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第10章  賞金を賭けられた美女たち 16話 神田川真理の回想~蜘蛛、最上凪の力~


第10章  賞金を賭けられた美女たち 16話 神田川真理の回想~蜘蛛、最上凪の力~

車中の後部座席は車の進行方向に向いておらず、車の左右の側面に平行となるよう配置されていて、搭乗者は向かいあって座っている。

運転手と助手席に座っている者を除けば、後部座席には4人の男女がいた。

菊沢美佳帆の夫である菊沢宏、その正面には高嶺製薬社長兼、高嶺暗殺集団の頭領である高嶺弥佳子、そしてその隣にはやや明るい髪の毛を緩いソバージュにしたにこやかな女性、大石穂香だ。

つい数時間前までは考えられない組合わせの面々である。

真理の正面に座る二人の女性は各々すぐ脇に刀を抱えるようにして持っている。

タイトスカートのスーツ姿の二人の女性は、上場企業高嶺製薬の幹部という立場を持っているが、それが全てではない。

高嶺製薬と言えば国内五大製薬会社の一つに数えられる大企業で、歴史は古く古都である京が創業地だが、もともとの発祥は富山の薬行商が始まりであると言われている。

江戸時代から薬の行商を兼ねて全国にネットワークを持ち、関所を抜け大名や大商人たちの後ろ暗い依頼をこなしてきた歴史があるのだ。

それゆえ、高嶺製薬が一部上場企業となった現代においてもその裏稼業は陰ながら、この国中の影の部分に食い込み色濃い影響力を持っている。

裏の世界では高嶺製薬と言えば、暗殺組織だと認識されているほどには名は知られているのだ。

そして、その17代目となる頭領の高嶺弥佳子と、六刃仙の一人、大石穂香が真理達の正面に座っていた。

その二人は宮コーにとっては、味方とは到底言い難い組織の幹部であり、また剣撃を攻撃の主体とする彼女らがこの距離で座っているので危険極まりない。

しかし、今は真理の能力【未来予知】には今は、危険反応は全く感じられなかった。

20秒程度先のことであれば、絶対の能力である【未来予知】を持つ真理はそれを狭い範囲の車中だけに展開しているが、今のところ全く危険は感知できないのだ。

そして、その能力を展開しているのをおそらく気付いている目の前の剣士二人も、真理のその行為を咎めることもない。

(余裕ね。どうぞご勝手にってこと?私の能力を知らないわけないのに・・。・・やっぱり今私たちに危害を加えるつもりはないか・・。いいわ。いい機会ね。高嶺や香港三合会の情報って完全にブラックボックスだから貴重な情報を得られる機会ととらえるべきだわ。今後も宮コーの妨げになるのは間違いない二つの組織だもの。かなり危険だけど、菊沢部長も一緒だしね。それに・・・備えあれば憂いなしだわ)

真理はその備えである最上凪から手渡された3つのアトマイザーの感触を、忍ばせた内ポケットにあるのを確認し、鈍い光沢のアーマースーツの上からそのふくらみを確認するように抑える。

最古参の秘書主任である最上凪は蜘蛛と呼ばれるだけあって、オーラを糸に変換できるが、さらに蜘蛛らしく毒もオーラで精製できるのだ。

渡されたアトマイザーは小型で、内包している毒も少量だが、その威力が絶大なのは真理も知っていた。

真理もその威力を、かつて凪が敵を屠る時に一度だけ見たことがあったからである。

目に見えないほどの細い糸で宙吊りにされていた男の口に、凪が一滴だけ深緑の液体を垂らしたのだ。

美しく艶やかで白い人差指から垂らされたその濃緑の水滴は、凪の白い指とは裏腹に禍々しいモノであった。

その濃緑の水滴が指先から離れ、糸で締めあげられ悶絶する男の唇に落ちて口内へ伝い落ち、舌の粘膜に触れた瞬間に男はビクンと仰け反って絶命したのだ。

即死だった。

今思い出しても身震いする。

しかし毒を飲まされる側からすれば、逆さに吊るされこれからどのような拷問を受けるのかと考えれば、瞬く間にその恐怖や痛み、辱めから解放されるだけある意味救われているのかも知れない。

凪が発生させる糸は、張力や粘性を調整でき、刺突性や斬撃性を持たせることもできるのは真理も知っている。

その糸だけでも凶悪であるのに、毒の威力も殺傷能力はまた凶悪なのだ。

しかし情報を持って入り人間が相手の場合はまた別の話である。

その毒の入ったアトマイザーを服の上から確認するように抑えて、真理は初めて凪が能力を使って戦っていた時のことを思いだす。

否、あれは戦いなどではなかった。

あまりにも一方的な殺戮であった。

5年ほど前、宮川家に侵入した曲者たちを凪が排除したときのことである。

真理や加奈子も連絡を受け、当時佐恵子も住む宮コー本社近くの宮川邸に急行したのだ。

都内の閑静な住宅街にあるひと際大きな屋敷が宮川家の本宅である。

当時佐恵子と、父の昭仁はそこに住んでおり、最上凪が会長秘書兼ボディガードとしてその屋敷に寝泊まりしていたのだ。

真理や加奈子も外部からの宮川家に対する強硬な攻撃は、その時が初めてでまだまだ入社して間もないころである。

宮川本宅に侵入した侵入者を排除せよ。と深夜に通達があったものの加奈子も真理も、どこか現実としてとらえきれずにいた。

そんな心情のまま、佐恵子の本宅へと駆けつけ門をくぐったのである。

門をくぐったすぐに匂いがした。

匂いの正体はすぐに分かった。

人間らしき死体が、門から玄関に掛けて2か所で散らばっていたのである。

一か所は無数のサイコロほどの大きさの肉片が血だまりの中で散乱しており、もう一か所は、足を投げ出し、両腕の関節はあり得ない方向へと曲がって、壁を背にへたり込んだ人間らしき形のモノの顔面に、1ミリにも満たない太さの鋭利な針のようなものが顔が見えなくなるほど突き刺さっていたのだ。

その光景と充満する血の匂いに戦慄した真理と加奈子の二人の耳に、屋敷内から阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえてくる。

銃声と音感の狂った高さでの男の悲鳴。

真理も加奈子も、悲鳴のする屋敷内へ飛び込むも、悲鳴の正体が複数あることから、この断末魔の悲鳴が、侵入した曲者たちの悲鳴だと直感していた。

玄関を抜け、廊下を走り、会長の書斎へと急ぐ。

角を曲がり、会長の部屋の入口のすぐそばには、右手に銃を持った男が壁に背を預けたまま立っていた。

しかし、その男の足元にはおびただしい血と臓器が散らばり、かろうじて立ったままの下半身の下には、肩口から腰に掛けて袈裟懸けに二つにされた、男の上半身が目を見開いたまま、血に濡れて床に落ちていた。

その凄まじい死骸をも通り過ぎ、真理達が会長の部屋へと入った時、最後の一人となった侵入者は、会長の部屋に美しく張り巡らされた幾何学模様の蜘蛛の巣の中央に囚われていたのだ。

そして糸によって宙に浮いたように見える最上凪が、穏やかな顔で、覆面を取られ恐怖に引きつった男の口元へその白い指先を向けていたのだ。

「来るのが遅い」

凪は真理達をチラと一瞥してそう言うと、その白い指先から濃緑の水滴を滴り落としたのだ。

あとで聞いた話では、最後の一人からは情報を吐かせるだけ吐かせた後、その毒で絶命させたとのことであった。

襲撃の連絡を受け、佐恵子らの身を案じ遅参した真理と加奈子は、入社数か月目にして、その凄まじい光景を目の当たりにしたのだった。

凪に屠られた曲者たちの最後は、最後の一人を除いて凄惨を極め、各々自分の血だまりの中で絶命していた。

そして、あれだけの凄惨な殺し方をしておきながら、自らは返り血を全く浴びず、凪の着る白いワンピースには一滴の血痕すらなかったのだ。

(・・会長はあんなバケモノをどこから連れてきたのかしら・・・。会長の命令にも従うし、佐恵子のことを気に入ってるからいいようなものの・・、他の十指と違って、蜘蛛だけは出自も経歴も不明。そしてあの強さに容赦のなさ・・。私、得体のしれない制御できないモノってキライなのよね・・)

当時宮コーに入社間もないころの出来事を思い出して、真理はごくりと生唾を飲み込み、ぶるりと身震いをしてしまう。

あの一件以来、本当の意味で宮コーの幹部社員としての覚悟ができたのだと真理は思っている。

味方でありながらも、真理をしてここまで肝を冷やさせるのが蜘蛛こと最上凪なのである。

凪に呼び出されたモブが、動物的直観で凪に恐怖したのも無理はないのだ。

その蜘蛛の唯一の弱点らしいものと言えば、糸は燃えるということでる。

そう、火で燃えるのだ。

それゆえに、蜘蛛に対抗しうる唯一のカードが紅蓮と言われているのだ。

あの蜘蛛に対抗しうるからこそ、紅蓮こそ十指最強と紅音は謡っていたのだが、当の最上凪はそのような俗的なランキングに興味がなさそうで、紅音の挑発ともとれる発言を聞き流し、ただただ宮川会長の傍らに侍って、美しいが憂いを含んだ無機質な表情で佇んでいるのみであった。


真理はその蜘蛛に、支社でこれら毒と薬の入ったアトマイザーを渡されていたのだ。

(得体のしれない人だけど、佐恵子のこととなれば無条件に信用できる一人・・よね?ちょっと苦手だけど・・。でもあの蜘蛛が会長から離れて佐恵子のところに派遣されるなんて、会長の身辺警護はどうなっているのかしら)

真理が更に疑問を掘り下げるように物思いに耽りはじめると、パタンとタブレットのモニタを閉じる音が正面から聞こえてきた。

おそらく作業がひと段落したのであろう。

真理の斜め前に座る高嶺弥佳子が、操作していたタブレットから顔を上げて、バッグにしまっていたところであった。

そして弥佳子は、ふぅと一息吐くと、ようやくと言った様子で、正面に座るサングラスの男に笑顔を向けて、脚を組みなおしたのだ。

真理も蜘蛛が会長の元から離れた理由を知りたかったが、情報の足りない今いくら考えてもおそらく無駄だという結論に達し、高嶺の頭領の動向のほうへと注意を向ける。

4人を乗せているバンは、普通車としては大きな車種だが、向かいあって座るとその距離は案外近い。

弥佳子の正面に座って腕を組んでいる宏の膝に、弥佳子の足先が触れんばかりの距離まで近づいて、その長く肉付きの良い脚が組みなおされるも、サングラスを掛けたその表情は変わらない。

「ふふっ、菊沢さん?奈津紀さんの和泉守兼定を返していただき改めてお礼をいいますよ」

弥佳子は部下を除けば車内にいる唯一の男に、下着が見えても構わないというつもりで足を組み替えたのだが、サングラスの奥の表情は読み取れなかったようだ。

宏から返してもらった兼定の黒漆拵えの鞘を優しく撫でながら、サングラスの奥の表情を読み取ろうと微笑を向けてそう言っている。

「ええねん。もともと俺のんやないんやし、相手に返せそうでほっとしたわ。それレプリカちゃうんやろ?モノホンの銘刀にオーラ鍛錬入魂させたもんか・・。エグイ切れ味に、信じられん強度やった。あの女の剣を受けた時、俺の鉄扇にキズがついてもたんやからな」

相変わらずのぶっきらぼうな表情と口調で宏がそう返したことに、弥佳子はその鋭い目元を驚きで見開き、少し身を乗り出してきた。

「奈津紀さんが兼定を使って振るった猛剣を鉄扇で受け止めたのですか?・・・むしろその鉄扇に興味が湧きましたね。今お持ちですか?」

「持ってるけど貸さへんで?」

「どうしてですか?貸せとはいってませんよ?見せてください」

弥佳子と宏のやり取りに、弥佳子の隣に座る六刃仙の一人である大石穂香が笑みを深めて、危険な雰囲気になり掛けたのをサングラス越しに捉えた宏はため息をついた。

さきほど支社でこの大石穂香という剣士の性格を知った宏は、しぶしぶ腰に差している鉄扇に手を伸ばす。

「はぁ、これや」

腰のベルトに刺していた鉄扇を弥佳子の方へ、柄を向けて突き出す。

「ほう・・・。どれ・・これは」

宏の手から鉄扇を受け取った弥佳子は、興味深そうにしげしげと眺めはじめた。

当主の思惑通りに事が進んだことに気をよくしたのか、大石穂香も普通の笑顔でニコニコとしている。

「ふむ・・。素晴らしい。なかなかのモノですが、銘が打ってありませんね?これほどのモノです。さぞ名のある名工の作と見受けますが?」

暫く宏の鉄扇を鑑定するようにして見ていた弥佳子は、宏に問いかける。

「それはうちの奥様作や」

「なんと。・・其方にもこれほどのモノを入魂できる工匠がいようとは・・。菊沢さんの奥様さまにも興味が湧いてきました。この仕事が終われば是非奥様にもお会いしたいですね」

