第8章 三つ巴 26話 裏切りの発覚
「やはりクロでしたか」
「ええ・・、粉川さん、杉さんの奥様の消息がつかめません・・。周囲には実家に帰ったと言っているようですが・・・」
「その実家に帰省の形跡はないのですね」
「そのとおりです・・」
支社に戻ってきた神田川真理は5階の調査部に直行し、調査部部長代理と話していた。調査部と言っても本日デスクなどを置いたばかりの部署で、もともとは菊一探偵事務所に所属するメンバーたちで構成された部署だ。
過去の調査資料や、私物の荷物も多かったのだが、黒を基調とした新品のデスクやキャビネットなどが整然と配置されており、私物等はそれらの中に納まっているのであろう。
部署の見た目は新設同然で、文具や備品の真新しいにおいがしていた。
力仕事を終えた美佳帆以外のメンバーは1階にあるカフェで福利厚生の恩恵を受けているところだ。
美佳帆はというと、部署のカウンターの外側に設置されている応接セットで、宮川コーポレーション関西支社にいる能力者3人のうちの二人、つまり神田川真理と稲垣加奈子に向かい合って座っていた。
美佳帆は、真理が加奈子を伴って帰社する前に、宮コーの警備部門の人員から、大塚のマンションに配置されている杉誠一、粉川卓也の調査報告を受けていた。
真理からの指摘、そして美佳帆も予想していた通りの調査結果だったとはいえ、さすがにショックが大きい。
「どうするの?真理」
「速やかに解決するべきね。佐恵子に相談してからになりますが、やはり水島さんには消えてもらいましょう・・。大東さんや岩堀さんの意向もありますし、うちの調査部となったからといって、合併前に引き受けた仕事内容を反故にしないことは、先日の契約書にも記載があります」
「ふむふむ・・・。水島って人がどういう人か知らないけど、支社長ならいろんな選択肢を持っているのです。水島さんにとってはいいことは何にもなさそうですけど・・」
加奈子が真理に問いかけ話にでた水島に話が及ぶと、それに美佳帆が答える。
「ご心配なく稲垣さん。水島という人物は死んでもしょうがない悪人です。うちの調査でも出てますが、それは間違いありません。こちらに彼の悪行を記載した資料があります」
「あー・・・っと、加奈子と呼んでくれていいですよ。私も、えっと・・美佳帆さんと呼ばせてもらいますので。さっきから真理のことは真理と呼んでますし、私だけ苗字で呼ばれると、私だけ溝があるみたいに見えるじゃないですか」
「実際にそうなんじゃない?・・・・冗談よ」
美佳帆が資料を加奈子に渡し説明をしようとしていると、加奈子がやや不満そうな抗議をしだしたので、真理はわざと真顔で、加奈子に少しだけ意地悪な注意をする。
「ふふ、お二人はいいコンビなんですね。大丈夫ですよ。全然気にしてませんから。じゃあ遠慮なく加奈子さんと呼ばせてもらうわね」
美佳帆は真理と加奈子のやり取りを微笑ましくみてから、加奈子に向き直り笑顔で言う。
「・・・真理は手厳しいのです・・。どうぞ、どうぞ社内だとガッキーとか加奈子って呼ばれることが多いのでそのほうが落ち着きます。こちらこそよろしくお願いしますね。美佳帆さん」
加奈子は真理に非難めいた視線と抗議を送ったあと、美佳帆に笑顔で挨拶をする。
「それで、その大塚さんって刑事さん達にはもう今後情報流さないの?」
「それだと人質になってる粉川君や杉君たちの奥様の命の価値が無くなってしまうわ」
「かといって、本当の情報を流せない・・・。ですので、できるだけ早くに手を打つべきです。この間の捜査官にも仕事をしてもらいましょう」
加奈子の発言に対して、美佳帆が返し、真理が提案する。
美佳帆、真理、加奈子の3人は徐々に打ち解けだし、状況の把握と今後の方針を検討しだす。もともと頭もよく理解度の高い3人の会話はスムーズに進む。
「えっと、霧崎さんですね?」
美佳帆は先日、お嬢こと伊芸千尋の身元引受の際に霧崎美樹には会っている。
「ああ・・、あの爆乳捜査官」
霧崎美樹は美人ではあったが、いかにも官僚的なエリート然とした態度の女性で、美佳帆は彼女に対して生真面目なイメージをもっていた。それだけに、加奈子の爆乳捜査官という発言に思わず吹き出してしまう。
実際に美佳帆が会って話した時も、スーツのジャケットにはきつそうに胸が納まっていたことを思い出し、口を押えて笑いを堪える。
