第10章 賞金を賭けられた美女たち 11話 雫と咲奈そしてモブの香澄救出作戦
モブはマンション玄関のガラス戸の奥へと消えて行く香澄の後姿に見とれていた。
自分とは一回りも年齢の離れている、お堅いところもあるメガネ美人の先輩が背を向けていることをいいことに、遠慮なく香澄の整ったプロポーションに見とれていたのだ。
エレベーターホールのほうへ曲がるとき香澄は一瞬モブの方へ顔を向けて手を振ってきたので、モブはよこしまな視線が気付かれたのかと慌てたが、その心配はなく香澄は笑顔で手を振り終わると、そのまま奥へと消えて行った。
「はぁ・・部長って綺麗っすよね。・・いままで厳しいことも言われたっすけど、今日はすげえ優しかったっす。俺が落ち込んでたからわざと明るく接してくれたんすね・・。部長や支社長とあわよくば、やれたらいいななんて不謹慎なこと思って栗田先生に俺の残念な息子を、マーベラスなマグナムに改造してもらったっすけど・・。普通に可愛いっすよ部長・・。・・俺の新型、部長に使いてえっす・・。きっと気に入ってもらえるはずっす。部長も離婚したって言ってたし、俺も結婚してねえし問題ねえはずっす。・・俺にもチャンスがありゃいけるっす・・。ってでも部長って母ちゃんと同じ歳か・・・。いままで俺が付き合ったのって、大体年下か同い年までっすもんね・・・。最近、俺も周りに年上が増えたせいで、好みが変わってきたのかもしれねえっす。部長も支社長も菩薩モドキも暴力鬼もみんな俺より年上っすけど、みんな若い女にはないそれぞれ違った色気があるっす。そういやみんな独身っすね。てことは一晩共にするのは問題ねえっすよね。頭のよさや能力じゃ敵わねえっすけど、俺ベッドの上じゃみんなに貢献できるかもしれねえっす。あの人たちも男に抱かれて、気持ちよさそうな表情浮かべるんすよね・・。そう想像しただけでもたまんねえっす。って・・でも、母ちゃんと歳が似通った人たちにこんな気持ちになるなんて、なんか複雑っす」
そうぼやきながらも、モブは香澄だけではなく、配慮もできる大人な香澄と、その他、普段周囲にいる美人の才媛たちの容姿だけでなく人柄や生き方などに、徐々に惹かれだしていたのだ。
モブは普通に考えたらこれまでの自分なら話すどころか近づく事すら憚られる高嶺の花に邪な妄想を抱きながら、そろそろ帰ろうとし、マンションの入口にある自動販売機に向かって歩き出した。
小銭を入れ、すでに酔いは醒めているが、水のペットボトルを指すボタンを押したとき、そんなモブの背中に声が掛けられる。
「・・こんなところで何してるのよ?」
突然背後からどこかで聞いたことのある声色を掛けられた声にモブは咄嗟に振りかえる。
部長がまた降りてきてくれたのかと、淡い期待を寄せるも、声色が全く違う。
それに掛けられた声には、些か批判的な棘が含まれていたのだが、振り返った時、モブはその含まれた棘の理由がわかった。
「やめなよ。雫」
「いいから・・きっちり言っておかないとおさまんないわ・・!」
振り返ったモブの前には、二人の若い女性がいた。
雫と呼ばれた黒髪ショートストレートの女性と、その黒髪ショートの雫と呼ばれた女性を、窘めるようにしている亜麻色ロングの女性がいたのだ。
若い女性といっても、モブより年上であり、宮川コーポレーション関西支社所属の雨宮雫と楠木咲奈であった。
「お・・ぅ」
モブはこんな場所で意外な二人組に声を掛けられたことに、上手く返事ができなかった。
それも当然で、つい数か月前まで木島の根城であるオルガノというマンションで、目の前の二人の美女を監禁し、見張りをしていたのがモブだったからだ。