柳眉を跳ね上げ、佳絶の女剣士は先ほどより驚いた様子である。

弥佳子は、しばらくその重さや長さを確認しつつ、扇子を開いて仰ぎ、パチリと閉じては、手と指で鉄扇の使い心地を確かめるように舞わせている。

しかし、最後は多少名残惜しそうにしながらも弥佳子は鉄扇の柄を宏に向け返してきた。

その一連の所作は暗殺集団のトップとは思えないほど女性的かつ優雅で、剣士というよりも、舞踊でも嗜み、身も心も成熟した妖艶な女の色香すら漂っている。

しかし宏は、弥佳子のその優雅で色っぽい所作など知ったことではないようで、妻から貰った大事な鉄扇をひったくるようにして取り返すと、腰の後ろのベルトに差してしまった。

「なるほど・・」

弥佳子も宏という人物を少しわかったようで、鉄扇をひったくられたにも関わらず、笑顔でそう言ったのであった。

そのときである。

「なんかさー、似てるよね~?」

その二人のやり取りの隣で、大石穂香がやや大きめの声でそう言った。

弥佳子と宏のやり取りを見ていた真理は、その突拍子もなく屈託のない声に顔を向けると、真理の顔を伺いみるようにして緩いソバージュの剣士、大石穂香が顔を近づけてきてそう言っているのだった。

「何にですか?私が何かに似ているのですか?」

真理はいつものキラースマイルの表情を穂香に返して、そう言葉でも返すも、内心では穂香の発言の意図することを探ろうと、顔には出さず、頭を目まぐるしく活動させだす。

「なーんかさ。うーん・・・やっぱり似てるのよね~」

「穂香さん、そんなにジロジロ見ていては失礼ですよ?神田川家のご令嬢に失礼というものです。ごめんなさいね神田川さん」

形の良いアゴに手を当てて首を傾げている穂香の様子を弥佳子が困った子ね、といった調子で窘める。

おそらく、この大石穂香という剣士の行動や発言は毎度のことなのであろう。

頭領である高嶺弥佳子も、またですか、やれやれ・・といった様子なのが伝わってくる。

そんな問題児でも、高嶺の6人の最高幹部である六刃仙の一人に据えられているのだ。

(加奈子と渡り合うほどの腕前・・。気の抜けた炭酸水みたいな口調と顔だけど、剣の実力は確かなのね。高嶺弥佳子は高嶺製薬でも無能な者に対する厳しさは苛烈と言われてる。・・・でもこの気の抜けた炭酸水女を六刃仙に据えて、バカな発言や行動をある程度許しているということは・・・相当腕が立つ・・そういうことよね)

心中では毒舌家の真理は、大石穂香のことを「気の抜けた炭酸水」と評価したものの、穂香は容姿だけでいえば、十分美人なのだが、まとった雰囲気がものすごく緩いため、そう評したのだ。

「御屋形さまに似てない~?・・目元や眉は御屋形様のほうがずいぶん鋭いけど、口元や顎とか耳とかってクリソツだよ~。あと肩幅とか・・。・・・えいっ、鎖骨の形とかも・・・ほらね~」

「えっ?きゃっ!?」

真理が、あまりのことに声をあげる。

鎖骨の形を確認するために、穂香が真理の着ているアーマースーツのファスナー部分をジッ!とお臍の上ぐらいまで下ろしたのだ。


【未来予知】は悪意に反応し、決めた対象の人物に及ぶ危険、さらに自身の身体に触れる感覚に反応する。

危険がない行為や、悪意がない行為自体はいかに【未来予知】といえども感知しにくいのだ。

20秒以内と言っても、1~20秒の間で察知できる危険の種類は様々である。

当然、ファスナーのツマミ部分だけを摘まんで引き下ろすという行為にも、反応したのだが、穂香がそうしようと思ったのは行為に及ぶ1秒にも満たない寸前だったのだ。

それゆえ、真理の能力が穂香の行動を察知し、真理が行動を起こすより早く、穂香は素早くファスナーを引き下ろしたのであった。

「こらこら穂香さん。何をしてるんですか!・・神田川さんに謝りなさい」

「だって~」

頭領に腕を掴まれてそう言われた穂香は、そう言いながらしぶしぶとファスナーのツマミから手を離した。

「・・でも神田川さんもお淑やかな顔してなかなかの凶器を隠してましたね」

弥佳子も部下の突然の不躾を繕うように、軽く冗談めかして言いながら、軽く穂香の側頭部をグーで小突いていた。


「御屋形様いたい~」

弥佳子と穂香のやり取りを見て真理はジッ!と勢いよくファスナーを上まで上げ直し、今度はフォックも締めなおす。

そんな真理を見ながら弥佳子は口を開いた。

「神田川と高嶺は親交があったと聞きます。ずいぶん昔のことですけどね。高嶺が洛中の久我や細川と懇意にしだした時代、洛中の名家と親しい間柄だった神田川家と高嶺家で親交が始まったと聞き及んでいます。・・かつては両家の間で何度か嫁ぎ合ったことあるとも・・。ですので、神田川さんが私と似ているのは、そういう時期の名残なのかもしれませんね。・・・でも今は親交は途絶えていますし、今の神田川は京の洛中や堺より、幕府の庇護を受けた元豪商、かつては札差として江戸の春を謳歌し財を成した宮川家と懇意ですね。・・とても残念です」

「そうなんだ~。ほら御屋形様。この子、目元隠すと御屋形様にクリソツだよ~」

当主に頭を小突かれたというのに、穂香は懲りずに真理の顔に手のひらを向けて、真理の目元が隠れるようにして、弥佳子と真理を交互に見ては嬉しそうにそう言った。

「・・・言われてみればそうですね。【未来予知】に興味があったのと、その能力が潜入ミッションには打ってつけと思って神田川さんを指名したのですが、私も貴女の能力以外に、貴女自身に親近感がわいてきました。今回の件、どうぞよろしくお願いしますね」

「ええ、此方こそお願い致します」

暗殺集団のトップとも思えぬにこやかな笑みを向けられた真理もそう応えたが、真理も、言われてみればと思い、見過ぎない程度に弥佳子の顔をマジマジと観察して、なるほど、似てるかもと思ってしまった。

真理の目元は、母親似であるのだ。

目以外は、父や祖父とも似ていなかったが特に気にしたこともない。

その母は控えめな性格ながらも、娘が家から飛び出した今も名門神田川家の妻として頑張っていることを真理は思い出す。

(お母さま元気にしているかしら。今回の仕事が終わったら一度顔を見せに行ってもいいかもしれないわね)

高嶺の頭領と自分の背格好や容姿が似ているのは偶然だと思うが、それで高嶺弥佳子が自分に対して親近感を持ったほうが、仕事がしやすくなると真理は考えている。

それよりも、いま真理は菩薩の笑顔とは裏腹に、ヌケタン女(気の抜けた炭酸水のような口調と表情の女)の突然の行動に憤っていた。

(それより・・・いきなりなにするのよこの子・・。【未来予知】での探知がものすごく直前だったわ・・・。ということは、このヌケタン女、考えずに行動するタイプね・・。思いついたら即動いちゃうタイプだわ・・。それに、思いついてからの行動がものすごく早い・・。苦手なタイプね・・)

そして、先ほど丸出しにされたノーブラの胸を隠すように抑えながらチラリと隣に座る宏の様子を伺った。

サングラスで隠れてはいるが、宏は口をへの字にして腕を組んでいる。

「・・見ました?」

「・・すまん」

真理のジト目での発言に宏は正面を向き、腕を組んだ格好のまま気まずそうに応え返してくれた。

「はぁ、不可抗力です」

真理はそう言うと、正面のヌケタン女を菩薩の笑顔で睨みつける。

(・・・菊沢部長にはもっと然るべきシチュエーションで見てもらうかもしれなかったのに・・。効果が半減だわ・・ったく・・何してくれてんのよ)

いわゆる普通の女性とは違う斜め上の嗜好を地で行く真理は、心中で穂香を罵ったものの、真理の表情には菩薩の笑顔が浮かんでいる。

そのためか、ヌケタン女と真理に心中で罵られている大石穂香は、真理の心境など知らず、真理の菩薩の笑顔にニコニコと笑顔を返していた。

神田川真理がただの気の良い才媛ではないことを少し感づいている菊沢宏だけは、笑顔の真理が濃厚なオーラを発していることに少しだけ気づいていたが、丸出しにされた真理のバストをガッツリ見てしまった自分がこのタイミングで何かを言うのは憚られたようで、宏は相変わらずむっつりと腕を組んで座っているだけであった。

「到着いたしました」

真理が憤懣を心中で募らせ、心中で更に毒舌を並べようとしたときに運転席から、後部座先の面々へと、いや当主の高嶺弥佳子に向けて声が掛けられる。

「では皆さん。張慈円が迎える最後の日です。幸い月も出てますから、クズとは言え、張慈円を往生させるには良い夜ですよ。行きましょうか」

高嶺弥佳子はそう言うと、腰に二振りの刀を差して車から降り立った。

その表情は猛禽類が獲物を狙うようでありながらも、佳絶の見目は損なわれてはいないのであった。

【第10章  賞金を賭けられた美女たち 16話 神田川真理の回想~蜘蛛、最上凪の力~終わり】17話へ続く

第10章  賞金を賭けられた美女たち 17話 高峰弥佳子ついに潜入

第10章  賞金を賭けられた美女たち 17話 高峰弥佳子ついに潜入

緩やかな弧を描く港の埠頭は、すでに暗闇に包まれていた。

かつては大量の丸太を浮かべていたであろう港の水面には材木もなく、荷役作業を行うヤードにも人影がなくなって久しい様子である。

磯の臭いが漂い、小さな波濤が岸壁に当たる音が響いているほかには、少し離れた上空に掛けられた高架道路から車の走行音がわずかに聞こえてくるだけで、倉庫街は寂れ切っていた。

埠頭沿いは水銀灯が広い間隔で立ち並び周囲を照らすも、淡い灯りだけでは闇を消しきれず、冬の到来を匂わせる海風を更に冷たく感じさせている。

そんな人気のない埠頭沿いを進む者たちがいた。

ところどころヒビの入ったコンクリートの地面から突き出した大きなH鋼を縫うように駆け、二つの影は気配を立ち、月灯りに映される自身の影を見せぬように闇から闇へと身を隠しながら足音もなく進んでいる。

二人が目指している大きな倉庫は入口が開いており、倉庫内部から列車が通るようなレールが見え、倉庫の天井には使われなくなったクレーンのフックが錆び塗れでぶら下がり、倉庫の入口は真っ暗な大きな口を不気味に開けていた。

真っ暗で不気味に見えるが、侵入自体は容易だろう。

なぜなら二つの影の一人、神田川真理には、【未来予知】があり、人の突然の感情などの変化による未来は予測しにくい部分があるが、潜入や危険予測に関しての精度は極めて高いからだ。

その真理が、自分より少し前を先行する弥佳子の背に、制止を呼びかけた。

「これ以上近づけば見つかるわ」

真理の目には、弥佳子の数メートルほど先からが危険を表す色、黄褐色が見えていた。

そして真理の脳裏には、その黄褐色に入ると、倉庫の隣にある鉄塔から投光器が向けられるイメージが流れ込んでくる。

「ふむ・・・」

背後の真理の発言に、弥佳子は感心したような声をあげた。

弥佳子も、ここから見れば小箱のように小さく見える鉄塔の先端部分に人の気配があるのはわかっていた。

しかし、弥佳子は首を少しだけ振り返って真理に問いかけた。

「本当ですか?」

弥佳子は【未来予知】を試してみたくなったのだろう。

弥佳子も真理も、お互い相手の仕事のスタイルなど詳しく知るはずもない。

高嶺弥佳子がそんな軽率ではないとは思いつつも、一応と思い真理は口を開いた。

「・・・この距離で見つかってしまうと、私の力では敵が仲間に侵入を知らせるより早く仕留めることは難しいの。それに、張慈円に逃げられてしまう可能性を上げる行動は慎むべきでは?」

真理は不敵に笑う弥佳子の反応を伺うように慎重に窘めた。

「たしかに・・。私の見立てではこちら側の外にはあの鉄塔のみにしか人はいないようですね?神田川さんの【未来予知】にあそこ以外からの反応はありますか?」

真理の言葉に素直にうなずくと弥佳子は、積み上げられ朽ち果てた材木の影に身を隠し、すぐ後ろの真理に向って聞く。

「私の能力は探知能力ではありません。・・でも、いまのところ映し出されている未来は、あの鉄塔の上の二人の行動。ライフルが一人、もう一人は丸腰だけど、ライフルが応戦している間に仲間に知らせる係でしょうね。だから通信機器を持っていると考えるのが妥当です。ここは軽率に行動せず、裏口に回った菊沢部長たちの陽動を待つか、迂回するべきです。私の能力を使えばすこし時間はかかりますが、警戒網を抜けるルートなら見えてます。見つからずに侵入できますよ?・・それとも、高嶺さんはこの距離を敵に探知されずに突破ができる能力をお持ちなんですか?」

「・・ふふっ」

弥佳子は真理の不躾な返答に面食らい、そして愉快そうに笑った。。

普段従えている六刃仙や十鬼集の面々たちとは、弥佳子に忠実だが目の前の真理のようは口の聞き方はしない。

弥佳子は、普段部下たちからは経験できない、真理の新鮮な反応がつい嬉しくなってしまったのであった。

「なるほどなるほど・・。宮川さんもなかなかいい部下をお持ちですね。でも時間はかけたくありません。迂回して見つからずに侵入するのに要する時間はどのぐらいですか?」

「30分」

「じゃあ却下ですね」

「では何か手があると?」

「神田川さんは万が一私とはぐれても、【未来予知】があれば何とか一人でもどうにでもなりますよね?もちろんそうならないようにはしますが、張慈円がいれば場合によっては私だけで戦いたいのです」

