんて聞いたことが無いわ」

そう言った真理は、自分の声が普段の声色と違うことにショックを受けていた。

奥歯が震え、声が裏返っていたのだ。

(恐怖?私は・・怯えているの?)

真理は自分の本能の部分が素直に反応している事実に更に驚愕したが、忍者男はそんな真理の心境など知らず口を開いた。

「俺が誰かなんてアンタに知る必要なんてもうないはずやがな。侵入者は消す。だたそれだけやねん。ベッピンさんやけど仕事やしな。アンタもこういう仕事してるんや。覚悟はしてるんやろ?」

真理は、忍者男のセリフをもはや半分以上聞けていなかった。

1秒先すら見通せない【未来予知】ではそこまで先のことを感知することはできないが、真理はこのままでは自分に死が訪れることがわかった。

能力ではなく、本能で感じ取ったのだ。

強打し痛むはずの背中の痛みは、もはや何故か気にならなかった。

真理にいつもの菩薩の笑みはない。

「ちっ!」

真理らしからぬ鋭い目つきになって鋭く舌打ちすると、身を翻し壁際沿いに沿って脱兎のごとく駆けだしていた。

「がっ!」

しかし、駆けだした瞬間に首筋に衝撃と痛みが走る。

真理が展開している【未来予知】で察知できたおかげで、とっさにオーラを首筋に回して防御できたが、その衝撃は大きく、足を縺れさせて態勢を崩してしまう。

そして、真理は絨毯張りの床にうつ伏せで倒れこんでしまったのだ。

「くっ・・!」

真理はすぐさま身を起こして反転し、壁を背にして向きなおる。

「さすがに高嶺やな。今ので首が切断できへんとは。なかなかの硬さやし反応の良さや。しっかし、今の攻撃、完全に死角から突いたと思ったんやが、よう反応できたな」

忍者男は繰り出した右手を手刀の形にしたまま、感心した様子でそう言っている。

と言っても、忍者男の声色しか分からず、頭巾をしているためその表情までもはわからない。

「それはどうも・・。でもあなたは相手を間違えてるわ。私は高嶺じゃないのよ?あなたの目的は高嶺なんでしょ?」

真理は、命をつなぐ時間を僅かに伸ばしてチャンスを伺う為に、弥佳子達の情報をしゃべり過ぎないようにしながら忍者男に問いかける。

「なるほど。せやから刀らしいもん持っとらへんのやな。あいつらの刀はどれも銘品らしいから、戦利品として期待しとったんやが残念や」

忍者男は軽く肩をすくめてそう言っただけで、真理を排除の対象から除外したわけではなさそうである。

「・・・貴方、見たところ三合会の一味じゃないんでしょ?フリーの傭兵ってとこかしら?それなら・・・見逃してもらえないかしら?・・・三合会が払った報酬より高く払うわよ?」

真理の言葉に、忍者男の纏った空気の危険さが増した気がした。

(逆効果だったのかしら?)

真理は再びごくりと生唾を飲む。

もしかすれば、軽い口調とは裏腹に仕事のルールにはシビアなタイプなのかもしれないという予感が真理の脳裏に駆け巡る。

こめかみから流れた汗が幾筋も頬を伝い顎から滴り落ちたそのとき、忍者男は口を開き、真理の発言を確かめるようにしゃべりだした。

「・・アンタがそないな大金払えるんかいな?そう言うならアンタの素性明かしてもらおか?高嶺やない。せやけど三合会が払ろうた金より高う払える。つまりはそれなりの組織やちゅうことや。・・・・どこや?」

忍者男が一歩、足袋を進ませてくる。

凄まじい殺気。

答えを間違えば襲い掛かってくるだろう。

真理は忍者男から発せられる圧力に怖気づくまいと、心を奮い立たし答えた。

「聞いたのは私が先。だから先に答えを聞きたいわ。そうすれば私の正体を言うし、約束通り三合会が払った倍額で貴方を雇うわ。どう?悪い話じゃないでしょう?」

ただ対峙しているだけなのに、神経が削り取られていく。

暫くの沈黙があり、忍者男は鋭い眼光で真理を見据えたままピクリとも動かない。

真理は、今のうちに菊沢宏たちが合流してくれないかと淡い期待を抱きつつ、少しでも時間を稼ごうとしている。

(・・・【未来予知】がこんなに短い先までしか見えないなんて・・!でも、この沈黙・・。迷っているということね?ということは、この忍者男は三合会じゃないってことは確実。フリーの傭兵・・?でも、こんなノラがいるなんて聞いたことないわ。でも、コイツが金で靡かないなら、・・色仕掛け・・かしら・・?)