「そうです。門谷さんにあの夜以降調べてもらっていたのですが、本来、霧崎美樹は警察組織を監視監督する立場のようです。今はここの府警察の腐敗や癒着問題で本庁から派遣されてきているようで、政府直轄組織が動いているということは、府警察と張慈円、橋元一味はすでに限りなく黒と疑われ狙いをつけられているとみて間違いないでしょう」
加奈子のそういった発言はいつものことなのであろう。真理は気にせず霧崎美樹についての説明を始める。
「・・・じゃあ、今回の橋元がらみごとは完全に爆乳捜査官の仕事ってことね」
「そう、おそらく些細な情報提供でも動くはずよ。でも水島の件は、霧崎さんに連絡を入れる前に処理しないといけないわ」
加奈子の発言に真理が答え、加奈子が表情を曇らせる。
「大丈夫かな・・」
水島を処理するということは、支社長に相談し、なおかつ支社長の能力を使用するということであり、それらを懸念した加奈子の発言と表情であった。
「状況は一刻を争うわ。門谷さんを通じて霧崎美樹のほうには加奈子のほうから当たってもらえる?門谷さんが万事うまくやってくれるはずよ。佐恵子には無理をさせてしまうかもしれないけど、私から連絡しておくから」
「ありがと―真理・・。支社長疲れてると機嫌悪いし怖いのです。今日も部屋にも入れてくれなかったし・・・、仕方ないから入口で待機してるしかなくて、だから支社長が飼ってる鯉に、ついいっぱい餌あげちゃいました」
「まあ、ね。佐恵子の方には私が話するから、その代わり門谷さんと上手く連携して霧崎美樹にコンタクトして」
佐恵子の症状を詳しく知っているのは真理だけなので、加奈子は佐恵子が唯々機嫌が悪いだけだと思っている。苦笑しながらそう言う真理に向かって加奈子は「まかせておいて、門谷さんと仕事すると楽なのよね」と返事を返している。
「えっと、真理さん。和尚っていま宮川支社長のところにいるんですよね?なにか粗相して宮川さんを怒らせてないか心配になってきちゃったんですけど・・・。彼、真面目でいい男ではあるんだけど、場合いよるとすごく怒らせる可能性も否定できないというか・・」
「豊島さんがですか?・・・私の勘では大丈夫だと思いますよ。うふ・・・、むしろ佐恵子は豊島さんのことすごく気に入るんじゃないかと思ってるぐらいです」
「真理さんがそう言うなら、大丈夫な気がしてきましたけど・・。なんせうちの所長はなにかと宮川さんに突っかかりそうだから、副所長の和尚まで宮川さんに睨まれるとさすがに・・」
美佳帆の所員や周囲との潤滑剤としての気苦労を察して、真理はくすりと笑うと、美佳帆に労いの言葉を掛ける。
「美佳帆さんは気苦労が絶えませんね」
「あ、それ初めてここの2階で真理さん達と会談した日に、私が真理さんに対して思ったことと同じですよ」
「・・お互いに気苦労が絶えませんね」
真理と美佳帆はお互いに顔を見合わせ、苦笑いをし合う。そのすぐ隣で、「わたしにもいろいろと気苦労ぐらいあります」と呟く加奈子の口は少し尖っていた。
繁華街にあるドットクラブという怪しげなラブホテルの一室で、ここ数日で起こった出来事の報告が行われていた。
「健太の奴が捕まったんはしょうがないですなぁ。あいつはそのうちドジ踏みよると思っとったからな。それが思いのほか早かっただけとして・・・」
張慈円の報告に橋元浩二が豪快に笑いながら言い放つ。
「しかし、これはかなりの失態やなあ。宮コーの人質の社員二人取り戻されて、オルガノも港倉庫もアマンダもたった2日で失うとは恐れ入りますなぁ。あのクソ探偵事務所の仕業か?こんな複数個所を同時に波状攻撃できるほど人員が多いのですか?張さんよ?どないや?あのクソ探偵事務所には覗き屋がいてるんやろ?この町でこの私にほかに逆らうやつらは誰ですかいな?せめてその辺はしらべてあるんでしょうな?」
橋元は3人掛けのソファに一人だけどっかりと座り、周囲を囲む面々に向かって鋭い視線を飛ばす。
ソファに座る橋元の足元には全裸の女性が首輪を施され、四つん這いになり橋元の股間に顔を埋めている。
女性に嵌められている首輪はリードが付けられており、リードは橋元の左手に握られ、首輪には南京錠が嵌められていた。
全裸の女は張慈円、劉幸喜、アレンに臀部を突き上げて見せつけるような恰好であったが、それを恥じらう様子もなく橋元の股間に顔を埋め、チュパチュパと淫卑な音をさせている。
全裸の女性に自らの男根を口で奉仕させながらも、豪快に笑ってはいたが橋元の目付きは鋭い。