(邪魔ってこと?じゃあなんでボクたちを連れてきたのよ)

真理は心中では速攻で突っ込みを入れる。

「そうですか。ボクのことはお構いなく」

そのため、つい口癖になってしまっている一人称が実際の口からも飛び出してしまった。

真理は以前、弥佳子の部下のゴスロリ二刀こと南川沙織に惨敗したことがあるのだ。

【未来予知】があっても、誰が相手でも身を守れるわけではない。

今の真理は、牡丹の花を咲かせたような表情の演技はしておらず、完全に素であった。

それゆえ真理にしてはつい素で答えしまい、;一人称を「ボク」と言ってしまったことに、少しだけバツが悪そうに眼を逸らした。

将来的に高い確率で敵になる相手に演技をする気にもなれなかったからでもあるが、真理にしては珍しい失態である。

「ボ・・ボク?・・ふふっ・・。ほんとうに・・。経団連のカンファレンスやテレビの取材の時とはずいぶん様子が違いますね神田川さん?・・・でも、私はそっちの貴女のほうが好きかもしれません。その貴女は宮川さんもご存じなのですか?」

「さあ、どうでしょう」

真理はそっけなく返す。

そんな真理の様子に、弥佳子はクスリと笑うと、身を隠していた材木から歩を進め月明りに姿を晒した。

「ちょっ!何を?!・・みつかるわ!」

なんの前触れもなく、無警戒に出て行った弥佳子を制止ようと真理が手を伸ばすも間に合わなかった。

真理の目で映る黄褐色になったラインを弥佳子が越えた瞬間、鉄塔からまばゆいライトが向けられ、弥佳子の姿がライトの逆光で影になる。はずだった。

しかし、其処に弥佳子の姿はすでにない。

照らされた先は何もなく、やや濡れたひび割れだらけのコンクリートの地面を楕円形のライトの跡が照らしているのみである。

鉄塔の上部からは、慌てた様子の男の声が聞こえてくるが、男たちの上げた短い悲鳴のあと、聞こえなくなった。

「ふぅ、やはり二人だけでしたね。それに神田川さんの【未来予知】の精度は流石です。穂香に胸を露出させられたときは、どうかと思ったのですが、相手が自分より速く動く相手には対応ができないということかしら?」

「え?」

真理は声のする方へ顔を向ける。

見上げた先は真理のすぐ頭上で、その木材の瓦礫の上ではしゃがんだ格好で、チン!と納刀したところの弥佳子が鉄塔の方を眺めていた。

「片付きましたよ。これで迂回せず堂々と入れますね。行きましょうか神田川さん?」

弥佳子は、そう言って瓦礫の向こう側にぴょんと飛び降りて行ってしまった。

向こう側で足音なく着地して、歩いている弥佳子に真理も追いつく。

鉄塔のすぐ下まで歩いてきたとき、嗅覚を強化しなくても完全に血とわかる臭いが、鼻孔をくすぐる。

鉄塔の上にいた二人の見張りからだろう。

弥佳子が腰に帯びている刀で屠ったのなら、弥佳子の刀からも血の臭いがするはずなのだが、弥佳子からはそういった臭いは一切してこない。

(私の能力を試しただけ?それだけで敵に見つかったっていうの?それにしたってあの鉄塔にいた見張りの二人を・・)

「どうやって・・?」

真理が前を歩く弥佳子の背にそう声をかけたが、弥佳子や少しだけ振り返り、左の腰に帯びている刀の柄の部分を、ポンポンと叩いて笑顔を返してきたのみであった。

(・・あの距離、鉄塔を取り巻く鉄の格子まであったのに、いったいどうやって?佐恵子の髪を斬った時と言い、この力は絶対に剣技だけじゃ無いわ。この女が空間を操るっていうのは有名な話だけど、どういう感じで空間を?・・・実際にどんな能力かちゃんと見極めてあげるわよ。一緒に来たことを後で後悔させてやるんだから・・。それにしても私や菊沢さんを連れてくる意味なんてあったのかしら・・・?高嶺弥佳子自身がここまでの強さで、ゴスロリやムチムチハム子みたいな部下がいるんなら、そいつらを連れてくればいいのに・・。あいつらがSで負傷したとしても六刃仙でしょ?ハム子、ゴスロリ以外にもあと4人もいるはずよ?たしか大石穂香っていうソバージュ女も六刃仙らしいけど、なんでこんな少人数で来たのかしら?なぜ私や菊沢部長を・・?・・三合会の張慈円の警護任務を失敗したことを揉み消したいなら、自分たちですればいいのに・・。いくら任務失敗の証拠隠滅って言ったって、表向き宮川からの依頼というカタチが欲しいにしても・・私たち自身が目撃者になっちゃうじゃない。張慈円は確かに手ごわい相手でしょうけど、この女と六刃仙が何人かでかかれば圧倒できるるんじゃない?張慈円の部下の劉幸喜は私にも敵わない程度の腕なのよ?・・・なにか理由があるのかしら・・?私たちを連れてこなきゃいけない理由が)

真理が背後で思案しているのをなんとなく感じ取った弥佳子は、出来るだけ言葉を交わさず先を急いでいた。

高嶺弥佳子は宮コーに「張慈円の殺害」を依頼されたことになっているが、真の狙いはそれではない。

張慈円を消すつもりではいるが、今回のミッションの本当の目的は、連絡が途絶えている3人の部下の救出である。

弥佳子の中ではそれが最優先事項なのだ。

宮川の人間にそれを知られるのは都合が悪い。

弥佳子は場合によっては張慈円を始末するつもりでいるが、部下の3人の救出を優先させるつもりである。

Sでの【残り香】の情報では、菊沢宏ならおそらく張慈円を圧倒できるということはわかっている。

弥佳子は奈津紀たちを救出している際に、菊沢宏なら張慈円に対抗できると踏んでいるのだ。

そして万一に備え【未来予知】と【治療】を持つ神田川真理。

六刃仙の大石穂香はサイコパスな問題児ながらも、今回張慈円と相見舞えても、命を落とす可能性は低く、腕は文句なしであるし弥佳子の命令であれば言うことを聞く。

穂香は沙織以上に単独行動させるには不安だらけの超問題児だが、剣の腕は一級品である。

そして穂香の強さは、剣技の腕前だけでなくその性格にあった。

太刀筋にいっさいの迷いがないのだ。

考えるよりも先に身体が動くタイプである。

大石穂香は、真理の【未来予知】に反映しにくいサイコパス天然なのである。

沙織と犬猿の仲なのが懸念事項ではあるが、穂香以外に今回の適任者はいない。

現在六刃仙は、千原奈津紀、前迫香織、南川沙織、井川栄一、大石穂香の5人で、一つ席は空いている。

近々、六刃仙の下部組織である十鬼集から抜擢しようと思ってはいるが、弥佳子は迷っていた。

宮コー関西支社に人質として置いてきた静ならば、六刃仙として実力的にも性格的にも問題はないが、高嶺静は、奈津紀と違い、弥佳子の親族として門下生にも広く知れ渡ってしまっている。

静と実力が拮抗してきている十鬼集も何人かいるなかで、静の抜擢はためらわれたのだ。

(いまは、奈津紀さんたちの救出が最優先だわ。好色な張慈円のことです・・・。女として最悪の事態もありうるかもしれません。急がなくては・・・。対外的な名目としては宮コーに「張慈円の殺害依頼」を出させた。あとは、張慈円と奈津紀さんたちの状況次第・・。神田川真理の【未来予知】がもう少し先まで見通せるかと思いましたが、流石にそこまで先は見通せないようですね・・・。こうなったら回復係として割り切ることにしましょう)

高嶺暗殺集団がアウトローな組織だといえ、このタイミングで理由もなく香港三合会の一角である張慈円を殺害してしまうと、高嶺は張慈円が依頼した仕事を全うできなかったことを揉み消すために張慈円を手に掛けた、と思われるのを避けなければならない。

それに、いまだ未確認事項だが、張慈円がすでに高嶺を裏切り、千原奈津紀、前迫香織、南川沙織の3名をすでに害していた場合、迅速に対処も必要になる。

十鬼集の面々を使って【残り香】で孤島Sをくまなく調べさせた結果、島を離脱するタイミングでは張慈円も奈津紀ら3人も、まだ生きていたことは確認している。

六刃仙の3人が生きているにも関わらず、3人とは連絡が取れず、張慈円とも連絡が取れない。

「急ぎましょう」

弥佳子は後ろの真理にそう言うと、大きな口を開けた暗い倉庫へと駆け出していった。

一方、倉庫の内部では、袁揚仁が二人の部下の報告を聞いていた。

「で、無事逃がせてあげられたんだね?」

「はい。下っ端も含めて清水たちは全員無事です」

「うん、ご苦労様。あの人たちはまだ働いてくれそうだからね」

袁揚仁のそのセリフに、報告をし終わった和柄ジャンパーの男は不満そうに眉をひそませた。

「しかし、あの男たちが今後もそう役に立ちますかね?」

ボスからの命令とはいえ、商売敵でもある者たちの逃走の手助けをさせられたのだ。

「ロウさんは不満なんだね?でも現に彼らは役に立ってるじゃないか?ロウさんたちもいままで5000万クラスの能力者を何人か狩ってくれてるけどさ。当時5億越えだった紅蓮を狩れたかい?」

ワイングラスを片手に燻らせ、背もたれに身を預けたままそう言う袁揚仁に、和柄ジャンバーこと、中国系アメリカ人であるスティッキー・ロウは口を噤まざるを得なかった。

ロウは宮コーの紅蓮とは一度だけ戦ったことがある。

もっとも相手はロウのことなど覚えてもいないだろうが・・。

数年前、アフリカ・コンゴでのことだ。

レアメタルであるコバルトの採掘権を狙っていた日本政府が、現地法人にと派遣してきた組織が宮コーだったのだ。

コンゴの銅やコバルトは中国本国ががっちり抑えた市場であり、コンゴにおける金属は袁揚仁率いる三合会が現地の採掘場や、現地の要人警護に当たっていたのだ。

表向きは香港三合会の名が出ているわけではないが、最初から穏便な話し合いだけでは終わらないと踏んでいた日本政府は宮コー内部でも特に荒事に強いメンバーを送り込んできていた。

日本政府が先遣隊と要人警護を兼ねて派遣してきたのが、宮川コーポレーションの紅蓮こと緋村紅音たちであったのだ。

本国は日本に絶対に採掘権は渡さない。コンゴに入国した日本人は全員事故死したことにせよ。

との命令が本国から三合会を通じてロウたちには下っていた。

もともと採掘利権で得ている莫大な収益を割譲するつもりなどサラサラなかったロウたちも、本国からの命令は大いに納得でき、また、ロウの部下たちも娯楽もない山奥での退屈な仕事にちょうど刺激を求めていたのだった。

そこへ刺激の強い仮想敵国である日本が、物資とお金と女を寄こしてくるというのである。

燃えざるを得ない。

ロウは、綿密に計画を立て、大使館からでて、現地視察に向かった日本政府高官と、現地で採掘業務を行う法人として決定している宮コーの職員に襲撃を掛ける予定であった。。

しかし襲撃を掛けるどころか、逆に襲われてしまった。

順調に獲物を予定通りの場所に誘い込み、手下の数もそろえ、地の利もあったというのにロウは命辛々逃げ帰る羽目になった。

日本人視察団の案内役には息のかかった現地人を送り込み嘘の道へと誘い込んだのだ。

そして部下たちには、紅蓮たちを奇襲させようと待ち伏せさせていたが、奇襲をするどころか、用意していた武器のはるか射程距離外から逆に紅蓮に探知されてしまい、大火球の雨という猛烈な先制攻撃を受け、まともに戦う前からほとんどの部下は死んでしまったのだ。

しかし、その火の雨を掻い潜り、残った数人の能力者の精鋭たちで紅蓮率いる宮コーの能力者たちに戦いを挑んだのだが、結果はロウ一人を残して全滅してしまう。

ロウを含め、ロウの部下たちも能力者としては武闘派で肉体強化に長けており、たいていの能力者なら叩きのめすことが可能だ・・と思っていた。

紅蓮は術者寄りで、肉弾戦に持ち込めばどうにでもなるはずだと思っていた。

日本の能力者は、紅蓮と紅蓮にいつもついているロン毛野郎だけでたったの二人というたしかな情報も持っていた。

ロン毛野郎は叩きのめし、紅蓮は部下や同僚の目の前で犯す。

日本という好きになれない国の大企業のエリートキャリアウーマンであり、有名な能力者でもある紅蓮をアフリカの地で犯し、そして事故死したことにするはずだった。

こういう筋書きだった。

しかし、その筋書きはとんだ見当違いな目論見だったのだ。

ほとんどの部下は、紅蓮が振らせた火の玉の雨で死んだか、逃げ散ってしまった。

それでも、何人かの犠牲を払って火の玉の雨と、周囲を焦がす炎熱を乗り越え、紅蓮の表情がわかるまでなんとか近づけた時、ロウは突っ込んだことを後悔した。

紅蓮の表情には焦りなどみじんもなく、殺戮を楽しんでいる様子すらなかった。

こっちは決死の覚悟で紅蓮と近接戦闘に持ち込もうと熱波のなか散々苦労したというのに、火傷とススだらけになったロウたちを見た紅蓮は、本当にめんどくさそうに、大げさにため息をついてから、隣に控えている長髪ロン毛の男に、手ぶり身振りを交えて抗議をしていたのだ。