真理がダメ元の最後の手段として覚悟したときに、忍者は口を開いた。

「三合会がなんぼ払ろうたか知らへんのに、倍額払うって言いきるってことは相当な組織ってことや。で、この国でそんな金払える組織言うたら大体見当がつく。アンタ・・宮コーか?」

忍者男の問いかけに真理は即答できなかった。

正直に答えて吉と出るか凶とでるか全くわからないからだ。

もしかすると、宮川コーポレーションもこの忍者男にとっては敵認定なのかもしれない。

「ふん・・。ちっ・・しゃあない。言わへんか。まあええわ。俺の答えを言うたる。アンタの提案は却下や。俺の流儀に反するからな。言うとくけど、即答せえへんかったんは迷ったからやないで?まったく別の理由からや。期待させたんならすまんけどな」

忍者男は少し逡巡した様子であったが、真理との距離を詰めだした。

(ダメか・・・!流儀に反するってことは、色仕掛けでもたぶんダメね・・・。それに色仕掛けで気を引くのは逃げきれなかった時でも遅くないわ・・!できるだけやってあげる!私だって宮コー十指の一人・・。タダじゃすまさないわよ!)

おしゃべりの時間は終わり、忍者男の殺気が元通り濃くなったことに真理は、少しでも死を遠ざけようと【未来予知】と【肉体強化】を全開で展開し、さらに【治療】を手刀を食らった首筋と、最初に蹴られた胸部に発動させた。

その時である。

【治療】の為に胸部にあてがった右手に感触があった。

その感触を指で感じた時に思い出した。

白ずくめの得体のしれない仲間から渡されていたモノに・・。

(・・・!やれるかも・・!あのバケモノの能力を使えば・・この忍者男ですら・・!)

真理は胸ポケットに忍ばせていたモノを素早く取り出し両手に握りこむと、忍者男に構えなおした。

忍者男はそんな真理の様子など気に留めた様子もなく、殺気だけを膨らませ音もなく床を蹴る。

真理の【肉体強化】による五感能力だけでは察知するのは無理な速度だが、【未来予知】で1秒先までなら見える。

たった1秒先といっても、戦闘時には刹那の判断で生死が分かれるのだ。

言い換えれば1秒も先が見えれば、いくら身体能力で劣っていたとしても、最初の初手ぐらいは十分とれる。

真理はまだ忍者男が到達しない空間に向けて右手を突き出し、握りこんでいたモノを発射させた。

ぷしゅ!

濃い藍色の液体が霧状となって噴霧される。

刹那の先までしか見通せず、真理の身体能力では際どいところではあったが、タイミングはピッタリだ。

忍者男は、真理の背後に回り込み右手を死の刃と化させて手刀を振り下ろしてきていた。

忍者男は、真理がアトマイザーから噴霧した濃藍の霧状の中に突っ込んだのだ。

「なっ!?ぐっ!!!」

真理の目に追えない速度で移動したらしく、噴霧した方向とは逆の方で忍者男の苦悶の声と、部屋の調度品であった大きな壺が床に落ちて砕ける音が鳴り響く。

「なんちゅう反応速度や!動きは速よない癖におかしいやろ?!それに・・なんやこれは!?」

忍者男の問いかけに親切に答えてあげるほど、真理は見た目通りのお人好しではない。

「破っ!」

どぉん!

真理の廻し蹴りが忍者男の腹部をとらえクリーンヒットする。

(くっ・・!浅い・・!蜘蛛の麻痺毒も少ししか当たらなかった・・・でも、少量とは言え蜘蛛の毒を食らってもなお動きが死んでないわ・・!この男本当に強い・・・!私の知る中でこのレベルの人間と言えば、規格外の栗田先生以外では…菊沢部長か豊島さん…敵としてあの人たちと対峙した事ないから比べようもないけど…それと今下で張慈円と戯れているあの女くらいかしら…)

真理が忍者男を蹴った脚を床に下ろすより速く、忍者男は天井で態勢を整えて、床に着地したのだ。

「くっ・・。【デトックスパウダー】!ぜぇぜぇ・・!な・・なんや?!ほとんど躱したはずやのになんちゅう効果の強さや・・!そんな奥の手もってたんかいな・・!人が悪いやっちゃ・・追い詰められたフリして一気に仕留めるつもりやったとはな・・。これやから女の演技は侮られへんのや・・・それにアンタ…身体能力も並みや無いが、戦いに使うIQは相当高い女やと踏んだで…全く油断も隙も無いやっちゃなっ」