その目付きに対しても、さすがに張慈円は気圧されることもなく、報告を続ける。
「宮川のやつらです。昨日16時頃にオルガノに能力者3人で強襲を掛けてきました。調べでは宮川佐恵子、神田川真理、稲垣加奈子の3名です。こいつらは所謂、宮川の一人娘の派閥で、宮コー本社では少数派ですが、いずれも宮コー10指に入る能力者です。オルガノには私が念のために配置しておいた劉しか能力者はおりませんでした。・・・今更言っても仕方ありませんが、宮コーの社員を攫ったのに少し手薄すぎましたな?」
張慈円の報告には些か橋元の油断と手抜かりを指摘するものであったが、橋元はその指摘ではなく、別のことを思い出して、股間に顔を埋めている女の髪の毛を掴み、乱暴に股間に押し付けた。
「あの小娘ですか!せっかく私自ら足を運んでやったちゅうのに会いもせず門前払いかましおった。この町で私を無視してあんなドでかい仕事を独り占めしようちゅう魂胆が卑しいですね。あのすかした小娘も私の目の前に連れてきて己が雌であることを、この刑事みたいにわからせてやらな気がすまんですなぁ!あの時、どないかして10分でも膝付合わせて会うておけたら、ここでワシの一物しゃぶっとるんはあの宮川のガキだったかもしれんちゅうのに!」
「むぐうう!!」
橋元に髪の毛を鷲掴みにされ、男根を喉奥に突き刺された神谷沙織は苦しそうに嗚咽を上げながらも、その表情は恍惚としており雌の顔そのものである。
橋元の能力は【読心】と【媚薬】。戦闘能力は一般男性に毛が生えた程度だが、財力と巧みに【読心】を用いた類まれなカリスマでこの町を裏から牛耳っている張本人である。
橋元の前に引きずってこられた神谷沙織は、最初は気を強く持ち気張っていたのだが、能力者ではない神谷は【媚薬】にはほとんど抵抗できなかった。
【媚薬】の発動条件は、対象女性性感帯の凝視のみ、脱衣状態が望ましいが、着衣状態でも効果は発揮するという女性殺しに特化した凶悪技能である。
神谷沙織は着衣状態で【媚薬】に晒され10分もしないうちに、自ら服を脱ぎ、橋元を誘惑挑発する有様であった。
20分後には、全裸で自ら股を開き自慰まで披露して橋元にスマホで撮影されながら逝き姿を晒すほど、女の部分を完全に狂わされていた。
神谷沙織が普段真面目ぶっているだけで、実はふしだらな淫乱女だったということではない。
【媚薬】は女性であれば耐えられるようなものではない。一度掛けられると発情期の雌猫のごとく身体が火照り形振り所構わず男根を求めてしまうのだ。
SEXや自慰で一時的に火照りを抑えたとしても、【媚薬】の能力が解除されるわけではない。個人差はあるが一定時間経過すると、再び発情期の雌状態に戻されてしまう。
解除方法はかなり限定されており、方法は二つある。一つは橋元とのSEXで橋元の男根で膣内に射精を施されるまで、この発情地獄は続くのだ。
しかも、【媚薬】は重複可能な能力である。橋元に貫かれ射精をさせる為、無防備に身体を開いている間に、対象の雌は更に十重二十重に【媚薬】を掛けられてしまう。
橋元がその対象女性を開放する気がない場合は【媚薬】からの脱出はほぼ不可能となってしまうのだ。
故に橋元は対女性に対しては無敵に近い能力を備えており、しかも、相対する女性は敵に身体を開き続けるしか解除方法はないという屈辱的な敗北をし続けることになる。
もう一つの方法は橋元にオーラを使えない状態に追い込むしかない。つまりは、気絶や殺害というところだ。
神谷沙織はその【媚薬】の効果を受け、男根が欲しくて仕方ない雌にすっかりと変えられてしまっていた。
張慈円たちのほうに向けられている神谷沙織の秘部は、普段の彼女ではありえない量の愛液で濡れ、愛液は両方の鍛えられている白い内腿をししどに濡らし、床の絨毯の上に滴り落ちていた。先ほどから神谷自身の右手で陰核や蜜壺を激しく弄り、自慰を続けながら、口と左手を使い橋元の男根に尽くしている。
本来なら神谷沙織のような真面目な女性は、好色蟷螂である張慈円の大好物なのだが、目尻を吊り上げた厳しい表情で淡々と報告を続ける。
「あとは政府の公安も動き出している。霧崎という女捜査官が手下をつれて町中を嗅ぎまわっております。更に、先日港倉庫には、霧崎ら公安の連中、宮川の3名、菊一事務所の連中も3名が偶然かもしれませんが、ほぼ同時に強襲してきました。さすがに俺たちだけでは対応しきれずです。・・アマンダを強制捜査に乗り出したのも霧崎ら公安の連中です」