「あ~・・まだこんなにいるじゃない!めんどくさいわねえ。何匹めよ!暑っついし、食事はマズし、シャワーなんて水しか出なかったのよ?!部屋にはでっかいわけわかんない虫がいるしさあ!あ~っ!もうこんなところもう嫌!汗もかいちゃうし、服もドロだらけ!」

「いや・・こいつらとそんなことは関係がないだろう?・・それに熱いのは紅音が腹立ちまぎれに火の玉を乱射したからだぞ?ナパーム弾みたいにそのあたりをこんなに焼いてしまって、山間部とはいえこんなに焼いてしまうと農民や現地の人たちは困るんじゃないのか?」

待ち伏せをし、奇襲をかけ、楽に仕事を済ませるつもりだったとはいえ、こういう鉄火場ともなればロウたちのような裏家業の人間なら命を懸ける覚悟になる。

しかし、紅蓮たちはまるで場違いな痴話ゲンカを火の海となったジャングルで行っていたのだ。

「丸岳君細かいわね!こんなところに潜んでるやつがまともなヤツなわけないでしょ?!」

赤毛を振り乱し、手を払うようにしてから腰に手をあて、ぷくっとほほを膨らませている紅蓮の仕草は、芝居がかっておらず、本当に普段からこういう傲慢な態度を素で取れているのだとわかる雰囲気があった。

「いや、しかしだな・・。この国ではこういうところに住んでいる人たちも・・」

長髪ロン毛男こと丸岳貴司も、そんな紅蓮を宥めるのは毎日のことのようで、妙に慣れた仕草であった。

「森の中に隠れられてたらイチイチ探すのがめんどくさいじゃない!・・あっ!ほら!そこにも火に追われて出てきたでしょ?虫たちがさ!」

「そうだな・・。まあ、とりあえず俺たちに敵対しているのは間違いなさそうだ。片づけるか」

「あ~もう面倒ね。クリーニングしてるスーツはもうこれ一着しかないってのにぃ!」

紅蓮はそう悪態をつくと、周囲に発生させた熱で赤毛を逆立たせ、両手に炎をまとい、童顔を歪ませ、たじろぐロウの精鋭の部下たちを、言葉通り羽虫かなにかを払うかの如く、煩わしそうに片手をぶん!振って発生させた炎の波で吹き飛ばしたのであった。

その時のロウの記憶はそこまでである。

波濤のように迫りくる炎で薙ぎ払われ、近くにあった川に運よく転げ落ちたロウが目を覚ましたのは、現地から数キロ離れた川べりだったのだ。

(とても無理だ。くそっ・・清水たちのような無能力に近い奴らが一体どうやって紅蓮みたいな能力者を打ち破ったんだ・・?)

あの時の光景が脳裏によみがえり、無意識に身体を強張らせてしまう。

「でしょ?あのときは僕も大損させられたからね。僕もだけど、ロウさんも紅蓮があそこまでぶっ飛んだヤツだなんて思わなかったんじゃない?あの採掘権は宮コーに奪われたのは商売的にも痛かったんだけど・・、なにより僕ら三合会のメンツを丸つぶしにしてくれたことのほうがよっぽど痛かったよ・・・。でも清水さんたちは、僕らに辛酸をなめさせた紅蓮を地べたに落として裸に剥いて這いずり回らせてくれたんだからね。その痴態はネットでいまも多くの人たちに視聴され続けてる。これでようやくあの時の溜飲が下がるってもんだよ。だから清水さんたちの働きは収益以上に評価してるし、これからも、まだまだ頑張ってもらいたいのさ。彼らがどんな手を使ったかは調べる必要があるけど、彼らは役に立つ。異存ないよね?」

ロウはこたえられなかったが、その表情には言葉以上に答えが書いてあったのだろう。

袁揚仁は無言のロウが渋々ながらも納得したことがわかったようで、頷いてからテーブルに置いてあるモニタに目をうつした。

モニタに移る映像はロウからは見えないが、袁揚仁はモニタに映る前迫香織の様子に満足そうに笑うと、手にしていたグラスをテーブルに置き、ロウに向かって手を軽く上げた。

ロウは長年の経験から、その袁揚仁の仕草が「用件は終わった退室しろ」という合図だとわかっていた。

ボスとはいえ年下の者に取られる態度としては一言思うところはあるが、以前コンゴでの失態のことをこれ以上深堀されては面白くないと思ったロウは、長居は無用と、軽く頭を下げて踵を返すと部屋を後にしたのだった。

ロウが退室し、足音と気配が遠くまで離れたことを聴力強化で確認した袁揚仁は、モニタの音量をミュート解除した。

「ああぁつ!ああまた逝くっ!ああ!逝ってしまいます!」

途端に女性の嬌声が大音量で漏れ出したのだ。

袁揚仁が座るデスクの上にはタブレット程度の大きさのモニタがあり、その中では前迫香織が粗末なベッドの上で膝をつき、頬で体重を支える格好になっていた。

長い脚が特徴的だが丸みのある魅力的なヒップを突き上げ、両手は両足の間から股間付近のばされており、せわしなく厭らしい粘着音を響かせて指オナニーにいそしんでいる姿が映し出されている。

長い髪はシーツの上を伝い、ベッドから床に流れ出るようにして乱れている。

「普段真面目な子ほど、内面はエロいんだよね」

複数あるカメラを操作し、モニタに映る画面を割り振ると、画面の左半分には突き上げているヒップがよくわかる香織の全体を見下ろす画像と、右半分の画面にはほほを固いベッドに押し付け、自慰の快感で歪んだ香織の顔が長い髪で隠されているが、その口元はだらしなく開けられ、熱い吐息を吐いている様子がアップに映されている。

「エロいけど、これじゃ前迫香織さんだってわからないな・・」

そうつぶやくと、袁揚仁は前迫香織が刀を腰に帯び、スーツ姿で凛々しい表情で高嶺製薬本社内を颯爽と歩く姿を画面に追加してやった。

「いいね。このアへ顔だけみたら前迫香織だってわからない人が大勢いるだろうから、こういう一手間を掛けてあげるのはサービス業の基本だよね」

モニタには、すでに患者衣をはだけて全裸になった香織が、ヒップを突き上げ、股間を両手で忙しく慰めている映像と、自慰で何度も果てているアへ顔アップと、スーツ姿で高嶺製薬内での仕事をしている前迫香織が映されている。

画面内の映像が満足のいく配置になったところで袁揚仁は、ロウが入室する前からいる来客に声を掛けた。

「どう?君もこういうハントに参加してくれないかな?君ならずいぶん稼げると思うんだけど?」

誰もいないと思われた入り口側の壁、フェルメールの絵画と観葉植物の間に、やや影になっている部分から僅かに気配が反応した。

「せっかくやけど、俺は遠慮するわ」

無音無気配の雰囲気とは真逆の、陽気な関西弁が闇から飛び出してきた。

「女は好きじゃないのかい?」

袁揚仁は気配を消し影に身を潜ませている男に問いかけた。

「いやいや、俺ほど女を愛してるヤツなんて世界中探したってそうおらへんで?」

「じゃあ何かい?・・君ほどの能力者でも紅蓮のような超がつく能力者には怖気づいたってわけかな?」

袁揚仁の挑発っぽいセリフに対して、男はようやく姿を見せた。

目元以外はすっぽりと頭巾に覆われ、服装もまんま忍者というに相応しい黒装束姿の男が、闇から歩み出てきたのだ。

「それも違うなあ。まあ、なんや。袁の旦那との契約期間は今日の0時で終わりや。2日って短い間やったのに、何事もなさそうでええ仕事やったわ。また頼んます」

気配を絶つ技術や、足音もなく歩く身のこなしからは想像し難い、商売人のような関西弁である。

男の口元は頭巾で見えないため、本当にこの忍者ルック男がしゃべっているのか疑いたくなる光景だ。

「まだ、時間まで3時間ほどあるよ。君ほどの腕なら僕が専属で雇ってあげたいんだけど?」

「おおきにおおきに。ま、俺はフリーが性に合っとるさかい。その話は勘弁したってや」

「ふぅん・・まあいいか。気が変わったら声をかけてきなよ」

忍者ルック男は袁揚仁の勧誘に最後は肩をすくめると、一歩下がって闇に身を隠してから気配と姿を消してしまった。

袁が一人だけ残った部屋には、前迫香織が千原奈津紀と脳をリンクされた状態であるがため、自慰に耽って上げている嬌声がスピーカーから漏れだしていた。

【第10章  賞金を賭けられた美女たち 17話 高峰弥佳子ついに潜入 終わり】18話へ続く


第10章  賞金を賭けられた美女たち 18話 袁揚仁のアジトにて

第10章  賞金を賭けられた美女たち 18話 袁揚仁のアジトにて


足元に散乱する木片や機材のせいで足場は悪い。

それに加え廃工場になっている倉庫内には灯り一つなく、外の月明りもほとんど届かないでいた。

しかし、グラサンこと菊沢宏と、抜けた炭酸水のような顔と真理に評された女剣士、大石穂香にとっては暗闇は歩みの妨げにはならない。

高嶺弥佳子と神田川真理は正面から、菊沢宏と大石穂香は裏口から倉庫に侵入を試みていたのだ。

倉庫外にある広い土場には報告にあったヘリコプターが、防水性の覆い布で隠されていた。

しかし、覆い布では隠しきれない水平尾翼部分が布から飛び出しており、宏らはその機体が張慈円の乗っていたものと同じことをすでに確認している。

張慈円の乗っていたヘリコプターの着陸場所を正確に捕捉できたのは、蜘蛛こと最上凪がSで放っていた石礫に纏わりつかせていた糸がヘリコプターの機体へ付着させていたからである。

粘着性を持たせた糸を機底に張り付け、そのうえ伸縮性を持たせていたため、張慈円の飛び去った先を突き止めることができたのだ。

オーラをまとった能力者相手に直接付着させるとさすがに気づかれてしまいやすいが、ヘリコプターのような無機物に付着させてしまえば、よほど【視力強化】をしても気づかれにくい。

もし、目に見えたとしてもそれがオーラによる糸だとは十中八九は気づけないだろう。

凪が片言で言った説明によると、ヘリコプターがここに到着したのは今日の早朝とのことであった。

早朝と言っても午前1時ごろなので真夜中と言って差し支えない。

要するに、ヘリコプターがここに到着して、すでに21時間も経過していることになる。

ほぼ暗闇の倉庫内を、トレードマークであるサングラスを外さずにむっつりと押し黙ったまま、宏は足早に進んでいた。

歩む先に確信があるわけではないが、この倉庫内には張慈円がいる可能性が高いという推測から、宏の急いた気がそうさせている。

しかし張慈円の足であるヘリコプターが土場にあったとはいえ、宏は時間が経ちすぎていることが気になっていた。

(クソ慈円の野郎、逃げ切ったと思うて、のんびりしといてくれよ・・。スノウ、千尋、クソ慈円の野郎はこの俺がきっちり始末してやるからな。美佳帆さんにもちょっかい出したい言うてたし、ほんまあの野郎、今度こそすり潰してやらなあかん・・。これ以上あんな悪党に好き勝手させるわけにいかへん。もちろん、麗華を洗脳しよったことをきっちり吐かせてからやが・・)

焦る気持ちを表情に出さず宏は決意を強めていた。

丸太を挽き、材木になったものを運ぶために使われていたのであろう機材が朽ち果て佇み、工場内は完全に錆びれていた。

宏は貨車の上に飛び乗って、【暗視】と【視力強化】した目で、高みから倉庫内を一望する。

宏の焦り逸る気持ちとは裏腹に、倉庫内は相変わらず静まり返っていた。

弥佳子と宏で二手に分かれたのは、張慈円が逃げ込んだであろうこの廃工場の面積が、単純に巨大と言えるほど大きかったからで、二手から探したほうが効率が良いと思ったからである。

正面と裏口に分かれて侵入したが、お互いの気配は全く感じられないほど広い。

宏が飛び乗った高所である貨車からでも、天井はまだまだ高く、小さな窓からほんの微かに差し込む月明かりが、長年稼働していない倉庫内に浮遊する塵を照らすばかりで、人影などは感じられなかった。

スクラップとなって久しそうな製材機械などが、あちこちで草臥れ果てているばかりだ。

しかし、宏は張慈円がここにいるという思いが強まっていた。

なぜならこの倉庫に人の気配はないが、わずかだが最近人の出入りのあった痕跡が見受けられるのだ。

宏はサングラスの奥に逸る気持ちを抑え、冷静に努めようと肺にたまった空気を静かに吐き出した。

「ほんとにここにいるのかな~?」

仲間の仇をようやく討てるかもしれないという緊張感で、緊張した面持ちで押し黙って捜索に専念していた宏の耳に、穂香ののんきな口調が聞こえてきた。

人気のない倉庫内では、穂香のその声はよく響き渡ってしまい、潜入してからずっとマイペースな穂香のことを無視していた宏も、さすがにそのむっつりした表情で貨車のすぐ下を歩く穂香を見下ろし、眉間にしわを寄せた。