忍者男は焦りながらもそう言って何かの技能を右手から振りまき自身に浴びせかけるも、完治には至らないようで、まだ少し酩酊しているようにみえる。

「さすがに速いわね・・。でも、私の能力で貴方の速度には何とかついていけるわよ?」

真理はまともに戦えば身体能力でも大きく負けていることなど噯気にも出さないようにして、自信に満ちた表情で言い放つ。

(なんや?今のこのベッピンさんの能力は?動きははっきり言ってたいしたことない・・。まあ並みの能力者あったらこの女の敵やないやろうけど、俺相手やと身体能力だけで戦うんは厳しいレベルや。そやさかい純粋な強化系やないのは確実や。治療以外に使えるとしたら、未来でも見えてんのかちゅう感じの異常な反応速度だけやが・・そうでも思わんとこの女の戦闘IQはこれまでのやりとりからしても高すぎる考えてから身体を動かしてるとは思えんレベルの読みや、それに今のは・・完全に麻痺毒や。しかもそうとう強力なやつや。オーラを俺みたいに違う物質に変化させるタイプの能力者なんか・・?いや・・手から放出してるわけはあらへん。あらかじめオーラを毒に変換させたモンを道具に仕込んでるんや。しかし、俺の能力でも一回やと解除しきれへんほどの猛毒なんて今まで体験したことないで?いったい何者や・・!)

忍者男は真理の様子を伺うようにし、再度【デトックスパウダー】なる技能を自身に施して、解毒作業に専念している。

(ダメだわ・・こっちから仕掛けるのは無理・・。あいつの周りは真っ赤だわ・・。近づけば確実に殺されちゃう・・。しかも、なんて広い範囲なの・・!)

真理の目には【未来予知】で危険空間を色で知らせてくるのであるが、間合いを詰める為に飛び込めば死を意味する色が、忍者男の上下と周囲に2mほどの半径で展開しているのがよく見える。

「ねえ。悪いことは言わないわ。私は三合会でもない貴方と戦う理由がないの。貴方も私の今の攻撃を見てわかったでしょ?お互いに戦うのは賢明じゃないわ」

「その話は終わったはずや。アンタに無うてもこっちにはある。それにアンタは俺とそんな交渉ができるほど対等やないんやで?」

真理は忍者男の心を再度揺さぶるために誘惑してみるが、忍者男はそう即答して再び目で追えぬ速度で肉薄してきた。

「くっ!」

(速すぎる!でも【未来予知】来る方向ならわかるわ!)

真理にはそうくることがわかっていたため、とっさにスプレーを噴射して忍者男の現れる先に牽制を入れている。

しかし、忍者男の最初のアクションは真理の【未来予知】ではとらえきれたものの、次の動きに身体能力がついていかない。

「二度もくらうとおもってるんかよ!」

「きゃっ!」

真理の足元でそう声がすると、しゃがんだ忍者男が濃藍色の霧を躱し、真理の片足の踵を手で払ったのだ。

右足を大きく払われて、背中から強かに床に打ちつけたところで真理の胸に重く衝撃がのしかかる。

「ぐっ!?」

一瞬にして両手首をひねられ、手にしていたアトマイザーを二つとも取り上げられてしまう。

最上凪に渡されていた毒入りアトマイザーのおかげで、攻撃力に関しては互角以上になっていたが、如何せん真理と忍者男では身体能力が違い過ぎたのだ。

真理が目を開けた時、忍者男に膝で肩と腕を抑え込まれ、奪われたアトマイザーの一つが真理の顔面に向けて構えられていた。

真理が凪から渡されていたアトマイザーは3つである。

一つは麻痺毒、一つは致死毒、一つは治療薬である。

真理が忍者男に使っていたのは濃藍色の麻痺毒である。

しかし、いま真理に突き付けられているのは濃緑色のアトマイザー。

すなわち致死毒なのだ。

「ま!まって!待って!!降参するわ!!」

真理は押さえつけられた格好のまま、これ以上抵抗の意思がないことを示すために両手を広げて慌ててそう叫んだ。

しかし真理の必死の訴えにも、忍者男の頭巾から覗く眼光にはためらいはない。

真理から見える視界には周囲のすべての景色が真っ赤に見えていた。

「待ってってばっ!!言うわ!!貴方がさっき聞いたこと!!私は宮川コーポレーション関西支社所属。関西支社長専属の秘書主任!神田川真理よ!なんでもするわ!!私のこと好きにしていいわ!だからっ・・・!!そっちの毒はやめてえぇぇぇ!!」