「おぅ、じゃないわよ、おぅじゃ。ちゃんと喋りなさいよ。バカなだけじゃなく言語障害なの?!なんでこんなところにいるのって聞いてるのよ!このくず野郎」
亜麻色ロングの咲奈が心配そうに止めようとするも、黒髪ショートストレートの雫の目は吊り上がっている。
「い・・いや。部長を家まで送っただけっす・・。」
「見てたから知ってるわよ!そんなことじゃなくて、なんでアンタなんかがここにいるのかって言ってるのよ!・・なんで・・アンタみたいなクズが秘書主任なんかに選ばれたのよ・・!私たちにあんなことした奴らの仲間だったくせに!」
モブもこの二人のことは良く覚えている。
非難されるのも仕方ないとモブも理解している。
二人は木島と木島の部下であったアレンに犯されたのだから。
そのとき、モブ自身が二人に手を出してないとはいえ、木島一味の下っ端として咲奈と雫が逃げないよう見張りをしていたのだ。
「すんまんせんっす・・」
モブには大きな体を小さく縮めて頭を下げるぐらいしかできなかった。
「・・・出て行きなさいよ!」
「え・・?」
頭を上げると、目に涙を溜めた雫がモブを睨みつけていた。
出て行けと言われた意味が、モブにも分かったがこれほどまでに嫌われているということと、目の前ではっきりと言われたことに、デカい図体ながらも二十歳になったばかりの青年の心には深く突き刺さったのだ。
モブのしていたことは確かに許されることではない。
以前のモブなら逆切れしていたかもしれない。
しかしモブも、この数か月の出来事と接する人間たちの影響で少しは成長していた。
それに、やっと就職の決まったことを喜んでくれた母親を落胆させるわけにはいかないという思いが込み上げてくる。
そんなモブにできることはもはや限られていた。
「すんませんっす」
その場に膝を付き、モブは二人に再び頭を下げた。
「すんませんじゃないわよ!すんませんで済まないでしょうが?アンタのしたことは・・!・・出て行きなさいよ宮コーから!あんたが主任たちや支社長の周りでちょろちょろ動き回って、バカ顔をしてるのを見るたびにこっちはイライラするのよ!今日だって私たちは呼ばれなかったのに、なんでアンタは呼ばれるのよ・・!・・・アンタが秘書主任だなんて・・・・認めないわ!」
完全に涙目になった雫は悔しそうに言い放つ。
「ほんますんませんでしったっす」
二人の女性の前で土下座しているモブは、重ねてそう言うのがやっとだった。
モブは反省しているなどというセリフは目の前の二人には吐くことなどできなかった。
被害者からすれば加害者に反省してほしいなどと望んでいないのは、低学歴のモブでも理解できる。
被害者が加害者に求めているのは厳格な罰のみだ。
被害者にとって加害者の反省など何の価値もない。
「反省してます」とは加害者の心を慰める為だけの加害者側にとって都合のいい方便なだけだ。
「っ!・・でてけ!出て行きなさいよ!宮コーから・・!」
マンションの入口付近で行われている異様な出来事に、マンションに出入りする人々の視線が3人に、特に土下座しているモブに突き刺さるが、モブは頭を上げない。
上げられなかった。
10分。それ以上たったかもしれない。
「・・雫。もう行こうよ・・」
ようやく咲奈が口を開く。
咲奈も雫を窘めているものの、モブのことを許していないのは、その目に現れていた。
実は咲奈も雫も、あの事件から少し出世し待遇が良くなっていた。
そのため、このマンションの一室を社宅として与えられているようになっており、モブと香澄がマンションへ二人で帰って来たのをちょうど目撃したところだったのだ。