「声がでかいわ。気づかへんか?ここに人気はないけど比較的新しい足跡はけっこうあるやろ?ここは廃工場のはずや。真新しい足跡があるいうことはそういうことやねん」

「ふぅん」

ミッションが始まって初めて交わした二人の会話だった。

穂香は宏の言葉に興味なさそうに両手を頭の後ろで組んで、生返事をしてから、かみ殺すことなく大きな欠伸をした。

その様子に宏はむっとしかけたが、穂香の背後の少し離れた壁の真下に真新しい足跡が集中しているのを発見して、貨車から飛び降り穂香の肩に手をかけ押しのける。

「ちょっとなによう」

肩を掴まれて押しのけられた穂香が声を上げるが、宏は穂香の抗議を無視して、足跡が集まる床にしゃがみこんだ。

「あ。足跡いっぱいあるね。でも・・扉も何にもないよ?」

押しのけられた穂香がしゃがみこんだ宏の前にある壁を見てそういうが、宏の視線の先は違っていた。

「・・・下か」

足跡の集中しているコンクリートの床すぐ隣には、床と同じ色をした1㎡ほどの鉄板が置かれていたのだ。

「入るで?」

「無駄足かと思ったけどやっとこの子を振るえるね~」

穂香は、宏の確認のセリフに応える代わりに、腰に帯びた黒漆で設えた鞘を左手でつかんで、物騒な笑みを浮かべてそう言った。

いかにも即席で溶接しましたよ。と言った武骨な鉄製の取っ手を掴んだ宏は、そう言うや否や床に付いた鉄の扉を引き上げたのであった。

一方の弥佳子と真理の二人は、すでに廃墟倉庫の地下につくられてた施設に侵入を果たしていた。

弥佳子達も倉庫内に侵入したものの、人の気配がしなかったため訝しみ、再び倉庫前にあった鉄塔の見張りの二人のところまで一度戻って手がかりを探したのであった。

すでに物言わぬ屍となっていた二つの死体のうちの一つからカードキーを拝借し、もう一つの死体の懐にあったタブレットから最小限の情報を得ることができたのでだ。

「カードキーやタブレットまで斬れてなくてよかったわね」

真理のセリフに弥佳子も苦笑いで「そうね」と返す。

弥佳子の斬撃を空間転移で飛ばし、一瞬で二人の見張りを絶命させた神業は見事だったが、鍵やタブレットまで斬ってしまっていれば、張慈円のアジトと思われるこの地下施設への侵入はもう少し骨が折れたことであろう。

「それにしても廃屋の地下にこんな施設を造ってるなんて、張慈円らしくない気がしますね」

「ふむ・・。奈津紀さんたちからの報告でも、張慈円にこんなことができる資金力があるとはとても思えないのですよね。張慈円が率いる新義安は貧乏組織として業界では有名ですからね」

弥佳子は真理に振り返り肩をすくめて返した。

「・・・そんな金欠組織の依頼をよく受けましたね」

真理は弥佳子に鋭く言葉を詰めた。

宮川重工業の機密データを他国に売り渡す。という張慈円の護衛を務めたのが高嶺なのだ。

真理としても、嫌味の一言でも言っておきたかったのだ。

「まぁね・・。でも即金だったからかしら。あんなに払えると思えなかったのですが、送金してきた以上断れませんよ」

真理のチクリとした嫌味に気付かない振りをしているのか、それとも本当に気にもしていないのか弥佳子は苦笑を交えて真理に返してきた。

真理もそうだが弥佳子も不思議と本音に近い言葉と感情で話ができていることに、妙な気持が沸きあがってきていたが、それが何なのかはわからなかった。

真理としても、初対面で宮コーと敵対組織である高嶺の統領に対して、なぜか普段の菩薩の鉄面皮ではなく素で話してしまう自分に少し戸惑うも、それがなぜかは分からなかった。

そしてまた弥佳子も、普段六刃仙や十鬼集たちからは鬼のように恐れられている雰囲気ではない。

弥佳子は十七代目統領として部下に厳格に接する必要がないからだと思い、真理との行動に心地よさすら感じ始めていた。

弥佳子と真理は、得も言われる感覚になりながらも、順調に倉庫の地下通路を進む。

弥佳子と真理がカードを差し込み、タブレットから引き出した暗証番号を打ち込むことであっさりと扉は開いたが、その先は、1階部分の廃墟の倉庫とはうって変わった様子だったのだ。

扉の向こうには見張りの敵がいるかもしれないと思ったが、地下に作られた無機質な空間には、廊下が延々と奥へと延びていた。

壁や床は一体となって金属製で、廊下の幅は通路同士が交差している広くなったところでも2mも幅がない。

「Sには華僑の倣華鹿もいたようだから、張慈円は倣を頼ってここに逃げ込んだのかもしれませんね」

真理の言葉に弥佳子は眉を曇らせた。

「ふむ・・・。宮コーでも華僑倣のアジトは特定できていないのですか?」

まっすぐに見据えてそう言聞いてくる弥佳子に真理は「残念ながら」と頷いて肯定する。

「倣などを敵に回すつもりはありませんでしたが・・」

(しかし奈津紀さんたちの拉致に加担したのであれば、許すことはできません)

言葉の後半は呑み込み、弥佳子は口元を隠して決意を固める。

「行きましょう。逃げ去っていなければ、このどこかに張慈円がいるはずです」

「菊沢部長にも連絡を取りたいのですが、地下だからでしょうか。通信できませんね・・」

勇んで先に進もうとする弥佳子に、真理が慎重にそう言ったが、弥佳子はカツカツとヒールを響かせ進んでいく。

(なんでそんなに急いでるのよ・・。侵入したときといい・・、焦ってるの?)

真理は、今は頼もしいが、いずれ敵になるであろう高嶺弥佳子の背に、妙な既視感を見るも、弥佳子が敵地であるにも関わらず速足で急いているのを訝しがっていた。

弥佳子と真理の歩く通路から3mさらに地下では、白衣を着た童顔の優男が足取り軽く目的地に向けて歩いていた。

香港三合会3幹部の一人、袁揚仁である。

袁揚仁は、廃製材工場地下2階にある医務室の扉の前に立ち、カードリーダーで管理された扉を操作していた。

袁揚仁はいまだこのアジトに侵入者がいることに気が付いていない。

もともとこのアジトには今回長居をする予定ではなかったため、部下も幹部を含め4人しか連れてきていなかったのだ。

だが、すでに見張りに置いていた部下の二人は高嶺弥佳子の刀の錆にされてしまっているが、報告をすることすらできなくなった部下のせいで、袁揚仁は知る由もない。

そして、二人の幹部のうち一人は今回来日した目的である、清水探偵事務所へ繋ぎの用件で差し向けているところだ。

変態サイトの動画にかかわる人材を世界各地で幅広く探している袁揚仁だが、1000万以上の値が付く賞金首を安定して狩れる人材はいまだ少ない。

10万~数百万円クラスの女性能力者は、戦闘力を持たない者たちも多く、粗野で乱暴な無能力者たちでも狩れてしまうのだ。

狩られる女性にとっては災難としか言いようがないが、粗野で乱暴な無能力者たちにとっては、憂さも晴らせ性欲も満たせるうえに、割のいいアルバイト先にされてしまっているのだ。

しかし、賞金首1000万円を境に、賞金首を狩る難易度は金額以上に跳ね上がる。

サイト内では1000万が狩りの難易度を隔てる境界線として、暗黙のルールが出来上がってしまっていた。

袁揚仁の部下たちにも狩りに参加させてはいるが、せいぜい5000万円クラスの能力者を10名ほど狩れている程度でしかない。

サイト内では千万円クラスどころか、億以上の賞金首も多数いるなかで、袁揚仁はサイトに群がる顧客たちの満足度を上げる為にも、商売の為にも優秀なハンターを増やすのが急務になっている。

清水探偵事務所が、当時5億5千万という大物賞金首である、紅蓮こと緋村紅音を狩ったことに、袁揚仁は清水達の予想外すぎる働きぶりに驚いたが、見方を改め、今後の清水達の働きに大いに期待することになったのだった。

今回の来日で清水達と会って、話し合いによっては、他の野良ハンターどもとは違う優遇と、賞金首たちの正確な情報を与えてやる代わりに、専属契約を結ぶ予定なのだ。

普段は日本に滞在させている部下に管理を任せているこのアジトを、今回の来日では使うつもりはなかった。

しかし、思いがけず張慈円という意外な同胞から救援要請があり、このアジトに匿ったのであった。

「本来なら、高級ホテルでゆっくりできてるはずだったんだけどなあ」

袁揚仁はそう呟きはしたものの、「まあいいか」と打ち消した。

開いた扉の先には、「まあいいか」と言わしめた対象の人物が、質素なパイプベッドの上で点滴を受けている仲間の容態を気遣うようにして椅子に座っていた。

「やあ。前迫さん。楽しめた?」

患者衣姿に裸足という格好の前迫香織が恨めしそうに振り返る。

袁揚仁の穏やかな表情とは裏腹に、前迫香織の表情は厳しい。

しかし香織が、袁揚仁をきっ!と睨み付けたのは一瞬で、すぐにベッドの上ですぅすぅと寝息を立てている南川沙織の方へ向き直り、その顔を心配そうに撫でた。

「うん。まだ目を覚まさないかな。でもずいぶん傷は癒えてるね。流石高嶺の剣士だよ。よく鍛えてる。この子は死んでもおかしくない怪我だったからね。でも深めに催眠を促したからまだまだ目が覚めないはずだよ」

「・・・奈津紀は?無事?」

計器を確認し、点滴溶剤にまだ余裕のあることを確認した袁揚仁は、沙織の容態を診ながら言ったセリフを聞き終えた香織が、ここにはいないもう一人の仲間のことを問いかけた。

「ふふっ。それを聞くのかい?知ってるだろう?」

袁揚仁が香織に向きなおり、じっと香織の目を見て微笑みかける。

香織は袁揚仁のセリフと視線に顔を赤く染め、羞恥で目を逸らした。

先ほどまで香織の脳には、袁揚仁の能力で千原奈津紀が見ている景色をリンクされていたのだ。

香織は、つい数十分前まで行っていた自分の行為を思い出し赤面したのであった。

「あなたはという人は・・!」

生真面目な香織はそう言うのが精いっぱいで、それ以上言えず、長い髪で表情のほとんどを隠すようにして俯く。

真一文字に結んだ香織の唇が悔しそうに震え、長い黒髪で隠されているため目元は見えないが、頬には涙が伝っていた。

「可愛かったよ。・・僕にあの能力を使われたら誰だって抵抗できないさ。現実と夢と区別がつかなくなるからね。本当に犯されてると夢が覚めるまで疑いもできなかったでしょ?君が気に病むことはないよ」

袁揚仁がそう言って香織の肩を抱こうとしたが、香織はその手を勢いよく払いのける。

「どの口がっ!・・あなたは最低です。奈津紀があんな目にあったというのに私に・・・!ああっ!なんということを・・。なんということをさせるのですかっ!」

払われた手を撫でながら、袁揚仁は普段の微笑を浮かべた表情を崩さない。

そして、頬を濡らし長い髪で表情を隠すようにしながらも、悔しそうに肩を震わせている香織に見入った。

袁揚仁の性癖は強く気高く美しい女性が、羞恥に濡れる姿である。

いまの前迫香織がそれなのだ。

そして袁揚仁の好みに前迫香織という剣士はびったりと嵌っていた。

クールさを感じさせる切れ長の目、暗闇を縫い合わせる為のような黒く長い髪、憂いのある薄幸そうな表情、知的さを演出するような控えめなバスト、それでいて女性らしい腰から下半身にかけての隆線的かつ魅惑的なライン。

袁揚仁は久しぶりに高鳴る胸と股間の猛りは発散しようと、手を伸ばす。

香織はふざけるなとばかりに袁揚仁の手を再び払おうとするが、いまだオーラの回復していない香織には無理なことであった。

袁揚仁の頬を打とうとした手は掴まれ、そのまま袁揚仁に抱きすくめられるようにして、いっきに唇までも奪われる。

「んんっ!・・くっ!やめなさい!こんなこと、こんな恥を受けるくらいなら・・!んんっ!」

抱きすくめられ身動きの取れない前迫香織の無防備な唇に、袁揚仁の唇が重なる。

「さっきまであんなに派手にオナってたじゃないか」

耳元でそう囁かれると当時に、耳に息を吹きかけられた。

掴まれた手の指先を袁揚仁の指が絡みつく。

先ほどまで、弄っていた粘着質な液体が香織の指には残っており、それを知られる羞恥で頭が真っ白になりかける。

「くうっ!」

耽っていた行為をやはり覗かれていたのかという思いと、耳を擽る吐息、自慰に耽っていた指先の湿り気を悟られ香織は狼狽する。

その一瞬の隙に、袁揚仁は患者衣の裾から、香織の股間へと手を忍ばせたのだ。

袁揚仁の指先に、香織の指先の湿り気とは比べ物にならない生々しい、ぬらりとした湿り気が感じられる。

「ふふふっ」

袁揚仁はそう笑っただけだったが、香織は普段はクールな切れ長の目を、見開き涙を浮かべ、顔は飲めぬ者が酒を煽ったかのように真っ赤にさせて、屈辱に震えている。

「ご、後生・・。こんな恥をかくぐらいなら。治療などせずいっそ殺してくれれば・・!」

恥辱と屈辱で、唇を震わせ、羞恥で歯をカチカチと鳴らしている香織の反応を楽しむように、袁揚仁は香織の身体を弄り、甚振り始めた。

「ああっ!」

香織の必死の抵抗で振り抜いた膝蹴りも、むなしく空を切り、逆に膝を抱えられてしまって、女性の部分をより触られやすくされてしまう。

「くやしいでしょ?たまらないなあその表情・・。でも安心しなよ・・。君は特別だよ。君はすごく僕のタイプなんだ。今すぐには無理かもしないけど、悪いようにはしないよ?・・君がうんと言ってくれるまで、僕は手元から君を手放さないって決めたんだ。・・・時間はたっぷりあるからさ」