真理の脳裏に、かつて宮川家の本宅で、蜘蛛こと最上凪に殺された侵入者の末路がフラッシュバックする。

最上凪に殺された侵入者の最後の一人は、蜘蛛こと最上凪の濃緑色の致死毒で殺されたのだ。

その侵入者は苦しみを感じる暇もなく、凪の毒によって死を迎えたのであるが、その死に様は人間の形をとどめてないなかった。

死の直後はたしかに人の形をしていた。

しかし、その肌は数十分もしないうちに蒼白から青紫へと変化し、水分も失われ、目の部分は窪み、干からびるように水分を失っていったのだ。

蜘蛛の毒で死んだ侵入者は、死そのものに苦痛はなかったかもしれないが、死んだその後の姿は人間の姿とは言えない。

全身干乾び、やせ細っているにも関わらず、目だけは不気味な光を失わず、まるでゾンビのように今にも動き出しそうな死体。

真理は、その醜い凄惨な死体を思い出したのだ。

人として、女としてあのような姿で死体を晒すのは耐えられない。

真理は濃緑色の致死毒の威力を知っていただけに、敵とは言え忍者男に対しても濃藍色の麻痺毒を使っていた。

霧状に噴霧されるため、自分に致死毒が降りかかる可能性も考慮してのことだが、あの致死毒はできれば人に向けて使うべきものではないと思ったからだ。

しかし忍者男がいま真理に突き付けているのは濃緑色のアトマイザーである。

忍者男にはその中身を知る由もないのだろう。

忍者男自身がさきほど真理に喰らわせられた麻痺毒だと思っているのかもしれない。

「それはやめてえええええ!」

豪奢な黒い革張りの部屋の床で、仰向けに組み伏せられた真理の悲痛な悲鳴がひびき渡っていた。

【第10章  賞金を賭けられた美女たち 24話 神田川真理VS謎の忍者男 終わり】25話へ続く

第10章  賞金を賭けられた美女たち 25話 揃う六刃仙3人

第10章  賞金を賭けられた美女たち 25話 


目的の部屋の金属製の扉を前にして、二人は呼吸を荒くして焦っていた。

「くっそ!刀さえあればこんな扉簡単にぶった斬れるのによ!」

目の前の扉には鍵穴も無ければドアノブも無いのだが、しっかりと鍵が掛かっていたのだ。

淡い青色の患者衣の前をはだけたショートカットの女が、童顔小柄ながらも案外とふくよかな胸が露出するのもかまわず、可愛い顔に似合わない悪態をついて、【肉体強化】だけで何とか蹴り破れないものかと、金属製のドアをがぁん!と蹴りつけた。

「沙織!ダメよ。音を立てないで」

童顔小柄フェイスの女と同じ服装をした長髪の女が、患者衣の胸の部分を抑え、裸体を隠しながら周囲を伺って窘める。

「くっそ・・この向こうに刀があるのに・・」

顔だけ見れば、小柄な童顔の少女と見紛う女、実は三十路前の南川沙織が右足で扉を蹴りつけた格好のまま悔しそうにつぶやき歯ぎしりをする。

やはり剣士である南川沙織の【肉体強化】だけでは分厚い金属製の扉を蹴り抜くのは無理であった。

しかも、沙織は怪我も完治しているわけでもなく、能力全開と言うには程遠い。

沙織は焦りから、周囲を気にしておらず、周りには同僚の前迫香織しかいないと思っているためか、患者衣を完全にはだけて、蹴ったドアに足を掛けたままでいる格好であり、女性として大事な部分が淡い毛で僅かに隠せているだけで、丸見えになっているが、そんなことは今の沙織には些細なことのようである。

扉の向こうに装備一式が置いてあることがわかっているのに、どうにもならない状況であることが沙織は耐えがたいようで、可愛い顔で口を食いしばり、鼻息も荒くぎりぎりと歯を鳴らして悔しそうに扉をにらみつけている。

そんな様子の沙織がまた大声を出して癇癪を起さないよう、何か声を掛けようとした前迫香織は、乏しいオーラで小さく展開している【見】に反応した気配に驚いて長い髪を靡かせて振り返った。