雫も咲奈も、最初モブと香澄が一緒に歩いているのを発見したが、無視して自分たちの部屋に戻ろうとしたのだ。
しかし、雫はどうしてもモブにたいして抑えきれない感情が爆発し、自販機で水を買っていたモブに詰め寄った次第である。
「・・・ふん・・。あんたみたいなチンピラが宮コーの秘書主任だなんて・・!信じられない!」
雫は土下座しているモブにそう吐き捨てると踵を返した。
モブはようやく頭を上げて、去っていく雫と咲奈の背中にもう一度頭を下げた。
その時である。
モブの横目に信じられないモノが一瞬だが映ったのだ。
「冗談だろ?!」
モブの突然上げた声に、雫と咲奈も振り返る。
振り返った雫が、再びキッと目を釣りあげてモブに詰め寄る。
「何が冗談よ!」
「い・・いや、違うっす!いま・・!」
「何が違うのよ!」
モブが頭を下げた時に、マンションの非常口すぐに止まっていた白いワンボックスカーに覆面をした男たちが乗りこみ、一人は確かにぐったりとした香澄らしき人物を肩に担いでスライドドアを開け、車の中に投げ込んだのだのが見えたのだ。
「くっ!まずい!このままじゃ逃げられちまう!」
ばたんっ!とドアを閉めたワンボックスカーはすでにエンジンは付けられていたようで、ギャギャギャッ!とタイヤとアスファルトが摩擦する音を響かせて、マンションの駐車場を勢いよく横切りだす。
「え!?なに?!」
咲奈と雫も突然急発進したワンボックスカーを訝り、雫も詰め寄っていたモブから走り去ろうとしている車へと視線を移してそう言った。
「くそ!部長が・・!」
「なに?どういうこと?!」
駐車場を爆走し、公道に飛び出そうとしかけているワンボックスカーに、モブは慌てた様子で周囲を物色しながら、聞いてくる雫の質問に応える。
「岩堀部長が攫われたっす!いくら強化した俺の足でも車に追いつけねえ!・・どうすりゃ・・!くそ!車なんてもってねえっすよ!」
「部長って岩堀部長?!なんでよ!なんで攫われたのよ!?」
「そんなのわかんねえっすよ!」
雫の更なる疑問にモブも苛立った声で返したとき、咲奈が二人にむかって大声で呼んだ。
「二人とも!追いかけるわよ?!はやく乗って!!」
そう言った咲奈は、がぉん!!!とエンジン音を鳴り響かせたスポーツカーに乗っていたのだ。
咲奈が乗っているディープブルーのオープンカーには大きな三又銛のエンブレムが刻まれている。
「ひゅ~!マセラティかよ!おとなしそうな顔に似合わねえっすけど、良い趣味してるっす。頼むっす!!」
咲奈の大人しそうで上品な顔立ちと、車の好みのギャップに驚きながらも、モブはそのオープンカー飛び込む。
「似合わないってなによ!文句があるなら走ってきなさいよ!」
「もうっ!そいつも乗せて行くの?!」
普段とは違う強い口調で咲奈が乗り込んできたモブに言い放ち、そして雫も不満そうな声をあげながら車に乗り込む。
「しょうがないわ!」
咲奈がそう言ったその瞬間、ギャギャギャギャ!!!と急発進した三又銛のオープンカーは、咲奈、モブ、雫の3人を乗せ、白いワンボックスカー目掛けで爆走しだす。
「しっかり掴まってて!」
ハンドルを握る咲奈の表情には、先ほどまで雫の背に隠れ気味になり、雫を引き留めようとしていた表情はない。
「咲奈!!咲奈っ?!大丈夫よね?!熱くなりすぎないでね!!」
「ええ!!まかせといて!!」
雫のセリフにモブは不安になるも、当の咲奈は意に介した様子もなく、頼れるいい声で返事を返してくる。
モブの不安を他所に、咲奈は華麗なハンドルさばきで、ドリフトを決め公道へと飛び出し、ギアをガコッガコッ!と入れなおしてアクセルペダルを水平まで踏み抜く。
がおおおおおおおおん!