袁揚仁は整った童顔を再び香織の顔へと近づけ、口付しようと顔を傾けたとき、わき腹に激痛が走った。

「ぐっ!?」

涙に濡れた香織の唇を奪おうと目を閉じかけた袁揚仁が突如苦悶の声を上げたのだ。

「きっしょく悪ぃんだよ!!この優男!!かおりん!さっさと行くよ!」

聞きなれた声と口調に香織が零れた涙を拭い見ると、点滴の管をうざったそうに剥いだ童顔の同僚、南川沙織が薄青色の患者衣の前を合わせてベッドから飛び降りたところだった。

沙織は、ぺたっと裸足の音をさせて、リノリウムの床に着地し、床にわき腹を抑えて蹲る袁揚仁を一瞥して、表情を歪めて舌打ちをした。

「気っ色いんだよお前はよ!ウチのかおりんを気色悪ぃ口説き方してんじゃねえよ!」

そう言って袁揚仁が抑えているわき腹を、再び思いきり蹴ったのだ。

どかっ!!

と派手な音がして、袁揚仁が吹っ飛び壁に激突する。

「沙織!けがはもう大丈夫なのね?それに今の威力・・オーラも?」

「うん。そうみたい。絶好調。・・・ってでも、刀はないからガチのやつらと戦うとなったらヤバいよね。かおりん。あいつが悶絶してるうちに行こう!」

「え・・ええ。助かったわ沙織。でも奈津紀も掴まってるの」

「なっちゃんさんが?!うん、わかった」

悶絶からやや回復し立ち上がろうとしている袁揚仁を視線の端でとらえた沙織は、手短にそう香織に返した。

そして、沙織はテーブルに置かれた銀トレイにある医療用のメスを数本鷲掴みにすると、開いている入口から香織の手を引いて逃げ出したのだった。

【第10章  賞金を賭けられた美女たち 18話 袁揚仁のアジトにて終わり】19話に続く

第10章  賞金を賭けられた美女たち 19話 六刃仙2人の脱出作戦

第10章  賞金を賭けられた美女たち 19話 六刃仙2人の脱出作戦

廊下から差し込む淡い光を避けるように、沙織と香織は身を寄せ合い、無機質な金属製のテーブルの後ろにしゃがんで隠れていた。

そんな二人が隠れた部屋の前を、何者かがカツカツと足音をさせて通り過ぎてゆく。

廊下を照らす灯りを遮り、足音を響かせて通り過ぎてゆく人影を背中に感じながら、二人は息を殺していた。

沙織は目覚めたばかりで、いまだに隣にいる香織ともほとんど会話はできていない。

それでも沙織は、場所も状況も全くわからないが、この場所が敵地であり、自身と同僚である前迫香織ともども敵の手に落ちてしまったのだと見当をつけていた。

沙織は神経を集中し、廊下を歩く気配が部屋を通り過ぎ、遠ざかっていくのを感じると、ようやくゆっくりと肺にたまった息を吐きだし隣にいる同僚の顔を覗き込んだ。

「かおりん。大丈夫?」

ひとまずの危機が去ったことで南川沙織は、隣で顔色を蒼白にして息を切らせている前迫香織を気遣ったのだ。

沙織が目覚めたときから香織の様子はおかしかったし、一緒に廊下を逃げているときも香織はどこか精彩を欠いているように見えたからだ。

普段なら立場は逆で、クールな前迫香織が暴走しがちな南川沙織を気遣う場合が多いだけに、沙織は心配そうに香織の顔を伺うように言ったのである。

「大丈夫です。沙織こそひどい怪我だったのですよ?」

そんな沙織の様子を感じ取ったのか、香織も普段の口調で、沙織より3つ年上らしく優しくそう返してきたが、その顔には不安とも言えない憂いを帯びていることに、沙織は顔を曇らせないように話を逸らせた。

「治癒入魂するから」

沙織はそれ以上追求せず短くそう言うと、握っていたいくつかのメスを物色し出した。

沙織は先ほどの部屋からつかみ取ってきた医療用の刃物のなかから、清潔そうな一本を選び、着ている患者衣の裾で、刃部分の先端をよく拭ってからオーラを込め出した。

普段は部下の一人である十鬼集が造った刃物、治癒専用に造らせている匕首に治癒オーラの入魂をするのだが、身ぐるみをはがされ、愛刀どころか患者衣しか身につけていない。

そのため沙織は、とっさに武器と治癒に利用できそうな刃物を、逃げる際に目ざとく見つけ引っ掴んできたのであった。

いつもの愛用匕首ほどの効果は期待できないが、治癒できる道具が有るのにこしたことはない。

淡い緑色の光が沙織の両手から発っせられ、握った刃物いわゆる円刃と呼ばれる医療用のメスへと流し込む。

沙織の治癒は特殊で、刃物を媒介させなければ効果を発現できない。

もともと治療は得意ではないのだが、沙織はたゆまぬ努力で得手でもなく適正も乏しい治癒を何とかモノにしていた。

しかし本来とは違った形で、しかも通常の治癒能力者に比べて効果も低いながら、高嶺六刃仙の中では唯一の治癒使い手なのである。

左手薬指の【爪衣蓑】に仕込んでいた治癒匕首はS島ですべて使い果たしてしまっていた。

「できた・・。かおりん使って」

沙織は治癒の力を込めたメスを香織に差し出した。

「ありがとう。でも私の傷を癒しても役に立てないわ。オーラが回復するまでしばらくかかりそうなの」

香織は少し迷うそぶりを見せたが、メスを手にしている沙織の手を握り押し戻した。

「でも・・」

沙織は、はだけた香織の患者衣から覗く包帯に滲む傷口を見て顔を悲しませた。

「大丈夫・・傷はふさがってるの。血が滲んでるから見た目は派手だけど」

先ほど袁揚仁に弄られる際に、治癒を浴びせられたため香織の傷口は完全に塞がっていたのだ。

香織は患者衣をはだけ、整ってはいるが控えめなバストを露わにすると、沙織に心配させないように包帯を解いてゆく。

そこにはうっすらと打撲痕が残ってはいるが、傷口自体はすっかりふさがっている様子であった。

「ね。だからそれは沙織に使って。それに沙織の方こそ傷はいいの?治癒入魂ができるということは、オーラは少し戻ってるんでしょうけど肝心の傷は?沙織は銀獣にずいぶん傷つけられていたのですよ?」

香織がそう言うと沙織は可愛らしい顔にエクボをほころばせかけたが、きっ痛みをこらえる顔になった。

「ほら・・やっぱり」

「つつつ・・。あのケモノ女」

沙織は肩口と鎖骨付近を抑え、恨めし気に目を吊り上げてそう言った。

不十分な状態で銀獣こと稲垣加奈子に甚振られた屈辱が、沙織の脳裏に思い出され、言葉に変えられない感情が沸きあがってくる。

沙織の傷は見た目にほぼ塞がっているが、肩口から肺に達するまで太刀を突き刺されたのだ。

肺をはじめ、筋肉を複雑に傷つけられた見えない部分の治癒はいまだ不完全で、先ほどまで緊張と我慢で痛みを抑え込んでいただけだったのだ。


香織は沙織が手にしているメスを優しく取ると、そのまま沙織の肩と鎖骨の間に治癒入魂されたメスをゆっくり差し込んだ。

「うっく!」

自分で治癒入魂したメスが、自分の白い肌に食い込んでいく、鈍い痛みに沙織は顎を上げて短く悲鳴を上げてしまう。

メスが刺さった傷口から鮮血がぷっくりと湧き出してくるが、肌に食い込んだ刃が淡く緑色に光って治癒のオーラが沙織の体内に流れ込んでいく。

「この治癒。人に刺すのは何ともないけど、自分に刺すのってけっこうぞくっとするよね」

「ふふっ、何ともない?沙織は人をいつも匕首で仲間を治療するときでも楽しそうですもんね」

「え・・そう見えてるんだ?」

「ええ、そう見えてますよ」

香織の答えに沙織は、痛みと治癒が混ざった不思議な感覚に耐えるように片目を閉じ聞き返すも、香織からは笑顔で再度そう言い渡されてしまった。

そうなのかなぁ。と沙織が首をかしげている間にも治癒は進み、完全とは言えないでも痛みがほぼ気にならない程度になってきた。

沙織は体の回復を認めると、香織に向きなおり真剣な顔で問いかけた。

「かおりん・・。状況教えてほしい。わかる範囲でいいから。・・ここはどこ?さっきのヤツはだれ?・・なっちゃんさんは?」

淡い緑色の治癒の光をまとったメスを自分に使ってくれた香織に感謝の目を向けて、沙織は問いかけた。

沙織は敵にとっては悪鬼のごとく思われているが、沙織にしても味方であり、普段から気に掛けてくれ、何かと尻ぬぐいをしてくれている香織や奈津紀にはその可愛らしい人形のような顔を素直に向けるのだ。

香織は頷くと、沙織に刺していたメスが治癒の光を失う寸前に引き抜いて口を開いた。

「・・・私たちは宮コーの大量人員投入により撤退を余儀なくされました。50名を超える人員をSに送り込んできたのは覚えていますか?」

篭められていたオーラを放出しきったメスが、金属としての硬度を失い灰のようになって香織の手から床に落ちる。

自らの治癒刃のおかげで傷がほぼ癒え、沙織の顔には普段の血色が戻りつつあり、ほぼ平常を取り戻した様子で返事を返しだした。

「うん。覚えてるよ。かおりんが【見】で見て言ってたね。そのあとなっちゃんさん背負って逃げてるときに銀獣がきて・・そこから私【夢想剣】を使ったから・・」

「そう・・・やはりそこまで・・」

香織のそこまで無理をさせたという色を帯びたセリフに対し、笑顔でかぶりを振った沙織は、まだいくつか持っているメスを物色しマシなものを選び、もう一本だけ治癒刃を作ろうと治癒の力を流し込みだした。

「沙織、わたしは大丈夫なのですよ」

「これ、予備。あと一本ぐらいなら。とっさの時につくってたんじゃ間に合わないからね」

年少である沙織に無理をさせ、いままた回復しきっていないオーラで治癒入魂をしている沙織に、香織は数年前まではまだまだ頼りなかった沙織の成長に目を細めた。

【夢想剣】を使えば意識はなくなる。

身体能力を大幅に向上させ、眼前に居る者全てを殲滅するまで剣を奮う修羅となるが、一度【夢想剣】を使ってしまうと、周囲すべてを殲滅するまで意識はなくなってしまうのだ。

「あの人数相手に【夢想剣】など・・。沙織、私たちを逃がすために・・」

「ほかにもう手はなかったからね。あのケモノ女もいたし・・。でも1日一度の制限を付けてたせいでちゃんと発動してくれなかったの。途中から意識も戻ったし、【夢想剣】自体も解除されちゃったしね・・・。でも、だからかえって命拾いできたのかもしんない・・」

「二度目だったのですか?」

もう一本治癒刃を作成し終わった沙織は、左手薬指の【爪衣蓑】に治癒刃を押し込みながら、バツが悪そうに頷いた。

「う、うん。私たちが海岸で追いかけまわしたムキムキの3人の男たち・・。私と戦ったヤツ相手に一回使っちゃったんだよね」

「それほどの相手だったのですね沙織の相手は・・。しかし一日に【夢想剣】を二回とは・・無茶です・・」

「まあ・・あのままじゃどうせ死ぬしと思って・・ね」

残った数本のメスを一応使えるかな?と物色しながら沙織は左手中指の【爪衣蓑】に押し込みつつ、沙織に自嘲気味の笑顔を向ける。

「・・沙織がいなくなってしまったら悲しいわ。きっと奈津紀も御屋形様も同じ思いのはずよ?」

「ありがとう。でも御屋形様もそう思ってくれるかなあ・・?」

医療用メスをすべて収納し終わった沙織は、片手で口元を隠すようにして真剣に考えこんだ。

「もちろん御屋形様も思ってますよ。それに、沙織には帰りを待つ弟がいるじゃありませんか。私や奈津紀以上に沙織は帰らなくてはいけません。今回ほどの危機は初めてですが、何とか脱出しましょう」