しかし、そこには敵はなく、まさかの見知った顔の女が、いつも通りの表情でのんびりとした歩調で歩いてきていたのだった。

「え?!ほ、穂香!?」

「かおりん。さおりん。み~っけ。穂香迷子になっちゃったかと思ってたから助かったよ~」

香織が案外大きな声を上げてしまったのに対して、穂香は人差し指を向けて、普段と変わらぬ様子でこたえたのだった。

「本当にこんなところで穂香に会うなんて!で、でも迷子って・・?!」

前迫香織はそう言って、長い髪をなびかせ穂香に駆け寄る。

「でも、おまたせ~。それにしてもすごい恰好だね~。ふたりとも寒くないの~?」

神田川真理に指摘されたように、気の抜けた炭酸水のような表情と口調。

しかし大石穂香は、高嶺製薬の社員がよく愛用している、黒を基調としたタイトスカートとジャケットというスーツ姿で、そのうえ幹部職員の証である刀を帯びている。

ド天然でサイコパスであるが、穂香の剣の腕前は当主である弥佳子も認めるところで、銘刀の葵紋越前康継を弥佳子から下賜されている六刃仙に名を連ねる天才剣士の一人だ。

「ふたりとも久しぶりだよね~。任務でけっこうすれ違いだったしさ~。えっと今回の任務のおかげでふたりに会えたよね~・・って・・あれれ?私の今回の任務ってなんだったっけ?」

その穂香は、肩まで届く色素の明るいソバージュを肩の後ろに払い、場所もわきまえず、状況も呑み込めていないのか、そう言って半裸に近い香織と沙織を眺めながら、自分の任務を忘れてしまった為か照れ笑いをしている。

「え・・ええ??何の任務かわすれてしまったのですか?・・でも穂香。とにかく来てくれて本当にうれしいわ。でも、どうやってここがわかったの?」

「どうしてって・・・・どうしてだろ。連れてきてもらっただけだからわかんない」

患者衣の胸部分を抑えて穂香に言った前迫香織だったが、穂香のとぼけた返答を聞いてさすがに苦笑い顔になる。

「わかんないって相変わらずバカかよ!?任務の内容わすれてるんじゃねえ!しっかり思い出せよ!」

穂香のとぼけた返答に、沙織にしては我慢していたが、ついに沸騰した沙織が扉に掛けていた足を下ろして振り返り、いつも何かとかみ合わない同僚を怒鳴りつけた。

「沙織!やめなさい!」

沙織の態度に香織がやや大きめの声で窘めると、沙織は可愛い上目遣いで香織を恨めしそうに睨んで顔を逸らせると、ぷくっ!と頬を膨らませてから口をとがらせて後ろを向いて腕を組んで黙ってしまった。

そんな沙織のことを少し可哀そうかもと思った香織だが、いまは助けに来てくれた穂香に感謝すべきだ。

「ありがとう穂香。とにかく助かったわ。今回は穂香の単独任務・・じゃないわよね?ほかには誰が来てくれてるの?十鬼集も誰かきてるのかしら?」

穂香のマイペースぶりは今に始まったことではないし、穂香はこの調子なので単独任務のはずがない。

香織はいつも通り優しい声のトーンで穂香に問いかける。

「ううん。十鬼衆のみんなは来てないよ。えっと来たのは穂香も入れたら四人かな」

穂香の言葉に、香織と沙織は見合わせる。

穂香の言葉に、さっきまでふくれっ面だった沙織の顔も可愛らしい童顔に戻り、沙織と香織のお互いの顔に安堵の色が広がっていくのがわかる。

たった4人ということは、六刃仙の井川栄一や、十鬼衆の中でも腕の立つ者たちによる構成だと思われたからであった。

「それで、誰が来たのです?」

「えっと~、御屋形様と~、穂香と~、グラサンと~、まりりん」

「お、御屋形様まで来てくれているのですか?!なんということでしょう・・」

香織はそう声を上げたものの、その他のメンバーが意外過ぎることに驚いてもいた。

穂香の返答は香織や沙織が期待していた内容とは全然違っていた。

いや、じつはグラサンに関してはうすうす予想していたとおりだ。

グラサンこと菊沢宏が、なぜか救援にきていることを沙織も香織も先ほどのやり取りで見当づけている。

御屋形様である高嶺弥佳子が、あの男をどうやって味方に引き込んだのかは全くの謎だが、剣聖千原奈津紀と対等以上に戦える菊沢宏が味方であるのは、今は心強い。

つい数十時間前まで命のやり取りをしていた相手が味方なのは、正直思わないことが無いわけではないが、御屋形様が連れてきたのであれば、それなりの理由があるはずで、異論をはさむことがあっていいはずがない。