「上手え・・!これなら追いつけるっす!俺も運転にゃ自信あるけどこりゃすげえっす!」
車の性能の差は歴然で、けっこう離されていた距離がみるみる縮まり、追っている白いワンボックスカーの姿が近づいてくる。
「岩堀部長って・・ついこないだ入社した不動産部の部長さんでしょ?!」
「そうっす!」
「なんで狙われてるのか心当たりある?!」
「ぜんぜんわかんねえっす・・!」
風をきり激走するなか雫はモブに再度聞きなおすも、今のところ攫われる理由は本当によくわからないようだ。
以前攫われたことのある雫や咲奈も当人たちが原因で攫われた訳ではないのだ。
このモブや攫われている岩堀部長も身に覚えのないことなのかもしれない。
そう思った雫は、前を走るワンボックスカーを睨んでいるモブの横顔を見てその質問をするのを止める。
「・・とにかく、いまは手伝ってあげるわよ・・」
「・・・恩にきるっす・・」
あんなにモブを非難していた雫のセリフにモブは驚いた。
そしてモブが素直に感謝の言葉をかえし終わったころには、ワンボックスカーのすぐ隣に並走していた。
「止まれ!うちの社員を攫ってくなんていい度胸ね!そんなことさせないわよ!!」
猛スピードのオープンカーから、咲奈は亜麻色の髪を靡かせ、普段のおっとりとした見た目と声とは、全く違う勇ましい様子で、ワンボックスカーを運転している覆面男に怒鳴ったのだ。
咲奈も雫も自分が攫われた経験から、攫われた女性がどんな目にあうかを、身をもって知っているのである。
一刻も早く助け出さなければならない。
できれば、敵のアジトに連れていかれる前にだ。
そうすれば、少なくとも決定的な辱めは受けにくい。
車の中で受ける辱めならまだマシだ。
せいぜい身体中を触りまくられるぐらいで済むかもしれない。
咲奈も雫もそれがよく解っていたし、もう二度とあんな目にもあいたくなかった。
それに、あんな思いを他の女性にしてもらいたくなかった。
それが部署こそ違うとはいえ、誉れ高き宮コーの同僚というならば猶更である。
2人とも、宮コーの社員である事には本当に誇りをもっており、宮コーの社員であるがために、あのような目にあったというのにも関わらず、その誇りだけは今も変わらず否、あの時に自分を信じられない強さで助けてくれた加奈子や直属の上司の麻里、そして立場をわきまえず自ら率先して助けに来てくれた佐恵子など上役の女性たちの温かさ、そしてそんな女性になりたいという気持ちは一層強くなり宮コーの同僚には今や家族のような思いもあった。
その気持ちの変化があったからこそ、本来なら2~3発はぶんなぐって然るべきモブすら、そうせずに今こうして車に同乗させているのである。
そしてモブはともかく、同じ女性社員である岩堀部長がさらわれた。もう二度と自分たちのような思いをする女性社員を出したくない。その思いがあったから、こんな突然の事件にも咄嗟に反応できたのだ。
「止まれっつってんでしょうが!」
ハンドルを握った咲奈の口調が、攫われた女性が辿る運命を想像してしまったようで先ほどより荒くなっている。
並走されだしたことで、覆面男は明らかに動揺した素振りを見せ、慌ててアクセルを踏むも、V8エンジン搭載で最大出力460ps、最大トルク520Nmを誇る咲奈の愛車が、薄汚れた型落ち中古のワンボックスカーに引き離すパワーなどあるはずがない。
「無駄無駄!逃がさないわよ!?」
そう言って咲奈はアクセルを踏みハンドルを操作して、破れかぶれで体当たりしてくるワンボックスカーを華麗なハンドルさばきで躱す。
走行車や対向車の間すり抜け、2台のカーチェイスが続く。