「うん。そうだね」

そう言って二人は患者衣がはだけないよう腰帯できつく結びなおして立ち上がった。

「まずは奈津紀を助けないと、それからできれば私たちの装備もですね・・」

「なっちゃんさん私たちと同じ部屋にいなかったけど、別のところに掴まってるの?」

「ええ、一度【見】で見たときから動いてなければ、あちらの方向です」

「よし行こう」

「慎重に行きましょう。沙織のおかげで怪我はほとんど癒えましたが、オーラはほとんど回復していないのです。沙織は・・?」

「怪我は・・うん・・まだ銀獣にやられた肩口がちょっと痛いけど、表面の傷はふさがってるし、無茶しなきゃ大丈夫。でも、オーラは2割ってとこかな・・。だから、治癒刃もあと一本だけ・・。助けたなっちゃんさんが負傷してたら、なっちゃんさんに使おうと思って。かおりんは怪我は大丈夫なんでしょ?」

「ええ、でもオーラがほぼ枯渇してます。戦力としては期待しないで・・」

「了解。じゃあ、さっきの男には出会わないようにいかなきゃね・・。私の蹴りをまともに受けても立ち上がってたじゃん・・。あいつ何者なの?」

「袁です。香港三合会の袁揚仁、夢喰いの袁揚仁です」

「え?あいつが?・・・でも、どおりで。ってでもここ日本だよね?袁揚仁もいるなら、張慈円と倣華鹿もいて、三合会全員そろってるじゃん」」

「そうなりますね。あのヘリで日本海を渡れるほどの燃料があるはずがありません。おそらくここは日本でしょう。袁揚仁は張慈円と取引したらしく、取引の内容はわかりませんが、私たちの治癒が取引の条件だったようです」

「え?張慈円と取引?・・わたしさっき思いきり袁揚仁のこと蹴っちゃったんだけどまずかったかな?・・どう考えてもまずいよね・・?でもあいつ、かおりんにひどい事しようとしてたよね?」

「ええ・・オーラも刀もない私では袁に抗うことができなかったので、沙織が目覚めてくれて助かったのです」

「そっか・・。でも張慈円と袁揚仁が私のせいでヘソ曲げちゃうならマズいかもしれないね・・。私っていっつも早とちりでかき回しちゃう・・・」

「いいのよ沙織。後で詳しく話すけど、張慈円も袁揚仁ももはや私たちの敵とみてもよさそうなの」

「え?そうなの?!」

張慈円が袁揚仁と取り交わした内容に、私たちを売り払った節があったことを香織は沙織にそれとなく伝えた。

しかし香織は、すでに奈津紀が張慈円に犯され、自身も袁揚仁に奈津紀の脳をリンクさせられて、現実と夢との違いが付かない状態にされてしまい、犯されていると思い込まされ、無意識に自慰してしまっていたことは流石に言い出せなかった。

そして、袁揚仁が香織個人に興味をもって迫ってきところで、運よく予想外の回復の速さで目覚めた沙織が、問答無用で袁揚仁を蹴り飛ばしてくれたことに感謝していた。

「ええ、だから奈津紀を助けて一刻も早く御屋形様に報告しに戻りましょう」

「うん!私が蹴ったのがもとでダメになったんじゃないならよかったよ・・。今度こそ御屋形様に丸坊主にされちゃうもん・・」

沙織は、短くなった髪の毛を指先で摘まみ、かつてロングヘアだったことを思い出して、苦笑した。

「でも、かおりん。いま張慈円が私たちの敵になったって言ったのに、なんで私たちの治癒が取引の条件なの?私たちの敵になったんなら、手酷くやられたままの私たちをそのままトドメ差しちゃえば話早くない?」

「・・・ええ、・・いえ、それは奈津紀を助け出した時に二人に話しますね」

沙織の無意識な当然の質問に、香織はドキリとしたが、曖昧に濁して未来の自分に丸投げしてしまった。

「うん、わかった」

当の沙織はそう聞いたものの、特に疑問を感じた様子もなく、手首や足首をコキコキと鳴らし、体の不調具合を調べながら素直にそう言って返し、油断なく慎重にドアノブに手を掛けた。

「じゃあ行こう。ここって人の気配は少なそうだから、見つかりにくそうではあるけど、広そうだよね。なっちゃんさん助けてとっとと脱出しようよ。・・刀がないとすっごく不安だけど、行くっきゃないもんね」

「ええ、沙織の爪衣蓑には、なにかめぼしい武器や服ってないのかしら?」

長身な香織では簡素な患者衣だけだと、露出部分がどうしても多くなり、裾を抑えながら沙織の背に問いかける。

香織が着ている患者衣は、沙織が来ている患者衣と同じサイズらしく、沙織はスネの中ほどまで服があるが、香織に膝上までしか生地がないのであった。

S島でモゲこと三出光春にムダ毛のことを指摘され、沙織にもでてるよ?と笑われたことが今更だが気になってしまっていたのだ。

彼氏もなく普段パンツルックだったことで、ムダ毛処理の頻度は少なめだったのだ。

「予備で持ってた瓶割刀は取られちゃったみたい・・。あれ太刀の中じゃお気に入りだったのに・・。・・あれも見つけられたらいいんだけど・・。あ、服は、Sでかおりんに渡したのだけなの。ごめんね。・・・飴玉ならあるけど・・いる?」

振り返った沙織は、常備しているお気に入りの飴玉を2個取り出し、自身の口に一つ放り込むと、もう一つを香織についと差し出した。

Sでは丁重にお断りした飴玉だったが、空腹なうえ激しい戦いの連続のストレスで、甘いものが欲しくなっていた香織は、服のことはあきらめて、飴玉をありがたく受け取ると、口に放り込んだのだった。

【第10章  賞金を賭けられた美女たち 19話 六刃仙2人の脱出作戦 終わり】20話へ続く

第10章  賞金を賭けられた美女たち 20話 一触即発三つ巴の行方


第10章  賞金を賭けられた美女たち 20話 一触即発三つ巴の行方


私たちは裸足でリノリウムの床を音もなく駆ける。

私の少しだけ後ろを、ショートヘアをなびかせた小柄な同僚、南川沙織も私の【見】を頼りに並ぶように駆けてきている。

私たちには、普段獲物として振るっている刀もなく、そのうえ手負いでオーラ量も乏しい。

しかし、張慈円に売られた今、座して待っていても、袁揚仁の虜になるだけだ。

沙織には奈津紀が張慈円に犯されたことを伝えていない。

沙織の性格からして、激昂するのはわかりきっているし、私たちの治癒を条件に奈津紀が張慈円に犯されたなどと言ったら、沙織がどういう行動をとるのか不安だったからだ。

沙織の性格なら、私たちの芳しくない状況を考えず、張慈円に向って突っ走ってしまう虞すらある。

万全の状態ならともかく、今の私たちの状態で張慈円に挑むのは無謀だ。

私たちの今の状態だと、彼の部下である劉幸喜にすら及ばないかもしれない。

そう言えば劉幸喜はSから脱出するヘリには搭乗していなかった。

あのままSで宮コーに捕まってしまったのかもしれないが、私たちには知る由もないし、今はそんなことを気にしている余裕はない。

私のすぐ後ろには、私よりはずいぶん体調がマシそうな沙織が駆けてきている。

しかしその沙織も二刀流で奮う刀は破損しているし、一刀流で使う大刀の瓶割刀は取り上げられてしまっているようであった。

取り上げられていないなら、沙織ならきっと、さっきは蹴りではなく剣撃を繰りだしているはずだからだ。

とにかく体調も万全には程遠く、刀も持たないこの状況では敵に見つかることは避けたいのである。

こんな状況では敵に見つかるのは極力避けなければならない。

その為には前方10mほどだけに【見】を展開し、敵に見つからぬよう慎重に進みながらも、素早く移動する必要がある。

下着すらなく、薄青色の患者衣だけ身につけているのみで心もとないが、私たちが逃げ出したのはすでにここの主である袁揚仁の知るところだ。

奈津紀を助け出し、敵に見つかる前に急いでここから脱出する。

奈津紀を救出したとしても、奈津紀も万全には程遠いはず。

難しいことだとはわかっているが、何としても脱出し京都の本社まで戻らなければならない。

こんなところで高嶺の最高戦力である六刃仙の3人が、敵の手に落ち嬲られるわけにはいかないのだ。

万全の状態で私たちに刀さえあれば、張慈円とサシでやっても遅れを取るとは思えないが、今は何とかして脱出し機会を伺うべきだ。

「まずは刀を取り返さないといけませんね」

駆けながら隣の沙織にそう言うと、沙織も力強く頷いてきた。

「そうだね。刀が無いとさすがに張慈円ぐらいのヤツを相手するのは無理かもしれない。かおりん。【見】でわかる?オーラをまとってるものなら見えるんでしょ?私の瓶割刀みつけられないかな?九字兼定も京極政宗はSで鈍ガメ男にひん曲げられちゃったのよね・・」

沙織はそう言って【爪衣蓑】に収納している自身の二本の愛刀を思い出したようで、腹立たしそうな表情を浮かべている。

「目が覚めたら瓶割刀も無かったんだけど、ここの何処かにあるんじゃないかな?かおりんの【見】でなら斬撃強化の入魂してる瓶割刀は見えると思うし、かおりんの備前長船長光も見えるんじゃない?」

沙織も、どうしても刀を取り戻したいようだ。

それもそのはずで、私たち剣士は剣あってこそ力を発揮できると言っても過言ではない。

それだけに、私も沙織の言うことはよくわかる。

沙織に言われるまでもなく展開している【見】に反応がないか常に注意してはいるが、如何せん今展開している【見】は、索敵範囲は極小範囲に絞っている。

敵に見つからないようにと、それに乏しいオーラを使い果たしてしまわないよう、前方のみ10mほどにしか使っていないからだ。

しかし、先に奈津紀がいたと思われる方向に進みながら考えていたのだが、やはり刀が無いといざという時にどうしようもない。

「わかったわ。一瞬だけ全開でいきますね」

少ないオーラが更に枯渇してしまいそうで少し迷った。

しかし、刀が無いとやはり脱出すら難しい。

そう判断して、立ち止まり集中し目を閉じる。

極小範囲で展開していた【見】の範囲を、円状に波紋として展開し広げてゆく。

広範囲の【見】の発動で、弱った身体に一気に疲労感が襲い掛かり気を失いそうになるが、額に流れる汗をそのままに、オーラのある気配を探る。

すると、運よくオーラの反応がある方向で引っ掛かり、頭に位置と映像を伝えてきた。

しかし、もっと【見】の範囲を広げようとしたとき気が遠くなりかけ、直後に能力の酷使からか頭痛が襲ってきた。

残念だが、これ以上は無理だ。

「大丈夫?無理させてごめんだけど、何か分かった?刀はある?なっちゃんさんは?」

頭痛でよろめいた私を心配しながらも、沙織が支えるように寄り添って急かすように聞いてきた。

「奈津紀のところまでは【見】を伸ばせませんでしたが、刀を見つけましたよ」

「ほんと?!」

沙織の可愛らしい童顔に大きな目が見開く。

「近くて助かったわ。でもそれ以外は何も分からなかったのです。【見】を広げるのはまだ無理のようです・・」

「ううん。無理させてゴメン。でもよかった。とりあえず刀があるところまで行こう。かおりんの備前も私の瓶割刀もあるんだよね?」

「ええ、ありました。幸い刀はすぐそこの部屋です」

三差路の突き当りにある扉を指してそう言うと、沙織は目を輝かせた。

「でももう私は本当にオーラが尽きてしまってます。【見】も狭い範囲ですらもう一度使えるかどうかですから、敵に出会ってしまうと沙織に負担をかけてしまいますが・・」

「うん。まかせて」

そう力強く頷いた沙織に先立って刀の反応があった方向へと駆け始めたとき、ただでさえ際どい所まで露出してしまっている患者衣がぐいっ!と引っ張られた。

「きゃっ?」

小さく悲鳴を上げてしまい、患者衣になにが引っかかっているのか顔を向ける。

すると、それは私の患者衣を沙織がむんずと掴み、引っ張っていたのだった。

沙織は童顔に大きな目を見開き、焦った表情で危険を伝えてくる。

沙織の様子を察して、私は急いで廊下の角に身を潜めた。

沙織も廊下の向こう側を伺っている。

そっと角から廊下の突き当りを覗くと、ちょうど人影が現れたところだった。

「サングラス野郎だ・・・。くっそ・・!こんなところまで追って来たのかよ!」

沙織が怨恨の籠った視線を廊下の向こう側に向けて吐き捨てるように唸った。

30mほど先にある三差路の突き当りの部屋の前に、サングラスを掛けた男、菊沢宏が周囲を警戒しながら、歩いていたのだ。

親しい同僚である千原奈津紀をSでクレーンの頂上まで追い詰め、刀を奪った挙句、あの高さから海面に叩き落した男。

これが沙織の菊沢宏について知っているすべてである。

沙織は海から引き揚げた時の奈津紀のことを思い出したのか、気配を消しながらも憎々しげに童顔の眉間にしわを寄せて、菊沢宏に向って飛び掛からん気配で睨んでいる。

「沙織っ!いけませんよ。今の私たちでは・・!」

いまにも飛び出していきそうな沙織の肩を手で留めて窘める。

「わかってるっ!・・せめて刀さえあれば・・」

武器もない今、奈津紀ですらあれほど追い詰めたあの男に見つかれば確実に命はない。

沙織も自分が万全でないことに、腹立たし気に唇をかんで言い捨てた。

Sでは万全の態勢で待ち伏せし、一方的に先制攻撃を加えられたが、今は状況が悪すぎる。

私より小柄な沙織は、私の顔のすぐ下で、廊下の角から菊沢宏の一挙手一投足を油断なく注視し、汗をその白いうなじに伝わせている後ろ姿でもわかるほど、身体を強張らせていた。