つまり、いまグラサンは味方。

それでいい。

しかしである。

沙織と香織はもう一人の『まりりん』なるものに心当たりはない。

二人は首を傾げた。

「おい、まりりんって誰だよ・・。十鬼衆にそんなあだ名のヤツいたっけ?」

沙織は眉間にしわを寄せて穂香に聞き返す。

「相変わらずさおりんは口がわるいね~・・・・。でもさ、まりりんはね~。御屋形様に似てるんだよ?穂香もびっくり」

ド天然の穂香もさすがに沙織の発言に目つきが変わりかけたが、『まりりん』に関する発見のほうが今は穂香にとっては重要らしく、『まりりん』を説明しだした。

「はぁ?」

穂香の返答に対して、沙織はわけわかんないといった様子と口調でそう返す。

沙織が穂香のことを「またわけわかんねえこと言いやがって」みたいな顔で眺め出しはじめたが、沙織は『御屋形様に似ている』、『まりりん』というフレーズに引っかかるものが突然脳裏に閃いてきた。

もしかしてと思い、沙織はその名を口にする。

「も・・もしかして・・神田川か?!」

「そうそう~!そんな名前~!御屋形様が『神田川の令嬢に失礼だ~』とかなんとか言って穂香のことぶったから覚えてるの~。それで合ってると思う~」

穂香が「よくわかったねえ~さおりん~!すごい~なんでわかったの~?」といいパチパチと拍手をしている前で、沙織は穂香の様子を無視し、神田川真理の姿や顔を思い出していた。

「似てる・・。言われてみれば似てるかもしれない。・・・・ぜんっぜん似てない気もするけどやっぱり似てる・・!」

沙織はかつて大塚マンションで真理と対峙した時のことを記憶から掘り返し、真理の顔や姿と、自身のボスたる高嶺弥佳子の顔や姿形を頭の中で重ね合わせて、指をわなわなと動かしだした。

「そうなのですか沙織?私は神田川を写真でしか見たことがありませんが・・そこまで似てるのですか?」

「え?・・う・・うん。まあ似てるかな・・。言われてみれば神田川って、見た目は御屋形様に似てるかもしんない。うーん・・違うかもしれないけど・・でもほかに心当たりなんて私は無いし、かおりんはある?穂香の言ってる『まりりん』ってたぶん神田川真理の真理からきてるんだと思う。・・もしかして、御屋形様はあいつのこと回復係として連れてきたのかもしれない・・。うちは剣士ばっかりだから回復技能持ちが絶望的に少ないじゃん?しかも六刃仙唯一の回復係の私がこんなザマだから・・・。私たち救出の為に、あの憎たらしい宮コーに・・神田川を貸してくれって御屋形様が頭を下げたのかもっ・・・」

「・・・私たちが掴まってしまったせいと言うのですか・・!掴まった私たちが手負いであることを想定して・・申し訳ありません御屋形様!私たちが不甲斐ないばかりに、高嶺の門下生を大勢殺戮した宮コーなどに頭を下げねばならなかったとは・・っ!その無念を晴らすためであれば、この身が朽ちるまでお使いさせていただく覚悟です・・」

実際は、高嶺弥佳子は宮川佐恵子を脅迫気味な交渉で無理やり協力させたのだが、捕らわれの香織と沙織には、そのやり取りは知りようがない。

憶測で、自分たちのせいで当主である高嶺弥佳子が不倶戴天の敵である宮川に協力を仰いだのかと勘違いし、二人はひとしきり嘆いてから俯き、自分たちのしでかしたことを悔いて唇を噛んだ。

「あ。そうだ。なっちゃんたちが怪我してたら、これ渡せって御屋形様に言われてたんだ。さおりんの部屋にあったやつなんだけど、御屋形様がいいからもって行くようにって言ったから持ってきたよ~?」

悔しさとやるせなさで、猛省している香織と沙織を気にした様子もなく、普段通りの口調で穂香はそう言ってジャケットのボタンをはずし、内張に仕込んでいたモノを二人によく見えるように広げてみせた。