「止まる気ないわね・・・!」
暫く走って咲奈が焦れたように呟く。
咲奈は雫に目を向けるも、雫は首をぶんぶんと激しく横に振る。
咲奈の視線には「運転を代われる?」という意味があったのだが、雫は運転のほうはからっきしなので慌てて首を振って拒絶したのである。
「なんか手があるっすか?運転俺でよかったらかわるっすよ?」
雫と咲奈のやり取りで、咲奈の言わんとしていることを感じ取ったモブが咲奈に提案する。
「・・・キミ・・運転イケる口なの?」
「ああ。まかせとけっす!」
咲奈のワイルドな口調での質問にモブは自信たっぷりに即答する。
モブのセリフと表情をじっと見た咲奈は、ふっと笑うと頷いた。
「いいわ。ただし私の愛車にキズつけたらタダじゃおかないからね?」
「上等っす!」
モブの返答をきいた咲奈は笑顔で頷くと、ハンドルを離し運転席のシートと、運転席側のドアの上に足を乗せ、車の上に立ちあがる。
そしてモブは咲奈が座っていたシートにすかさず滑り込みハンドルを握る。
「OK!すげえ馬力っすけど問題ねえっす!」
咲奈からモブへと運転がかわったが、モブのドライビングテクニックも咲奈に引けを取らない。
「やるわね」
咲奈がモブを見下ろしそう賞賛するも、すぐに視線を目標へと移す。
「ちょっと乱暴だけど仕方ないわ。雫!援護して!?」
「ええ、わかってるわ!安心して!」
咲奈が車の上で立ったまま、助手席に移動した雫に援護を要請し、雫も咲奈がしようとしていることを察して返事を返す。
「遥か先の追い風に乗り、軌跡を留めず吹き抜けろ。全ての雲を巻き、青い旋律となって舞い上がる力と成れ・・・」
「いけないっ!させないわ!」
がぁん!!
「きゃっ!?」
亜麻色髪を靡かせて運転席の上に仁王立ちとなり、胸の前で、印を結ぶようにしていた咲奈が紡ぎ終わり、技能を発動しようとした瞬間、ワンボックスカーの窓が開き拳銃が突き出されて火を噴いたのだ。
咲奈を狙って放たれた銃弾は、雫が咄嗟に発動した水玉に突っ込んだため、軌道が逸らされ咲奈には当たらなかったのだ。
銃声に驚き、技能の発現を中断させられて悲鳴を上げた咲奈は、身を屈めるように運転席の上でしゃがむ。
「うぉう!撃ってきやがったっす!ここ日本っすよ?!二人とも怪我はねえっすか?!」
「咲奈?!大丈夫よね?!当たってないわね?!私が【水玉】で銃弾を防ぐから撃っちゃって!」
モブと雫がそう言ってしゃがみこんだ咲奈を見上げる。
「うぉ!!」
モブは自分の席のシートと運転席側のドアに足をそれぞれ乗っけてしゃがんでいる咲奈のスカートの中を見上げた拍子に見てしまい慌てて顔を前に向ける。
「上見るな!」
がんっ!!
モブの頭に衝撃が走る。
「いてっ!」
「このスケベ!ちゃんと運転してなさい!」
ごりっ!
さらにモブの脇腹を鈍痛が襲う。
「おごっ!?・・は、はいっす!」
頭頂部を咲奈に小突かれ、脇腹を雫の拳に抉られたモブは苦悶の声をあげるも、素直に返事を返す。
(グリーンっす・・ありがとうございますっす)
モブが今日は災難なのか役得日なのかわかんねえっす。と思っている間に咲奈は再度技能発言の為に紡ごうと立ち上がる。
ワンボックスカーから突き出された拳銃から、銃弾が何発も放たれるも、そのすべてが雫の生み出した【水玉】にじゅぼっ!じゅぼっ!と絡めとられ速度を失って軌道を逸らされていく。
「咲奈!今のうちよ!あんな鉄砲なんか当てさせないから!」
「ありがとう雫!・・・遥か先の追い風に乗り、軌跡を留めず吹き抜けろ。全ての雲を巻き、青い旋律となって舞い上がる力と成れ・・・【疾風走波】!!」
ぐわぁ!!