「張さん、さすがにそれはまずいなあ。3つの組織に私らが狙われては如何に張さんの腕が立ってもどないもならんでしょう?・・なんぞ手は持ってるんでしょうなあ?」
橋元は神谷沙織の喉を甚振るように突き上げながら張慈円を試すように問う。
「・・・菊一には警察の覗き屋から情報が入っております。今晩、覗き屋二人ともが水島を見張っているマンションから離れて、代わりに菊沢美佳帆一人が見張りに付くとの情報が入っております。・・・こちらも手傷を負ってはいますが、まさか襲ったすぐに襲い返されるとは思ってないはず・・・菊沢美佳帆を拉致し、脅して菊一事務所を黙らせることはできるでしょう。ついでにこの際、囚われている水島も消しておきます」
「水島はんは張さんの言う通りそうしたほうがええな。それよりあの菊沢美香帆か!この私をだまくらかして上手く逃げおおせた豊満女狐め!うはははは、あの女、私の【媚薬】を喰らったままですからなぁ!想像するだけでたまらんですなぁ。訳も分からず身体がうずいて、旦那にも言えずおそらく一人でオナニーしまくっとるんやろなあ。張さん、わかってると思うが生け捕りにして連れてきてや?私は昔から、羽田美智子が好きなんは、知ってますやろ?あの羽田美智子似で能力者であの身体やで、たっぷりと仕込み甲斐がありますわぁガハハハッ!!」
「・・・わかりました」
「それまではこの刑事で我慢するさかい。この刑事は飽きたら【媚薬】重複させて開放するんもおもろいかもしれへんなぁ。真面目ぶっとったから、いきなりヤリマンになって周りに驚かれるやろな。ガハハハッ!」
橋元の油断から警備が手薄となりこのような事態になったとはいえ、張慈円自身も失態がなかったとは言えない。その為、雇い主の要望に素直に短く答え、さらに付け加える。
「あと勝手とは思いましたが、髙嶺に傭兵の応援をもらえるよう要請をだしました。いまから菊一事務所を黙らせても、宮コー本社が能力者を今以上に送ってくるかもしれませんので・・・。それに、今回乗り込んできた宮川の娘もやはり魔眼持ちでした。いかに橋元さんが女に対して無敵と言えども、ヤツの視界に入ること自体危険な行為だ。・・俺もヤツの魔眼の威力には抵抗しきれなかった・・」
「ほう!・・張さんでもか・・。なかなか厄介なやつのようやな。しゃあない・・事後報告でもええで?髙嶺の件は了解や。ただ、追加の料金は払われへん!今回の失態やしええな?」
「そこは構わない。菊一や宮川を相手にするには人数が足りんすぎる。命だけは金でかえないからな」
張慈円は、吊り上がった目の表情を崩さず、短く了解の意を伝える。
「そやけど、厄介なやつほど【媚薬】付けにしたときの楽しみが増えるんやけどな。可能なら宮川のガキも生け捕りにしたってや」
「そのつもりでしたが、いま言った通りヤツの視界に入るだけで危険です。体術も侮れんし、能力も強力です。護衛の二人も・・・残念ながらサシでは俺以外対処は難しいしょう。ゆえに髙嶺という訳です」
「わかったわかった。人員の増強費用は張さん持ちや。とやかく言わへん。とりあえず、今日は菊沢美佳帆やな。疼いてるはずやしまともに動かれへんはずや。きっちり捕らえてきたってや」
「・・・やられっぱなしではおれませんからな。一泡ふかしてやるとしましょう。・・行くぞ劉!」
張慈円は踵を返すと劉を伴い部屋の出口に向かう。張慈円の後ろに劉が付き従い歩き出すと、劉よりひどくやられ立っているのがやっとのアレンに向かって、橋元が声をかける。
「アレンと言ったか?あんたも張さん手伝うてやりなさい。張さんええな?」
「・・・・そいつは酷くやられていた。もうボロボロだろう。・・死んでも構わんなら連れて行くが・・」
張慈円が振り向きチラリとアレンを見てから橋元に聞き返すが、稲垣加奈子に瀕死まで追い詰められた当のアレンが即答した。
「ダイジョウブ・・・。ヤレル」
「よう言うた。それでこそマイクの後釜が務まるちゅうもんや。・・・張さん、本人そう言うとる。連れて行ったってや。ワシまだしばらくこの刑事、可愛がっとるから。あのくそ生意気な菊沢の嫁を連れて帰ってくるの待ってるさかい。頼むで」
「・・承知」
張慈円は振り返らずに短く答えると、劉とアレンを伴い橋元の部屋を後にした。
【第8章 三つ巴 26話 裏切りの発覚終わり】27話へ続く