「っ!」

その見覚えのあるモノを見て沙織の目が輝く。

沙織が社外に仕事に行かないときに、入魂していた回復匕首の3本が穂香のジャケットの内張にきらめいていたのだ。

体力を回復する回復匕首が2本と、作るのが難しい、オーラを回復する入魂匕首の1本であった。

沙織がストックとしてとって作成しておいた特別な匕首だ。

媒体となる匕首が、業物であるほど入魂できるオーラ量が多い。

オーラを入魂するにも、元になる武器が上等であればあるほど効果が期待できるのだ。

そして、今回穂香が沙織の部屋から勝手に持ってきたものは、高嶺で用意できる最高級の業物の匕首である。

「わっ!」

沙織は、穂香のジャケットの内張に仕込まれていた3本の匕首をむしり取る。

穂香が可愛らしい声を上げるが、沙織は構わず3本の匕首を手に取ってから、穂香のことをチラリと見て、

「穂香ありがと」

と、ものすごい小声で恥ずかしそうに穂香に言ってから

「かおりん!ごめん。私1本使うよ?!かおりんはこっちのオーラ回復の使って。さっき即席で作ったオモチャみたいなメスに入魂したのとは段違いの効果があるはずだからっ」

と言うと、一気に自分の心臓目掛け突き立てた。

「うぐっ!」

どくん!と沙織の身体が一回だけ大きく痙攣する。

止めても無駄だし、止める気も無かった香織も、沙織が差し出している手から1つ匕首をとると、オーラ量を回復する入魂匕首を心臓に一気に突き立てた。

「さおりんが予備でつくってくれてたのは全部もってきたんだけど、それだけだから最後の一本は大事に使ってね~。最後のはなっちゃんにとっとくつもりかな?」

沙織は体力を、香織はオーラだけを回復させている。

回復を一気に受けて、前かがみになっている二人に、穂香がいつも通りののんびりとした口調で言う。

そして穂香は、沙織と香織の匕首から流れこんでくるオーラで回復しているのを横目に、さきほど沙織が蹴りつけていた扉に向かって、葵紋越前康継の鍔を左手の親指でくっと持ち上げた。

「さおりんは、ここ開けたかったんだよね~?・・ってもう斬っちゃったけど・・別によかったんだよね?」

そう言うと穂香が、とっくに抜いてしまっていた剣は、目で追うこと能わず既に迸っており、しかも、もうすでに鞘に元通り納まっている。

そして、厚さ5cmほどある金属製の扉がぐわんと重そうな金属音をさせて左右に真っ二つに割れて倒れだした。

「穂香・・。今回ばかりはマジで助かった・・」

いつも抜けたセリフばかり言う穂香に対して、常にイライラしていた沙織は本心からそう言ったが、面と向かって言えるほど大人ではなかった。

扉が倒れるより速く部屋の中に入った沙織は、力を失いボロリと崩れる匕首を投げ捨て駆けながらそう言ったのであった。

そして沙織は、目的のモノまで一直線に進み、ソレをやさしくそっと手に取った。

「無事だ・・!一人にさせてごめん・・!」

沙織は愛刀である瓶割刀を両手で握り、頬を当てて、目を閉じそう詫びると、さっと背中に背負って結び紐を止める。

そして、すぐ隣に置いてあった長刀も掴んで振り返る。

「かおりん!」

香織に向って、香織の愛刀である備前長船長光を香織に渡す。

オーラの入魂でオーラが回復した香織は、鍛錬された愛刀を受け取る。

「ありがとう沙織。・・【見】!」

香織は、鞘に収まった愛刀、備前長船長光の感触を懐かしむのは一瞬にして、得意の探知能力を本来の射程で全力展開させた。

「さすが沙織の入魂した匕首ですね・・。オーラがみなぎってきます・・・。【見】も問題なく使えるわ。・・さっきのところにまだいるわね袁揚仁!菊沢宏と・・戦ってる。あとは・・階層が違うけどこれが神田川真理・・ですね・・。何者かと交戦中・・というか、勝負はついていますね・・神田川の負けのようです」

「ふ~ん、神田川もうやられちゃってるのか・・・。まあ、もう私ら回復しちゃったし、なっちゃんさん用の回復匕首はかおりんが残してくれたから、薬箱の神田川にもう用はないっちゃ無いかな。神田川は無視で決定ってことで。それより御屋形様となっちゃんさんは?・・それと忘れちゃいけないのは、なっちゃんフリークのクソ蟷螂野郎だよ!あいつ私たちを売りやがって!ゆるさねえ!!ずったずたのナマス斬りにして回復匕首ぶち込んでまたナマス斬りにしてやりたいよっ!!」

「ダメよ。これは奈津紀の分として取っておきましょ?・・・穂香?御屋形様も一緒にきているのですよね?」

刀を取り戻し、体力もオーラもほぼ全開している沙織は、普段の調子を取り戻し、可愛らしい顔を憎悪で歪ませて息巻いているが、香織は冷静だ。

香織も沙織と同じくオーラに関してはほぼ全快し、【見】を最大範囲まで広げて索敵したものの、当主の高嶺弥佳子と、今や一番の敵となった張慈円を見つけられないことを不審に思い、穂香に向って聞いている。

「来てるよ~。一緒にきたもん」

「【見】では全く見えませんが・・・、張慈円もいません・・。なぜか【見】で探知できませんね。・・沙織の【不浄血怨嗟結界】のような妨害技能を広範囲に展開できる能力者でもいるのでしょうか?」