「さっさとどっかに行けよ!・・そこに私らの刀があるんだよっ!」

沙織がすぐ近くにいる私にすら聞こえない程度の声だが、罵るように呟いた。

しかし、こちらの祈りもむなしく、菊沢宏はサングラスを右手の人差し指で押し上げ、やや前かがみの姿勢でこちらに歩きだしてきてしまった。

「くっ!」

二人で慌てて来た道を裸足で駆け戻り、廊下の角へと身を隠すように滑り込む。

「ちくしょう。何でこんなことしなきゃ・・!」

「あの男は?!」

悔しそうに言った沙織の気持ちはわかるが、今はそれどころではない。

私は廊下の角の向こうの気配を再び探る。

もしかしたら、引き返すかもしれないという淡い期待は水泡と消え、菊沢宏は、しっかりとした足取りで確実に近づいてきていた。

(ここにいたら見つかるわ)

背後を見ると、薄暗い照明が10m間隔程度で照らされている長い廊下が見えた。

菊沢宏がここまで来るのと、私たちが背後の廊下を走り切り、廊下の向こう側へと身を隠すのとどちらが早いかは一目瞭然である。

(・・無理だわ。逃げきれない)

そう思い不運を呪いかけたとき、沙織に腕を掴まれた。

「かおりん・・。やろう!逃げ回るのなんてやっぱりヤダ」

沙織は肚を決めた顔で言い切った。

そして、先ほどの部屋で拝借してきた医療用のメスを【爪衣蓑】から2本出すと、私にも渡してくる。

沙織の言う通り、たしかに逃げ切るのは無理そうだ。

菊沢宏は何者かが潜んでいるのをすでに確信した様子で、しっかりと進んできているのが背中越しに気配で伝わってくる。

暗殺を生業にし、剣客としての人生を歩んでいれば、生きる道が突然に窮することがあると覚悟はしていた。

しかし、このような勝機も薄い状態で、万全の奈津紀ですら勝てなかった相手に、玩具のような医療用メス1本で立ち向か分ければいけないのは無念であった。

得意の得物である備前長船長光を使って、超長距離からの射撃をもってしても屠り切れると言い切れないほどの相手に、メス一本だけとは、いかにも心もとない。

ここが私たちの死に場所か・・。そう言う思いが心を暗く埋め尽くす。

もう一度だけ、菊沢宏が来ているのとは逆方向の背後の廊下に顔を向ける。

急死に一生を得ようとして無意識に振り返ってしまったのだ。

私たちが囚われていた部屋がある、逃げて来た方向。

そちらに逃げ切ることができればという思いであったが、其処にはつい先ほどはなかった見たくもない人影があった。

「やあ、まだそんなところにいたのかい?」

袁揚仁は金属で覆われた殺風景な廊下を、瀟洒な姿に白衣を羽織って、微笑みながら歩み寄ってきていたのだ。

袁揚仁の姿を認めた沙織も死期を悟ったのか、可愛らしい童顔を絶望に蒼くして袁揚仁が近づいてくる様に釘付けになっている。

「君はさっき僕のこと蹴ってくれたね。ひどいじゃないか。君は瀕死の重傷で、僕は君を治療してあげてたんだよ?それをいきなり蹴りつけるなんて・・」

笑顔の袁揚仁が沙織にそう言うが、沙織は答えない。

前からは菊沢宏、後ろからは袁揚仁が迫っており、折れてはいるが廊下は一本道だ。

「ぐっ!?」

突如、沙織の身体がくの字になって吹き飛び、悲鳴を残して私の横から消えた。

いや、沙織は袁揚仁に蹴り飛ばされたのだ。

背後の廊下の壁に激突した沙織が、そのまま尻もちをつく。

「沙織!」

「く・・くそったれが・・」

さすが沙織というべきか、吹き飛ばされはしたものの、きっちり両手でガードしきった様子である。

沙織の無事を確認すると、私は身体を翻し、手にしていたメスを逆手にもって袁揚仁の首筋に振り下ろした。

しかし、手首をつかまれ簡単に背中まで捻り上げられたところでメスを持った手を捻りあげられてしまう。

そして奪われたメスが投げ捨てられ、ちんっ!と音を鳴らして床を鳴らすと、私は後ろから髪の毛を引き掴まれ、顎が上がるようにされてしまった。

「くっ!」

(やはりオーラ強化無しで、こんな速度では見切られてしまいます・!)

「おとなしそうな顔してても、流石に高嶺六刃仙だね。こんな体でずいぶん頑張るじゃないか?でも、いい表情だよ。香織さん。でも、まだこんなところにいるなんて、やっぱり全然体調は戻ってないみたいだね」

私が長身と言っても、袁揚仁の方が長身なため、髪を引っ張られ無理やり顎を上げさせられた顔に、息がかかるほど顔を近づけてそう言ってきた。

袁揚仁の端正で品の良い顔だが、その口元はサディスティックな笑みで歪んでいる。

髪の毛を更に引っ張られてのけ反らされ、唇を再び奪おうとしてきた。

捻り上げられた左手首と左肩が悲鳴を上げる。

顔を背け、右手を伸ばして殴ろうとするも、無理な態勢で力が入らない。

奈津紀が張慈円に犯されるのを容認し、その一部始終の出来事を私が疑似体験できるように脳へリンクした卑劣な男に、いいようにされることの屈辱と怒りが込み上げてくる。

必死の抵抗も、オーラも刀も無いこの身では抵抗らしいこともできない。

不自由な身体では逃げきれず、唇を再び塞がれる。

口惜しさと屈辱で眼を逸らすように閉じたとき、何処か聞き覚えのある落ち着いた低い声がした。

「お前、だれやねん。この女、ケガしとるみたいやけど、お前がやったんか?」

薄目を開けて声の方を見ると、蹴られて壁際に蹲っている沙織のそばにしゃがみ込みこんだ菊沢宏が、袁揚仁に向ってそう言っていたのだ。

サングラス越しにも、菊沢宏の声と表情に怒気が含まれているのが伝わってくる。

なぜ怒っているのかわからないが、沙織にトドメをさす絶好の機会だと言うのに、菊沢宏にその気配はない。

沙織も無防備な状態で菊沢宏に近づかれていることに、最初は目を見開いていたが、菊沢宏が、怒気をはらんだ雰囲気であるにもかかわらず、沙織自身に敵意が向けられていないことに気づいて、沙織はその童顔を困惑顔にして袁揚仁と菊沢宏のやり取りを注視している。

「・・・誰って。人の家に勝手に入ってきて誰とはご挨拶だね。君こそ誰なのさ?」

袁がそう言う為に、私の唇を解放したとき、私は、はじめて袁が驚いた顔をしているのを目にした。

ぴっちぴちで鈍い光沢を不気味に反射するボディスーツを着た屈強のサングラス男がいきなり目の前に現れたのだから無理もない。

しかし、袁揚仁が菊沢宏を見て驚くということは、菊沢宏は袁揚仁と少なくとも協力関係にはないことを意味している。

私は、僅かだが希望を見出した。

「なに?・・・張慈円の根城やないんか?あいつの乗ってたヘリがあったんやが・・」

菊沢宏は小首をかしげ、なにやらブツブツ言っているが、壁際に座ってこちらを伺っている沙織も、私と同じことに気が付いたようである。

この二人は味方同士ではない。

もしかしたら潰し合わせられるかもしれないということにも。

私と同じことを思ったであろう、沙織の目つきがギラりと変わった。

そして沙織は蹴られた腹部を抑えたまま、膝立ちの格好のまま大声で叫んだ。

「おい!グラサン!そいつは袁揚仁!香港三合会三幹部の一人で張慈円の仲間だ!私ら高嶺は張慈円に裏切られたんだ!てめえの目当ては張慈円なんだろ?!そのスカした優男は張慈円の仲間だ!そいつは張慈円とグルなんだよ!そいつなら張慈円の居場所もきっと知ってるはずだ!」

菊沢宏は、沙織の声に振り向きはしなかったが、やや俯き加減に床の一点を眺めているような恰好のまま動かなくなった。

宏が動きを止めたのは1秒にも満たない短い時間であった。

僅かに顔を上げ、油気の無い髪の毛を手櫛でかきあげて袁揚仁を観察したのだろう。

沙織の駆け引きじみたセリフと、目の前の袁揚仁と呼ばれた男の力量と人となりを推し量ったのだろう。

菊沢宏がどう動くかというところであったが、彼は袁揚仁に向ってサングラス越しから鋭い視線を向けた。

「わかった。クソ慈円のことは、この兄ちゃんに聞くことにするわ」

「何者なんだ?・・張慈円と旧知みたいだけど。彼をそう呼ぶってことは仲良くはないみたいだね。まあ、もっとも彼を好いてるヤツより嫌ってるやつの方が多いのは当然か」

捻り上げていた私の手首を放し、袁揚仁は菊沢宏に向かって口を開く。

私を片手で拘束したまま、敵意を向け出した菊沢宏と相対するのは危険だと判断したのだろう。

さすがに袁揚仁も相当な使い手らしく、菊沢宏の実力を侮りがたいとわかったようだ。

私たちは、隙をみてこの場を離れ、刀を回収する・・。

沙織にそうアイコンタクトを送りあったところで、菊沢宏が口を開いた。

「あんたらは早いとこ、お仲間と合流してくれや。さっきまで一緒におったんやが、人影見つけたら追いかけて行ってもたんや。あんたらであのマイペースなねえちゃん探してくれや。垂れ目のソバージュ女や。・・・それと・・俺とやり合った女も生きとるって聞いてるんやが、一緒やないんか?」

その言葉の意味が一瞬わからずに、沙織と目を合わせてから、再び菊沢宏の言葉を咀嚼しようと目を向ける。

今のセリフを言葉通りに解釈すると、ここに私たちの味方が救援に来てるということ、そしてその特徴から同僚の大石穂香に間違いない。

それに、ついこの間、S島で散々やり合ったこの男が、今は味方ということになる。

しかも、奈津紀のことを言っているのだろうが、奈津紀のことを気遣っているような様子が伺える。

「どうなんや?」

菊沢宏がやや答えを急くような様子で重ねて聞いてくるが、それには沙織が口を開いた。

「なんでてめえがなっちゃんさんのこと心配してんだよ。てめえがやったんだろうがよ・・?!ああ?!」

「・・・せやな」

菊沢宏は言葉少なく、そう言った。

菊沢宏の心境は彼の表情からは読み取れないが、とにかく私たちは九死に一生を得たのかもしれない。

我ら六刃仙の一人、大石穂香と一緒にここまで行動してこれたということは、菊沢宏が味方なのはほぼ間違いない。

なぜなら、大石穂香は相手が敵ならば悠長に肩を並べて歩くようなタイプではないからだ。

それに、単独行動をさせると問題を起こしまくる大石穂香が来ているということは、彼女の手綱を引ける人物も来ているということ。

そんなことができる人物には奈津紀を除いては御屋形様しかいない。

「菊沢宏!ここは頼みます。夢喰いの袁揚仁と呼ばれるその男は侮れる強さではありません。香港では、雷帝張慈円が最強とは言われていますが、袁揚仁も相当な強さのはずです・・・!ですが・・、ここは本当に任せていいのですよね?!」

サングラスを掛け、袁揚仁と向かい合ったままむっつりと黙りこくっている菊沢宏に、私は確認を取るように問いかけた。

沙織は、菊沢宏が奈津紀にしたことが腹に据えかねている様子だが、奈津紀と脳をリンクされた私は奈津紀が菊沢宏に対して抱く感情を知ってしまっている。

奈津紀は張慈円に犯されながらも、相手が張慈円でなくこの男ならば・・と思っていた。

あの奈津紀が菊沢宏のことを、そういう風に思っているのであれば、S島で菊沢宏と奈津紀との間に戦い以外の何か特別なことがあったのかもしれない。

あの奈津紀がそこまで心を開いている男を信用してもよさそうだが、一応念を押すように聞いたのだ。

「・・ああ、任せとけや。納得出来たらもう行ってくれ。この兄ちゃんに聞くこと聞きたいからな」

菊沢宏は、言葉こそぶっきらぼうにそう答えたが、私はこの男のことが少しわかった気がした。

(つい昨日お互いに命の奪い合いをしたというのに、この男は・・)

しかしその思いは言葉にせず、私は沙織と目配せし合い、タイミングをはかると、菊沢宏と袁揚仁の二人を残して駆け去ったのだった。

【第10章  賞金を賭けられた美女たち 20話 一触即発三つ巴の行方終わり】21話へ続く
筆者紹介

千景

Author:千景
訪問ありがとうございます。
ここでは私千景が書いた小説を紹介させて頂きたいと思います。
ほぼ私と同年代の既婚者が主役のものになるかと思います。登場人物同士が
つながりを持っていて別の物語では最初の物語の主人公が脇役を務める様な
小説全体につながりを持たせ想像を膨らませていけたらと思っております。
どうぞ宜しくお願い致します

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