紡ぎ終わった咲奈が両手を突き出し、ワンボックスカー目掛け青い風の塊となったオーラが唸りを上げ、ワンボックスカーに牙を剥く。
タイミングを見計らって放ったその風の塊は、ワンボックスカーに直撃し包み込むと、車体を空中に持ち上げ公道から弾き飛ばした。
「っくっ!?部長も乗ってるんっすよ?!それに歩道には通行人も!!」
ハンドルを切り、ききききっ!と車体を横滑りさせて路肩に停車させたモブも、吹き飛ばされたワンボックスカーが、高々と舞い上がり歩道に落下しだしたことに焦った声をあげる。
「心配いらないわ」
そう言ったのは雫であった。
「はあああ!」
咲奈は両手で風を操り、ワンボックスカーの落下の速度を緩めると車体を植栽の上へとゆっくり下ろし、タイヤが浮いて走行できないような状況にしてしまったのだ。
「マーベラス!ナイスすぎるっす!」
咲奈の技能と機転に、モブは親指を立てて再び上を向き笑顔を向けたところで咲奈に顔面を踏まれる。
がすっ!
「いでっ!」
「上を向かないでって言ったじゃないですか・・」
ハンドルから手を離した咲奈の口調は元に戻っていたものの、踏み付けの威力はかなりあったようでモブは悲鳴を上げて両手で顔面を抑える。
「二人ともまだよ!あいつ等まだ逃げる気だわ!」
雫の声で、ワンボックスカーのを方を見るとモブと咲奈のやり取りの間に、3人の覆面を付けた男たちがぐったりした女性を背負い車から飛び降り、路地裏へと駆けだしているところだった。
「追うっす!・・二人とも車出してくれてサンキュでしたっす!」
モブはオープンカーから飛び降り、二人に振り向きもせず覆面男たちを追って駆け出した。
「私たちも行きます!」
「ここまで来て帰るってわけにいかないでしょ?!」
そんなモブの背にそう言った咲奈と雫も、車から飛び降り駆け出しかけたところで、拡声器を使ったような大きな声が鳴り響く。
「おらあ!お前らなにやっとんじゃあ!止まらんかい!!」
雫が声の方に顔を向けると、そこにはスピード違反と信号無視で、公道を激走してきた自分たちを追ってきた警官たちがパトカーを止め、咲奈の愛車を囲みながら、逃げようしているように見えるモブたちに怒鳴っていたのであった。
「ど・・どうしよう・・」
「説明してる時間なんてないわ!」
咲奈と雫がそう言うも、先を行くモブも無線で先回りしていたのであろう警官たちに行く手を遮られて掴みかかられていた。
「はなせっ!逃げられちまうっすよ!人が攫われたんっす!!はやく追わねえと・・」
「あばれるなって!話はちゃんと聞いてやるから!」
モブも両脇を警官に羽交い絞めにされ、パトカーに乗せられようと連れていかれそうになっている。
「・・・しょうがねえ・・っす。こんなことで部長を見捨てることなんてできねえっす」
宮コーの社員として、警察の世話になり、大事になってしまうのを一瞬でも心配してしまったことにモブは激しく後悔し、両脇を掴んでいた警官の二人に見事な動きで当身を喰らさせ気絶させたのだ。
どさりと二人の警官がほぼ同時に崩れ落ちる。
モブは神妙な顔でやっちまったという表情を一瞬だけ浮かべたが、すぐに迷いのない顔になった。
「・・あんた・・」
モブの公務執行妨害を目の前でみた雫も、驚いた表情でそう言うもすぐに「よくやった」という表情になって頷いた。
「行くっす!」
「ええ!」
「アンタが仕切らないでよ!」
モブの掛け声に咲奈と雫もそれぞれ答えてモブに続く。
一瞬だけ足止めされてしまったが、まだ遠くには行ってないと思いたい3人は気絶した警官二人を飛び越え、背後から制止の警告をする警官たちを振り切り、覆面男たちが逃げていった路地裏へと駆けこんで行ったのであった。
【第10章 賞金を賭けられた美女たち 11話 雫と咲奈そしてモブの香澄救出作戦終わり】12話へ続く