「どうだろ・・。アレ系の技をそんな広い範囲で使うってすごい大変なことだよ?一瞬ならともかく、ずっと展開するなんてめちゃんこ疲れちゃう。かおりんの【見】だってソナーみたく一瞬だけ広げるってのを連続して使ってるんでしょ?」

沙織のセリフに香織は「ええ」と応えつつ、索敵に漏れがないか【見】で探っている様子だ。

「それに、ここってそこまで広いのかな・・?かおりんの【見】って半径2kmもあるよね?」

「扁平に伸ばせば4kmぐらいになりますが、すでにそれは全方位やりました。ですが・・それでも御屋形様のオーラは見当たりませんね・・」

沙織のさらなる質問にも香織は能力を展開しつつ応えている。

「・・なにかあったのかな?」

まさか御屋形様に何かがあったのではと、沙織が心配そうな顔になって呟いたところで、能力を一時解除した香織が口を開いた。

「御屋形様に万が一などありえないとは思いますが、とりあえず、【見】にかかった反応は10人です。私たちを除くと7人。そのうちの4人が奈津紀、袁揚仁、菊沢宏、神田川真理ですね。のこり3人は心当たりのない波長のオーラでした。袁の手下の能力者とみるのが妥当でしょう。奈津紀はここからかなり近いところにいるわ。見張りが二人いるみたいだけど・・・穂香?相手は二人いるけど、私と行ってくれるかしら?」

穂香と沙織に向って、【見】で得た情報を伝える。

奈津紀の状況を先ほど袁揚仁のせいで知ってしまっている香織は、奈津紀の救出には自分が出向きたいところだが、体力は回復していない自分だけでは敵二人を相手取るのは不安があったため、穂香にそう促す。。

「私もなっちゃんさんの方に行きたいけど・・なっちゃんさんのほうはかおりんがいってくれるのね。じゃあ私は・・クソ蟷螂の場所がわかればそっちに行きたいんだけど、ここにいないんなら私は袁揚仁にさっき蹴られたお返しをしに行こっか?・・・いちおうグラサンにはさっき助けてもらった借りがあるよね・・?どうしようかおりん?」

沙織は背中に背負った瓶割刀の柄を右手で掴むと、可愛らしい童顔を好戦的な表情に変えて香織に聞く。

「そうですね。御屋形様のオーラが探知できないのも気になりますし、沙織は袁揚仁と戦っている菊沢宏に加勢し御屋形様のことを聞いてきてください。奈津紀の方は私と穂香に任せてください」

「了解!そこなら場所わかってるから行くね!待ってろよ~~!あのモヤシ男。私のこと蹴りやがって・・!思い知らせてやる!」

沙織はそう言うと、自分の方が先に袁揚仁を二度も蹴ったことを棚に上げて悪態をつくと、先ほど逃げてきた方向に向かって駆けて行った。

「穂香は私と来てください。神田川と袁の部下一人らしき者がいるところまでは遠いですし、まずは奈津紀の救出です。でも奈津紀の近くには、二人ほど能力者の見張りがいますから、穂香に手伝ってもらいたいのです。今、私のオーラは回復してますけど、体力的には微妙です・・。いいですか?」

「は~い。ぜんぜん敵に出くわさなくて退屈してたんだよね~。グラサンはぜんぜんしゃべんないし・・・。でも今度はかおりんについて行ったら、間違いなく敵に出会えそうだから穂香はかおりんと一緒にいくよ~。かおりんが戦えないなら二人とも私が狩っちゃっていいよね~?」

駆けていく沙織の背中を見送って穂香にそう言うと、穂香も普段の気の抜けた顔ながらも、目は笑っていない表情で快諾してきた。

香織は、備前長船長光の腰に佩くも、この部屋には服は何故かなく、いまだに患者衣のままである。

胸元から股間までばっくり開いてしまっている患者衣の前に3つしかないボタンをしっかりと留めると、香織は穂香と一緒に駆けだした。

【第10章  賞金を賭けられた美女たち 25話 揃う六刃仙3人 終わり】26話へ続く
筆者紹介

千景

Author:千景
訪問ありがとうございます。
ここでは私千景が書いた小説を紹介させて頂きたいと思います。
ほぼ私と同年代の既婚者が主役のものになるかと思います。登場人物同士が
つながりを持っていて別の物語では最初の物語の主人公が脇役を務める様な
小説全体につながりを持たせ想像を膨らませていけたらと思っております。
どうぞ宜しくお願い致します

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